芸大に通う豊洲ママのblog♡♡♡

カテゴリ: 日常

「卒業式で京都に行った続きはよ!」と思っているでしょう、まあまあそんなに慌てないで。しかし昨日ブログサービスにアクセスできなかったのは一体なんだったのか。ブログサービスというか、ネットに繋がらない感じだった。パソコンもスマホも全然ダメで、うちにはwifi が二つあるけどどちらに繋いでも怪し気だけれどサクサク繋がるフリーwifiもダメだった。まあ昨日はこども食堂の日でなんか書くといっても数時間のことなので丁度いいといえばいいのだが、なんだったのかなあという疑念は残る。

でも今朝になったらいつも通りに繋がって、「豊洲こども食堂」のblogも書けた。しつこいけど昨日は全SNSダメでしたからね、その中で唯一繫がったのがTwitterだった。Twitterが災害緊急時に強いということで、BUDDYスポーツ幼児園では全父兄に推奨して自身もアカウントを立ち上げていたことを思うと、体育会系の組織は情弱とdisったことがあるけれど、もう色々あってそれは私のブログもあるだろうけれどちゃんと調べたりアドバイスしてくれる人なんかが登場したのだろうと思った。珈琲屋の推薦で一期だけ区議会議員やったあのパパもネット屋だもんね、ここの園長と仲良しみたいだからこの人だろうと思う。

先日ウォールになぜかこの人の書いたものが流れてきて、あーどっかでみたことあるから知り合いだわと友達申請したらあっという間に承認してくれて、でもやっぱりやめようと友達から外したりしてごめんなさいね。別にそのままでも良かったかなあ。そうだ、パークシティの自治会長の方のjunjunにも連絡しないといけないんだった。なんでこんなの引き受けちゃったんだろう、やっぱり誰かにお願いしよう、そうだ!あの人が適任。って、豊洲界隈もママ友ゼロといいつつ、色々と繋がりは出来て色々やりやすくなったのは、なんだかんだブログのおかげだろうと思ったりする。

昨日のこども食堂は今あちらの記事書くために人数カウントしたらボランティアさんは私含めて5名だった。若干少なめといっていい人数なのに、準備は2時間くらいで終わったし、片付けなんか1時間もかからなかった。その合間に「香山リカ講演会実行員会」キックオフを1時間弱出来たし、なんか「豊洲こども食堂」もう私いなくても出来るという感じに仕上がってきたと思う。豊洲にあと二つこども食堂をっていうのもやりたいと言って下さる方が出現し、香山リカさんの講演会も最初はどうなるかなあ、出来るかなあなんて実は思っていたけれど、「じゃあやりましょうよ」という組織の出現により私抜きでも大丈夫ってこれは私いないとマズイだろうけれど、ミーティングもビシバシと進み、「森生さん何かありますか」なんて言われても「えーと私は豊洲で香山リカさんに喋ってもらいたいだけなので後はなんでもいいです」なんて我ながら頼りないわあ。

でも一応私ここではボスな訳だけど、ボスがなんでもかんでもああしたいこれは絶対なんて言っていたら、周りはふんふんときいてくれるかもしれないけれど、「森生ゆり子がやりたいようにやった」「私は指示をきいただけ」なんて思い出になったらせっかくなのに悪いなあなんて思った。以前香山リカさんの講演会やった時がそうだったから反省もある。あの時も「絶対香山リカさんでないとダメ!」と教育委員会や一緒にやるメンバーを説き伏せるというより勝手に突っ走って香山リカさんの事務所にも何度も何度もメールしたりして、香山リカさんからオーケー頂いけたところで周りが「えっ!本当に来てくれるの??」って\(◎o◎)/した頃から色々周りだしたのだった。そこからもあれはこう、こっちはこうしたいと割と我を通したまま当日を迎えた。もう何かに憑りつかれていたようだと思った。

あのあたりからかなあ、一念岩をも通すを実感したのは。香山リカさん講演会大成功で終わった後、すぐに「いつかまた今度は豊洲に来てお話してもらう」と決めていたように思う。それは思うだけでもおこがましいというか、専業主婦のただの夢なんて考えていたので心も封印していたけれど、去年吉祥寺に香山リカさんの講演会聞きに行った時「今度は豊洲でお願いします」とサイン会でお話したのよ。それで「ああそうだ、私そういう夢があった」と思い出した。まだ終わっていないので書いていいか迷ったけど書いてみた。どうぞ豊洲の皆さま、ご協力をお願いいたします。お席300といことで席が足りるかと若干不安ですが、小さな子どもは御膝に、などと譲り合って楽しい会にしましょう。

あの香山リカさんが豊洲に来てくださるんだよ!有名人なんだよ!文化人だけど芸能人といっていい、間近でみられて挨拶も出来るし委員会の人は一緒に写真も撮れる、かも?笑!キャーすごいじゃない楽しみ!盛り上がるなあ、嬉しいな! 

太っ腹な「豊洲こども食堂」は「香山リカ講演会」もちろん入場無料です\(^o^)/

詳細全て決まったら来年度に入ってすぐくらいにあちらこちら色々なところで公開しますので楽しみにお待ちください。当然香山リカさんには既にお願いしてある。すっごく感激したのは香山リカさんやスタッフの方々一通のメールだけで快諾下さったのよ!もうすごく嬉しくて「やるわ!」と奮起できたしすごく勇気湧いた。多分私のブログも読んで下さっているんだと思う。

そうそう、以前豊洲小学校の成人教養委員の枠で香山リカさんの講演会やりましょうとPTAに投げたら、「森生ゆり子が何を言っても無視するように」とLINEで御達しがあり講演会叶わなかったことがあるけれど、小学生の親くらいになると「弱者を慮る」とか「みんなで助け合う」なんて気持ちは消え失せ、もう自分の立ち位置や子どもの出来なんかも確定されるからその中で如何に上手く立ち回るかというのが生活の大部分を占めるようになり、もしかして香山リカさんのお話は耳が痛い感じになるかもしれない。それに豊洲小学校で講演となると体育館にパイプいす並べてって感じじゃない?豊洲シビックセンター大ホールは綺麗で新しいし高邁な音楽家が演奏会やったりするようなちゃんとした舞台、なんだかんだ豊洲小学校の体育館で講演会じゃなくて良かったかもしれないなんて今は思う。

あっ、今思い出したけど今回ボランティア6名だった、書き直さないと。それから振り込みして下さった方がいらっしゃるんだけど、まだ通帳記帳できていないから未確認で記載できていない。これすっごい失礼、インターネットバンキングに申し込みすればいいのにこれも出来ていない。ブログ書く前にやりなさいよと、馬鹿かとアホかと。でもお金数えるの本当に苦手で、外資に勤めていた時はボスの秘書という人が色々私の分も書類書いてくれて、だから出されたのかなあってこの時もすごい事件がいっぱいあって、でも書くと死人が出るというかちょっと書けないかも。

でもさらっと書くと、派閥争いがあって私は片方を倒す重要なネタを持っていて、それを知った取締役が私に目を付け証言させたのよ。ここで私の人がいいというか世間知らずというか、この偉い人に一筆書いてもらって仕事のしやすい部署に異動させてもらえば良かったと今は思う。多分あの会社で一番激務な部署、私が尊敬していた先輩も私がいなくなってから全然関係ない部署に異動されたそうで、私は絶対逃げたなと思ったらその後改心したのかレドモンドに行った。うむ、そうそうそれでいいのよと私は思った。なんていうとどこの会社がわかっちゃうけどもういい。その後なんの落ち度もないのに私は口封じのためか契約を切られ、でもその取締役を呪っておいたら半年後に不祥事でクビになったと聞いてスッキリした。鳴り物入りで引き抜かれたとか聞いていたけれど、話してみたらただのおっさん、全然オーラもなかった。今頃どこでどうしているでしょうね知らんわ。

とまあ閑話休題らしくいらんこともまた書いてみたけれど、大学も無事に、本当に色々な意味で無事卒業できたし子ども達も春休みを迎えるし夫は新しい職場で喜んで働いているせいか大声で喚く頻度がぐっと減ったしこども食堂も順調だし香山リカさん豊洲に来てくれることになったし私は健康で美しい自由な専業主婦、昔あんなに自分はひとりぼっちとか悩んだりくよくよして自己否定の嵐で死にたくなったのは一体なんだったのかと思うようになれて本当に良かったと思う。

何よりひとりぼっちって最高だと気付けたのが嬉しい。昔、村上春樹や田中慎弥は友達いなくて寂しくないんだろうかとか、欲しいと思わないのかなんてお節介的に思ったけれど、自分がそうなってみて割とこういう状況って快適なんだとわかり、それに友達でも同士でも欲しいと思うと出来ないけれど、心で想いを灯していると、気が付いてくれる人が現れるものだと思った。

私のネガキャンに余念のないボスママたち、「打倒森生ゆり子」という炎を燃やしていて、そういう気持ちで繋がった人達、いつもいつも私の噂をしてああでもないこうでもないあそこでみたとかここにいたとか。結局私が気になって気になって仕方ないのかなあ私の噂をしたり嫌がらせするのはまあいいけど、子ども達が困ったことになったりするのは全部あんたたちのせいでしょう。いい加減にしないと「拝啓、魚住雅彦さま」っていう記事書いちゃうわよ。嫌だと思ったらもう私の話するなわかったか!あちこちで証拠掴んでるから言い逃れできないわよ。 化粧品で顔厚くぬりたくっても心が綺麗じゃないと何にもならないって証明ね、もうあなたも会社やめたら?

私が独身で会社員の時、結婚して子どもがいる女性社員というのは総じて全員優しくて気を使ってくれて、お母さんになると女性は母性が溢れて優しい人になるんだと思っていた。なので自分が子どもを産んでママ友デビューする時には何の不安もなかったし、こんな優しい人達のコミュニティに入れるなんて嬉しいと思っていた。いい人親切な人優しい人ばかりだろう、きっと素敵な友達がたくさん出来て子ども達もそういう世界ですくすく育つだろう、特に豊洲が新婚世帯が多く子どもがどんどん生まれる街で、ママ友100人出来るかなみたいな。そのせいか子どもが幼児園に入るまでの公園時代は何もってその時も色々あるにはあったけどそんなに悩むことってなかったような。いや違う、あったなあ。

でもやっぱり一番辛かったのは幼稚園バスで絵に描いたようなボスママがはびこっていた時代、その人に嫌われだしあれよあれよという間にあちらこちらで面白いようにはじかれるようになった。何度も同じことを書いて恐縮なんですが、会社でやると人事考課に響くから会社の外でやったという事なんでしょう。働くお母さんって、子どもが急に熱を出すとか幼稚園学校の用事があったりで会社を休まないといけなくなったりするじゃない、そういう時に快くお休みさせてもらうために、「お互いさま」と言って貰わないといけないので社内や同じ部署の人には優しく親切にしないといけなかったのだろうと今ならわかる。お母さんが働くって本当に大変だと思う。
   
それでも今もし上野娘ちゃんの幼稚園を選ぶ時代に戻れたら、働いて保育園に入れたいと思う。息子が半年だけ保育園に通えたので特にそう思うのだろう。まあ言っても仕方ないけれども。

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じゃーん!いい写真があったので貼ってみた。この方社長になったばっかりの頃はダサいおじさんだったのに今みたらすごいセンスいいイケメンになってる!私のブログ読んで色々反省したのかなあ。今なら佐山さんにも負けてないわよ♡

ということで今日はこれからランチミーティングに行った後に、豊洲で今一番新しく注目のマンション、パークホームズ豊洲ザレジデンスに行く。またいっぱい写真撮って記事に書くから楽しみにしててね!

私の弱点は「歯」だと思う。知覚過敏なのでシュミテクトじゃないと歯磨き出来ないし、昨日今日は固いものを噛むと奥歯も痛い。いつも右側を下にして寝ているせいか、夕べ右の奥歯が急に上下当たるようになり痛みがだんだん増してきた。気になって眠れないので爪やすりで奥歯をスリスリして削ってみた。本当なら歯医者に行ってちょっとやってもらえばいいし、そういう痛くて耐えられないとか緊急の時は順番を抜かしてでもやってくれるので歯医者にいくべきだったのだ。でもなかなかそういう時間がなくて、というか永利でランチする時間があるならそうすればよかったのだが私はせっかちで、思い立ったらすぐやらないと気が済まない。控えめにと注意したのがよかったのか、歯がカチカチしなくなりいい感じで一日過ごせた。あーでも近々クリーニング兼ねて行かなくては。子ども達の歯科検診も多分半年くらい行かせていない。そうだ、来週はもう絶対行かせよう。予約さえいれてカレンダーに書いて「この日この時間にいってね」と言えば、私が忘れていても子どもたちは勝手に行ってくれるようになった。「何もしない愛」は偉大だとまた思った。

今日は近所の方々とこども食堂のミーティングと思ったけれどちょっと違う話に流れ、でも私の言いたいことがわかってもらえて満足。そこで次の選挙なになにさんに入れてという人がいて、品川と調布方面で知り合いいないかと聞かれたのでいるけど教えられないと断った。選挙ってそういうものじゃなく、自分が決めた人に入れるのが大切と私は思っていて、まず小池百合子というのは譲れなくて、その部下になる人なんかは適当に決められない。私は高橋恵海さんに入れたいからと言うとがっかりされていたけれど、そうやってお願いするとみんなハイハイ言うけど本当に入れているかどうかなんてわからない、でも自分の意見はちゃんと言った方がいいと思う。

その後解散して今日はお猿ちゃんのお友達がおやつ食べに来るから食材調達でスーパーたつみに行き、イチゴ、バナナ、チョコレートなどを買い込む。ホットプレートでチョコフォンデュをしてあげようと目論んだのだ。きっとみんな大喜びだわとにこにこ買い物をしていると、急に、本当に急にお腹が減って苦しくなった。何か食べたい、たつみでお弁当買って家でたべようか、でも何か間に合わない感じがして外に出る。ちょうどランチの時間なのかマイフェイバリットレストラン安庵はいつもの如く列ができていて、それなら太陽のトマト麺かなあでもそっちも人がいっぱい、そうだこういうガッツりしたいときは永利だと思ってNTTDATAに向かうが、あーでもあそこもあんなに広いお店なのに昼時の待ち人ったらきっとなかなか順番こないわと思ったところで最近永利の三号店が出来たのを思い出した。これはFacebookで「とよすと」さんが発信していた記事で知った。でもあそこは実は「永利三号店」じゃなくて、「永利豊洲三号店」なんです。東雲にもう一店あるらしい。で、店に行くとやっぱり「豊洲三号店」と看板に書いてある。そうでしょそうでしょとなんか嬉しくなって店の扉を押した。早速今日のランチセットを頼む。日替わりで毎日メニューが変わって700円。どれを食べてもいつも外れなしなので、今日もそうした。今日の日替わりランチは鶏肉とカシューナッツ炒めという安定の美味しいやつ。そして到着、でもあれれ、なんか違う。間違い探しのように脳内の永利メニューを引っ張り出してくると、いつもの杏仁豆腐がない。メニューは本店とほぼ同じ、使っている食材ももしかしたら一括発注で同じかもしれない。でも料理人が違うとこうなるという見本のようだと思った。美味しいには美味しい、でもなんか違うという感じ。

そしてここ、永利が出来る前は京料理のおばんざい居酒屋だったけれどつぶれてしまった。私はここを出禁になっていて潰れろなんて思っていたらそうなってしまいびっくり。結構お客さん入っていたみたいだったのに。そして自分についている祟り神の恐ろしさを知った。あまり何かを恨まないように気を付けようと思った。でも京料理のお店を出禁になったのは自分が迷惑をかけたからで自分が悪いのだ。でもなんていうか懐の狭さというか、なんか嫌な感じがしてもう行きたくないとも思っていた。そういう感じに思う人が結構いたのかもしれないと思った。

そしてこども食堂にも思いをはせた。今、三店舗の店長候補を探していて、多分みつかるし私の人を見る目はいい人をピックできると思う。でもその人たちに任せたら、繁盛させたいばかりにママ友同士できた人とか入れたり、お年寄りをないがしろにしたり、何より「何よあそこママ友同士お断りなんてうそ、いついってもグループママがきてる」なんて絶対思われないように気を付けようなんて思った。シェフとか店長ってそういう意味では本当に大切で、誰がやっても同じなんてことは絶対ない。

そんなこんなで息子のお友達にホットプレートチョコフォンデュは大好評で、一人一枚チョコレートを使ったのにちょっと足りかなった。でもこのくらいの方がいいのかなとも思う。お腹いっぱいでもうチョコなんてみたくないなんて思ったらお気の毒。案の定、次に遊びにくるときもまたチョコフォンデュがいいなんて言われて、早速日程を決めた。みんなが帰る時にきゅっとハグして「ありがとう、息子と仲良くしてくれてありがとうね」と感謝の意を表したけれど、これ言い方によっては「息子のママに抱きしめられた」なんて言われたらすわ性的虐待?いやーあかんは気を付けようなんて今思っているけれど、みんな本当に嬉しそうに名残惜しそうに帰って行った。

卒業制作だなんだかんだで10月くらいから家の事が回らなくなり、息子のお友達がきてくれても上がってもらえるような状態ではなかった。それでもいいなんて息子には言われたけど、大きくなって「あの子のうち目茶目茶だった」なんて言われたら気の毒。子どもって本当に記憶力がよくて、私もいまだに幼い頃にみた色々は脳がなかなか忘れてくれないこともある。でもやっと家も片付き昨日今日と連続でお友達を読んであげることができた。いつもいつもお邪魔しているばかりで申し訳なく思っていたのだ。でもみんなブログのおかげもあり、本当に忙しいってわかってるよなんて言ってくれたり、ちゃんと色々回ってるの?なんて呆れられたりで事情は理解してくれていて、本当にありがたいななんて思った。



こうしてチョコフォンデュを囲んでいる子どもたちをみていて、一緒にこうして楽しく何かを食べるということは、命をつなぐだけじゃなく共同体をも育むのだと感じた。今日一緒にランチ偶然同席したご近所さんも普段は挨拶だけだけれど、一緒に食べながら豊洲事情を様々にお話して、もう今度からは違う温度で挨拶ができるように思った。こども食堂の話をしていたご近所さんが私の様々な武勇伝を聞いて笑いながら「あなたは人が好きなのね」と言った。ちょっとびっくりしたけど、ああそうなんだと思った。なので豊洲のボスママ軍団に村八分にされたのだってきついと思ったし、なんとかしないとなと奮闘した。そこでまたこども食堂から様々に豊洲の人たちと繋がりだし、共同体という街の命運を司るものに触れられたように思う。まだまだ色々問題は山盛りで、あっちもこっちもどっちも揉め揉めで今日大学に打ったメールも「ええええ!なんでそうなるの????」と事務局がガクブルしていると思う。でも誰かを陥れるとか文句を言うとかそういうのじゃなくて、新N先生のためにちょっと頑張ってみた。新N先生のことが心配で、それは余計なお世話とまた言われるかもしれないけれど、彼の書いた卒業研究を読んで、わたしと同じ傷跡がある人だとわかったから。私は共同体のおかげで息を吹き返し、何かN先生にもそういう光がさしてほしいと、それにはやっぱり大学で先生になってもらうのがいいだろうなんて勝手に考えていた。思い通りになって非常に満足。ついでといっては失礼だけれど、元都知事候補の家入一真さんも大学院の先生をこの春からするそうで、「私の学友が同じく先生になるのでよろしくお願いしますとTweetしておいた。SNSはこういう時非常に便利。ご存知の方もけっこういると思うが、家入さんと私は敵対の関係だった。でも約二年の時を経て、そういう色々は風化したように思う。何より私が家入さんに嚙みついたのが発端で、それに拮抗した彼が様々に策を練った。でもつい最近わかったのだが、家入さんと私が対立しなければならない理由はそもそも何もなかったのだとわかった。なので私からごめんねと謝った。家入さん、素晴らしい人だと私は前から思っていた。でも敵対していたのでdisるしかなかった。でもこれからは仲良くしたいと思う。CAMPFIREにもお世話になる日がくるかもしれない、いえ、私はやらないけれど知り合いが多分なんかする時があるんじゃないかな。クラウドファンディングで一番人気なのは仕組みがわかりやすくて全員参加型なので楽しみもある。影山さんもこっちでやればよかったのに。



そんなこんなで『そして、暮らしは共同体になる。』のパクリになってしまうが『そしてまた、食も共同体をつくる。』なーんて思ったりした。

※人生がガラッと変わり、自分の普通がただの思い込みだと気付く本。

自分が真似しておいてなんなんですけど、最近一番古いブログとか、『元キャナリーゼゆり子』とかがすごいアクセス数になることがあって、またどっかのマスゴミが私の作品をパクろうとしているんだわとがっかりしてしまった。フジテレビ、TBS、そして『あさいち』なんかもママ友の話題なんかで「私のブログみたでしょう」というようなものがある。web記事とかちょっと前に出た幼稚園バスの小説なんかもそう。もうなんかブログ書いてアップするのが嫌になってしまった。ブログやめて小説書いてと桐野夏生さんが言われたのはこういう事なんだとまた思った。

あーうるさいのが帰ってきたから今日はここまで。 

世界の日本語が読める皆様こんにちは。今日はまた夫の実家にいて御節を食べている。昨日は本当に散々な目にあい、しかも夕方からノックダウン、そのまま寝込んでしまった。おばあちゃんには言えないが夫の実家が寒いので風邪をひいてしまったのだ。発熱、悪寒、咳も出て、夜中に息苦しくなり起きてしまったくらい。息をするとヒューヒュー肺から変な音がし、息子が肺炎で入院した時、こんな呼吸をしていたことを思い出した。真っ暗な中でじっとしていたが、人が死ぬ時って案外こういう感じで、あれ、あれなんかおかしいなあと思っているうちにどんどん悪くなり意識がもうろうとしてこと切れるのかしら。作家のベルゴットもあの時自分が死ぬなんてこれっぽっちも思わなかっただろうし、そうやっていつの間にか気が付いたら体が浮いて寝ている自分を自分が上からみていて焦る、みたいな感じなのかなとか、でも宮沢賢治は病に倒れた時に自分の死を悟り『雨ニモマケズ』を手帖にかいており、あれはさわやかなポエムでも力強く生きたいという指針的な書きつけでもなんでもなくて、死神の影に怯えながら「こういう人に自分はなりたい」と、命を助けてくれたらこういう人になりますので生きさせて下さいと言う目に見えぬものへの上申書だったと知る人は案外少なくてもちろん私もそうだったけれど、京都造形芸術大学通信教育学部外苑キャンパスの読書会に宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」が題材になってその時に「雨ニモマケズ」が参考資料として扱われ、この詩のような書きつけの後に般若心経がびっしり書いてある資料にショックを受けたのを思い出し、死に方としてはベルゴットと宮沢賢治とどちらが死に方の理想なのかとかだんだん熱があがってきた感じがしてあちらこちら痛いけどこのまま死んでもおかしくないような気がするとかでも私が今死んだらせっかく立ち上げたこども食堂はどうなるとか、あと一年くらいあれば「私がいなくても」こども食堂はみんながやってくれるというか、みんなのこども食堂になる訳で、そうしたらひとりの寂しいぼっちママが自由にひとりを楽しめるんじゃないかとかそれより子ども達私がいなくなったら夫の管理下でぎゅうぎゅうと窮屈な生活を強いられてめちゃめちゃになってしまうとか私がいない方がもしかして豊洲スタンダードの勉強や習い事は頑張るけど自分や自分の属しているグループの人達だけとぎゅっと固まり他の人なんて死のうが生きようがどうでもいいという人に育つ方がこの街では間違いなく生きやすいだろうなとか色々考えた。

考えているうちにどんどん怖くなり、そうしてこういう時にばっかりいつも喧嘩して罵倒するだけの夫にすがることになるいつもと同様夫の所へ行った。N先生がフランスに帰ってしまうという淫夢のせいで涙でぐしょぐしょになりながら、「ねえ私肺炎かもしれない。呼吸が苦しい」と訴えた。その声もひゅーひゅーと肺から変な音が聞こえて来て、医者になりたかったという夫が本当に医者だったらこういう時もっと便利なのにとか医者になっていたら私とは結婚しなかっただろうなとか夢を叶えて苦学の末偉いお医者さんになった幼馴染のSくんはノーベル賞とっても「昔好きだった」と言ってくれるだろうかとかそしたら私は初恋の人としてセンテンススプリングに取材されるかもとかそうだSくんといえば名士の方のSくんに年賀状出さないととかその前に年賀状まだバッグの中だとかポストまでたどり着く前にこと切れたらそのまま喪中になるのだろうかとかモヤモヤと考えたのでございます。夫はそんな私の内面を知る由もなく、「どれ」といっておでこに手をあて、いつもなら「馴れ馴れしく触らないでよ」と怒るところこの時ばかりは大人しくされるがままで、夫は「肺炎てのは熱が出るんだよ、ないから風邪」といってアイスノンなど出してくれてそれを頭にあてて自室のベッドでうつらうつらする頃には、自分の肺炎疑惑も消えてほっとしたのか浅い眠りの中でまどろんだ。その時すごい面白い夢をみてでも内緒。起きてああそうなんだそうなるのかと嬉しくなった夢。私と敵対している(と、自分では思っていないけど向こうはニラニラしているおおえかじゃないあのメディア野郎と言われている人)人と笑って話しているだけという夢で、いつも誰かに喧嘩をふっかけていると思われているけれどそれは間違いで、素朴な疑問を投げかけるとたいがい気を悪くされあっという間に敵対の対象にされてしまうのは私が本当の事を言い過ぎるのかもしれないでもこれ子どもの頃からそうで、小学校一年生の時の女の担任の先生に激怒されたことがあり、大学生になっても同じような感じで人はというか「自分と未来は変えられる」というのはやっぱり間違いだと思ったりもした。このセリフで私を戒めようとしたセレブデブだって昔ヤンキーで銀髪だった頃と全然かわっとらんやんと思うし、セレブデブが変わったと思っているのは住所とステイタスと収入くらいで、中身は物心ついたころと全く変わってないやろ?それで未来だって自分でどうこうしたというより大学やめるとメソメソしていたところに私という救世主が現れて息を吹き返したのだって自分の創った未来やないやん。でもそれにより他人(この場合大学の要人)は変わって過去(大学やめたいとメソメソしていたこと)が変わったでしょう。やっぱり「自分と未来は変えられないが過去と他人は変えられる」といことにならないだろうか。また言ってしまい余計に嫌われたかもしれないけれど私の言いたいことがわからなくて去るならそれで別にかまわないし「頼んでないし自分で何もかも解決したんだから助けたと偉そうに言うのがお門違い」と言うなら言い続ければいいし、どうせ何もなかったふりしていじめっこのおおえかとも上手くやるんでしょうもう本当に飽きれてものがいえないけれどこれが普通の組織人なのかもしれないですねっ!同じく私が「ズベ公」とあだ名をつけた新入生も大学やめたいとメソメソしているもんだから懇親会に誘ったら先生の悪口を言いいや私も言ったけど私はいいけど他の人が先生の悪口を言うのは我慢ならないというか旦那の悪口を愚痴っていたら近所の奥さんが重ねて「そういえばあなたの旦那さんさあ」と色々言い出して「なにようちの旦那の悪口言わないでよ」と怒るようなものかもしれないけれど、懇親会二次会ですっかり元気になり大学続けるとか言ってそれは良かったんだけど後から何も言ってこないしそれは二次会の後であのナースのおっさんとどっか行ったから隠し事が出来たからに違いないのではなんかこんなスベ公先生の元に置いて卒業することになるけれど良かったのだろうかとか先生は絶対相手にしないだろうけれどそういう色々を見るのが嫌で気分を害されたらお気の毒だとか先生はエロはダメだから変なもの書いて課題に出さないでよ!とか自分が先生宛にすごいの書いて提出したら違う先生が採点して返ってきたのを思い出した。スベ公もエロいのを書いたらクルーソー先生が採点してきたといい自分もそうで「エロ担当はクルーソー先生」という風評も生まれたけれど、やっぱり〇ゲは強いのかな?なんてちょっぴりエロトークしたりしてこれはこれで楽しかったのよなのに私ったら変な命名したりして。でもやりまんともビッチとも違うなんか昭和ちっくな感じが彼女はしてスベ公というのがピッタリでさあ。もう私のあだ名は秀逸すぎてこれも人に嫌われる原因のひとつ。京都の「冬彦さん」とか豊洲の「しゃくれバーチ」とか、周りはすごくびっくりでもとても感心してくれて心配もしていると思うでも大丈夫、うーん、大丈夫じゃないなやっぱりごめん子ども達。

つらつらと37.4度の熱にうなされながら色々考えていたらすっかり元気になり、諸事情で一日延期になったおばあちゃんちへの年賀に出掛けたら年末年始にあんなに親愛の情をみせてくれていたおばあちゃんがカンカンに怒っていてそれもまた私への誤解なのだけれど私は今年も色々な人に叱られるのかと思った。でもあの懇親会のN先生の怒りを超えるものはないのではないだろうか、だったらどんなものが来ても大抵平気だろうという自信もある。それに先生が怒ったのだって色々調べたり考えたりしているうちにこれも双方の認識違いというか完全なる誤解が生みだしたものだとわかった。それもこれも第一の原因は「おおえか」次に事務局長の「コナン」それからもしかして全然関係ない全く関与していない疑惑も残るが監督不行き届きということでは学長の「なまず先生」この三人を吊し上げたいと思う。もうひとり通信教育学部部長も同罪に等しいと思うけれど、全く部外者なので上澄みしかわからずたんたんと仕事をしたという意味では色々とありがとうございましたと言いたいけれど、懇親会に出席することにした私が多分N先生と私は普通に生徒と先生として話せないのではないかという予感があり、会の前に10分でもいいから話をする機会をつくれといったら「あなたのためにもそれはしない方がいい」という訳のわからない理由でまたしても拒絶され、そのお蔭でN先生VSフィガロ仮面という京都造形芸術大学通信外苑キャンパス懇親会史上最強の伝説が誕生してしまった。ちょっと会って話せば誤解は解ける、なのにそれが出来ないものだからどんどんどんどんお互いの誤解や妄想でパンパンに膨らんでしまいそれが大爆発してしまった。この原因は通信教育学部部長にあると言っていいのでこれはちょっとやっぱり恨む。でもお蔭で「事務局がふたりを引き裂いていた」という事実がわかってよかったと思う。もしN先生自身が面会を拒否していたならあんな事態には絶対ならなかったと思ったし、今までも多分そうだったのじゃないかと悟った。ああそうだったのかと。多分N先生もそうだったのかと驚いてみえると思う。もう事務局が最低。変に誤解したのか色眼鏡でみたのか私をズベ公認定していたのかやっぱり通信教育学部部長をも操っていたのは「コナン」そして「コナン」に色々私の悪口を言ったのは「おおえか」ということなんですよねー。こうなると学長に送った手紙も「コナン」が握りつぶした疑惑が濃厚になってくる。これら「組織ではよくあること」と普通は流れていってしまうけれど私はそんなの我慢できなかったというか今もそうでこれから卒業までに、場合によっては卒業してからも追及してみたいと思う。というかそんな暇あるかなあ。「豊洲こども食堂」を自分の手から巣立つように豊洲という街全体の共有財産にしていくという取り組み、私が飽きたとか面倒だからじゃない。これだけ注目が集まってきたのだから、私ひとりクローズアップされるのではなく「街のみんな」で運営した方が絶対いいと思う。それは古き良き豊洲ではずっとやってきたこと。私は昨年豊洲商友会の手伝いをめっちゃしたし、そこの勉強会にも足スタントで参加させてもらったりしたけれど、きちんと「共同体」が育まれていてなによぴらぴらで底の浅い街だと思っていたのにこんなにも暖かい暮らしの息吹もあるんじゃないのと感じて驚いた。この古き良き時代の豊洲を復活させる救世主に「こども食堂」がなれるんじゃないだろうか。誰かがいじめられて孤独を感じていても、かばえば自分がそうなってしまうとか自分達の小さなテリトリーだけなんとかうまくやって行けばそれでいいとか、そういうみみっちい流れを作ってしまった悪しきボスママの創り上げた「ママ友グループ」という習慣を「そんなもの百害あって一利なし」とまではいわないけれど、みんなでちゃんと考えるきっかけになるのではないかしら。

そんな風に考えながらうつらうつらしたら大分よくなってきてそれを考えたのが1月2日ということで良い初夢もみたし、この一年は今度こそ本当にいい一年になる気がした。

それはさておき、あの小説、もうN先生もそうだけれど、寒竹先生や門崎先生も読んでくれたかしら。あれをたったの3時間ぽっちで書き上げたという事態、自分でもちょっと驚いている。素材もテーマもモチーフもさることながら、中身は大学で習った集大成のようなものになっていて、あちらこちら全部授業で学んだこと、それから寒竹先生門崎先生が色々卒業制作で講評で書いたり話したりして下さったものがぎゅっと詰まっている。自分ではその時その時になんとなく聞いたり学んだりしていたように感じていたけれど、私の中にみっしりこれらが詰まっているのだとわかる。卒業制作傑作すぎて自分で怖いと思うし読んだ先生方驚くのではないだろうか。思えば卒業制作、本当に悩んで頑張った。リビングジョナサンでまず最初にローズヒップ&ハイビスカスティーを淹れて飲みながらおもむろにしたのはまず先生達の講評文を隅から隅まで読むことだった。書きながら都度読み返すのでは効率が悪いし、なんかこういうのあったなまあいいかで進んでしまってはどうでもいいものが出来てしまうのではないかと懸念した。先生達の書いてくれたものを多分100回は読み返したと思う。それはひとえに「いい先生を演じて書いた」ものではない、素の先生から生まれた私だけへのメッセージだとわかったからだった。私の卒業制作の担任副担任、本当は主担任おおえか、副担任N先生の予定だったはずだ。それが土壇場でひっくりかえったのはおおえかの差し金なのだが、これがまあ私がいつも言う、私は運がいいというやつで、頭も顔も性格もいいというのは置いておいて、本当にいい先生にあたったと思う。何度も言ってそろそろ申し訳なく感じているが、もし主担任がおおえかだったら絶対にあれは書けなかったと思う。世の中のトレンドを意識した万人受けを狙う上手い小説もどきが出来上がったのではないか。あの大問題の「ストーリーとシナリオ」の授業は寒竹先生が担当すべきというのは何も意地悪でもなんでもない。自分の幸せはみんなに分けてあげたいという私の良心、生徒の中から私のような芥川賞作家がさらに生まれるかもしれない。だいたいあのおおえかの授業本当にひとかったみたいで、私がだからモテないとdisった学友もブログで何度もそれを言及しているくらい。あの人は私が大学で唯一友達になりたいと思った人で、自分を厳しく律して仕事して合間に勉強自分磨きをしているせいか物事や人を見る目も確かでいつも本当の事しかいわない。色々あり私とは袂を分かつことになったが、こうしてそれぞれの道で生きるのが私たちに相応しい間柄ともいえる。このように阿吽の呼吸で同じように批判するのは彼女は私のことなど一ミリも慮っていない同じ眼でものごとをみている証だろう。そういうことで大学もまだ決心がつかないならもう一度ちゃんと学びの場に相応しいものを学舎に引き入れるように、そうでないものはきちんと排除するようにと願うばかりだ。という訳で私が寒竹先生に巡り会えたのは本当に奇跡だと思うし神様の采配、普通は絶対ないマッチングだった。あの私の卒業制作、もうどこに出しても恥ずかしくない驚くくらいいいものが出来た。でもあれが書けたのは私の力というより寒竹先生門崎先生が帆走して下さったおかげが80%くらい。謙虚でもなく本当にそう、私ひとりだったら絶対かけなかった。あの小説は私のブログと一緒で、一部のボスママたちには反感を買うと思うが悩めるお母さん達が読んだら勇気づけられるのではないかと思う。世界平和のためにこの作品が日の目を見る日が来るようにと祈念したい。

なんか風邪をひいたという記事を書こうと思ったらまた全然違うものになってしまったけれど、書きたいことが書けて満足。こういうのってあれですよね、L'Arc〜en〜Cielのhydeさんがデビューからずっと事務所を変わっていないのは自由を尊重する大石さんに感謝しているからで、winwinだけじゃないちゃんと信頼関係もあるのだと感じる。私が私を好きになれたのはある時期を境に自分を縛るのをやめたからだと思う。ボスママに嫌われないように、目立たないように、子どものために息を殺すように生きる。そんな事をしていたら自分が壊れてしまった。もうこんな事を続けていては死んでしまうと思ったママ友の世界を飛び出し、そのせいで子ども達が酷い目にあったけれど、私的にはよかったように思う。自分で自分を縛る自分が大嫌いだった、でもやめたら好きになったそんな感じ。そんな時にラルクのdriver'shightに出会いそうだ人生なんてあっという間に終わってしまう自分の思うように生きようと考えだした。こうして考えると私の人生を変えたのはまずビルゲイツ、それからハイドさん、最後にN先生と三大巨頭が揃った。そうだ、他にもイケダハヤト尊師とか心理学の師匠、弁護士の先生、栄子先生、松本先生、こども食堂の師匠、ライターの師匠、製本の第一人者S先生などなどいい先生達に恵まれて幸せだと感じる。製本のS先生は初めてお邪魔した時に私を気に入り、話し足りないから泊まっていけといってくれたくらい。大学の「本をつくる」という授業は受けられなかったけど、S先生に教えてもらおうと思う。「本をつくる」という授業は武蔵美にもあり、この時もスケジューリング的に叶わず受けられなかった。それは置いておいてこうして考えると直接色々教えてくれるのは女性の先生ばかりで、男の先生は遠くから色々メッセージをくれるとい選択をしていることがわかる。

あのナースコスのおっさんが文学フリマの打ち上げで新N先生に「この人は女を張って生きてるから要注意」みたいな事を言ってムカついたものの場を白けさせたくなくて「ああそうなのよ年をとればとるほどそういうのは上手くなってね」などと言って受けていたけれど冗談じゃないわよ!私は女売ってのしあがったことなんて一度もありませんからね。だいたいこのおっさんは入学したては私が好きでちょっかい出してきて最初の飲み会でエロトークばかりするので私が怒っていいつけて叱られたもんだから逆恨みしているわけよ。それでも飲むたびに「外に彼氏つくればいいのに」とかそんな事ばっかりいって、でも「おおえかがあのブログをどう感じようがそれは向こうの自由じゃない?あんただって自由に書いているんだろ?」とか言ってくれてこの時は伊達に女たらしじゃないよくわかった人じゃない、でもキモイから思うようにたらせないこれでルックスが西島秀俊だったら私も危なかったなとか、こういうのを心配して今でもおばあちゃんが「外に働きにでちゃだめ」とか言ってるんだろうなとか世の中結構不倫って多いんだろうなとか去年ランチ友達とめずらしく夜飲みに行ったことがあって案の定変な人達がちょっかいかけてきて「もう奥さんには立たない」とか気持ち悪い事言い出しあっちいって欲しいなあと思ったけれどしつこくからんできたからぶった切ったらすごい怒りだして友達と逃げてきたけど「豊洲のタワマンに住んでる」って言ってたからどっかで会うかもとか子どもがあの保育園とか言っててああ茹で太郎の近くの保育園なのか世の中狭いなとか私は人の名前は覚えられないけど顔はしっかりおぼえちゃったから会ったらすぐわかるとか世の中どういう風に繋がっているかわからないから自分も気を付けようとか色々考えた。

 

 ※あの3時間で書いた一万字の短編小説がぶっちぎりのランキングトップになったというのが、本当の卒業制作だと感じた。

ちなみにタイトルの「風邪をひいちゃいました」というのは、昔森高千里が『渡良瀬橋』という歌の中に書いた一節、昔の恋人なのか想い人だかに渡良瀬橋からの景色と共に心の中で語りかけるという作品、ここに「風邪をひいちゃいました」とあった。風邪をひくと私はこの歌のこの歌詞の部分をつい思いうかべ「風邪をひいちゃいました」とつぶやく。いいですね、森高千里。あの人も小説を書いたらいいのにと思う。こうして考えるとボブディランがノーベル文学賞とったのも不思議でもなんでもない、歌でも小説でも同じこと、もっといえば何かを表現するのに絵でも文章でも音楽でもなんでもいい、自分の好きなもので形を創ればいいのだと感じた。私も芥川賞よりノーベル文学賞、もしくは平和賞を目指そうかなあなんて思った。いいものを書いたらN先生がフランス語訳してくれるかもしれない。



実家のママンが大好きで定期購読していた『暮しの手帖』、先回の帰省の時にテーブルの上にあったので聞くと、また定期購入を始めたと言っていた。多分色々で雑誌どころではなかったのが、落ち着いて書物を眺める余裕が出来たということなのかもしれない。私も一緒にずっと読んできた雑誌、今はこうしてFacebookでも色々なものが眺められるようになった。そして今朝、興味深いことが書いてあったので確かにそうかもとまた記事を書くことにする。

今年やり残したことは、一番は大掃除と断捨離だろう。ミニマムな生活を目指し、家の中のものを半分にしようと考えていてこれは年内に出来なかった。掃除はざっと頑張ろうと思っていたが、年末から元旦に来るはずの妹がスキーで怪我をしたとかで来られなくなったので掃除へのテンションも落ちている。でもやらなくては新年は迎えられない。がっかりだが頑張りたい。

一緒に叔父の家に行こうとかららぽーとの初売りとか色々計画していたのに残念。せっかく一緒に誰もいない我が家で紅白を見てシャンパンでもと思っていたのに。クリぼっちどころか年末年始ぼっちになりそう。

でもこうやってしょんぼりするのも悪い事ばかりではない。テンションがすっと落ちて「ちょっと鬱っぽい」感じになった。「人間はちょっと鬱っぽい精神状態が一番いい状態」と言われたことをまた思い出した。「何もしない愛」の記事を書いてアップしてから恥ずかしくてでも今更削除もなんなのででもどうしようみんなが見るのにわーアクセスランキング1位になってるどうしようどうしようとブログだけじゃないSNSもしまくってしまいテクノストレスもあったのだろう。夕べ軽くパニックになってしまった。

「大丈夫大丈夫」とずっと頭の中でつぶやいていて、そのうち息子の寝息を聞いていたら落ち着てきた。久しぶりに怖かった。私と運命共同体の息子も「お姉ちゃん嫌だ―!」と寝言でうなされていた。トントンしたらまた寝てしまったけれど、姉弟の仲が悪くなるのってたいがい母親のせい。誰かを依怙贔屓したりどっちかばかり厳しかったり。公平ってなかなか難しいが、やっぱり気にしてあげなくてはいけないと思う。

そんな反省もふまえ、やり残したことと来年の目標というより指針。目標にすると私のことだからがむしゃらに頑張ってしまう。そうなると色々周りを犠牲にしたり迷惑をかけたりする特に家族。なので「指針」

今年やり残した事

・断捨離・・・家の中のものを半分にする。衣類、本など。特に衣類は要チェック。松尾たいこさんのように一年間洋服を買わないということにしてもいいかもしれない。丁度一昨日ぺたんこミュールを一足買い換えたので、多分大丈夫だと思う。

やり残したことはこれだけかも。都営四丁目公団の方にチラシと粗品を持ってご挨拶というのは新しい年にして良かったかもしれない。今まで曜日が固定でなかったのが毎月第四水曜日と決めさせて頂けて、憶えて貰いやすいだろう。これは来年すぐの宿題。また息子に手伝って貰おうと思う。

来年やりたい事(目標ではない)

・断捨離・・・もう家族がびっくりする程徹底的にやりたい。だいたい家の中にみんなして何か持ちこむが出すのはいつも私。狭い家がもので溢れかえっている。全部捨てたる!(寄付、譲渡など含む)

・運動、芸術・・・もう大学も終わったので好きなことをする。プールも11月で退会していたので再び入会したい。会費は自分でライターの方で稼ぐことにする。それから絵を描きたい。色々あり版画はもう無理だと悟った。

・息子の習い事を増やす・・・これは強制ではなく本人がやりたがっていたものの、私が対応できていなかったもの。やりたいことをさせてあげたい。

・娘と仲良くする・・・ブログに色々書いてから、娘の悪戯が「かまってよ」というサインだと心でキャッチできるようになった。叱らずにもっとかまってあげようと思う。春から部屋も可愛くキレイにして譲ってあげたい。

それにしても今年も本当に色々恥ずかしかった。先日娘が「ねえママ、フィガロ仮面って」というので、えっ?娘ちゃんまでもう私のブログ読んでいるの?と焦ったら、なんのことはない、私が懇親会翌日写真を見せて話していたのだった。「先生のこと好きなの?」と聞くので「だーいすき。先生が好きだと勉強が楽しいわよ」と答えた。

もうあれもねえ、あんな風に書くつもり全然なかったのよ、なのに手が勝手に。恥ずかしさを消したいのとあの記事を読んで欲しくなくて色々興味を引いてもらえそうな事を書いたら余計に恥ずかしいブログになってしまった。

いつも言っているが平然と書いている訳ではない、ドキドキしながら恐る恐る書いている。もういつも全部消したいと思うし誰も読まないでとも思う。でも読んでくれてお礼など言われると頑張って書かなくてはと思ったりもする。どうしろと。

でももう夕べプチパニックになり(本当のパニックになると夫のところに行って抱っこしてもらうが夕べは行かなかったのでプチといえる)今年はもうこれで勘弁してもらおうと思う。誰も期待していないし好きなように書いているつもりでもついサービス精神が旺盛なので一線を超えてしまうことがある。

「書かれた人の気持ちを考えなさい」という観点からするとどうもすみませんとしか言いようがないけれど、来年こそブログの路線を変えようか、それとも無期限停止にしようか、今度こそ小説の方に想いを移していく時期に来たのではと感じる。

「芸大に通う豊洲ママのblog」も「芸大を卒業した豊洲ママのblog」になってしまうし、どうしようかなあ。こう考えるとイケダハヤトさんは本当に偉大だなと思う。

SNS、Twitter、インスタ、blog、Facebook 全部年末年始はお休みにして、紙の手帖にこれからの夢、計画、yりたいことなど色々書いて考えてみよう。自分の文字で夢を書くと本当に叶う気がするから不思議だ。デジタルとは違う味わいがやはりある。

デジタルデトックスも新年の抱負のひとつ。これもすごく難しい取り組みだと思う。特に子ども達をネット漬けにさせないために何が出来るだろう。本当に便利な世の中になり、パソコンやスマホひとつでトレードが出来、お金を稼ぎネット通販でなんでも買えるし家まで届く。

でもやはり思うのは、体を動かしてお金を稼ぐという事ももとても大切だと思う。もしディトレードで家でなんでも叶うような人は、ボランティアなどで体を動かせばいいのではないか。そうすると人間的に辻褄が合い、生活もよりよいものになるのではないか。

それから体を動かす仕事代表のような農業の未来については重要課題だと私も考えている。みんな楽なほう楽な方へと流れた先に何があるか、人間本来の幸せは決してないということだけは確かだ。これについては長期スパンで要検討。それを叶えるにはまだまだ自分の力が足りない。

お金だけでなく人の気持ちも変えてかなければならない。「過去と人は変えられないが未来と自分は変えられる」というのが定説だけれど、私は逆だと思う。過去の事実は変えられないが、想いは変容する。自分が変われば人だって変わる。

未来はもう決まっていて自分の力では及ばない何かが決めるので、どう足掻いても変えられないのだと思う。それが努力でどうにかなるというのはちょっと違うのではないか。だからと言って何もせず果報を寝て待つというのとも違う。どうなるかわからない未来を想像し今出来ることをする、それは今の私の場合は家を掃除する事だろう真面目な話で。

年末は予定変更して私もスキーに行こうか、それとも夫の実家に私だけ手伝いに行こうか。おばあちゃん本当に具合が悪そうで、ちょっと嬉しくない予感がしているのだ。こういう虫の知らせ私の場合は、嫌というくらい当たってしまう。息子もそういう人で、何か決める時には「虫が教えてくれた」などと言うことがある。でもこういうのも本当に努力ではなんともしがたい運命なのだろう。

未来を変えられるなんて人間の思い上がりだとつくずく思う。その決まっている未来の中で、どうしたらいいか、何が出来るのかと足掻くのが人生。来年も精一杯ジタバタしたいと思う。

今年一年、皆さまにはお世話になりましてありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

戸締り用心火の用心 。年末はスリも多いので気を付けて!私は先月スリにあった。その話はまた来年気が向いたら。そうだ、保険会社にその件の書類も書いて出さなくては。年賀状も!まだまだやり残したことはたくさんあると気付いた年末の朝。

よい年をお迎えください。
   

今日はまた恥ずかしい記事を書いた後「なんで俺が」という息子を連れて由梨香さんちにお邪魔してきた。私が押しかけたり行きたいと無理言ったんじゃない、由梨香さんが随分前から「どうぞ」と声をかけて下さっていたのたが、色々お互いのスケジュール上このような年末ギリギのスケジューリングになってしまった。

息子は文句を言っていたのも忘れ、大喜びで娘さんと公園へ行ったりゲームをしたり楽しそうにしていて、私も由梨香さんの熱い思いを聞いたり私も色々話したり、今日もマサイの戦士の決起集会みたいになり、こうやって色々な人に会いに行って話を聞くというのは本当にステキな事だと感じた。特に最近は自分がそう思っているせいか、「世の中を変えたい」という方とお話をさせていただく機会がとても多い。

皇后美智子さまの話で以前ブログにも書いたけれど、同じ炎を胸の内に持っている同士は会った瞬間にわかり、そしてにっこりと微笑み合うというものがある。今日もそんな風に思った。調子に乗ってお菓子をばくばく食べたりこども食堂で持ち帰ったコーンフレークや災害対策食品などお土産にしたりしたが、「コーンフレーク大好き」と嫌な顔もせず喜んでくれて、一体全体由梨香さんは本当に懐の大きな女性だと今日も思った。

初めて会ったのは豊洲商友会の福引を手伝っていた時。商友会の方と話をしている女性、どこかで見たわあと思ったら由梨香さんだった。すらっと横入りして「私、森生ゆり子です」って声をかけると「ああ!」みたいな。他にも街のあちらこちらで偶然会ってお話する機会があったりした。昔ご主人の音喜多さんとはネットでニラニラしあったこともあるけれど、小池百合子応援演説の時にこれもまた偶然ご挨拶してからはすっかり百合友(小池百合子を応援する同士の友達)となり、なんていうか小池百合子さんが友達を運んでくれたように感じた。

由梨香さんは私がこども食堂を立ち上げる前からじっくり話を聞いてくれて、一回目二回目とママ友とではなく「ひとりで」参加してくれたのだ。相談しても適当にあしらわれる事も多く、それは個人の自由なので書いたりしないけれど、私は政治家にまで嫌われて子ども食堂なんて絶対できないだろうと凹んだこともあった。由梨香さんはいつも寄り添ってくれていた。クルミドコーヒーの影山さんのTweet に大きく頷きたい気持ちだった。

こうして書いていると勝手に友達宣言してやーねぼっちはと思われるかもしれないが、由梨香さんと私は信じられないような共通点がたくさんあった。女同士の秘密。もう私たち友達だわと思った。森茉莉はもう亡くなっていて本当に残念だけれど由梨香さんは生きているので友達になれる。生きているって素晴らしいなと思った。

赤ちゃんは本当に可愛くて、子ども達が小さい頃を思い出してしまった。小さくて幼気で私のおっぱいをいっぱい飲んでくれた娘、途中ママ友ストレスでおっばいかで無くなってしまった息子。息子には色々苦労かけたなあ。でもあの時致し方ないとはいえ、今のような心境だったらもっと園にもボスママにも意見が言えたような気がする。こういう世界おかしいと思いませんかって。そしてそういう声をあげられる人というのは絶対いじめられないし、訴求力もあるから同士が集まったかもしれない。タラレバを言っても仕方ないし、その反省は次に生かしていけばいいと思う。

由梨香さんもご主人の音喜多さんも大きな夢がある。多分それはいつか叶うだろう。いつも引き合いに出して申し訳ないのですけれどもクルミドコーヒーの影山さんも大きな夢がある。私はこれを聞いて本当に嬉しかったのよ、きっと未来は素敵なものになるしいつか叶うと信じていればきっとすぐに叶うと思う。

本当の友達って多分お互いを意識しながらそれぞれが切磋琢磨する関係で、いつもくっついてお茶したりランチしたりするものではないと思う。良かった、私にもたくさん友達がいるわ。友達になった由梨香さんが主催する ママフェス「今度3月3日にららぽーと豊洲でやるから来たら?」と言ってくれる。でも「リア充ママの集まるところは怖いから行きたくない」と断ってしまった。お互いに無理をしないのも友達。 みなさん、楽しそうですよ!3月3日は是非行きましょう

そんな素敵な気持ちでるんるんと家に帰ったら家は相かわらずめちゃめちゃだった。由梨香さんが「散らかってますけど」なんて言ってたけれど、私の家を見たら驚くのではないだろうか。ロマンスを書いたり友情を語ったりするならもうちょっと家を綺麗に。さあ年内の予定はこれで全て終わった。後は家族の新しい下着と娘ちゃんのスキーウェアと息子のゴーグル、そしてスノーブーツを買いにららぽーとへいく。このスノーブーツというやつ、本当に年に数回しか履かないのにスキーをするならマストアイテムでちょっと勿体ない気がする。でもレインブーツと兼用はできないし、ちゃんと暖かいのを履かせてあげたい。

そういえばバディのスキーキャンプは豪雪地帯で合宿するので、息子を送っていった私は寒くて凍えてしまった。合宿の民宿からのバスが終わってしまい、私が困って「乗せて行ってください」というのに幼稚園の先生全員が私を拒否して豪雪の中に捨てられて、本当に遭難するところだった。そして子ども達、すごい薄いスキーウェアで送り出してしまい、寒くなかったかと聞いたらめっちゃ寒かったという。本当にほんとうにごめんなさい。子ども達はそのせいかスキーが大嫌いになり、今は勝手にふたりともスノーボードをやっている。ものすごく上手に滑るようになり、多分大人になったら行くんだろうな。罪滅ぼしで今年の娘のウェアはROXYにしようと思う。私が好きなブランドだからたまに借りれるかも♡

由梨香さんありがとうございました。夢、叶えましょう

家の中も赤ちゃんもポカポカで温泉に入ったよう。汗をいっぱいかいてツルツルのお饅頭ちゃんみたいになってしまった。由梨香さんは素顔なんですよ❣️  由梨香さーんありがとうございました😭

今日は久しぶりに図書館にきた。何日ぶりだろう。息子が「ホンク!」のレッスンで毎日曜日に豊洲シビックセンターに来ていたので、私はその間たいがいここに来て、課題や仕事をしていた。それが無くなったものだから、図書館もすっかりご無沙汰だったのだ。

※9階こども図書のフロア。子供たち自分で来るようになってくれないだろうか。


朝から美味しいものを食べてエネルギーは満タン。昨日生協から届いた「不揃い生ホタテ」はぷりっぷりで一体全体本体はどのくらい大きかったのだというくらいの大きな貝柱、それに息子リクエストの「いくらの醤油漬け」をトッピング。そこに昨日松茸山のある田舎に嫁いだ妹から有機カルガモ農法で作った新米が届いて、海のもの山の幸が合体したマリアージュとはこのことだろうという美味しいハーモニーの食卓。子ども達が起きると落ち着いて食べられないので朝早く一人で食べた。もう本当に美味しい。私はホタテが大好きなのだが、夫が北海道赴任の際に「一生分食べたからもう食べたくない」という理由で我が家の食卓に上ったことは一度もなかった。ほっけも同じ理由で我が家では「パパが好きじゃないから食べない」というものになっている。そんなのおかしくない?と生協のチラシを眺めながら思った。なんでもかんでも夫ありきで何もかも決まる家庭内のルール。ホタテ食べたる!と反抗するような気持ちで注文、食べたらやっぱり美味しかった。今朝はその他、「ひたし豆」というものもテーブルに乗せた。これは姑が山形出身なせいで、郷里の食べ物としてよく作っていたそう。それを作り方を教えて貰い、時々作る。ややアルデンテに茹でた豆は子ども達的には美味しくないようで、ほとんど夫が食べてしまう。だいたい我が家の子ども達とういのは、めずらしいものを食べてみようというチャレンジングな気持ちが全くない。私の子どもの頃は、ちょっと珍しいものが食卓に登場すると、「なんでも食べてみるものよ」という母の推しもあり口にしてみたものだった。なのに。


※結婚してから初めてホタテを満喫。

間違いなく死ぬほど美味しい!

