芸大に通う豊洲ママのblog♡♡♡

カテゴリ: 仕事

※本イベントは開催中止となりました。たくさんのお申し込みをありがとうございました。

今日は宣伝広報のためにブログを書いています。

 あちらにも書きましたが、こちらにも書きます。
   
豊洲こども食堂」プレゼンツ、香山リカ講演会『なぜ今こども食堂が必要なのか』開催します。

「今、こども食堂は日本中で大きなムーブメントになっています。子どもたちを貧困や孤食から救おうと、様々な個人の方や自治体が活動しており、その数も増え続けています。豊洲にかぎっては必要ないと思われるでしょうか。いいえ、「豊洲だからこそ」開催する意義があると私は考えました。たったひとりで始めた「豊洲こども食堂」は、現在はたくさんの方のご支援ご協力をいただくことができました。感謝の気持ちと「豊洲こども食堂」オープン記念事業といたしましてイベントを企画しました。

立教大学教授、精神科医の香山リカ先生をお招きして講演会を開催します。

香山リカ先生のプロフィールはこちら (プロフィール

1960年北海道生まれ。東京医科大卒。
豊富な臨床経験を生かして、現代人の心の問題を中心にさまざまなメディアで発言を続けている。
専門は精神病理学。
NHKラジオ「香山リカのココロの美容液」でパーソナリティをつとめる。
北海道新聞(ふわっとライフ)、中日新聞(香山リカのハート・ナビ)、 毎日新聞(ココロの万華  鏡)、創(「こころの時代」解体新書)
精神科医・立教大学現代心理学部映像身体学科教授
神戸芸術工科大学大学院客員教授
筑波大学大学院客員教授

香山リカ先生は、人権問題をはじめ様々な社会問題に真っ向から立ち向かう素晴らしい先生です。みなさま是非ご参加いただき、香山リカ先生の講演をお聞きになってください。入場無料、小さなお子様も一緒にご入場いただけます。

また、講演会の最後に香山リカ先生のサイン本やお菓子の詰め合わせが当たる抽選会があります。受付でお配りするプログラムに番号が書いてあります。そちらの番号で抽選となりますので最後まで無くさないようにお持ちください。厳正なる抽選のため、当日壇上で番号を選ばせていただきます。」

おひとり様もママ友ご一緒でも、どちらも大歓迎。未就学児のお子さまもご入場いただけます。

入場無料です。

【日 時】 平成29年6月27日(火)
 10:30~12:30 (10:00開場)
【会 場】 豊洲文化センターホール (豊洲シビックセンター5F大ホールです)
【定 員】 300名(申し込み順)
【講 師】 香山 リカ(精神科医・立教大学現代心理学部教授)  

共催 :江東区社会福祉協議会
後援 :江東区教育委員会
協賛 ;豊洲商友会協同組合、豊洲シエルコート商店会、株式会社三栄堂、くまざわ書店豊洲店、フードストアAoki豊洲店、グランルパサカガミ豊洲店、マクドナルド豊洲店、こども食堂ネットワーク、長谷工リアルエステート
 

【申し込み方法】
電話、FAX、メールでお申込みください。
※定員に満たない場合は当日も受付いたします。
※お席は当日先着順です。 

【お申し込み先】  
社会福祉法人 江東区社会福祉協議会
〒135-0016 江東区東陽6-2-17 高齢者総合福祉センター
電話 03-3647-1200 
FAX 03-5683-1570
受付時間:午前8時30分〜午後5時(土日祝日のぞく)
E-mail:suishin@koto-shakyo.or.jp         
        
詳細は以下のチラシ、街のポスターなどでご確認ください。
      
こども食堂運営につきましては、今後もご支援ご協力をお願い致します。お振り込みをいただける場合は「ゆうちょ銀行」 記号10100番号89349801 口座名「トヨスコドモショクドウ」にお願いします。ボランティアや食材の提供もお待ちしております。

こども食堂へのお問い合わせは、 toyosu.kodomoshokudou@gmail.com までご連絡ください。

こども食堂、講演会、どちらもたくさんの方のご参加をお待ちしております。 

香山リカ講演会チラシ表
香山リカ講演会チラシ裏

以下のメディアでも講演会、豊洲こども食堂についてご紹介いただいています。

豊洲で人気急上昇中のブログ「とよすと」 さん
なぜ今こども食堂が必要なのか | とよすと

ライフスタイルマガジンTOYOSU MAGAZINE
第45回 「豊洲の人物探訪」~「こども食堂」森生ゆり子氏~【豊洲マガジン】

PLUS TS net|東京湾岸スタイル 〜TS PLUS〜 ポータルサイト
6/27(火)香山リカ講演会「なぜ今こども食堂が必要なのか」(入場無

社会福祉法人江東社会福祉協議会サイト
地域福祉セミナー 香山リカ講演会「なぜ今こども食堂が必要なのか ...

情報誌ぱど【掲載版 : タブロイド首都圏直営版 / 掲載号:1422号】
 広告名:豊洲こども食堂
エリア:330(豊洲・月島・勝どき)
掲載URL : http://ebook.padonavi.net/eb/t_pado/20170428/330

講演会、こども食堂のポスターは町内会掲示板にも順次掲示予定です。QRコードで情報検索いただけます。

今は「赤ちゃんお子様もどうぞ」「後援:江東区教育委員会」とチラシに入れ忘れたので、シールを作って貼っているところ。ご希望の方にはお送りしますので、メールに住所氏名を書いてお送りください。講演会、こども食堂のご周知もよろしくお願いいたします。入場無料ですので是非みなさまお誘いあわせの上お越しください。

お待ちしております。


やっとインフルエンザから脱却できそうな本日罹患5日目、体調はほとんどいいが、医者からもらったパンフによると「熱が下がっても、しばらくはインフルエンザウィルスが残っているため、他の人に罹患させる可能性があります。」とある。5日目までは家にいないといけないそうな。ちょっと外に出たい気持ちもあるけれど、念のためもう1日家にいようと思う。それでなくても家はもう廃墟と間違えられそうな惨状、こでも起きてちょこちょこ片付けたからこれで済んでいるけれど、そうじゃなかったら本当の汚屋敷。夕べは夕べでせっかく子ども達も寝入ったところに夫が遅くに帰って来て、それからまた勉強がどうの片付けていないだのこれやったの(なんかの悪戯)誰だ僕じゃない私じゃないとわーわーやりだしそこから夫のいつものdis節がさく裂し「あの高卒かあちゃんは一体何やってんだよ」とインフルエンザで寝ているとわかっているのに大声でののしりだし、それはいつものことなのでよしとして一体いつまで子ど達を起こしておくつもりなんだろうとイライラすること約2時間、とうとう0時を回ったところで私がブチ切れ、それならもう今夜はずっと起きていなさいとテレビをつけて観たった。そうなると反抗的なやつらは急に寝出して、明日起きられないとかテレビうるさいといいだす。一体全体あんたらが今までどれだけうるさかったかと思うのしかも私インフルエンザで寝ているのに。でもその後せんとくんと一緒に寝たせいかぐっすり眠れて、これはひとりで伸び伸び眠れてしかも寂しくなくていいと思った。

既婚女性と独身女性の美貌の違い、それから子どものいる人といない人と比べ、年齢を重ねるごとに顕著なのは、自分にお金をかけられるかそうでないかは勿論だが、「睡眠時間」や「睡眠の質」も大きいと思う。ひとり暮らしもしくはdinksなんかで自分が好きな時間に眠り、もちろん仕事や勉強で時間制限があるとしても、何も物音もなくしんとした空間で寝られる人と、寝入りばなに怒鳴り声で起き、そこから寝る寝ない早く寝ろだのわんわんやってもー頭に血がのぼっちゃって熟睡なんて出来ない!という毎日かっていうのは本当に健康にも美容にも響くわけ。全く私Twitterの方にも書いたけど、結婚したばかりの頃は一緒に寝ている夫の鼾で夜眠れなくて死にそうだったし、子ども産んでからは夜泣きで寝られなかったし、子どもが小さな頃はやっと早く寝かせたと思ったら夫が必ずバッドタイミングで帰ってくるし娘の受験だとかって帰って来てずっと夜中まで大音量の暴言を聞き続け夫がたまに帰って来ない日があるかとほっとすれば、子ども達は夜中に起き出しキッチンでめちゃめちゃな料理を作ってテレビを大音量で見ている。しかも至近距離に椅子を並べて。何故至近距離化というと私が『テレビは離れてみなさい」という注意に反発しているという。もう何もかも好きにしていいから防音室で眠りたいものだと思う。

また前置きが長くなり、今日は「ご無沙汰のインフルエンザの思い出」などとタイトルして、もう7年前にもなるけれど、夫を抜いて一家でインフルエンザに罹り、息子はあとちょっと発見が遅かったら命が危なかったなどと言われて、あの時は総合病院も今のように「初診料5千円」とか「同じく八千円」とかそういうのもなく、聖路加も24時間365日いつ行っても診てもらえて本当に助かっていた頃、もし今あの状態だったら週明けまで様子などと判断していたら息子は。現に私、土曜日に早朝から発熱したもんだから、なんとなくインフルだとわかっていたけれど、苦しくて起きられずじっとしていた。夫に頼んで病院行くくらいなら死んだほうがマシなどと悶々としていて、人ってこうして生死が決まる時があるなとも感じた。その時聖路加に息子と共に入院したんだけど、もちろん息子だけ入院、聖路加は親が付き添わないと行けないのでインフルエンザのまま付き添い、簡易ベッドは痛くて冷たくて部屋が冷蔵庫のように寒くて夜中震えあがったという話、夜中にこそっと息子のベッドにもぐりこんで息子を抱いて「ああ、温かい」とやっとぽかぽかした話とか色々あったけどまたにする。

その他もう一件書こうと思ったのは、インフルエンザで寝ていてなんか急に孤独を感じて、自分はこの世にひとりぼっちなんだと悲しくなりそのまま鬱になってしまった話も書きたかった。今日起きたら治ったみたいなのでもういいっちゃあいいんだけれど、久しぶりに感じたさめざめとした孤独、あれもちょうど7年前、息子産んだばかりで息子とベッドに寝ていて、家族は家の中に全員いるのに、急に怖いくらいの孤独を感じて死にたくなった時のことを思い出した。家族がいて子どもが二人もいて、孤独なんて冗談じゃないと思うかもしれないけれど、こっちこそ冗談じゃないと言いたい。子どもを産んだからこそ感じる苦悩、それに繋がる孤独、子どもを産んだことのない人にはわからない領域の話だと思う。よく元気アナウンサーが結婚して子ども産んだ途端に様々な理由で自死してしまうけれど、本当によくわかる。もう孤独の穴に落ち込んだら出てこられないのよ。私はこれまた何かのお導きといえば大袈裟だけれど、本当に寸でのところで友達が気が付いてくれて出してくれたのよ。しかも遠くに住んでいる地元の友達。まああの頃はそういう人にじゃないと色々ぶっちゃけて話できなかったから。この時に友達と思い切って出かけた旅行で買ったのがせんとくんのぬいぐるみ。せんとくんの顔を見ると、ボスママやその不愉快な仲間達の事で死ぬほど悩んで苦しくて消えてしまいたいと思い続けた日々なんかも思い出す。あいつら決して許した訳じゃないし今でもそれは続いているけれど、仕方ないなって感じ。でもそのうちなんらかの機会に〆たいと思っている。様子見。

私の数少ない親友せんとくん。

で、すみません本当に前置きが長くなり。

タイトルの通り、例のヤマト運輸の再配達問題ですが、私があの記事を書いてから、ようやくちょっと進展があったように思うので書いてみたい。

ある日いつものようにヤマトさんが荷物を配送してくれたことが考えるきっかけだった。この日はたまたま自分の注文したものが多く、山のような荷物を綺麗な配達員さんがニコニコと運んできてくれた。私はお礼を言って荷物を受け取ったが、今私がたまたま在宅だったからいいようなものの、もし不在だったらどうなったか考えてみた。お節介にも色々聞いてみると、再配達は非常に多いという。宅配ロッカーがあるのにと思ったら、ほとんど午前中でいっぱいになり、再配達防止の役にたたないのだという。

私はとある事を思い出した。以前、普通にママ友グループに所属し、ボスママおよびその腹心達にいいようにされていた頃、私はその当時のボスママ(のちにキングオブボスママが混ざってからはNO.2になった。この辺りの話もまた別に書きたい。こんな面白い話を書くのを忘れていた)に、何かを自宅に届けるように仰せつかった。朝晩バス停で会うからその時でもいいのに、なぜか忘れたが自宅にそれを持って行った。「宅配ボックスに入れておいて」という。で、宅配ロッカーで「配達」の操作をすると、なんといっぱいだという。えっ!と思ってびっくりした。幼児園のバスが行ってしまったばかりなので、遅くとも9時か10時の間だった。

「もう宅配ロッカーいっぱいなんだ、なんか特別な日なのかな」

などと思ったが、後に配達に来てくれたヤマトの方に聞くと、「最近はいつもそうなんですよ」と言っていた。これ、確か娘がもにゃもにゃすぽーつ幼児園の年少組の時だから、2008年、息子がお腹にいた頃よ。そうそう、20008年だった。こんな昔から宅配ロッカーいっぱいで再配達困る問題は起きていたのだ。なのに誰もヤマトの配送の方の苦労も考えず、あっちのAmazonこっちの楽天で好きなように買い物をし、時間指定も市内から昼間に不在の荷物は全部再配達になった。やっと10年の時を経て、

「昼間はもう配達しません」

となっても全然不思議ではない。 主要ニュースはこちら。   
   
あの私が初めてこの問題を投げ込んだ時のNEWSPICKREたちの戯言をここに紹介したい。2012年4月
『Amazon やそのカスタマーからヤマト運輸が受けているハラスメント撲滅のために』    
https://newspicks.com/news/1516695?ref=search&ref_q=%E8%8A%B8%E5%A4%A7%E3%81%AB%E9%80%9A%E3%81%86%E3%83%9E%E3%83%9E&ref_t=top   

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※リンク飛ばないのでスクショしたった。
   
ほとんどが、「再配達問題?」「はあ?」「そんなの企業努力が不足しているだけ」みたいな冷ややかな意見。「宅配ボックスを増やせばいいだけ」なんてのも!それが一年の後、皆それぞれが様々に考えるところがあったのだろう。こんな風に代わっている笑

『ヤマトが昼の配達取りやめ検討 正午から14時、来年度にも』
https://newspicks.com/news/2093742/


昼間の配達をなしにというのはとてもいい。しかしロングランチタイムが働く士気を高めるかというと、それもちょっと懐疑的。働く側からしたら、昼間休憩が長くなる分夜遅くなるとしたら余計な施策ともいえるかもしれない。色々問題は残るが「再配達は大問題」という認識が出来、解決策についても一歩前進ということで本当に良かった。

でも一番の解決策は、Amazonがもう独自に配送システムを作ればいいだけの話。Amazonの中だけで配送まで完結させるということはとても意義があり、Amazonという巨大サービスが更に付加価値を持つことになる。それとあのなんでもかんでもAmazonの段ボールというのも廃止した方がいいと思う。パッキングも厳重すぎて封を開ける時にちょっと引いてしまう。ゴミも大量に発生するし、もうちょっとなんとかならないのかなといつも思う。Amazonとgoogleは大きくなり過ぎたと人々は言うが、だからこそ出来ることがたくさんあると思う。まずは配送部門を作ってくださーい。私も体調いい時はパートくらいしますよ(*´▽`*)

NHKの関係で色々話をして、本物のタワマンとは一体なんなのか自分も興味を持った。思えば豊洲にあるタワマン、昔からあるシエルタワーは何度かお邪魔したことはあるが、他のタワマンは行ったことがない。さすがママ友ゼロだとまた感心してしまった。でも自分の小説を完成させるとか、番組協力のために一度見てみたいと思った。つてを当たってあのタワマンを案内してくれるという人に行きあたった。さすがママ友ゼロだが顔は広くなったものだとまた感心してしまった。

そういう訳で豊洲で一番新しくて巨大なタワマン、確かかなり昔のブログでも紹介したことがあり、その時はまだ建設中だった。探してみたら確かにあった。普通に紹介していた記事の方を貼ってみる。もう一件紹介している記事もあったと思う、そちらには「巨大なママ友製造マシン」と紹介した。多分あのマンションの中で色々苦労している方もみえるのだろうと想像する。「ママ友なんて期間限定のご近所付き合い。あまり深入りせず適当にしたほうがいいですよ。今日のママ友は明日の敵、いったん仲が悪くなると修復は絶対不可能ですからね」

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あの時のブログを読むと、色々と躊躇しながらそおっと書いていたことがわかる。こんな事書いていいのだろうかとか、豊洲のイメージダウンにならないかとか、マンションデベからクレームがきたらどうしようとか。それが今や築地移転の豊洲市場の問題で豊洲はかなりイメージダウンしている。でも住むには便利で楽しい街として、販売されるマンションは全て完売している。もういい加減供給もストップするだろうと思いきや、豊洲公園の前の空き地、以前は横峯式保育園とヤマトの配送センターがあったところ、今巨大な更地になっているが、ここにもマンションが出来るそう。もう本当に豊洲は美味しい街なのだろうと感じた。



夕闇迫る豪華なタワマン。この護岸は水陸両用車が運行する予定になっているが、豊洲市場が難航しているせいでその計画もストップしている。
   


こちらがSKYZスカイズの方。巨大なタワマン。1110戸44階建て地下2階
   


こっちがBAYZベイズと言われる方。SKYZの後完成。BAYZについては豊洲の有名人的なこの人のブログを貼る。


二つのマンションを挟む道路。
   




ロビーってどこのマンションもゲームする子どもしかいないよね。

 
あちらこちらにこうしたスペースが。


マンションの中にファミマがあった。ららぽーとに隣接しているパークシティにはローソンが入っている。TOYOSUタワーにはセブンイレブンが入っているらしく、何か協定でもあるのだろうか。


一階の通路。メインエントランスじゃない出口が気になり案内して貰った。   


西側の出口からはエレベーターで歩道橋に繋がり、ゆりかもめの「新豊洲駅」直結だそう。奥にみえる建物は東京ガスの本社。次の駅は「市場前」となっていて、東京ガスの跡地に豊洲市場を作ったので色々出てくると言われている。豊洲市場やるかやらないか、もう間もなく答え出るんじゃないでしょうか。


パーティルームのひとつ。こういう独立したパーティスペースがたくさんあった。いっそのことここで「豊洲西こども食堂」やればいいと思った。私のこども食堂のコンセプトは「ママ友付き合いで苦労しているぼっち救済」こういう駅や街の中心部からちょっと離れた巨大タワマンは、苦労していそうな人がいっぱいいそうだと感じた。


テラスにバーベキューの出来るスペースが。いつも予約でいっぱいらしい。


ゲームをしている子ども達がいたサロンを裏から見たところ。

   


スタディルームもある。いいですね!使用料は無料のせいか、時々外部の人が入り込み困るそう。えーそんな人いるんだ!豊洲図書館に行けばいいのに。というか、こんなちょっと交通が不便なよそのマンションまで来て一体なんのために。
   


パノラマ写真にしてわかりにくいけど、マンションの中心部が円形のエレベーターホールになっていて、階により使用するエレベーターが違う。卒論で書いた小説にも出てきます。主人公はボスママとエレベーターで鉢合わせをするのが嫌で、わざわざ低層階のエレベーターを使い、非常階段で家を出入りしています。ふふふ、実際ありそうでしょ。


40階くらい?高層階にあるロビー

   

そっからみた景色。レインボーブリッジが見えるから西方面。


綺麗すぎる。

 
南方面。青くみえるのがゲートブリッジ。私はここをドライブするのが大好き、思い出の橋でもある。こんな風にみえるんだと感慨深い。
    
    


広々しています。飲食禁止です。また別のロビー的スペース。こういう場所があっちもこっちにも。
    
    


裏からみたところ。何か注意が貼ってある。


スカイツリー方面、手前にららぽーと豊洲がみえます。東北方面。
    
    


東京タワー方面、北向き。



屋上です。もう絶景すぎて眩暈した。暗くて写らなかったけれど、この反対側の後ろに天体望遠鏡ドームがあった。そうそう、このマンションの天体望遠鏡ルームは「元キャナリーゼゆり子の豊洲にいた時日記」で主人公の住む100年後のタワマンに天体望遠鏡ルームがある設定にしたのもこのマンションをヒントにしたのよ。

"エレベーターの中にチラシが貼ってあります。どうも最上階には天体望遠鏡があり、星を観測するイベントがあるようです。英語なので詳しくはわかりませんが、近々開催されるようです。"
『元キャナリーゼゆり子の豊洲にいた時日記「ママ友は友達?」』なんか初めてお邪魔したのに懐かしい気がしました。

 
         
キッズルーム、ひろおおおおおおおい!真ん中は畳敷き。


壁には大きな黒板が。上半分は素敵なイラスト、下半分は子ども達が自由に落書きが出来るそうです。

 
上層階にあるレストランに。マンションの中にレストランがあるんですよ、すごくないですか。パークシティの上層階にバーがあるのは知っていますがこちらはレストランが。でも豊洲駅からもちょっとあるし、飲食街からも少しあるのでそのせいかも。広い!
    
