芸大に通う豊洲ママのblog♡♡♡

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 私のブログをアップしたものから順番に読んでるみなさん、過去の記事もどんどんバージョンアップして長編になっているからまた読んでね。特に「」なんて昨日も今日も半日かけて校正して追記して思い出すこと全部書こうとどんどんどんどん書いたらまた長くなりあれもこれも全部書いた。満足。

でもそろそろこれで完成でいいかなと思えて来て、次にこの記事を書く。明日はまた一日なんやかやある日で書くなら今日しかない。夫が在宅でリビングジョナサンかなと思ったけど、今の気分はなんか違う。先日最近仲良くなった方とジョナサン行ったけど、ちょっとジョナサンに対する私の温度のようなものが違っていて、リビングジョナサンじゃなくて普通のファミレスに感じた。私には珍しく定食じゃなくカルボナーラ食べたというかご馳走になり、美味しかったですありがとうございました。またいつでも声かけてください!ということで「京都造形芸術大学通信教育部卒業式シリーズ」貴船の写真貼ったら結構な量になり、「お参り」と「美味しいもの」と分けて書くことにした。

ホテルを出て三条の駅から貴船を目指す。途中京阪電車「出待柳」という駅で叡山線に乗り換えた。もうこれ登山電車といっていいかも。乗っている人達全員が登山ルックというか、スニーカーを履いた人ばかり。私は貴船の後そのまま卒業式行く予定でレースのワンピースにヒールのあるパンプスといういで立ちで、せめてヒールのない方のミュールにするべきだったと軽く後悔した。でもまあ昔から貴族が避暑にきたところだし、昔いつも来る時もそうい格好だったじゃないと思いなおす。なんだかんだ貴船までは電車で約30分くらい。



どうやってまわろうかイラストマップを広げる。これも東京駅八重洲口にある「京都館」で頂いたもの。本当にすごい便利だから京都行く前には是非どうぞ。

卒業式の前後どこかで貴船と思いついた時は、もう一泊しないと絶対無理と思っていたけれど、こうして電車に揺られていると、卒業式の前に寄ろうと思った私GJと感じた。今思えば丁度いいスケジュール的なボリュームだったように思う。でも一日中貴船というのもいいし、宿泊もしたかったななんて。貴船で一泊というのももちろん考えた。色々検索したけれど、マッチングするものがなかったのよ。それはそう、貴船の宿はおひとりさまはNGらしい。

なんでやのん、結構おひとりさま女子が多い京の奥座敷、おひとりさまパッケージがあってもいじゃないと思ったけれど来てみてなんとなくそうかという感じ。こういうちょっと奥まった訳ありげな逸話の杜、ひとりで祈念しにくる女性は、あっけらかんと貴船を楽しみに来るだけではないだろう、ここも情念を燃やし誰かたったひとりを思い詰め結ばれたいとかよりを戻したいとかそういう気配をひしひしと感じてしまった。また「よく見てるわね」と言われるかもしれないけれど、文芸コース卒業するくらいだからこのくらいは。ひとりで来ている女性は見られるというかちゃんと女らしい女性ばかり、二人とかグループの女性というのはもうどうしたって男性に縁がなさそうな良く言えばサッパリした民人ばかり。貴船に来たのだってただの観光かピクニックだろう、そうじゃない女性は私と同じようなスタイルでヒールの人もいたりちゃんと女装している人が多い。それでもカップルとかママと息子とかご夫婦とか色々。ちょっと大きな息子を連れたお母さんには、余程上手に子育てしたんだろうなんて羨ましく感じ、うちのお猿ちゃんに貴船行こうと誘ったら今現在も断られると思う。「俺、京都なんか行きたくない」って。寂しい。

とまた話が逸れたが、ひとりで思い詰めている女性を泊まらせるのはなんかあったら、という事なんじゃないかなあと。多分これも京都駅から「六道珍皇寺」に送ってくれたタクシーの方の言う通り、紹介があればひとりでも泊まれるという事なのかもですね。でももう私も一人で泊まりたいなんてことはきっとないと思うから無問題。それにしても本当にひとりでお参りに来た女性が多かった。なんかわかるわ!私もかつては祈念めぐりしたもの。京都にまでわざわざ祈念しに来たことはなかったけど、東京で縁結びならやっぱり「東京大神宮」がおすすめ。ここにお参りしたら夫が現れたって感じで、せっかく神様が連れて来てくれた夫なのにdisったり喧嘩したり、授かった子ども達も邪見にしたりして本当私ってダメだなあ。もう少し優しくしようと心に誓った。と言っても顔見るとまた喧嘩しちゃうんですけれども。


「貴船口」の駅から急な階段で下のバス停に。バスはすぐ出発した。
       
 
  バス降りて少し歩いたところ。赤い橋が京都っぽい。この右側の川が川床をする貴船川。 貴船川は全長約3kmという短い川で、叡電「貴船口駅」の近くで鞍馬川と合流している。京都の奥座敷と呼ばれ、川床料理などで有名な料理旅館が並ぶ。まだまだずっと先の方。でも貴船口からバスに乗ってきたので助かった。これも寒竹先生のブログに書いてあり、「体力温存のためにバスで乗らなければ」と決めていたので良かった。後に貴船神社のあたりでぼっちの女性と少し話した時も「バスから歩いている人が見えて、気の毒に思った」なんて言っていて、貴船口から貴船までは徒歩だと30分バスだと5分160円とここにも書いておこう。バスの道すがらは何にもないただの道路で、バスに乗らないとくたびれ儲けになってしまう。            
      
 

バスから歩いてすぐに鞍馬方面の道に入る門がある。なんだか山伏の関所みたい。義経が天狗に剣術を習ったという場所があると地図にあり、そこだけ観にいってみたいと思ったが、電車の中でTwitterのフォロワーさんから気軽に行くのは無理みたいに教えてもらい、そうだなあ、ヒールじゃダメだなあと断念。でも教えてもらって本当に良かった。行っていたら多分卒業式間に合わなかったのでは。      

ほどなく貴船神社に到着。この鳥居をみた時は本当に大感激!来たわ私、神様仏さま貴船の神様のお導きよと神妙な気持ちになり、失礼な事のないようにと気持ちを引き締めた。

ちなみに貴船神社は単体ではなく社殿は本宮・結社(中宮)・奥宮の3箇所に分かれて建っている。まずはざっとお浚い。出典はwikipwdia

貴船口から上がって来て最初に到着するのが本宮、高龗神を祭神とする。本殿・拝殿は2007年に改築されたばかりである。社務所等は本宮境内にある。

その次が結社(ゆいのやしろ)、本宮と奥宮の中間、本宮から上流側300メートルの場所にある。その立地から中宮(なかみや)とも呼ばれている。

奥宮は本宮の上流側700メートルの場所にあり、以前はここが本宮だった。闇龗神(くらおかみのかみ)を祭神とするが、高龗神(たかおかみのかみ)と同じ神さま。

 
鳥居のところで一礼してからくぐる人が多く、私も真似してお辞儀してから入った。来たーあ!やっぱり素敵。この赤い灯籠がさーっと石の階段添いに並んでいるのを何度も何度もネットでみたし、ここの豪雪っぽい雪景色を貴船神社のfbウォールで流れてきたのをみた途端、今書いている小説が閃いた。なんだかすごく縁を感じて心が震えた。とうとう来た!わなわなし過ぎて写真がおろそかになり、ここの写真この一枚しかない。平安神宮左橘右桜の分、もっとこっちを一生懸命撮るべきだった。でもそういうものかもしれない、心のシャッターを切っている時はなかなかスマホまで気が回らない。そんな心を静めるために石段をややゆっくり上る。



貴船神社の鳥居の前の店。ここに牡丹鍋セットがあったので、「まだ牡丹鍋やってる!」と喜んでパ写。どこもなかったらここまで戻って食べようと思ったけれど、あちらこちらでまたやっていた。      



石段を登り切ったところにある御神木、桂の樹。大きくてがっしりして天高くそびえていた。貴船にはこうした巨木がたくさんあった。     

本殿にお参り。
寒いだろうけどこういう時に訪れたいですね。3月はやはり無理だそう。「京都の雪はすぐ消えてしまいますのでね」だそう、誰かに聞いた。写真は貴船神社のFacebook より。もう今すぐにでもまた行きたい、貴船は何かいい気が流れていた。やっぱり今度は泊まりたいし、神社しかない貴船だけどお参りした後は鞍馬方面にトレッキングしたり温泉に入ったりも楽しいかも、ね。



貴船神社は絵馬発祥の地と先生のブログに書いてあった。このもみじ絵馬、春はピンクで夏は緑、冬の今は白い雪模様。秋は多分赤なんじゃないでしょうか。ちょっと迷ったけれど、せっかくなのでもみじ絵馬を奉納した。迷ったのは正直何を書いたらいいかわからなかったから。私の願いって何だろう、それはもちろん家庭円満とか厄除けとか悪霊退散などだけれど、そういう一般的なものじゃなく私自身の願い、ということでここにも「芥川賞ください」と書いておいた。貴船までなんとなく一緒に歩いた女性も偶然ここで絵馬を書いていて、なんて行き先一緒だから会って当然だけれど、独身の彼女の願いは多分ひとつ。彼女の願いも叶いますようにとお節介にも思った。そして、この絵馬冬だから白なんだけど春には~と教えてあげたら喜んでいた。知らないということはさては遠方から来たんだね?と思った言わなかったけど。      



さて、絵馬を奉納しお参りも済ませて貴船といえば「水占い」


願いは「望むがまま」ですってよ奥さん!ここはいきなり大吉、本当よ。ここは、「大凶」が本当に存在するが、神社側では「大凶が出たと言っても、その後の人生決定 された訳ではないので、あくまでも『参考程度』に留めて欲しい」だそう。そう言われると余計なんだか怖いですね。
   


境内、この右上が本殿とその前に御朱印やお土産お守りなど販売する社務所がある。あちらこちら不躾にパシャパシャすると思われているけれど、神様やお寺の本堂は撮らないことにしている。神様の顔なのに勝手に撮るなんて、自分だっていきなり写真とられたら嫌。だったら撮っていいか聞いてから撮ればいいと思うかもしれないけれど、本当にいいかどうかなんてわからない。なので真正面からは撮らないようにしている。

社務所では貴船神社のFacebookでみた「貴船神社ラムネ」を買った。もちろん子どもへのお土産ではない。せんとくんと一緒に飾ってある。私が貴船に来られたのは、facebook で貴船神社のページをいつもお参りしていたせいかもしれない、貴船に行きたいなあって。多分願いが通じたんだと思う。ひとりで卒業式行くなんてはじめは思っていなくて、行くならボスママとかモアイと一緒に混ぜてもらうか、誰か一緒に行くつもりだった。でもこうして考えると「ひとり」じゃなかったら貴船に来るなんて叶わなかったのではないか、「ひとり」だから出来ることってこれからもあるし、いつも誰かと一緒といのは自分の場合は視野狭くなるだろうと思った。いつも一緒の誰か、まあ大人だからいつもいつもって訳じゃないだろうけど、私が最初にくっついていた人もあっという間に霧散したおかげで文芸コース全員とお話する機会があった。そのお蔭で発表会懇親会ボスママは嫌だったけどそれ以外の人達とは普通に話せたし何もなかった。ただ「誰かをターゲットにしてイジメたる」という空気、「みんなで仲良くしましょっ!」というオーラに似ていてそれが強ければ強いほど楽しい雰囲気も増す、それにみんな乗っていて私は蚊帳の外っぽくて嫌だなあと思った。なので私が卒業制作発表会懇親会卒業式分科会でこんなに心細い気持ちで参加していたなんて他の学友達が知ったら、言ってくれたらよかったのになんて思うのではないか。でもそういう時ってやっぱり言えないものだなとも思ったし、言ってどうなるというものでもなかったようにも思う。そう言う時はもう運命として受け入れるしかないとか、自分さえ我慢すればいいなんて思ってしまった。誰しもそうなのじゃないだろうか。おおえかの時もそうだった。私さえ我慢すればいいと思っていて、でもこの場合は我慢することが次々出てきてタイムラグもあり期間が長かったので爆発してしまった。明智光秀も一回や二回なら笑って済ませられたけれど、多分何度もあり自分だけじゃない周りにも影響があったりしてやったると思ったのだろうと推測。このボスママもあと一ヶ月くらい時間があったらきっと泣かせていたと思う。いつもこの人がいう口癖に「ふざけんなよ」というものがあるが、多分私が先に言っていた。でももう卒業したしね、でも人生長いから何があるかわからないわよ。
      
 

古来より、晴れを願うときには白馬が、を願うときには黒馬が奉納されたが、実際の に代わって木の板に描いた馬が奉納されたこともあり、このことから絵馬が発祥したとも言われる。これも wiki こういうのちゃんと予習してから行けば良かった。大学の授業と同じく相変わらずわけわかめな日々を過ごしながらいきなり旅に出たようなものだった。本当に自分でも京都にいたのが信じられない気がした。でもこれはこれで後から色々調べたりしてちゃんと吸収出来ている。ブログは人生の復習のようなものか。 あの学友はブログにネタがない時はどうするか、なんて書いているけれど、私全くそんな日なかった。あれも書きたいこれもどれもそれもしかも書いていると長編になりネタではなく時間がなくなり困った。多分彼女より私の方が強欲で悩みが多いからだろう。生きにくさを感じたり不確かな人生を歩いているように感じ煩悩や葛藤が結婚して子どもを産んで次のDNAへと静かに命の炎を渡さないといけないのに、未だ己の内で燃えている火が消えないといったところかどうなんだろう、自分の事は実はよくわからない。

 

昔何度かお邪魔した「ひろや」さんの灯籠。本当はここで牡丹鍋を食べたかったけれど、冬は宿泊も食事の営業もしないそうでがっかり。小説の登場人物達もここに泊まる設定にしていたのに。でも冬にきてみてわかった。貴船は貴族たちが夏に避暑にきていたところ。多分冬は昔も今もあまり人が来ないのだろう。ひろやさんは建物のかなり大きな料理旅館で、冬の維持費が嵩むのではないかと思った。残念ですが仕方ないですね。
      
 
大きくて素敵な旅館、そうそうここだったと懐かしくなる。



門構えもいいでしょう。 玄関もツヤツヤの広い板張で素敵なの。「冬の牡丹鍋」を来るたびにすすめてくれた女将はお元気かしら。 貴船はここしか来たことない。春のお座敷も夏の川床も全部「ひろや」さんだった。     


センチメンタルジャーニー終わり。どんどん歩いた。 




途中の小さな橋からどこかの料理旅館を写した。古き良き時代の文豪が窓から顔を覗かせそうな雰囲気。侘び寂びた感じがいいですね。貴船の旅館はこうして川に沿って建っているものと、道を挟んで山側に建っているものがある。さきほどのひろやさんは川側、ざっくり色々拝見した感じでは、川側の建物は冬はメンテが大変そうだと感じた。川側は特に寒いですからね。この日も陽が指さないところはかなり寒かった。ダウンだともう暑いかなと思ったけれどとんでもない。毛皮の襟巻もちょうど良かった。そして京都は夏暑いけれど、冬は寒かったと思い出した。何年も遠く離れているとそんな事も忘れてしまう。会わないうちによそよそしくなる人がいるように、土地もそういうものだろうと思った。久しぶりに訪れた貴船は、私の記憶の中のものとはすっかり様子が変わっていた。いつも来る季節とは違うせいもあるだろう、でもなんだか初めて来たように京都全体がよそよそしく感じたような。うーん、そんな事もないわね、大学が嫌だっただけで。いつも来る時は料理が目的だった。どんな美味しいものを食べようとか、お土産何を買おうとか、清水寺を向こうに降りたところの茶屋で湯豆腐食べようとか都路里の抹茶パフェとかよーじやは鉄板、柴漬けもおたべも八つ橋も、ちょっと探せば何処にでもあるのに京都で買うのがいいのよなんて、浮き浮きした気持ちで大概お天気も気候もよく、そして誰かがいつも一緒だったなと今ひとりなのをちょっと寂しく感じた。

でも考えてみれば初めてひとりで来てみて、あれやこれやじっくり観て考えることが出来る一人旅って悪くないと思ったし、あまり食べることに興味がなくなってきたということは、それだけ自分も年をとったのか。さきほどのもみじ絵馬「健康第一」にするべきだったかなー


次は奥宮。


ここは平たんな参道。ゆるゆると進むことが出来るけど、砂利道でヒールが傷まないか心配だった。


奥宮に到着。そんなに距離はない。 


image
雪がまだ残っていた。雪の貴船に来たと言えるわね。


この奥が社。手前は舞台だった、舞を奉納するらしい。
 
 

奥宮。右手の岩山は船が小石に覆われたものとされる。wiki情報→「創建の年代は不詳であるが、社伝では反正天皇 の時代の創建としている。社伝によれば、神武天皇 である玉依姫命 が、黄色 に乗って淀川 鴨川 ・貴船川を遡って当地に上陸し、水神を祭ったのに始まると伝えている。社名の由来は「黄船」によるものとし、奥宮 境内 にある「御船型石」が、玉依姫命が乗ってきた船が小 に覆われたものと伝える。「 の産まれる根源」が転じて「気生根(きふね)」になったともいう」だそうです。


和泉式部の歌碑。これもwikiろう、そうコピペ。なんか文句ある?

和泉式部が貴船神社に参拝したときの歌が後拾遺和歌集に収録されている。「男(夫の藤原保昌)に忘れられている頃、貴船神社に参拝し、御手洗川にが飛んでいるのを見て詠んだ短歌」として、


ものおもへば 沢の蛍も わが身より あくがれいづる たまかとぞみる

(意訳:恋しさに悩んでいたら、沢に飛ぶ蛍も私の体から抜け出した魂ではないかと見える)










冷たくなってしまった夫とまた仲良くなるために祈念のため貴船にきて、巫女さんにおそそをさらけ出すよう言われるけど拒否、その様子をみていた夫がその態度に感じいってよりが戻ったと書いてある。色恋の呪術ってセオリー通りにしなくても大丈夫ってことなのでは。要は本人の気合い、そんな風に感じました。


歌碑説明。

また川沿いを歩く。なだらかな坂でヒールでも大丈夫。

右手に結社入り口。坂の上側から撮影。

階段を上がるとすぐ結社、「けっしゃ」ではなく「ゆいのやしろ」と読む。wiki→「結社(ゆいのやしろ)は、本宮と奥宮の中間、本宮から上流側300メートルの場所にある。その立地から中宮(なかみや)とも呼ばれている


美人なぼっちさん。えっ?私も?いえいえそんな、恐れ入ります^ ^

さあ全部お参り出来たわ!そろそろお昼にしましょう。来る道すがらメニューを確かめてきたけど、牡丹鍋はけっこうあちらこちらでまだやってた。何処で食べようか考えながら来た道を戻りまた歩いた。

今回の京都旅行で気が付いたのは、私は谷崎潤一郎が好きだということ。「好きな作家は?」と聞かれるといつも困る。その作家が本当に好きなのかどうかなんて、正直わからない。その作家が好きというなら、その方の書いたものは全部好きかと言うとそうでもない。例えば村上春樹だって好きだけれど作品全部好きかというと彼のファンタジーっぽい作品はあまり好んで読まないけれどエッセイとかルポルタージュとか河合隼夫小澤征爾の対談集なんかは人選の趣味がいいと感心するし、逆に彼へのインタビュー集なんかは秀逸で読み込むまではいかないけれどいつも手元に置いておきたいと思わせる何かがある。じゃあ村上春樹は好きな作家でいいわね。あとは林真理子さんは鉄板、桐野夏生、辻仁成、川上未映子、山本文緒、窪美澄、えーとそれから。

でもちょっと前、特に昭和初期からそれ以前あたりの文豪となると私の中では「文芸」ではなく「歴史」ととらえる傾向があるので好きも嫌いもない感じ。だって教科書に載っている人ばっかりじゃない。楽しむより「学ぶ」とか「覚える」ものだと認識しているせいかもしれない。国語の教科書に切手の大きさくらいに載っている著者の写真なんかは、全員メイクしてコラージュしたせいか、今更こんな風に大学でまた学ぶというのも申し訳ないような。太宰治はベディちゃんのような髪型が意外に似合ったなんて覚えている。

そんな訳で「太宰が好き」とか「寺山修二サイコウ」などと言われてもピンと来なかった。というか、ほとんど全員同じ立ち位置でこちらを見ているという感じ。近寄ってきて話しかけてくる訳でもない、遠くにいってしまって見えなくなることもない。唯一太宰治が夢枕に立った時は焦ったけれど、わざわざお墓にお参りして「すみませんけど困りますから」と言いにいってから来なくなったのでほっとした。でもまた身近なところで太宰の熱狂的なファンという方が登場し、桜桃祭にいつか行きましょうなんて話が盛り上がり、太宰、一体どこまで私が好きなのと思ったりした。

申し訳ないけどその頃の作家で好きな人いない代わりに苦手三大作家というのが私の中にあって、「太宰治」「三島由紀夫」「村上龍」がその御三家。最後の方は現代作家だけど、同じ昭和の時代ということで入れていいことにする。この方々気持ち悪い作品ばっかりでしょう?亡くなった方たちはちょっと訳アリっぽくて怖いし、出来れば読みたくないという作品ばかり。太宰治なんてメソメソくよくよ死にたい死にたいってあのね、あなたお酒飲みすぎなのよ。すっぱりやめてちょっとその辺ランニングでもしたらいい汗かいてスッキリしたのになんて思ってしまう。

三島由紀夫は『金閣寺』くらいしか知らなかったけど、大学の授業で様々な話を聞いた時は、「いやーこんな授業受けてたら死にたくなる」と、気分が悪くなり途中で30分ぐらい抜けさせてもらったくらい。盛夏っていうのも気持ちが下向いた原因だったかもしれない。

村上龍は『コインロッカーベイビーズ』赤ちゃんをそんなところに。それもそういう事件が実際にあって題材にしたらしくて余計に怖くなってしまった。私の現在の閉所恐怖症はこの作品のトラウマといっても過言ではない。昔村上龍はファンサイトの掲示板で喧嘩になり、それをネタに彼は一作品書いた。その時の色々もまだくすぶっていて余計に苦手なのかも。これ、どこかに書いたなと思ったら、NewsPicksのコメントで詳しく書いた。あそこにはブログ以上に細々と書いたからバンされてほっとした。もう誰にも読まれたくないので二度と私のアカウントを復活させないでください。 

でもあの時、最後は村上龍が折れてくれて騒動が収まったし、なんだいい人じゃないと思った。なのに苦手三代作家なんて言ったりして私ったら。でも彼の書いた『恋はいつも未知なもの』は大大大好きで、100回は読んだしCDいっぱい買ってあの本の目次通りにジャズ聴きまくったし、幻のバーを探してあちらこちらjazz bar に行ったりした。あの頃この本読み込んだせいでジャズが好きで好きで、私が某名古屋の今は消滅したコンビニの会社退職する時は憧れの上司が私がジャズ好きって何故か知っていてくれて、jazz in loveryにみんなと連れていってくれたのよ!そうしたらまたタイミングよくその頃大ファンだったKeiko lee の日でbeautiful love かかって私嬉しくて泣いちゃった。村上龍さんあなたのおかげで素晴らしい青春のメモリーが!ありがとう龍さん!いつか一緒にワイン飲みましょうね。

またいらん事を書き足してしまったが、続き。今回京都に来ることになり、ネットを色々ほじっていて寒竹先生のブログにいきついた。HPがあるのは知っていたけれど、私って基本的に自分にしか興味がない人だから人のHPやblogってほとんどみない。2ch など掲示板なんかも好きじゃない。でも京都に行くなら神社仏閣と思っていて、先生が『神様に会いに行く』という連載をされているのを知り、読んでみたら面白かった。丁度私が行きたいと思っていた平安神宮も紹介されている!やった!その前に京都のフライングカフェでも訪れたようで京都造形芸術大学通信文芸コースのFacebookや 大学のHPでも記事になっていた。これを読んだから余計に行ってみたいと思ったのよ、もう行くしかない!!