食事が終わっても全然子ども達が起きて来ないので再度叩き起こしにいく。眠くて機嫌の悪い子ども達、早速勉強勉強と言い出す夫、今日は何も用事が無いので出かけないという。今日は江東区のスポーツディ、球技やカヌーなど色々体験できたり小学校対抗大縄跳び大会などもあるという。だったら連れて行けばと思うが子ども達が行きたくないそう。確かにもう「スポーツのために集まる」という集団の近くには行きたくない自分もいて、親がそうなら子ども達もそうだろうと納得。息子が途中でやめた幼児園の親子が大集結しているかと思うと考えただけで胃がうっとなる。だからといって全員家の中で一日過ごすのも気が進まないどころかそれならスポーツフェスタにでもいったほうがマシと、押しても引いてもぐぬぬという気分。息子を連れてどこかに出ようと思ったが息子はパパチームでいいと言う。パパチーム、ママチームというのは夫が作った造語で、離婚する際にどっちにつくかという隠語でもある。息子は酷い目に遭ってもパパがいいと決めていて、それでもどうしようもなくなると私のところに逃げてくるということになっている。私は絶対に息子を見捨てないとわかっているからだろうか。そーでしょそーでしょと勝手にいい塩梅に勘違いして、私は久しぶりに豊洲図書館へきた。

朝9時少し前に到着。早く来ないと学習スペースの机がいっぱいになってしまうので早く来た。

10階スタディコーナー。

見ればまだ半分くらい空いていて、さっそく席をとりそのまま財布とマグを持って3階に再び降りる。3階はゆりかもめの駅と直結しており、改札前に小さなセブンイレブンが入っている。ここでマグにコーヒーをつめ、レシートはいりませんというと今日はレシートでドーナツ20円引きというのでランチ代わりに買う事にする。そして席について落ち着いてパソコンを広げてまずはブログかなあとこれを書いている。今日やること。スクーリングレポートとチラシ作成やりかけなのを両方完成させる。そして7月13日に提出してからファイルを開いてもいない卒業制作をいじる。これ、どうも本当にもう書きたくないというか、文字数を半部にと言われた時点でやる気も半分になった。と思って居たが、こんなにやる気がなくなったということはゼロに近しいのだと思った。それでもどこかの編集者が「すみません、ページが取れなくなりましたので6万字程度に」と依頼があったと思えばいいのだが、どうもその前に色々ありすぎ、これからもこのスケジュールで卒業式行けるのだろうかとか、ホテル激混みというけれど今から押さえなくていいかなとか、もうトラベルライティングのために滋賀京都逝くしかないのか面倒すぎる私はそもそも箱根富士屋ホテルに行きたいのにとか、去年風邪ひいて体調不良とか言いつ無理すれば行けたのに何故行かなかったのだろうとか、家族で家に引きこもるより用事がなにもないならみんなで図書館に出掛けるとかららぽーとの紀伊国屋書店に出掛けるとか、いつも夫の一存でAmazonから送られてくる本が全てだと思っている気の毒な子ども達に「本を自分で選ぶ」という楽しさを教えてあげたいとか、お猿ちゃん夫やお姉ちゃんにいじめられていないだろうかとか色々な事が脳裏に浮かんでは消えた。

さあウオーミングアップには十分だろう。今日は朝から席がとれてラッキー。勉強している人が大勢いて、みんな頑張っているんだなと嬉しくなる。時々漫画を読んでいる人とかいるけれど、漫画は漫画コーナーのベンチで読めばいいのにとチラと思う。午後になったら席が空くのを待っている誰かに譲って場所を変えようと思う。譲り合いの善行というよりずっと同じところにじっとしているのは苦手だ。まれにゃんは六本木のヒルズクラブ入会を検討しているとTweetしていた。家が近いのだろうか、でなければ地下鉄に乗ってわざわざ行くのって面倒じゃないんだろうか。地下鉄でわざわざ行くなら代官山蔦屋書店で勉強か書きものか打ち合わせとか待ち合わせしてみたいな。ずっと行きたい行きたいと思っていてなかなか叶わない事のひとつ。代官山なら片道1時間くらいというのは面倒だが武蔵美に行くことを考えれば近いものだと思う。ぱっと行ってさっと楽しんでこればいいと思うし、今日みたいに放し飼い的自由の日なら叶うのにとも思うがなかなか。そもそも私はひとりで何処かに出掛けるのが苦ではないというより楽しいのだと昨日のブログを書いて読んで思った。そういう「ぼっちでどこかに行きました」という記事を書かせるとすっごく筆が乗るというかイキイキとしているように思う。読んで「この人なんか楽しそう」と客観的にも思う。先日の記事にも書いたけれど息子が似たのか「ひとりで映画館にいってみたい」とアダルトな事を言い出し、送迎だけしてひとりで見させたことがある。「集中できて楽しかった」などと嬉しそうで、将来私や村上春樹のようなぼっち最高という人になるのかしらんと思った。そもそもぼっちが楽しくなりだしたのは村上春樹のエッセイ的なものを読みだしてから。彼はいつもひとりで考えひとりで行動し何かを楽しんでいる。それを読んで「楽しそう!」と思った私はひとりで暮らしひとりで旅行し、ひとりを満喫しだした。結婚して出産してそうも言っていられなくなったが、時間と共にだんだんまたひとりの時間が出来たように思う。結局人間は変わることは出来ないのではないか、本質というものは生まれた時のままなのだと思う。私が年頃になってからどんなにストレートヘアになるべく努力し続けシャンプーやケアを変えてもくるくる天然パーマは決して真っ直ぐになってくれなかった。最近はほとんどこれを受け入れ、パーマをかけなくていいから得じゃないという心境に傾いてきた。もう仕方ないのだ、性格も髪と同じく変えられないなら変わろうと思わずに生きるのが一番幸せな生き方なのだろう。自分の気持ちだって色々わけわかめだけれど時々様々な発見があり自分の事なのに驚いたり驚いたりびっくりしたり。周りは色々私について驚くことがあるかもしれないが一番そう感じているのは私だから。村上春樹も我が身についてこんな風に色々思う事があるかもしれない。あの方も大概「変わった人」だと思うから。
       
昨日買ってきた村上春樹の『職業としての小説家』は、色々な事柄やものや組織に対する考えなどの他、「村上春樹が考える村上春樹像」というセンテンスが豊富にしたためられた珠玉のエッセイだった。ノーベル文学賞についても、その候補になり何度も逃すという事態の前に芥川賞でも同様の騒ぎがあったそうで、「逃してよかった」と書いている。ということはノーベル文学賞も同様に「あまり欲しくない」と言う心境になっているのではないだろうか。善し悪し関わらず、「誰かにレッテルを貼られる」のは嬉しくない」いう事なのではないだろうか。有名人は大変そう、村上春樹が何か3つのお願いをするとしたら、「普通の人になりたい」と願うのではないだろうか。この辺りについてはそのうち書評のカテゴリで書いてみたい。さてそろそろやりますか。

シルバーウイークだったのではないだろうか。いや、いつってこの三連休。三連休から今週末25日までの事をそう言うのだとさっき気が付いた。昨年は5連休だったので"THEシルバーウイーク!" という感じで納得だったが今年はピンとこなかった。でもゴールデンウイークだって飛び石のお休みでもそういうし、まあシルバーウイークということでいいんじゃないでしょうか私が言うまでもないのですけれども。

昨年は連休だったので、娘を連れだし帰省した。夫が連休は勉強させると言い張るので黙って連れていこうと思っていたが、娘が喜んで計画を夫に暴露してしまった。夫は怒り狂ったが最終的には娘と二人で出かけられることになり、ついでに叔父も誘って途中の浜松まで一緒に旅をした。浜松は叔父が新婚時代を過ごした土地で、思った通りに懐かしがって喜んでいた。もちろん青春18切符などではない新幹線の旅、そして浜松で一泊。夜はホテルフレンチ、私は美味しいワイン、娘はフォアグラに狂喜。リッチな旅は娘が「浜松にもう一泊したい」という我儘で二泊し、帰省したらしたで地元で友達にかわるがわる可愛がられ、娘も命の洗濯になったと思う。時々「また行きたいね」とか「フォアグラはどこで食べられるの?」なんて聞いてきたりする。そうだ、お肉屋さんですき焼きなどもご馳走になったのだった。本当に色々とお世話になりご馳走になり、ありがとうございました。シルバーウイークだがゴールデンな連休だったなーとシミジミ思い出す。

そして今年のシルバーウイーク。初日朝は早よから秘密の場所に連れていって貰う。秘密でもなんでもなく、お目当の蟹はいなかったが満足。


満潮でないと蟹は上がってこない模様

そしてその後小学校の委員会の委員会があり、「絶対忘れちゃダメ」と緊張していたせいか無事参加することが出来、良かった。本当に良かった!もう絶対忘れないと改めて誓った。

その後「ホンク!」の千秋楽の日からずっと取りに行っていない息子の自転車を取りに豊洲シビックセンターへ。なぜこんなに放置しっぱなしだったかというと、自転車の鍵を無くしたからだった。そのうち出てくるだろうと思って探したりしていたが全然出てこない、諦めて鍵を壊して(外す)もらうことにしてビバホームに電話してみた。もしかしてあんな簡単な構造の鍵くらい売っているかと思いきや、販売はしていないそう。ま、そうかもね。仕方ないので豊洲シビックセンターに行き、駐輪場の方やセンターの係の方何人かに叱られながらセンターを後にする。こういう鍵をかけたままの自転車を移動させる時は、自転車の保証書がないと話がややこしくなるのを知った。持って出かけてよかった、でなければあらぬ疑いをかけられるところであった。thank youビバホーム!

「どうしてママがこんな目に」「君がちゃんと鍵仕舞っておいてくれれば」と私が言えば「ママが自分のバッグに確かにしまった」などと返される。そうだったかなあ、よく覚えてないよ。などとブツクサ言いながら豊洲ビバホームへ。順番に対応しますからということで、破錠してもらうのに時間がかかる模様。その間買い物でもしたかったのだが息子が「久しぶりに "がすてなーに" に行きたい」という。ええー('Д')なんで急に、すごい面倒。しかも行くなら私が自転車の後ろに乗せて行かなくてはならない。もう重いのに!ぐいぐい漕ぐが倒れそうになりながら、がすてなーにへ、そこからお久しぶりの豊洲公園に移動。ああ~すっごく懐かしい豊洲公園。一体どれだけのドラマを生み出してくれたんだろうという聖地、ここに立てば勝手に様々な事件が起きてブログネタに困った事は一度もなかったくらい。なんだか色々思い出しイライラもしたが、息子の遊ぶ姿をみられてほのぼの出来て楽しかった。息子は砂場、ぶらんこなど遊具で遊び、全然知らない子ども達といつの間にか楽しそうに遊んでいた。この人はもうどこに行っても大丈夫なんだろうなと感心。その後自転車を無事受け取り防犯登録も済ませて帰ってきた。


がすてなーに屋上

次の日は初台にある東京オペラシティ「金子三勇士デビュー五周年記念五大ソナタに挑む!」コンサートへ。オペラシティでのコンサートにお邪魔するのは初めてで、威風堂々たる舞台に胸がときめく。こんな本格的なコンサートに普通は子どもなど入れないとこだが、金子三勇士さんが「三勇士シート」なるものをこしらえて下さり、おまけに子ども500円付き添いの親も500円という破格で素晴らしい座席があったのだ。「子ども達にも本物のクラシックを」という粋な計らい、演奏もさることながらMCも素晴らしく、感謝のスピーチでは込み上げるものを抑えきれず涙を拭うシーンも。わあああああ!三勇士さん!素晴らしいステージをありがとうございました。本当に感動。

その後豊洲から参戦されたご家族と軽く食事をしたが、なんとそのお店で三勇士さんに遭遇( ゚Д゚)びっくりした。個室の方で大勢の方といらしたところをみると打ち上げのよう。ちゃっかり子ども達と一緒に写真を撮らせていただく。子ども達が握手をしようとするので「ピアニストの手に触っちゃだめ!」と叱りつつお礼をのべると三勇士さんは爽やかな笑顔で手をあげてくれる。もう本物の貴公子!ブラボー!はあ~もう素敵すぎる!その場で深呼吸をいっぱいしてしまった。



三連休最後の日は、早朝から娘を教育虐待で怒鳴りつける夫の声で始まった。もう本当にうるさくてたまらない。「なんでやらないんだ」「もう受験やめろ」といういつものセリフの間にちょっと書けないような罵詈雑言を浴びせだした。娘の悲鳴と応戦もプラスされ、リビングダイニングはいつもの如く地獄絵図と化す。止めると夫と洩れなく喧嘩になるのでもうほっておく。娘も「ママは関係ない」などとついでに私の悪口を言い出したりとこちらに八つ当たりするので勝手にすればいいと静観。でも本当に気の毒この上ない。間違いなく頭も性格もどんどん悪くなり、勉強も嫌いになるのがわからないのだろうか。息子はといえば、「パパとカブト虫のシートを取り換えたい」という一心で嵐が過ぎるのを別の部屋でじっと待っている。気の毒なので外に連れ出そうとするが「パパとカブト虫のお~」と抵抗する。それでも「じゃあささっと、ちょっとだけ、ねっ」などと言って連れ出しIKEAに椅子を買いに出かけた。

着けばもうIKEAも半端ない混みよう。この辺りもマンションがどんどん出来たものだから、ららぽーと豊洲と同じ状態、レストランなんて前にも進めない騒ぎ。小さな子供連れが多いのも同じだナーなどと感心しながら息子と軽くランチ。息子はお腹空いていたのか「ハンバーグとミートボール」などと欲張ったことを言う。昨日コンサート行く前に豊洲サイゼリアで色々注文したもののほとんど残して私が食べた屈辱を思い出し「絶対嘘そんなに食べられない」とノーを突きつける。自分も食べようとミートボール12個プレートとキッズカレー、私はサラダとソーセージ。果たして息子は丁度よいボリュームだったようでほぼ完食、デザートはもういらないと言いながら、1階の軽食コーナーで50円ソフトを食べて満足そうだった。あの小さなソフトクリームはコンビニでも販売してくれないだろうか、ちょっと食べたい時にちょうどいいサイズだと思う。

食べた後はお目当ての椅子を倉庫のコーナーから入って探す。ディスプレイのフロアから入ると延々と歩くことになるし切りがない。もう買いたいものやどこに何があるか頭に入っているのでいきなり倉庫フロアで十分。棚から椅子をカートに乗せた息子は、「俺自分ひとりで作ってみる」というので「じゃあお願いね」などといい感じ。帰りの車の中で人生の理不尽、将来の夢などについて語りながら帰宅。夫と娘は機嫌が治ったのか何か折り合いがついたのか平常に戻っていて、息子の椅子作りをご機嫌で手伝っていた。もう本当に面倒くさい人達。私は私の世界があるからいいけれど、息子はまだ小さいから色々苦労かけてしまう。正直連れて出たいという願望はあるが、息子はパパが好きなのだ。早く見限ってくれないかなと祈る。

そして今朝。息子は泣きながら支度をしてご飯を食べ登校していった。先週までは学校の支度がしていないと「お腹痛い」とか「休みたい」などとぐずっていたが、今日はそれら一言も言わずに出かけていった。私が手伝えば秒速で終わるのだが手を出さずに知らん顔していたら、ちゃんと自分であれこれやった模様。きちんと平ぺったく畳めずに丸くなった体操服の袋など見ると、可愛くてへにょへにょになってしまう。ランドセルの中身は大丈夫だろうかとか、宿題出来ているんだろうかとか色々気になってしまう。でも我慢。

そのうちなんでも自分で上手く準備出来るようになり、私の手どころか助言も何も必要なくなる日がもうすぐ来るだろう。そうなったら嬉しいけれどやっぱり寂しい。でも子育ての最終目的は心身ともに経済的にもだが自立させる事、誰かの手を泣きながら待つような人になられては困るのだ特に息子は。夫のようにあれもこれもどれも全部親が構っていたらいい事などひとつもない。その前にいい大学とかいい会社に勤めるとか、そういうのって人間の幸せには何にも関係ないとママは思うよ。子ども達早く大きくなってくれないかな、明日いきなり二十歳くらいになってくれたらいいのに。自立こそが自由の象徴だよ。頑張れ。

そして今週末は子ども達の小学校の運動会。私は24、25と大学。シルバーウイークとは一体なんなのか。でも夏休みよりは涼しいだけマシといえる。そうだ24日はお弁当作らなくては。唐揚げ、タコウインナ、ブロッコリー、卵焼き、デザートに巨砲、水筒に麦茶。今年は4人分作る。「大学なんか行きたくない!でも単位のために我慢!わあああ〜」と言いながら家を出よう。ママだって我慢して頑張ってるよと思ってくれないだろうか。

一昨日は美人従妹が豊洲に遊びにきてくれて新豊洲市場を案内したりららぽーと豊洲のbutterでパンケーキランチ。その前日に行った時とメニューがちょっと変わっていていきなりで驚いた。でもやっぱりなんていうか、豊洲ららぽーとだから、そしてパンケーキという小洒落たお店なので守っているが正直うーん。従妹をローラアシュレイのお店に連れて行きたくてららぽに来たが、今度は今までのように銀座か丸の内で待ち合わせようと思った。やっぱりパンケーキといえば、egg things が好きだな私は。


読みたい本が溜まってしまった

次の日は豊洲商友会へ。印刷機を景気よく回したり豊洲内のあちらこちらに配布したり英語教室のお手伝いなど。そして今日は久しぶりに何も予定のない日。なのでこれからの予定とかやらないといけない事や細々とやっているライターの仕事など書き出してみたい。

以前は都度都度色々書いていたが最近すっかりご無沙汰になっている備忘録。思えばブログに書かなくなってから色々周りにくくなったように思う。「書く」そしてそれを「見る」ことで色々確認出来ていたように思う。今までは自分の予定は黄色い小さな手帳と、家にあるカレンダー二つに書くことにしているが、最近はどこに何を書いたかわからないようになり頭の中も全然整理されていない。なのであれもこれも忘れたりするのだ。

特にこれから秋は色々日程が重なるくらい色々でてんこ盛りになりそう。すっかり外気も下がり秋らしくなってくると何故だか「やらなければならない」事がぎゅうぎゅうになってくるようになっているらしい。これは私だけではなく他のお母さん達もそうだろう。あれもこれもとこなしているうちにクリスマスが終わるころ一旦ダウンするというのがここ近年のライフサイクルになっている。夏もそうだが冬も「一回お休み」的ダウン、もっと予備があればしなくていいものではないだろうか。これはやはり自己管理がなっていないせいなのではと思う。養生を考えると気持ちも整うものだろう、体調管理には十分気を付けたい。

今日は何もない金曜日、丁度いいので色々忘れてはならない事を書きだしてみたい。

・キッザニア予約→今やった
・ホンク第一期生の会先回参加者に相談
・卒業制作10月上旬締切(次は12月上旬最終提出)
・フリマ作品提出10月中旬締切(講評会10日前後あり)
・ライター記事締切9月29日 
・自転車の鍵   
・写真注文今月末までに
・チラシ作成(2件)
・9月17日委員会
・9月18日金子三勇士コンサート(初台オペラシティ)
・9月19日~Nさん個展  
・9月22日木村先生講演会
・9月23日昼国際ブックフェア講演会(国際展示場)
・9月23日夜金子三勇士コンサート(豊洲シビックセンター)
・9月24-25比較文学授業(運動会AMのみ役あり、子ども達と義実家のお昼の用意)
・9月26日子ども達代休
・9月28日子ども食堂フォーラム
・9月30日英会話教室手伝い
※金子三勇士さんコンサートは若干当日券あるようです♡。

特筆すべき悩みは9月24日の子ども達の運動会の件。スクーリングがバッチリ重なっている。今までの私ならどうしようと悩むこともなく当然子どもの行事を優先していた。だが今年は卒業にリーチがかかっており、尚且つ面接授業の単位が全然足りないことに気が付き年内開催されるものはひとつも取り損なってはならないというところまで逼迫している。

運動会は役があり本来なら欠席などというのは大顰蹙なのだが、スクーリング初日が11時からの授業なねで、その時間内に担当出来るようにお願い出来た。午後からは夫にやって貰う事になりほっとする。それでも私が行けない宣言したものだから、子ども達は不服そう。学校公開などで教室の後ろに立つと「来ないで」などと憎たらしいことを言われたりするが、運動会はやはり特別なもののよう、「どうして来られないの」などと責められてしまう。

また武蔵美賛歌になってしまうが、武蔵野美術大学のスクーリングは、授業の6分の1は遅刻欠席早退が認められるようになっている。例えばスクーリングが6日間あれば一日は欠席出来るし3日間なら午前か午後は半分お休みが可能ということになっている。これは本当に何かと助かった。子どもが熱を出した、自分の体調が悪いなどの他、学校やそれ以外での子どもの行事など、これで全て対応出来たように思う。

大学の通信教育学部というのは、働きながら、子どもを育てながら学ぶ人がほとんどで、スクーリングは年に一度しか授業がないというものばかり。去年なんらかの理由で取損ねて翌年に繰り越ししても、また今年受けられなかったということになればそのまま留年ということになり時間もお金も非常に勿体ない。遅刻も早退も欠席も厳禁という京都造形芸術大学のシステム自体が、そうした諸事情ありながらも学びたいという生徒達に厳し過ぎるのではないだろうかと思う。

京都造形芸術大学通信教育学部に武蔵美のような制度があれば、去年は別に大学に対して何の感情もなかったのでもっともっとスクーリングで単位を取得できた筈、去年も今年もスクーリングをキャンセルしなくてはならなかったのは、授業のうちのほんの数時間または半日にそういった用事が入ってそうしなければならなくなったものばかり。もしこれら武蔵美システムでスムーズに単位取得出来ていたとしたら、つい最近まで考えていた「卒業を待たずに大学の外で色々な事をする」という野望も未来展望も叶ったし単位数で悩むことはなかったと思う。

大学の通信教育といっても「芸大」というところは面接授業が多いと思って間違いない。要は大学に「通わなければならない」という意味になる。そう思うと日本大学国文科などは面接授業なしで卒業出来るカリキュラムもあり、何かと忙しい社会人にとってはありがたいものになっている。ちなみに私の好きな川上未映子さんはここの哲学科に通ってみえるそう、もう卒業されたのかしらと気になる。以前こちらの大学になどとお誘いしたが、スル―して頂いて良かった。川上さんは哲学科か、なんだか難しそう。でも確かに作品の数々を拝見すると哲学的なイメージはある。

ぶつくさブログを書いていないで単位をとらねば!

その他、備忘録には書かなかったが合評会の作品を書くというものも。京都造形芸術大学通信教育学部文芸コースには授業の他に合評会というイベントがあり、書いたものを大学に送ると担当教師たちにより採択され、選ばれた者の作品はテキストになり、合評会なる場所で評価されたり感想を話合うというもの。卒論の主担任の先生もメンバーだそうでちょっと出してみようかと思ったが、スケジュール的に今回は難しい。

テーマは「宴」だそうで、現代作家というより鬼籍となった文豪たちが好みそうなテーマ。でもあえて現代の宴として考えてみると「パーティ」や「飲み会」なんかも入る筈で、暇な専業主婦が集まるセレブ幼稚園の飲み会で起こる事件色々とか、パーティコンパニオンのお姉さんが見聞きする一人称小説とか、それからOLが参加する女子会なんかも「宴」といえば宴だなあとか、妄想家の引きこもりがひとり自室で架空のイキモノや盲者達と繰り広げる会話劇も宴になるだろうなとか、貧困シングルマザーが小学校の男の子の誕生日を祝う「宴」とか、このタイトルは「蝋燭の記憶」にしよう。これは「蝋燭」という漢字をタイトルに使ってみたかったので思いついただけなのだが色々アイデアが浮かぶ。

でもその前にフリマもテーマや締め切りが決まっているのでこちらをやらなくては。それに合評会に参加出来ない地区の生徒というのは採択されないだろうし、そもそも去年外苑で選ばれたばかりなので選に漏れるのは必須。採択の基準というのは先生達の事情の他、「話題になりそうなもの(人)」というものがあると言っていたし、多くの生徒に発言の場をと考えているとしたら、違う人が選ばれると思う。やはりこちらの作品を書くエネルギーは素直にフリマと卒論の方に注力しよう。

という事で、今から部屋の掃除とか溜まった家事をする。その前に忘れ物を取りに行きがてら、一時間だけプールで泳いで来よう。

今日はふと思いついて、武蔵美に行ってみた。なぜ急にと思われるかもしれないが、デッサンの授業で武蔵美を思い出したのと、これからまた京都造形芸術大学で多分勃発するだろう嬉しくない色々を考えると本当に憂鬱で、それ以前にも学校変えるんじゃなかった、武蔵美は良かったなどとクヨクヨすることが多く、本当にそんなに武蔵美は私にとっていい大学だったのかという疑念から、それなら行って確かめてみようと思い立った。朝のドタバタしているところに子ども達が残したオムライスや鯖の塩焼きなど残り物をお弁当箱に詰めていると息子が「ママ今日大学?」と聞いてくれる。「うんそうだよ、帰り遅いかもしれないけどちゃんと習い事行ってね♡」などと言いながら、子どもが先だったか私が先だったか家を出る。先日バックプリントが青い薔薇の刺繍という、もう心臓が飛び出すかもしれないくらい気に行ったデニムジャケットを上着にしなくて良かったと思うくらい蒸し蒸しする道を抜けて豊洲駅へ。ややラッシュが終わった頃なのか席に座り市ヶ谷で下車。市ヶ谷乗り換えで中央線に乗車するが、今日は信濃町駅ではなく国分寺駅を目指すために四谷で中央快速に乗り換えた。


京都造形芸術大学外苑キャンパスは市ヶ谷から普通でそのまま二つ目の信濃町駅で下車。たったこれだけのルートを、ともすると「四谷で乗り換えなくては」と脳が覚えていてdeleteできないでいるせいで、今でも「四谷」と聞くとつい降りてしまう。なので以前時間ギリギリになった時に四谷で降りてオロオロしてしまったのは、焦って武蔵美と京都造形のルートがこんがらがってしまったからだった。ちょっと飲みが入っているともうそのまま四谷を下車してしまう。つい先日も学友と一緒に電車にのり四谷で降りて「あれ、どーしたの」などと不信がられたがそういう訳なので驚かせてすみませんでした。

さあ、快速に乗ればあっという間にとういのは言い過ぎだが、約30分くらいで国分寺。いやー久しぶり!久しぶり過ぎて駅の雰囲気が全然違うのに驚く。南口すぐに大きなビルが建設中だった。こんなところにまた複合施設かなあと思いきや、大きなツインタワーのマンションが建築されるよう。ツインズ国分寺とかなんとか。こんなところにタワマンが出来るなんてと驚きつつ武蔵美行のバス停に向かう。もう変わったなんてもんじゃない、全部お店が変わったんじゃない?なにこの綺麗なテナントビル、なんていうかちょっとぼろい雰囲気が良かったのにどうしてこうなったと思いながら歩いているとバス亭がみえない。なんの事はない、ツインタワー建設のせいで、バスに行く道がわかりにくくなっていて違う道を歩いていた。ああびっくりした。でもこんな道があったんだ初めてかも。

バスはタイミングよく停車していて乗ったらすぐ発車した。国分寺界隈は基本的に大きなビルなどなく、一戸建ての住宅か学校が大学しかないような閑静な街。あーあのお店まだあるんだとか、あの辺りの居酒屋が武蔵美御用達のビリケンさんのお店とか、このうっそうとした杜を通って帰る時に学友がTwitterで怖い話を流してきて死にそうになったとか色々思い出した。通信の学生だし、武蔵美のファイン系の学生数はものすごい数の人で一期一会的な関係といっていい。でもその頃SNSといえばTwitterくらいしかなく、お互いのアカウントを交換したりしたので見に行けばなんとなく近況がわかったりする。でもノーSNSでガラケーという子も結構いて年賀状だけになっったという子などなど。

などと考えているうちに大学の近くに住んでいる主婦のMちゃんを呼ぼうと思いつく。早速メールを送信、「なんでまた急に、どうしたの復学?」なんて返事が来て、でもお仕事を始めたそうで今日は都合が合わなかった。バスに揺られる事約15分か20分くらいかなあ、大学の正門前に到着。堂々たる正門、ザ・武蔵美という風貌、私は真正面から大学構内を眺めるのが大好き、しばし佇みたかったがバスから降りた多分通学生の方々はどんどん校舎に向かって歩いている。帰りに眺めようと私も人の波に乗るように構内に入った。

まず目指すは焼き立てパンの美味しいカフェ。小さな小屋のような箱のようなお店で、ショップ前に椅子とテーブルが置いてあり外で軽食やコーヒーを楽しむことができる。しかし急に降り出した雨により、私の小さな希望は叶わなかった。ちょっと残念に思いつつ、淹れたてコーヒーとコロッケパン、それから猫の手のひらというのか猫に手はないので前足というのかどうして前か後かわかるのよっと突っ込みながら「ムサビドーナツ」なるものを買う。一個250円もするが、可愛いルックスにひかれるのかどんどん売れていた。

いやだわ私、お弁当持って来ているんだわともチラと思ったが、お弁当食べてパンはおやつにすればよい。



もう食堂に行こうかと思ったが、食堂手前にある武蔵野美術大学の美術館が目に入った。


ここは確か図書館が新しくなったと同時にこちらも建て替えがあり、図書館と共に武蔵美の二大テーマパークのような位置づけになっている。というのは私が勝手に考えたのだが、いつも何かしら美術展をやっていて、内容も美の巨人達が恐ろしいほどの美意識を終結させたような展示ばかり、それを思い出してそっとお邪魔してみた。ちなみに図書館は入り口でセキュリティチェックがあり、IDカード(学生証)がないと入館できない。地下鉄の改札のような仕組みで、カードがひっかかるとバシーンと小さな扉が通せんぼする仕組み。この図書館も多分卒業生の有名な建築家の方が設計したと聞いているがもうー本当に素敵。天井がすごく高くてゆったりし過ぎるくらいの空間は、「本の宇宙空間」とういう有様。武蔵美だけに美術的な本がこれでもかーっというくらいあり、私の好きな蜷川実花さんの写真集を休み時間に来る日も来る日も眺めていたものだった。


北欧ちっくな図書館。中もメチャメチャNICE♡

話を戻して美術館、今日は1Fが彫刻とデッサンの展示、3Fが武蔵美が所蔵している家具の展示があった。いつも校舎から校舎に移動する時に横目で眺めていたガラス張りの倉庫みたいな建物に収納されている椅子や家具の数々。こうしてきちんと展示してキャプションがつくと、素晴らしい美術品だということがわかる。


北欧のモダンファニチャー、アメリカンなテーブルウェア。暮らしの中でこうした芸術的工芸品を普段使いする生活というのは、いいものだろうなとか、私もこういうスタイルを目指していた筈なのになぜだんだんIKEAが幅をきかせだしたのとか、このヤコブソンのテーブルランプ欲しかったのに、新婚の準備をするにあたりいきない大塚家具なんかに行ったものだから、例の営業マンがばっちりついた時代なものだからパチモンとわかってて買ってしまったとか。ともかく武蔵美といえばモダンファニチャーな訳で、久しぶりにスタイリッシュで素敵な家具をたっぷりみて気持ちが柔らかくなった。私は家具や伝統工芸品も大好き。イームズとか天童木工とかイサムノグチとか。あーもっと若かったら家具職人もやりたかった。そのくらい好き。子どもが大きくなったら多摩美の二部で椅子を作りたいと目論んでいたが、なんと二部がなくなってしまった。多摩美には通信がない、作ればいいのに。通信って絶対儲かると思うのに何故多摩美はやらないんだろう。


一階の展示


ミッドセンチュリー


天童木工、柳宗理のバタフライスツールなど


このランプずっと欲しくて見るだけでメチャメチャテンションが上がる  やっぱりイイ

これらの優美な展示物を見るまでは、気持ちがすっごいささくれてヒリヒリしていた。あっちの大学のことご近所の事などイライラと色々考えていて、考えすぎて気分が悪くなってしまった。もう治ったと思って安心していたパニック障害の残骸というのか、閉所恐怖症気味の片鱗というのか、バスの中で急にきてしまいどうしようかと焦った。まさか中退した大学の保健室で横になる訳にもいくまい、どうしようどうしょうと思って降りて大学の正門をくぐったら、あっさりと治ってしまった。なんて言ったらいいのか、武蔵美って空気が穏やかで美味しいからじゃないだろうか。もちろん東京郊外にあり、緑豊かな場所というのもあるだろう。辺鄙なところにあるので建物もあちらこちらに出デーントゆったり作ってあり、お蔭で初年度は迷子になったりしたが、建物もゆったりなら人もゆったり。「良い人製造マシン」のような大学だと思う。先生達もすごくゆとりというか、遊び心というか、スペース大き目な先生達ばかりだったと思う。そんな空気に癒された、のだろうか良くわからないが良かった。

今回は平日通学生の通う日なので、通信教育の先生達は誰もいない筈。でももしかして誰か先生に会えるかなあとちょっぴり期待。以前Mちゃんと図書館で待ち合わせした時、グラデのT先生にばったり会ったことがある。一科目6日間の授業でしか面識はないが、先生はしっかり覚えていて下さり、「おおー何やっとん」みたいな話から近況報告など。この先生は本当に厳しい先生で、描いたラフ案はほぼ全部描きなおしさせられ、リアリティが足りないなどなど全員がけちょんけちょんにされていた。「これは授業と思わないで、今から僕をクライアントと思ってやってください」というのも口癖だったな。でも頑張ったお蔭で蝶課題Aが貰えて本当に嬉しかった。武蔵美の成果物で結果が嬉しかったNO.1ではないだろうか。「必死」にやった事って結構いつまでも覚えているものだなとまた感じた。 今日は日本画のコース主任の先生に会える気がしたが、やっぱりみえなかった。7月の先生たちのグループ展に行けば良かった。でも今年の7月は色々で忙しくてそれどころではなかった😢

さてそろそろ11時なのでと今度こそ食堂に向かう。武蔵美の学食はふたつあり、昔からある食堂棟と新しいビル12号館の地下にある。私は古い方の食堂棟が好きでたいがいここでお昼を食べていた。一緒に食べる学友につきあって12号館のこともあったが、ひとりで食べる時、って今くらいだけれども、絵本から抜け出てきたような不思議なこの食堂が気にいっている。もしかして久しぶりすぎて、ピカピカする味もそっけもないようなビルに建て替わっていたらどうしようと思ったけれど、ちゃんとそのままあり嬉しくなった。


なんだか命が宿っているようなというか、不思議な食堂と感じるのは私だけたろうか。


学食の1Fは世界堂、なんでも揃う

食堂でお弁当とパンを食べよう思ったが、入ってすぐの食品ディスプレイにやられてしまった。「ムサビランチ350円」なつかしー!これこれ、これですよ。今日はコロッケと唐揚げとウインナーと書いてある。それにキャベツの千切りに丸く盛り付けられたポテトサラダ。これにお味噌汁とご飯がつく。くーっ!食べたい!でも待って?今日コロッケパン買ったから、このセットだとコロッケがだぶってしまうわと「Aランチ」にすることに。

Aは洋食でBは中華だったが、ハンバーグとチキン南蛮につられてしまったチキン南蛮大好き。らららー と席に着いて気がつく。ねえ、お弁当どうするつもりなの?と。でもまあどうせすぐお腹空くでしょう、さっき食堂のおばさんは何度も「ご飯普通もりでいいの?小盛りもあるわよ、ほらこっちの小さなお茶碗」と小盛りをすすめていたけれど、なんていうかご飯ちょっとしか食べない人にみえるのかなとちょっとショック。まあ今日の格好は着痩せしてみえるスタイルだし、スリムにみられたという事で喜べばいいのだが、「ご飯ちょっとしか食べない」というのはスタミナがない人という風にみえるのではないか、スタミナがないというのはあまり長生きできないんじゃないだろうかとしょうもない事をクヨクヨしてしまった。結局おばさんの予言通りというか、Aランチ完食したらパンもお弁当も食べられなくなってしまった。



お腹が満たされ満足。これからどうしようと思ったところにテーブルの上に紙で三角柱になっている広告が目に入る。「レシピ展2016」。すっごい面白そう、武蔵美だけに普通の料理の展示ではないだろう、レシピで何か作品を創って展示してあるに違いない、絶対みたいとさっそく移動することにした。場所は12号館地下室とある。夏のスクーリングなどで参考作品(その授業で一番優秀な作品を選出)など一堂に展示したりするあの場所かあ、私は一回だけ採択されたようななかったような、蝶課題がそれだったかしらそれとも。などと行ってみるが、扉に鍵がかかってガラス張りの室内は真っ暗だった。建物を間違えたかと掲示物を確認するため1Fに行くと、果たして大き目のポスターがあった。やっぱり12号棟と書いてある。12号棟ってここじゃないのかなと不安になってしまった。


すると同じポスターを眺めだした学生らしき人があらわれた。ちょうど良いと場所を聞くと、やはりここでいという。「この下ですよ」と言いながらするすると下に降りていく、この人も見たいのかなとついていくと、「ここですよ」とわざわざ教えてくれるではないか。そして本人は役目を終えたかのようにどこかに行ってしまった。もしかして案内してくれたの?なんていい人!!でもやっぱり部屋は真っ暗で誰もいない。おかしいなあとウロウロしていると「僕も見にきたんですけどね」などとまた学生が話しかけてくれる。武蔵美って本当にいい子が多いんだわと感心しながら電話で大学に問い合わせ、今度は1時からのオープンだとわかる。あと1時間かあ、でも早く帰ってお猿ちゃんにおやつあげたいし、塾の宿題がたまってるから今日という今日はやらせなくては!と後ろ髪を引かれながら展示室を後にした。それにしても武蔵美ってイケメンばっかり、あと10年経てば息子もこうなるだろうか。今日出会って親切にしてくれた男の子達みたいにいい子に育って欲しいなと祈った。

そんなこんなで再びバス亭へ。その前に門の前で武蔵美校舎の全体像を堪能。警備員室の隣の猫の木像も健在、でも昔に比べてちょっと古くなったような。雨風吹きっ晒しの屋外なので仕方ないかもしれないが、本体にヒビが入り尻尾が途中で無くなっていた。像の前の小さな缶カンは、武蔵美大学の構内に生息する野良猫たちの餌代などになると聞いた。私も少々カンパした。


サバオは健在でしたよ(^^)

そうだ、ミニ動物園みたいな小屋、あれも見てこればよかったと思いつつ、あそこはメッチャ蚊がいるので刺されるのは必至、虫は苦手ではないが虫に刺されるのが死ぬほど嫌な私は行かなくて良かったかもしれない。バス亭でバスを待ちながら、初年度に「今2年生だけど8年生」といっていた女の人を思い出す。あの人はちゃんと卒業出来たのだろうか、霧散してしまったかつての学友達、途中で辞めてしまった人のなんと多いことか。ちゃんと卒業した人って私の知っているのは4年ストレートで卒業した公務員ママと、版画では卒業できないと教えてくれたNさんだけではないだろうか。とはいえ久しぶりに武蔵美のHPをみると、卒業制作として版画の方の作品が毎年数人掲載されている。ちゃんと卒業する人はするもので、そうでない人は何が足りなかったのだろうと考えた。でも通学生ならいざ知らず、通信生は本人の努力だけではなんともならない事がたくさんある。経済的な、物理的な、本人だけじゃない家族が理由だったり。そうだそうだ、もうひとり卒業した人がいた。この方は家族の介護が始まるからと、最短で卒業を目指しだしその通りになった。校外学習で一緒の班になり、その後レポートのために墨田の切子体験にも行ったなそういえば。そうそう、仲良くなった4人で行ったが、そのうちのひとりは旦那さんの海外転勤で中退したんだった。Eちゃん!もう日本にいるだろうか。赤ちゃん産んだ時病院にみにいったわー私が息子産んだ時も別の学友がお見舞いにきてくれて、それでそれで。

何よ、私メッチャ楽しかったじゃない。そうじゃない事も色々あったのだが全部消えてしまっているというか。と言うか、武蔵美で何か困ったことがあると相談窓口があったし先生達が尽力して下さり大概は解決した。そして武蔵美の先生達って生徒との距離が近かったと思う。色々な先生に恩義を感じているし、感謝尊敬などなど、生徒として普通の感情が普通に出てくる。当たり前だと思っていたこれらの気持ち、一体どこから来るのかわからない。


伸び伸びしすぎやろという桜の木。あの桜もこっちにお引越しさせてあげたい

こんな風に引き合いに出して申し訳ないが、一方京都造形芸術大学の先生達っていうのは、箱に詰められていて授業になると時間割で出されるロボットのように感じる時がある。血が通わずシステマチックに情報だけが詰め込まれた冷たい個体、授業や面談が終わるとまた箱に詰められて次の出番まで仕舞われるのだ。なんかロボットというより、なんだか雛人形?めったな事では生徒の目に触れないように、事務局ががっしり管理して実態は不明「何もかもをプログラム通りにしか遂行出来ず、それ以外のタスクは一切不可」というただのアンドロイドお茶汲みカラクリ人形、将来的に大学の先生というのは、AIに代われるものかもしれないと感じてしまう。特に私は文芸コースしか知らないのでそう思うのかもしれないが、これらのイマジネーションをかきたてる大学の空気は、事務局の意図なのか先生達の意志なのかそれとも大学のポリシーなのか、なんだか残念に思えてならない。今年の芥川賞は「コンビニ人間」だったが、「コンビニ大学」みたいだとも思われ。近くて便利で何でも揃うが、拘りも味もそっけもない。キャンパスの枯れた方の樹は気の毒だからなんとかしてあげてはどうかと問い合わせると、あれは御神木でお前が口に出すのが御門違いみたいに返されたりと、なんか自分達がどんだけ偉いと思ってんのという出来事ばかり。生徒が困ったり悩んだりしていても「嫌ならやめろ」みたいな。何が京都だ気取るなと言いたい。逆に言うと武蔵美の先生達というのはロボットには出来ないだろうなと思う。武蔵美の先生たちというのは、間違いなく全員ある意味「熱血」だったし、色々なものがはみ出し濃い味わいががっしりと染みているような方々ばかりだった。


雨に濡れた緑がイキイキしてる

タラレバを言えば切りがないが、もし最初に入学したのが京都造形芸術大学で、編入したのが武蔵野美術大学だったらどんな感じだっただろう。実は武蔵美に入学する前に、京都造形芸術大学の案内書も取り寄せたことがある。夏のスクーリングで保育があると知ったからだ。子どもが小さかった私にはすっごく魅力的なシステム、でも東京外苑で保育はないと聞いて(問い合わせた)しかも版画を習いたい私は選択の余地なく武蔵美に入学した。武蔵美も京都造形もそうだが、人との繋がりというものに全く期待していなかった。何しろ住んでいる地域の人間関係の嫌さを中和させるために逃避する場所でもあったので、もう好きな絵や版画をたんたんとやり、ついでに大学を卒業すればいいと考えていたのだ。でも結局どちらの大学も人間関係があり、それに喜んだり苦しんだり、アドラー心理学でいうところの「全ての悩みは人間関係にあり」というのは本当なんだとまた思った。悩みではなく喜びもそうなのかもしれない。 生きている間、ずっとこれの繰り返しだろうな。

そういえば卒業制作の添削で主担任の先生が面白いコメントを残してくれた。「この主人公はどちらなんでしょう。①ママ友という人間関係にとことん疲弊して何も出来ない人②こんな世界馬鹿らしいとさっさと外の世界を手に入れる人」とあり、正直どちらも主人(私)公なんだけどなと困った。そして「せっかく娑婆に出てきてデッサン会を楽しんでいるのに、ママ友の電話で現実に引き戻され「チッ」と思うくらいの人ではないのか」などと書いてあり、どうして先生わかるんだろうとも思った。ヌードデッサンをしている時にお節介なママ友から電話があり、ヌードデッサンだから電源を切る必要があり~などと後に丁寧すぎるくらい弁解したが、正直「もうほっといてくれないかしらネ。私には私の世界があるのだから」と思ったのも正直な気持ちだった。しかも休日だったので余計に「休みの日ぐらいママ友お休みさせてよ」とも。だってそうでしょう、本当に人の事が気になって気になって何か言わないといられない人達ばかりの世界から、芸術とか美とかいう世界にダイブして伸び伸びしていたところにさあ。

まあこの話は散々書いたのでもう割愛、でも先生のコメントで、私はもしかして②のタイプなのではと思った。どうなんだろう、自分の事はよくわからない。

それはまたの機会に考えるとして続き。武蔵美からの帰り更に逆方向の電車に乗り、一駅隣の西国分寺まで行ってみた。ここは私の大大大好きな「クルミドコーヒー」というカフェがあり、本当に久しぶりに訪ねてみたいと朝国分寺で降りた時から目論んでいた。なんていうか、メルヘンチックなのだが甘すぎないビタースィートな夢の国とでもいうのか。どうして逆方向のこのカフェを知ったのかもう覚えていないが、最初ひとりで行って次に学友の誰かに自慢しつつ行った事から、多分ネットか何かで知ったと思われる。コーヒーも食べ物も美味しいし雰囲気は最高、このカフェに頻繁に通うために国分寺界隈にお引越しもいいなあなんて考えた時期もあった。通信大学といえどもファイン系は面接授業がたくさんある。卒業制作になったらもっともっと通わなければならない、駅にある女学生会館に一ヶ月だけでも住めないだろうかなどと夢想したこともあった。 



クルミドコーヒーは木曜日が定休日です


話を戻してクルミドコーヒー。お店が見えてきた時のワクワク感。もう「ただいまー!」という気持ち全開だった。だが木曜定休日ということでお見せの前に「CLOSD」の木札があった。これまた可愛らしく小さな幼稚園の椅子の上に札が置いてある。素敵だけど悲しい!どうして?がっかりしながら駅に戻ると、駅ビルの前でワゴンセールやポールに吊るした洋服がたくさん。見ればほとんどが中高年用の婦人服ばかりだった。気付いて見渡せば、杖をついたりカートを押しているお年寄りが多いのに気付く。国分寺がしっとりと落ち着いた感じに思うのは、年齢層が高いせいかもしれない。TwitterかFacebookのタイムラインでみたと思うが「お年寄りのいない街は信用できない」と書いた人がいて、その通りだなと思った。 

それはともかく真っ直ぐ家に帰ることにして、ちゃんと四谷で乗り換え市ヶ谷から有楽町線に乗る。家について30分ほどで息子が帰ってきた。「あれ、ママ大学は?今から?」というので、「なんでこんな時間から大学。帰ってきたところ」などと話しながら、「さあ、プールまであと一時間あるから宿題やっちゃおう」というが、ちょっと待ってとか、喉乾いたなどと一向に机に向かおうとしない。あとちょっとしたらとッ捕まえて椅子に座らせてやると思いながら、ランドセルからお便り連絡帳などを引っ張り出し、「漢字テストなおし」と書いてあるのでプリントをみると、あああーもう全然ダメだわとクラクラ。このっ!まずはこれからやらせようと息子を呼ぶが返事がない。無視しないでよと探しに行くと、なんとプールの支度を持って既に出かけてしまっていた。「逃げたなぁ~」とホンクの猟師さんの声が頭の中で響いた。

そんなこんなで久しぶりの武蔵美はメッチャ楽しくて癒された~♡そうだ、卒業しましたと報告したい先生がちらほらいるのだった。結局色々疑念は山盛りだが、もう「無」になってただただ卒業だけを目指そう。聞いたってどうせ本当の事なんか言わないに決まってるし、訳のわからない理由をさも納得した振りをするのはもう疲れるししたくない。NewsPick の運営がよく似た対応をまれにゃんにして呆れてものが言えないが、まああちらは弁護士さんついたみたいで何かしか結論は出るだろう。私は今のままなんでも「大学のルール」みたいに言われてもハイハイどうもすみませんでしたー(棒)とやるしかない。まれにゃんは運営、私は大学と、お互い色々大変だけど頑張りましょう。

そうそう、前と前の前に書いた「卒業の単位が足りない」という件も、スクーリング追加募集が何件かあり、それに申し込みすることで単位要件は満たされるようだ。もういいじゃない、あと面接授業8単位。坦々と授業を受けて、単位をとって、さっさと卒業すればもう関係なくなるのだ。もう資金がないのでどこかまた大学とか大学院という選択肢は考えられないが、今度こそやりたかったあれもこれも時間をかけてじっくりやれると考えれば、それはそれで楽しみのひとつとなる。

でも武蔵美行ったら余計こっちの色々がやる気無くなってしまった。多分武蔵美は終わった事なので美しくみえるのだろう。過ぎてしまえば皆美しいと言うのは本当だと思う。文芸コースの授業はもう受けないと決めたものの、気になっていた「短歌と俳句」の授業は単位のために受けなければならないことになり、これは良かったと思う。でもこの授業が追加募集かかったとか、あっちは絶対fullのはずないのにかからなかったとか、全部5人とか変すぎる募集というのにも色々疑念があり手放しで良かったとは言い難い。でも短歌と俳句はやりたかったので、これだけは文句ない。なんてこれらすっかり大学でもイジメられキャラになっているいつもの私の妄想と思われるかもしれないが、ブログに書いた内容は全てリアルだということいい加減に覚えて欲しいと思う。勝手な憶測でいい加減にベラベラベラベラ書いている訳ではない。ぜーんぶ真実だから間違えないで。ともかくもし次に大学行くなら東京の学校に行くし、子ども達が京都の大学に行きたいなんて言っても大反対する。京都の水で洗うとなんでも洗練されるように感じるが、間違いなくイケズな風味も加味されるし、京都で生活したり勉強できるのは京都人だけだと思う。もし子ども達が芸大に行きたいと言いだしたら、武蔵美が一番いいとママは思います。そして国分寺に一緒に住んで、子どもは武蔵美、ママはムサビ学園に版画勉強しにいきたい。そうだ、大学卒業したらムサビ学園に版画やりに行こうかな。あっ、ちょっと気持ちまた上向いてきた。ともかく何も考えず目をぎゅっと瞑ったままでいいから、今の大学は必ず卒業だけはしようと思う(今日何回目のフレーズだろう)


お弁当は結局家に帰ってから食べた。


武蔵美ドーナツは息子のおやつになった。良かった♡

江東区の夏休みは8月24日で終わり、翌日は始業式ではなく普通の授業、給食もいきなり始まる。これは江東区が二学期制だからで、自分が小学校の頃といえば31日までで翌日は新学期な三学期制だったということを考えると不思議な気がするが、こうした理由もあるのか夏休みは短ければ短いほどいいと考えている自分にとっては嬉しいことばかり。

今年の夏は息子のミュージカル、青春18切符の旅と続いて帰ってきてみれば、スタミナが切れたのかダウンしてしまった。いつも夏の終わりは一回倒れて寝込むことになっているので、いつもの事といえばいつもの事だが、今年は特に辛く感じた。特に台風が立て続けに来たものだから、低気圧に弱い私は更に凹んでしまった。うんうん苦しんでいたところ、昨日は夫が勝手に申し込んだ科学実験のイベントの付き添いで出かけなければならず、本当に死ぬかと思った。でも帰ってきて娘が息子の英語教室の付き添いを申し出てくれてお休みせずに済んだりと良いこともあった。娘って役に立つなあとか、もっと可愛がってあげないと、などと殊勝な事を考えた。

そしてやっと今日、夏休みが終わって家に私ひとり\(^o^)/めでたい\(^o^)/途端に元気が出てきた\(^o^)/というのは言い過ぎでまだ体調イマイチではあるが、空っぽの冷蔵庫をなんとかしようというくらいにまでは回復した。いつもなら尾頭橋のOKマートか東陽町のいきいき市場まで買い出しに行くのだが、今日はヨーカドーのネットスーパーを利用することにした。ヨーカドーのネットスーパーは本当に便利。午前中に頼んだものが午後には届く、しかもチラシの商品だって大丈夫。今日はがっつりお肉を食べさせてあげようと、生姜焼き用豚肉を二パック買った。もう子ども達大きくなって一パックでは全然間に合わない。そのうちひとり二パックくらい食べるようになだろうな。不足してきた調味料や娘の好きなそうめんなども多めに買い込む。今日はシーチキンも5缶で479円。私がいない時にプラスマヨネーズでこれをおかずにご飯を食べることを覚えた子ども達のために、多めにこれも買う。私はプラスマヨネーズにさらにチラッと醤油をかけるのが好き。それから私の料理のマストアイテム「ミツカンの昆布醤油」を。 あれ?

