恥ずかしい記事を書いた後はもっと恥ずかしいものかすごくいいい記事でリカバーするのが最近のブームになっていて、卒論が終わったらといってよくもまあこれだけ色々書けるものだと我ながら感心する。私はそもそもブログに書くことがなくて困った事がないし逆に色々溢れてしまい書かずにはいられないようなところがある。これもひとえに私に熱心にブログをすすめてくれたWさんの言う通りにブログを始めたお蔭だろう。お陰で卒論にも書きたいものがあふれてしまい七転八倒さんざん書いて悩んで今回のものになった。彼女とは同じ年度の三年生編入で、彼女は私と違い二年じゃなくもっとのんびり卒業するつもりだったと最初は言っていて、でも私が「早く卒業して次のステージに行こう」という言葉に賛同してくれて彼女も二年で卒業することになったよう。時々彼女のブログをみにいくと「さっさと卒業したい」とか「あの授業お金払う価値あるの?」なんて堂々と書いてあり、やっぱり私と友達になれるのは彼女しかいなかったと思う。彼女と最後に会ったのは懇親会の前の授業で一緒に、一緒になったのか?違う、彼女は「ストーリーとシナリオ」に出席し私は同じスケジュールの「文化史特論」を受けたのだった。

最終日に外苑キャンパスのロビーで一緒になり、煩悩も葛藤もなにもない笑顔で話し握手をして別れた。彼女は懇親会も卒業式も行かないとキッパリ言っていて最後まで清々しい人やわと感じた。彼女はひとり社長として大成しており、私のようにもったないからじゃない行くのが無駄と思っているようだった。結局彼女は大学帰りの飲み会お茶会それからイベントには一度も出席しなかった。冷たいと思う人もいるかもしれない私も一時は思ったけれど、今はとても彼女らしいと思うしそういう人がいたって全然かまわないと思う。だって私もそうじゃない。私は豊洲のママ友界を否定したのは自分が出されてしまったからで、そういう集まりは正直嫌いじゃないし上手くいっていたら大学にも入学しなかった。でもやっぱりひとりで色々出来た日々、さみしいと思うこともあったけれど私らしく生きた時代だろう。色々なもので人の運命は決まると思うし、その人がやりたいようになんでもやればいい。私たちはお互いの言葉で違う運命になり、たぶんそれぞれにとてもいい結果をもたらしたと思う。これぞ学友だろう。私は「結局大学では友達ができなかったけど」と書いたけれど、こうやって切磋琢磨しあった間柄の人もいたわけで友達が出来たと言ったていいだろう。

誰かとつるみたがらない彼女が一回だけ興味を持ってくれたのが太宰治のお墓参りの話しで、今度行くことがあったら誘ってねと言ってくれて、私は言われてから結局一度も行っていないのだけれどまた太宰が私を三鷹に誘ったのだと怖くなった。そしてまたそう感じることがあり三鷹に行かなくていいように師匠のところに行くのをやめて茗荷谷に新たな学び舎もみつけた。でもやはり太宰の影はいつまでもつきまとっているのだと感じることがあるのは私が自意識過剰なのは言うまでもないが、運命ってやっぱり決まっているのかなあなんて思った。「私はまだ死ぬつもりがないのですみません」と太宰の墓前に祈ってから夢枕に立たなくなった太宰治。正直彼がこんなに人気なのがわたしにはイマイチよくわからない。なんか書くものが破壊力が大きすぎて意味不明だし、同じ時代のものだったら芥川龍之介や森鴎外などの方がよほどしっくりくる。