    


どこに座ってもいいそうです。
    
    


レストランの隣にオープンスペース的な個室が。貸し切りパーティなどをするそう。セレブウ!

    
    


お金持ちの図書ルームって感じね。ここもパティ―スペース。


素敵な絵。ロイヤルブルーが入ると絵が締まるわね。私も今度作品作る時はこの色をどこかに入れよう。カサブランカ、百合の花。ウェルカムゆり子ってことなのね、うんうん。


窓の外が気になる。また東京タワーをパシャリ
    
    


どれも美味しかった。アイスクリームは300円で三つも盛られていた。息子と半分こした。
    
    


どうもお邪魔しました。夜の全景。右端にみえるのは、芝浦工業大学の中高一貫校、この春オープンですってよ。お金かかりそうな私立は子どもを入れたくない。
    
    

 
楽しかった、「なんか別世界観ちゃったね!」と息子。私は脳内をずっとドヴォルザークの『新世界』が鳴り響いていた。
    
    


護岸を挟んで豊洲で一番大きな総合病院「昭和医大江東豊洲病院」最近この辺の人は聖路加ではなくここで赤ちゃん産むらしい。いいなー!私もここで産みたかった!!


ららぽーと豊洲のフードコートからSKYZ、BAYZ方面。燦然と輝くシャンデリアのようなマンション。機会があれば是非住んでみたいですね!どうもありがとうございました。




一昨日終わった第四回こども食堂のあれこれ、あちらは公式ブログなので書けないことをこっちに書きたい。とはいえ「豊洲こども食堂」で検索すると、こちらのブログがヒットするようで、そこからリンクをたどってこども食堂ブログに行くのだと何人もの方に教えてもらった。いつもの通り新規の方とか初見のママさんたちに「これよかったら読んでください」と蒼い鹿の名刺を出すと、「ああこれ読んでます」などと言われ「あ、ああ、そうですか」と顔が赤くなるということが何度もあった。「ふふん、読んで驚くな」と思っていたのにこっちが驚かされたという。

ブログがヒットしているという事なのでいいのだが、やっぱり恥ずかしい!!あれもこれもそれも全部読んだ?ねえ、こども食堂のところだけだよね?他は読んでないよね読みにくいから、と念じてみたり。でも先日初期の123を削除したのでNHKざまあと思っているけれど、やっぱり読まれてなんぼじゃない?小説の方は卒業祝いで『キャナリーゼの憂鬱』を公開してみた。

これもねえ、もう10年も前から書き出して、書いては閉じて叱られて話題になりと色々だったが卒業制作でやっと完成できた。大学入ったばかりは「もうママ友の話はダサい、違うものを」と思って色々アイデアを出して書き散らかしたら大学の先生一年目という馬鹿に嫉妬されて嫌がらせされてそのせいでN先生もうフランスに帰っちゃうくらいの事態になった。もうあの馬鹿あのまま置いておいたら「ほらみたことか」という事になるからみててごらん。それにしても豊洲も大学も「たったひとりの敵対してくるバカのせいで組織や街ぐるみを敵にまわすことになった」というのはとても興味深いと思う。

そしてまた前置きが長くなったが「第四回豊洲こども食堂」の話。もう四回目、まだ四回目。でもだいぶ慣れて手順もやり方もだんだん定型化してきた。今回準備はほぼ私ひとりでやったんだお。また「お」になったオモシロ。一時間野菜を刻んてくれる人、それから食堂オープン前に来て下さる方がいらしたけれど、その時はもう何もかも作り終わっていて、「カレーの味が決まらないからりんご入れてみよう」とか、「コンソメの素あったら良かった」などとギャーギャーやっていたけれど、当初考えていた「私ひとりでもやってみよう」というのが出来て、これはこれでなんだか嬉しかった。大きなお鍋にカレーを作り、ひとりふたり来るお客さんとママ友同士の悩みを話し合ったり、一緒にカレーを作ったり、なんて。

でも蓋をあけたらたくさんの支援や子ども達も集まり、本当に良かったと思う。「こども食堂」というパッケージとはいえ、「ママ友で悩んでいるお母さんのシェルターに」という理念も江東経済新聞さんが上手くまとめてネットにあげてくれて、今はもうママ友同士でくるお母さんたちは誰もいなくなった。代わりに子どもはお友達同士でオーケーのせいか、いっぱい来てくれるようになった。ひとりで来る子も一緒にカレーを食べたり、ちょっと居心地悪そうな子はフォローしたり。うんうん、いい感じいい感じ。

それから今回食器を使い捨てのお弁当箱にしてみたら、洗い物が少なくなり楽だったのでずっとこうしようと思う。多少お金はかかるが、疲れてしまっては楽しくないし、ボランティアの方だって洗いものばっかりは大変だと思う。そもそも私、来てくれた人とカレー食べたり話をしたりして、オープンの半分くらいはそんな時間。もくもくと働いてくれているボランティアさんに甘えていると思った。そして今回、ぽつーんとひとり食堂で準備をしていて、もう今日はボランティアさんもお客さんも誰も来ないような気がした。息子が早く来たはいいが、乳酸菌飲料を勝手に飲んだり「俺の友達誰も来ない」と大騒ぎをしていて、余計に不安は加速した。

なので今日ある筈の英語クラスのお母さん達に、終わったら来てと声をかけて貰った。もらったというのはそのグループはLINEで繋がっているが、私は「LINEなんて絶対やらん」という迷惑な信念のせいでグループに入っていない。何か連絡することがあると、そのうちのひとりにお願いすることになっている。あー書いていてすごい迷惑な人って気が付いた。どうしよーあちらこちらからもLINEやれやれ言われていて、でももう3回くらい失敗したから嫌なんだよ。SNSって私的にはスタンドアロンで楽しみたいもの。

FACEBOOKだって友達ゼロでやりたいと思って友達申請全部断っていたくらい。でもネットストーカーがFACEBOOKにすごい嫌がらせの友達申請や「知り合いかも?」のところに信じられない写真を貼ったものを並べまくってきた。さすがIT企業がらみの人、こんなことまで出来るんだと思ったが、私も対抗して「普通の知り合いの友達申請を全受付」という対応策で乗り切った。そして今ここって感じだけど、なんかタイムラインも賑やかだし色々なニュースが知れて良かった。「ピンクパンダ」もFacebookしていなかったら知らないままだった。

悪い事をする人っているんですよね!私だって多分人からみたらこのブログも悪いって思う人がたくさんいるだろう。でもその人が何もかも悪い人かというと、家族思いだったり時々近所のお年寄りには親切にしたりということもある。でも悪い事は悪い、例えば私をイジメたボスママだって、私以外の人には親切で感じが良かった。会社でもよく働き頭角を現したのは偉いよ、でもイジメは悪いでしょう。そういうこと。私だってこども食堂なんて素敵な慈善事業をするけれど、子どもを怒って叩いて学校に行かせたり、夜ワインがないからと夫に無理やり買いに行かせたりする。何もかもいい人なんて人としてバランスがとれてないのではないかとすら思う。食べ過ぎたり飲みすぎたり毒舌だったりで、真逆のいい事とならせば普通の人間になるのでは、なんて思う。

こども食堂の話。でもオープンしたらどんどん子ども達がきてくれて、あっという間に席が埋まりテンテコマイになった。そこからボランティアの方がひとりふたりと来て下さり、子どもの用事で抜けた方も戻ってきて、いつもの通り大勢での開催になった。あー良かった、やっぱりぼっちは心細い。いつも同じ人とくっついてお茶だランチだママ友ってなんなの?なんて強がっているけれど、こういう時にはありがたい存在。お茶だのランチだの夜飲み会だのと言い出さないし、やるべきことは私以上にテキパキしてくれて色々意見も助言もしてくれる。なんていうか、私の理想のママ友さんたちだと思う。普段はみんな忙しい人達ばかりというのも良かったように思う。人は暇だとぐだぐだ群れて碌なことをしない。「忙しくする」というのも人間の健常な精神状態を保つために必要なものなのではないか。

そうだ、あの100時間労働の過労死問題だって、多分100時間の残業がダメだったんじゃない、パワハラが絶対あったと思う。そういうものって見えないし証明が難しい、なので数値としてわかりやすい「100時間労働」を前面に出しているけれど、西村さんわかってんのかなーわかってないだろうなと感じる。私なんてつい先日、起きている間はずっと卒業制作という日々があったけれど全然辛くなかった。それは好きなことやってるせいと人は言うかもしれないけれど、電通の仕事も楽しかったのではないか。好きな仕事だったら人はどんだけでも働けると思う。でもそれがうちの娘のように「やらされる」というのは耐えられないと思う。勉強でも仕事でも一緒。

そういうところから、私はこども食堂に来てくださるボランティアさんは一切自由にしてもらうようにしている。来るのも帰るのも途中で休憩するのも自由。30分だけボランティアでもう気が済んで帰るというのもあり。途中で子どもの習い事があるからと抜けるかたもいるけれど、全然オッケー。だってボランティアだもの。そのせいか皆さんどんどん意見を言ってくれるし、時々私叱られたりするけれど、そういう空気って協働の場所には必要だと思う。仕事する時はお給料が出るから違うというかもしれないけれど、自由な空気で自分で考えてやらせてもらえるところにはよく働く人がうまれるものだと思う。確か岐阜にそういう会社があり、みながNewsPICKSで絶賛していたが、いざ自分の会社だと出来ないのが現状。もうちょっとこの辺り上に立つ人達が考えれば世の中よくなるし、いじめだってなくなるのに。柳井さんとかもう少し心入れ替えて、売り上げが多少減ってもいいから従業員の幸せを考える人になってほしいと思うわけよ。

そんなこんなでこども食堂いつもありがとうございますという事になっている。三店舗オープンはもしかしてしない方がいいかもしれないけれど、誰かやってくれる人が現れるまでやらないことにした。でないと私が三店舗まわさないといけないことになり、それは今やっている第一号店が疎かになるかもしれずそれならやらない方がいい。「いい人がみつかった」と前に書いたけれど、色々ご家庭の事情もあり難しくなった。なので「こども食堂のつくり方講座」を不定期開催して、人材を発掘しようと思いつく。私がお願いするより「やりたい人をみつける」方が効率がいいし、何もかもスムーズだと気付いた。

なのでもしかして春に三店舗オープンが夏になるかもしれないし秋になるかもしれないし、そのせいで香山リカさん講演会、そうだこれ先にやれば人も集まりやすくなるかも。先に講演会やって人を募集していますと広告して集めればいいと。うーん、いいじゃない。じゃあ早速豊洲シビックセンターに予約に行こうかな。日程は決まり次第報告させていただきます。その前に私のこども食堂の師匠、緒方さんの講座が始まるのでこれも行きたい。一緒に勉強したい方がみえましたら是非ご一緒しましょう。緒方さんにまた講座のノウハウを聞いてきたい。

またこども食堂の話に戻るけど、今回ボランティアさんが集まらないと思っていたので食器を使い捨てのお弁当箱にしたら洗い物が少なくてボランティアさんたちに好評だったのでずっと続けることにした。スプーンも先割れの使い捨てのものにする。確かにちゃんと食器を使って提供すると見栄えはいいけれど、そういうものは重視しないことにしている。何よりみんなが楽しんでやってくれるのが一番だし、来てくれる子ども達もそういうの気にする子はいないと思う。使い捨て容器!食育が!という人もいるかもしれないけれど、やはり組織で一番大切なのは働いてくれる人を慮ることにリソースを使うべき、次にユーザー、次に利益、そして最後は自分。こうしておけば自分もいい感じになるに決まっている。


結局美味しく出来た♡

ということで赤字も解消できたので、まずはボランティアさんは会費を無料にすることにした。今までボランティアやってくれているのに会費とるのってどうなのとは思っていた。でも今回かなり赤字が解消したのでもう大丈夫だと思う。今後もし支援が全然なくなっても、キャベツとひき肉のカレーとか、サラダはその時一番安い旬のものとかでやればいいし、私もライターでちょっと多めにもらえるようになったので自分のお金でやれるはず、夫に文句は言わせない。あの人「つまらないことしやがって」って喧嘩の勢いでいったんだよ。ひどい人でしょう。なのに休みっていうとくっついてきてランチ一緒に食べたがったりわけわかめだわ。もっとかまえということなんだろうけどもう本当にそういうの辛い。まあ一緒に住んであげているというのが私のプレゼントな訳。

あと、今17時から19時までにしているけど、19時からあと30分くらいは延長しようかなと考えだした。働いているお母さんたちが預けてくれるようになり、お迎えがてらカレーを食べてくれるんだけど19時までだとちょっと間に合わない。19時で片付けは始めるけれど、その中でいいならということで。あとサラダとかなくなっているかもしれないけれどそれでもいいならということで。あーでもちゃんともっと余分に用意するようにしよう。先日も最後の15名くらいの方サラダと福神漬けがなかった。福神漬けももう一袋余分に用意しよう。

福神漬けは3つ買う!

これでよし。あとは来月ドライカレーのリクエストがあったけれど、これも野菜を細かく刻むのにフードプロセッサー使うけどモーターが焼き切れそうになっているからもう一つ買って集会場のキッチンに置いておこうかなんて考える。あっ、しまった、先日ダンボールまとめて置いてきてそのままだった。ちゃんと処分しに行かないと。「こども食堂さんが使った後は何もかも綺麗になる」とか思ってもらえるようにしないと。私ちゃんと常識人やろ?私が非常識という人がいたら、その人にとって都合が悪いことがあるから私を非難するだけだ。特に京都造営芸術大学通信教育部文芸コース外苑キャンパス、もう私を叩きまくって自分達の首を絞めているのに気づいていないお目出度い人達。うかうかと悪事をはたらく闖入者をかくまうようなことして、それ犯罪ほう助っていうんですよ。フランス式なのかなあ、日本の法律は厳しいよ。色々策があるが今忙しくてなかなかできない。

今日は友達と待ち合わせて明治神宮と目黒にピザ食べにいく。その後また代官山蔦屋書店に行こうかな.。はっ、もうこんな時間じゃない。待ち合わせ11時なのに支度しないと。わー大変!!!!

ということで今日はこれで。Have a nice day!