なな、なんとミツカン昆布醤油800cc 278円しかない。OKマートなら1リットル入りのペットボトル158円なのに。高くて買えない!あんまりだわ。仕方ないのでこれだけOKマートで買うことにして決済。5,000円以上は送料無料、卵もお肉も美味しそうなものを買えて満足。それから息子の新学期用品を今更チェック。セロテープやノリ、鉛筆、不足している絵の具などをAmazonで購入。Amazoneはプライムスチューデントに入っていて色々特典があるようだが、あまり得していないような気がする。でも、お急ぎ便無料というヤツで十分元が取れているかなとは思う。でも最近通販といえばほとんどAmazonかも、楽天はほとんど使わなくなった。これについてはまた別途書いてみたい。さてヨーカドーのネットスーパー、今日午前中に注文したらほとんどが午後に届くという。便利を通り過ぎてなんだか信じられないような気がするが、物流というのはこの10年くらいの間にものすごい変化があったように思う。それよりヤマトさん、私のブログで少しは配達楽になったかしらん。 

そして前出の通り「ミツカンの昆布醤油」はOKマートに買いに行くことに。一緒に注文すればいいじゃないとも思ったが、158円で売っているとわかっているのに278円のものを買うのはなんだかモヤモヤしてしまう。とはいえ、やっぱりこれだけ買いに車を出すのもなんだかなと思い、近所の文化堂に行った。文化堂の建物は、100円ショップ、薬局、洋服屋さん、靴やさん、本屋さんなどのある複合ショッピングセンター。ららぽーと豊洲もそうだが、なんていうかこちらは本当に庶民のお店がぎゅっと集まったという感じ。オシャレ感はないが、必要なものが揃うというラインナップ。ららぽーと豊洲方面に用事がなくなった私は、買い物といえばこちらを利用している。

今日は自転車で出かけた。うおっ、まぶしー!でもずっと天気悪かったので、高気圧は本当に気持ちがいい。こういう天気に心が左右されてしまうの、本当にいい加減にしたいと思うが解決策がわからない。天気が悪いとずーんと沈み、カラッと晴れると気分が上向くという。今日はやっと気持ちがフラットになったように思う。夏バテでダウンしたところに台風3つ、しかも夏休みで子どもが家にいる!!本当に辛かった、でももう終わった。 

いい事も悪い事も、時の流れと共に過ぎてしまうものだと思った、今更なのだが。これが人生というものなのだろう。

さて買い物。といっても14時にヨーカドーさんが来るからさっと行ってさっと帰ろう。まずは文化堂へ。ミツカンの昆布醤油はいくらだろう。あ、あった。何々?ええーここも278円?なんだか納得がいかないが、買わないと今日の晩ご飯が。どうしよう、昆布醤油自作しようかと悶々と悩んでいると、なんと「ミツカン昆布醤油GOLD」という商品を発見。
なんだかすごく高級で美味しそう、しかも値段は278円。これなら納得と一本だけ買うことにする。多分OKマートならこれも158円だろう。美味しかったら今度からこっちを買おう。それから、ええー!油揚げが5枚で55円?さすが庶民の味方文化堂だわ、これも二袋買う。最近子ども達がきつねうどんのお揚げだけ食べたがるので甘く煮たりするのだ。ココでしか売っていない「オリエンタルマースカレーの素」も。

それからビバホーム2階のテナントをウロウロ。セリアに迷い込むと軽く一時間経過してしまう。色々物色して今日はクレヨンリップとヘアブラシを買う。ここのクレヨンリップは口紅の他、頬紅にも出来る、というかマイセルフで勝手にやっているだけだがなかなか色味がよくてお気に入りの使い方。もう3年くらいで10本目くらいのリピートではないだろうか。最近こういう使い方が流行っているみたいで、頬唇兼用みたいなのをよくみるが、わざわざ但し書きしなくても自分の顔くらい好きなもので好きなように彩ったらいいのではないだろうかと思う。たまにだけどアイラインを名前マーカーの細いので引いたりするけど滲まなくていい感じよ資生堂さん、製品化してみたら?


これで普段のお化粧はおしまい

それから隣のHONEYSへ。ここはティーンズファッションのお店なのだが、探すとなかなかいいものがあり尚且つ廉価。服の他に靴、バッグなどの小物、ランジェリーまでも売っている。上下セットが普段定価で1,280円、しかもディスカウントで780円になっているものたちのアンビリーバボなコーナーがある。今日はここでいいものを見つけ、二セット買うと10%オフだと店員さんがいうので2セット買って非常に満足♡


すっごく可愛い♡

帰るとタイミングよくヨーカドーさんの配達があり、重い荷物を持たずして買い物完了。


配達して貰えるなんてありがたいわ

今日の晩ご飯は、手作り焼売かポークソテーか茶碗蒸しか野菜と豚の八丁味噌炒めかムンムン迷いながら茶碗蒸しだけ作ろうとキッチンに立ったところ、そのまま全部作ってしまった。どうも料理し出すと止まらなくなってしまう。今日はちょっと青物が足りないように思うが、青汁でも各自飲んで貰おう。

娘が全部食べてしまった。

豚と野菜の八丁味噌炒め

生姜焼きにした

天気がいいので梅も干す

娘が手伝ってくれたよ

火を使ったので汗だくになり、ついさっきシャワーを浴びた。そんなこんなしていたらもう17時過ぎてしまう。娘は茶碗蒸しが美味しいと、7カップ作ったのに、ひとつ、またひとつ、もう一個だけなどといいつつ全部食べてしまった。そんなに美味しかったのは、やっぱりミツカン昆布醤油ゴールドのお蔭かしら、それとも思いついてプラスした「茶碗蒸しのタレ」をかけたのが良かったのか。あんまり美味しい美味しいいうので、

これが美味しい素、 正式名称は「金色昆布つゆ」

「こないだママのご飯不味いって言ったの、あやまってよ!」というと、「ごめんね」と素直に言う。いつもなら反抗して言い返してくるのにサックリ謝るなんて、そんなに美味しいのかなと自分も食べてみる。うん、確かに美味しい!ミツカン昆布醤油ゴールドの他に、干し椎茸や昆布で出汁を作ってプラスしたのも美味しいんだなと結論付ける。他の家族の分が無くなってしまったが、もう一回作るのは面倒なのでしなかった。そしてミツカン金の昆布醤油の実力を試すために、今から素麺を茹でてこれで食べてみようと思う。今日は買い物に行ったばかりなのでネギも青々として美味しいだろうな。茗荷や大葉も買えばよかった。

子ども達はお風呂場で何かはしゃいでいる。きっとまた散らかしているんだろうな 「片付ける」という概念がいつになったら芽生えてくれるのだろうか。 

結局プールには行けなかったけど鬱が治って色々出来たし、久しぶりにキチンとしたご飯が出来たので満足。今日は夫もキーキーと子ども達をdisらないだろう。結局かまって欲しいとか、面倒みて欲しいという欲求不満が弱い者たちへと行くのだろうと思う。私だってシンドイと子どもに当たってしまう、この辺りは本当にダメだなと思う。息子なんか一番小さいから可哀そうに、そのうち君が一番大きな人になるから、もうちょっとだよガンバレ 。私は一番の弱者になるだろう、今もそうだし。そういえばまた夕べこの家のお母さんは誰だろうと、みんなでお母さんを探す夢をみた。起きて「ああ、私かあ」とまたちょっとブルーになってしまった。ずっとじゃなくていいから、時々誰か代わってくれないかな。ここで母や義理母が近くに住んでいるかいないか、気軽に手伝ってくれる状況なのかでぐーんと主婦の負担が減る訳で。私はこの辺りは全く恵まれていなかったと思い返す。実家の母が来てくれた事もあったが、あまり戦力にはならなかった、本当に大変だったな、でもやはりこちらもあの頃に比べたら、やや終わりかけている気がする。何より家族が色々やってくれるようになった。

こういう事書くとまたお叱りのメールが来そうだが、4人の子どもを殺めてしまったお母さんの気持ちがちょっとわかる。もう少し待てば夏休み終わったのに、子育てだっていつか終わりがくるのにと。なんとかならなかったのだろうか。でも4人兄妹を「ちょっとみてあげるわ」とか「今日は代わってあげる」なんて人はいなかっただろうなとも思う。夏休み、毎日毎日子どもが4人も家を引っ掻き回し、片付けても片付けても散らかし放題、朝昼晩とご飯ご飯ご飯、ちゃんとみてないと何をしでかすかわからない、みてないと「ダメ母」だの「躾が悪い」だの言われ、家の中で4人も集まれば大騒ぎ大喧嘩、仲が良くても喧々囂々。もういや!と思っても仕方ないと思う。もちろん殺しちゃうのはダメだけれども。こういう時、「信じられない」とか「母親失格」とか言う人達って、子ども4人に囲まれて死ぬまでお母さんを続けないといけないという苦役を少しでも理解出来ているのだろうか。

私なんてこの夏は半分はミュージカルで自分も一緒に楽しんで打ち上げやってその後すぐ夫が休みで子どもをあみゅ博とかあちらこちら連れて遊んでくれて、またすぐ息子と二人旅行に行って十分間はもった筈なのに、最後の最後はすごく苦しかった。体調悪くしていたのもあるが、本当に子どもが嫌だと思ったし預けるところがあるなら預けたいと思った。こういう時子どもはよくわかっていて、ママが具合悪いのは自分達が家にいるからだと余計に荒れる。なので余計に散らかして部屋中目茶目茶で死ぬかと思った。だからという訳ではないが、あのお母さんを非難する気持にはとてもとてもなれない。勉強しないからと言って息子を刺殺してしまったお父さんなんて、もううちの夫なんて境界線にいるんじゃないかと思うくらい。これも「夏休み」だからなのではないか。

なので小中学校の夏休み、もっともっと短くして欲しい!そんな風に思うのは私だけではない筈。。。とにもかくにも今年も夏休み終わりましたね。お母さん達、ほんっっっとにお疲れ様でした

千秋楽にちらっと打ち上げがあったが、やっぱりがっつり飲んで食べて喋り倒す打ち上げ会をやりたいという声が多数あり、企画することにした。

日時:8月11日木曜日(山の日祝日)12時より17時まで(出入り自由)
場所:豊洲の某所(豊洲駅から徒歩5分)
参加費:場所代500円
持ち物:食べ物飲み物(持ち寄りです)

この記事を見た関係者の方は、速やかにメアドを知っている方々にご周知願います。参加希望の方は、yurikomorio@gmail.com までご連絡ください。場所がわかる方はいきなり来て下さっても大丈夫です。


ご都合が合えばプロや先生方も是非♡(スワン!!)



昨日の午後、息子が稽古場で珍しく愚図っていた。いつもは私が見学に行っても知らん顔、近寄ると「早く帰りなよ」などというのだが、纏わりついてあれこれかまえという。一体なんだろうと思ったら、夕べから微熱が続いているのを思い出した。先生に「ママは今スタッフなんだから」と注意されたが、それでもなんだかんだ言う。おでこに手を置くと、やや熱い。うわっ、もうすぐ本番なのにダメじゃないと、すぐさま早退させることにした。丁度息子のシーンは終わっていて、先生もいいという。そうだよね、もうずっと稽古稽古でちょっと休ませないと。

豊洲シビックセンターを出て「ねえ、脱出成功だね、ららぽーとでアイス食べない?」と誘うが真っ直ぐ帰るという。全くこういう真面目なところは私に似たのねと、家に戻りマンションの売店でホームランバーを買う。奮発して5本も買った。熱のある時はアイスクリームが一番。 誰も褒めてくれないので私が褒めるが、息子はワークショップからずっと皆勤賞で、1日も休んだことがない。そうだ、ワークショップの初日に大勢の父兄をみて「もうやだ帰る!」と帰ってしまった。でもそこから翌週からは参加して約一年間雨の日も風の日も。偉いじゃない息子

ということで、いつもは平日休み関わらず朝7時くらいには叩き起こすのだが、今日は寝たいだけ寝せることにしたところ、まだ寝ている。あまりいつまでも寝かせておくと夜寝ないのでそろそろ起こす。熱も下がったようで一安心。 今日の出番は12:30から、久しぶりにのんびりしている。

最近息子のミュージカルの事ばかり考えているせいか、色々な予定を忘れてすっぽかしてしまう。小学校の役、山本一郎さんイベント、保護司カレー会、その他もあった。すっこーんと抜け落ちたように忘れてしまい、鳥越さんを笑えないわと思う。特に最後の保護司カレー会はすごく楽しみにしていて、絶対行きたいとあちらこちらのカレンダー、手帳にまで書いておいたのに。「今日何時からですか?」と電話したら「昨日だったよ」という。本当に馬鹿かと、アホかと。大学の提出物大丈夫だろうか。必修授業で残っているものはないだろうか。大丈夫だと思っているけれど大丈夫じゃないものがあったら大変。これが終わったらどーっと巻き返すことにする。 

さて、我が家は今年はノーイベント。どこに行く用事もない。夫が今年は夏のイベントなし宣言をしたのだ。夫の家庭は舅が猛烈サラリーマンだったという理由で家族旅行の思い出はあまりないのだそう。なので家族のお出掛けには割と無頓着で、子どもの勉強に役立つようなイベントにだけは嬉々として付き添っていく。でも正直言って今家族四人で何処かに出掛けるというのもおっくうな私は大助かり。「今から家族でハワイ行こう」なんて言われたら間違いなく留守番したい。それよりも青春18切符で高知に行きたいと思う。途中高松に寄ってうどん食べたり、大阪下車でたこ焼き食べたり。食べてばかりだな。大阪では串揚げも食べたいなあうんうん、やっぱりいいじゃない。でも肝心の息子が「SASUKE森本君不在の高知になんか行きたくない」と言い出し、それでも桂浜にだけでも行ってみたい私は未だ諦めきれず息子を宥め中。 あー森本くん、何故大阪に!

そもそも来年一年高地の小学校に通ってもいいと言ったのは息子なのに。でも、子どもってこんなもの。私なんて今でも色々気が変わったりするし、毎年ブームが変わったりするので子どもを叱れない。というか、それでいいのだと思う。私のマイブーム、去年は間違いなく大学だった。学友との学び場、近くて近代的な校舎、様々なイベント。すごく楽しかったけれど、色々あってもうあまり行きたくなくなっている。今年は断然息子の参加するミュージカル。私もだんだん嵌ってきて、公開練習日が今頃になり楽しみになってきた。やっぱり衣装がつくと雰囲気が全然違うのです。もう最高の作品に仕上がっていると思う。あー早く観たい!プロの方々も最高にかっこよく、近くでみられて最高♡

去年の5月頃からワークショップに参加させたのだが、息子も自分も一体何をしているか全然わからなかった。でもともかく私は日曜日大学があるので息子を預かって貰っているような感じだった。でも今完成間際の今頃になって、素晴らしい作品に関わっているのだと感激。息子も熱心に練習に通うようになり、私もこの素晴らしい作品をひとりでも多くの人にみて貰いたいとあちらこちらに紹介している。でもチラシ配り過ぎて、もう無くなってしまったらしい。今からご興味ある方はもうチラシありませんのでwebの情報をご確認ください。

このミュージカル、息子の後は今度は娘がやりたいと言い出した。あの娘は小さな頃から演じるのが好きで、多分参加すれば大喜びで通うだろう。毎日学校と家と塾の三角形をぐるぐるぐるぐるしているような生活、息が詰まるだろうと思うわけで、あのサピックス教の夫がうんと言うかどうかが問題なのだがどうなるだろう。なんか上手い事言って通えるようにしてあげたいと思う。もう本当に夫は教育パパゴンで困る。あんなのが父親だったら私ならグレルか死にたくなると思う。私が言うと色々ばばーんと返ってきて、男のくせに細かいことまでいちいち覚えていて本当に腹が立つ。これもう夫嫌病というのではないだろうか。時々夫〇ネと思うもん。

ともかくそろそろ息子を起こそう。


息子が可愛がっているベタ。去年のクリスマスイベントで貰ってきた。

昨日一昨日と、うちの近所の深川第五中学で納涼盆踊り大会があった。毎年あって子どもが小さい頃から必ず行っていた。このブログをずっと読んでくれている人なら容易に想像できると思うのだが、毎回毎回ママ友関係で必ず嫌なことがあった。昨年は、息子が幼児園を途中退園し小学校に入学、豊洲の地域全域に◯◯菌のパンデミック状態で、会う人会う人全員に嫌な顔をされ、息子と二人で出かけたものの「来なければよかった」とぷんぷんと怒りながら帰ったのだった。

なので今年は「どうせ行かなければならないなら、興す側になってやる」とカキ氷係のボランティアに立候補した。「行かない」という選択肢がないのが我ながら不思議。もういい加減引っ込んでろとも思ったが、やはり祭りには出かけなけれれば。ちょうど住んでいるマンションに募集の紙が貼ってあり、「これやー!」と閃いたのだ。「あの人から食べ物を買うなんてイヤ」という意地の悪い事を思う人はカキ氷を買えないということになり、この暑い最中の盆踊りにノーカキ氷というのは申し訳ないが、そんな事でカキ氷係として街の盆踊り大会にお邪魔した。

テントの中で軽く挨拶、手順が説明され、私はもう一人の女性の方と対面販売をすることになった。カキ氷を買いに来たボスママ軍団に嫌がらせされたらどうしよう。「何あの人、目立ちたがりは困るわ」「ああ、ダメダメ、今日はカキ氷なし」などと目の前で子どもに言い含められたりしたらまた心折れるなと思いつつ、販売スタート。17時から準備、17:30から食券販売、18時スタートなのだが、まだかまだかという人々の行列が既にどんどんでき始める。ちらと確認するとボスママ軍団はどこにもいない。あー良かったと思った時にはもうカキ氷がどんどん出来上がり、そしてバンバン売れていった。一杯100円というお手軽さもあったのかカキ氷は大人気。


※カラフルで可愛い。

コーラ、ブルーハワイ、メロン、イチゴ、マンゴーの5種類。これどうみても少な過ぎというのを一杯手元に置いて食べようと思ったけれど、売るのに必死でゆっくり食べられなかった。でも解けたのをぐっと飲んだら、昔懐かしい味がして、自分も子どもの頃はカキ氷好きだったなあとか、あの駄菓子屋さんの練乳イチゴが最高に美味しかったけれど、味の秘訣は一体なんだったのか、そうだマシンだふわっふわだったなとか色々思い出しながら次々とチケットとカキ氷を販売というか、交換。販売予定数1,500杯は盆踊り終了21時前に完売。だいたい20時過ぎくらいに終わってしまった。その後はビールと焼き鳥の差し入れを頂きつつ、チケットのカウント。数えると1,400弱だった。それにしてもよく売れるものだと感心してしまった。


※ぐるーっと人人人の列、商売繁盛で何より(^^)


途中で息子と娘がそれぞれ現れ、娘は並ぶのが面倒なのかさあっとどこかに行ってしまい、息子は俺も手伝うと一緒に販売してくれる。息子はこういう賑やかに人に対面するのが大好きで、どこまでもこの姉弟はさかさまなのだと思った。まあこの辺りは好きにすればよいと思う。私はこう見えて結構好きな方で、多分この盆踊り会場ではNO.1のカリスマ販売員だったと思う。


見知った顔の人はみんなニコニコと挨拶してくれて、販売が終わった後はあちらこちらをブラブラ。区議会議員さんや街の名士みたいな人達を捕まえてこども食堂の話、息子のミュージカルの宣伝などをごり押ししたり。一緒に販売した人と休憩でビールを飲み、豊洲や住んでいるマンションの昔話をしたり。いやいやいや、とっても楽しいひと時だった。

去年まで倒れたまま不貞腐れて寝っ転がったような気持ちだったのが、今年は町興しをしようと思ったところで自分も起き上がれたという感じ。こんな事を思いつくようになったのは、あの同級生達が地元で開催してくれた同窓会からだったのように思う。地元の名士の子達が決起して私を励ます会を開いてくれたのだ。トヨタの君とかノーベル賞候補のSくんとか偉くなった同級生達、豪華メンバーだったなあ。私なんかのためにこんな風に集まってくれて、イジケている場合ではない私も頑張らないと、なんて殊勝にも思ったからだった。

悪い事もそうだがいい事も続くもので、その後息子のミュージカルのプロデューサーの先生が「もうそんな事いちいち悩まない」などと励ましてくれて、「それもそうだ、もう終わった事」と思ったのもあるし、大学の学友も何かとはっぱをかけてくれたり豊洲に協力してくれる人もだんだん増えたり。ブログの方は相かわらずで、書けば書くほど周りを掻き回してしまい被害者は続出しているが、同じように自分も酷い目に遭っているので痛み分けという感じ。でもこれでいいのだと思う。相手ばっかりネガキャンするのは卑怯というか、自分も同じように目茶目茶になっているのが私のブログのいいところなのだと思う。これは大学の先生からの講評の中にあった言葉で、ああ確かに自分ってこういうところがあるなと。私は顔だけじゃない、頭も運もいいが、性格もいいということを再認識した。

その翌日、ミュージカルの公開レッスンでママ友に会うと、昨日の盆踊りは焼きそばがすごく美味しかったと聞いて、食べていない私は「なんだとー」と思ってレッスンの説明会の後に買いに行ったら売り切れでガッカリした。「200円だったけど、あれで儲けがあるの」と聞かれたので、「200円で仕入れて200円で売るんだよ」といったらびっくりしていた。屋台はほとんど住民のボランティアで、しかもマンションや団体が出店しているので出来る仕組みだろう。でおこれ、昨年は私がびっくりしていた。お好み焼きの屋台があり販売していたママ友さんが、、「そこのセブンで200円で買って200円で販売している」と聞いて驚いたのを思い出した。そんな訳で焼きそばは来年のリベンジとして覚えておいて是非買いたい。

それにしても、スカイズが出来たせいかすっごい人が増えていてこれも驚いた。本当に何これ?というくらい、昨年の二倍くらいの人が参加したと思う。人人人で、カキ氷販売していなかったら人に酔ってしまったかもしれない。屋台の販売員が楽しかったので来年は是非焼きそば販売をしたいと思う。そうだ、ちょっと前のブログに「暑いから焼きそば担当は嫌」と書いたのを思い出した。もしかして買えなかったのは焼きそばの呪いだったのだろうか。今度こそブログにやたらな事を書くのはやめようと思った。

これを書いていたらまた猛烈に焼きそばが食べたくなった。今日のお昼は焼きそばが食べたい。そうだ、今日はお台場の科学未来館で娘がイノベーターズトークで登壇するらしい、一体何を話すのだろう。面倒だから行かないと言ったけれどやっぱり気になるから行ってみようか。焼きそばは駅前のペルエメルで焼きそばパンを買う事にする。

追記:114.185.127.108コメントありがとう、でもウザいです。あなた豊洲の人じゃないわね。まさか笑👽あの人ならありえる。私のファンはすぐストーカー化する、夏は特に。頭冷やしてね乙。https://www.instagram.com/yurikomorio/?hl=ja


豊洲シビックセンターホールで開催された音楽祭にお邪魔してきた。主催はカンティアーモ・キボシ Cantianmo GIBOSHI とあり、混声合唱団の名前だそう。「旧中央区第二中学校から始まった演奏会」とあり、もともとは同窓会的音楽会が規模が大きくなったもののようだ。ここに息子の英語の先生が出演なさるので、英語クラスのメンバーと一緒にお邪魔してきた。様々な演目があるが、先生の演奏曲はサン=サーンス『動物の謝肉祭』(動物学的大幻想曲)だった。それもフルバージョン。夫のCDで聴いてはいたが、なかなかライブに巡り合えず、一度生の演奏で聴いてみたいと思っていたのだ。もう大感激。

サン=サーンスといえば、第13曲の『白鳥』が有名で、演奏会でもサン=サーンスといえばこればかり演奏され、クローズアップされる。あちらこちらのコンサートで私もよく聴いた曲だ。そもそもこのフルバージョン、大きなコンサート会場で演奏されるために作られたものではないそうで、室内楽用ともいえる。本当かなと思って調べたら、サンサーンスのwikiのところにも「室内楽作品」のところの筆頭に記してある。サン=サーンスの出身はフランス、パリとあり、多分サロンのような憩いの場で少人数で楽しむための楽曲なのだろう。大きなコンサートホールに子どもは連れていけない、でもこうしたサロンならそれほど問題ない筈で、小さな貴公子のファーストコンサートなどに演奏されたものなのではないか。

豊洲シビックセンターホールは約300人収容のコンサートホール、室内楽というのにはやや広いが、広めにコンパクトで演奏会にはピッタリ。『動物の謝肉祭』は、動物が大勢登場する。動物を紹介するコミカルなナレーションも手伝って、「象」はズシンズシンと、「大きな鳥籠」は小さな小鳥たちがかしましく、「終曲」は動物達大集合なさまが、音で織りなすテキスタイルのように目の前に広げられ、大人も子どもも楽しめる構成になっている。私は大感激だが連れて行った息子も隣のお友達も興味深そうに聞いていた。演目は以下の通りとなる。

第1曲「序奏と獅子王の行進曲」4/4拍子 ハ長調 - イ短調ピアノの耳をつんざくような反復奏に始まる。ついで、勇壮な「行進」が弦楽器のユニゾンで奏される。全71小節。ピアノ2, ヴァイオリン2, ヴィオラ、チェロ、コントラバス

第2曲「雌鶏と雄鶏」 4/4拍子 ハ長調ピアノと弦楽器が鶏の鳴き声を模倣しあう。全35小節。クラリネット、ピアノ2, ヴァイオリン2, ヴィオラ

第3曲「騾馬」 4/4拍子 ハ短調アジアロバであろうと言われる。ピアノの上り下りする強奏の音階。全28小節。ピアノ2第

4曲「亀」4/4拍子 変ロ長調弦楽器がのそのそとユニゾンでオッフェンバックの『天国と地獄』の旋律をわざとゆっくり奏する。全22小節。ピアノ、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス

第5曲「象」 3/8拍子 変ホ長調コントラバスがもそもそと軽やかにワルツを奏する。ベルリオーズの『ファウストの劫罰』の「妖精のワルツ」、メンデルスゾーンの『夏の夜の夢』の「スケルツォ」が重低音で組み入れられている。全52小節。コントラバス、ピアノ

第6曲「カンガルー」 4/4拍子、3/4拍子 ハ短調装飾の付いた和音が上下して、飛び回るカンガルーを描写する。全20小節。ピアノ2

第7曲「水族館」 4/4拍子 イ短調グラスハーモニカの入った幻想的なメロディーに、分散和音のピアノ伴奏が添えられている。全39小節。フルート、グラスハーモニカ、ピアノ2、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ

第8曲「耳の長い登場人物」 3/4拍子 ハ長調おそらくは驢馬、アジアロバでない驢馬。のどかな驢馬の鳴き声をヴァイオリンが模倣する。サン=サーンスの音楽に嫌味な評価を下していた音楽評論家への皮肉と言われている。全26小節。ヴァイオリン2

第9曲「森の奥のカッコウ」  3/4拍子 ホ長調クラリネットがカッコウの鳴き声を模倣する。全43小節。クラリネット、ピアノ2

第10曲「大きな鳥籠」 3/4拍子 ヘ長調弦楽器が反復奏する伴奏の上を、フルートが軽やかに飛び回る。全31小節。フルート、ピアノ2, ヴァイオリン2, ヴィオラ、チェロ、コントラバス

第11曲「ピアニスト」 4/4拍子 ハ長調 - 変ニ長調 - ニ長調 - 変ホ長調 - ハ長調わざとへたくそに、ピアノの練習曲を弾く。最後は明確な区切りもなく、そのまま次の曲へ入る。全30小節。ピアノ2, ヴァイオリン2, ヴィオラ、チェロ、コントラバス

第12曲「化石」  2/2拍子 ト短調自作の『死の舞踏』の「骸骨の踊り」の旋律、ロッシーニの『セビリアの理髪師』の「ロジーナのアリア」、その他、「大事なタバコ(J'ai du bon tabac)」「きらきら星(Ah vous dirais-je maman)」「月の光に(Au clair de la lune)」、「シリアへ行く(En partant pour la Syrie)」などのフランス民謡が組み合わされる。全74小節。ピアノ2, クラリネット、シロフォン、ヴァイオリン2, ヴィオラ、チェロ、コントラバス

第13曲は一番有名な、「白鳥」  6/4拍子 ト長調チェロ独奏曲として有名な曲。生前の公開演奏と楽譜出版が許された唯一の曲でもある。全28小節。バレエ「瀕死の白鳥」は、ミハイル・フォーキンがこの曲に振付を施した作品である。チェロ、ピアノ2本来はピアノ2台の編成であるが、1台のみで演奏されることも多い。

第14曲「終曲」 4/4拍子 ハ長調カーテンコール。再度オッフェンバックの『天国と地獄』のフィナーレの旋律(ただし、今回は大幅に変奏されているので事実上ほぼオリジナルメロディになっている)に乗せて、今までの各曲の中の旋律が登場する。全91小節。ピッコロ、クラリネット、グラスハーモニカ、シロフォン、ピアノ2, ヴァイオリン2, ヴィオラ、チェロ、コントラバス

以上のような編成。以前「白鳥」にはまってそればかり聴いていたことがあり、息子も覚えたのかこの曲になると「ママ、よかったね」という風に私をチラとみる。私がありがとうという意味でにっこりすると誇らしげに彼も笑顔になった。やっぱり音楽もいいなと思う。


※八重洲口のウォールプランター、綺麗


小澤征爾のコンサートは叱られたが、その後夫が音楽コンポを買ってくれると言い出した。しかもちょっと無理してハイレゾ対応bluetooth もついているやつで、これで音楽不在の我が家にもまたクラシックの音色が流れることになる。結婚した時にお互いが持ち込んだコンポがそれぞれ順次壊れ、修理に出したりしたがとうとうお亡くなりになったのが約3、4年前。そこから私たちの冷戦状態が始まった気がする。美しいクラシックの音色は私たちを再び取り持つだろうか。それとも。

そういえば昨年ママ友達に、本物のクラシックコンサートに連れて行ってもらったことがある。場所はサントリーホール、カラヤン広場に面したイタリアンレストランで食事をして、音楽の殿堂でクラシックを楽しんだ。あんなに大きなホールに人々がぎっしり、でも誰も音を出さない話さないひそひそ声もなにもない、しーーーーーんとした場内に緊張で倒れそうになった。咳が出たらどうしようとか、携帯を切ったかどうか何度も確認したり、はあーっもうMAX!と思っていたところに演奏が始まり、大きな音の塊がどーんと膨らんではじけた。終わった後は自分がキラキラした物体に変貌しているように感じ、素敵な時間だった。

そういえば叔父とも大宮シビックセンターホールのNHK交響楽団のものに行ったりしたのだった。叔父は相かわらずyokoとはあそこのコンサートにいっただの、この時は何何が演奏されたとか色々蘊蓄を語っていた。

やはり小澤征爾のコンサートは私には勿体なさすぎるだろう。正装して重厚な音楽の祭典に行くのもいいが、家で音楽を聴きながらお喋りしたり色々ゴソゴソしながら聴く方が今はしっくりくるかもしれない。音楽はその時々の思い出のバックミュージックにもなる。あの曲にはまっていた時はこれこれこういう時だったとか、こんな時代だったとか私にも色々ある。

息子を連れていったコンサートで私の好きな『新世界』が始まってしばらくして4歳くらいだったか息子が愚図り出し、親子ともども出なくてはならなくなり、ホールのモニターでぷりぷり怒りながら聴いたのもいい思い出。私は早速『新世界』のイントロの部分で替え歌を作り、息子をからかって怒られたりした。「息子のせいで、出されたよ、息子のせいで、聴けなかったよ。ママの好きな新世界、息子のせいで出されちゃったよ」というのは『新世界』といえば我が家ではもうこの歌詞になっているごめん。

早くコンポが届かないだろうか。聴きたいのはやはりクラシック。家族それぞれ好きな作曲家、曲があり、それらも思い出深い記憶と共にある。来年はやはりラフォルジュルネに行きたい。それには早めに準備をしなければ。私はいきなり気が向いて皆を誘うので、家族に嫌がられることがある。何事も下準備が必要だということが、最近やっとわかってきたように思う。突っ走らないように気を付けなくては。それなのにKさん、早急に対応下さりありがとうございます。すごく感激しました。


【今日の小確幸】

今日は面談授業、山盛りの女装で挑みたい。

私には夢がたくさんある。小さなものから大きなもの、実現不可能だと思うもの頑張れば出来そうなもの。でも「実現不可能」というのは自分が思っているだけで、小さなきっかけで叶うこともあるかもしれないとも思う。でも一時はどんな小さな夢や希望も決して口にしないと戒めていた時期がある。そう、毎度毎度でいい加減自分もうんざりする話題になるが、ママ友とかボスママの嫌がらせ、お前の願いなど決して叶わないようにしてやるという決起の存在に、口を閉ざされてしまったのだ。

もうこのお母さん達の繋がりというもの、誰かに何かいい事があると、さっと妬みの対象になる。私など本当に異端者と言っていいくらい、こういう事に無頓着だった。いい事があれば行って共に喜び、悲しむママがいれば自分だけじゃない怖がらなくていいと励まし、そういうものが健全なコミュニティだと思っていた。だが建て前と本音というのはこういう事なのかと膝を打ちたいくらいに違った。

また、ここ豊洲のコミュニティというもの、嫌というほどピラミッド型ヒエラルキーががっつり構築されているところで、一番上が誰かその次が誰かとまあ一目瞭然となっている。なので一番上のものが希望や願望を言うのは許され、言えばたちまち叶うことになっている。そして二番目の層にいる者もややおずおずと発言に気を付けながらトップに進言すると、採択されたりされなかったりだがまあ叶う。しかしその下あたりのものが何か発言したりすると、さあっと無視されることになっている。そもそもその序列は誰が決めたのか、なんの事はない自己申告により決められたものだ。そんな不確かな夢の後の兵予備軍に夢を語るなど噴飯ものだと思うようになった。

でも叶ったものならいくら書いてもいいだろう。だがそれはそれで妬みというこれまたどうしようもない愚劣なものを引き起こす。なので温度低めで書きたい。そしてさらっと書く。

娘がノーベル賞受賞者の白川教授の実験教室に参加した。3時間半みっちりとした授業は、スケルトンの教室で行われたので私も授業を拝聴出来た。白川教授は小さな躰にすごいエネルギーを蓄えていた。最初に教室にはスーツ姿でさらっといらした時は、普通のでもやはりきりりとした只者ではない雰囲気、でも教室の中で白衣に着替えた瞬間、私の脳内で小澤征爾ががばっと両手を振り上げた。なんだなんだと思っていると、大音響のチャイコフスキーピアノ協奏曲第1番opが奏でられた。私の脳内でそれらはいつまでも鳴り響き続けた。ぎゃー!白川先生!カッコイイです!! 

背筋がすらっと伸びTHE プロフェッサーという佇まい、すごいオーラを感じてしまった。白川教授は各班に分かれた生徒達を様々に気遣い注意したりしながら、存分に実験を楽しんでみえた。エネルギッシュに語る様は知性の塊そのもので、こうやってずっと夢中な毎日を過ごされ結果を出し続けてみえたのだろう。同時に生徒たちの信頼をがっつり熊手のように集めてこられたのだ。もう本物の「先生」なのだと感じた。ただのイベントではない、重厚な授業だった。そこに自分の娘が参加出来て、しかも彼女は集中して存分にそれを楽しんでいた。我が娘ながら本当に誇らしいと感じた。 


※白川教授は撮影NGなのでASIMOを

娘は実験が本当に楽しかったらしく、終わった後は晴れ晴れと、そしてさっさと教室を後にしようとする。私は慌ててしまった。実験は実験で素晴らしいものだったが、「白川教授の授業」というこの世の理系人全ての羨望の機会、しかも白川教授といえば「伝導プラスチック」という一体全体世界中のラッキーが集まったのではないかというくらいの内容、この栄耀に巡り会えた奇跡にに対してあまりにも無頓着ではないか。もっとがっしりと実感しなくては勿体ない。

私は白川教授に挨拶をしてくるようにと、娘を教室に押し戻した。娘は私への反抗でやや不満げだったが、何か思うところがあったのだろう。みっしりと書き込んだ授業のノートを持って行き、何やら質問をしていた。これをまあ白川教授は丁寧にみて下さり説明して下さったのだ。夫や私も大感激だったが娘も疑問が解けて満足そうだった。あー神様仏さま白川先生!大感謝です。 

夫はそんな私をみて「ママは野生動物みたいだね。今日はシークレットで一切みえないと思っていた、いつも来ないくせにこんな」などとブツブツ言っていた。私はその通り、科学未来館は飽きてもう行かなくなっている。でも今日は白川英樹教授に会いたくて来たのだ。夫は1ミリも見えないなどというが、私は何がなんでもノーベル賞オーラを体験したいと馳せ参じた。勘を信じて来て良かった。大感激だった。

その後にまたハッピーな出来事があった。私の地元から友達家族が遊びに来てくれて、総勢9人で屋形船を楽しんだ。屋形船、夫は乗ったことがあるが、私は一度もない。当然子ども達も未経験で、乗せてやりたいと常々思っていたのだ。そのチャンスが図らずも訪れ、本当に良かったと思った。水の街豊洲で屋形船に乗った事がないというのは悲しいではないか。子どもの頃に大勢でわいわいと屋形船に乗ったという思い出は、いつまでも子ども達の心に勇気づけられるものとして残るだろう。 


※屋形船からお台場方面

二時間たっぷりもんじゃを焼き、食べ、そしていつもの通り飲みまくった。すっごく楽しくて私たちはご機嫌だった。船に乗船している客は総勢40名ほどだそう。その全員がもりもり食べ飲み笑い楽しんでいた。接客担当の方々も皆フレンドリーで何も文句のつけようがない、ハッピーな時間だった。本当に楽しくて美味しかった。

屋形船までは新木場からシャトルバスに乗るのだが、帰りも新木場までシャトル。私は往きのバスの中で外国人を発見した。私は息子と写真を撮ろうと策を練った。多分行きの素面より、ご機嫌になっているだろう帰りに持ち掛けてみようと考えたが大成功だった。私もハッピー相手もハッピー、ハッピー同士は結託して、息子と娘を英語の嵐でおもいきり構った。かまったついでに写真を撮り、宿題がまたしても完了した。お礼に私は息子の英語クラスで習った英語の歌を振り付きで歌ったら、大うけで喜んでもらえた。

娘は「ママはどこで英語を習ったの?」などと感心したように言い出す。ビバ英語右脳教室。といっても私の英語は中学あたりで止まったままだ。でもこうしたコミュニケーションくらいには役立つものとなっている。

そんなこんなでハッピーやラッキーがぎっしりの楽しい一日だった。夫と隣同士でもんじゃをつついていると目の前の友達が言った。「いい旦那さんじゃないの」と。私は白川教授と屋形船というWラッキーな嬉しさについ口を滑らせてしまった。「うんそうだよ、こんないい旦那いないと思う。でもそれを言ったりブログに書いたりすると嫉妬されて私も子どももイジメられるの。なのでわざと色々問題がありそうに書いているだけ。そうしておけば豊洲の人達っていうのは安心するんだわ」人の不幸をみないと幸せになれない人っているんだよねえ、豊洲のボスママがそうなので、みんなそう。

それを聞いて夫がぱっと笑顔になった。「本当?」というので「本当だよ」というと、本当に嬉しそうだった。あーあ、こんなに色々あっても私を手放さないというのは、本当に私に惚れているんだなあ気の毒な人。でもそのお蔭で私はやりたいように自由に生きていられるのだ。何不自由ないと言っていいだろう。この世の幸せを全部集めたかのような私、ボスママ軍団に嫉妬でイジメ抜かれて当然かもなんてまた思った。

人生はチョコレートボックス、何が飛び出すかわからないので楽しいし素晴らしいのだ。


【昨日の小確幸】

もう「小」をとっぱらいたいくらい確かな幸せばかりを感じた。


※押葉にしてみた


白川教授の実験教室の後、四つ葉のクローバーを大量に発見した。すごい吉祥なのではないだろうか。ノーベル賞パワーはすごいと思った。

追記:たくさん見つけた中に、五つ葉のクローバーがあった。これ、とても珍しくて以前ニュースになっているみたい。

英国 女の子が珍しい五つ葉のクローバーを発見
10歳の少女が珍しい「五つ葉のクローバー」を発見したと27日、英紙が報じた。現れる確率は2万分の1で、六つ葉と七つ葉が現れる可能性もあるという。四つ葉は幸運をもたらし、五つ葉は富をもたらすと言われている。

このブログには様々なカテゴリがある。大学、日常、人間関係、おいしいもの、武蔵美、京都造形、文学文芸、仕事、趣味、小説、美活健活、課題、雑談。そのうち最近非常に多いのが、「日常」と「雑談」で、今後記事を増やしたいのは「課題」と「文学文芸」なのは言うまでもない。これだけをみても如何に本業をさぼり、誘われるがまま楽しそうな方に流れていってしまうという自分の性格をよく表していると思う。

カテゴリといえば、以前のブログのようにNewsPicksというカテゴリを作ろうかとも思ったが、やはりこのツールは時間泥棒。新しいニュースを読んでいると、あっという間に日が暮れてしまう。おまけにタイミングよくNewsPicks オフの前日に読書会があったが、様々に心を掻き乱され閉じ籠ってしまった。もしこれがなかったら参加していただろうし、リアルな知り合いも出来たかもしれない。

でも参加して楽しい時間を過ごしたとしたら、しがらみがまたひとつ増えることにもなっただろう。あれこれと手をつけて何もかも中途半端な現在、またひとつ中途半端が増えるだけなのではないか。でもこの辺りは片手間で構わないと思うが、その分時間をとられてしまう。そのデメリットは大切な領分に侵食するのは必須だ。でも課金しても読みたい素晴らしいニュースに出会えた。それでよしと、またいったん退部することにする。

それからブログについて。やはりすごく時間を取られるものだと認識した。でもせっかくここまで続けたのだし、今卒論があるからとぱあっと止めていいものかどうか。先生からも「ブログも文章の鍛錬になるなら書いて」と言われたけれど、これも今必要なのかと言われればそうでもないと思う。

そもそも日常の事を事細かく書いているのは、あの人ひとりで毎日一体何をしているのよ、どうせ子どもほったらかしてどこかの男とイチャイチャしているんじゃないのなんて思われるのが非常に心外なので、それこそ行動日記を書いているのに他ならない。出かける先で会うのは叔父や女友達、行き先は食事や美術展、それから大学の授業やイベントに出掛けるのだわかったかBABAAって私もだけどそういう事でずっと書いてきたのだ。

もういい加減世間もわかったと思うし、そろそろいいのではないかとも思った。またはみ出して余計な事を書いてしまったりして、それはそれで豊洲ショックや先生を困らせてしまったので反省したい。先生が直してといった部分は訂正するけれど、その他の事はリアルなものばかりであって削除したり修正したりするつもりは全くない。でもちょっとペースはこのまま温度を下げて続けてみようか。

学友が800文字日記を書いていて、きちっとそのスペースの中でまとめている。それは千利休の説いた畳半畳の中の世界観に通じるものがあると考える。そいういうものもそろそろ自分にも取入れなければならないのではないか。「以内」はそこから一ミリも出てはいけないという定義、仕切りを創るのは畳半畳の自由に通じるのではないか。

※君は偉いね


自分は「掻き混ぜてしまうが掻き混ぜられないように」とはなんて言い草だと思われるかもしれないが、自分が掻き混ぜているという自覚は全くない。ただ事後に色々考えた時、もしかして掻き混ぜてしまったのかと思い当たったりするだけだ。でもその渦中は自分なりに必死に考え、一番ベストだと思って行動したものが全てだ。ふざけている訳でも軽んじている意味でもない。それは人からしたら受け入れられないものであっても、私は私のやり方でしか事態にあたれない。それは私だけでなく、誰だってそうなのではないか。
 

それを「好感度」という温度設定にすれば、物事はもしかしたらスムーズに流れるのかもしれない。でも流していいものと悪いものがあり、流されているばかりでは自分が無くなってしまうと思っている。でも決してそれらを無視している訳ではなく、家族のためにも最低限は必要だと思う。となるとそれらは好感度ではなく、マナーという領分になるのではないか。マナーというのは人が人として丁寧に生きるための必要最低限のものだ。もしそれらを無視したりすれば、たちまち「格好悪い人」になってしまう。どこまでならいいかとか、この場合はどうかなどの曖昧なものではなくもっと確固としたものだ。


などとまた偉そうに書いたが、そういう訳で時間と情熱は卒業研究に向けたいと素直に思った。学生の本分はこれに尽きるのではないか。今までの私はバイトや起業してそちらに注力する余り、単位不足で留年を続ける学生のような生活ではないだろうか。サークルも楽しくて友達作りや勉強の息抜きにはいいかもしれないが、でもそればかりではいい訳がない。例えば子ども達が大学生になり、勉強もせずにこいう生活をしていたとしたらすごく叱ると思う。というか、いいかもしれないが常軌を逸脱するのは良くない。

ハーバード大学をallAで卒業した人というのは、どういう生活だったのだろう。多分私の年末の頃のような日常をずっと10倍くらい濃くしてそれを4年間続けたようなものではないか。私もあの頃はいつの間にか体重が減ってしまったくらい課題をやっていた。大学の課題や今年は卒論もあり、あの時くらいで私には丁度いいのではないか。

