芸大に通う豊洲ママのblog♡♡♡

カテゴリ: おいしいもの

お参りを終えて、次の目的は「牡丹鍋」書いている小説の主人公が貴船に誘われ、阿吽の呼吸で了解するシーンがあり、これ、誘う方も誘われる側も「行く」「行かない」ではなく、何か違う会話でそれが表現されるようになっている。これも私が考えたのではなく、登場人物たちが勝手に話していた。ボスママやその不愉快な仲間たちが「嬉しいという言葉を使わずに喜びを表現したい」と言っていたけれど、こういう感じかなと思った。このセリフを書いたのが昨年年末、ふふふ、私の方が先に書けたわ。まあだからどうってことはないんですけどなんとなく。


貴船には料理旅館や食事処がたくさんある。この看板は新しそう、でも白くなっている部分は閉業したお店だろうか。かと思うと新しいお店があったりと、貴船は魅力的だけれど季節営業はご苦労が多いのかしらと思った。

奥宮からちょっと下ったところに「料理旅館ひろ文」があった。「ひろふみ」ではなく「ひろぶん」らしい。どこにも書いてないが、サイトのドメインがそうなっていたのでわかった。文芸コース卒、元ITなのでこれくらいは。私も鬼女なんだろうなあ、いざとなると色々ほじって晒しちゃう、怖いわと思った。


玄関に続く石階段。道路挟んでお食事処はあるが、どうも雰囲気出ない。登場人物たちは宿のお座敷で牡丹鍋を食べたはず、だったらどんな感じか確かめてみたい。昔何度かお座敷で食事をしたが、何もかもぼんやりとしか思い出せない。それに食事のシーンは書くか書かないかまだわからないけど、知っておくというのは大切。なぜなら…

というのは企業秘密だから教えないわよ。知りたければ寒竹先生の授業を受けるか藝術学舎の講座に申し込んでね。来年度は大学でも先生の授業増えるのでは、お忙しいところ色々でさらにお忙しくなるだろうな。私のせいですね笑!頑張ってください^ ^


思わず石段を上がって玄関まできてみた。中をみてみたいなあとウロウロしていると、中居さんが出てみえた。これこれこう言う訳でお座敷をみたいとお願いしたら「どうぞ」って。私ってほんと図々しい、お忙しいのにすみません。ありがとうございます!

こちらでお待ち下さいと案内された、中は暖かい。舞子さんや芸子さんの団扇がたくさん飾ってあった。祇園から出張もあるのかな。

部屋に通していただく。お座敷でテーブルに座椅子、まさに料理旅館。そうそう、こんな感じイメージにぴったりだわと喜び独り言ちる。座椅子もいい感じ、嵐の中辿り着いた二人は何を話しすのか、食事してそのあとは。どこまで赤裸々に書くか悩ましい。あまり明け透けなのもつまらない、でもこんな事まで書くの?って感じもいいかも。要検討。というか、フィクションなので勘違いしないようにお願いします。

         
牡丹鍋セット。名物牡丹鍋と懐石っぽい料理がセットになってる。

器の入れ物が二重になっていて、下の段には茶蕎麦もある。お鍋もかなりボリュームがあり、どれもこれも美味しかった!卵焼きのお隣には川魚の甘露煮、鮎も名物らしい。そういえば夏の川床で鮎食べた覚えがある。京都といえば鱧も。そして肝心の牡丹鍋、猪豚は食べたことあるけれど、猪は初めて。食べてずきゅーん!すごい、野生の肉、まさに野趣溢れる滋味の味。これは食べたら精がつきそう、ほんっとにわざわざ食べにきて良かった。しかもイメージ通りのお座敷、多分この部屋は宿にもなるんだろう。ここの方に貴船の泊まりは二人からと伺った。

食事だけなら普通はこちらの食事処でいただくことになるのだろう。窓から景色を眺める。主人公はこの景色をみて何を思うだろう。嬉しいだろうか、哀しいだろうか、多分両方。

縁側的なスペース。洗面室が設えてあり益々いい感じ。主人公がここで身支度をしていると、先生が嬉しそうにそれを眺める。いいじゃない 妄想がパンパンで張ちきれそう。

礼を述べて「ひろ文」さんを後にした。案内してくれたのは中居さん風の方だったけれど、お会計は芸子さんみたいな綺麗な着物の美人。京都の女性の見本みたいな方だった。もちろんイケズもなく親切にしていただき何もかも大満足!時間をみるとそろそろ移動しないと卒業式が。

もう一軒、気になる料理旅館が。まあ正直全部気になったんですけどね。

ここの方にも色々とお話を伺えた。ただし部屋は見せてもらえなかった。必要ならここでももう一度お昼食べようと思ったけれど、宿泊はもちろんお昼も夜の食事も完全予約制だそう。こういう完全予約制の宿というのも良さそう。次来ることがあったらお昼頂いてみたい。

仲よさそうなご家族連れ、男の子えらいわ。ママが偉いんだな。うちなんてもう

川床のない冬の貴船川

川床あるバージョン。

個人的に川床は夜がオススメ。昼は御簾で屋根ないところだと直射日光が暑いので要注意。ということで夜の画像も。どちらも「ひろや」さんサイトのもの。

こんな可愛いお店が。

娘ちゃんが喜びそう。

あちらこちらのぞいていたら、時間が推してしまった。到着予定時刻14:55??慌ててバスに乗り、貴船口駅に戻る。そこからは乗り換えなしで大学に一番近い「茶山駅」を目指す。いよいよ卒業式、あの先生この先生、どんな顔で私を迎えるだろう。学長は?理事長は?それよりまずは急がねば!衝撃のラスト、卒業式、分科会編につづく。

という訳で「卒業研究発表会」後は割と憤慨した気持でぷりぷりしながら「京都ホテルオークラ」に到着、このホテルを選んだのは特に理由はない。ホテル一覧を眺めていて、「オークラ、いいじゃない」と思っただけ。


はあっ?プールもあるの?泳いでこれば良かった

よくセレブの定宿として帝国ホテルがあげられるし、ランチお茶などするのもここに行く事もある。なぜならアクセスが非常にいいんですね、日比谷から歩いてちょっとだし、行き帰りに銀座を冷やかせるし、なんとなく一般庶民にもオープンな雰囲気もあり訪れやすい。アーケード街を覗いたり、ガルガンチュアのクルミパンを買ったりとマイペースな感じ。 他に東京のホテル御三家的なニューオータニなんかも結構ランチで行ったことがあり、こちらも専業主婦が楽しめるイメージ。でもどこか好きなホテルをというと、やはりオークラにはどこも適わないと思っている。理由は「なんか本当のお金持ちが集まりそう」という勝手な考えだけで、以前ブログにも書いたけれど独身時代ベルエポックに連れて行ってもらい、そこのホスピタリティに感激してしまった。どこにもないサービスというか、こんな親切にしかもさり気なく、本物のセレブが利用するところなんだと勝手に位置づけた。今ならパレスホテルもそんなイメージかなあ、でもあちらはリニューアルしてから敷居も値段も高くなった。 行きにくさはアマンと同じくらいで、ああいう煌びやか過ぎる雰囲気のホテルはあまり好きじゃないというのはなかなか縁がない僻みかもしれない。   
   
ということで京都なんて大学卒業式なんて嫌だ行きたくないといいつつオークラなら泊まってみたい、しかも福利厚生サービスから予約とったせいかそんなに高くなかった。じゃあ二泊予約して、嫌なら一泊、土壇場でどうしても行きたくないと思えばキャンセルしようと考えて予約した。そうしたら一泊しか予約がされていなかった。予約する時「二泊もなんて冗談じゃない」とでもちらと考えたのかなあ。その時々で気持ちがくるくる変わるので、どうだったのかわからない。でも一泊でもいいじゃないその方がきっと身のためよ。もし行ってみてもう一泊したいそして部屋が空いていたら連泊してきましょう。なんて京都に来たのだった。

大学前からバスに乗り「三条」で降りて少し歩く。四条に比べるとさっぱりしているけれど、京都の繁華街っぽく赤い提灯などもあらほましい。あちらこちら神社仏閣巡って京都を堪能したが、やはりこうした街の営みに触れると気持ちが華やぐ。googleマップでホテルの場所を確認しながら歩く、割と近いよう。やや細い道に曲がってそのまま真っ直ぐ、道の途中に「豆水楼」の看板があった。あーここなんだ、ここ木屋町だし間違いない、来る時迷わなくていいと思ってそのまま歩いていたら目の前がホテルだった。

こんなに近いの?多分近いとは思っていたけれど徒歩3分くらい。たまたま選んだホテルがこんなにアクセスいいなんて、しかもやっぱり外観も素敵だわと、卒業研究発表会であの二人に無視された嫌な気持ちがさああっと消えた。 みんな身に覚えがあることだと思うけど、こういう人が自分のコミュニティにひとりでもいると本当に嫌じゃない?しかも今回いつもいつもべったりくっついている二人が一斉にこんな態度したらもう居心地悪いなんてもんじゃない。でもこっちももうお断りだわと感じていて、なぜならおおえかのお気に入りだから余計に仕方ないわとも思った。これも先生のせいで学友と仲違いという事例かも。まあ先生と仲違いする私も私だけれど、先生にはぶつかっていけばいいという香山リカ先生の言葉とは裏腹に、ぶつかったら大惨事になってしまったのはやり方が悪かったのか。授業に関係ないイケズに対してなので、問題提起の意味が違ってしまったのだろう。   
   
ホテルに到着。荷物はホテルのコンジェルジュサービスに京都駅で預けていたので、そのまま一緒に部屋まで案内がてら運んでもらう。新幹線で到着して、ホテルに荷物を運ばずにそのまま観光が出来る。これも予約した後どんなショップやレストランがあるか調べていて発見した。これ本当に助かったし観光都市京都のホテルならではのサービスだと思う。なんやかやホテルなんて全部同じと思うが、こうした一見些細にみえるようなことでやっぱり居心地や使い勝手は全然違う、特にひとりで滞在というとなるとちょっとした話し相手とか、土地勘がないところだと色々親切に教えてくれる人がいると心強い。卒業式の記事の時にも書くけれど、「祇園をよぎる桜月夜」と与謝野晶子ごっこをする道はどこがいいかなんて相談にもああでもないこうでもないと色々考えてくれて、結局これは違うかもという結果になったがとても満足。このホテルを選んで本当に良かったと思った。   
   
    
大学がパルテノン宮殿ならこちらはパンテオン神殿よ!あちらではでもこちらに来れば私は自由の女神。



ホテルの内廊下。このモザイクみてびっくりしたんだけど、最後に京都来た時にも泊まったホテルだった。外観やフロンとでは全然気が付かなかったけれど、このガラスの作品をみてあっと思った。私が上京するすぐ前だから2000年前後、はあーすごい偶然。でも前はオークラじゃなかった筈、確か「京都ホテル」という名前だった。高層ホテルを建築するということで、オープン当時は街の景観がどうのこうのと割と京都市民からは否定的だった聞いた。フロントの人にいつの間にオークラに変わったのかと聞いたら、変わっていませんここは「京都ホテルオークラ」ですからという回答。事情はよくわからないけれど、そうかーと思った。ともかくなんか「帰ってきた」ように感じてほっとした。



ロビーの階段でシタールの演奏が。幻想的な趣があり、しばし佇む。


京都の街は全然桜咲いてなくてガッカリだったけれど、ロビーにはこんなに桜がたくさん!気分が盛り上がる。 

いざ出陣!行きたくないところへ行かないといけない時はしっかり女装する、なので髪をくるっと巻いてお化粧もばっちり。これは実家の父が言っていた言葉で、「女は辛い時ほど綺麗にしてないとダメなんだ」と。多分失恋かなんかして泣いていた時だったと思う。父はこういう女道みたいな格言色々言っていたなと思い出す。勉強しろとは余り言われなかったけれど、習い事や家の事なんかきちっと出来ないと嫁に行けないと常々言っていて、でも今家事はほとんどが好きじゃないし習い事も何も役に立っていない。やはり「やらされた」ものは身につかない見本市のような私、でも誰だってそうよ。写真はホテルの方に撮ってもらった。ワンピースは例の コスのもの。豊洲小学校PTAバザーの最後、「どれも半額」となり、最後の最後に「今からどれも10円です」ということで、こんな素敵な新品のワンピースを10円でゲット。本当にミラクル信じられないラッキー。こうしてみるとホテルで着てもおかしくないというか、私に似合うと改めて思う。袖がパフになっていてそこにフリルがたくさんついていて可愛いけど黒だからおばさんが着てもおかしくないお気に入りの一枚。

※これこれ、このワンピース。これは年末に豊洲で開催されたとあるパーティの時のお写真。もう楽しくて美味しくて描きたくて書きたくてたまらなかったけど「SNS禁止」とパンフに書いてあったから書かなかった。街の名士ばかりがゲストなんですよ。私はたまたまのラッキー♡昨年の年末だから髪が短いわ、先生は長いの短いのどちらがお好きなのかしらね?

あの俳句の顔採用の先生は自分をミロのなんとかと勘違いしているのかぶよっとした二の腕ニョッキリの"ザ、衣装"みたいな服いつも着てくるけど、もう〜おばさんなんだから授業くらい自覚してちゃんとした服着てこないと恥ずかしいわよ!きちんとした服というのはまず袖があるのよ、誰も注意しないんだろうなあ。オリーブの冠が似合いそうな、コント?正気?採点するとしたら57点D(再提出)ね。

と、また余計な事を書いたけど、着物着ないと決めた今、よそ行き着が少ないからとても助かっている。 なんか受賞できたらこれで行こうと思ってるくらい。そう言えば「 卒業式は着物で」なんて考えていたこともありましたね。やっぱり洋服は楽!今後着物着ることがあるとすれば、呉服屋のCMに出るとかそんな感じかなあ、なんてね  
   

そんなに広くない道路から更に細い路地に入る。この奥が京都造形芸術大学通信教育部文芸コースの懇親会会場「豆水楼」がある。あれ、違う道だった?店の看板の提灯がみえないのはホテルに行く時明るい時間に撮ったから?まあこんな感じのとこよ。



準備中のところに着いてしまった。10人座れるテーブルが2つ、合計20名が参加した。そのうち先生は6名全員京都の先生、東京の生徒が8名、京都の生徒が5名、地方の生徒が1名。手前が東京の生徒、奥が京都のテーブルになった。せっかくなのでミックスすればいいのに、いつも同じ人と固まりたがるつまらない人達だわと思った。だってそうでしょう、こんな機会ないじゃない?モアイはいなかったけど、ボスママはぎゅっと私以外の人たちで固まり、私が話しやすい人たちをわざわざ私と並行して反対側の席に誘導し、そこを区切りに全然知らない京都の先生を座らせたのよ!でも目の前寒竹先生でその隣が日本美術論の授業で一緒だった学友でお話はずんだからいいようなものの、ちょっとやってくれるじゃないと思った。

で、京都の知らない男の先生のすぐ向こうがボスママという位置。その先生とは話すがさらにもう一席こちら側の私は誰に憚る事もなくガン無視できると。意味わかるかなあ、ま、雰囲気でわかって。本当に意地悪な人ってこういうの上手いと感心、自分達の周りの人達とはガンガン飲んでベラベラベラベラ大声で話す話す、ボスママの独壇場だった。でもこの人、耳が悪いから質問があるなら用紙に書いてとアンケート用紙を配布したりするくせに、飲みだすと治るようで不自由なさそうだった。まあなんか特別な自分をアピールしたかったのね。

そんなこと言ったら私もちょっと耳が悪いわよ!ママ友付き合い姦しい頃、ボスママを囲んで話を聞いていると何を話しているのか聞こえない時があった。円陣の中では誰かと誰かが話しているのを聞いても耳に入ってこない。子どもの話も近くに行かないと聞こえなかったりすることがある。よく聞こえるのは夫の声だけ。ものすごい大声でやや怒鳴りながら話すので聞きたくなくても聞こえるうるさい。

八寸。まずはビールで乾杯。京都のお箸は先が細ーい!すごく上品。

    
名物の湯豆腐。小さな木の風呂桶みたいなものに入っていて、そこからすくって食べる。緑はほうれん草。最初はお店の方が世話を焼いてくれて、「さあさあどうぞ」みたいな感じでひとりひとりに共される。それがなんというか、京都っぽくない大阪の親切な店員さんという雰囲気で、京都の食事処はイケズをされると先入観の出来ていた私はほっとした。

もちろん独身時代京都に来ていた頃は、そんな風に思ったことはなかった。ちゃんとした店は紹介で予約していたし、いちいち面倒と思ったけど意味があったんだと今回わかった。イケズを知らずに育った、でも大学に通うことでしっかり覚えた。自分が「京都」の組織に属してみて、そういう空気はひしひしと感じたから。知らないで来るのと知ってから訪れるのとは楽しさにおいて雲泥の差がある。タクシーの運転手さんの話をきいて良かった、余計にそう思った。

大学に入学する前、私にとって京都は癒される街だった。はんなりした空気にほっこりし、どこもかしこも美麗な楽園だった、しかし。

その話はまたの機会にするとして、豆水楼のあれこれは、京都の湯豆腐が美味しくない訳がなく何もかもがしっくりくるいいお味。

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豆水楼イメージ画像を作ってみた。夏は川にせり出した川床が設えられるそう。この後お刺身盛り、茶碗蒸し、天婦羅などの後に小さな田楽まで盛りだくさん。


生麩の田楽、これ美味しかった。


最後はご飯と赤だし、香のもの。お味噌が赤味噌なのは、織田信長所縁の本能寺が近いからか、それとも料亭だからか。前にも書いたけど、日本全国高級料亭が赤だしなのは、三英傑が尾張出身だからなのよ。私もそうだから赤だし大好き。覚えておいてねっ



デザートは湯葉?豆腐?だったかのジェラート。これ、あまり美味しくなかった。抹茶アイスかいっそシンプルなバニラの方がいいです。

料理全部は写真撮れなかったけど多分このメニュー、こんな風に盛りだくさんの内容、お酒はビール、日本酒、ワインなど焼酎もあったかな?ノンアルドリンクももちろんある飲み放題で、京都にしてはフレンドリーで親切でお得なお店、他の学部コースも使っているみたいで京都造形芸術大学の、もしかして通信御用達かなと思った。それはそうかも、多分通学生だと若いから豆腐より肉って感じ。通信は生徒の年齢層が高いのでぴったりのお店、メニューかもしれない。どれもこれも京都らしく美麗ではんなりと美味しゅうございました^ ^
 
懇親会は19時から21時だったでもなんだかんだ21時30分まで宴は続いた。私は翌日早くスタートするつもりで、何故なら京都最終日で貴船行きたいと思っていたのでお酒は控えめにしていたが、ボスママとその周りの人達はかなり飲んだみたいで顔が真っ赤な人とかいて話し声がすごく大きくなっていた。飲み放題でおばさんが飲みすぎるってちょっとダメだなと今までの自分も反省しつつ横目で眺めていた。

目の前の寒竹先生とは、授業抜きに初めてプライベートな話も色々出来て嬉しかった。「寒竹先生大好きなんでしょ笑」というムカつく学友は私が羨ましいんでしょ!うるせー馬鹿話かけてくるな。お前などに先生は当たらないよ笑。で、寒竹先生と色々お話し出来て思い出すのは、junjunパイセンに寒竹先生と結婚したらと言ったらmessenger 返事なかった話をしたら、寒竹先生ぶほっ(;o;)ってなり、なんだかおかしかった。二人ともパートナーがいるなんてその時は知らなかったのよ。年取ると若い人たちをくっつけるしか楽しみない訳で。

懇親会お開き近くなり飲み放題のラストオーダーが過ぎてから隣の先生のグラスをみると空だったので、自分の赤ワインを「手を付けていませんのでどうぞ」と言ったら先生は素直に飲んでいた。この先生は来年度からの文芸コースに新任されるそうで、優しそうな先生だけど関東しかもちょっと田舎出身みたいで、京都でやっていけるのだろうかと心配になった。 

斜め前の初めて会う京都の先生は、私ををちらちら見ていて酔っ払ったのか最後の方は遠慮なくマジマジ見だし、ニコッとしたら嬉しそうだった。寒竹先生に店に到着したばかりの時、「やっぱりやだー」なんてブツクサ言ったら、まあまあ皆んな知らないから大丈夫と言っていて、この先生は「知らない」んだろうなと思った。

人間観察楽しい(°▽°)

さて、さあお開きですという事になり先生達の挨拶、司会の先生がじゃあこれでと言ったか言わないかで酔っ払った東京の生徒のひとりが「私もひとこと」と急に立ちあがり、べらべら話し最後に「私はぁ京都造形大学卒業できたことを誇りに思いまーす!」あははははみたいになり私は白けてしまった。ちょっと意地悪な、「それはそれはよかったですネ」と大仰にというか、「そろそろぶぶ漬けいかが?」とも言いたくなった。女はイケズ京男もそう、あの人もこの人も私もあなたもみんな意地悪、京都の大学ではイケズもしっかり学んだわと感じた、その前に豊洲でも。全然知りたくなかった。はあー面白くない。

そおーだ!今思い出したけど、私をイジメ抜いたあのボスママ京都の大学出身!弁護士ママもそう、多分実家もその近辺だと思われ、そうか、イジメはDNAだったんやー!と書いていると色々わかるとまた感心する。

で、京都に来る前に文芸コース事務局宛にjunjunパイセンのことも一緒にお祝したいとかダブルN先生を並べてみたいとメールしたら、クルーソー先生が幹事だそうで「卒業生しかダメ」と返事があった。私は「そんんなつまらないくくりで間口が決まるなんて、だから京都造形大は大物が排出されない!」と返信したり他にもちょっとあり、 クルーソー先生何も悪くないのにあれこれ私に噛みつかれて気の毒したと思った。

懇親会の時は先生ひとりひとりをまわってビールをつぎながらご挨拶をした。今思うとこういうの私しかしていない、みんな自分の席に座り込み一ミリも動きたくないという雰囲気。みんな会社員の経験のない人たちなんだと割とマジに感じた。クルーソー先生の席にも行きビールをついで、「色々ありがとうございました」 と言ったら「俺何もしてないし」というので「それもそうですね」と返してしまったけど、クルーソー先生は結構東京の合評会、授業もあり、それからフライングカフェなんかでも上京されていて、京都から東京も上京でいいのかなあ、上洛という言葉があるけれど、京都人からしたらこちらが京だと思ってそう。なんだかんだクルーソー先生のカフェは多分私のせいで急遽参加することになっただろう感じで、あの時YOUは何しに外苑にと聞いたらキョドりながらフライングカフェのためしかも学習相談のためだけに京都から来たと言ってらして、私のお目付役として誰かに任命されたのだろう。門崎先生ひとりじゃ心配と事務局かもっとその上からも言われたのか、やはり様々に今までそしてこれからも乙!という事で御礼を言えて良かった。

お開きになり、多分この後皆酔っ払ったボスママの先導で二次会に行くんだろう、聞きたくもない話をさかなに安酒を飲む気にもなれずひとりさっさと会場を後にした。

せっかくのオークラなので、ひとりでマティーニでも飲んで二次会の代わりをしようとホテルに戻った。そのままバーに行けばよかったのに、ホテルに着いたら気が変わって部屋でのんびりしたくなる。バスソルトがあったのでゆっくりお風呂に入ったりベッドでTweet したりせんとくんとお話したりしていたらバーの時間が終わってまあいいかという感じ。ここでなくてもホテルのバーは東京にいくらでもある、全く縁は無くなったけどまたいつか!今度行く時は見城徹さんとかに「是非うちにも書いて」なんて口説かれるなんて感じだったらいいなあなどとドリームでむにゃむにゃしてたらえっ!もうこんな時間?と焦りだし、あちらこちらにある部屋のライトを四苦八苦して消したがどうしてもスイッチがわからないものがあり困ってフロントに連絡しやっと部屋が真っ暗になったと思ったら気が付いたら朝だった。よく寝た。 


オークラといっても普通のシングルルーム、でもベッドが多分ダブルサイズで贅沢な感じ。住みたい。

翌朝、起きてごそごそ準備したり部屋で備え付けの珈琲を飲んだり、のんびりしていたら8時近くなってしまった。早く出なければ。そこで貴船に行くために地図を眺めていると「本能寺」の文字が目に飛び込んできた。そうだ、本能寺行きたいと目当てにしていたと思い出す。フロントに荷物を預けてホテルから徒歩5分ほどの本能寺へ。適当に選んだもののあちらこちらにアクセスがよくて本当に良かった。東京から京都造形芸術大学卒業式に行くなら、特に豆水楼で懇親会やる学部コース生はこのホテルがおススメ。大学まで電車で一本だしそんなに距離ないし、ホテルアーケード街は充実しているし、懇親会会場までも多分一番近いのではないか。  

ただし早めに予約しないと取れない上に空いていても高い部屋しかないということになる。京都の宿を卒業式間近に検索すると、一泊10万以上とかそういうのしかヒットしない。三連休のせいかこの日はアパホテルですら3万くらい。もう一泊して翌日千住博先生の襖絵と金閣寺も見たいと目論んだがオークラが空かないので諦めた。もしかしてあったかもしれないけど、よく知らないホテルに泊まりたくないという気持ちになってしまうくらい京都ホテルオークラ良かった。なので襖絵の大徳寺と金閣寺はホテルや大学から離れた場所、スケジュールがタイトでそちらまで行けなかったー!でもきっと東京でもお披露目があるはず、以前今は無き三越エトワールで、京都の日本画家森田りえ子さんの 金閣寺(鹿苑寺)本堂杉戸絵が展覧会に出展されたことがあり、こんな風にどこかでお目にかかれる日が来ると信じることにした。

ともかくホテルの予約は早め早めをおススメします、キャンセルは後から出来るしね。 



さて、歩いて本能寺へ。不勉強な私は「ここで織田信長が」と思って来たが、ここは「本能寺の変」の後に移築されたものらしい。ちょうど墓守らしき方がいらして、色々と教えてくれる。「織田信長を倒したんは実は明智光秀じゃなかった」なんてお話も聞けて、歴史って習ったまま信じているけれど、間違いも色々あるんだろうなと思ったりした。それはそう、写真も証拠も何もない、書簡や絵がみつかったといっても、それはもしかして書いた人達の希望的観測だったり間違った知見かもしれない。都合のいいように塗り替えられたものだってあるかもしれない。



そんな事を思いながら本能寺の本堂、そして織田信長のお墓をお参りした。本堂の右手裏に墓がある。私は息子がお腹にいる時に織田信長の夢をみたことがある。「いい子を産んでくれ」と言われ、私は織田信長の子どもを産むのだわと思った。なので息子にはよくよく誰かをイジメないように、イジメると後から絶対それ以上に悪い事が自分におこると言い聞かせてきた。そんなところにタイミングよくあの歌がヒットして、学校で習う前に息子は「本能寺の変」を覚えてくれた。弱っちいちょっとイジメてもいいだろうなんて、そんな風に明智光秀をいじめた織田信長は仕返しされてしまう訳で、やっぱり弱者こそいたわるべき、それは回りまわって自分のためでもあるなんて、そんな事を考えていたので頭の中はずっとあの歌がグルグルしていた。それにしても人の命は本当に儚い、人の夢と書いて「儚い」かあ、本当に漢字って良く出来てると感心する。



そんなこんなで9時頃には三条の駅に移動して電車に乗った。荷物はホテルに預けたまま。帰りにサクッと受け取って京都駅に行けばいいと思った。帰りは帰りで同じコンシェルジュサービスがあり、京都駅に荷物を運んでおいてもらえるのよ。でも18時までに受けとらねばならず、だったら今思えば東京に送っておけば良かった。

荷物はともかく、今日はこの旅の第一の目的と言っても過言ではない貴船に行く。その後卒業式、分科会。あーまたボスママに会わなければならないかと思うと本当に嫌。しかしなんであの人こんなに私を空気扱いするんだろうと思ったけれど、こちらから話しかける気は毛頭なかった。多分モアイをdisったからというのはその通りだが、ちょっと違う意味合いがあるとも感じていた。その答えは分科会でスパーン!とわかることになる。そんな事とはつゆ知らず、お久しぶりの貴船、主人公の歩く道のりや泊まる宿、恋人と食べる「野趣溢れる滋味の肉」は食べられるだろうか、もう春なので冬のメニューは終わっているのではと心配していた。

ともかく京都二日目がスタート。ホテルの人にキャンセルが出たら押さえておいてとお願いしたけれど、多分無理だろうなと覚悟して貴船を目指した。



ある日いつものようにダラダラしながらFacebookを眺めていると、青木かのさんの記事がタイムラインに流れてきた。なんでも新年会を月島スペインクラブでやりますというものだった。私は青木かのさんとFacebookで友達になったのは昨年の7月頃だったと思う。以前の記事にも書いたが、息子が出演する『みんなのミュージカル ホンク!』というのの広告宣伝係を誰にも頼まれていないけど勝手にしていたので、あちらこちらにポスターを貼ったりチラシを置いてきたり、江東区区議会の議員さん全員に「観に来てください」とDMを打った。それらは本当に様々な反応だった。返事も何もなしスルー、用事があり行けないというもの、でも応援しているからとホンクの記事をリツイートしてくれた方、自分のブログに記事を書いてくれた人、当日観に来てくれた方々、同じマンションで何度も顔を合わせているのに全スルーの議員さんもいて、トヨスアモーレは観に行くのにこっちはスルーかと、まあいいけど。私は人の名前は覚えられないが、こういうのはしっかり覚えていて、もう今私の中では応援する議員さんスルー議員しっかり分けている。でも選挙ってそういうものだと思う。何かの拍子に向かい合うことが出来た、それをおざなりにされたら投票なんかしないし労わってもらえたと感じたなら票を入れるでしょう。

上記のうちで用事があっていけないけれど協力しますといってご自分のブログにホンクの記事を書いてくれたのは青木かのさんだけだった。音喜多駿さんはお知らせしたけど無反応だった。小池百合子さんで忙しくなったのはわかるが、豊洲の一大事なのに冷たすぎるなあと思った。奥さんの方はみにきてくれたからそれに免じてこのくらいにする。それはいいけれどちゃんと記事にしてくれたのに私は大感激して、そこからFacebookでフォロワーになり色々読むようになった。

青木かのさん、本当にパワフルで逞しい方。あの細い体のどこにそんなエネルギーを蓄えるんだろうと感心してしまう。毎日街頭にたち、あちらこちらの勉強会政調会イベントに参加してSNSにアップしている。「ブログすごいねえ」などと感心してもらう私だけれど、私はただの引きこもりのネット弁慶。ずっと部屋の隅でパソコンに向かい指を動かしているだけなのでそんなにエネルギーは必要ない。それに比べて。

そしてある日、「月島スペインクラブかあーパエリア美味しそう。一度行ってみたいと思っているのよね」とかのさんのFBをニラニラ眺めていると、ぽーんとMessengerが届き「よかったらいらしてください」とかのさんからメッセージが!クルミドコーヒーのイベントといい、私がその時一番興味のある食べ物とセットでやってくる福音、クルミドコーヒーの夕べは煮込みハンバーグ、かのさんの新年会はパエリアだった。行きますとも!

そういう訳で馳せ参じた月島スペインクラブでの新年会。美味しくて楽しくて時間があっという間に流れた。最初自己紹介があった時のためにとスピーチを考えていたが、こういう時はマイク周って来ないというマーフィーの法則。せっかくなのでここに貼り付けてみたいと思う。

「こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。月島のお隣工業地帯にタワマンが立ち並んだもんだから自分達をセレブと勘違いする馬鹿の集合地帯豊洲からきました。ボスママやその不愉快な仲間達に村八分にされてそれを小説にするために大学で勉強していますがこの春卒業します。今はプロニートの星専業主婦ですが、卒業後は芥川賞をとるので扶養家族抜けます。どうぞよろしくお願いします」 

私までリア充みたい♡

叶姉妹ならぬ「かの姉妹」です(=´∀`)人(´∀`=)

うん、間違いなくスピーチしなくて良かったかもですね!

新年会に参加する方々は、月島大人倶楽部というののメンバーらしかった。ざっと見る感じでは、青木かのさんの友達25%、支持者が25%、かのさんラブなおっかけ25%、あとは大人倶楽部だから、そして私のような飛び入りという構成だった。料理も素晴らしく美味しく、特にパエリアは文句なし。飲物は赤と白が私の好きな大きなワイングラスがいくつも用意され、ノンアルコールやスタイニービールなどと至れり尽くせりさった。デザートまで美味しかったー



ぼっち参加の私にかのさんはじめ皆さん色々話しかけて下さるが、「いいですいいですぼっち慣れてますんで」と、会場の隅に勝手に席をつくり、ひとりで人間ウォッチングをしたりSNSしたり写真をとったりと、いつも通りの私だった。

次は二次会!となったが、先日の明治神宮から蔦屋書店巡りの日と同じく、お腹がいっぱいになったら眠くなってしまい、後ろ髪を引かれながら帰途についた。ああ、もう夜遊び出来ない体になっちゃったんだろうか。

家に帰るとお猿ちゃんが飛びついてきて、帰って来て良かったと思った。歯を磨いて一緒にベッドに入るとぽかぽかで、気が付いたら朝だった。何もかもが幸せな一日。こうしてかのさんの記事も書けて良かった。選挙始まったら豊洲地区は任せて下さい!でも私といるとボスママからの反発があるかもしれませんよ。ゆり子政治の世界はわからないしだからとっても怖いの。

そういう訳で参加された皆さまかの様、仲良くして下さりありがとうございました。とっても楽しかったです!また呼んで下さい\(^o^)/

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ブログ「青木かの月島日記」http://ameblo.jp/kano-aoki/
お猿ちゃんのミュージカルを書いて下さった記事はコチラ
「まさに"みんなの"ミュージカル」http://ameblo.jp/kano-aoki/entry-12187348482.html

昨日は久しぶりに一日中遊んだ。夫が家にいるので遅くなっても無問題。ウィンドーショッピングして美味しいもの食べてぶらぶらしてちょこっと飲んで帰ろうと目論んだ。でもヒールの靴が仇になり足が疲れてしまい、しかも食べ過ぎてお腹が苦しくなり普通に帰った。運動不足で体力がもたないのかもしれない。


お久しぶりの明治神宮。独身の時に夫と二年参りに来て以来だから、約13年ぶり!!