最近話題のあの人、キングコング、略してキンコンの西野さんが自分の出版物を無料公開しているそうで、早速みにいってみた。『えんとつ村のプペル』、既に商業ラインに乗っているものを無料公開とは如何なものかと物議まで醸し出しているという。こういうのを炎上とかバズるというが、私は今回の件は「バズッた」の方だと思う。炎上炎上というとまるで地獄変のようにぼうぼうと業火で焼かれるイメージでいうか違うのではないか。例えば読まれたくないこと、悪い事でアクセスが集まるととこれにあたる。でもこの件は、損する人が誰もいないという点では炎上ではない。

なぜこの記事の追記で書くかというと。私が今回した措置、ブログをクローズするというのはこれと反対の事をしているのかなと思ったから。私のブログ、最近特に注目を浴び、以前にも増してあちらこちらからも問い合わせをいただくし、少し前『あさいち』でパクっただけじゃ悪いと思ったのかNHKが取材してくれたくらい。でも前にも書いたようにアンケートだのフリー形式だので色々書かせておいて送ったらなしのつぶて。もう本当にがっかりしてブログをクローズした。なので西野さんの件も私なりの意見、もしかしてまた変わるかもしれないというか変わるだろうからこそ今の考えを書いておこうと思った。

まず、『えんとつ村のプペル』文句なく非常に良い作品、心を打つし色々考えさせるものもあり、ひとりでも多くの子どもに読んでもらいたいと私でも思う。そういう意味では出来の良すぎる作品ともいえる。

まず絵がいい。キンコン西野さんが描かれたそうだが、私がかねがね言っている「出来る人はどこで何をしてもできる」という見本のような人だと思う。クラウドファンディングでも成功し、私は見にいけなかったけど個展もそれで無料にし、絵本を発売したらヒットした。そして販売したものまで無料公開したというとで、他人の事は興味ない私が興味もったくらいなので本当にバズっているのだと思う。

まさに賛否両論色々だが、こういう時代でもあるし、何をやってもいいと私は思う。別に著作権やそれにまつわる法に抵触するわけでもない、本人が大盤振る舞いしているだけなのでありがたく享受すればいいのだと思う。もうすく節分だけれど、キンコン西野さんがいつもより多めに豆を撒いてくれたと。そういうこったと。

それなら絵本作りに関わった他のスタッフはどうなのとか、出版社的にはとか言う人がいるけれど。「それ、あなたに何の迷惑が?」となるのでは。それに「有名人がそうしたらそういう流れになるから皆が迷惑」というのも「流れに乗らなきゃいいだけじゃない」と思う。そしてスタッフたちの入るべき収入が消えて迷惑という理論、私はアホかと、馬鹿かと言いたい。

そういう話題の作品に携われたという名誉はもうずーっといい意味でその人についてまわるだろう。「あのプペルのスタッフだった」というだけで「おお、あの!じゃあもう何もかもお願いします」となり、どーんと報酬もはずまれる訳で、誰も何も損しない。損する人がいるとしたら、「プペル理論」が理解できずにギャーギャーと批判して馬鹿を露呈しているブロガーたちだけだと思う。出版社だって結局は損するどころか大大大ヒットになり、西野さまさまのはず。それにネットで読んでいいと思えばリアルで手元にも置きたいと思うのはあたりまえの流れ。

はーもう凡人からバカのラインにいる人達はこんなこともわからない上に否定するような記事を書いて「自分はアホです」と言っているようなものではないだろうか。

もしかして次の芥川賞は『えんとつ村のプペル』になるんじゃないでしょうか?こんな大胆な発想するのって私くらいやろ?これ読んだ誰かが真似して自分の考えみたいにまた書き出すからみててごらんよ。今ぐぐってみたけど誰もそんな事言う人いなかった。

だって又吉直樹さんが『火花』で芥川賞をとり出版業界はちょっと息を吹き返した。ならば次に西野亮廣さんが芥川賞とっても不思議でもなにもあるまい。今年のノーベル文学賞は、ボブディランだったんだぜ。そのお蔭で「ボブディランは歌手やろ」という不屈の名言まで飛び出した。絵本が芥川賞とって何が悪い?そのくらいやらないと芥川賞の存続も危ぶまれるのではないか。そしてその次の次の次くらは森生ゆり子が芥川賞で、「森生ゆり子は主婦やろ」と誰か言ってくれるのを期待したい。

そういう訳でキンコン西野さんは絵も上手い文章も上手、偉大なる戦略家でもあり喋らせたら一流という、うらやまけしからん人という結論になった。時の運が味方してくれただけというのもあるだろう。それを色々言う人は単純に彼が妬まし、もしくは世の中一方方向でしか物事をみられない気の毒な人。 私が羨ましくてたまらずいじめる事でしか自分をアピールできない豊洲のボスママと同じ括り。

それに有名人が何かしたからってそれをそのまま真似しないといけないという事はないし、むしろそういう時に逆の事をしてみるというのもありだと思う。人と同じことしても面白くないじゃない。それにキンコン西野さんは既にたくさん稼いで余裕もある。私は主婦、だからといってなめてパクるやつらを呪っている。私のブログは自分からどうぞと公開しているけれど、無料で無断でパクッていいなんて一言も言っていないので間違えないで欲しい。

とういうかさあ、結局私も天才なんだと思う。なので私のやることなすこと「人と違う」というだけで誰もわからなくて非難囂々だったけれど、最近やっと時代が私に追いついてきたように感じる。一部のボスママおよびその周りの不愉快な仲間達以外は「そうだったのか」とか、「そういう意味でブログ書いていたの」「小説読ませてください」「卒業制作きっと芥川賞ですね」とか言われるようになった。そしてNHKから正式に取材が今ここって感じ。色々あったが豊洲を牛耳るボスママにいじめられ、豊洲というちっぽけな水槽の中で村八分的にイジメられた経験まで肥やしにした私は偉大だと言っていいと思う。

【結論】『えんとつ村プペル』に文句言う人は世の中わかってないアホ。一生底辺で糸が降りてくるのを待ち続けるがよい。

さて今日は以上。これから昨日の豊洲こども食堂の収支決算してブログ書かないといけないのでこのくらいにする。

そうだ、昨日久しぶりに通帳記帳したら「トクメイキボウ」という名義で一万円も振り込まれていた!どこのどなた様が存じませんが、本当にありがとうございました。これで今月から赤字が解消しました。いい事はみんなで真似しましょう。「豊洲こども食堂」ゆうちょ銀行 記号10100番号89349801 口座名「トヨスコドモショクドウ」にご支援をお願いします。お振込み頂いた資金は豊洲こども食堂およびそれに関するイベントにも使わせていただきます。全ての収支は公開させていただきます。いつもありがとうございます。

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私はこの絵が一番好き。

「どうしてあの人は変わったことが好きなんだろうねえ、寝袋で寝るとかさあ」と朝からブツブツ夫が言っている。娘がすることなすこと理解出来ないと夫は時々嘆いているが、私は全然そう思わない。子どもってそんなもんじゃない?それにきっと「私に似たんだよ」。児童心理学的にいうと、子どもの性格は6歳くらいにほぼ決まりずっと多分かわらない。多分と書いたのは時々様々に気が付いて変わることもあるからだ。それは大きな難問を本当に自分の力で乗り越えた時とか、本当に変わらないと命があやういとかそういう事が起こると「自分で変えよう」と思うこともあるそうで、あと大病すると変わることもある。自分の命が消えかかったショックで、ということなんじゃないだろうか。

私はこれに充てはまるかなあと自己分析している。本当に豊洲のママ友戦争で死にかけたし頭の病気にもなった。鬱とかパニック障害って心の病といわれるけどあれは脳の病気でそれに気が付いた博士とか頭のいい人がそういう脳にプロ―チする治療法を考えてすごく効果があがってるそう。そのうち日本にも入って来て悩める人達が治癒されていくし私も飛行機に乗れるようになると思う。でも日本って遅れてるからなあまあ役人が遅れてるから仕方ないけれども。話を戻してでもそんな風に大人になり性格が変わるなんての何万人にひとりくらいだろう。大人になって変わったという人がいるかもしれないが、それはもともと持っていた気質を表面に出したというだけで、変わったのではないこともある。私も先生のお蔭で変わったと前に書いたがそれはやっぱり小さな頃からもともと持っていたものだったとも思うし病気のせいでもあるし運命が掴んで辺りを変えたとも感じる。

なので夫は娘のことを色々心配するけれど私は全然心配じゃない。きっと娘は私のように生きると思う、だったら大概のことは大丈夫だろう。それにもうひとつ興味深いことがあり、子どもの性格は子どもの意志で決まることもある。例えば両親をみていて「どっちが得か」と考えて利己的な方の性格をみにつける。色々なケースがあるが十人十色で様々な要因が重なり性格はできる。でも出来たら変わらないものと思った方がいい。悪い人は永遠に悪い事をするしいい人は善行を積み重ねる。それぞれ好きな事をしているともいえる。なので娘は私に似て、私は実家の父に似ている。あの人は本当に気まぐれで自分の好きなように生きた人。仕事だって浮き沈みが激しくてママンは苦労していたが、私はこどもなのでこういうもんだと思っていたが、夫みたいな人と結婚したのはいろいろ自分なりに思うところはあったのだろうと感じる。非常に満足。

いつもの如く前置きが長くなったが今日はここでちゃんと改行。またいい事を思いついたのでまだまだ夢の段階だけれど書いてみる。

三店舗に増やして信頼できる人に託すことにした「豊洲こども食堂」、これはまあ一年くらいかけてぼつぼつやるので置いておいて、というかいい感じに空気が温まってきた。私の人を見る目は間違いない、というか三店舗のうち西地区は若い人にお願いすることにした。北はいい人がいたん、この人にゆくゆくは三店舗のとりまとめもお願いしようと思っている。今やっている豊洲小学校エリアはもう何もかもベースができているから誰にお願いしてもいいけど、やっぱり豊洲商友会に繋がる方がいいと思う。そうすれば豊洲商友会の財産ということにもなり更に豊洲のイメージアップに繋がるし、微々たる感じだけれど色々な意味でご恩返しが出来るのではないかと思う。

そういう訳で「豊洲こども食堂プロジェクト」は店舗経営だけでなく様々な試みをやりたいと書いたが、まず何度も言うが「豊洲こども食堂プレゼンツ香山リカ講演会「今なぜこども食堂なのか」」というのはまだ日程もご本人に承諾も頂いていないが今年の年賀状にその旨書いたのでなんとなくそうなんだと思って頂いているように思う。何故香山リカ先生なのか、私にとって香山リカさんはただの有名人ではない。様々な教えを賜った先生でもある。もう5年くらい前にも「香山リカ講演会」を企画してそれは大成功だったと書いたけれど、それからも様々に教えてもらったことがあり、香山リカさんがいなかったらこども食堂だってやってなかった。そして香山リカさんの講演会をいつかもう一度やりたいと思っていて豊洲小学校PTAにもちかけたけれど却下されて、それなら自分でやるからいいと思っていたらこども食堂をやることになり、ここ繋がりでやればいいと思いついた。正直その前は京都造形芸術大学の「こども芸術大学」をベースにやるつもりだったのにあの時活動費の申請出してとせっつかれた割に結局採択されなくてお金がもらえなくなり、「もう自分で営業かけてやるからいい」と言った通りになった。あの時の講演会の資料だってしっかりとってあるのでこれもいつか公開したい。そう、講演会の日程や処々決まり広告宣伝をする時に「前はこんな風にやりました」と公開すればいい宣伝になる。今はやる事多くて手が回らないから勘弁してください。そうだ豊洲シビックセンターに会場の件も聴いておこう。

で、それをまずやるでしょう、その時は来場者がびっくりするくらいたくさんのお土産を持ち帰ってもらう予定。お土産の中身はカレールーなどの食材から文房具化粧品、そうだマナラにもなんか出させよう。えみりちゃんなんか広告塔にしてもう私えみりちゃん見損なった。でも会場の受付とかやってくれるなら許す。店がもうからないからってさあ呆れる。あそこのユーザー顔がブルドック化するんでは あんな固いジェル で顔こするお金があるなら こちら に支援して心磨いたら?ってジェルの宣伝しちゃったじゃないのこども食堂のイベントの時はジェルでいいから300個頂戴。だって豊洲シビックセンターホールの座席300席あるから。

それは置いておいて、つい最近「豊洲こども食堂は食品ロス問題あにも取り組む」って書いたでしょう。あれちょっと進展があって、UHNCRに電話してみた結果を書きたい。「いつも募金や支援金を募っているけれど物資はいらないのか」と聞いたところ、あの私がいつもdisってるブラックユニクロが店舗で古着を回収したものを支援国に送っているというじゃない。ああ、ああ、確かになんかユニクロの店舗でそういうのみたことがあるわあと思って色々聞いてみたのよ。どこにどれだけ送っているのかとか、輸送費は誰もちなのかとかどのくらい費用がかかっているのかとか。そして私は閃いた。そしたら古着と一緒に日本で余っている、特に今私のところにコンタクトしてくれて大量の食品をくれる日本食品ロスリボーンセンターさんの災害支援物資をついでに一緒に持って行ってもらえばいいじゃない。ユニクロがブラックブラック言ってるけれど私はららぽーと豊洲に行くとユニクロかGAPかアースでしか服を買わない。しかも50%以下にならないと買わない。でもこの三店舗の製品は100枚に1枚くらいすごくいいものがあり、私の定番のデニムはいつも990円になったら買うキッズの150サイズしかもBOYSの方がラインが綺麗でダメージ具合も色々あるしというすごいユニクロ愛用者でもある。

ブラックブラックというのは従業員をこき使うだけ使って恨んでやめてく人達への手当てがなっとらんと思うだけで、こうしたいい活動もしているし、以前は地球の緑を守るとかやっていてあれもとても良かったと思うけれど今回の古着を支援国というのもいいと思う。なので一緒に食品を送ってYOと柳井さんにお願いしてみようと目論んでいる。日本食品ロス・リボーンセンターさんにもちかけたらまず私とお会って話したいと言ってくれて、でも今月のこども食堂終わってからだなあと思っていたら先方もその方がいいらしく、こちらもいい感じに空気が温まってきた。会うってただ会って食品貰うだけじゃない、「難民キャン部に食料品を送る」という壮大なプロジェクトを発足させる足掛かり的なものにしたい。

なぜまだ終わっても成功するか失敗するかわからない事をいちいちブログに書くのか。それはみんなに見てもらいたいからで、これを読んだ人が「そうか、そうすればいのか」と思って代わりにやってくれてもいいし似たようなプロジェクトを発動してくれてもいいし、まんまアイデアは使って貰っていいと考えている。

でも私のママ友戦争について書いているこれらブログとか作品とかをパクるのはやめて欲しい。もう本当にあっちでもこっちでもどこでもあの小説(桐野夏生大先生じゃないちょっと前に出たあの幼稚園バスがモチーフの小説よっ!)なんかまんまじゃない。本当に腹が立つわけ。でもまあ見るひとがみればあああそこのパクリとわかるでしょうし、そのうち私の方になんか話して欲しいとか書いてとか小説もヒットしてテレビ映画化とかする訳で、そうしたら色々賞がもらえて園遊会とかそのうちノーベル賞とかそうなると『私の履歴書』からお声がかかり有馬稲子も真っ青なセキララ事変を書いてみたい。

話が逸れたけれどこれをUNHCRとか日本食品ロスリボーンセンターさんとかユニクロ柳井さんが読んでくれて、私がもちかけたら「あああのブログの件ね」と思ってくれたら話がスムーズだし、現に香山リカさん講演会だってご本人や豊洲シビックセンターの職員の方々はもう心づもりしてくれていて、当日はシビックセンターの職員の方は手伝ってくれるだろうと思う。いつもこども食堂手伝ってくれている方々、これから他の店舗を立ち上げるために声をかけているみなさんも「ああ、そういう役もやることになるわけね」とわかってもらえる。香山リカさん講演の前座は私の小話とこども食堂の店長やってくれる三人を紹介する予定。

「今豊洲に三店舗のこども食堂がオープンしています。興味本位でママ友同士でつるんでくるのはやめてください。悩みがあったり困ったことがあったらひとりでもしくはお子さんを連れてきてください。こどもはお友達と来ていいけれどグループだけで固まらないでひとりで来ているお友達と仲良くそれは食堂以外でもちゃんと考えること」

という内容など。それで他の店長さんにもその想いや運営が大変だから副店長を募集することやボランティアをお願いしますなどと言っていただく。私の見込んだ人達だからあっという間に手伝いたいという人が大勢集まりそれはもしかしてバディや小学校でうちの子ども達を虐めた奴らかもしれないがそれはいいん、こういうブロジェクトに参加するってことは反省したってことだから。

そういう訳で今温まっている色々を経過報告として書いてみた。おおーあの人から年賀状が。なになに、まだファミマになってないですって?そうかー去年実は私サークルケイ本社に行ってきたなんだか懐かしくて。目当ての元上司的な人は偉い人になっていてでもせっかく偉い人になれたのにファミマに飲みこまれちゃってってdisるつもりだったけど、今忙しいから来年もう今年か飲もうって言われているけどうちに呼んでみようかなと思っている。そしたらマリさんもSさんも呼ぶよ当たり前じゃない。マリさん一度店でこども食堂やらせて?それから昨日メルカリの話のついでにカレーの話になり夫の友達がカレーメーカーで偉い人になってるって教えてあげたら夫は知らなかったみたいでびっくりしてて、近々お祝いで飲みにいくことになったとかいうから連れて来いって言ったら嫌だとぬかす。でもねえ、あの人あなたより私の方が気が合うし楽しいと思ってるよ。なのでこども食堂の時にこの人にカレールー頂戴と言おうかなと思ったけれど、夫の土俵でなんかするみたいで絶対嫌だと思って声かけなかった。でも考えて見ればもう私の友達でもあるし、今度会ったらお願いしてみようかなあ。

こうして考えると私繋がりの人って「食」に関係ある人が多い、しかもどんどん偉くなっている。なのであの元ママ友今は子ども全然関係なくなってる彼女が私を神さまみたいに時々言うのかなと思う。やっぱり「食神」が二人もついているだけあるのかもしれない。ちなみに人には三体神様が憑いていて、そのうち全部が食神だとよくないらしい。そのせいか私が家事で唯一ちゃんとやるのがご飯作る事、今朝もちゃんと七草粥を作って家族に食べさせた。でもこれ家事の中で一番大切なことなんだよ。服がよれよれでも家が散らかっていても人は死なないけど、ご飯が食べられないと死んでしまう。柳井さんにもそういう切り口で口説いてみようと思う。でも私じゃ失礼だから柳井さんへのお願いは偉い人にお願いするつもり。

このように京都造形芸術大学通信で培ったストーリーとシナリオを生みだす力はおおえかじゃない寒竹先生と門崎先生から学んだ。それから物事は一心不乱にやらないとダメとというのは千住先生と森田先生から学んだ。他にも様々に素晴らしい先生に巡り会えた。大学で勉強した事はこうして様々に役立っている。反面教師は言って申し訳ないけどN先生とおおえか。この二人ペアは本当にもうどうしようもないと思う。N先生は恩師だから嫌いじゃないけど近くにいるからこそ色々見えてしまって幻滅している部分もある。おおえかなんて最低最悪で同情の余地全くなし、だけどおおえかをぶった切るにはN先生、そして大学までも斬ることになってしまい、千住博先生辻仁成先生、色々教えてくれた先生達にも傷がつくことになりはしないか。もう散々斬ってるだろうって全然こんなものじゃないNHKでやってたみたいな深海の巨大生物みたいなすごいのがあって、私はこの巨大な問題誰に相談していいかわからず困っていてTwitterには夫に相談するのが一番いいだろうと書いたけれど、夫がなんていうか夫婦だからわかっている。でもそれは「ぬるく」ない?なのでここは親友に相談しようかなと思う。ちょうど親友も別のトラブルで、でも同じ温度で様々に悩んでいたけれど、「そんな人同情の余地なしだから」と言ったらわかってくれたみたいで解決はまだしていないが道は開けたようで本当に良かった。親友がどんな回答をくれるかわからないけれど、ひとまず相談だけしてみよう。また豊洲に来てもらえるだろうか。

