という訳で「卒業研究発表会」後は割と憤慨した気持でぷりぷりしながら「京都ホテルオークラ」に到着、このホテルを選んだのは特に理由はない。ホテル一覧を眺めていて、「オークラ、いいじゃない」と思っただけ。


はあっ?プールもあるの?泳いでこれば良かった

よくセレブの定宿として帝国ホテルがあげられるし、ランチお茶などするのもここに行く事もある。なぜならアクセスが非常にいいんですね、日比谷から歩いてちょっとだし、行き帰りに銀座を冷やかせるし、なんとなく一般庶民にもオープンな雰囲気もあり訪れやすい。アーケード街を覗いたり、ガルガンチュアのクルミパンを買ったりとマイペースな感じ。 他に東京のホテル御三家的なニューオータニなんかも結構ランチで行ったことがあり、こちらも専業主婦が楽しめるイメージ。でもどこか好きなホテルをというと、やはりオークラにはどこも適わないと思っている。理由は「なんか本当のお金持ちが集まりそう」という勝手な考えだけで、以前ブログにも書いたけれど独身時代元彼にベルエポックに連れて行ってもらい、そこのホスピタリティに感激してしまった。どこにもないサービスというか、こんな親切にしかもさり気なく、本物のセレブが利用するところなんだと勝手に位置づけた。あの時は今の夫の方が性格良さそうだからと思ったけど、私大好き温度は元カレの方が高かったと思う。本物のセレブになれたかもしれないのに私ったら。でもやっぱり今の自由さを思うと夫に感謝ばかりで、ふらっと帰りはいつかわからないなんて卒業式にきたりして、前の彼だったら探偵つけられてるなと思うとお金に不自由する今の夫で良かったと思う。それはさておきセレブ御用達ならパレスホテルもそんなイメージかな、でもあちらはリニューアルしてから敷居も値段もすごく高くなった。 行きにくさはアマンと同じくらいでああいう煌びやか過ぎる雰囲気のホテルはあまり好きじゃないというのはなかなか縁がない僻みかもしれない。   
   
ということで京都なんて大学卒業式なんて嫌だ行きたくないといいつつオークラなら泊まってみたい、しかも福利厚生サービスから予約とったせいかそんなに高くなかった。じゃあ二泊予約して、嫌なら一泊、土壇場でどうしても行きたくないと思えばキャンセルしようと考えて予約した。そうしたら一泊しか予約がされていなかった。予約する時「二泊もなんて冗談じゃない」とでもちらと考えたのかなあ。その時々で気持ちがくるくる変わるので、どうだったのかわからない。でも一泊でもいいじゃないその方がきっと身のためよ。もし行ってみてもう一泊したいそして部屋が空いていたら連泊してきましょう。なんて京都に来たのだった。

大学前からバスに乗り「三条」で降りて少し歩く。四条に比べるとさっぱりしているけれど、京都の繁華街っぽく赤い提灯などもあらほましい。あちらこちら神社仏閣巡って京都を堪能したが、やはりこうした街の営みに触れると気持ちが華やぐ。googleマップでホテルの場所を確認しながら歩く、割と近いよう。やや細い道に曲がってそのまま真っ直ぐ、道の途中に「豆水楼」の看板があった。あーここなんだ、ここ木屋町だし間違いない、来る時迷わなくていいと思ってそのまま歩いていたら目の前がホテルだった。

こんなに近いの?多分近いとは思っていたけれど徒歩3分くらい。たまたま選んだホテルがこんなにアクセスいいなんて、しかもやっぱり外観も素敵だわと、卒業研究発表会であの二人に無視された嫌な気持ちがさああっと消えた。 みんな身に覚えがあることだと思うけど、こういう人が自分のコミュニティにひとりでもいると本当に嫌じゃない?しかも今回いつもいつもべったりくっついている二人が一斉にこんな態度したらもう居心地悪いなんてもんじゃない。でもこっちももうお断りだわと感じていて、なぜならおおえかのお気に入りだから余計に仕方ないわとも思った。これも先生のせいで学友と仲違いという事例かも。まあ先生と仲違いする私も私だけれど、先生にはぶつかっていけばいいという香山リカ先生の言葉とは裏腹に、ぶつかったら大惨事になってしまったのはやり方が悪かったのか。授業に関係ないイケズに対してなので、問題提起の意味が違ってしまったのだろう。   
   
