平安神宮を13時ちょっと過ぎに出て、そこからバス亭の場所がわからずちょっと迷ってしまった。来た道を戻って同じバスでいいのか、でもgoogle がちょっと違う場所を指している。ああでもないこうでもない、平安神宮のTSUTAYAの前に戻ったり駐車場で案内をしている方に聞いてみたり。もう一回検索しようとぐぐるとやっぱり違う場所が出る。怪しいけれどその通りにまずは行ってみようと行けば、果たしてそこにバス停があった。もうわかりにくいわあ。バス停に立つと何か気温がぐっと下がってきたように感じて、ダウン長い方を着てくれば良かったと後悔したくらい。なんだか雨っぽい雪みたいなのが降って来て、ダウンの黒い袖に落ちたのをみると雪の結晶っぽい形がみえた。寒いわあ嫌だわあとバス停の椅子に座って落ち着いて考えたら、「ああ!これが細雪?」とはいえ、もう少しハラハラと降る目に見える感じだからちょっと違うわねと思いつつ、「『細雪』ごっこをしていたら細雪が降った」などとニマニマしてしまった。

バスに乗って10駅ほどで到着。どこもかしこも割と近い感じに思ったのは、あちらこちら寄ったせいもあるけれど、以前ブログに「京都駅からバスで1時間」と教えてくれた人がいて、そんなに遠いなんて勘弁してくださいなんて思い、なので面倒で益々京都での卒業式なんかに行きたくないと思ったものだった。でもこうして風の向くまま気の向くままあちらこちら見物して楽しみながらの移動なら、そんなに大変ではないということか。計画性がないとか行き当たりばったりとか人生なめてると言われる私だけれど、ちゃんと最短二年で卒業したし予定通りの時間にちゃんと大学に向かっているわ、順風満帆じゃない。そしてバスは京都造形芸術大学の本校舎に到着。バス停の名前は正式には「上終町京都造形芸大前」になってる。

文句ばっかり言って申し訳ないですけれども、バス停の名前を「京都造形芸術大学前」にしてもらってください。でないと乗り換え案内とかで検索するとバス停が出て来なくて困ることがあります。それから京都館で貰った京都の地図には様々な大学が全部書いてあるのに、京都造形芸術大学だけ記載されていないんですよ!これも載せてもらうようにした方がいいと思います。



ということでジャーン!敵の陣地に到着。これもHPでみた通り。威風堂々とした立派な校舎。なんだかパッとみた感じパルテノン神殿にみえるのは神がいるからなのか、私のような紙が入っていいのだろうかと思った。でも今日は「卒業研究発表会」という大義名分があるので誰も咎めまい。思ったよりも普通のところにあったのでちょっと驚いた。なんていうか、地図であたった感じだと山の中にどーんというイメージだった。でも普通にお店もコンビニもあるし、交通量も多い街とはいえないけれど町な感じ。周りに住宅もたくさんあるし、この近くに住んで大学に通ったらあまり「京都に住んだ」とはいえないなあなんて。京都といえばやっぱり四条河原町とか祇園、でもあの辺は家賃高そう。    
   



そうは言っても山の中腹斜めににそびえるせいか階段が長い。転んで怪我しないように昇降しようと気を付けることにした。奥にみえるバス停が京都駅に行く5番のバスが出ます。写真にうつってないけど50mくらい手前のバスが3番「市役所前」とか「三条」に行くバス。うーんだいぶ交通網も覚えた。車じゃないなんて大丈夫かなあと心配したけれど杞憂だった。こうして写真みるだけでもう懐かしいわね。つい一昨日ここからバスに乗ったとか、学友が優しい人がいて嬉しかったとか色々思い出す。   



「人間館」一番中心になる校舎らしい。この建物4階で文芸コースの「卒業研究発表会」があった。   



ロビーにカフェがあり、その周りに色々な学部の作品が展示してあった。文芸コースは一番奥の目立たないところにファイル立があり、その中にクリアファイルに入れて作品が展示、というかおいてあった。写真忘れたけど、文芸コースってやっぱり目立たないのね。「文芸コースただでさえ人が集まらないからブログに色々書かないでね」といった学友の言葉を思い出した。


