いつもは同じところに全部詰め込むように書いてしまうが、大切な事はちゃんとひとつの記事にして書かなくては人に読んで貰えない。いつも書くものは読んでくれても読まれなくても書いてしまったので勿体ないからアップするけれど出来れば読んで欲しくないというものもある。そうして読んで欲しくないものばかりランキングにあがってきて本当にこのブログを読んでくれている人達は一体全体私を晒し上げるのが本当に好きな人達ばかりだと感じる。このブログは誰かを吊し上げているのではない自分が晒されてめちゃめちゃになるものだろう。

私は一昨日2日の夜に急に風邪をひいて寝込んだが、悪いことではなかった。とてもいい初夢を見たし、すごくいい事を思いついた。そのいい事を思いつく前に具合が悪いのもあったし、このまま自分は死ぬんじゃないかという想いもあり、そして「N先生は私たち特に私が色々いじるから嫌になり、もうフランスに帰っちゃうのでは」という妄想にとりつかれていた。先生に会わない宣言をしたのは自分の意志だからいい、でも物理的に遠くにいってしまい二度と会えなくなるというのとは意味が違うと思う。私は例のパニック障害からどうも閉所が苦手になり、具合の悪い時は地下鉄とかバスも怖く感じる時がある。空に浮かぶ鉄の塊が空を飛び、その中に長時間幽閉されるというのは拷問に等しいとも感じる。うーん、どうだろう、もうほとんど治ったのでいいと思うがやっぱりちょっとヤダ。じゃあ船は?船なんてもっと怖いわ!『タイタニック』観たやろ。 なので私は海外には多分行けない。

ということで、N先生はフランスに帰りたいと思っているのではないか。日本に帰ってきたとみんなは思っているかもしれないけれど、先生からしてみたら日本に「来た」という感情なのではないかと思い当たった。前の記事で「先生は青春時代から壮年期までをフランスで過ごし」と書いたけれど、生まれは日本でも生きたのはフランスだ。先生の授業を様々に受けた記憶を呼び起こしてみて、それはより一層確信になった。

「先生はフランスに帰りたいと思っている」

というのは多分私が先生の何かをキャッチしたのだと思う。私も先生を好きだとわかったのはつい先日の懇親会の惨事からだけれど、実はそれまでもずっと私と先生は繋がっていたのだと思う。ただ通信生とその教師というだけでない、何か目に見えない運命のようなものがあったのではないかしらん。先生と私は授業以外で親しくしたこともないし授業以外で話したのは一年目で卒業制作のテーマを変えたいと相談した時、それから地獄変で叱られた時、廊下でちらっと話した時この時はニコニコだったけれど1分くらいかなあ、それから今年の懇親会、たったこれだけ。でもなんだろう、だからこそ色々見えるものがあり、これは多分シックスセンスだと思う。五感はひとつが欠損すると他の機能が驚異的に向上することがあるそうで、一切の接触がなくなりそれでも私を慮って様々に考えてくれている先生の想いは五感を超えて私に届いたのだと思う。でもこんな事書いて本当はフランスから恋人を連れて来て毎日ラブラブで東京観光なんてしたりしていたり、フランスに行く時につれていった日本人の恋人と現地で結婚していて子どももいてもう孫までいるとかそいうのだったら全然お門違いだと思うけれど、学友達の噂が本当だとしたら先生はもう日本が嫌だと思っているはずだ。

先生は人望がありそれは先生を傷つけようとか利用しようとかいう人はおおえかくらいで多くの人々は先生の暖かい眼差しや人柄に吸い寄せられる友愛ばかりだと思う。でも当の先生はどうだろう。長年暮らしたフランスを離れ、いきなり日本なんかに来て心許せる本当の友達が出来ただろうか、先生の慰めになるような素敵なものに出会えただろうか。[N先生」と呼ばれて「はい」とか「何でしょう」と答えるより、「RYOJI」と呼ばれたら「oui(ウィ)」と返事をする世界の方がしっくりくるのにと感じてはいないだろうか。だいたい日本社会の懐の狭さに辟易して外に出る人が多いのが現実で、サンタバーバラ校のノーベル賞の方とかすごくいい例だと思う。先生はスクエアでシステマチックにみえるけれど、本当は誰よりも自由を愛し大空に飛ぶ鳥のように生きたい人なのだと思う。でなければ若くしてフランスにいったりしないと思う。あの『 フィガロ発パリ毎日便: ——ちょっとセレブなパリ暮らし 』の一ページを読むとそれがよくわかる。N先生はパリでもやっぱりN先生らしかったんだとか、あのまんまの先生だから日本でも同じで私に怒って突撃してきたのだとか思う。