ホテルに到着。荷物はホテルのコンジェルジュサービスに京都駅で預けていたので、そのまま一緒に部屋まで案内がてら運んでもらう。新幹線で到着して、ホテルに荷物を運ばずにそのまま観光が出来る。これも予約した後どんなショップやレストランがあるか調べていて発見した。これ本当に助かったし観光都市京都のホテルならではのサービスだと思う。なんやかやホテルなんて全部同じと思うが、こうした一見些細にみえるようなことでやっぱり居心地や使い勝手は全然違う、特にひとりで滞在というとなるとちょっとした話し相手とか、土地勘がないところだと色々親切に教えてくれる人がいると心強い。卒業式の記事の時にも書くけれど、「祇園をよぎる桜月夜」と与謝野晶子ごっこをする道はどこがいいかなんて相談にもああでもないこうでもないと色々考えてくれて、結局これは違うかもという結果になったがとても満足。このホテルを選んで本当に良かったと思った。   
   
    
大学がパルテノン宮殿ならこちらはパンテオン神殿よ!あちらではでもこちらに来れば私は自由の女神。



ホテルの内廊下。このモザイクみてびっくりしたんだけど、最後に京都来た時にも泊まったホテルだった。外観やフロンとでは全然気が付かなかったけれど、このガラスの作品をみてあっと思った。私が上京するすぐ前だから2000年前後、はあーすごい偶然。でも前はオークラじゃなかった筈、確か「京都ホテル」という名前だった。高層ホテルを建築するということで、オープン当時は街の景観がどうのこうのと割と京都市民からは否定的だった聞いた。フロントの人にいつの間にオークラに変わったのかと聞いたら、変わっていませんここは「京都ホテルオークラ」ですからという回答。事情はよくわからないけれど、そうかーと思った。ともかくなんか「帰ってきた」ように感じてほっとした。



ロビーの階段でシタールの演奏が。幻想的な趣があり、しばし佇む。


京都の街は全然桜咲いてなくてガッカリだったけれど、ロビーにはこんなに桜がたくさん!気分が盛り上がる。 

いざ出陣!行きたくないところへ行かないといけない時はしっかり女装する、なので髪をくるっと巻いてお化粧もばっちり。これは実家の父が言っていた言葉で、「女は辛い時ほど綺麗にしてないとダメなんだ」と。多分失恋かなんかして泣いていた時だったと思う。父はこういう女道みたいな格言色々言っていたなと思い出す。勉強しろとは余り言われなかったけれど、習い事や家の事なんかきちっと出来ないと嫁に行けないと常々言っていて、でも今家事はほとんどが好きじゃないし習い事も何も役に立っていない。やはり「やらされた」ものは身につかない見本市のような私、でも誰だってそうよ。写真はホテルの方に撮ってもらった。ワンピースは例の コスのもの。豊洲小学校PTAバザーの最後、「どれも半額」となり、最後の最後に「今からどれも10円です」ということで、こんな素敵な新品のワンピースを10円でゲット。本当にミラクル信じられないラッキー。こうしてみるとホテルで着てもおかしくないというか、私に似合うと改めて思う。袖がパフになっていてそこにフリルがたくさんついていて可愛いけど黒だからおばさんが着てもおかしくないお気に入りの一枚。

※これこれ、このワンピース。これは年末に豊洲で開催されたとあるパーティの時のお写真。もう楽しくて美味しくて描きたくて書きたくてたまらなかったけど「SNS禁止」とパンフに書いてあったから書かなかった。街の名士ばかりがゲストなんですよ。私はたまたまのラッキー♡昨年の年末だから髪が短いわ、先生は長いの短いのどちらがお好きなのかしらね?

