ここ数日というか先週末あたりから色々色々あった。ざっくり言うと、京都造形芸術大学、豊洲小学校、それからNewsPicks。相変わらずこの三本柱であっちでちょこまかこっちでコソコソと何かしかある。NewsPicksは正直もう管轄外なのだが、色々見聞きするし話題にする人もいるのでなんとなくまだ縁を切れないというところか。でもあのサービスで社会問題に明るくなると思ったら大間違い。日々どんどん流れていくニュース達に翻弄され時間が勿体ないだけ。社会の問題に明るくなりたいなら7時のおはよう日本を毎日観るだけでいいと思う。私は最近テレビみるというとこれだけ、あとはドラマ10の「お母さん、娘をやめていいですか」を観た。私は『娘さん、お母さんやめていいですか』だったらどんな脚本にするか考えていて、そう思う母親が多すぎるので色々社会問題にもなっていると思ったりした。子ども産んだら死ぬまでお母さんするしかない訳。でもうちは夫が半分お母さんみたいなものだからなんとか持っているんだろうなと思う。昨日は夫が家に一日いたので安心して寝込んでしまった。どうもインフルエンザから体調がすっきりしないところに色々やらないといけない事があったり事件勃発で、頭が痺れて体が動かななかった。それぞれの問題はなんとかなったもの、ならないもの、続いているもの、全然納得がいかない。いつもならこれら赤裸々に書くところだけど今日は書かない。もう無料で話題を提供するのにほとほと懲りたしもうここまでくると「ママ友ハラスメント」の話から逸れてしまい、ブログの主旨とは違う方向に行くと思う。

もうハラスメントやイジメは世の中から無くならない。今こうして私がブログを書いていてもあっちでもこっちでもあるだろうし、ボスママに目をつけれて生きた心地がしない人達がたくさんいるだろうし、イジメに堪えて辛い気持ちでいる子ども達が今日死のうか明日にしようかなどと考えているにに違いないのだ。もう私が言えるのは「馬鹿のために死ぬのはMOTTAINAI」ということだけ。学校に行くのが嫌で死にたくなるなら学校に行かなくていいし、親は子どもがさぼりたくて言っているのかそうじゃないのか子どもを毎日見ていたらそのくらいわかるのではないか。全然気が付かなくて死んだ後に日記みて愕然なんて、それはちょっと違うんじゃないかなと思う。きっとみて見ぬふりが愛とか、叩かれることで子どもが強くなるとか、妙な体育会系の馬鹿な根性論はそういう時全く役に立たない。かといって甘やかしになっても困るしやっぱり難しいな。ともかく世間体的に日和るのだけはやめようと思う。

今回の色々はネタ帳的にプールし、あの人については色々役に立ちそうだから何かの時の切り札にすることにする。前に自身が言っていたのでその通りにする。あの人のお得意な「パパにいいつける」ってやつを今してもいいけれど、きっとごめんで終わるしいくばくかのお金ということになるだろう。そんなものいらんわ。ということでちゃんと謝ったのは認めるけど全然反省の念が伝わってこず、これで手打ちとは思わないで欲しい訳。もう本当に助けなければ良かった、泣いて大学辞めるのが本当にお似合いだったのよあなたは問答無用で最低最悪。

といういことで最後まで京都造形芸術大学最悪ということになったが、それでも色々学び多き授業もあり、エキサイティングなイベントありで何も知らない一年目は割と楽しく過ごせたのでイーブンということにしようか。特に私の運が良かったのは主担任副担任が他の誰でもなかったということだろうか。先生達だって大学側の先生だから思うところはたくさんあったと思う、でも主観を抜いて私の卒業制作だけをみてくれたということになるのではないか。他の先生達だったら私、特に「大学というレンズを通してみた私」について評価採点したと思う。

あの顔採用なんかはいい例で、結局成績における疑義書はもう出さないことにした。どれだけ何を書いても「(笑)」というものしか戻って来ないだろうし、「N先生もご存知です」とわざわざ書いてくる恥晒しっぷり。困った時の御旗のご門というか、成績の採点ではないと言っているようなものだと思う。どうしよもないと思うし大学がそれでいいと思うならいいんじゃないでしょうか。次からは大きな声と文字で授業すると書いてあるし、図らずも顔採用を助けたことになってしまいこれ以上奴の役に立ちたくない。クレームって世間ではマイナスイメージだととらえる風潮があるけれど、真っ新に受け止めたらそれは企業や個人をよりよくするメッセージだと思う。

