昨日タレこみというか、色々大学内部のことを教えてくれる人が現れて、自分がすごく勘違いしていたことを知った。私ってこういうピンチの時になると、さあっとホワイトナイトが現れて窮地を脱するということがよくある。そういう時って多分自分のためじゃない、誰かや何かのために尽力している時で、もうここまでと脱力しそうになると目に見えない何かが助けてくれるんだと思う。それが一体何か説明できないが、そういう力が働いているのをなんとなく感じる。人生初の裁判の時も、それからVS東京姉妹の時もちえの過去を知っているという方から写真やプロフ年齢など様々な情報が届き、ちえにぶつけたらびっくりするくらい大人しくなったし、他のVSの時もそうだった。これら自分が勝ちたいというものもあったが、「こんな人世の中にのさばらせておいたら子ども達の未来があかん」という一心だった。もしこれらが自分の私利私欲だったら絶対こういうのはなかったと思う。こども食堂だって自分が目立ちたいとかファッションでという気持ちだったら誰も助けてくれなかっただろうと容易に想像がつく。豊洲というまだ小学校に入学したばかりの子どもの街、ちゃんと弱者を助けるとか正しい共同体について学ばせてあげなければという、自分もこども食堂を始めてわかったのだがそういう訳で大学の方も色々通報があった。大した情報ではないと言われればその通りかもしれないが、もしすんごい内部情報があったら逆に困る。でも是非お願いしたいと思うのでよろしくお願いします。「おおえかに通院歴あり」ってそんなの薬飲んでる時点でわかるから。普通に考えて入院歴はないと思う、あの人そういう病気もファッションだと思ってるから。辛いは辛いけど辛いけど頑張ってる俺を周りにアピールする材料にしている。前にも書いたけど、そういう病気で本当に辛い時ってそんな風に自分を語れないはず、私がそうだったからよくわかる。話せるということは大したことではないし、もう回復したといえるだろう入院なんてさせてもらえないよ。でも大学はちゃんとそういうの調べたのだろうか。今10万円払うとかなり詳細に調べてくれるから、誰かを採用する時はちゃんと調べないと。入れるのは簡単だけど出すのは大変だよ。あ、だから季節労働者的採用なんだなるほど。まーでも大学の先生達事務局全員騙されちゃってというか、もうどうしようもない人ということがわかっているけれどノーベル文学賞の訳者という鳴り物入りで大学にきたスター文学者N先生の推薦ということで、皆手を出せずにいるだけ、それをいことにやりたい放題。そういえばあの顔採用の先生もN先生のお気に入りらしい。なので今年から授業をいきなりふたつも受け持つことになったと聞いた。なまず学長もお気に入りで、でも顔だけの性悪美人代表選手権のチャンピオンで、目元に険があって確かに意地悪が透けてみえるし授業も全然ダメ、声は小さい板書の字もありんこみたいで、生徒がそう助言すると不貞腐れてムッとするような人、そして自分の感情で採点する、私はこの人も先生と呼びたくない。私がこの大学で先生と呼べるのは千住博大先生と辻先生と日本美術論の先生とと古典芸能の先生と日本文学の先生と宮沢賢治の先生とアメリカいっちゃった先生、それからデッサンの先生とえーとそれから。なんだちゃんといい先生に巡り会ったじゃない。そうだ、卒制の主担任副担任の先生達は本物の先生だった。副担任の先生とはぶつかり合ったけれど、香山リカさんが生徒と先生はぶつかり合っていいと言ってみえたからこれで良かったと思う。それぞれの考えをお互い一歩も譲らない、でも多分お互いがお互いの意見も認めてはいるんだよ、でもサシで議論となったら論破の道を探索し合う。正しい師弟の関係ということなんでしょう。