ともかく、あと1年しか大学にいられないという事実をよく認識しようと思う。大学を卒業したら、課題をみてくれる先生も叱ってくれる先生も誰もいなくなるのだ。今のうちに勉強出来ることは全部やりたいし、教えを乞うなら今のうちしかない。以前もそう思ったが、今もすごく感じている。在校生の分際で、既に卒業生の方々の気持ちがわかるような気がしている。嬉しいけれど寂しい、色々と心残りが私にも出来てしまう気がする。


「豊洲子ども芸術の村」について、これは何も私の性格でグズグズしていた訳ではなく、ブログの申請がLINEからなかなか降りなかったのだ。いつものLivedoorブログでもいいにはいいが、今回は自分だけでなく様々な支援も必要で、一年の後誰かにバトンを渡そうと考えていた。そして私はその人のカテゴリの中で子ども達に絵や造形を教えたりしたらいいと。なので今もっともトレンド性の高いブログサービスから発信しようと考えたのだ。

初めに思ったより早く承認がきて、気が付かずに認証期限が切れてしまった。再度申請をしたが、2回目に出したものがわかりにくかったのかそこから半月以上経過しても連絡がなかった。諦めかけてさてどうしようと考えているうちに他の要件でわたわたしたりしてまた時間が経過してしまった。そうこうしているうちに、やっと再び承認のメールが届いた。アカウントは取得出来た、さて開始しようかと思ったところに読書会がぶつかったのだ。モチベーションがガクンと下がったが、もう復活している。

でもこれをやっていたらやはり本業の方が片手間になってしまうだろう。卒業してからの方がいいかもしれないとも思った。「子どもに絵を教えて貰えませんか」と言われて参加した「こども芸術の村」プロジェクトのイベントで何かヒントが見つかるかもしれないと思ったが、予想以上の素晴らしい収穫があったのだ。この事業を紹介しながら豊洲を芸術の街にもすればいいと考えた。

豊洲というか、江東区はスポーツ区という触れ込みで健全性をアピールしたいのだと思う。だが今回のオリンピック招致や会場、それからエンブレムのゴタゴタをみれば、スポーツとは既にマネー戦争に等しいということがわかる。適度な運動は健全な精神のために必要だとは思う。だがそれらは心は癒さない。それには「芸術」が必要で、スポーツという戦いに疲れた豊洲を芸術で癒せたらいいではないかと。

でも『地獄変』や先生の言葉でブルーになり、こんなではとても巨人でも強靭にもなれない。まだまだそういうものに手を出す以前なのではないか。それはチャンスを消されたというより、何かがそれを教えてくれたのではないか。私の手は二本しかない。ひとりで何もかも抱えるスタイルは、そのうち破綻すだろう。大切なものだけ残して、あとは何もかもいったん手放してみようかとも思うが、取捨選択がイマイチわからない。もう少し考えてみたい。またいいヒントになる出会いなどあるかもしれない。書を捨て街に出てみよう。そして時々あちらこちらを掻き混ぜてしまうが、自分は掻き混ぜられないようにしたい。信念を持ち続けたいと思った。

それにしても先生があんなに細かくこのブログを読んでくださっているなんて、本当に恥ずかしくて死にたいと思った。こんな私的なごちゃごちゃしたもの、先生は絶対興味がないだろう読まないだろうという自信があった。なのに。あの先生が言いつけたのだ。あれもこれも読まれたかと思うと、恥ずかしくてもう全削除してしまいたい!先生読まないで!誰に何を言われても叱られても馬の耳に念仏、一切無視してブログを続けてきた。でも先生がブログなんてやめて小説を書けと言うなら私そうします。


【今日の小確幸】

早朝散歩してみた。朝焼けがとても綺麗だった。

英語の授業の宿題で、街に出て外国人ツーリストと一緒に写真をとってもらうというものがある。このGWに丸の内で開催される「ラフォルジュルネ」に行き、何人かの方と写真を撮らせて貰った。その時に「どこから来たのか」という質問に「チェコスロバキア」と答えた方がみえて、珍しい国からようこそと思ったりした。英語の授業でそれを発表すると、父兄のひとりから「チェコスロバキア」はもう存在しない。あるのは「チェコ国」と「スロバキア国」だという。先生もそうだというので驚いた。私はそれを知らなかった。

不思議に感じて家に帰って調べてみた。なるほど確かに「チェコスロバキアは、1918年から1992年にかけてヨーロッパに存在した国家。 現在のチェコ共和国及びスロバキア共和国により構成されていた。」とある。出典はwikipwdia。そんな、それでは相撲の千秋楽に優勝力士に授与される「チェコスロバキア杯」はどうなっているのかと調べたら、こちらも名前が変わり、「チェコ共和国友好杯はチェコとスロバキア が分離するまではチェコスロバキア友好杯として授与されていた。」となっていた。

私がチェコスロバキアを知ったのは、祖母が熱心に観ていた相撲からだった。「チェコスロバキア」という語感がくすぐったいような気がして、気にいっていたのだ。なのでそのかの地から来た青年が、遠くの異国ではなくすぐ身近な私の思い出から現れたような気持ちにもなった。すごく懐かしいような、やっと出会えたというような。そんな私の心持ちなど関係なく、二言三言の英会話と写真と共に若者は去っていった。息子と「チェコスロバキアって知ってる?首都はプラハだよ」などと偉そうにレクチャーしたりした。が、チェコスロバキアはもう存在しないというではないか。ベルリンの壁が崩壊したのを知らずにいる、南の島で隠蔽している元日本兵のような気持になってしまった。

チェコスロバキアとは一体なんなのか。今は、チェコ共和国とスロバキア共和国に分かれている、そしてチェコ共和国の母国語はチェコ語、スロバキア共和国はスロバキア語とある。プラハはチェコ共和国の首都で、スロバキア共和国はブラチスラヴァだという。経済についてはどうだろう。チェコの通貨はチェコクローネ、スロバキアはなんとユーロだ。もう全然決裂という感があるが、一体このふたつの国に何があったのか。そもそもこんな風に言葉が違う人の国同士がくっついていたという方が驚くべき事なのかもしれない。歴史をさかのぼると1915年 ロシア帝国 チェコ人スロバキア人 捕虜によって第1チェコスロバキア狙撃連隊(チェコスロバキア軍団)を結成したとある。そこからナチス・ドイツの台頭、第一次第二次世界大戦が勃発し、くっついたり名前を変えたりと様々な出来事が起こっている。日本もそれから世界各国でも色々あるが、チェコスロバキアという国も大変だった。そして今はもう存在しない国になっている。

そんな紆余曲折を経て今ある「チェコ共和国」と「スロバキア共和国」なのだが、あの青年が「チェコスロバキアから来た」というのは、一体どういう意味があったのだろうか。私のお得意の妄想からすると、あの青年はチェコスロバキアが存在した時代からタイムスリップしたついでに日本を見物に来たのかもしれない。タイムスリップの着地点を間違えて日本に来てしまったというのか。それにしては落ち着いて観光していたように感じた。普通の健全な青年で、黒のディパックを背負い普通に歩いていたのだ。

現実的な話、もしかしてツーリストではなく滞在者なのかもしれないとも思う。そしてもう長く日本にいて、欧州人の風貌から何処から来た何しに来たと何度も何度も日本人から尋ねられているのかもしれない。そして、チェコ、もしくはスロバキアから来たというと、「チェコスロバキア?」と私のような人に聞かれるので、いちいち説明するのがもう面倒になり、一期一会の人には「そうだ」と言うことにしているのかもしれない。

もしかしてこの青年は最初、チェコ、もしくはスロバキアと答えたのではないだろうか。そして私が、「ああ、チェコスロバキア?」と聞いてしまったのではないか。なのでそう答えたのではないだろうか。チェコとスロバキアの歴史も知らない人に、丁寧にレクチャーするのには時間がかかる。それより笑顔で「yes」と答えれば何も問題なく、双方気持ちよくいられるのだ。もし、「チェコ?orスロバキア?」と聞いてくる人がいれば、どちらかと答えればよい。妄想だけれど多分そうなのではないだろうか。

国と名前も聞いたけれど、図らずもその日たくさんの方に写真を撮らせて貰えたせいか、この人あたりになると、どの人がその人なのか曖昧でよく覚えていない。人の顔を覚えるのは得意なのだが、それに付随するパーソナルデータが抜け落ちてしまうのだ。でも顔かたちは脳みそがいつまでも忘れてくれなかったりする。

そういえば昔インドに行った時に、こんな事があった。ムンバイから入国し、ずっと南下してケララ州まできた。そこから更にバンガロールまで行った。バンガロールは小奇麗な都会で、綺麗なスーパーマーケットなどが普通にある街。そこで珍しい食材やお土産になりそうなものを物色していると、見たことのある顔に出会った。私がムンバイで道を尋ねたインド人の家族だったのだ。約2週間くらいは経過していたと思う。すごく驚いていると、向こうも「あっ、また会ったね」みたいなことを英語で言われて嬉しくなった。

インドでは右も左もわからず、常に誰かに何かを聞いて行動する日々だった。今思えばよく悪い人に当たらなかったものだと思うが、皆親切でインドは笑顔の国だと思った。そんな期待を裏切らない笑顔で、なんだかんだ家族ごと話しかけてくる。今まで何処に行ったのか、これからどこに行くのか、いつ帰国するのか。つたない英語で丁寧に返事をしていた私は、そうじゃない、なんだった、こういう時にはほら、あの、などとずーっと考えていて、その家族と別れた後にやっと思い出した。

It'a small world.この「イッツアスモールワールド」というセリフ、直訳すると小さな世界だが、こういう場合に言うと「世界は狭いね」から「また会えたね」という意味になるというのは英語が好きな中学生くらいでも知っているだろう。これが言いたくて言えなくて、今でもなんだかすごく後悔している。なのでネイティブの顔を覚えておいて、どこかでまた会ったら是非言ってみたい。

私が「チェコスロバキア」と言ってしまった青年にまた会えたら、その前に誰が該当するの思い出したらだが、このセリフと共に、「チェコなの?スロバキアなの?勉強不足でごめんなさいね」と話てみたい。It'a small world しかしまた世界は広い。

色々考えるうちに、いつか行ったことのない国を一ヶ月くらいかけてブラブラしてみたいなと思ってしまった。プラハなんていいじゃない、そうだバリにも行きたいのだった。バリは早速来年行ってみたい。台湾も北欧も、それから息子が何故か憧れているアメリカにも行ってみたい。

生きていればいつか叶うかもしれない。とりあえず長生きしようと改めて思った。


※時代により国の大きさが違うチェコスロバキアは1992年まで


【今日の小確幸】

夕べは娘と二人で寝た、可愛い奴。

夕べは良く寝たようで、爽快な気分で起き出した。昨日までの私一体何をくよくよしていたのか。やはり睡眠って本当に大切だと思った。ベッドがやけに狭いと思ったら、娘までが一緒に寝ていた。多分夫とやりあって逃げて来たのだろう。なんだか不憫になり、心の中で労わってやった。小さなベッドにひしめくようにぎゅうぎゅうとバランスよく寝ていて笑ってしまう。

今日は朝から息子の出演するミュージカルのチケットを整理した。ざっと注文してどさっと受け取ったので、何日何時からが誰のでいくら集金してなどと封筒などに入れていたら半日かかってしまった。他に新規注文などメモ。結構来て下さるかたがいらして、本当にありがたい。それから英語の宿題の写真をプリントアウトしようとして四苦八苦して軽く2時間経過。Windowsは得意だが、ネットワークやApple の領域に入ると途端にトーンダウン。そして今日も課題卒論が出来ずに一日が終わってしまった。

以上、まとめ。
以下、平常運転。

夕べはいつ寝たのか記憶にないくらいスコーンと寝てしまい、起きたら6時少し過ぎだった。昨年までは早朝過ぎる2時とか3時に目が覚めて、そのまま朝という事があったが、最近はきちんと朝まで眠り続けるようになった。体内メラトニンなどそういう作用なのかよくわからないが、眠れるのは良いこのなので問題なし。すごく爽やかな目覚めだった。そもそも一昨日窓を開けて寝たら風邪をひいてしまい、すごく調子が悪かったのだ。それだけではない、大学に半袖のワンピースを着て行ったのも悪かったかもしれない。外苑前辺りは緑が深いせいか、夜になるとシンと冷えるのだ。悪寒がして熱がかなり出たが、これも『地獄変』のせいだと思って余計に具合が悪くなってしまった。

それにしても、心とは如何に体に繫がっているのか、体調に左右されるかという事なのだろう。『地獄変』の夢か幻か、うとうとしてハッと目を覚ましたりしてはよく眠れなかった。起きても地獄の気配があちらこちらにあるように感じてしまった。そういう一日を経て、そのせいでその次の日はよく眠れたともいえる。起きたらさっぱりしてしまい、妙な幻想は飛んで行ってしまったように思った。先生に叱られたことは真摯に受け止めたいが、何もかも先生のよしなにというものとは違う気がする。もう一度よく話し合いたいという気持ちにまで戻ったように思う。よかった。

そんな事を考えながら起きようとすると、ベッドが狭くなっている気配に気が付く。息子がまた大きくなったと思ったら、娘が一緒に寝ていた。シングルベッドに二人みっちり並んでぎゅっとくっついて。娘はもう私と同じサイズの洋服を着ているくらい大きくなった。今日は長袖長ズボンで行くというので、私のデニムを履いていったくらいだ。

そもそも私のデニムがUNICLOキッズのXLなので、娘にちょうどいいサイズだともいえよう。二人みっちりと隙間なく並んで寝ていた。そして足元の凄く狭いスペースには、息子が小さく丸くなって寝ている。意識のない睡眠中のファインプレーに、噴き出しそうになった。普段の家族の有様のように思る。いつも息子は色々に遠慮しながら、そのくせ自由奔放に生きている。それにしてもすごい、こんな狭いシングルベッドに、親子3人が寝られるんだと感心してしまった。

多分娘は夫に何か叱られ、こちらに潜り込みに来たのだろう。それはいつもの勉強のことだろう。まだ五年生なのに大変だなと心で労った。リアルでねぎらうと、途端にへなへなになってしまうのは私に似たのだろうか。厳しいばかりじゃだめ、褒めるだけでもダメ、親とは難しい仕事なのだと思った。

今は午後3時過ぎ、もうこんな時間。課題も卒論もできなかった。代わりに息子の出演するミュージカルのチケットを整理していた。だいたいこのくらいかなあと見込みで購入してしたのだが、なんだかんだとほぼ捌けてしまった。よかった。それを座席票を作って封筒に入れ、名前と金額を書いてなどとやっていたら半日が過ぎてしまった。途中で掃除、食器洗い、晩御飯の下ごしらえ。

そこから更に英語の教室に持っていく写真をプリントアウトしようと四苦八苦。スマホに入っている写真を、プリンターに繋いであるパソコンからプリントしたかったのだが、繋げてもスマホを認識しない。そのうちにエクプローラーに表示されたので、やれやれと思って開くが「画像がありません」と出る。私のノートwin8だと見えるのに、何がいけないんだろう。

ケーブルを変えたり設定をみたり、iTuneをバージョンアップしたりしてもだめ。自分のノートは落とせたので、そこからUSBに落とそうとメディアを探すが、ひとつも見つからない。どうして?そうだ、無くしたら大変と5,6個ポーチに入れておいたのだ、ポーチは?ない?もういい。

こうなったらSDカードだ、最近全然使わないがあちらこちらにある。SDカードは夫の机に16MBのが一枚だけあった。大容量のものはどこにいったのだろう。16MBでは全然足りないでしょう。と思ったらやはりメモリ不足の表示。もーこんな事している場合じゃないのに!もうこうなったらWebフォルダは信用しないが今はそんな事言っていられない、Microsoft のOne Driveに落としてやる。これでどうだ、あれ?夫のパソコンから見えない、どうして?設定をみると自分のノートの方が共有設定になっていなかったガク。ああ、やっと表示された、プリント出来た。わーインクが切れてるICY50がない。あった。もうどうして私がプリンター使おうとすると色々切れるの。などとそんなこんなで写真がプリントアウト出来たのは16時近くなっていた。

もうやだ今日も何もできなかった。でも今から何かやると思ったら、ランドセルを放り出してすぐ消えた息子が帰って来て、いつの間にかいた娘がお腹空いたご飯だいやおやつだ「今日ねママ―」「だってこれ嫌いだもん」「ママ―お姉ちゃんが僕のとったー」などとわーわーやっていたらもうタイムリミット。これからビバに寄って何か買わなければならないものがあったがもう忘れてしまった。あーどうしようなんだったんだろう。最近本当に三歩進むと色々忘れてしまう。早めに教室に行って先生と話すこともあったのだった。帰りにマックに寄ってチラシを貼って貰うのも忘れないようにしよう。

【今日の小確幸】

お蔭様で平常運転に戻りました。皆さま、色々ありがとうございました。

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※悲しいほどお天気な豊洲公園

普通に生活している人がパソコンで使うのはブラウザーかメーラーくらいで、これだけ入ったパソコンがあれば売れるのではないか。私は課題や仕事でWord もExcel も使うが普通の人は使わないのではないか。マイクロソフトの熊手システムに騙されてバージョンアップを繰り返す人で溢れているがほとんどはそんな必要はなく、修復を繰り返して今のまま使えばいい。やり方もちゃんとWebに書いてあるし、わからなかったら私に聞けばよい。出張は30,000円だがメール対応なら無料でやる。 

その話からまたマイクロソフトの昔話。でもこれ面白すぎるのでもしかして小説にした方がいいかもしれない。マイクロソフトはやっぱり本当に楽しかった。なぜ最近になってこんなに思い出すかと思えばブログに書いたからで、それまでは全く思い出しもしなかった。その話はいつか書くとして今日は出かける。

以上、まとめ。
以下、長い話。

メーラーが起動しないと何もできなくなる。最近長文を書く私はメールも長い。というか、以前は簡潔にしかも丁寧にと心掛けていたが、ビジネスでもあるまい好きな事を好きなように話をするように書いて送るようになった。それはアナログな「手紙」と同じなのではないか。拝啓、だったり、季節の挨拶だったりの挨拶をちらっと書き、「かしこ」などで締める。そうはいっても簡潔なメールやLINEのやりとりも現代の往復書簡としては楽しいもので、でも書簡というよりこちらは電報だともいえなくもない。

それが無料で、しかも電話も出来るとなれば利用しない手はないと思うし、LINEやってやってとあちらこちらから言われるがLINEはやる気がもうない。3回嫌なことがあり、3回目で「もうやらない」と決めた。それはアドラー先生の言う通り「すべての悩みは人間関係にあり」ということで、その悩みが重なりやらなくなってしまった。多分もうこれからもやらないと思う。タダほど怖いものはないという典型と思っている。

なのでメール、最近はまたパソコンでメールをするようになった。仕事でも使うしプライベートでも細かく説明したいことが出てきてそうしているが、長くなればなっただけ文節や文体、それから校正などすも必要でそれなりに気を使うが、やはりパソコンでメールをするとしっくりくる。

だがメールを送受信するOutlook というメーラーは本当にしょっちゅう壊れる。結局は復旧できるのだが、マイクロソフトにいた私でもやや四苦八苦したりする。このあたりは夫でも、困っていたら助けてあげようと思う。一般の人がパソコンで何をするかというと、ネットとメールだろう。これだけのパソコンというのを売りだしたら結構売れるのではないかと思う。エクセルだのワードだのミドルウェアだの使う人なんてほんのわずかではないだろうか。 なのでメールトラブルは私に任せて。Microsoftの最初の一歩はOutlook サポートからだった。だが「OS サポートしかやりたくない」とブチ切れてWindows サポートに異動した。このあたりも私らしい色々があった。なんだ私、元気で楽しく過ごしていたんじゃないのと思う。でもあの頃も迷い煩悩葛藤が山盛りだった。

それは置いておいて、昨日は1時間くらいはOutlook の復旧作業をしていた。現役の頃ならあっとい間に、あの精鋭の先輩たちなら一瞬で直すであろうトラブル、普通の人は出来なくて困ると思う。それはOSやソフトのバージョンにより対応策が違ったりするというのもひとつの原因だ。でも本質はたいがい同じで、メールのデータを保存するファイルの破損かメールを送受信するソフトのトラブルかを切り分けて対応すればいいだけ。昨日の私の場合は両方のトラブルで、しかもまたOSの初期設定というマイクロソフトの熊手システムのせいで3分くらい悩んだ。多分普通の人は30分くらい悩むのではないか。精鋭たちなら1ミリも悩まなかったと思う。 

何に悩んだかというと、OS のデフォルト設定は素人にいじられたくないファイルやフォルダは「隠しファイル」「隠しフォルダ」という名のもと、見えないようになっている。これは意地悪でもなんでもなくて、ただ単に変にいじるとWindows が起動しなくなったりインストールしてあるソフトが壊れたりするので触れないようになっている。

でもトラブル対応の時は表示する設定にして、実行ファイルを使う。でもこの表示されない初期設定のせいで、技術情報に書いてあるカレントドライブがわからなくて一瞬悩んだ。多分3分くらい。わかった時はもうこんな事も悩むようになったのかと悲しくなった。もうMicrosoft では働けないし、レドモンドは益々遠くなったと思った。

昨日は「高知」についてもまた進展があり、プライベートというかママ友絡みでもいい事があり、そちらを書きたいが今日はこちらにする。Outlookやメーラーが起動しなくなったらどうしたらいいか。豊洲のヘルプデスクのお姉さんとの異名も高い私が伝授しようと思う。個人対応は一件30,000円なのでよろしくお願いします。今日はざっくりと書く。

メーラーを起動したら、メッセージが表示された。「なんとかかんとか.pst ファイルが開けません」このpst ファイルというのはメールの内容を記録するファイルで、メールが多ければ多いほど容量も大きくなるという単純なファイルだが、よく壊れる。でも壊れても単純なのですぐ治る。治し方も簡単で、それぞれのバージョンのOS についているスキャンプログラムで破損したファイルを「修復」すればいい。scanpst.exe というプログラムで、Office フォルダに入っている。

それでファイルを治し、改めてOutlook を起動すると今度は「ファイルを開けません」ときた。もうこうなると些細なことですぐ機嫌が悪くなる可愛いアマンのようなものだろう。同じように機嫌が悪くなってはジゴロにはなれない、根気よご機嫌をとり可愛い小悪魔の心を開くくらいでなくては。なのでそうした。ファイルが開けないのはソフトが壊れているせいだとあたりを付けてOffice の修復をした。ディスクの入ったパッケージを探してDVDドライブにセット、exeを起動させるとインストールなのか復旧なのか削除なのか聞いてくるので「修復」を選んで「次へ」をクリック、少々時間がかかるがこれでOffice全体がインストールしたての状態になる。

それでOSごと再起動させて開くと無事Outlookが開いた。やれやれである。 ちなみに私は何かソフトを買う時は必ずパッケージ版を買う。うちにパソコンが2台あるせいもあるが、ダウンロード版だといちいちシリアル番号だのパスワードだのそれが書いてあるファイルだの資料だのを探さねばならない。でも普段はいらないので仕舞った場所を忘れたりファイルが出てこなかったりする。でもパッケージ版なら箱を探せばいいだけですぐ見つかる。こういう時のためにとウィルスソフトのパッケージを更新のために買ったら、夫から「ダウンロードで更新した」と言われた。私の買ったものも夫のも3ライセンス付きのもので4ライセンスが無駄になっている。夫婦の不仲というのは日経プレジデントの記事に書いてあった通り、お金を無駄にしてしまうものだと思った。

それは置いておいて、もうこれら技術情報を読みながらでないと出来なくなっていて愕然とするが、まああれから15年も経過しているし、こうして日常の道具と化しているパソコンをメンテナンスするという意味では身に着けて良かったスキルでもある。今はそれほどでもないが、あの頃の私は間違いなくオタクの領域に足を突っ込んでいたと思う。部品を求めてアキバの裏路地をうろうろし、今はなき週間アスキーを毎回買って読みこみ『カオスだもんね』や『ゲイツくん』を楽しみに生活していた。趣味と仕事は違うといわれたりするが、私は趣味と実益を兼ねてこの世界に飛び込んだのだ。毎日仕事が楽しくてご機嫌で過ごしていた。もう結婚なんてしなくていい、こうやって死ぬまで仕事をして暮らせばいいのだと思っていた。

でも様々な要因によりそれが難しいのではないかと思い出したのだ。なので今がある訳なのだが、そう考えるようになった要因についてはまた別で書きたい。色々色々あった。またちょっと面白い話がたくさんあるのだが、今日は用事があり出かけるのでまた今度。その話は当事者が全員そこにもういなくなっており、私ももう戻るつもりのない世界なので書いてもいいだろう。そもそもこれを知っている人はほんのわずかだし、よくある話なのでそう珍しくもないと思う。でもマイクロソフト的にはちょっと困る話かもしれないが、もう敬愛するビルゲイツもいないし、そんな話くらいで会社の屋台骨がぐらついたりもしないと思う。

先生に聞いてから書くことにして、Outlook の話。復旧したメーラーで送受信。メールを出したり受けたり返事を書いたり仕事のファイルを送ったり。もうこのソフトがないと生活が成り立たないくらい。どうやって治したかは技術情報を貼っておく。まずはWindows の吐き出すメッセージをよく読む。あれは無駄にポップアップしている訳ではない、ピンチを知らせてくれるOSからのSOS、ちゃんと読んで対応すればOffice がver.2007でもちゃんとまだ使える。OSだってバージョンアップすればいいというものではない。マイクロソフトの熊手システムの一員だった私はこうして新しいものに興味がなくなっている。経験は何もかも無駄ではないということだ。

もし技術情報がわからない時は、電話でサポートを受けるという熊手システムが待っている。でもこうしたわかりにくいと言われる技術情報は、サポートエンジニアが一般の人達にわかりやすいように必死に書いている。なぜなら電話の件数を減らす努力をしているからだ。サポートという熊手システムの中味はサポートエンジニア達で構成されており、問い合わせが多いと本当に大変。なので該当の情報がわかりやすいように、読んで一般の人もすぐ対応できるように丁寧に書くのだ。でも久しぶりにみて、ちょっと不親切だなと思う部分もあった。でも十分だな、私でもこうやって書くかもなどと思う。

呼ばれて行くのがもう嫌なので30,000円という看板は下げないが、メールでくらいなら説明するのでお知らせください。今のアドレスはkinarimom@gmail.com となっている。マイクロソフト時代は、kinag@microsoft.com だった。さきほどメールを送ったら当然ながら戻ってきたが、よくこんなの覚えているなと感心した。今のkinari というアカウントを思いついたのもこのせいかもしれないと今思った。マイクロソフトではいったんアドレスを貸与されると永遠に同じものを使う。アリアスは在籍している間は変わらない。なのであの人この人のアドレスも記憶の倉庫の隅にあり、覚えていたものが出てきたりした。こういうどうでもいい記憶で満載になっているのでママ友やその子ども達の名前が覚えられなかったりするのだろう。でもバディについては卒園していないのに貰った卒園アルバムで確認できるのでありがたい。

話をもどしてアリアスが変わらないという話。でもメールしてみようとは思わない。もうあそこは私にとってあの世に等しいし、用事がないからだ。用事もないのにすったもんだするママ友の世界で揉まれても、ビジネスのルールはちゃんと身についているように感じている。そもそも私は営業となると話せるが、無駄話というのがすごく苦手。でも友達とならいくらでも話せる不思議。こうして徒然なるままに書いていると色々また発見があった。また仕事を再開する時の指針にしようと思う。今日はちょっとどころか楽しみで待ち遠しかったお楽しみがある。それはまた明日書きたい。


【昨日の小確幸】

高知なんか行かないでよとママ友に言われた。引き留められても嬉しいものだと思った。

※シビックセンターからDATAビルをみる

※シビックセンターから、ららぽーと豊洲をみる。募金箱は置かれただろうか。


「また地震」「速報だって」「ピアノの近くには寄らないで、こんなのが吹っ飛んで来たら死ぬよ」今日も朝から大騒ぎだった。PTA会長とタイマン張っている場合ではなかった。被災地九州、特に熊本では大勢の方が大変な目に遭われている。亡くなった方々も。ご冥福をお祈りすると共に、一日も早い復興をと祈念する。

「ママ復興って何?」と息子が聞くので、「元の状態に戻すために頑張ることよ、何もかもめちゃめちゃでもう住めないでしょう。でもそこからまた人々は立ち上がってちょっとずつちょっとずつ直していくの。壊れる時はあっという間だけれど、それを戻すのにはお金も時間も人の手もたくさん必要でほんっっっとに大変。でもやらないといけないのよね」

そこから、「だからママ友だの友達だのワイワイやっておいて一気に裏切ったあの辺りもこの辺りもあのボスママも私の信用を全部失ったのね。それが今回の地震みたいに何度も何度も揺すぶるもんだから、ママ壊れちゃってそれで」などととムカムカしながら延々と話してしまった。

こういう愚痴を書きなぐるのがいつもの私のスタイルだが、今日はもしかして知らない人のために「活断層」について書いてみたい。たまには人の役に立つ記事を書かねば。自分では役に立つブログだと思っているが、「また馬鹿バカニュースを書いている」などと息子に言われた。

むっとするが読みにくいわ愚痴ばっかりだわで、そう思う人もたくさんいると思う。PTA会長からの助言もあったことだし、方向転換する時期にきたのかもしれない。まずは短く、コンパクトに、改行などと入れてわかりやすく。

そして「活断層」の話。「活断層はダメだなあ」と夫が言うので、「活断層って何よ」と聞くと、それはネなどと嬉しそうにべらべらべらべら教えてくれる。夫は生きるための知恵は乏しいが頭はいい知識は豊富で聞けばなんでも教えてくれる人間広辞苑。それによると割れた地層を「活断層」といい、地盤が弱くなっているということらしい。

例えばこれも夫が言ったのだが、プラスチックの板はぐにゃぐにゃ曲がるが割れるとくっつけてもそこでまた割れやすくなる、それを地層に当てはめたのが「活断層」なのだそうだ。確かに「断」の文字がある。なので活断層についてwebで調べてみた。詳しくは国土地理院の説明を読んでもらうとして、「高知は?高知は活断層なの」と聞くと「活断層マップをみたら」と言われた。

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※四国活断層マップ

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※こういうのはコピペしても叱られない、多分

同じサイトにあったのでそちらを見て貰うとして、なるほどこういうもので色々考えなければとも思った。高知は大丈夫そうだが、上の高松には活断層がしっかりある。南海トラフがやばいというのはこういう事かと思った。沖で大きな地震があったら津波もくる訳で、小さな四国など全部飲み込まれる可能性もあるだろう。龍馬の生まれた土地の桂浜で息子と蟹を獲りたいと思っているが、そんな悠長なことを言っている場合ではないかもしれない。防災についても考えなければ。

昨日子どもが早速「小学校としての地震対策」というお知らせを貰ってきた。校長仕事が早いなと偉そうに感心した。豊洲にいる限りは何があってもまあ大丈夫だろうと思う。学校も近いし高い建物に籠れば津波が来ても命は助かるだろう。だが遠く離れた高知はどうだろう。早速イケダハヤトのブログをチェックしようと思う。最近記事をnoteというもので販売しだし、なんかケチ臭いなあと思っていたが、こういう情報は無料公開するだろう。だってイケダハヤトだもの。

そういう訳でまたブログが長くなってしまった。PTA会長ごめん。「長いからもっと短くコンパクトにして」とまた言われてしまった。「短い中で言いたいことをちゃんと書くのが大事」とも。わかってる、でもなかなか出来ない。でも私は言われたことはちゃんとやる賢い生徒、長い長い記事を書いて「どうだボスママども読みにくいだろう、お前らの悪口はあちらこちらに仕込んであるから全部チェックできるもんならしてみやがれ」という気持ちも勿論チラッとあるが、もうそろそろ卒業しようと思う。でもすぐは無理多分。でもきっとやるから金髪先生みてて。

それにしても地震は本当に怖い。重厚なピアノなど処分した方がいいだろうかと思う。「こんなの大きな地震が来たら吹っ飛ぶよ」と神戸出身のママ友は言っていた。被災された時の話を聞いて震え上がった。でも人間はすぐ忘れる生き物、それに地震はいつどこで発生するかわからない。今は地震速報などで少し前にはわかるようになったが、それでも。でも、これもすごいなと思う。エジソンが電気を発明したように、たったひとりの天才が発見したのだろう。天才はたったひとりでいい。私も馬鹿ばっかりやっていないで、人の為に何か出来る人になりたい。

「PTA会長とタイマン」と、「叔父が有馬稲子と友達になる作戦」の話はまた次で書きたい。こうやってじらせばアクセスが上がるとPTA会長に教えて貰った。知りたければ次のブログも読んでネ。(つづく)


【今日の小確幸】

夫の機嫌がいいのでうるさくなくて良い。朝から鮭のムニエルなど作っていた。なんかいい事あったのだろうか。

今日は叔父とリッチなランチの後、子ども達の通う小学校のPTA会長と長々と話しをした。どちらも思った通りのすったもんだはエキサイティングな濃い時間だった。明日ゆっくり色々書こうと思う。

とりあえず今日のメトロポリタンホテルのランチ。美味しかった。続きは明日。





【今日の小確幸】

美味しかった!

「よかったじゃない!おめでとう」

女子飲みをしている最中リケジョのスマホにすっごくいいニュースが入った。そのせいで大学の機関紙にも写真付きで掲載されるという。私はすっごく嬉しくなり、飲みが加速してしまった。こちらからしか繋がらないアドレスに「ワイン、ビール追加」と送ったら届いた追加のワインとビールも飲んだのだろう、はっと気が付いたら自分のベッドだった。やっぱりクラス会は行かない方がいいかもしれない。マリさん、やっぱりバーベキューはまだいいです。 

そんな訳だが家飲みはとても楽しかった。泊まっていけばというが「明日朝早いから」とリケジョは帰っていった。夫は私が酔っ払ったのやら色々で朝からぷりぷりしていたが、なんていうかこの人が朝ぷりぷり怒るのは私のせいではないと最近気が付いた。多分夫はお腹が空いて眼が覚めるのだ、そのまま子ども達が起きてくるまで何も食べない。お腹が空いていると人は不機嫌になる。だから、なのだろう。「一年疎開するって息子のsapixはどうするの」「行くならちゃんと実家にいってよ」「高知?なんで?」「マンション住み替えるなんて出来るわけないだろう」「だいたい君は」と甲高い声でガツガツ言い出したが、もう馬の耳に念仏で「珈琲淹れてよ」「今日ららぽーとのアイス屋が無料だって」「ちょっとポストみてきてくれない」と関係ない返事をする。相手が何か言ったからとこちらが何もかも真摯に答えなければならない義務はない。答えて欲しかったらそのように問いかけるべきだ。

アイスクリームが無料というのは本当で、リケジョが友達と食べに行くと楽しみにしていた。毎年行っているのだそう。ららぽーと豊洲のフードコートのアイスクリーム屋さん、あそこが年に一度無料でアイスを配布するらしい。ben&jerryという名前だったか。このブログを読んだ人は得をすると思う。いつもいつもお騒がせばかりでない、こうしたお得情報もたまには載せなければと思っている。そのせいでアイスクリーム屋の行列が更に長くなるかもしれないが、まあ豊洲というのはそういう街だから今更私がちらっと書いたところであまり変わらないように思う。それにしても飲み過ぎてしまった。リケジョはまた来てくれるだろうか、娘がとても喜んでいた。「お姉さんが欲しい」と時々いうがそれは不可能な訳で、私が時々お姉さんらしく色々話すが嬉しくない話ばかりで、「優しいお姉さん」が欲しいと思っているよう。リケジョが来るとなんだかんだ甘えて暑苦しくべだべたしている。息子もかまえ遊べとうるさい。普段私が全然かまわなくて愛情不足の子どものよう、恥ずかしいが普段の行いというのはこういうところで出てしまうものだと思った。

リケジョのお土産の高級チーズは本当に美味しかった。「イタリアの奇跡」という名前のブルーチーズは口の中から脳天までにはじけた。味、香り、食感。すごいわあと感心して、酔っ払う前に味合わなければと半分くらいは私が食べてしまった。真オレンジ色のミモレットもかりかりしながら私の恋バナ、彼女の日常などをべらべらべらべらと大半は私が話していたと思う。彼女は私より子ども達と話す方が楽しそうで、こちらは友達と思っているがやはり小うるさいおばさんなのかもしれない。メニューは「安くできるから」などと失礼なことを言いながらもんじゃにした。本当は「まぐろ西川」で柵でも買って手巻き寿司を作ろうと思ったのだが、彼女は生ものが嫌いと言ったことがあり、じゃあなんだろうと思いつつ当日になってしまった。当日は保護者かいふたつで意外に時間をとられ、途中で買い物などをしたりしたがいい案が浮かばずもんじゃになった。我が家は「困った時のもんじゃ頼み」という風習があり、メニューに困るともんじゃを作る。すっごく好きという訳ではないが、嫌いな人はだれもいない。もんじゃをする前に肉やウインナー、冷凍してあったハンバーグネタなど焼いて食べて、もんじゃに突入するころにはいいころ加減のお腹になり、ああでもないこうでもないと鉄板で焼かれたそれを擦り付けながら口に運ぶと何もかも辻褄が合う気がするのだ。何の辻褄かはよくわからないけれども。


※今朝撮った。すごく寒くて驚いた。

色々話していて、以前ママ友にパエリアをご馳走するといって水槽が割れてめちゃめちゃで呼べなかったことを思い出した。パエリアは好きかと聞けば、好きだという。じゃあ今度はパエリアね!と約束した。パエリアいいじゃない。前菜に適当なもの、例えば魚介とかマッシュルームをアヒージョにしたり、フレッシュなグリーンオリーブなどをティオペペでちらちらしているうちに、どーんとパエリアが出来る。パエリアほど簡単でご馳走感の大きなメニューがあるだろうか。あらかじめ作っておいたシーザーサラダはスペインではないが、一緒に食べれば気分はスパニッシュ。スペインも一度行ってみたいなと思う。帰省したときに海に連れていってくれた友達達と、そう遠くないいつかに北欧に行こうと話したっけ、こちらが先だからスペインはずっと先だろう。その前に青春18切符で日本中をぐるぐるしてからだなと思う。リケジョは青春18切符を使ったことがないという。なんと勿体ない、そもそも学生のためにあるようなものだろう。私はこの切符の素晴らしさを熱弁した。

リケジョはふーんという顔をしていたので多分使わないだろう。代わりに彼女はTDLの年パスを持っているという。月に一回行けば元がとれるからなどと嬉しそうに話すが、今度は私がふーんと思った。私はああいう場所があまり好きではない。ミッキーマウスが「ようこそ、みんな」などと手を振れば、こうやってみんなを騙くらかしてお金を巻き上げて、子ども相手のホストネズミだわと思ったりする。ゲートの周りにショップをぎゅっとたくさん作り、行と帰りにもお金を巻き上げるように仕組まれ、園内のあちらこちらにもポップコーンだの玩具だのの屋台や出店も山盛り。夜遅い花火を見上げる頃には財布はからっぽになっている。もうパチンコなどのギャンブルと一緒じゃないだろうか。今日こそ今日こそと夢をみてパチンカスどもは軍資金を握りしめ朝から行列をつくる。それはディズニーランドに夢をみにくる兵共(つわものども)と同じなのではないだろうか。夢の後には何も残らない。本当にどちらも勿体ないお金の使い方のような気がする。

というのは流石に失礼なので言わなかったが、「私は家族と行くといつもパレードのための場所取り係をする」と言った。並んだりパスをとりに走るとかもうやりたくない。たまに新しいものが出来ると楽しんだりするが、要するにもう飽きたのだと思う。でもスターウォーズをディズニーが買ったので、そういうアトラクションがどんどん出来そうだし、R2D2やC3POが園内を闊歩する日はそう遠くないように思う。それなら絶対行きたい。スターウオーズランドがどこかに出来るそうで、それなら年パスも買いたいと思う。本当にディズニーはお金儲けが上手だと思う。うっかり楽しんでいるうちに財布が空っぽになる仕掛けを作ることにかけては天才的なダークサイドの軍団だと思う。節約フォースの力もいつも無残に押し倒されてしまう堅牢なシステムだと言わざるを得ない。わたしや森田先輩が手に入れたいと思っている「永遠に小学生から5円づつ巻き上げる仕組み」とはこれのことではないか。5円どころではない、もう小学生料金も5,000円になりそうな勢い。悪代官は一休さんにやっつけて貰いたい。何かいい知恵はないものか。

私もそれに似たシステムを、生きている間に何か考えたいと思う。そうしたらお金をたくさん稼いで売り上げの5%を地球の緑のために、もう5%をイジメ撲滅のために寄付したい。それから更に5%を地球上で食べるものがなくて困っている子どものために、もう5%は勉強したくても学校にいけないでいる子ども達のために。そして更にと色々考える。自分の使う分が減ってしまうかもしれないが、どうせ税金でとられてしまうなら、最初から自分の納得できることにばら撒きたい。 今の私の夢の中に「お金をたくさん稼ぐ」というものもある。何も取り柄のない自称専業主婦だが何もせず手をこまねいているだけではない。「ロトの自動購入」「小説を書く」「世界中の小学生から5円づつ巻き上げるシステムを考える」という3大活動をしている。どれかヒットしないかなと思う。そうしたら豊洲にあと2つか3つくらいマンションを買って、リケジョみたいな優秀な学生をただで住まわせたい。東京で暮らすのに何が大変かといって一番は家賃なのだ。家賃や家のローンがなければかなり豊かに暮らせるだろうといつも思う。学生は特にそうだろう。優秀な学生は返還の必要がない奨学金を得て勉強したりするが、私は家を提供したいと思う。財団を作り、優秀な科学者を生み出し新しいエネルギーを考えてもらう。たったひとりでエジソンが電気を生み出したように、天才はたったひとりでいいのだと思う。ごちゃごちゃ寄って集まっていては何も生み出せないと思う。

話を戻して学生に住宅を提供するはなし。3LDKのマンションだったら3人住めるだろう。次の世代を担う優秀な学生たちはお金の心配をせず勉強をして欲しいと思う。私は寮長になり、ご飯を作ったり一緒に食べたりする。片付けや各自の掃除洗濯は自分でやってもらう。私は住宅を提供している寮長の権限で行きたい時に行き、そうでない時はほったらかし。それはそのまま今の家庭なのかもしれないが、他人にしていいのはお金を出してからだという戒めはちゃんと持っている。ここに入った学生たちはバイトは禁止、勉強だけをしっかりやってもらう。成績が下がったら強制退去。追い出されたら自力でバイトの日々が待っているので、死に物狂いで勉強してくれそうな気がする。返還無償の奨学金を得られたものしか入れないという風にしてもいいかもしれない。ハングリー精神を削ぐことのないよう色々工夫するのだ。こうやって考えるとやはり勉強は身を助けることばかりだと思う。あの人もこの人も全員勉強したから大成したのだ。やはりサッカーなんてやっている場合ではないと思う。バディに子ども達を入園させたのだって、何も運動が得意にさせるためではなかった。小さな頃に体をたくさん動かした子どもは知能指数が高くなるという研究結果をNEWSWEEKで読んだからだ。夫は運動音痴なので、小学校に入って逆上がりができるようにという小さな志だったようだが私はもっと大きなことを期待していた。なのに。

勉強が出来なくても運動が苦手でもなんでもいいから周りに友達がたくさんいて、時々は喧嘩をしたりするけれどみんなと楽しく仲良く小学校生活を送って欲しいと思っていた。でも都会の小学校は私の想いに反してちょっと様子が違うものだった。確かに先生達は様々に尽力下さったが、及ばない部分があると思う。それはお母さん達のコミュニティだろう。学校がいくら子どもにイジメはダメといっても学校の外でお母さんたちがそういうことをするので台無しになっていると思う。じめられている子は庇ってあげなさい、そうすればいつかあなたも何処かで誰かがかばってくれるものだからと娘に言ったら、娘はその通りにして今度は庇ってあげた子からいじめられていた。もうどんな法則なのかと思った。なかなか小説のように上手くハッピーエンドにはならないものだ。

それはともかく今日子ども達が帰ったら、アイスクリームを食べにいこうと思う。ついでに息子の夏用Tシャツも買ってこよう。ユニクロでついにレゴキャラクターが登場したのだ。最近のユニクロはやっとわかってきたように思う。アンディウオーホルやバスキアなど好きなアーティストだが、作品をプリントしたTシャツを着ろと言われたら嫌だ。でも何度も何度も作られるところをみると、喜んで着る人達が一定数いるということなのだろうか。確かに外国からのツーリストは多くなったし海外進出もしているようだが、日本に限ってはやめた方がいいのではないだろうか。ネットで又吉がユニクロのTシャツをチョイスする動画をみたが、あれは素敵な選択でセンスがいいと思う。「リスは自転車に乗りませんよね」などと言っていたが、同じツボで私も笑ってしまった。ならば同じセンスの私も芥川賞をとれるのではないかと思った。芥川賞をとったら又吉や田中さんとも友達になれるだろうか。           

肝心の保護者会の話はまたにする。色々事件があり1万字くらい書けそうだがちょっと寝かせておきたい。隣合わせたお母さんに「ブログネタができたわ」と言ったらあははと笑ってくれて、ああこの人も読んでくれているんだと思った。最近アクセスが多くて一体誰がこんな読みにくいしかも個人的すぎるブログを読むのだろうと不思議になる。あまりいい気持では読んでいないと思うと反省するが、多分直らないと思う。何もかも若いママンのせい。ぼうぼうと野放図に巨大化したローズマリーをみて思った。育てばいいというのは間違いではないか。剪定したり形をととのえたり、既定の範囲に美しく育てなくてはならなかったのだろうが、もう大人になってしまった。でも辛い事哀しい事色々あったが死ななかった。もしかして私は図太いのかもしれない。そう思うとそう育ててくれたことだけは感謝しようと思った。でも保護者会の自己紹介は恥ずかしくて上手く話せず、わけわかめに先生にぺこぺこ謝っただけだった。他のお母さん達は口達者な方々ばかりで、笑点メンバーが順番に話す前節のようだった。どこでそういうスキルを身につけたのだろう。それがないので私はママ友コミュニティからはじかれたのだろうか。でもママ友コミュニティでは話す人はいつもひとりだけで、聞く能力だけ求められていたように思ったが違うグループもあったのだろうか。それはともかく私が、「子どもはほっておいても勝手に育つ」という考えは母譲りかもしれない。いつまでもいつまでも目をかけ手をかけお金をかけて育てたい考えの夫とは相かわらずぶつかって平行線のまま。まあ中和したら丁度いいのだろう。もし私までもが夫のような考えの持ち主だったら、子ども達は家出するか自死してしまうと思う。世の中上手く出来ている。

それより昨日大学から電話があったが一体なんの用事だったのか。リケジョからかと思い保護者会を抜けて教室の外に出て受けたら大学、しかも京都からだった。「今お時間いいでしょうか」と言われたので今保護者会だから30分後にしてと言ったが、もうかかってこなかった。何だろう、嫌な予感はしないが良い話でもない気がする。ブログに大学の事を書かないでとか、中村でなくN先生と書くべきなどと言われるのだろうか。今日かかってくるだろうか。ともかくアイスクリームだけは忘れず必ず行こうと思う。 慎弥も東京にいるなら一緒に行こうよ。


【昨日の小確幸】

なんとか娘の方で役員に滑り込めた。来年卒対しなくて済む、嬉しい!よかった!!