谷崎潤一郎という作家、大学に入る前は正直この人も苦手だった。何よりまずテストに出そうなイメージ「この作家の作品を三つ書け」なんて問題があったら、川端康成と間違えて『雪国』って書くわあ、だって『細雪』と『雪国』字面が極似じゃない?ええと谷崎潤一郎谷崎潤一郎、吉行淳之介とも間違えないようにしないとーなんて思ったり。あとはちょっとエロスというか、ちょっといっちゃってる愛憎劇がなんか苦手というか、拒否したくなるようなねちっこい倒錯的なものは自分の記憶に残したくないと思ったりしていた。

でもよくよく考えたら、谷崎潤一郎の作品は私ほとんど読んでた。とはいえ作者が谷崎潤一郎って気が付いていなかったかも。『痴人の愛』『卍』『吉野葛』『春琴抄』そしてなんといっても『細雪』、これ、京都行くまで真剣に川端康成か谷崎潤一郎か大学で習ったはずなのに混同していた。『細雪』大好き。以前ブログで着物の事を書いた時にも『細雪』の着物の話を書いている。書く時誰が作者だったかネットでいちいち調べたわ♡

読んだのはまだ私が娘っ子の頃だったと思う。自分も三姉妹なので女ばかりの楽しみしがらみ困ることなんかちょっとよく似ているなあなんて思ったような覚えがある。「もう着ない」宣言をした着物、着ないけど好きでよくもまあこんなにという程持っていたくらい。物語の中で着物の話が出るとぱっと気持ちが弾むのがわかる。

そんな『細雪』の聖地は多分船場だろうけど、京都に物語の舞台になった場所があるなんて知らなかった。しかも京都のフライングカフェだとう?行きたくてもいけないじゃない、だから東京にいて京都の大学っていうのは困るのよなどと思っていたけれど、今回卒業式に行くことになり「じゃあ自分も行けばいいじゃない」と。こういう楽しみ思いつかなかったら卒業式なんて行こうと思わなかった、多分。はーイヤ、もーダメ、ぶっちしようかなあなんて愚図愚図考えた。

バスを降りて5分くらい歩いた。正門に到着。



本殿、左右の樹に注目。左が橘で右が桜、ああーだからお雛様の飾りもそうなんだと納得。大発見をしたように思えて嬉しくて興奮してニコニコしてしまった。いつもどっちが桜で橘か、もう何十年も愛でたり飾ったりしているので感覚的に間違えはしないけど、お雛様と言えば京都、そしてここ平安神宮が元なんじゃないかと思った。本当にそうかどうかわからないけど、もうしっかり覚えたし「平安神宮もそうなのよ」と来年お雛様を飾ったら娘に教えてあげよう。

 
近くで撮った。   
   

桜はまだ固い蕾だった。それよりもっと他に写すものがあったでしょうと思うというくらい、右桜に左橘の写真ばっかり撮って、よほど嬉しかったのだろうと他人事のように今は感じる。   

 
さあ、いよいよ『細雪』ごっこの始まりよ!

keidaizu2014
平安神宮境内図

枯れ木ばかりでちょっとガッカリ。その代わりにガラ空きだった。おばさんのグループとか大勢の団体客とかいないからこれはこれで良かったかもしれない。


これかあ!ブログの写真の通りじゃないと嬉しくなった。もちろん渡った。思ったより石と石の間隔が狭くて渡りやすい感じ。



 
   
   
青空文庫になかったので無料のkindleをダウンロードしてスクショ。(旅行行く前はなかったのに今みたらあった!すさまじい勢いてアップされている。作品数がほんの数日で6→21になってる。青空文庫の耕作員って何人くらいいるんだろう?)谷崎潤一郎は亡くなってから今年で50年なので、パブリックドメインの仲間入りを果たして無料で公開されている。今後は彼のほとんどの作品が公開されるかと思うと少し切ない。自分が亡くなってたったの50年で無料になってしまうなんて、諸行無常だ。かといって、よい文学作品をいつでもどこでも読めるというのは「教育」という意味では喜ばしいことである。私もこれからたくさん作品を書くつもりなので、長生きしないとなーなんて思った。



「栖鳳池の東の茶屋で茶を飲んだり」と出てくる茶屋。みたらし団子かおでんが食べたかったのに無かったのでお茶も飲まなかった。でも今ここに座ってお茶くらい飲んでこれば良かったのにと大後悔している。私の馬鹿ー 何しに行ったのよ  とにかく時間がないと焦っていたせいか。



桜は咲いていないけど梅が綺麗だった。いいお天気。



『細雪』の姉妹たちがこの橋の上から鯉に餌をやった「泰平閣(橋殿)」   




さあ、いよいよ鯉に餌やるぞーと思ったらどこにもお麩の販売がない。



ごめんよ、お麩売ってると思ったらなかったんだよ、家にいっぱいあるから持っていけば良かった。今度は絶対。 
 

Tweetしておくと、後で何時くらいに行ったのかがわかって便利。この時13:03かあ。そろそろ大学に移動しなくてはと思った頃ね。実際この後御朱印をいただき御御籤を引いて、それが「末吉」だったので無かったことにしてもう一回引いたら今度は「大吉」だったので、気をよくして絵馬も奉納した。おみくじを何度も引くなんてって思う人がいるかもしれないけど、ひとり一回なんてどこにも書いてないし、大吉が出るまで引くっていうポリシーの人がいてもいいと思う。神社だって儲かって嬉しいに決まってる。しかし最初に引いた「末吉」のおみくじですっごく気になることが書いてあり、一体どういう意味なんだとひっかかってずっとずっと考えてしまった。その答えは旅の最後にわかることになる。

ともかく今度から好きな作家はと聞かれたら「谷崎潤一郎」と答えたい。でもこれはこれ人々のいらぬ誤解を招くことになりそうな気がする。好きなものは好きでいいという気持ちもあるけれど、以前のレポートのこともあるし、今書いている小説の内容的にも「やっぱりそういうの好きなんだ」と思われたら困る気がする。要検討。

一泊二日で京都に行ってきた。本当は二泊三日、出来れば三泊四日にしたかったけど、春の三連休のせいかホテルが空いていなかった。そもそも二泊の予定でとったのに、何を勘違いしたのか一泊しか予約できておらず、同じところで二泊したかったのでキャンセル待ちを狙っていたが、とうとう最後まで空かずじまい。その近くのホテルで割とお得なお値段のシティホテルがあったのでいったんはキープしたけれど、一泊目のホテルの後に別のところに移動する、しかもどんなところかもわからないところに泊まるのは嫌だと結局一泊だけになった。チェックアウトの時も、荷物を取りに夕方行った時もキャンセルが出ていないか聞いてみたけれどダメだった(しつこい!)もうこれは一泊で帰りなさいと何かが教えてくれているんだと思うことにした。多分一部屋くらいなら空いていたんじゃないかと思う。私が予約したのは夫の会社経由だからいちげんさんではなかった、でも空いているだろう部屋を融通してもらえないというなら仕方ないし、でも邦人契約なのに空きがないと言われるなら本当になかったのだろうとか色々考えた。

というのは、タクシーの運転手さんに興味深いことをきいたから。京都に着いてまずは『六道珍皇寺』に行こうとバス停に行くと長蛇の列、バスの一日券の窓口もどこが最後尾なんだろうという混みっぷり。いつも「タクシーはお年寄りと身体の不自由な人と妊婦さんのもの」と口煩い私だけど、こういう時間のない時は別。さっさとタクシーに乗って移動した。そこでせっかくタクシーに乗ったのだから京都の人間関係を色々聞いてみようと思った。京都の知り合いもいるし、大学の先生が京都なので聞いてみてもいいけれど、京都に所縁のある人や京都の大学で生計をたてているひとは京都の悪口を言うはずがない。なので「全然関係ない人」に一度聞いてみたかったのだ。最初は桜はいつ頃かとか「YOUは何しに京都へ」などという話から、だんだん核心に近寄りさくっと聞いてみた。

「京都にいてなんか嫌な目に遭いませんでしたか」

すると一期一会の間柄と安心してくれたせいか、色々と悔しかったこと、一時は人を信じられなくなったことなど色々色々話してくれて、「当時は何度も泣きましたねえ」などと話してくれる。差し障りのない内容のものを紹介すると、せっかく京都にいるからと張りこんで高級懐石を食べにいった。すると京都に長年いたはるお客と自分の料理が全然違ったそう。同じメニューというのは明らかなのに、食材や出来栄えが天地の差があったそう。あとはホテル空いてないというと、「そういう時は御茶屋さんやそういうところの太いパイプがないとあきまへんのや」だそうで、なるほどそういうもんですねと納得したりした。「まあどこも同じですよね」と言ってみたが、最後まで「京都いうんは他とは違う」と言い切っていた、運転手さんの様々なご苦労が偲ばれて、たった一泊二日でも侮らないように足元をすくわれないように気を付けようと思った。はー怖。

そして京都駅から料金1,010円で『六道珍皇寺』へ。ここは前々からずっと興味を持っていて、京都に行くことがあったら絶対寄りたいと思っていた場所。入学したばかりの年、なんの授業か忘れたけど、このお寺に祀ってある小野篁の説明というか紹介があり非常に興味を持った。小野篁は平安時代の公卿(役人)にして学者で文人、歌人でもあり、文武両道を地で行くような優秀な人物、でもそのすさまじい程の天才気質や、清廉反骨、直情な姿勢は『野狂』と呼ばれたとある。そして夜はなんとなんと「冥界」の役人で、そこに通じる井戸を使って夜な夜な閻魔大王に仕えていたそう。ね?面白そうでしょ。詳しくは 公式サイトへ。

小野篁が夜な夜な行っては帰ってくるという井戸、是非みてみたいと思っていたのよ!調べてみると京都駅からそんなに距離もないじゃない、ついでに調べると私の行きたかった他のところもあちらこちら近在している訳よ。大学の「研究発表会」が14時からだからそれまでに色々周りたいと計画。そして京都行の初日から井戸が期間限定で公開しているとあった。スゴイ偶然、小野篁さんが私に「井戸をみせてあげるから」と呼んでくれたような気がした。

朝早いせいか桜の時期でないせいか、門の外から中をのぞくと人気がない。空いているのは大歓迎なので、静かな境内をのろのろと歩く。入ってすぐ右手に小さな建物があり、小野篁さんとその隣に閻魔大王像、京都について初めての祈念なので、京都に呼んでくれたお礼から子ども達のこと、あなたの文才をちょっぴり下さいとか芥川賞お願いしますとか子ども達が健やかにとか後で待つ人がいないせいか、しばらくぶつぶつと色々お願いしてしまった。そこから本堂、といっても普通のお屋敷風な感じの建物で、上がり框からすぐ番台みたいな発券所でその奥がお土産や兼御朱印所になっていた。順路通りに歩いて特別公開の曼荼羅画などを拝見していよいよ井戸を拝見。


小野篁が冥界に降りていったといわれる井戸、近年戻ってくる時に使ったという井戸も発見されたそうで、井戸の横の細い道を奥にいったところにもうひとつ井戸があった。写真を撮りたかったけど、井戸の写真は「縁側からだけ」と注意書きがあったので残念ながらない。こういうのちゃんと守らないと篁さんが見ていて気を悪くされたら困るし。戻ってくる井戸は中に細い管が下に伸びており、その中を小さな電球がずっと続いて奥の奥までみえるようになっていたが、どこまで続いているのか途中で見えなくなっている。本当に地の底まで続いているように感じて感心してしまった。私思うんだけど、小野篁さんは生前は昼間は地上で夜は閻魔庁にいたと言われているが、亡くなった今は昼はずっと閻魔大王に仕え、夜になると地上のこの建物辺りに来ているんじゃないかなと思った。不審者はいないかとか、井戸の辺りを写真を撮った人リストをみてなんかバチをあてるとか。そんな空気を感じてしまった。


 ね?ダメって書いてある。


 六道珍皇寺の入り口、「ここかあ!」と大感激。

右のちょっとしか写ってない黒い建物に小野篁像、閻魔大王像がある。



水琴窟。ひしゃくで水を汲んで下の砂利に撒くと、カラカラコロコロと美しい音色が微かに響きわたる。うーんミラクル。


「黄泉がえりの井戸」の庭全景。左のサンダルを履いて手を洗ってお参りしてから井戸を拝んだ。
      


御朱印をいただく。京都に来て初めて書いてもらう。御朱印だいぶたまったから、閻魔大王に詰問されても天国に行けそうな感じよ♡
   

風情のある提灯。



入口のところにこんなポスターが。上村松園の掛け軸など特別展示もあった。これを目当てに名古屋から来たという方がいて、ビックリしたけどそういえば京都名古屋近かったなと思い出した。私は新幹線ではるばる来たけど、名古屋からだと近鉄特急もあるし、高速使わなくても来られる距離。私はもう違う、今回を逃したら今度いつ京都に来られるかわからない、この二日間気合い入れて行きたいところは全部まわろうと決意を新たにした。   

 公式サイトにも書いてあるけれどこちらにも転載。

「「六道」とは、仏教の教義でいう地獄道(じごく)・餓鬼道(がき)・畜生道(ちくしょう)・修羅(阿修羅)道(しゅら)・人道(人間)・天道の六種の冥界をいい、人は因果応報(いんがおうほう)により、死後はこの六道を輪廻転生(りんねてんせい)する(生死を繰返しながら流転する)という。 この六道の分岐点で、いわゆるこの世とあの世の境(さかい)(接点)の辻が、古来より当寺の境内あたりであるといわれ、冥界への入口とも信じられてきた。

このような伝説が生じたのは、当寺が平安京の東の墓所であった鳥辺野に至る道筋にあたり、この地で「野辺の送り(のべのおくり)」をされたことより、ここがいわば「人の世の無常とはかなさを感じる場所」であったことと、小野篁が夜毎(よごと)冥府通いのため、当寺の本堂裏庭にある井戸をその入口に使っていたことによるものであろう。この「六道の辻」の名称は、古くは「古事談」にもみえることよりこの地が中世以来より「冥土への通路」として世に知られていたことがうかがえる。」

こういうの誰が言い出したんでしょうね。こんな面白い皆の興味をひきそうなことを思いつくのは天才と名高い小野篁さんご本人ではないかと思った。冗談のつもりで誰かにこそっと話したら、面白いとあっという間に噂になった。それをまた面白がって井戸から行くとか冥界はこんな風だったとか即興で話したりしているうちに京の都でも評判になったのではないかしら。小野篁さんの時代は平安時代の前期、有名なところだと紫式部の源氏物語が平安中期だからその少し前、夜になると何も見えない真っ暗な時代の京都の人々は小野篁の話に歓喜したのではないかしら。現代のようにスマホもテレビも山盛りの本も何もなかった頃、こういう不思議なお話物語が人々の心で花開いていたのでしょう、文学っていつの時代も営みの潤いなんだなと感じた。

などと文芸コース卒業生らしき締めで次はそのまま歩いて『安井金比羅宮』へ行った。

何故安井金比羅宮なのか。東京八重洲口のヤンマービルの近くだったっけ、h&mの看板の前にある「京都館」でもらった地図を読みこんでいるうちに、六道珍皇寺の近くに安井金比羅宮をみつけた時は嬉しかった。おおー懐かしい、一回行ったわもう一度みてきましょうか、あれをくぐってい縁をいただきましょう。なんて思ったのよ。本当に歩いてすぐなんですよ。東京から京都造形芸術大学の卒業式に参加するみなさん、是非訪れてみては。
 

「悪縁を切り良縁を結ぶ祈念所」とあり、これですぐ安井金毘羅宮だとわかった。なかったら素通りしてしまったか、わからなかったかもしれない。ともかくすぐわかって鳥居をくぐった。
      


工事中。年度末は様々な予算の関係で、こうした工事が行われるときいたことがある。おきばりやす。


お参り前は手を洗う。左手右手、左手ときておの水で口をすすぐ。      




朝早いせいかまだ人もまばら。

       

単純に岩にお札がびっしりというおどろおどろしいというか人の情念が山盛りというか、多くは多分人間関係の悩み、恋愛などの想いや怨念を目に見えぬ何かへの上申するというね。特にこういうところにきて真剣に祈念するのは大半が女性、なんていうかちょっと怖い感じというか一度みたら絶対に忘れないビジュアルも相まって、こういうの好きか嫌いかと言われたら好き、なのかなあ。若い頃は色々な怨念が自分に降りかかったら嫌とか怖いなんて思ったりしていたけれど、今はそんな事もなく誰か特定の人を思い浮かべることもなく、私たち家族の悪い縁を拭い去り新しい良縁をお授け下さいって感じ。

結婚してしまうと、特に子どもを産むと恋愛の苦労が無くなる代わりにボスママとかなんだかんだ別の悩みが生まれてくる訳で、そうだ「あの辺りのボスママ特にkingofBOSMAMAがもう私の名前や話を一切しないようにしてくださいあの人まだネガキャンやっているみたいなのでウザいですとか、娘をイジメるボス子どっかやってくださいは祈念した。あたりまえやろ?折角来たのに。まあそんな事くらいしか祈念することがないというのは平和だけれど面白味のない人生ともいえるし幸せ、なのかなあとも思った。

独身の頃来た時には、特定の人との縁切りを祈念して新しい恋をなんてお願いした。そういえばそれから別れたい人とはすっぱり縁が切れて、新しい人も運命的に表れたそういえば。その人と京都でなんどかデートしたことを思うと、ここでお願いした意味がちゃんとあったように思えた。本当に私に尽してくれる人で、前のどちらかというと自分が尽す恋愛に嫌気がさしていたのでその点でも願ったり叶ったりだったかも。うん、やっぱりすごくご利益あった。ということは今回もなんかすごくいい事があるはずよ。そういえばアラブの石油王はもう帰ったの?       

もちろん岩の穴にもくぐった。最初にこちら側から向こうにくぐって悪縁を切り、今度は向こうからこっちにくぐって良縁を結ぶということらしい。私がくぐろうと思った頃には黒山のひとだかりというか、グループがいくつもきゃあきゃあやっていたけれど、ちょっとどいてよと言う感じで「ぬんっ」と岩の前に立ったらさあっとモーゼの海のように人が引いてくれた。誰かに写真とってもらおうかと思ったけど恥ずかしいからお願いできなかった。岩をくぐった後は本当になんていうか清々しい気持になれて、心の煤をさっぱりと払い落とせたように感じた。きゃーやったあ、またこの岩をくぐれたわ!大満足よ!と喜び勇んで次の目的地八坂神社へ向かった。

どうしよう、なんかすごいまた長編になりそうだけど、八坂神社から別の記事に分けた方がいいかなあ。だんだんまたマシンがフリーズしだした。ぐぬぬ、じゃあ八坂神社は「神社仏閣シリーズ」ということでこのまま書いて、細雪の舞台「平安神宮」だけ別に書こうかな。

ということで、そこからまた歩いて八坂神社へ。徒歩にして約10分くらい。



着物の人が男女共にやけに多いなー京都だから着物が普段着なのかと思ったら、レンタルで着つけてもらったであろう外国人の方ばかりだった。なんというか着つける雰囲気で日本人か外国人かがわかるものだと思った。多分私たち日本人が中国でチャイナ服をレンタルすると同じような感じになるのかなと思ったり。ともかく八坂神社、京都には何度も来た事があるけれど、八坂神社は初めてじゃないかと思いあたった。

京都に来る時はたいがい車でくる、そうすると八坂神社の前は何度も何度も通ることになるが、車を停めるところがないのでいつも素通り。前を通って清水寺とか祇園とか先斗町に行ったような気がする。お参りしなかった訳は、こんなに立派な門構えの神社、多分中も広くて混んでいてお参りするのが大変と思ったのもあるかもしれない。でも先生のブログに「美人神社」というのが紹介されていて、舞子さんもお参りにくるなんてあった。「もう絶対行く」と決めて、京都観光というか視察というか、周るリストとしてしっかり印をしたのよ。

私は美人が大好き、同じく自分の顔もなるべくなら美人であって欲しい。なぜなら美人は性格も心根もいい人が多い。あの顔採用の先生みたいな例はあるけれど、あの顔は美人というより女狐だわね。姸があってなんか怖いというか怨念がおんねん。ということで本殿にお参りしたのはよく覚えてないけれど、  通称「美人神社」正しくは「美御前社」にて美貌と健康を祈念、健康は大切、健康でないと美人にはなれないでしょ。私今これを書いていて本当に失敗したと思ったのは、ここの御朱印はもらったけれどお守り買ってくるの忘れたのよ。あーもう大失敗。 美人従妹の分も買うと決めていたのにもー!でも御朱印は予め書いてある用紙を買うというもので、これだけ額に入れて飾っておこうかな。      


ぱらりと賑わっています。この「ぱらりと賑わう」っていう表現、昨年の合評会で「こんな表現どうなの」と言われたけど、いい感じだと思うけどな。書いておくと誰かが真似すると思うけど、私が考えたやつだからよろしくね。     

 
京美人のイラストの旗がいっぱいですぐわかった。  


ひとりで来ている人と写しっこした。


この湧き水で顔をなでると美人になると書いてあったので、かなり念入りにじゃぶじゃぶ洗って美髪のために頭からもかぶったらびしょびしょになってしまった。寒くて困っていたところ、更に凍えてしまった。


ビショビショのまま御朱印を頂く。怪訝な顔をされたので「美人神社で頭にも水をかけた」と言ったら「道理でお美しい」なんて言われて京都は観光客慣れしてるなと感心。もしこれが会社とかご近所とかママ友だったら何かちくっと言われるんだろうかと思った。
      


鯛御籤。釣り竿でおみくじを引くようになっている。縁起がいいし子どもがいたらやりたいっていうだろうなと思った。今思えばこれを子ども達のお土産にすればよかったじゃない?わたしときたら本当に気が利かないわ。というかいつも節約節約と思っているから、こういう時にも財布の紐が緩まないんだと思う。これ、10個くらい買ってご近所の子ども達にも配れば良かった。