特に私は森茉莉とはもう友達だし、友達のお父さんなので応援したいわけで、太宰治のために買ったお饅頭を気が変わってその斜め前の森鴎外の墓に供えた。森鴎外の墓はでっかくて五基くらい森家の墓だった。なのに太宰の墓は多分太宰が無くなった時のままなのだろう、普通のものがぽつんと建っているだけだった。多分先日亡くなった娘などは色々思うところあり、あまり父親の墓に近寄らなかったのではないだろうか、そして立派なものに建て替えるなんてことも思わなかった訳だと思う。というのも先日従妹の家に行ったらちょうどお盆で墓参りに行くところだった。私もおばあちゃんに久しぶりに挨拶したいと同行したら、これがまあびっくりするくらい立派なものに代わっていて度肝を抜いた。彼女もひとり女社長で成功していて一家を養っているが、本当にすごいと思った。成功して車とか家とかじゃない、こうした先祖の供養にも大枚を出せるというのが本当の成功と幸せなのではないだろうか。

とまあそういう訳で、太宰家というか正確には津島家の墓は些末だったけれどその上横周りにはものすごい大量のお供え物があった。もうぎゅうぎゅうなんてもんじゃないてんこ盛りだった。森鴎外の墓はほとんどなかった。なのでそちらにお供えをした。きっと森茉莉も喜んでいるだろう。今度はいつ行くだろう、出来ればもう行きたくないような気がする。それでなくとも墓場は苦手。でも今度行くときはまず彼女を誘ってみようと思うたぶん断られると思うけれど、「今度行くときは誘って」と言われて私は「うん、いいよ」と返事した。学友の約束は守らねばなるまい。それはどうでもいい世間話ではない、ちゃんとした約束だと思うからだ。言葉にしたものは責任をとらなければならない。たぶん自分たちはそう思っていないと思っても、言霊として浮遊したものはもう目に見える契約が取り交わされたのと同じことだと思う。

例えば可愛いねと言われて育てば可愛く育つし、馬鹿バカと言って育てれば馬鹿になってしまう。そう思うと私は馬鹿とも言われたが「書いたものはきっとお金になる」と父に言われた気もするし、うちのママンやおばあちゃんは私を見るとすっぴんのボサボサでも「あなたはきれいね」と言ってくれるのでそうなったというのはやっぱり図々しいだろうなあもうおばちゃんだからというのは今ちょっと風邪でテンション下がっててパワーダウンしているからだろうか。やっぱり人間一番大切なのは健康だと思う。N先生はいつも健康そうだけれど、秘訣はなんだろう。お風邪など召されていないだろうか。というかそんなにN先生N先生と書いて大丈夫なのかと心配する人がいるかもしれないけれどノープロブレム。だってもう会わない宣言したので会うことはないんですよ、だったらももう「叱られる」ことはない訳で、しかも卒業してしまったら怒って呼び出すことももうできない。私って本当に頭がいい。

それで彼女との約束の話に戻るけれど、私は彼女には幸せになってほしいと思っている。だって一緒に学んだ学友だし影響しあったもの同士、私は彼女のおかげで幸せになったので彼女も幸せになってほしい。彼女はいまもう十分幸せだと思うが、もっと違うステージがあると思う。それはやっぱり結婚とか子育てとかそういう部分。彼女は養子をもらったらいいのにと思う。今世の中には日本でも生まれても誰にも愛されない命がある。そうした救済策として里子や養子縁組があるわけなのだが、もっと日本に浸透していい仕組みだと思う。海外のセレブなんかだとアンジェリーナジョリーはじめ有名セレブたちは養子をもらい、育て、幸せに暮らしている。日本にも富裕層と貧困層があり、私がとりくんでいる「こども食堂」は「こどもの貧困を救済」するものとなっているが、こどもになる前に貧困に直面し育てられないと施設に預けられる赤ちゃんたち。そうした育成歴があってもいい里親に恵まれると本当に素敵な大人に育つ。自分が子供を産んだから言えるのだが、血がつながっているかどうかってそんなに重要なことだろうか。私は自分が子供を産む前は、姪っ子がかわいくてたまらなかった。それだって血がつながっていると言われればそうだけれど、それも違う気がする。自分を慕ってくれる小さな命がただただかわいかったということなのではないかと思う。