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こういうの他人事と思える人が多いのが私は逆に不思議なのよ。小さな赤ちゃんもいて、多分この中では一番先に命を亡くすだろう。お母さんが食べられないとおっぱいが出ない訳で、飢えて死ぬことになるからだ。私はママ友トラブルで自分のおっぱいが出なくなったのに気が付かず、息子の体重が減ってしまったことがある。まだ言葉を持たぬ小さな息子がどんなにひもじかったかと思うと今でも気が狂いそうになる。なので今でもひとたび息子が「お腹空いた」というと死に物狂いでご飯を作って食べさせるし、そう言われる前にちゃんと用意しておく。私がこんな風なのに自分のおっぱいが出なくて目の前で自分の赤ちゃんが死んだらお母さんは狂って死んでしまうのではないか。少しでもそういう悲しい思いをするお母さんが減るようにと願うばかりだ。こうして赤裸々に書き殴っているように見えるブログにもちゃんと新たなお母さん達が私のようなママ友ショックを受けないように、あなただけじゃない私もそうだった、そしてブログを読んでママ友付き合いとかボスママの生態について勉強してねという意味がある。それを教えてくれたのはN先生でそういう恩もあるからぶった斬れない。本当に困った。

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柳井さん、やっぱり服も必要みたいね。もうブラックって言わないからご協力お願いします。服と一緒に災害支援物資食料を運んでください。水を注ぐだけで食べられるご飯やお粥、頑丈な缶に入ったクラッカーなどたくさんあります。今後はもっと何tという単位で発生すると思われるそうです。


「豊洲こども食堂」、こんなに反響があるとは思わなかったし、あんなに大変だとは思ってもみなかった。「豊洲こども食堂」のブログの方にもちらっと書いたが、私一人ぽつんとカレーを作り、ひとりふたりと来るぼっちママやお客さんにカレーを食べてもらう。そしてお互いのママ友付き合いの苦労、子どもの悩みなどチラチラとお話して「苦労しているのは私だけじゃない」と、ほっとする。そんなのんびりした会のつもりだった。

とはいえ、せっかく来て頂いたのに「もうカレー売り切れです」というのは切ない、たっぷり作っておこうと50人分作った。最初は100人分作ろうと思ったが、いやまて2時間で100人も捌ける訳がないと思いなおし半分の50人分にした。それでも大きなお鍋がいっぱいになり、ここでやっと50人分の量を把握できた。よかった50人分にして。100人分を50人分にしようと思いついた私偉い。結局30名の参加となり、余った20人分はボランティアでお手伝いして下さった方々と分けて持ち帰った。

大鍋いっぱい1時間玉ねぎを炒めて1時間手羽元を煮込み出汁をとって肉をやわらかくしておいたものと合体。カレールーは私の好きなオリエンタルマースカレーかS&Bゴールデンカレーにしようか迷っていたら、首尾よくS&Bゴールデンカレーを今回のみということで提供していただけた。やったー\(^o^)/カレーはやっぱりS&Bゴールデンカレー!ということで、頂いたカレールーを投入しそこから30分ほどまた煮込む。これで美味しくない筈がない。お肉は煮こみすぎて原型がわからなくなり、でもじゃがいもは後から加えたのでほくほくと丁度良く、ターメリックを入れて黄色く炊き上げたほかほかご飯と共に。本当に本当に美味しくて、オープン前の味見兼腹ごしらえ、終わってから乙カレー賄食と二杯も食べてしまった。

付け合わせを何にしようか迷ったが、タイムスケジュールや手間や状況を鑑みるということで、混ぜるだけの「ザワークラウトもどき」を作った。これはキャベツをざく切りにして「すしのこ」をまぶして混ぜてちょっと放置。みるみるうちにシャキシャキキャベツがしんなりし、即席漬けというのかサラダというのか美味しい付け合わせになる。ここにスライサーで薄く切ったキュウリや冷凍コーン、少しオニオンスライスなど入れると立派な一品になるが、カレーやご飯が黄色いわ付け合わせにも黄色いコーンだと色がかぶってしまう。

そういうことで今回はキャベツだけに。でもキャベツが今高くてびっくり、食材経費の合計額を押し上げる要因となってしまった。でもやっぱり付けてよかった。カレーの横にちらっとあるとないのとでは雰囲気が違う。福神漬けも赤にしたので色どりもよい。私は色に拘りがあり、ただ「カレー」がばばーん!という食事にはすまいと決めていたのだ。そして食べた後は絶対乳酸菌飲料というのは、ほら、カレーの専門店には必ずラッシーがあるじゃないですか。カレーには乳酸菌飲料は必須アイテム、それに季節のフルーツも。

昔ホテルレストランのマナー教室に行った時、食事の最後はデザートを必ずおつけしますとギャルソンみたいな方が説明していらして、デザートの条件というのも説明してみえた。デザートは、甘い、冷たい、水分があるものがいいのだそう。だったらフルーツをつけようと。そういう感じでメニューを考えました。何もかもがうまくいって非常に満足。

それもこれもボランティアの方が本当によく動いて下さり、私が何も言わなくてもテキパキと色々やって下さるので出来たのだ。特に玉ねぎや野菜を1時間炒めるというやつ、暑くて量が多くて大変。色々な方が交代で炒めた。お肉の鍋も大きくて、合わせるのが大変でふたりがかりでやった。「ひとりでやってみるかあ」とふわーと始めた感じだったが、お手伝いの方々が来て下さらなかったらどうなっていたか。カレーが出来ないわ接客も配膳もままならず、てんてこ舞いで泣きが入ったと思う。

本当に本当に来て下さった方々には感謝しかない。本当にありがとうございました。是非またよろしくお願いします。1時間でも2時間でもいいのでどなたさまもお手伝いにいらしてください。私だけじゃなく、みんなの食堂ということでやりたいと思っている。私だけじゃ絶対まわっていかないとも感じた。色々な方々が来て下さりお声かけくださり、「こども食堂」への関心の高さも垣間見れ、改めてブームやムーブメントだけではない、社会的活動のひとつとしてずっと継続していきたいと改めて考えた。

今回初回ということで思ったよりお金がかかったが、収入がこんなにあるとも思っていなかったので、収支としては考えていた予算内で納まり驚いている。初期費用は私がコツコツ働いたライターや商友会の手伝いで頂いたパート代金合計3万円で始めているが、1万円余ったので来月もこれでやれる。しかもあちらこちら支援の申し出も頂き、来月は場所代食材だけで済むので1万円もいらない感じになると思われる。今回周知が全然出来ていなかったので来月からは倍程度の集客を見込めるため、もしかしたら収益がでるかもしれないなんて考えている。

もし収益が増えて予算ができたら、「豊洲こども食堂イベント」をやりたいなんて考えていて、今日はイベント開催の勉強も兼ねてトヨスアモーレさんのお手伝いに豊洲シビックセンター大ホールにこれから行ってくる。なんでもぱっと思いついてダダダーッとやって、それは大概上手くいくことが多いのだけれど、いつもいつも周りに支えてくれる人が誰かしかいて、その方々のリソースやパワーにより出来たということばかり。

今回のこども食堂だって、「行動力がある」「二週間でやったよね!すごい」とか褒めてもらうけれど、私がすごいのじゃない助けてくれる人がたくさんいる古くて新しい豊洲という街、そしてそこで暮らす人々がすごいのだと思った。

昔のブログに「豊洲死ね!」と書いたものがあり、実は自分でも忘れていて人から聞かれて「そんな事書いたんだ」とびっくりしたけれど、まああれはあれであの時の正直な気持ちでもあるのでそのままにしたい。そんな風に思っている人は私だけじゃないはず、キラキラ華やかな豊洲ライフの方々に隠れてみえないけれど、豊洲なんてもう引っ越したいとかあの世に行けば楽になるのになんて思っている人もきっといると思う。私もそうだったからよくわかるのだ。でも私を含めそういう人達に心配しないで暮らしてもらうためにはどうしたらいいか、考えられるようになった。それもこれも色々あったせい。

そうだ、「豊洲こども食堂」を開催する経緯や想いを教えて欲しいと依頼があった。わざわざ食堂にカレーを食べに来て下さり支援を申し出て下さった方々、ゆっくりお話する時間がなかったのでここかあちらに書こうと思う。







今日はもう出かけないといけないので続きはまた夜にでも。そうだ、遅い午後から大学の有志で作る作品集の最終打ち合わせがある。こちらの話も近々書きたい。まだまだ色々書きたいことが山ほどあるし、でも日々のブログは書けなくなってしまった。大学の方も単位がまだ足りていないし、卒業制作も。どうしてこんな時期にこども食堂始めたんだろうと我ながら本当に不思議に思う。自分の意志というより、何かがさあーっとまた降りてきたようにも思う。ともかく無事に怪我なく事故なく第一回目豊洲こども食堂カレー会終えることが出来ました。皆さま本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。
   

今日は月曜日。修羅場の筈の我が家は割と平穏に過ぎたと思う。毎度毎度で申し訳ないが、私が「大学に行くから」と家を割と早めに後にした。みんながどうなったかは知らん。もう息子は二年生、娘は五年生、夫は社会人だ。もうママがいなくてもご飯を食べて洗顔歯磨き、着替えて学校の支度をして出かける、このくらいは自分でして貰わねば困るのだ。色々大変かもしれない、でももう子ども達は「学校を休む」という選択肢はないと理解してくれたようで、あれがないこれはどこ?などと泣きべそをかきながら学校に行ってくれるようになった。朝泣きたくなかったら前の晩にちゃんと準備をするだけ。だけどこれがなかなかお猿ちゃんはわかっているのかわからないふりをしているのか相変わらず朝宿題をしたりしている。でも少なくとも「泣かずに」宿題をしているということは、宿題は家でするものと認識し出した証拠だろう。もう少し、もう少ししたら前の晩に自主的にやってくれるだろう。と言いつつ彼は6時くらいに寝てしまい、「サッカーをして疲れたから横になっているだけ」というのでもうそのまま寝せることにした。夫と娘が起こすといけないので私の部屋に運んだ。ふう、やれやれ。

また前置きが長くなったが、今日は「食品衛生責任者」の講習会にいって無事に認定証をとってきた。これで食堂だろうがカフェだろうがお店だろうが開けるようになった。一昨日かその前か、一緒に「こども食堂」をやってくれるという方に、これこれこういう資格がいるらしいと言うと「じゃあとりに行かなくちゃね」とサラッと言われ、そうか、じゃあとってこようとすぐにその気になった。9月30日はライターの打ち合わせがあるのでその次の10月3日今日いってきた。研修を開催する日は決まっており、場所も東京都内各地をぐるぐるしているよう。予め郵送で書類を申し込みしなければならないが、もう10月は半ばくらいの会場が「満席」という文字がついていた。こんなに待てない、今過ぐ欲しいと思った私は、キャンセルがないかネットの情報をぐるぐる探してみた。すると「食品衛生責任者」のサイトのQ&Aに、「キャンセル待ちをされる方は」というものがあった。なんでも講習会始まる30分前からキャンセル待ちを受け付けているという。でももしキャンセルが出なければ行くだけ無駄になる。でも募集190人となっている。多分この1割はキャンセルするのではないか、何故なら講習費は当日払いだからだ。申し込みと同時に課金、キャンセルは受け付けないなどとなったら人々はなにがなんでも来るだろう。でももし欠席でもキャンセル料が発生しないなら、月曜日のこととて寝坊したとかだるいとか行く気なくなったという者が1割くらいいるのではないかと見込んだ。

会場は江戸川区の新小岩からバスで数分の江戸川総合文化センターだった。

休憩時間です

懐かしい景色、そう!あそこです

お隣で仲良くなったマダムにご馳走になった

ここは毎年バディのクリスマス会が行われる場所、本当に懐かしい♡

今日は疲れたし、まだやらないといけない事があるのでサラッと。私の目論見はバッチリで、キャンセル枠で無事受講できた。しかも講習は割と面白く、やはり四柱推命で「食神」がふたつもついていると言われた通り、食品の話は面白くて熱心に講義を拝聴。最後のテストも余裕でわかり、隣のマダムに「もう先生できるわね」などと褒められ益々仲良くなる。

息子さんが東欧音楽留学から帰国して大学の先生をしているそうで、子育ての先輩にうちのお猿ちゃんについて色々相談してしまう。「男の子はね、中学生くらいでガラッと変わるから」なんて慰められ、「でも私は一番じゃないと意味ないっていう主義」などと手厳しい話もありで、素敵な人はやっぱり中身もいい感じなのだと感心してしまった。

最初みた時、「何しているんですか?」などと聞いてしまい、それは私が最近初対面の人に言われるセリフ、「ただの専業主婦です」などと答えるが、今日マダムに思った只者ではないという感想も、私が今日マダムに感じた通り誰かも私についてそんな風に思うのかなと思った。まあ赤裸々ブログで悪目立ちしてるせいもあるし、年齢の割に落ち着きがないと思われているのかなとか、やっぱりパリスヒルトンの私が素敵だから色々やっかまれて妬まれるのかなとか色々思った。

最後のテストも余裕で100点。講習もちゃんと集中できたし、大学で勉強しているだけあるなと我ながら感心。マダムに教えてもらった、「顔が小さくなるツボ」をすっと押しながら受けたので、講習会終了後は法令線が消えてる…!! ミラクル すごいわ‼️ありがとうマダム

それだけでも感謝なのにお昼までご馳走になり、また是非会いましょうと言われなんだかすごくいい日になってしまった。今日一か八かで思い切って出掛けて良かった。マダムは受講証をお互いみせあっこしたせいで年齢を知ったが、すっごい驚くくらい若々しくて可愛らしい。何を食べているのかとか美容法など色々聞きだしてしまったが、嫌な顔もせず色々教えてくれる。「これとこれとこれを合わせて週に2、3回パックしてみて、お肌が白くなるわ」なんて。絶対やります!小顔マッサージも!!気を付ける食事法もなるほど~やっぱりそうなんですね。納得。

どんな方法か知りたい?私と仲良しさんはレクチャーしますので是非聞いてください、ボスママ軍団に繋がっている人達には教えたくないのでここには書かないyo。そんなお人よしの私はもういません笑

昨日は午前中はライターの仕事、午後はこども食堂のイベントに出掛け、夜は子どもの英語教室参加となかなかにハードな一日だった。その合間に娘の好きなもつの煮込みを作る。いつもは適当な味付けだが、昨日はもつのパッケージに書いてある通りに作ったらなかなかに美味しく出来た。といってもシンプルに「①大根、ニンジン、蒟蒻、をひと口大に切る②出汁1リットル(5カップと表記してあった)で野菜を煮る③もつを入れて味噌大さじ5醤油大さじ2酒(もしくはみりん)少々で味付け」ただこれだけだが、美味しいもつ煮が出来た。大根半分、人参一本、蒟蒻は大き目一枚、それからネギがあったのでこれも適当にカット、半分使いかけの玉葱も入れたら甘味が出て美味しくなった。大なべ一杯作ったのにほとんど売れてしまった。もつは茹でてパックにしてありすぐ食べられるやつを使ったせいで、臭みもなく美味しかった。娘に作り方を教えて作ってもらおう。なんだかんだ自分で料理を作る、料理が好きというのは健康で美しく生きる為に不可欠で、女の子ならやはり料理を覚えて貰いたいと思う。

また前置きが長くなったが、ライターの仕事が終わったのが12時頃。チェッカーにかけてクライアントに送信。今は一ヶ月一本しかやっていないが、単価でいうと始めた頃の10倍になっている。これもひとえにライターの師匠が「締切は必ず守る」とか「信頼を積み上げろ」と教えてくれた賜物だと思う。師匠と出会っていなかったら、もしかしてバックレとか締切守れなかったりがあったかもしれない。そして多分一回でもそう言う事があると、もうお仕事は貰えなくなったりしたのではないだろうか。webライターは星の数いるし、クライアントも同様、でもやはり自分に合った媒体で仕事をしたいと思った時、信用がものをいうのではないかと思った。当たり前だけれれど大切な事って、私も含めみんなわかっているのに出来ないのはなぜだろう。

ということで上手く前振りが出来たところで午後からは「広がれ!こども食堂の輪!全国ツアー」というイベントにお邪魔してきた。


イベントというよりも最近全国に広がってきてムーブメントにもなりつつある「こども食堂」について、実際に運営している方や支援している団体などの決起集会だった。14時受付14時半スタート17時終了。おさるちゃんの英語教室は直接行ってもらうようにお願いした。行きに小学校の前を通りかかったら首尾よく捕まえることが出来「ママは出かけるから直接行って」と告げると目がキラーん☆と光った嫌な予感。まだまだ目が離せないが、もう大きくなってしまったし、心理学の師匠によると「6歳まではたっぷり愛して、7歳からは見守って」ということらしいので、7歳になった現在はもう見守るしかないのだ。それでも色々あったが元気いっぱいに育ってくれて、本当に良かったと思う。

そんなこんなでイベント会場に到着。場所は早稲田奉仕園スコットホールというところだった。有楽町線で飯田橋で東西線に乗り換え二駅目。早稲田で降り2番出口から地上に上がるとそこにビッグイシューを販売されている方がいて、一冊買って写真を撮らせていただく。顔がうつってしまうので足元だけ撮りましょうかというと、もうテレビや雑誌に何度も出ているから大丈夫だと言われる。以前神保町の方もそう言われていたなと思い出す。写真をとってインスタにあげて、それを見て貰ってスコットホールの場所を聞いて後にした。ビッグイシューも素晴らしいシステムだと思う。豊洲駅前には色々な議員さんが演説をしているが、その隣で販売してもらえばいい感じに豊洲にも浸透すると思うのだが如何だろうか。議員さんの中にも私の顔をみてスラーとする方と、ニコニコと声をかけて下さる方がいる。スラーの方はボスママ系列になっているのかもしれない。ニコニコの議員さんにお願いしてみようかなどとチラと思った。 

こんな風に販売されています。

さて本題、スコットホールに入り受付をする。

みれば以前別のこども食堂イベントでお会いした方が会場案内をされていた。以前のイベントの方がいらしているとか、次のこども食堂開催の時にお邪魔させて下さいなどと話す。その方達とお会いしたのは夏の初めごろだった。やりたいやりますと言いながら、「豊洲こども食堂」はまだ実現していない。まず第一に場所がない。これについては方々から情報を頂くのだが、だいがい「豊洲」ではない。大島とか北砂とか枝川などで、私の拘りはやはりここ「豊洲」でスタートしたいと考えている。その理由は以前にも書いたが、「居場所がない」というお母さんが結構いるのではないかと思うからだ。もちろん豊洲に住むくらいだから経済的にそんなに困窮しているという訳でもない、住むところは分譲マンション、子どもはうじゃうじゃいてそれに伴いママ友達もじゃかすかいる。でもそういう場所だからこそ孤独になってしまう人がいるのだと知った。その孤独の頂点にいるのが私なんじゃないかと思う。「ブログ観てると忙しそうで友達も多くて」などと言われるが、全然そんなことない。未だに「ママ友」の世界ではやっぱりつまはじきで村八分だし、ボスママ軍団の一味にはシラーとされるしその人達とつながる人達は、今まで普通に話していたと思ったら次の日はシラーの人に変わる。こんなブログ書くからなどと言って「くれる」人、今まで普通に接していたけれどもうあなた側と思われるのは心外、豊洲のお母さんたちと仲良くするためには仕方ないと思ったからだと思う。「私が」嫌いなのではない「誰か」の目が気になるだけなのだ。でももうずっとそんな事ばかりだったので「またか」と思うし、「やっぱり」と感じる。でも「好きにすればよい」と思えるようになったのは自分も好きなようにすると思えたからではないだろうか。ブログだって誰になんと言われようと事実は事実で、それに反対する人達がいたとしたら後ろめたいものがあるからだろう。