そういう考えに行きついて、先生はフランスにもうすぐ帰ってしまう。そうしたら今度こそ先生には会えなくなってしまうけれど先生の幸せのためなら喜ばないといけないとか色々考えていたら悲しくなってしまいワーワー声をあげて泣いてしまった。でも泣き疲れてうつらうつらしながら考えたらいい事を思いついた。これで「先生がフランスに帰っちゃったのはあなたのせい」と諸先輩方に叱られることもない、先生もハッピー大学もハッピー先輩方、、、はどうだろう、私も微妙だがまあ致し方ない幸せの着地点だと思う。

それは何かというと、京都造形芸術大学はフランスのパリ大学と提携すればいいのではないか。そうしたら今青山に外苑キャンパスがあるように、フランスにも「ソルボンヌキャンパス」を作ればいいと思う。現に今でも京都造形芸術大学は東北工科大学と提携してイベントをしたり一部の授業は同じだったり藝術学舎の授業をコラボしたりしている。そういうのをフランスのパリ大学ともやればいいと思う。フランスのパリ大学は芸術学もかなりの比率で扱っており、これが医科大学とか理科系だったら無理だけれど、大学の中身としても絡みやすい。

そしてその「ソルボンヌキャンパス」の長にN先生がなってくれたらいいと思う。そもそもノーベル文学賞作品の訳者という栄誉を持つN先生を文芸コースの主任だけにしておくのは勿体ないのではないだろうか。せっかくフィガロの編集長(なのかな)が「フランスで随一」と褒めた先生のフランス語の能力をもっと評価するべきだと思う。そうすれば京都造形芸術大学のカラーもまた新しいものに彩られ、新しい風が学内に吹くのではないか。そもそもN先生は日本語よりフランス語の方が最早母国語なのだと思う。生まれは鎌倉でも中身はフランス人、そんな先生だからこそ私もすごく色々学べたし色々事件がありフィガロ仮面も誕生した。もう日本の狭苦しい陰湿な風土の世界から解放してあげなくては。

幸い京都造形芸術大学はお金持ちが集まる大学だけありお金はいっぱいある訳で、なので学長が。。。えーとなんでもないです。通信教育学部の生徒もお金がもったいないから卒業式に行けないでもそれは単位認定が4月にずれ込むせいという私みたいな人もいるが、ともかくほとんどの生徒は京都の旅費くらい朝飯前な富裕層が多いわけで、フランスパリにもうひとつ校舎作るくらいの財力はあり、しかもフランスが故郷で知り合いもコネもたくさんあるしかもしかも日本語も出来る逸材がいれば全然夢ではないと思う。多分N先生が学長をする学び舎を作るといえばフランスパリでは、「BRAVO!RYOJI」と言ってくれる人ばかりだろう。そういう人達に囲まれそこで先生の好みの建物をつくり、人を集め、存分にフランス語で授業をすればいいし、そこで日本文学を学んだ生徒から日本大好きというムーブメントが起こるだろう。京都造形芸術大学の生徒、特に通学生はお金持ちが多分多いからフランス留学をしたいという生徒が絶対に現れ、それで大学はまたひと稼ぎしてそれを資本にまた何かやればいいし、そのうちN先生のラボなんてのを日本の外苑キャンパスとかでやればいいし、講演会なんかもいいじゃなーい千住博先生の時みたいに聴衆がつめかけるという事態になると思う。

