暮(2016.12.10)にあった京都造形芸術大学通信教育学部外苑キャンパスでの懇親会の前に、千住博先生の講演会があった。私は元々千住博先生はそれほどファンでもなかったし、村上隆とごっちゃになり京都造形大の先生紹介のところにある上村博先生が千住博先生だと勘違いすることもあったくらい。でも外苑キャンパスの二階に飾ってあるウォーターフォールは本当にいい絵で、この絵を描いた人がもともとは学長をしていたということはちゃんとわかっていた。私の人の名前を覚えられないという才能はここでも開花していたがでも今はもうしっかり覚えた。

千住博先生、私は素晴らしい先生のいる学び舎で学んだ事、文芸コースで色々酷い目にあったり遭わせたりした愛憎劇を差し引いてもたっぷりおつりがくるくらい良かったと思えました。そもそも京都造形芸術大学の先生達というのは端正な方が多い。研究熱心だし自分の道を一心不乱に歩いてこられ、それを生徒に惜しみなく開示するという方ばかり。でも最初に洗礼を受けたのがおおえかだったので、大学の先生ってなんの取り柄もない人でも誰でもなれるんだ、でも他の大学は違うのに京都造形芸術大学って本当にぬるい学校だわ、などと侮っていた。

なので千住博先生の講演も聞きにいくつもりはなかった。そもそも私は懇親会すら出るつもりもなかったのだ。もう大学なんかに行きたくないし、先生達の顔だって見たくもない。私を暗い穴倉に閉じ込めるような真似をして、それをつまみに懇親会と言う名目の宴を勝手にすればいいじゃないという気持ちだった。なのに当日私は大学から呼び出しを受けた。違う日にしてくれといったが、呼び出す先生の都合でこの日しかないという。じゃあ懇親会に出る人達と会わない配慮をしてくれと言い、それはどうにか通り二階に部屋を作るからそこにいきなりいっていいと言われた。私は大学の人々が千住博講演会だ懇親会だという楽しい催しに浮かれている中、こっそりと人知れず呼び出されそしてまたこそこそと帰る予定だったのだ。

それがなぜフィガロ仮面なのか。それにはこういう理由があった。

私の朋輩Wさんと大学のロビーで握手して別れ、懇親会でナースコスをしたおっさんI さんと駅まで歩いた。私はI さんに相談したいことがあった。今の私の現状がどう見えるのか、どうしたらいいのか一緒に考えてもらおうと思った。Iさんは2015年度入学の三年生編入生で私と同じ。この年度のムードメーカーで、色々disるがこいう点においては感謝しているし、人柄も信頼していた。ただ時々信じられないエロを投げかけてくることがあり、その点だけはちょっとなんともならない深い溝があるが、その他は本当にいい学友。しかも変にこまっしゃくれたり偉そうに訓示を垂れたり指図したりしない、いつも自分を低いところにわざわざ置いて人を寄せやすくする。そうしてだまくらかしてねーちゃんをパクッという策でもあると思うのだが、まあ私は着かず離れず距離を詰められたら先生にいいつけるという感じ。彼は本当に先生からも学友からも愛され、何かする時は必ず最初に旗を振ってくれて、おかげで学生生活は実り多き楽しいものになった。他の年度生の方に聞くと、そんなに楽しい事はなかったと聞いたりして、Iさんと同じ時代にこの大学に在籍できたというのは私は本当に運が良かったと思っている。

そしていつもは私はJRの方の信濃町から乗るのだが、この日は青山方面にいった。丁度銀杏並木が綺麗すぎる時期で人が大勢道に沿って流れている。並木通りのこじゃれたレストランは超満員で、なんかいい日にここに来たと思った。この通りがこんなに銀杏が綺麗だなんて全然知らなかった。ちょうど朝駅から大学に来る道すがら、「有名な銀杏並木はどこですか」とおばさん二人連れに聞かれた。地方からわざわざ観にきたそうだ。授業にまで十分時間のある私はスマホで「外苑 銀杏並木」とググった。だが銀杏が綺麗だとか降車駅の情報とか、見ごろはいつというものばかりで、肝心の場所が書いていない。四苦八苦してやっとみつけて教えると、嬉しそうにニコニコと立ち去っていった。なので丁度いいから自分もみてみようと青山に向かったら、あんれまあ本当に見事な銀杏。卒業する前に見られて良かったねえとIさんと言い合った。