並ばなかったけど看板の前でパシャ    


先頭の人は朝4時に並んだと聞いた。
   

「境内から出てください」とアナウンスがありダッシュでお参りに向かう
      

みんな足止めされてる

 稀勢の里土俵入り奉納1時間前くらい

明治神宮100年記念で屋根をふきかえるそうで銅板を奉納。これをみてセレブデブがまた真似すると思われ。銅板に書き書きしていたのでゆっくりできた。宮司さんが写真をいっぱい撮って下さり満足。



稀勢の里が宮司さんたちと建物に入って行った

「YOUは何しにの人ですか?」「いいえ違います」でもタレントさんのよう

    ビーフシチューセットをご馳走になった
    彼女は豚の角煮的なセット

 ラフォーレの角に小さな箱みたいなお店が可愛い!
娘ちゃんに見せたい喜ぶだろうな


ラフォーレ前の交差点。ここら辺は変わらないわね。

「PASS THE BATONがあるわよ!」

「丸の内と品揃えがちょっと違うわね」

 根津美術館まさかの閉館。ゆっくりし過ぎた・・・

ミュージアムショップだけ冷やかした帰り


友達の友達のお店に連れて来てもらった、聖林館

まずは乾杯。ハートランドの生

  しし唐とトマトのなんとかってやつ

まずはこれって東京カレンダーに書いてあったやつ 


彼女は本当にタコが好き🐙なのよ


マルゲリータ


マリナーラ


デザートと飲物サービスしてくれたよ
   
 今日は中目黒蔦屋書店へ

 その後代官山蔦屋に移動。こちらの方が落ち着く

 代官山の方はガイドブックも種類がたくさん

友達が「これよくない?」と持ってきてくれたガイドブックに千住博大先生の屏風絵公開の記事が!混むだろうな、でも是非観に行きたい!

まったねー

今日は何も予定の無い一日。子ども達は年末年始のスキーの支度をしだし、スノーブーツが小さいだのゴーグルがキツイだの色々言い出した。それなら一緒に買いに行こうと出かけたが、躾のなってない我が家のお猿どもが車の中で騒ぎ出しイートインでタワーソフトクリーム食べたいついでにチャーシューメンもポテトもと欲張り出す。もう明日明後日くらいにららぽーとのZEBIOで買う事にしてお腹を空かせたまま最終目的地へ向かった。

今日の目的は神田の味仙。ここは名古屋人の故郷の味「台湾ラーメン」が食べられる。夏にオープンしてから行きたくて行きたくてたまらなかったお店。そして夫は辛いものが苦手だが、一度食べさせてあげたいと思っていた。帰省した時にヨコイ、寿がきや、櫃まぶし、味噌煮込みうどん、手羽先などなどは食べたが味仙はなかなかタイミングが合わなかった。

味仙といえば私はいつも藤ヶ丘店を利用していた。でも今池本店がやはり一番美味しい気がする。神田はどうだろう。久しぶり過ぎる味仙、とても楽しみにお邪魔した。


夫は大盛りのアメリカン 

私は普通の台湾ラーメン


息子はチャーシューメン、これは辛くない


娘は餃子が気に行ったそう。コチュジャンが入ってぴりりと辛い、息子は食べられなかった、一個食べた後


ちょっと普通のものと違う酢豚。ノンケチャップで酢と醤油と唐辛子だけ?なのかな。少し食べた後。


定番の青菜炒め。多分空芯菜と思われる。味仙の大人気メニュー

普通の台湾ラーメンは辛くて辛くてギブアップしそうだった。夫のスープを飲ませてもらうととても美味しい。今度からアメリカンにしようと思った。アメリカンは辛さがややマイルド、でも夫は大汗をかいていた。

食べ終わってお腹がいっぱいになって思った。美味しいけれど私が思っていた台湾ラーメンじゃないような。でも台湾ラーメンといえば味仙だけれど、私が独身時代よく食べたのはもう少し小さなカフェオレボウルくらいの大きさで飲んだ締めにちょうどいいサイズのものが好きだったのではないか。それにこんなに辛くなかった。そこは青菜炒めはもちろんあったけれど、シジミを漬けたものやピータン豆腐などあり、中国茶を喫する時の小さな急須みたいなのに暖かい紹興酒が入っていたり、一緒に角砂糖をどうぞとマダムが言ってくれたあそこ。あそこはどこだったのだろう。名古屋のプリンセス通りだったか広小路の夜来香だっただろうか。もっと違う名前だったか。どうしよう、全然思い出せない。

でも味仙はちゃんと名古屋の味で美味しかった。ちなみに本場台湾ではこの台湾ラーメンはないそう。名古屋発祥のラーメンなのです。 


台湾ラーメン塩味?そんなのあるんだ!

ここは東京の人にはあまりオススメしない、でももし行くならアメリカン普通サイズに青菜炒めをどうぞ。それから味が濃いと思ったら味のついていないスープをくれるので足して下さいね。

夕べはとても楽しいクリスマスを過ごした。夫の実家でパーティをした。おじいちゃんおばあちゃん叔父さんと私たち夫婦と子ども達ふたり。子ども達は夫の実家が大好きで、今度はいつ行けるだろうと虎視眈々と楽しみにしている。「虎視眈々と楽しみに」というのは日本語としておかしいが、意味合いとしてはこの場合正しい。正確には「(今度は何を買ってもらおうか)虎視眈々と(ママの目を盗まないと買うと怒られるので)楽しみにしている」と言うことになる。私はこういう時、いつも数時間遅れて行くようにしている。別に一緒に行ってもいいのだが、姑にしたら私は嫁でもあり、私不在で息子である夫や孫を誰にも遠慮なくべろんべろんと舐めるように可愛がる時間も欲しいのではないかと思うから。案の定子ども達はメロンだプリンだと我儘を言い、クリスマスプレゼントに電気のおもちゃを大量に買ってもらっていた。私は「電気のおもちゃ」も好きではなくて、子ども達に何かプレゼントする時は木とか紙のものをプレゼントする。カードだとか本だとか絵とかそういうもの。反して「電気のおもちゃ」というのは電気がないと遊べないもの。例えばDSとかなんとかマシンとかぎゃーすか五月蠅いスターウォーズのライトセーバーなどがこれにあたる。でも私がいないとジジババ叔父は子ども達のリクエスト通りそうかそうかと買い与えられる。「そんなに食べて太るわよ」と叱られずにあれもこれも夫に食べさせることができる。そういう訳もあり色々やることもあるしでいつも遅れていく。

 
他にスープやお寿司なぜかお赤飯ケーキにおつまみにワインなどなど。ふうーまた食べ過ぎたー
          
でも昨日はもっと早く行けば良かったと後悔した。おばあちゃんが具合が悪かったらしく、手伝ってあげれば良かったと思ったからだ。来年は私が色々食事を準備して持って行き、素敵な紙皿などでパーティーメニューをこしらえようと思う。以前は豊洲に呼んで泊まってもらってパーティをしていたが、もうしんどいからどこかに泊まるのは大変だという。日帰りだともっと大変だそうで、色々悩ましい。食器を出したり片付けたり洗いものや掃除なども負担になっていると感じた。高齢になるということはゆるやかに被災しているのと同じ事だと思う。緊急事態として紙皿紙ナプキンプラスチックのカトラリーを年に数回使うことは悪いことではないと思う。毎年お正月は姑がお節などこしらえ私たちはお邪魔することになっている。もう31日泊まり込みで私だけ手伝いに行こうかと思うが逆に負担になりはしないか悩む。それより「自分の家をちゃんとしなさい」と言われそう。おまけに私以外がスキー旅行に行き、私は妹と東京観光していることがバレたらそれはそれでまた舅姑の悩みの種になりそう。いつも心配させているのでもうさせない方がいいだろうと思う。夕べのパーティは楽しかった。ジジババが子ども達が考えたショーをすごく喜んでいて、いい子に育ったママのおかげよありがとうと涙ぐんでいた。おばあちゃんは本当に涙もろくなった。来年もまた一緒にパーティが出来ることを祈念したい。豊洲は死んでいいがおじいちゃんおばあちゃんには長生きして貰いたいと願う。

私はクリスマスパーティの時に今後のこども食堂について思うところがあり、とある人にmessengerを送った。何もクリスマスにと思われるかもしれないが、思い出したらやっておかないとすぐ忘れてしまう。それは何かというと、こども食堂をあと二か所でやりたいと考えていて、その協力を要請したいとメッセージを送った。今ある「豊洲こども食堂」はだいたい軌道に乗れたといえる。今は赤字だけれど、来月から江東区から助成金が出るのでお金の問題は解決するだろう。多分4月くらいからは65歳以上も100円に出来るのではないか。でもいくら黒字になっても無料にはしない。もしかしてイベントなどやって、それは無料ということにするかもしれないが。人口の多い豊洲という土地柄、無料にするとイナゴの大群のように人が押し寄せめちゃめちゃになってしまう。ben&jerryのフリーコーンディはアイスクリームがひとカップ無料で貰えるというだけで、ものすごい長蛇の列だった。東京美術館の伊藤若冲の展覧会の行列といい勝負だったと思う。なので例え100円でもお金を受け取ることでそれを抑止できると考えている。そしてそろそろやり方もパターン化できてきたので、第二第三のリーダーをも育成したいと考えている。

私はこども食堂をやりたいやりたいとずっと言って来て最近やっと夢が叶った。次は「私がいなくても」運営していけるようにしたい。例えば私がいなくなっても別のリーダーがいればできる。私は「こども食堂」は誰かに来て食事をしてもらわなくてもお客がゼロでもかまなわいと考えている。「こども食堂」は店ではない概念だからだ。なぜそうした活動が活発になってきたのか、孤食や貧困とは縁のなさそうな小金持ちの街「豊洲」でこども食堂が開催されている理由、そういうものに街全体が注目してくれたらそれで成功したといっていいと思う。私が個人負担で始めたので偉いと褒めて頂いたりするが、すぐに黒字化するのを見込んで始めたので「身銭を切って」というものとも違う。例えそうなったとしても得るものはたくさんあり、「お金が全て」というところから一歩離れて考えると「お金のための経済」ではなく「人のための経済」がみえてくる。こういう考え方ずっとどう表現したらいいかわからなかったが、これもクルミドコーヒーのクリスマス会で影山さんがお話されていて、「ああ、これだ」と感じて嬉しくなった。その会に参加された方がfbで関連記事をピックして下さり、ますますそうだと感じた。

以前クローズアップ現代で放送された番組の書き起こし記事、ご興味のある方は是非ご一読を。
人間のための経済学 宇沢弘文 格差・貧困への処方箋
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3574/1.html

「こども食堂」をやりたい」という方は結構豊洲の中にいると聞いている。ただしそういう方は「手伝い」ではなく「自分でやりたい」のだろうと思う。そういう人を発掘して、今のこども食堂とか違う食堂を作って店主になってもらう。豊洲は狭い街ではあるが、隅から隅までの距離的には結構あり、自転車ならお年寄りだと20分くらいはかかるのではないか。今の食堂に遠い方の豊洲から来て下さるお年寄りが多いのに気付き、そちらでもやったら近くて便利だろうと考えた。

そもそも私はこども食堂を開く際は、三店舗同時オープンを目論んでいた。豊洲には小学校が三校ある。それぞれの学校に近いところに「こども食堂」を作り、来てくれた子ども達に「みんなで仲良く」とか「弱者をなぜ労わらないといけないか」などと話をしながら食事してもらう。子どもが多いということはお母さんの数も多い。豊洲のお母さん達というのは単身家族ばかりで地縁のない人ばかりだ。そういうお母さん同士がぎゅっとくっついたり喧嘩したり誰かを仲間外れにすることで結束したりという事が延々と続いている。トラブル回避が「引っ越し」と考えている人のなんと多いこと。引っ越しはお金がかかる。それで「貧困」になる家庭もあるだろう。余計な出費をしないことも貧困対策の一つだと思う。そういう仲間外れになったりひとりになってしまって悩む親子を、引っ越しせずに救済したいというのも「豊洲のこども食堂」の目的で、だったら小学校ごとにシェルターは必要だろうと考える。

でもこども食堂の師匠にそう言ったら「まずは一か所でやって、上手くいったら次じゃない?」と今思えば誰でもそう考えそうな真っ当な答えが返ってきた。なのでまずは豊洲小学校の近くでこども食堂をはじめたのだ。でもだからと言ってよその地区の人が参加できないという意味ではない。利用者が便利なようにと考えたら、やはり家の近くにある方が行きやすいに決まっているというだけ。

そういう訳で4月に「豊洲北こども食堂」、その次は「豊洲西こども食堂」をオープンさせたい。もしかして逆になるかもしれないが、来年度中に出来ればいいというくらいのんびりしたものなので大丈夫だと思う。festina lente(フェスティナレンテ)これは「ゆっくりいそげ」という意味。先日クリスマス会でお邪魔したクルミドコーヒーの店主影山知明さんの提唱する経済の基本指針で、サインをいただいた本のタイトルでもある。影山さんは現在クルミドコーヒーの二号店をオープンさせるべく奮闘されていて、私もそろそろ二号店、三号店を作りたいと感化された。というより、最初に考えていた自分のアイデアを思い出したともいえる。本当に今の食堂が結構大変でいっぱいいっぱいなのでスラッと忘れてしまっていたのだ。festina lente ゆっくり急ぎたい、色々事情も変わって来て、少しイソが無いと間に合わなくなりそう。それから影山さんはカフェだけではなく、出版業他様々な事業をマルチタスク的に同時進行されていて、私も色々やりたいこともあるが、同時進行で頑張ってみようと思えた。

そういう訳で「豊洲こども食堂」「豊洲北こども食堂」「豊洲西こども食堂」に関わって、また、自分が初めてみたいという方がみえましたらご連絡ください。場所については目当てがあり、そちらをご紹介できると思います。豊洲こども食堂のノウハウを知りたいというだけで、自分が一からやりたいので口を出さないでという方も歓迎します。ただし、「ひとりを支える」というビジョンだけは指針として下さい。お願いしたいことはそれだけです。 
 
toyosu.kodomosokudou@gmail.com までご連絡ください。

また、「豊洲こども食堂」のブログの方に書きましたが、食品ロス・リボーンセンターさまより賞味期限の迫っている災害対策用食料が豊富にあるそうです。
こども食堂でなくとも地域の集まりやママ友のパーティ、食べ盛りの選手が多い野球、サッカーなどのスポーツ団体など、食べてみたい、たくさん差し入れが欲しいと言う方も是非どうぞ。こうしたものを備蓄するだけでなく「食べ慣れておく」という活動も災害時緊急時の備えになると思います。送料は基本的には無料で提供していただけるそうで、この物資を難民キャンプなどに配送していただける物流システムや企業をご存知の方がいらっしゃいましたらご連絡ください。 豊洲こども食堂は、「食品をロスしない仕組み作り」にもチャレンジしていきます。現在様々な食料品をいただきますが、基本的に次の回にはまわしません。いただいたものは全てその時開催しているこども食堂で消費しています。保存場所がないという理由の他、食の安全も考えてそうしています。余剰物資や食料は、スタッフや来店された方に持ち帰っていただく他、大量の食材などは開封をせず、豊洲内の団体に寄付をしています。食品提供についての詳細についてはこちらをご覧ください。 http://toyosukodomoshokudou.blog.jp/archives/10841816.html

災害時備蓄食料でカナッペを作ってみた。具材は夕べのパーティーの残りばかり。クリスマスに相応しい朝のご馳走になった。

それからもうひとつ素晴らしくいい事を思いついた。また長くなってしまったのでそれは次の記事に書きたい。今日は年末年始のスキー旅行の準備の買い物をしに出かける。掃除もしなくては。もう「大」掃除は諦めている。普通に綺麗にしておけば無問題。

ことの起こりはSNSだった。思えば私くらいSNS下手な人がいるだろうか。ブログを書けば炎上し、NewsPicksにコメントすれば大勢に叩かれ運営に追い出され、Tweetすれば敵を大勢つくる。今のところ何事もなくやれているのはインスタくらいか。でもこれもそのうち何かあるかもしれない。もしかしてあの先生の写真が貼ってあるので見つかり「肖像権侵害」とまた叱られるかもしれない。私は叱られたくてやっている訳では断じてないし素敵な写真だからみんなに見て貰いたい。これは私が撮ったものではないしネットに正式にアップされているものをコピペしたやつなので叱られないと思う。先生に叱られるとその時はショックだけれど色々考えるうちに不思議とどんどん元気になってしまうでも本当は褒められたいのだ。京都造形芸術大学一年目、私ははあの先生からも他の先生達にまですごく褒められた。あっちでもこっちでも褒められ事務局ともスムーズで学長にも「何か僕に出来ることがあったらやりますよ」などと直接お声かけをして頂いたくらい。なのであの学生気分が抜けてないあの先生にやっかまれて色々裏で私のネガキャンをされたせいで。今年の体たらくと来たらどうだろう、でも誰が悪い訳でもないきっと運命というヤツだと思う。ブログが悪いんでしょうと言われるかもしれないが、そうだけれどそうではではないあの先生だってブログ頑張ってと色々を叱りながらも言ってくれたんだよ本当だよ!

「もう私SNS下手だから全部やめよう」と何度も思ったし、つい最近もそんな事が色々あった。「書かれた人の気持ちを考えなさい」という先生の訓えと対極のようなものをたくさん書いてしまった。でも書かないと先生わかってくれなかったでしょう。今だって私が先生を心配していることがわかってもらえてないかもしれない。でも出来ることは全部したいと思った。でもあのフィガロ仮面コスの私のところにばーって来て「あなたのそういう態度が私を傷つけるのがわからないんですか」と、だだだっと散弾銃のようにセリフを吐いて会場をさあっと飛び出し帰っていかれたあの時の怒髪天を突くような表情、感情、立ち居振る舞い。もう映画のワンシーンのようで思い出すだけでワクワクドキドキし、自分がヒロインになったように思ってしまう不謹慎だなすみません。そんな思い出すだけでご飯三杯はいけてしまうくらいのメモリーををありがとうございました。そんな風にはからずもまた目立ってしまい先生の愛を享受したものだから私は最近学友達からも嫌われて誰からもFacebook にイイネされなくなってしまった。N先生はそれほど生徒に大人気の先生、卒業生の先輩方が「先生に卒業証書を貰って感激した」と言っていたし、読書会、合評会だってみんなN先生目当てで頑張るよう。新入生だって…なんかムカムカする、私の先生なのに。あの新任の先生が私に嫉妬して嫌がらせした理由が本当にわかる気がするのだ。

あのデブ(おおえかじゃないあいつにイジメられた生徒)messengerで自分の正当性を捏造しながら私を残念な人みたいに拡散するだろう。でも助けてもらっておいて「頼んでないしまた違う未来があった」とかって言い草どうなのよ。大学もうやめるとかサークル抜けるとかメソメソメソメソしていたのはどこの誰なの。私なんてこの一年我慢していたんだよ!自分が安全圏にきたものだから「争って何になりますか?」なんて小賢しい最初はパパに言いつけて首にしてやるとか言ってたじゃない。でも捨てる神あれば拾う神ありで、某国立大学の発達心理学ラボの方々とお知り合いになり新たな学友が出来た。多分こちらの方でお知り合いがもっと増えると思われ。心理学はずっと勉強してきたが、一度体系的に学んでみたいと新たな学び舎の門戸を叩いたこの日で三回目くらい。今までは受験にそなえて書かないようにしてきたがもう通うのが無理だと諦めてカミングアウト的に書く。それがまあ勉強してきた下地があるせいか難しい内容も頭にするする入るし勉強がすごく楽しいし先生達が本当にすごい面々。東京に住んでいなければこんな先生達から学ぶという栄誉は得られなかっただろう。東京に住んでいて本当に良かった。現にかなり遠く地方から参加された方もいらしたくらい。本当はここは夜間の社会人大学院もあり入学を目論んでいたが、まだまだ子ども達小さいし夜は家にいなければならない。当分は時々開催されるこうしたラボ的クラスにアサインしながら細々と勉強していきたい。心理学って本当に面白いし同じ目標を持った者同士のせいか学友の方々との話も全く尽きない。他の予定がありクラス後の懇親会は参加出来なかったが次回は是非お邪魔したいと思う。

そんな普通だったら絶対に参加したかった懇親会を辞してまで向かう先は西国分寺。ここに東京というより世界のカフェシーンを牽引するクルミドコーヒーがある。そこで店主の影山知明さんとクリスマスをお祝いしようという「クルミドコーヒークリスマスの夕べ23」がありそれに参加した。この「23」というのは23日バージョンということで、「24」もある。私がお邪魔した「23」の方は影山さん手作りの煮込みハンバーグが供されるそう。煮込みハンバーグは実家のママンの得意料理(なのかな?)で私の大好物。ちなみに同じくらい好きなのがエビフライとヨコイのスパゲティと寿がきやのラーメン。要は名古屋メシが好きなのだ。

話をこのブログの一行目に戻す。「ことの起こり」はSNS、Facebookにこんな記事が流れてきた。



「12月23日(金)、24日(土)の夜
「クリスマスの夕べ」と称しまして
クルミドコーヒー地下のテーブルを囲んでの
食事&お話会、開催させていただきます。
http://ameblo.jp/kurumed/entry-12228930734.html
 
特に23日(金)のメインディッシュは
自分のつくる、煮込みハンバーグ。」

普段なら遠い世界の話なので「いいなあリア充が集結するのだわ」と自分に関係ないと目が滑るところだがこの時は違った。以前佐々木さんと景山さんのトークイベントで影山さんにサインを頂けず帰途につくとき「すぐまたそういうチャンスが来るでしょう」なんてお猿ちゃんが待つ家へと急いだのだった。それが二日たってもうチャンスが来たと思った。23日は幸い大学に行く用事がある。「大学に行くとママはたいがい何処かに寄って帰ってくる」という家族の勘違いもあり、「行ける!」と判断、すぐにその記事に参加表明した。いやーSNSって便利だしすごいですね!こんな風に役に立ったのって初めてではないだろうか。ちょうど21日にこども食堂も終わるしその後ゆっくりとクルミドコーヒーを楽しむ。もうこれ何か目にみえないところから誰かが福音を送ってくれたのだろうと感じた。

某国立大学東京キャンパスを出た私は急いで地下鉄に乗った。クルミドパーティの時間を確認すると19時30分とある。あと2時間もあり懇親会ちらっと出れば良かったと後悔したが戻るのはなんかかっこわるい気がしてしなかった。代わりに時間つぶしに何をしようか考えて、影山さんに豊洲の何かをお土産にしようと思いついた。向かうは豊洲のスィーツ界を牽引するパティスリーSAKURA。クリスマスイブイブのせいか、一足早くクリスマスを楽しみたい方々でごった返していた。そこで私はとてもいいものを見つけた。多分気に行ってくれるだろうとそれを買い一度家に戻りちょっと大きな荷物があったのでそれを置いてそこからまた西国分寺を目指した。

西国分寺に到着したのが開催時間の10分前。でも今行っていいのか迷った。ホームパーティは開催に5分遅れて行くのがマナーと何かで読んだことがある。準備する方は慌ただしく支度をしているだろう、そんなところに早く行ってはご迷惑ということなのか。なので5分遅れていくためにショッピングセンターをうろうろしたりした。でも到着したら皆さんが揃っていて影山さんがもうお話をされているところだった。すごいショック、私また勘違いした。これはパーティじゃなくイベントだ。影山さんが手料理を振る舞って下さるというイベントのせいか、すっかり個人的な会にお招き頂いたように思ってしまった。地下に降りると大きな一枚板のテーブル、そこに皆さんが影山さんを囲んでぎゅっと座ってみえた。空いている席は影山さんのすぐお隣!先日のイベントで「一番遅れてきた人が一番前の席に座ったらダメ」という世界が広がってしまった。どうしよう、いいのだろうか、でももう会が始まっている、静かに着席してずっと前からここにいましたという顔をしないとダメだろうとそこに座らせていただく。

お話はすごく興味深い事ばかりで本当にあっという間に時間が過ぎてしまった。開始19時30分でお店を出たのが23時近くになっていた。私たちはクルミドコーヒーの世界観を十分に楽しめたが、スタッフの方たちが帰るのが遅くなってしまったので申し訳ないと思った。それでもクルミドコーヒーのスタッフの方たちは相かわらずホスピタリティに溢れ、多分影山さんと一緒に働けることが嬉しくてたまらないのだろうと感じた。集まった参加者の方々も筋金入りの影山ファンという人ばかり。つい最近影山さんを知ったというか興味を持ちだした私とは全然温度が違う、なのにこんな影山さんの体温までわかってしまいそうな至近距離。神さま私ここまで期待していませんでした、もう少し距離感あっても全然オッケーですからとそっと思った。しかも来る前に心理学ラボで熱く学び喧々囂々と議論を戦わせたせいか、右目のつけまつげがとれかかっていた。でも直すグルーがないのでそのまま行くしかない。今思えばとればよかったのに全然思いつかなかった。そのとれかかったつけまつげを影山さんに至近距離で見られてしまうという、すぐ近くで一緒に食事が出来る天国と取れかかったつけまつげを間近で見られてしまう地獄を同時に味わってしまった。最初は気になったがお話が進むにつれて「つけまつげなんて何よ」という気持になり、影山さんの金言を参加者の方々と楽しんだ。参加した方々も影山さんのファンだけあり、すごくユニークで興味深いプロフィールの方々ばかり。お話もここに書いたら全国の影山ファンは大喜びしそうだけれど、書かない。そういうものは影山さん自身が公開して認知を得るものだと思うから。ともかく影山ファンが多い理由がわかった気がする。お手製の煮込みハンバーグも「初めて作った」とは思えないくらい美味しかった。サラダもデザートも珈琲もすごく美味しかった!アルコールの用意もあったが飲まなかった。最初から最後までしっかり影山さんのお話を吸収したいと思ったから、でも途中経済の話になった時は難しくて5分くらいついうとうとしてしまった。美味しい料理でお腹いっぱいになり暖かい場所ですぐ隣には影山さん、レコードプレイヤーが小さな音でクリスマスソングを奏でている。そこで少しうとうとした私はこれが夢じゃないのかと思ってしまった。この幸せを誰に知らせようと考えて、やっぱりブログに書こうと思った。なので私は人に疎まれるんだろうなと思ったが、いい事も悪い事も他人も自分もめちゃめちゃになりながら書いているが、こういう幸せもあるということ、心配してくれるひともたくさんいるので安心してもらうために丁度いいかもしれない。

会の最後にはもちろんサインを頂いた。「書くものを、ちょっと待って」といって影山さんはどこかに行ってしまった。私は「目の前で書いて欲しいのに」と思ったが、時間も遅くなり我儘を言っている場合ではないと待っていると、ペンを持って再びテーブルに戻られ目の前で書いて下さった。あのセリフもご無理言って書いていただく。「こんなの初めて書いた」と言ってらして、私は歴史の目撃者となり証拠まで手にしたと思った。本当にありがとうございました。そして私と景山さんはある意味ライバルになったとも言える。私も頑張ります。

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近すぎて最初は本当にド緊張してしまった

店を出ると11時近くになっていて、影山さんは名古屋スピリッツがちゃんと染み込んでいるのだと感じた。名古屋の人はケチとか倹約家と言われるがそれは経済に明るい証拠で、人をもてなすという時は全力でする民族。名古屋の冠婚葬祭もそうだし、誰かをお招きする時は家じゅうの美味しいものを出すようなところがある。うちのママンもそうだったし実家の友達の家に遊びに行くと皆がそうしてくれる。私も豊洲に越してきて子どもを産んでママ友がたくさんいた頃はそうしていた。でもだんだん何か違うわと思い出した。家がサロンのようになり、誰かの友達まで来たりして知らない人が帰る時に「家には来ないでくださいね」などと言われたりした。それを機にあまり人を呼ばなくなりだんだん誰も来なくなり、それが理由ではないが私は豊洲でひとりぼっちになった。そこからまた色々考えたというより行動し、ひとりは自由でもあると学んだ。でも人との距離感をとるのが相変わらず下手で、近づきすぎたり遠くて訳がわからないと言われたりするが、もしかして私についている神様も人と人の距離感をはかるのが苦手なのかもと思った。結局最後のさいごまですぐ隣が影山さんというスペシャルゲストのような位置で会は終わった。嬉しい、楽しかった、美味しかったー!でもなんだか申し訳ありませんでしたという夕べになった。ちなみに我が家で作るハンバーグは夫が帝国ホテルの 村上信夫さんのレシピで作るようになってから、カリッと焼いたそれが子ども達のハンバーグスタンダードになり、私の煮込みハンバーグは姿を消した。でもあのトマトソースとかデミグラスソースでふっくら煮込んだハンバーグが食べられなくて食べたいとずっと思っていたのだ。煮込みハンバーグ欲も叶えられて満足。久しぶりに私も作ってみようかな。ちなみに「くたっとするのがイヤ」な方は、ハンバーグを小さくまとめてカリッと焼いてから煮込むとくたっとならない。うちのママンの煮込みハンバーグは、ミートボールとハンバーグの境目のような小さなものだった。それをいくつもいくつも食べた思い出は、私を勇気づけるもののひとつとなっている。心理学の方はダイアログカフェといい、そこで「 ワールドカフェ」という概念を学んだ、食事をしたのは西国分寺のカフェクルミドコーヒー。なんだかカフェ三昧の幸せな一日でした。影山さん、ご馳走さまでした。今度は胡桃の割り方教えて下さいね(^^)/

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上に乗っているのは胡桃。

何故何もかもクルミなのか、ブログのプロフィールにちゃんと書いてあった。あっ、すごい!あのビル全部クルミドコーヒーなんだ~☆そしてこのブログを書いて読んで思った。もしかしてうちの夫を紹介したら、影山さんとすごく仲良くなるのではないだろうか。私がブログで夫をdisるせいで極悪人のように思われているが、人望もありハートも暖かく頭もいい私が結婚するくらいだからそんじょそこらの人ではない訳で、しかも経済の話を影山さんとちゃんと出来るのはうちの夫くらいしかいないと思われ。結婚した当初何も出来なかった夫は今では料理も上手くなり食に対する拘りも半端ないし、そういう話でも盛り上がるかもしれない。うーん、私を差し置いて夫と影山さんが仲良くなったら嫌に決まっているがちょっと考えてみようかなあ。私は未来が透けて見える時があり、そのうち実現してしまうのではないだろうか。ちょっとどころか私的にはすごく嫌だ―!夫はきっと私の悪口を影山さんに色々言うだろう、絶対絶対会わせたくない!なので言われる前にカミングアウトする。あの散らかったマイルームは更に荷物や色々でごった返し、居場所までがなくなっている!お正月までには掃除するよ!!