 日本画、洋画、陶芸コースの作品が展示してあるホール。




ここかあ「春秋座」明日卒業式やるので場所を覚えた。ここで都をどりやるなんて、舞子さん芸子さんたち移動も大変だし、第一着付けやお化粧どこでやるんだろう。やはり置屋でやるのかな、移動はどうするんだろうと気になった。あーみてみたい都をどり。昔京都来た時に「祇園コーナー」で京都の伝統芸能は一通りざっくりとみたけことはあるけれど、やっぱり都をどりは別格だろう。何より誰かに「一年に一度都をどりを観て、一年また頑張るという友達がいる」という話を聞いて、そんなにいいんだーとちょっと悶々としてしまった。京都の先生達はもちろん観るんだろうな、学生さん達も。東京から行く人も当然何人かはいると思う。はあ、どうして私専業主婦なんだろう。もっとバリバリ働いて稼ぐ人になろうと決心。でもここじゃなく観るなら祇園でみたいな。



「春秋座」入り口横にチケットセンター。「吉田兄弟」のチラシなどがあった。公演があるんだろうな。
   



「卒業制作発表会」まであと15分あったので急いで学生食堂へ。私は社員食堂とか学生食堂が大好き。武蔵美時代も食堂で食べるのは「MAUランチ」だった。せっかく京都まで来たんだから「KUADランチ」も絶対食べてやると思っていた。でもここの学生食堂、外の急な階段をだーっと登らねばならず、急いでいた私にとってはきつかった。はたまた入り口がどこにあるのかさっぱりわからず、しかし「一念岩をも通す」の一心で到着。
   


白身魚フライと唐揚げ定食と、チキン南蛮の3種類で迷って白身魚フライにした。
   


念願の学生食堂ランチ、あと10分しかないというのに「聖護院大根の煮もの」までとってしまった。普通に美味しかった。


食べ終えてダッシュで移動。食堂からは一度一階に降りてまたカフェ前のエレベーターに乗り4階へ。そこから渡り廊下を進んでいよいよ教室へ。



一番奥右手の教室が会場だった。東京外苑の授業いつも広い教室ばかりだったので、普通の教室だろうけど手狭に感じた。

教室内でなんだかお写真は憚られる気がして撮らなかったけれど、発表者の他に見学者もいて部屋はいっぱいだった。前の方にボスママとモアイがいるのがみえたので空いている一番後ろの席に座った。思えば大学の授業はいつも一番前の席で授業を受けた。最後は末席かあ、寂しいものだわね、おごれる者は久しからずってオイ私いつ威張った?席は前だけど周りに気を配り、ひとりの人には声をかけ、万遍なく付き合ってきたじゃない。ボスママとモアイなんてぎゅっとくっついていないと何にも出来ないヘタレ。

まあ悪口はこの辺にして「卒業研究発表会」だいたいこんな感じ。私が教室に入ったら既に始まっていて司会の寒竹先生が今日の流れを説明していた。教室はNA405教室。ひとり10分話し、その後3分質問タイム。発表する人数は先ほど書いた通り11名。先生は6名。私は3番目の発表だった。

最初は京都の生徒さん、もちろん初めてみる方。二人目は東京の方で、しっかり研究インタビューなどもされたという濃密な作品、調査対象への愛というか熱量たっぷりで、いつまで話しても尽きないという感じだった。

その後が私で何も話すことを考えていなかったので少々戸惑ってしまった。でも話始めたら自分の作品への想いが沸き上がり、卒業制作をしていた時や面接授業など様々な出来事が思い出され、時間いっぱいまで話した。リビングジョナサン、10万字書いて6万字に減らしたこと、しかも全部delete して一からやり直してきつかったこと、でも10万字書いたものを捨てたのは大変だったけど全然惜しいと不思議と思わなかったなど。 司会の寒竹先生が、みんなに同じように言う訳ではない、出来ない人には言わないという言葉があり、そうだったのかと喜んだ。