いつも車でこの道を通っていた。なのでこの三叉路みると「京都に来たー」って嬉しくなる。この商店街も好きで、時間があったらぶらぶらと行ったりきたりしたかった。でも今日は14時までに大学に行かないといけないので割愛。まだその前に行かないといけないというか、絶対行きたいところがある訳で、写真の右手に歩いて1分くらのところにあるバス亭から平安神宮を目指す。いよいよ『細雪』上巻に登場する平安神宮ら臥竜橋を渡り鯉に餌をやりたいとまた急いで移動した。考えてみればこんなに駆け足で京都回ったのなんて初めてかもしれない。

つづく

2017-08-05 21:45:47write

今日は有明の大塚家具にいってきたという話、そう、ちょっと前にニュースや色々で気になってお邪魔した大塚家具、その後パパのところにも行った記事を書いたじゃない?そうしたらここ最近パパの方の記事がバズりまくり、ちょっと大きな声じゃ言えないくらいヒット。一体何があったんだろう、そんなに注力して書いたつもりもないのにこんなことならなんか仕込んでおけばお小遣いになったのにどおーもこういうジャンルは苦手、誰かやってくれないかなあなんて。私のブログは1~50まで勝手にランキングということでPVの高い順に人気記事として表示しているけど当分は匠大塚の方の記事がトップに君臨するだろうと思われるバズり、くーなんか悔しいタダで匠パパの宣伝しちゃって私ったらということで前々からやってみようと考えていた仕込みをしてみる。Livedoorブログのアクセス数解析ツールで生ログをみても「匠パパ匠パパ匠パパ匠匠匠」とずーっとずらずら並んでいる、ということは匠パパのいい宣伝になっていてもしや匠パパがMLや顧客らに勝手にこのblog紹介したとか匠社内で情報が飛び交っているのかと思ってしまう。だって芸能人並みのアクセス数!普通じゃありえない、ということで多分近からずも遠からず私以前調子に乗って匠パパの新日本橋店褒めちゃったけれど今思えば有明の大塚家具だってそんなに違いがないじゃない?なのにこれじゃ私久美子さんのこと全然応援できていないじゃない、そもそもあれから大塚家具は何か変わったのかしらとムンムンしてしまっていたところにまたLivedoorブログってやつはまあ商売上手としか言いようがないということで、今回もまた大塚家具のバナーがふんわあーと浮かび上がってきて、私大塚家具なんてタイプしていないのにここまでくると私の考えていることをデムパで拾ってバナーに表示させるシステムでも開発したのかしらとかだったら怖っとか、でも近未来になればそんなの常識みたいな感じでそうなるんでしょう。ということで早速大塚家具の広告をクリックしてみると、最近リニューアルし更にセールをやっているみたい、しかもリユースリメイク業にもめっちゃ注力したようで、えー久美子さんすごい、私のブログを読んでくれたのは知っていたけどちゃんと考えて色々やっていらっしゃるのね!そしてこれもあまり大きな声では言えないけれど、我が家はまさにリフォームをしようと色々算段しているところで、ついにダイニングにph5のランプを下げるわ、IKEAもニトリも廃棄して家具も新しくしたい、だったら買うのは大塚家具しかないでしょうということで思い立ったが吉日、思いついた日が仕事お休みだったこともあり、今日しかないわと早速はせ参じたのでございます。 


こんな部屋に住みたい♡平野啓一郎が喜びそうな絵、マチネの終わりにの表装に似てるわ。というか、このくらいなら私描けると思う 大塚家具で販売して貰おうかなあ

ゆりかもめか車か迷って今回は車で。広告サイトに駐車場2時間無料って書いてあり、すごい久美子さん、ここまでお気遣いありがとうございますと駐車しながら店内に。たかが2時間されど2時間、また側近の方とか現れてお話なんてことになったら時間が足りなくなるのではと懸念したけれど、今日はそういう方とはお話できず。というかこの日はパティスリーSAKURAがお休みで お土産にと目当てにしていた私も大好きな胡桃のネージュが買えず手ぶらできてしまい、これではご挨拶できないしお忙しいのにお手を煩わせてはとフリーでみることに。 


素敵な色合いのソファ♡いいじゃないいいじゃない♡♡

まずはリユースのコーナー。以前は一般のフロアにあちらこちらあったりもしたけれど、今回は専門のスペースが。リユース、リサイクルというのはいいですね。まだ使えるのに勿体ない家具たち、少し手を加えるだけでがらっと雰囲気も変わり、また新たな役目を仰せつかって営みを始める、家具にも命があり新しい命をまた吹き込むような、うーん素晴らしいわ。そんな風に思いながらぶらぶらしていたら、めっちゃ心臓を鷲掴まれるものに出会ってしまった。こ、これは反則じゃないでしょうか。

なんつーステキな。これもリユースで職人さんが布を張り替えたそう。

一人掛けのソファとオットマン、黒の生地に織りでバラが浮かび上がる様はロココファブリックとモダンファニチャーの融合とでもいうのか、うーんそうだなあなんとなくベトナムのハイソサエティとまでは言わないけれど、ちょっと暮らし向きのいいご家庭で大切に使われてきたという雰囲気ではないでしょうか。きゃっ♡欲しい、これに座って小説を書いたらきっと捗るわあ〜いいわねいいわね芥川賞とって取材されたらこのソファに座ってるとこ写真に撮ってもらうとか?素敵


KAWII

あーどうしよう、絶対欲しい!でもリフォームしたら今ある大型オットマンすら処分しようと思っているくらいで、これ置いたらまたダイニングが更に絶対狭狭になるし、またママばっかり好きなもの買ってとか夫からはまたこんなのにお金使ってとか絶対なんか言われるに違いないのよでも一点ものに違いないし誰かが買った後にやっぱり買えばよかったとクヨクヨクヨクヨするのは嫌だ!と思いつつ、今日の本命ph5と食器棚をみにいくことにしているからそっち先に。あと座面の小さなスツール、ママ友の家でみかけて欲しいとずっと思っていたやつ、大塚家具にもあるかしらと思ったらありました。種類が色々あって迷う。


壁の彩り色々コレクション。リフォームするなら壁の色は白じゃない方がいいかなと思案中。マンションの壁って、なぜみんな白なんでしょう。新築マンション入居前ならオプションで変えられるらしいけれど、壁の色がカラーになってるお家にお邪魔したことない。


こんな風にブルーの壁に黄色いクッション。いいですねえ〜♡


グレーの壁も素敵。マゼンタ色のファブリックも合いそう♡♡


娘の部屋の壁はアップルグリーンがいいと思う🍏


小さな絵をたくさん飾るのも良さそう♡♡♡色々参考になる。


サイズのためにプライスカードだけ写したドレッサー、これも欲しいの♡奥行きがあるから勉強机にもなるしね。ママだって学習机が欲しいのよ!120×45×73

おおーこんな素敵なランプシェードが❣️❣️



素敵すぎる どっかで見たと思ったら、あの豪華パーティルームと同じやつ?ねえそうでしょ?

FEISSというブランドらしいです

それはともかく肝心のNEW大塚家具、すごくよくなってる!家具も総とっかえした訳ではないだろうけれど、ソファも座面がフラットになっているものも多くなり、なんとか杉一枚もののテーブルとか今時のお嫁さんは見向きもしないだろう着物がいーっぱい詰まりそうな立派な桐の箪笥とかそいういうの。そういうものの代わりにニューファミリーが好みそうなセンスのいい機能的なものが増えている。

前に来た時はお客さんいなくてガラガラだったけれど、今日(2017.7.18)みたいな平日の微妙な時間なのにお客さんがパラリといて、カフェにも数家族が商談してるしなんか盛り返してきた感じでネットニュースなんか読むと大塚家具と匠大塚共に苦戦なんて書いてあるけれど、最近はニトリもIKEAも盛況だし、そもそも無印良品みたいにコアなファンがいるブランドもありで、苦戦はもう当然という業界で、大塚家具は健闘していると感心してしまう。とはいえ私のように長く使うための家具を買うならやっぱり大塚家具という層もあり、それは結婚する時買った大塚家具の製品達は未だどれも現役で、その後IKEAニトリで買ったものたちがたわんできたり破損してしまったりという経験もし、いいものは高いけれどそれなりの理由があるのだと経験値として学んだせいもあると思う。そう考える、大塚家具に回帰する層は絶対いるはずで、そういう人たちが匠大塚に流れるとはちょっと考えられない。現に私も新しく家具を誂えるならやっぱり大塚家具だと思ってのこのこお邪魔しているくらいでそこでまた運命的一目惚れをしてしまい悩んでいるところだし、うーんどうしよちょっとしばらく考えてどうしても欲しかったら買おうかなあ、でもリフォームの最中は逆に家具もなにもかも減らすくらいでないとダメって施工さんに言われているし、あ、じゃあ取り置きしておいてもらう?要検討、というかまだあるかなあ…

そして肝心のPH5、カラーもデザインも種類が多すぎて全然決まらない!都内でph5買うならバリエーションの多さではもう有明大塚家具しかないって感じでその前にあの大型テーブルにPH5ひとつで暗くないのか大丈夫なのかという心配が発覚しもう一度インテリアデザイナーさんに相談することにしてとりあえず何も買わずに帰ってきた。


 いい‼︎やっぱりいいですね❣️迷うわあ


こんなに種類が

久美子さん、お元気そうで何よりです。店内の雰囲気みて久美子さんいい感じなのがわかったし、ネットの記事に久美子さんグラビアデビューなんてのがあり「美貌の女社長」と書いてあったので元気元気大元気なのではと嬉しくなってしまった。中間決済赤字が何よ!人生万事塞翁が馬、落ちたら後は上がるだけ、そんなの運が上向けばさあっと解消されるから大丈夫大丈夫 女が綺麗でいる時は元気で幸せな証拠よと、これもママン?パパだっなかなあ〜が言っていたわそういえば。@q3koさん、ショップリニューアルおめでとうございます。とっても素敵になり、何もかもいい感じで気に入りました!また近々今度はリフォーム後の部屋のサイズ測って色々買いにいきます♡

と、こんな偉そうに色々また書いている私はといえば、最近のほほんとし過ぎて小説は書けないわ5キロ太ってしまったわでちょっとなんとかキリっとするために何かまた試練とかは神様勘弁して下さいでもどーにかしないとダメなのではと焦っているところですが最近本当に時間なくてというのは言い訳よね〜書かなくちゃね〜 そおーだ辻先生のコンサートにブルーノートに行ったときにとった写真、顔がまん丸でもーなんでこんな写真インスタにあげちゃったんだろうと大後悔でも上げちゃったからもういいネットにあげた写真は消えないのよきっとSNS 宇宙のチリのように私のまん丸写真は浮遊していくんだわ 前はいつの間にか体重が減ったりして太ろうと思って頑張って食べていたくらいなのに最近痩せようと思って食べるの控えているつもりなのにぷくぷくしだしちゃって以前稀勢の里奉納の看板の前で撮った写真をSNSにアップしたら「お前が稀勢の里」という悪口のメールが届いたことがあるけどその時はふふん何言っちゃってるのならあなたも顔晒してみなさいよなーんて笑っていたけど今は笑えない

私の話はともかく、すっかりセンス良くリニューアルした大塚家具に出かけてみてくださいね。とくにリユース、アウトレットコーナーいい感じでしたYO)^o^(

※アクセスが集中している「匠大塚」の記事を「頑張れ久美子さん」にリユースしました。匠パパ、アクセスしてびっくり みたいな。「森生ゆり子 は大塚久美子さんを応援します」

まったね〜


人気記事トップが「頑張れ久美子さん」に♡ 元Microsoft 現IT担当なのでこのくらいは。

※しつこいですが、livedoorのランキングには登録していません。

2017.08.05write

昨日は大学の「フライングカフェ」というイベントに参加してきた。昨年度は確か浅草だったと参加した誰かに聞いた。京都の方でもやっていて、記事になっているので紹介。「今年は文芸コースが幹事」とあり、学部コースが持ち回りで担当するよう。

このイベントは年に一回、在学生だけのもので、何か史跡や博物館美術館などに皆で行き校外学習、その後大学に戻りお茶をする、ついでに先生達に学習相談をするという催しで、今年の東京外苑は神宮外苑の聖徳記念絵画館の見学、日本美術史で御馴染の美和先生のレクチャーつきというものだった。ということは「歴史遺産コース」が幹事だったのかな。

私は元武蔵美時代は版画コース、現文芸コースだけれど、日本美術が結構好きでここも一度見学したいと思いながら学生生活も終焉を迎えそう、そんなところに丁度いいイベント。諸事情あり大学の方に色々気を使わせてしまったが、わたし的にはとても楽しい時間だった。



これは聖徳記念絵画館に行った後に出された和菓子とお茶。どちらも京都からわざわざ取り寄せた有名どころのものだそう。和菓子は「下萌」という名の通り、中は萌え萌え薄緑の餡、白い手毬のように巻いてあるものはなんとか芋ということで里芋っぽい味がした。だめだなーメモしていないとやっぱり忘れる。それにこれでも茶道8年くらいやっていたのにお懐紙の使い方も忘れてしまっていた。


信濃町駅を降りて大学に向かう道。いつも左側の歩道を歩いてまっすく行くと左側に大学の校舎がある。今日は右側にある明治神宮外苑の聖徳記念絵画館へ。信号渡って近道でいった。右側にいったのは初めて。 

明治神宮外苑は広い。
四角の10番信号の右横のに校舎がある。神宮外苑管轄外のせいか、どの地図にも載っていない。でも校舎内の樹は全部御神木という事で、明治神宮の担当の方が手入れをするそう。
   

参加者は建物正面で集合。参加者はざっと20名ほどか。大学の近くにこんな建物があるとは知らずにいた。びっくりだった。
   

ここでチケットを買う。チケットといわずに拝観料的な協力金という名前。歴史保存に使われるということだろうか。


天井が大きなドームになっている。「東京駅みたい」と誰かが言ったが私もそう思った。



入口入って右側が日本画、左側が洋画の展示それぞれ40枚づつ展示されている。すごい大きな絵で、著名人のものばかりだそう。明治天皇の歴史をずっとなぞる作品ばかり。様々な逸話を先生から聞きながら拝見。この前に別室で聖徳記念絵画館の担当の方から絵画館の歴史をスライドを映写しながらお話を伺う。30分くらい?歴史の中に自分も生きているんだと感じてしまった。ずっと繋がってるんですねえ。
   

出てきたところにある「なんじゃもんじゃ」。建物の中はとても寒かった。


梅が綺麗だった。 「絵画館」という看板は大学の近くにもあり、こういう意味かとやっとわかった。絵画教室でもあるのかとずっと思っていたのよ。


ぼっち参加なので一番後ろを歩く。みんなさっとお仲間を作ってお喋りしながら歩いて偉いなと思う。
   

国会議事堂に似てると思った。歴史ある建物。焼夷弾が二発落ちたけれどレンガなので燃えずに済んだそう。近くにある慶応病院はその時木像だったので燃えてしまったとのこと。まるで三匹のこぶたのお話のよう。やっぱり家はレンガなんだと思った。
   

ネットの拾い画。どんな絵が保存されているかはサイトにもあまり掲載されていない。ボストン美術館のようにライブラリ形式で検索できるようにすればもっと一般の人や外国人ツーリストが観にくるんじゃないかと思った。
   
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これはサイトに掲載されていたものスクショ。こんな大作が80点。明治天皇が可愛がっていた馬の剥製などもあった。  


道路を挟んで反対側には京都造形芸術大学通信生のための外苑キャンパス。本当にすぐ隣だったが全然気が付かなかった。


青山方面に行くと銀杏並木。これは秋の頃の写真。

学友のIさんに撮って貰った。この後青山駅の構内にある銀座ライオンで色々話し、暮の懇親会でコスプレをしようと思い立ち、あの大惨事が起こった。皆驚かせてしまったが、今思えばいい思い出になってる。みんなもそうでしょ?

先日いった明治神宮にも繋がっている明治神宮外苑、聖徳記念絵画館、そして京都造形芸術大学外苑キャンパス。学舎の中にある桜が枯れかけていて、樹医にみせたらどうかとお節介を焼いて「御神木だからお前がなんかいうのは筋違い」と注意されたことがあるが、なんとなくやっと意味がわかった。明治神宮外苑に大学の校舎を作ったということなのですね。

「学習相談会」と言うのは個別で相談するのではなく、大きな教室に各コースが集まり、ああでもないこうでもないとお話するものだった。五人の生徒のうち三人がこの春の卒業生で、特に質問というより文芸のトレンドや京都の街の話など。

文芸コースの先生はクルーソー先生と私の副担任の先生が参加された。コース別に別れた後は、先生二人に生徒五人という贅沢な会となった。本年度の都をどりは祇園甲部株練習場の修復工事のため、なんと京都造形芸術大学の春秋館というところで全日程やるそう。この話ももっとよく聞けば良かった。本当にお金のある大学だなと感心してしまった。私みたいな庶民には似合わなかったということだろうか。そう考えると色々チグハグになったことも納得できる気がした。 

茶話会最初にひとりひとり簡単な自己紹介をということで、私は卒業後は芥川賞を目指すと話したら、シーンとなるかと思ったら割と好意的な空気がかえってきて、良かったなと思った。先生も授賞式には呼んで下さいねなんて、当然主担任と副担任の先生はお招きしますので楽しみにお待ち下さい

昨日所用で東京駅八重洲口近辺を歩いた。目的地までの道すがら、ブラブラしていて京都館というのをみつけた。なんとなくあるのは知っていたが、今日はなぜか人当たりの良さそうな紳士が入り口でニコニコしている。ニコニコ係なのだろうか。世知辛い東京には珍しい、近寄ると寄っていけという。なので入館してみた。

中は広く、京都の銘品から観光案内のパンフレットまで、もちろん地図もあった。もうガイドブックいらないし、お土産買い忘れたらここで買おう。


はっ∑(゚Д゚)うちも出さなきゃ

胡粉ネイル!これスゴくいいのよ♡

和蝋燭が好き

京都っぽい

パンフレットがたくさん!

娘が好きな桜の塩漬け🌸買うの忘れた。

これこれ!京都駅でもらうつもりだった。

これで京都行きの準備も整った。あとは行くだけ。青春18切符は有楽町駅で売ってる。コーヒータンブラー忘れないようにしよう。京都のスタバで記念に何か買おうかな♡

ここを出てすぐ外国人観光客に道を聞かれる。今日はなんとかビルの場所を教えてくれというので、googleマップで出してあげたらスマホでスマホを写メして去っていった。なんかすごいわと思った。それにしても私は外出すると必ず誰かに道を聞かれる、ということは東京の人にみえるのだろう、そして優しさとか癒しのオーラが出ているんだろうと思った。内面て外に出ちゃうものネ♡

もうすぐ春ですね

追記:おばあちゃんからバレンタインのチョコが届いた。そうか、バレンタイン…あっしには関わりのない事で…

おばあちゃんはモロゾフが好き。仲良しの店員さんがいるんだろうな

なんとかだったお話シリーズの最終回。これも昨年暮れのお話で、書きたい書きたいと思いつつ今日になった。今日はもう3つも書いたので明日はお休み。明日は息子がスケートに行きたいというので連れて行く予定。急にどうしたんだろう、私がブログで外苑外苑と書いたのでまた何かデムパをキャッチしたのだと思う。スケートといえばバディで行った神宮外苑。あの時もう私を村八分にしたいボスママ軍団の勢力が最高潮の時で、あんなにお母さん達でひしめいていたスケート場で私に挨拶する人は誰もいなかった。そしてボスママ達がわざわざ私のすぐ近くにきて「ああん、こんにちわあ」とか「こないだは楽しかった」とか「アルバム委員があ」とかギャーギャー騒いでるわけよ。私はぽつねんと息子を参観して動画などをとるが、学年一上手かった息子より上手な子どもがたくさん出てきて、きっと打倒森生ゆり子それには息子に勝たなくてはと思う奴らがこっそり練習させたからだろうと思った。あのバディは本当にそういう「絶対誰誰に勝つ」という闘志を燃やして子どもを教育する母親が多かった。それがバディが終わった今は勉強勉強とうちの夫のようにガミガミ言ってやらせているのだろう。ふふん、ばーか、そんな事して子どもが勉強嫌いになるのがわからないのか。うちの息子なんて二年生なのに漢字テストピー 点だったよ?ちょっとこれはやっぱり問題があるので何か考えないとなあ。というところに娘が今日の晩ご飯を作っていい?というので「喜んで!」というところだが「ええー? うーん、まあ今日はいいか」とちょっと残念そうに言ったら大喜びでキッチンでガチャガチャやっている。これが「本当!やったー作って作って」というと、途端に「やっぱりいいや」となる。夫は娘のこういうのがよくわかっていないので、未だに勉強しろしろと押しの一手、独身時代もそうだったねあなた。 


まあそれはいいとして、昨年私は「トヨスアモーレ」というイベントにお手伝いとして参加した。最初は観に来てと言われていただけなのだが、私はこの時は来年、今はもう今年か、「豊洲こども食堂プレゼンツ香山リカ講演会「なぜ今こども食堂なのか」」というイベントをやりたいと考えていて、豊洲シビックセンターでミュージカルのお手伝いはしたけれど、演劇とイベントは違うだろうと考え、何か自分がやる時に指針になるだろうと考えお手伝いを申し出た。図々しいお願いだがお揃いのTシャツまでいただき、豊洲のドンのアテンドという大役まで頂いてしまい私でいいのだろうかとモジモジしてしまったが、なんとか失礼のないようにアテンドれたように思う。ドンは私を覚えていて下さり、キッザニア東京のゴージャスなセレブパーティでお会いした時も「こども食堂頑張ってね」と言っていただけて本当に嬉しかった。このドンさん何故かうちの息子が昔から「あの人すげーんだよママ」とか言っていて何がどうすごいのか全然わからなかったのだがやっぱりすごかった。そんな事がわかる息子ってすごいなとまたまた感心した。

そしてその話もおいておいて、その「トヨスアモーレ」繋がりで年末の「NTTDATAゴルペルナイト」に繋がりまたお邪魔してみた。これは参加費無料で誰でもみられる。NTTDATAアネックスという新しい方のビル、正面からみて右側の建物ね、そこの1Fでやるという。私はちょっとびっくりした。確かに広々としているけれど、コンサートをやるには狭くないかなあと心配して行ったらエレベーターを挟んで反対側が大きなロビーになっていて、そこで開催されるという。私はほっとして椅子に座るがどうもおかしい。よくよくパンフをみると、また時間を間違えて1時間半も早く到着してしまった。本当になんだか最近ゆとりがない。こういうブログを書くのもそうなる原因だろう。他にもやることが色々あり、卒業認定にかかわるとかやらないと誰かに迷惑がかかるとか期日ががっしりとか、もう家族や家のことが二の次になるのは致し方ない訳で、「今年から家事の一部を外注する」と言ったら「もう家から出てってよ」と夫が怒っていた。
   
時間を間違えたというと案の定息子も怒ってもう帰ると言い出す。まあまあららぽーとにでもあのドーナツ食べに行こうと誘うと「やぶさかでない」という雰囲気になり自転車の後ろに息子を乗せてららぽーとに行った。丁度卒論でららぽーとのドーナツショップを登場させたところで、「ああ、ここで主人公の梨花が息子にドーナツを食べさせた後に事件は起こるのだわ」と感慨深いものがあった。もちろん小説だけではなくて、ららぽーとのフードコートではいろいろな事があった。それでも今誰が来てもボスママ軍団が寄って集ってニラニラこっちをみても誰も挨拶しなくても平気になっているというのにも思うところあり、私が強くなったのではない全てが思い出に変わったからだと感じた。