マンションを買い替えるにしろリフォームにしろ、お金がかかる。自分だけではない子ども達の学費も色々考えなければならないだろう。先々何か隠し財産がまた出てきたら、もうひとつくらい大学に行きたい。学友には何故か不思議とセレブが多い。大学5つめとか、経済的に必要ないけれど小説書いてみたいから入学したとか、中国製品の通販で儲かっている富裕人とか自費出版しなよと僻んでdisりたくなる面々ばかりだ。

代わって私は奇跡的にもし、もしだが余裕が出来れば大学院にも行きたいと思っている自称専業主婦、でもそこまでしたら家族どころか実家とか姑とか友人知人、世間的にも大ブーイングだと思う。ボスママ達にも今度はもっと堂々とイジメられるだろう。なので大学を卒業したらまず働きに出たいと思っている。ライターの仕事は割のいい仕事とはまだ言えないし、やはり外で働き稼ぐのが真っ当な主婦の考えだと思う。

ならば何をするかというと、次に仕事をするならジャパネットタカタのコールセンターで働きたいと思う。ここの社員食堂というかランチは、タニタ食堂のランチなのだという。丸の内で食べれば8~900円だが、タカタで働けばただで食べられる。タカタ社長はやっぱりすごいなあと思う。他にも色々いいことがありそうだ。もうITのスキルは綺麗さっぱり消えて役に立たないと思うが、サポートやユーザーと話すというスキルはまだ大丈夫だと思う。もうサポートは嫌だと思ったがこれからまた仕事をしようと考えた時、またやりたいと思った。何より私は高田社長の大ファン。既に第一線は退かれたが、会社にいれば何かの機会にお目にかかれる日がくるかもしれない。いち従業員対会長なので気楽に話が出来るとは思わないが、例えば業務改革の社内論文などで表彰されたりすれば話しかけて下さるかもしれない。

同じようにビルゲイツに会いたくてマイクロソフトで働いたが、一度も会えなかった。レドモンドに行くにはスキルも語学も足りな過ぎた。隣のブースの人は女なのに坊ちゃん刈りで、サイクだけれどその智慧に肖りたい人たちにモテモテだった。いつもパジャマで出勤してきた日立出身の女性エンジニアは、頭が良すぎて神様扱いだった。 私の一般常識的モテスキルはガラガラと崩れ落ちた。私の小悪魔スキルは、あまり役に立たなかった。秘書として就業したらなんかいい事があったかもしれない。でも私はエンジニアでいたいという気持ちがありすぎた。だから何処でも上手くいかなかったのだろう。 小悪魔は小悪魔的職業があったと思う。それが全く活かせない理系の1か0みたいた仕事。でも理系でないのに理系の仕事しかしなかったあの約10年、本当に楽しかったのだ。今でもあの頃を思い出すと、本当に楽しい。もっともっと勉強したら良かったのだ。

あの頃本当にすごくよく働いて勉強して、スキルを磨いた人達はきちんと評価されてレッドモンドにいった。神様はちゃんと見ているんだなと思う。 「野に遺賢なし」というのは政治や官僚に使う例えだが、マイクロソフトでこれは本当だと思った。0か1かの世界は、誰が出来るか評価されるかは自分の努力次第だった。学歴も職歴も閥も関係ない、自分だけの力の世界。最初は私の方がよく出来たので、この世界に入ってきたばかりの男の子の仕事ぶりを「かもしれない、とか、だと思うなんて、コンピュータの世界では通用しないよ」なんて厳しく言ったりした。

その子は悔しかったのかそこからどんどん這い上がり、マイクロソフトの正社員になりレドモンドへ行った。あの頃なんとなくほわっと恋心が私にあったと思う、なんだかんだ構われた覚えがある。叱らずに仲良くしていれば今頃私も海外に連れていってくれたかも、
なのに私はぶった切った。でもあの頃はそんな風だったし、しかもかなり年下で私の理想にかすりもしなかった。なのにあんなに出世するなんて。と、また余計なことを書いて誰かに叱られるだろうか。本人が読んだら「僕はそんなつもりは ありませんでした」なんて言われるかもしれない。それにもう本人に会う事はないだろう。あの頃の同僚は全員霧散してしまった。もう誰とも声をかけたり話したいとも思わない。なんだかあの世の住人のように思えるのだ。私は書く世界で頑張り、小説界のレッドモンドに行きたいと思う。

大学の話からジャパネットタカタから昔の醜聞までまた書いてしまった。でも色々あったなとつくづく思う。人が聞いたらだたの妙齢のおばさんの回顧だと思うが、娘がそろそろブログに気付いて読んでくれそうな気がする。娘は夫より私に興味津々、最近は年ごろになり色々言う私の無駄話を聞かないふりをしてじっと聞いている。最近可愛くなり垢抜けてきたのは私のお蔭と思っているだろう。文句ばかり言うが、色々アドバイスを求めるようになった。

彼女は最近
Youtubeで編み物のやり方を勉強している。私に教えてといったが、私は編み物はやったことがないので教えられない。娘は Youtube で習うことを思いついたのだ。そこから誰かのブログを読んだりニュースをみたりするようになるだろう。そして私のブログをみつけて自分のことが色々書いてあるのを知って怒るかもしれない。そして私の事を、ワインで酔っ払って赤い顔をしながら、「あの家だったらもっと高いワインを飲んでそう」とか「ママは実は24歳」とずっと嘘をついていたとか家では頭もじゃもじゃで怒り散らして暴れて怪獣みたいとか洗濯はパパがしているとか、色々ブログに書かれてしまうかも。

でも、写真だけはお互い絶対アップしないようにと約束し合いたい。近隣のボスママ達をブスブスと言っている自分はなんだと思われたくない。育休とマナラと金八やバーチなどのあの辺りは別だが、この辺りは割と綺麗でスタイルもよくファッションセンスもよく、まさに「キャナリーゼ」に相応しい綺麗ママ達が多い。特にバディ豊洲はそういう若くて綺麗でモデルみたいなお母さんが結構いた。私は息子のお迎えに行く時は、気をつかったりした。もしあそこに子どもを通わせていなかったら、今のように簡素でしわくちゃのものばかり着続け、もっとパッとしなかったような気がする。

容姿は関係ないというが、やはり人は見た目が8割だったが9割だったか。太っていると管理能力を問われるアメリカと同じ。バディ豊洲のお蔭で太った不細工なおばさんではなく、妙齢だがまあ見られる「キャナリーゼゆり子」が生まれたのかもしれない。小説は売れなかったが大学には入学できた。もっと容姿に自信がなかったら、通信とはいえ大学に通いたいとは思わなかったと思う。文句ばかりではなく感謝もせねばなるまい。でもあれとこれは別だよ。

 ちなみに家の洗面所の明かりはかなり暗い。電気を変えようと思っているが、今度切れた時と思ってそのままだ。そのせいで自分が美人にみえるのかもしれない。「夜目遠目笠の内」という諺もあるくらい。時々地下鉄のガラスに写った自分をみてビックリする。もうちょっと構おうと思った。皮膚科で貰うビタミン剤とトランサミン酸も切らしたままだった。これを飲むと美肌にいいというのは、武蔵美の版画コースで一緒した美人ママに教わった。「色白は七隈隠す」という諺に倣いたいと思って早速飲んだがなかなかよかった。だが私と違って美人で非の打ち所がないこの人は、一年目早々「私、英語が好きみたい」と外国語の学校に入りなおしてしまった。そんな風に辞めてしまう人が多いので、版画友達はNさんしかいない。でも友達作りはどうでもいい。まずはちゃんと勉強して大学を卒業しようと思う。


【今日の小確幸】


朝食を家族全員で穏やかに食べられたこと。

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※夫の作ったハンバーガー。美味しくてびっくり。

山へ行き、沢蟹をとってきて唐揚げにしようと目論んだが、まだ時期的に早かったよう。代わりに筍を山ほどとろうと思ったが、猪が食べてしまったそうで全くなかった。今日は収穫ゼロ。


※地元の方が親切にあちらこちら案内して下さった

※猪が暴れた後

※穴だらけ

※すごい岩山

※滝で遊べて満足

この後街に戻り、ドライブがてらそれぞれの昔の彼の家を見に行く。思い出話しに花が咲く、センチメンタルジャーニー。なんかこの辺りの事はすっかり忘れて前世のように感じる。私があの豊洲に住んでいるなんて、夢なんじゃないの?ドライブ面白かったー!車を出してくれたH ちゃんと実家で晩ご飯。母は私の友達が大好き、喜んでランターごとレタスを持たせていた。父はブラックベリーがたくさんなったら取りに来いと言っている。夫婦二人暮らしはつまらないのかもしれない。母が先に死んだら父は叔父のようになるだろうか。逆なら社交的な母は伸び伸びと暮らすだろう。私も絶対生き残って伸び伸びしてやると誓った。


【今日の小確幸】

いつの間にかランキング1位に。

楽しんでるよー(^_^)v







刈谷ハイウエイオアシスすごい。一般道から来られるのが益々すごい。

電源なくなりそうなので今日はこれで終わり。これから南知多のまるは食堂にいく。

【今日の小確幸】


※えびせんべいの里、試食じゃない食べ放題。どれも美味しい

注意:夫が休みで家にいます。ネグレストで児相に通報しないで下さい。

昨日は朝は冷え込んだが昼からいいお天気過ぎて暑くなり、一日外にいたので日に焼けてしまった。こんなに晴天になるとわかっていたら帽子や日傘を用意していくのだった。 

豊洲公園でお花見をした。心当りのある方何人かに声をかけて、数組の親子とお昼を楽しんだ。NHKおはよう日本の開花予想のニュースでは、3月26日がお花見に一番いい日だとアナウンサーが言っていた。27日だと雨になり、その翌週の土日だともう散っているでしょうと。でもこれが大外れで、豊洲公園の桜は1分も咲いていなかった。しかも芝生の真ん中あたり大きなオレンジの囲いがしてあり、聞けば芝の養生をしているという。これ、いつまでなのだろう、桜のシーズン後で良かったのじゃないの?と、またしても江東区役所方面から邪念を送られそうな事を思ってしまった。その横の、かすかに咲いている気の下にコールマンのレジャーシートを敷き、銘々の持ってきたものを広げ、しばし談笑。予定があり早く帰る人、用事で遅く来た人、私のようにやや遅れながらずっと居る人、様々だった。

豊洲公園に花見に来たのは2年振りだ。よく覚えている。なぜよく覚えているかというと、丁度二年前に昭和大学江東豊洲病院がオープンし、ブログの記事に書いた。その日に花見をしたからだ。ママ友さんふたりでレジャーシートに座り、お茶したり話をしていると、隣に大きな円陣が出来ていた。みるとその頃はまだ所属していたバディのお母さん達だった。私は誘われていなくて、花見の会があることを知らなかった。別の幼稚園に通うママ友に人望の無さを露呈する結果になってしまい、その日公園にきたことを後悔した。息子にも嫌な思いをさせてしまった。そして今日の豊洲公園も息子にやや気の毒な目に遭わせてしまったが、色々なこと、息子の学校の様子などがわかり良かったと思った。他のお母さん達も色々あるんだなとか、私って誰といてもグループになるとやや浮いた存在になるのは運命なのかとか、色々思ったが楽しかった。ひとりの方がサングリアを持ってきて下さり、場がぱっと浮き立った。私は呼びかけたもののほぼ手ぶらでぶらっと来てしまい、慌ててららぽーとに色々買いにいったりした。

私はNHKの言う間違った"花見ベストディ" は、豊洲中の人がこぞって豊洲公園に集まると思っていた。なのでもしかして、私のようにオープンではなく密かにママ友ゼロの人がいて、花見に行きたいが大きな円陣を想像して怯んでいる人がいるかもしれないと思った。子どもを外に連れていきたいが、そういう意味で出かけられない人も多いとクロ現だったかニュースでみたことがある。なので自分の子どものクラスの父兄全員を呼び掛けてみようかと思ったのだ。今回一緒に花見を企画した方たちに振ると、いいわねなどと言って下さった。本当は前々から考えていて、私ではなくクラス代表係の方にお願いして企画して貰うつもりだったが、いつもの如くあれこれしているうちに日にちが迫ってしまった。もう有志一同ということで自分でチラシを作成し、息子経由で先生に託そうと。配布して貰うつもりでランドセルに付箋メモをつけて入れた。 

 
※なかなかいい出来では?


何人くらい集まるかと考えていると、一緒するママ友さんから今日は何時に行くかとメールが入った。チラシに書いたと返信すると、貰っていないという。おかしいと思って息子のランドセルをみると封筒に入ったチラシの束がそのままあった。連絡帳にも何も記載されていないということは、息子が渡してくれなかったらしい。そういえば「先生に渡してね」と言わなかったような気もする。昨日が終業日で今日は当日、もう配布は出来ない。「こう来たか」と思った。 

 
※来週が見頃でしょうね


最近私は自分が誰かの書く小説の主人公のような気がする。書き手の勝手な考えで、私はあっちへ転がりこっちへ倒れ、また起きたりしているのだ。それは自分が書いている訳ではないので予想は不可能、だが時々その世界にチューニングが合うのか夢で先の物語をみたり予知したりするのではないか。それは小説の書き手なのではないだろうか。一人称では私だが、書き手は三人称のつもりなのではないか。そして今回の誰かが書いた話のオチは、「手の付けられていないチラシを眺め、「こんなチラシ配ろうとしたりして、私ってボスママみたい」と思った。」などと書いてあるのではないだろうか。私の考えるラストは、「チラシありがとう、今日あたり来たいと思ったのよ」何組かのクラスの親子が来てくれて、チラシを配って良かったと思った。」という筈だったのだ。だが蓋を開ければチラシは配られていないわ、桜は全く咲いていないわ、花見している物好きはうちともう一組、子ども達はボールを貸す貸さないで揉め、息子は友達に邪見にされてもう帰りたいと愚図りだす。思うようになかなかいかないものだなと思ったが、それでも久しぶりのピクニックは楽しかった。


※お洒落で気が効いている差し入れ

この豊洲公園で昔知り合ったママ友達は、ほとんどが豊洲からいなくなってしまった。娘がヨチヨチ歩きのあの頃、色々あったけれどあの頃が一番平和だったかもしれない。子どもの可能性も素質も素養もみなフラットで、それぞれが子育ての夢を語り、明るい未来を思い描いていた。時々子どもがおもちゃの取り合いをしたりすると、「貸してって言おうね」とか、「嫌ならいやって、言おうね」などと子どもに言ってそれで親の役目を果たした気持になり、ベビーカー軍団でお昼を食べたりした。あの頃はグループだったけれど誰がとかここまでという線引きはなかったように思う。だいたいこの時間にいる人達、お昼はこの辺りで食べるということで、行きたければ行き、遊び、なので何日も会えないかと思えば続けて遊んだり、時には誰かの家に集まったり。私はこれがずっと続くものだと思っていたが、それは今回の桜予想と同じく大外れだった。

作ったチラシをアップ。チラシに誘われ来たら私が作ったチラシだと知ったらビックリされただろうか。寒くて桜も咲いていなくて顰蹙だったかもしれない。来年は学代(学級代表)さんに相談して企画もお願いしよう。学年の終わりと始まりの春休みに花見を兼ねて懇親会というのはとてもいいアイデアだと思うが如何なものか。また、何処かのボスママからではなく、有志という事なら気楽なのではないか。行かないと次に呼んで貰えないとか、忠誠心が足りないと思われないかと心配しなくてよい。ボスママ肝いりのどこか店を予約するとか何を食べるとか集金などもなく、好きな時に来て好きなものを食べ自由に帰れる。雨が降れば近くにがすてなーにもある。がすてなーにはお弁当を食べる広めの部屋があり、昔はここもよくお世話になったものだ。

そんな訳で私の思惑は全く外れてしまった。これはこれで面白い落ちというのか、私らしいとも思った。「来週またやれば」と言われたが、来週の土日は予定があり出来ない。それに時間があれば今度は九段の桜を観に行きたい。我が家の恒例の筈が、一昨年くらいから行けていないのだ。久しぶりにあのボートにも乗りたい。

家に帰ると娘が熱を出していた。夫は母親のように甲斐甲斐しく面倒をみて食事を食べさせている。夕飯は夫が握った寿司となめこの赤だし、それからきゅうりとキャベツの塩もみ。もう渡鬼の大吉にでもなったらと思いながら食べていると、「今日は野菜の一品も作ったよ」と夫がニコニコしていた。昨日のブログを読んだのかと思ったら、最近すぐ痛くなる胃がきゅっとなった。 読まないでよ!


【昨日の小確幸】

ランニング一緒にやる人出現。DOスイミングも考えていたが、無料で出来るこちらからにする。

昨日は家事を何もしなかった。した事と言えば自分のコーヒーを淹れて飲み、カップを洗ったくらいか。そんなだら子は、「家の中にタスカジさんがいるのはいいなあ」デレデレはしないがそんな風に思った。仕事が休みの夫は、朝も子ども達にご飯を食べさせ、「あれ持った?帰ったらドリルやって」と甲斐甲斐しく世話をやき送り出してくれる。食器を洗い洗濯物を畳み、新聞を縛っていた。私はブログ書きの後、息子の関係書類を書いたりり本を整理したり、まあどうでもいい自分のやりたい事をしていた。昼近くなり夫が買い物と図書館に行くと言うので外で何か食べようと言うと、いかないなどと言う。たまにはいいじゃないと自転車で出かけた。


※公団の植え込み。解体工事が始まった

昨日夫は何も変わっていないと書いたが、結婚した時から考えると別人のようだ。昔はこんなではなかった、少なくとも家事は全部私がやっていた。夫は本当に何もしない、出来ない人だった。買い物から帰ると子どものように包装紙を散らかし買ったものは放置、時間があればゴルフ練習、休みはゴルフ、パソコンの前にいつまでも座りお茶や珈琲を淹れてもらい、仕事だって社畜のように会社に早朝出て深夜に帰ってきた。私は一緒に早く起き帰るまで待ち、遅い夕飯を食べたりした。姑のように夫の面倒をみて尽くし倒していたのだ。ちなみに私の母も同じ家族のために滅私奉公タイプ、母をみていて女は結婚すると損だと思ったのだろうか、いつまでも結婚する気にはなれなかった。それでも結婚したいと思ったのは何故だろう。結婚してからの10年の歳月は私も変えた。というより、お互いの地が出たという事ではないだろうか。

もともと夫は働き者で、私はナマケモノだ。夫は蟻で私はキリギリス、最後の最後は住む家も食べるものもなく、恥ずかし気もなく蟻に頼る昆虫は、物語の後はどうなっただろう。蟻の巣に入り込んだからには最後は食べられてしまったのだろうか。それとも私のようにいつまでも居座り続けたのか。以前鬱になった時に、鬱チェックというものをした事がある。それにこんな項目があった。「あなたの仕事をいつの間にか誰かがしている」これは例えば主婦が鬱で家事や育児が出来なくなり、代わりに誰かがやるようになったかどうかとか、会社なら自分の担当の仕事を誰かがやるようになっていたとか、そういう事らしい。思えば近所の人間関係やバス停で色々あった時は相当悩んでいて、色々な事が回らなくなった。夫はその頃から食器を洗ってくれるようになった。そこから料理、洗濯、育児もなんだかんだするようになり、近頃は掃除、というよりダイニングまわりだけは散らかさないようになった。掃除は未だに苦手のようだが、もう私がいなくなっても困らないだろう。

私は息子を産んだ時にひとつの決心をした。実家も姑も丁度病気をしていて当てにならない、自分が全部やるとなるとヘタレでナマケモノの私は耐えられないだろう。この人を鍛えて家のことをやって貰おう。そうしたら息子も結婚した時に家事育児をする人になるはずだ、息子の教育にもなると。男だから何もしないという時代は終わったのだ。

夫を鍛えるのは想像以上に時間がかかったが、予想以上に上手くいった。大学に通い始めた時に、何もかも手をつけず玄関を出たりした事もよかったかもしれない。遅刻や欠席で単位を落とす訳にはいかない、第一に授業料が勿体無いし、学校となるとキリギリスは蟻に変身する。好きなことだからだと思うが、我ながら大したものだし呆れたものだとも思う。最初の頃は家の中の事や、何を食べたらいいとか不安そうな夫から細々と電話やメールがきた。適当に食べてというと、何が適当なものなのかわからないという。そんなところから今ここ。

料理も美味しいし、あとサラダなど野菜をもう一品つけるようになればと思うが、色々言えばキリがない。豊洲のキャナリーマンの中では一番の、と言うより唯一無二のイクメンだろう。夫はパパ友なぞ妙なものは作らないし、変に群れて時間を潰すくらいならその分子どもに時間を使いたいという。好きなゴルフも子ども達が自立するまで止めると言って本当にやらなくなってしまった。この辺りも凄いなと思うが私は真似できない。もうそういう風に育ってしまったのだろう。姑がそういうタイプで、家族のために身を粉にして働く人だ。この人の息子ならよく働くだろうと結婚したが間違っていなかった。良き家庭人どころかママみたいになってる。もういつ私に何かあっても逞しく生きていくだろう。息子が高学年になれば一人で留守番も出来るだろう。そうなったら本当に私は必要なくなる。楽しみなような、不安なような。

夫とランチに出かけたのは、豊洲フォレシアビル。たまには違うところにと思うが、どうもしっくりくるのか最近はランチというとここに来てしまう。今日は「青ゆず寅」という和食の店に入った。夫が限定10食のブリ大根定食を食べたいと言ったからだ。これが書いてある看板をみた時から、夫はこれが食べたいと言うだろうと思ったら果たしてそうだった。夫は限定に弱い。夫婦は以心伝心とか阿吽とかいうが、長い時間一緒にいれば嫌でもこうなる。私は刺身定食を頼み、案庵とどっちが美味しいだろうなんて話しながら待った。白木のカウンターに白い調理服に帽子の板前が大勢並んで、全員熱心に調っている。こういう店は美味しいよなんて言っていると定食が運ばれてきた。お運びの説明で、私の定食の刺身に飛び魚があると知る。「食べたね」と言うと、いつもは鈍い夫から「食べたね」と返ってきた。新婚旅行で屋久島に行った時に、名物のようであちらこちらで飛び魚料理を食べた。思い出して言ったのだが、すぐわかったよう。夫の頭の中にも海岸の海亀や、夜にみた天の河がもくもくと現れていただろう。子どもが生まれたら一緒にまた来たいなんて話したような気がする。あれから10年経ってしまったなんてまた思った。

※夫のブリ大根定食

※刺身は6種類も。ごはんお代わりした。

朝から家事を全部やってもらったのもあり、飛び魚で色々思い出し、珍しく優しい気持ちになった。昼にこんな豪華な食事が出来るのも夫のおかげだろう。なんの取り柄もない私と結婚してくれて、相変わらず食べさせてくれる。思いつきで毎日過ごしているような奥さんだし、家事育児が満足だとは言えない。大学だの叔父をみにいくだの学校のイベントだ付き合いだのと土日は半分くらいはいない。こんな贅沢な私、ボスママ軍団に目をつけられてイジメられるのも当然かもしれない。女は群れると嫉妬や残虐性が増幅する生き物だ。それでなくとも私は誰かを羨ましいと思わない、自分以外の人になりたいと思ったことも。性格もあるだろうがそれは結婚してから特にそうなった。だからあのボスママに目をつけられたのかもしれない。それ以前はそうではなかった。これらは今目の前でしょんぼりとブリを突く人がくれたものばかりだ。

「ありがとうね」と自然に声が出た。「何が?」言われなれていないせいか夫が虚どった。「こんな風に美味しいもの食べられて、あなたのおかげだね」夫はびっくりした顔をしていた。「何を急に」などと。「あなたと結婚出来たのは上出来だと思う、良かったよ」夫はしばらくブリを食べながら黙っていたが、急に思い出したように、娘が中学生になったらリフォームかマンションを買い替えようなどと言い出した。新しい家になってもよろしくという意味なのだろうか。突然なによと思ったが聞く事にする。リフォームが高くつくようなら、今のマンションを売って郊外の広い物件を買えばいい、今なら差益も出るなどと。

豊洲が嫌であんなにそうしようと訴えた時は絶対だめなどと言っていたのに、どうしたのだろう。今は逆に私がそんな気持ちはなくなっていた。嫌なことも多いが危険は少ない。子どもの遊び場も結構あるし、安全だし、子どもを育てるにはいい街だと思う。子どもがごちゃごちゃと大勢いるのも、小さな頃からこれだけストレスを感じて育てば逆に強くなるかもしれない。そしてこんな便利な場所が他にあるだろうか。それにまた一から人間関係を築くなんて、もう無理だし面倒だと思う。悪い人もいるが誰が悪いか知っているので注意して過ごせばよい。人は悪い顔を隠して生きている、それが分かるのに10年かかった。また10年をそんな事に使いたくない。それに引っ越ししたら私がキャナリーゼでなくなってしまう、物語が終わってしまうではないか。私はもうここで最後を見届けたいのだ。

「リフォームするとしたらその間どこに住むの?」と聞くと、「えっ、どうして」などという。工事の時はリフォームしない部屋に家具も荷物も入れればいいなどと言う。じゃあ私たちは何処で寝るのかと聞くと、ああそうかと。まだまだ私がいないとやはりだめなのかと、いつもはウンザリするが、今日はちょっと安心した。

店を出た後はコンビニに向かう。ブレンドSをアイスコーヒーSのボタンで買って渡すと驚いていたが、濃くて美味しいかったのか「これすごいね」と喜んでいた。「コンビニコーヒーって、売り上げすごいらしいよ」と言えば知ってるという。日経よく読む夫は日経ビジネスも愛読している。私もどちらかというと、こういう話しの方が好きだ。あの社長に変わってから業績が落ちたとか、海外進出は今はダメだろうとか、コンビニコーヒーは子会社化すればもっと伸びるだのアレコレ。結婚する前はこんな話しばかりしていたので話すのが楽しかったが、今は子どもの事ばかりで対立する事が多い。あの頃の夫は「結婚したら夫婦は別々であるべき」なんて面白い事を言う、しかも「子どもは苦手だからどっちでもいい」などと。なので気に入って結婚したが、蓋を開けたらそんなことは言っていられなくなった。子どもも生まれ息が詰まりそうになった。「自由がない」と飲み会で泣いたあの人の気持ちは痛いほどわかった。私だけでない、みんなそう思った頃があったのだ。でもあの旦那はないと思うヨ

濃いコーヒーが好きな夫は、一瞬で飲み干したようでカップはすぐ空になった。私のコーヒーを半分カップにいれてあげて、木のベンチに座る。「ね、乙武くんのニュースみた?」と言えば「すごいよね、なんか…」などと話を合わせてゲスな事を言う。夫は誰かやその場の空気にスルリと馴染んでしまうカメレオンのような人、顔も似ているかも。医者になりたかったというだけあり、頭も悪くない。何故こんな人が出世しないのか不思議、やはり私のせいなのだろうかと珍しく殊勝な気持ちになる。それとも東大じゃないせいか。こういう打てば響くような反応の仕方は息子がそっくりだ。また以心伝心なのか私の考えを見透かすように、「娘は君にそっくりで困るよ、塾の先生も昨日…」などと話し出す。やはり塾の話し、しかもまた娘の愚痴から私に文句を何か言いたいのだろう。慌ててコーヒーを飲み干し、「買い物行くんでしょ、私はららぽーとに用事があるから」じゃあ!とさっさとららぽーとに向かう。が、しっかり食べたせいか眠くなり家に戻った。

誰もいない家でしばしうたた寝。人知れず野に咲く小さな花のように、夫の影になり支えて生きようと思っていた。その小さな花はいつの間にか実を落とし、太々しく根を張り巡らせている。子どもを産んだ女はみんなそう、ほんと図々しい人ばかり。自分の事は棚にあげてそう思った。

「全くお前はいい身分だな」と叔父の声が聞こえたような気がした。


【昨日の小確幸】

ブリ大根が美味しかった。家でも作ってみよう。

福山雅治が最近付き合いが悪くなり下ネタも封印しているそう、おもしろくなくなったともっぱらの噂なのだとか。口癖が「うちのハニーが」で帰宅時はお土産を欠かさないかえるコール終わったコール今日のご飯何コール。いいではないかと思った。私は福山雅治はそれほど知らないの。お兄ちゃんというあだ名があるそうで、何か役をやったせいとか、永遠の独身が吹石一恵と結婚したとかニュースで見るくらいだ。でもこのニュースを知り好感度があがった。結婚して変わるのは当然、それも良い方にならいいではないか。西島秀俊もそうだし、吉川晃司もそう、江口洋介など結婚しで株を上げた元祖ではないか、こちらがお兄ちゃんだったか。ドラマの事はよくわからない。そしてまた話がここに来る訳だか、もしうちの息子がこうなったら母親としてほっと胸をなで下ろすだろう。早く可愛い赤ちゃんを、一日も早くと下衆な事をつい思ってしまう。こういうのはマタハラの一種らしく、発言も気を付けたほうがいいのが今の世の中。でも子どもって可愛いですよ。女の子が生まれたりしたらもっと人格が変貌すると思ううちの夫のように。そんなニュースもみてみたいものだと思った。そう言えば元世界銀行のあの人に嫁はきたのだろうか。

次に乙武洋匡。もう、なんというか、色々検索してしまった時にみたイラストやあだ名秀逸過ぎて胸アツ。普通、障害者の方を揶揄するのはタブーなのだが、こういう事が明るみに出てしまっては奴らは容赦しないだろう。そしてならばという空気も出て、今までのようなままではいられますまい。それにしても、なんていうか、本当にすごい人だと思う。本当なんだろうかとつい思ってしまう。5人彼女がいたというが、ヘルパーの間違いじゃないだろうか。でも写真も出ているし、本人も認めているしそうなのだろう。もう或る種軽々と色々な意味で「タブーを超えた」方だと思う。この方に世間はいつもびっくりさせられてきた。一番最初に世間に名を知らしめた、「五体不満足」も驚いたが、そのあっけらかんとした様子にもっと驚いた。私映画も観にいきましたよ娘と。すごく良かった。私は特段ファンという訳ではないが、さかなクンカテゴリのみんなのアイドルだと思っていた。なのに。すごいなあ。法的にはアウトだけれど、うん、なんていうか、なんて言ったらいいの?DNAの強さにおいては地球上で必要な人だと思う。生きて!

その流れで、さかなクンの話。さかなクン、私は大好き。テレビチャンピオンの第一回魚選手権の時からのファン。うちの妹はテレビをみて感激してさなかくんにファンレターを送った。返事がすぐきて、丁寧な字とたくさんのさかなのイラストが描いてあった。何度か交換したらしいが、いつの間にかなくなっていたよう。妹に結婚したらなんて言っていたが、そんな気はなさそうだった。でも今思えば、お互いのためにもっと押すべきだったかなあなんて思う。もちろんさかなクンはそんなの知らなかっただろう。でもでも。あちらこちらで講演されているようで、友達も芝浦工大のに行ったなどという。私も講演いきたかった。でも芝公園のさんま祭りのゲストでいらした時に会えた、あのまんまだった。明るくていい人。勝手に近くに寄って行った子ども達にも、今日はきてくれてありがとう、なんてシールまでもらった。結構美男子だと思うのに、魚は置いておいて自分を繁殖させて欲しいと思う。是非豊洲小学校で講演やってください。殖えて!

あと、ちらっとニュースに載っていたが、瀬戸内寂聴の『花芯』という作品が映画化されるという話。瀬戸内寂聴はこの作品を発表した時に、エロ作家などと噂され、それに反発したので5年間文壇から無視され干されたのだそう。「子宮」という言葉がよく出ていたのもあるし、登場人物が奔放すぎて「子宮でものを考える」なんていう表現も理由のひとつ、でもこれがあったから60年間書くことに執着できたと言う。私もそうなるだろうか。この頃はブログがなくてもそんな事で干されたり叩かれたりしたんだと驚いた。ネットのない時代、新聞や週刊誌、作家からの書評などだろうか。『色懺悔』とかタイトルだけで内容を想像してしまうが、この方も色々あったようで今のさっぱりとした様相からは何もみえてこない。最近は体の調子が悪く、ほうぼうで心配の声があがっている。いつまでもお元気で、もうひと花咲かせてください。

最後は、今日からユニクロでリバティのコラボ製品発売というマイニュース。ちらっとサイトをみてきたけれど、今のところ欲しいのはUVパーカくらいかなあ。ストンとした綿かリネンのワンピースが欲しい。リバティといえばなんか春夏と言うイメージ、だからこの時期に発売なのだろう。折りたたみ傘とかも欲しいな。「リバティロンドンワンピース、1,990円」なんて、テロリとした素材感どうせこれ化繊でしょうと思ったらやっぱり!68% レーヨン(モダール®),27% 綿,5% ポリウレタンとある。リバティは化繊にプリントなんかしたらダメなのよ。でもポーチ可愛いカメラケースにいいかも。ケースは綿、これは化繊の方がよくない?5月下旬にもまた違うデザインがいろいろ出るらしいから、次回を待つ。レゴシリーズのTシャツも出たみたいだし、息子と見に行こうか。

昨日はブログ2記事、ライターの仕事、記事再々提出、それから今まで採点された課題を見直し書き直したりして、一日パソコンで書き書きしていた。朝の8時くらいから夜の8時くらいまでずっと。普通にお勤めしている方からしたら毎日の業務量かもしれないが、専業主婦時々ライラ―の身の上としては非常に消耗した。夜も身体は疲れているのに頭は冴えている状態、あの記事を閲覧禁止にすべきかどうかうんうん悩んでいて余計に眠れなかった。でも朝起きたらいつもの如く、まあ仕方ないと思えてきた。恥は一時の恥、書いたら一生の恥。

また名言が飛び出したところで今日の書き仕事は終了。今日はもう書かない、ららぽーとに行くよ。家にずっといるのは好きじゃない、外に出ると気持ちがすかっとする。最近はげんきっずに行ってくれなくなった息子と豊洲内をあちらこちら、くらげのようにふわふわウロつくのも楽しい。図書館とかビバとかいつもの場所だが、もうすぐこんな風についてきてくれなくなるなあなんて。今日のコーディネート決まってるね、なんて褒めると満更でもない顔になる。ぐっ…(かわいい♡)また息子の話になってしまった。

そして今日は休みとかで夫がまた家にいる。子ども達は学校なので家に夫とふたり。うん、いやです。でもひとつ屋根の下に共存すること、これも私の仕事と思うことにする。そういいつつ、朝から夫はせっせと家事をやってくれている。タスカジさんみたいだ。ランチはまた何処か美味しいところに連れて行ってあげようか。でも連れて行くと、よくこんな店知ってるね、いつもいつも来ているんでしょうなどと言う。ママ友ゼロだからランチなんかしないよと言っても信じていないよう。そしてランチ時の話題は娘とSAPIXの話しばかりになるだろう、スマホの充電しっかりしておこう。私はどうもこういう話に興味がない。ついでに美味しいコンビニコーヒーの淹れ方も伝授しようと思う。やり方は簡単、ブレンドSを頼んでアイスSのボタンを押す。氷で解ける前の濃いコーヒーが飲めるのだ。夫はエスプレッソが大好き、きっと喜ぶと思う。あなたのハニーは賢いでしょう、よかったね。

※これ、リッチシリーズ中一番美味しいんじゃない?


【昨日の小確幸】

テスト記事がうまく書けた気がする。きっと大丈夫。

「児童相談所、警察、教育委員会に報告がいったってよ!」夫が会社から帰って来るなりにやにやしながら言い放った。私は、「で?」と一応返事をした。嫌がらせには反応しない、そう決めているがつい返事をしてしまう。私は本当に人がいいと思った。報告がいったのは本当かもしれないが、だからといってどうなる訳でもないということをもう知っている。何かの場合、例えば私が何か罪を犯してニュースになれば、あの時あんな事があったと面白可笑しくネットに書き込まれたりするかもしれないが、普通に生活している分には何も起こらない。通報ではなく報告だからだ。うちは一時期結構児童相談所に世話になったことがある。夫の罵声でどこかから通報が行き、その時は家に何度も相談員が来て、夫や私と話したり、子どもを連れて向こうに行ったりした。

自分の事を何度も言うのは嫌なのだが、私が家でドラッグでトリップした時に警察が…うん、言いたくないけどちょっと多めに来たことがあり、それから後1ヶ月に1回女性の刑事から、「最近はどうですか」と電話があった。1回2回くらいは真面目に最近の出来事などを話したが、3回目からはちょっとうんざりし出し、4回目くらいにははっきりdisった。「こんな事して何か意味あるんですか?私本当に忙しいのでもう電話してこないでくれませんか迷惑なんです。あなたは私の身を案じてじゃない任務ですよね?マニュアルにある通り1ヶ月に1回とか逆に失礼。それに警察って何にもしてくれないし出来ないじゃない。うちに来て洗濯ものでも畳んでくれた方が余程嬉しいんですけど」と。ここまで書いていて、向精神薬を飲んでいたことを申告するのを忘れていたことに今気付いた。言ったら警察ももうちょっと真剣に色々やってくれただろうし、もしかしてバディにも事情聴取にいってくれたかもしれない。「いじめがあったというのは本当ですか」などと。でもまあ後の祭り、というかその頃は薬のせいとは全く気が付かなかった。それにバディに知れたら「クスリをやってた」などとまた妙な噂が広がったに違いない絶対あそこは怒。医師の処方だが薬はクスリ。でも本当にそう、ああいう薬は絶対飲まない方がいいと思う。子ども達にもあれからよくよくそういうものには手を出さないでと言い聞かせた。 

話を戻して警察の話、そしてかかってくる警察の番号を着信拒否にした。他の番号からかかってくるかと思ったがそれからもう音沙汰もなくなった。着信拒否されたら任務完了、とでもマニュアルに書いてあるのかもしれない。それか、別の用事、ネットストーカーだのリアルストーカーだのパスワード流出だの鳩だの自転車泥棒だので何度も同じ警察署に足を運んだ。その時に色々な刑事と話をしたが、その時に話しの流れでブログの話をしたのであの女刑事も読んでくれたのかもしれない。色々と納得してくれたのかも。あと、パスワード流出の相談をした刑事にこういうブログって逮捕されますかと聞くと、逮捕されないけど大きな会社の法務部から手紙が来ちゃうかもなどと言われた。そしてブログには地名を出さないとか、特定されるような事は書かないとか初歩的なアドバイスを色々と頂いた。誰が読んでいるかわからないっていうのは怖いですよ、とも。自転車泥棒と鳩の時は、豊洲交番の警察官が二人連れできてくれたし。妙な捉え方をされると困る言い回しになるが、こんな風に警察には色々お世話になっているのだ。 でもあの時以来、眼鏡のおまわりさんは私が交番前を通りかかると、あからさまに目をそらす。豊洲菌かなあ、なんて。治して!

深川署の刑事さん達には、ブログの話からママハラの話を聞いて貰ったりもした。そういう人いますよね、署内にも?うん、でも敵対しないんですよ僕、仕事がしにくくなるから。私もです、でも何故かイジメられて。なんて。息子が虐められて幼稚園を途中退園したという話しに驚いたのか、そこからどうしたらよかったか、などとアドバイスを頂いた。娘が何度も酷い暴力を受けたが、相手は絶対認めず謝らなかったなどというと、そういう時は警察に来てくださいと言われた。それはいくらなんでもと言うと、暴力は学校じゃない警察の管轄なので、遠慮しなくていい、逮捕とか書類送検じゃなく行って話すことだけでも抑止力になるからと。なるほど~学校じゃなく警察が来たらそれは驚いてやめるかもしれないと思った、これからそうしよう。でもその男の子は私が会う度に「もう蹴ったり叩いたりしていないでしょうね!」と優しく話しかけるせいか、うちの子にはしなくなったよう。娘だけじゃなく息子も頭を叩かれたと泣いてきたことがある。知ってる?一回や二回じゃないよ?奥さんが飲み会から帰ってこないだのなんだのうだうだ電話やメールする前に子ども見てろ。

教育委員会にもというのは、夫が付け足したのかもしれない。夫は多分子どもの頃はいじめられっこだったのではないか。権力のあるものが大好きで、子どもの頃は「校長先生に言ってやる」などと虚勢を張ったのではないか。教育委員会に報告がいっても書類がどこかに紛れるくらいの扱いだろう。知り合いもいるので見たら「あーやってるな」くらいに思うかもしれない。今度会ったら聞いてみようか。なのでどこかに報告がいったとしても何も起こらない事を私は知っている。逆にいえば何にも起こらない、何も変わらないのだ。夫はあんなに色々なところからガツガツ言われても諭されても姑に言われても変わらず朝から晩まで大声を張り上げている。私は変わった。何度も言うがもう誰がなんと言おうと医師の処方だろうと金輪際ああいう薬は飲まないと決めた。飲まないと死ぬと言われたら死ぬ方がマシと答える。平常な心が戻り、大学の学業に力を入れ出した。今ここ以上前振り終わり。

以上のような報告がもし何処かからいった可能性があるとしたら、どこからいったのか。それは子どもの通う小学校からである。私はまたやらかしてしまったのだ。昨日10時頃、家のチャイムが鳴った。出ると娘の担任の先生と副校長が立ている。私は青ざめ、すぐにピンときた。夫が何か偉そうなことを小学校に電話で言ったのだろう。帰って来て聞けば、「学校として学校に行きたがっている子どもが困っているのでそのように行動してください」と言ったそう。ものは言いようだなと思った。これは先生に対する脅し、はっきり言ってモンスターペアレンツなる行為だ。自分の事情や感情で先生達に対して脅し、何かのアクションを求める。でもそれは私がやらかした結果であって、自分も深く反省せねばなるまい。私が娘を学校に行かせなかったのだ。

昨日の朝食はご飯と夕べの残りのシチューだった。息子が四角いお肉が食べたいというので、それも焼いて出した。息子はシチューと肉をおかずにご飯を食べて学校に出掛けた。夫も「ちゃんとプリントやって、いいか?今度やってなかったらもうサピックスやめさす」などと何万回言ったかわからない脅しを娘に吐き出しながら玄関を出て行った。残った娘。娘はいつもギリギリにならないと学校に行かない。私も幼稚園バスの時は同じようにバスの時間ギリギリにならないと降りていけなかったので気持はわかる。学校があまり楽しくないのだろう。もちろんママ友に言われるまでもなくブログのせいもあるが、それは言わずに「早く、早く」とせっついて支度をさせる。夫がいなくなると娘はのんびりとし出し、ねえママなどと甘えだす。いつもの朝の筈だった。

ダイニングを片付けようと見ると、娘の茶碗にご飯もシチューも半分残っている。いつもいつも、娘は私のご飯だと半分残す。「お腹いっぱい」「ママのご飯はまずいから」などと色々言うが、隠れてお菓子を食べたりするのを私は知っていた。みに行くとロッテのチョコパイがひとくち齧られて放置されていた。私は娘を叱ってチョコパイを取り上げ、床に叩きつけた。今日はもう許さない絶対、私は娘に言った。いつもいつも半分残すのはどうしてよ、もったいないじゃないお腹空いてないと言いながらこんな風にお菓子を食べて。別腹というのはわかるけど朝食だけ半分残すのは私に気にして欲しいからではないか、もう十分気にしているからもうこういうのはやめろ、朝も自分で食べられる分だけよそって食べてというと、息子はどうなのかと言ってくるので、息子はまだ小さいから熱い鍋などひっくり返されたら危ないし背が届かない台は危ないから高学年になったら、話を戻して今までもずっと言ってきたけど今日という今日は食べてなどと、すったもんだしていたのだ。遅刻するというので学校に電話をして遅刻しますからと伝えた。ついでにチョコパイを拾って食べた勿体無いから。

そのうち娘が夫に何度か電話をしだした。ママが学校いかせてくれないなどと。娘はいつもこういう言い方をする。確かにそうだがそうではない。あとひと口か二口のご飯とシチューを食べないという反抗をしてそのまま逃げるつもりなのだ。もう娘と私のパワーゲームになっていたのだろう。そのうち娘の担任から電話がかかってきた。夫が学校に電話したのだとすぐわかった。娘が夫との電話で「まだ来てない」などと話していたのでだれか来るだろう、児相か警察かと思っていたら先生だとは。先生には謝り、食事させたらすぐに行かせますと言った。こんな事で先生を使うなどと本当に申し訳ないと思った。娘は先生にも何事が訴えていたが、いつも先生を困らせている身でこんな時ばかり甘えてどうなのよとdisる。食べる食べないなどと揉めていると、今度は先生が来てしまった。しかも副校長と共に。「どうだ」と言わんばかりの夫の顔が浮かんで消えた。

家に上がって貰い正直に事情を説明するが、自分が馬鹿親だと申告している自覚はあり恐縮してしまった。娘が朝ごはんを必ず半分残すこと、勿体ないから止めさせたいが自分でやらず夫に盛り付けさせている。大盛りでも小盛りでも必ず半分残すのは私へのメッセージで、わかっているから必要ないやめてと言い合っていたなどと弁解した。先生はふむふむという感じで、ご飯にシチューを乗せてざざっと食べたら一瞬ですよねなどと言ってくれるが娘は食べない。帰ったら食べるよねと言われてそうするなどと言うが、そんな約束守られたことがないのだ。だが先生達がここに来たのは、反抗してご飯を食べない娘を窘めにきた訳ではななく、食事を理由に子どもを学校に行かせないという母親を諌めて子どもを連れにきたのだ。もう先生が来たからには娘を渡さねばならない。先生達に頭を下げて娘を送り出した。 

※記事に関係ないけど当たりが出た!シール3枚集めなくでもスプーンが貰える。

こう書くと、ご飯を残さないで食べろと躾をするように思われるかもしれないが、私は逆に「お腹がいっぱいになったらすぐ箸を置きなさい」と常々言っている。ご飯を残さず食べるというのは、過剰なカロリーまで摂取するという意味でもある。残さず食べ続けた結果、満腹中枢が麻痺して食べ過ぎるようになり、肥満になる。肥満は成人病の大きな原因でありその医療費と共に社会問題にもなっている。食事を適正量食べる習慣をつけていれば、それらは免れる筈だ。昔は学校給食もそうで、出されたものは絶対に食べるという指導だった。食パン3枚に小さなマーガリン、副菜はひじきの煮つけ、などとめちゃめちゃなメニューも手伝って、食べることが苦しくてよく泣いていた。なので無理には絶対に食べさせたくない、でも食事を手段にするというのはダメだと思った。お菓子を食べる余裕があるなら、残ったものから食べなさいと言ったのだ。でも先生達まで動員してしまうというのはもっとダメ、やり方が間違ったと思った。先生も朝じゃなくて夜指導したらどうですかなどと言う。御尤もで反省した。

帰ってきた娘は、ラップをしておいたご飯とシチューを鼻をつまみながら緑虫でも飲みこむような顔で食べていた。「はい、食べたよっ。もうママのシチューは二度と食べない」と言った。昼に同じシチューを食べたが、確かに今回のは美味しくないと思った。安いからと買った〇レアおばさんのシチューの素だからだ。シチューの素はハウスの顆粒のあれが一番美味しい、でもあれはやや高いので時々安いのを買うが、子どもはよくわかるのだと思った。特に私のシチューやカレーは、よかれと思って大根や香味野菜を入れたりする。それもすぐわかって食べ残したりする。自分のせいだがこういう理由で残すという意味、ちゃんと考えて欲しいとも思う。世界には食事も出来ずに飢えて死ぬ子どもが大勢いる、難民キャンプなど暖かいシチューが出たら〇レアだろうがなんだろうが奪い合いになるだろう。つい先日といってももう二年前だが、UHNCRの難民の日イベントで色々話したではないか、また行かねばならないのか。その前にどう教えたらいいのだろう。

ともかく今回は私が馬鹿母ということで事件は終わった。夫の馬鹿さ加減も披露され、もうどうしようもない夫婦、そして子どもが虐められても仕方ないなんて言われてしまうかもしれない。でも私、家の中の諍いは外に露呈しても私は構わないと思っている。嫌ならそうなってもいいように行動し気を付けるだけだ。「まだ息子、バディやめないの?」などと口も回らないような小さな女の子が息子に言ったのはそういう事。外で言われたくない事は子どもの前では言わないようにしなければ、子どもはなんでも言うなと思った。家の中というのは密閉された場所で、誰かが水槽の中の魚になりやすいのだと思う。そうなるのは声をあげられない一番小さな魚で、幼児虐待などの事件としてニュースになったりする。警察や児相が来た時もどんどん全部公になればいいと思った。私の子どもへの暴力夫の罵声DV、娘と息子は親がいると喧嘩になり、たいがい弟が泣かされて私が怒って終結する。どこも子どもが小さいうちはそんなもんよなどとよく言われるが、私は良くないと思う。なので一番小さな息子を庇うが、ママは弟ばかり可愛がるという。だんだんこんな風になったのは、息子が生まれた年からだ。ママを息子に取られたと思っているのは娘ばかりではないだろう。丁度あのボスママがバス停の学年グループに混ざりだし、色々やられて心が病み、そのストレスは娘に向けてしまった。叩いたり怒ったり、夫だけではない私も問題のある母親なのだ。色々悩んでみずべの館長によく相談したりした、その縁で坂本先生を紹介され、無料で相談するうちにセミナーに通うようになった。誤解のないように言うが、坂本先生は生徒を募るためではなく、子どもの未来のために良い母親を育てようと尽力している先生で、その先生の先生はお金が溜まると養子をひとり、ふたりと増やしていたそうだ。その子ども達はとても良い大人になったそう、そういう先生達の累々とした流れを感じ、私も何かしなくては、その前に自分の子どもだろうなとど思ったりする。そういう訳で、息子が生まれボスママと接点が出来た2008年が何か運命的な年だったのだと思う。そこから全てが回りだしたのだ。もうどうしようもないのか、何か出来るのか変われるのか子ども達のために。夫も自分がダメな親だということ、少しでも自覚してくれたらと思うが全く自覚はない。私はある。

あのボスママが載っている東洋経済オンラインだが、私はそれ抜きで以前から結構チェックしている。特にミセス・パンプキンの書く子育てについての記事は必ず目を通している。「ママ友などいらない」という記事では勇気つけられ、「少年Aの母親について」の記事は思い当たる部分に反省もした。ママ友などいらないと書いてあるが、少年Aの母親は、少年の異変に気付かずそれを忠告する人もいなかったとある。忠告する人がいても耳を貸さなかったとも。表面だけ仲良しごっこをするママ友はいらないが、耳の痛いことを言ってくれるママ友の話はちゃんと聞けということなのか、だがそんな人はなかなかいないのではないか。ママ友はいるの?いらないの?どっち?他には佐々木正巳の本、『子どもへのまなざし』1,2,3巻に必ず出てくるのが、「愛情のある無関心」という言葉。子どもの接し方として、本当に大切だと思うがなかなかできない。息子がしょぼんと帰ってくると、「どうしたの、誰かに虐められたの?あの子?この子?バディの子?」などと矢継ぎ早に聞くのではなく、いつも通りに接し自分で解決するのをじっと見守るのが正しいのだ。それが本来の親の在り方なのだと読んだ。頭ではわかるがこれもなかなか。坂本州子先生の本『6歳まではたっぷり愛して、7歳からは見守って』も、何度も読み込み頭では理解できたが実践できたかできなかったか。そのうち下の息子まで7歳になってしまった。もう見守るしかない時代になったのだ。 オロオロしている間に10年経ってしまった。

私は結構勉強家だと思うが、それらを実践できたかと言われると自信がない。成功したのは結婚したことくらいか。結婚しようと決めた私は、恋愛や結婚するためになどというハウツー本を大量に読んだ。そしてこれという本を何度も何度も読み、婚活をした。そのお蔭で何人かにプロポーズされたりして、成果出てるなと思ったりした。旦那さんになる人のお母さんへの接し方、などという本も読みその通りにしたお蔭か、姑まで「あなた達結婚したら」などと言った。舅だけは騙されてくれなかったのか、「あんな美人がお前となんか結婚する訳ない、騙されているんじゃないか」と言ったそうだ。気難しくて苦手な人なのだが、このセリフだけはちょっと嬉しかった。それにやはり社会経験が豊富だと人を見る目が出来るものだ。

そんな訳でまたやらかしてしまった。そして書いてしまった。ブログを書くことは小説書きの練習だけではない、書いてアップすることで自分を客観的に見る練習にもなっている。それに書こうと思ったことは正しく伝えなければと、慎弥や桐野夏生さんや先生達の言葉もコツコツとメモをとる癖がついて良かった。もう今度こそバッシングが出ると思うし、やっぱりなどと思われたり、こんな事になっていたの?と驚かれたり、そのせいでまた子ども達に迷惑がかかるだろう。でもそれをすることにより、何かが少しでもいい方向にならないかとも思う。私はただの馬鹿じゃない、正真正銘の馬鹿なのだと思う。つける薬はないし、治す薬もない、あっても薬は飲みたくない。飲むくらいなら死んだ方がましだと思っている。でも先生達に迷惑をかけてしまったのは本意ではない。この辺りは本当に気を付けようと思った。申し訳ありませんでした。


【昨日の小確幸】

「精霊の守り人」が想像以上に面白かった。さすが上橋菜穂子と大森寿美男。

※これを書いた後、私の中のアドラー先生にどうしたら良かったのか聞いたところ、「見てみぬふりをして学校に行かせること、これからは子どもの話をよく聞いてよく会話する。自分が反省する、子どもは悪くない」とかえってきた。頭ではわかっているんですよ先生!私は多分優秀な生徒、だけど実践ができない。『アドラー的子育てのススメ』なんて本でも書こうかしら。

少しは考えていたが、こんなつもりはなかった。いつも私は小さなきっかけを妄信し、それに従ってしまうとろこがある。それは時には大炎上し、業火で自身や家族を焼いてしまうこともある。また逆に結果的によかったと思えたこともあった。でもどちらなのかはしばらく経ってみないとわからないことばかりだ。あした、あさって、そして数年後にそれがどういう結果になるか、自分がどう思うのか。その時はわからない事が多い。昨日もそんなことがあった。呑気そうに「たんす屋創業祭」に出掛けたが、頭の中にちらり、ちらりとあの事が浮かんでは消えた。そう、娘の今や唯一の習い事の日、それに行くためには巡回バスを利用している。いつもバスは私の憂鬱を運んでくるが、持って行ってくれたことは一度もない。都営バスもそうだ。人間ドックにいくためにバスに乗れば、わけのわからないところに着いて、タクシーで戻る必要があったり。それなら最初からタクシーで行けばよかった、などと出来もしないことを思ったり。 小説『働かない蟻』は、最初は『幼稚園バスの憂鬱』というタイトルだった。それではなんなので変えたのだが、パッとしないななんて今でも思っている。大月都先生の書いた、ライティング入門※1にも、「小説はタイトルと出だしが全て」と書いてある。他にも小説を書くのに重要なことはたくさん書いてあるが、私はこの言葉が刺さった。そのうちまた考えようと思う。 ※1『芸術大学でまなぶ文芸創作入門―クリエイティブ・ライティング/クリエイティブ・リーディング』 2015/3/23 大辻 都(著)ブイツーソリューション(出版)

そういう訳でまた前置きが長くなったが、たんす屋大創業祭から戻り、もっていった着物を畳みなおしていると息子が帰ってきた。「ねえ今日Gくん連れてきていいって言ったよね」とモジモジしている。というか、もう連れてきちゃったんだろう、そんな事を言った覚えはないが、「うん、言ったよ」と友達を迎え入れる。どうせバスまでの30分程度、一緒に宿題をさせておやつを食べたら一丁あがり、そこから一緒にプールに行くのだ。その日は息子も一時間早くバスに乗りそこに行く。