あとは何を話したかなー、そうそう創作が佳境に入ると物語が勝手に動き出したこと、それを必死で追いかけて見て文字にした話などもした。でもこの話は作家にはよくある話で、「何かが降りてくる」なんて表現されるけれど、物書きからしたら珍しくもなんともない、ほとんどの人がそうだと聞いたことがある。でも自分で体験してみてそういう気質が備わっているというこは、少なくとも創作する力は多少なりともあるのかなと思ったりした。

私がこの大学に入学したのは、パソコン一台で卒業できる以前に、ちゃんと文章書きのセオリーやノウハウを学びたいと思ったから。そのきっかけは、ブログで小説を連載するコンテストに参加した時、最後の方になるといくらでも書けて驚いた経験から、書けるなんてもんじゃなく、色々な登場人物があちらこちら勝手に動き回り、話し、様々な事件が起き、締め切りになったら勝手に終わった。私はこれが「降りてくる」というやつか、私もしかして小説家向いてるかもと思ったから。絵はなかなか描けなかっらたけど文章はいくらでも書けた不思議。そんな入学した動機は話さなかったけれど思い出した。

発表の続き、「そろそろ何か賞が欲しい」なんて話もした。あちらこちらで芥川賞欲しいとりたいなどと言い散らかし、結局口だけだったとはやっぱり思われたくない。それにこんなにお金かけて大学を卒業までして元はとりたいと思った。

ちなみに今日は夫が家にいるけれど、やっぱり「京都なんか行って無駄使いして」と目茶目茶disられた。ふん、私のSNS全監視しているくせに、しかも嬉しそうに知ってるんだよ。なのにこの言いよう。こう言われると思っていたから京都行きの費用は全部家計から出した、当然でしょ?専業主婦なんだもの。いくばくかあったへそくりも、ほとんど大学の費用で消えたしね。二年で卒業できて本当によかったと思った。

ボスママとモアイは前の席にいたけど私が発表している間ずーっと下を向いてこちらを見ようともしなかった。というか目が合わせられない?という印象も。私は遠慮なくジロジロ観察した。多分この人達これから二日間で続く様々なイベント私を全無視するつもりだなと思ったら、やっぱりそうだった。

ボスママは発表で、「賞とか関係なくこれらかもずっと書いて行きたい」と言っていて、「だってあなたライターだから当たり前でしょう?」と思った。あとはモアイが「担任の先生に言われて好きな小説をうつして書いた」とあり、おおえかは本当にいつも誰にでも同じことしか言わないと思った。一年目で卒業制作の内容の相談に、おおえかを指名したことがある。N先生に相談したいのは山々だったがN先生お忙しいだろう、お手を煩わせてはと思ったし、なんのキャリアもスキルもなさそうなおおえかを先生に育てようと考えているのがわかったので、自分もN先生に協力する気持ちもあった。おおえかは指名されてすごく喜んで色々話し、「好きな作家の作品を丸写し」というアドバイス、他にも色々言っていたが、いざ卒業制作が始まると、自分の担当の生徒たちの評に同じ事ばかり書いていた。人を見るとかオリジナリティのない人かなあという印象。最近上梓した作品のタイトルもパクリなのでは?『若者はみな悲しい』って有名な作品のタイトルでしょう?なぜそんなにパクッたりコピペが好きなの?もう「剽窃」と言っていいんじゃないでしょうか?本当に大学で文芸学んだの?大学はこの人の何をみて採用したんだろう、やはりN先生ひとりの推しかなあ。大学はカルチャーセンターじゃありませんよ?本当に不思議なんです。

話しをボスママに戻す。この人入学して初めて会った時はうつむき加減で自信なさそうにしていたのに、卒業までの間に堂々と話すようになったと感心してしまったけれど、これ多分私のせいだと思う。