息子は小説の主人公の子どもと同じようにドーナツを二つ食べ満足そう、その後隣のBEN&JERRYでサンプリングをやっているのを食べたらアイスも食べたくなったといいだし、いつもなら「一日一個まで」というのだが、このBEN&JERRYもフリーコーンディというイベントで並んだり息子と夢を語った思い出などがあり、今日はもうひとつ特別に食べてよいことにした。私にまで味見をさせてくれた店員さんは外国の方だった。なので「味見させて下さいって英語でなんて言うんですか?」と聞いてもう忘れたけどその時は英語で息子とお願いしたりして、いい感じだった。息子はもちろんチョコファッジ、私はチェリーガルシアが大好きで、私は歯にしみるからアイスクリームは好きじゃないけれど、ここのチェリーガルシアは別物でよく食べる本当に美味しい奇跡のような味だと思う。

そしてほどよく満足した息子と再びNTTDATAに出掛けた。行ったら開始時間になりすぐに始まった。

「俺コンサートなんか行きたくない」とゴネていた息子もだんだん調子が出てきて、目をキラキラさせて大人しく聴いている。次々と曲が演奏され、そのうちにスペシャルゲストとしてサンタが登場した。「わーサンタだサンタ!」と私も思わず大はしゃぎしてしまい、会場の三分の一の子ども達も含めて騒然となった。サンタはひとりひとり子ども達にお菓子の包みを渡してくれて、数があるのか私も頂いてしまい嬉しかった。だって大人になってサンタからお菓子貰えるなんてないでしょう。あーなんかいい事があるわあと感じた。

そのサンタが登場する少し前に、プロジェクターで「もしも世界が100人の村なら」が朗読された。これ、もう本当に久しぶりに観たけれど、自分がこども食堂やっているせいもあり、ご飯が食べられない子ども達、屋根のないところで生活している子ども達、それから災害や戦争で辛い思いをしている子どもたち、同じ地球の上に住んでいるのに君は屋根のある家に住んでご飯もお腹いっぱいだべ、そして学校に毎日通っている。どれだけ幸せがちゃんと考えなさいと息子に言ったけれど、よく考えれば専業主婦の身で大学に通わせて貰って家のことは外注するとか年末の掃除は結局娘が部屋を綺麗にしてくれて終わったとか、まあこういう人なので妬まれて色々意地悪言われたりされたりしても仕方ないのかなと思った。

ラストはゴスペルといえばこの曲。『オーハッピーディ』。『天使にラブソングを』でウーピーゴールドバーグが映画の中で歌った曲。観客と一体となり、何度も色々なパートを練習して最後は会場全員で歌う。もう~めっちゃ楽しかった!息子なんて行きたくないとかぶーぶー言っていたくせに、コンサート終わって家に帰るまでもずっと歌っていたし、おばあちゃんちのクリスマスパーティでも披露していた。本当に楽しくていい思い出になったと思う。きっと息子は大きくなって地球上のどこにいても、『OH!Happy Day』を聞けばこの日のことを思い出してくれると思う。ドーナツを食べてアイスを食べてそれからコンサート、100人の村の話を聞いてサンタが来て最後にみんなで歌ったと。

私はママ友ゼロのキングオブぼっちなので、クリスマスといってもママ友パーティとは全く縁がなくなってしまった。でもこうして街のイベントなどに参加して子どもも大満足私も嬉しいという聖なる夜、最高である。よく小さな頃に集団行動させないと大人になって困るという話を聞くが、私はそうとも言えるがそうでもないと思う。うちの実家はすごく人が集まる家だった。いつも誰かが来てご飯を食べ、「ひとり」を感じたことがない。なので逆に「ひとりになりたい」ともいつも思っていて、それは図らずも叶ったことになるのではないだろうか。社交性をつけさせようと実家のママンは様々に私を躾けた。それは役に立っているともいえるし、全然そうでないともいえる。こういうのも何かの采配、決められた役がぞれぞれにあり、「自分は変えられない」のではないだろうか。

コンサート会場は親子連れも多く、ママ友同士な方もいれば私のように単体のご家族というのもあった。でも本当に感激のクリスマスナイト。来年は是非参加してみては。というと豊洲はばーっと人が集まっちゃうんですよね。でもきっと大勢の方が楽しいからいいのではないでしょうか。息子も来年は誘えば喜んでいってくれると思う。ちょうど一年後くらい、どんな年末になっているだろう。ぼっちママは来年NTTDATAゴスペルナイトに集合ね♡   





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早く着きすぎてリハーサルをコンサートと勘違いして聴いているところ。道理で人がいないわけよ。

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本番は人がぎっしり。何もかも楽しかった!


2016年のチラシなのでこれみて2017年に行かないでね未来の私へ。

昨年の話ばかりで恐縮なのだが、12月18日の日曜日、お招きを受けて『いえすまいラブ!?』という舞台を観にいってきた。舞台作品に招待されるというのは初めてで、でも本当に行っていいのかすごく迷った。普段は迷う時はやめることにしているが、この時は違った。別の私が「どうしても観てみたい」という、可愛い私のためならと出かけてみた。場所は築地本願寺の境内にある築地ブディストホール、確かここって息子が出演した『みんなのミュージカル ホンク!』の劇団が別の舞台、確か『 青い鳥』を上演したところなのではと思った。調べてみたらそうだった。家から近いのもあり、ちょうど卒論も終わったところで時間もある。ご招待頂いた方にはお花だろうか食べ物の差し入れだろうか、色々迷ったがいつものパティスリーSAKURAでクリスマスっぽいお菓子をお土産に買って出かけた。

何故舞台に招待されたのか、理由を書きたい。私は興味があるとなんでも熱心にほじくり返すように調べるたち。多分2chで言われる「鬼女(キジョ)」というジャンルに属しているのだと思う。いったん誰かをターゲットにすると根ほり葉ほり調べて特定したり吊し上げたり晒したりする。「鬼女(キジョ)」というのは、「既婚女性」の略で、略して既女が鬼女と呼ばれるようになった。もうひとたび狙われたら絶対に逃げられない。もう地の果てまで追いかけられて追い詰められ何もかも晒され息の根を止められてしまう。私にもこういう性質はあるが、2chではやらない。そういうのってするといつか自分に還ってくると思うから。人の嫌がること、やめてと言われたらやらないしなるべくしないように気を付けている。本当にそう、でも「やめて」と言ってきた人はあの朋輩だけ、もちろんそう言われたことは削除した。あっちはどうなのと思うけれど、彼女はもうスルーすることにしたのだろう。それにあれは私の愛だ。なんて、ごめんね。そのうち綺麗にしとくから。

まあそれは置いておいて、そう言う訳で私はおおえかが一体何者なのか知りたいと思っていた。何やら劇作家だと聞いていたが、それはそんなにすごいのだろうか、そしてどんな作品を書くのだろう。大学の講師一覧のところにOの情報も何も書かれていないし、Faceookもやっていない。こう言ってはなんだが、ショービジネスをしている人は必ずSNSで何かを発信するというのは、息子のミュージカルで様々にお知り合いになった俳優女優の方たちから学んだ。発信することで自分や自分の想い、これからの夢を語るというのは大切な戦略とまではいわないが、上手く使ってイメージを創るというのはセルフブランディングと共に宣伝広告になる。何故彼はしないんだろう。

そこで私の得意技、ネットリサーチをした。私の検索力はあのMicrosoft 時代に培ったもので、あそこは世界中にサーバーがあり色んなチームが研究開発を勝手にやっていて、そこで知りえた情報をセキュリティをかけながら好き勝手にアップしている。その子細に枝分かれしている情報の山から自分に必要なものを様々なキーワードで検索していくのだ。それも英語だよ?もう死ぬかと思って本当にこの時も死にかけました。どうしてこんなチームに来ちゃったんだろうと大後悔したりして、まあそれはいいけれどそこを出た後に色々な事件に巻き込まれたりこうして何か必要な情報を探すというのには十二分に役に立つようになっている。だって日本語、もしくは簡単な英語でいいんだもん。技術情報はそうじゃない、本当に苦しかった。

で、調べたらkyoku_hoku というのがキーワードだとわかった。以前O(=おおえか)の上梓した作品のtogetter などみつけ(これも削除した模様)、そこから更に調べるとTwitterとnote(これらも全部削除された)をみつけた。それも隅々まで読みこみ色々わかったことがあった。他にも調べ方があり、削除されているもののプロフィールのキャッシュなどからも見ることが出来るものがある。東京生まれ東京育ちだとか、なのになぜ京都造形芸術大学しかも通学生として29歳で入学したのだろうとか、去年大学に講師助手として来るまで何をしていたのだろうとか、この大学は学費も高いし東京から京都の大学となるとひとり暮らしとなり生活は大変だっただろうとか、あの貴族をdisってイジメたもの気持ちはわかるとか色々。苦労したことがない人はわからないと思うが、お金がないって本当に大変なのよ。私も一人暮らしの時は貧乏だったでえ~今もそんなに変わらないともいえるけれど。

お金なくて一足しかないストッキングを破れないように毎晩手洗いしてはいていたし、給料が入るとまずお米を5キロ買った。お米さえあれば飢え死にしないから。自分はともかく他人の情報をほじくってと怒る人がいると思う。でも彼は脚本家といってもまだ一作品しか上梓していない、その前は舞台俳優だったそうだ。なのでいい先生を上手く演じられたのだろう。でもそれ別に悪いことでもないし、模倣がホンモノになっていけばいい。それに俳優が先生やったって全然いいと思う。でもいい先生を演じながら陰でこそこそ自分が生き残るために策略するのがどうなのと言いたいわけ。おまけに「大学やめたい」「もう行きたくない」「単位のために我慢して授業受ける」なんて生徒を量産していてどうなのと言いたいのです。

そこから更に『イナズマ』が上演された劇団の次回作を発見し、その作品の出演者俳優募集とある。もちろんするつもりはないが、何かわかるかもしれないとメールを送ってみた。でも全然返事がこない、「もし返信がない場合はこちらに」と書いてあるメールにも同じ内容で送ってみた。これも返信がなかった。私はOがサイト担当で、私からのメールを無視していると思った。だが違った。名前を出すとご迷惑になるといけないので伏せるが、そこに多分何かで関わった方なのだろう。その演目はもう終了していますが、別の劇団でこういうのがありますので来ませんかとご連絡を頂いたのだ。確かにみたら2016年3月に終了したものだった。

私はこの方にOの話は一切していない。もしかしたら友達なのかもしれないし、聞いたら傷つくかもしれない。私はOについて調べるつもりでこの方に接触したことになり、知ったら色々思うところもあるだろう。メールしていきなりお誘いを受けたのではない、Oの作品の次に上演されるのが私の故郷がモチーフになっていたからだ。なのでシナリオが欲しいともお願いした。外部に出さないという約束で送っていただき、そんなに演劇に興味があるならとお招き下さったのだ。なのですごく申し訳なく辞退するつもりだった。でも可愛い私が行ってみたいというじゃない、私に負けたのだ。

私はOが昨年文芸フリマで出した『キョクホク』を手に入れていた。Iさんが持っていたので「頂戴」といって奪った。でも今はもう手元にはない。自分達の文芸フリマの時の参考資料に持ってくるように誰かに言われ、持っていったらどこかに消えてしまった。多分Iさんが取り戻したと思われ。でも読んでも何がなんだかサッパリわからなかった。なのでお招きいただいたものも、多分何がなんだかさっぱりわからないものだろうと思ったが、そんな事はなかった。スターウォーズのストーリーがわからなかった私にも何がどうなっているのかよくわかった。そして、とても面白かったのだ!!

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招待されたから気を使っているとか思ったらお門違い、特に私が観たのが千秋楽だったせいか、熱量も半端なかった。文芸コースの授業で「作中作」という技法を学んだが、「劇中劇」というものもあり、文字通り笑いあり涙ありであっという間に時間が過ぎていった。最初は「東京03」並みにコントが展開するのでこういうのがずっと続くのかと思いきや途中でシリアスなシーンが入ったりお色気ありで観客を飽きさせないスピード感。それに感心したのは(偉そう?ごめん)配役がどれもピッタリ決まっていて違和感が全然なかった。どういう事かというと、例えばテレビドラマで近々放送される『不機嫌な果実』、あれは原作林真理子さんだけれど、その続編を誰かが書いた脚本で放送されるそう。ストーリー、うーんちょっと待ってよ、続きってまた同じような展開で、主人公が新しい旦那さんに飽きて新しい男によろめってそれはないじゃないと私は思った。人生には様々なステージがある。ちゃんと林真理子さんの書いた原作のものは、主人公が今度は子どもが欲しいと色々策を練るところでラストだ。だったら次は子どもが産まれてママ友の世界でよろめいたり戦ったりマウントしたりという世界があるはずだ。なのに相変わらず旦那と二人家族ですったもんだしている。しかも主人公があの人、もー全然わかってない。そういうずるい事を考える小悪魔的な女性はむしろあの脇役のあの清楚で可愛いくみえるあの人のほうがしっくりくる。元の旦那と現旦那も逆、テレビみないのでドラマみない思うけれど、ネットで相関図をみてチラチラまたいらんことを考えてしまった。そういうのが『いえすまいラブ!?』にはなかった。構成もストーリーも全然違和感がなかったし私もこういう作品を作りたいと思った。

最後の最後千秋楽ということなのか劇団の団長が力いっぱいの挨拶をしていた。「みなさんが支えてくれているので私たちは上演することが出来ます」というもの。観に来て良かったと思った。やっぱり現場に赴き自分の目で確かめないと何も本当のことはわからないとも感じた。息子のミュージカル、私は受付も裏方も広報もチケット販売も後方支援も全部やってみた。それはもちろん強制でなく希望者だけで、そんなに頑張らなくて良かったのだけれど、先生達、そしてプロ、アマの俳優たち、毎日毎日全力で「いいものを創りたい」という熱意に溢れていて、よく倒れないなと感心していた。なので自分も何かしたいと奮起してしまった。そのお蔭で面接授業の単位が足りなくなり卒業が危うい事態となっていたが、あの時没頭した様々な出来事は全部自分の力になったように思う。卒業制作を最後の最後までやれたのは、あの時槌かえた力のお蔭だと思う。舞台を作るってこういうものなんだよとよくわかった。本当に驚く程のリソースが集まってひとつの作品になる。なので私は第二期今年の回は息子を参加させなかった。もう嵌りこんだらこればっかりになるのは目に見えていた。また同じようにからっ空になるまで力を使ってしまい、きっと周りが見えなくなるだろう。そういうものに憑りつかれたのがビュアーマリーの先生達なのだろう。本当に演劇の世界は底なしの魅力がある。

『いえすまいラブ!?』も同じだった。きっと舞台に憑りつかれ、死に物狂いで準備して上演している関係者の方々。すみません、私正直「つまらなかったらdisってやる」くらいの勢いでした。舞台に関わる人達全員oの仲間で私とは敵なんじゃないかとか。でももうサッパリと反省しました。本当に良かったです。今度は自分でチケット買ってみにいきます。何事にも全力投球、こんな素晴らしい仲間達に囲まれている筈なのにOはなぜあんな風に色々な人の足を引っ張るような事ばかりするのだろう。それは多分自信がないせいだと思う。私がTwitterをほじくりだしたらあっという間にアカウントを削除して逃走してしまった。「だからなんだよ」くらい言うのかなあと思っていたのにnoteに書いたブログまでdeleteして。でもそれ、自分の書いた「作品」ともいえるのでは。私も時々出したり引っ込めたりする記事があるけれど、自信がないんじゃない逆で誰かにまたパクられたら嫌だと思うから。おまけに「ストーリーとシナリオ」の教室に何度か顔を出したけれど、「あっ」という顔をしただけで挨拶もなにもない。普通なんか言うでしょう色々あったんだから。私も何も言わなかった。本当なら「ねえ、なんか私に言う事ないの?」と言いたかった。

それにあの授業、びっくりする事に定員80名出席者27名で「定員オーバーなので」って私は出席できなかったんだよ。しかも授業の資料は出席予定の各生徒に事前に郵送されていた。今までそんな事一切なかったでしょう。普通は後ろの机に授業で使う資料がすらーっと並べられ、生徒が各自一枚ずつとることになっている。多分私が教室に来ると思って伏線を張ったのだと思う。そこで私は授業を受けている生徒に色々と聞いてまわった。すっごく面白い感想が色々聞けて、やっぱり私の主担任の先生が授業を担当すべきだと感じた。うん、今日はもうこのくらいにする。

そういう訳で思わぬ展開になったOサーチは、演劇にはまる人の気持ちがよくわかり、やっぱりライブはいいという、自分も下手したらその世界に嵌ってしまいそうだという展開になった。私もシナリオを書いてみたい。

んん?なになに?

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 舞台公演に出演して下さる役者を募集しております!
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 団員、スタッフも募集してますので、お気軽にお問い合わせ下さい。

ぎょえー!楽しそう。でも私今こども食堂が佳境に入って来て、他にもやらないといけないことが。しかもこっちに出るならホンクに出てよと先生に言われそう。息子が演っているときにほわーとしたお誘いがあったがびしっと断ってしまった。本当はやってみたいです、でも私が出るなら息子がやらないというし、自分よりもっと子供たちを慮ってという深川のお父さんからの戒めもあり、私はこちら方面は観客に徹することにしたい。

しかしこの石井さんという脚本家は天才なのではないだろうか。今度観に行く時はお話してみたい。また観に行きますのでよろしくお願いします。皆さま生まれたばかりの演劇集団「一人前企画」をよろしくお願いします。

※こんな記事をみつけた。そうか、2005年にも上演されていたのね。何もかも見つけてしまうなあ。鬼女って怖いね!


こんな情報も笑

ことの起こりはSNSだった。思えば私くらいSNS下手な人がいるだろうか。ブログを書けば炎上し、NewsPicksにコメントすれば大勢に叩かれ運営に追い出され、Tweetすれば敵を大勢つくる。今のところ何事もなくやれているのはインスタくらいか。でもこれもそのうち何かあるかもしれない。もしかしてあの先生の写真が貼ってあるので見つかり「肖像権侵害」とまた叱られるかもしれない。私は叱られたくてやっている訳では断じてないし素敵な写真だからみんなに見て貰いたい。これは私が撮ったものではないしネットに正式にアップされているものをコピペしたやつなので叱られないと思う。先生に叱られるとその時はショックだけれど色々考えるうちに不思議とどんどん元気になってしまうでも本当は褒められたいのだ。京都造形芸術大学一年目、私ははあの先生からも他の先生達にまですごく褒められた。あっちでもこっちでも褒められ事務局ともスムーズで学長にも「何か僕に出来ることがあったらやりますよ」などと直接お声かけをして頂いたくらい。なのであの学生気分が抜けてないあの先生にやっかまれて色々裏で私のネガキャンをされたせいで。今年の体たらくと来たらどうだろう、でも誰が悪い訳でもないきっと運命というヤツだと思う。ブログが悪いんでしょうと言われるかもしれないが、そうだけれどそうではではないあの先生だってブログ頑張ってと色々を叱りながらも言ってくれたんだよ本当だよ!

「もう私SNS下手だから全部やめよう」と何度も思ったし、つい最近もそんな事が色々あった。「書かれた人の気持ちを考えなさい」という先生の訓えと対極のようなものをたくさん書いてしまった。でも書かないと先生わかってくれなかったでしょう。今だって私が先生を心配していることがわかってもらえてないかもしれない。でも出来ることは全部したいと思った。でもあのフィガロ仮面コスの私のところにばーって来て「あなたのそういう態度が私を傷つけるのがわからないんですか」と、だだだっと散弾銃のようにセリフを吐いて会場をさあっと飛び出し帰っていかれたあの時の怒髪天を突くような表情、感情、立ち居振る舞い。もう映画のワンシーンのようで思い出すだけでワクワクドキドキし、自分がヒロインになったように思ってしまう不謹慎だなすみません。そんな思い出すだけでご飯三杯はいけてしまうくらいのメモリーををありがとうございました。そんな風にはからずもまた目立ってしまい先生の愛を享受したものだから私は最近学友達からも嫌われて誰からもFacebook にイイネされなくなってしまった。N先生はそれほど生徒に大人気の先生、卒業生の先輩方が「先生に卒業証書を貰って感激した」と言っていたし、読書会、合評会だってみんなN先生目当てで頑張るよう。新入生だって…なんかムカムカする、私の先生なのに。あの新任の先生が私に嫉妬して嫌がらせした理由が本当にわかる気がするのだ。

あのデブ(おおえかじゃないあいつにイジメられた生徒)messengerで自分の正当性を捏造しながら私を残念な人みたいに拡散するだろう。でも助けてもらっておいて「頼んでないしまた違う未来があった」とかって言い草どうなのよ。大学もうやめるとかサークル抜けるとかメソメソメソメソしていたのはどこの誰なの。私なんてこの一年我慢していたんだよ!自分が安全圏にきたものだから「争って何になりますか?」なんて小賢しい最初はパパに言いつけて首にしてやるとか言ってたじゃない。でも捨てる神あれば拾う神ありで、某国立大学の発達心理学ラボの方々とお知り合いになり新たな学友が出来た。多分こちらの方でお知り合いがもっと増えると思われ。心理学はずっと勉強してきたが、一度体系的に学んでみたいと新たな学び舎の門戸を叩いたこの日で三回目くらい。今までは受験にそなえて書かないようにしてきたがもう通うのが無理だと諦めてカミングアウト的に書く。それがまあ勉強してきた下地があるせいか難しい内容も頭にするする入るし勉強がすごく楽しいし先生達が本当にすごい面々。東京に住んでいなければこんな先生達から学ぶという栄誉は得られなかっただろう。東京に住んでいて本当に良かった。現にかなり遠く地方から参加された方もいらしたくらい。本当はここは夜間の社会人大学院もあり入学を目論んでいたが、まだまだ子ども達小さいし夜は家にいなければならない。当分は時々開催されるこうしたラボ的クラスにアサインしながら細々と勉強していきたい。心理学って本当に面白いし同じ目標を持った者同士のせいか学友の方々との話も全く尽きない。他の予定がありクラス後の懇親会は参加出来なかったが次回は是非お邪魔したいと思う。

そんな普通だったら絶対に参加したかった懇親会を辞してまで向かう先は西国分寺。ここに東京というより世界のカフェシーンを牽引するクルミドコーヒーがある。そこで店主の影山知明さんとクリスマスをお祝いしようという「クルミドコーヒークリスマスの夕べ23」がありそれに参加した。この「23」というのは23日バージョンということで、「24」もある。私がお邪魔した「23」の方は影山さん手作りの煮込みハンバーグが供されるそう。煮込みハンバーグは実家のママンの得意料理(なのかな?)で私の大好物。ちなみに同じくらい好きなのがエビフライとヨコイのスパゲティと寿がきやのラーメン。要は名古屋メシが好きなのだ。