あの俳句の顔採用の先生は自分をミロのなんとかと勘違いしているのかぶよっとした二の腕ニョッキリとか真っ赤な "ザ!衣装‼︎" みたいな服いつも着てくるけど、もう〜おばさんなんだから授業くらい自覚してちゃんとした服着てこないと恥ずかしいわよ!きちんとした服というのはまず袖があるのよ、誰も注意しないんだろうなあ。オリーブの冠が似合いそうな、コント?正気?採点するとしたら57点D(再提出)ね。

と、また余計な事を書いたけど、着物着ないと決めた今、よそ行き着が少ないからとても助かっている。 なんか受賞できたらこれで行こうと思ってるくらい。そう言えば「 卒業式は着物で」なんて考えていたこともありましたね。やっぱり洋服は楽!今後着物着ることがあるとすれば、呉服屋のCMに出るとかそんな感じかなあ、なんてね  
   

そんなに広くない道路から更に細い路地に入る。この奥が京都造形芸術大学通信教育部文芸コースの懇親会会場「豆水楼」がある。あれ、違う道だった?店の看板の提灯がみえないのはホテルに行く時明るい時間に撮ったから?まあこんな感じのとこよ。



準備中のところに着いてしまった。10人座れるテーブルが2つ、合計20名が参加した。そのうち先生は6名全員京都の先生、東京の生徒が8名、京都の生徒が5名、地方の生徒が1名。手前が東京の生徒、奥が京都のテーブルになった。せっかくなのでミックスすればいいのに、いつも同じ人と固まりたがるつまらない人達だわと思った。だってそうでしょう、こんな機会ないじゃない?モアイはいなかったけど、ボスママはぎゅっと私以外の人たちで固まり、私が話しやすい人たちをわざわざ私と並行して反対側の席に誘導し、そこを区切りに全然知らない京都の先生を座らせたのよ!でも目の前寒竹先生でその隣が日本美術論の授業で一緒だった学友でお話はずんだからいいようなものの、ちょっとやってくれるじゃないと思った。

で、京都の知らない男の先生のすぐ向こうがボスママという位置。その先生とは話すがさらにもう一席こちら側の私は誰に憚る事もなくガン無視できると。意味わかるかなあ、ま、雰囲気でわかって。本当に意地悪な人ってこういうの上手いと感心、自分達の周りの人達とはガンガン飲んでベラベラベラベラ大声で話す話す、ボスママの独壇場だった。でもこの人、耳が悪いから質問があるなら用紙に書いてとアンケート用紙を配布したりするくせに、飲みだすと治るようで不自由なさそうだった。まあなんか特別な自分をアピールしたかったのね。

そんなこと言ったら私もちょっと耳が悪いわよ!ママ友付き合い姦しい頃、ボスママを囲んで話を聞いていると何を話しているのか聞こえない時があった。円陣の中では誰かと誰かが話しているのを聞いても耳に入ってこない。子どもの話も近くに行かないと聞こえなかったりすることがある。よく聞こえるのは夫の声だけ。ものすごい大声でやや怒鳴りながら話すので聞きたくなくても聞こえるうるさい。

八寸。まずはビールで乾杯。京都のお箸は先が細ーい!すごく上品。

    
名物の湯豆腐。小さな木の風呂桶みたいなものに入っていて、そこからすくって食べる。緑はほうれん草。最初はお店の方が世話を焼いてくれて、「さあさあどうぞ」みたいな感じでひとりひとりに共される。それがなんというか、京都っぽくない大阪の親切な店員さんという雰囲気で、京都の食事処はイケズをされると先入観の出来ていた私はほっとした。

もちろん独身時代京都に来ていた頃は、そんな風に思ったことはなかった。ちゃんとした店は紹介で予約していたし、いちいち面倒と思ったけど意味があったんだと今回わかった。イケズを知らずに育った、でも大学に通うことでしっかり覚えた。自分が「京都」の組織に属してみて、そういう空気はひしひしと感じたから。知らないで来るのと知ってから訪れるのとは楽しさにおいて雲泥の差がある。タクシーの運転手さんの話をきいて良かった、余計にそう思った。