ずっと誰かとやりたかったやつ「森生ゆり子さんは影山知明さんと一緒です」※影山さんに許可を頂いています。

豊洲で始めた「こども食堂」たくさんの方にお越しいただき、ご支援もいただき嬉しく思います。本当にありがとうございます。

色々な方が楽しみに、そして協力を惜しまないというお気持ちをひしひしと感じ、それに対してどう御恩を返せるか、どのよう体制が必要かを考えるようになりました。

一番に考えたのはまず、食堂で出す食事の「安心と安全」。食品の問題は様々な形でニュースになりますが、それはやはり社会的役割や使命が起点になっていると思いました。子どもが集まるこども食堂、安心して参加して貰うのにはどうしたらいいか、あちらこちらご支援下さる方々にも相談してみました。

それにより、次回こども食堂開催にあたり、次のようなルールを決めました。ざっくり始めた第一回目と比べて少し窮屈に感じるかもしれませんが、それ以外のところでは身近で間口の広い食堂ということには変わりありませんので、引き続きお気軽にお越しください。

こども食堂のblogにも書きましたので、そらもご参照ください。内容は同じです。    
    
※1  江東区保健所の指導により、運営にあたり「集団給食の届け出」が必要です。ご参加下さる方の住所氏名の記名をお願いしています。これは一回目と同じです。ご協力ありがとうございました。名簿碌をみてみなさん進んで書いて下さり、本当に助かりました。

※2 今回新たなものとして、食の安全のためにボランティアをして下さる方は、顔写真入りの身分証明書の提示をお願いすることにしました。複写等はせず、証明書と名簿の記録が同じか確認するだけです。食事をするだけの方は必要ありません。本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

※3 子ども達の安全のために、深川警察署および豊洲交番のご協力で、開催日に周辺パトロールをお願いできることになりました。特に食堂終了解散時の19時頃に強化して下さるそうで、帰り送って行きたいのですがまだまだ人手が足らず実現できないので本当に助かります。地域の防犯にも一役買えそうで嬉しく思います。

任務終わった警察署の方も私服で来て下さるかもしれないそうで、益々感謝です。


※4 地域の民生委員の方を江東区社会福祉協議会経由でお招きしました。地域の相談、民生委員って何?やってみたいという方がいらっしゃいましたら、この機会に是非ご相談下さい。民生委員の方は年々減少傾向にあるそうで、定年で辞められた後に新しく入ってこられる方がいないそうです。もっとこうした方が増えてくれるといいですね。年齢制限はないそうで、地域のために何かしたいというキャリア形成にとてもいい取り組みになると感じます。   


※5 「豊洲こども食堂」Facebookページをやめました。個人ページはわかるのですが、団体ページに移行した途端に仕組みが分かりづらくなり、情報発信がうまくいかなくなりました。調べたり教えてもらったりする時間が惜しいので、しばらくはブログとTwitterだけでやります。もしFacebookページの面倒をみてもいいという方がみえましたらお願いします。

次回開催に向けて既に上記以外でもご支援、協賛を頂いています。


ハウス食品株式会社様(カレールー)

いろどり館株式会社様(プリンターインク)

株式会社セカンドファクトリー様ドレッシング

・「みんなのミュージカル ホンク!」ピュアーマリー様(運営費)


この他にもご検討頂いている組合様、食材を整えて下さる豊洲たつみチェーンさま、いつもありがとうございます。みなさまのご支援とご厚意で運営出来ています。これからも豊洲の「ひとり」を支える取り組み、組織であり続けたいと考えます。 ありがとうございます。   
   


このぞうさんの滑り台が目印です。

「豊洲こども食堂」、こんなに反響があるとは思わなかったし、あんなに大変だとは思ってもみなかった。「豊洲こども食堂」のブログの方にもちらっと書いたが、私一人ぽつんとカレーを作り、ひとりふたりと来るぼっちママやお客さんにカレーを食べてもらう。そしてお互いのママ友付き合いの苦労、子どもの悩みなどチラチラとお話して「苦労しているのは私だけじゃない」と、ほっとする。そんなのんびりした会のつもりだった。

とはいえ、せっかく来て頂いたのに「もうカレー売り切れです」というのは切ない、たっぷり作っておこうと50人分作った。最初は100人分作ろうと思ったが、いやまて2時間で100人も捌ける訳がないと思いなおし半分の50人分にした。それでも大きなお鍋がいっぱいになり、ここでやっと50人分の量を把握できた。よかった50人分にして。100人分を50人分にしようと思いついた私偉い。結局30名の参加となり、余った20人分はボランティアでお手伝いして下さった方々と分けて持ち帰った。

大鍋いっぱい1時間玉ねぎを炒めて1時間手羽元を煮込み出汁をとって肉をやわらかくしておいたものと合体。カレールーは私の好きなオリエンタルマースカレーかS&Bゴールデンカレーにしようか迷っていたら、首尾よくS&Bゴールデンカレーを今回のみということで提供していただけた。やったー\(^o^)/カレーはやっぱりS&Bゴールデンカレー!ということで、頂いたカレールーを投入しそこから30分ほどまた煮込む。これで美味しくない筈がない。お肉は煮こみすぎて原型がわからなくなり、でもじゃがいもは後から加えたのでほくほくと丁度良く、ターメリックを入れて黄色く炊き上げたほかほかご飯と共に。本当に本当に美味しくて、オープン前の味見兼腹ごしらえ、終わってから乙カレー賄食と二杯も食べてしまった。

付け合わせを何にしようか迷ったが、タイムスケジュールや手間や状況を鑑みるということで、混ぜるだけの「ザワークラウトもどき」を作った。これはキャベツをざく切りにして「すしのこ」をまぶして混ぜてちょっと放置。みるみるうちにシャキシャキキャベツがしんなりし、即席漬けというのかサラダというのか美味しい付け合わせになる。ここにスライサーで薄く切ったキュウリや冷凍コーン、少しオニオンスライスなど入れると立派な一品になるが、カレーやご飯が黄色いわ付け合わせにも黄色いコーンだと色がかぶってしまう。

そういうことで今回はキャベツだけに。でもキャベツが今高くてびっくり、食材経費の合計額を押し上げる要因となってしまった。でもやっぱり付けてよかった。カレーの横にちらっとあるとないのとでは雰囲気が違う。福神漬けも赤にしたので色どりもよい。私は色に拘りがあり、ただ「カレー」がばばーん!という食事にはすまいと決めていたのだ。そして食べた後は絶対乳酸菌飲料というのは、ほら、カレーの専門店には必ずラッシーがあるじゃないですか。カレーには乳酸菌飲料は必須アイテム、それに季節のフルーツも。

昔ホテルレストランのマナー教室に行った時、食事の最後はデザートを必ずおつけしますとギャルソンみたいな方が説明していらして、デザートの条件というのも説明してみえた。デザートは、甘い、冷たい、水分があるものがいいのだそう。だったらフルーツをつけようと。そういう感じでメニューを考えました。何もかもがうまくいって非常に満足。

それもこれもボランティアの方が本当によく動いて下さり、私が何も言わなくてもテキパキと色々やって下さるので出来たのだ。特に玉ねぎや野菜を1時間炒めるというやつ、暑くて量が多くて大変。色々な方が交代で炒めた。お肉の鍋も大きくて、合わせるのが大変でふたりがかりでやった。「ひとりでやってみるかあ」とふわーと始めた感じだったが、お手伝いの方々が来て下さらなかったらどうなっていたか。カレーが出来ないわ接客も配膳もままならず、てんてこ舞いで泣きが入ったと思う。

本当に本当に来て下さった方々には感謝しかない。本当にありがとうございました。是非またよろしくお願いします。1時間でも2時間でもいいのでどなたさまもお手伝いにいらしてください。私だけじゃなく、みんなの食堂ということでやりたいと思っている。私だけじゃ絶対まわっていかないとも感じた。色々な方々が来て下さりお声かけくださり、「こども食堂」への関心の高さも垣間見れ、改めてブームやムーブメントだけではない、社会的活動のひとつとしてずっと継続していきたいと改めて考えた。

今回初回ということで思ったよりお金がかかったが、収入がこんなにあるとも思っていなかったので、収支としては考えていた予算内で納まり驚いている。初期費用は私がコツコツ働いたライターや商友会の手伝いで頂いたパート代金合計3万円で始めているが、1万円余ったので来月もこれでやれる。しかもあちらこちら支援の申し出も頂き、来月は場所代食材だけで済むので1万円もいらない感じになると思われる。今回周知が全然出来ていなかったので来月からは倍程度の集客を見込めるため、もしかしたら収益がでるかもしれないなんて考えている。

もし収益が増えて予算ができたら、「豊洲こども食堂イベント」をやりたいなんて考えていて、今日はイベント開催の勉強も兼ねてトヨスアモーレさんのお手伝いに豊洲シビックセンター大ホールにこれから行ってくる。なんでもぱっと思いついてダダダーッとやって、それは大概上手くいくことが多いのだけれど、いつもいつも周りに支えてくれる人が誰かしかいて、その方々のリソースやパワーにより出来たということばかり。

今回のこども食堂だって、「行動力がある」「二週間でやったよね!すごい」とか褒めてもらうけれど、私がすごいのじゃない助けてくれる人がたくさんいる古くて新しい豊洲という街、そしてそこで暮らす人々がすごいのだと思った。

昔のブログに「豊洲死ね!」と書いたものがあり、実は自分でも忘れていて人から聞かれて「そんな事書いたんだ」とびっくりしたけれど、まああれはあれであの時の正直な気持ちでもあるのでそのままにしたい。そんな風に思っている人は私だけじゃないはず、キラキラ華やかな豊洲ライフの方々に隠れてみえないけれど、豊洲なんてもう引っ越したいとかあの世に行けば楽になるのになんて思っている人もきっといると思う。私もそうだったからよくわかるのだ。でも私を含めそういう人達に心配しないで暮らしてもらうためにはどうしたらいいか、考えられるようになった。それもこれも色々あったせい。

そうだ、「豊洲こども食堂」を開催する経緯や想いを教えて欲しいと依頼があった。わざわざ食堂にカレーを食べに来て下さり支援を申し出て下さった方々、ゆっくりお話する時間がなかったのでここかあちらに書こうと思う。







今日はもう出かけないといけないので続きはまた夜にでも。そうだ、遅い午後から大学の有志で作る作品集の最終打ち合わせがある。こちらの話も近々書きたい。まだまだ色々書きたいことが山ほどあるし、でも日々のブログは書けなくなってしまった。大学の方も単位がまだ足りていないし、卒業制作も。どうしてこんな時期にこども食堂始めたんだろうと我ながら本当に不思議に思う。自分の意志というより、何かがさあーっとまた降りてきたようにも思う。ともかく無事に怪我なく事故なく第一回目豊洲こども食堂カレー会終えることが出来ました。皆さま本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。
   

とよすこどもロゴ

オープンのお知らせです。ブログも開設しています。


食堂名:豊洲こども食堂


開催場所の住所:東京都江東区豊洲4-5第百集会所


開催日時:10月27日木曜日 17時~19時(次回の開催についてはお問い合わせください)
     

連絡先:toyosu.kodomoshokudou@gmail.com


参加費:大人500 円(65歳以上300円)こども100円


その他:お手伝い下さる方を募集しています。差し入れも大歓迎です。


「今晩のご飯はボク1人なんだ」
「お母さんがお仕事の日はお弁当を買って食べるの」

そんなとき、こどもが1人でも入れるのが“こども食堂”です。
栄養満点の温かいごはんをつくって待っているのは、
近所のおじちゃん、おばちゃん、お姉さん、お兄さんたち。

そんな地域のこども食堂へ行きたい人、手伝いたい人を
結びつけるのが、私たち『こども食堂ネットワーク』です。
こども食堂ネットワークより

豊洲は小学校が三校もあり、子どもだらけの街といって過言はないでしょう。塾や子どものための施設なども充実し、「子育てがしやすい街」ということで東京都内でも人気のエリア、東京オリンピック招致も決定し、市場移転でますます注目のスポットです。

そんな大勢の人が豊洲ライフを楽しむ一方、孤食や貧困のために食事も満足に出来ない子どもがいる現状をご存知でしょうか。こども食堂は経済的な理由から、家で満足な食事を取れない子どもに暖かい食事を提供することを目的に始まりました。

豊洲地区に限っていえば、貧困で食事が食べられない子どもはほとんどいないと思われますが、ひとりで夜ご飯を食べる子ども、いじめを受けて誰にも相談できないお母さん同士がうまくいかなくなって困っている、などの不安と孤独を抱えている人は多いのではないでしょうか。私もかつては本当に悩んで死にたくなったものでした。

四方山話を色々しながら、ただ単にカレーが好きだから、こども食堂に興味がある、などなどどんな理由でも大丈夫。豊洲四丁目集会場、ぞうさん公園とみんなが呼んでいる公園の前の建物です。「こども食堂」と銘打っていますが、大人も是非参加して、食事を食べに来てください。みんなで食べると美味しいですよ。お待ちしています。

ただし、ママ友同士つるんでというのはご遠慮ください。ひとりで来るお母さんが来にくくなってしまいますので。ぼっちママ、大歓迎です。

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毎月色々な種類のカレーを作ります。写真はスパイス香るドライカレーです。第一回目がどんなカレーになるかはお楽しみに。

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お皿に盛りつけるとこんな感じです。

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大人用はお弁当箱での提供になる予定です。デザートや飲み物も別途おつけします(^^)/

※「こども食堂」って何?という方は、こちらをご覧ください。

「お元気ですか?」とそのメールが届いた時、迷惑メールだと勘違いして削除するところだった。スマホのメッセージ一覧から該当のものをスライドさせて「削除」をタップする瞬間、自分の名前がみえた。名指しで迷惑メールをする人はいないだろうと開いてみると、確かに私宛になんらかの意図を持って書いて送信したものだとわかる、しかもきちんとしたメッセージ。だが差出人がわからない。多分アドレスを新しくして、そのままメール送信したと思われた。なので「すみませんが、どちら様でしょうか」と返信。「ああごめんなさい、アドレスを新しくして~」と思った通りの返信が届いた。

なんという懐かしい人、ちょっとびっくりした。この方は昔のママ友というか、息子をとある塾に通わせていた時の知り合いというか。もったいぶってとある塾と書いたが、ここはお受験対策で有名な「わかぎり21」という池袋にある有名塾、一昨年幼稚園を途中で退園させた後、地元の小学校になんて行かせるものかと急に思い立って国立小学校受験をさせた時にお世話になった塾だった。その時の受験奮闘記はまた別の機会に書くとして、突然のメールに驚きつつ近況報告や世間話などなど。こうなると当然のように「じゃあ会おうか」ということになり、「豊洲でいいわよ」という言葉に甘えつつ豊洲ららぽーとで待ち合わせをした。

こんなに久しぶりに、しかも突然メールをくれるのは何かあったのかなと思った。私もそうだが、近所や子ども達の周りで何かあると、自分のテリトリー外の人と話をしたり脱出したくなったりする。なので彼女もそうかなあと思ったが、なんの事はないただただ急に懐かしくなりメールをくれただけだったよう。「ららぽーとってなんでも揃っていていいわね。よく来るの?」なーんて聞かれるので「あまり近寄らないようにしてるっ」なんて答えると色々察してくれたのか「そんなものかも知れないわネ」などと返してくれる。館内をブラブラした後ランチのお店をどこにするかインフォメでちょっと悩み、でもここは女子らしくパンケーキのお店に行くことに。ここ、確か出来たばかりの頃来たけどあれから一度も行ってない。普段ららぽーとのランチといえば、ひとりの時はフードコートの素うどん、誰かと一緒だとアジアンキッチンでランチセットかピザみたいな感じだが、たまにはと早速お邪魔してみた。

また話が飛ぶが、パンケーキを食べに行く時は地下鉄で4駅の銀座一丁目まで行ってあのお店で食べることにしている。ここはクリームが盛り盛りだし、豊富なメニューは眺めているだけで楽しいし、ドリンクもhealthy&beautyで女子的意識高い系のお店♡薄曇りの日に運よくテラス席に座れたりすると気分はハワイアンリゾート。ってハワイは行ったことがないのですけれども。そうだ、今度従妹が来たらららぽーとじゃなくあっちのパンケーキのお店に案内しようと考えながらメニューを眺める。なんかオープン時よりガクンとメニューが少なくなってないかなと話すと、一緒に行ったOさんも「銀座の方が多いわね」と言うではないか。そうよね、そうよねと喜びつつ私は今日のランチセットエッグベネディクトセット、Oさんは「絶対これ一目惚れ」などと行ってマンゴーのスフレケーキを頼んでいた。

じゃあ今度は銀座の方に行きましょうよとか四方山話でルンルンとランチしてアフター珈琲。オープンと同時に入店した時とはうって代わって店はほぼ満員になっていた。いつもの人間観察で周りをさり気なくチェック。ママ友ランチ、会社の同僚系、そしてぼっちがそれぞれ同じくらいの割合を占めていた。こんなこじゃれたお店にボッチで来る人が結構いるんだなと感心してしまった。こういうお店だと「ぼっち」ではなく「おひとりさま」なのだなと思う。思えば「おひとりさま」という言葉が生まれてから、女性がひとりでどこかに行ったりお店に入ったりというのが不思議でもなんでもなくなったと思う。今でも新しい言葉が次々と生まれるが、この言葉のセンスはよかったなと感じた。家族がいると「ひとりになりたい」と常に思っているが、一緒に食事出来る人がいる幸せをもっと感謝しないといけないななどとも思った。まあまた一瞬思うだけだと思うがそれでも。


ランチセットエックベネディクトパンケーキ。見た通り、ふざけんなよ?というお味。ランチセットなら飲み物100円になる。

Oさんはアラカルトメニュー 。

だんだん話はお互いの悩み自慢みたいになってくる。私は息子が宿題と学校の支度をやらない事、彼女は塾選びで悩んでいるようだった。少々レベルの違うお互いの悩みを、ああでもないこうでもないと話していると、どこからかテレビクルーが現れた。来るなーと思っていたら案の定私のところに真っ直ぐきて、土壌問題で騒がしい豊洲市場について何か喋ってくれという。最近鬱っぽくてスマホ弄る時間が結構長かったので色々知識はあるが、いきなりで話が組み立てられない。四苦八苦しながら結構長い時間話したのに、その日夕方観てみたら映っていたのはほんの10秒くらいだった。しかも頭はぼさぼさでなんか疲れた感じ、ブスっと偉そうに語る様は片山◯つきみたい しかし最近のテレビってなーんでも映ってしまう。もう少しお肌の手入れちゃんとやろうと反省した。


※「トヨリーゼの意見は?」みたいなキャプションがついていたけれど、いつの間にキャナリーゼはトヨリーゼになったの。トヨリーゼは愛知県豊田市の主婦なのでは。

写真はOさんが写してくれた。観たかった?でももう放送終わりましたので残念(^^)!その後また館内をブラブラしながら買い物をしたりお喋りしたりと、どうという事のない時間を過ごす。お互い子どもが帰ってくるからと割と早くにお開きとなった。「一緒の学校に行けたら良かったのにね」などと言われて、あの時のお受験騒動をまた思い出す。結局彼女は一回も抽選に通らず、私は受けた抽選は全部受かった。夫や娘が「ママはなんか憑いてる」と言っていたが、受けた人ならわかると思うが、最初の抽選の倍率って。。いくつだったっけ。そこをパスして本試験を受けられたという経験はそんじょそこらの人では味わえないダイナミックな事件の数々が待ち受けていた。もう一回受験のチャンスがあったら絶対合格出来た!とは言い過ぎだか、誰しもそう思うだろうし、特に小学校受験は人生に一回だけという現実、なので皆死に物狂いで(親が)頑張るのだろうとも思う。

そうだ、折しも国立小学校受験のシーズン。いつもいつもこんな私的でほのぼのとしたノンビリブログにアクセスしてくれる誰かのために、そしてこれから受験するお父さんお母さん達のために、国立小学校受験体験記を赤裸々に書いてみようかしらん。あの時も色々ネットで情報を探したけれど、なんだか奥にものがひっかかったようなよくわからない記事や情報ばかりだった。どんな洋服を着ていったらいいのか、親の面接では何を話したらいいのか、子どもにどんな風に勉強させたらいいのか、親の作文の書き方内容などなど。そのうち書く「かも」。私もうこの分野なら絶対納得の記事書く自信ある!


あの時あの幼児園からも何人か対策塾に来ていた方がいらしてちらほら親子をみかけたりしたが、子どもは息子に話しかけてくれるが親たちは私をガン無視する人達ばっかり。こんな人達が受かるわけないわと思ったらやっぱり全員落ちた模様。なぜわかるかというと、受験後の「入学準備対策」と言う説明会と子どもの勉強会に誰も来ていなかったから。おまけにあちらこちら近所の小学校でお見かけするので「ご縁がなかった」のだと知った。でも今考えてみると国立小学校に行かなくて良かったと思う。皇族のいる方は多分途中で出されたと思うし、もうひとつのスポーツが盛んな方は私が根を上げただろう。なにしろどちらも「親も定期券買ってください」と言われているくらい、親が毎日のように学校に行く必要があり多分続かなかったのでは。今はすごく近い小学校で本当に良かったと思うが、地域に全く関係ない学校で伸び伸びさせてやりたかったなとも思う。どちらにせよ「置かれた場所で咲きなさい」という事なのだろう。なんだかこのフレーズが本当に折に触れ頭の中にぽっかり浮かぶ、その通りだけれどちょっと違うわでもでもなどと。またいい答えが出たら書いてみたい。

ちょっと元気なかったように見えたOさんは、キッザニアだの映画だの楽しい予定で盛り盛りとなり、元気いっぱい帰っていかれた。こういう離れた地域にいる私みたいな人と会って色々話してスッキリされたのかもしれない。「今度は銀座のパンケーキね!」などとスッキリした笑顔で帰っていかれた。私も「今日こそ宿題やらせる」とメラメラと帰宅してムンムンと息子を待つ。帰ってきたところを捕まえて早速ランドセルの中身を一緒に検める。わーわーやっているとピンポーンと宅配が届く。みると大きな箱にぎっしりの大粒の巨砲が。私も子どもも全員が喜びを爆発させ、早速お味見でひと房頂いてみる。「おいしいいいいいいいいい

その後手を洗ったりついでに洗濯ものを取り込んだりなんだかんだちょっと目を離したすきに、猿はさあーっと逃げ出してしまった。こんな野生児、国立小学校に、特にあちらのハイソ系の方に行ったりしていたら何か違ったかしらん。きっと何もかわらず「元気があっていいですね」なんて忠告をそのまま褒め言葉として受け止めるお目出度いお母さんになっていたように思う。なんか中で色々あるとか朝変なチラシを配る人がいるとかネットで読んだことがあるし、どこも色々あるんだろうなと思う。そういえば掲示板に張り出された合格発表でも色々な人間ドラマをみた。特に印象に残っているのが、「教授」みたいな白髪の紳士に「先生、ありがとうございます。お蔭様で受かりましたわ」と泣きながら報告していたどこかのTHE奥様!みたいな人、「あらっ、あるわあるわあるわ!番号があるわ!」と半分いっちゃったように掲示板に突進していた人、「えーと?これからまた試験?それともまた抽選?」などと合格したのが迷惑そうにブツブツ言っている人、なんだかドラマみたいだなと思った。リアルって本当にドラマチックで面白いなとこの時も思ったりした。

私のドラマはこの先どういう物語が展開するのだろう。こうやって考えると、今の私は過去の私が希望していた通りになっているような気がする。しかも「大学に通う」というおまけ付き、これはなかなか出来ることではないと思うと、多分色々なところで「専業主婦が大学ぅ??」と一部の層からは妬まれたり顰蹙を買っているだろう。でもあと半年なので、平静を装いつち出来る限り勉強しようと思う。「いくつになっても勉強は楽しい」なんてプロフに書いているが、正直しんどいばかりで遊ぶ方が楽しいに決まっている。でも始めてしまったし、今年は卒業のリーチがかかっている。なので最後までやらなくてはトホホホという気持ちも大いにあるし、もうやるしかないのだ。(あーあ)

そういえば今の大学に編入しようとか、そのために足りない単位を取得しようと決意したのは息子を地元の小学校に入学させると決めてからだった。公立小学校なら親の出番はそんなにない筈、だったら今のうちにと。そこからは本当に毎日みっちり課題をやったし本も読んだし勉強もした。人生で一番勉強した時ではなかっただろうか。


昨日は色々な事を思い出す一日だった時の過行くままに。

8月11日は山の日祝日って今年から出来たみたいなのだが知らなかった。だがカレンダーをチラチラ眺めていて、この日が赤くなっているのには気付いていた。まさか今年から新設された祝日とは。海の日があるなら山の日という安易なお役所的発想で、普段はdisるところだがわたし的にとてもいいタイミング。いい日に祝日を作ってくれたものだと嬉しくなった。

ホンク!公演が7日日曜日に終わり、なんかするならこの日しかないだろうとずっと狙っていたのだ。「なんか」とは、そう!飲んでお母さん達でダラダラお喋り、、ではなく!子ども達にお疲れさま会をしてあげたいと考えていた。こういう時、バス亭グループとか金持ち幼稚園(ああっ、先生達が観に来てくれたのにわたしったら。でももうぜめて名前は出さないように気を付けますので)だったりしたら、ボスママが「みなさん」などとメールやLINEで周知し、ついでにNO.2とか3とか腹心なんかがガサガサと準備をして呼ぶ人呼ばない人を選定、プランが練られ「なんとか会」だのが執り行われる。

でもこのミュージカル集団はボスママ不在、主役のお母さんがえばる訳でも、チケットを多くさばいた父兄がマウントする訳でもなく、本当にフラットな群れだったと思う。これもひとえに芝居馬鹿(スワン!いい意味ですよ!!)のピュア―マリーのお父さん鈴木先生が、ガッツリと稽古して「誰にも口を挟ませないよ!!」という熱意にみんなが焼かれたのだと思う。

そんなボスママ不在の群れの中で私は割と伸び伸びとやらせて貰い、あちらこちらで顰蹙を買ったが最後は「まあ良かった」という感じになりホッとした。BCCにしないといけないのに宛先で送って大惨事になったり、ブログを巡って文化センターの偉い人と面談したり、区長室に「観に来てください」と突撃しようとして止められたり、街のあちらこちらに特大ポスターを配ったり、自分のマンションのフロントに勝手に貼って叱られたり、色々あった。最後は議員さん全員にFB経由でお誘いしたりもした。

「息子のためならお母さんってなんでもするんですね?」

と、息子命の母親を冷やかに静観していた筈が、自分がそうなっていたと。でも本当に息子、一年頑張ってくれて舞台でも堂々と凛々しくて私、私、、、もう大満足。ほんっ当に作品も素晴らしく、終演時は皆さん感動の涙、涙、涙。観に来なかった人は本当に人生損してると思う。このステージを観たという一体感、もう死ぬまで私は忘れないと思う。もう一度言いますが、息子が本当に可愛くて。目を瞑れば君がいるって感じ。息子!ありがとう。いつもいつも「俺、ママのためにやってるんだからな!」と言っていたけれど、最後はノリノリで「セリフあわせがあるから」なんて早く出かけていたけれどあなたセリフなんて「ガン!」の一言しかなかったじゃない。あー可愛い、本当に感動。

観に来てくださったみなさん!本当にありがとうございました!

と、書いても書いてもこういう話になってしまう程まだホンクロスな日々なのだが、そういう訳で公演が終わってすぐの祝日8月11日にマンションのパーティルームで打ち上げ会をやった。

最初は男子だけ6家族6人プラス姉弟くらいでやる予定だったのだが、一家族帰省のために来られない、そして直前くらいにもう一家族も帰省の準備があるということで参加出来ないことになった。何よ何よ折角なのに寂しいじゃない、少ない人数でしょぼしょぼやっているとボスママさん達にみられたら「景気が悪いのね」などと思われたら心外。ホンクファミリーはね、こんなもんじゃないのよ!熱いメンバーをみせたる!!と、他のご家族も声をかけてみることにした。

私はとある理由で全員のメアドを知っているが、全員にメールするのは一回だけと決めていたのでもうこの手は使えず、奥の手でブログに周知してみることにした。一度ホンクに参加している父兄全員に周知もしてあり、多分みてくれるだろうと期待して。

そんなのメアド知ってる人達だけでやればいいじゃないと思われるかもしれないが、私はこういうところ非常に気になってしまうたち。「知らなかった」とか「私誘われなかった」と思う人がいたらやっぱり悲しいんじゃないかと思う。せっかく「みんな」で盛り上がって終わった第一回目のホンク公演の後で、誰かがクヨクヨするような事はあってはならないと。私は娘の時も息子の時も、同じグル―プに所属しながら、同じクラスの会ですらボスママの一存でさっくりと仲間外れにされた事が何度かあった。直接話したことも存在さえ知らないような人からも当然のように村八分にされ、私はいいけど子どもがどう思うか、などということで悩んで悩んで死にそうになったのだ。

そんな思いをホンクに関わった人達にさせたらいけないでしょう。もうファミリーでしょう。ということで、「プロの方も大人メンバーもよかったらどうぞ」と書いたのだが、当然のようにそちらからはレスがなく、子どもを持つお母さん達から連絡をいただき開催した。思ったよりたくさん集まり椅子の数を心配したが、子どもが座っていられる筈もなく、大人だけ着席、子どもは元気にあちらこちらで思い思いに遊んでいた。うちのマンションにはパーテールームの他にカラオケルームもあり、そちらを予約したら子ども達はほとんどそこで歌っていた。

私は大人がカラオケ、子どもはきっずルームのつもりだったのだがまあ喜んで貰えてよかった。せっかくなのでとL'Arc〜en〜Cielの新しめのアニメ曲を歌ったが誰も知らなかったしょぼん。子ども達はドリカムとか渋い歌を歌っていて、お母さん達がママ友会なんかで子どもを連れて行ったりするのかなとちょっと僻んだりした。

あーでも本当に楽しかった!!大人10人子ども20人、子どもだけで来てくれた子もいて、これはたままた道やプールで偶然会った子達を誘ったからなのだが、なんか周知も上手くいって良かった。「あの打ち上げじゃ不完全燃焼」「ホンクロスで寂しくてたまらなかったので今日会えて嬉しい」とか、もうみんな同じ気持ちだったのだなとしみじみしてしまった。


頑張って作ってみた♡

食べきれない程ご馳走が♡♡


子ども達はカラオケに夢中。大人は大人で楽しめて良かった♡♡♡

持参して下さった大量のご馳走をずらっとテーブルに並べ、家の子ども達がテキヤをやってくれて、たこ焼き、カキ氷、綿あめ、大人はビール、スパークしたのしてないののワイン、公演の時に私にと差し入れて下さったのでみんなで飲もうと思ったものの結局飲んでしまった残り少ないチンザノ(スワン!)など、食べ飲み喋り倒して時間があっという間に過ぎてしまった。

予約したタイミングが遅くて昼間しか空いていなかったのだが、約5時間だったら丁度良かったかもしれない。あの時はこうだったとかこの時にこんな事があったとか、色々打ち明け話をしたり、次のオーディションはどうしようとか、いくら話しても話足りない感じ。今日一日じゃ絶対足りない!また集まりましょう!!とメラメラと燃えたままお開きになった。 



この打ち上げもそうだけれど、楽しみにして楽しんだ楽しかった事、全部過ぎると思い出になってしまうのですよね。近頃は楽しくて幸せな思い出ばかりで人生がひっくり返ってしまったように感じているが、こういうキラキラした思い出というのも、以前の苦しくて悲しくてのた打ち回った記憶と同じ、もう二度と戻れない時代なのだと思った。過ぎ去ったもの達を呼びよせるのは、どんなに頑張っても無理な訳で、何もかも時の彼方に置いて来なければならないのだと気付いた。時はどんどん流れていってしまう。

楽しい思い出もだが、苦しかった記憶の時代ですらもう一度戻って欲しいなんて思うようになった。子ども達は小さく幼気で、私も若くて体力もあった。些細、と今だから思えるのだが、色々に翻弄された日々、それすらも愛おしいと感じる。何よりあの奇跡のような千秋楽、出来ればもう一度観たい!時を戻せるタイムマシンがあれば、あの公演をエンドレスで観ていたい。そのくらい幸せと感動に包まれてしまった計らずも。なんだか切ないなあ…(T_T)

そんな気持ちで家に戻り、息子が熱いからとさっと上着を脱いだ。あんれまあ、あなたいつの間にそんなにおっきくなってた?「日曜日のご馳走さんに」と言う大きさ♡私の胸のあたりの身長だったのに、いつの間にか肩まできている。そんな訳ないのに!一瞬のうちに大きくなったように感じてしまった。娘はとみれば私と同じくらいの身長になっている。いつの間に、いつ、いつよ?いつの間に時が過ぎたの。

今日の打ち上げ会に参加してくれたのは、ホンクで息子繋がりで知り合った「ママ友」ということになる。ずっとママ友ゼロと言っていたし実際そうだったけれど、いつの間にかこんなにたくさんのママ友が出来ていた。そしてこんな風に何もしがらみのない楽しいお付き合い。息子だってそう、みんなに可愛がって貰って仲良く出来て、お母さんたちの群れがもう怖くなくなっただろうと思う。あの人はワークショップの初日に「俺、嫌だ!!」と怒って帰ってしまったのは、お母さん達がぎっしりひしめいている会場が怖かったのだと思う。そのくらいあの幼児園ではいつもいつもお母さん達がひしめいていて、その群れ達は全員息子を怖い顔で無視していた筈だ。

でもホンク!のお母さん達は顔を見れば話しかけてくれて、先生達も一番小さいからと特に可愛がって励ましてくれたのだ。人の群れが怖いなんて悲しい気持ちのままで大きくさせてしまうところだった。ほんの気まぐれで参加させたワークショップから本格的レッスン、本稽古、舞台稽古に進むうちに、そんなショボクレた気持ちは吹っ飛んだのだろうと思う。パーティールームではしゃぐ息子はみんなにまみれて本当に楽しそうだった。良かった。

息子と仲良くしてくれて、可愛がって下さり本当にありがとうございました。特にまお先生、私全然気づかなかったのだけど、最後の先生達に花束贈呈で、どうしてうちの息子がまお先生に渡す役なんだろうと不思議だったのだ。まお先生が特に可愛がってくれていたなんて、最後の最後で気が付いた。まお先生って、あのまお先生ですよ?先生、恐れ多いです!最後にかけて頂いた言葉、本当に嬉しかったです。こんな素晴らしい先生に可愛がって頂いたなんて知れたら、また嫉妬されて豊洲で村八分になりそう。他の父兄の方はちゃんと知っていたようで、二度びっくり。皆さん見て下さり、お気遣いありがとうございました。時々レッスンをみにいくと先生の近くに息子がいるから、息子がつきまとっているとばかり思ってハラハラしていたくらい。そうだったの!?息子、良かったね!