話をこのブログの一行目に戻す。「ことの起こり」はSNS、Facebookにこんな記事が流れてきた。



「12月23日(金)、24日(土)の夜
「クリスマスの夕べ」と称しまして
クルミドコーヒー地下のテーブルを囲んでの
食事&お話会、開催させていただきます。
http://ameblo.jp/kurumed/entry-12228930734.html
 
特に23日(金)のメインディッシュは
自分のつくる、煮込みハンバーグ。」

普段なら遠い世界の話なので「いいなあリア充が集結するのだわ」と自分に関係ないと目が滑るところだがこの時は違った。以前佐々木さんと景山さんのトークイベントで影山さんにサインを頂けず帰途につくとき「すぐまたそういうチャンスが来るでしょう」なんてお猿ちゃんが待つ家へと急いだのだった。それが二日たってもうチャンスが来たと思った。23日は幸い大学に行く用事がある。「大学に行くとママはたいがい何処かに寄って帰ってくる」という家族の勘違いもあり、「行ける!」と判断、すぐにその記事に参加表明した。いやーSNSって便利だしすごいですね!こんな風に役に立ったのって初めてではないだろうか。ちょうど21日にこども食堂も終わるしその後ゆっくりとクルミドコーヒーを楽しむ。もうこれ何か目にみえないところから誰かが福音を送ってくれたのだろうと感じた。

某国立大学東京キャンパスを出た私は急いで地下鉄に乗った。クルミドパーティの時間を確認すると19時30分とある。あと2時間もあり懇親会ちらっと出れば良かったと後悔したが戻るのはなんかかっこわるい気がしてしなかった。代わりに時間つぶしに何をしようか考えて、影山さんに豊洲の何かをお土産にしようと思いついた。向かうは豊洲のスィーツ界を牽引するパティスリーSAKURA。クリスマスイブイブのせいか、一足早くクリスマスを楽しみたい方々でごった返していた。そこで私はとてもいいものを見つけた。多分気に行ってくれるだろうとそれを買い一度家に戻りちょっと大きな荷物があったのでそれを置いてそこからまた西国分寺を目指した。

西国分寺に到着したのが開催時間の10分前。でも今行っていいのか迷った。ホームパーティは開催に5分遅れて行くのがマナーと何かで読んだことがある。準備する方は慌ただしく支度をしているだろう、そんなところに早く行ってはご迷惑ということなのか。なので5分遅れていくためにショッピングセンターをうろうろしたりした。でも到着したら皆さんが揃っていて影山さんがもうお話をされているところだった。すごいショック、私また勘違いした。これはパーティじゃなくイベントだ。影山さんが手料理を振る舞って下さるというイベントのせいか、すっかり個人的な会にお招き頂いたように思ってしまった。地下に降りると大きな一枚板のテーブル、そこに皆さんが影山さんを囲んでぎゅっと座ってみえた。空いている席は影山さんのすぐお隣!先日のイベントで「一番遅れてきた人が一番前の席に座ったらダメ」という世界が広がってしまった。どうしよう、いいのだろうか、でももう会が始まっている、静かに着席してずっと前からここにいましたという顔をしないとダメだろうとそこに座らせていただく。

お話はすごく興味深い事ばかりで本当にあっという間に時間が過ぎてしまった。開始19時30分でお店を出たのが23時近くになっていた。私たちはクルミドコーヒーの世界観を十分に楽しめたが、スタッフの方たちが帰るのが遅くなってしまったので申し訳ないと思った。それでもクルミドコーヒーのスタッフの方たちは相かわらずホスピタリティに溢れ、多分影山さんと一緒に働けることが嬉しくてたまらないのだろうと感じた。集まった参加者の方々も筋金入りの影山ファンという人ばかり。つい最近影山さんを知ったというか興味を持ちだした私とは全然温度が違う、なのにこんな影山さんの体温までわかってしまいそうな至近距離。神さま私ここまで期待していませんでした、もう少し距離感あっても全然オッケーですからとそっと思った。しかも来る前に心理学ラボで熱く学び喧々囂々と議論を戦わせたせいか、右目のつけまつげがとれかかっていた。でも直すグルーがないのでそのまま行くしかない。今思えばとればよかったのに全然思いつかなかった。そのとれかかったつけまつげを影山さんに至近距離で見られてしまうという、すぐ近くで一緒に食事が出来る天国と取れかかったつけまつげを間近で見られてしまう地獄を同時に味わってしまった。最初は気になったがお話が進むにつれて「つけまつげなんて何よ」という気持になり、影山さんの金言を参加者の方々と楽しんだ。参加した方々も影山さんのファンだけあり、すごくユニークで興味深いプロフィールの方々ばかり。お話もここに書いたら全国の影山ファンは大喜びしそうだけれど、書かない。そういうものは影山さん自身が公開して認知を得るものだと思うから。ともかく影山ファンが多い理由がわかった気がする。お手製の煮込みハンバーグも「初めて作った」とは思えないくらい美味しかった。サラダもデザートも珈琲もすごく美味しかった!アルコールの用意もあったが飲まなかった。最初から最後までしっかり影山さんのお話を吸収したいと思ったから、でも途中経済の話になった時は難しくて5分くらいついうとうとしてしまった。美味しい料理でお腹いっぱいになり暖かい場所ですぐ隣には影山さん、レコードプレイヤーが小さな音でクリスマスソングを奏でている。そこで少しうとうとした私はこれが夢じゃないのかと思ってしまった。この幸せを誰に知らせようと考えて、やっぱりブログに書こうと思った。なので私は人に疎まれるんだろうなと思ったが、いい事も悪い事も他人も自分もめちゃめちゃになりながら書いているが、こういう幸せもあるということ、心配してくれるひともたくさんいるので安心してもらうために丁度いいかもしれない。

会の最後にはもちろんサインを頂いた。「書くものを、ちょっと待って」といって影山さんはどこかに行ってしまった。私は「目の前で書いて欲しいのに」と思ったが、時間も遅くなり我儘を言っている場合ではないと待っていると、ペンを持って再びテーブルに戻られ目の前で書いて下さった。あのセリフもご無理言って書いていただく。「こんなの初めて書いた」と言ってらして、私は歴史の目撃者となり証拠まで手にしたと思った。本当にありがとうございました。そして私と景山さんはある意味ライバルになったとも言える。私も頑張ります。

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近すぎて最初は本当にド緊張してしまった

店を出ると11時近くになっていて、影山さんは名古屋スピリッツがちゃんと染み込んでいるのだと感じた。名古屋の人はケチとか倹約家と言われるがそれは経済に明るい証拠で、人をもてなすという時は全力でする民族。名古屋の冠婚葬祭もそうだし、誰かをお招きする時は家じゅうの美味しいものを出すようなところがある。うちのママンもそうだったし実家の友達の家に遊びに行くと皆がそうしてくれる。私も豊洲に越してきて子どもを産んでママ友がたくさんいた頃はそうしていた。でもだんだん何か違うわと思い出した。家がサロンのようになり、誰かの友達まで来たりして知らない人が帰る時に「家には来ないでくださいね」などと言われたりした。それを機にあまり人を呼ばなくなりだんだん誰も来なくなり、それが理由ではないが私は豊洲でひとりぼっちになった。そこからまた色々考えたというより行動し、ひとりは自由でもあると学んだ。でも人との距離感をとるのが相変わらず下手で、近づきすぎたり遠くて訳がわからないと言われたりするが、もしかして私についている神様も人と人の距離感をはかるのが苦手なのかもと思った。結局最後のさいごまですぐ隣が影山さんというスペシャルゲストのような位置で会は終わった。嬉しい、楽しかった、美味しかったー!でもなんだか申し訳ありませんでしたという夕べになった。ちなみに我が家で作るハンバーグは夫が帝国ホテルの 村上信夫さんのレシピで作るようになってから、カリッと焼いたそれが子ども達のハンバーグスタンダードになり、私の煮込みハンバーグは姿を消した。でもあのトマトソースとかデミグラスソースでふっくら煮込んだハンバーグが食べられなくて食べたいとずっと思っていたのだ。煮込みハンバーグ欲も叶えられて満足。久しぶりに私も作ってみようかな。ちなみに「くたっとするのがイヤ」な方は、ハンバーグを小さくまとめてカリッと焼いてから煮込むとくたっとならない。うちのママンの煮込みハンバーグは、ミートボールとハンバーグの境目のような小さなものだった。それをいくつもいくつも食べた思い出は、私を勇気づけるもののひとつとなっている。心理学の方はダイアログカフェといい、そこで「 ワールドカフェ」という概念を学んだ、食事をしたのは西国分寺のカフェクルミドコーヒー。なんだかカフェ三昧の幸せな一日でした。影山さん、ご馳走さまでした。今度は胡桃の割り方教えて下さいね(^^)/

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上に乗っているのは胡桃。

何故何もかもクルミなのか、ブログのプロフィールにちゃんと書いてあった。あっ、すごい!あのビル全部クルミドコーヒーなんだ~☆そしてこのブログを書いて読んで思った。もしかしてうちの夫を紹介したら、影山さんとすごく仲良くなるのではないだろうか。私がブログで夫をdisるせいで極悪人のように思われているが、人望もありハートも暖かく頭もいい私が結婚するくらいだからそんじょそこらの人ではない訳で、しかも経済の話を影山さんとちゃんと出来るのはうちの夫くらいしかいないと思われ。結婚した当初何も出来なかった夫は今では料理も上手くなり食に対する拘りも半端ないし、そういう話でも盛り上がるかもしれない。うーん、私を差し置いて夫と影山さんが仲良くなったら嫌に決まっているがちょっと考えてみようかなあ。私は未来が透けて見える時があり、そのうち実現してしまうのではないだろうか。ちょっとどころか私的にはすごく嫌だ―!夫はきっと私の悪口を影山さんに色々言うだろう、絶対絶対会わせたくない!なので言われる前にカミングアウトする。あの散らかったマイルームは更に荷物や色々でごった返し、居場所までがなくなっている!お正月までには掃除するよ!!



ずっと誰かとやりたかったやつ「森生ゆり子さんは影山知明さんと一緒です」※影山さんに許可を頂いています。

この記事にはウォルトディズニー最新作スターウォーズ、ローグ・ワンのネタバレが出てくるので真っ新な気持ちで見たい方はご注意。しかし、ある意味私のブログを読んでから行くというのもありだとも思う。私はいつもどこかに行く時、予備知識なく出かけることが多い。わざとではなく色々あり忙しくしている間にあっという間にその時がきてしまうというのがほとんどで、もう卒業間近なので言えるが大学の授業もほぼ予習はしなかった。何々を読んできて下さいとシラバスに書いてあったり、これこれこういう作品について学ぶとあってもそれらを読まずに参加することになってしまった。なので授業はいつも未知との遭遇的発見ばかりでだから集中出来たし楽しかったのではないか。何か準備をして出かけるとしたら読書会くらいかなあ、でも読書会も始まる1時間前に読んでショックでがーんとなって気分が悪くなり、そのまま出席してわけわかめになってその後先生に呼び出されてガッツリ色々叱られたという経験もあり、やはり真っ新のまま対峙すると言うのは大切というか、その方が私の場合は何事も上手くいくのではないかと思った。

そんな風に予備知識ゼロで観たせいか内容がよくわからずはっきり言って「全然おもんない」かった。スターウォーズのスピンオフのせいか、最初にテーマソングとあのロゴが出て来ず、宇宙映像からすらーっと始まり「ちょっと!あれがないとスターウォーズじゃないじゃない!」という出だし、結局違和感を最後まで抱えた映画鑑賞となった。そもそも字幕付きの映画を選んでしまったものだから、お猿ちゃんは読めない漢字が多いせいか、ストーリーについていけなかったのか途中で寝てしまった。吹き替えじゃない!間違えたー!!と家族の方をチラとみたが、誰も文句を言いたそうな人はおらずほっとした。なんかまたヒロインが主人公で、エピソード7と同じような始まり方と女優さんで、なんていうか悪い意味の既視感だらけ。あの剣の達人は日本を代表する映画「座頭市」のパくりでしょう。ダースベイダーが登場するところも仰々しすぎて小林幸子が登場するかと思った。いくらなんでもやり過ぎだし、中国のパクリはダメでディズニーだと許すというのはもうやめる時期にきたのではないか、ジャングル大帝がライオンキングのパクリだと皆が知っているのに未だに何も言わないのは手塚治虫が亡くなったせいだけではないと思う。これでは生徒のプライベートなステイタスをみて態度を決める京都造形芸術大学通信教育学部文学コースのあの先生と同じじゃないのと思った。

そもそも観ているうちに、誰が敵か味方がわからなくなり、私がヒロインだったら間違えて味方撃っちゃうかもとか、パイロットのヘッドフォンにコードがついてるのってちょっと近未来映画におかしくない?もうコードレスじゃない?とか、そもそもこういう映画にありがちな少数精鋭がすごい数の多勢に打ち勝つというのはありえないとか、あの織田信長ですら明智の多勢に負けて本能寺に消えたし日本人としてはちょっと受け入れられないとか、色々考えだしたら疲れてしまいもう出たくなった。でも今日は車で来たのでコートもなし、歩いて帰るのは寒いし面倒だしと最後まで観ることにしたが、ラストもよくわからなかったのでネタバレもなにもない。


なんか貰えた。シート?

帰りの車で家族とああでもないこうでもないと話すと、夫と娘ちゃんは面白かったと言い、娘は敵と味方がちゃんとわかったと言っていたし、ヘッドフォンのコードの件も、未来に行けばいくほと傍受の危険性が増し、逆にコードのものが増えるのではとも言っていた。「主人公死んじゃったねえ」というが私は全然気が付かなかった。「男の人とイチャイチャしてエンドだったじゃない?」と言えば、「最後に惑星が吹っ飛ぶ前で、最後に愛を確かめ合うたびにくっついていた」などとこれは夫から解説された。本当に最後の最後にレイア姫がチラッと出てきたが、エピソード7からすっごく若返っている!「ねえ、すごくない?整形したのかな」などと言えば今度は娘が、「ママ違うよ昔の映像を使ったんじゃない」と言う。R2D2と3POも出てきたそうだが私は全然わからなかった。ともかく何もかも私の中では辻褄が合わない納得のいかないものだった。

「もう年末スターウォーズはやめてクラックコンサートにします」と宣言したらブーイングが出たということは、私以外の家族は年末スターウォーズ続けたいと思っている模様。そもそも私はディズニーランドが好きではない。スターウォーズをディズニーが買収したと聞いた時は嫌な予感がしたが、やはり当たってしまった。ディズニーといえばディズニーランド。あそこでミッキーマウスが「ようこそ、みんな」などと手を振れば、こうやってみんなを騙くらかしてお金を巻き上げて、子ども相手のホストネズミだわと思ったりする。ゲートの周りにショップをぎゅっとたくさん作り、行きと帰りにもお金を巻き上げるように仕組まれ、園内のあちらこちらにもポップコーンだの玩具だの屋台や出店が山盛りで、子ども達はいちいち強請る。夜遅い花火を見上げる頃には財布はからっぽになっていて、もうパチンコなどのギャンブルと一緒じゃないだろうか。今日こそ今日こそと夢をみてパチンカスどもは軍資金を握りしめ朝から行列をつくる。それはディズニーランドに夢をみにくる兵共(つわものども)と同じなのではないだろうか。日本にもカジノが出来るそうだが、結局お金を吸い上げられて疲弊するのは同じような「ハマる」人々、夢の後には何も残らない。本当にどれも勿体ないお金の使い方のような気がする。

そういう文句をべらべら話していたら、娘が言った。「去年もママは同じようにディズニー嫌いって怒ってた」という。そうだったかなあ、もう覚えてないよ。「ともかくママのスターウォーズはジョージルーカスの息がかかってる1、2、3、4、5、6までしかスターウォーズと認めない!」といえばまた娘が、「でもママ、エピソード7の最後ルークが出て来て終わって、もう!どうしてこんな終わり方するの!次見ない訳にはいかないじゃないって怒ってたよ」という。はっ!そうだった。あの最後の最後にルークが出て来て、何よどうしたのディスニーはこうやって引っ張ってリピーターを増やす阿漕な会社だと思ったのだけは思い出した。ジョージルーカスがなぜディズニーに「もうこれでお終い」と宣言したスターウォーズを売却したのか本当の理由はわからない。ディズニーの手に渡った途端、ジョージルーカスが撮影現場から追い出されたとも聞いた。もうスターウォーズはスターウォーズであってスターウォーズではないのかもしれない。新しい事やものにすぐに親和出来ないのは老いの兆候なのだと最近聞いた。先日作ったメガネの度を強くしたら手元が見えにくくてびっくりした。そして今日のスターウォーズ。面白くなかったというより、自分がついていけなかっただけじゃないかなとも思ってがっかりしてしまった。でも字幕が読めたり色々解説してくれたりして、娘がちょっと賢くなった気がしてこれはなんとなく辻褄が合い喜ばしい出来事だと思った。おしまい。

追記:こんな記事があった。やはり予習は必要かもね!

『スターウォーズ』シリーズのスピンオフ作品『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』の公開が2016年12月16日に迫っています。メイン作品である『エピソード3』と『エピソード4』の間の物語が描かれる注目作。そんな『ローグワン』の知っておくべき30のことを紹介します。http://ciatr.jp/topics/110733

『東京国際ブックフェア』に行った夜は、豊洲シビックセンターホールに行った。ここは息子がミュージカル「ホンク!」のために毎週雨の日も風の日の通った思い出深い場所。といってもここは今でも毎週英語のレッスンや豊洲商友会さんのお使いで印刷機を借りに来たり、はたまた10階の豊洲図書館にはしょっちゅうお邪魔しているので思い出も何も生活の一部となっている場所だ。が、しかし今日は特別。ブックフェアを割と早めに退散して、家路を急ぐ。豊洲シビックセンター一周年記念『コハーン・イッシュトヴァーン&金子三勇士』コンサートに行く予定があるからだ。

何故こんなに金子三勇士金子三勇士と追っかけの様にコンサートに行くかというと、三勇士さんのご両親と親交があるからなのだが、それを差し置いても金子三勇士さんのピアノソロに心酔しており、豊洲はじめ東京近郊で時間のタイミングが合う限り馳せ参じることにしている。今日は6時開場6時半開演。思えば豊洲シビックセンターホールのこけら落しも金子三勇士のソロリサイタルだった。この時はせっかく行くのだからと、最前列のチケットのために策を色々練り、一番電話が繋がりやすい文化センターを調べ上げ、予約開始時間を電話の時報で聞きながら予約の電話をかけるという、一昔前のユーミンコンサートチケットのような意気込みだったものだから、希望通り一番前の席をゲットできた。


※http://www.imgrum.net/user/miyujik_official/1520060369 から画像お借りしました♡

でも豊洲文化センター一番前の席というのはアーティストと近すぎてなんだか恥ずかしかった。その反省から息子の「ホンク!」公演の時はやや後ろの席とか、先生達のチケットは最前列しかないでしょうなどと、すごく参考になった。でもやはり真ん中あたりが舞台全体を眺められていい席といえるかもしれない。でもプレイヤーに顔をよくみてもらうとか「来ましたよ」というアピールなら前の方、一番前ならナイス、そして後ろの方は観客の空気や温度もわかって小屋全体を楽しめる席ということで、マニアが好む席だそう。私も息子のミュージカルは毎回手伝い&後方で観覧という日々だったが、最後方の席が一番楽しめたと思う。

会場がスケルトンになってる!後ろにレインボーブリッジがみえる

今日は三勇士さんと三勇士さんのお友達コバーンさんに「来ましたよ」アピールをしたいと考えて最前列から一列後ろの席にした。舞台正面やや左側の席で、三勇士さんの手元はみえなかったが、弾いている時の様子や表情がしっかりみえて、すごくいい席!コバーンさんもやや左手の方で演奏してみえて、時々三勇士さんがかぶって見えなくなったが、ほとんどはお二人の演奏を真近で楽しめてしまった。

曲目はお二人の故郷ハンガーリーのものが多かった。まるっと同級生ということで、音楽学校の時なのかと思ったが、三勇士さんのトークによると、音楽には全く関係ない、普通の高校生の時の同級生だそう、その後二人ともそれぞれ音楽の道に進み、日本で音楽家として再会したと話してみえた。そんなに二人で練習はしなかった、と言ってみえたが、息がピッタリ。コバーンさんはやや日本語が苦手のようで時々三勇士さんが通訳されるが、それでも堂々と色々話してみえて、今息子と習っている英語も時々詰まってわからなくなるが、何かあったら堂々と話せばいいのだと思った。

曲目は以下の通り。

一部
ロッシーニ:ラ・ダンツァ
ショパン:夜想曲第2番
シューマン:幻想小曲集
リスト:コンソレーション第3番(ピアノソロ)
リスト:ラ・カンパネラ(ピアノソロ)
リスト:ハンガリー狂想曲第2番(ピアノソロ)
二部
マスネ:タイスの瞑想曲
チャイコフスキー:くるみ割り人形より
バルトーク:ルーマニア民族舞曲
ブラームス=コハーン:ハンガリー舞曲第1.5.6
コハーン:ハンガリアンファンタジー

金子三勇士さんのコンサートで必ず演奏されるリストのラ・カンパネラ。これ、藤子ヘミングの十八番としてご存知方も多いのではないだろうか。一時テレビをつければ藤子ヘミングさんがうつっているという時代があり、私も同様に藤子ヘミング=ラ・カンパネラと覚えてしまった。

なぜ金子三勇士さんがこの曲をよく演奏されるのか不思議だったが、つい先日お邪魔した東京オペラシティのでデビュー5周年記念コンサートで謎がとけた。金子三勇士さんは11歳でハンガリー国立リスト音楽院大学に入学されている。リストといえばラ・カンパネラということらしい。リストは他にも曲があるが、私たちに馴染みのある曲を演奏してくれるのではないか。

金子三勇士さんは本当に優しい。聴く人演奏する人そしてスタッフを気遣い、その場の空気を一緒に創り上げるような演奏、ステージを心がけているのではないか。何度もクラシック音楽のコンサートには出かけることがある。赤坂サントリーホールなどかなり本格的なものからサロンみたいな小さな場所のものまで様々なところに出掛けていった。でも金子三勇士さんのコンサートほど客席と一体化するものはなかったように思う。なんていうか、クラシック音楽というのは今までの私にとって、かなり一方的なものだという印象だった。もちろん素晴らしいのものばかりだったが、その素晴らしいものを拝聴するというスタンスだった。でも三勇士さんのコンサートは、ステージを一緒に創る、双方楽しむ、こちらの意志も反映されているような気がする。そのせいか、途中で退屈してしまうということが一度もない。最後までぎっしりと楽しいひと時だった。

