私のブログをアップしたものから順番に読んでるみなさん、過去の記事もどんどんバージョンアップして長編になっているからまた読んでね。特に「」なんて昨日も今日も半日かけて校正して追記して思い出すこと全部書こうとどんどんどんどん書いたらまた長くなりあれもこれも全部書いた。満足。

でもそろそろこれで完成でいいかなと思えて来て、次にこの記事を書く。明日はまた一日なんやかやある日で書くなら今日しかない。夫が在宅でリビングジョナサンかなと思ったけど、今の気分はなんか違う。先日最近仲良くなった方とジョナサン行ったけど、ちょっとジョナサンに対する私の温度のようなものが違っていて、リビングジョナサンじゃなくて普通のファミレスに感じた。私には珍しく定食じゃなくカルボナーラ食べたというかご馳走になり、美味しかったですありがとうございました。またいつでも声かけてください!ということで「京都造形芸術大学通信教育部卒業式シリーズ」貴船の写真貼ったら結構な量になり、「お参り」と「美味しいもの」と分けて書くことにした。

ホテルを出て三条の駅から貴船を目指す。途中京阪電車「出待柳」という駅で叡山線に乗り換えた。もうこれ登山電車といっていいかも。乗っている人達全員が登山ルックというか、スニーカーを履いた人ばかり。私は貴船の後そのまま卒業式行く予定でレースのワンピースにヒールのあるパンプスといういで立ちで、せめてヒールのない方のミュールにするべきだったと軽く後悔した。でもまあ昔から貴族が避暑にきたところだし、昔いつも来る時もそうい格好だったじゃないと思いなおす。なんだかんだ貴船までは電車で約30分くらい。



どうやってまわろうかイラストマップを広げる。これも東京駅八重洲口にある「京都館」で頂いたもの。本当にすごい便利だから京都行く前には是非どうぞ。

卒業式の前後どこかで貴船と思いついた時は、もう一泊しないと絶対無理と思っていたけれど、こうして電車に揺られていると、卒業式の前に寄ろうと思った私GJと感じた。今思えば丁度いいスケジュール的なボリュームだったように思う。でも一日中貴船というのもいいし、宿泊もしたかったななんて。貴船で一泊というのももちろん考えた。色々検索したけれど、マッチングするものがなかったのよ。それはそう、貴船の宿はおひとりさまはNGらしい。

なんでやのん、結構おひとりさま女子が多い京の奥座敷、おひとりさまパッケージがあってもいじゃないと思ったけれど来てみてなんとなくそうかという感じ。こういうちょっと奥まった訳ありげな逸話の杜、ひとりで祈念しにくる女性は、あっけらかんと貴船を楽しみに来るだけではないだろう、ここも情念を燃やし誰かたったひとりを思い詰め結ばれたいとかよりを戻したいとかそういう気配をひしひしと感じてしまった。また「よく見てるわね」と言われるかもしれないけれど、文芸コース卒業するくらいだからこのくらいは。ひとりで来ている女性は見られるというかちゃんと女らしい女性ばかり、二人とかグループの女性というのはもうどうしたって男性に縁がなさそうな良く言えばサッパリした民人ばかり。貴船に来たのだってただの観光かピクニックだろう、そうじゃない女性は私と同じようなスタイルでヒールの人もいたりちゃんと女装している人が多い。それでもカップルとかママと息子とかご夫婦とか色々。ちょっと大きな息子を連れたお母さんには、余程上手に子育てしたんだろうなんて羨ましく感じ、うちのお猿ちゃんに貴船行こうと誘ったら今現在も断られると思う。「俺、京都なんか行きたくない」って。寂しい。