最後の最後まで私は息子にハラハラさせられたのだが、スタッフ周りは私にハラハラしたのではと思う反省。色々とどうもすみませんでした。でも楽しかったからいいですよね!掻き回しましたが、宣伝にはなりましたよね?豊洲ホンク!第一期は大成功に終わり、これも本当に良かった。

色々で悩む子どももお母さんもホンクで揉まれるといいのでは。小さい事など吹っ飛ぶくらいの大きな感動に包まれましょうよ。なんか私も初心にかえって頑張ろうと思える。飲んで食べて喋りたおしてわーわー言ったら、ようやくホンクロスも軽減されたよう。頭の中でずっと上演されていたホンク公演も108回繰り返されやっと昨日の夜カーテンコールがかかりました。幕が降りてくれて自分の言葉が頭の中を駆け巡りだし、ブログもこうして書けて良かった。

そうだ、お母さんたちとホンクで何か演らないといけないとしたら何がいいかと話あった。私は絶対キャットがいい。ひとり気ままに獲物を追ってあちらこちら、可愛い雌猫との恋、キチガイじみたゲーム、最高ではないですか。一番やりたくないのはアイーダ。現実でこんなにお母さんで苦しいのに、何故また舞台でお母さんを。そういう事で私はミュージカルには出演しませんのでスワン!文化センター本部の偉い人にも「ミュージカルもいいけどちゃんと子ども見なさい」と言われ、それもそうかなと。

ミュージカルのお蔭で色々な出会いもあったなぁとシミジミ。そうだ、都議会のおときた駿さん、結局来られなかったみたいで上演の最中は都知事室などに詰めてみえたよう。応援していた小池百合子さんが勝利したことでホンクを観に来て貰えなかったという事になったのかもしれないが、これはこれで応援していたおときたさんにイイ風が吹いたということで喜ばしいことでもある。本当に良かった。来年、再来年と続くので是非次回はご家族全員で観にいらしてください!!小池百合子さんも若狭先生も、「みんな」で是非観に来てください、お待ちしていますね!区長さんも是非♡

先日買ったIKEAの10人用ダイニングに、元々使っていたテーブルをドッキングさせたら面白い形になった。新しいのが来たら古いのは処分するつもりでいたが、これはこれでいいのかも。段差をIKEAのテーブルがちょっと乗るくらいの高さに調節(のこぎりでカット)、同じ高さにしようとも思ったが、そうするとずれて隙間が空いたりするだろう。私はこういう「用の美」的デザインに非常にうるさいというか、気になるたち。「ずれてる!」「もうーぴったりくっつけておいて」とイライラする自分が目に浮かび、回避策としてこのような形にした。

もうこれ15人くらい座れそうなのでは。息子の公演が終わったら、息子の友達メンバーを呼んでたこ焼きパーティーをしたい。冷たいビールでも片手に色々あったねと語らいながら。ちなみにこれ完璧自慢なのだが、我が家にはイワタニカセットコンロのたこ焼き器がある。電気でじとーっと焼くなんて私の性に合わない。ぼぼぼっと火を起こしてガーッと焼くと、中はトロトロ外はカリカリのすごく美味しいのが出来る。明石焼きだってお手の物。美味しく作る秘訣は、たこ焼き用の粉を使うこと。おたふくだと尚GOOD。早く食べたいでしょう。

というか、まだ終わっていないというか、今からが本当に大変になる。明日から公演日までずっと朝から晩まで稽古、前日二日は舞台で通し稽古。私達親も交代で何日かはすっと詰めるし、公演当日は楽屋だ受付だ会場案内で役がずっと続く。主役の子が痩せてきたから「たくさん食べて体力つけ」てと先生が言っていたけれど、本当にそうだと思った。今日は豚骨を買ってきたのでカレーにする予定だが、もっと体力のつくものをプラスしようと思う。やっぱりお肉か鰻だろうか。ここは節約している場合ではない。

そう言う訳で、テーブルが完成sたらブログにアップしてと言われているので画像を乗せてみた。しばらくまた忙しいのでブログはお休みになると思う。本当に良かった卒論とかぶらなくて。秋になったらまた何もかも再開したい。さっ、鰻買いに行くぞ。今日も櫃まぶしだ。子どもだけじゃない、親も体力勝負。昨日の最後の説明会、みんな必死でちょっと怖かったといいつつ、質問が一番多かったのは私ではないだろうか。息子のためなら頑張るわ!ファイアー!ぼぼぼぼぼ


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※インスタよりhttps://www.instagram.com/p/BIQ8oXxAH3u/?taken-by=yurikomorio
小さくみえるけど横幅3メートル近くある。今度うちで同窓会やる?(^^♪

昨日一昨日と、うちの近所の深川第五中学で納涼盆踊り大会があった。毎年あって子どもが小さい頃から必ず行っていた。このブログをずっと読んでくれている人なら容易に想像できると思うのだが、毎回毎回ママ友関係で必ず嫌なことがあった。昨年は、息子が幼児園を途中退園し小学校に入学、豊洲の地域全域に◯◯菌のパンデミック状態で、会う人会う人全員に嫌な顔をされ、息子と二人で出かけたものの「来なければよかった」とぷんぷんと怒りながら帰ったのだった。

なので今年は「どうせ行かなければならないなら、興す側になってやる」とカキ氷係のボランティアに立候補した。「行かない」という選択肢がないのが我ながら不思議。もういい加減引っ込んでろとも思ったが、やはり祭りには出かけなけれれば。ちょうど住んでいるマンションに募集の紙が貼ってあり、「これやー!」と閃いたのだ。「あの人から食べ物を買うなんてイヤ」という意地の悪い事を思う人はカキ氷を買えないということになり、この暑い最中の盆踊りにノーカキ氷というのは申し訳ないが、そんな事でカキ氷係として街の盆踊り大会にお邪魔した。

テントの中で軽く挨拶、手順が説明され、私はもう一人の女性の方と対面販売をすることになった。カキ氷を買いに来たボスママ軍団に嫌がらせされたらどうしよう。「何あの人、目立ちたがりは困るわ」「ああ、ダメダメ、今日はカキ氷なし」などと目の前で子どもに言い含められたりしたらまた心折れるなと思いつつ、販売スタート。17時から準備、17:30から食券販売、18時スタートなのだが、まだかまだかという人々の行列が既にどんどんでき始める。ちらと確認するとボスママ軍団はどこにもいない。あー良かったと思った時にはもうカキ氷がどんどん出来上がり、そしてバンバン売れていった。一杯100円というお手軽さもあったのかカキ氷は大人気。


※カラフルで可愛い。

コーラ、ブルーハワイ、メロン、イチゴ、マンゴーの5種類。これどうみても少な過ぎというのを一杯手元に置いて食べようと思ったけれど、売るのに必死でゆっくり食べられなかった。でも解けたのをぐっと飲んだら、昔懐かしい味がして、自分も子どもの頃はカキ氷好きだったなあとか、あの駄菓子屋さんの練乳イチゴが最高に美味しかったけれど、味の秘訣は一体なんだったのか、そうだマシンだふわっふわだったなとか色々思い出しながら次々とチケットとカキ氷を販売というか、交換。販売予定数1,500杯は盆踊り終了21時前に完売。だいたい20時過ぎくらいに終わってしまった。その後はビールと焼き鳥の差し入れを頂きつつ、チケットのカウント。数えると1,400弱だった。それにしてもよく売れるものだと感心してしまった。


※ぐるーっと人人人の列、商売繁盛で何より(^^)


途中で息子と娘がそれぞれ現れ、娘は並ぶのが面倒なのかさあっとどこかに行ってしまい、息子は俺も手伝うと一緒に販売してくれる。息子はこういう賑やかに人に対面するのが大好きで、どこまでもこの姉弟はさかさまなのだと思った。まあこの辺りは好きにすればよいと思う。私はこう見えて結構好きな方で、多分この盆踊り会場ではNO.1のカリスマ販売員だったと思う。


見知った顔の人はみんなニコニコと挨拶してくれて、販売が終わった後はあちらこちらをブラブラ。区議会議員さんや街の名士みたいな人達を捕まえてこども食堂の話、息子のミュージカルの宣伝などをごり押ししたり。一緒に販売した人と休憩でビールを飲み、豊洲や住んでいるマンションの昔話をしたり。いやいやいや、とっても楽しいひと時だった。

去年まで倒れたまま不貞腐れて寝っ転がったような気持ちだったのが、今年は町興しをしようと思ったところで自分も起き上がれたという感じ。こんな事を思いつくようになったのは、あの同級生達が地元で開催してくれた同窓会からだったのように思う。地元の名士の子達が決起して私を励ます会を開いてくれたのだ。トヨタの君とかノーベル賞候補のSくんとか偉くなった同級生達、豪華メンバーだったなあ。私なんかのためにこんな風に集まってくれて、イジケている場合ではない私も頑張らないと、なんて殊勝にも思ったからだった。

悪い事もそうだがいい事も続くもので、その後息子のミュージカルのプロデューサーの先生が「もうそんな事いちいち悩まない」などと励ましてくれて、「それもそうだ、もう終わった事」と思ったのもあるし、大学の学友も何かとはっぱをかけてくれたり豊洲に協力してくれる人もだんだん増えたり。ブログの方は相かわらずで、書けば書くほど周りを掻き回してしまい被害者は続出しているが、同じように自分も酷い目に遭っているので痛み分けという感じ。でもこれでいいのだと思う。相手ばっかりネガキャンするのは卑怯というか、自分も同じように目茶目茶になっているのが私のブログのいいところなのだと思う。これは大学の先生からの講評の中にあった言葉で、ああ確かに自分ってこういうところがあるなと。私は顔だけじゃない、頭も運もいいが、性格もいいということを再認識した。

その翌日、ミュージカルの公開レッスンでママ友に会うと、昨日の盆踊りは焼きそばがすごく美味しかったと聞いて、食べていない私は「なんだとー」と思ってレッスンの説明会の後に買いに行ったら売り切れでガッカリした。「200円だったけど、あれで儲けがあるの」と聞かれたので、「200円で仕入れて200円で売るんだよ」といったらびっくりしていた。屋台はほとんど住民のボランティアで、しかもマンションや団体が出店しているので出来る仕組みだろう。でおこれ、昨年は私がびっくりしていた。お好み焼きの屋台があり販売していたママ友さんが、、「そこのセブンで200円で買って200円で販売している」と聞いて驚いたのを思い出した。そんな訳で焼きそばは来年のリベンジとして覚えておいて是非買いたい。

それにしても、スカイズが出来たせいかすっごい人が増えていてこれも驚いた。本当に何これ?というくらい、昨年の二倍くらいの人が参加したと思う。人人人で、カキ氷販売していなかったら人に酔ってしまったかもしれない。屋台の販売員が楽しかったので来年は是非焼きそば販売をしたいと思う。そうだ、ちょっと前のブログに「暑いから焼きそば担当は嫌」と書いたのを思い出した。もしかして買えなかったのは焼きそばの呪いだったのだろうか。今度こそブログにやたらな事を書くのはやめようと思った。

これを書いていたらまた猛烈に焼きそばが食べたくなった。今日のお昼は焼きそばが食べたい。そうだ、今日はお台場の科学未来館で娘がイノベーターズトークで登壇するらしい、一体何を話すのだろう。面倒だから行かないと言ったけれどやっぱり気になるから行ってみようか。焼きそばは駅前のペルエメルで焼きそばパンを買う事にする。

追記:114.185.127.108コメントありがとう、でもウザいです。あなた豊洲の人じゃないわね。まさか笑👽あの人ならありえる。私のファンはすぐストーカー化する、夏は特に。頭冷やしてね乙。https://www.instagram.com/yurikomorio/?hl=ja


最近まとめが書けていない。全部がーっと書いた後にまとめを書こうと思うのだが、書き終わるとぐったりしてしまい余力がない。おまけに今はclose したまま書いているせいか、まとめを読む人もいないだろうという気安さもある。なぜclose したままなのかというと先生に感謝の意を表明するためで、言われてその後いつものようにブログをアップし続けたら先生の叱咤が台無しだろう。反省しているかといえば「先生に深傷を負わせた」という一点は反省しているが、その他は必ないと考えている。大学がユダを支持するなら組織は腐敗している。もしそれらが問題になり退学になるなら、別になってもいいと思っている。

それはともかく時間と余裕がない。「何か書く」という体力と時間のほとんどは、ブログ、それから最近は様々なと会うため話すめに注力しているせいで、課題も卒論も小説書きもできていない。多分これからもっと違う方向にもともとは微々たるしかないリソースは注がれてしまうことになるだろう。単位を出来る限りとるために卒業を4月にというのは却下。「無事卒業できれば」が前提となるが、やはり3月の本校の卒業式にでることにした。大学の授業はもう私の先生の授業は全て受けたので、後のものは時間があえば受けるがプライオリティは低くてよいと、気にしないことにした。思えば昨年度は授業最優先、何もかもを犠牲にしてきた。でも今年最優先したいのはやはり卒論、私の持てる何もかもはこちらに注ぎたい。

仕事は色々に差し障るといけないというか締切を落としてしまう懸念があり、卒業までいったんお休みとさせてもらった。私は所属するエージェントと相性が良かったのか、さらりと了解を得ていったん終了となった。一度ちょっとあったが「これまでのお仕事ぶりに大変感謝しております」などと私側について下さり、引き続き仕事を続けることが出来た。うん、やっぱりなんかあるんだな私。でもこの件は私も感激してしまい、もうライターのお仕事はここでしかやらないと思ったくらい。メールや書類だけのやりとりでお会いしたことは一度もないが、こうして信頼関係が築けたいうことに安堵した。それと共にネットで繋がる人間関係もリアルも同じなのだと思った。

さて本題、今日は以前銀座へ火鍋を食べに連れて行って貰った方に、もっと本格的な火鍋の店に案内してもらった。一緒に行ったのは私の友達と、火鍋に連れて行ってくれたママ友の友達。ママ友4人の楽しいランチ会。「ママ友ランチの火鍋で大噴火」の火鍋も本当に美味しかったが、今日はそれプラスゴージャスなお店だった。自分が富豪になった気になってしまいそうなハイソサエティな雰囲気。普通のビルのワンフロアじゃない、目隠しされて連れて来られて「ここ、ペニンシュラホテルのVIPフロア」などと言われたら信じてしまいそう。



以前聞いていた通り、自分で調味料をブレンドしてタレを作る。でも種類が多すぎて何をどうしたらいいのかわからない。でも私の友達はすごく食に拘りがあり、彼女の手にかかりたちまち素晴らしい配合のタレが何種類も出来た。様々な副菜も、ちょっとした調味料の配合やワンプラスのトッピングでどれも美味しくなってしまう。ううん、さすが。私は火鍋の店を紹介してくれたママ友に「彼女はすごいでしょう」などと、延々と友達自慢をしてしまった。



でも火鍋の店を教えてくれたママもその友達も只ものではなかった。ただの自称専業主婦なのは私だけ、それぞれ心にすごく熱いものを持っている方々が集結したテーブルは、4種類の味の鍋のように話が煮えたぎってた。私はまた今日も大噴火してしまうだろうか。しかもこんな何故池袋に宮殿を作ったのというような素晴らしい店内、これから逞しく生きるためにたくさん食べよう。



そういう期待は一切裏切られず、もう様々に色々なものが運ばれてくる。ランチセットは好きな食材を選べるようになっていてシェアが可能。肉類6種類野菜8種類選び、山盛り盛り盛りテーブルはすごいことになった。特に海老がすごくきれいに盛り付けられ薔薇まであしらわれ、サイドメニューの箸休めは食べ放題。あー神様仏さま最近の私のこれらのラッキーは一体なんなのでしょうか。友達は「きてるんじゃない」などと言何が来ているんですか、訴状でしょうかそれとももっと大きくて強い愛情溢れるお叱りなのでしょうかそれとも大学からまでも村八分に?ドキドキしながら火鍋をつついた。



突きながら思った。この人達普通のお母さんの顔をしているけれども、まるでマサイの戦士達だわと。マサイの戦士がいったいどういう人達なのかわからないけれどもなんとなく感じた。マサイの戦士たちはものすごく意識高い話をしていた。当然私も世の中で一番どうでもいい、しかしとても大切な問題ママハラスメントについても色々お話したり?

どうしてこの世からイジメがなくならないのか、それはお母さんがイジメをして子どもに見せているから。なのでお母さん達が全員イジメをしなくなればこの世の中からイジメは消える。それからひとりでいる事をカッコ悪いと思う風潮、これこそが子どもを産んで赤ちゃんを連れたお母さんたちの強迫観念となり、群れることイコール常識的なものという概念を作りだしている。ひとりでいるのは恰好悪くない、むしろカッコイイのだと熱弁をふるってしまった。

マサイの戦士たちは「本当にそうだと」賛同してくれて、色々身の回りの話をしてくれる。もう本当にどうしようもない世の中、でも何もせずに手をこまねいているだけではやっぱり駄目なのだ。誰でもいい、そう声をあげる人がいなければ。私がこういうブログを書きだしたころ、たったひとりでやっていたせいか、変態仮面をみるような目でたくさんの方に見られたし思われただろう。ぼっちが何を粋がってやっているの。ひとりぼっちが寂しくて頭おかしくなったんじゃないの、と噂になっただろう。

でも石の上にも三年とはよく言ったもので、馬鹿を3年続けていたらちょっと風向きが変わってきたように思う。私のこのバカバカ日記、息子はバカバカニュースというが、これを「難しい問題に取り組んでおられて、頑張って欲しいと思う」と言ってくれたのはあの先生。でも先生達について面白可笑しく書いてしまったのは、こっぴどく叱られてしまったが、その他については先生的にノープロブレムだそうで本当に嬉しかった。

それから「意識高い系」といって志を高く努力するという者を嗤うという風潮があるが、それはおかしいなどと。意識を高く持たなくて一体何が人間を成長させるのと。現状に満足するというのも勿論大切だが、今をよりよくしたい世の中をもっと風通しのよいものにしたいという信念は、誰もが持った方がいいと思う。ちょっと違うわと思う違和感を大切にするというか、なんでもかんでも温度や空気を読んでそれに同調するという思想、とっても危険なものだと思う。動物界には「保護色」というものがあり、周りと自分の色調を合わせれば敵に見つかりにくい。でも私たちは人間、豊かな思想と無償の愛で他人を慮れるという特権がある。動物に倣ってどうするのと思わないのだろうか。

そんなこんなで様々な話をした。火鍋をつつきながらさながら「マサイの戦士白熱教室」のような様相になった。すっごくエキサイティングで楽しかった。調味料をとりに行くたび「ねえ、なんか楽しいね」「旅行に来たみたいじゃない」「今日なんかすごいね」と口々に言い合った。洋食にはワイン、日本食には日本酒、中華には紹興酒というように、何もかもの辻褄がピッタリ合ったように思う。この勢いのまま台湾にでも旅行に飛べそうな気持になった。

そのうち豊洲のママ友の友達がぽつぽつと話出す内容に、私は耳が釘付けになった。えっそうなの?そんな事があったの?すごい、そうなんだと。私はハラスメントの問題をブログや最近は現実問題として取り組んでいるうちに、もうひとつ解決したいものが出来た。その糸口になりそうな気がした。すごい有名人、でも色々大変なことがあったようで、でもそれはたったひとりの英雄により解決したのだそう。この話、どこかで当事者から話して貰えないだろうかと思った。多分普通にお願いしたのでは絶対実現しないだろう、でもママ友ネットワークにかかればあっという間に叶うと思う。

お会いした時に只ものではないと感じた。それは私が見込んだママ友の友達だからというだけではない、やはり同士は繫がっていくものだと思った。

話ながら同時に色々なアイデアがわーっと沸いてしまい、溺れるかと思った。天啓というのはこういう事なのかなと。豊洲やママ友トラブルのあれもこれもがーっと書き散らかし、不満を何も抑止せずマグマのごとく噴火するままの私のブログ、見苦しいバカみたいと思う人がほとんどだと思う。自分もそう思うから。でも何かいつもこれでいいのだともう一人の私が言った。いつも誰も彼もがやめろ恥の上塗り自分を傷つける行為だと非難した。でもやめるつもりは全くなく、馬鹿になりきればいいと何故か思った。

それがどうしてなのか、最近だんだんわかってきたと思う。そのきっかけはあの先生に叱られたこと。何故あの先生がわざわざ読んでそれについての話をして下さったのか。しかも私は通信教育生、普通ならいくつかの授業とテキスト課題で単位をとって卒業するだけなのだ。それがこんなに魂がぶつかり合うような面談を経て、私は開眼出来たように思う。そもそも京都造形大学は、通学が便利そうで都心にあるので選択した。国文学なら日大もあり、そちらの方がネームバリューもあり乗り換えもない。でも私はプログラムの多彩さ、それから「芸大」がやっぱりいいのだとここを選んだ。

その選択は間違ってなかった。芸術はやはり私を癒し、助けてくれるものだった。それは昨日今日だけでない、物心ついた頃からそうだった。私の周りにはいつもいつも様々な芸術があり、私はそれを愛し心の支えにしてきた。ママ友という不確かなものにしがみつき疲弊するお母さん達も芸術で癒してあげたい。その馬鹿の先頭に立つのはボスママ軍団ではない多分私。私自身も芸術で癒されたい、一番癒しが欲しいのは、私なのではないだろうか。

そんな話を少し前、講演をお願いする方としていると、「あなたはいつも人に囲まれて忙しそうにしているのに、何故ブログではひとりぼっちなどと書くの」と聞かれた。そんな風に見えるのかとびっくりした。以前誰かに聞かれた時、こう答えたことがある。ブログにママ友ゼロと書いて、実はリアルでそういう人達ときゃっきゃしているとリアルとバーチャルの整合性がとれない。なのでママ友ゼロにしているなどと偉そうに答えたことがある。でも事実私は友達が出来たが相かわらずママ友はゼロだ。もちろん子ども繋がりで知り合った人達ばかりだが、友達になる人は付き合いを子ども軸にしない。

きっかけは子どもでも、お互い同士で繋がり友達になった。子ども同士は仲が良かったり知らん顔だったり、当人にまかせっきりだ。それは私の理想像そのままで豊洲事情のそれとは全く異なると思う。なので私は異端児にみえるのかもしれない。でもこうしてアンテナを張り巡らせていると、こういう繋がりも出来るのだと思った。多分この4人はまたいつか集うだろう。火鍋かもしれないし、別の用事かもしれない。でもただのママ友ランチではない、決起の場になるだろう。今日は大噴火ではない、静かにマグマを胸のうちに滾らせた形になった。

今日の記念にと店員に集合写真をとってもらった。それをみて驚く。私、なんだか丸くない?トップが白のせいか、なんだかゆで卵みたいにみえる。まるっとして福々しい自分がそこにいた。私はゆで卵はない、健気にでも凛と咲く可憐な白百合のはずだ。今日も食べ過ぎてしまった。同士を得た喜びと、少々のショックで店を後にする。こんなところにこんな素敵なお店があるなんて、みんな知らないだろうな、ブログに書いたらあっという間に店がもっと流行るだろう、ブログもアクセスが多くなるだろう。でも自分達が行く時予約がとれないと嫌だから書かない。でも写真はアップしておく。こんなに食べて小旅行気分まで楽しんでお会計はひとり2千円だった。大大大満足。

池袋といえば中国街だそうで、ついでに本格的中華食材の店に立ち寄る。もう異国情緒満載、美味しそうなものがふんだんで、私と友達は大喜びしてしまった。あれもこれもと買い込み店を後にする。

そういえば葛西にインド料理の食材のお店をみつけ、大喜びで色々買い込んだことを思い出した。日本には絶対売っていないだろうという本格的スパイスに咽そうなカレー粉でカレーを作ったら、娘がすごく美味しいとお代わりをした。うちの子ども達は日本食カレーが好きではない。普通にご飯を乗せてカレーをかけると食べないが、スパイスをきかせてプッリなど添えるともりもり食べる。よしよし、そのうちいつかインドに連れて行ってやる。ただしバックパックのお金を使わない旅だよ。青春18切符の旅も真っ青だと思う。

さあ、夜は開けた。マサイの大地に朝日が昇った。もう何も怖いものはないと聖子ちゃんが私の脳内で歌っている。そりゃ聖子ちゃんは無敵でしょう、あんな素敵な先生を易々とゲットし、あの先生の奥様はお気の毒だと思うけれど、聖子ちゃんに目をつけられてしまったらしょうがないという気もする。私もこの世で敵なし最強のボスママとその愉快でない仲間たちに目を付けられ、豊洲のダークスターとして祭りあげられてしまった。

でもそこから何もかもが始まった気がする。自分がこんなに人だとは思わなかった。ちょっとつつかれるとぺしゃんとなり、そしていつまでもクヨクヨとひきずてしまう。でも今は違う。あの天災ともいえるママ友戦争から変われたと思う。協定を結ぶつもりは全くない。もうずっとこのまま戦いつづけたいと思う。私が平和的友好条約を結んだら、あいつら安心してまた別のところでイジメをするだろう。もう私ひとり叩かせておけば気が済むならそうしなさいと思っている。

そんな事を思いながら帰り、夕飯の支度、ブログの下書きなどして、夜から子どもの通う小学校の体育館に行く。この春からPTAのスポーツクラブに入会して運動不足を解消しようと目論んだのだ。久しぶりのスポーツは体が思った通りに動かない。でも爽快でいい汗がかけた。「明日腕が痛いですよ」と言われたが、起きたらなんのことはなかっ全然大丈夫。普段ブログや小説書きは、腕の筋肉だけは強くしてくれているのかもしれないと思った。今日ももうひとつのクラブに体験入会する。昼は子どもの英語の先生が出演するクラシックコンサート。

暇な時代は何もなく伽藍洞だった私のスケジュールは、忙しく彩られ始めてから更に様々な予定が飛び込んでくるようになった。これはどういう意味なのだろうか、なにかの法則かなと思う。派手ではないが、ともかく充実していることは確かだ。凹んだり浮き上がったり、これからも様々な曲線が描かれるだろう私の人生。それは自分の采配だけではない、運とか縁とか他人の目論見などでもカーブが違ってきたりするだろう。でも何があってもめげないように、そこに綺麗な色を塗ろうと思う。カラーは自由意志、好きな色を好きなように選びたい。

その前に体のデザイニング。若い時のようにボンキュッボンは難しいしはしたない、やはりここは柳のようにしなやかな体躯を目指したいと思う。しなってもしなっても、決して折れないたおやかな心と身体。そう、これだ。森生ゆり子やめて、柳生ゆり子に変えようかしら。でも柳生といえば博だろう。娘と勘違いされたら困る?もしかして得だろうか。あ、本当だ、いいかも。などとあざとい事を考えてしまった。

さあ、あさっての卒論の面談のために、添削された課題を読みなおそうか。あの先生はどうしていらっしゃるだろうか。叱りすぎたと後悔、それとももっと叱った方が良かったとキリキリとお考えだろうか。先生、もっともっと叱って下さい。先生に叱られると私は元気になれます。


【今日の小確幸】

久しぶりに書きたいだけ書けた。火鍋を食べると元気が出る。

今日はてんやわんわだった。朝3時に起きて仕事をしたが、残りのチェックを残してNewsPicksを開いてしまった。本当にこのNewsPicksというのは時間泥棒で、あっという間に時間が経過。そこで残りチェックをすれば良かったのだがどうしても読みたい有料記事が出てきて、ついに有料会員登録をしてしまった。時間泥棒だけでないお金までとうとう取られてしまった。そこからもう本当に息つく暇もなく、わーっと一日過ぎてしまった。久しぶりに本当にくたくたになった。

あーもうなんか新しい空気を!と思って思いついた清澄白河のブルーボトルコーヒーに来てみた。何故こんな場所にという周りは本当に何もない住宅地。でも意識高い系や中国人多分ツーリストでいっぱいだった。

※まさにスタイリッシュ

疲れた心と体を癒すため、「エルサルバドル•アイーダ•バティエ•タンザニアナチュラル」というのを頼んでみた。ブルーボトルのマークの紙カップもあったが、ワイングラスのような形のガラスのカップでお願いした。だって美味しいコーヒーなら、香りも楽しむためにこの形のグラスでないとダメでしょう?意識高い系みたいなのは雰囲気だけで、紙カップでコーヒーはなくない?などと思いつつ飲んでみたら。。。

※ワインと同じ理屈のカップ。口がすぼまったグラスは香りが引き立つ

何コレすっごく美味しーい!本当にフルーティで香りもいい、コーヒーじゃないみたい。コーヒーって苦くてグッと喉にくるでしょう。スーッと体に染み込んでくる感じ。はあ、びっくり。なんだか疲れ取れました。カフェのお兄さん達がすっごく親切で、あれこれ説明して貰ったり写真も撮らせてもらいました。ブログアップOKだそうでお写真を。

※私のコーヒーを淹れてくれたお兄さん

なんだかんだ1日終わりそうだけど、今日は色々反省もあった。まず、仕事の納品が締め切りに間に合わなかった。1分遅れてしまったのだ。1分でもやはりルール違反というか、遅れてはだめじゃないと思った。NewsPicksのせいという訳ではないが、影響があったのは間違いない。ギリギリにしか出来ない自分が悪いのだが。NewsPicksやってる暇じゃないなと思った。課題や卒論が捗らず、ブログやめようか悩んだばかりなのにNewsPicksとは。私、何やってんだろう…

さて、そろそろ息子を迎えに行かねば。


【今日の小確幸】

コーヒー本当に美味しかった。

昨日は結局課題も仕事も捗らないうちに子どもが帰って来てしまい、あれこれ世話を焼いているうちに夜になってしまった。娘が塾に出掛けるのと入れ違いに遊びに行っていた息子が帰ってくる。またなんだかんだ食事だ宿題だ明日の準備だなんてやっていて、冷蔵庫の食材を一緒に買いに行くことを思いつく。

最近また始めた生協はこのあたりは金曜日配達、それまでやりくりしようと思えば出来るがやや蛋白質が足りない。夜7時という微妙な時間のイオンであれこれ買い物をした。今日出かけるので昨日のうちに買い物が出来て良かった。今日は友達とスイス銀行に行く。世界の富豪が隠し財産を預けるということで名高いが、本当にそんな組織なのだろうか。スイス銀行とは一体なんなのか。 他インドの思い出など。

以上、まとめ。
以下、今日も短く。

「課題と仕事をやる」と書いたものの、色々雑用をやっていたらあっという間に時間が過ぎ、子どもが学校から帰ってきてしまった。息子がまず帰って来て、「手を洗ってうがいしてそれから」と言っている間に「遊びにいってくる」とランドセルを置いて出ていってしまった。やれやれとランドセルを開けてお知らせを読んだり聖水の容器を忘れないように壁にテープで貼ったりしていると娘が帰ってくる。娘は私とお喋りした後おやつを食べて出かけていった。今日のおやつは鶏皮の唐揚げとカレーにプリ―をつけてやると美味しい美味しいと全部食べてくれた。プリ―はマイクロソフト、マイクロソフトと言っていたせいかインドを思い出し、インドでいつも食べていたプリ―を思い出したのだ。インドはタリーというカレーの定食があり、丸いアルミのお盆に小さな容器に何種類ものカレー、真ん中にぱらっとしたインディカ米のご飯、それにサラダとプリ―が必ずひとつかふたつ載っていた。あーあれもう一度食べたいマサラドーサもなどと思い出してとりあえず簡単そうなプリ―を作った。

※娘はおやつに食べ、晩御飯でも所望していた。カレーにつけて食べる。これはおやつの方。青汁飲みなさいよ。

これにラッシーとジッラがあれば完璧じゃないとほくそ笑んだ。インドの思い出話もまたそのうち書いてみようか。すっごくスリリングでエキサイティング、なことは何もなく、のんびりほかほかと旅をし続けた。そうそう、インド。帰ってきた時は「もうお腹いっぱい」と思っていたが、こうして十数年の時を経るともう楽しかった思い出ばかりになる。マイクロソフトを辞めた後に一ヶ月バックパックでインドに行った。あの頃は治安もよかったのか何も危ない事もなく、人々は親切で食べ物は美味しく、命の洗濯という感じの日々だった。今はもう子どが行きたいと言えば「そんな危ないところ行ってはいけませんっ!」と叱ると思うが、人生のうちで最も印象深い旅だった。一ヶ月もいたのにホームシックとか日本食が恋しいと思わなかった。はあ、もう今は行きたくないけど本当に楽しかった。私は独身の頃、お金がないといいつつ時々海外旅行に行った。初海外はMちゃんと行った香港だったか。楽しかったけれど異国情緒に驚いておっかなびっくりだった気がする。最後の海外は確かSちゃんと行ったイタリア、GUCCI やPRADAのアウトレットで買い物し過ぎて税関を通れなくなり、一緒のツアーの方の荷物ということで通して貰えたっけ。ふふふ、これも色々面白いことがあったな。イタリアアウトレットは日本で販売しようと思って色々買ったのだ。でも販売が面倒になり、ネット販売していた友達に引き取って貰ったのだ。私はどうも途中でヘコタレる。これから気をつけよう。それはともかく、イタリアはあっという間に日本食が恋しくなり、やはりアジア圏とヨーロッパでは食文化が全く違うせいだろうとか。色々発見があった。

その話は置いておいて、娘は塾に行くともうしばらく帰ってこないので、その間になんかやろうと思うと息子が帰ってきた。息子もプリ―、正確にはプッリと発音するのだが、それを美味しい美味しいと食べて宿題をやった後、私の嫌いなクレヨンしんちゃんを観だす。ダメっていったのに、ひどいと怒り出すと慌ててドラえもんにしていた。もうここからテレビノンストップになると思うと残念な気持ちになり、買い物に行こうと誘う。