いつもは「ちゃんと真っ直ぐ帰ってきて」と放つのだが、「ママもいく」と一緒に出掛けた。お菓子買え、アイス食べたいと騒ぐ子ども達を無視してバス停に向かう。そこからバスに乗り、着いたところでいったん降りた。このバスはまた別のエリアを巡回し戻って来る。このバスは巡回バスなので、また元のところに戻るのだ。そして次は娘「達」が乗る。この「達」というのは友達なのかどうなのか、先週のこともあり気になったのだ。

バスはするすると豊洲に到着した。降りる群れが消えた後、大勢が乗ってきた。ゆりかもめの長いエスカレーターに隠れて乗る前の人々がみえない。何も確認できないまま、それらは乗り込んできた。わたしは一番後ろの席で、変装して乗り込んでいたのだ。そう、忍者は時に変装も必要。あまり大袈裟ではない、普段着ないパーカーとマスクにサングラス、そしてピンでとめて普段は絶対出さないおでこを出した。バスに乗っている人達は、私が誰かわからないようで、ちらっと目線をあてたあと、またそれぞれ忙しく座席に座った。

娘が一番後ろの席にきた。通路を挟んですぐ隣でドキドキしたが、私と気づいていないよう。先日帰りに一緒だった女の子と一緒に座る。可愛らしくて大人しく、性格も良さそうな感じで、もしかして本当に友達になり、それで豊洲小の同級生と分かつことになっているのだろうかと思ったが、後にロッカーで聞けば違う小学校の二学年下だという。『3月のライオン』の7巻で、ちほちゃんが入所する施設の園長が言っていた。「いじめられて傷ついた子は、まずは植物、それから動物、そこから人間の赤ちゃんやお年寄りと中良くなるの。そしてだんだん自分に近い年齢の人達と仲良くなることで復活する」とかなんとか。そういうのではないかと思った。縦割りという言葉があるが、この場合はそういうものではないだろう。私はこの大人しく可愛らしい小学生に感謝して、いいことがあるように念を送った。ありがとう寄り添ってくれて。この子にブログに書いたことがばれませんようにとも祈った。

そして私の考えではここで変装をとり、「みたわよ、やっぱり仲間外れじゃない。先生にいってやる」みたいなことをいってやると考えてはいたが、もう少し様子をみることにした。娘の数列前には、ずらっとあの四人が固まっていた。ひとりボス子が遅れたようで乗車時は、「運転手さん、ちょっと待って。今着ますから、ああ来た来た早く早く」「あー間に合った」「おそーいもお」「うきゃきゃきゃきゃー」などとお祭りのような騒ぎだった。娘は一番後ろの席で、大人しそうな相棒と黙ってじっとしていた。もう既に「仲間外れ」にされている証拠だと思った。普通は笑うとか、それでなくともそちらをみるなどするだろう。何も起きていないかのように、じっと、ただじっと。

とりあえず一番前の席に行き、現場の写真をとろうと思った。もちろんSNSにアップして晒すためではない。そんな事をしたら逮捕されるかあの夫婦から分厚い封筒が内容証明か書留で送られてくるだろう。何かあった時のための証拠のつもりだった。席をただ移動するだけのふりをして前の席に行く、すると近所の人が3人乗っていた。後ろをむいて話していた人はすぐ私と気が付いたようで、変な恰好をしている私を怪訝そうにみて、それでも会釈をした。まずい、バレた。作戦失敗だ。バスの中の写真をとっていることがバレたら、それはそれでまたいらぬ噂のもとになるだろう。散々もう噂になっている身だが、それは避けたいと思った。ブログに文章を書くのと、写真を載せると疑われることはまた別。それにそういうコソコソしていることがわかれば、このブログすらコソコソブログになってしまうだろう。私はなんでもない風を装い、大人しくバスにゆられ話だけ聞き耳をたてていた。が、騒いで気が済んだのか、みんな大人しいもので誰ももう話さなかった。 というか、騒ぐことは出来るが、話すことなんかないんじゃないのあなた達。友達じゃないからではいのと思った。私は友達と会うと、ずっと話している。くっつき虫のべタ子をしていた時も、同じような話しを延々とした。友達ってそういうものじゃないのだろうか。支配する者と支配されるものは、話しはしないんじゃないのだろうか。なので静かなのではないか。一瞬だけ騒いで仲良しアピールは出来るが、深い話しなど、自分のことなど話したくないのではないか。

子ども達から大人まで全員が降りた後に私も降りた。また乗りますのでと運転手に声をかけ、建物に入った。娘の同級生たちは急いでいってしまったのだろう、娘ともうひとりの子は、ゆっくりゆっくり玄関に向かっている。あーもうどうしようもない。いつから?きっといつからではない、最初からこうだったのだ。バーチが来たのが1月だったと思う。なので、1、2、3、三ヶ月。どうしてこんな事気が付かなかったのよ!一緒になったと聞いた時にピンとこなければ、何が私の勘は当たるだの鋭いだの、よく言うわ!と自分で自分を責めた。そして事務所に行き、曜日変更を取り消してもらった。娘がもう変えなくていいと言ったのだ。なので余計心配になり、変装までしてバスに乗り込んだ。そうしたらやっぱりの、想像していた通りの世界がそこにあった。小さな水槽のようなバスの中で、じっと身を潜める娘。もう胸がはち切れそうだった。


※なぜそんなに離れて行動するのよ 


手続きを終えて、私はその場でまた電話をかけた。今は遠く離れてしまったあの弁護士に。事件を小説にすると決めてから残っている資料があればお願いしますと言うと、トランクルームにある大昔の書類を探すといってくれたがなかなか送ってこなかった。何度か催促したり、出さなくなった年賀状を書いてそこにもお願いしますなどとコメントを書いた。数か月してやっと届いたのは間もなくバレンタインという頃だった。もしかしてお礼にチョコレートが欲しいのだろうか、なのでこの時期に送ってきたのだろうか。だとしたら送ってあげた方がいいけれど、豪華なものだと変だろう。だが小さなチョコだけという訳にはと、大き目の箱のお菓子と一緒に小さなチョコの箱を送った。そうしたら、弁護士の名前の後ろに「内」と書いてある葉書が届いた。丁寧にお礼が書かれてあるが、「もう私というものがいるので妙なもの送ってこないで」という意味だろうか。心外だった。もちろんホワイトディも何もなし。Wさん大人のバレンタインなんてこんなもんですよ。ましてや手作りのおからマフィンなんて、ただの茶飲み菓子と思われて終わりだから。

その話をボス子ママが学校の行事で隣に座ったのでチラと話しかけた。「あの先生結婚したんですってね」と。するとああ、みたいな顔になり、「その話は」と言い終わらないかのうちに、心のシャッターをガラガラガッシャーンと閉められてしまった。それから一切無視だった。そうだった、この人はもうあっち側の人間だった。その前に親も親なら子も子だわと助けて貰った恩も忘れて胸で毒づいたが、ここ豊洲にはそういう人が溢れている。バディ菌じゃなく、豊洲菌なのかもしれない。

この人も知り合った頃はこんなじゃなかった。人当たりもよく困っていると言えば親身になってくれて、そうして一般の民事事件は担当しないのでとこの弁護士を紹介してくれたのだ。弁護士には様々な立場や専門分野があるとこの時に知った。切れ長の目元が涼し気なこの人は、あのボスママと仲良くなり出した頃から冷ややかな目をするようになった。多分、あちらこちらからも色々聞いたのだろう。ボスに逆らう変な人、確かにこの裁判だって数万払えば済んだものをわざわざ法廷にまで持ち出すというのはやはり。などと思ったのかもしれない。そして今ここ。

私はこの人を介して昔お世話になった弁護士とやりとりしているうちに、ひとつの案が生じた。この人の所属している弁護士会は、人権擁護の活動をする会が多い。今はどうか知らないが、あの弁護士を紹介してくれた時にも言っていたし、あの先生も同じ会に所属していると言っていた。実際私が電話した先生はあちらこちらでそういう活動をしており、時々ネット記事で読んだりする。でも先生と同じ「子どもの人権を守る会」に所属している弁護士の子どもがこのザマ、この団体に今私が抱えている問題をぶつけてみようかと思ったのだ。そうすれば様々な問題が目の前に晒され、客観的に問題もみて考えてもらえるかもしれない。京都造形大学の文芸コースで先生達が何度も言っていた。小説を書くには自分や作品を客観的にみるtいうことが一番大事だと。確かに自分はみえないが、人のことはよくわかる。そういう意味で、この人もそうしてみればいいのだ。私がそうしてみようかと。

というのは、今言えることで、電話をするまでは思いつかなかった。ただ、そういところに所属して人権人権と言ってる割に、自分の近くの子どもが自分の子どもにいじめられているのは知らん顔とは、なんとお粗末なとただ思っていただけ。人権派活動としてのサンプルになり名声にもなるだろう対岸の子ども達は助けるが、すぐ近くの子どもはどうでもいいのか、何も得にならないお金にならないとでも思っているのだろうと不貞腐れた考えがあった。もし何か話し合いにでもなったら、これをぶつけてみようと思っていた。「今、子どもを守る会の活動に参加されているようですが~」と。でも今はどうなのだろう。なのでこの先生に電話で聞いてみたのだ。午前中にかけた時は、「いやー今はもうわかりませんね、音沙汰もあまりないですから」などと言っているが、「うそ!つい最近Facebook の友達のところにあの人が登録されたばかりじゃない」と思ったがいわなかった。そうですかとお礼を言って切ったが、やはりもう少し粘ればよかったと後悔iしていた。

子ども達の実態をまた確かめることが出来た。だが、こんな事しても証拠にはならない。だってあの子達、最初は大騒ぎだったが、その後は静かに座りお菓子を食べ、行儀よくバスを降りて行った。どうしよう、どうしたらいい。そしてまた電話をかけたのだ。弁護士会にまだやっているか聞いてくれとか本人にさり気なく聞いてとお願いすると、なんでそんなスパイみたいなことを僕がしないといけないのかと言う。確かにそうだがそうではない、何故聞くのか聞かれたら、私から相談されて聞いてくれと頼まれたと言ってくれていい、そうしたら話の糸口になるから、先生言ってみてよというと「それはお断りします」といわれてしまった。先生は本当に知らないようだった。そこから他にも弁護士会はあり、そういう活動をしているからそちらで相談しろとか、そういうイジメがあった時の弁護士の役割、相談して出来る事、など色々と話してくれる。学校も知ってるというと、ええっと驚いていた。今の子どもは先生だけでない校長先生も怖がらないと言うと、なんて言ったっけ?先生ならどうするかと聞くと、まずは子どもがどうしたいのか聞きますよ私ならと言った。そうなのだ、勝手に曜日を変えて子どもを守ったつもりになっていたが、怖くて逃げたいのは私だったのではないか。子どもは余計なことはしないでと怒った。でも私はもう嫌だと思った。どうしたら、どうしたらと思ううちにまたバスの日を迎えたのだ。最初は「今度はなんなん?」という感じだったが、子どものイジメの話だというと、真剣よりになった。色々思うところはあるが、やはり本当の人権擁護派のいい先生だと思った。なんていうか、そういう風にもう育ってしまったという感じ。いい意味で親が親なら子も子、なのだ。

そんなに長い時間ではないが、話しの中に様々なヒントがたくさんあった。「弁護士と直接喧嘩するのは怖いから」という言うと、「そんなの関係ないと思いますよ」と呆れて言った。え?そうなの?関係ないの?だってこの豊洲の大人たちというのは全員そう思っていますよ、弁護士だけでない、医者や社長や有力者の子どもとは揉めないで、喧嘩しないで、仲良くなりなさいと。何かあった時に助けてもらえなくなるし、そういう人達は大概有力者同士で繫がっている。そういう人達と揉めるということは、村八分のような状態になるということを意味する私のように。でも先生は違うという、そうなのだろうか、そうなのだろうかと考えがぐるぐるした。もう聞くことがなくなったと思っているところに来客があったようで、お礼を述べて電話を切った。

弁護士会に何食わぬ顔で相談するより、もしかして直接言ったほうがいいのではないかと短絡的に思った。しかも親ではない子どもに。叱るのでない怒るのでないイジメをしないでと真摯に頭を下げてお願いするのだ。親同士が話し合ったとして菓子折りのひとつで終わり、その後は何も変わらない。その前に親は絶対謝らないし、自分の子どもが正しいと言うだろう。今までもずっとそうだった。ある時はバディの男の子にいつも集団で揶揄され、それを学校に言うとその親からそれぞれメールが届いた。「申し訳ありません」と書いてあるが、同じような文面、そして同時に送信されたような時刻。親同士でどうするか相談し、まずはメールじゃない?と言うような感じで送られてきたのだろう。私でもそうするかもしれないが、された方からしたら余計に失礼なという感情が沸いた。

その後このうちの一人の方と話したが、もうその話はしなかった。でも「もういい」と思えた。こちらの問いかけに真摯に答えてくれたからだ。そもそもこの親の子どもはそういう子ではなかった。娘とも普通に仲良くしていた。集団という目に見えない鎖に操られたのではないか。

もう一方は父親に道端で会って呼び止めたが、「話し合いに行く気はない」とガンとして何もかも否定してきた。仕事が忙しく話合いの時間が持てないというのはうそだった。子ども達と呑気そうにコンビニから出てきたところにばったり会い、私が話しかけた。その後このお母さんの方も道で会ってもこちらをガン無視。バディで同じクラスだった時、お母さんだけの飲み会の二次会、三次会で何度もこのご主人から電話が入ると、「もう結婚なんてするんじゃなかった。こんな生活もう嫌。私に自由はない!」とずーっとギャーギャー泣いていたけれど、この夫婦ならそうだろうなと思った。 その場に居合わせた誰かがもう帰ったらと言うが帰らない。慰めたりなだめたりで全員がヘトヘトになった。

私ばかり飲んで暴れて醜態を晒したと噂するが、結構こんな風にみんな色々やらかしてる。自分が噂になりたくないから、私のあの話しばかり持ち出しているのではないか。 例のテキーラ全員分頼んで会計が跳ね上がり事件、頼んだのは私じゃない、酔って調子付いたギャルママが「全員分」と注文したのだ。なのにいつの間にか私のせいに。 

なんか色々思い出すが話を戻す。「こそこそスパイのような」という先生の言葉にかちんときた。でも確かにそうだ、変装してバスに乗り込み、証拠をつかみたいと思っていた。そもそも先生が言っていたのではないか、「裁判は証拠が全て」と。正式なものではなくとも、いつもいつもそうだった。いじめた、イジメられた「証拠がない」と、いつも逃げられた。証拠は私ややられた子ども達だと言い張っても無駄なのだ。それに、「そんなつもりはなかった」と謝られたらいい方だと思うが、裏にまわればすぐ舌を出しているのを知っている。あのお母さん検事も「裁判なんてするもんじゃない、負けた方はほらこれが欲しかったんだろうとお金を投げてよこすような世界だよ」と言って私を窘めた。そうなのだ。もうもう、色々真実を知れば知る程絶望しかないような世界。

電話を切って私は更衣室に向かった。怖がっているのは娘ではない私。私が怖い相手を、怖がっている気持に終止符を打たないとだめだ。怖いから、イジメられるから曜日を変えて逃げ回っているのは正しいかもしれないがカッコ悪いと思った。更衣室では娘といつもの同級生四人のうち一人はお休みで三人だった。お休みの一人は本当に大人しい子で、娘に直接嫌がらせはしない。多分、母親か誰かに仲良くしなさいと言われたか、人の弱さで多勢についたのだろう。多、対、個という図式で今日も着替えていた。多をみに行くと、ぎょっとした顔をしていた。またいる!などと思ったのか。私は娘に聞いた。「言っちゃっていい?」娘はもう帰ってだのやめてよ~などと言うが、強く否定していない。言って欲しいが言ってといえば自分が悪者になる、ママが勝手にという図式を作りたいのだな越後屋めと思った。「ちょっといいですか」と私は三人に声をかけた。

何をいうかあまり考えていなかったが、弁護士と電話で話したような内容を三人に向けて話した。あなた達は何もしていないというが、私たちにとってはこれはイジメでイジメは犯罪だということ。まずはしもべ子達に向けて、くっついていないとイジメられると思っているならそれは卑怯な考えで、誰かを仲間はずれにすることで自分の身を守るというのは絶対にしてはいけないということ、筆箱にいたずらされて嫌じゃなかったのかその気持ちはどうなっているのかバディは仲間という意味であの一緒に過ごした四年間はなんだったのかこれはバディに対する裏切りではないのか。それからボス子には、あなたのご両親は弁護士で、弁護士というのは弱い人困っている人を助けるのが仕事なのにその子どもであるあなたが何をしているのかと。弱い人を集めてボスをするならイジメじゃなくて虐められている人を助けるボスになったらどうだ。今はあなたじゃない、あたなのお父さんお母さんと仲良くなりたいお母さんたちがたくさんいて、そのお蔭であなたに人が集まる。みんなが持ってくるお菓子はあなたにじゃない、あなたを通じてお母さんに持ってきているのだ、うちの子をそして何かあったらよろしくという意味。そんな世界じゃなくあなたが好きであなたと友達になりたい人と世界をつくりなさい、それが本当の幸せだと、今の意地悪な気持ちのまま大人になんかならないで、もう豊洲のお母さん達というのは大人だから治らない、あなた達はまだ子供だからまだ十分間に合う、悪い大人の真似をしないでいい子になってよ、私にまでニヤニヤチラチラコソコソしないで怖いじゃない大人の私でも怖いんだから小学生ならもっと怖いのよ、誰からそんな事教えられたのあなた達のママなら悪いことだから真似しちゃダメなどと。

そしていつか渡そうと思っていたさかなクンの言葉をプリントアウトしたものをそれぞれに渡した。体操座りでぶすっとしながらそれを受け取り、ボス子が口を開いた。「じゃあ娘からこっちに来てくれるように言ってもらえますか」と。目がいつもの意地悪なチラ目ではなく、ちゃんと真っ直ぐな目で私をみたので驚いた。きっとすぐは無理だがいい方向に風が吹くかもしれない、この子はいい大人になるだろうと期待していい気がした。そしてやはりすんごい頭のいい子だと思った。顔もきりりとして頭の切れる顔をしていて、その辺の子どもたちとは全然違う。大人しいしもべ子達との会話は物足りなくてつまらないだろうと思った、だからバスの中で会話がなかったのだろう。謝らなかったのは自分だけが悪いのではないと判断したのだろう。それはこちらも認める。あまり関わるなとか、もめるなとか、しもべになるなとか言って娘に遠ざけようとすることを言ったのはこちらだ。でもその前にそう言わざるを得ないことをしたのはそちららだ。でもその前に色々あった、その前にも、その前は、などと堂々巡りになるのでもう控えるが、最初は小さなきっかけだったのだろう。

課題で何度も同じ誤表記をすると指摘する先生に私は言った。「でも小説家になったらそういうのは優秀な編集者がいて、直してくれるのではないですか」と。ぶっちゃけ過ぎかもしれないが、本心だ。すると先生は、「その前にそういうミスを嫌う人が選者の場合、選考から洩れるよ」と言った。そんな簡単なことでも言われないとわからないものだ。私にとっては目から鱗だった。なので合評会の作品を提出する時はしっかり誤字脱字、誤表記を見直し提出したのだ。結果は吉とでて、選んで貰い紙の本になった。先生のいうことはちゃんと聞くものだとこの時も思ったぶっちゃけるのも時には大事だと。 

話を戻してロッカールームの話し。あんな風に言ってよかったのか悪かったのか。なんか必死になっちゃって噂通り変なお母さんそんなだから子どもが虐められるのよ手まで震えちゃって私たちが怖いんじゃないの馬鹿みたいダサ、ぺこぺこ米搗きバッタのようにぺこぺこぺこぺこイジメないでとかぺこぺこぺこぺこキモ、なんて。もしかしてそんな風に思っていたかもしれない。それに誰も謝らなかった。それは私があの時と違って「謝ってください」といわなかったせいもあるだろう。その時謝ってもらったとして、なんにもならないということを私は学んでいた。気の遠くなるような様々な出来事があり、そしてまた同じようなシーンの中に私はいた。あの時もこの弁護士と色々話した覚えがある。前は息子の世界、今度は娘の世界を、私はまた壊すようなことになったのだろうか。何もかもあの弁護士のせいだと思った。先生の言葉には不思議な力があるように思う。あの時もこの時も、先生に自覚はないと思うが私は励まされ、落ち込み、時には諍い、あの裁判の時もそうだった。おかげで最後まで戦い抜けたという気持ちがいつまでもいつまでも残っているのだろう。でももうこれからは自分で考えて行動しよう。

その夜、来なかった子どものお母さんにメールをした。最近はとんとご無沙汰だが、BUDDYの頃は一緒に出掛けたりイベントをしたりした。この人は隣のマンションのボスのようなポジションにあるが、珍しくいいボスだ。多分この豊洲では稀有な存在だとおもう。だが私が事情をメールすると、「もっと時間が欲しかった、もうあと少しで仲良くなれたのに」などと返って来て私をがっかりさせた。時間って、もう十分じゃない?バディの4年と小学校の4年一緒に過ごしてきた仲間ではないの?昨日今日転校してきた子どもじゃないんだから。そして、「あなたにはがっかりした」と書いた。朝起きて、「夜は手紙やメールを書くものではない、朝読み返してから出す」という鉄の掟を思い、大大大後悔した。おまけにブログに書いてあるから読んでとURLもつけた。もう知っているとは思ったが、みて見ぬふりをして読むのと書いた者から読めといわれて読むのとはわけが違うだろう。

今日は朝からアクセスが多く、ドキドキしている。あのロッカーの演説で子ども達にこうも言った。今日私が言ったこと、お母さんに報告してください。そしてそれを拡散するのではなく、自分の気持ちを確かめ、何か言いたいことがあったら直接私に言うようにって伝えてください。あなた達のお母さんは噂をすることで大事なことをうやむやにして生きてきた人達、今回はそれやらないでって。お母さん達はみんなメールアドレスも電話番号も知っているし、家もわかっている。直接お願いします。と。でもメールも電話もなにもない。多分、これからどうしようと四人のお母さん達のLINEのグループか何かで喧々囂々やっている筈だ。そしてあちらこちらのママ友ネットワークで拡散され、それぞれのボスにも報告がいっているだろう。今回は私にどうやって仕返しをするか、痛めつけるか、村八分はもうしているし子ども達もこれ以上ないほどイジメてやっている、いっそ今度は吊し上げようか、なんて相談でもしているのだろうか。

もっと色々あるがこの話はここまでにする。これ以上書くと夫によく似たあのお父さんのファームから分厚い書類が届くことになるかもしれない。先生はそんなの関係ないと言ったが、まだ子ども周りとか、新興住宅地のコミュニティの力関係がよくわからないのだと思う。私も地元なら名士や偉くなった同級生の友達というだけで、名前を出せばまわりは一目置いてくれるかもしれない。子どもも守られるかもしれない。何かあればすぐはせ参じてくれるかもしれない。少なくとも味方にはなってくれるだろう。

しかしここは東京の豊洲。そんな人はひとりもいない。私だけではない誰もが地方から来た田舎者ばかりだ。それが証拠に盆や正月は帰省のために街はからっぽになる。そんなところで新しい防壁が欲しいと思うのは無理もないだろう。 

子ども達はみていると思う。私たちが思っている以上によくよく。そしてそうすればイジメられないんだ、イジメられないためにはイジメ側につけと、ママがしているように、こうやって生きればいいんだと、学ばせていいのだろうか。

先ほど合評会に行けないという学友にメールをした。「ブログのせいでそろそろ吊し上げられるかもしれない。でもそうなったらそこから大きな花火を打ちあげてやる」と。怖い気持ちを隠す負け惜しみに書いて思った。それも悪くないかもと。命まで取られることはあるまい。でももし私や家族が不審死することがあったら、どうぞあの辺りとかこの辺りとか疑って欲しい。でもそれすらももみ消されるかもしれない。その前にボス子だとかしもべ子とか埴輪とか色々あだ名をつけて、それを怒られるかも。色々考えていたら怖くなったので今日はこれまで。いつもお騒がせして申し訳ありません。 とりあえず謝っておけとは思っていない本心でそう思う。 またこんなに書いて大大大反省本当に。


【今日の小確幸】

ダメ出しされた仕事の記事を書きなおしたら、我ながらいいものが書けた。色々言って貰えるのは嬉しいことだと思う。まるで作家と編集者のようではないか。いい作家にはいい編集者がつくものだと聞いた。いつもご指摘ありがとうございます。頑張ります。

【メール訂正】

「何度も変装してバスに乗り」というのは間違い、正しくは「何度も心配して、(だから変装して)バスに乗り」、です。変装してバスに乗ったのはこの日だけ。勢いでメールを出すのはだめだな。どんな文章も校正、修正を重ねるべきそれがプロ。どうもすみません。ていうか、送ったメール拡散しないで訴えるよ!?

昨晩は懐かしい方々との食事会があった。江東区主催の「幼児をもつ親の教室」という勉強会で知り合った方々と、その勉強会の世話役の方が定年になるということでお祝いの会を開いた。発起人は私、勉強会の時はそれぞれの子ども達は未就学児だったが、今やもうすぐ中学生という方もいて、子どもは留守番親だけの会になった。

私は昔のように子どもも一緒に会をするつもりだった。このグループで集まる時はいつもいつも子どもが一緒だった。なので当然のようにそう呼びかけたのだが、いつの間にか「子ども抜きで夜」ということになった。そう言われてみれば確かにそう、子どもは関係ないし、もう母親がいなくても保護者が誰かいれば留守番できる。時の流れを感じた。

店のチョイスも段取りもグループの方々がやってくれた。呼びかけたはいいが、色々な事が重なり何も出来ないでいたのだ。気が付いたら色々が決まっており、テキパキ係が当日の会計やプレゼントも用意してくれて本当に助かった。言い出しっぺのかきまぜ係は、テキパキ係までは出来なかった。

「幼児をもつ親の教室」今は、「幼児をもつ親の家庭教育学級」というそうだ。現在も粛々と続いているようで、江東区のホームページに詳細が載っていた。

「初めて子育てをする親が、子育てをするなかでの戸惑いや不安について話し合い、記録をするなかで人とかかわる育児の力を育て、相談し合える仲間づくりをする大人の学習の場です。一時保育が併設され、親と子がともに学びます。春のコースの募集は終了しました。秋のコースの募集については、8月1日から開始します。 」(HPより転載)

勉強会の名前は変わったが、春と秋に開催されるのは昔と変わらず。私は2007年度の春コースに参加した。知ったのは江東区の区報、あの頃は子育ての参考になりそうなものは、片っ端から目を通していた。母親はちらっと手伝いに来てくれたが、仕事が忙しいと一週間ほどで帰ってしまい、育児というもの、近くにいて教えてくれる人は誰もいなかった。電話をしても「赤ちゃんてそういうもの」などと言うだけで、具体的なことは、「昔すぎて忘れてしまった」などと言う。

育児書やネットで調べたり、イベントに参加したり。そんな中でみつけたこの講座、抽選だったようだが無事パスして参加できることになった。担当者の方に聞くと、その頃はそんなでもなかったが、今や100件以上の申し込みがあるという。私のように「ひとりでどうしたらいいかわからない」お母さんが増えたということではないだろうか。もっと人数を増やせばいいのにと江東区長に向けて思った。オリンピックで浮かれている場合ではありませんよ!と、余計な一言も添えよう。

当時、娘は1歳。彼女と私、いつも家ではふたりぼっちだった。ママ友との出会いを求めて豊洲の街を右往左往し、その頃はママ友に対して警戒心も何もなくピュアな気持ちで接していたせいか、すぐにたくさんの友達が出来た。もともと私は社交的な方で、人には親切だし愛嬌もある。「友達多いでしょう」と誰からも言われるが、それは小心の裏返しでもある。小心な私は、正しい育児とは、もっといえば素敵な幼児教育とはなどと、常に自問自答していた。

そんなところにこの講座開催のお知らせ。飛びつくように申し込んだのだ。カリキュラムは今も昔も同じような感じ。各専門家のレクチャーを受けている間、子どもは大勢の保育士が別室でみてくれる。子どもを預かる側でも子どもの自立を促すようなプログラムがあったようで、ただ預け預かるだけというものではなかった。安心できる集団の中で、いかに他者と関わりを持つか、関係を育むかという様々な遊びがなされていたようだ。最初の頃に泣いていた子もだんだんしっかりしだし、講座が終わると保育士に連れられてニコニコと帰っすふてくる。その頃誰かが子どもを預かってくれるなんてことは一切なかったので、これだけでほっとしたし息抜きになった。

そうして順調に回を重ね、それぞれの班のお母さん達とも打ち解けた頃に全講座が終わった。すると主催者の方が最後の挨拶と共に、こんな事を言い出した。「今日で講座は終わりますが、お母さん達の繋がりを続けるということで、このままサークルを作ります」というような。私はすごく違和感を覚えた。そして「嫌だ!」と強く思った。その頃はママ友付き合いはうまくいっていたが、やはり色々な意味で本当の友達ではない、非常に気をつかう関係性だと気付いていたのだろう。こういう付き合いはあっさりと、しかも少ない方がいだろう。なのでまたひとつそういう負担が増えるように感じたのだ。もう豊洲のママ友グループには入っている、もういらない、と。

つい声が出た。「ええー私は入りたくない」。このセリフがあったかなかったか、実は私は覚えていないが、サークルの人が後に言っていたのだ。すごく嫌そうだったよね、そして「そう言う割には途中からは嬉しそうに来ていたよね」と。そうなのだ、途中から私は積極的にこのサークルの集まりにくるようになった。娘がバディに入園してしばらくしてから、息子の時ほどではないが色々な事があった。子どものしがらみのないこのサークルの居心地の良さがだんだんわかってきたのだ。

子ども繋がりといっても主体はお母さんの勉強会。逆に言えば子どもが添えものだった。例え何かトラブルがあったとしても、住んでいるところも所属している幼稚園も全く違う、何を言っても振舞っても自由な訳だ。そこで私は伸び伸びと話し、笑ったりした。豊洲のお母さん達の間では常に緊張していたように思う。ボスママという存在もこの頃から様々な人が現れ、独裁的ランチだのお茶会だのイベントだの。もやもやしていた。これがずっと続くのか、もやもやするけれど我慢しなくては、子どもの未来にかかってくる。普通に、品のいい、素敵なお母さんに見られるように、そう思ってもらえるように、子どもの友達のお母さんとして相応しい人と思ってもらえるように、と。

書いていて疲れた。そんな風な場所で楽しい訳がない。逆にこの「幼児をもつ親の教室」の集まりは気を使わなくていい。姑の眼をぬすんで里にこっそり帰るか弱い可憐な嫁のように、時々集まりに行っては息抜きをした。ぼんやりしていると時々ぐさっというような事を言われたりするが、それも心地が良かった。みんなも私に気を使っていない証拠だろう。今はそれぞれが忙しくなり全く集まらなくなってしまったが、2007年から息子がバディに入ったすぐくらいまで、江東区のどこかの会議室や和室を借りて集っていた。2010年くらいまでだっただろうか。

この講座の後、サークル活動だけでなく、今度は講座を受けた人が逆に勉強会を企画するというものもあり、私は同じ班だった方とこちらにも参加した。あれが2011年だったか、じゃあその辺りまでか。児童心理士の坂本州子先生と、精神科医の香山リカさんをお招きして勉強会と講演会を企画した。その時の話はまた別の機会にするとして、そういう訳で楽しかったことばかりのサークルだった。今でもどこかでばったり会うと、ママ友ではなく懐かしい友達に会ったような気持になる。ママ友だと「うわっ、会っちゃった、挨拶せねば、えーとこの人は誰だっけ」などと思うが、「あ!久しぶり!元気?」と素で思う。

こうして考えるとこの講座に参加したことは、私の子育て人生の中では唯一正解だったし、命綱になったと思う。これがなかったら頑張れなかったし、孤独の果てに子ども虐待の上心中なんてこともあったかもしれない。世間でそういうニュースを見聞きすると、独身の頃はわからなかったものがよくみえるのだ。子どもを持つからこそ抱えてしまう孤独がある。孤独を癒すのは、ほんの一瞬の安らぎでも十分な時がある。気の置けない人達と語り、笑い、肩の荷物を全部おろしてまた日常に戻る。そしてまただんだん荷物が増え、もう持てない倒れるというところでまた集いに出かける。

今、江東区の識者の間で、「みずべ」があるからこの講座など必要ないと、蓮舫さんで有名になったタスク「仕分け」をするという意見が出ているという。そんな事言う人、一体誰ですか?区長?区議会議員?それとも街の代表みたいな顔するあの辺の方々ですか?オリンピックとか築地移転とか、お金が入りそうなところにばかりよってたかってがさがさしていないで、ちゃんと大事なことに税金を使うようにとお願いしたい。小さな活動かもしれないが、明日の江東区を作る大切な事業だと思う。人を生み育てるのはお母さんしかいない。そのお母さんを教育し、心安らげる場所を必要ないなどと。 誰よ?

それに「みずべ」は近所のお母さんばかりが集う場所。そんなところで本当にホッと出来る訳などない。男にはわからないだろう。グルーピングやマウンティング、仲間外れになったような気持ちでひとりでいるお母さんもたくさんいる筈だ。

もっと違う世界もあると教えてくれたのはこの「幼児をもつ~(以下略)」の講座だったように思う。同じ江東区でもちょっと離れたところに行けば、全然違う世界があるのだ。お母さんが伸び伸びすれば子どもも伸び伸びできる。「みずべ」も勿論大切な場所だと思うが、小さな水槽であることもまた事実だ。私もかつて「豊洲みずべ」に行く時は緊張したし、嫌な想いをしたことも何度もあった。もちろん楽しいこともあったし、子どもが喜ぶので何度も利用した。だが母親がくつろげるところでは決してないとも思う。

そんな色々があり、昨晩は数年ぶりにメンバーがそろった。あの時25人の修了生だったが、今連絡をとりあえるのは13,4人。様々な事情で来られなかった人、途中から参加した人、会の後お茶タイムから来た人。全員が心から集まりを楽しんでいるようにみえた。もちろん私もその一人。世知辛い東京で、江東区で、そしてママ友激戦区の豊洲で、こんなにほっと出来る友達が出来るとは思わなかった。

定年退職される方は間もなく還暦だという。私たちもそれぞれの還暦に集まってお祝いしようなどと言い合った。ちなみに私は「友達」と呼べるのは、10年付き合いが続いた人だけだと定義している。このメンバーもそろそろ10年経つ。もうそろそろ友達になるよなあと帰りのタクシーで思った。江東区役所あたりから豊洲の自宅まで1680円だった。乗り合わせた友達と折半した。楽しい夜だった。


※ジェノベーゼが最高


※前菜もたっぷりこれで4人前

※お疲れ様でした


【昨日の小確幸】

「ママ飲み過ぎないで」と言われて出掛けたせいか、飲み過ぎなかった。飲んだのはビール3杯とワイン4杯、カクテル1杯。書いてみると結構飲んだなとわかる。お酒も料理もたっぷりの美味しい店だった。よく食べたのがよかったのか。朝もすっきり。

昨日震災の記事を書いている途中で、豊洲3校の校長先生達から電話を頂いた。イジメ撲滅に向けて対処していきますというお返事だった。勘違いしないで欲しいのは、言いつけて味方につけて溜飲を下げた訳ではないという事。いじめを憎んで人を憎まず。首謀者もいじめる側につく子も原因があるのだろう。寂しい怖い一人になりたくないなど。ただしイジメられる側というのは全く落ち度はない訳で、「いじめられる方も悪い」という事はない。娘をいじめた子どもたちは気の毒だと思うが、その親は軽蔑するし憎いと思う。

ブログを書いたところでなんにもならないと不貞腐れたような事を書いたが、なにもなしではなく、反響も返信もあった。いつもきちんとした方々からは「こんなブログを書くな」と叱られ、きちんとしていない人々からは子どもをイジメ倒すという返信ばかりだった。 最初はどの先生も「親同士で解決してください」だの「学校外のことだから」なとと言われたが、話を続けるうちに納得してくださったように思う。

当事者に聞いたが、娘は別に仲のいい子がいてその子と話しているから私たちのグループに入ってこないなどといじめ側の弁があったそう。でも私がみたところ、そこ子は顔もみたことがない子だった。多分豊洲のグループから外されたので豊洲以外から来ていたその子と話をしたのだろう。「赤ちゃんの時から面識があるのに外されるなんて変じゃないですか?個対個じゃない、多勢と個なんですよ」と言うと、それはそうですね言われた。いじめる側というのはどうとでも言い逃れをするものなのだ。 そして本人を目の前にして言い訳をされると、それもそうかと思ってしまう。 

バス停での大ボスの時も毎日そんな感じだった。「プリンターが壊れた」だの「たまたま忘れた」などと言いくるめられるとそういうものかと思った。でも後から考えると変だし納得できなかった。今思えばあの人もそういう目に色々あってきたのだろう。本当に上手にいじめをされたし、しているのも見た。全く証拠を残さない、後でどうとでもいい訳ができるように。ボスママになるためにはこうしたスキルも必須条件なのだろうと今は思う。 などと尤もらしく書いているがただの意地悪ババアだ。

それはさて置き、ブログの反響としてきちんとした方からちゃんとした返事が頂けたのは初めてではないだろうか。でもだからといってすぐどうかなる筈もなく、草の根運動という言葉の通り、大地にはびこるいじめという雑草の根を、こつこつと除草してくことが必要で、気の遠くなるような作業だと思う。雑草はしぶとい。コンクリートやアスファルトなと軽々と持ち上げ、隙間をみつけてぼうぼうと生える。それらはまた種を撒きちらし、永遠に再生する。除草剤など撒けばいいかもしれないが、それだと大地が死に私たちのDND傷つく事態となる。人の手でコツコツとしないとならないのだろう。

などと「いじめ撲滅!」などと英雄っぽく書いているが、本音を言えばうちの子だけいじめられないようになればいいとも思う。私だけでない多くの母親はそう思っている筈で、だからイジメが無くならないのだろう。以前どこかで「ママ友は手段」と書いたが、本当にそうだと今回も思った。声の大きな人、権力を持つ人、お金持ち、医者弁護士、社長、有名人など仲良くなるといざという時に役立ちそうな人、ちょっと得しそうな人に人は集まりたがる。江角マキ子さんのママ友バトルは長嶋一茂の奥さんに負けたのではない、長嶋茂雄に負けたのだ。その前に落書きがだめだったのだが、そういう事なのだと思う。

あの娘もそうだろう。みているとすごく気の弱そうな子ども達とつるんでいる。母親も大概そういう性格なのだろう。強そうな人にくっついていれば安泰なのだと。なので子どもをそういう人の子どもと仲良くさせたがるのだ。私は逆で、そんな期待をしても私には何もしてくれないとわかっているので、子どもにもわざわざそういう大人事情も話すし好きにしろと言っている。でも仲良くしたとしても「対等」ではないし、しもべにされるのは必須だし何かあれば浄瑠璃の人形のように相が変わり仲間外れにされる。そんな人と最初から仲良くならない「私なら」と言った。なのであのバスの惨状が起きたのだろうか。結局娘を孤立させていたのは私のいらぬ一言だったのか。まあ早かれ遅かれそうなっただろう、でも自分の意志で体験させればよかったと思った。

基本誰と仲良くなってもいいがあの子だけは別。未就学の頃から苛められていたし、その後もいつも色々あった。また絶対もめるだろうし娘が嫌な気持ちになるのにもう堪えられない。でも今思えばそれらも体験させれば良かったのだ。先回って障害を取り除くようなことはすまいと思っていたが、これではいつも同じママ友グループの中でだけ子どもの友達を作るという母親達と一緒ではないか。あの子は学年女子のボスみたいなポジションになっているそう。そんな子に目をつけられ、長年いじめられ、うまく仲良く出来ないとどうなるか。まるっきり私と一緒ではないか。上手くやりなさい、くらいに言っておけばよかった。もうもう色々反省した。 でも一体、なんと教えたら良かったのだろう。今でもわからない。

こうしてまた豊洲界隈の人間関係について書いているが、こういう内容だと大丈夫なのだが、昨日の3.11の記事を書こうとすると胃痛が起きて書けない。朝からずっと時間を忘れて書き続けたので体がショートしたのかもしれない。大学の課題に没頭していた頃は、いつの間にか体重が5キロも減っていて体力も落ちていた。そんな風に何かに夢中になっているうちに、ぽっくり死んだりするのかとも思った。

昨日は書きかけたところであちらこちらから電話が入ったり来客だったりでてんやわんやだった。そのうち胃がしくしく痛み出した。普段全くそういう事もないし、原因もわからなかった。だんだん痛みは増し、耳鳴りがして頭痛もしだした。最近血圧は高くなっているが、頭痛も耳鳴りも持病にはない。立っていられなくなり座るが、今度は座っていられなくなり床に寝転んだ。カイロで手や胃を温めようと探すが、夫が全部使ったようで空の袋が2枚あった。「補充!」と大きく紙に書いて貼りだしたい気分になった。

どんどんどんどん痛みは増し、胃痙攣とかそういうのだと思った。それともボスママ軍団どころか豊洲を最高にdisる記事を書いたので、人々や街の怨念が私を攻撃してきたような気もした。源氏物語で六条の御息所が生霊になり葵の上に憑りついたように、私もブログを書かれたくないものの怪の怨念に倒れたのだと思った。痛い痛いと泣きながら近くの病院に駆け込むと、「消化器内科にいった方がいいのだけれど」と言いながらも先生は優しくして下さり、ほっとした。差し当たりの薬をいただき飲んだところ、2時間くらいしたらだんだん治まってきた。帰ってきた息子が床に寝そべる私に毛布をかけてくれ、その上に重なるように寝そべってきた。息子に、ママは綺麗で美しく光源氏にも愛されたので嫉妬の炎で倒れたなどと言った。冗談が言えるくらいならもう大丈夫だろうとテレビをつけた。3.11のニュースが流れている。家や家族、子どもを亡くした方々が紹介されていた。もしかしてこっちかなと思った。

ママ友いじめにあった地獄をみたと言ったが、こうして私は生きている。もちろん子ども達も。災害で亡くなった方々からしたら「それでもあなた生きてるじゃない」「子どもも育ってるじゃない」と言いたいだろう。あの地震の後、武蔵美で東北出身の方と話しをしたことがある。「大変でしたね」というと、ぽつりと「生き地獄をみた」と言われた。東北=大変でしたねなどと、気軽に言ってしまった自分を恥じた。その方はもうその話しをしたくないようで、授業の話に戻った。あの日、テレビで初めて津波をみたとき、真っ黒で大きなものが街に覆いかぶさっているようにみえた。そして街がジオラマか映画のセットのような、無人の作りもののようにも感じた。でも津波の下には人々や動物がいて、全部飲みこまれたのだ。何もかも流され、生きとし生けるものは全て消えてしまった。

そんな方々からしたら、私の悩みなどと昨日も思った。だがこの考え方も最近はとある学友の話で違うとも思うようになった。「あれに比べたらとかこれと比較したらまだまだ甘い、苦労じゃないという考え方は違う。あなたはあなたで苦しんだ事実がある。人と比較するものじゃない」と言われたのだ。確かにそう、罹災された方々は本当にお気の毒だったが、私も人災に遭い大変な思いをした。災害は一瞬にして去った、確かにその後の復興、放射能問題など永遠に続く課題だろう。私の場合はもう10年罹災しっぱなし、子どもを産んで10年経ったからだ。そしてこれも永遠に続く問題だろう。どちらが、ではない。どちらも、なのだ。私はわたしの苦しみとして受け止め、復興に向けて進むしかない。例えそれが一見無駄なことにみえても、いつかリバティの傘のようにころりと吉兆があったりするかもしれない。

少しつづ、草の根を摘み取るように。あー一番苦手な作業。でも仕方ない。それに協力してくれる人もいつか現れるだろうという予感がする。私の予感はいい事も悪い事も外れたことがない。

昨日の胃痛は、いつもの通り身体がショートしたのだと結論つけた。自分でいうのもなんだが、私は好奇心が強い、そしてそれに引きずられるように体や頭が動く。そうすると大概体の方が付いていけなくなり、ぱったりと動かなくなったり何処かが傷んだりする。バディで村八分になり誰も挨拶されない顔もみないという状態になった時も、「ああ、これテレビとかでみるクラス全員に無視されるというやつか!」と膝を打った。そして、今はもう成人して色々経験があり、いつか終わるとか外に自分の世界を持つとかできるけれど、知識も経験もない思春期の頃にこんな状態になったら、確かに死にたくなって自殺するわなと思った。

そして無視する人々をじっくり観察したり、状況をブログに書いたりした。私は人間観察も大好きで、人まね物まねもすごく得意だ。そうして好奇心を満足させていたが、体と頭は悲鳴をあげていたのだろう。そして・・・。自分の恥を何度も書くのは好きではないので割愛。色々あった。

でも今朝になり、3.11の続きを書こうとすると胃がまたしくしく痛み出した。面白おかしく書くつもりはないが、どうも目に見えない何かにそう思われていて、胃をツクツクされている気がする。なので今はもうあの途中のままにする。あの地震の時、ららぽーとがこのままニューヨークのビルのように崩れ落ちると思った。娘をぎゅっと抱え、神様この子だけは助けてください、とずっと祈っていた。いつも子どもは面倒だとかお蔭でママ友付き合いなんてしなくてはならないなどと、娘の反抗もありただ憂鬱なものだった。なのにいざとなればそんな風に思う自分に感心した。自分はお母さんなんだなと思った。

そういえば胃が痛みだしたのは、あの時刻からではなかったか。ともかく胃痛は治り、私も子ども達も生きている。それだけで幸せと思えることに感謝しようと思った。


【昨日の小確幸】

ファミチキが作れたこと。『ほぼファミチキ』というタイトルでアップしようと思う。


※息子のリクエストでファミチキを作った。家でも作れるんですよ奥さん!