それから卒業制作の学友の出来が気になったので、朋輩のブログをみにいく。読むとああ私のブログも読んでいるんだなとすぐわかる。あの人はあからさまにそういう事は書いていないけれど、なんとなくシンクロするような話題を書いてくれている。そして今回は卒業制作口頭試問どんな感じだったのか気になったのでいってみた。彼女の主担任は私の副担任。主担任副担任つっても作品を読んで講評しコメントをつけるのは主も副も同じ、ただその割合がちょっと違うということだろうか。面接授業は一緒にやる。私の場合三人で面接授業をすると、副担任の先生は主担任の先生より話すということが多かった。この人にどう言ったらよい小説を書いてもらえるだろうかという期待がすごく透けてみえた。特に二回目の面接授業の時は副担任の先生がずっと喋っていた。熱心に指導して下さったのだと今更ながら思った。主担任の先生は授業以外でサシで面談授業をしてくれて、この時の指導であの不屈の金字塔的な傑作が仕上げられたのだ。ふふふ、みんな卒制のために面談なんか申し込みしなかったでしょう。だめだなあ。それから私は面接授業の時は先生の話す言葉の意味をあまり考えない。いちいち深く考えていると次の話が入って来なくなるので必死にメモだけとるという感じ。で、後で書いたメモを眺めながら面談を思い出すと色々な言葉の意味がわかってくる、それを作品に反映させるだけということになるのではないか。

私は彼女の口頭試問の記事を読んで、卒制に限っては彼女に勝ったと思った。彼女はどこかの文学賞に出したいと言ったら先生たちはもう少し書き込んで校正をしっかりと言ったらしい。私は完成度が高くこのままどこかに出したらと言われた。細かく書けなどともなく、ここはどうしてこんな事を思いついたのかとか、何か変わるきっかけがあったのかとか、ここの部分すごくいい何故ならとか、今思えば、まるで熱狂的なファンが作家にインタビューするというような質問ばかりだった。どこかに出したらというのは先生達が生徒達に言うリップサービスだとばかり思っていた。最後の最後にそんな風に言われたらみんな喜んで頑張るだろう、好きこそもののでいつかスターが生まれるかもしれない、もしそうなったらコンビニ大学ダメダメコースも世間から見直されて、ここの先生と名乗っても「ああ、あの芥川賞の人の」と思ってもらえるのではないかという目論見もあるだろうと思っていた。

でもあの人に言わなかったということは、他の人にも言っていないと思う。彼女は卒制を自画自賛しながらノリノリでやっていて、彼女は頭もいいしテクニックを取り込むのも上手いし多分面白いものが書けたと思う。自分でも面白いものが書けたと書いていたし。でも私は自分で読んで面白いどころか感動してしまったし、何度読んでもまた読み返したくなるものが書けたと思った。先生達も書き足すとか減らせとかもう少し丁寧にとか全然言われなかったし、むしろ千住博大先生のいう「筆を置く」状態だからもうかまうなとやつだったのではないかとまた思った。先生達は私自身の評価を全くしなかった、ブログも「読んでます」と言ってくれたが、それをどう作品に反映させるかという話だけだった。

こう考えるとN先生素敵な先生ではあるが、人を見て顔先生や使いやすいおおえかを尊重し依怙贔屓、自分が興味ない生徒は講評で全否定したり自分の感情だけでフィガロ仮面に突撃してくる。いつも生徒じゃなく、自分が傷ついたとか侮辱されはしないかばかり心配している。with不愉快な仲間達とつるんで生徒の作品を酒の肴にしたりして、文学者として優秀でも先生としてはどうかなとまた思った。なのでおおえかが一年目はまあマシだったのが二年目であんなんになったのではないか。悪い影響を与えているのはもしかしてN先生の方なんじゃないかと思った。おおえかは口頭試問、また偉そうに色々言っただろう。あの人は人によく思われるためなら足の裏でも舐める人だから。嫌われる勇気が一ミリもない、そのくせ力のある人に好かれるためなら紙を蹴散らしその亡骸を重ねて自分が上に上がってかさ高く見せたい人、そのうちツルツルの紙にあたって滑ってひっくり返んなよ。

とまあまた余計な事を言ったがそういうことで、私もどこかに出してみようと思う。私の作品のタイトルは副担任の先生がつけてくれた。本当は違うタイトルのつもりだったが、いくつかの案の中で先生がこのモチーフが絶対いいといって譲らなかったと言っても過言ではない評があり、私はここだけは自分の意志を貫いてもいいような気がしたが、書き上がってまた考えようと先生の意見を取り入れたまま書いたらあんれまあそれがピッタリとはまり、作品もイキイキしだした。ラストなんて我ながらびっくりの展開だものね。これら卒業制作作品は一般公開されないそうだが、私たちは文集を買うことで全ての卒業制作作品が読めるそう。これ、もしかして今年からなのかなあ。だって先生達そんな事だれも言わなかったしそういう存在も無かった。もしこれが出来れば外苑キャンパスの8畳くらいの小部屋的図書ルームにも一冊置かれることになり、誰でも好きな時に閲覧できるようになるだろう。今までは先輩たちの卒業制作作品というと、事務局に閲覧依頼を出し、日時を指定してそれを受け取にいく、そして大学の構内でしか読めない。大作を書く方だと読むのに時間がかかり、最初に閲覧した『フルホンヤラストディズ』は約6万字弱、読み終わるのに2時間強かかった。junjun先輩のやつは二回読んだ、同じくらい時間がかかったが、もう一回読みたい。パイセンに卒業祝いにデータ欲しいとお願いしてみよう。