じゃあおんぶでと背中にかじりついてくるが、最近重くなったせいで腰にずしんとくる。腰痛が出そうな感じ。あといつまでおんぶ出来るかなと思いつつ、エレベーターまでねとちょっとだけおんぶする。本当に息子はおんぶが好きで、道を歩いていておんぶおんぶというのでおんぶして、クラスの女子に見られて「わあーおんぶしてるぅ」などと言われ慌てて降りたりしている。そういう時はがっしり足をつかんで下ろさない。「おろせよ!」と焦る様が可愛い。降りて怒るがまたしばらくするとおんぶおんぶという。最近本当に重くなった。昔はおんぶしていても軽すぎて全然負担にならなかった。おんぶしているのを忘れて「息子がいない」と焦って探したりしていた。これも懐かしいわね。

イオンで買い物。本当はOKマートに行きたかったが時間が遅いのでイオンにした。私はスーパーで買い物をするのが本当に大好きで、主婦になって良かったと思うことのひとつだ。時間がなくてネットスーパーで頼んだり最近は生協をまた始めたが、こうやって自分で店に行き、あれこれ選んで買うのが本当に楽しいのだ。今の夢はジャパネットタカタのコールセンターで働くことだが、ちょっと前はフードストアAOKI の惣菜コーナーで働くことだった。あそこのお惣菜は、ちょっと味が濃いが全然変な味がしなくて、ちゃんと手作りしているとわかるものばかり。軟骨の唐揚げの美味しさを、あそこのものを食べて知った。

Aoki をよく利用していたのは娘がバディに行く前の頃。豊洲公園で遊んでくたくたになって寝てしまった娘をベビーカーに乗せ、そのまま隣接しているららぽーと内のAoki で食材を買うのが日課だった。あそこも本当に色々なものがあり、値段はやや高級並みだが美味しいものがこれでもかという程並んでいた。野菜も肉も魚も日配品もすんばらしいセレクトで、ららぽーとが豊洲に出来る時、担当者が三顧の礼で迎えたスーパーというのは本当だと思った。出来たばかりの頃はスーツを着た視察の男性がいつもあちらこちらにいて、ベビーカーが通れないわあとボボボっと怒っていたりした。日経ビジネスにも記事が載っていたりした。もちろん「敗軍の将兵を語る」なんかでは決してない。巻頭カラーの特集のところだった。フードストアAoki の存在は、豊洲に住んで良かったと思う数少ないポイントで、最近は節約のためにあまり行ってないが、夫はここで買い物をして料理をするのが大好き。でも肉は美味しいから「いちむら」で買うのだそう。こうやって考えるとやはり豊洲以外に住むというのはもう考えられない。村八分になってもやっぱり豊洲がいいのだと思った。

また長くなってしまったが、今日は友達とスイス銀行にお邪魔してくる。007のジェームスポンドが大金を預けているという設定でも出てきたスイス銀行、本当にあるんだろうかとずっと不思議だった。そうだ、夫にも聞いてみようか。奴なら色々知っていると思う。その話はまた明日。Let's talk more about this next day. なんか変、tomorrow でいいのか。もうすっかり英語わからなくなってる。インドはインド人しかいなくて共通語は英語で全員が英語を話していた。英語留学ならインドも物価が安くていいと思う。でも今は治安が悪くなったそうでオススメはしない。インド人は英語しか喋っていなかった。この話もまたの機会に。そろそろ朝の支度をするかなあ。今朝もカレーにした。夕べ朝用に新しいカレーを作ったので夕べの残りではない。ちょっと早めに待ち合わせをしたのでさっさと支度する。ブログはまた長くなってしまったが時間にして約30分で書けたのでよしとしよう。


【昨日の小確幸】

プッリを思い出し作ったら家族が喜んだこと。今度はナンを作ってみようか。

【執筆活動】

4,000字の短編を書いてる。今日は1,091字書いて約半分書けた。クライマックスをどこで終わろうか検討中。

昨日は火鍋を豊洲のママ友と食べにいってきた。彼女は大人しくみえるがバイタリティに溢れた賢人だと思っていたが話してやっぱりそうだと思った。私は男性だけでない女性も見る目があるというか、色々あって養われたのだと思った。もうボスママがいくら楽しそうなイベントを企画して私や子ども達をのけものにして羨ましがらせようとしても無駄と思った。しょうもない人達とは一分一秒でも付き合う気がないガン無視する。それは学友の師匠の学友に対する態度でも学んだ。

それはさておきランチは楽しかった。以前から一度食べてみたかった火鍋。想像以上にエキサイティングでダイナミックなそれは、なかなか食べる機会がなかった。台湾好きな友達が美味しい大好きといっていて、でもその子と食べるランチは大抵違うもの。今度その子もその店に連れていってあげようと思った。そうしたらそのママ友の友達と4人で食べに行こうと思いつく。友達は多い方がいいというママ友はすごく喜んでいて、同じマンションの知り合いも紹介できてよかった。なんだちゃんと近所付き合いしてるじゃない、でもあのボスママの邪魔がまた入りそうで心配。

以上、まとめ。
以下、長い方。

今日こそさらっと書く。もうこの「文章を書く」情熱はそろそろ小説を書く方にシフトさせたい。書いても書いてもお金になる可能性の少ないブログなんて、そして読んだ人に「またこんな事書いて頭大丈夫」など思われているだろうあれこれ、もしかしてお金になるかもしれない小説とか、いつも締切ギリギリになっているライター業の記事を書く方に注力したい。ライターの仕事の報酬は微々たるものだがちゃんとお金になっている。本来ならそちらを頑張り報酬の高い仕事にどんどんシフトすべきなのだ。でもこんなただで恥を晒すような赤裸々暴露ブログ、もう本当はやめたいのくらいだ。

前置きはこのくらいにして本題。昨日は豊洲のママ友とランチをした。彼女とはまだ1年くらいの付き合いだが、いつの間にか仲良くなって買い物やランチにほんの時たま行ったりした。お茶だのランチだのあまりガツガツしないのにも好感を持っていたし、すごく静かで大人しい女性なのだが、時々話す言葉の数々にものすごい情熱を感じてはいた。それを言葉にしないだけで心の中はマグマがぼこぼこしているタイプなのだろう、私のようにしょっちゅう噴火するタイプとは違うのだと思っていた。何故昨日ランチすることになったかはメールの履歴を確かめればわかるが面倒なのでしない。でもなんらかの理由で約束したのだろう、しかも火鍋を食べに行こうというので火鍋を食べてみたいと思っていた私は飛びついた。ランチで火鍋をしているところがあるなんて知らなかった嬉しい。

銀座にある「小肥羊」といういかにもぷりぷりと太った子羊が美味しそうな名前のお店で、店内にはあちらこちらモンゴルの風景や羊の写真がびっしりでもスタイリッシュという綺麗なお店だった。火鍋の好きな友達は台湾が大好きというマリナちゃんのような人で、私はてっきり火鍋は台湾が元祖だと思っていたがモンゴルのよう。でもこれ、どうなのだろう。中村先生がレポートの出展としては認めないが素晴らしい記事もあるというWikipedia ちゃんに聞いたところこんな回答が。


※まさに食べる漢方薬色々入ってる感激

※本格的マンゴープリン

※スタイリッシュな店内、写真はモンゴルの風景、人、羊など

「火鍋の起源は、内モンゴルの羊肉料理として発祥したものであるとか[2]、磁器口の船乗りが牛・豚の内臓に塩・山椒を振りかけて完成した事により広まった「 重慶 火鍋」、「四川火鍋」などの名称で火鍋料理が知られるように、中国四川省を発祥としているとも言われるが、はっきりとはわかっていない。」出典:wikipedia「火鍋」

なによ、「はっきりとはわかっていない」なんて書き方どうなの。「諸説あり」くらいに書きなさいよと思うがそういう訳でモンゴルか四川かどちらかのようだ。でもどちらも陸続きで繋がる国、だいたいあのあたりの民族の食べ物ということで良さそうだ。そして元々繫がっていた日本の私たちもアジア大陸の食べ物は大好きという訳だ。

火鍋は想像以上にワンダフルでグレイトな料理だった。真ん中に勾玉の形に仕切ってある鍋は想像通り、でもどちらも同じスープというのは知らなかった。それの片方に唐辛子のざくぎりをごま油に漬けたものを足して辛くするスープが火鍋といわれる所以なのか。羊肉と豚肉をスライスしたものをしゃぶしゃぶにして食べる。野菜やキノコを合間にこれはじっくり煮込んで食べる。最後は麺で締める。これに私は青島ビールを合わせた。彼女が飲まないので私も飲むつもりはなかったが、「せっかくなのでどうぞ」と言われてお言葉に甘えた。やはり料理に合わせるお酒はその土地のものが一番合うと思う。

あのロビンソンクルーソー先生とバトルしたワイン談義もそういうことで、私はその土地の食べ物はその土地のお酒が一番合うと思っている。果たしてそうで、青島ビールは火鍋にとってもよく合った。「マリアージュ」などとしゃらくさい言葉をたまに聞くが、それではない「辻褄が合う」という感じでピッタリだった。やっぱりワインは和食には合わないよとクルーソー先生に念を送った。私は通信生だしクルーソー先生の授業はもう受けたし、そもそも先生は京都で主に授業をする先生、どうせもう逢う機会は一回か二回だろう。ブログに「やっぱり私の主張が正しい」などと書いて読まれたとして差し障りはないはず。

「先生、和食の黒ムツの煮つけは白ワインは合わないですよ?合うのはやっぱり日本酒か焼酎!」

と、お酒の話はこのくらいにして、
火鍋をつつきながら色々な話をした。どうして勉強することが大切なのか、仕事の話、友達の話、子どもがイジメを受けたらどうするかなどなど。私の考えと似ていて嬉しくなった。でも子どもがイジメられたらという話には私は忠告をした。それは彼女はまだ子どもが深刻ないじめを受けたことがないせいで、私が色々やらかして失敗した事をすると考えているよう。それは「直接言いに行く」ということ。それはやめた方がいいと忠告したのだ。

私は子どもがいじめれたら、都度都度直接本人もしくはその親に談判にいった。バス停だったり電話だったりしたが、そうすると余計にややこしくなった。相手は絶対認めず私がどうでもいい事でいちゃもんをつけたと言いふらされ、私や子どもが余計に孤立する結果となった。普通に考えればイジメられた方が「やめてよ」というのは当然の権利で、日本国憲法にも「人権を守る権利」というものが一番にある。でもそれは建て前憲法の最もたるもので、ママ友の世界でもそうだった。「うちの子はイジメなんてしていません」という堅牢な嘘の壁で自分の子どもをガードするのだ。いつもいつもそうだった。

逆にそう訴えてきた人もいた。先生の仲介でそれを知ったが、私は真相も確かめずにケーキを持って謝りにいった。うちの子はしていないと言っているが、お宅の子どもがそう訴えるのには事実かそう言いたくなる何かがあったはず、なのでごめんなさいねこれからもよろしくと。相手は直接的な謝罪ではないにせよ、色々思うところもあったと思うがケーキを受け取りありがとうと言った。娘はそれを知って「違うのにママは向こうの言う事を信じた」と泣いて怒ったが、そういうものではない、グレイにして治まるならそうすればいい時があるなどと諭した。でも本当は豊洲の一般的な対応のように「うちはやってません」とガンと撥ね付けた方が良かったのだろうか。このあたりまだ正解がわからなくてもにょもにょしている。それに本当はどうだったのかなんて、本人たちしかわからない。でも「うちはやってない」とガン無視することが正解だとは思わない。色々大変だし不愉快なことがあるとわかっていても、やはり双方で話し合うべきなのだと思う。ただ直接というのはやはり揉めやすいので、第三者を入れるのは正しいと思う。だがそれを学校で起きたことだからと先生の介入を入れるというのは如何なことかと思う。

PTA会長に「父兄間で仲裁する機関をつくりましょう」と言ったけれど、これもやはりどうかと我ながら思った。父兄とかPTAで「いじめ撲滅委員会」をするなら、そういうイベントを企画するのが相応しいと思う。さかなクンを呼んで講演会をしたり、弁護士によるイジメられたら人権を侵害されたらまずやること出来る事、などという勉強会をしたりすればいい。仲裁する人はそういう人を国が育成したらいいのではないか。現に今「仲裁センター」というような機関もあり、弁護士に相談する前に和解を求めて相談にくる人達のための組織がある。こういうのを地区ごとに設けたらいいのではないか。

学校の講演会で「保護司」という仕事があるのを知った。喧嘩やイジメを解決させる「和解士」というような人がいてもいいのではないか。それを暇でランチだお茶だのやっている専業主婦にやってもらえばいい。面倒は避けたいママ友も、役目を与えるとイキイキとやりだす。小学校の役員でもバディの卒業対策委員もそうだったではないか。人は使命を与えられると喜んで仕事をする、だが誰かに無理やりされせられるものはガンとして受け付けないものだ。仕事も勉強も。夫はまだ娘の本心に気付かずガツガツと怒鳴りつけている。もーやだ。というのはまたの機会に一度がっつりと書いてやるとして、そういう「和解させる」人というのは必要だと思う。そうして先生達は本来の仕事である「勉強を教える」をしっかりやってもらう。子どもはイジメに悩むことなくどんどん勉強して貰う、先生も余裕が出来ていい感じに授業がすすむ。いいことだらけではないか。

※朝ごはんを作って食べさせ送り出すのでいったん中断

やれやれ、今朝も息子を泣かせてしまった。そして夫には木製サラダボウルを投げつけた。もう本当に児相も警察も毎日見回りに来て欲しいと思った。息子は集合時間になったので出なさいというと、宿題が終わっていないと泣きだし、ママが朝起こしてくれないからだと八つ当たりしだした。自分の責任じゃないママは夕べ今やらないとあなたは夕飯を食べた後テレビだなんだと遊んでしまってそのまま朝を迎える、そして朝ぼーっと起きて「やってない」とメソメソ泣いて私に当たり散らさないでよといったら大丈夫だと言ったが私の言う通りになった。これは予言でもなんでもない日常のリアルだと言ったら「うるさいケツデカばばあ!」と暴言を吐いて泣きながら出ていった。だからクレヨンしんちゃんは見せたくないのだ。

それから夫はもう今日という今日は、というかもう既に何度か爆発して大地震的喧嘩を繰り返しているが、今日はもうほんっとに怒って絞め殺してやろうかと思った。娘に勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しろ勉強しSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXSAPIXと煩い!

おはようからおやすみまでずっっっと言っている。言っているだけじゃない暴言で罵倒しながら繰り返してずっと言い続けている。もう本当に私が奴を絞殺したとして娘を守るためで致し方ないと署名運動で無罪を勝ち取れるくらいだ。もう本当にいい加減にしろと言いたい。娘はすっかり勉強嫌いになり、いつも手芸や読書、料理などをしている。喜んでするようにしてあげなければだめなのだ。

とういことで私はそのうちどこかからすごいお灸をすえられると思うがまあその時はまずブログねたにして対策はその時考えるとして、やはりそういう「和解士」みたいな役は必要だし早急に自治体で組織化するべきだと思う。そうやって街が平和になれば犯罪も減るし学力も向上する。

また話が逸れたがそういう訳でランチは美味しくて楽しかった。 子どもが早く帰って来てしまうので銀座にしたが、今度は万障繰り合わせて池袋の本格的なお店に連れていってもらうことになっている。そこは本格的調味料の数々を自分でブレンドして鍋のスープを調味できるのだそうだ。すごく美味しそう。絶対行きたい。彼女は友達は多いが同士が欲しいそうで、心当りのある私は早速同じマンションの知り合いを紹介した。同じマンションの人も喜んでくれて、いい事をしたと嬉しくなった。そしてその二人と私の台湾と火鍋大好きな友達4人で今度は行こうということになった。きゃー私ったら社交上手のあのボスママみたいと喜んだが、気になる事がひとつある。

私がママ友に紹介した同じマンションの人は、以前はママ友で家を行き来したりもあったがある時から急に私によそよそしい態度をとるようになった。そう、あのボスママの近くのエリアに住んでいるからだ。何か色々あの人この人に聞いたのだろう。なので同じように私に確認もせずに無視するようになった。多勢に無勢なら多勢につかなければ損、しかも圧倒的な権力を振りかざす側につかねば子どもが仲間外れになると思ったのだろう。

しかもあのボスママ軍団と同じ北小学校というなら無理もない話しかもしれない。北小学校には育休も金八もいる。金髪じゃないので間違えないでほしい。金髪先生は豊洲小学校の元PTA会長で、この人は私の苦労話を自分の経験などもざっくばらんに話して聞いてくれたいい先生、金八先生というのはバディから北小学校にステージを変えて今も誰かをイジメているだろう父兄のひとりで今も下の息子がバディにいる関係でそこでもやってるママで、べたっとした武田鉄矢のような髪型とイジメの数々から私に女金八とあだ名をつけられたゲス子。こうやって考えると金八というのは金髪とまちがえやすいのでやめようと思う。ねずみ男に似ているからねずみ女にしようか。育休もだがこのねずみ女もも本当にイジメが大好きで、呼吸をするようにイジメをしていた。鮫が泳ぎ続けないと死んでしまうというように、イジメをやめたら死ぬと思っているのだろう。

なので最近仲良くなり一緒に仲良く火鍋をつついているママ友が、ある日突然私を無視する人になる危険もあると思った。でもそうならそうで仕方ないと思った。それにそうなったらママ友に友達が増えるということになり、人の幸せは自分の幸せという清く正しい私は何も考えず策もとらずさっさと紹介した。

でも黙ってするのはやはり違う、何より子どもにまた迷惑がかかったら悪いと思って紹介するメールにブログのURL、しかかも「ドラッグでトリップ」の記事のURLを貼っておいた。ブログって本当に便利。読んだか読まないかは知らないが、ともかく4人で本格的な方の火鍋を食べにいくことになった。その時にまた色々ざっくばらんに話せばいいと思う。

はー楽しみ。でも今朝体重計に乗ったら、自分のベスト体重から5キロも太っていた。あの年末年始で忙しくてキリキリしていた時は食事もままならず5キロ痩せて驚いたが、今回も驚いた。肩こりも酷いし私も水泳でもしたい。でも私、運動神経には割と自信があるが、水泳はちょっとどころかだいぶ苦手。まず水が怖いのだ。そうだ、娘がついに「もうプールなんて行きたくない」と言い出した。そうだ、我慢しなくていい、嫌なものは嫌だと言えばいい。我慢していいことなんか何もない。我慢しなくていいように、自分から進んで行けるようにしなければ子どもなら親がしてあげなければ。

京都造形芸術大学の尾池学長が言っていた「環境を整えてあげる」というやつだ。プールというか水泳は最高の美活健活だと思う。出来れば吉永小百合のようにずっと続けて欲しい。このプールバスの娘を仲間外れにする子豚どもをなんとかせねば、多分親は関係ないもうどうしようもないから。先日その親ひとりにバッタリ会ったので話そうと声をかけたら「忙しいから」とさあーっと逃げられてしまった。普通知ってるなら「なんだった?」くらいメールしてこいよと腹が立った。もう私をガン無視すると決めているのだろうあのあたり全員で。

あのね?ブスはね、寄り集まるとブスが目立つんだわ。美人は連れ立つと本当に綺麗で場が華やぐ。だから森三中は受けるし叶姉妹は人気がある。そういうことなんだよブスども、散らばれ。そしてひとりになって私にかかってこい。裁判だってなんだって受けて立ってやる。その代りお前ら白州の元に晒されるし懲戒処分を申請してやる。資生堂やマナラだってもっと企業イメージが悪くなる。なので寄って集ってコソコソちらちらニヤニヤしている。本当に卑怯な奴ら。そんな奴らか関わっている会社の化粧品なんかで綺麗になれないよ。あいつらの育休だの福利厚生にお金払うなんって本当に馬鹿馬鹿しい。

火鍋を一緒に食べたママ友がブルガリ本店を一緒に冷やかしながら言っていた。セレブと金持ちは違うと。そうだ、あいつらセレブじゃない、ただのいじめ好きなダサい金持ち。「美」という文字から最も遠い顔と行いをしながら美の元だと嘘ついて化粧品販売という熊手システムでお金をむしり取る詐欺師だ。もー本当どうしようもないブスブス軍団。緒方貞子、美智子妃、アウンサンスーチーを見習え、ホンモノのセレブはイジメなんかしない人々を救うことに喜びを見出している。 私はあの人にもあだ名をつけている。「金持ちホクロ」だ。私って本当にあだ名をつける天才というかなんというか、有吉なんかに負けないよ。それにしても本当にそろそろ吊し上げられそうな気がする。なんだかまた面白い展開になりそうな。

そういう訳でいつもの長さになりしかもまた大噴火してしまった。今日は家でおとなしく課題やります。


【今日の小確幸】

息子や娘に「人生はチョコレートボックス」だと力説してわかってもらえたのではないかと思ったこと。何が出てくるかわからないから面白いのだ。

女装が決まったせいか話は割とうまく行った。従兄のTくんも最初は「はあ、またその話ですか」などという雰囲気だったが、諦めないと決めた私は話の流れがサラサラするまで様々な方向からTくんを責めた。するとだんだん明るい顔になり、「うん、参考にするよ」と聖路加国際病院レジデンスのパンフレットを持ち帰っていった。話しというのは叔父を、いわゆる富裕層向け老人専用マンションに入居させたらどうだと打診したのだ。私が初めておずおずと従兄に言った時、「順番待ちでなかなか空かない」というので、何処もそういうものかと思っていた。でも色々なところに電話して聞いたところそれは健保などを使える安い施設で、一般的なもの、保険のきかない有料な聖路加のようなところは2~3年待ちになり、でも地方のそういう所は、今もすぐ空いているというところもあった。なんだかんだ、世の中最後までお金なんだなと思った。 

※鯛のカルパッチョサラダ

老後のための蓄えというのは本当に必要なのだとひしひしと感じてしまった。夫などは自分がどうなっても例えのたれ死んでも子ども達を大学院に行かせてやりたい理系は大学院まで行かなければというが、私はちょっと違う考えでいる。確かに勉強は大切だが、最後はどう生きるかということで、いつまでも親罹りで何かしていては自立が遅れると思っている。なので大学に入学したら四年間分のお金くらいはあれば出すが、これ以上もうお金出せないから、あとは結婚も何もかも自分でやってと言うつもりでいる。あの僕ちゃんをどう説得しようかと悩んでいるが、少しずつ慣らせていけばいいような気もする。そんな訳でまた脱線したが、従兄とのランチの話。従兄にお金が惜しくて叔父をあんな風にマンション住まわせているんじゃないのとぶっちゃけた。マンションは売ればお金になるが、施設に入居させれば家賃ならお金はかえってこない。もしそんな不埒な考えを従兄が持っているなら、叔父に世話になった恩で違うところに住ませてあげてと従兄に凄むつもりでいた。でも違った。 

※レジデンスのお値段

従兄はあははと笑い、「お金は親父も僕も困っていないからそのくらいはあるよ。でも親父に話したらここでいいなんて言うからさ」なんて言っていた。余裕のある人は違うわと嬉しくなった。それにやっぱり叔父の息子だけある、なんていうか本当の心のゆとりが何かとか人間の本質を大切にするDNAの末裔だと思った。でもさすがに聖路加レジデンスの一番狭い部屋で2臆というのを見るとぎょっとしていた。聖路加の人間ドッグにお金持ちそうな夫婦を何組か見かけたと以前書いたが、やっぱりレジデンスの居住者だと思った。入居前に聖路加人間ドックで検診を受ける必要があるのだそうだ。そうして自立できる健康な年よりでないと入れないのだという。そういう事前検診の方々もいらしたかもしれない。

※美味しそ

「そしたら入居して一ヶ月くらいで立てなくなったらどうなりますか」というと、怪我などは仕方ないですが、検診で2~3年以上健康でいられないと判断すれば入居はお断りします。ということだった。介護施設や老人施設との違いがやっとわかった。順番待ちは健保の老人ホームでしょう、私が言っているのはそうじゃない、叔父が借金など求められない富裕層の中で老いを楽しむべきなのだと言うと、従兄はフムという顔をした。

※もっと高い品々もあった。三越の価格設定は私的にはわけわかめだか、ちゃんと適正な値段ばかりだと思う。

それに比べて有馬稲子さんのところは割と高くない。これなら今のマンションを売ればお釣りがくるだろう。「叔父さん、寂しい寂しいっていつも言っているよ。こんな所に越してこなければ良かった、yokoのところに早く行きたいもう生きたくないって」というと、「僕にはそんな事言わないよ」と信じられないという風に言う。息子に弱音を見せたくないんだろう、私は関係ない姪だから言えるのではなどと、そこから私は結構叔父にお金を使っている、正月もしゃぶしゃぶで豪勢に食べた時はご馳走になったが、あとは食べる者から飲むもの様々細々したものは全部私もちだったという話をした。Tくんの嫁がいきなり来て「何上がり込んでるのよ、なんかねだりに来たんじゃない」という目でジロジロ見られた時は腹が立った。なのでその時の経緯をTくんに話したのだ。私は何か買ってやろうと言われても買って貰わないよ、でないと叔父さん可愛そうじゃない。俺にじゃなくてお金が欲しくて来たと思ったら楽しくないじゃない、だから時々はランチも私が出すと。

※どれも全部お代わり下さい

するとTくんは明後日の方向から私を叱りだした。だいたい年末年始という家族揃わないといけない大切な時に叔父さんの家で年越ししかも専業主婦ふたりというのは何をやっているの。しかもお金まで持ち出してくれたなんて困るよ、僕の面子も立たないし親父は何をしているんだと渡鬼のえなりくんが言いそうなセリフをいうので、違う違う叔父さんは帰りに分厚い封筒をくれようとしたけれど、私が断っただけだからと言った。

そんなこんなああでもない、こうでもないと話しながら食べるランチは美味しくて楽しかった。Tくん、本当は名前の後ろに子どもの頃の癖でちゃんを付けて呼ぶのだが、紛らわしいのでブログではくんと書いている。場所はコレド室町、最初コレド日本橋だと勘違いして朝、焦ったが、約束の1分前にはなんとかたどり着いた。女はデートには決して遅刻してはいけない。今日は従兄弟なのでデートではないが、叔父を有馬稲子さんのホームにいれてくれとねだるのである意味おねだりデートといえよう。なんか遅れて来れば価値が上がると勘違いしているブスが多いが、そんなんで上玉はゲット出来ないよ。

今日のランチは「ざくろ」というしゃぶしゃぶの店で、ランチはプリフィクスでメインを6品のうちから3品も選べ、今日は筍ご飯がありそれと共に頂く。ランチでも予約できるからここにしたと言われ、さすがだわと偉そうに感心した。汁ものは赤だし味噌汁。何故高級和食店は赤だしなのかというと、尾張三英傑が名古屋出身だったので、江戸でも料理人は英傑の故郷の赤みそで料理を作っていたらしい。その名残で寿司とか天ぷらとか懐石料理には必ず赤だしが出るのだ。エビフライばかり食べるとかみゃーみゃー言うというのはタモリの言う通りかもしれないが、天下人を生み出した尾張名古屋は城だけじゃないよ。

私が実家にいて弁当が必要な高校生の頃、朝ごはんには2日に1回くらいの割合でエビフライが出ていた。それを朝ごはんにも食べ、弁当にも詰め、しょっちゅうエビフライを食べていた。だって好きなんだものありがとうママン。また話が飛んだが、ざくろのランチは本当に本当に本当に美味しかった。筍ご飯はお代わりした。おかずが美味しそうだから白いご飯にしようと思ったが、筍にして正解だった。私だけグラスビールを頂いて、ほんわかしたところで従兄は仕事に戻っていった。帰りに「三越寄るんでしょ」などと笑われたので「うん、ちょっとだけお買い物しようかな、なんて」と答えておいた。私は値段の高いデパートなどで買い物などしない。三越に行くのは綺麗なものを見るためと、無料でお茶が飲めるお得意様サロンに行くためだ。でも従兄に「いい所にお嫁にいって、相変わらず可愛くて女の子らしいなあ。今日はやっぱり買い物のついでか」などと思って貰いたいと思ったのだ。本当は違うけれど。最近はお金で苦労しだした。でもお金がないならないで、あるもので暮らせばいいだけ。家族が足るを知るいい機会だと思う。

※お得意様サロンでお茶。今日は卯月会のせいでお菓子も簡素

男は自分が想像した通りの答えが返ってくると嬉しい生き物、でもたまにはチラッと違うところを見せるともっと喜ぶのだ。男心がわかるようになった頃には現役引退とは寂しいが、まあ私にはお猿ちゃんもいるし私の子悪魔スキルを伝授する娘もいる。娘はあまり美人ではないが、スタイルがとてもいい。背は私より低いがもう同じサイズのデニムを履いている。足の長さは私と同じようなのだ。ちょいブスでスタイルがいい女の人が一番モテると思う、しかも頭が良くて気が強いなんて、何処かのツンデレ漫画の主人公みたいだ。

※今日は会のため相すみません珈琲は自販機でと言われた全部無料。マイクロソフトみたい、でもMicrosoft の自販機にあったコーンスープがない。

でも私、「男はチョロイ」などと偉そうに書いたが、男が私に向けてくれる恋心というのはさっぱりわからない。天然ぶっこいてんじゃねーよババアと思われるかもしれないが、本当にそうなのだ。なのであれもこれもどれも今更そんな事を言われても、などと思ってしまう。だけどそれはそれでよかったのではないかと思う。三越に行ったら今日は卯月会だった。4月だから卯月会、来月は5月だから皐月会、三越は毎月一回こういう会を設けている。何をするかというと、お得意様というかお帳場会員に向けて記念品を配るのだ。毎月何かしらの名店の小菓子を三越の小さな手提げに入れて恭しく渡す。そうすると忽ちお帳場担当の店員が登場し、何々様いつもお世話になりましてなどとぺこぺこして何かを買わせるのだ。こんなセレブごっこをさせて貰えるのは夫と結婚したからで、やはり夫で良かったとここに来るたび思う。子ども達のランドセルはここで買った。無駄遣いの具象みたいな姑にお帳場担当者がふたりとか三人くらいわらわらと来て、何々様、いつもいつも本当にありがとうございますなどと挨拶をし、子ども達にまで恭しき扱いだった。豊洲では私のせいで無視されイジメられ仲間はずれにされるが、ここではプリンスとプリンセスのように恭しく挨拶される。もちろん日ごろの姑の散財のせいだが、三越さんというのは本当に大したものだと思う。

私は三越で買い物をしないが、没落貴族の姑はここで買い物をするのが大好き。夫の実家に行けばこういう会で買った品々をたまに見かける。三越ほど買い物の楽しいところがあるだろうか。今日は催事場でイタリアフェアをやっていた。オリーブやチーズサラミなど様々な店が並び、食べろ食べろと全部の店がつまようじで刺したものを差し出す。つまみになりそうなものを順番に食べて美味しい美味しいと言うだけだが、誰も嫌な顔をしないしこれもどうだとまた差し出されたりする。一体三越の社員教育の素晴らしさといったら、こうした出店者にまで教育が行き届いているのだろうとか。買わない人がいても変な顔をしないで、いつも笑顔で丁寧に。ディズニーのすごい接客10とかサイトでみるが、三越は特に日本橋はもっとすごいよ。全くそれに比べて豊洲ときたら、誰も彼もが変な怒った顔で私を見る。全員三越で再教育された方がいいんじゃないかと思う。チョコレートやケーキなどは好きじゃないのでスル―してエレベータに急ぐ。

※一体何年かかったのか

早く帰らないとお猿ちゃんが帰って来てしまう。げんきっずに行きたがらないといっても息子だけでない、誰に聞いてもうちも行ってくれないなどと嘆いているのでまあいいだろう。多分自由に遊びたいだけだろう。そんな事を考えていると、カメオ職人がカメオを彫っている。大ぶりの大きなカメオが小さくみえるくらい大きな男の人で、小さなノミで丁寧にこれまた小さなモチーフを彫っている。

※手も大きかった

初めてみたので感激して「ワンダフル」とか「ビューティフル」などと知っている限りの英語の褒め言葉を並べると、イタリア語だが色々説明してくれてあれもこれもと見せてくれる。すると眼鏡の女性店員が現れ、日本語で色々説明してくれた。カメオは貝を拍子木のような木に張り付けて、それをぐっと握りしめて先の貝を小さな彫刻刀のようなノミで丁寧に模様を彫っていく。貝を木に接着するのは松ヤニなどの天然なもの。私は日本画の膠(にかわ)を思い出して、やはり伝統工芸品は自然の力を利用したものばかりと嬉しくなった。もうもう本当に綺麗で可愛らしい作品ばかりで、心臓を貫かれてしまった。店員さんは小さめの作品をいくつもいくつも取りだしてすすめてくる。

※バシャバシャ撮っても誰も怒らない。何故なら何も買わないが一応お帳場会員だから。

女装用に小奇麗でシックな三越、それも日本橋三越にピッタリな有閑マダムルックで来たので押せば何か買うと思ったのだろう。でもごめんなさい私お金持ちじゃないからと思いつつ、いくつもいくつも観賞させてもらった。みているうちに値段も一番低いランクの小さな作品がすごく気に行ってしまった。

※欲しいけど我慢

小さな天使が彫られた丸いカメオの作品で、四隅にささやかそうに小さなパールがついている。ペンダントトップらしくトップにチェーンを通すリングがついているが、ブローチや帯留めに加工しても良さそう。夫にねだれば買ってくれそうな手が届きそうな値段。でも現実的に考えると、カメオのネックレスなどしないと思うし、ブローチならするかもしれないがそんなもの付けて行くところもない。それに買うなら左手の薬指のリングだろう。色々迷ってしまいまだ買えないでいる。カメオは見るだけで嬉しいかもしれないが、高知のためにお金を残さないといけない。はっと気付くと時間が30分も経っているのに気が付き。また来ますからとエレベーターに飛び乗り今度こそ地下鉄に乗った。