昨日は東京マラソンだった。一昨年までは子ども達をつれてマラソンコース沿線で応援したものだが、昨年も今年もできなかった。昨年は私は法事で東京におらず、息子はマラソンのゴール地点でマーチングに参加することになっていたが雨のため中止、家で待機していたがそのまま出かけなかったらしい。今年はといえばそれぞれに用事があり忙しく、私がシビックセンターにいく途中でチラとみたくらいだ。こんな時代がくるなんて昔は思いもしなかった。

私は子どもが出来てからだが、地元はもちろんあちらこちらのイベントに参加するようになった。自分が、というより子どもに地域とのつながりを作らねばという義務感だ。子ども達が引き籠りやニートになっては困る、なるべく人との関わりを持たせねば、地域に馴染み溶け込ませなくては、と。

東京マラソンが雨天決行のため、地域のイベントも雨が降ろうが風が吹こうが開催する。レインコートでびしょびしょになりながらぜんざいなどいただいたこともある。フリースでできた記念のネックウオーマー、応援のための手旗、この街の住民である証のような気持ちで子どもに持たせたものだ。沿線で応援しているとランナーが思い思いのコスプレで走っている。喜ぶ子ども達。

でも実はこのイベント、私にとっては憂鬱だった。ご近所の「あの」方「この」人も来るだろう。会えばまたブルーになる自分が容易に想像できた。正直行きたくない。こんな日は姑のところにでもいって、お昼でも頂いてさっと帰ってきたい。でも交通規制で車が出せないし、こんな日にわざわざ行けば変だと思われないかなんて思っていた。

私はこの頃から近所付き合いの悩みが始まっており、ネガティブに様々なことを考えた。それらは大概現実になった。夫は何故か毎年仕事や接待に近いゴルフの予定が入った。なので私ひとりで連れて行ったのだ。嫌なら行かないという選択肢は、その頃の私にはなかった。思い返すと自分が気の毒でならない、今なら行かないだろう。あの頃はカレンダーに書き込みながら、早く終わって欲しい、いっそなくなればいいのに、などと思った。

「東京マラソン」というと、今でもその時のあれこれを色々思い出す。一瞬ブルーになるが、もう現実には何もおこらない。今はただ「東京で開催されるマラソンイベント」だ。現に東京マラソンが開催されていること、すっかり忘れていた。交通規制のため自転車で道路を超えられず、慌てて自宅に戻り改めて徒歩で出かけた。歩道橋を渡りながら、マラソンを観戦した。歩道橋の上には警官がふたり、立ち止まれないように警備しているらしい。ランナーの波はどこまでもどこまでも続いている。人々がゆっくりと流れているようだ。


※行く人


※来る人

同じように時も流れているのだと思った。最初はもうスピードで、そしてだんだんゆっくり。そしてゴールかタイムリミットがくる。途中で死にたくなるほど辛い時もあるが、それをうまく超えればランニングハイで楽になり、出来なければリタイアということになる。マラソンって人生に似ているなと思った。自分は今どの辺りを走っているのだろう。事故や病気に気を付けて、人生を完走したい。

そして息子の習い事の練習公開日、息子は元気いっぱいで「朝の練習があるから」と1時間も早くでかけた。自分もレッスンを見に早くいくつもりが、すっかり遅くなってしまった。 見学会や説明会は活況のうちに終わった。様々な私たちの提案をうまく受け入れて下さり、関係者の方々には大感謝である。

こちらもあるし、大学もあと一年あるがもうひとつやらなければならない事ができそう。来年は外に出て働きたいと思っていたが無理そうだ。そもそも息子がげんきっずにさっぱり行ってくれなくなった。用事があるから必ずいくこと、などと言い含めても勝手に帰って来てしまう。

父兄の方々とセンターを出る頃にはマラソンは終わっていた。辺りはいつもの夜の街の顔をしていた。いつの間にか始まって終わった東京マラソン。コース沿線に住む私たちは不便極まりないが、粛々と勝手に続けばいい。「なくなればいい」から大した進歩だ。なんて思いながら帰途についた。


【変種後記】

今日は人間ドックのため聖路加国際病院にいく。せっかく出来た豊洲クリニック後の検診専門外来は、夫の会社と提携がなかった。レポートできると思ったのに残念。でも聖路加は検診後の食事がバージョンアップしたそうで楽しみだ。

昨日は子どもたちがそれぞれプールに出掛けた。それぞれというのは、レベルによるクラス分けがあり、息子はやや早い時間、娘はやや遅い時間に教室があるからだ。息子はスイミングが大好きなようで、時間になるとさっさとプールバッグを持ってでかける。娘は面倒なのか、いつもちょっと愚図ってから出かける。「吉永小百合さんっていう日本を代表する美人さんはずっと水泳をしている」という話をしてから、機嫌よくでかけるようになった。水泳は全身運動、しかも体に負担がかからない。

私も年齢にしては見られる方だと思っているが、写真を撮ると何もかもが露呈してしまうと思う。そもそも鏡の前では自分が一番好きな表情をする訳で、写真は他人の視線というフィルターを通すせいか、人が見る自分が出てしまうのだろう。先日更新してきた免許証をみて、「ああ、きてるわ」と思った。やはり私も何か運動をしなくては。身近でスイミングをしている人がいるが、年齢を感じさせない美しさだ。私も泳ぎたいと思った。

節約の日々のこと余裕はないが、私が唯一している無駄使いといえば、ほぼ毎日飲んでいるワインではないだろうか。だいたい一日半本くらい飲むとして一本500円から千円、一か月で1万円前後ということになる。ワインを飲まないようにして水泳を始めたら体にいいに決まっている。最近高くなっている血圧も下がるのではないか。咳喘息も治るかもしれない。でも今寒いし、大学もあるし、ということで来年以降また考えることにする。

それから今日刑事がふたりマンションにきた。きたというより私が電話してきてもらったのだが、息子の自転車が3か月前に盗難にあい、それが最近出てきたのだ。それも自転車置き場に誰かが返しにきたのだ。3ヶ月も一体誰がどこでどうしていたのだろう。誰かが返しにきたと判断した訳はこうだ。マンションには駐輪場があちらこちらにあり、息子の自転車置き場がここだと特定したような場所と位置に置いてあったのだ。返しにきたら、既に自転車がとめてある、なのですぐ近くの空いたスペースに置いたのではないか。

3日前には無かった。それは防災センターで確認済み。センターの日報から日にちを特定し、防犯カメラのチェックを刑事にも確認してもらったのだ。それだと思われる人物が映っていたが、画像が荒くて誰なのかよくわからない。よく事件が起こるとテレビで映像が流れたりするが、事件解決の決め手にはならないのだそうだ。それを含めてというならありえるが、特定するのは難しいという。

自転車が出てきたからいいじゃないと思われるかもしれないが、つい少し前に、新しい自転車を買ってしまったのだ。もし盗難されたままなら保険もおりたはず。出てきたばかりに保険はおりず、自転車二台ということになった。犯人をみつけて買い取ってもらおうと思っていたのだが、叶わないかもしれない。落ち込む私を「ポジティブに考えて」などと励まし、刑事は帰っていった。

思えば私も去年の3月、自分の自転車を盗まれた。新しいのを買ったらと家族に言われているが、気に入っていたものを盗まれてしまったショックは大きくそんな気になれないでいる。ルイガノは毎年新しいカラーの自転車を発売するが、気に入っていたイエローベージュはもう出ないようだ。籠もいいのをつけたのに、ライトも、ドリンクホルダーも、後ろの車輪はパンクしたので交換した。サドルもあのカラーはなかなか見かけない。新しい自転車を買おうと思うと、つい色々思い出してしまう。

あの時、鍵をちゃんとかけていただろうか。夢の島や近隣の区役所などにも問い合わせたがなかった。今回ひょっこり戻ってきた息子の自転車のように、私の自転車もかえってこないだろうか。息子を幼児園に贈り迎えしてた自転車は、かなりくたびれているせいか盗まれない。もう近隣にちょっと買い物に出かけるくらいなら、これでいいか。そのうち気に入る自転車も見つかるかもしれない。見つかった時に適当な自転車を買った後では買えないだろう。なのでそれまでなくてもいいと思った。

いまだにあの自転車が出てこないかと期待してしまう。一体何処にいっただろうか。最近は着物を売る時にも保険証や免許証などの本人確認が必要だ。わたしの自転車を売り払ったとしたら、誰かの身分証明が必要なはず。誰かがそのまま乗っているのだろうか。だとしたらそんなに遠くではないと思う。ブログを書いているので写真をアップして情報提供を呼び掛けようかと話すと、刑事はそれもいいかもしれないと言っていた。ところが私の自転車の写真がなかなかみつからない。どこかのフォルダにないだろうか、見つかったらアップしてみようと思う。


【編集後記】

先日1,990円で買ったブルゾンが調子がいいのでもう一枚と思ったら2,490円になっていたので諦めた。セールやらないかなと今日みたら1,000円になっていた!でも欲しい色は完売していたしょぼん。


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※襟タイプもいい感じ。

メールの返信が溜まっていたのを片づけていたら午前が終わってしまった。ママ友付き合いがほとんどないので午前中で終わったのだろう。昔はママ友への返信に一日の大半を要していた。それでも返事が遅いだの、既読になっていないなどと注意されたりした。今はそういうのがなくなり、寂しいがほっとしている。時間は誰しも一日24時間、人生の終わりもいつ来るかわからない。「今の私」としての時間は有限だ、自分の好きなことに使いたいと思うようになった。

そろそろ子ども達が帰ってくる。今日は水曜日、げんきっずはもう行きたくないと急に言い出した息子に何があったのかは、言葉の端々でだいたい把握した。でも出来るだけ自分で解決して欲しいと思う。それはともかく今日は一緒にうどんを打つ約束をした。ネットで調べてだいたいを頭に入れる。粉は中力粉がいい、300g、水は145ml、塩小さじ1。塩分はうどんのこしをつくるため、茹でる時に9割はなくなる。手の力に自信がなければ足でふむ。ふむふむ。

ついでにニュースをクリック。みると津島佑子が亡くなった(2016.02.18没)ニュースがあった。ご存知太宰治の娘だ。太宰治に子どもがいること、私は大学の授業で知った。津島佑子は3人兄弟。他に婚外子の太田治子。この方が生まれた時、太宰治は治の字ということで名付けたそう、当時の太宰の愛人がそれを怒ってなじった。そしてその愛人と心中して亡くなったという。なんだかゲスの極み男子だと思った。

そんな太宰治の子どもとして生きるというのは、なかなかにというか、ものすごく大変な人生だったと思う。以前大学で森鴎外の『山椒大夫』を津島佑子が批判した論評を読み、父親の愛情を得られなかった嫉妬だと私はレポートにまとめた。今考えると的を得過ぎてご本人にはかなり失礼な内容だと思う。だが先生達はこれをかなり評価して下さったと記憶している。

そもそも太宰治が病んでいたのは、様々な要因もあるが母親の愛情不足だと思う。自分が愛に飢えていたため、子どもへの愛情が及ばなかったのだろう。親の愛というもの、適切に与えられないと人は時に人生を踏み外す。なんだか切なくなった。津島佑子は、あの世で父親に会えただろうか。だとしたら恨みごとはひとつやふたつではきかないだろう。それともただただ「お父さん」と泣きじゃくりながら胸に飛び込んだだろうか。人生お疲れさまでした、安らかに眠ってください。

次に目に留まったのは、バイオリニストの高島ちさ子の書いた記事を、同じくバイオリニストの葉加瀬太郎が擁護したことでTweetが炎上した記事。どういうことなのかと記事をクリック。高嶋ちさ子の子どもふたりがゲームを巡り喧嘩をしたので、高嶋ちさ子がゲームを真っ二つにへし折った。やり過ぎだと批判が殺到したところにで葉加瀬が「高嶋はいい人」とtweet した。それに対し、芸術性と人間性は別という意見が集まり炎上したようだ。私はドキッとした。どこかの記事でゲームに依存する子どもをみてイライラし、同じようにゲームを折って捨てたと書いた。ダメだったのだろうか。でも他のお母さんに話すと、同じような事をしているとかえってくる。

批判しているのはどうせニートかプロニート、それか学生とかだろう。子どもを育てるというのは本当に大変で死にたくなることもある。あの人だって育休産休たっぷりで恵まれたポジションにいながらママ友いじめをしなくてはやってられなかった。ゲーム機ぐらいでガタガタいうくらいなら、シッターのバイトでもしてみるがいい。一日で音を上げると思う。ネットに貼りついてないで表に出やがれ子育てをなめるなよ。

そして最後は、「自殺対策法改正案、成立へ 自治体に予防計画義務付け いじめ苦の自殺防止に学校・保護者の協力強化も」 学校と父兄の協力体制の強化などという記事の下に、関連記事として、

「"見て見ぬふり"しない「学校風土」つくれ 求められる「いじめ」防ぐ教育写真あり」
「AKB高橋みなみさんがサプライズ参加 いじめ防止で児童・生徒が決意表明 文科省・子供サミット」
「いじめや不登校に対応 専門家を学校職員に 中教審が「チーム学校」答申案」
「【いじめ調査】文科省、いじめ認知「肯定評価」 見過ごされた3万件把握の後押しに取り組みの継続が課題」
「小学校いじめ過去最多の12万件超小中高、再調査で当初集計より3万件増文科省」

などなど、まーあすごいこと。でもこんなこと話し合っても全く無駄。だっていじめっ子ってそのお母さんがいじめをしているから。子どもは真似しているだけ。企業のモラハラ、パワハラだってそう。先輩たちがいじめを教えるから伝承されてイジメが続く。あの企業なんて典型。ということで、自分の身は自分で守る、死んでしまったらやり直せない。それでも死ねばいいとか何処かに行けとか「ねえ、まだバディやめないの?」などという人や子どもがいたらそこから遠く離れればいい。逃げたってかまわないと思う。先日のこども芸術大学のイベントでも学長が、「お母さんをまず教育しなければ」と言われていたがその通りだと思う。 私も色々問題のあるお母さんかも、教育しなおして欲しいと思った。

ところで、「子ども村芸術大学」のイベントの記事が今日もアップできなかった。毎日書いているが、思うように書けない。すごく気合いが入り過ぎているのかもしれない。肩の力を抜こう。そういうことなので、いましばらくお待ちください。


※かわいい友チョコを頂く


【編集後記】

6月19日太宰治の「桜桃忌」は命日だと思っていたが、太宰の誕生日そして遺体が発見された日だそう。墓参りに行きたいと言っていた友達を誘って行ってみたいと思う。

「どうして木曜日の記事を削除しちゃったんですか」とメールが届いた。木曜日の記事とは、豊洲にある新設された小学校に、あの幼児園の卒園生が大集合しているという内容などが含まれた記事だ。理由も「卒園生のうちのボスママ(私をイジメた人とは違う別のボスママ)が、みんなで入学しようと召集をしほぼ大半の子どもが入学したのだ。息子の小学校には、現在数名しか入学しなかった。その事実を知って、本当によかったとほっとしている、など。削除した訳でなく、時期尚早と判断しただけで「下書き」フォルダに入れてある。また折をみて、加筆修正の後公開したい。

そのメールをくれた人は豊洲とは全然関係ない地方に住んでいるが、女ばかりの職場で色々と思うところがあるそう。私の木曜日の記事を読み、さらに思い出したり思い当たることがあったそう。「思い出さないように忘れたふりをしていたかも」とも書いてあった。私もまたその言葉を読んで、同じように思い当たることがあると感じた。誰しもいじめられたり、大袈裟でなくとも対人関係で嫌な経験をすると、「気のせい」と思い込みたくなると思う。そして自分がいかに幸せかと様々な幸せ因子をカウントしたり、「ポジティブ」というオーラで包み込みキラキラブログを書いたりするのだろう。 

「この人は本当はいい人」「でもたまたま何かありこういう態度なのだ」「私のために言いにくいことを言ってくれている」「私が悪いのだ反省しないと」などなど、相手はというか、同じコミュニティにいる者に悪人なしと思い込みたいのだ。特に私の場合は、子どもを持つお母さん達というカテゴリだったせいで、余計にそう思い込もうとしていた。

何もされていない、こんな事なんでもない、子どものために我慢しなければ、本当はいい人の筈、こんな風に考えるしかなく、見ざる言わざる聞かざる、日光の賢い猿のように振る舞うしかなかった。でも息子があの幼児園を退園させた時から、もう誰かに遠慮するのはやめようと思った。もちろん子ども達や私たちに親切にして下さる方々は別、意地悪された、無視された、変な噂を流した人、それを面白がって広めた人、知ってて知らん顔した人、挨拶もしない近所の人達。 どこに遠慮する必要があるのか、と。

もう私の中では最低の人間で、「悪い人達」といカテゴライズしてもいいんじゃないかと思った。相手がどうであれ自分がきちんとしていればそれでいいというのは、すごく日本人の美徳的発想だが、それが日本人の自殺数を押し上げている原因でもあると思う。

自分を故意に傷つける人達は、ばっさり切り捨てていいと思う。そんな人達にまで礼を尽くす必要はないし、少なくとも私はそんな気持ちもなくなってしまった。私をみて嫌な顔をする人とそうでない人というのは、分かりやす過ぎるくらい真っ二つに分かれている。嫌な顔をする人に会えば、私も無視する。今までは挨拶だけはせねばとか、優しい笑顔だけでもしておかねばとか思っていた。昔若いママが小さな私にそう言っていたからだ。

でも土地も違えば時代も違う。平和で安全に心穏やかに生きていくには、郷に入れば郷に倣え。穏やかな笑顔でいつも挨拶をしてくれる100年後の豊洲島の東十条桜子さんのような方たちだけを知り合いだと思えばいい。子どもだってそう、友達100人出来なくても、むしろ作らない方がいいのではないか。寂しいからと友達を作るとろくなことにならない、むしろひとりでいる方が心安らかで安全でいられると思う。 よく「いったいどこで知り合った?」という人間関係の殺人事件などがあるが、たいがい寂しさを埋めるための友達探しの末、みたいな事例が多すぎると思う。健全に生活するためには、時にはひとりでいる事も必要ではないか。

それでも幼稚園や小学校というのは、やはり友達がいないと居場所がないと思うし居心地も悪いだろう。親としてみたら心配で、誰か友達を作ってあげねばと思う。でもうちのようにどうしてもだめなら、スパっと辞めさせてもいいし、転校させてもいいと思う。私は息子が本当に窮地に立っていると気が付いてから、半月ほどリサーチした後すっぱり辞めさせた。何より本人が強く希望していたからだが、我ながら英断だったと思う。大切なのは、「あなたの世界はここだけではない」と教えてあげることではないか。息子もちゃんと学んでくれたと思う。

大人の場合は仕事や自分以外の人間関係に関わるので厄介だが、まあなんとか頑張ってとしか言えない。自分がままならない状況なので、他人にレクチャーできる訳がない。ただ言うとしたら、生きながらえてさえいればいつかパッと解決することがあるかもしれないし、達観して悟りを開くことで悩みが消える日がくるかもしれないということくらいか。今の私は悩みが消えたわけでもないし悟りを開いた訳でもないが、忙しくなってしまいそれどころではなくなった、という道に進んでいる。人生何がどうなるかわからないなと我ながら思う。

それでも得したと思うのは、地元の友達が前以上に親切で優しくなったことだろうか。勝手に東京にいき、自分勝手に楽しく暮らしていると思われていたのが、なかなかに苦労ているとわかってくれたせいだろう。帰省すれば友達があちらこちら連れまわしてくれて、レジャー、観光、食事会など開いてくれる。シルバーウイークに娘を連れて帰った時は、お肉屋さんですき焼きをご馳走になった。ものすごくいいお肉で、口に入れるとすぐ溶けてしまい「肉」という感じがしなかったほどだ。美味しかった。

それからブログを読んでくれている方から、「顔に出ないね」とか、「そういうキャラだとは思わなかった」などと言われることがある。顔に何が出ないかというと、苦労しているようにみえないし、いつもほわほわと楽しそうなどといまだに言われる。そして、「友達がたくさんいそう」「顔が広そう」などなど。それから「そういうキャラ」というのは、毒舌でむかつく人達をきっぱりdisること。驚いている方が大勢いそうだ。昔、ママ友たちに、「子どもを怒ることなんてないでしょう」「優しそう」などと言われていたが、その頃から声を枯らして怒鳴り育児をしていた。

そういうほわっとした雰囲気、自分では本当にわからないしかなり損だと思っている。なので舐められてイジメられたのだ。絶対に反撃などせず、泣いて引き籠るタイプと思われた筈だ。そしてあの噂、途中退園。もう再生不能でそのまま干からびて死ねばいいとか、どこか遠くに引っ越せばなどと言われていただろう。現に、ボスママ周りの子ども達が直接言われたりする。でも自分でもそういう泣き寝入りキャラだと思っていたのに、何故こんなことになったのだろう。

多分、子どもが出来て変わったのではないかと思う。なよなよフニャフニャやられっぱなしでいる訳にはいかないのだ。これからも奴らは暗黒帝国ダークサイドのプライドにかけて、様々な攻撃をしかけてくると思う。すごく面倒だが、ひとつひとつ潰していこうと思う。もうゲームだと思って頑張るしかない。私はもともとゲームが大嫌い。カードゲームも苦手だし、UNOなんて息子に毎回説明してもらうし、夫の実家が買った3DSは子どもが依存するのでへし折って捨てた。なのにリアルでこんなことに。

いっそニンテンドーに「ママ友バトル」とかいうゲームを提案してみようか。ロールプレイングゲームで、最初は捨て駒のようなボスママが何人か出てきて、最後は地域を司る大ボス、そして最後の最後に5年育休取得のメガボスママが登場。そのバトルに勝つと、また復職した先でお局ちっくなボスと戦う。女三界家なしというが、女に安住の地はないのかもしれない。なんだか人生ゲームみたい。でも面白そう、ちょっとお手紙書いてみようかしら。

それからこういう外見というか印象で得したのは、面接とお見合いなど。静かにしていれば、落ちたり断られたことはなかった。結婚した夫も「うさぎちゃんだと思って結婚したら大トラだった」などとぼやいていた。それから「ママはマングースみたいだ」とも。小さくて可愛く弱々しくみえるが、いざとなればコブラを倒す恐ろしい生き物なのだそうだ。本当にそうならどんなにいいか。いつもやられっぱなしで娘にも「ママはやられっぱなしで馬鹿みたい」とか、「バディのお母さん達全員に嫌われて変な人!」なんて言われてしまった。子どもはよくみているなと思った。

もうママは弱いおばちゃんなんだから、あまりイジメないで欲しい。おばちゃんといえば、最近娘の同級生のお母さんによく会うが、全員老けたなと思う。なんていうかbaba感がすごい。10年の歳月は美しきキャナリーゼを街のおばちゃんに変えてしまった。多分、多分私も「近くでみると」なんて同じように思われているだろう。10年、本当にあっという間だった気がする。
街で赤ちゃんを連れた若いお母さん達をみると、頑張ってねと心で思う。 そろそろ私もサポートする側に回らなければとも思っていたところに、ファミリーサポートの会員継続の用紙が届き、「協力会員」にはじめて〇をしてみた。このファミリーサポート事業についても、語らせたらブログでスクロール10回じゃきかないくらい語ることがある。これについてはまた後日別途書きたい。続きを待て。

今日は家族全員何も用事がない珍しい日で、みんながずっと家にいる。図書館に逃げようかなと思っていたが、なぜだか荒れずに落ち着いている。夫が朝一瞬娘を怒鳴りちらしていたが、私が怒って回し蹴りを入れたら大人しくなった。娘に聞くと寝たのは12時で、「9時までには寝せる」という公約をまた破ったのだ。議員ならとっくに辞職だ。そうだ、昨晩は夫の罵声で起きなかったので、12時間くらい寝てしまった。私に夜中に起き出されて眠れず、会社で辛かったのだろうか。 ザマ(以下略)

娘とも一緒に料理をしたりといい感じ、一緒にトマトソースとちぎりパンを作った。たまたまスクエアの型があったのでそれで作ったら、本に載っているようなのが出来た。やはり手作りすると美味しい。今度は全粒粉やシードを入れて焼いてみようか。トマトソースは今夜のピザ用。サルバトーレのチラシのピザが美味しそうだったので、食べたくなったと娘。あとでアンチョビとブラックオリーブを買ってこなければ。今夜も多分ワインを飲むと思う。夫がファミマのフルボディを夕べ買ってきてくれた。せっかくなので飲みながら初期のスターウォーズでも家族で観ようと思う。

※美味しすぎて食べ過ぎた

※娘がひとりで作ったトマトソース

※ファミリーマートコレクション


【編集後記】

今日は合評会の締切日。昨日一作品だけだした。他の方の作品を早く読んでみたいが、自分のも読まれるかと思うと恥ずかしい。

赤ワインが好きで家ではこれ以外飲まないが、逆に外では飲まない。ワインは外で美味しいものを飲もうとすると、かなり値がはる。ソムリエに「どっしりとした黒色に近い赤ワイン」、などと言える立場の時は喜んで飲むが、そんな時はほとんどない。カジュアルなお店のワインは甘くジュースみたいなものが多い、ならばビールかサワーを頼む。逆に外で飲むビールや酎ハイはとても美味しい。多分これらを飲むときは大勢で飲むからというのもあるだろう。最近近所のサイゼリアで赤のグラスワインを飲んだが、なかなか美味しかった。これも一緒に飲んでくれる人がいたからだと思う。

家で飲むワインのほとんどは、コンビニで買うことが多い。最近のコンビニワインはなかなかに美味しいものが揃ってきた。価格も500円から1000円台、中には2、3千円のものもあるがこの辺りには手を出す立場にないと自負している。自分でお金を稼げるようになり、尚且つそのあたりで何か臨時収入があったりした時に買って飲みたいと思う。そんな日が来るだろうか。

以前はセブンばかりで買っていたが最近はファミマでも買う。ファミマセレクションPBブランドのワインで、600円くらでフルボディと明記してあるものがある。コンビニのワインは、「辛口甘口」「重さライトからフルボディ」などそれぞれ味覚指数のような表示があり、ワインの味や風味がわかりやすくラベルに明示してある。

ある日この「フルボディ」表示の赤ワインをみつけたので、もちろん買って飲んでみた。結果は、「うーん、フルボディといえばそうかもしれないが、エノテカあたりならミディアムくらいかな」という印象。それでもプラシーボ効果なのか、フルボディと思って飲めばそんな気がして美味しい。甘ったるさのないふくよかな風味が心地よい。

※「フルボディと言ったらフルボディなんだ!」と主張しているよう

昔、村上春樹のエッセイで、どこか外国に暮らしている時にマグナムサイズのワインを買って、氷を入れてがぶがぶ飲んだと書いてあり、ワインに氷!と驚いたがやってみると美味しい。

いいワインでは邪道だが、ライトな種類のものなら、氷入りの方が美味しいかもしれない。とはいえ、私はいつも常温で飲むことにしている。身体が冷えると健康にも美容にも悪いからで、冬はナツメグやシナモンを入れて電子レンジで温めて飲むこともある。体がぽかぽかしてきてすぐに眠くなってしまう。ナイトキャップは睡眠を浅くするのでよくないといわれるが、私にはちょうどいい感じ。

でも最近は、お酒はほどほどにしたいと思うようになった。色々あったし、健康上の理由もある。最近計測したら血圧が高くなっていたが、最近子ども達を怒ると血が頭にのぼってくらくらするし、言葉がとっさに出てこないことも。何かワインと因果関係がありそうで、マズイかもと思うのだ。

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※こちらはセブンのワイン。こちらのミディアムはちゃんと重さがある

と、ここまで書いて、人間ドックに年度内に行かなくてはと思い出した。色々次々と用事があり、まるでもぐら叩きゲームのようだ。必死にもぐらを叩いているうちにゲームオーバーとなり、人生も終わるのだろうか。

ところで今は夜中の2時。夜9時くらいに息子と寝たのだが、夫が娘を怒鳴り散らす声で11時過ぎに起きてしまった。まだやっているのかと、起こされたのもあって腹が立った。「いい加減に寝かせなさいよ!」と夫と喧嘩になり、10分ほど言い合いをしていたら今度こそ目が覚めてしまった。毎日毎日このくらいの時間に夫の怒声で目が覚める。そして怒って眠れず目が覚めるが、夫はそこから朝まで就寝。

これまでは夫の睡眠、翌日の仕事に差し障るといけないと別室で静かにしていたが、今日は何故こんな理不尽なことが許されるのだろうと思った。いつもいつも夫の睡眠の邪魔にならないように生活してきたのに、夫は私の眠りについては全く無頓着。馬鹿馬鹿しくなり、もう慮るのをやめることにした。

2時に起き出し部屋を出て、リビングダイニングの大きなテレビをつけた。夜中のテレビショッピングは、女性の薄毛についてのラインナップが多い、何故だろうと思いながら夜食を作って食べ、珈琲を飲み、パソコンを開いたり明日の予定を書きだしたりした。なかなか充実した時間となった。

3時頃物音で目がさめたのか、夫が忌々しそうに起きてきた。「あなたのせいで目が覚めちゃったから」というと、何も言わすに寝室に消えた。子ども達はいったん寝てしまえばこんな生活音では起き出さない。ベッドサイドでライトをつけるとモゾモゾしだす息子も、部屋のドアを閉めていたせいか起きてこなかった。

なんだ、こうすればよかったのだ。私が夜中に起き出すのは私を起こした夫に責任があり、それを担ってもらえばいい。起きられるのが嫌なら私を起こさないように気を付ければいいだけなのだ。 ブームになる前から長年アドラー心理学も勉強していたが、ここで役にたってくれたように思う。

夫は本当に声が大きく張りがあり、部屋中ビンビン響く。窓を閉めていても夜中のこと、ご近所迷惑だと思う。娘が朝ダイニングで朝食を前に座ったまま寝ていた。夫は「寝ずに勉強しろ」という。気の毒に学校でも眠いだろう。塾でも居眠りしていたと聞いたことがある。反して息子は私の早寝早起きにつきあってくれるせいか、毎日10時間は寝ているので、朝から元気いっぱいだ。

もう一度言いたい。もう色々先回って夫だけでない、誰かを慮るのはやめようと思う。頼まれもしないのに色々しても相手は当然、もしくはそちらが勝手にしているからなどと思うのかもしれない。子どもを持つお母さん達の非礼さ不躾な態度、またまた私が出会った方々達だけかもしれないが、人としてどうかと思うことばかりだった。人の良さそうな人には徹底的に甘えて当たり散らして知らん顔。もう絶対相手にしないようにしたい。

夫も自分は外で働いているせいで、その睡眠を確保するのは家族の責任とでも思っている節がある。だいたい4時間くらいの睡眠でいいそうで、家族にもそれを強制するようなところがある。私は8時間は寝たい。子どもはそれ以上寝せたい私が、大人と子どもは違うと何度いってもわからない。児童相談所で私も職員の方と一緒になり夫を叱ったが、何を言われているのかよくわからないようだった。 

ワインの話がまた夫その他へのdisり記事になってしまったが、再来年娘が6年生になり、夫の横暴はひどくなると思われるのでこんな事を考えた。私が息子を連れて、一年だけ別居したらいいのではないか。どこか自然の多いのどかな土地で、一年限定で息子とふたり暮らし。いいなあ、なんて。夫にちらっと話したらバカも休み休み言えといわれてしまったが、私は大まじめ。候補地として、高知がいいのではないかと思っている。

坂本龍馬の故郷、SASUKE森本くんのいる高知、ブロガーイケダハヤトさんのブログで情報も入手しやすい。田舎に暮らし、美味しいものを食べて息子とあちらこちら遊びまわりたい。豊洲や私の地元の友達も遊びにきたりして、一緒に観光すれば楽しいだろうな。仕事はどうしよう、住むところも考えなくては。折角なので、郷土研究として、やはり坂本龍馬の史跡を訪ねて研究し何か書いてみたい。やはりあと一年で大学は卒業しなくては。

あー夜中起きたせいか、色々と夢をみてしまった。夜の手紙は朝読み返してから出すというが、この記事はこのままアップしてしまおう。もしかしたら実現するかもしれないし、しないかもしれないが夢は大きく。そうだ、今飲んでいるのは赤ワインではなく珈琲なので誤解なきよう。念のため。


【編集後記】

今日は金曜日。息子とスターウォーズでも観ながらワインを飲もう。

ビタミンプラスで買ったドロップ型の加湿器は、店頭見本品のせいか、水を入れたところ蓋から水が漏れてしまった。返品に行くと、すみませんと快く受けてくれた。こちらこそ、すみません。

そして新しいのを買うことにした。そもそも今使っているシャープのHV-N50CXが、動作音が大きくなってしまい、故障と思われるが修理代を払うより買った方がいいだろうと思われる年代もの。今の加湿器事情はどうなっているのか。調べてみた。

Amazon と楽天でランキングをみると、それぞれ全く違う商品がランクインしている。ノジマやビックカメラだとまた違うラインナップになるだろう。メーカーの営業具合にもよるものだと思う。

私は美術畑の人間でもあるので、デザインは非常に重要視する。スタイリッシュで高機能なものが欲しい。とはいえ、奇抜なデザインのものはNG。生活に馴染み、違和感がなく、それでいてシュッとしたものがいい。色はホワイト、形状はスクエアでしっかり長方形。少しでも台形寄りのものはいやだ。真っ直ぐ立つものがいい。

それで見つけたのが、AQUAという楽天のお店の「mist box」という製品。真っ白で四角くて、超音波で大量の蒸気があがり、一瞬にして部屋がしっとりするらしい。お値段は送料無料の5,980円。理想のデザイン、音も静かそうでおもわずポチりそうになるが、もう少し調べることにした。

※四角いデザインがいい!「mist box」湿度計がおまけでついてくる 。加湿のみ。

次に気になったのが同じく楽天の「SHARPプラズマクラスター7000」というもの。トーカ堂TVショッピング楽天市場店が発売している。プラズマクラスター搭載モデルは空気清浄機も兼ねているらしい。これは買いではないかとまたしても思わずポチりそうになるが、まだまだもう少し調べることにした。

※SHARP KC-30T4 加湿、イオン、空気清浄機能全部ついてこの値段

このKC-30T4は、デザインも機能もかなり気に入ったが、SHARPのサイトでは紹介されていない。もしかして〇チもんかと思い、シャープに電話してい聞いてみたところ、トーカ堂テレビショッピング用に作った製品で、シャープでは販売していが間違いなくシャープ製だそう。ならば安心かと思いきや、サポートの方が気になることを言い出した。

「これはローター式ではありません」

ローター式とは、加湿をひろうフィルターが回転することで蒸気を生成する方式で、部屋が加湿が必要ない湿度になると自動で回転しながら水から離れ、清浄した空気のみ送風される。トーカ堂製品はこれではなく「気化方式」と呼ばれるもので、常にフィルターが水に浸かっている状態なのだそうだ。

「気化方式」は、湿度が高くなれば送風量をコントロールすることで湿度を抑える。もし加湿なしで送風を強くしたいなら、水タンクを手動で空にする必要がある。梅雨の時期など困りそうで面倒だと思った。 

すでにこの「気化方式」のものは、シャープでは販売していないという。それって古いタイプの方式ということですか?と聞くと、「いいえ、そういうタイプの製品の扱いがなくなっただけです」という。ものは言いようだなと思った。しかしこのたまたま電話に出た方がそうなのか、シャープのコールセンターがそうなのかわからないが、大量の様々な私の疑問を瞬時に解決してくれた。「お調べしますので少々お待ちください」が一度もなかったのはすごい。コールセンターはいつもこうであって欲しい。

「シャープで聞いたことまとめ」

・加湿器・・・湿度をあげるための機能。ローラー式、気化式、加熱式がある。加熱式はより多くの蒸気が出る

・空気清浄機・・・字の通り空気を清浄するもの。吸い込んだ空気をフィルターでろ過することにより、ちり、ほこり、ウィルスやダニなど小さな虫の死骸などもろ過する。空気清浄機には気化式の加湿方式しか搭載できない。
・プラズマクラスター・・・プラスとマイナスのイオンで空気中の悪いもの、例えばウイルスなどの蛋白質を分解して塵にするとか。医療器ではないがそれらは実証済みとのこと。

・ハイブリッド・・・違うものを組み合わせるという意味で、シャープでいえば「加湿空気清浄プラズマクラスター」を搭載したKCシリーズなどがこれにあたる。

なるほどと思った。勉強になるなあ。

※HVシリーズ。E30、E50、E70がある。これはE50の最安値送料込み。 空気清浄機はなし。

ちなみにE30は気化式、E50とE70はヒーターで加熱式。加熱式は湿度を上げやすい。ウィルスを抑制するプラズマクラスターはどれにも付いている。 買うならE50がいいだろう。

ちなみにビタミンプラスで買ったのはこれ。これも加湿というだけなら十分使えるものだし、直接蒸気がどんどん出てすごくいいと思う。近所の薬局の待合にこれがあり、近くに座ると呼吸が楽で、今度買うならこれにしようと決めていたのだ。安いから飛びついたという訳ではないのだ。

※やはり白がいいと思う

これはもうシャープのHV-E50で決まりかなと思いきやまだまだ。パナソニックを調べないでどうする。ということでPanasonicのサイトへお邪魔してみた。さすがパナソニック、蒸気の出し方についてわかりやすい説明があった。

Panasonicサイトより。「加湿機は4つの方式があります」

・超音波式・・・霧吹きでミストを出すイメージ
メリット:加湿の様子が水煙でみえる。デメリット:水滴に菌が乗る、周りが濡れたりする

・スチーム式(加熱式)お湯をわかして蒸気を出すイメージ
メリット:加熱するため水の菌は死滅。デメリット:吹き出しが高温、電気代がかかる。

・ハイブリッド式(加熱気化式)濡れたTシャツに温風をあてて湿度を出すイメージ
メリット:水蒸気が小さいため菌が乗りにくい。デメリット:電気代がかかり音が大きい

・気化式。濡れたTシャツに早い風をあてて湿気を出すイメージ (注意:シャープの「気化方式」とは異なる)

その下に、「パナソニックの気化式なら」とメリットが5つほど書いてある。どうやらパナソニックはこの「気化式」を推奨しているようだ。DCモーター搭載などと、製品のラインナップが並ぶ。そしてパナソニックといえば、「ナノイー」。これはシャープの「プラズマクラスター」に相当するようだが、シャープは空気中の雑菌をやっつけるとうたっているのに対し、パナソニックは「お肌や髪にもうるおい効果」と、美容的効果を押し出している。小さく「カビ菌やニオイ、アレル物質など目にみえない不快な原因を抑制する」とある。

シャープのプラズマクラスターの説明と、パナソニックのナノイーの説明、同じようなことが書いてあるのでやはり同じものだろう。

という訳で、DCモーター搭載ナノイーつき加湿器はこれがいいのではないかとアタリをつけた。空気清浄機もつけたいが予算的になしに。これはナノイーつき3機種の中で一番音も静かだ。 真っ白で真四角なのもわたし的に合格。

※同じシリーズで他に KXL07、KFL07がある。 これらも空気清浄機能はなし。

ちなみにDCモーターとは、ACモーターに比べて消費電力を節減するモーターののよう。

どうしようか迷う。やはりちょっと高いけどパナソニックにしようか、同じ機能ならお得なシャープにしようか。他のメーカーは買うつもりはないので割愛。何かいいのがあるかもしれないがこのふたつのメーカーに勝るところはないだろう。迷う、迷う。でもPanasonicはやはりデザインもいいし、ナノイーという言葉も好き。

でも一番のおすすめはこれ。数日使うだけで疲れてしわっぽくなった肌やもじゃもじゃの髪が格段につやつやになる。

コロナ 美容健康機器 ナノリフレ CNR-400A

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価格:21,384円(税込、送料込)

※安くなったなー


※愛用中。エステ効果のあるミクロのイオンが出る

でも今回は夫と娘が使うもの。水のタンクは大容量のものがいいだろう。ナノリフレはタンクに水が750mlしか入らない。温ミストのパワフルバージョンで稼働させると1時間で空になる。温ミストなしナイトバージョンでは12時間。夜はナイトバージョン、顔を近づけてセルフエステで温ミストを使えばいいのか、なるほど。今気づいた。


という訳で、空気清浄機はつけると高くなるのでなし。そこから「ナノイー(プラズマクラスター)」搭載の加湿器、四角いスッキリデザイン、給水タンク容量、Panasonic ということで、このFE-KFL05-Wに決定とする。乙華麗。


【編集後記】

午前中これしか出来なかった。買い物に行かねば。


※音が静かになった。まだこれでいけそうじゃない?これも加湿とイオンだけ。

今日のすることメモ

小説の続きを書く
DVD返却
ガープの世界、ユリシーズ読む
バレンタインお返しお菓子6個
名刺作る
Sさんの会日程決め
着物整理→送る
夕飯はシチューとハンバーグと炒飯(息子リクエスト)
加湿器新しいの買う
ヴァセリンクリームポンプ探す

合評会の締め切りはもう今週末。作品ふたつのうちどちらを出そうか迷いながら書いているが、どちらも筆が進まない。頭の中ではもう完成しているが、細かいディテールを重ねてマチエールを創り上げようと苦心しているのだ。そういう作業はやはり苦手。たくさんの人に読まれるというプレッシャーが、余計な雑念となっている気がする。今回は見送ることも考えたが、最後まで粘ろうとも思う。また何かカンフル剤的出来事が降ってこないだろうか。

昨日の父兄会→面談は思った以上に話しがスムーズに運んだ。やはり出がけに急に晴れたのは何か天啓のようなものだったのかもしれない。このままツツツーと氷上を滑るように、いい地点に着地することを願う。が、多少のコントロールと努力も勿論必要。

しかしKさんのウルトラC的発想はすごい。大勢でああでもないこうでもないと話し合うより、誰かひとりの閃きが問題解決には必要だと思っていたがやはりそうだ。あと半年の間気を抜かず、協力しあって完走したい。

先ほど『ユリシーズ』を完読。といっても、『マンガで読破』シリーズ。本作品も読んでみたいと思った。『ガープの世界』も同じく先にDVDで観たら面白かったので文庫を読んでいるが、本はもっと面白い。また時間泥棒的アイテムをみつけてしまっただろうか。

図書館には『ガープの世界』の映画パンフレットもあり読んだ。ジョイスの『熊を放つ』が『熊の解放』と紹介されていて笑った。村上春樹が『熊を放つ』と訳して日本に紹介したのだろうか。熊の解放では確かになんだか奇妙だ。実はこれも借りてきたので、細切れの時間をみつけて早速読みたい。速読について興味が出てきた。あれはどうなんだろう。

それと、今日は月曜日。ダイニングやキッチンは片付いているだろうか。最近、というか、もうここ数年あの辺りは夫に占拠され、自分の居場所でなくなっている。キッチン、ダイニングは私の一番好きな場所の筈が今はそうではないように思える。

月曜日のキッチンは油にまみれて汚れ、洗った食器が隙間なく積み上げられ、ダイニングテーブルには娘の教材や夫の資料がテーブルが見えないほど広げられ、椅子の上にもあれこれが置いてあり、時にはこれらが雪崩れ落ちている。テーブルの下には食べカスやらゴミやら剥がした付箋などが散らばり張り付き…もう想像しただけで憂鬱。

一番広い部屋を夫と娘の勉強部屋にしているが、そちらにあるそれぞれの勉強机は同じように雑多な様々なものが積み上げられ、物置きというか夢の島状態。床も隙間なく物が落ちているというか、置いている?なんのつもりだろう、一歩も足を踏み入れたくない。たまに廊下にまでこれらが進出してくるのでモップで戻す。

彼らは毎夏にここで養蚕をしている。今年からはやらないと言っているが、「もう孵化しちゃったから育てないと」などとまたやり出す気がする。だいたい結婚した当時から痩せる痩せると言っているが1gも体重が減っていない。これを嘘つきと言わずしてなんというのか。有言不実行の権化。出来ないなら言わなければいいのに。何故か私が痩せてしまった。もうデブでもチビでもハゲてもいいから部屋を綺麗にして欲しい。

タスカジさんに日本人の方が増えているようだが、なんとなく当初のコンセプトと逆行していないだろうか。でも外国人に難色を示す方もまだまだ多いのかもしれない。

そういえば、うちのマンションのAirBnB問題はどうなっただろうか。最近外国人ツーリストをマンション内で見かけなくなった気がする。いいアイデアだと思うが、自分のマンションではやはり困るというのが本音。自治会がなんとかしてくれたのだろうか。良かった。

今月は半分過ぎてしまったが、サラダ強化月間にしたい。『北欧のオープンサンド』という本を借りたらサラダが食べたくなった。作り方が紹介されている真っ黒なライ麦パンも美味しそう。作ってみようか。その前に、まずはキッチン、ダイニングからリビングまわりを掃除せねば。

それが終わったら、今日こそ着物の整理をしたい。私に似合わないが一番高価という理由で所持し続けていたものを似合うひとに送る。そして何枚か残してあとは処分。前にも書いたが、この先着物を着る機会があるとは思えない。着物を着るセレモニーは、子どもの小学校入学式くらいだろう。それももう終わった。仕舞うスペースと煩悩で葛藤する時間がもったいない。

掃除をしてグッタリもう何もしたくない、となるだろうか。月曜日は憂鬱。

※映画のパンフレット


【編集後記】

なんだかいつにも増して愚痴っぽいのは体調が悪いのかも。昨日インフルエンザが治りかけの方と、2時間近くも狭い部屋でミーティングをしてしまった。知っていてマスクをしなかった。ビタミンを摂取しよう。




図書館で小説書く
小説現代読む
『ユリシーズ』『ガープの世界』小学校のDVD借りる
12時息子にお弁当届ける
15時から保護者会
16時から先生たちと面談

車が戻ってきたら
DVD返却
加湿器交換
お返しチョコソニプラで4つ

朝から家族は大揉めに揉めていた。息子を蔑ろにして一日の計画を立てる夫に腹が立った。それに家の中がメチャメチャに散らかり、「片付けてから外出すること」と言い渡した。専業主婦のくせに何もしないだの言われ、私も色々言い返したりして収拾がつかなくなってしまった。

夫は手作りの料理がたっぷり食べられれば満足な人で、私は部屋がキチンと整理整頓され尚且つ床に何も落ちていなければそれでいい。食べるものについては、身体にいいなら多少美味しくなくても満足。そもそもプライオリティが違うし、価値観も全然違う。家族というのはなかなかに難しいと思った。

家族がそれぞれ出かけてやれやれ。

ほっとするのも束の間、ご近所の子がママのおつかいで、ロールケーキと友チョコの差し入れを持ってきてくれた。家族が出ていったすぐ後なので、また下まで何か持ってきてと子どもがチャイムを鳴らしていると勘違いして最初は無視してしまった。ごめんなさいと訳を話してお詫びした。

あーダメな人!反省!これからチャイムはすぐ出る‼︎

頂いたケーキを食べた。美味しくて2つも食べてしまった。

※コストコの米粉ロールケーキ

これを食べたら息子のお弁当を作る。このケーキを詰めてみようか。

※詰めてみた

小説現代は、ショートショートという公募で入賞した方がみえるので読みに行く。5作のうち、どれかすぐわかった。変なペンネームで出したと言ってみえたが、なかなかに素敵だ。

皆それぞれ頑張っているんだと嬉しくなった。「小説家になりたい」と、ハッキリ宣言する方もいらしていい感じ。私も頑張りたい。本当に京都造形大学に入学出来て良かった。改めて、送り出してくれた武蔵野美術大学の学長にも感謝の意を表したい。


【編集後記】

今日は少し緊張する用事がある。今日は一日中天気が悪そうだが、明るく行きたい。→出かけに急に晴れた。幸先良さそう。

忘れないようにTODOリストを書く

大学の読書会14時から
帰りにビバで加湿器買う
セリアでアクセサリーのパーツ買う
Tさんからマフラー受け取る
Yさんに切り抜き渡す
Wさんに事業計画書について聞く
ソニプラで娘ちゃんにチョコ買う
娘ちゃんにチョコくれたお友達のチョコ買う
ライター記事のための素材買う

※リボンで作品を作り記事を書く

バレンタイン、息子にはいつものBIGチョコをプレゼント済み。この人については心配は多いが悩むことは何もない。本人も悩みもなさそうで野生の猿みたいな人だが、色々あるだろうと思う。頑張れ。

大学に早くいかねばと11時に到着。なんのために早く来なければいけないのか、なんの用事だったが忘れたのでパソコンを起動してブログでも書こうとウロウロしていたら事務の方に呼び止められた。そうだ、卒業制作集の閲覧をお願いしていたのだった。

貸し出された『フルホンヤ・ラスト・デイズ』を拝読。インスピレーションで感じた通りのすごく面白い作品だった。ちなみに作者さま、P.53の記帳は基調の間違いではないでしょうか。

この作品は全53頁48,892字。1時間10分ほどで完読。面白くて一気に読んでしまった。おかげで卒業制作完成作品のボリュームもよくわかった。A4で1センチほどの厚み。これを自分も一年かけて完成させることになるのか。やはりあのテーマを選択してよかったと思った。多分あれなら文字数が足りないくらいになりそう、書きたいことがたくさんありすぎてどの部分を削るかで悩むことになると思う。

その後、読書会。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』について意見交換。いやーもうっすごく盛り上がったし、面白かったし、こんな読み方があるのかと参加者の意見を聞いて目から鱗がぽろぽろ落ちて床がキラキラ光るくらいだった。宮沢賢治の研究をされている水野先生の話も興味深くて、ずっと聞いていたいくらいだった。

今日のイベントが良すぎて「大学を卒業したくない」と言うと、お茶しにいった先で隣の卒業生の方が真面目な顔で「早く卒業したのを後悔している」などと言い、その前の同じく卒業生の方もうんうん頷いていた。すると反対側に座っていた文芸コースの星Kさんも、「僕も編入できたけれどあえて一年生で入学して正解だった」などと言い出した。実はこういう「あえて一年生から」という人が結構いるのだ。私もまた一年生からやれば良かったと少し後悔していると、「もう一年勉強して再来年卒業にしたら?」などと提案された。それもいいかもと思う自分がいた。

それよりも本当にみんな大学が好きなんだなと感心した。でも現に私も授業やイベントがある時などは、用がなくても早く大学に行く。行って珈琲を飲んだりパソコンを開いたりしていると、誰かしかがいておしゃべりしたり情報交換したりする。今日は文芸コースの人が誰もみあたらないので、事務の方とおしゃべりしたりした。

あと一年で卒業かと思うと、なんだか寂しくなってしまった。

お茶を途中で失礼して早めに帰宅。娘に頼まれていた加湿器と、自分用にアクセサリーを作るパーツを買いにビバに寄る。加湿器は最終セールでほとんど残っていなかったが、展示品でもいいから欲しいというとセール価格から更に30%も おまけしてくれた。ビバ2階のビタミンプラスというお店で、「私もここで働きたいんですよね」などと店員さんとお店の商品などについて無駄話。ここは美活に必要なもの、話題のコスメなどがすごく充実していて、行けばあれこれ見たりサンプルを試しているうちに軽く1時間は経ってしまうお店だ。

セリアに移動して、アクセサリーのパーツやら買っていると、あの親子に遭遇。無視はされなかったがずっと私をみてニヤニヤしている。まだこのブログを読んでいないんだなと思った。なのでボスママ軍団から色々聞いて、「私知っているのよ」とでも思っているのだろう。自分の子どもが虐められているのも知らず、呑気な人だなと思った。それともブログの存在は知っているが、あのボスママの陣頭指揮で更に私を陥し入れる秘策でも編み出し何かしているのだろうか。まあ馬鹿は相手にしないと決めたが、とりあえず挨拶だけしておいた。

その後スーパーの方に移動するとUCCの試飲をしていたので、「珈琲はUCCですよね!この前M〇XIM 買ったら」などと立ち話をしていたら、30%増量パックをわざわざ持ってきてくださりおまけも頂いてしまった。店の奥ではコストコフェアで大容量の色々が陳列されていた。プルコギを買うつもりで探したが、娘が好きなブルーチーズの大きなパックを見つけたのでこちらを買って帰途につく。

今日もすごく充実したいい日だった。

そうだ、昨日地元の同級生が「皆で飲んでる」とメールしてきたので悔しくて電話したら、順番に皆と話せた。春に帰省する話をしたら、クラス会をやってくれるそう。クラス会なんて、卒業してから初めてではないか?私の慰労のためだろう。地元のボス軍団には可愛がられていたな、そういえば。極道にいったかもしれない同級生も、私にはなぜか優しく悪さをしなかった。なのに健全な筈のママ友の世界で、私はイジメ倒された。すごく不思議。この辺りはまた追い追い考察したい。これらを分析したり考えたり、書いたりが、私のライフワークになりつつある。

秋のシルバーウイークは娘を連れていったので、今度は息子を連れていこうと思う。

同級生の親友は今のブログを読んでくれているので、「あなたが辛い時に助けてあげられなくてごめん」などと謝られてしまった。「いじめられても村八分にされても私は東京が好きなのよ」と返事したが、自分で言って驚いた。でも確かにそうかもしれない。地元で結婚して暮らしていたら、友達もたくさん、子育ての手も多く楽しくて楽だったかもしれない。でもきっと「あの時東京にいっていたら」とか、「私に勇気があれば」などと、「たら」「れば」ばかりの人生だったと思う。

これからまだまだ私をいびりたいお局さまチックな人とか、意地悪な根性の悪い産休育休5年のボスママっぽい人や、その人達が怖いからと一緒になって徒党を組みなんかしてくる人達とまた出会ってしまうかもしれない。でもやはり私はここがいいのだ。なので現状に悔いなし。もう少し自由になるお金があればもっと楽しいのにとも思う。やはり早く卒業して働こうと思った。


【編集後記】

 Tさん素敵なお菓子ありがとうございました♡

※dean and delica のチョコなんて初めて💞美味しそう✨

えみりちゃんの本はヘアカットの時に持参して「えみりちゃんヘアに」とリクエストするための本。あのホットクレンジング使ってるなんて何処にも書いてないぞ。

昨日はタイムスケジュール通りに用事がこなせた。叔父の家で確定申告の手伝いをし、ランチを食べて帰宅。その後は息子の同級生のお母さんと習い事に出掛け、帰りがけ一緒に軽く夕飯を食べて帰宅した。ちょっとお酒も飲んだので、お風呂に入りそのまま寝た。
ダイニングをみると、夫と娘は手巻きずしを食べるつもりなのか用意がしてあった。外で食べてきた私たちが妬ましいのか、「食べないでよ」などと意地の悪いことを言われたが、無視して就寝。2時頃背骨が痛くて目が覚めた。

最近背骨中心に背中が痛い。最初は首まわりの懲りだけだったが、だんだん背中に痛みが移動してきた。多分、運動不足だろう。あちらこちら移動は多いが、体操的な運動はしていない。ヨガにでも定期的に通いたいが、適当なところがみつからず時が過ぎてしまった。

子どもの同級生のお母さん何人かがヨガ教室を開いているのは知っているが、大概ばったり会うとムッとされ目線を外され無視される。なのでどこも行く気になれない。バディじゃなくてもバディ菌には感染するのだろう。どうぞお大事になさってください♡

ということで、運動不足はそのまま。ヨガより本当はプールに行きたいが、このあたりだとDO!ということになり、ちょっとそこまでの余裕はない。もし余裕があれば息子に何か好きなことをやらせてあげたいと思う。昔独身の頃に住んでいた荒川区には、北島康介も通っていたという区民プールがあり、大人向けの水泳教室がたくさんあった。どれも廉価でカリキュラムも楽しかった。

それはさておき叔父の話し。家に行くとやはり「パソコンがうまくいかない」などという。年よりは大概システム系のトラブルをうまく説明できない。電話だとわけわかめだが、見れば一目瞭然。最近新しく買い替えたばかりのノートパソコンを借り、あちらこちらチェックしだした。

パソコンを買い替えさせたのは実は私で、以前電話でパソコンが起動しないなどというので電源を落として再起動させたところうまく起動した。だが、だんだん頻度があがり、電源を落とした後起動しないなどというので、新しいのを買うようにすすめたのだ。

だが、行ってみれば大した問題でもなかったかもしれない。起動しない、などといっても様々で、電源が本当に入らないのか、ブルースクリーンでとまってしまうのか、BIOSがうまく流れないのか。みればわかっただろうが電話では埒があかない。サポートの人にに来て貰うのは気が進まないなどというので新しいものを買ってと言ったのだ。古いものはサブにさせようと思ったら、下取りで売ってしまったという。細々と言わないと、そうだろうなと反省した。

叔父が四苦八苦しているのは、国税電子申告・納税システムe-taxで、正確にいうと、そこからパソラというICリーダーで住民基本台帳カードを読み込ませられずに困っていた。確かにその画面になると、読み込みボタンが表示される画面が出てこない。何かモジュールが不足してるかとあちらこちらチェックしていると、とんでもないことがわかった。