多分文集を作るというのは今年からで、私たちが作った文学フリマの作品集をN先生が読んで何か思うところがあったと思われ。一度論文研究の授業の後先生をつかまえてクラスで「卒業制作作品集を作って」と言ったことがある。私だけじゃないモアイ刑事とかナースコスとか色々な人がいた。それを販売してみたいとも言ったが、「著作権もあるし難しい」とか言われたが、難しいんじゃない面倒なんだろうと思った。でもこうして文集も出来、それそれの生徒が購入と言う形になるが良かったと思った。でも作るなら外部に販売もすればいいのに。そしてその売り上げの一部を次の代の文学フリマのブース代金にすればいい。通信といえどもせっかく大学に入ったのだから、学友が集まって喧々囂々ミーティングをしたりイベント会場で販売したり、打ち上げしたりすればいい。

文学フリマ参加は本当に楽しかった。自分の作品が売れていく喜び、一致団結した思い出。これ文芸コースの代々の伝統にすればいいのにと思う。論文研究という卒業予定の生徒が一同に集まる授業が二回あり、その時に希望者を募ればいい。大学がからむとややこしくなってしまうので生徒が自発的にというスタンスにする。そしてその資金の一部は先輩たちの本の売り上げからという。うーん、いいじゃない、Pay Fowaordと伝統がリミックスしそうないい感じのものになりそう。来年度はセレブデブから平六あらためセレブウがやってくれるそうで、卒業生はなしで今在学している人達でやって欲しいと思う。だいたい今も大学の様々なイベントに卒業生が参加するが、私たち在校生はどうしても先輩たちということで遠慮してしまう。もういっそ文芸コースのイベントは在学生のみということにしたらどうか。で、外苑キャンパスでもホームカミングデーやってその時は来ていいことにしたらいいと思う。

こうして書いておけば大学関係者は間違いなく読んで色々考えてくれると思う。最近の面談の時も住職先生が『あの鐘をならずのは事務局』は良かった、ああいうのは大歓迎だと褒めてくれて、先生達もやっぱりチャイムなくて困っていたんだなとわかった。特に京都は通学生用のチャイムが鳴り響いているそうで、通信生が東京よりも紙扱いということがわかり、あっちの先生達も生徒も大変だっただろうなと思った。

それもこれもこの大学の通信教育部の事務局長というのが、実務をほったらかしてあちらこちらで講演をして「先生」と呼ばれていい気になっているということがわかった。事務局長はコナンじゃなかった、コナンは事務局長補佐、NO.2の地位だが立場はNO.1だろう。事務局長の吉田大作があっちへこっちへと「先生、先生」と呼ばれて講演をしていい気になっている間に影のボスになったのだろう。それは吉田大作としても願ったりかなったりで、「事務局長」という肩書のまま好きなようにやれる。ちょっと吉田大作、あんたが講演にいってる間、大学がどうなってるかわかってんの?ちゃんと大学の仕事もしなよ。まずチャイムを通信生通学生とわけてちゃんと設定すること!外苑キャンパスにもチャイムくらいつけろ!生徒も先生もみんな困ってるんだよ。どっか講演行くなとはいわん、その半分の時間を通信の授業がある日に実際にみてまわれ。仕事は書類やネットの情報じゃ出来ない、現場に足を運ばないとわからないことがたくさんあるんだよ。私をみてみろ、おおえかの実態をつかむために小屋のお芝居を観に行き、関係者と話し、今はもうコネクションもちゃんと出来ていて様々な情報収集もさらにもたらされるようになった。皆おおえかの悪口は言わないが色々空気で察している。ああ、あの人場所がない人だったんだ、だから大学に執着しすぎて暴走しだしたんだなとか、N先生の寂しい心の内を弄んでるとか、もう先生もどきじゃない人間もどきなんだとかこれ誹謗中傷じゃなく事実だから。でも弁護士の先生が「事実だからこそ名誉棄損」と言っていたし、やっぱりネットに書くのはほどほどにしよう。

