昨日事務局に文句を言った内容を書いてみたい。私は一昨日13日から今日の15日まで大学で授業を受けている。そして案の定「アレ」が起こった。あれとは「先生、もう休憩時間です」というやつ。先生は「あ、すみません。じゃあ今から十分間休憩にします」これが授業の度に毎回毎回毎回毎回あった。去年編入して今年卒業だけれど授業のたびにずーっとそうだった。そうじゃなかったことは一度もなかった。なかったのは歴史遺産コースの「文化史特論」だけだった。歴史遺産コースは何故かチャイムを持ち込むことになっており、時間になるとチャイムが鳴るので授業の終了がわかる。

京都造形芸術大学はチャイムがないので先生達は授業が終わるタイミングに気が付かない。そして生徒は時計がみえるので「もう終わりなのに」とハラハラすることになる。ずーっとそうだった、ずーっと。これ、先生の責任?ただの事務局の怠慢だと思う。

私は13日第一日目は先生に「もう終わりです」と言った。でも昨日14日は言わなかった。毎回毎回私がいうのって変じゃない、それにせっかく好きな科目なのに先生に嫌われたら嫌だと思った。すると別の方が「先生、もう時間過ぎています」という。先生はまた慌てて「すみません、今から休憩にします」と言われた。私はそのまま事務局に行き、文句を言った。「チャイムを鳴らして下さい」と。生徒に遅刻厳禁とか単位やらないとか言う割に、自分達はなんなのよ。もう一度言う、私たち生徒の前にカスタマーでもあるから。偉そうに聞こえるかもしれないけれど、あなたたちの方が本当に偉そう。

人が話していると高飛車に割り込んで来るし、指図命令してくる。これ、京都の事務局のカラーをそのまま写しているんだと思う。武蔵美は絶対こんな冷やかな空気なかった。京都のぶぶ漬けたべていきんしゃいみたいな温度、なんでしょうね。今受けている日本美術論のワークショップで、東京と京都の温度が違うから、それぞれの常識がそれぞれで通用しないことがあると言った人がいたけれど本当にそう、武蔵美と京都造形って全然違う。そして京都の大学なのに東京にキャンパスがあるもんだから学内がカオスっているんじゃないだろうか。

生徒は一番位が低い民人、おれら官民でトップは貴族だから好き放題していい。みたいな空気。なんか違うんじゃない?ここは東京だし、今は平成だし、民主主義の国にもう生まれ変わった訳。つい昨日天保の大火がーみたいなネジゆるんだこと言ってるからダメなのよ。そういえばセレブデブもそう、京都人じゃなくても京都の水で洗うと全員イケズになる。先生は貴族生徒は民人、それがザ京都造形芸術大学、なのではないだろうか。今までのあれこれを思い出してもそうだとしか思えない。

だいたい京都造形芸術大学外苑キャンパスは、生徒によくみえるようにという配慮なのか先生の後ろに時計がある。先生は話していると時間がわからなくなる。それは当然、先生が時計を気にしてチラチラみながら話すことってないんじゃないだろうか。一年目は文芸コースの授業ばかり受けていたが、やはり同じことばかりが起こった。N先生はついにスマホのタイマーをセットしていたが、なかなかタイミングよく鳴らないので四苦八苦されていたのを思い出す。「あれ、おかしいですね。どうしたんだろう」などと。みんなでクスクス笑って楽しかった。

でもこれ、学校にチャイムがあればいい話なのではないの?なので事務局にそう言ったら、チャイムはないとぬかす。そこで歴史遺産コースはチャイムを持ち込むので~という話があり、だったら全コースにチャイムを用意したらいいと意見した。すると、外苑キャンパスはないが、京都の本校にはあるにはあるが、通学生の時間割で鳴るので通信生の方はチャイム無視してくださいとアナウンスしているという回答まであった。これ、なんか通信生に対して失礼な感じすると思った。「だったら切っておけば?」

雷とかなんかの自然災害ならともかく、チャイムって人間が作ったものだ。だったら人がコントロールできないというのは大学の、もっといえば事務局の、更にいうと事務局コナンの怠慢じゃないの?あんなのが事務局長なんかやってるもんだからN先生と私がややこやしい事になっている。私無実だから、何もしていないから!コスはしたけど。でもこの「事務局のせいで先生とコンタクトできないから余計ややこやしくなった」というのは、現代のスマホ社会ネットワーク時代にとても興味深いと思ったのでストーリーを思いつき小説を書いている。現代版ロミオとジュリエット。