子どもを育てる、その前に結婚、少なくとも旦那、もっと端的に言えば種がいるという考え方を捨てて、そこにある命を育んでみたらどうかと思う。余裕のある富裕層のリッチピープルに、犬や猫とかペットもいいけれど、養子をもらうという選択がもっとブームにならないかとも思う。一時の流行で飽きたらすぐにぽいという人もいるかもしれない、でもそれだって新たな社会問題としてみんなで考えればいいし、そうした活動もある。最初から何もなく施設で育って施設から住み込みの働き口に行くというより可能性が広がると思う。私はもう今手いっぱいで来年ほかにやらないといけないことが結構出てきてこれには着手できないけれど、誰かが言い出してやってくれないかと期待する。ひとりで十分、楽しいし友達もいっぱいいるしいざとなったら高級老人施設に入るというのはそれはそれでいいと思うけれど、そこにあしげく通ってくれるかわいい存在がいるといないのとでは違う味わいもあると思う。あーでもうちの子どもたちは私の時は来てくれるかどうか怪しいがまあいい元気なら。

あとはこれを一度書きたいと思っていたのは私の心理学の師匠の師匠の存在が大きい。師匠の師匠は北欧のなんとか大学の偉い先生をしているそうだが養子が三人もいるのだそう。そうして方々で授業や講演をたのまれるとファーストクラスではなくエコノミーでくるのだそうだ。そうしてお金を浮かせて養子を育てているのだという。普通自分が楽する方にお金を使う人が大半だろう。でも師匠の師匠は違うという。人を育てることくらい幸せなものはないのだそうだ。そして師匠は子どもを養子に育てないかわりに師匠の師匠の生徒達を無料で家にホームステイさせたりするのだそうだ。他にも色々聞いて、わたしはすっかり感心してしまった。一体これらの何が素晴らしいのか上手く言えないでいたが、宇沢さんの提唱する経済学の存在を知り、これですよこれと思うようになった。早速正月おばあちゃんちに行く時に夫に話したら、やっぱり奴は知っていて色々教えてくれる。夫の後輩に宇沢ゼミの出身者がいて、あの人もう東京に戻ってきたよなどと話が流れたけれど、さすが私の夫だわと思った。そこからいつも私があちらこちらから「旦那さんに相談したい」とか私が勝手に「夫に言えば解決するわよ」などと言ってそれはたいがいその通り上手くいくけれど、これってプロに無料で頼んでそれっきりというヤツじゃない?私と友達だからってただで夫を使っていいと思う方がおかしいとか私が言い出して夫がそんなもんだよなんて言って、もう今度夫に頼りたいという人が現れたら一回20万円は取る!だって破産して弁護士が管財人になったら20万円最低でも払うことになるでしょう?破産を免れて20万出すのか破産して20万とられるかっていったら前の方がいいに決まってるじゃない。なのにみんな「ありがとう」とメールで終わって普通家にお礼に来るべき事例じゃないの?頭にきたのでそれぞれの年賀状に「夫に頼んだ件出世払いなので忘れないで」とそれぞれに書いておいた。他にも「今年の年賀状は戻ってこないといいけれど」とかもある。なので年々友達が減る訳よ。でもそれでも残ってくれた人達が今の友達な訳で、感謝せねばなるまい。  

なんか結局私がケチみたいな話になったが、それとこれとは違う。プロにただで何か頼みたい人が多すぎると思う。私はまだプロじゃないというかライターはプロだけれど自分の名前を出さずに書く方がいいお金がもらえる感じでまあいいですけれどもそのうち٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

言霊について書こうと思ったらまた違うものになった。タイトルをどうしようか考えてみたい。こんなにいろいろ書くのは寝ると背中がぎしぎしと痛くて寝ていられない、起きてスマホをいじるのにも飽き、こうしてパソコンンに向かって手を預けて動かしているとちょうどいい角度になり背中も痛くない。これ一体なんだろう、本当にただの風邪なのだろうか。もう少し様子をみて治らないようなら近所の内科にいってみようか。やっぱり豊洲は便利だな。


annjeri-najoriy


参考記事:アンジェリーナジョリーが養子を迎える理由とは?http://topicks.jp/20549