そういう事で京都造形大学通信教育部の事務局長はちゃんと自分の仕事しなさいね。私だってこども食堂とか大学とか友達と東京観光とか色々するけれど、本分はお母さんという仕事だとちゃんとわかってる。あんたわかってるの?まあ学長が顔採用の先生と俳句を名目に旅行なんか企画しちゃうあんな人だしね。大学関係者に話を向けると皆苦笑いしていた。顔採用の俳句の先生をやってるあの女性、N先生もぞっこんで色々仕事をまわしているよう、だって去年までエッセイのスクーリングって本を作るのあの女の先生だったでしょう。おばさんから若い美女にチェンジしたおかげで授業がわかりにくいものになったのではないか。あーあ、年をとればとるほど女性が輝くと言われているフランスに四半世紀いても日本に帰って来ればこのザマ。

やっぱりこの大学、何もかもおかしいよ。学科も漫画だのイラストレーションだの俳優だの、最高学府で教えることか?息子ちゃんがギター習いに行きたいというけれど、私はそういうジャンルはもっと大きくなって友達同士切磋琢磨して楽しむことで覚えるようなものだと思っている。最近ヒップホップも習い事として確立しているけれど、クラシックバレエと同じように学びに行くものではない、たまたま出会ったストリートで踊る上手い人を見よう見まねで踊るうちに「ねえ、いいじゃん」と声をかけられいつしか仲間になっていくって感じのもんじゃない?なーんかこの大学だけじゃない世の中が平和ボケしてしょうもない事にお金と時間を使い出した気がする。

それからこれもタレこみだけど、住職先生とN先生、もちろん偉そう先生もみんなグルだから油断するな、特にN先生とおおえかはもう悪縁でしっかり繋がっているのでぶった斬って国外追放するならペアでないとダメというものがあった。卒業式の前にあるコースの懇親会も、おおえかが来られないのでN先生も「じゃあ私も行きません」と日和ったという情報もあった。うーん、わたし本当に色々全然わかってなかった。以前セレブウに「毎日気持ちがかわって言うことが違うから何もアドバイスできない」と言われたことがある。でも私だって自分の気持ちがわからないし、どうしたらいいかも何も見えない。N先生だって恩師ではあるが妖怪おおえかを庇う腑抜け貴族でもある。陰陽師的にはその後ろの妖怪だけ消して、目を覚ましたN先生とめでたしめでたしだったら一番いい。でも妖怪おおえかが消えた後、N先生がまた孤独な日々になると思うとどうしよう。N先生のような気難しい人うまく付き合えるのはおおえかだけじゃないだろうか。あいつはカメレオンのように人に色々な顔を見せられるから、「僕しか先生の味方いませんよ」と信じ込ませるのはお手の物、そういう人だとわかっていても人は寂しいとつい懐に入ってしまう。

私は違うよ、豊洲で村八分になりそれが有名になってくると「辛いでしょう、仲良くしましょう」と、マルチや宗教やそういう感じの団体がこぞって手を差し伸べてきたけど全部断った。寂しくて誰かと話したくて自分をわかってもらいたい気持ちにもなったが、他者に救いを求めても何もならないとわかっていた。だったらひとりで自分や周りをニラニラと見つめて真実を探る方がいいと思った。家族がいるから寂しくなかったと言われるかもしれないが、家族なんて他人だし子どもは守らないといけない人達で辛い時は幸せにしてあげなくてはならないという責任感で重荷にすらなる。夫なんていざとなれば敵だと裁判の時から思ってもうあれから気を許したりしない。寂しい人と思われるかもしれないが、こう考えだして逆にひとりが寂しくなくなった。仲のいい人だって意味もなく会ったりお茶だのランチだのしないし、昨日も「香山リカさん講演会」のランチミーティングだったが電話で事足りたので中止にした。 そうだ〜香山リカ先生にも連絡しないといけなかった。香山リカさんは私の先生だから先生と呼ぶ。