そこに先生好きとか書いているけれど、小説を書いていてやはり違和感があった。やっぱり違うかもしれない。誰かとジェットコースターに一緒に乗ると、その相手を好きになってしまうことがあるそう。心理学でいうこところの吊り橋理論とか錯誤帰属がこれにあたる。スリルでドキドキしているのか好きでドキドキしているのか、人間の脳は判断が出来ないのだそうだ。あの「あなたのその態度が私を傷つけるのがわからないんですか」という爆発するような怒りとセリフにびっくりしてすごくドキドキした。なので好きと勘違いしているのだと気付いた。そして「 何もしないという愛」が爆生したけれど、あれはあれでその時の気持ちというか思い出なのでそのままにする。

話が逸れたが、なのでチャイムをちゃんと鳴らすようにして欲しい。

このチャイムが鳴らないおかげで私は酷い目にあったことがある。そう、あの「連句と俳句」の授業、全然授業が終わらないので私は一句詠んだ。

「先生へ時間になったら終わってネ、私朝ごはん食べてないから」

これを先生が読んだ時、ちょうど授業の終了時間だったと後に学友のひとりが教えてくれたけれど、これ本当にお腹が空き過ぎてぐうぐう鳴ってしまい、困って詠んだのだ。なのに先生からはふざけすぎやろと授業の評価は75点だった。これ、絶対あの顔採用の女の先生が気を悪くしたんだと思った。他にもこの先生には、板書の文字が小さすぎてみえにくいとか、声がぼそぼそして小さいので聞こえないとか色々意見した。特に板書、全然みえないので他の学友も「事務局に言おうか」なんて言っていた。でも私は本人に直接言ったほうがよかろうと思って言ったらムッとしてにらまれてしまった。しかもチャイムが鳴らないものだからいちいち教えてあげたので余計に恨まれたのかもしれない。そして75点。

ああそうだ、授業の最後5時間目にレポートを書く時間があり、書いたら帰っていいというので一番最初に書けた私は教室を後にした。その時に「出来れば授業が終わる最後までいて欲しいけれど、急ぐなら止めない」とかなんとか言われたが、だったらすみませんがお猿ちゃんが待っていますのでと教室を後にした。その時も「てめー察しろよ、授業ちゃんと最後までいないと私が事務局に怒られるやろ」という怖い視線を投げかけてきた。そうして欲しいならちゃんと言えばいいのに。私別に無理に帰ったわけじゃないでしょう。なのに75点。

レポートがまずかったんじゃないと思うかもしれないけれど、こういうブログ調ではなくきっちりと答案用紙や普通のレポートのように書きましたよ。単位や報酬のかかっているものはきっちり書く、当たり前でしょう?なのに75点。学友達に言うと、「あれ?特選だったし点数も良かったのにね。私85点だったよ」と言われた。

特選とは。

授業の最後、レポートを書く前に「句会」なるものをした。これは短冊に匿名で俳句を書き、集め、順番に読んで皆で点数をつけていく。更に特にいいものを先生が選び、入選とか特選とかを選んでいく。もちろん特選が一番いい、私はそれだった。匿名じゃなかったら先生は私の作品を選ばなかったように思う。学友達も私の作品に点をたくさん入れてくれて、最後に「この作品を作った人はだれですか」と司会に言われて私が手を挙げたら全員が驚いていた。先生はぐぬぬという顔。そんなこんなで75点というのはおかしいやろと、大学に再評価調査票を出してみたら、ご本人の先生から「最後のレポートでこの点をつけた」とかえってきた。それもっとおかしいやろ、そもそもあのレポートが75点というのもそうだけれど、授業全体で成績をつけるものではないの?それに採点した本人がまた再考して再評価を下すシステムがおかしい。点数の付け方がそもそもおかしいと思う。