大学に入学する前、私にとって京都は癒される街だった。はんなりした空気にほっこりし、どこもかしこも美麗な楽園だった、しかし。

その話はまたの機会にするとして、豆水楼のあれこれは、京都の湯豆腐が美味しくない訳がなく何もかもがしっくりくるいいお味。

image

豆水楼イメージ画像を作ってみた。夏は川にせり出した川床が設えられるそう。この後お刺身盛り、茶碗蒸し、天婦羅などの後に小さな田楽まで盛りだくさん。


生麩の田楽、これ美味しかった。


最後はご飯と赤だし、香のもの。お味噌が赤味噌なのは、織田信長所縁の本能寺が近いからか、それとも料亭だからか。前にも書いたけど、日本全国高級料亭が赤だしなのは、三英傑が尾張出身だからなのよ。私もそうだから赤だし大好き。覚えておいてねっ



デザートは湯葉?豆腐?だったかのジェラート。これ、あまり美味しくなかった。抹茶アイスかいっそシンプルなバニラの方がいいです。

料理全部は写真撮れなかったけど多分このメニュー、こんな風に盛りだくさんの内容、お酒はビール、日本酒、ワインなど焼酎もあったかな?ノンアルドリンクももちろんある飲み放題で、京都にしてはフレンドリーで親切でお得なお店、他の学部コースも使っているみたいで京都造形芸術大学の、もしかして通信御用達かなと思った。それはそうかも、多分通学生だと若いから豆腐より肉って感じ。通信は生徒の年齢層が高いのでぴったりのお店、メニューかもしれない。どれもこれも京都らしく美麗ではんなりと美味しゅうございました^ ^
 
懇親会は19時から21時だったでもなんだかんだ21時30分まで宴は続いた。私は翌日早くスタートするつもりで、何故なら京都最終日で貴船行きたいと思っていたのでお酒は控えめにしていたが、ボスママとその周りの人達はかなり飲んだみたいで顔が真っ赤な人とかいて話し声がすごく大きくなっていた。飲み放題でおばさんが飲みすぎるってちょっとダメだなと今までの自分も反省しつつ横目で眺めていた。

目の前の寒竹先生とは、授業抜きに初めてプライベートな話も色々出来て嬉しかった。「寒竹先生大好きなんでしょ笑」というムカつく学友は私が羨ましいんでしょ!うるせー馬鹿話かけてくるな。お前などに先生は当たらないよ笑。で、寒竹先生と色々お話し出来て思い出すのは、junjunパイセンに寒竹先生と結婚したらと言ったらmessenger 返事なかった話をしたら、寒竹先生ぶほっ(;o;)ってなり、なんだかおかしかった。二人ともパートナーがいるなんてその時は知らなかったのよ。年取ると若い人たちをくっつけるしか楽しみない訳で。

懇親会お開き近くなり飲み放題のラストオーダーが過ぎてから隣の先生のグラスをみると空だったので、自分の赤ワインを「手を付けていませんのでどうぞ」と言ったら先生は素直に飲んでいた。この先生は来年度からの文芸コースに新任されるそうで、優しそうな先生だけど関東しかもちょっと田舎出身みたいで、京都でやっていけるのだろうかと心配になった。 

斜め前の初めて会う京都の先生は、私ををちらちら見ていて酔っ払ったのか最後の方は遠慮なくマジマジ見だし、ニコッとしたら嬉しそうだった。寒竹先生に店に到着したばかりの時、「やっぱりやだー」なんてブツクサ言ったら、まあまあ皆んな知らないから大丈夫と言っていて、この先生は「知らない」んだろうなと思った。

人間観察楽しい(°▽°)

さて、さあお開きですという事になり先生達の挨拶、司会の先生がじゃあこれでと言ったか言わないかで酔っ払った東京の生徒のひとりが「私もひとこと」と急に立ちあがり、べらべら話し最後に「私はぁ京都造形大学卒業できたことを誇りに思いまーす!」あははははみたいになり私は白けてしまった。ちょっと意地悪な、「それはそれはよかったですネ」と大仰にというか、「そろそろぶぶ漬けいかが?」とも言いたくなった。女はイケズ京男もそう、あの人もこの人も私もあなたもみんな意地悪、京都の大学ではイケズもしっかり学んだわと感じた、その前に豊洲でも。全然知りたくなかった。はあー面白くない。