ハンガリーの曲というと、どこか遠い国の音楽のように思うが、どれもこれも聴いてみればいつかどこかで聞いたことのある曲ばかり。ハンガリーの名曲がいつのまにかこんなに浸透していたのだと感じた。その中のひとつ、ハンガリー狂詩曲は、アニメ『トムとジェリー』の中に出てきたものだ。家族でこのアニメをみたこと、昔懐かしい原風景、「お父さんお母さん今頃何しているかなあ」なんて考えてしまった。クラシックというと畏まったイメージがあるか、こんな風に私たちの生活に浸透しているものだ。クラシックは古典が多いので、それこそ世代を超えて楽しめる。小さな頃に聞いた曲をこんな風に大人になって楽しめるなんてものはなかなかないのではないだろうか。東京オペラシティのコンサートで、小さな子どもも入場できるようにと、三階席全部子どもも入場可な「三勇士シート」なるものを作って下さったのは、こういうものも理由だろう。小さな頃に聴いた音楽は絶対忘れない、それがクラシックコンサートで聴いたものだとしたら、生涯の素敵な思い出になるだろうと。息子を連れて行ったが、本当は娘を連れて行きたかった。娘はもうこういう場所ではちゃんと静かに、しかもちょっと気取って座っていられる。息子はちょろちょろと落ち着きがなく、途中で一緒にいったお友達とロビーで待ってるなどと言い出す始末。それでも一緒に出掛けた思い出はきっと残っていると思いたい。

今回お邪魔した豊洲シビックセンターの大ホールは、いつもと違って舞台は入り口以外は全てガラス張りのスケルトンになっていて驚いた。なんだか空に浮かぶ宇宙船の中みたい。三勇士さんコハーンさんの演奏のバックにはレインボーブリッジが輝いている。私は東京に住んで、こんな素敵なコンサートを楽しみ、しかも演奏している素敵な音楽家は知り合いのご子息。「ちょっと私どんなセレブなの」と勘違いしてしまいそうな気がした。一緒に付き合ってくれたご近所のお友達もクラシックが大好きだそうで、とても喜んで下さった。

舞台がギザギザにガラス張りになっているところをみて、息子が参加した「みんなのミュージカルホンク!」の舞台担当をしたことを思い出した。あの時はガラスの後ろも壁があり、舞台との間には分厚いカーテン(緞帳)がかかり、ガラスとカーテンの間をすり抜けて、俳優の早着替えを手伝った。衣装係の可愛らしい女性とふたり、忍者のように袖から反対側の袖に渡り、袖に下がって来た女の子の着替えを手伝い新しい衣装で送り出す。失敗したらどうしようとか、舞台の真後ろからカーテンの隙間からみる観客席はエキサイティングで胸がドキドキしたっけ。

素敵な音楽を聴いている間、幸せで楽しかった思い出ばかりが浮かび、α波が全開だった。そして自分の命の炎が静かに燃えているのがはっきりわかる気がした。風も雨も降らない静かで温かい場所で、密やかに周りを照らしながらきらめいている。私の命はこんなにも輝いて燃えていのだと気付いた。幸せだなと感じた。

副題が「自分史上最高の美人になる方法」とある。この本とのファーストコンタクトは、有楽町マルイのスターバックスTSUTAYAだった。平積みにしてあったこの本に目が釘付けになり、まさに二度見してしまった。美しいブルーと可愛らしいものでデコレーションされた装丁、それから帯に書いてある副題というかキャッチコピーの秀逸さ。帯の女性に全然見覚えはない、でもついつい手にとってしまった。何もかもが私の好みにピッタリで素通りできなかった一冊と言える。



作者は今やすっかり有名になってしまわれたビューティーコンサルタント神崎恵さん。この本が発売されたのが2013年1月とある。もう3年も前になるのかとシミジミ、ううん、そろそろ4年になるだろう。この4年間に私自身も色々あったなとまたシミジミ。違う、シミジミする本ではない、気持ちまでうるちゅるんと浮き立つジューシィな美容本だ。今ではすっかり神崎恵ファンになってしまった私の「読む美容液」ともなっている。なんとなく疲れたナーと思う時もパラパラ、何もかも嫌だもうーなどと気持ちがささくれてもパラパラ。この本をパラパラすると心がじゅわんと潤う。 


神崎恵さん、かなりハイスピードで同じような本を何冊も出版されているが、この本が神崎さんの出世作というか最高傑作だと思う。外見だけでない内容も美人のエッセンスがぎゅっと詰め込まれたトキメキキラメキBOX☆あちらこちらに挿る写真もloveryでcuteでどこから読んでも神崎ワールドがさく裂している。見てよし読んでよし愛でてよしの世にも美しき愛眼BOOK。あまりに好き過ぎて3冊買ってしまった。

一冊は保存版、もう一冊は読みこむ用。でも読みこむ用をAmazonのマーケットプレイスで買ったらなんと帯がついていない!この本帯がついていないと台無しというか、価値が半減すると思う。もう一度言うが「自分史上最高の美人になる」というキャッチコピーと神崎さんの横顔、これがあるかないかで全然違う本になってしまう。もちろん内容は全く変わらないのだがプラシーボとでもいうのか、ともかく帯のついていないものが届いてしまいがっかりしていたところ、豊洲ビバホームのくまざわ書店で見かけたのでちゃんと帯のついているものをもう一冊買った。この頃この本は増刷されておらず、Amazonでも販売されていなかったので見かけた時は嬉しくてつい。そして3冊のうち一冊は今は娘の本棚にある。もうこんな本に興味があるなんて、幼気なお多福ちゃんが二度見される美人になるだろうか。

そういう訳で今は廉価な文庫版も販売されているが、この本は必ず帯のついたソフトカバーのものを購入して欲しい。私が二度見される美人になったかどうかは置いておいて「女装する」という意識や装う時の意識はかなり向上したように思う。お化粧するのが楽しいというのか、洋服も結構ラブリーなものに挑戦するようになった気がする。時々「あ、境界線超えたかも」と、自分の年齢を思い出してハッとすることもあるが、まあ次から気を付けようとか、娘がいるので「これ可愛いでしょう」などとお下がりしたりできるので無問題。


帯がついている方が良くない?

などなど新刊やネットニュースをチェックしたりしていたところ、最近ご結婚されて赤ちゃんが生まれたそうで驚いた。こんなお忙しい身で結婚出産??しかももともとお子さんがお二人!!美容家として乗っているところに出産とは本当にびっくり。更に驚くことに益々綺麗になられてご主人ともラブラブで育児をすごく楽しんでみえてお仕事も一層バリバリされているのでびっくりに超をつけたくなる。神崎さんはじめ世の中の一流と言われる方々をみていると、神様が特別に一日36時間くらい与えているのではと思ってしまう。そんな事はない、彼女達だって時間は私と同じだけしかないはず。なのになのに。

神崎恵さん大好き。好き過ぎて彼女のアイテムをこっそり買ったりしている。高価なそれら、なかなか専業主婦の身で所持することは困難だが時々奇跡が起こってあっさり掌中にしたりできるミラクル。例えばmade in FranceのSANTI。可愛い欲しいとずっと思い詰めていたら、なんととあるファミリーセールですごくお買い得になっているのをみつけてしまった。こんなところにSANTI?と驚いたが、もっと驚いたのはSANTIを誰も知らないのかお買い得バッグなどと一緒に廉価で商品の山に埋もれていた。慌てて掘り起こして3つ全部買った。


※ひとつは地元の大親友にプレゼントした

それから神崎さんがすっごく愛用しているcherのストール。特にヒョウ柄がお気に入りみたいであちらこちらの媒体に登場させている。肌触りが良さそうで「ひとつ持って出ると夏でも冬でも私をくるんで守ってくれる」などと書いてあり、いいなーと頭の片隅の「欲しいものリスト」に記憶していた。これもとあるリサイクルショップで発見!タグや状態を確認するとプライスカードに「新古品」と書いてある。なんというラッキー☆神崎さんを追っていると小さくても確かなラッキーがいくつも起こる気がする。 村上春樹的に言うと小確幸となる。 


肌触りもよくてピッタリ決まる感じがGOOD

本の内容については割愛。一度お手にとってみてください。それでもあえてひとつ紹介するならば「お肌の綺麗のためにはピーリングと保湿」をあげたい。理由を読んでみればなるほど納得、だたのキラキラ本ではなく根拠のしっかりした美への訓えの数々、これ全部出来たらなるほど絶対美人になるだろうなと感心してしまうものばかり。

私は美人が大好き。綺麗な女性に意地悪されたことって今まで経験したことがない。というのは逆に偏見かもしれないけれど、綺麗でい続けるためにはそれはそれで色々な障害がある訳で、一番はそうじゃない人からの「嫉妬」なんじゃないかと思う。綺麗にして出かければ、一体どこに行くのとか誰と会うのとかそれよりも「子どももいていい年して何色気ついているのよ」と思われるだろう。これは妄想ではなく実体験でそう考えざるを得ない事が結婚出産してからも色々あった。

「ママ友」や「ボスママ」を観察し続けて約10年。本当に綺麗な人はボスママにはならない、たいがい容姿に不自由しているボスママのすぐ近くにそっと存在する。やっぱり誰しも綺麗な人が好きなのだ。私がボスママ軍団にイジメられたのは美しさが足りなかったのだろうか、それともイジメをものともしない強い心を持っていなかったせいなのだろうか。多分両方。この本に出会ってから、髪と爪を伸ばそうと思いながら未だにどちらも叶っていないのが私の意思の弱さを物語ってはいないだろうか。ちょっとの努力で綺麗になれるし課題だってバリバリできるし小説も版画も色々出来るのに。そういえば美人従妹もいつの間にかスキルを身に着けバリバリと働き趣味もすぐにプロ級になってしまう。美人は一日にしてならず、そして働き者でなければ綺麗にはなれないと悟った。

それはともかく、化粧品や美容本に出てくる「うるん」とか「ちゅるん」とか「じゅわん」とか、そして「ほんのりと毒」「自分史上」なんて素敵で可愛いらしい言葉の数々は、神崎恵さんが使い出して世の中に溢れるようになった。考えたのも神崎さんだろう。この本のタイトルも秀逸過ぎるせいであちらこちらでパクられていて、如何に神崎さんの時代を読む目が確かなのかという証明にもなると思う。綺麗なだけじゃなく独創性もあり先進的でしかも基本はぎゅっと押さえているのがスゴイ、しかも美人で頭がよくてセンスもよくて最高。これからもますます目が離せない美の賢人。綺麗なお姉さんは好きですか?はい好きです。2017年の手帳は神崎手帳にしてしまおうかしらん。うるちゅわん♡

美のミューズ神崎恵さんのブログはこちら   


自信満々だとか鋼のメンタルなどと言われることもあるが、私は常にその真逆の人間でいつもいつも何かに迷っている。迷っている間も手を動かすとか作品を創ればいいのだか、悩んでいる時は何もかもが停止してしまうのが私の悪い癖というか誰しもそんなものではないかという安易な解釈で、時間を無駄にする言い訳にしたりしてしまう。思えば武蔵美でもそうだった。せっかく入学した美術大学、でも家でファイン系は出来ないと決めつけて課題の制作が全くすすまなかった。それでもA4サイズの多色版画だとか、デッサンなどはなんとかやったりした。でもちびっ子ギャングの襲撃にイライラしつつ頑張る勇気はとてもなくて、版画がダメなら油彩か日本画に転向しようと考えたりもした。そこで家の中で一番小さな部屋を自分の部屋としてキープし、ここで100号の絵を描いて卒業制作をしようとか日本画は絵の具代が馬鹿にならないから油彩にしよう、でもオイルの匂いで家族やご近所からクレームが来たらどうしようと、始める前からああでもないこうでもないと色々な想いが浮かんでは消えた。そんな風に悩んだり休学したりでちっとも二年生から三年生に進級できなかった。単位も足りないが気合も全然不足していた。もうファイン系は絶対無理とわかるまで6年かかった。そこで単位を持って転校したのが今の大学だった。紙と鉛筆だけで出来る課題はサクサクと進んだ。大学とコースを変更して良かったとホッとしたのもつかの間、やっぱり武蔵美で頑張れば良かったと思う私がいる。今の大学に行きたくないとか卒業制作でも悩んでいる。今の10万字を半分もしくは既定の3万2千字に。どうしたらいいのだろう。面接授業受けたのが8月末、そこから一ミリもやっていない。頭の片隅で悩んだまま時が過ぎてしまった。

そんなところに一枚の葉書が届いた。みると版画友達のNさんからの個展のお知らせだった。以前も版画の展覧会にお邪魔したことがあり、今度は個展。すごくパワフルに版画に突き進んだ結果だろう。色々思うところもあり、久しぶりにお会いしてパワーを分けて頂きたいとお邪魔した。場所は銀座の「巷房・2」とある、確か武蔵美版画コース主任の先生が個展をされた場所だと思い出した。同じところで個展なんてすごい!聞けば先生の推薦で開催されたそう、人徳のあるNさんらしい。12時オープンだそうで、その前にチラッとパンケーキでお茶をして、そこから画廊にお邪魔した。趣と雰囲気のある素敵な建物、昔表参道にあった同潤会アパートのよう。銀座も一本裏道に入るとシックな雰囲気になり、知る人ぞ知るという佇まいにうっとりしてしまった。

作品は大きなものから小さなものまで約10点ほど。Nさんの作品は水に浮かべた花がいつもテーマになっていて、どれもこれも揺らぐ透明感たっぷり、しかも暖かい色使いがオリジナリティに溢れていた。



版画だけでなくパステル画も2点あった。あまりに素敵なのでジクレーで複製を販売したらと提案すると、心を動かされたよう。ジクレーについて色々勝手なレクチャーをしていると、来客の中にジクレーに詳しい方が現れて早速情報収集をしてみえた。たった今思いついたアイデアが、あっという間に形になってしまった。人徳とか人望ってこういう事なのだなと感心してしまった。そしてこのスピード感。その後もどんどん人が集まり、Nさんは接客にてんやわんやだが旧知の方々のようでとても楽しそう。




そのタイミングで失礼し、色々みたいものもあり銀座四丁目界隈で買い物をすることにした。それにしても私ときたら、ああでもないこうでもないと考えるばかりで全く何も遂げられていない。しかもまたストップしている。それでも「ストレートで卒業だけはしよう」と決めていて、去年のようなペースが戻れば単位もとれるだろう。卒業制作を長編にしてそれをどこかに出してみようなどという目論見や煩悩などはツルッとどこかにいってしまった。それどころかまたファイン系やりたいなどと思っていたりする。こうしてブログを書いたりしているが、もう文字で世界観を創るのに飽きたのかもしれない。Nさんはいつも才能があると言ってくれるが、それがどんなものか私にはちっともわからない。「こんなおっとりした雰囲気で、書くものは全然違うから面白い」と言われて笑ってしまった。確かにそうかも。でもNさんは人柄と作品が見事にマッチしていてどこから見てもご本人の作品だといっていい。作家で一番大切なのはオリジナリティだと思う。観て読んで、作品が誰かに似ていると思われたらダメな訳で、それを言えばNさんは大成功、私も独創という点においては他にないものばかりだろうと思う。でもなんていうか、もっと違う方向に行きたいのに道が見えないという感じ。「もっと大きなものを書きなさいよ」と言ってくれるがそれは一体なんだろう。文字数を増やせばいいという訳でもないだろう。


木には柘榴が実っていた、雰囲気ある建物

小さな体に満々とエネルギーを蓄え、素直に放出出来るNさんがとても羨ましいと感じた。私も子育て終わったらこういう人になりたい。元気で明るくて素敵なNさんの作品と笑顔に癒された。

銀座に来たついでにメガネと来年の手帳と息子のバースディカードを探すことにした。でもメガネは気にいったのがなく、手帳もそう。辛うじて息子のカードだけはいいのがあった。私は息子の誕生日には、音の出るバースディカードを送ることにしている。宇宙人だったり怪獣だったりが「お誕生日おめでとう」と歌う。今年は迷って飛行機のカードにした。


ITOYAのカードコーナー

航空機のアナウンスの後にバースディソングが流れる、ただそれだけのものだか結構な値段がする。でも息子が毎年楽しみにしているようで「今年のカードはなんだろう」などと予想したりしている。今年もいいのが見つかり満足。でもメガネと手帳は。東京銀座といえば、大袈裟に言えばショッパー達の憧れの街なのではないだろうか。そんなところで気にいったものがないなんて、我ながらどうなのよと思う。Nさんだったらあっという間に気に行ったものをみつけて、心から満足して自分のものにするだろう。多分というか私は気難しい人なのだと思う。それが作風などにいい影響が出ればいいが、その辺りは一向にそういう気配はない。それどころか色々な事が気になり逆に着手の段階で障害になっていたりする。はー困った。

大作を次々と仕上げ同じように素敵なアーティストに囲まれているNさんのように、私も素敵で大きな作品を創りたいと思った。Nさんの個展は9月24日土曜日までこちらで開催中。武蔵美通信にも掲載されていた。「ブログに載せていい?」と聞いたら「いいわよお!宣伝してね」などと言ってくれたのでリンクを貼ってみる。私もいつか個展やりたい!本当に素敵な世界観の中で、私も色々頑張ろうとか、立ち止まる事も大切だがいつまでもいつまでも止まったままでいるのはとりあえず止めようと思った。

鬱々としていても仕方ないので、アドラー心理学の師匠の勉強会にお邪魔してきた。先月息子のミュージカルや夏休みのドタバタ、おまけにその後の夏バテでダウンしたりと、自分勝手に台風を巻き起こしておいてそれに翻弄されたという事で色々滞ったもののうち、師匠とのアポがあった。本当にこんなで子弟といえないと反省しつつ師匠の教室へ。以前にも書いたが師匠の教室兼ご自宅は三鷹にあり、太宰の身投げした場所の近くにあり、その記念碑の隣を通って行くことになる。今回は午後からということだが、会場が変わり、またしても太宰のお墓の近くになった。もうこの時期絶対私に墓参りさせるつもりなのではと、ちょっとブルーになりながら教室へ。師匠にお詫びをしつつ四方山話から最近のアドラー心理学の傾向や学会の話し、そこから新しいプロジェクトが始まる話などなど、相変わらずパワフルな白熱教室に少々面食らいながらもいつもの通りメモを必死に取るうちに、なんだか鬱々とした気持ちが治まってきたように思った。

持ち寄りのおやつ。

そんな私の気持ちを見透かすように、不登校の話や、カウンセリングとセラピーの違い、そこからカウンセリングのトレーニングなど。今日は私含めて四人が集まったが、いざとなると何も言葉が出てこないのは共通している。私だけじゃないと思いつつ、師匠がさっと答えを出すと、それまでああでもないこうでもない、その聞き方はデリケートなクライアントはダメなどと相互にすったもんだしている議論がさあっっと解決する。もう年季が違うというか、私たちが全然勉強不足なのだと感じた。どの方も資料や分厚い教科書に付箋がいくつもついて、本もいい感じにくたびれてはいるが、頭の中に入っていないし全然身についていない。もちろん私もそうで、「アドラー心理学は」などと語るには100年早いのだと痛感した。私も含め、全員勉強不足。例題に自分の家庭内の話をチラッとされた方は先生から「全然ダメ」と厳しい指導が。

実は私も二年くらい前か三年前だったか同じくらいの時期に、自分の家庭内の話をトレーニングの事例に出してけちょんけちょんに言われた事がある。師匠としてみれば、例題なのでクライアントの問題点を洗い出して解決に向かわせるというただのシュミレーションだったのだが、もう落ち込んで涙目になったものだった。なので今回涙目になりそうだった方に、「そんなの全然大丈夫、うちなんてもっとひどいわよ」と言ってあげたかったがそれは禁止事項。相手の話だけを聞くというのはなかなかに難しいものだと思う。代わりに他の参加者の方からは「どうしたのそんな考え方違うよ」なんて意見も出て、事例に対してはどう対応したらいいのか皆私含めわかっているのだ。でも実際自分の事になると全然対応できないのだ。アドラー心理学は座学ではなく「実践が全て」師匠が今回は何度も言っていた。いつも言われているかもしれないが、その時その時に必要が言葉が胸に響くのかもしれない。「実践かあ、難しいですね」なんて本音が出てしまう。

とはいえこんな風にリアルなシーンで人と話していると、いつまで相手の話を聞き続ければいいんだろうとか、ちょっと重くなってきたからもう止めてくれないかなとか思うことがある。それは自分も相手にとってそうじゃないかと思う時もあり、間違いなく心理学を学んで自分を知った部分もあると思う。でも「実践」はなかなか出来ない。頭ではわかっているが、気持ちがNOを言う。まあそういう時は「仕方ないですね」ということになる。 

そんなこんなで一旦縁が切れたと思った師匠とまた繋がった不思議、それはひとえに相手の懐の深さだと思うが、いつもいつも自分の都合のいい時に頼って勝手に慕ってなんとまあ自分本位な人だと思う。ご迷惑をおかけしないように気を付けようと改めて思った。そう思ったところにしばらく大学の単位のために心理学はお休みしたい、卒論のアドラーの監修も必要なくなったことなどお話した。「あらまあ大学行っていたんですか」なんて今聞いたみたいに言われるので「先生、あの、私何度も言っていますけど」と言って笑う。つい先々月卒論をみて頂いたばかりなのに。同じように私の失敗もさらーと忘れてくれているのかなとチラと思った。師匠は最近酵素を飲みだしたと言ってますます輝いてみえた。39種類の酵素ってどんなだろう。ともかく「酵素」がイイみたいで、色々自分なりに取り入れてみたい。

勉強会のメンバーと駅で別れる頃にはすっかり日も傾いていた。勉強会で頂いた各持参のおやつがたくさん残っている。これを太宰のお墓にお供えしようかしらと思っていたが、ビルを出たところであっという間に蚊に刺されてしまった。秋口の蚊は結構厄介なのが多いのか、みるみるうちに赤く腫れあがり、痒みがつーんと襲ってきた。手の甲、それにふくらはぎと二の腕。もう、虫に刺されるの大嫌いな私は即刻墓参りは中止にすることにした。藪がぼうぼうしている墓場なんかに行ったら、どれだけ刺されるかわからない。覚えていたらだが、太宰の墓参りには春の桜桃祭とやらの頃にこちらに何か用事があったらすることにしよう。「ごめんね修ちゃん」と思いながら駅の構内を歩いていると、チラシがたくさん刺さったスタンドが目に入る。そのうち太宰の大きなあの写真がプリントしてあるものが目に入った。記念館のお知らせかしらねと読むうちに、とある記事に釘漬けになる。


「ちょっと寄っていきなさいよ」

それは確かに太宰記念館が発行したものだったが、「ガイドボランティア」なる内容が。「3月~11月の第四日曜日に太宰治の足跡ををご案内する「定例ガイドを実施しています」とある。参加費は無料で、午後からの勉強会の前に参加するには丁度良すぎるタイミングで開催されるよう。なんだかとっても面白そう、太宰治苦手だけど、無料ならちょっと参加してみたい気も。そもそも私の三大苦手作家は太宰、三島、村上龍。世の中に名作はたくさんある訳で、これらの文学を避けて通ったからといって何も問題はない筈だが、図らずも文芸コースの授業や課題でいくつか読んだがやはり気持ちが暗ーくなってしまった。陰鬱なものがいつまでも纏わりついているようでしばらくは気持ちも晴れなかった。