ライターを始めるにあたり、色々基本的な話など聞いて、その人を師匠と呼んで持ち上げた。私の悪い癖なんだけど、ちょっとこちらに敵対しそうな人、軽んじられそうな人はちょっと上にすえてあげる癖がある。結構屈折したところのあるその人は、なんていうかいつか私の敵にまわるんじゃないかと思っていて用心した。まさかおおえかのせいでこうなるとは思ってもみなかったけれど、自分の担任をdisられて気分がよくないのはわかっていた。でもなんとか学友としてのスタンスは保ちたいと苦心していたけれど、文芸フリマのために描いたイラストをあんな風にけちょんけちょんに言っているとは思いもしなかった。

※影でボスママに「前のよりマシ」とdisられた小説の挿絵、じゃあ自分で書いたら?と思った。確か丹屯さんの作品のやつ。

それが露呈してその時はいいよいいよと言ったけど、思えばあれ以前からわたしを良く思っていなかった。もしかしたら最初からそうだったかもしれない。そういう訳でボスママの発表は色々な意味で内情を知っている私からしたら、「うそつけ」という要素山盛りだったけど、京都の人や見学者には受けていた。 おおえかもボスママも、結局私は保身のために煽て持ち上げ、そのせいで強くなった人たちに軽く見られるようになりイジメられたということか。色々勉強になったなあ。

10分休憩。その時卒論を控えて来年度卒制する人や、いつも誰とも話さないFくんが「発表よかった」とわざわざすぐ隣に座りそう言ってくれるのでビックリした。この人こんな風に笑うんだ、話すんだという感じ。自分の言葉が人を勇気づけたように感じて嬉しかった。これで何かほっとし、他の参加者や卒制のための来た人と色々話をして気持ちがほぐれた。ボスママモアイ以外の東京の生徒達とも挨拶して話した。

休憩の後は後半に続く。その時教室の入り口すぐ近くに座って居る私に、この二人だけは挨拶どころか目もあわされなかった。完スルー。でも何故なんだろう、なんかあるわと思った。でも私もこの二人に対して最後の方は疑念だったり不満があったのでもう無理だなと感じていたからほっとしたところもある。でもまさかこんな風にあからさまに空気扱いされるとは。「自分が悪いんでしょ」と言われたら、そうかもしれないけれどそうではないと言いたい。本当に腹の立つことがいくつかあり、私は大概のことを我慢して受け入れてきた。そうこうしているうちに、だんだんだんだん彼女は野心を抱くようになったのだと思う。

私が「大学の先生になってください」と言ったjunjunパイセンと同じく彼女にも「大学で先生やったら」と言ったことがある。でも今は全然思わない。こんな大人気ない態度、しかも大学を卒業するという最後の最後にあからさまに人を無視するような意地悪な人、おおえかが主担任やっただけありイケズも学んだのだろう。あまり書くとこの人はすぐ泣いて人に同情を買おうとするから始末に悪いのだけれど、ちょっと人としてどうなのということがこれもおおえかと同じく何度もあった。最後の方は本当に偉そう、文芸コースのボスみたいな態度だった。junjunパイセンは違う、いつも真っ直ぐだったし妬んだり僻んだりイケズしたりさない。だから先生になってくれたら東京文芸の奇抜さが薄まるだろうと期待してそう言ったのだ。ボスママが先生なんかしたら顔採用と同じく私情で点数をつけたり生徒を叩いたりするだろう。しかも◯スすぎる。私は大反対ですよ、おおえかと同じくキャリアもスキルも何もないただのかまってちゃん。junjunパイセンとは雲泥の差がある。

現にボスママというのは私に親切な人とか話している相手をわざわざざあっと巻き込んで「ぎゅっと固まって楽しそうにしてそこにいるたったひとりを居心地悪くさせる」というのをやるわけで、このライターも「やっぱりボスママだわ」と思った。以前私がボスママはこういう事をするとブログに書いたら、「私も経験ある」と言っていて、なのにわかっててやるんだと思った。こういう人は大学の人間関係や人の背景をすごく知っている。なので仲違いすると、そういう情報が全く入って来なくなる訳でそれだけは不便だと思う。どうして知ってるのというような事まで事細かに知っていて、その情報網のおかげでブログに色々書けたともいえるが感謝はしない。そして京都で力のありそうなというか押しの強そうな目立つ生徒とさあっとまみえお互いをほめちぎりあっていて、本当にこういうのどこで覚えるんだろう、私ってそういうの全然ダメだなあとか、もうこの年まできたらこのままで生きるしかないとか思った。