そおーだ!今思い出したけど、私をイジメ抜いたあのボスママ京都の大学出身!弁護士ママもそう、多分実家もその近辺だと思われ、そうか、イジメはDNAだったんやー!と書いていると色々わかるとまた感心する。

で、京都に来る前に文芸コース事務局宛にjunjunパイセンのことも一緒にお祝したいとかダブルN先生を並べてみたいとメールしたら、クルーソー先生が幹事だそうで「卒業生しかダメ」と返事があった。私は「そんんなつまらないくくりで間口が決まるなんて、だから京都造形大は大物が排出されない!」と返信したり他にもちょっとあり、 クルーソー先生何も悪くないのにあれこれ私に噛みつかれて気の毒したと思った。

懇親会の時は先生ひとりひとりをまわってビールをつぎながらご挨拶をした。今思うとこういうの私しかしていない、みんな自分の席に座り込み一ミリも動きたくないという雰囲気。みんな会社員の経験のない人たちなんだと割とマジに感じた。クルーソー先生の席にも行きビールをついで、「色々ありがとうございました」 と言ったら「俺何もしてないし」というので「それもそうですね」と返してしまったけど、クルーソー先生は結構東京の合評会、授業もあり、それからフライングカフェなんかでも上京されていて、京都から東京も上京でいいのかなあ、上洛という言葉があるけれど、京都人からしたらこちらが京だと思ってそう。なんだかんだクルーソー先生のカフェは多分私のせいで急遽参加することになっただろう感じで、あの時YOUは何しに外苑にと聞いたらキョドりながらフライングカフェのためしかも学習相談のためだけに京都から来たと言ってらして、私のお目付役として誰かに任命されたのだろう。門崎先生ひとりじゃ心配と事務局かもっとその上からも言われたのか、やはり様々に今までそしてこれからも乙!という事で御礼を言えて良かった。

お開きになり、多分この後皆酔っ払ったボスママの先導で二次会に行くんだろう、聞きたくもない話をさかなに安酒を飲む気にもなれずひとりさっさと会場を後にした。

せっかくのオークラなので、ひとりでマティーニでも飲んで二次会の代わりをしようとホテルに戻った。そのままバーに行けばよかったのに、ホテルに着いたら気が変わって部屋でのんびりしたくなる。バスソルトがあったのでゆっくりお風呂に入ったりベッドでTweet したりせんとくんとお話したりしていたらバーの時間が終わってまあいいかという感じ。ここでなくてもホテルのバーは東京にいくらでもある、全く縁は無くなったけどまたいつか!今度行く時は見城徹さんとかに「是非うちにも書いて」なんて口説かれるなんて感じだったらいいなあなどとドリームでむにゃむにゃしてたらえっ!もうこんな時間?と焦りだし、あちらこちらにある部屋のライトを四苦八苦して消したがどうしてもスイッチがわからないものがあり困ってフロントに連絡しやっと部屋が真っ暗になったと思ったら気が付いたら朝だった。よく寝た。 


オークラといっても普通のシングルルーム、でもベッドが多分ダブルサイズで贅沢な感じ。住みたい。

翌朝、起きてごそごそ準備したり部屋で備え付けの珈琲を飲んだり、のんびりしていたら8時近くなってしまった。早く出なければ。そこで貴船に行くために地図を眺めていると「本能寺」の文字が目に飛び込んできた。そうだ、本能寺行きたいと目当てにしていたと思い出す。フロントに荷物を預けてホテルから徒歩5分ほどの本能寺へ。適当に選んだもののあちらこちらにアクセスがよくて本当に良かった。東京から京都造形芸術大学卒業式に行くなら、特に豆水楼で懇親会やる学部コース生はこのホテルがおススメ。大学まで電車で一本だしそんなに距離ないし、ホテルアーケード街は充実しているし、懇親会会場までも多分一番近いのではないか。  