俳句の先生をもうひとり増やしましょう。それはあのゾンビ先生がいいと思います。あの先生は私が色々言っても全然ぶれないし、ご飯食べに行こうとか言わないし結社に誘ってきたりしない。私が学友とそれからタイタンの太田社長を誘いたいので呼んで欲しいと言ってもなかなか空きがないらしく未だ実現せず。そんな風に無心で依怙贔屓もしないしいつもフラット。大正大学の先生らしいけれど、顔採用の女の先生とチェンジして欲しい。もしくはゾンビ先生を監査役にしてもらえないでしょうか。顔採用の女の先生は、私ずっといると思っていたけど実は昨年あたりから急に京都造形に先生として採用されたらしい。初大学の先生デビューみたいだけどおおえかと一緒で誰が引っ張ってきたんだろう。ともかく新しい先生で成功したのは私の主担任の先生だけだと思う。別に自分の担任の先生だから気を使って言ってる訳じゃないのはブログ読んでる人ならわかるやろ。何度も言うけど私の主担任の先生にストーリーとシナリオ担当してもらうべき。

顔採用の女の先生だけじゃない、自分の感情で採点したり生徒への対応を変える先生というのが京都造形芸術大学通信教育部文芸コースには多い。特に「文芸コース」って、芸術大学としては別物(絵を描かない学部)なので、大学とは一線を画すと思われるのかやりたい放題な先生が多い気がする。なので大学やめたいとか休学したいという生徒が後をたたないのだ。

とある人にこういう話をしたら、「まあ大学の先生っていうのは浮世離れしている人が多いから」と言われ、本当にそうだと膝を打ちたくなった。私の事を常識知らずとかなんだとか言うけれど、自分達はどうなのよ。そうだ、事務局に「フライングカフェに申し込みたいけどN先生が行くから参加しにくい」と言ったら、「明治記念館なんてすぐそこだからひとりで行ったら」と言われ、「日本美術史の先生と一緒に観に行きたいんです」と言ったら、「あなたとN先生が顔を合わせる所を想像すると怖い(からやめて)」とも言われた。どーして生徒の私が遠慮しないといけないのよ。私をみて自分が保てないと思うならN先生が遠慮するべき。私行きたいのでN先生は来ないで。懇親会の件、事務局ですっごく噂になってるって外苑のボスが言っていましたよお~、あれは先生としての態度ではないわねとも言っていました私もそう思います反省してくださいマジで。

私こんなところでよくやってきたなと、あとちょっとで卒業だけれど本当に自分で自分を褒めたい。

ちなみにこの顔採用の女の先生、藝術学舎の方で「学長と行く俳句の旅」という授業?イベント?よくわからないけれど二泊三日で行くそうだけれど(あっ!今日みたらアシの牛蒡先生がひとり増えてる!よく旦那さん何も言いませんね、うちなら怒られるわこんな組み合わせで二泊三日なんて)こういう強い人によしよししてもらっているから「私は女王」なんて思うんじゃないかと感じる。例えがちょっとあれで申し訳ないけれど、中小企業なんかで社長の愛人している事務員が自分がボスのような顔をしてやりたい放題というのにちょっと似ているなと思った。これに参加する人は一定数いると思うけれど、それなら「千住博とウォーターフォールのビックバンを探して」という企画の方が人気あるんじゃないだろうか。千住博先生とあの滝をみにいくという二泊三日の旅。これなら多分十万円でも参加者は抽選になるのでは私も行きます先生!こういう人気の人を使わずナマズ先生と顔採用の女の先生の旅行を企画するゆるふわ大学、ぼけっとしていてもお金が集まる大学はいいなと羨ましくなる。 

そういう訳でコナンさん、そんなお金があるならちゃんとチャイムが鳴るようにして下さい。それか先生の正面の壁、私たちの後ろにも同じように時計つけたら?京都造形芸術大学ってこういうところは本当にケチ。懇親会の食べ物と飲物なんて10分で終わった。こんなことなら日高屋でラーメン食べてから参加すれば良かったとまた思った。娘にパーティーに行く時はちょっとお腹に何か入れてからいくものよ、でないとお腹空いてがっついたりしたらみっともないでしょうとつい先日言ったばかりそういいえば。自分が一番出来ていないのは事務局と一緒かもしれない。

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今年は紅白出ませんでしたね。私ピコ太郎しかみてないけど。