※このフロアが一番好き

半蔵門線から永田町経由で豊洲に戻ると、「永田町にいた?似た人をみた」とママ友からメールが入った。「いたよ、コレド室町でランチの帰り」というと、「すごーい、声かければ良かった」と返ってくるので、「ブログのアクセス数みてたから下向いていた。久々にランチ行こう」といえば「行こう行こう」と返事がきて、ママ友ゼロという割によく色々なママ友と出かけているじゃないのと思ったりした。手帳をみて、来週は既にランチの予定が入っていて、「ランチは一週間2日に1回まで」と戒めていたママ友界にデビューしたばかりの鉄の掟を思い出した。※昔のカレンダーをみたら2日に1回までと書いてあった。NOと言えないのもいい加減にしてと昔の私を叱った。

娘がバディに入る前のあの頃、いつもいつも誰かと連れ立ってランチだの公園だのに行っていた。あまりに誘われるので節約と美容と健康のためにランチは週に一回までと決めていた。外食ばかりでは健康を損なうし美貌にも影響が出る、それにお金が勿体ないと思ったのだ。なんだかんだ出かけたりして、いつの間にか寂しい気持ちはさっぱり消えてしまった。小さな赤ちゃんを連れている若いお母さんを見ると、色々大変だけれど大丈夫だよ、きっとすぐまた自由な時がくるから、だから頑張ってと声をかけたくなる。まあその話は置いておいて今日の話。今日は女装がすごく上手くいっていい予感もしていたのだ。

従兄とも仲違いすることなく話が出来て良かった。女装が上手く行った時の私はちょっとすごいと我ながら思う。だいたい美人に変身する時に施す化粧からして、美大生としての力を発揮する。美人に変身するのは顔に美人の絵を描けばいいのだ。実家にいたころ私が化粧O始めると、すごいわあ、お姉ちゃんって絵が上手いもんねと母や妹たちが集まって来て、私の化粧をしげしげと眺めていた。元のパーツを無視して描くのが肝心、ちょっと目を大きくとか、唇を厚くみせるようにとか全く関係ない、ただ思い描く美人を顔の上に描いていく、すると美人が出来上がる。

そうして先日同窓会に来ていったスタイル一式で出かけた。あの時はGUの2480円のホワイトデニムが990円、トレンドのシックなミントグリーンロングカーディガンこれも2480円が1990円の限定価格のものを買った。ストールは某ファミリーセールで買った10,000円くらいが2,000円になったもの、靴は実家の近くにあると友達が教えてくれたなんとかOFFというブックオフの衣料版みたいな店で買った800円のパンプス。履いていったものは砂丘でボロボロになってしまい困っていたのだ、助かったわあ。そんな出で立ちですらりと玄関を出れば、あんなぐちゃぐちゃな部屋から出てきたとは思えない淑女。掃き溜めに鶴というけれど、掃き溜めから鶴という新しい諺を流行らせたらどうかと思ったり。でも受験で子ども達が間違えるといけないから言うのはやめよう。

エレベーターで乗り合わせた近所の人ははっという顔で上から下までジロジロ私をみた。誰かと思った、何処に行くのよと言いたげだったし、道のおっさんは唖然とした顔で私をみて、自転車のママ友はいつまでもいつまでも私をみるので電柱にぶつかりそうになっていた。女装が決まる、こんな嬉しいことはない。みよ、この完璧さ。銀座で奥さん怪しいものじゃないのでお茶しませんかとか、部屋を借りるので通いに来てくださいとか、トロフィーの数々を見せたいから部屋に来てよというブラジル帰りのサッカー小僧とか色々が声をかけたくなるはずだわと思う。自分で言うのもなんだが私はそんなに美人ではない、でもなんとなく美人でちょっとなんかすれば手が届きそうな感じが受けるのではないかと思う。なので娘はきっと将来モテるだろうと思う。女装のやり方とかノウハウは、また別の記事に書いてみたいと思う。

「ゆり子の女装の秘密」とか「キャナリーゼの婚活指南」なんて本を出してみたいものだと思う。きっと売れるよ。それで高知での生活の資金にしたいと思う。「来年から高知に行くから叔父さんをみてあげられなくなる」とも従兄に言ったら、転勤だと勘違いされ、私と息子だけと言っても全然信用てくれなかった。普通は二年か三年じゃないとか、学校は休学するのとか妙なことばかり言っていた。最後までわからなかったようだけれど、まあいなくなるということはわかってくれたからいいだろう。今日も楽しい一日だった。息子の帰りにも間に合い、ゲームで喧嘩になったが私は折れなかった。こういうもので時間を潰して欲しくない。子どもの頃の時間はほんの少し、大人になってからの人生は長く果てしない。その長く果てしない時間を充実させるためには、もっと違う何かを感じたり考えたりして欲しいのだ。

そういう意味でも高知は最高なのだと思う。だいたいあの青春18切符もそう、長いたいくつな列車の中で、息子は様々な遊びを自分で考え楽しんでいた。ゆっくり流れる富士山をみて感激したり、大きな仏像に驚いたり海に喜んだり川沿いのブルーシートのテントに驚いたり。ゲームをみていたら全部見られなかっただろう。なので私はゲームは好きじゃないのだ。やらないと仲間外れになるんじゃないとママ友は心配していたが、そういうグループには仲間外れにして貰った方がいいくらいだ。でも息子は逞しく友達を作り、様々な話を楽しそうにしていた。学校から帰る息子達がいたので、そっと様子を伺ったのだ。5人くらいのグループでわいわいと楽しそうに帰る息子をみて安心した。

でも油断は禁物だよ。あいつら絶対また何か仕掛けてくるに決まっている、もう既に新たな噂流して私を村八分にまたさせよう警報発令をしているかもしれない。もう絶対に油断しないあの人もこの人もこの子達も。娘はお腹が痛くてプールに行きたくないというので休ませた。学校にちゃんと行ってくれるだけで御の字と思っているので習い事などどうでもよい。嫌なところは行かなくてもいいのだ例えそれが学校でも。また子どもの話になってしまった。今日はこれまで明日またランチに出掛ける予定があり、明日分の記事をアップしたい。これで6,756字。今朝の分と合わせると1万字以上になる。高知に行ったらどこかとタイアップして「キャナリーゼだけれど高地日記」というのを書かせてくれないだろうか。

毎日5千字書いて画像は5枚以上、求められれば10枚くらいは載せられる。高地にはジャパネットタカタのコールセンターはなかった。もうブログで稼ぐしかないと思っている。まだ8ヶ月あるから何処か探してみようと思う。月に20万円、家賃抜きなら10万円くらいで生活できるのではないだろうか、車も軽でいいからやはり必要、これは尊師イケダハヤト氏が言っていた。家は公団にしようと思っている。一軒家も沢山余っているようだが防犯上どうかと思う。この話はまたよく考えたい。今日の女装のイメージは往年の美人女優、有馬稲子でと変身した。従兄にも有馬稲子、有馬稲子と100回は言っただろう。大事なことは何度でも言う。叔父は有馬稲子と友達になれるだろうか。有馬稲子のホームの話をしたら、結構興味がありそうな感じだった。何回も繰り返し話したらいけるかも。何回も話せば実現するというやつ、これもボスママがやっていたので倣ってみた。イジメられていただけではないというか、転んでもタダでは起きたくないと思っている。見とけよ。


【今日の小確幸】

女装が上手く行った。従兄のT樹ちゃんにはこのブログの存在は内緒。教えたら叩くよ。

アイスクリーム無料DAYの記事を書こうと手帳をみると、「二宮金次郎が偉いというけれど、あれは歩きスマホでは」とメモ書きしてあった。何か記事にするつもりで書いたのかもしれない。確かに「ながらスマホ」は絶対危ないしよくない。二宮金次郎は見習うべきものとあちらこちらで銅像があるけれど、今はダメなNO.1なのではないだろうか。勉強は大切だが、歩きスマホは命を落とすかもしれない危険を伴う。運転中にみていたばかりに事故となったケースも色々あるではないか。車はカーで、カーといえば豊洲ではベビーカーがとても多い。ベビーカーを押しながらスマホをみているお母さんもとても多いのだ。ここまで書いて検索したら、もうそういう発見があり、学校から順次撤去されているそう。英雄も時代が代わればただのマナーの悪い小僧になる。都合のいい時は持ち上げて悪くなると落とす、人間は残酷な生き物だとつくづく思う。

大切なものを乗せたベビーカーを押しながらでも「スマホから目が離せない」というのは、それだけ孤独を抱えているお母さんが多いのだろう。ベビーカーが必要な頃のお母さんというのは、人生のうちで一番孤独を抱える時なのだ。特にこういうあちらこちらの田舎者が昔から東京人だと言い張る人々で膨れ上がった街は、特にそうなのだと思う。知り合いも友達も親戚も誰もいない、夫婦に子どもが生まれれば当然のようにお母さんが家に子どもと二人きりで残される。家を出ればママ友達が群れを作りきゃっきゃやっていて、自分だけひとりのように感じてしまう。やっと出来たママ友と仲良くすれば、ほんの小さなきっかけで昨日の味方は今日は敵になったり。どーすればいいのよと思ってイライラとして、八つ当たりする先は子どもしかいない。豊洲は児童虐待の通報が増えてきたと児相の人がいっていた。人口が増えたせいもあるが、こうした状況も原因のひとつなのではないか。

そしてママ友グループなどでたまたまボスをしている人が、地域を司るようなボスママのキングのような人なら地域全体からつまはじきにされ、村八分状態になる。こうして書いていると私は本当にしつこい性格だと思う。楽しかったこと嬉しかったことはさあっと忘れてしまうし、滅多に思い出さない。でもイジメられたとか嫌な事はいつまでもいつまでも覚えていて、そして何度も思い返す。こうしてブログに何度も書いたりして、あの辺りの人達はいじめる人を間違えたと思っているかもしれない。なんの取り柄も庇護もないほわほわっとした気の弱そうなお母さん、みんなでイジメてやりましょうよなどと思ったのだろう。それがこんな。でも私は書くことで精神的にすっきりしたのか、あまり子ども達にも当たり散らさずに済んでいる夫はごめんよ。 

さて、話を本題に移す。いい話なのでさらっと書きたい。嫌な事は丁寧に黄色い壁のマチエールがわけわかめになる程細かく長くいつまでもべらべらべらべらと書くが、嬉しい話はちらっと書いて終わる。別にこうしようとか、そうした方がいいとか決めている訳ではない。多分私の「仕様」なのだろう。この「仕様」という言葉は勿論マイクロソフトで学んだのだが、本当に便利な言葉だと思う。そう言われればそうですかとしか返せない。でもこの回答を書いてクライアントに送ったらすごいクレームが飛んできた。そこから最高峰サポート軍団の精鋭達に再教育された。これがまあ驚く程頭のいいキレッキレの方々だが、心根は優しく素晴らしい人格者たちだった。そうでしたそうでした、色々思い出すなあ。「仕様」を使っていいのは無料サポートまでで、課金が発生すると根拠と証拠、情報を開示せねばならない。

それはまた何かで書くとして、アイスクリーム無料DAYは思った以上にエキサイティングでウォーミングで楽しくて美味しかった。昨日は一日色々なことがありすぎて、書きたいことがたくさんあるがこれに絞りたい。でもざっと書くとこんな感じ。

ブログを書いて家事をしていると正午過ぎてしまった。慌てて13時で閉まる皮膚科に行きシナールとトランサミン酸をもらう。いつもは殺人的な混みこみ病院だが、珍しく暇そうな先生と美容談義。新たな秘密兵器を教えられ早速実践。帰る途中で白鵬のクリアファイルが貰えるというマクドナルドにふらふらと入る。白鵬クリアファイルがどーしても欲しかったのだ。ビッグメガだかそういうウルトラマックスなボリュームのハンバーガーのセットを買わないと貰えないのでそれを注文して頑張って食べきった。帰りにゴミを捨てようとみると、そのクリアファイルが捨ててありそっと拾った。やった、二枚ゲット!とほくほくと帰ると息子がいて、手つかずで持ち帰ったセットのポテトを食べさせ塾や学校の宿題をさせてららぽーと豊洲に行った。もちろん目的は無料のアイスクリーム。でも何もなく終わるわけはなく、やはり事件は起き、いつもの通り息子とはぐれたのだ。アイスクリームの行列は、店の前でとぐろを巻き、そこから長い長い長い行列はセンターポート内でも四角く並ばされ、更に外まで続いていた。ららぽーとでこんな行列をみたのは初めてだった。無料というと人はこんなにも集まるのだと思った。感心している場合ではない、息子を探さねば、早く並んで食べて塾に連れていかなくては。あと1時間半しかない、時間切れになりそう。

何人か顔見知りの人がいて、そういう人達は多分聞けば教えてくれるが大概微妙な対応もされる。なので普通は自力で探すのだが、今日は塾の時間が迫っている。焦りながら何人もの人に息子を見なかったかと聞いてみた。すると誰もが笑顔で「あそこでみた」だの「こっちへ走っていった」などと教えてくれるではないか。笑顔で普通に。驚きつつもお礼を言って息子を探し続けた。すると一緒にミュージカルを習っている子どもとお母さんがいた。図々しく後ろに並ばせてくれというと、一瞬ぎょっとした雰囲気だったがいいよと言ってくれる。こういうお願いはこそこそせずに堂々とさも当然のように言うということ、私はあのボスママさんを見ていつも感心していたのだ。なので倣ってみたのだ。息子は外の行列の一番後ろにちゃんと並んでいたらしい。それを勘違いして「そっちのアイスクリーム屋じゃない、えっ?外で並んでいる?だから違うって」などと電話でわーわー怒っていたのだ。ららぽーとにアイスクリーム屋はたくさんある。今は無くなったがキッザニア前のジェラートが息子はお気に入りで、そこに行ってしまったと思ったのだ。でも違った。

わーわー怒る私に電話で怒り返しながら登場した息子とともに並ばせてもらい、アイスクリームは30分ほどで食べられた。BEN&JERRY私は初めて食べたが本当に美味しかった。PRESSの人に色々聞いた時にも言ったが、私はアイスクリームは好きじゃない。冷たくて甘くて歯にしみるからだ。それに糖分はワインで足りてるせいか、甘いものは美味しいと思えないのだ。でもそこで食べたチェリーガルシアというアイスクリームは、口の中にふわああっとチェリーがきて牛が渾身の力で絞り出したような乳脂がそれを包み込んだ。アイスクリームってこんなに美味しいんだとびっくりした。息子の食べたチョコレートファッジブラウニーはそれ程でもなく「うん、ふつう!」という感じだったのでフレーバーが合っただけなのかもしれない。でも本当に美味しくて、もう一度食べたいと思えるアイスクリームはこれだけかもしれない。他も全部味見したいと思った。

さくっと並んで食べた後は意外に時間が余った。入れてくれたお母さん達に「今度何かで絶対」などと謝り、いいよいいよと笑顔でかえされ急に図々しい自分が恥ずかしくなった。だってボスママの真似などしてしまったのだから。でもこうやってなんでも意のままにしていたあの人達、恥ずかしいなんて思わなかっただろうなとちらっと思った。そしてもうしないと誓った、だってやっぱり駄目でしょう。いくら息子の塾の時間が迫っていたとしても。そんな風にズルをして食べたアイスクリームだが、最高の味だと思った。背の高い外国人男性ふたりとモデルのような可愛らしい日本女性がなにやら写真をとったりごそごそしている。いつもの好奇心で何をしているのかと聞くと「写真をとってます」などと普通にかえってきた。「プレスでしょう、プレスの人っていうのはモデルみたいな人が多いものね」などと林真理子の小説で読んだ知識をひけらかしながら、あれこれと聞いた後に私の妄想も話した。

 
※PRESSのお姉さんとカッコイイ外人のお兄さん達。どう見ても顔採用だろうと思った。

息子はアメリカに行くアメリカの大学に行くといつからか言うようになった。アメリカの大学に行くというのは私が教えた。アメリカに行くならただ行くじゃだめ、勉強にいきなさいそれも然るべき人や機関からお金を出して貰ってと言っている。勉強を頑張ればバカボンのはじめちゃんのように、偉い先生がお金を出してあげるからいらっしゃいと言ってくれるだろう。うちはお金がないからアメリカに行かせてあげられないいし、ワーホリみたいなもので行きたいなんて言ったら許さないよ、道はバカボンのはじめちゃん作戦しかないなどと、くどくどと何度も言っている。そのせいだと思うが、そういう訳で息子の夢はアメリカの大学にいって何か研究をすることになっている。そうなると当然仕事も向こうでするだろうし、結婚も暮らしもアメリカということになる。私は英語が苦手だし、ずっとキャナリーゼでい続ける為に豊洲にずっと住み続けるだろう。そうなると離れ離れで年に一度会えるかどうかだと思う。とても寂しいし哀しいのだが、息子の夢は応援してやりたい。

時は過ぎ、息子は奥さん子どもと共にアメリカのBEN&JERRYのフリーコーンデーに並ぶだろう。私も同じように豊洲の店で並んでアイスを食べる。そこでFacetime かSkypeなどで話ながら一緒にアイスを食べるのだ。「ママはまたチェリーガルシアか」「そんなあなたは相かわらずチョコレートファッジブラウニーでしょう」「ううん、違うよ今年はフィッシュフードにした」「ほら結局チョコレートじゃない。そういえば初めて食べた時もふたつで迷ってた」などと話していると、「ハアイ」と嫁が横入りで話しかける。「ジェニファーさん、たまには顔を見せて頂戴よ」と言うと、「あら先日も行ったばかりじゃないですか、来年はエリザベスの受験が始まるから行けないかも」などと英語で答えるが、私は英語はわからないわあ「I'm sorry. I'm aflaid, I can not speak english enought.」と馬鹿のひとつ覚えのセリフをつぶやく。すると今度は孫のエリザベスちゃん、多分ベスちゃんとあだ名で呼ぶと思う。ベスが「グランマ元気?」などと話しかければ英語音痴はどこへやら。べらべらべらべらと話だし、「来年はいけないかも」などという孫の言葉を遮り、「今度来たら歌舞伎をみにいきましょう。すごくグレートでワンダフルで楽しいわよ。おばあちゃんが奢るわ」などと言えば「わーい、絶対行く。友達に自慢する」などと最高の笑顔にほくほくし、「どうだ嫁お前も見たいだろう。ならば早く来い」などとニヤニヤするのだ。姑と嫁は国が違えどやはりこんな感じなのではないだろうか。BEN&JERRYYのアイスクリーム無料、FREE CONE DAY!は、世界中の店で同時開催されるそう。これを聞いて妄想を膨らませた私は、また話をひとつ考えたのだ。

これを話すとPRESSのお姉さんは「素敵ですね」とにっこり笑った。多分、本当に思ってくれたのだと思う。目をキラキラさせて喜んでくれたのだ。息子もこの話は気にいってくれたようで、よーしアメリカでも並ぶなどとはしゃいでいた。 私の妄想は時には人々を幸せな気持ちにさせることもある。今日はいい方にうまくいったよう。

そもそもこのイベント、ベンとジェリーが1978年にお店をオープンさせ、一周年記念から地元の人への感謝の気持ちからはじめたものだそう。 それをずっと37年間も続けていてすごいと思った。販売戦略的にもとてもいいものだと思う。だたに吊られて食べてみれば、美味しいといってたちまちファンも増えるしこうして私はブログに書く。人は無料というものが大好きで、それらは大概くだらないものばかりだが、こんな美味しくて素敵なストーリーに巡り逢えることもある。おまけに私の妄想作品もひとつ増えた。実現しないかもしれないし、フリーコーンデーがなくなるかもしれない。でもそうなったらどんなに素敵だろうと思い続ければたいがいは叶うような気がする。息子は英語の教室が大好き、英語はまだ今一だけれど、いつか開花するのではないだろうか。そしてアメリカと豊洲で同時にアイスクリームを食べるのではないだろうか。

なんて素敵で美味しいBEN&JERRY。私はもう多分ここでしかアイスクリームは食べない。来年のフリーデーにも絶対並びたい、そしてアメリカ豊洲で同時にアイスを食べる夢を息子と語たい。慎弥も来ればよかったのに。誘っていないけれど。

そしてBEN&JERRYの魔法が、豊洲にも降りかかったのかもしれないと思った。普段は私をみると避けるか嫌な顔をする近所の人々が、みんないい笑顔で挨拶してくれて答えてくれて、横入りを許してくれたごめんなさい。夢をみているんじゃないかと思った。BEN&JERRYの無料アイスクリームに、皆がご機嫌になったのではないだろうか。牛もご機嫌でダンスをしていた。「ブログに乗せていいかと聞くと、キメキメポーズをしてくれて、なんて素敵で楽しい一日なのだろう、何もかもが嬉しい日になった。「夢なら覚めないで」なんてキラキラシンデレラに脳内変換された私が祈った。王子様、私はここにいますよ。お城も馬車もドレスもいらないけれど、文学賞を何か頂戴ね。 


※ご機嫌な牛


 
※19時頃も相変わらずの長蛇の列でこの後ろまでずっと続いていた。昼食べたから夜は食べていない、ひとり一個づつ。
 
※息子と妄想を語りながら食べたアイスクリーム

そういえば、BEN&JERRYの列で並んだ時、後ろにベビーカーのお母さんがいて色々話した。赤ちゃんは六カ月の男の子、すっごく可愛くて萌え萌えしてしまった。先輩ママと思ってくれるのか色々聞いてくれて「男の子の方が可愛いに決まってるじゃない」「もー何が大変って二人目になるとわけわかめよ」などとぶっちゃけた。ママ友の話はブログを読んで貰おうと小さな鹿のチラシを渡した。読んでくれただろうか、そして辛いことがあったら私だけじゃないと思ってくれるだろうか。大丈夫だから頑張ってネ、なんて。


【今日の小確幸】

スケジュールがバッティングしているのに気付いたこと。最近よくやってしまう、気を付けたい。 



※この看板にやられて店に吸い込まれた



※ほらね二枚♡♡


レシピという程でもないが、書いてアップ。料理が好きだといいながら、如何に簡単に美味しく作るかをいつも考えている。何もかも目分量なので味も決まらない。でも手作りはやはり美味しい。たまに出来合いや冷凍食品を買ったりするが、やはり美味しくない。正直ファミチキもわたし的には変な味だと思っているが、子どもや夫は喜んで食べている。ファミチキってあの味だよなあと思っていたが、やはりそうらしい。ということで、レシピを書いた。

料理の名前は、『ほぼファミチキ』。からあげ粉を大量に使うので塩分過剰かと思うが、子どもがたくさん食べてくれるのでよしとする。今は身体を大きくすることが最優先。特に息子は小さいので、たくさん食べて欲しい。これ好き!などと言われると嬉しくて、そればかり作ってしまう。しばらくすると「もう好きじゃない」などと言われて悲しくなる。今回のこれはほどほどに作ろうと思う。

※これにあの粉をたっぷりまぶす。写真はまぶす前。

今写真で気付いたが、チラシの裏ではなく表が中側になってる。その前にチラシなんか使わないとか、「不潔」とか「ズボラ」とか「躾が悪い」などと言われるのだろうか。でも肉は安心安全たつみチェーンのもの。出所の正しい美味しい肉だ。私はそちらの方がうんと気になるたち。人それぞれという事でよろしくお願いします。


【今日の小確幸】

今夜は女子会。楽しみ!

今朝9時までの締切だった仕事を朝の3時から片付けた。本来ならこれで完了している時期なのだが、あと2件残っている。その数日後にもあと2件。どうもやはりブログが原因で他のタスクが滞ってしまう。これからはあまり濃くしないでサラッと書きたい。と、確か以前にも書いたが出来ていない。私はブログが好きなんだと思う。つい時間を忘れて書いてしまう。 

ブログ書きを控えて小説や課題をやりたいと言ったら、好きなことは続けるべきなどと学友が言った。アジアフォーラムの帰りに立ち寄った、寿司居酒屋松ちゃんという店で、ここで色々語り合った。

ブロガーといえば、はあちゅう、イケダハヤトがトップスターだが、他にもスターはたくさんいて、その方々のブログを読んでいると時間を忘れてしまう。テレビのバラエティーを観ないなどと言ってもこうしたものは閲覧してしまう訳で、時間泥棒のアイテムは姿を変え形を変えて普遍的に存在するものなのだろう。

Blog@narumi で存在を知ったこの店は、ビールが180円、日によっては30円になると書いてあった。興味があり一度行きたいと思っていたのだ。ちょっと嫌そうに戸惑う学友達に聞くと、店はどうあれ私が飛ばないか心配だと言う。

薬は飲んでないし、心身ともに健常だと説得して共に訪れたその店は、本当に知らなければ行き着けないような場所にあった。わからなくて迷っていると何処かから人が現れ、「松ちゃん?ならこっち」と案内してくれた。番地を言ってうろついていたら、いきなり登場して店の場所を教えて去っていった。今の誰だろうなどとと言い合ったりした。

お店は最初は空いていたが、すぐにほぼ満席になった。ビールとハイボールは180円サワーは290円、食事のメニューは普通の値段で量が少なく割高感があった。narumi@ おすすめの山葵巻は小さいけれど強烈に辛い、涙を流しむせながら食べた。味はまあまあ美味しいが、量が物足りなくて色々頼んでしまった。さっくりと飲んで二次会に炭水化物というのがベターな利用の仕方かもしれない。そう思いつつ、ついつい話しがはずん長居してしまった。何より行ってみたかった店に行けて大満足。そんな店に付き合って貰い大感謝、今度は学友の希望を聞きたいと思った。


※やはりサワーは美味しい


※悶絶した山葵巻き

話を戻してブログについて。書くのは別にいい、でも時間をかけすぎるのが問題なのではないか。例えば学友達は、2,000文字、ある方は800文字と文字数制限をしているようだ。確かにこれならまとめやすいし、さっくり書ける。そしてとある方はブログは書いたら書きっぱなしで読み直したりしないそう。なんという漢。私はそこまで太っ腹になれない。書くと必ず手直ししたり足したり引いたり。かなり過去のものはさすがに少ないが、日付を入れて情報を追加したりする。特に初期のブログを読むと、我ながら人が良すぎて自分が嫌になるのでコメントを追加したりしている。あの時もっとちゃんと、はっきり書くべきだった。ママ友は友達じゃない、「手段」なのだと。

また名言が飛び出したところで今後の課題。ブログは一日30分以内2,000文字以内。どうしても書きたいことがある日は超えてもいい、でもともかく毎日書く。内容は、子ども周りと、提出する前の課題の内容については書かない。子ども周りについては書かれるのは嫌だろうし、父兄の反感もかうだろう。常識的なものだ。そして課題については、記事をみて先生達が評価を下すことがあるかもと思ったからだ。

あの造形基礎2のコラージュをデッサンがそうで、武蔵美出身者としての評価をされた気がする。でなければD評価はありえないと思った。これも見せしめなのではないか。しかもこんな最終提出期限ギリギリの2月に提出した課題としての扱いではないのではないかとも思う。通信大学というのは時間にもお金にも非常にシビアなものがある。もしひとつ課題を落としたことでもう一年留年という自体になれば、それはそのまま死活問題になるだろう。

武蔵美で一単位足りないからと卒業出来ず、お金が続かないからとそのまま退学してしまった人がいた。もちろん課題は正当に評価はなされるべきだとは思うが、あんまりだと思った。その方はずっと趣味で絵を描いていて、腕は確かだが要領が悪かったのだろう。大学の単位というのは、そういう部分もあると知った。

今回事務局に問い合わせたところ、単位は足りており問題ないという。造形基礎を受ける時に「もしも再提出のものがあった場合に」と備えて多めに履修しておいたので命拾いした。この時ばかりは自分で自分をほめた。なので異議申し立てはしないと思うが、先生達はその辺りも考えて評価を出して欲しいと思った。あの造形基礎、再提出というものでは絶対なかった筈だ。デッサンに手を抜いたと評価されたが、大変な思いをしてきちんとつくた作品だ。それをブログをみて手を抜いたと勝手に評価したなら問題だと思った。

と、いいつつ、一緒に返却された文芸コースの課題は今までの最高点の評価だった。いい評価だと文句はない。添付資料を作ったので、その努力が認められたのだろうか。あの資料は我ながらいいアイデアでとても良くできていると思う。来年度の授業で使って欲しいと思うのは図々しいだろうか。来年度は課題、そして卒業研究を頑張りたい。卒業するまでまた色々あるのだろうなと思った。かき混ぜ係は卒業して、粛々とこなしていきたい。


【今日の小確幸】

自分の身の回りの幸せを探すということで、編集後記をやめてこれを書くことにする。「小確幸」というのは村上春樹が作った造語で、「小さいけれど確かな幸せ」という意味。さて、今日の小確幸。今はまだ午前中だが、もういい事があった。家の中がなんとなく片付いている。それだけで気持ちが落ち着くし、家事の時間も短縮できる。「落ちてるものは全部ゴミ」運動が浸透してきたのだろうか。諦めないって、大切なことだと思った。

聖路加国際病院の日帰り人間ドックにいってきた。夫の健保を使うが一部有料らしく、7月に申し込んだまま行けていなかったので「勿体ないから年度内にいって」と言われていた。7月の頃は単位を数えてキリキリすることもなく仕事も一社だけ、叔父のところにも月に2度程いっていたくらいで余裕もあった。まさか年末に向けてこんなに忙しくなるとは。昨年の夏終わりくらいから、いっきに年度末にワープしてしまったように感じる。

7月から4度ほどリスケしたが結局行けず、とうとう年度末ギリギリになってしまった。5度目の予約でやっと行けた。それが昨日だった。課題や仕事の締切は守られているが、どうもなにかとギリギリになってしまうのは癖になっているような気がする。思えば夏休みの宿題からして既にギリギリ派だった。優秀なリケジョ女子大生に聞いたことがあるが、夏休みの宿題は最初の一週間で終わったそう。タスクが目の前にあるとやっつけたくなるそう。すごいなーやっぱりなーと思った。

話を戻して人間ドック。余裕のある7月の頃の話しだが、せっかくならランチの美味しいところに行きたいと思い、色々検索した。すると、あちらはホテルのような豪華ランチだの、こんなセットが付くだの色々情報が出てきた。少し遠いが三田にあるあのセレブ病院もいいかもしれない。昭和医大豊洲クリニックが閉院した後、昭和医科大学予防医学センターというのが出来たので本当はそちらに行きたかったが、提携がないので行けない。そんな事を話していると、近所の方が「聖路加でこんな美味しいものを食べた」というので聞いてみると、メニューがランクアップされたようだ。私が先回行った時は、サンドイッチとフルーツ、ヨーグルトといった軽食だった。確かめなくてはと、今回も聖路加にした。

豊洲からは豊洲駅から聖路加国際病院行きのバスがでている。地下鉄だと新富町から5分ほど歩かなければならない。バスなら降りてすぐ。迷わずバスにしたが、「東15」に乗らなければならないところ「東16」に乗ってしまった。紛らわしー!「都営バスを制覇すれば東京人」と昔友達が言ったが確かにそう。なんでもマイカーに頼るのは田舎者ということなのだろう。「新川」で降りて、反対路線のバス停がみつからないのでタクシーに乗った。

到着は10時ぎりぎりセーフ。検査の説明や手順を聞く。終わりは最大で15:30だそう。検査だけなのか食事も含めてなのか聞くと、食事も含めてだという。もっと早い時間に予約をすればよかった。検査が終わって食事をするダイニングの隣にはソファ席もあり、フリーのドリンクバーもある。雑誌を片手にくつろぎたかったが無理のようだ。朝は830から予約がとれる。無理無理でも次回からは830に予約しようと心に誓う。

検査はスムーズにすすみ、12:20に終わった。そして食事タイム。医師の検査結果による問診は13:30からだそう。1時間のランチタイムを楽しむことにした。カフェテリアのメニューをみると、確かに前とメニューが変わっている!本当に美味しそう。チキンのトマトクリームソースが美味しそう、これと主食。パンかご飯か迷ってご飯にしたが、後にパンにすればよかったと思った。トマトクリームが美味しすぎて、パンにつけて食べたら美味しいだろうと思ったのだ。もちろんマナー違反だが、病院の片隅でガウンを着ている身としてはいいだろう。そのくらい美味しかった。

※野菜スープはお代わり自由で美味しい。

美味しいのは、ホテルオークラレストランだからだろうか。あちらこちらにオークラのパンフ、ついてきたクッキーやお手拭きにも「Hotel Okura 」のロゴが。さすがセレブ病院と感心した。そんなところで人間ドッグを受けられるのはやはり夫のおかげだろう。いつも口を開けば言い合いばかりになるが、こういうところに来ると感謝の念が湧く。日本橋三越のお得意様サロンでお茶を飲むときは姑に感謝したりする。こんな時ばかりは結婚して良かったと思う。 現金なものだ。

お代わり自由の野菜コンソメとたっぷり盛られたヨーグルト。やはりヨーグルトは健康にいいのだろう。珈琲も美味しい。珈琲を片手に雑誌を読み、ソファはふかふかで至福の時間。それにしても聖路加はリッチそうなお年寄りが多い。ご夫婦で仲良さそうに食事をしているのはレジデンスの住人の方だろうか。あの北大路欣也さんご夫婦も最近越してみえたと聞く。私も仲間入りをしたいものだ。でもせっかくなら緑濃い地方もいいかも、橋田寿賀子さんのように熱海も、有馬稲子さんは横浜だと聞く。うーん、迷う。というか、迷える立場になりたいと思った。