とまた話が逸れたが、ひとりで思い詰めている女性を泊まらせるのはなんかあったら、という事なんじゃないかなあと。多分これも京都駅から「六道珍皇寺」に送ってくれたタクシーの方の言う通り、紹介があればひとりでも泊まれるという事なのかもですね。でももう私も一人で泊まりたいなんてことはきっとないと思うから無問題。それにしても本当にひとりでお参りに来た女性が多かった。なんかわかるわ!私もかつては祈念めぐりしたもの。京都にまでわざわざ祈念しに来たことはなかったけど、東京で縁結びならやっぱり「東京大神宮」がおすすめ。ここにお参りしたら夫が現れたって感じで、せっかく神様が連れて来てくれた夫なのにdisったり喧嘩したり、授かった子ども達も邪見にしたりして本当私ってダメだなあ。もう少し優しくしようと心に誓った。と言っても顔見るとまた喧嘩しちゃうんですけれども。


「貴船口」の駅から急な階段で下のバス停に。バスはすぐ出発した。
       
 
  バス降りて少し歩いたところ。赤い橋が京都っぽい。この右側の川が川床をする貴船川。 貴船川は全長約3kmという短い川で、叡電「貴船口駅」の近くで鞍馬川と合流している。京都の奥座敷と呼ばれ、川床料理などで有名な料理旅館が並ぶ。まだまだずっと先の方。でも貴船口からバスに乗ってきたので助かった。これも寒竹先生のブログに書いてあり、「体力温存のためにバスで乗らなければ」と決めていたので良かった。後に貴船神社のあたりでぼっちの女性と少し話した時も「バスから歩いている人が見えて、気の毒に思った」なんて言っていて、貴船口から貴船までは徒歩だと30分バスだと5分160円とここにも書いておこう。バスの道すがらは何にもないただの道路で、バスに乗らないとくたびれ儲けになってしまう。            
      
 

バスから歩いてすぐに鞍馬方面の道に入る門がある。なんだか山伏の関所みたい。義経が天狗に剣術を習ったという場所があると地図にあり、そこだけ観にいってみたいと思ったが、電車の中でTwitterのフォロワーさんから気軽に行くのは無理みたいに教えてもらい、そうだなあ、ヒールじゃダメだなあと断念。でも教えてもらって本当に良かった。行っていたら多分卒業式間に合わなかったのでは。      

ほどなく貴船神社に到着。この鳥居をみた時は本当に大感激!来たわ私、神様仏さま貴船の神様のお導きよと神妙な気持ちになり、失礼な事のないようにと気持ちを引き締めた。

ちなみに貴船神社は単体ではなく社殿は本宮・結社(中宮)・奥宮の3箇所に分かれて建っている。まずはざっとお浚い。出典はwikipwdia

貴船口から上がって来て最初に到着するのが本宮、高龗神を祭神とする。本殿・拝殿は2007年に改築されたばかりである。社務所等は本宮境内にある。

その次が結社(ゆいのやしろ)、本宮と奥宮の中間、本宮から上流側300メートルの場所にある。その立地から中宮(なかみや)とも呼ばれている。

奥宮は本宮の上流側700メートルの場所にあり、以前はここが本宮だった。闇龗神(くらおかみのかみ)を祭神とするが、高龗神(たかおかみのかみ)と同じ神さま。

 
鳥居のところで一礼してからくぐる人が多く、私も真似してお辞儀してから入った。来たーあ!やっぱり素敵。この赤い灯籠がさーっと石の階段添いに並んでいるのを何度も何度もネットでみたし、ここの豪雪っぽい雪景色を貴船神社のfbウォールで流れてきたのをみた途端、今書いている小説が閃いた。なんだかすごく縁を感じて心が震えた。とうとう来た!わなわなし過ぎて写真がおろそかになり、ここの写真この一枚しかない。平安神宮左橘右桜の分、もっとこっちを一生懸命撮るべきだった。でもそういうものかもしれない、心のシャッターを切っている時はなかなかスマホまで気が回らない。そんな心を静めるために石段をややゆっくり上る。