で、ちょっと話があるんだけど時間くれない?と私が言うと、もう「綺麗な薔薇には棘がある」と言う通りにに嬲ろうと近寄ったものの散々刺されて瀕死状態のIさんは喜ぶどころか「な、な、なんだよう。怖いよ!いいからなんかあんならここで言えよ」とガクブルしだした。私は内心笑いながらも「まあまあ」と言いながら駅地下のライオンに誘った。その奥の店に今日ランチしに来たばかりだと言いながらライオンでビールを飲む。ぷあーうめーと言ったのは私。Iさんはまだ緊張しており、「なんだよう」とか「怖いよ」とブツブツ言っていて、おつまみもいらないなどと言う。はあーちょっとイジメすぎちゃったかなと反省しつつ、大学と私の関係とか距離感とか温度について、いち学友としてどう見えるのか、そして私はどうしたらいいのかと聞いてみた。

すると何かまた叱られると思っていたのだろうか誤解が解けたのか色々ぶっちゃけてくれて、「まああの人があんたの書いたものをどう評価しようが向こうの勝手なんだよ、だってあんただって好きに書いてんだろ」と言う。私はなーるほどーとびっくりした。そう、私は人がどう思おうが自分の書きたいように書くと決めてやってきたはずだ。なのにそれを悪く思う、というか書いたものでなく私に対して嫉妬して嫌がらせをしてくるというのだって向こうの勝手、そしてまたそれをニラニラと思うのも私の勝手。何もかもその人の自由な采配に委ねていい部分だ。私はまたIさんを見直し、というかこういう部分は彼はちゃんとしており、それはずっと私は評価してきた。今日もいい話が聞けて満足。ちょっと諸問題あるが、こういう人が先生になってくれたら生徒は学びの炎をじゃかすか燃やすかもしれないと思った。

それから彼はこうもいった。懇親会はコスプレで行く。去年のサンタよりもっと上行くやつ。彼の信条はなんでも楽しむことにあるという。先生、あそこにもコスで行くそうですよ。叱らないであげて下さいね。ということで、私はこれを聞いてまた「そうかーそうだよネ」と嬉しくなった。こっそり大学に行き、隠れるように話をしてまた人知れず帰る。なんて私には似合わない。だって私は何も悪い事をしていないんだよ。なぜそんな事をするかというと、これもN先生のためだった。N先生が私に顔を合わせずらいだろう、もう卒業だし静かに去ろうなんて思っていた。でもちょっと待って?ここまで私がする筋合いないんじゃないの、悪いのは向こうなのに!私を呼び着けたとある人もそう言っていた。もう遠慮しない!懇親会の日にわざわざ私を呼ぶ大学が悪いんやー!私もコスでいったる、私にとっての最後の大学のイベント、めいっぱい楽しんだル!!!!

ということでフィガロ仮面が誕生し、そしてN先生は喜ぶどころか激怒し、「あなたのそういう態度が私を傷つけるのがわからないんですか」という名セリフとあの名シーンが生まれた。全然そんなつもりはなかったし、あんなに先生が取り乱すとは全くの想定外。でも飲んだり食べたりで忙しい人達は気が付いていなかったみたいで、全員が全員注目していたという訳ではないよう。後からそれをリサーチしてくれた人がいて、知らない人もいるみたいだよと教えてくれた。でもびっくりして目をまん丸にしている人、驚きうつむいてしまった人などが目に入り、私はあんなコスで居たたまれなかった。

でもまあ「どう受け取るかはその人の勝手だろ?」という、今日はナースコスをしているIさんの言葉が脳内に響き「まあそうだよネ」と思った。そして「びっくりしたけど素敵だったあー映画のワンシーンみたい」と後に何度も何度も脳内再生されることになった。ということは何もかもIさんのせいとも言える。私は人のいうことはきかないが、面白そうだとすぐ真似をしたがる。うちの夫が娘に教育虐待をして児相や警察がくるが、「勉強しろ!」ということをきかせるのではなく、勉強ってこんなに面白いんだよーと見せてやればすぐ真似して勉強しだすのに。娘や息子は多分大学に行くのを楽しみにしていると思う。だって私が大学に行くというとキャッキャと出かけるからだ。大学は後の一年は苦しくて辛くて死にたくなったが、最初の一年は本当に楽しかった。でも今は開き直り楽しむようにしている。喜怒哀楽悲喜交々こんな面白い人間ドラマがあるだろうか、あの時とは別の意味で卒業したくなくなってしまったくらい。 いつかこれも小説に書いてみたいと思う。