※メニュー

今回驚いたひとつに、スマートフォンの所持が自由になったこと。以前は携帯は持ち込み禁止だった筈だが、いつからOKになったのか。あちらこちらでスマホや板(iPad)をみている人がいる。自己弁護になるが、私はレストランのメニュー撮影くらいしか取り出さなかった。やはりスマホ=撮影というこで、自分が持ち込みながらよくないのではなどと思った。だが余計なお世話だろう。それぞれのマナーに頼るしかないのは病院の中でも外でも同じ。

近所の公園で、ゲーム機で写真をとられた男の子が「勝手に撮るな!」と主張しているのをみたことがある。あのくらいバシッと言うべきで、見ていた息子にも見習うように言い含めた。

人間ドックの話に戻す。休憩の後、着替えて13:30から医師の問診。以前お邪魔したのは2012年7月だったそう。そんなに来ていなかったかと驚く。毎年来ていたと勘違いしていた。そして身長体重はじめ、様々な検査の数値はほとんど何も変わっていなかった。色々あったし、今回は絶対何か悪いところがある筈と思っていたので拍子抜けした。肝臓も「全然大丈夫」だそう。数値が悪かったらそれを理由に禁酒しようと思っていたのだが。「今の飲み方が適正ということなのでしょう。」そんなばかなと色々話すと、「健康がずっと続くとは限りませんよ」と釘を刺された。

110から140台に上がっていた血圧に対しても、すごく大らかな診断がなされた。今は数値があがっても即投薬や治療とはしないそうだ。まずはなるべくリラックスして健康を心掛けるように、食事は減塩肥満に注意するようにと指導するそう。それから、毎日血圧を測るために家庭に血圧計を置くよう勧められた。どんな時に自分が血圧があがるのか、何をどんな風に食べるとあがるのかと注意して生活するといいのだそうだ。

なにかというとすぐ薬を処方される西洋医学は割と否定派だが、こちらは東洋医学も融合しているように思えた。病自体を消すことばかり考えず、そうなった原因をだんだんと正常にしていくことで健康に戻していくのが東洋医学の考え方。以前から何かと好感を持っていた聖路加だが、ますますイイネと思った。でも初診料が5,400円なので、気軽に掛かる病院ではなくなってしまったが、それ以前は子ども達が何かとお世話になった。日野原院長にはずっとお元気でいて欲しいと思った。 

それと、またこんな事を書いて気味が悪いと思われるかもしれないけれど不思議なことがあった。最後に検査結果を聞く時の担当、医師の名前を聞くと聞いたことがある先生、もしかして前に人間ドックに来た時と同じ先生かと思ったら果たしてそうで、偶然だわと思った。嬉しくも悲しくもなんともない、ただの先生。でも覚えているのはこの先生、検査結果を話した後に「パーフェクトです」って言ったのだけは覚えてる。で、診察結果を色々話した後にやっぱり「パーフェクトです」って言われたのよ。前とそっくり同じだわあ、先生もお変わりないわと思いながら診察を終えて今度は栄養士さんだか看護婦さんの問診みたいなのがある。何か興味深いことがあると誰かに話したい私は早速この小さな偶然を話した。看護婦さんは「それはすごい偶然ですね、医師は何人もいるのに」と言って、何度も聖路加で人間ドックを受けているので先生の問診が何年ぶりなのか目の前のパソコンで調べてくれた。すると、な、な、なんと今回の先生初めてあたった先生らしいのよ!じゃあ何?デジャブなの?でも先生の顔もセリフも今回と一緒と喜んだ私は一体。看護婦と私はちょっと妙な空気になりシーンとしてしまった。「何なんでしょうね」と看護婦が言って、「そうですね」と私が言ってその話は終わった。どうでもいいと言えばどうでもいいのだけれど、ちょっと不思議だなと思った。支度をしてクリニックを後にした。

帰りはいつの間にか雨が降っていた。子ども達はちゃんと置き傘をしていただろうか、持っていってやりたいが過保護になると思ってやめた。正直に言うと面倒なだけなのだが。バスの時間まで15分ほどあり、懐かしい聖路加の1Fにあるギャラリーやショップなど、あちらこちらをのぞいた。ここは息子を出産した病院で、あの時もご飯美味しかったななどと色々思い出す。お見舞いに来てくれた方とレストランルークでランチをしたり、ショップをうろついたりと楽しい入院生活だった。

聖路加に入院している時は、本当に天国のようだった。全室個室なので、ひとりでのんびり好きなことが出来る。検診や授乳が色々あるが、赤ちゃんは基本別室で管理され、大きく健康に生まれた息子は看護婦さんに抱っこされておギャーおギャーと泣きながら部屋にくるが、おっぱいを5分ほど飲ませると満腹になり寝てしまう。するとまた看護婦さんが連れて行ってくれる。私はゆっくり寝たりテレビをみたり、雑誌を読んだりして、運ばれてくる美味しいご飯を食べるだけ。小うるさい夫も意地悪なボスママもいない。退院したくないと思った。

あれからは7年半経った訳だが、聖路加国際病院は相かわらず素敵な病院だった。子ども達も今のところは健康で病気もなく育ってくれている。イジメられていないかとか、友達と何かないかと心配したりするが、まずはこの辺りに感謝だと思った。誰に感謝するかは神様でも仏さまでもない、育ってくれた子ども達にだろう。神様仏さまは所詮他人。私たちの事がわかるのは私たち家族しかいない、ましてや自分のことなど他人にはわからない。そしてまずは健康、これから塩分は絶対控えめにしようと誓った。


【編集後記】

2月29日は四年に一度の肉の日だそうで、息子と牛角にいった。「俺、5秒ロース!」というので慌てた。息子はカジュアルな肉が口に合わないらしく、肉ではなく白いご飯ばかり食べていた。たくさん頼んだのに!息子を太らせようと思って行ったのに私が太った。厚切り牛タンが美味しかった。

※これは本当に美味しかった

我が家は餃子が大好き。夫も作るが、私のレシピの方が概ね好評。豚挽肉、キャベツ、ニラ、ネギ、もやし、生姜、ウェイパー、塩胡椒、片栗粉。それぞれ量は適当。肉に下味をつけてから野菜と混ぜ、餃子の皮で包み焼く。今日は75個作って完売。
いつも適当に作るので、レシピは書けない。野菜は多め肉は少なめ、ニラとキャベツはたっぷり片栗粉少々。美味しくて食べ過ぎてしまった。もう眠い。

※夫が包んだ

※私は形より味と安全第一


【編集後記】

レシピをだいたいでいいので書いてと言われたので、クックパッドにアップした。

赤ワインが好きで家ではこれ以外飲まないが、逆に外では飲まない。ワインは外で美味しいものを飲もうとすると、かなり値がはる。ソムリエに「どっしりとした黒色に近い赤ワイン」、などと言える立場の時は喜んで飲むが、そんな時はほとんどない。カジュアルなお店のワインは甘くジュースみたいなものが多い、ならばビールかサワーを頼む。逆に外で飲むビールや酎ハイはとても美味しい。多分これらを飲むときは大勢で飲むからというのもあるだろう。最近近所のサイゼリアで赤のグラスワインを飲んだが、なかなか美味しかった。これも一緒に飲んでくれる人がいたからだと思う。

家で飲むワインのほとんどは、コンビニで買うことが多い。最近のコンビニワインはなかなかに美味しいものが揃ってきた。価格も500円から1000円台、中には2、3千円のものもあるがこの辺りには手を出す立場にないと自負している。自分でお金を稼げるようになり、尚且つそのあたりで何か臨時収入があったりした時に買って飲みたいと思う。そんな日が来るだろうか。

以前はセブンばかりで買っていたが最近はファミマでも買う。ファミマセレクションPBブランドのワインで、600円くらでフルボディと明記してあるものがある。コンビニのワインは、「辛口甘口」「重さライトからフルボディ」などそれぞれ味覚指数のような表示があり、ワインの味や風味がわかりやすくラベルに明示してある。

ある日この「フルボディ」表示の赤ワインをみつけたので、もちろん買って飲んでみた。結果は、「うーん、フルボディといえばそうかもしれないが、エノテカあたりならミディアムくらいかな」という印象。それでもプラシーボ効果なのか、フルボディと思って飲めばそんな気がして美味しい。甘ったるさのないふくよかな風味が心地よい。

※「フルボディと言ったらフルボディなんだ!」と主張しているよう

昔、村上春樹のエッセイで、どこか外国に暮らしている時にマグナムサイズのワインを買って、氷を入れてがぶがぶ飲んだと書いてあり、ワインに氷!と驚いたがやってみると美味しい。

いいワインでは邪道だが、ライトな種類のものなら、氷入りの方が美味しいかもしれない。とはいえ、私はいつも常温で飲むことにしている。身体が冷えると健康にも美容にも悪いからで、冬はナツメグやシナモンを入れて電子レンジで温めて飲むこともある。体がぽかぽかしてきてすぐに眠くなってしまう。ナイトキャップは睡眠を浅くするのでよくないといわれるが、私にはちょうどいい感じ。

でも最近は、お酒はほどほどにしたいと思うようになった。色々あったし、健康上の理由もある。最近計測したら血圧が高くなっていたが、最近子ども達を怒ると血が頭にのぼってくらくらするし、言葉がとっさに出てこないことも。何かワインと因果関係がありそうで、マズイかもと思うのだ。

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※こちらはセブンのワイン。こちらのミディアムはちゃんと重さがある

と、ここまで書いて、人間ドックに年度内に行かなくてはと思い出した。色々次々と用事があり、まるでもぐら叩きゲームのようだ。必死にもぐらを叩いているうちにゲームオーバーとなり、人生も終わるのだろうか。

ところで今は夜中の2時。夜9時くらいに息子と寝たのだが、夫が娘を怒鳴り散らす声で11時過ぎに起きてしまった。まだやっているのかと、起こされたのもあって腹が立った。「いい加減に寝かせなさいよ!」と夫と喧嘩になり、10分ほど言い合いをしていたら今度こそ目が覚めてしまった。毎日毎日このくらいの時間に夫の怒声で目が覚める。そして怒って眠れず目が覚めるが、夫はそこから朝まで就寝。

これまでは夫の睡眠、翌日の仕事に差し障るといけないと別室で静かにしていたが、今日は何故こんな理不尽なことが許されるのだろうと思った。いつもいつも夫の睡眠の邪魔にならないように生活してきたのに、夫は私の眠りについては全く無頓着。馬鹿馬鹿しくなり、もう慮るのをやめることにした。

2時に起き出し部屋を出て、リビングダイニングの大きなテレビをつけた。夜中のテレビショッピングは、女性の薄毛についてのラインナップが多い、何故だろうと思いながら夜食を作って食べ、珈琲を飲み、パソコンを開いたり明日の予定を書きだしたりした。なかなか充実した時間となった。

3時頃物音で目がさめたのか、夫が忌々しそうに起きてきた。「あなたのせいで目が覚めちゃったから」というと、何も言わすに寝室に消えた。子ども達はいったん寝てしまえばこんな生活音では起き出さない。ベッドサイドでライトをつけるとモゾモゾしだす息子も、部屋のドアを閉めていたせいか起きてこなかった。

なんだ、こうすればよかったのだ。私が夜中に起き出すのは私を起こした夫に責任があり、それを担ってもらえばいい。起きられるのが嫌なら私を起こさないように気を付ければいいだけなのだ。 ブームになる前から長年アドラー心理学も勉強していたが、ここで役にたってくれたように思う。

夫は本当に声が大きく張りがあり、部屋中ビンビン響く。窓を閉めていても夜中のこと、ご近所迷惑だと思う。娘が朝ダイニングで朝食を前に座ったまま寝ていた。夫は「寝ずに勉強しろ」という。気の毒に学校でも眠いだろう。塾でも居眠りしていたと聞いたことがある。反して息子は私の早寝早起きにつきあってくれるせいか、毎日10時間は寝ているので、朝から元気いっぱいだ。

もう一度言いたい。もう色々先回って夫だけでない、誰かを慮るのはやめようと思う。頼まれもしないのに色々しても相手は当然、もしくはそちらが勝手にしているからなどと思うのかもしれない。子どもを持つお母さん達の非礼さ不躾な態度、またまた私が出会った方々達だけかもしれないが、人としてどうかと思うことばかりだった。人の良さそうな人には徹底的に甘えて当たり散らして知らん顔。もう絶対相手にしないようにしたい。

夫も自分は外で働いているせいで、その睡眠を確保するのは家族の責任とでも思っている節がある。だいたい4時間くらいの睡眠でいいそうで、家族にもそれを強制するようなところがある。私は8時間は寝たい。子どもはそれ以上寝せたい私が、大人と子どもは違うと何度いってもわからない。児童相談所で私も職員の方と一緒になり夫を叱ったが、何を言われているのかよくわからないようだった。 

ワインの話がまた夫その他へのdisり記事になってしまったが、再来年娘が6年生になり、夫の横暴はひどくなると思われるのでこんな事を考えた。私が息子を連れて、一年だけ別居したらいいのではないか。どこか自然の多いのどかな土地で、一年限定で息子とふたり暮らし。いいなあ、なんて。夫にちらっと話したらバカも休み休み言えといわれてしまったが、私は大まじめ。候補地として、高知がいいのではないかと思っている。

坂本龍馬の故郷、SASUKE森本くんのいる高知、ブロガーイケダハヤトさんのブログで情報も入手しやすい。田舎に暮らし、美味しいものを食べて息子とあちらこちら遊びまわりたい。豊洲や私の地元の友達も遊びにきたりして、一緒に観光すれば楽しいだろうな。仕事はどうしよう、住むところも考えなくては。折角なので、郷土研究として、やはり坂本龍馬の史跡を訪ねて研究し何か書いてみたい。やはりあと一年で大学は卒業しなくては。

あー夜中起きたせいか、色々と夢をみてしまった。夜の手紙は朝読み返してから出すというが、この記事はこのままアップしてしまおう。もしかしたら実現するかもしれないし、しないかもしれないが夢は大きく。そうだ、今飲んでいるのは赤ワインではなく珈琲なので誤解なきよう。念のため。


【編集後記】

今日は金曜日。息子とスターウォーズでも観ながらワインを飲もう。

最近、料理を時短で美味しく栄養のあるものをと考えて、ちゃんこ鍋を思いついた。パワーをつけるには、力のある人が食べているものがいいと思った。

味噌、塩ときて、今日はトマトにした。仲良くして頂いている食の達人に教えて貰ったのだ。さっぱり味の好きな息子以外には大好評、鍋の締めはチーズをプラスして、リゾットにした。

「俺、こう言う味好きじゃない」と、塩だけ味が好きな息子も、パスタを投入すると食べてくれた。

鶏肉、鶏肉団子、豚肉、魚の切り身、キャベツ、もやし、ニンジン、ネギ、油揚げ、などなど。フレッシュパセリがあったので、これも入れた。あと、トマト味に忘れてはならないのが、ローレルの葉。風味が全然違う。

スープは、水、トマト缶、コンソメキューブ少しと塩、ニンニクひとかけら。それから料理酒たっぷり目。ただし、しっかりアルコールは飛ばす。でないと、子ども達が将来私のようにアルコールでしくじり先生になってしまうかもしれない。気をつけたいと思った。みりんも大さじ1くらい入れても甘味が出ていい。これはお好みで。

※ぎっしり土鍋に具を詰める

トマト鍋のレシピはクックパッドにあげたい。リゾットもいいが、具を食べながらパスタをプラスすると本当に美味しい。お皿に取り分けたら、お好みでオリーブオイル、タバスコなど加えても。


【編集後記】

図書館でブログをアップした後、習い事が一緒のママ友さん達に会って色々話しをしたり、お茶などしたので書き仕事は中断。でも今話し合わないといけない重要なこと。問題点が洗い出せて良かった。

武蔵美を中退してからずっと、どうされているか気になっていた方がいた。前にも記事で書いたが「版画では卒業できないよ」と教えて下さったNさん。Nさんが卒業され、同年の版画の卒業生全5人とグループ展をされたのを大学の機関紙で知った。学生時代にメアドを交換しなかったことを悔やんでいた。

その後京都造形大学に編入し冬近くなったあたり、進級の目途がついてほっとしたからだろうか、またNさんが気になりだした。どうされているだろうか、版画の制作はされているだろうか。その前に私を覚えていらっしゃるだろうか。悶々としていていも仕方ないので大学に電話して、Nさんが私を覚えていたら連絡を下さるようにと伝言をお願いした。

大学に電話した30分後にNさんから連絡が入った。もちろん私を覚えていて、Nさんも気になっていたと言って下さった。懐かしくて会話は尽きなかったが、近々会って話そうということになった。ご自宅で版画の制作をしているそうで、私がお邪魔してみせて頂くことになった。

ところがその後、課題やスクーリングレポート、ライターや子どもの用事などがモリモリと沸き上がり、にっちもさっちもいかなくなってしまった。年末年始も来客などあり、終わったらすぐ子どもの用事や大学の授業、そして体調不良で寝込んだりしているうちに月日はあっという間に過ぎた。

「また電話します」と言って何カ月もそのままというのは、相手に失礼というよりもせっかく繋がった縁がまた切れてしまうように感じた。今度はショートメールを送った。色々あってまた身動きできないけれど、2月20日過ぎには体が空くので会いましょうというような内容だ。

すると「今週そちらに行く用事があるから寄りますよ」とのお返事。お言葉に甘えることにして、来ていただくことにした。この辺りで食事やお茶に便利といえば、やはりららぽーと豊洲だ。そこで待ち合わせをした。

何年ぶりだろうか。授業でご一緒したのは、いじめ会議の前あたりなので、2011、2年くらいだろうか。だとしたら4、5年ぶりということになるが、全くそんな感じはなかった。昨日まで一緒に授業を受けていたかのような気持ちで、ふたりで手を取り合って再会を喜んだ。

ブログをお知らせしてあったので読んで下さったのだろう、「頑張っているのね」とすごく褒めていただいた。Nさんは子育てはもう終わった方で、当時の自分を思い出すのか色々なお話も聞けてよかった。そして、「自由になったらというのもあるけれど、待てないこともある」とも言っていだだけて嬉しかった。そしてなんと、ららぽーとはたまにいらっしゃるそうで驚いた。豊洲からはかなり離れたところにお住まいなのに、なんとアクティブな。 
Nさんは、私が日本画コースに転向したと思ってみえたそうだ。確かにあの頃、そんな事も考えていた。サクサク卒業するには油絵しかないなどと考えたり、美術論の課題で評価が良かったのでそちらも考えた。でも色々あり別の大学に編入した。訳を話すと納得して下さった。通信教育課程、特に芸術大学というか美大は色々と大変なのだ。

ランチの後は一緒に買い物をして、その後はスタバで珈琲とケーキを頂いた。こんなにたくさん食べたのも久しぶりだし、本当に楽しいひと時だった。思い切って連絡をしてよかった。そして、「そちらに行きますよ」と言って頂いた時に、「またいつか」とか「次の機会に」などと思わず、パッと動けた自分にも感心した。体が空いたらなどと言って延期し、家で仕事などしていても「やはり行けば良かった」などと気になってしまっただろう。
「また」「いつか」があるとは限らない。オーバーかもしれないが、チャンスは一度きりかもしれないではないか。何もかもがラッキーな楽しい一日だった。 

 
※Nさんはコンボランチ

 
※私はトムヤムクンが食べたかったので、ガパオ&トムヤムランチ

お土産までいただいて、しかも全部ご馳走になってしまった。「頑張っているあなたを見たらご馳走したくなった」などと言っていただいて恐縮してしまった。申し訳ないので次回は私が。それにNさんこそ卒業してからもバリバリ作品を制作し、あちらこちらで入賞されていてスゴイのひとことだ。見習わなければ。私も卒業したら、ガシガシ小説を書いて入賞を目指そうと思った。


※ジャムの乗ったケーキやお菓子が好き

「版画では卒業できないよ」とNさんが言ってくれなかったら、私は今でも武蔵美でぐずぐずしていたか、中退してダラダラしていたと思う。Nさんは私の恩人でもある。

それだけでなく、最初に会った時から会話もスムーズでお喋りするのが楽しかったのだ。すぐ後ろの席で何かと私を面白がってくれて、その時のクラス全体もまとまりがあり穏やかで楽しかった記憶がある。武蔵美で受けた授業の中で、一番楽しかった。

前日に「造形基礎演習1」で久しぶりにデッサンをしたせいか、やはりファイン系もいいなと思ってしまった。京都造形を卒業したらまた美術系も再開したい。せっかくなので、「造形基礎演習」は2も履修しようと思う。

どの科目でも履修したい時に学習できる京都造形大学のシステムは素晴らしいと思った。武蔵美は年度の最初に、上限40単位履修登録をし、登録をした科目以外は学習できない。途中であれを学びたいと思っても出来ない仕組みになっている。京都造形大学では、一年で200単位とった方もいると聞いたことがある。私も頑張らねば。

今の大学は授業も毎回楽しいし、学友も皆フレンドリーで親切だ。 大学を変えたのは人生が変わったようにも思えている。そのきっかけの最初は、Nさんの一言だった。何もかもが正解だったと改めて思う。

次にお会いする時は、今度こそ私がお邪魔しようと思う。お土産とプレゼントはもう決めているが、Nさんがブログを読んだらわかってしまうのでここには書かない。予定を楽しみに課題や仕事を頑張りたいと思う。

 
※タイムセールでなんと500円で娘に2着買った、自分のは我慢。


【編集後記】

人のいうことはあまり気にしないが、ハッとする言葉は大切にしている。第六感的な感覚は大切だとつくづく思った。

朝食の時に今夜何が食べたいか聞くと、子ども達二人とも海苔巻きが食べたいという。最近あちらこちらでポスターを見かけるし、チラシを貰ってくるので目にしたのだろう。久しぶりに作ることにした。

娘は蟹、息子は犬の手形の飾り巻きにして欲しいという。どちらもすぐさま了解致しかねる事案だが、わかったと一旦引き受けた。

まずは買い物、久しぶりにいきいき市場とOKマートへ行った。いきいきはいい生鮮食品があるし、OKマートはいつも買う美味しい海苔がある。切らしてしまったので多めに買い込んだ。


※太巻きと普通巻き

※気に入っている美味しい蟹カマ

蟹はカネテツの蟹カマにした。デコ巻きは適当に作ったせいか、犬の足跡にならなかったが息子は満足したようだ。蟹についてもクレームもなく、から揚げ、お浸し、キンピラ、ぬか漬け、お吸い物などと食べた。

なかなかにデコ海苔巻きは難しいかった。今度図書館で本を借りて、一度ちゃんと作ってみようと思った。

※からしとタレのない納豆

見かけると買うからしとタレのない納豆は発想がいいと思う。納豆はいつも冷凍するので、いちいち調味料を出して解凍するが一手間面倒だ。それに普通の醤油で食べる方が美味しいと思う。

最近は納豆にアボカドを入れる。変わったものを受け付けない子ども達もよく食べている。

※朝は適当


【編集後記】

昨日届いた大学の機関誌に「卒業制作を予定している方は、最初の締め切りが4月11日」と書いてあった。すっかり忘れていた。また詰みそう。

炊いてから保温すること3日間、完成したと思われるご飯を食べてみた。

※糠漬けと共に

なんとまあ美味しいこと。ずっと保温していたのに、あの特有のパサパサ感も臭いもなく、芳しい香りの良いご飯になっていた。

3日前に刻んだ漬け物も美味しい。発酵食というのは大したものだと改めて感心、お米一粒には八人の神様がいるというのもあながち迷信ではないように思えた。


【編集後記】

某所から帰ってきてお昼を食べて今度は学校へいく。役で夕方まで何も出来ないが、デジタルデトックス出来ていいかもしれない。

今日はまた家にひとり、丁度良いので書き仕事を片付けようと思ったが、眠くてだるくてたまらない。お昼にサンドイッチを食べたら血糖値が急上昇したのか気を失いそうになるくらい睡魔が襲ってきた。眠気覚ましに珈琲を買いに出かけた。

最近OKマートやイキイキ市場まで出かけられず、近くの某スーパー堂で致し方なく買ったりするが、ここで買った珈琲が美味しくなくて困っていた。勿体ないので全部飲んだら新しいのを買おうと思ったが、どうしてこんなに美味しくない珈琲が存在するのか、一体どんな罰ゲームなのか、またあの辺りのボスママ軍団の呪いなのかと考えたらイライラしてきた。なので今日は思い切って新しいのを買いに行った。美味しいものならこの辺りならフードストアAoki だ。自転車で晩御飯の買い出しついでに珈琲も物色。

色々あったが、Aoki オリジナルコーヒーモカブレンドと、中央にディスプレイされつつ積んであるHAMAYAとかいうところの「珈琲専門店用モカブレンド」と迷ってHAMAYA の方を買ってみた。Aoki スーパーで中央にディスプレイされているものは大概美味しい。特にお薦めということなのだろう。種類が二種類、モカにするかスペシャルブレンドとも迷ったが、「酸味」のところに●が多くついているのでモカにした。

ダッシュで帰って食器洗いのついでに珈琲を淹れる。そんなに丁寧に淹れた訳でもないのに、すっごく美味しい。やはり餅は餅屋、珈琲は珈琲屋のコーヒーを買わないとダメだと思った。

ちなみに美味しくなくて困ったコーヒーは、「MAXI〇 ちょっと贅沢な珈琲店キリマンジャロブレンド」MAXI〇 ってどこのメーカーだろうと思ったら、調味料の会社だった。これはダメでしょうとひとりで突っ込んで破棄した。

上島珈琲とかHAMAYAとか、珈琲屋さんがオイシクナイ珈琲を提供したら大問題だが、味の◯が美味しくないコーヒーを発売したとして、珈琲事業が失敗で撤退となったとしても会社はそんなに困らない。珈琲に対する真剣度の違いのような気がした。


※味も風味も全然違った。


いつも適当にコーヒー豆を買っているが、こうして文章にしてみると発見がある。珈琲は珈琲屋のコーヒーに限るということ。覚えておきたい。何事もそういうものかもしれない。これから何か買う時は、注意しようと思った。

眠気はいつの間にか覚めていた。 


※Aokiの青島みかん 。色も味もジューシィ


【編集後記】

年が明けたら勉強に身が入らない、早く体調を戻さなくては。今日もなんだかんだで夕方になってしまった。そろそろ晩御飯の支度をしなくては。今夜はうどんすき、牡蠣も入れよう。

「日本においては、小正月の1月15日に邪気を払い一年の健康を願って小豆粥を食べる風習がある。この15日は望の日なので、望粥(もちがゆ)とも呼ぶ。 小豆が持つ赤色と稲作民族における呪術が結び付けられて、古くから祭祀の場において小豆が ...」 wikipwdiaより

15日の今朝は小豆粥を食べる日だそうだ。私はすっかり忘れていたが夫は違ったようで、朝から小豆粥、小豆粥と騒いでいた。一体何のことかとダイニングにいくと、焦げ臭い香りと共に、憮然とした子ども達の顔があった。夕べはなんだかぐっすり眠れてしまい、珍しくしまじろうの目覚ましが鳴るまで寝てしまった。私が起きてくる間に夫が気を利かせて小豆粥を作ってくれていたらしい。

それはありがたい事なのだが、私が3日前から玄米と小豆を発芽させるために入れておいた土鍋にずっと目をつけていたらしく、それをそのまま火にかけてお粥にしたらしい。驚いたのなんの。まさかそんな事をするとは。小豆玄米粥もどきは水分も足りず焦げていたのもあり、恐ろしい食感と味だった。 小豆粥を炊くなら水は米の10倍、素人はご飯と小豆を炊いておいて合わせて更に土鍋で炊くこと、などと言うと、珍しく反論もせずしょんぼりとしていた。

私は3日前に、発酵玄米を炊くために玄米と小豆を浸水させて発芽を待っていたのだ。そろそろ炊こうかと思っていたが、最初からやり直さなければならない。

多分だが、タイミングよくキッチンに土鍋が登場し、開けてみると米と小豆、15日の小豆粥用だと勝手に勘違いしていたのだろう。そして15日を指折り数えていたに違いない。子どもなら可愛いがおっさんだと別の感情が沸く。日頃のあれこれもこれも合わせて叱ってやった。偏差値は高いが生活能力とか想像力に全く欠ける人というのは本当に困る。ペットとして可愛がろうと思っていたドジョウが、朝起きたら柳川鍋になっていたくらいの衝撃だった。

3合もの小豆粥はもったいないが処分した。発酵玄米は今日からまた仕切り直し。丁度小豆を入れるタイミングに失敗したと思っていたので、やり直しが出来ていいと思うことにする。玄米と一緒に発芽を見込んで最初から小豆を入れると、水を替える段階で赤い色素が抜けてしまう。小豆は炊く段階で入れようと思う。プラス十五穀も入れてみよう。今日はいきなり30度の温かい水に浸した。


 
※玄米なのに無洗米とはこれ如何に

正月過ぎると自然の草や木も春の準備をするのか、そわそわしているように感じる。春はもうすぐ。

 

※今度は上手くいくだろうか


【編集後記】

明日からのトラベルライティングの授業はお休みにした。それを知らず家族は勝手にイベントを考えていた。八丈島につて勉強するために築地でくさやの干物を自転車で買いにいくという。息子が「借りている自転車のタイヤがパンクしているから行けない」というので、ビバの安い自転車を買う約束をする。もう高い自転車は買わない、高い自転車から盗まれるから。自転車泥棒にバチが当たれと思う。

医者にいって処方された薬を飲んだら咳はピタッと止まった。6時間後の17時30分にもう一度飲みたい。薬は6時間開けて飲むものだそうだ。過多はよくないし、不足しても十分な効果は期待できないと医者も言っていた。咳止めはやはり喉が渇くが不快感ほどではない。風邪の症状の方が余程不快だった。やはり8日に無理にでも医者にいっておけば良かったと今更ながら思ったりした。

その後、メールアドレスとパスワードを抜かれてしまった件について、プロバイダーのコールセンターの方と少し話す。ウィルス感染が一般的な原因と主張されたが、これは当てはまらないと思った。以前はメインで使っていたが、現在はDMで埋まってしまいうっとうしいので何処にもアカウント設定していない。用事があればスマホからチェックしていたくらいだ。やはり第三者の意図的なものと考えていいだろう。

その話は置いておいて、今日作った色々の料理の話し。


病院にいったついでに、オリエンタルマースカレーを買ってきた。私が子どもの頃カレーはバーモントカレーと秀樹がCMしていたが、我が家はオリエンタルマースカレーだった。なんていうか、懐かしい黄色いカレーができる。そして美味しい。

他のメーカーのルーだとキトキトしたり、ざらざらした味になるが、これだとしっとりとしたカレーの味になる。顆粒なので、ピラフにもスープにも自由自在。おまけに外箱についているオリエンタル坊やのマークを3枚集めるとグッズが貰えるのもいい。プレゼントで貰った金のスプーンで食べるカレーは最高である。 

木のへらでかき混ぜながら作るとカレーに浸した部分が真っ黄色になるが、これは大量のターメリックのせいと思われる。そして変な匂い、味がしないのは、変な香料や色素を使っていないからだろう。気になって問い合わせをしてみたらやはりそうで、「香辛料」という表示の中には20種類の天然スパイスが入っており、中でもターメリックはたっぷり入っているそうで、昔ながらの味と製法を守っているともいわれた。もうルーはこれしか使えないくらい美味しい、やはりカレーはオリエンタルカレーしかない。

 
※今日はハヤシドビーにした。ドビーってなんだろう



※たまった外箱と送られてきた金のスプーン 

カレーの材料。野菜を刻んだら肉と一緒に一気に炒める。今日の野菜はスライスした大根とセロリ、刻んだ玉ねぎ、エリンギ。人参はカレーの味を損ねるので入れない。大根やセロリをスライスするのは早く煮溶けさせるため。冬は大根を食べると風邪予防になるが、普通に煮付けても子ども達はあまり食べてくれない。ならばとカレーやシチューにはスライサーで刻んだものを加えることにしている。


※オリーブオイルと塩胡椒で炒める

肉は軟骨付き豚肉。なかなか手に入らないが、見つけるとカレーを作る。カルシウム補給にもなるし、豚骨の出汁も出て美味しくなる気がする。


※よく炒める

カレーの野菜はよく炒めた方が美味しい。以前、レストラン、アルポルトのオーナーシェフ片岡さんが、煮込みの野菜はカリッとするまで炒めると野菜の旨みがよく出ると書いていた、確かにそうかもしれない。

カレーや煮込み料理を作る時、ジャガイモ以外は蒸してから炒めることもある。意外に野菜はなかなかトロリと煮えてくれない。野菜がトロリとするまで煮込むと肉が溶けてしまったりする。シリコンスチーマーは肉と野菜を丁度良く煮込むための秘密兵器、といえば大げさだが、他にも色々に使えて重宝している。考えた人は頭がいいと思った。
 

 
※右は小学校のバザーで買い、左はムック本の付録。どちらも重宝している 

 