大学はもっとちゃんと人をみて色々コマを進めるようにやらないと今までのままなんて絶対大学の未来はないしそのうち潰れるかもよ。だいたい大学全入学時代になり生徒が集まらなくて消えてしまう大学だってあるくらいなのに、漫画コースもこども大学コースも結構だれけれどもう手づまりもいいとこじゃないでしょうか。そこに「ソルボンヌキャンパス」学長は日本人N先生、絶対日仏の懸け橋になるし大学にすごくいい色がつく。

これ多分佐々木俊尚さんと景山知明さんのトークイベントが汐留の「日仏文化会館」で開催されたのでなんとなく頭に「日仏」という文字があり、この時は「先生まだ怒っているかなあ」と心配しただけだったのだが見よこの展開。私の頭の中は無駄なものと妄想で溢れかえっていると思われがちだがそうではない事もある。天才となんとかは紙一重というが、多分見る人がみれば天才、そうじゃない愚鈍な凡人がみれば馬鹿ということになるのだと思う。うーん、最近ちょっと飛ばしすぎやろと思うがまあ後で読んで自分が恥をかけばいいと思うし何か思うところあれば路線変更はちゃんとするだろうと思うので今はこのまま飛ばせる時は飛ばす。

そいういう訳で京都造形芸術大学はフランスに分校を作るべき。そうすればN先生は日本の大学の在籍しながらフランスで生活できることになるし、時々は京都や外苑キャンパスでフランス文学の授業をしたりイベントに参加したりすればいい。多分N先生は日本の様々なしがらみで戻って来られたように思う。でもフランスと日本をいったりきたりする理由がちゃんと出来れば、日本でもフランスでも双方でそれぞれの手当てもできるようになる。それに外苑キャンパスで通信生として学ぶ人達のうち何人かはソルボンヌキャンパスの授業を受けたがるだろう。スクーリングのついでにパリ観光も出来て、「絶対行きたい」といってそれを目当てに入学する人も増えるのではないか。

こうやって書いておくと新N先生が誕生したように実現するのではと期待したい。科学の進歩は妄想家の戯言が発端ということがよくある。新N先生だって文芸フリマの打ち上げに私が誘い本当に来てくれたので学友達がびっくりしていたのだが、その時に私が「先生になってください」と言ったら周りも本人もビックリでも周りもそうだそうだとか言い出し、あのナースコスiさんが「そういう話は大学からないの?」なんて聞いたりして新N先生は「ないですね」なんて即答していたのでその頃はまだ何もなかったのだと思う。でも私たちの想いやあの時の言霊が大学の心を動かし、新N先生が誕生したのではないか本当はどうだろう。通信ではなく通学生の先生というのが少々残念だけれど、きっと大学は新N先生を大切に思っているのだと思う。だったらもっと現N先生も大切にして下さい。

その以前に何故この大学には授業に「フランス語」がないの?英語と外国語1、2だけじゃなくN先生が担当する「フランス語」の授業もあっていいんじゃない?先生がフランス語を話すのを聞いてみたいしみんなも嬉しいに決まってる。もしN先生がフランス語を教えてくれるなんてことになったら私は『のだめカンタービレ』の「のだめ」以上にフランス語を早く取得する自信がある。のだめは確か大好きなアニメ『プリごろ太』のフランス語訳で修得した。私もN先生のフランス語の授業であっという間に周りがびっくりするくらいフランス語が上手くなるだろう。そういえば独身の時に同じマンションで仲良くなった人もフランス人の恋人がいてフランス語を習っていたと言っていた。よく一緒に合コンにいったりして男性陣から絶大な人気だったけれど、多分今も誰とも結婚せずフランス人の彼と超遠距離恋愛をしているのではないだろうか。人は自分は絶対に変えられない、多分彼女もそうなのだろう。そして私も、先生も。

今後ともよろしくお願いいたします。

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これはネットでぐぐった「非営利目的で使用が許可されている画像」でもこれパリなのだろうか。多分そう。それからN先生のフランス語の授業は私もう卒業するから受けれられないので あそこで是非またやって欲しいです。