そういう訳で懇親会と呼び出されたついでに千住博先生の講演を聞くことにした。有名人だし無料だし、卒業したら「あの千住博さんが学長だった大学」と誰かが必ず聞くだろう。その時に「うん、講演聞いたよ」と言いたい。なのでせっかくだからとまた一番前の席を陣取った。本当にすぐ目の前、はもう取られていたのでやや右横。でもここ丁度壇上の脇に千住博先生が立って話すことになり、また真正面といっていいポジション。私は大学の授業もいつも一番前の席で受講していた。一番前は学習態度とかスマホいじったりするとみられるという懸念があるが、代わりにがっしりとライブ感が味わえる。後ろの席なんてせっかくなのにもったいないじゃない!

千住博先生が登場し、お話を始めた。写真や外苑キャンパス内でたまにすれ違うのとは違う、生千住博。有名人とか偉大な人というのはどうやってああいうオーラを出すのだろう。オーラ屋さんがいて、だんだん有名になったり偉業をなしとげると、三越の外商さんのようにこそっとやってきて、「そろそろこちらなんていかがでしょうか」とアタッシュケースみたいな鞄からオーラを取り出しながら色々すすめてくるのではないかしら。そして「おおーこれは見事な」とか、「これはダマスカス産でなかなかこれだけのものは」なんて言いながら買うものではないだろうか。それはいいものは高い、でも似合わない人には絶対売らないというのがオーラ屋のポリシー。それをやぶって間違って売りつけるとその人に災いがもたらされてしまう。なので注意深く日々営業のターゲットを絞り、尚且ついいオーラを仕入れるために世界中を旅する。

そういうオーラが千住博先生にはあった。私は武蔵美に入る前に京都造形芸術大学通信のパンフを取り寄せたことがある。その時の学長は千住博先生だったはずだ。版画コースがなかったので武蔵美を選んびそれはそれでよかったし、その後京都造形に編入するとは思わなんだので人生何があるかわからないとも感じた。そして卒業の年に千住博先生の講演を聞くことになるとは。これも本当に偶然のたまもの運命としか言いようがない。この日大学に来るつもりもなかったどころか、懇親会のあるこの日だから近寄りたくないとまで思っていたのだから。 なぜなら懇親会にはN先生がくるとわかっていたから。自分じゃない、先生のために遠慮しようと考えたのだ。

講演の話。千住博先生はペットボトルのキャップを右手に持ち私たちに見せた。左手にマイクを持ち、「今私たちの住んでいる地球がこの大きさだったら、太陽はどのあたりだと思いますか?」というのがスピーチの始まりだった。こんなに遠い距離にあるのに太陽は地球を照らすという話から、プロジェクターで代表的な絵、特に浮世絵の話をされていた。専門が日本画なので日本の絵に造詣(ぞうけい)が深いのは当たり前だが、版画も日本画のひとつなのだと思った。浮世絵だから日本画でしょうと思うかもしれないが、あれは版画であって描いた絵ではない刷ったものだ。だが壮大な宇宙からしたらどうでもいい、そもそも「絵」だって人間か描いたものか自然が描いたものかなんて宇宙どころか地球からしてもそんな概念で縛られたりはしない。このボトルキャップのような小さな上にひしめいている生きとし生けるけものたち、人間という私たち、寄り添って労わり合い生きようというメッセージように感じ、様々な言葉を拝聴した。