※右のスチーマーで蒸し鶏を作ってお昼にした。タンパク質補給。ソースはベトナム風にしてみた。

 
※冷蔵庫にあった手作りマヨネーズ、娘が最近よく作ってくれる 


※頂いた大根と柚でゆず大根を作った


※本当は大洗産が美味しいのだが色々あり青森県産だそう 

これは以前夫が作ったあんこう鍋。私にリクエストしても叶わないことが多いせいか、ついに自分で色々作り出した。最近土日は大学があってもなくても夫が作ることが多い。どれもこれも美味しくて、子ども達もよく食べる。よい材料を吟味し、ネットで検索した達人のレシピに忠実につくるせいだろう。塩小さじ1と書いてあれば、摺り切り一杯きちんと入れる。 私はいつも適当なので味が決まらない。

せっかくの鮟鱇鍋、美味しそうで食べたかったが体調が悪くて食べられなかった。せめてもと写真に撮ってみた。私の誕生日は美々卯のうどんすきを食べに行こうと思っていたが、作ってもらおうか。そもそも子どもと一緒に食事に出掛けるのが、私は好きではない。食べ終わるとどうしたってうろうろするし騒ぎ出す。周りが気になるし、子どもの教育にもよくないと思う。外食の機会が減り、節約になっていいと思うことにしている。


※ドライカレーは半分が野菜


※手作り焼売と適当サラダ

 ※一人鍋おでんは夫用、出汁は濃く静岡風

薬が効いて楽になってきたので今日は遠出して買い出しに出ることにする。といってもららぽーとのハンズ、尾頭橋のOKマートか東陽町店イキイキ生鮮市場店だ。イキイキの方は魚のラインナップがすごく良くて新鮮、しかも安い。こんなスーパーがあったのかと発見した時は驚いた。ここは外観からは想像出来ないくらい美味しくてお得な食品がぎっしり詰まっている。

特にワインが秀逸で、安旨というジャンルにかけては東京屈指といっていいと思う。やや値の張るものもあり、あの狭い空間ですべてを網羅しているのがすごいと思う。最近外にマルシェ風のコーナーが出来て、木箱のまま並べてあったりする。恐るべしスーパー、この近くに引っ越せたら毎日買い物が出来るのに。〇化堂の悪口をいう訳ではないが、スーパーは箱は立派でなくてもいい、中身が大切だと思う。安心と安全、美味しさを並べて欲しい。

他にはブログを勧めてくれたWさんがブログに書いていた酵素玄米のご飯を作ってみた。といっても玄米を発芽させるのに数日かかるため、今日は玄米を買ってきて小豆とともに浸水させた。先週末、間違えて胚芽精米というのを買ってしまい、がっかりしていたのでリベンジマッチ。もう少し詳しい情報を入手して、美味しく作りたいと思う

ブログを書いていると時間を忘れてしまう。午前中はあと1時間しかない。家事を片付けてとにかく外に出よう、そしてなるべく早く帰ってきたい。しなくてはならないことが手ぐすね引いて待っている。やらねば。


【編集後記】

コンビニコーヒーについてセブンに電話したら、わけわかめな人からわけわかめな回答が返ってきた。打てば響くような人は多分一般の電話には出ないのだろう。社長宛にお手紙書いてみようかしらん。


大晦日にもうひと記事書くつもりが、納会があって時間がとれなかった。妹も上京し、楽しい大晦日となった。


美味しいものを食べてお喋りすると、色々な憂鬱は大抵消え失せてしまう。今年も色々なことがあった。来年も大過なく過ごせるようにと願う。


【編集後記】

久しぶりに大きなテレビで紅白をみたが、とても楽しかった。私も審査員席で紅白をみたい。去年まではスキー場で年越しをしていたので、ホテルの小さなテレビで紅白をみていた。もう息子も幼児園を退園したのでスキーキャンプにいくこともないだろう。娘も息子もスキーはもうやりたくないそうで、スノボで滑っている。

色々なケーキを作った。ここ2〜3年で画像が残っているものをアップしてみたい。

こちらは去年の娘のクリスマス会用に作ったケーキ。アナと雪の女王が流行っていた。

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何もない時に作ってみたケーキ。息子が妖怪ウォッチにはまっていた。あんなに集めたメダルはどうするつもりなのか。時計も白とメタルと両方買ったのに。

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今年のクリスマスに作ったチョコレートケーキは、今まで作った中で最高に美味しかった。決め手はクリーム。スジャータ植物性油脂ひとつに、ミルクチョコレートを100g溶かし入れてチョコレートクリームにした。


ハーシーチョコレートクリームのパックもあるが、今年は見当たらなかったので白いクリームにチョコを投入。高脂肪のものだとくどくなると思って、植物性脂肪のものにしたのも良かったかもしれない。驚くほど美味しかった。夫の好きなトップスのチョコレートケーキにも負けないと思う。

 
※この後装飾した

スポンジケーキは「サンラヴィアン デコレーションスポンジ台、チョコレート5号というのを買ってきた。本当は自分で焼くともっと美味しいのだが、これもチョコレート味だとまあまあ美味しい。カカオの風味が濃くて、チョコレート味がしっかりしていた。挟むのも苺、デコレーションも苺。トップに白いチョコで文字を入れるつもりが、チョコペンが上手く絞れず断念。

娘の誕生日会にママ友さんが素晴らしいケーキを作って持ってきて下さった。 写真をみた方からどこで買ったか教えて欲しいと問い合わせがいくつかあったくらい。私も時間が出来たら作ってみたい。

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これは娘が夫の誕生日に、全部自分でやりたいと言って作ったケーキ。

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同じく娘が私の誕生日に作ってくれたケーキ。

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これは夏の家族旅行のキャンプで作ったホットケーキ。外で食べるとなんでも美味しい。

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これは夫の実家にお茶しに行った時に持参した千疋屋のフルーツババロア。門前仲町をちょっと北にいったところに千疋屋のアウトレットショップがあるのでそこで買った。

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おばあちゃんが用意してくれた娘のケーキ。アンテノールで特注のビッグサイズ。

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これは今年のクリスマス会で食べたクローバーのケーキ。以前は私たちが行くとなると、わざわざ伊勢丹のアンテノールで特注しないと買えない程の大きさのものを買ってくれていたが、最近食べきれないとわかったのか今年からやっと普通のサイズになった。クローバーは姑のお気に入りらしい。



これは今年娘のクリスマス会で作った三段ケーキ。正直味はイマイチだった。ジャムやシロップを塗るのを忘れたからだ。小さなコツで味が全然違う。今後から気を付けよう。




娘のクリスマス会に差し入れして頂いたケーキ。三段ケーキより人気だった。チョコカップケーキ。



なんでもない日に作ったチーズケーキ。ミキサーで材料を混ぜて焼くだけの簡単ケーキ。

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これは今年の息子の誕生日にスマーイユで注文したケーキ。お友達や近所の方が来てくださった会で出した。子どもの誕生日などという会に来ていただくと申し訳ない気持ちになる。安定のスマイユ、すっごく美味しかった。



これは小学校の作品展の息子が作ったケーキ。力作ぞろい。

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他にも画像がみつかったら貼っていきたい。ケーキは美味しいだけではなく、幸せを運ぶ食べ物のように思う。ケーキをはさんで向き合うと、人々は笑顔になるからだ。


【編集後記】

年賀状をやっと注文できた。我が家はフジカラーのものをネット注文している。一枚175円もかかる計算になるが、毎年何人か宛先不明で戻ってきて、届いたその方の年賀状をみると住所が変わっている。自分の知り合いならもう出さないが、子どもや夫のものだとそうはいかない。今年は何枚無駄にするだろう。だが年賀状は出しつづけたいと思う。もう新年の挨拶だけではなく、生存確認的なものにもなっている。行方のわからなくなった同級生など、どうしているだろうか。

コンビニコーヒーが登場してまだ間もないが、あっという間に市民権を得たように思う。私のような自称専業主婦でも、コンビニでコーヒーを買うことが多い。京都造形大学外苑キャンパス周辺にはドリップコーヒーを買えるところがなく、通学途中の駅近くで買うしかない。千住博さんが、ドリップ式コーヒー自販機を大学にリクエストしてくれないだろうか、大学の備品で飲まれているとは思うが。

私は駅前のコンビニでコーヒーを買い、ステンレスボトル移し替えて学校に持っていく。普通に美味しいが、濃いコーヒーを飲みたくなる時はちょっと物足りなく感じる時がある。コンビニコーヒーは、どれも若干薄いのではないだろうか。エスプレッソの好きな友人はコンビニコーヒーは飲まないという。それはそうかもしれない。

だが、それを解決する画期的な方法を私は思いついた。多分ネットのどこにも書いていないので、私が第一発見者ではないだろうか。特許をとれたらいいのにと思う。

その方法とは、アイスコーヒーを買って、氷のカップに落とさないという方法。コンビニコーヒーのアイスコーヒーは、濃く淹れたコーヒーを氷のカップに落とす方法でアイスコーヒーを作る。氷で薄まる前はすごく濃いコーヒーのはずだ。いつも持ち歩くステンレスボトルで実験したところ、やはりガツンと濃くて美味しいコーヒーが出来た。氷のカップは溶けたら水として飲めばいいし、夏なら保冷材になる。盛夏は熱くなった体温を冷やすのにもいいだろう。

買い方として、アイスをホットで飲みたいとレジで申告してもいいかもしれない。だが、アイスをホットで飲みたいと説明するのに一苦労したこともあり、それからはアイスのカップを貰って自分のボトルに落とすことにしている。今日は店員さんがしげしげとみるので説明したら、あーそうね、そうねと感心してもらえたが、各コンビニ本社的にはどうだろう。いっそ、「アイス」の表示のすぐ下に「濃いホット」などと明記したらどうだろうと思う。濃いコーヒーが飲みたい人は意外と多いだろう。 スタバ好きなら納得の美味しさだと思う。 

※フタのついた容器のドリンクは持込み可

エスプレッソというか、Nespresso が好きな友達にも教えてあげたいが、最近音沙汰がない。多分、このブログを読んでくれていると思うので、やってみてはと書いておく。こういう記事、私の契約しているところより、オモコロあたりが喜びそうなネタだと思う。他の媒体でも色々書いてみたいが、今の契約がなくなってからにしよう。色々いくつも抱えるのは締め切りがまた増えることになるし、今は危険だ。 それよりマキタスポーツの「東京ポッド許可局」あたりに投稿してみようか。10分どん兵衛と並ぶ大発明だと思うが如何だろう。

さて、今日は文芸演習Ⅱー1の課題が完了。同時に、airUのWS3科目とWT1科目の採点の結果が届く。成績は、Sが1、Bが1、Cが2つだった。合格だから良いとはいえ、C2つはとてもショック。日本美術史は得意だと自負していたが、何がいけなかったのだろう。講評をよく読み再検討したい。京都造形大学の採点基準は次の通り。

100~90点[S:秀]、89~80点[A:優]、79~70点[B:良]、69~60点[C:可]、59点以下[D:不可]
S:秀~C:可までが合格となり単位取得。
D:不可は不合格となり単位は取得不可。

武蔵美の時はAが最高で、Sなどなかったはずだ。大学制度が文部科学省で変わったのだろうか。文芸演習Ⅱー1の課題はよく校正してから提出したい。いつも先生から細かいところを指摘されるが、そういうところではなく、文章の構成やテクニックなどに言及されたい。もっと丁寧に課題をしようと思う。

【編集後記】

論文研究の発表が終わり少し余裕ができた。なんだかんだそれまでに抱えていたタスクが全部終えられた自分に感心した。去年までは何事も後回しにして結局出来ずに終わるということもあった。それにしてもWSのC評価はショックだ。大学をオールAで卒業という人達が偉人に思え、しかもハーバートとなると一体どういう頭脳なのかと思う。そういう人も世の中にはいるのだ。今日は図書館で勉強中。ここはコンセントのついたパーティションで区切ったデスクがあり気に入っている。ただし、wifiが60分×4回しか使えないのは、あまり長居をしないで欲しいということだろうか。そこまで集中力が続かないので私的には丁度よい。

(1,655字)2015.12.20 PM15:39
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※図書館のテラスから。手前右がららぽーと豊洲

ボーナスが出たらステーキをご馳走するといってくれていたTさんとランチに出掛けた。もちろんステーキだ。最近何かと忙しい私を慮って豊洲で食べようと言ってくれたが、この界隈にいいお店が見つからず目黒だ大門だと迷走した後、銀座になった。銀座はやはり便利だ。どんなお店もあるし、食べるのにも買い物にもウィンドーショッピングにも最高である。

今住んでいるマンションの購入を検討した時も、決め手は「銀座に近い」ということが筆頭理由だった。何も自分が銀座でぶらぶらしたいというのではなく、産まれる子どもにとって自宅に近い繁華街が渋谷や池袋ではあまりよくないような気がした。その点銀座なら安心などと思ったのだが、子どもも大きくなれば友達と地下鉄でどこにでも行くだろう。でもまあそういう事を考えたことがあるくらい、銀座は安心の街だと思っているし好きなところだ。

食事をするお店はいつもTさんにお任せしているが外れたことがない。彼女は食べるものに非常に拘りのある人で、専業主婦だったがとうとうプロになってしまった。専業主婦同士の時に料理のあれこれを話す機会が多く、プロになればいいのにと思っていたらやはりそうなった。だがそれは彼女が奮起してそうなったのではなく、色々ありそうせざるを得ない時を経てそうなったようだ。

一時は本当に大変だったそうだが、その時はあまり会う事がなかったので知らなかった。後から聞いてなかなかメールの返信がないので変だなと思っていた時は、大変な時だったので誰にも会いたくなかったのだろう、ましてやその時はママ友同士というポジションで、なおさらプライベートの重大な出来事など言いたくなかったに違いない。私だってそうしただろうし、現に近所の人間関係の悩みや幼児園での出来事など彼女に話さなかった。

彼女にだけでなく、誰かと出かける機会がある時も悩みは話題にしない。笑い飛ばせる話しならいいが、深刻な話しは空気が重くなるし、相手にも負担がかかるだろう。それに第一、自分の悩みは自分で解決していくしかないのだ。これは大人だけではなく子どもだってそう、助けてくれる人がいたとしたとしてもずっとその人が解決し続けてくれるわけではないのだ。

そんな風に自力で苦境を脱した彼女は、みるみる上昇気流に乗り幸せを手に入れた。成功といってもいいかもしれないが、彼女にとってはまだ通過点だと思う。人を羨ましがらせ妬まれる種類のものだが、長年の付き合いで私が妬んだり僻んだりしない人だとわかってくれたせいか、私には色々話してくれるし相談してくれるようになった。

それに対して、これはもう私の性格だから直せないと思うが、結構ストレートな意見をばんばん言ってしまう。後からちょっと言い過ぎたかと反省したりしてメールの返事が遅いとハラハラしたりするが、彼女はそれでいいのだという。その私のストレートすぎる答えのお蔭で、今の自分があるのだと感謝しているそうだ。私のことを幸運の女神のように思うのか、会えば必ず「あなたのおかげで」という。それで今回はその感謝もあり、何かご馳走したいと言ってくれたのだ。 


※クリスマスオブジェ?丸の内のビルの中庭

友達同士はいくらお金のある人でも基本的に割り勘を主義としている。ご馳走して貰ってばかりでは、それは既に友達ではない。そう考えると結婚前の夫にご馳走して貰ってばかりだったのは、自分の潜在意識としては結婚してもいいと思っていたのかもしれない。それはともかく、今回はお言葉に甘えることにする。多分、そうすることで彼女も嬉しいのだろうと思ったからだ。

お店は珍しく私がチョイスした。彼女が誘ってくれたお店は値段が高すぎて、ランチでも5桁いってしまう。そういうところは割り勘で、でも私は専業主婦だから今は無理と断り、私が独身時代に行ったことのあるお店にした。今思い出したが、その時も登録していた派遣会社のちょっと偉い人が、頑張ってくれているお礼だとご馳走してくれのだった。その時も私は頑張った覚えはなく、時給がいいのでせっせと働いていただけだ。時給2,800円といえば、今はもうその金額を私に払う会社はないだろう。その時も同じものをご馳走になったような覚えがある。 偉い人とではなく、その方の秘書の女性が来て二人で食べた。

そんなお店に彼女と再びお邪魔した。赤い絨毯に着物の中居さん、靴を脱ぐと番号札をくれる。高級料亭のような雰囲気。こんな素敵なお店だったかとちょっと驚いた。予約はしてないので畳の大広間に案内され、お花がキレイに活けられた近くの席に座った。いいお店だねという彼女に、前もご馳走になったお店だと話してあげたら良かったと今思う。彼女はそういうちょっとラッキーだったという話が好きなので喜んだだろう。だがその時はすっかり忘れていた。私は人を驚かせるのも好きだが、喜ばせるのも好きなのだ。

お互い違うメニューを注文してシェアしながら食べた。どちらも美味しかったが、それぞれ自分の注文した方が美味しかった。私は普通に焼いたステーキで、彼女は牛肉のもろみ焼き。ほう葉の上で、もろみ味噌で漬けた牛肉を焼いたもの、すごく彼女らしいチョイスだなと思った。私はシンプルイズベストなチョイス。凝ったものはあまり注文したことがないが、もろみ焼きの牛肉はとても美味しかった。

※この他に前菜、日本料理でいう先付があった。


※赤身にも脂が染みていて最高の味


※ほう葉の香りともろみ味噌の風味がグッ

お店を出る時に女将らしき方が出てみえて挨拶をしてくれた。なんとなくだが私を不思議そうに眺めた。私もその不思議そうな顔を不思議に思い、不思議そうな顔になってしまった。不思議そうな顔と不思議そうな顔は見つめ合ったが、先にあちらが笑顔になり「またお越しください」というので「おいしかったです」と返すと帳場の中に戻っていかれた。もしかして一度来たことがあるので覚えてみえるのだろうか、いやいやもう12年も前だ。私が誰かに似ていたのかもしれない。

店を出て何処にいくか話し合い、私の好きな出光美術館に行くことにした。彼女が何かの機会があったら行きたいと言っていたところだ。丁度いいので案内することにした。ルオー展が開催されていた。展示物を時間をかけてじっくり観た後は、休憩所でお茶を飲む。ここの休憩所は給茶機があり、暖かいお茶を飲みながらソファに座れば目の前には皇居の緑が広がるご機嫌な場所だ。

私がここを知ったのは、武蔵美時代に日本画や日本美術について勉強しているうちに、琳派に興味を持つようになり、風神雷神がここで展示されていると新聞で読み観に飛んで来たのが最初だった。それから時々お邪魔するようになった。学生証があるので学割もきくし、美術を勉強している身としては学びのモチベーションアップに繋がりそもそも勉強になる。今日は彼女にも喜んでもらえたし、私のラッキースポットかもしれない。


※晴れなのに霞がかかっていた。霞が関の方角だからだろうか。

そもそもといえば、彼女が私をラッキーパーソンだというのは彼女自身の性格によるところが大きいと思う。何か相談して意見を言われるとき、自分の望む回答だけを得られるとは限らない筈で、中には苦言というものもあるだろう。彼女はそういうものにもきちんと対峙し、難問を解決してきたのだろう。人は人に対してあまり深く考えず勝手なことを言うものだ。その中から自分で必要だと思う情報をジャッジし、実行してきたのだ。ラッキーは私が彼女に運んだのではなく、彼女が自分で勝ち得たものだ。いつもそう言うが、それでも私には感謝をしているという。多分こういう謙虚なところも幸運の女神に好かれる所以ではないだろうか。

出光美術館を出た後は、私たちお気に入りの丸の内BUTTONへいった。ここは簡単にいうとリサイクルショップだが、ディスプレイとコンセプトが好きでたまにのぞくお店だ。大切に使っていたものを次の人へバトンを渡すという意味で店名が決められたそうで、何か思い入れや思い出がないと出品できない。ほとんどは買い取りではなく委託という形で様々な品物が並ぶ。プライスカードには、出品された方の名前と品々の思い出が書かれている。


※スタイリッシュなお店

いつの間にこんなに人気のあるお店になったのだろう、人がいっぱいで混み合っていた。そのせいか、値段が高くなっていたように思う。「もう見るだけのお店になっちゃったね」と言いあいながら丸の内を後にした。彼女は以前ここで銀のスプーン5本セットを3千円くらいの値段で買い、私は同じようなものが欲しくて通う度に探すがみつからない。そのうちに商品の値段設定がどんどん高くなってきてしまったのだ。彼女こそが運のいい人なんだと思う。

彼女は以前買った銀のスプーンについて、アイスクリームを食べると熱伝導が普通のスプーンより微妙に違い、口への当たりもやわらかく最高だと言う。多分私ではそんな風に感じられないしわからないだろう。彼女がスプーンを選んだのではなく、スプーンが彼女を選んだのだと思う。ものは長年大切にすると命が宿るのではないだろうか。そんな気がする。 

今年で会うのは最後だからと、良いお年をお迎えくださいと言い合って東京駅で別れた。街はクリスマスカラーの中に新年を祝う色も混ざっていた。クリスマスをどうしようと考えていたが、年賀状も心配しないといけない時期になっていることに気が付き気持ちがざわめく。同時に子どもの帰る時間が迫っていることにも気が付いて、駅の構内を走って電車に乗った。

今年もあと少し、いつの間に年末になったのだろう。以前タイムスリップの小説をよく書いていたが、今は自分が時空を早く進むタイムカプセルに乗っているような気分だ。時を止められるマシンがあったら、今なら使いたいと思う。そのくらいに今は充実していて毎日が幸せなのだ。

【編集後記】

クリスマスをどうしようと頭の片隅で考えていたが、プレゼントは夫が手配してくれてクリスマス会は夫の実家でやる事になった。家でやるつもりだったが姑の脚の具合がよくなくこちらが行くことになった。最近余裕のない私は大助かりだし、細々と人をもてなす準備をするのが好きな姑も喜ぶしで、いい選択になった。それならいつも夫の実家で何もかもやればいいと思われるかもしれないが、いつも甘えるばかりではだめな気がする。親しき仲にもなんとやらだし、人を招くのが好きな人は招かれるのも好きなのだと思う。人を招いて振る舞うのが好きな人のいいおばさんだけでは決してない筈だ。その証拠に、呼べばいつも大量のお土産を抱え、嬉しそうに来てくれる。調子が戻ってこちらに来てくれる日がまた来ることを願いたい。

今日は娘のお達を招いてクリスマス会をすることになっている。マンションのパーティールーム、といっても会議室のような部屋だが、そこを借りてケーキやお菓子などを一緒に食べるだけだ。それでも特別感があり、子どもは嬉しいようだ。何より将来大人になった時に、クリスマス会をやってもらったという思い出になるだろう。今日が終われば私のタスクとしてのクリスマスは終わり。そろそろ年賀状を用意しなければ、その前にライターの仕事と課題の締切もある。秋に申し込んでそのままになっている人間ドックも行きたいし、盗まれた自転車の申請、ダスキン手続き、息子の習い事の手続き、説明会、それからまた孤独になってしまった叔父の様子も見に行きたい、それからそれから。

他に何か忘れていることはないだろうか、毎日が綱渡りをしているような気分。プライベートはダダ漏れだが、ブログはいいメモ代わりにもなっている。

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どんなに忙しくても時間がなくても料理だけはちゃんと作るというのは、私の決意ではなく多分「性分」なのだろうと思う。物心つく頃から台所に立つ母親にいつもくっついて料理が出来るのを見るのが好きだったし、初めて卵焼きを作らせてもらったときは嬉しかったのを覚えている。割と小さな頃から食事の支度も任され、美味しいといって貰えると励みになり、次はもっと美味しいものを作ろうと奮起した。気難しい父も、料理についてはよく褒めてくれた。

そのせいか、家事の中で料理だけは苦痛に思ったことがあまりない。様々なプロセスが体に染み付いているのだろう、手が勝手に動いて料理を作るようなイメージで出来てしまう。逆にその他の家事は何もかもしたくない。特に洗濯物を取り込んで畳むのが苦手だ。洗濯ものを畳むのが嫌で、こんな事を思いついた。大きなカラーバケツを5つ買い、その中に家族4人のものをそれぞれ仕分けて入れ、残りのひとつはタオルやふきんなど所有者不特定のものを入れるのだ。きちんと畳んで収納したい人はそれでいいし、忙しい時はカラーバケツから取ればいい。

そう提案したら夫からNGが出た。そんな事をするくらいなら僕が畳む、と。それから洗濯ものを畳むのは夫の役目になった。だが子ども達も成長し、洗濯ものの量が想像以上に増えたせいか、畳まれることが少なくなった。畳みの部屋にいつもこんもりと洗濯物の山ができている。見かねて私がたまに畳むが、これではまた私の仕事になってしまうと、カラーバケツを買ってきて仕分けた。今度は夫は何も言わなかった。

話を料理に戻すと、料理は私にとって仕事ではなく、「好きなこと」なのだろう。忙しい合間にキッチンに立つとほっとするし、イライラしている時でも何かを刻んだり煮たりしていると、心が落ち着いたりもする。ストレス発散にもなる。自分が好きなことで家族や友人が喜ぶという図式は、とても得をした気持ちになる。

手作りの何がいいかというと、好きなものを好きな味に調理できること、外食というのは味が濃過ぎるものが多い。それから作り手がわかるということ。食品偽装問題など様々な事件が世間を賑わせることがあるが、見ず知らずの他人の作るものが全て由緒正しいという前提のような考えがまず変だと思う。あってはならないが、そういうこともありえると考えていた方がいい。

今は語るのがタブーのような空気だが、放射能問題も未だ考えないといけないだろう。放射能パニックからもうすぐ5年経とうとしており、私もそれほど神経質にはならなくなったが、問題の本質は何も変わってないのだろう。ただ、世間が「慣れた」のと、その問題を語るのに「飽きた」だけなのだ。

放射能は極端な例だが、普通に販売されているものでも、保存料だの合成料、着色料が山盛りだ。これら微々たる量かもしれないが、定期的に好んで食べることでいつの間にか体内に蓄積され、なかなか排出されないものだ。一切食べるなとは言えないし、そこまで極端なことは言いたくないが、知っているのと知らないのとではやり違うだろうと、子ども達には食べながら話すこともある。

私は結婚前にひとり暮らしをしていた。その頃は本当に正しい理想的な食生活だった。まず基本は手作り、しかも家では肉を食べないと決めていた。それからジャンクフードもジュースなどの清涼飲料水も飲まない、甘いものは食べない。甘いものが好きではないちうより、糖分は主に赤ワインで足りていたのだろう。その証拠に、アルコールを一切絶っていた、妊娠授乳中は甘いものが食べたくて苦しいほどだった。

そして結婚し、すぐに妊娠し出産した。高齢出産だったが子どもは丈夫で産後の肥立ちも悪くなかった。今思えば、独身時代の正しい食生活により身体がいい塩梅に耕されていたのではないだろうか。その後、二人目を妊娠したが、一度は流産してしまった。この頃、夫が市販のお菓子やジャンクフードが好きで、付き合いでよく食べていた。やはりこういう食べ物はダメだと食生活を見直し、次に妊娠した時は無事に出産できた。流産の理由は、高齢出産、ストレス、他にも色々あったかもしれないが、私は食べるものの影響だと今でも思っている。あの頃まだあの人と出会っていなかったし、色々あったがママ友付き合いで悩んではいなかったので、ストレスではなかっただろう。

独身時代はお金はないが時間はたっぷりあった。なので何もかも手作りをしたり、工夫したり、時間をかけて料理をしたりした。マンションの裏手に蓬が群生する公園があり、それを摘んで草餅を作ってその時は友達だった夫にご馳走したりした。よくゴルフの練習場にいったが、なんとなく食事の代金はは夫もち、お茶は私もちというルールが発生していた。夫は会う度豪華な食事をご馳走してくれ、私は練習場に設置されているベンダーのカップコーヒーを買ってあげて簡単な手作りお菓子を持参して一緒に食べた。懐かしい思い出。

今思えば裏の公園で摘んだ草で作った手作りお菓子など、少々恥ずかしいし人によっては嫌かもしれない。夫がその頃どんな気持ちで食べてくれたのかわからないが、特に変とも思わず喜んでいたことは確かだ。義理の母がそういう人で、手作りの様々なものを食べていたのだろう。蓬の手作り草餅も義理の母なら作りそうだ。私も母が作るのを手伝った覚えがある。蓬は散歩道にいくらでも生えていた。多分、夫と私はそんな小さな同じ価値観で結婚したのではないだろうか。

今、仲良くしている友達は、料理がすごく好きで拘る人もいれば、料理だけは苦手という人もいる。すごく好きな人の話は興味深いし、好きじゃない人は私の料理を美味しいといって食べてくれる。若い頃は、手作りの良さ、楽しさを共有したくて、好きじゃない人にもそうなって欲しいと様々な説得をこころみたりもした。だが、好きなものは好きで、そうじゃないものはそのままでいいと思えるようになった。

何かを強制させられる程辛いことはない。洗濯ものを畳むのが嫌いになったのは、実家の両親が躾として強要したからだ。本当に嫌だった気持ちが今でも残っているのだろう。そう思いついて、子どもには無理に何かをやらせないようにしなくてはと思った。だから私は「勉強しろ」とは決して言わないようにしている。勉強が嫌いになったら、人が人として生きていくことが出来なくなるからだ。



※蒸かした薩摩芋が残ったのでスイートポテトにしたら、あっという間に食べてくれた。


 
※茶碗蒸しを作る時は、小さな器にいくつも作る。残されるのが嫌だし、たくさん食べたい人は、お代わりすればよい。これはIKEAのキャンドルホルダーのカップ。

 
※子どもが好きなおでんの具、巾着。市販のものは美味しいものがないので作っている。今日は残った焼売の具とおもち。

【編集後記】
先日のテストで一緒だったSさんに、お伝えしたい事がありチャンスを伺っているがなかなか話す機会がない。無駄話はよくするが、いざこの話をしようとすると誰かがすっと来たりする。何を話したいかというと、現実になるかもしれない妄想を話したくてたまらないのだ。この「現実になるかもしれない妄想」というやつ、他の言葉でいえば第六感という。でも残念ながら自分でコントロールできないし、事が起きてからああこれだったのかと思うこともしばしば。起こってしまった後は人に話さないことにしている。後だしジャンケンと同じ扱いになるのは必至だからだ。来年早々、トラベルライティングの学外授業で、富士屋ホテルにランチを食べにいくことになっている。帰りの方向が同じだから、話す機会がある筈だ。忘れないようにメモ代わりにここに書いておくことにする。もしかしてSさんがこのブログを見たら、話しって何?と聞いてくれるかもしれない。

最近、といってももう随分経つが、近所にできたオフィスビルの一階のレストランフロアには、割と美味しいお店が集まったと評判だ。誰か友達とランチというと、今まではちょっと離れたお店にわざわざ出かけていた。悪意を隠そうともしない人々に遭遇するのが嫌だったのと、近くに行きたいと思うお店がないからだ。ちょっと足を伸ばせばすぐ銀座で、名店は迷うほどある。なのでそちらに行く事が多かったが、最近は行ってみたいお店も増え、近所でお茶やランチにも出かけるようになった。

先週は3回そのビルでランチをした。2回は石川亭という家庭的なフレンチレストランで、ボリュームがありすぎるのがたまに傷だが、そのせいで人気店でもある。とても美味しい。
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とある日は夫と一緒に行った。前菜にゴボウのクリームスープをいただいたのだが、美味しすぎてシェアする筈がほとんど私が食べてしまった。

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ハムのテリーヌも「口の中でとろける」美味しさだ。※これは「使い古された慣用句」といって多用しない方がいい表現だが、あえて使ってみた。これも勉強。


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バラ肉のトマト煮は二人前くらいのボリューム。 美味しくて大ヒット!また食べたい。
 
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ハンバーグに至っては半分も食べられなかった。家なら四つ分になりそうな肉塊。

テラスで頂いたのだが途中寒くなったのに気付かず、色々話し込んでいるうちにお腹が痛くなった。頑丈な夫は自分と私の残したほぼ二人分を平らげ、「晩は水炊きを食べたい」と、骨つきだのガラだの腿だの様々な種類の大量の鶏肉をその足で買っていた。もう人種が違うのだと思う。

別な日は友達とまた石川亭にいった。この時頼んだものもボリュームがあり美味しかった。この時もシェアしたが、ふたりともメインは残してしまった。彼女は最近人生のステージがあがり始め、それを私のお蔭だという。私と会うと運気があがり、アドバイスを聞くと現状に納得できるそうだ。私は何もした覚えもないし、そんな力はないが、元気のない彼女が帰りには輝くような笑顔で帰っていくのをみると私まで嬉しくなる。

また、ある日は最近しょっちゅう会っている別の友人と別の店でステーキランチを食べた。石川亭と違ってちょっとフォーマルなお店で、目の前でステーキを焼いてくれる。雰囲気はいいが、ステーキが外れだった。前出の、私と会うと運気があがると言ってくれる友人が、「ボーナスが出たらご馳走する」と言ってくれているが、違うところに行きたい。約束したお店に先行して食事をしてしまい、申し訳ないので黙ってその店でご馳走になるべきか。まあその日が来たら正直に相談しようと思う。白い唐揚げのお店も気になる。

【編集後記】

この編集後記を書くのは、例の毎日ブログを書いているクラスメイトがそうしているから真似たのだ。彼女は綺麗な女性で、群れない日和らない男前だ。美活にも健活にも余念がなく、ブログから日々幸せに過ごしているのが生き生きと伝わってくる。最近こういう人との出会いが多くなった気がするのは、私の悩みが終焉を迎えているからだろうか。だとしたらとても嬉しい。

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