そう考えると京都造形芸術大学の組織が大きめのママ友グループだと思った。ボスに気に入られるとやりたい放題やっても誰も文句言えないというのがそっくり。そして何か正しい意見をするとボスに睨まれ村八分になる。それがピラミッドのカースト制のようになり、ひとつ上の人がすぐ下にする、その下の人はまた下にと、なのでおおえかは私たち紙に対して好き勝手やる。もしかしておおえかもN先生の事を持ち余りしているかもしれない。最近ご飯食べた有名人の人もすごく寂しいって気持ちが伝わってきた。奥さんは地方で創作活動をして「私たち自由な夫婦」と言っているけれど、夫婦ってそうなったらそれでいいと思いこまないといけなくなったら終わりなのではないか。奥さんは逃げたんじゃないかなとちらと思った。甘えさせてくれる女性と一緒になった方がこの人は幸せになれるのに、私の朋輩を紹介したいと思った。彼女は年いってるけど美人だし頭がいいし優しいし、何よりピュアで専業主婦を希望している。結婚したらスパっと仕事やめて尽してくれる女性だと思う。ファッションや芸術のセンスはいまいちだけれど、料理も家事も丁寧にやるし食と健康に拘りがあるし、私のように夫の後ろを三歩下がればそのままどこかに行ってしまったりしない、ずっと静々とついて来てくれるタイプ。いつまでも自分を表現したいとか芸術家というのは奥さんに向かない。私の場合は夫が奥さんみたいな感じなので上手くいっているのだと思う。夫は家事育児にすっごく喜びを見出している。この一週間の休暇は全てお母さん業で終わった。なので私は好きなようにいつまでも銀座で買い物したり遅くまで代官山書店とかできた訳。家に帰れば美味しくて暖かいご飯、家事も全部夫がやった。なので色々な用事があってもブログもこのようにバンバン書ける。あーこの生活がずっと続けばいいのに。

夫が家にいると朝からご飯も豪華✨しかも赤出汁!今夫は隣の部屋で洗濯物を畳んでる。「テレビでみた洗濯物を一瞬で畳む方法が上手くいった」と喜んでいて、いい奥さんになりそうだと思った。#朝ごはん #奥さん #海老フライ #赤出汁 #味噌汁 #洗濯物


【結論】
・通信生用のチャイムを用意しろ(今京都の校舎では通学生のスクーリング内も通学生用のチャイムが鳴り響き、「このチャイムは通学生用のチャイムなので間違えないで」とアナウンスがあるそう。おかしいやろ?
・顔採用の先生は私情を持ち込み採点する授業もダメダメなのでクビにして代わりに笹公人先生を採用してください。笹先生は声も字も人間も最近は横にも大きく授業が楽しくてみんな目を輝かせて聞いていた。
・もう言うまでもないチンピラもどきは即刻大学から追い出してください、場合によってはN先生と共に国外追放でいいと思います、みんなの迷惑してます。
・卒業生の文集を作るなら一般販売もすべき、欲しいという方が私の周りにもいました。
・その売り上げのうち1万二千円は次の卒業生が文学フリマする資金にする伝統を作ってください
・吉田大作は事務局長の仕事何もしていないから、講演部を作ってそこの部長にしたらいい。誰のお金で好き勝手やっとるんや
・もっとみんな大学や事務局や先生に意見しよう。嫌われるとか成績悪くされるとかあるよそら、私なんてそのせいで特選で高得点でも75点。だけどそれがなんだ、いい生徒の顔みせて90点もらったとして嬉しいか?だとしたらもう終わってるからそのまま路傍の石になればいい
・「偉そう先生」「住職先生」N先生おおえか、全員サラリーマンだから日和ってカスタマーの意見なんて全部クレーム扱いでスルー。組織をもっとクリーンで風通し良くしないとダメやろ。
•学長は雇われ社長のくせにやりたい放題、理事長がもっと強気になるべき。
・京都造形芸術大学はコンビニ大学どころか〇ソ大学だった



こういうセンス好きじゃない、というか「京都」が聞いてあきれる。これを芸術と認める先生が馬鹿なのよ。卒業制作だよ?この人の履歴に一生残るんだよ?お気の毒だわ。先生はそういう事まで生徒に教えてあげないといけないのに。まるで芸能界デビューだと勘違いさせて右も左もわかならい田舎から出てきたばかりのおねーちゃんとAVに出しちゃうのと一緒よ。私なんて◯ソ大学◯ネとか書いて要約何度書き直しさせられたか、でも今は先生に感謝してる。