そもそも私はブログを書き出してからひとつの夢があった。それは豊洲にママが気軽に集えるカフェがあれば、それを自分が作ってみたいと考えたのだ。もちろんこんな地価の高騰している場所にカフェなんて出来るはずもないしツテもノウハウも資金も知識も資格全くないので本当にただの夢なのだが。お茶やコーヒージュースなどの飲み物や軽食が出され、100円とか200円とか時にはフリーディなどつくり、気軽に誰でも立ち寄れて、あちらこちらに置いてあるフライヤーで情報提供などできて、口コミの情報交換が出来るようにボードなども張り出し、そこに来た人に色々書いてもらったりする。ただし、ここからが重要。来る人は単体が条件。誰かと連れ立ったり、ママ友同士では参加できない。ひとりで、もしくは子どもと一緒に来る。待ち合わせも禁止。巧妙に素知らぬ顔で「あらあ偶然」などと待ち合わせたりしたら私の隻眼で見破ることになっていて、何度も繰り返す人達は出禁にもする。ひとりでふらっときて一人を楽しみ、そこに来たボッチ同士で色々悩みを話し合う。もちろん私のブログについて疑問点などは受け付けるし、こういう話を書いてなどと言われれば差し障りのないようにしかし赤裸々に書いてみたりするのだ。こども食堂を知ってから、ああカフェでなくとも食堂をすればいいのだ、しかも「こども食堂」という名前は最早「社会的ボッチ」の支援のための仕組みと名が知れている。これをそのままやればいいじゃないと。どこやらのNPOやボスママ軍団達がやり始めても、そういうギラギラした人達がこぞって集まるだけで本来の意味は全くなくなるだろう。そんなの「こども食堂」じゃない「ママ友食堂」だろう。うへえ、絶対近寄りたくない。そうではなく、行けば誰か自分と同じように傷ついたりそういう経験をしてへたっている人たちがいると思えば、社会的ママ友界弱者は集まりやすいのではないだろうか。などと考えたのだ。

私にこども食堂を教えてくれたのは、葛飾区でレインボーリボンという活動をされている方。最近はまた大学やら色々の用事がバッティングして行けていないが、その前はその方主催、もしくはパネリストなどで登壇される際はお邪魔したりした。もともとは学校内のイジメをゼロにという運動をされていて、そこに外国人ママのために学校のお知らせを翻訳したり通訳したりする活動、さらにこども食堂と広げていかれたそうだ。その方も言ってみえたが、最初はそんな余計な事をするなという反対派、何よ目立ちたがりというやっかみ、面倒だから協力したくないというのらりくらりしたものに囲まれてなかなか想いは実現しなかったそう。でもずっとコツコツ続けていたら、だんだん波が出来てきたり協力者が現れたりと形になってきたそう。丁度こども食堂やら香山リカさんの講演会やらやりたいとあれもこれもと気持ちが焦るばかりで何も出来ないとがっかりしていたところ、それを聞いてそういうものか、私もいつかはなんとかなるかしらなどと勇気付けられたりした。

話を戻してイベントのお話。スコットホールは「奉仕園」という名の通り、キリスト教教会に繋がる施設だった。建物は歴史のありそうなレンガ造りのチャペルだった。

趣のある煉瓦造りのチャーチ

あちらこちらの看板や張り紙でスコットホールの役割などを知る。いいですね、こういう施設。新しい街豊洲にはこういう施設は全くない。豊洲みずべだの児童館だのは揃っているが、悩み多き人達の憩いの場と言うのは全くない状況ではないだろうか。

※今日もまた色々あるので続きはまた明日にでも。詳しくはこちらをご参照ください。

ニュースはこちら。





 
会場では書籍販売も。もちろん買ってきた。


2016.09.30続き。

などと余計な事をまた書いてしまった気もするが、キックオフ大会は大盛況で、大勢の方が次々と熱くこども食堂の今までこれからなどを語ってみえた。その他「フードバンク」のお話など。ポイントとしては社会的孤立のひろがりや、だからこそ「誰をも排除しないまちづくり」が大切ということ「協働」の意義とポイントなど、地域福祉実践の難しさ大切さなど学べたように思う。社会的孤立というと、ほんの一部特殊な人のように感じるが、自分達にも可能性のあるすぐ近くにある未来だろう。例えば2030年には全世帯の3分の1が単独世帯に、7世帯にのういち1世帯が単身高齢者世帯に、10世帯に1世帯がひとり親と子どものだけの家族となるらしい。(日本の世帯数の将来推計2014年4月国立社会保障人口問題研究所資料より)

2030年といったら東京オリンピックが終わってすぐ10年後、今年からカウントしてもたった14年後だ。今からしっかりママ友付き合いご近所付き合いというのも大切だと思うが、目に見えない孤独を抱えている人達を気遣い寄り添うという練習も必要なのではないか。例えばどこかのご主人が亡くなり子どもも独立してひとり暮らしだとする。いつも仲良くしていた元ママ友なんとかさんは病気がちで子どもが引き取ってどこかへいってしまった。ひとりで孤独をどうしたらいいのか、などという際に、自分が何か活動をしたりそうでなくとも気配りなど出来るようにしたおけば、逆になっても支援も受けやすいのではないだろうか。

ともかく「孤立した生活」というのが今後はますます一般化するらしい。私だってひとりになりたい夢は独立などというが、わざわざそうしなくても子ども達が独立し夫が先立つのは(自分が先に死ぬという未来はない)そう遠くもないのだと知る。2030年といったら自分も初老だし子ども達が自宅にまだいるとも考えにくい。だとしたらあっという間に独居老人になってしまう。そんな時に「こども食堂」のようなところがあれば、例え月に1回か2回でも誰かと共に夕飯を囲めるところがあれば、嬉しいのではないかと思うのだ。

そんなこんなでとても刺激になった。その後お猿ちゃんと英語教室。いつも微妙な時間なので彼はうとうとうることが多いのだが、今日はさすがに私も船を漕いでしまった。

鬱々としていても仕方ないので、アドラー心理学の師匠の勉強会にお邪魔してきた。先月息子のミュージカルや夏休みのドタバタ、おまけにその後の夏バテでダウンしたりと、自分勝手に台風を巻き起こしておいてそれに翻弄されたという事で色々滞ったもののうち、師匠とのアポがあった。本当にこんなで子弟といえないと反省しつつ師匠の教室へ。以前にも書いたが師匠の教室兼ご自宅は三鷹にあり、太宰の身投げした場所の近くにあり、その記念碑の隣を通って行くことになる。今回は午後からということだが、会場が変わり、またしても太宰のお墓の近くになった。もうこの時期絶対私に墓参りさせるつもりなのではと、ちょっとブルーになりながら教室へ。師匠にお詫びをしつつ四方山話から最近のアドラー心理学の傾向や学会の話し、そこから新しいプロジェクトが始まる話などなど、相変わらずパワフルな白熱教室に少々面食らいながらもいつもの通りメモを必死に取るうちに、なんだか鬱々とした気持ちが治まってきたように思った。

持ち寄りのおやつ。

そんな私の気持ちを見透かすように、不登校の話や、カウンセリングとセラピーの違い、そこからカウンセリングのトレーニングなど。今日は私含めて四人が集まったが、いざとなると何も言葉が出てこないのは共通している。私だけじゃないと思いつつ、師匠がさっと答えを出すと、それまでああでもないこうでもない、その聞き方はデリケートなクライアントはダメなどと相互にすったもんだしている議論がさあっっと解決する。もう年季が違うというか、私たちが全然勉強不足なのだと感じた。どの方も資料や分厚い教科書に付箋がいくつもついて、本もいい感じにくたびれてはいるが、頭の中に入っていないし全然身についていない。もちろん私もそうで、「アドラー心理学は」などと語るには100年早いのだと痛感した。私も含め、全員勉強不足。例題に自分の家庭内の話をチラッとされた方は先生から「全然ダメ」と厳しい指導が。

実は私も二年くらい前か三年前だったか同じくらいの時期に、自分の家庭内の話をトレーニングの事例に出してけちょんけちょんに言われた事がある。師匠としてみれば、例題なのでクライアントの問題点を洗い出して解決に向かわせるというただのシュミレーションだったのだが、もう落ち込んで涙目になったものだった。なので今回涙目になりそうだった方に、「そんなの全然大丈夫、うちなんてもっとひどいわよ」と言ってあげたかったがそれは禁止事項。相手の話だけを聞くというのはなかなかに難しいものだと思う。代わりに他の参加者の方からは「どうしたのそんな考え方違うよ」なんて意見も出て、事例に対してはどう対応したらいいのか皆私含めわかっているのだ。でも実際自分の事になると全然対応できないのだ。アドラー心理学は座学ではなく「実践が全て」師匠が今回は何度も言っていた。いつも言われているかもしれないが、その時その時に必要が言葉が胸に響くのかもしれない。「実践かあ、難しいですね」なんて本音が出てしまう。

とはいえこんな風にリアルなシーンで人と話していると、いつまで相手の話を聞き続ければいいんだろうとか、ちょっと重くなってきたからもう止めてくれないかなとか思うことがある。それは自分も相手にとってそうじゃないかと思う時もあり、間違いなく心理学を学んで自分を知った部分もあると思う。でも「実践」はなかなか出来ない。頭ではわかっているが、気持ちがNOを言う。まあそういう時は「仕方ないですね」ということになる。 

そんなこんなで一旦縁が切れたと思った師匠とまた繋がった不思議、それはひとえに相手の懐の深さだと思うが、いつもいつも自分の都合のいい時に頼って勝手に慕ってなんとまあ自分本位な人だと思う。ご迷惑をおかけしないように気を付けようと改めて思った。そう思ったところにしばらく大学の単位のために心理学はお休みしたい、卒論のアドラーの監修も必要なくなったことなどお話した。「あらまあ大学行っていたんですか」なんて今聞いたみたいに言われるので「先生、あの、私何度も言っていますけど」と言って笑う。つい先々月卒論をみて頂いたばかりなのに。同じように私の失敗もさらーと忘れてくれているのかなとチラと思った。師匠は最近酵素を飲みだしたと言ってますます輝いてみえた。39種類の酵素ってどんなだろう。ともかく「酵素」がイイみたいで、色々自分なりに取り入れてみたい。

勉強会のメンバーと駅で別れる頃にはすっかり日も傾いていた。勉強会で頂いた各持参のおやつがたくさん残っている。これを太宰のお墓にお供えしようかしらと思っていたが、ビルを出たところであっという間に蚊に刺されてしまった。秋口の蚊は結構厄介なのが多いのか、みるみるうちに赤く腫れあがり、痒みがつーんと襲ってきた。手の甲、それにふくらはぎと二の腕。もう、虫に刺されるの大嫌いな私は即刻墓参りは中止にすることにした。藪がぼうぼうしている墓場なんかに行ったら、どれだけ刺されるかわからない。覚えていたらだが、太宰の墓参りには春の桜桃祭とやらの頃にこちらに何か用事があったらすることにしよう。「ごめんね修ちゃん」と思いながら駅の構内を歩いていると、チラシがたくさん刺さったスタンドが目に入る。そのうち太宰の大きなあの写真がプリントしてあるものが目に入った。記念館のお知らせかしらねと読むうちに、とある記事に釘漬けになる。


「ちょっと寄っていきなさいよ」

それは確かに太宰記念館が発行したものだったが、「ガイドボランティア」なる内容が。「3月~11月の第四日曜日に太宰治の足跡ををご案内する「定例ガイドを実施しています」とある。参加費は無料で、午後からの勉強会の前に参加するには丁度良すぎるタイミングで開催されるよう。なんだかとっても面白そう、太宰治苦手だけど、無料ならちょっと参加してみたい気も。そもそも私の三大苦手作家は太宰、三島、村上龍。世の中に名作はたくさんある訳で、これらの文学を避けて通ったからといって何も問題はない筈だが、図らずも文芸コースの授業や課題でいくつか読んだがやはり気持ちが暗ーくなってしまった。陰鬱なものがいつまでも纏わりついているようでしばらくは気持ちも晴れなかった。

話を戻して「太宰治巡り」。そのコースにはしっかりと墓参りも入っていた。もう自分の思い込みだけなのだが、太宰治、一体どれだけ私に墓参りに来て欲しいんだろうと思うのは考えすぎだとわかっているが、なんだかタイミングが良すぎて驚いてしまう。行くか行かないか、その頃になってみないとわからないが、10、11月は課題や仕事の締切に終われて多分そんな余裕はないと思われ。 なので私は多分行かないが、ご興味のある方は是非参加してみられては。太宰太宰というが、太宰のお墓の斜め前には森鴎外の眠る森家の立派なお墓がだだーんと鎮座し、こちらも同時にお参り出来るので訪ねてみられては。

ちなみに森鴎外記念館は生前の住まいがあった文京区にある。なのに何故三鷹にお墓があるのか不思議だったのだが、「墨田区向島の弘福寺に埋葬されたが、関東大震災で寺が全焼し、また隅田公園の拡幅工事範囲に墓地が入ったため、昭和2(1927)年に同じ宗派であった禅林寺に森家の墓地が移された」ということらしい。そしてなぜこんな隣接して二人の文豪の墓がというのは偶然ではなく、太宰が森鴎外を敬愛しており近くに墓をという生前からの希望を、奥さまの美知子さんが叶えたということらしいと、昨年の授業で習った。何と出来た奥様なのだろう、故・津島佑子さんの聡明さもよくわかる気がする。やはり母親がちゃんとしていれば子どもというのはきちんと育つものだとまた思う。色々に反省しつつ、私は私で出来ることからやってきたい。

色々楽しい事あり厳しい訓えありの一日だったが、あれもこれもどれもみんな嫌いという気持ちは全く消えていない。が、もう嫌でイヤなものはもう仕方ない。逆に言うと私は好きな人も好きな事もこれからやりたい事チャレンジしてみたい事もたくさんあるのでそれに引っ張って貰って生きればいいと納得した。関わりたくない色々に煩わされるのは本当に迷惑だし不本意この上ないがそんなの私だけでは決してないし、人生のバイオリズムとかそういうものもあるだろうし、何より運命というのは決まっていると私は信じている。どんなに努力してもダメな時はダメだけれど、いつか何かで役に立ったりいい方向に向いたりするもの、もう周りは気にせず坦々と過ごすのが一番なのだと思う。それは師匠がいつもそうだから。長い付き合いの中で、こういう達観した思想の持ち主である筈なのに、どうしても苦手という人も少なからずいるのだとわかり、余計に親しみが沸いたりもした。師匠だって人間だもの、わたしだって。という事で、思い切って師匠に会いに行って良かった。

NewsPicks のOFF会でこれらの騒動をみんなでわいわい談笑しながらコメントをつけている。私が発表した。
「NewsPicksからのアクセスは2,880アクセス、翌日が7,606。以前のヤマトの記事の時は1,834でした」


※NewsPicks胞すごすぎ。一体どれだけ私が好きなのよ。

すると、おおっという声があがり、色々質問が飛んでくる。

「専業主婦というのは本当ですか」
「前にもこういうのありましたよね」
「沸点低いのはいつからですか」

などなど。そのうちの一人、もっさりした中年女性が手をあげた。おでこに赤く「H」 と書いてある。どうみてもリアルでいい事が何もないので、ネットの仮想世界で承認欲求を求め続けるタイプ。あの私のPickにコメントをつけて、生まれて初めて世に認められたのが嬉しいのだろう、頬を上気させ鼻息荒く聞いてくる。
「ご主人に言いつけるとNewsPicksが吹っ飛ぶといのは本当ですか?」
私は(ええっ?)と思い、
「そんな書き込みしましたか?」
と慌てて聞く。すると小さなメモを見せられ、「夫に言いつけてNP消す」と私の字で書いてある。いつ書いた?うちの夫にそんな力はない。私は慌てて言った。
「死ね!と書いたのは本当に消えろという意味ではないです」
するとわいわいしていたうちの一人がおもむろに立ち上がった。梅田さんだった。いたの?
「お見せしますよ」
と私を別室に連れていく。そこはNewspicksのデータセンターだった。
梅田さんが言った。
「みて下さい。運営は全部AIなんです。コントロールも全てAI、incになった時点で全員AIになります。名前を借りているだけ、実在しない人もいますよ。まれにゃんもAIが作りました。今回のことも実はあなたが掻き回すようにAIがコントロールしたんです。あなたの沸点を計算してあれを書き込むように」
私は黙って聞いていた。彼は続ける。
「今はあなた一人が敵となり、NewsPicksは今までにない程結束が強くなっています。これもAIのはじき出した世界。なんであれ盛況であればNewsPicksは注目を浴び、課金ユーザーも増えるという仕組み。AIに不可能はないんです」
驚き言葉もない私に、彼は更に言った。
「そろそろあなたの名前も貸して貰いましょうか。incになれますよ。一ヶ月1,400円お支払します、家計が苦しいのでしょう、払うより少しでも入った方がいいのでは。代わりにコメントは全てあなたの名前でこちらがします」
これについては私は素早く考えた。
(incはAIだからわざと面白味のないコメントをしていたのか。確かにそうなら自分の方が面白いコメントが書けるとユーザーは安心し、そして張り切って書けるだろう。だが森生ゆり子がつまらなくなったと思われるのは心外)
なので私はきっぱりと言った。

「お断りします。私の言葉は私が作ります」

彼はふっと笑いながら言った。
「そうですか、でもそういうと思っていましたよ。それならこれはどうですか」
という言葉と共に梅田さんがふっと目の前で消えた。今度はなんなんと思うが早いか、データセンターの別のドアが音もなく横にすっと開く。今度こそ私は腰を抜かしそうに驚く。現れたのは夫だった。
「NewsPicks楽しかった?君はお祭りが好きだものね、でももう潰して違うもの作るよ。今度は君を女王様にしてあげるから」 
夫の知らないところで暴れ回っていたと思ったのは、実は全て夫の作った仮想世界だったのだ。 やっぱり夫には敵わないわと私は思った。
夫は私の肩を抱きながら、めまぐるしく画像が切り替わるモニターを眺めて言った。
「このボタンを押してごらん」
私は言われた通りに光るボタンを押す。夫の代わりにAIが言った。
「NewsPicksは本日をもちましてサービスを終了します。ご利用まことにありがとうございました」
システムが全停止したのを見届けて夫が言った。