話を戻して「太宰治巡り」。そのコースにはしっかりと墓参りも入っていた。もう自分の思い込みだけなのだが、太宰治、一体どれだけ私に墓参りに来て欲しいんだろうと思うのは考えすぎだとわかっているが、なんだかタイミングが良すぎて驚いてしまう。行くか行かないか、その頃になってみないとわからないが、10、11月は課題や仕事の締切に終われて多分そんな余裕はないと思われ。 なので私は多分行かないが、ご興味のある方は是非参加してみられては。太宰太宰というが、太宰のお墓の斜め前には森鴎外の眠る森家の立派なお墓がだだーんと鎮座し、こちらも同時にお参り出来るので訪ねてみられては。

ちなみに森鴎外記念館は生前の住まいがあった文京区にある。なのに何故三鷹にお墓があるのか不思議だったのだが、「墨田区向島の弘福寺に埋葬されたが、関東大震災で寺が全焼し、また隅田公園の拡幅工事範囲に墓地が入ったため、昭和2(1927)年に同じ宗派であった禅林寺に森家の墓地が移された」ということらしい。そしてなぜこんな隣接して二人の文豪の墓がというのは偶然ではなく、太宰が森鴎外を敬愛しており近くに墓をという生前からの希望を、奥さまの美知子さんが叶えたということらしいと、昨年の授業で習った。何と出来た奥様なのだろう、故・津島佑子さんの聡明さもよくわかる気がする。やはり母親がちゃんとしていれば子どもというのはきちんと育つものだとまた思う。色々に反省しつつ、私は私で出来ることからやってきたい。

色々楽しい事あり厳しい訓えありの一日だったが、あれもこれもどれもみんな嫌いという気持ちは全く消えていない。が、もう嫌でイヤなものはもう仕方ない。逆に言うと私は好きな人も好きな事もこれからやりたい事チャレンジしてみたい事もたくさんあるのでそれに引っ張って貰って生きればいいと納得した。関わりたくない色々に煩わされるのは本当に迷惑だし不本意この上ないがそんなの私だけでは決してないし、人生のバイオリズムとかそういうものもあるだろうし、何より運命というのは決まっていると私は信じている。どんなに努力してもダメな時はダメだけれど、いつか何かで役に立ったりいい方向に向いたりするもの、もう周りは気にせず坦々と過ごすのが一番なのだと思う。それは師匠がいつもそうだから。長い付き合いの中で、こういう達観した思想の持ち主である筈なのに、どうしても苦手という人も少なからずいるのだとわかり、余計に親しみが沸いたりもした。師匠だって人間だもの、わたしだって。という事で、思い切って師匠に会いに行って良かった。

春休みに帰省した際に「青春18切符」を利用したところ、色々楽しい出来事があったのでこの夏もこれで旅行をすることにした。何度も言って恐縮だが、私は正月とお盆は帰省しない事にしている。帰省ラッシュで混むし寒いし暑いし何かメリットがあるとは思えない。それに実家はもうお盆の行事は何もしていない、行っても東京と変わらぬ日常が待っているだけ、ならば気候のいい春か秋にゆっくり行楽代わりに行きたいと思っている。これを何度説明しても理解不能なご近所さんがいて、盆正月に顔をあわせると「どうして帰省しないの?」「お父さんが待ってるわよお」などとイチイチ言うので本当に嫌だった。だがこの方はあのボスママと同じ小学校に子どもを通わせた途端、私を無視しだしたのでムッとしたがホッともした。これだけはあのボスママさんにお礼を言いたいくらい言いませんけれども。

今思い出したが、他にもこういうお節介を延々と言い続けるママ友がいて、この人は我が家のそんなに多くもない年収を知ってしまったばかりに「帰省しないダメ親」呼ばわりとセットでネチネチと顔を見る度に「いいわね旦那さんお給料よくて」と交互に言われて神経が衰弱した日々も思い出した。まだ娘がゼロ歳の時で、この先のママ友ライフが見透かせるような出来事だった。子どもが同じ学年だからといって、なんでこんな顔見れば厭味ばかりで人の家にばかり来たがる人と「なぜ仲良しごっこをしないといけないの!」と悩んでいたことも思い出した。この人も全然違う小学校なので今は全然接点がない。なんというか、学区分けとか越境とか色々あり、うまい具合に散り散りバラバラになってくれて、豊洲に住んでいて本当に良かったと思った。

さてこの夏休み、このブログをずっと読んでくれている方々なら「高知へ行くのね」と思ったのではないか。私もずっと虎視眈々と狙っていたし、息子をその気にさせるべく「高知は海水浴できるよ」「川遊びが楽しいらしいよ」などとずっと誘っていたのだが、ちらっとその気になりはするがすぐに「やっぱ俺いいわ」などと言う。逆に何が嫌なのか知りたいくらい。SASUKEの森本くんがいないというだけだろうと思うが、そんなに好きなのかと驚く。そして今年の夏はSASUKEを録画し忘れるという失態も重なり、高知行は暗礁に乗り上げた。そんなところに「ホンクロス」。これはミュージカルホンクの稽古から本番までが色々思い出がありすぎ、終わった途端にどっと気が抜けてしまったという意味。打ち上げをして喋り倒しただけではなかなか元に戻れなかった。

それでもせっかくの夏休み、「今年は家族旅行なし」宣言をした夫はほっておいて、息子だけでもどこかに連れていこうと考えていた。高知がダメなら北海道?わーお、いいじゃない行きたい北海道。それとももう少し近く東北花巻に宮沢賢治所縁の地を訪ねるとかどうだろう。いいじゃない!花巻には武蔵美時代の学友もいて、一度いらっしゃいと言ってくれている。湯治場もあるそうで、そこで温泉に出たり入ったり宮沢賢治、というのは息子は楽しくないだろう。ならば一体。

と悶々としているうちに閃いたのが、長野だった。私は長野が大好き。小説家になり書いた作品がドラマや映画化されて稼げるようになったら、長野にセカンドハウスが欲しいと思っているくらい。出来れば軽井沢、ビルゲイツさんちのお隣などと夢は大きすぎても邪魔にはならない。でも今はもう少し静かで大らかな場所がいいと思っている。そうよ、長野よ、距離的にも季節的にもいい感じ。長野は昼間、東京と同じく気温は高いのだが、体感温度はぐっと低いはず。善光寺でホンク成功のお礼参りと新たな野望祈願、それから最近具合があまりよくないという叔父のお見舞いにも。新幹線だと1時間足らずなのだが、青春18切符だとどのくらいかかるだろう。それにもう色々でくたくたで、聖地で心を落ち着かせたいとも思った。

例の如く例によって「何処どこに何時いつまでに」という申告も何もせずに「明日朝5時に出るから」とだけ告げて息子と就寝。だがこれもいつもの如く、息子だけ連れていってもらえるという娘の嫉妬と何も教えて貰えない不満を抱えた夫の嫌がらせで、夜中までドタバタドタバタ大騒ぎ&夫の「勉強しろ」の怒声。息子までも興奮して寝られず、やっと静かになったのは夜中の1時過ぎだった。そこから4時半に起き出し出発。眠くてぐずっている息子を連れて豊洲駅へ。地下鉄を降りたところでAM5時32分。予定では5時33分に乗るつもりだったのだが、まあ地下鉄はたくさんあるしと次のに乗った。有楽町駅下車で山の手線に乗り換え東京駅へ。

ちなみに夫に申告しないのは、色々気が変わってスケジュール変更したり行き先を変えたりすると夫にdisられるからで、旅行ぐらい自由にしたいのだ。もう少し息子が大きくなったら、それこそ北海道のなんとか岬とか、周遊とか色々してみたい。それよりいつまで一緒に付き合ってくれるだろうか。日頃の行いをちゃんとしないと、などと思う。

そんな息子がお腹空いたというので、東京駅の駅弁のお店「祭」に立ち寄る。ここは日本全国の人気駅弁が揃っている大きな駅弁専門店で、よくテレビでも紹介されている。壁一面のお弁当のディスプレイは、眺めているだけでも楽しい。それにしても朝早いというのにレジは長蛇の列、しかも息子は富山の「ますの寿司」が食べたいという。うーんこの丸い大きな容器を抱えて、しかもお寿司を中央線で食べるのは無理だろう。


※ディスプレィもGOOD!東京駅にお越しの際は是非♡


駅弁自体「前のぺしゃーんとした列車」以外で食べるのは無理と気付く。駅弁を諦めて中央線で終点「高尾駅」まで約1時間移動。MAXお腹が空いたと愚図った息子は、高尾駅にあるベーカリーのイートインで「甘口カレーパン」をふたつも食べていた。この「お腹が空いたのに何も食べるものがない」という状況は、青春18切符の醍醐味ではないか。今の食べものが溢れている時代に、貴重な体験だ。私は隣の店ドトールで珈琲とミニサンドのパックを買って電車に乗り込む。高尾過ぎたら小淵沢までJR中央本線、東京を離れれば列車内ものどかで対面席や、小さく囲ってある二人用の席などがある。ちょっぴり虫養いするにはいい感じ。息子はお腹がいっぱいになりタイミングよく寝てしまった。私は外の景色や息子の寝顔を見ながらコーヒーを楽しむ、ああ最高。

ここまで交通費計算。
地下鉄:豊洲ー有楽町200円
JR:有楽町ー小諸4,750円
しなの鉄道:小諸ー上田400円
ここの4,750円が青春18切符なので、11,550円÷5=2,310円で済んだことになる。だが小学生の息子はそもそも半額な訳で2,375円。65円しか得していないことに。でも「青春18切符は一日下車し放題どこでも行ける夢の切符」と言ってあるので高尾下車出来たからよしとしよう。あまりお得感はないが、青春18切符を使ったという事に意味があり、しかも「お金使わないでよもう今月銀行から下ろさないで」と煩い夫にもいい示しになる。ほら、ちゃんと節約してますよという。嫌な夫婦関係だわ。

その青春18切符を有楽町駅で買おうとしたら、息子が「ねえママ、あのう、前のぺちゃーんとしたやつなんかには乗らないの?」と聞いてきた。「前のぺちゃーんとしたやつ」というのは、新幹線のことなのですね。息子は遠慮しいしい新幹線でさあっと行けば早いし楽しいし「俺嬉しい」と言いたかったのでしょう。それをこんな風にもじもじと比喩しながら申告するなんて、なんて可愛いの もう~胸がギュッとしてしまった。ちなみに新幹線だと上田駅までは自由席で6,150円。そこから考えると3,840円お得なことになるが、時間は役5倍かかることを考えるとTime is Money的にはどうなの。やはり青春18切符使うなら高知に行くべきだったのでは、という考えがまた頭を過ってしまった。

 

「姨捨(おばすて)」駅から。日本三大車窓のひとつだそうです

そんなこんなで高尾から甲府到着。ここから小淵沢、そこからJR小海線で小諸、しなの鉄道で上田着。なんだかんだ7時間半もかかってしまった。駅には従妹が迎えに来てくれていた。聞けばちょうど息子さんも東京から帰省する日で、時間も2時だったとそう。全く打ち合わせもしていないのに偶然に驚いた。折しも信州上田駅は『真田丸』ブームで沸いており、どこを見ても六文銭一色。真田の街なんだわと嬉しくなったが今年は大河観ていないせいでイマイチぴんと来なかった。くーっこんな事ならちゃんと観ておけばよかったが、夫とDVDを共有しているせいで、もう観たのかとかまだ観てないのに消さないでとか色々言われるのが嫌で観なかったのだ。

 
六文銭は真田の印。かっこいい!

息子さんと共に車に乗せてもらい、親戚の家へ。これも偶然なのだが、今日お墓参りに行く日で同行させて貰うことに。お盆にお墓参りが出来て満足。従妹の家は大きなカラオケルームまである大邸宅で、息子は図々しくもカラオケで歌い息子さんのドラムセットを叩いたりでご満悦。もうひとりの従妹家族も一緒に夕飯を食べしばしお喋り。よそのお宅なので写真や詳しく書くのは避けるが「田舎だから建った」などと謙遜するが、可愛らしくゴージャスな従妹にピッタリの素敵なお屋敷。玄関は吹き抜けで大きくて豪華なシャンデリアが二つも煌めいているし、なんていうか、もう家とか邸宅というより「城」なのでは♡

私はこの従妹が大好き♡♡いつも綺麗で可愛らしく、その日は白いレースのワンピースを着ていたが、流れる落ちる栗毛と漆黒の瞳に相まってお人形さんのよう。どこから見ても嫋やかでいつも笑顔で声も可愛いくて最高に美人なお姉さん。なのにバリバリのキャリアウーマンで子ども達をバーンと養っているという松田聖子ちゃんなのであった。従妹は濱崎あゆみが好きみたいだけれど。趣味も女らしいフラワーアレンジメントとジェルネイル、趣味というかこちらもプロで、あちらこちらで講師として引く手あまた。でもこちらは本業が忙しくてなかなか出来ないのだそう。 さっすが♡♡ せんべろ.netの好きな私と大違い。彼女はお酒が飲めない。これもまたいい感じ。

彼女をみるといつもいつも思う。「私、外も中もこのままじゃいけないわ」と。もうおっさんは卒業して、私も丸ごと綺麗なお姉さん目指したい!なので帰って速攻白いレースのスカートを買ってみた。GUで黒を買ってホンクの受付や会場案内で重宝したのだが、白もやっぱり。何処に着て行こうじゃなく、日常的にこういう服を着ないとダメなのだとわかった。従兄は私たちを駅に迎えに来て墓参りをし、息子のカラオケに付き合うだけの日でもフル装備だった。起きたら女性らしく装う、それが女性なのだと感じた。どこかに出掛ける時だけ女装する私と大違い。もっと人生色々考えようとも思った。 

翌朝は叔母さんの美味しい朝ごはん。従姉妹の家は私の母の実家にあたり、小学校の頃夏休みといえば図々しくも毎年一週間くらいお邪魔していた。従妹たちと私たち姉妹、山へ川へあちらこちら連れて行ってもらい、時には自然の蛍を見にいったり。大きな空とどこまで行っても自然ばかりという風景は、大人になってもずっと目に焼き付いているくらい幸せな風景。幼い私たちは何も疑問にも思わずそれらを享受していた。本当に贅沢な時間だった。自分の実家ではないのでそんなにしょっちゅうお邪魔するという訳にはいかないが、従妹は「いつでも来てね」と声をかけてくれる。


何もつけなくても味の濃い美味っしい野菜。野菜ってこうでないととシミジミ思う。

話を戻して叔母の朝ごはん。味噌も梅も自家製で、本当に何もかも驚く程美味しい。特に梅は小粒でカリカリしていて、よく「カリカリ梅」などと売っているのを買ったりするが、この叔母の着けた梅に適うものに出会ったことがないくらい美味しい。今回も無理を言ってちょっと分けてもらってきたがまだしまってある。出したら娘があっという間に全部食べてしまうだろう。そのくらい美味しいので、小分けにしてちらっちらっと出すことにしている。そしてついに漬け方の秘密を聞いてきたので来年小梅の時期になったら自分でもやってみようと思う。今年挑戦してみたのだが、やっぱりゆるゆるに身が崩れてしまってがっかりしていたのだ。来年こそ!

息子は息子で叔父が畑に出掛けるのについていき、色々な収穫を楽しんだ模様。ちょっと遅めだがブルーベリーがまだなっていたと喜んでいた。食用ほおずきなども食べて満足そう。叔父の畑は季節の野菜、くだものの他、自家用のかりん、くるみ、りんご、栗の木など、他にも水田などあり、自然のめぐみがぎっしり詰まっている。身体の具合がよくないといいつつ、叔父は毎日ここに様子をみに通うのだそう。農業が好きというより、もう体に染み付いているのだと思う。私が独身の頃はこの畑の横にある山に連れて行ってもらって、栗茸というのを取りにいった。薄茶色の傘の大きなしめじという感じのキノコで、ちょっと干してから炊き込みご飯にすると美味しいのだと言って、ご馳走してくれたっけ。あーなんという素晴らしい楽しい思い出。「イノシシが来て食べちゃうんだ」というのでみると、あちらこちらに大きな穴が空いていたっけ。そういえば今回は近所に熊がでたなんて情報も入ったりした。自然と共生するというのは魅力的だが、大変なことなのだなと感じた。


 

この奥の山で栗茸が採れた

朝ごはんを頂いてお礼を述べて一路善光寺へ。これも偶然なのだが、長野駅で友達を拾うという従妹の息子さんに車で送って貰った。待ち合わせの時間もピッタリで、またまた偶然に驚く。こういうのって誰かが繋げてくれるのだろうと思う、それは多分私たちの祖父母なのではないだろうか。折しもお盆の季節。感謝しつつ、従妹の息子さんと別れて友達と待ち合わせ。今度は3人で善光寺を目指す。

待ち合わせたところでお気に入りのビュッフェランチのお店に。「一粒万平」という信州の自然が山盛りのお店で、聞けばきのこの栽培をしている会社のアンテナショップなのだそう。お腹がいっぱいといいつつ、山盛りの野菜やきのこ料理、特に舞茸などの天婦羅が美味し過ぎていつもの如く食べ過ぎてしまった。食べた後はコーヒーとデザートでほっこり。この日のデザートにはとトマトのゼリーという摩訶不思議なものがあった。食べてみれば納得、トマトのゼリー、これがレモン風味になっていて全然野菜臭くない、というかちゃんとデザートで美味しい。










デザートを食べているとまた出来立ての天婦羅が|д゚)ということでややエンドレス的に食べ過ぎてしまった。でも前に来た時は信州そばが必ずあったように思うのだが気のせいだろうか。でもまあお蕎麦は夜にでも食べればよいと店を後にした。大人1,350円子ども650円。大満足。 


時季外れのツバメが!かわいい😍



参道にはこんな趣きのある旅館も


という訳でお腹も満たされたところで、落ち着いて善光寺まで歩く。でもどうして急に善光寺なのだろうと考えて、色々理由はあるがやっぱり何か呼ばれたのかなと感じた。私の人生の岐路にはいつも善光寺参りがあった。最初は仕事の出張で長野駅周辺の企業にLANの設定をしに来たのが始まりだった。そこで「善光寺お参りしてくるといいよ」と聞いて、ふらっと立ち寄ったのが最初だった。その頃こうしたLANやマシンの設定などの仕事などはあったが、私の希望する職種にはなかなか就けなくて悩んでいた。藁にもすがる想いで祈念したところ、なんと翌日には願いが叶ってしまった。「何をお願いしたの?」とクライアントに聞かれたので「これこれこんな仕事に就きたいと願掛けした」というと、「ああ、あるよ。やってみる?」と。もうびっくりした。その仕事は願ったりかなったりというか、希望をぐーんと飛び越えたような環境もポジションも十分過ぎるもので、その後のMicrosoftへの布石にもなった。

「善光寺すごい」 そこから私の善光寺詣では始まった。今あちらこちらでパワースポットだのなんだの神社仏閣参りが大流行りだが、善光寺の右に出るところはないんじゃないだろうか。そこから結婚、出産、特に出産は二人目がなかなか出来ずに悩んだり、といっても半年くらいだが、一回流産してしまった時にも二人目祈願に来たりした。そしたらまあ可愛い玉のような男の子が。あまり可愛いので玉夫と名づけようかとチラッと思ったくらい。その後も家族で3回くらいは来たと思う。「ボスママが私の前から消えますように」というのも当然願掛けしたと思うがこの辺りはよく覚えていない。そうだ、前も独身の別の友達を誘って友達プラスうちの家族で善光寺に来たのだった。御開帳の時、息子が生まれたばかりでお礼参りだったなとか、あの時一日中おんぶしても楽勝だったのに今は1分おんぶするだけで腰にくるとか色々発見もあった。息子、づくづく大きくなったなあ。




山門

 
小さく写っているが巨大で堂々たる本堂。武田信玄との八幡原の戦いでは上杉謙信の本陣になった聖地。

今回は祈念したいことが多すぎて、前以てメモにみっしり書いてみた。ホンク成功のお礼から、娘も参加できますようにとか、夫の教育虐待がなくなりますようにとか、もっと広いマンションに越したいとか、芥川賞とれますようにとか、まれにゃんが運営に勝ちますようにとか、従妹の悩みが解消しますようにとか、私の美と健康、家内安全、えーとそれから色々。拝観料500円、子どもは50円を支払い、大きな畳のお座敷に座ってメモを読み上げた。

その後は「お戒檀巡り」へ。真っ暗な中で極楽に繋がっているという錠前を探す階段から仏さまの真下に進んでいく、「おかいだんめぐり」と読む。これが本当に真っ暗で、怖いの怖くないの。息子は「俺怖くないもんね」と言いながら、ひとりで二回もチャレンジしていた。前に来た時は私と一緒でも怖がって行かなかったのに。大きくなったなあ(endress

お戒壇巡りとは?HPの説明を転載。

「内々陣の奥、右側を進むとお戒壇巡りの入口があります。お戒壇巡りとは、瑠璃壇床下の真っ暗な回廊を巡り、中程に懸かる「極楽の錠前」に触れることで、錠前の真上におられる秘仏の御本尊様と結縁を果たし、往生の際にお迎えに来ていただけるという約束をいただく道場です。入口には、タイ国王より贈られた仏舎利(お釈迦様の御遺骨)とお釈迦様の像が御安置されています。」 


慈悲深いお釈迦さまのお導きにより、暗い回廊を彷徨い極楽浄土を願う。いったことある人は知っていると思うが、真っ暗って本当に真っ暗。上も下も右も左もわからない暗闇で、混んでいて前に進めない時は軽くパニックになってしまう。閉所恐怖症の私は友達と息子両方に手を繋いでもらって必死で前に進む。もしかして死ぬ時ってこんな感じかなとか、逆に忘れてしまっているが生まれる時にこんな感じなのかなと。生きる時も死ぬ時も、たったひとりで暗闇を彷徨わなければならないのかもしれない。気が付けば現世、そしてあの世だったということなのではないだろうか。うん、多分そう。

無事に出たところで御朱印を頂くための机があり、お坊さん二人が雑談していた。声をかけると近くにある火鉢の由来や役割など教えて下さり、ふむふむと聞きながら記帳していただく。以前は「大勧進」でお願いしたが、今回は本堂で「びんずるさま」のありがたいご利益のある御朱印をいただき非常に満足。

翌朝も早くから「お朝事」というのに参加。これは日の出1時間前から宿坊のお坊さんたちも参加する朝の読経。本堂の前で待つと、あちらこちらから鮮やかな袈裟のお坊さんたちがわらわらと集まって来て目にも楽しい。そして本堂の中に入り、読経を聞きながら昨日祈念したことプラスまだまだ沸いてくるお願い事をブツブツつぶやきながら頭を垂れていると、不思議なことがおこった。煩悩と葛藤との戦いで頭がいっぱいだったのだが、たんたんと延々と続く読経の合唱を聞いているうちに、頭の中でひとつ、またひとつと、色々な想いや願いがひとつひとつ消えていく。ふっと消えたかと思うとまたひとつ風のように消えてしまう。