貴船神社の鳥居の前の店。ここに牡丹鍋セットがあったので、「まだ牡丹鍋やってる!」と喜んでパ写。どこもなかったらここまで戻って食べようと思ったけれど、あちらこちらでまたやっていた。      



石段を登り切ったところにある御神木、桂の樹。大きくてがっしりして天高くそびえていた。貴船にはこうした巨木がたくさんあった。     

本殿にお参り。
寒いだろうけどこういう時に訪れたいですね。3月はやはり無理だそう。「京都の雪はすぐ消えてしまいますのでね」だそう、誰かに聞いた。写真は貴船神社のFacebook より。もう今すぐにでもまた行きたい、貴船は何かいい気が流れていた。やっぱり今度は泊まりたいし、神社しかない貴船だけどお参りした後は鞍馬方面にトレッキングしたり温泉に入ったりも楽しいかも、ね。



貴船神社は絵馬発祥の地と先生のブログに書いてあった。このもみじ絵馬、春はピンクで夏は緑、冬の今は白い雪模様。秋は多分赤なんじゃないでしょうか。ちょっと迷ったけれど、せっかくなのでもみじ絵馬を奉納した。迷ったのは正直何を書いたらいいかわからなかったから。私の願いって何だろう、それはもちろん家庭円満とか厄除けとか悪霊退散などだけれど、そういう一般的なものじゃなく私自身の願い、ということでここにも「芥川賞ください」と書いておいた。貴船までなんとなく一緒に歩いた女性も偶然ここで絵馬を書いていて、なんて行き先一緒だから会って当然だけれど、独身の彼女の願いは多分ひとつ。彼女の願いも叶いますようにとお節介にも思った。そして、この絵馬冬だから白なんだけど春には~と教えてあげたら喜んでいた。知らないということはさては遠方から来たんだね?と思った言わなかったけど。      



さて、絵馬を奉納しお参りも済ませて貴船といえば「水占い」


願いは「望むがまま」ですってよ奥さん!ここはいきなり大吉、本当よ。ここは、「大凶」が本当に存在するが、神社側では「大凶が出たと言っても、その後の人生決定 された訳ではないので、あくまでも『参考程度』に留めて欲しい」だそう。そう言われると余計なんだか怖いですね。
   


境内、この右上が本殿とその前に御朱印やお土産お守りなど販売する社務所がある。あちらこちら不躾にパシャパシャすると思われているけれど、神様やお寺の本堂は撮らないことにしている。神様の顔なのに勝手に撮るなんて、自分だっていきなり写真とられたら嫌。だったら撮っていいか聞いてから撮ればいいと思うかもしれないけれど、本当にいいかどうかなんてわからない。なので真正面からは撮らないようにしている。

社務所では貴船神社のFacebookでみた「貴船神社ラムネ」を買った。もちろん子どもへのお土産ではない。せんとくんと一緒に飾ってある。私が貴船に来られたのは、facebook で貴船神社のページをいつもお参りしていたせいかもしれない、貴船に行きたいなあって。多分願いが通じたんだと思う。ひとりで卒業式行くなんてはじめは思っていなくて、行くならボスママとかモアイと一緒に混ぜてもらうか、誰か一緒に行くつもりだった。でもこうして考えると「ひとり」じゃなかったら貴船に来るなんて叶わなかったのではないか、「ひとり」だから出来ることってこれからもあるし、いつも誰かと一緒といのは自分の場合は視野狭くなるだろうと思った。いつも一緒の誰か、まあ大人だからいつもいつもって訳じゃないだろうけど、私が最初にくっついていた人もあっという間に霧散したおかげで文芸コース全員とお話する機会があった。そのお蔭で発表会懇親会ボスママは嫌だったけどそれ以外の人達とは普通に話せたし何もなかった。ただ「誰かをターゲットにしてイジメたる」という空気、「みんなで仲良くしましょっ!」というオーラに似ていてそれが強ければ強いほど楽しい雰囲気も増す、それにみんな乗っていて私は蚊帳の外っぽくて嫌だなあと思った。なので私が卒業制作発表会懇親会卒業式分科会でこんなに心細い気持ちで参加していたなんて他の学友達が知ったら、言ってくれたらよかったのになんて思うのではないか。でもそういう時ってやっぱり言えないものだなとも思ったし、言ってどうなるというものでもなかったようにも思う。そう言う時はもう運命として受け入れるしかないとか、自分さえ我慢すればいいなんて思ってしまった。誰しもそうなのじゃないだろうか。おおえかの時もそうだった。私さえ我慢すればいいと思っていて、でもこの場合は我慢することが次々出てきてタイムラグもあり期間が長かったので爆発してしまった。明智光秀も一回や二回なら笑って済ませられたけれど、多分何度もあり自分だけじゃない周りにも影響があったりしてやったると思ったのだろうと推測。このボスママもあと一ヶ月くらい時間があったらきっと泣かせていたと思う。いつもこの人がいう口癖に「ふざけんなよ」というものがあるが、多分私が先に言っていた。でももう卒業したしね、でも人生長いから何があるかわからないわよ。
      