「さあ、家に帰ろう」

(完)

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という訳でまた不思議な夢をみた訳だが、タイムリーなのでブログに書いてみた。1年半ぶりに復帰して約1カ月。以前も1カ月で世界銀行との騒動で辞めたっけ。どうも1カ月くらいで色々あるのだと思った。あの時あの人も私も痛手を負った。なのであの人は暴力的な発言は消えたし私はNewsPicksから消えた。あの人はあの頃は飛ぶ取り落とす勢いでNPもスターピッカー扱いで記事にしたりしていた。なのに私とやりあったせいで。

そして今度は運営批判をしたらブログをいつも読んでいるという見ず知らずのおばさんがしゃしゃり出てきて(以下略)

うん、でもみんな思っている事でしょう。確かに江角さんの私立学校や私の私立園と同じ、明確なボスが存在する訳で、その人の作ったルールに添って、もっといえば持ち上げてハイハイ言っていれば目をかけてもらえる。一体誰が作った世界なのそれはあの人だと言えるけれど、もうこうやって皆が愛する箱になったのだから、もっと公明正大なルールでそろそろやるべきでは。

あの画像出ない件、アルゴリズムとかシステムフローとか言っているけれど、チマチマとした手作業というのは一目瞭然です。でもまた思うのは、ここまでしないと制御できないと思われているというのは逆に言えば光栄なのかもしれない。そしてあのボスママ軍団に構われすぎて死にそうになっていたあの頃の私ではない、「だったら何なのよ」とタイマン張れるようになった自分を褒めたいと思う。こういう私の資質を見抜いていたので、地元のヤンキーたちが私を慮ってくれたのかなとチラと思った。そのうちの一人はもう事故で亡くなったと聞いた。もっと色々で頑張って欲しかったのに残念に思った。

またしても「好き」と「嫌い」両極端な評価となってしまったよう。それは割とNP勝ち組と言われる層からはNGを突きつけられ、そうでない者からはWELCOMEだったよう。私はどうも金持ちに嫌われる、でもセレブには好かれるからいいかとも思う。いつの間にかyoko onoさんがフォローしてくれていた。私の志をわかってくれたのかと嬉しくなった。いつかお会いして世界平和についてお話してみたい。

それから、また色々なところから「お前が死ね」とかメッセージがきている。晒してやりたいが、それは人としてどうかと思うのでやらない。匿名もいるし、「死ね」であって「殺す」ではない。もし後者なら警察に行くが、もうこういうのも本当に慣れてきたと思う。一瞬えっと思うがあとは何とも思わない。

そして本当によかった、これでしばらくはNewsPicks 依存から脱却できると思う。今度こそ卒論頑張りたい。第二回締切まであと二週間弱。現在本文37,319字、成果報告書が18,318字、卒業制作日記が11,671字。プロットは出来ているが、やっぱりああでもないこうでもないと弄っているとなかなか本文に着手できない。でも絶対本文10万字書いて送りたい。

「やる」と言ったからには先生との約束が発生している訳で、「できませんでした」とか「代わりに成果報告書と日記を書きました」では逃げになると思う。だからやらねば。学友達は5万字書いたという人が多い。まだまだ書くのだそう。一体本年度の卒業研究はどうなるのだろう。先生達大変だな。これら多分私の「10万字書く」宣言をしたブログのせいだろう。諸先生方よろしくお願いします。

私はブログをやめた代わりにwordで日記を書き始めた。よっぽど何か書くのが好きなのだと我ながら呆れる。外出してもテキストが書きたくて仕方ない、スマホはすぐ電源が切れるのでメモを持ち歩くようになった。色々書いているので恥ずかしい、紛失しないように気を付けたい。

I'm shy.


【死ね!という言葉について】

確かに使ってはいけない、人に言ってNGな言葉NO.1だと思う。でも免疫ないまま誰かにいきなりこの言葉をぶつけられたら死にたくなると思うので、まあまあ慣れておくのもいいと思う。それほどインパクトのある言葉で、遣えばイメージも悪くなるし言われた方もたまらない。私は家族から言われたことはないが、中学の同級生に言われたことがあり、その時は本当に死ぬほど悩んだ。言う方は軽い気持ちでも言われた方は本当に死にたくなるし、死なないといけないのかと思ってしまうだろう。

もし言われて悩んでいる人がいたら、頑張ってこう言って欲しい。「お前が死ね」と。同じ土俵に立ちたくない、そんな言葉言いたくないと思うかもしれない。でも死んだらおしまいで、「死んだら驚いた」じゃ遅いでしょう。大勢に囲まれて言われるような事があったら、どうしたらいいか。もし中学生とかで親がシングルで社会的弱者だったら、助けてくれる人は周りにいないに等しい。まずは先生、児童相談所、警察、それから弁護士団体、教育委員会などなど。

最初はちゃんとやってくれるいい人に巡り会えないかもしれない、でも諦めないで頑張れば助けてくれる人はきっといる。私がそうだったから。だから諦めないで。その前に私のように暴れまくるのもいいかもしれない。面倒臭い人と思ってもらえたら多分もうイジメられないでしょう。全校生徒会でいきなり壇上にあがってマイク奪ってスピーチするのも面白そう。「お前らイジメが楽しいのかよ、死ねばいい!」なんて。一度しかない人生だから色々やってみるといいと思う。頑張れ!

追伸:幹事の厳命でスカイマークエアライン9月17日土曜日11時5分羽田発神戸行のチケットはキャンセルせざるを得なくなった。行きたかったがちょっと尻込みするような気持ちもあり、よかったかもしれない。ずっと「何着ていったらいいか。帰りはどうしよう、お土産は」などと頭の中がぐるぐるしていた。自分から遠慮するのは無理だっただろうし、「来るな」と言われて行かないなら何も問題はない。大学と一緒。浮いたお金は「豊洲子ども食堂」の資金にまわそうと思う。

豊洲子ども食堂」場所が見つからなくて困っている。月に一度でもいいので、キッチンのついた場所をを定期的にご提供ください。もちろん支払はします。これら情報提供お待ちしています。もちろんこちらからもコンタクトしますので、驚かずにご対応ください。 ママ友はゼロだがブログのおかげで顔だけは広くなった私、色々な方が一緒に考えてくれているがいい案がなかなか出てこない。いつもご支援ありがとうございます。

・豊洲内であること
・オートロックはない方が好ましいです
・月に一度でも結構です、時間は16時から22時くらい。時間は厳守します。
・食材などのご支援もお願いします。
・ご飯が食べられない子どもというより、イジメに悩む方々への支援の場とする。
などなどいずれきちんと記事にします。

logo
※こども食堂ネットワークのロゴ 

追伸:今回の件でブログとか色々無料で読まれて本当に損している気分になった。もうイケダハヤトみたいにnote で書いて一件300円にしようかしら。「これは豊洲子ども食堂の一食分300円に充当します」とか。いいじゃなーい♡豊洲だから資金調達等は問題ないと思うけど、人口密集地ゆえ場所が見つからないのだ。要支援。

マイクロソフト の記事を書いたせいか、そこにいた精鋭たちの事を色々思い出した。彼らはイジメもイジメられもせずせっせと仕事を片付けていた。そのスピードもテクニックも知識も神懸かっていた。出来れば子どもたちもこんな素晴らしい人になって欲しいと思った。なので何故そんなに性格も良く頭もいいのか考えてみた。答えはアルコールや煙草をやならないせいだと思った。

彼らはスリムでスタイルも良かったし禿もいなかった。センスも良い。そんなところで旦那を見つければ良かったと今更ながら思った。辞める時に精鋭たちに何か印象深い挨拶をと思ったせいか、今でも言葉を覚えている。それでもマイクロソフトは仕事は辛かったが楽しかった。何よりあんな人達と一緒に仕事が出来て良かった。でもあの仕事はもういいと心から思う。秘書でもやれば良かったが、私は接客は得意だが英語が出来ない。どっちみちダメだったなと思った。

以上、まとめ。
以下、長い話。

ブログの日付が一日空いてしまった。火鍋の前の日はなんの事はない、家でだらだらしてしまい、皮膚科に行ったり歯医者にいったりビバホームの専門店街をごそごそしていただけで、まあそれを丁寧に書けばいつもの私のブログなのだが、それではせっかくなので以前書きかけた記事、でもいつかアップしたかった大切なことを書きたい。マイクソフトの精鋭達と一緒に仕事が出来たこと、これは私のサラリーマン時代の中の数少ない栄誉だと思っている。マイクロソフトはいい意味でも悪い意味でも外資系企業、いいところは組織だっていないところ、悪いところはだからこそ組織が腐敗しやすいところを見過ごしてしまうことだろう。私は両方をみてしまったと思う。そしていい意味の組織の方に、あの先輩たちがいた。先輩たちといっても多分年は私より下だったと思う。

その人達は若さもあるが、本当につるっとした綺麗な皮膚をしていた。人は30過ぎたら何もかもが顔に出るというのは、理性や感情だけでない、生活の全てが出てしまうという意味もあると思う。彼らはめったにお酒や刺激物を口にしなかった。それはストイックであるという意味ではなく、ただただ興味の先がテクノロジーだという事だったのではないかと今更思い当たる。アルコールの酩酊に身をゆだねるより、理系とグラフィックと洗練されたプログラムという言葉の数々で堅牢に構築されたWindows というものを心から楽しんでいたのだ。人は楽しいことに夢中になる。彼らは仕事を仕事でない、趣味として楽しんでいたのだろう。

私も同じ境遇でマイクロソフトに辿りついたが、その温度もスキルもレベルも全く違った。何より私は、スキルを磨いたり賢さんしたりではなく、日和ったり群れたりすることに時間を費やしてしまった。誰かと仲良くしていれば、自分の問題がいつの間にか解決するように感じており、仲良くしれくれる人達といつもつるんで食事をしたりお茶したり、飲み会に参加したりしていた。

それ自体は悪い事ではないが、そればかりに時間をかけていたように思う。もう仕事が思った以上に大変で、息抜きばかりをしていたというか。あの頃しなくてはならない事は、さっさと諦めてエスカレ―ションされる側の部署に戻るか、もっともっと勉強するか、潔くやめてしまうことだったと思う。書いていて何がいいたいのかわからなくなり、書いていけないことまで書いてしまいそうなのでぶっちぎりの形にはなるがこれで終了したい。

ただ、この頃をよく最近思い出すようになったのは、ブログに色々書いているせいもあるが、自分がちっとも変っていない事実に思い当たったせい。いつも私は人任せ、ずっとそうかもしれない。その時にいつも大切な事を見失い、そして自分の夢までも消してしまったように思う。でも自分の強みはその後もいくらでもやりたいこと、夢がどんどん出てくるところだろう。逆に言えば、何も叶っていないので、いつかいつかと子どものように空を見上げているともいえる。
※メトロポリタンホテルから

自分のリソースを全て費やしてもいいと思えることに、私はまだ巡り合っていない。それを全うしないといけない対象は、今は多分子育てだろう。でも何かそれだけでは、人生が終わった後不満が残る気がする。何をやっているのだと人々は嗤うだろう。でも白州正子がよくて、与謝野晶子がよくて、岡本かの子がよくて何故私はダメなのだろう。ダメというのは一体誰なのか。それは私が勝手に作り上げた世間体という幻想だろう。

マイクロソフトの精鋭達は、そんな吹いて飛ぶようなものは意に介していなかった。いつもテクノロジーの最果てをみつめて、その真髄のみを信じていた。私はそれを観られたけれど、掌中に出来なかった。そもそも人間の出来が違うのだろう。あーなんかうまく書けない。まあ、これはアップせずに色々書き足したり削ったりしてそのうち完成させよう。混沌とした思いだけがそこにある。あんな風に生きられたらと思える人達に出会えた事だけは良かったと思う。

そういえば「幕の内弁当占い」というものがあり、手前から食べるのは現実派、奥の方から食べたがる人は地に足がつかない夢追い人だと何かで読んだ覚えがある。私は御多分に洩れず、一番奥から手を付ける派だ。今度食べる機会があったら、一番手前のものから手をつけるように気を付けようと思う。

日曜日のお昼のメニューは、金目鯛の炊き込みご飯にした。櫃まぶし風にしたり、冷めたらお茶漬けにしたりしても美味しい。冷蔵庫にある惣菜と汁で済ませようと思ったら、娘がこんなの食べたくないと暴れて騒ぎ出した。それを窘めずに「何が食べたい」などと聞いて、牛肉を買いに出かけようとする夫を叱った。娘は私をはっしと睨みつけ「牛のバター炒め」でないと食べないなどという。冷蔵庫は昨日生協がきたばかりではち切れそうになっている。娘の子育てだけは失敗している、息子も倣って我儘を言い出した。「お腹減った、お腹減った、死にそう」などと騒ぐ子ども達を、インドのスラム街に放り出してやりたいと思った。

今日も安定の荒んだ日曜日、明日のラシックコンサートだけが楽しみ。


【今日の小確幸】

やれやれ。

自分の強みを知る「グッドポイント診断」というのをやってみた。「ストレングスファインダー」は有料かつ時間がかかるので、我らが尊師イケダハヤトお薦めの「グッドポイント診断」にした。その結果について思うのは、人間だれしも褒められると嬉しいし、子どもはもっとそう。でも褒めるばかりではない、本当に良いポイントを褒めてあげたいと思った。

そこからいつもの昔話。とある宗教団体の尊師がその人の天職診断をするというのでお邪魔したことがある。でも頭を叩かれただけで転職は教えてくれなかった。教えて貰うには大金を払ってセミナーにいく必要があるという。ありがたくも二度と誘われなかったが、診断を受けた人達はどうなっただろう。子どもをこうした魔の手から守るにはやはり家庭や学校の教育しかないと思う。

以上、まとめ。
以下、長い方。

以前から気になっていた「グッドポイント診断」というのをやってみた。イケダハヤトの「まだ東京で消耗してるの?」で紹介されており、尚且つ無料なのでいつかやりたいと思っていた。こんな風に紹介されている。

「これ面白いのでやってみました。リクナビネクスト に会員登録すると利用できる機能。
あなたの5つの強み」


自分の強みをサクッと診断


強み診断の分野では「ストレングスファインダー」が有名ですが、こちらは有料かつ、割と時間がかかるんですよね。一回しか使えないコードが同封されているので、新品を買わないとダメですよ。中古買うと大後悔します。」

ということなのだが、リクナビネクストに登録する必要があり面倒でなかなか出来ないでいた。でも夕べは息子がエルマー数ページでサクッと寝てしまい、一瞬の余裕でやってみた。30分で完了と書いてあったが一瞬のインスピレーションで回答したせいか約10分ほどで終了。あまり考えないのは私の悪いくせだが、時短という意味ではよいこともある。でも一昨日のキッザニアではこれで大変な目に何度もあった。こちらはまたの機会に書くとして「グッドポイント診断」の結果を貼りたい。

「グッドポイント診断結果

受検日:2016/04/28


柔軟性
あなたは、好奇心旺盛で興味の範囲が広く、ものごとを柔軟にとらえることができます。また、突発的なできごとに対して臨機応変に対応することも得意です。何に対しても「もっとよいやり方があるはずだ」と考え、様々なアレンジを繰り返していくため、あなたの取り組みはどんどん進化していきます。あなたにとって、ひとつのやり方しか考えないことは悪なのです。 結果を出し続けていることが知れ渡るにつれて、周囲の人は改善したいことがある場合、あなたの視点やアイディアを求めるようになります。


自立

あなたは、何事も自力でやっていこうとする心構えを持っており、常に主体的に行動することができます。また、対立を恐れず、どんな相手に対しても臆せず自分の意見を伝えることができます。自身の軸がしっかりとしており、周囲の意見や状況に簡単に左右されることがありません。
主体的に行動できる人は限られます。解決のために費やせる時間が限られたり、困難な課題に直面するなど難易度が高いほど、あなたの力が必要とされ、周囲から頼りにされることでしょう。


決断力

あなたは、非常に思い切りよく決断を下すことができます。長時間考え込んでも良い結論にはつながらないと考えており、そのときに自身が最適だと考える明確な結論をスピーディに導き出すことを心がけています。周囲の人から、「よく考えたうえでの結論なのか」と確認されることもあるでしょう。それは、あなたが周りと比べて短時間で大胆な決断を下していることを示しています。決断力を周囲に認められたとしても、あなたが現状に満足して止まってしまうことはありません。知識の吸収やデータの活用などを積極的に行い、決断力をパワーアップさせることでしょう。


挑戦心

あなたは理想を追い求めます。常に自身で高い目標を設定し、その目標を達成することにやりがいを感じます。簡単に達成できるような目標や、挑戦しがいのない目標にはあまり興味がありません。成長したいと強く願うあなたは、人から見れば高すぎると思われるレベルの目標に挑戦し、成果を出してこそ達成感や喜びが得られるのです。どんな場所でも、まず最初にあなたの出した「成果」が注目されるでしょう。その後、徐々に成果の裏にある挑戦する「姿勢」や目標達成に向けた「努力」に対しても、賞賛や支持の声が贈られるようになります。


独創性

「人と同じではつまらない」あなたはいつもそう考えています。あなたはオリジナリティにこだわりをもち、仕事でもプライベートでも自身が納得できるかを重視します。あなたは、常識にとらわれず広い分野から情報を収集し、興味がある題材が見つかると自分だったらどうするか必ず考えるなど、自身の独創性をより高める努力をし続けます。周囲の人はあなたのユニークな発想に魅力を感じ、次にあなたが創り出すものを楽しみに待っています。」


他者の例がイケハヤ氏しかサンプルがないのでデータをお借りして書きだす。それによると彼は「決断力」、「独走性」、「自己信頼」、「俊敏性」、「柔軟性」が5つの強みだそう。確かにそうかも、あのスピード感とか神がかった発想などピッタリではないか。

自分の結果については当たっているというか、「自分が理想とする自分」について他者から評価を得たという結果になったと思う。そういう傾向はあると思うが、そうだとは言えないしただの賛辞だと思う。でも良い点を指摘されいい気分にはなるので、落ち込んでいる人などやるといいのではないか。

誰しも自分のいいところ悪いところ或る程度は把握していて、悪いところばかり責められると小さく悴んで自分の長所がみえなくなってしまう。だがこうやって賛美されるとたちまち元気になり勇気がわく。大人だけでない子どもはもっとそう。なので褒める育児が大切なんだと思う。でも褒めるばかりじゃない、個人のいいところをちゃんと見つけて褒める。なんてもかんでも褒めるとただの天狗になるのはこれも大人も同じ。