最後にまた質問コーナーがあった。私はどうしても聞きたいことがあり、もしかして失礼かもしれないけれど、今聞かないともうチャンスはないだろう。私は今は文芸コースだけれど、もともとは絵描きだ。すごい!という絵を見ると普通の人はただただ感心するか、描いた人のプロフィールが気になるだろう。誰が描いたのか、どんな賞をとったのか、どこの出(大学など)なのか。私はまず「どうやって描いたか」が一番気になる。というより他はどうでもいいタイプ。でもたいがいいい絵を描く人はちゃんと学び賞もとり世間からもしっかり認知されている。もちろんウォーターフォールも知っていたし上村博も知っていた。でもこの絵をどうやって描いたのか知りたいと思っていたら、デッサンの授業の時の先生が「あれは絵の具を上からたらすんだよ」と教えてくれた。へえーそうなんだ、でも何故そんな事を思いついたんだろうというのが私の持ち続けてきた疑問だった。なので聞いてみた。

こういう質問をする時は躊躇してはいけない。自信なさそうに手をあげたりそういう顔をすると、場合によってはどうでもいい事を聞いてきたと捉えられるかもしれない。なので「どうしても知りたいんです」という態度で手をあげると案の定司会の先生が指してくれた。私は聞いた。

「私は二階の絵をみるたびに京都造形芸術大学に入学して良かったといつも思います。この絵を描く方法を思いついた経緯が知りたいです。あのウォーターフォールが誕生したビッグバンはどんな風でしたか」と。丁度宇宙の話を先生がされたので、あの絵の誕生を宇宙の誕生ビッグバンにかけたのだ。先生は笑顔になり、色々と話してくれた。でも場合によってはすごく失礼、というのは、こういうのって企業秘密的に教えられないという作家は非常に多いのだ。私が長年悩んでいたエッチングに彩色という技法、武蔵美まで行ったけれど誰も教えてくれなかった。武蔵美の版画の先生は他の人のやり方に興味がない先生が多かったのか、質問しても質問の意味がよくわからないようだった。でも今思えば頭の中でごちゃごちゃ考えるより千住博先生のように実際に色々やってみればよかったのだ。

千住博先生は先ほどの講演よりもすごく熱心に話し出した。話したくてたまらなかったというように。絵の素材を求めて深い杜に入り、そこで滝に出会ったそうだ。それを眺めているうちに天啓ともいえる何がが閃き、滝を描こうと思いつく。そこで先生は滝から流れるその一瞬を切り取ろうと、滝に合わせて立ったり座ったり、ちょうどスクワットのように何度も何度も目線を上下させたのだそうだ。実際に「こうやってね、こうね、だんだん疲れてくるけれどそれどころじゃなくてね」などと、その当時の状況を身振り手振りで懸命に再現していらした。

私のすぐ目の前なのでその先生の迫力にあっけにとられてしまった。その次に「滝だけじゃない、僕は崖の絵を描いた時はこうやって崖を魚拓みたいに紙にうつしとって」といって、手元のプリントか何かの紙を司会の先生にちょっと失礼と言いながら、肩に紙を押し付けて「こうね、こうやって写し取ったらちゃんと崖がとれててね」と言い終わらないうちにこれでは伝わらないともったのか、「こう、ほらね、こうやって」と何度も何度も司会の先生に紙を押し付けていた。目を見開き何もかもを教えるんだという気迫に溢れていて、私はもう最高に感動してしまった。

みっしりと超満員の学生たち、すごく遠い地方からわざわざ千住博先生の講演を聞きにきた方もいらして、全員が感動の嵐に包まれただろう。これが人にものを教える態度なのだと感じた。いい先生を演じるのではない、自分の立場なんて全然関係ない、自分の知っていること情熱を「教えたい!伝えたい!!」という熱量。この講演を聞いた瞬間から、私の中で画家千住博は千住博先生になった。京都造形芸術大学に入学して本当に良かった。心から思った。私の後に質問した人は感激のあまりわけわかめになっていて、でも気持ちはよくわかった。「千住博先生が学長だと思って入学したのに!」という恨み節まで飛び出し、千住博先生は唖然としていた。ああ、でも私が質問した内容、ウォーターフォール誕生の瞬間ビッグバン、先生の口からお話が聞けて、そして京都造形芸術大学にまた尊敬する先生が誕生したということは私的には大きな出来事だった。もうこれで大学の悪口は言えなくなったことになる。