 

古来より、晴れを願うときには白馬が、を願うときには黒馬が奉納されたが、実際の に代わって木の板に描いた馬が奉納されたこともあり、このことから絵馬が発祥したとも言われる。これも wiki こういうのちゃんと予習してから行けば良かった。大学の授業と同じく相変わらずわけわかめな日々を過ごしながらいきなり旅に出たようなものだった。本当に自分でも京都にいたのが信じられない気がした。でもこれはこれで後から色々調べたりしてちゃんと吸収出来ている。ブログは人生の復習のようなものか。 あの学友はブログにネタがない時はどうするか、なんて書いているけれど、私全くそんな日なかった。あれも書きたいこれもどれもそれもしかも書いていると長編になりネタではなく時間がなくなり困った。多分彼女より私の方が強欲で悩みが多いからだろう。生きにくさを感じたり不確かな人生を歩いているように感じ煩悩や葛藤が結婚して子どもを産んで次のDNAへと静かに命の炎を渡さないといけないのに、未だ己の内で燃えている火が消えないといったところかどうなんだろう、自分の事は実はよくわからない。

 

昔何度かお邪魔した「ひろや」さんの灯籠。本当はここで牡丹鍋を食べたかったけれど、冬は宿泊も食事の営業もしないそうでがっかり。小説の登場人物達もここに泊まる設定にしていたのに。でも冬にきてみてわかった。貴船は貴族たちが夏に避暑にきていたところ。多分冬は昔も今もあまり人が来ないのだろう。ひろやさんは建物のかなり大きな料理旅館で、冬の維持費が嵩むのではないかと思った。残念ですが仕方ないですね。
      
 
大きくて素敵な旅館、そうそうここだったと懐かしくなる。



門構えもいいでしょう。 玄関もツヤツヤの広い板張で素敵なの。「冬の牡丹鍋」を来るたびにすすめてくれた女将はお元気かしら。 貴船はここしか来たことない。春のお座敷も夏の川床も全部「ひろや」さんだった。     