このグッドポイントはリクナビなので大人用だけれど、子どもにもやらせてみるといいかもしれない。クエスチョンは簡単なので小学生高学年ならわかるはず。それより小学校や中学校などで採用したらどうだろう。ついでに合う仕事をリクナビで診断してもらえば将来の指針にもなるかもしれない。例えばエンジニアがぴったりと言われば、「確かに僕は理系でプログラミングとか数字が好き」などと思い当たるかもしれない。

そういえば派遣の第一歩としてNTTDATAでグループセクレタリーを3か月だけしたことがある。その時グループ内の天才エンジニアみたいな人が辞めることになり上司が困っていた。本人に理由を聞くと保父さんになりたいという。何故かというと、宗教団体の尊師みたいな人が「あなたの天職は保父」などと言ったそう。そんなことで転職するんだとびっくりした。興味を持った私は早速そこに連れていってもらった。私も自分の天職が知りたいと思ったのだ。

そこには本当に大勢の迷える子羊達が群れ群れしていて、尊師の出番を今か今かとお行儀よく正座で待ち構えていた。そこで尊師登場、私にはただのホームレスすれすれのおじさんにしかみえない。適当な話をだらだらとした後は、なんとか注入ということでひとりひとりの頭を叩きだした。みんな叩かれた後は感激極まりないといった風に拝むポーズをしている。だんだん私の番が迫ってきた。なんかいいことあるのかしらと思ったら、ただ痛いだけだった。

その後尊師が引っ込んだ後は周りが群れ群れと私の周りに集まり勧誘しだした。なんでもセミナーがあり、それで上級に行くとすごくいいことがあるという。数十万円というものばかりのパンフレットを貰ったが、「あの人に天職といわれた仕事が合わなかったらどうする」という質問に誰も答えてくれなかった。他にも色々突っ込んだりして、だんだん群れ群れは散り散りになった。今思えばよくポアされなかったと思うがその頃は色々に寛容だったのか。それから二度と誘われなかったが、あのエンジニアはどうしているだろうか。私の頭を叩いたおじさんはバチが当たって逮捕された。 組織の名前は忘れたが、あの犯罪史上に残るようなあっちじゃない小さい方の団体だった。

そういう訳で、自分のグッドポイントをみつけ、自分に合うしかも楽しくて夢中になれてお金がきちんと稼げて自立できる仕事をみつける手伝いというのは、学校の中でも取入れて欲しいと思った。学校で勉強するのは将来食べていける人を育てることなのではないか。そして良い伴侶を得て幸せになること。家事も育児も分担され、決して外に八つ当たりの的をみつけてイジメをしたりしない。子どもはそういう人に育って欲しいと思う。などと理想論ばかり並べているが、果たして子育てが上手く行っているかどうかは全くわからない。でも色々思うところがあり書いてみるただそれだけ。


【今日の小確幸】

息子がQBハウスに行ったがヘルメットヘアにならなかった。よかった。

※NTTDATA本社ビルのテラス。夏にここでビールを飲むと最高

 



マイクロソフトに勤めたことがあると同窓会で言ったせいか、こんなメールが届いた。本人に許可を得て掲載。ただし名前だけは当たり前だが伏せる。

「アナログマン〇〇です。

そう 数ヶ月前までガラケイでした。実は今 悩んでる事があります。Microsoftにいたなら☆☆に聞くのがベストだ!教えて!「家のパソコン3台あって8.1なんだけどウィンドウズ10にバージョンアップすべきかどうか?」これ人に聞くと三者三様なんだ。


ちなみにうちのパソコンには音楽制作に関するサードパーティのsoftが大量に入っていて  過去に、7から8.1 に変えた時にアクティベートしてあるのを再インストールし直すのが大変だたので 怖いんだ〜


softもドイツやアメリカ イスラエル イタリアのソフトで英語でなんとかなるから良いけど面倒くさい 。10は、アップデート感覚で出来るらしいけど…現状は、SSDでcore i7 memory は 32Gでサクサクで全く申し分ないけど

今後の事を考えると やっといたほうが良いですか? 先生!

ドライバー関係やsoftも全部10に対応してます。なんかサービスセンターにメールしてるみたいだな〜。サービスセンターに電話すると面倒くさい事になると嫌だから逃げるんだよね彼らは。(^_^;)


どうなっても苦情は、言わないから意見だけでも聞かせてもらえればありがたいです。教えて。m(_ _)mお願い❗️」

それについて私はこう回答した。

「アナログマンおはようー


アナログマンと言いつつ、色々やってるじゃないの。すごいなあ。でも基本的な考え方はひとつかふたつだけ。まずはそれらがWindows10 に対応しているかどうか。基本はWindows というか、マイクロソフトはバージョンアップを絶対すすめると思うけれど、あまりに古いマシンはいじらずそのまま使った方がいい場合もあるよ。


 アクティベートが大変だったソフトが対応済みかどうかを考えるだけでいいと思う。ちなみにうちは夫と私のパソコンがそれぞれあるけれど、私は8のまま、夫は10にバージョンアップしたみたい。


私がバージョンアップしないのは、このパソコンは8のまま使い倒してまた新しいのを買う予定だから。私のパソコンは使い倒されるので本当に道具なのね。クリーンインストールや色々ハードもいじったりして延命措置をするけれど、そのままお亡くなりになる事が多いのよ。なのでそのまま、手になじんだ道具は色々変えない方がいいと思ってる。


夫は多分そんなに古くないマシンだし、新しいバージョンに慣れておかないと会社で急に導入されたら新しい環境にすぐ対応しないといけないと思っているからしたんだと思う。新しいOS にまごついていたら仕事にならないからね。


そういう各自の色々な思惑もある訳で、果たしてアナログマンの家のマシンがどんな風に、多分音楽関係のもの音源なんかがたくさん詰まっていると思うけれど、データバックアップなんかはどうしてる?Web フォルダは危ないよ、しっかりしたHDD を買ってそこに同期する設定にしておいた方がいいと思う。何かあった時にOS からクリーンインストールとかすぐ出来るから。


そうしたらバージョンアップするかどうかが見えてくると思う。あまり古いパソコンに新しいOS はダメといったけれど、それも程度問題。うちみたいに8 と10 があってもいいと思う。奥さんはどうなの?奥さんが今のまま調子がいいというものがあればそのままでいいと思うよ。一台一番新しいパソコンを10 にして使ってみて、良さそうならまた考えたらどうだろう。


もし時間がかかっていいなら色々調べるからパソコンの名前とかスペックを教えて。そのメーカーにより対応は様々だけれど、電話したりお金払わなくても大概ネットに書いてあるからそれをみにいけばいいよ。でも慣れないとなかなか探せないと思うから検索王の私が探してあげるよ。


まずは一番新しいパソコンをバージョンアップしてみたら?そこで出た不具合なんかも合わせてまた考えればいいよ。マイクロソフトの「今だけバージョンアップ無料」というのは商業的にはすごくいいアイデアだと思う。みんな15,000円払いたくないからやっちゃうよね。そして不具合や新しいユーザーインターフェイスに戸惑うつわものどもからサポートという名の熊手でお金をかき集めるわけよ。


確かに8 は使いにくいけど、10 もそんなに変わらないよ。8と10の大きな違いは、基本ブラウザーが違うこと。10からIE ではなくEdge になっているから要注意。対応していないサイトもあって困ることもあるかも。でも10 の中にもIE はあるから検索して基本ブラウザーに設定しなおせばいいだけだから。


回答:バージョンアップするかどうかの基本5つ

1:まずは新しいパソコンを1台バージョンアップしてみる。使ってみて考える。
2:データバックアップに注力すべき。もう一台外付けHDD を買ってデータを同期する。今は安いものがあるから。
3:今安定しているものはそのままにすべき。ただしあまりにも古いバージョンのOS はセキュリティ上危険が伴う場合もある。でもそんな古いマシンはそもそも10 にすべきではない。
4:マイクロソフトの熊手システム(バージョンアップにより発生するサポート)に騙されないで
5:7月の同窓会は私抜きでやる。しかし私のいいところを3つづつ挙げて褒め称えること。


大切なことはこれくらいかなあ、遠慮せずにまたどんどん聞いてみてね。でも適当星人だから答えも適当だよ~(^^)/ 」


何故これらを載せたかというと、ブログにMicrofsoft、マイクロソフトと書いたので、それならうちも私も聞きたいという方々が大量発生すると思われる。特に「Windows10 」にバージョンアップすべきかどうかというのは、この世のWindows ユーザー全ての悩みだと思う。実は私も悩んでいたひとり。でも書いてみて答えがはっきりわかった。夫は10にバージョンアップして、私はこのまま使うのが正解。でもそれはスペックやソフトの対応状況というものではなかった。それぞれの日常思惑も考慮する必要がある。職場で10 なのに家では7 というのは、そんなに困らないかもしれないがちょっとやりにくいことは確かだ。会社のヘルプデスクのお姉さん達は親切で優しいが「またあの人こんな事を聞いてきたよ」とか「えーそれ私昨日も受けた」などとランチの話題にされることもある。

それはさておきMicrosoft でソフトの基本設計をするのは全てアメリカにある本社。日本企業は何をするかというと、ソフトを日本語版に直し、それを売る、そして使い方のわからない人々や企業に対してサポートをすることで収益をあげている。この最後の「サポートをする」という熊手集金システムはなかなかに素晴らしく、わざと使いにくくしてそれを「こうやって使うんだよ」という一見親切でも下心に満ち満ちたもので成り立っている。「今だけ無料」といって大サービスのようなことをしているが、「またバージョンアップか、本当に儲けることしか考えていないんだな」などという口をふさぐためだと思う。そうして現品をちゃんと15,000円と販売しておいて、「これが今だけただ?すごい、バージョンアップしなければ損」と思わせて edge などを仕込んでサポートに電話させる。

無料の番号は繋がらない、今はどうか知らないが1件3,000円という微妙な値段の有償サポートはすぐ繋がるが適当星人のような私が出るし、それならば企業やメーカー相手の今はなんと呼ぶかわからないが最高金額をもぎ取るプレミアサポートに問い合わせれば、ここでも適当星人の私が「仕様です」などと回答をする。本当に出来る人や神対応できるひとはさっさとレッドモンドに行ってしまう。そうでない人達もいるが、そういう人達はコンシューマーサポートにはいない、一般人からの電話には出ないのだ。代わりにエンタープライズとかコーポレイトサポートをして、頭角を現すとレッドモンドに連れていかれる。バカボンのはじめちゃん作戦はマイクロソフトにもあるのだ。

私も間違いでもいいから行きたかったな。割り当てられたブースではなくマイルームを素敵に飾り、こここならムーミンでもなんでも描いていい。ランチはビュッフェでもちろん24時間食べ放題。「今日はミンスパイがあった」など同僚からmessengerが飛んでくるとすぐにランチタイム、いつでも好きなように仕事をして休み、キックボードに乗り社内を走り回る。時々は長いお休みをとってシリコンバレー視察とかスイスにスキーをしにいくのだ。そう思うとやはり誰かと結婚してではなく、自分で勉強して頑張るべきだったのだ。あそこからならそれが叶ったかもしれない。そうやって行った人も何人もいたではないか。私は努力が全然足りなかったのだ。もう大大大反省しよう。

妄想と反省は置いておいて、私のメールのような回答は本質をついているが、そんな風に答えたらF先輩かO 先輩が飛んできて叱られたのではないだろうか。私はこの二人の精鋭に鍛えられ仕込まれ、そしてよく叱られていた。でもこのお蔭で文章の書き方も探しつくすということも教えられ、あの裁判の時にそれらを発揮でき、プラス忍者のような能力で事件を解決に導いた。これらがなかったらあの弁護士もあの検事も、あの刑事のような適当な仕事をしていたずだ。適当な仕事をした刑事はクビになった。シビアな世界でも適当な世界でも大切なのは本質を考える事なのではないだろうか。

こうして考えると色々と無駄だと思っていたこと、苦しかったこと哀しかったことの方が色々役立っている。あのボスママ達にイジメられ地域でも村八分になり子ども達までいじめ抜かれたことも無駄ではなかったのかもしれない。子ども達も私もすっごく不本意で嫌なのだが、豊洲ですごく有名になったのではないかと思う。名前を言って知らない人はそんなに多くないのではないか、顔も多分みんな知っていると思う。昨日もBEN&JERRY の大行列で息子といつものようにはぐれたが、顔を知っている人達、そうママ友さんたちが全員あそこでみたとかここにいたと教えてくれた。そういう訳で色々いい事もあった。こうしてサポートを求められればヘルプデスクやサポートではない親和性のある回答が出来たりする。

そういう訳でWindows 10 にバージョンアップするかどうか迷っている人は参考にして欲しいと思う。あのソフトやこのスペックがどうこうと細かく調べていってもうまくいかないことが多いよ。それはOSの上に乗せた、あちらこちらのメーカーが勝手に作ったミドルウェアソフトウェアが裏で悪さをすることもあるし、ドライバーが実は不具合を起こす、なんてこともある。人も色々な記憶や様々な現状でひとりひとり違うように、パソコンだってそうなのだ。でもどうしても調べて欲しいという人がいたら、家までいってみてあげてもいいよ。ただし一回30,000円くらいもらうし、年間契約なら最低でも500万円はいただきます。最後はそういう部署にいたからその通りにしますよ。

でももうスキルは劣化したから半額でいいかとも思う、でもそもそも素養はそれ程なかったし私は理系ではない。色々な事情が重なりそういうところに迷い込んでしまっただけだったのではないか。周りは本当に凄い人達ばかりだった。でも偉そうに書いてみる。サポートは豊洲なら交通費は発生しないのでとってもお得。そのうちの5%は、それから更に5%は。というのは昨日書いた通り。でも地元の同級生たちは無料。飛んではいけないが何かあったら青春18切符で馳せ参じるし、電話やメールのサポートくらいならお安い御用だ。F先輩もレドモンドに行ったらしい。O先輩はどうなっただろう。いつもキレッキレでキーボードなんて必要ないみたいに仕事をしていた。さあっとキーボードに手をかざすと魔法にかかったようにパソコンが勝手に色々仕事をする、何か聞くとそんな風に画面が光陰のごとく変わるので教えられてもよくわからない。「ね、わかった?」と言う感じでちらっと見られるが、いつも目が点になってしまっていた。何度も聞くと悪いし怖いので、わかったふりをして自分のブースに戻ったっけ。親切な精鋭た達は頭の出来の全く違う私にも優しかったし誰もイジメなかった。こう考えるとすごく恵まれていたと気付く。なのに。

本当の賢者はイジメをしない、何故なら誰かや何かを妬むということがないからだと思う。O先輩、半角英数を日本語で書く時は後にスペースで半角分空けるというの、ちゃんと覚えていますよ。ブログではあまり出来ていないけれど、課題を出す時はちゃんとやっています。技術情報もたくさん書いたが、もうバージョンが古いものばかりで誰もみないと思う。残ったのはあの時の思いばかりだ。 デジタルは本当に儚い、私は紆余曲折を経てアナログ人間に戻りたいと思うようになった。

Microsoft での仕事は本当にエキサイティングで楽しかったが、もう二度と出来ないしやりたくない。今の環境が一番いい。例え村八分になったとしても。 それにしてもこんな回答でいいのだろうかと心配したが、「ありがとう」と返事がきた。本当に役に立ったのだろうか。F先輩、O先輩、それからバイトからレッドモンドに行ったGくんならどう答えただろう。もう元マイクロソフトという看板は下ろそうと思った上げてもいないけれど。先ぱあいいいいい、お元気ですかあああああ。私は元気ですよおおおおお。

【昨日の小確幸】

なんとなく人の役に立ったような気がする。


※まだWindoes 8 正確にはVer 8.1

昨日は早い方の締切の仕事が午前中に終わった。チェックも終えたが一晩寝かせて翌朝再チェックの後送信することにする。ライターの仕事は外出しなくていいし、今のところ打ち合わせもメールで完了。時間に余裕が出来ればあとは好きなことが出来る。ということで先ほど見直し一部リライトして送信。この一晩寝かせるというのは大学で学んだ『小確切』。「ちいさいけれど確かに大切なこと」、という意味。私が考えた造語だ。書いたすぐに見直しても頭が覚えているので全て大丈夫だと勘違いしてしまうが、一晩寝ることで思考がリセットされるのか、みると色々誤字脱字などがみつかる。何事も早め早めというのも大切なことだとわかった。

そして午後はアレをすることにした。そう!内容はすごくいが、真っ黒で無骨なRADING EDIT を素敵に変身させるのだ。こういうどうでもいい事に情熱を燃やすことにかけて私の右に出るものはいないだろう。これをデコろうと思ってからずっと頭の中ではああでもないこうでもないと、何をしていても頭にあった。布を入れてある箱をチェックしてみると、なんとバッチリピッタリの布がみつかった。端切れ的サイズで、でも何かに絶対使うととっておいたやつだ。着物はさっくり処分するのにこういうものはしつこくとって置く自分を不思議に思った。そして処分してしまった着物達、こういう用途に一部とっておけばよかったなどと思ったりした。

それらいじましい考えはさっくり断捨離してREADING EDITデコの話。もう自画自賛になるが、素晴らしくいいものが出来た。熱中しているうちに帰ってきたのか気が付いたら横に娘の顔があった。何をしているかというので説明すると、自分のノートも持ってきてこれもやってという。手作業は慣れが大切なので自分でやるといいなどと丁寧そうに言って追っ払い続行。私って天才かしらと思った。

足りない布は違う柄のものを貼り付け、同柄は表と裏がわかるようにレースをあしらう。よく無地のノートなど逆に開くと一瞬とんでもない失敗をしたように感じることがあり、それの防止だ。そしてどんどん作っているうちに、いい事を思いつく。それは何かは上手くいったらまたおいおい記事にするとして、作業をすすめた。そして完成。


※ちょっと見てよ奥さん!