先日藝術学舎の『文章講座』(※寒竹先生の授業は素晴らしいに決まってるので内容やためになった話は割愛。タダで教えるもんかと思う)を受けたせいか、たまたま周りが文芸コースのこれから卒制をするという方々で、卒制の終わった私は余裕ぶっこいて色々アドバイスしたけれど、一番念押ししたのは「先生のアドバイスは金言」ということ。ああでもないこうでもないといちゃもん的に人格攻撃したり書いてくる人はいるだろう。でもそういう人はもう論文研究の担当からも外されたと聞いたし、少なくとも昨年残った先生達というのはおおえか以外は割とまともな先生達ばかり。なので安心して先生のアドバイスをきくように、無理と思ってもやってみると確かにそうだという結果になるからと伝えた。この私だって先生のアドバイスはひとつ残らず採用したなどなど言えば皆納得だろう、私っていい先輩だわ、本当にみんな頑張ってねといいたい。四年生の一年間はいつも卒制が頭から離れず、色々と辛いものなのよ。でもそのお蔭で他の悩みは全部薄くなっていたともいえる。それが消えたものだからまた振り出しに戻っているのかなあという感じ。ともかく「先生のいうことはよく聞いてネ」という実家のママンの訓えはこの場合は正しかったといえる。でも誰が先生でそうじゃないかは大人なんだから決めていいと思った。

しかしよく単位取れたと我ながら感心してしまう。おかげ様で最後の授業『日本美術論』も単位認定されたと葉書が届いた。これで4月末には卒業証書が届き、芸術学の学士ということになる。もうこれで高卒と夫にdisられずに済むのがありがたいと思う。子ども達だって「ママは最短で大学卒業した」というのも通信大学でどれだけ大変なことか、大人になったらわかると思うし、自分の好きなことならどんな境遇になっても頑張れるといういい見本になれると思う。本当に良かった。

そしてここでまた大学にとって嬉しくない事を書かなくてはならず、余計に心証が悪くなると思うけれど、卒業が決まったからこそ思うところをまた赤裸々に書いてみたい。

私はこの大学に入学する時に「東京のキャンパスだけで卒業が可能」と書いてあるフレーズに強く惹かれて入学した。大学の本部は京都だが、東京で必要な授業は全て受けられるというもの。確かに私は二年間東京にある外苑キャンパスの授業だけで単位を取得しこうして卒業のはこびとなった。でも果たして本当にそうだったかと言われれば、私は「そうじゃなかかった」と言いたい。

京都造形芸術大学通信教育部の授業、特に文芸コースは東京も京都も同じ科目の授業が行われ、京都はa東京はbという区別で申し込み、授業を受けることになっている。必修科目については同じような授業が行われるし、内容や担当の先生が違うこともあるがそんなに大した問題ではない。何より「単位を取得する」というだけならありがたい事でもある。文芸コースのイベントはそう多くないが、読書会、懇親会、合評会などあるし、本年度は有志で文芸フリマに参加と言うおまけまであった。通信教育で学ぶということを考えたら、十分にリアルで学べたし学生間の交流もあった。

しかしこと京都の本校との距離はすごく感じてしまった。例えばこの春京都で毎年行われる『都をどり』というイベントがあるが、祇園歌舞練場が履修工事を行うということで、この大学の擁する大ホール『春秋座』で通しで開催されることになった。京都を彩る春の風物詩、こんな大きなイベントが自分の学ぶ本校で開催されるということはとても名誉なことでもあるが、東京にいるばかりに参加はおろかなんとなく蚊帳の外的な印象を受けてしまう。これはもちろん京都に行くことがなかなか叶わない身の上の不甲斐なさでもあるし、そっちに行く対費用を考えたら近くにある歌舞伎座でお弁当をつつきながら海老蔵の助六でも観たいというのが本音でもある。でも大学の機関紙『雲母』などに「学生50名を無料招待」などと書いてあると、東京にいて京都が本校という理不尽について色々と考えてしまう。



他にも『ホームカミングデー』は京都だけだし『卒業制作展』も然り、「東京だけで卒業できる」とあるが、通信教育で学ぶという身の程を考えないと色々寂しくなってしまったりすると思う。特に京都に本部があるということは、東京の学舎、特にそれぞれのコースについては学部コース長の采配に大きく左右されるところが多い。大学との距離が大きくなってしまったのは私の場合距離的なものだけではないが、こういう事態になるまで何もわからなかった知らなかったというのは本校が遠くにあり、それゆえに監督不行き届きだったというところもあるだろう。