叔父の最新パソコンはWndows10、この新しいOSのブラウザは2つ入っている。ひとつは通常のインターネットエクスプローラーでバージョンは11(internet exprolere ver.11)、だがこのブラウザはデフォルト(通常使うソフト)に設定されていない、それどころかデスクトップやメニュー上には見えないようになっている。それなら何がデフォルトかというと、なんと、なんと、

Microsoft Edge
※注 Microsoftのサイトをみにいくと余計にわけわかめになるのでwikiをリンクした

ぐぐるとMicorosoft Edgeについてこう説明があった。

「Microsoft EdgeはInternet Explorer 11とInternet Explorer Mobileの後継としてデスクトップ用Windows 10とモバイルデバイス版Windows 10両方のデフォルトブラウザとして提供」


※左がEdge、右がIE、紛らわしすぎ

またしてもマイクロソフト、ユーザーに負荷をかけてサポート代で生業をたてる企業だけあると妙に感心してしまった。しかしいい加減にして欲しい。

「なにこれーーー!」と叫んでしまった。心の中では「なんじゃーこりゃああああ」と松田優作も一緒に驚いてくれた。本当になんなのこれ。e-tax のサイトで確認すると、すごく小さく簡素に「Microsoft Edge は対応していません」などと書いてある。しかし推奨環境のところには、「Wndows10対応済み」などとある。このあたりの因果関係、いったい何人の一般人がすぐ気が付くだろうか。特に叔父のような隠居世代には絶対無理だと思う。

しかもIEを探してもどこにも見つからないので、画面左下のWindows マークを右クリックして「検索(S)」メニューからわざわざ探し出した。

(※【豆知識】表示されないアプリケーションの探し方。左下済みにあるウィンドウズアイコンを右クリック、「検索(S)」を左クリックし、出てきた窓に探したいアプリの名前をタイプ、この場合はinternet exproler なので「ie」(IEでも可)と入力すると、すぐ下に表示されるのでクリック。クリックで起動させる前に右クリックして「タスクバーにピンどめする」をクリックしておくと、次回からはタスクバーから起動できる)

すると、すらっと何食わぬ顔でIEが現れた。文句を言っても仕方ないので、IEから確定申告の申請をした。すると当然のように最後まで進み、ICカードリーダーの画面やボタンが表示された。やれやれである。

しかもパソコンが新しいので個人情報を全部入力しなおし、住民基本台帳をICカードリーダにセット。ところが今度はカードの情報を読み込まない。PASORAのサイトにいくと、最近流行りなのかyoutubeでセットアップの方法などを知らせるためのアイコンが並んでいるだけで、ドライバがなかなかみつからない。書いてある情報なら一瞬で読めるが、youtubeは余計なシーンなどもあり肝心な情報までなかなかたどり着けない。早送りすると見逃したりする。この辺りも一件親切でいらぬお世話的なものを感じる。

HJS0407Eerror
※問題の「HJS0407 Eerror」ほとんどの人がこのエラーでつまづくと思われる

世の中はTime is Money。余計なリソースを消費者に負担させるというのは、民事的提訴の対象にもなると思うが如何なものか。アメリカなら誰かが訴えそうな気がする。「時間を無駄にした、損害賠償請求する」などと。

久しぶりにデバイスドライバーの画面をみたりしたが、ドライバーは正常に読み込まれている。

デバイスマネージャ
※近接通信デバイスとはなんぞや?とクリックしたらpasoraの文字。わかりにくい。

「NFCポート自己診断」というメニューをみつけてチェックするが、ハード的にも問題ない筈だ。「NFCネットインストーラー」で「基本セット」で必要なプログラムやドライバは全部インストールされている筈で、動作も異常なくあとは検討がつかない。ソフトのインストールでパソコンを再起動させたところ、Windowsログインのパスワードがわからないと叔父。いつもはボタンで起動終了をしてるそうで、こんな画面みたことないという。「スリープ」でログインが必要ない設定のよう。

それ以外にも様々なパスワードや情報を探しているうちに1時間経過。残りはICカードの読み込みだけだと問題を切り分け、リーダーとカード、取扱説明書の入った外箱を預かり家で検証することにして、ランチに出掛けた。蕎麦が食べたいというが、いつもの蕎麦屋は少し遠いのでまたにしてもらい駅の蕎麦屋へいくと改装中でCLOSE、それならマンション下の店にいくと、ここも休み。しかたないのでCOCO一でカレーを食べた。

明日も来るからと別れ、帰途につく。途中、池袋の構内で行列に遭遇。久しぶりにみる大行列は、新しいタルトのお店だった。小さな手のひらサイズの焼き菓子がいくつも並び、美味しそうな香りがする。今日習い事に一緒する方と、息子がお昼をご馳走になってしまったご近所さんの手土産に買いたいが並ぶ時間がない。明日買うことにして手ぶらで帰宅。

待ち合わせにも間に合い、出かけて夕飯を食べて帰ってきた。何もかも満足。明日は早めに叔父の家に行き、ヘアサロンに行こう。息子はげんきっずにマックスいって貰うことにする。いつも「好きなようにしていいが、ママが用事がある時はちゃんと行くこと」などと言い聞かせているのですんなりOKしてくれた。娘はそのまま塾に行ってもらう。ひとりで帰宅や留守番、その後外出など物騒でさせられない。特に私のせいで敵が多いこの街のこと、特に気を付けている。

朝早くからICカードリーダをマイパソコンに繋いでみた。自動でインストーラーが起動する筈が、うんともすんともいわない。デバイスドライバーを確認すると、ちゃんと認識されている。叔父のパソコンから転送した「*.data」ファイルを読み込ませて確定申告をすすめる。やはりカードの情報だけ拾えない。

サイトをあちらこちらみても肝心なことがよくわからないので、パッケージに入っている取り扱い説明書を読んだ。Sonyのサイトでインストールしろしろと書いてあった「NFCインストーラー」は、Felica ランチャーというソフトウェアがインストールされるもので、フェリカランチャーとは、オサイフケータイのためのソフト、そして「FaliCaランチャーは住民基本台帳カードには対応していません。」とあった。

またしても脱力。結局e-tax のための「公的個人認証サービス」ウェブサイトから、「利用者クライアントソフト」をインストールする必要があるようだ。そんなのどこに書いてあった?と思いつつダウンロードすると、ICカードリーダーがやっと「住民基本台帳カード」を認識してくれた。

nationaltax
※「Cnationaltax.cab をインストールしようとしています」インストールするしかない

叔父のデータで書類は出来て送るだけだが、ここでもまたパスワードがいる。聞いていたパスワードをタイプするとエラーになった。5回ミスするとロックされてしまうそうで、今日行ってからちゃんと書類で確認して叔父に入力してもらうことにする。

それにしても、これだけ色々なハードルがあるとは思ってもみなかった。一件便利な電子申請だが、これだけ時間がかかるなら書類だけネットで作成して郵送した方がどれだけ時短になったかわからないくらいだ。様々なパーツを組み合わせて「便利」が出来るが、そのひとつひとつは簡単なものでも複雑そうに説明があったりいらぬお世話的なもので見えなかったりでスムーズにいかない。

10年ブランクがあるとはいえ、システム畑で働いていたのでこれだけ出来たのだと思う。特にWindows10のデフォルトブラウザがIE(インターネットエクスプローラー)ではなくWindows edge(ウインドウズエッジ)などと、一般の人は絶対わからないだろう。しかもわからないように設定されている。アイコンの「e」文字が微妙に違うが、一見してバージョンの違うIEのようにしてあるのだ。

まだ私のパソコンはWindows 8だが、10にするのが余計に面倒になった。それに古いマシンに新しいバージョンのOSを入れても負荷がかかって動作が重くなるだけだ。ちなみにiPhoneでも次々に新しいバージョンのOSをインストールするように通知がくるが、スマホを新しいバージョンのものに変えない限りはソフトも更新しない方がいい。古いパソコンに新しいOSをインストールできない、出来ても不具合トラブルばかりというのと同じだ。

ともかくトラブルは回避できそうだ。今日は時間に余裕があるので、叔父のパソコンに山盛りになっている必要のないソフトも全部削除してこようと思う。日本のメーカーのパソコンはいらぬものが多すぎる。このいらぬソフトのサポートに苦労したことを思い出した。勝手にミドルウェアやソフトを作り、「おまえの会社のOSの上で正常に稼働しない」などという問い合わせが多くて大変だった。エンジニアがいうならまだしも、ただのお客様窓口の人間がぽーんと丸投げしてくるのだ。特に〇ECは最悪だった。

「動くように作れ」と言いたいのを堪え、膨大な社内サイトからモジュールやパッチを探したりした。それらは大概海外のサイトで、しかも各国のエンジニアが勝手に立ち上げたものの中にあったりしたので探すのが大変だった。このあたりから検索力が高くなったと思う。

あのまま仕事を続けていたらと思うこともあるが、「たら」「れば」を言っても仕方がない。これだけブランクがあったらシステム業務の復帰は難しいだろうが、知識が日頃何かと役立っている。また何か仕事を始めたら、このあたりは心配ないだろう。今回も叔父の役に立てたし、ご近所の人に何か聞かれても答えてあげられる。やはりあの仕事を選択して良かったと思った。

今日の記事を読んで、システムトラブルで困っている誰かのの解決策になるかもしれない。それにしても恐るべしMicrosoft、今のサポートはどうなっているだろうか。まあ雇用創出に一役買っているともいえる。サポートにお金を払うのが嫌なら自分で調べるだけだ。

昨日早く帰るという私に「なんだ、ゆっくり夕飯でも食べに行こうと思ったのに」と残念がっていた叔父と、どこかちょっといい店でゆっくりお昼を食べようと思う。今日は時間がたっぷりあるぞ!髪を切って、あのタルトもお土産に買ってこよう。


【編集後記】

娘が「ママ何してるの」と聞くと夫が「叔父さんのなんかをやってやるんだろ!」と憎々し気に言った。夫のパソコントラブルは、「目の前にある箱(パソコン)かその板(スマホ)で調べたら?」と取り合わない。新婚の頃は何かと面倒をみてあげて「家にヘルプデスクのお姉さんがいるのはいいなあ」とデレデレしていたなそういえば。10年を経た今、私の優しさのベクトルは息子にしか向かない。様々なバージョンアップを経て仕様変更されたようだ。

今日は埼京線の中スマートフォンでブログを書いている。こういう時はつくづくフリック入力に慣れておけば良かったと思う。長い文章を書く時はパソコンがあるからと怠慢していたが、やはりフリックの練習をしておこう。今日は忙しいのでまたいつか。  

今日の予定は叔父の家に、確定申告の手伝いに行く予定だ。食事の約束はしていないが、その後何処かで美味しいものを食べ、ゆっくりお酒でも飲んで。そうだ従兄弟も呼ぼうかなどと、ベッドに寝転んでスマホで漫画を読んでいた。『鈴木先生』の武富健治の新作、『ルームメイト』を読んでいると、息子の友達のお母さんからメールが入った。「今日プール行くなら息子ちゃん預かりますよ」

そうだ、今日は祝日だが息子のプールがあった。すっかり忘れていた。それなら一緒に行ってたまには私も見学してやろうと思い、約束をとりつけた。プールが終わった後、一緒に夕飯も食べることにしたので、息子が喜ぶかと思うと気持ちが明るくなった。

そのまま漫画の続きを読んでたが、ふと気が付いたことがある。叔父の家に行くには片道約1時間半、滞在時間と往復を考えると時間が足りない。最近はすっかり頻度が落ちたこともあり、せっかく行くならやはり食事もしたい。

がばっと起き上がり、ざっと周りを片づけながら支度をした。今日はいつもの「女装」をする時間はないが、それらしい洋服を選び、間違ってもダフナのレインブーツなど履かないようにとヒールのある方のブーツを履いた。ポーチとコンタクトレンズを持ち30分で家を出られた。気分は寝坊した時のOL時代。

そんなこんなで電車の中。スマホはやはり書きにくい。時間を計算すると、今日の滞在時間は3時間くらいか。確定申告を手伝って欲しいというのは何も計算して欲しいということではなく、パソコンに入っているソフトか周辺機器の不調だろう。多分1時間で片付けて約1時間でランチ、その他お店への往復、よもやま話などで1時間。果たして時間通りことが運ぶだろうか。

明日大宮のヘアサロンへいくことになっているので、そのついでという事に変更して貰おうかとも考えたが、新年に「余程のことがない限りスケジュールは変更しない」と決めたせいもあり、少しの時間でも行くことにした。それに食事の約束はしていないので、こちらは出来なくても約束を反故にしたことにはならない。食事はまた時間を作っていくことにした。

途中で手土産にチョコレートを買おうと思いつく。「こんなものいらん」と言われるだろうが、私が帰った後に手土産をみて、自分を気にかけてくれる人がいると思えば少しは安らかな気持ちになれるだろう。それに叔母へのお供えにもなる。時間が足りるだろうか。


※美味しそう


【編集後記】

いつの間にか世の中バレンタイン。三越のネットで買おうと思ったらもう受付が終了していた。

「マイブロ部」のメンバーから毎日更新できているとメールが届いた。ブログの方にも別のメンバーからメッセージが届いたりして励みになる。思えば以前のブログはひとりで書いていた訳でもちろん今もそうだが、リアルな知り合いが書くブログを読むというのは実は初めての経験だ。一緒に頑張る仲間というのも当然いなかった。また前の大学の話しで恐縮なのだが、武蔵野美術大学はファイン系だったせいか文章を書く人は誰もいない、当然ブログを書く人も。なので初めてのブログ友達「ブロトモ」が出来たことになる。

ブログというのは不思議なもので、公開しているのに自分だけしか読んでいないような錯覚に陥ることがある。この錯覚のせいでtwitter がバカッた―になったり、ブログにいらぬことを書いて炎上したりするのだろう。作家の田中慎弥は、夜エッセイを書かないようにしているという。夜は感情的になりやすく、余計な事を書く懸念があるからだそうでなるほどと思った。なので私も朝から午前中のうちに書くことにしている。夜眠るということは、様々な感情をろ過する働きがあるように思う。

私も日記を書いて鍵をかけ、机の奥深くにしまうような感覚で書いてしまう時があるが、実はそうではなく、たくさんの人が読んでいると実感するのがアクセス数だ。昨日はUUが99、PVが489だった。本物のブロガーに比べたら吹けば飛ぶような数字だが、私のような一般人にしてみたら大した数字だと思う。

アクセス数がアップしたのは、「にほんブログ村」に登録したせいもあるかもしれない。このサイトの存在は知っていたが、なんだか面倒で登録していなかった。「ぽちっとして下さい」などと書いてあるブログをみると、私はこういうボタンは置きたくないな、などと思っていた。イケダハヤトさんやその他有名ブロガーさんはそんな事しないだろう。もちろん私は素人なのだが、素人臭さが気になった。

こういうの↓ どうぞ押してみてください。

にほんブログ村

でもふと思い立って昨日登録してみた。やり方は簡単。カテゴリを決めるのに少し迷ったが、後で変更もできるしと適当に決めてみた。INとOUTの数字や、ランキングのアルゴリズムがよくわからないが調べてみたい。自分が登録することで、様々な人がブログを書いているのだと実感する。なかなかに面白そうなものもあり、つい読みこんでしまった。私のブログもそんな風に、全く見ず知らずの人が読んでくれたりするだろうか。

今日は、にほんブログ村の村民になり、ブロトモが出来たというオハナシ。公評会の作品は、書けたものの納得できないので今日から新しいものを書くことにする。果たして間に合うだろうか。とはいえ、今は課題も仕事も締切が終わり「書く」的には少し余裕がある。これを書き終えたら娘の好きなきつねうどんを作る。窓を開けても今日は寒くない、春はもうすぐ。


※反抗する娘の寄せ植えは私の好きな花ばかり(字余り)


【編集後記】

などと言いつつ、先日書き出したTODOリストのタスクを片付けなければ。特に免許の更新は早く行かねばと焦る。やりたい事リストも書いたら大変なことになってしまった。まずは締切のあるものからやろう。来週予定しているミーティングはうまくいくだろうか。

(1,317字)

それは先日の日曜日。娘は泊りがけの合宿、息子は一日習い事。その習い事に息子が行きたくないと言い出し、夫が車を運転し私が付き添って送っていった。娘がいないので息子は一日パパと遊べるチャンスと思ったのだろう。夫はいつもは娘にべったりで、息子を邪見にすることもある。こんなチャンスはないと思ったに違いない、なんて可愛くていじらしい。気持ちは痛いほどわかるが、レッスンが佳境に入った今は休ませるわけにはいかない。引きずるように連れて行った。

やれやれと車で帰途につく途中、ついでにイオンに寄ってもらった。ここでしか手に入らない食材など色々買い込み、私の好きなコメダ珈琲に入った。あと10分でモーニングが終わる11時というタイミングで滑り込み注文。コメダのモーニングは最近、トーストとゆで卵一律から、トースト+ゆで卵、卵サラダ、あんこと選べるようになった。以前はあんこは100円で別途注文する必要があったが、3種類のうちから無料で選べるようになった。アントースト好きな私はもちろんこれにした。


※餡トーストが好き♡

ここぞとばかりにベラベラベラベラと話しかけてくる夫の話しを、オレンジページを読みながら適当に相槌をうっているうちに珈琲とモーニングセットがきた。私はブログネタにしようとスマホで写真を撮りだした、すると。

「ねえ、またなんか変な事してるでしょう」

はっ?という顔で夫をみると、注視されて嬉しいのかニコニコしだした。

「またブログやってるんでしょう、名刺みたいなのが落ちてたよ」

私は新しいブログを書くにあたり、小さなチラシを作って知り合いに配布した。以前のブログは炎上したりご心配をお掛けしたりしたが、今度は気を付けますといった意味もあり予め告知したのだ。それを家の中で拾ったらしい。

「僕のことを書かないでよぉ」などと嬉しそうで腹が立った。この人にだけは読まれたくなかったし、私が何処に行き何に興味を持ち何をして何を考えているか、絶対に知られたくない。

そもそも自分に興味深々のような人が苦手だし、近寄りたくないというのは誰でもそうだろう。夫はいつも私をみている、己惚れるなと言われるが、椅子に座ってスマホをみているといつの間にか背後にいるし、キッチンに立てばそわそわと近寄ってくるし、息子と避難して部屋にこもればドアの外にちなんだかんだ言い出す。かまって欲しいのだろう。

以前、喧嘩したり口論になると「ママは変な小説を書いてネットにアップしているせいで、近所の人から変な目でみられる」などと言ってdis られたが、またあれが始まるのかと思うとウンザリだ。

それに近所が変な目でみるのはブログや小説のせいもあるかもしれないが、自分が朝から晩まで娘を大声で怒鳴りまくってキレているせいもあるとわからないのだろうか。「この◯チガイ!なんでこんな問題がわからないんだ!馬鹿なのか?バカ!バカ!馬鹿野郎!!」などなど。一度は夕方から夜中までずーっと大声で怒鳴り続けていたので児童相談所が来た。夏で窓を開けっぱなしだったので、ご近所迷惑だった筈だ。夫はしれっとして「教育だ」と言訳をしていた。それでなくとも家にいる間はベラベラベラベラと話し続けるのでうるさくてたまらない。

甘えん坊で寂しがりのかまってちゃんは、ある時こんな事を言い出した。

「君が娘や僕に辛く当たるのは、僕が娘ばかり可愛がるからだろう。娘に嫉妬しているんだろう」と。〇ネと思った。

このセリフは相当気に入ったようで、何かというと何度も何度もしつこく言う。まるで私が夫の愛情を求めて病むみじめな妻のようではないか。正直どうでもいいが何度何度何度も言うのでうっとうしい事この上ない。なのである時こう言ってやった。

「私、よそに可愛がってくれる人がいますのでご心配なく」

あの時の夫の顔、鳩が豆鉄砲を食らった顔というのはこういう事をいうのだろう。そんな顔で唖然するばかりで、何も言い返してこなかった。それ以降、「娘に嫉妬しているんだろう」とか二度と言わなくなった。はあ、もうせいせいした。 ザマ―ミロ。

それでも人の顔をみるとベラベラベラベラと話しだすのは変わらず、誰も聞いていてもいなくてもずっと喋っている。会社の人達がお気の毒だなと思う。

会社といえば、娘の夜泣きが激しくて心身共に消耗していた頃、「今日は早く帰る」という夫がなかなか帰ってこない事があった。娘は夕方から朝までずっと泣くタイプの夜泣きをしていた。一体いつになった泣き止んでくれるんだろうと、夕方になるのが毎日怖かった。電話をしても繋がらない。そこで私は会社に電話をした。夫に早く帰ってきてよというと、しばらくして帰ってきた。

夫はこの時のことをいつまでもいつまでも言う。「普通、会社に電話なんかしてこないよ!」喧嘩になるといつもいう。この電話のせいで会社の心証が悪くなり、そのせいで出世がままならないのだと。私と結婚したせいで出世しないなどともいう。

夫は二人目の子どもが生まれた時、一か月だけ定時で帰る宣言をして、家事を少し手伝ってくれたことがある。その次の人事で、夫は本社から出されて出向した。男の育休などと世間はいうか、現実はこんなものだ。でも電話ぐらいいいではないかと思うが、だめだったのか。10年で色々変わった気もするが、もう今となってはどうでもいいと思う。

こんな夫と家族でいるのが辛くてたまらない時がある。買い物のついでに珈琲を飲んだり、平日休めばランチに行ったりするが、それとこれとは話が別。特に子どもの教育問題やお金の使い方の話になると、大概対立する。無理無理に勉強させて何かいいことあるのだろうか。最初はお小遣い制にしていたが、今はお金をじゃんじゃん卸しカードも使い放題。残高が足りなくなると、すぐに私のせいにするが、毎日のようにAmazon から何かが届く。

こんな生活でも、子どものためを思うと逃げられない。子どものために我慢しているというより私が子どもと離れられないし、連れて逃げても苦労させるだけなのでここにいるしかない。夫とたまに一緒に珈琲を飲み買い物をしたりして、夫婦を続けるのが私の仕事なのだ。それにしても、ブログを見られるのは本当に腹が立つし、もう書きたくないとまで思う。

でもせっかく「マイブロ部」を立ち上げたばかりで、大学にもブロガーの講義をリクエストしたばかり。それにやっと最近ブログを書くのが苦痛でなくなってきた、ランニングハイのような状態だろうか。もう何を言われても無視することにする。あの辺りのボスママ軍団と同じ括りだ。敵は本能寺ではなく、家の中にもいる。

どこか遠くへ行きたい。


【編集後記】

「よそに可愛がってくれる人がいる」というセリフ夫はそのまま信じていればいいが、吹き溜まって噂するしか能がないあのあたりの馬鹿ママ軍団は本気にするなよ欲求不満の◯スども。

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皇居近くにある「科学技術館」に行ってきた。いつも私が大学に行っている間、夫が子ども達の面倒をみてくれるが、最近は科学技術館によく行っているのは認識していた。最初はお台場にある「日本未来科学館」と勘違いしていたが、どうやら違うところだとわかった。息子が「一度ママを案内したい」などと嬉しい事を言ってくれるので、それならばと出かけてみた。

※水槽?とビックリしたが映像

約50年前、東京オリンピックの時にオープンしたそうだ。そう言われてみれば、あちらこちらレトロな感じもするが、展示物はいかにも子どものための科学技術の学び場という体をしており、これらに親しめば理系に興味を持つ子どもに成長しそうだと思った。
※大きな歯車を回す

一般公開はされていないが、かの「理研」のフロアもあるそう。息子のナビゲートであちらこちらを見学した。


※案内ロボット、オトナロイドと一緒

すっかりお兄さんだと感心していたが、帰りに事件が起こった。私は帰りに軽く食べて帰るつもりでいた。出かけて帰って夕飯の支度、片付けなど考えただけで辛い。帰り道に息子が幼い頃によく食べたラーメン屋「元楽」がある。夫も久しぶりに食べたいというので、行くことになった。
ところが息子が寿司を食べたいと言い出した。回転寿司といえども一家で食べたら5千円はくだらないだろう、私は生ビールを飲み、気を許して高いお皿をいくつも取る子ども達を見過ごしてしまうかもしれない。となると福沢さんとさようならという事態もあるだろう。

そこで子ども達と私、ジャンケンで勝負することになった。結果は私が4勝、息子が1敗。今度は娘が自分も寿司がいいのでにらめっこで勝負したいという。子ども達対私で、これも私が圧勝。私に勝てると思うなよなどと言って、ラーメン屋に向かうところ、息子が大泣きしだした。どうしても寿司が食べたいという。

ものすごく腹が立った。これだけ負けてもまだ我儘を言えば通ると思っている傲慢さ。ここはひとつ鬼になって躾せねばと思ったが、息子には勝てない。結局いきいき生鮮市場で寿司ネタを買い、家で手巻きをすることになった。息子は手巻きでなく、軍艦でいくらを食べたいという。大激怒しながら結局軍艦寿司を作りいくらを乗せた。

そもそもカウンターキッチンが私は嫌いだ。家族が食べるのを見ながら私はせっせと食事を作ったり片付けたりする訳だが、何故私だけがしなくてはならないのか。お母さんだから当たり前でしょうと言うかもしれないが、夫が孫正義さんとか柳井さんくらい稼ぐ人なら料理上手なばあやとかお手伝いさんがやってくれて、私も一緒に食べられると思う。

「ラーメン食べたかった私がどうしてここでお寿司を作って自分はテーブルで食べられないのか、ジャンケンで負けた人が作ればいいじゃない」と文句をずっと言いながら作ったのだが、子ども達はせっせと食べて満足そうだった。本当に納得できない夕飯だった。夫が「僕のママもいつも最後に食べていたなあ」などと言うので、「私をママの代わりにしないでよ」と怒った。

あの姑は専業主婦の鏡のような人で、家事育児をがっしりこなし、今でも何もかもすごく丁寧にやっている。洗濯ものはきちっと畳み、食事だって手抜きなし、いつお邪魔しても掃除もしっかり行き届いている。行政のサービスを受けられる年代と病歴だが、「人の手をいれたくない」と、全部自分でやっている。家事が好きなのだと思う。誰かに代わってもらいたい私と正反対。いつだったか同居を提案したが、断られたことがある。色々見透かされているような気がする。

そんなこんなでラーメンの恨みは残ったが、科学技術館は楽しかった。というより、得意そうにあちらこちら案内してくれる息子が可愛くてメロメロになってしまった。土曜日のみ二回上演される、化学未来シアター「ユニバース」も面白かった。天体などあまり興味がない私でも、つい夢中になってしまったくらいだ。

昨日は矢治 健太郎さん(国立天文台)が案内役で、 寺薗 淳也さん、会津大学 企画運営室兼先端情報科学研究センター准教授の方がゲストだった。「てらきんとやじけんの、人類は月に行ってない?話はどうなった!?」というお題でお話された。

人類が月面着陸したのは、アメリカ航空宇宙局NASAの捏造だったのではないかという噂について話をされた。なんとアメリカ人の20%は、それを信じているという説もあるそうだ。様々な噂とそれを否定する根拠などをお話された。例えば宇宙飛行士が月に星条旗を立てている写真、月は空気がないのに何故旗がはためいているのか捏造写真ではないのかという噂について、実は空気がない方が旗ははためくそう。その他様々な噂についての検証のお話は、どれもこれも興味が尽きなかった。


※NASAのサイトから転載。訴えられたら困る

興味のある方は寺薗 淳也さんが書かれた本を読むといいかもしれない。私も早速図書館で予約した。世の中まだまだ知らないことだらけだ。

朝起きたらラーメン熱は消えていた。家で食べるのが好きな子ども達、いい子に育っているではないか。息子がキッザニアに寿司屋が出店すればいいのにと言っていたので、早速どこかに手紙を書いてみようと思った。


【編集後記】

今日は久しぶりに図書館。大学に提出する作品が全く進んでいないのでやらねば。

昭和大学江東豊洲病院にお邪魔してきた。近所のクリニックで紹介状を書いて貰い、診察と検査をしたのだ。久しぶりの豊洲病院は、二年前オープンした時ののままだった。違いは周りに新しい建設中のマンション、豊洲西小学校が出来ていたことだろうか。 


※相変わらず堂々たる外観

二年前は花見の後に見学にお邪魔したが本日は患者、堂々と中に入った。ちょっと違ったことといえば、ローソンがナチュラルローソンになっていたことくらいか。タリーズは相かわらずあった。そういえば私の地元の総合病院にもタリーズが入っていて、友達の妹がバイトしていたので珈琲を飲みにいったのを思い出した。


※正面玄関入ってすぐエレベーターとエスカレーター

この病院は正面玄関を入ってすぐに階段とエレベーターとエスカレーターがある。なんだか大きな障害物を置き、人を寄せ付けないような意思を感じるが、ローソンやタリーズ目的で来て欲しくないということなのだろうか。中央区にある聖路加小国際病院は正面玄関およびどの入口から入ってもバリアフリーになっていて、床に段差は一才ないことを考えると尚更不思議な気がした。

初めてなので、総合受付でカードを作る。昭和医大豊洲クリニックの時のデータを統合してよいかどうかなどの設問にチェックをつけていく。その後問診、診察番号が発行され、二階の診察室の前で待つ。


※早い時間のせいか空いていた

相かわらず広い病院、総合病院になったせいかそれ程混んでもおらず、このくらいの患者数なら医師の方もスムーズに診察出来るし、気持ちに余裕も出来るのではないかと思われた。


※二階の受付


※加工で中心以外はボカしている

※電子パネルに呼び出し番号が表示される

最初の診察室の前で看護師の方に、検温、体内酸素濃度を測るようにいわれ、おまけにマスクをするように手渡された。他の人にはないので、もしや自分が悪い病気、例えばバディ菌に(冗談です)侵され、命にかかわる病気なのではとドッキリしたが、なんのことはない、気管支が悪いなら、他の菌に感染しやすいからという配慮だった。看護師や医師もつけている高そうなマスクをありがたく装着した。

診察の後は、生体検査と胸部レントゲン、そしてまた診察室へ。最後は自動精算機で精算。病院に入ってから出るまで約2時間半だった。30分早めに行ったことを考えると、検査含めて2時間ということになる。とてつもなくスムーズだったと思う。


※窓からみえる建設中のマンション、パークホームズ豊洲

診察の結果は、近所のクリニックの先生のお見立て通り、咳喘息ではないかということだった。生体検査の結果と、本日処方されるステロイド吸入器の薬の効き具合でまた診るということだったが、多分間違いないだろうということだった。まさか自分が喘息などと、驚いた。


※右端は芝浦工大中高の新設校

症状はいつからですかと聞かれ、約10年前に豊洲に来てからというと、環境の変化もあるが、体質が変わるようなことはなかったかといわれ、出産を機に体が冷えるような気がするというと、それもあるかもしれないと言われた。

思えば子どもを産んでから、暖かい血潮が体内から消えてしまったようにも感じていた。体温が低くなったということではなく、身体の芯が冷え冷えとしたというのか。現に今日も37度あったが、やはり自分が冷えているような気がしている。

出産とは、自分の若さや健康を子どもに全部差し出し、新しいDNAに全てを託す儀式のような気がする。子どもを産んだ女は、干からびてしおれてしまう花のようだとも思う。代わりに子どもが福々しいまでに成長しまぶしいくらいだ。それがしおれた女の幸せなのだろう。なので自分の洋服や持ち物に興味がなくなり、子どもにせっせと服飾品を買い着飾らせる。特に女の子は自分の分身なのだろう、娘の洋服や小物を買うと、自分の事のように嬉しくなる。

夫にうりふたつで血液型も同じ、私に似ているところは全くないと思っているが、私の親戚筋に言わせると私の小さな頃にそっくりだという。反抗的で気が強いところは確かにそっくりかもしれない。娘も私と同じ苦労を色々するのだろうか。出来ればあまり人と揉めずに仲良くうまくやって欲しいと思う。

という訳で、出産を機に体質が変わったのではないかという事だった。だが、人間の「体質が変わる」というのは余程の事がない限りはないそうで、元々喘息の因子を持っていたのではないかという見立てもあった。前にも書いたが実母も冬は咳をしており、遺伝もあるのかもしれない。母にも喘息の話をしようと思った。母は私が息子を産んだ時には、高血子症で倒れて意識不明の重体だった。これも自分が将来罹るかもしれない、血圧には気を付けたいと思う。

血圧といえば、診察が終わって帰りがけに血圧計が目に入った。自動で計測出来、用紙に記録が出るタイプのようだ。誰も使っていないようなので計測してみたところ、驚く事実がわかった。長年低血圧で悩んでいたが、いつの間にか「正常」の域を超えて、やや高血圧のゾーンに入っていた。いつの間に血圧が上がったのだろう。そういえば最近怒るとヒートアップしすぎて頭がくらくらする。ブログを書いていて色々思い出すと頭にきて、カアーっと頭に血が上るような感覚があったが、健康によくなかったようだ。あまり怒らないようにしようと思った。


※精算機があるので会計はスムーズ

高血圧の原因は、食塩のとりすぎ、肥満、飲酒、運動不足、精神的ストレス、喫煙。私は、飲酒、運動不足、精神的ストレスが当てはまるだろう。やはりお酒を控えて適度に運動し、あまり怒らないことが大切なようだ。昨年予約してリスケを3回し、まだ行けていない人間ドックも行かなくては。確か最後に行ったのは2年前、その時は何処も悪いところがなく、診察した医師が「パーフェクトです」と言っていた。なので安心しきっていたところがある。 


※こんな看板が。許可を頂き撮影

それから、以前から気になっていた総合病院初診料についての話し。昭和医大江東豊洲病院は、初診料は初診時選定療養費として5,400円徴収されるか、時間外の17:00〜8:30までは更に時間外選定療養費徴収金額として3,240円プラス、合計8,640円が必要なようだ。

それでも時間外にかけこんでみえる方は多いようで、地域の命や健康を守る役を担っている施設ということは間違いないだろう。うちも子どもに何かあれば頼りにするだろうし、初診料がどうとか言っていられないと思う。そう考えると初診料で一般診療と線引きをすることは必要なのかもしれない。医師達が疲弊した日常では、緊急時の対応にも支障が出るだろう。

ということで、初診料等これはこのまま致し方なしと自己解決し結論付けた。

次の診察は3週間後にしてもらった。2週間後がスタンダードだそうだが、締切が5つくらい重なる時期なのでずらしてもらった。早くほっとして花見に行きたいし、春休みは実家に行きたい。いつも実家には春と秋に行く。一軒家の夏は暑いし虫がいるし、冬は死ぬほど寒いから行きたくない。いい季節の時に旅行がてら行くのが最高だと思っている。

体が空いて自由になるのが2月20日、公評会の作品完成以降だろう。叔父が確定申告を手伝って欲しいと言っているし、ママ友の集まりの予定もあり、武蔵美時代の学友のアトリエにも行きたいし、個展をする方の手伝いもしたい。子どもの学校の役は3月5日で終わる予定。大学の授業は今年分は全部終わったが、用事もいくつかある。その前に2月6日はテストがある。何もかも終わりほっとできるのはやはり桜が咲く頃か。今年の花見はどうしようか。またあの辺りのママ友軍団がいるかもしれないが、久しぶりに円陣を見てみたい気がする。

サクラサクから2年経った。世界は何も変わっていないが、自分はなんとなく変わった気がする。「勤勉に勝る解決策なし」最近私が作った格言だがどうだろう。何かに夢中になるということは、幸せなことだと思う。子ども達にもこんな何かをみつけて欲しいと思った。 そして2年前の花見の時の私に会えたら、「これから 大変な事が起きるからもうあんな幼児園さっさと辞めなさい、お金が勿体ないわよ」と忠告したいと思う。


【編集後記】

自転車盗難事件については思ってもみない協力者が現れた。最初は敵だと思っていたので喧嘩腰だったのを反省したい。どうも最近沸点が低くて困るが、色々苦労しているせいだろう。子ども達にもつい八つ当たりをしてしまう。後で謝ると彼らはすぐ許してくれる。親ってずるいし調子がいいなと我ながら思う。

午前中は久しぶりに近所の皮膚科に行く予定にしていた。切れてしまったシナールとトランサミン酸を処方してもらい、ついでにレーザーでシミをとってもらうつもりだった。

ちなみにシナールはビタミンC、トランサミン酸は肌の肌理を整える。1日3回と処方箋にあるが、時々飲むだけにしている。シナールはまだしも、トランサミン酸は血管を収縮する働きもあり、脳に血栓が出来やすくなる副作用がある。

脳溢血になりやすい家系なので、あまり飲まないように気を付けている。だか飲むと肌の肌理が整いつるっとする。毎日飲んでいる人を知っているが、博多人形のような肌をしている。この人に勧められて飲むようになった。

最近美活をさぼっていたので、体調がよくなったここらでやることをやっておこうと思った。プラス清水の舞台から飛び降りる気持ちでSKⅡのキットを買ってみようか。ヘビーユーザーの姑は年の割に本当に肌が綺麗、やはりいいものはいいのだろう。しかしそれならその分子ども達に栄養のあるものを食べさせてやりたい。

明日は明日で昭和医大豊洲病院の呼吸内科で診察がある。どうも呼吸がおかしい。いつからかと考えて、結婚して豊洲に引っ越してきてからのような気がする。それ以前は都内でも空気の良い街ばかりで、しかもタワーマンション20階に住んでいた。塵もホコリも排気ガスも全く関係ない。だがここは建築ラッシュで粉塵があがり、幹線道路の排ガスも半端ない。子どもの喘息も多い地域だそうだ。

毎年毎年、冬に風邪をひくと春まで咳が治まらない。いつも近所のクリニックに駆け込んで薬を処方してもらうが、また冬になると繰り返し。10年経過して、やっと何かおかしいと思い出した。昨日大声で泣いた時に、呼吸がすごく苦しくなった。肺がなにか異常をきたしているのではないかと思う。

ところが朝起きて支度をした後、気になって文芸コースのシラバスをパラパラめくったところ、先日授業を受けた文芸Ⅰー3世界の古典のスクーリングレポートの締切が今月27日までとなっているのに気が付いた。京都造形芸術大学通信教育課程の課題、スクレポの〆切は「必着」となっている。ちなみに武蔵野美術大学は「消印有効」だった。「必着」ということは、27日には到着していなければならない。

東京から京都までの郵便事情として考えると、前々日に第四種で出すか、前日なら速達ということになる。出来れば今日速達で出すのが望ましい。いつの間に日にちが過ぎてしまったのだろうか。ここのところまた色々な事件が起きて、そちらにかまけているうちに忘れていた。

だが下地は出来ている、仕上げて今日出さねば。京都造形大学も締め切りを「当日消印有効」にしてくれないだろうか。でないと遠方の通信生、例えば北海道、九州沖縄、離島に住んでいる方など郵便事情に不公平感があるのではないか。 この件は早速大学にメールした。

また、ブログが本当に課題やこうした提出物、ライター案件の障害になっているような気がする。ブログを書く以前は、何もかもが順調だった。私のキャパが足りないのだろうか。今もう9時48分。とりあえず皮膚科は後日、場合によっては昭和医大もリスケすることにする。

体調不良や締切のために、年明け早々から色々スケジュール変更をしてしまった。以前は自宅でもてなすつもりの友達と外でランチをしてしまったり、アクシデントや様々な理由があるとはいえ、よろしくないような気がする。自分がされたらやはりいい気持はしないだろう。

ということで、今後は予定変更がないように留意したい。今日はスクーリングレポートを仕上げて投函。余裕があったら自転車泥棒を追及するための動画確認と聞き込み調査。あと一歩で捕まえられそうだ。警察が動いてくれないので自分で捜査している。

それから息子が夏に出演する舞台のチケット価格を下げるための交渉。大人も子どもも同一価格一枚4,800円なんて、誰が観に来てくれるというのだろう。出演者の家族くらいしかいないと思う。全日チケット完売御礼で客席をいっぱいにしようと出演者のお母さん達と話合った。場合によっては豊洲の企業を回って協賛をお願いしたりチケットを買ってもらおうかとも考えている。区役所にも行って話をしたい。

その他新しい仕事をやはり受けることになりそうで、その準備もいる。気持ちが焦ってばかりだが、毎日こつこつとやるのみ。今日は月曜日だが家が散らかっていないので心は平穏。体調もまずまず。

今日スクレポが仕上がったら、明日は昭和医大豊洲病院にいって診察の内容などをレポートしたい。1月9日に予約をとったところ、26日しか空いていないと言われたので混んでいるのだろう。

病院といえば、先日区議会議員の方に、作品展に出した作品について話しかけていただいたので、ついでに豊洲小児科不足の現状を訴えた。もしかして私のブログを読んでいらっしゃるのではというような回答だった。読んで下さりありがとうございます。そして「やれるだけやります」との回答。心強いと思った。

我が家はもう小児科を探して右往左往する頃は過ぎたが、小さな赤ちゃんだった時代は昭和大学豊洲クリニックがあって本当に助かった。当時も殺人的な混みようで、小児科の先生達は本当に大変そうだった。最近は小児科医になりたがる医師が少なくなったと聞く。最近赤ちゃんを産んだばかりのご家庭はどうされているのか。

我が家の頃は、昭和医大豊洲クリニックの他に、隣の中央区に聖路加国際病院があり、当時は初診料1万円ということもなく、夜中の発熱、インフルエンザ、急な入院など全て24時間対応してもらえたが、今は余程のことがないと駆け込めないだろう。初診料一万円の壁は高いと思う。

このあたり国家権力でどうにかならないのだろうか。 ついこの前は弁護士を増やすとかで増やすだけ増やし、そして仕事のない弁護士が増えたなどと笑えないニュースもあった。歯科医も然り。今こそ増やさないといけないのは小児科医師ではないだろうか。

徒然なるままに書いていたら既に10時2分、ブログは今日はここまで。さて、やろう。 

 
※一昨年貰ったチョコの空箱、可愛くて捨てられない



※今年はチョコではなく落雁だった。


※会うたび山のようにお菓子をくれる。食べ過ぎてしまった。


※子ども達にバレンタイン?

※去年貰ったチョコの箱は裁縫箱に


【編集後記】

姑に可愛い箱のチョコが欲しいと言ったら、「プレゼントに注文するのははしたない」と聞いていた娘に注意された。自分はクリスマスとか色々言うくせにズルいなと思った。

昨夜は久しぶりに発泡酒を飲んだせいか、起きたら気分が悪かった。赤ワインだけだと体に合うのか二日酔いもまずないし、どれだけ飲んだかとかもう止めようとか抑制できる。だが何か違う種類のものを飲むと、これらがわからなくなる。 

ついに人気ランキングでトップにきてしまった「ドラッグでドリップしたお話」の時も最初はビール、後に赤だのカクテルだの色々飲んだ。まああの惨事は他にも様々な事が重なった訳だか、色々な種類のアルコールを飲んだというのも理由のひとつだろう。

食器洗いも掃除も洗濯も昨夜から何もかもそのまま。子どもに朝食を食べさせて弁当水筒を持たせ送り出す。夫と娘は逃げるように出かけてしまった。具合が悪いところに大量の家事と滅茶苦茶に散らかった部屋、泣きそうになった。

色々片付けているうちに嫌で嫌で本当に泣けてきた。思い切って泣いてやろうと大泣きした。「お母さーん!助けてよ、私もうこんなに出来ない」などと絶叫した。大声を出してすっきりするかと思ったら、余計に嫌になった。

毎日毎日毎日毎日一体いつまでこんな事を続ければいいのだろうか。家庭は私にとっては賽の河原地獄かもしれないと思う時がある。賽の河原地獄とは、石を積むと鬼がきて壊してしまう地獄だ。永遠に繰り返し繰り返し石を積むだけ。家事はそれに通じるものがある。

実家の母は、仕事家事育児に加え、舅姑や昔は父の兄弟までがいた。どんな気持ちで毎日を過ごしていただろうか。いつも温かい食事が出てきて家が掃除され、洗濯物は畳まれていた。私もたまには手伝ったが、母ひとりでこなしていた筈だ。父は今も昔も何もしない人だ。大変だったと思う。

以前、神田うのがシッターや家政婦が大勢いるとかでバッシングを受けていたが、確かに一番わかりやすい妬まれネタではないだろうか。私だって出来れば家事代行やシッターを雇えるものなら雇いたいし、以前はもっと思っていた。

早く楽になりたいと、子どもは二人とも4年制の幼児園に入園させた。夫が気に入って入園させたが、一年でも早く預かってくれるならと私も異論はなかった。あの惨事で途中退園させてしまったが、当時の私にしたら、苦役から逃れるためにはそこに入れるしかなかった。

以前、顔を見れば嫌味を言うママ友に収入の高さをネチネチやられたと書いたが、10年経った今の豊洲では割と下の方になるのではないかと思う。一馬力でしかも子ども二人、余裕は全くない。最近仲良しのママ友さんとランチをした時に我が家の家計について率直に話したところ「ねえ、これから大丈夫なの」と真剣に心配されてしまった。

外食や海外旅行など夢の話し、余裕がないどころかちょっとマズイなと思うくらいだ。早く大学を卒業してパートに出なければならない。バディスポーツ幼児園に二人も入園させた事が、余計に家計をマイナスに転落させてしまった。本当に何もかもが後悔ばかりだ。

思えば大学に入学したのだって、こんなに家計が苦しくなるとは思わなかったので気楽に始めてしまった。突然湧き出た外貨預金だって、普通なら子どもの教育にまわすべきだろう。息子が憧れていたバイオリンを諦め、クリスマスはギターを買った。それだって習い事とするならば月謝がいる。

そんな中でお手伝いさんを雇う、全く無理な話、だが一度試したことがある。

以前、タスカジの初回キャンペーンで、3時間4千円ちょっとというサービスをみつけた。お願いしたところ、すごく良かった。子どもを持つフィリピンの女性で、日本語が少ししか出来ないということだったが、意志の疎通としては十分だった。何よりよく働いてくれて、3時間で家じゅうピカピカになった。そして私も一緒に家事をした。ひとりですると苦役だが、誰かが一緒にやってくれるというとすごく気持ちが楽になった。自分だけの重責が半分になるというのか、そんな感じだった。

下の子どもが生まれてから夫も家事をよくやってくれるようになったが、それでも家事育児は専業主婦である私の仕事、夫はあくまでも手伝うというスタンスらしい。こういう外に用事がある日などは、何もかもそのままでさっさと出かけてしまう。

だいたい平日だってそうだ。スーツを着て玄関から出れば家事や育児からは解放される。確かに働いてお金を稼ぐのはもっと大変だが、家事がたまっているとどうしてもそういう僻んだ見方になってしまう。 私も外で働きたい!タダでこき使われる専業主婦なんてもう真っ平だ。

大感激のタスカジだが、家が妙に綺麗だったせいか夫に速攻でばれてしまい、「あなた専業主婦でしょう?なんで外注するの!」と厭味という厭味を散々言われ、一回のお試しだけでもう頼めなくなった。週に1回でも一緒に家事をしてくれる人がいるだけで、本当に気持が楽になると思ったのに残念無念。自分が働いて稼ぐようになったら絶対またお願いしたいと思う。家が綺麗だと本当に気分が良い。 

だが私は掃除が嫌いなのだ。 だから家の中にいるのが好きではない。どうしても家事をしなければという責任が気持ちを暗くする。

引き籠り主婦が増えているというが、家の中が綺麗で居心地がいいのではないだろうか。家事をするのも苦ではないのだろう。私はどちらかというと家事が好きではない。そして仕事や課題で引き籠る日々が続くとイライラする。友達と出かけたりパソコンを持って家を出ると楽しいし、気持ちがすっきりする。

小さな子どもを抱えて四苦八苦しているお母さん達からしたら、私なぞ贅沢過ぎて噴飯ものだろう。でも私だって同じ道を通ってきてやっと今がある。乳幼児にベッタリという日々は、本当に大変だった。

でも今忙しいのは大学、執筆の締切があるせいだが、以前は家庭をほったらかして好き勝手遊び歩いていると思われていた筈で、そんなお母さんがいたら私だって羨ましくて嫉妬するかもしれないし、ぐるっと円陣を組んだ中でバッシングすればスカッとするだろう。 私を八つ当たり的にいじめたあの人の気持ちもなんとなくわからないでもない。だがわたし的には非常に不愉快だったし、いい迷惑だ。

それはさて置き、家の事を色々しているうちに、息子の習い事の先生の話しの時間に間に合わなかった。他のお母さん達から色々聞いたりお喋りしたりしているうちに、気持ちはニュートラル戻ったように思う。お喋りは気持ちを楽にしてくれた。

愚痴を言っても始まらない、もう自分はお母さんなのだから淡々とすべきことをするしかないのだ。いつになったら無の境地にたどり着けるのだろうか。

大きな声で泣く時、今でも「お母さん!」と呼び掛けてしまう自分にも驚いた。子ども達も何か辛いこと、悲しいことがあると私のところに来て色々な話をする。聞いてあげるだけで落ち着くのだろう。私も母に会いたくなった。そして「よく頑張っているね、大変だよね」と言って頭をなでて欲しい。今は自分がする番になったのだ。

体調が悪いと心の調子も悪くなるとわかっているのに、つい羽目を外してしまう。しばらくお酒は控えようと思った。そもそもお酒を飲む時間があれば、出来ることはたくさんあるだろう。いっそ禁酒しようとも思う。以前はそう思ったものの、叔父の付き合いもあるし、私だけ飲まないというのは悪い気がしていた。だが叔父と外で食事をする機会はもうあまりないような気がする。私も健康上色々気になるようになった。

ところでこの界隈のお母さん達というのは、集まって飲むのが好きな人がものすごく多い。誰かの家に持ち寄りで集まり飲むのだ。大掛かりな集まりに行った時は大きな3?5リットルペットボトルの焼酎を目にした。人数が多いとはいえ、飲みきれないだろうと思ったが、どうなっただろう。子どもが小さいと外食など出来ないし、高くつくので家計に響く。なので誰かの家で子ども達を遊ばせつつ食べて飲んで喋るのだ。飲まないとやっていられないのはサラリーマンだけではない。

先ほど食器洗いとざっと掃除、ダイニングのテーブルだけ綺麗にし、夕飯の下ごしらえをする頃にはちょっと落ち着いた。料理をするとやはり気持ちが落ち着く。プラス、ブログにまた書きなぐっていたらちょっとすっきりした。でも色々書いてまた子ども達がイジメられないだろうかと心配にもなる。平然と色々綴っている訳ではなく、書き続けることで新たなストレスも産みだしてしまった。まずは体調を戻そう。

子どもを持たない選択、結婚したくない層が増えた理由が、自分が結婚出産してよくわかるようになった。こんな苦労をしたくないのだろう。独身者が若々しいのは当たり前、最近の私は苦労が顔に出ているように思う。笑顔なんて出来るか!


※甘いもの食べて元気だそう


【編集後記】

取り止めもない話に1時間もかけてしまった。反省。

炊いてから保温すること3日間、完成したと思われるご飯を食べてみた。

※糠漬けと共に

なんとまあ美味しいこと。ずっと保温していたのに、あの特有のパサパサ感も臭いもなく、芳しい香りの良いご飯になっていた。

3日前に刻んだ漬け物も美味しい。発酵食というのは大したものだと改めて感心、お米一粒には八人の神様がいるというのもあながち迷信ではないように思えた。


【編集後記】

某所から帰ってきてお昼を食べて今度は学校へいく。役で夕方まで何も出来ないが、デジタルデトックス出来ていいかもしれない。

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