ただし早めに予約しないと取れない上に空いていても高い部屋しかないということになる。京都の宿を卒業式間近に検索すると、一泊10万以上とかそういうのしかヒットしない。三連休のせいかこの日はアパホテルですら3万くらい。もう一泊して翌日千住博先生の襖絵と金閣寺も見たいと目論んだがオークラが空かないので諦めた。もしかしてあったかもしれないけど、よく知らないホテルに泊まりたくないという気持ちになってしまうくらい京都ホテルオークラ良かった。なので襖絵の大徳寺と金閣寺はホテルや大学から離れた場所、スケジュールがタイトでそちらまで行けなかったー!でもきっと東京でもお披露目があるはず、以前今は無き三越エトワールで、京都の日本画家森田りえ子さんの 金閣寺(鹿苑寺)本堂杉戸絵が展覧会に出展されたことがあり、こんな風にどこかでお目にかかれる日が来ると信じることにした。

ともかくホテルの予約は早め早めをおススメします、キャンセルは後から出来るしね。 



さて、歩いて本能寺へ。不勉強な私は「ここで織田信長が」と思って来たが、ここは「本能寺の変」の後に移築されたものらしい。ちょうど墓守らしき方がいらして、色々と教えてくれる。「織田信長を倒したんは実は明智光秀じゃなかった」なんてお話も聞けて、歴史って習ったまま信じているけれど、間違いも色々あるんだろうなと思ったりした。それはそう、写真も証拠も何もない、書簡や絵がみつかったといっても、それはもしかして書いた人達の希望的観測だったり間違った知見かもしれない。都合のいいように塗り替えられたものだってあるかもしれない。



そんな事を思いながら本能寺の本堂、そして織田信長のお墓をお参りした。本堂の右手裏に墓がある。私は息子がお腹にいる時に織田信長の夢をみたことがある。「いい子を産んでくれ」と言われ、私は織田信長の子どもを産むのだわと思った。なので息子にはよくよく誰かをイジメないように、イジメると後から絶対それ以上に悪い事が自分におこると言い聞かせてきた。そんなところにタイミングよくあの歌がヒットして、学校で習う前に息子は「本能寺の変」を覚えてくれた。弱っちいちょっとイジメてもいいだろうなんて、そんな風に明智光秀をいじめた織田信長は仕返しされてしまう訳で、やっぱり弱者こそいたわるべき、それは回りまわって自分のためでもあるなんて、そんな事を考えていたので頭の中はずっとあの歌がグルグルしていた。それにしても人の命は本当に儚い、人の夢と書いて「儚い」かあ、本当に漢字って良く出来てると感心する。



そんなこんなで9時頃には三条の駅に移動して電車に乗った。荷物はホテルに預けたまま。帰りにサクッと受け取って京都駅に行けばいいと思った。帰りは帰りで同じコンシェルジュサービスがあり、京都駅に荷物を運んでおいてもらえるのよ。でも18時までに受けとらねばならず、だったら今思えば東京に送っておけば良かった。

荷物はともかく、今日はこの旅の第一の目的と言っても過言ではない貴船に行く。その後卒業式、分科会。あーまたボスママに会わなければならないかと思うと本当に嫌。しかしなんであの人こんなに私を空気扱いするんだろうと思ったけれど、こちらから話しかける気は毛頭なかった。多分モアイをdisったからというのはその通りだが、ちょっと違う意味合いがあるとも感じていた。その答えは分科会でスパーン!とわかることになる。そんな事とはつゆ知らず、お久しぶりの貴船、主人公の歩く道のりや泊まる宿、恋人と食べる「野趣溢れる滋味の肉」は食べられるだろうか、もう春なので冬のメニューは終わっているのではと心配していた。

ともかく京都二日目がスタート。ホテルの人にキャンセルが出たら押さえておいてとお願いしたけれど、多分無理だろうなと覚悟して貴船を目指した。