コンビニ大学ロボット先生を創りだしていたのは全て事務局の差し金だった。大学の先生なんて冷たい感情を持たないalでも出来ると書いたけれど、すごい熱量で講演し質問に答えてくれる先生や、「あなたの態度が」と怜悧な日本語で燃えて突撃してくる先生、こんな熱血な先生がたくさんいる大学だった。卒業まえにそれがわかって本当に良かったと感じた。この日大学に来なければ全く誤解したまま卒業してしまうところだった。それもこれも自分が行動したせいと言われるかもしれない、でも目に見えない力がまた発動したともいえる。運命というやつ。何度も言うけれど、私は本当にこの日大学に来る予定はなかったし、出来ればこの日だからこそ近寄りたくないと決めていた。

私と千住博先生を遭わせてくれた目に見えぬ何かに大感謝したい。

と、いう記事を書こうと思ってまだ書いていないのに気が付いたのは、辻仁成先生Tweetが流れて来て、



design stories」のサイトがあるのに今更気が付く。そこに創刊記念として千住博先生×辻仁成先生の対談が記事になっていた。私は早速読みこみ、そうだ私の感動も熱がさめやらぬうちに早く書かなくてはとまた家のこともせずにこれを書いている。「千住博先生が学長だと思ったから入学したのに」と絶叫していたあの学生同様、私も辻先生が教授をしていたので京都造形芸術大学を選んだのもある。日本大学の国文学とどっちにしようかすごく悩んだ。小説の書き方をより学べるのはKUADだと思ったのもそうだけれど、辻仁成さんが先生ならこちらでしょうと来たのに、なのに私が入学したタイミングで退任されてしまった。

確かに辻仁成先生は通学生の先生で、通信教育の先生はしないかもしれない。でも去年まで通学生担当だった先生は、N先生が長年口説いて通信の授業やイベントにも参加されるようになったと聞いた。N先生GJ。なのでもしかして辻先生が未だに京都造形芸術大学の先生だったら、もしかして私の副担任とか少なくとも講演が聞けたかもしれない。私は入学してからずっとそれを期待していたがとうとう叶わなかった。そうしたらあのわけわかめになった方のように、「辻先生が教授だと思って入学したのに辞められてしまって!」と私が質問コーナーで発狂していただろう」

N先生が口説いて通信生の授業にと迎えた門崎先生は私の副担任をして下さっている。ちょっと怖いけれど先生的なスタンダードな威厳的怖さで、N先生のように取り乱したりおおえかのように策を練って人を陥れるようなことはないだろう。こういう先生らしい先生が外苑キャンパス文芸コースには不足しているのではないか。私ははこういう先生がコース主任には適任だと思う。この先生だったらこんな事態には絶対なっていなかったし、私は大目玉をくらうけれど私的感情で制裁などされなかっただろう。N先生は翻訳家だから職人的才能はあるけどマネジメントは苦手そう、人が良すぎて人を見る目もないと思う。門崎先生は私の副担任を引き受けてくれた、N先生がなんと言って私を引き継いだのかだいたいわかるし、それでも引き受けたということは私を疑わなかったということではないだろうか。

N先生、「冷静と情熱のあいだ」には何があるのでしょうね。私は愛だと思います。N先生、もっとしっかりしてください、何事も自分の目で見て確かめるようにしてください。他人を通して見た何かは本物ではありません。


senjutuji
辻先生、サイトの写真勝手に使いました。すみません。

話を戻してこのお二人が私の先生なんです、すごいでしょう。あー京都造形芸術大学に入学して本当に良かった。ミーハーな気持ちではなく本当に素晴らしい先生達。辻先生は私のフォロワーもして下さっている、Twitterしていて本当によかった。

でも千住博先生は対談の中で、ネットの世界が中心になってきた現状に警鐘を鳴らしてみえる。これは私も本当に同感で、どうしたら子ども達にそれがただの道具だとわかってもらえるのか悩んでいる。ネットは人の心も創造力も友愛も全てのみ込みブラックホールに送り込んでいる。でも取り込まれなければ便利なツールだ。これも冷静と情熱のあいだを行ったり来たりして考えないといけない大切な取り組み。いいアイデアはあるにはあるのでそのうち実行してみるつもり。ちょっと長期戦になるのでこの話はいずれまた。