それだけでなく、京都でしか受けられない授業もたくさんあったりして、それも距離を感じたひとつ。特に一番話題になったのは『著作権法』の授業、これは皆が受けたいと思っていたものの京都でしか授業が行われなかった。他にも『京都学』とか、学外フィールドワークで寺院や仏像をみてまわるというもの、神社仏閣の多い京都ならではの授業だが東京では全くない。そもそも私は文芸コースなのでそういう日本美術史的なものは必要ないと言われればその通りなのだが、やはりもともと美術史は好きだしせっかくなので受けたいと常々思っていた。余裕とガッツのある学友などは京都まで通ったと聞いてとても羨ましかった。そうではなく、卒業の単位が足りなくて全然コースに関係ない授業を受けるために京都に行ったとかもあり、これは生徒の勘違いで大学のせいではないけれど、こういう事もある。

代わりに東京だからこそ新元先生や千住先生の講演なども聞けて、東京で良かったと思うところもあった。ということで身の程を知るというのは大切だとまた思った。

でもこういう風に思うのは私だけではないと思う。通信教育部は大人が通う大学でもある、多くの人は大人気ない言い分は引っ込め、自分の守備範囲内で学び、単位を取り、イベントを楽しむ。しかし入学する前にこれらわかっていたとしたらどうだろう。一年間に入学した1700名のうち80%の脱落した方々も色々思うところあったに違いないと思うのだ。文芸コース以外の学部は京都で必修の授業もたくさんあり、結局はお金、特に交通費や宿泊費が続かなかったという事になるんだと思う。入学する時はパンフにいい事楽しい事卒業して成果を上げている一部の人達の事をクローズアップして掲載するだろう。でもそんなの本当にピラミッドの頂点の数人。入学するときは「何とかなる」と安易に思うだろう、でもすぐに「なんともならなかった」ということになると思う。
 
他にも「それぞれのコース毎の采配」というのは以前にも書いた「外資系の採用人事と同じくチーム毎」というのと同じだろうと思う。そこの長がいいと言えばいい、問題ないといえばない、そして「生徒に対しても全て自分に決定権がある」という空気、そんなの京都の本校、通学生に適用されたとしたら文部科学省が待ったをかけると思うし、通学生は誰も異を唱えられないだろう。通信生のしかも大人の私ですら訴えたばかりに酷い目にあっているのが現状。でも何かあっても無かった振りで静かに卒業していく生徒が賢いということになるだろう。 そして私は人を見る目がなかったということになる。後から色々な人に様々に聞くにつれ思うのは、「大人でも大人気ないい人は大勢いる」   ということ。まあそれは自身の大学で証明できたからいいが、そもそも「訴える」というのはした方が損するように出来ているのだとまた思った。
   
今思うのは、時が過ぎれば何もかもが思い出に変わるだろう。もし大学やあの先生やそのせいで揉めた学友達となんとなくなあなあで笑って済ませていればよかったかもしれない。でも人の本音やいざという時の対応の仕方、組織の持つ隠蔽力、手のひらを反すような対応。色々と垣間見ることが出来て、普通につるっと卒業するよりは学ぶ事が本当に大きかったと思う。何より「地方と私腹の多い大学には子どもを入学させない」という意志も固まった。出来れば中学も高校も私立はやめて欲しい。例外として武蔵美はいい。もし時を逆戻りさせられるなら高校一年生くらいに戻って武蔵美を受験したいと思う。今の私が高校生になれたら「女に学歴はいらない」というあの頑固親父と対立してでも大学に行ったのに。西原恵理子さんも苦学して卒業されているが、京都造形芸術大学だったら途中で退学していたんじゃないかと思う。

色々思うところはあるが、ともかく卒業出来ることになった。嬉しいような嬉しくないような複雑な心境ではあるが、ともかく子ども達に「ママは辛くても悲しくても苦しくても頑張って卒業した」ということだけは言える。これだけはまごうことなく良かったと思う。通学生は裕福な人ばかりと思っていたが、そうでもないとも聞いた。苦学して卒業に漕ぎついた人もたくさんいるだろうし、様々なハラスメントに堪えて大変な思いをた人も多分いるだろう。

ともかく脱落せずに卒業出来た学生の皆さん、卒業おめでとうございます。様々な壁を乗り越えまずは卒後というコールに辿りつけたこと、本当に素晴らしいと思います。でもこれが終わりではないんですよ、社会に出ればもっと大変なことがたくさんあります。どうぞ今までの苦労が少しでも報われるようにと祈るばかり、お互いこれからも頑張りましょう。
   
などといつものようにブツクサ書いて、更に藝術学舎のレポートとおまけの短編小説習作まで書けてしまった。大学に入学したばかりの頃は、武蔵美のレポートにだいぶ慣れたとはいえやはり課題は様々に苦労した。でもえいやっとやってみれば出来不出来はともかくあっという間に完成した。自分の苦労も少しは報われたように感じた。