ちなみに私の「ボスママ」定義は、最近は子どもがいなくても独身でも「ボスママ」みたいなことをする人はみんなボスママ、「お局」と言い代えてもいいかもね。

ということでまた文句たらたら書いてしまったけれど、卒業制作発表会はそんなに目新しい発見も感動もなく、それぞれの生徒が話したいことを話すという語り場だったように思う。ちょっとーと思ったのが、私が賞とりたいと言えば「賞とか関係なくただただ書き続けたい」とか、「読み返したくなる作品を書きたい」といえば、ボスママと慣れ合う人が「さきほどの方の話にあった読み続けたい作品だと思います」とボスママの作品を比喩られ、もともと言葉に対して敏感で細かいところのある私は、自分の言葉をこういう風に使われるのが一番嫌いで、それがボスママまわりで慣用句のように使われてすっかり気分を害してしまった。本当に文芸の卒業生ですらこの有様、言葉を紡ぐという本質が全然わかってないと思う。もしわかっててわざとやったなら最悪。多分そうかもね、今までもそうだったから。何かというと「そんなつもりなかった」と言うけれど、じゃあどんなつもりだったのよと言えば喧嘩になるので言わなかった。でももう最後の最後に不満が吹き出し自分の感情をどうすることも出来なくなり苦しくなった。

ちなみに私はいつも大らかそうな人に見られ勝ちだが、注力したいことにはこだわりが強く神経が尖る。今は文芸を勉強している身、言葉ひとつひとつが大切。そして私は構われるのが大嫌い!誰かを評する時、特に敵対する人に私の言葉をイジられてムカムカした。無視しながらも気になって気になって仕方ないんだろうか、豊洲のボスママ軍団と同じなんだわ。もおお。

最後に色々な先生が講評をしだした。東京の先生はひとりもおらず、京都の先生達ばかりで京都の生徒の作品の話が多かった。ますます「もういい」と激おこになってしまった。もう大学までこんなことになってしまったが、もとはといえばやっぱりおおえかが原因。あの人が私を攻撃しだし、私は先生なんだしと最初の半年は我慢していた。でもN先生まで巻き込み嫌がらせをしだし、「もうやったる」と思った。そこから様々な生徒達まで巻き込まれ、ある人は大怪我ある人は大やけどあるひとは、、、という大惨事になった。あの人が私の何が気に入らなかったのか今ならよくわかる。そういうの、人間だったら誰しもあると思うけど、先生になったら絶対やっちゃいけない。

大学の先生って、教員免許が必要な訳でも学歴がうんぬんとかもない。でもだからこそ人格がちゃんとした人じゃないと困るんです。大人になっても私たち生徒なんですよ、先生達のいうことは基本ちゃんと聞くという教育がなされている人達ばかり、それを盾にしていいたい放題やりたい放題は如何なものかと思う。まずこんな風に卒業の発表会なんかに、「イジメを率先してやる」というのは全く教える資格なし。今文芸コースに残っている先生達は少なくともそうじゃないと信じたいですね。京都の方は知らないけれど、京都は京都でイケズの御膝元、色々あるのかもしれない。



ということで発表会が終わって大学前のバス停から「三条」まで来て鴨川にかかる橋を渡った。すごく寒いこんな日もカップルが等間隔で座って居て、鴨川の河川敷に並んで座ると愛が深まるというジンクスでもあるのだろうか。いいわね、若いって。この後今度は「豆水楼」という豆腐懐石のお店で懇親会がある、座る席に気を付けないと酷い目に遭いそうだなと考えて、こういう厭な予感って当たるのよねと思ったとおりの展開になった話は次号を待て。