※黒い中表紙にも相応しいものを貼った


※もとはこんなノートだった

あーもうこれ職業になるかも、なんて。でも手作業だし、そんなに高額な請求は出来ないだろうから、やはり趣味というカテゴリのものになるだろうか。でも締切が間もなくの記事に出来るので対価はあるのだ。専業主婦のような全くのただ働きではない。

それにしても私はこういう事をしていると楽しくて楽しくて仕方ない。正直言って文章を書くよりも夢中になれるかもしれない。といいつつ、やはりブログを書いていると同じような感覚になるのでどちらも好きなのだろう。ブログももう絶対書かないと決めていたのに学友の「毎日ブログ書いている、いっしょに書こうよ」と何度か誘われてついまた始めてしまった。

そして報酬を得るための執筆の練習になるかとライターの仕事も本格的にはじめた。お金を貰って書くのとそうでないものというのは、全く違うものだとわかった。お金を貰うということはプロになったということで、そこで初めて経験する様々な苦労もあった。だが頑張ったおかげでモノ創りの仕事も得られ、これが楽しくて夢中になっている。既に半年分のネタが出来てしまった。これを文章にして写真を選び、原稿にするのだ。

最近学友、特にマイブロ部の中で写真がブームだ。私も一眼レフとかいいカメラが欲しくなった。今は著作権フリーのサイトから写真をダウンロードしているが、自分もアップしてみる側になってみたい。いつもお世話になっているACは、利用も投稿もどちらも同じIDで出来るのでやってみたくなった。使いやすいだけではなく、私の希望にぴったりのものがすぐ見つかる。ステマではなく本当に。それよりスマホを新しいものにしてみようか。一般的なデジカメよりこちらの方がピントも合わせやすいし今は画素数も高すぎて保存場所に困るくらいのクオリティだ。スマホのハードディスクがすぐにいっぱいになる。色々考えてみたい。

私にとって京都造形大学は、芸術を創造し造形する力を伸ばしてくれる素晴らしい場所になっている。みんな一緒に創造の世界に飛ぼうよ。などと書くとまた学友に心配されるかもしれない。でも確かに危ないくらいにのめり込んでいるかもしれない。最近天啓のような出来事ばかり起こり、ちょっとハイになっているのかも。今日は息子の仲良しママと買い物に行く。久しぶりにあのお店にランチに行こうか。テンションが上がりすぎて買い物し過ぎないようにしようと思う。


【今日の小確幸】

いいものが出来て嬉しい。布のチョイスもバッチリで可愛いし機能的だしこの世でたったひとつのオリジナル。最高!小説もこんなのが書けたらいいな。

今朝9時までの締切だった仕事を朝の3時から片付けた。本来ならこれで完了している時期なのだが、あと2件残っている。その数日後にもあと2件。どうもやはりブログが原因で他のタスクが滞ってしまう。これからはあまり濃くしないでサラッと書きたい。と、確か以前にも書いたが出来ていない。私はブログが好きなんだと思う。つい時間を忘れて書いてしまう。 

ブログ書きを控えて小説や課題をやりたいと言ったら、好きなことは続けるべきなどと学友が言った。アジアフォーラムの帰りに立ち寄った、寿司居酒屋松ちゃんという店で、ここで色々語り合った。

ブロガーといえば、はあちゅう、イケダハヤトがトップスターだが、他にもスターはたくさんいて、その方々のブログを読んでいると時間を忘れてしまう。テレビのバラエティーを観ないなどと言ってもこうしたものは閲覧してしまう訳で、時間泥棒のアイテムは姿を変え形を変えて普遍的に存在するものなのだろう。

Blog@narumi で存在を知ったこの店は、ビールが180円、日によっては30円になると書いてあった。興味があり一度行きたいと思っていたのだ。ちょっと嫌そうに戸惑う学友達に聞くと、店はどうあれ私が飛ばないか心配だと言う。

薬は飲んでないし、心身ともに健常だと説得して共に訪れたその店は、本当に知らなければ行き着けないような場所にあった。わからなくて迷っていると何処かから人が現れ、「松ちゃん?ならこっち」と案内してくれた。番地を言ってうろついていたら、いきなり登場して店の場所を教えて去っていった。今の誰だろうなどとと言い合ったりした。

お店は最初は空いていたが、すぐにほぼ満席になった。ビールとハイボールは180円サワーは290円、食事のメニューは普通の値段で量が少なく割高感があった。narumi@ おすすめの山葵巻は小さいけれど強烈に辛い、涙を流しむせながら食べた。味はまあまあ美味しいが、量が物足りなくて色々頼んでしまった。さっくりと飲んで二次会に炭水化物というのがベターな利用の仕方かもしれない。そう思いつつ、ついつい話しがはずん長居してしまった。何より行ってみたかった店に行けて大満足。そんな店に付き合って貰い大感謝、今度は学友の希望を聞きたいと思った。


※やはりサワーは美味しい


※悶絶した山葵巻き

話を戻してブログについて。書くのは別にいい、でも時間をかけすぎるのが問題なのではないか。例えば学友達は、2,000文字、ある方は800文字と文字数制限をしているようだ。確かにこれならまとめやすいし、さっくり書ける。そしてとある方はブログは書いたら書きっぱなしで読み直したりしないそう。なんという漢。私はそこまで太っ腹になれない。書くと必ず手直ししたり足したり引いたり。かなり過去のものはさすがに少ないが、日付を入れて情報を追加したりする。特に初期のブログを読むと、我ながら人が良すぎて自分が嫌になるのでコメントを追加したりしている。あの時もっとちゃんと、はっきり書くべきだった。ママ友は友達じゃない、「手段」なのだと。

また名言が飛び出したところで今後の課題。ブログは一日30分以内2,000文字以内。どうしても書きたいことがある日は超えてもいい、でもともかく毎日書く。内容は、子ども周りと、提出する前の課題の内容については書かない。子ども周りについては書かれるのは嫌だろうし、父兄の反感もかうだろう。常識的なものだ。そして課題については、記事をみて先生達が評価を下すことがあるかもと思ったからだ。

あの造形基礎2のコラージュをデッサンがそうで、武蔵美出身者としての評価をされた気がする。でなければD評価はありえないと思った。これも見せしめなのではないか。しかもこんな最終提出期限ギリギリの2月に提出した課題としての扱いではないのではないかとも思う。通信大学というのは時間にもお金にも非常にシビアなものがある。もしひとつ課題を落としたことでもう一年留年という自体になれば、それはそのまま死活問題になるだろう。

武蔵美で一単位足りないからと卒業出来ず、お金が続かないからとそのまま退学してしまった人がいた。もちろん課題は正当に評価はなされるべきだとは思うが、あんまりだと思った。その方はずっと趣味で絵を描いていて、腕は確かだが要領が悪かったのだろう。大学の単位というのは、そういう部分もあると知った。

今回事務局に問い合わせたところ、単位は足りており問題ないという。造形基礎を受ける時に「もしも再提出のものがあった場合に」と備えて多めに履修しておいたので命拾いした。この時ばかりは自分で自分をほめた。なので異議申し立てはしないと思うが、先生達はその辺りも考えて評価を出して欲しいと思った。あの造形基礎、再提出というものでは絶対なかった筈だ。デッサンに手を抜いたと評価されたが、大変な思いをしてきちんとつくた作品だ。それをブログをみて手を抜いたと勝手に評価したなら問題だと思った。

と、いいつつ、一緒に返却された文芸コースの課題は今までの最高点の評価だった。いい評価だと文句はない。添付資料を作ったので、その努力が認められたのだろうか。あの資料は我ながらいいアイデアでとても良くできていると思う。来年度の授業で使って欲しいと思うのは図々しいだろうか。来年度は課題、そして卒業研究を頑張りたい。卒業するまでまた色々あるのだろうなと思った。かき混ぜ係は卒業して、粛々とこなしていきたい。


【今日の小確幸】

自分の身の回りの幸せを探すということで、編集後記をやめてこれを書くことにする。「小確幸」というのは村上春樹が作った造語で、「小さいけれど確かな幸せ」という意味。さて、今日の小確幸。今はまだ午前中だが、もういい事があった。家の中がなんとなく片付いている。それだけで気持ちが落ち着くし、家事の時間も短縮できる。「落ちてるものは全部ゴミ」運動が浸透してきたのだろうか。諦めないって、大切なことだと思った。

今日は1月4日、官公庁から一般企業まで仕事が始まる。だから仕事始めだ。仕事初めではない。迷ったらひらがなで書くのもいいかもしれないが、私はプロのライターで作家、そして自称専業主婦。漢字の間違いはあってはならないと思っている。

間違いといえば遥か昔のママ友の集まりで、男男と続いた後に女の子を産んだばかりのママがいた。その人を囲み、産まれたばかりの赤ちゃんはkawaiiという話になった。するとそのグループのボスママが「一姫二太郎じゃん」と言った。私はええっ?と思ったが黙っていた。誰かが訂正するだろうし、その頃から出る杭は打たれるというママ友界の掟をやや感じ始めていたのもあった。だが、誰も訂正しなかった。

ママ友グループの在り方を象徴する出来事として今でも覚えている。ちなみに一姫二太郎とは、上が女の子で下が男の子の姉弟をいう。うちもそうだ。なので余計に黙っていた。自慢にとられたら余計にいじめられただろう。

そんな訳で仕事初め、もとい仕事始め。あと一件ライターの記事を書いた後は課題をする。その前に滅茶苦茶になった家を掃除したい。空っぽの冷蔵庫に入れる食材も買い出しにいかねば。また同じ一年が始まるのだ。子どもが本当に自立してくれるのはいつだろう。子育ての終わりはないが、子どもが自立すればそこで一区切りつけるだろう。

子どもの自立こそが、子育ての目標だ。東大や医者になるとかはただのオプションで、あればいいが無くても差し支えないと思っている。自分らしく常に目標をもち、地に足をつけ人生を逞しく楽しんで欲しい。

死にたくなることもあるだろう、だが死ぬのは我慢して欲しい。どうせいつかは死ぬのだ。神様が人を平等に創ったのは生と死だけだ。ひとりの母親から生まれ、そしてひとりで死ぬ。富豪も庶民も誰ひとりとして例外はない。

一見するとどうということもないが、実はすごい事ではないだろうか。その他は多大なる不公平で出来ている。それが現実、これもまた興味深いと思う。 

ところで今さらだが、1月2日にみた夢を初夢として一年を占うそうだが、お正月から全く夢をみていない。というより覚えていない。これはどう解釈したらいいだろうとネットで調べたがわからなかった。現実をみてしっかり頑張れという意味だということにしたい。夢ばかりではご飯は食べられない。


【編集後記】

とくダネ!に自分が映るのを今か今かと待ち構えたが1秒も映らなかったというか、インタビューされたコーナー自体がなかった。あちらこちらにメールした私も目立ちたがりなのだろう。新年早々余計な恥をかいてしまった。

夫の実家で毎年食べる「花びら餅」、皇室でも食べるとかで、ホンマかいなといつも思う。

 ※中は甘く煮た牛蒡と白餡

 ※こういうお菓子って誰も食べないよね

資生堂ショックについて書いてみたい。いつも我が家の朝は、NHKのおはよう日本で始まる。これ以外はチャンネルを変えないようにしている。子ども番組をつけていたこともあるが、たいてい食事を食べこぼすのでやめにした。目はテレビ、手はきちんと食事を口に運ぶというのは不可能だと気が付いた。

ニュースなら大丈夫かといえばそうでもないが、世界で何が起こっているのか毎朝チェックするというのは子どもにも必要だ。宇宙ロケットが発射成功すればNASAで働きたいとか、ノーベル賞のニュースで学者になりたいだの、子どもの夢は無限大だと感心する。私も万能感についてはまだ残っていると思うが、子どもには全く敵わない。そういう意味でもやはりテレビのニュースは貴重な情報源だと思う。

そんなところに「資生堂ショック」という言葉が飛び込んできた。何がショックなのだろうと思ったら、働くお母さんを支えてきた企業の方針を方向転換させたことで、社内でショックが起こっているという事らしい。もちろん今回ニュースになったことで、世論的にもショックを与えただろう。資生堂といえば、育休産休をしっかり取得でき、結婚はもちろんだが、出産しても体制は万全、日本国内でもその方面ではトップ企業だったはずだ。

それがもう、子どもを育てるお母さん社員を支えきれなくなったということで、化粧品販売系の従業員のシフトをフラットにします宣言をし、その旨を明示したDVDを含めた資料を配布したそうだ。テレビの中の女性管理職の方は「甘えが出ている」という言い方をされていた。子どもを産んだから、シフトを平日日勤ばかりにするというのが当然と思ってもらっては困るということだそうだ。

確かに独身で結婚をしていない女性従業員などは、子どもや夫とというしがらみがなく、夜遅くだろうが土日だろうか働けるだろう。だが、独身で結婚をしていないからこそ、婚活やスキルアップで夜や土日に時間が欲しいという方もいるだろうし、人が普通に休む時は誰だって休みたい。そういう方々から不満が出ているという。売り上げも落ちているし、土日や夕方から人員をもっと現場に供給し、会社の利益をあげようという考えだそうだ。

私はこれを聞いて、日本を代表する、しかも女性に優しいはずの企業にしてはずいぶん短絡的な考えだし、この方向転換では絶対うまくいかないだろうとも思った。資生堂は化粧品を作って売るだけの会社ではない、女性の夢を創生し拡散する使命を持つ企業だと思う。そのお蔭で化粧品が売れていたのだ。品質や値段だけを考えれば、もっといいものはいくらでもある。そういう意味なら「どうしても資生堂化粧品」、という人はもう少ないと思う。

うちの姑はマックスファクターのSKⅡが気に入っているし、私はプチプラ専門。資生堂を求める層は、外国人観光客か年配の富裕層しか思い浮かばない。私的にはだが、そういうイメージになっている。

もし私が社長なら、そんな方向転換はまずしない。イメージが悪くなれば商品は絶対売れなくなる。イメージがいったん悪くなれば、立ち直るのに、お金、時間、人的なものなど余分なリソースが大量に必要だ。最近は些細なことがネットで拡散されれば、すぐに不買運動などに繫がってしまう。その企業のカラーや良いイメージは最大の広告になる。マーケティング以前に、そこは絶対にいじってはいけない。

ならばどうしたらいいか。もう「子育て支援します」と言い切って色々やった後なら、もうそれを撤回しないこと、それから不足している人的リソースは、その場しのぎで補わない。ということで、シニア層や男性スタッフを投入するのはどうだろうか。

最近、美魔女なる方々の登場により、綺麗なおばさんが増えている。もっといえば、おばあちゃんに片足突っ込んでいる方の中にも美を保っている方のなんと多いこと。そういう方は子育ても、もしかしたら夫の世話も終わり、自分の美をどこかに認めてもらいたいなんていう方もいるはずだ。

そういう綺麗すぎるおばさん美容部員がいたら、いったいどうしたらこんなに肌をキレイに保てるかしらと客は興味を持つだろう。それに第一、資生堂の化粧品をデパートなどのカウンターで買う富裕層はシニアが多い、綺麗なシニアと富裕層のシニアは話も合うだろう。そうして顧客を確保すればいい。

また、男性美容部員というのは、MACなどの外資系化粧品のカウンターなどには大勢いるが、資生堂のカウンターではみたことがない。男性美容部員というのは、嶋田ちあきさんが登場したあたりからメジャーになったと記憶している。最早、女みたいな職業ではなく、きちんとステイタスのあるメイクアップアーティストというジャンルが確立されている。なぜ男性を使わないのだろう。

こういっては働く女性に対して失礼だが、残業がダメだの休日出勤NGというのは女性の方が圧倒的に多い。家や学校の用事の主役はやはり母親で、私が今年やっているPATの役員もお母さん達ばかりでお父さんはいなかった。お父さんは「仕事で」といえば逆になんとも思われないが、お母さんがそういうと違和感があるのが現実だ。

なので男性をもっと現場に投入すればいいと思う。若い女性ファンを獲得できれば、それはそのまま顧客になるだろう。デパートの化粧品カウンターというのは一見さんはそれ程重要視されていないのではないか、やはり顧客をどれだけ獲得するかが大切なのだと思う。

あとは別なリソースを投入する。そう、お金だ。どこに使うかといえば、これはもう夕方からの遅番や土日出勤の手当てを厚くする。そのために給与形態を見直すことになり、組合と色々もめるかもしれない。でも企業の存続がかかっているなら致し方ないと思う。子どもを育てるためだからといって早く帰る人達と、遅番土日に多く出勤する社員と同じというのでは不満が出て当然だ。女同士の助け合いという概念でシフトがまわっていたのだろう。そして本部、特に男性はそれに甘えすぎたのだ。

あまり人がやりたがらない時間帯のシフトに特別手当をつける仕組みは、当たり前に思うのだが意外にないようだ。会社的には今の給与形態のままでなんとかしたいということで、「シフトは会社が決める」となったのだろう。それでは今度は子どもを育てる社員から不満が出るだろうし、続けられない。それなら辞めてくださいということで、独身ばかりを残したいという戦略なら今回は大成功だろう。だが世論的には大失敗だ。イメージで戦略を重ねてきた資生堂が、今はイメージでダウンしている。

しかも今回の方向転換。外部の私でもこんな風に思っているのだから、顧客や社員はもっと色々思うところあるだろう。だが社員は言えない、社長はボスだからだ。ボスに逆らえば明日はない。となれば、社外取締役はどうなっているのだろうかと調べたら、いつの資料かわからないが、アスクル社長と早稲田法科大学のなんとかさんとあった。もう好きにしたらと思った。ともあれ女社会は難しい、それだけは確かな事実だ。

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※画像はイメージ図、著作権フリーの画像サイトACのもの

経済や数字については専門外。しかも資生堂の商品は買わないただの外野だが、今回の件はとても興味深いので色々書いてみた。それにしても今さら「資生堂ショック」といっても従業員は困るだろう。そして困るのは現場の従業員だけで本社勤務はそれ程ではないと思うが、それでもショック以前に制度を十分に享受した従業員を支えた社員は、いつか自分も支えてもらう側になるからという思いは水の泡となる。今後は本社でも余波は避けられないのではないか。その辺りも社内の軋轢のもとになるとは考えないのだろうか。私でも思いつくくらいなのに。

トップは女性の特性や本質がわかっていないように思う。女性に「男性目線で男性のように働いて欲しい」というのは難しい。ならば女性が社長になればいかといえば、それはそれで問題があるだろう。私は女性が首脳や社長など、大きな組織のトップにはならない方がいいと思う考えの持ち主だ。女性蔑視というより、女性はそういう役割には向いていない、どうしても思考に偏りがあるし、感情に左右される事が多い。ビジネスに感情は入れるべきではない。それに「雌鶏が鳴けば国が傾く」という諺もあり、その通りだと思う。サッチャーさんの時代はどうだったか。


【編集後記】

今日の晩御飯は、娘がカレー、息子がシチューが食べたいというので両方作った。肉と野菜を煮たものをふたつ鍋に分けてそれぞれルーを入れるだけなので面倒でもなんでもない。甘やかし過ぎかなと思うが、食べたいものくらい食べさせたあげたい。結局息子もカレーを食べた。シチューは明日の晩、ドリアかグラタンにしよう。

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