センチメンタルジャーニー終わり。どんどん歩いた。 




途中の小さな橋からどこかの料理旅館を写した。古き良き時代の文豪が窓から顔を覗かせそうな雰囲気。侘び寂びた感じがいいですね。貴船の旅館はこうして川に沿って建っているものと、道を挟んで山側に建っているものがある。さきほどのひろやさんは川側、ざっくり色々拝見した感じでは、川側の建物は冬はメンテが大変そうだと感じた。川側は特に寒いですからね。この日も陽が指さないところはかなり寒かった。ダウンだともう暑いかなと思ったけれどとんでもない。毛皮の襟巻もちょうど良かった。そして京都は夏暑いけれど、冬は寒かったと思い出した。何年も遠く離れているとそんな事も忘れてしまう。会わないうちによそよそしくなる人がいるように、土地もそういうものだろうと思った。久しぶりに訪れた貴船は、私の記憶の中のものとはすっかり様子が変わっていた。いつも来る季節とは違うせいもあるだろう、でもなんだか初めて来たように京都全体がよそよそしく感じたような。うーん、そんな事もないわね、大学が嫌だっただけで。いつも来る時は料理が目的だった。どんな美味しいものを食べようとか、お土産何を買おうとか、清水寺を向こうに降りたところの茶屋で湯豆腐食べようとか都路里の抹茶パフェとかよーじやは鉄板、柴漬けもおたべも八つ橋も、ちょっと探せば何処にでもあるのに京都で買うのがいいのよなんて、浮き浮きした気持ちで大概お天気も気候もよく、そして誰かがいつも一緒だったなと今ひとりなのをちょっと寂しく感じた。

でも考えてみれば初めてひとりで来てみて、あれやこれやじっくり観て考えることが出来る一人旅って悪くないと思ったし、あまり食べることに興味がなくなってきたということは、それだけ自分も年をとったのか。さきほどのもみじ絵馬「健康第一」にするべきだったかなー


次は奥宮。


ここは平たんな参道。ゆるゆると進むことが出来るけど、砂利道でヒールが傷まないか心配だった。


奥宮に到着。そんなに距離はない。 


image
雪がまだ残っていた。雪の貴船に来たと言えるわね。


この奥が社。手前は舞台だった、舞を奉納するらしい。
 
 

奥宮。右手の岩山は船が小石に覆われたものとされる。wiki情報→「創建の年代は不詳であるが、社伝では反正天皇 の時代の創建としている。社伝によれば、神武天皇 である玉依姫命 が、黄色 に乗って淀川 鴨川 ・貴船川を遡って当地に上陸し、水神を祭ったのに始まると伝えている。社名の由来は「黄船」によるものとし、奥宮 境内 にある「御船型石」が、玉依姫命が乗ってきた船が小 に覆われたものと伝える。「 の産まれる根源」が転じて「気生根(きふね)」になったともいう」だそうです。


和泉式部の歌碑。これもwikiろう、そうコピペ。なんか文句ある?

和泉式部が貴船神社に参拝したときの歌が後拾遺和歌集に収録されている。「男(夫の藤原保昌)に忘れられている頃、貴船神社に参拝し、御手洗川にが飛んでいるのを見て詠んだ短歌」として、


ものおもへば 沢の蛍も わが身より あくがれいづる たまかとぞみる

(意訳:恋しさに悩んでいたら、沢に飛ぶ蛍も私の体から抜け出した魂ではないかと見える)










冷たくなってしまった夫とまた仲良くなるために祈念のため貴船にきて、巫女さんにおそそをさらけ出すよう言われるけど拒否、その様子をみていた夫がその態度に感じいってよりが戻ったと書いてある。色恋の呪術ってセオリー通りにしなくても大丈夫ってことなのでは。要は本人の気合い、そんな風に感じました。


歌碑説明。

また川沿いを歩く。なだらかな坂でヒールでも大丈夫。

右手に結社入り口。坂の上側から撮影。

階段を上がるとすぐ結社、「けっしゃ」ではなく「ゆいのやしろ」と読む。wiki→「結社(ゆいのやしろ)は、本宮と奥宮の中間、本宮から上流側300メートルの場所にある。その立地から中宮(なかみや)とも呼ばれている


美人なぼっちさん。えっ?私も?いえいえそんな、恐れ入ります^ ^

さあ全部お参り出来たわ!そろそろお昼にしましょう。来る道すがらメニューを確かめてきたけど、牡丹鍋はけっこうあちらこちらでまだやってた。何処で食べようか考えながら来た道を戻りまた歩いた。