一体なんだろうと思ってじっとしていると、だんだん頭の中がからっぽになっていく。最後にふたつだけ残り、それがくるくると回っている。それは子ども達の顔だった。笑っているのか泣いているのかわからない。ふたつの顔がくるくるくるくると読経に合わせて回っているだけ、不思議とも変とも思わずただただ眺めていた。そして読経が「カーン」という鐘の音と共に終わり、気が付けば周りの人々はいつの間にかいなくなっていた。頭の中でくるくるしていた映像も終わっていて、一体なんだったのかと考えてみた。それは言われるまでもなく、子どものことをもっとよく考えなさいというお釈迦さまからのメッセージなのでは。深川のお父さんに言われた事が、ずっと尾を引いているのかもしれない。お父さんに言われなければ、今頃子どもを差し置いて、ミュージカルのワークショップに参加していたんじゃないだろうか。原点に戻ってまずは課題をやろうと思った。南無南無。

ホテルに再び戻り、早速帰り支度。青春18切符の旅は移動に時間ばかりとられる。早め早めにしないと、何かあった時にまたタイムロスになりかねない。でも生憎雨の予報。早めに松本に寄ろうと言うことになった。松本は友達の好きなミナホルペネンのショップなどもあるし、城好きな私は松本城あたりを散策すればよい。

松本駅に到着。列車を降りるとものすごい日差し。台風や暴風雨はどこへやら、雲一つない晴天。聞けば松本城はここから徒歩20分。その手前にオサレなファブリックや雑貨を扱うブティックがあるという。駅でもらったパンフレットで周遊バスがあると知る。赤い水玉の可愛い草間彌生バス、これに乗って駅から20分かけて松本城まで行ってぐるっと帰ってくるという。これで松本城にいってもいいし、途中下車してショップに行ってもいいし、そのままぐるっと帰ってきてもいい。料金は200円。協議の末、友達は徒歩でブティックへ、私と息子は周遊バスで松本城をみてぐるっと周ってきた。いつものセリフ「俺、城なんかみたくない」と言っていたが、バスが楽だったせいか喜んでいた。よかった。友達もどこまで行ったのか、約1時間くらいしてまた駅に戻ってきて一緒にお蕎麦を食べた。

さて次の電車と思ったら、なんと行ったばかりで次はまた約1時間後。すごい、東京ではありえないタイムテーブル。駅ビルのテナントなどと冷やかしたり、私はお土産などを買い込む。改札で「中津川行きがあり、塩尻で乗り換えれば東京に行ける」というのでホームに行くと、そこにいる駅員さんが「それなら次の小淵沢行に乗れば同じこと」などという。ホームが違うので移動しようとすると、友達がこれで帰るというので見送る。後にメールで「お母さんが心配になった」とあり、「また東京にも来てね」と返事した。

友達を送り出して、一緒に奈良に行った事を思い出した。数年前ボスママ達からのハラスメントがピークで鬱になり死にそうな時、同じく悩みを抱えていた彼女ともうひとりの友達と女ばかり三人で奈良の脳天神社というところに鬱封じにいった。何故奈良に?どこでそんなところを知ったのというのはまた別の機会にするとして、「私なんてひとりぼっち」と鬱鬱としていた気持ちはこの旅行であっという間に霧散してしまった。心配してくれて、一緒に旅をしてくれる友達がいると気が付いたし、祈念したご利益もあったのだと思う。東京から遥か遠い奈良への旅は、本当に心癒された楽しいひと時だった。



色々思い出しているうちに高尾駅、そこから三鷹まで来てお手洗い下車。三鷹、そうだ、息子のあれこれでキャンセルしてしまった約束をもうひとつ思い出す。先生が怒っていませんように(:_;)ブルーになりつつ帰途についた。

三鷹からはもう本当に東京色だと感じた。ずっと普通列車に乗っていると、行きの下りはだんだん東京色が薄くなり、帰りの上りは濃くなっていく。例えば人のスピードとか、乗っている人の種類だとか。三鷹を出てすぐ列車が揺れて近くの人に体が触れてしまった。汗がべたっとして気持ち悪いよう!するとその初老の男性は「ちっ、触んな」と苦々し気にこちらを睨んできた。なんなのそれこちらのセリフよと思いつつ、こちらがよろけたので「すみません」と謝って席に座った。

座って息子がお菓子を食べていると、目の前の初老くらいの今度は女性が、「まったく」とブツブツ言いながら息子を凝視している。うわっ怖い!と思いつつお菓子を仕舞わせる。ふう、やれやれ。そして今度は市ヶ谷で地下鉄に乗ったら息子がいない。扉が閉まりそうで焦って息子を呼ぶと、近くに立っていたオタクっぽいこれは、うーん、青年?が「シェーッ!」と叫んだ。えっ?何、何??驚いてみると、ちらっとこちらを見ながら違う車両に行ってしまった。一体なんだったのだろう。息子はといえば開いていた近くの扉から飛び乗ったようで、何食わぬ顔でいつの間にか近くに来ていた。忍者?それはともかく、東京はなんていうか世知辛い。世知辛い色が東京色なのだ。 逆に東京から離れれば離れる程、そういう色が消えていくように思う。鈍行に乗っていると、だんだん、だんだんというのがよくわかる気がする。

豊洲駅を降りると雨がパラパラしていたが、傘もささずにそのまま家まで歩いた。色々あったけど、いい旅だった。息子は覚えていてくれるだろうか。そしていつまで一緒に旅をしてくれるだろう。来年の夏は娘の受験で家の中は更に大荒れに荒れると思われ、ミュージカルに参加予定がないのでかなり余裕があるだろう。もっと早めに色々プランを練らねば、何か息子が喜ぶような。そして気温が高くて暑くて虫がたくさんいて日に焼ける高知は論外、イケダハヤトさんのブログやTwitterをみるうちに気が付いたのだ。高知は温暖、ということは暑いのでしょうね、それから虫対策の記事でえええっと思い、イケハヤさんがすっごく日焼している画像でおおおっと怯んでしまった。来年一年高地で暮らしたいという気持ちは、息子が断るまでもなく私も消えてしまった。気持ちがフラットになったところで一から色々また考えてみたいと思う。

帰ってお財布を確認すると、3万円持って出て残金は8,515円だった。パスモやnanakoを使ったことを考えて、だいたいトントンだったと思う。お土産代が約7,000円だったので、これを引けば25,000円くらいだったのではないか。お土産代は旅費や諸経費ではなく交際費なので計上からは外して計算。やはりなんだかんだ青春18切符の旅はお得!やっぱり善光寺のお釈迦さまが呼んでくれたのだと感じた。でも夏の青春18切符は正直しんどかった。これからは春限定で使う事にしたい。息子、付き合ってくれてありがとう。今度は前のシュッとした乗り物、新幹線って言えばいいのに可愛い奴、これに乗ってどこかに行こうね。 息子とべったりくっついて鈍行でお喋りしたり食べたり笑ったり、これが一番楽しかったかな。息子は畑の収穫が一番楽しかったそう。今度は栗茸取に私が山に連れて行って貰あげたい、でも熊や猪は怖いな。

それより息子、宿題全然終わっていない。どうしようね?笑

千秋楽にちらっと打ち上げがあったが、やっぱりがっつり飲んで食べて喋り倒す打ち上げ会をやりたいという声が多数あり、企画することにした。

日時:8月11日木曜日(山の日祝日)12時より17時まで(出入り自由)
場所:豊洲の某所(豊洲駅から徒歩5分)
参加費:場所代500円
持ち物:食べ物飲み物(持ち寄りです)

この記事を見た関係者の方は、速やかにメアドを知っている方々にご周知願います。参加希望の方は、yurikomorio@gmail.com までご連絡ください。場所がわかる方はいきなり来て下さっても大丈夫です。


ご都合が合えばプロや先生方も是非♡(スワン!!)



息子が参加していた劇団の「みんなのミュージカル、ホンク!」4日間8公演が一昨日終わった。当日の夜、息子は興奮してかなり夜中まで起きていて、ベッドの上をジャンプしたりウロウロしたりでなかなか寝付けなかったよう。「なんかムズムズする」とずっと言っていて、なんだろうと思ったらスポットライトと拍手の喝采に衝撃を受けたよう。息子をじっと観察していると舞台から見えただろう色々がこちらにも伝わってくるように感じた。

舞台の最後の回、千秋楽は満員御礼ぎっしりの人人人。おまけに最後はA班B班一緒に舞台で挨拶をするという演出のため、客席の後ろにチケットを買えなかった父兄達までひしめき、豊洲シビックセンター大ホールには何度もお邪魔したことはあるが、こんなに人であふれかえっているのを見たのは初めてで、親の私も大興奮。もちろん舞台も素晴らしく仕上がっていて、特に千秋楽は全員が神懸かったかのようにそれぞれが役に乗り移っていいて鳥肌が立ってしまった程。

毎週日曜日まる一日、公演の前一週間は毎日集中稽古。朝9時に出て夜は10時過ぎに帰るという日々。夜10時というのは豊洲シビックセンターが閉る時間、もしこれが劇団の稽古場だったらノンストップでやっていたかも。上演日近くになるとさすがに倒れる人達も続出し、うちの息子も熱が出て滅多にしない早引けをしたりで、出演者の大人も子どももそして父兄も全員が体力勝負という日々。よく頑張れたと今更ながら感心してしまった。

終わった翌日はもう体が痺れたようにぐったりしてしまい、それでも溜まった家事など、特に全然掃除していなかったのでまずはここから。疲れているけれど頭は冴えさえでまだ興奮したままのような、それでいて「終わったんだ」という喪失感両方がカオスとなり様々なものが胸を去来している。

もう本当に本当に楽しかった。息子も最後の方はノリノリで稽古に行っていたし、私も暇さえあれば豊洲シビックセンターに通いつめたりして、身も心もこの興行に捧げまくったといっても過言ではない。特に集客については、あまり深く考えずにあちらこちらを押しまくった。お蔭でチケットもたくさん捌けて連日お客様をお迎え出来、子ども関係者以外にも私の知り合いや学友まで来て下さり、本当に感謝感激だった。正直息子がミュージカルに出たとして、一体誰を呼んでいいのやらと心配だった。特にチケット販売が始まる直前はどうしようと憂鬱だったのだ。でも蓋をあけてみればあの方この方みんな来て下さり、おまけにお花やお菓子などの差し入れもたくさん。本当に本当にありがとうございました。

千秋楽の舞台があまりにも素晴らし過ぎて、今ちょっと言葉が上手く出なくなっています。特に子ども達が「どこかの子役なのでは」などと言われるくらいに歌も演技もダンスも上達していて驚くというより軽くショックを受けた状態なのだと思う。特に主役の子、もう将来大スターになるのではないだろうか。この子がNHKの朝の連続ドラマに出た年に私が芥川賞とれば紅白の審査員席に並んで座らせて貰おうなんて言っていたけれど、私の方がもっともっと頑張らないとこの夢は叶わないだろう。

すっかりミュージカルファンになってしまった私は、連日劇中の歌を歌ってダンス、アイーダやホンク、それからキャットの真似をして喜んでいる、もうミュージカル最高。次は私も出てみたいなんて思ってしまった。でも公演が終わった次の日、お休みしている筈のライター業の方で是非にというお声がかかり、一部再開することになっってしまった。かなりいい条件で、このチャンスを逃したらダメだろうというようなもので、卒論と並行して執筆することになりそう。そうだ、卒論、課題も全然できていないし、出したいと思っていた公募の作品、それから学友達と共同で同人誌を出すことにもなっていて、ミュージカルをやっている場合ではないと気付いた。

それにこんな素晴らしい体験、私がひとり占めするのではなく、是非娘にもやらせてあげたい。夫は「来年?ミュージカル?受験直前じゃないか、キチガイかお前は!!」と暴言を吐くが、冗談じゃない。キチガイじみたゲエームゥ♪とキャットさん歌っていましたね。私もうキャットさん大好きになってしまって、内野さんがキャットに変身して帽子を被っている時だけラブラブにゃんにゃんと付きまとい、衣装脱いだら「あ。。。お疲れさまでした」みたいな。なんていうか、アニメキャラに萌えるオタクのような気持ちなのだと思う。もうあのキャットさんに会えないかと思うと余計に寂しくて悲しくて。わああああん(;O;)また来年も観たいよ。

今日は西小学校のプールで息子と泳いだのだが、あっそうだ、魚だ!とばかりにずっと「おおおお、おおおおお~♪」ってずーっと歌いながら泳いでいて息子に叱られ、「スワン!」と謝るものだからまた叱られ、「一緒に泳ぎましょう~にゃーん」と言えば「きもい!」とまた叱られ、なんだかずっとホンク公演がまだ頭の中でぐるぐるしているんですよね。映像まで順番に浮かんで、終わるとまたコッケコー!ってアヒルのお父さんが起きてバタバタしだし、また上演endress。もう脳裏に焼き付いてしまったみたいです。私の脳みそってどうなっているのだろう。

すみません、色々な気持ちや思い出がぐるぐるしていて上手く言葉に出来ない状態で、でもやはりお世話になった皆さまにご挨拶を早くしなければと書いてみました。この記事は落ち着いたらまた書き直します。本当に来ていただいた皆さま、記事にして下さりシェアしていいねして下さった皆さま、息子を可愛がって下さった皆さま、本当に本当にありがとうございました。小さな端役でしたが、息子も私も大満足。もう永遠に二人の思い出になると思います。本当に本当にありがとうございました。

それから、うちの夫には絶対にお礼を言わないで下さいね。しょうもない人で言葉をそのまま真に受けて「招待ありがとうってお礼言われたけど、まさか全額うちもちで招待したんじゃないだろうな!」と怒っていました。そんな訳ないじゃない、皆さまチケット買ってお花を持ってきて下さったのに失礼な人だわ。本当に申し訳ありません。最後の打ち上げの時に「娘が視力が弱くなって舞台が見えないっていうから俺もよく見てなかった」と言い放つ〇違いです。どうぞホンク公演の関係者の方は、うちの夫を無視してください。よろしくお願いします。

と、私が浸っている間に、次の「みんなのミュージカルホンク!」は2017年度版が稼働しだしました。是非この感動を皆さまに体験して頂きたいと思います。江東区民でなくても大丈夫、ただし10月からの毎週日曜日の稽古と8月11、12日の公演、その前一週間の集中稽古に休まずに参加出来る方に限ります。私も卒論とライターの仕事が来なかったら絶対やったのに(T_T)本当に厳しくて楽しくていい雰囲気の群れなんです。ボスママがいない代わりに芝居馬鹿(スワン!)のお父さん、鈴木先生がとりまとめてくれます。もう本当にエネルギッシュで素敵な先生。川島なお美さんもこの先生の指導のミュージカル公演の最中に亡くなった訳ですが、最後にピュア―マリーの興行に参加出来て、幸せだったろうなと思いました。

私も愚痴ってdisブログだったのに、幸せだのありがとうだの、いつの間にか路線変更されてしまった。あの先生達もちゃんと観に来て下さいました。本当にありがとうございました。
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ミュージカルホンク応援blogについて、
「このブログ、一体誰が書いているの?」 
「出演者?その父兄?」
私だよ!

ということで、色々なところから問い合わせがあり、プロフィールを表示させて欲しいとセンターより要請があったので表示、この記事もこちらに移動させてみた。

その前に8月7日15時~千秋楽のチケットは完売したそう、最後の一枚を買ったという方がわざわざメールでお知らせして下さりありがとうございました完売?これが完売御礼というやつ??すごいわあ、ゆり子観劇(誤字じゃないダジャレ)

他の回はまだ若干余裕があるそうで、是非当日お越しください。「みんなのミュージカル ホンク!」本日より上演されます。自分が出演するみたいに緊張する。緊張しすぎてご飯三杯も食べてしまった。今日は楽屋担当、ますますどっきん どっきんさあ頑張る‼️

こちらのブログより転載http://honk2016.blog.jp/( 2016.06.08write )

今日はブログを書いている私について記事にしてみます。 

ブログを担当しているのは出演する子どものお母さんです。どういう形にするか、内容の方向性、アップする写真についてなど、関係者の様々な方と意見交換しながら書いています。 あれは削ってこれを足してなど、結構「注文の多いブログ店」かも。 

なのに「非公式と記しておいて」なんて注文もありましたが、そんな事したらプロスターの方々に失礼ではないでしょうか。非公式ではない、みんな公認みんなの応援ブログです。インタビューに応じて下さったみなさま、ありがとうございました。上演まであと2ヶ月切りました、これから暑くなってきますので体調管理に留意して最後まで走り抜けましょう。 

そもそもですが、自分の子どもをこのミュージカル団体に預けてみようと思ったのは、ほんの小さなきっかけでした。 

私の子どもはイジメによりあと半年で卒園というタイミングで幼稚園を途中退園しました。 

途中で挫折してしまったという無念はいつまでも胸に渦巻いてました。 そんなところにミュージカルワークショップ開催のお知らせ。退園する少し前に息子の担任の先生が、園で上演するオペレッタの主役をしないかと言って下さいました。なのにそのまま辞めてしまったことを、思い出しました。そうだ、これだ。ここで無念のリベンジだ!と、参加させることにしたのです。 

毎週日曜日、10時から夕方5時まで(集中稽古が始まってからは10時スタート10時終了、みんなよくついていくなと!)息子が行くのを嫌がり泣いたことも、それはそうですよね。お休みの日は自由に遊びたいのでしょう。私もなんのために嫌がる子どもを連れていくのか、わからない時がありました。もう辞めさせて違うお稽古をさせようと思ったり。 

でもずっと参加させて、本当によかったです。厳しくて優しい先生達、仲間とのチームワーク、本物のミュージカルスターたちとの共演。素晴らしい出会いがたくさんありました。

ここは本当に魂の修験場、子どもはいつの間にか、いじめられた記憶を、先生や仲間達との触れ合いの中で消していったのだと思います。人が怖いという気持ちは軽くなったでしょう。 

最近、子どもはよく褒められます。元気いっぱいですね、誰とでも仲良くできますね、本当に明るくいい子ですねと。子どもは自分でも言います。「絶対に誰かをいじめない」と。

嵐のような時を経て、親子ともどもやっとここにたどり着けた。そんな気持ちがしています。 

イジメはよくないです。イジメられた方にも原因があるというのは間違い。イジメる方に原因があるのではないでしょうか。

この「ホンク!」という作品をみて考え、また新たな発見が色々ありました。そもそもこういう作品に親子ともども関われたというのは、何か目にみえない大きな力を感じました。 

「みにくいアヒルの子」といじめられた子どもは、大きな白鳥になってくれるでしょうか。 

イジメられている子、イジメる側の子、悩んでいる大人たち、みんなみんな「ホンク!」を観に来てください。きっと悩みは消えて、気持ちが明るくなります。

息子が途中で退園した幼稚園の園長先生や、元担任の先生たちも大勢で観に来て下さるそう、本当にありがとうございます。ご心配おかけしましたが、子どもはこんな風に元気でやっています。

是非豊洲の皆さんも、みんなでみにきてくださいね。チケットは江東区内の各文化センターで絶賛発売中です。電話でFAXで窓口で、お待ちしております。 

私も連日受付その他で豊洲シビックセンターホールに詰める予定でいます。どうぞお声かけください。

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この記事を書いたのが約2ヶ月前、今日はもう本番だなんて信じられません。ですが作品はしっかり仕上がっています。「みんな」の頑張りにビックリ!プロの牽引もすごかったですよ

「みんなのミュージカル ホンク!」みんなと違うことは個性なんだと。この作品でみんなも本当の自立に向けて一歩踏み出す勇気を持って欲しいです。その前に素晴らしい舞台をただただ楽しんで 衣装やセットがすごいんです!豊洲発至宝の芸術作品を是非その目で確かめてください 。 

お待ちしております
 

 
 

東京メトロ有楽町線「豊洲駅」7番出口から徒歩1分、新交通ゆりかもめ「豊洲駅」改札フロア直結のエスカレーターに乗ればシビックセンターの3階に出ます。入り口入ればすぐ大ホール5階行きのエスカレーターがあります。エレベーターは混むしなかなか来ないので、エスカレーター➕エスカレーターが便利です。

もし早く着いて時間が余った方は、9,10階に図書館があります。椅子あり電源ありwifiあり雑誌ありで快適な空間、小腹が空いたらゆりかもめ改札にミニセブンイレブンがあります。飲み物の自販機が5階ホールのロビーにも2台あり、こちらにも椅子があります。

わからないことがありましたらスタッフが常駐していますのでお問い合わせください。 

豊洲シビックセンター(豊洲文化センター)
〒135-0061 東京都江東区豊洲2-2-18豊洲シビックセンター内/事務室8F, シビックセンターホール5F
TEL03-3536-5061

明日からいよいよ息子が参加する劇団のミュージカルが上演される。素敵に出来上がり、チケットも売れていい感じになってきた。でも先生達やプロの方々は「まだまだ!もっと、もっと」と最後の最後まですごい情熱。よく体壊さないなと心配になってしまうくらい。4日間8公演是非頑張って頂きたいと思います。

さて、本日練習最終日は、ゲネプロという衣装つきの舞台稽古。舞台用語も色々覚え、そして今日も10時から10時までの稽古。私は開演中は受付、会場案内、楽屋、全部それぞれAチームで担当するが、楽屋担当は練習にもずっとつきっきりですごく大変!昨日も10時から10時まで豊洲シビックセンターにいた。ゆりかもめのセブンイレブンさま、もっとおにぎり追加してください(:_;)

これ、すごく遣り甲斐ある役目だと思う。衣装や出待ちの子ども達の面倒をみたり、昨日は突然「早替え」の役を指名され、もうどっきどき。「早替え」とは、役から役に一瞬で替わる俳優の着替えという意味。それをお手伝いするのだ。それから昨日はあまりにも騒がしいので子ども達を怒ってしまった。「ゴルア!観客席でウロウロごそごそするな!気が散る」「先生の前を横切らない!!」「プロとお前らは違うんやで( ゚Д゚)!!!」などなど。すっかり「叱り担当のオカン」になっているが、本当の私はか弱いキャナリーゼなのでお忘れなきよう。

右脳英語教室先生の「褒めて、抱きしめて、叱らない、教える」は、どこへやら。でももう本当に何もかも必死。子ども達もわかってくれたようで、そこからは静かになり可愛いもの。うんうん、教えればわかってくれる。

それから楽屋なので「舞台裏」も見れてしまう訳だが、その言葉の通りプロの俳優さん達の厳しい表情やプロ魂に触れることができて、驚きと共に感動。総合プロデューサーの厳しい叱咤に聞いているこちらがへばってしまいそう、でもみんな必死にくらいついて高みを目指してすごいなと。こんな世界知らなかったよ|д゚)


そしていよいよ明日から上演「みんなのミュージカル ホンク!」のこけら落し(初日の舞台)!自分が出る訳でもないのにすごく緊張。チケット買って下さった皆さまありがとうございました。そうでない方は日によっては当日券ありますので是非観に来てください。http://honk2016.blog.jp/ メディアからの取材も受け付けていますので豊洲文化センター担当早川までご連絡ください。

豊洲文化センターTEL03-3536-5061

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タイトルのセリフは観に来て下さればわかります。是非どっきんこ♡しにきてください。

 

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俳優が開演前会場でご挨拶。きゃーキャットさま素敵

昨日は早朝まれにゃんオフを終えた後家族を送り出しブログを書いてアップ、家事や買い物をちょこっとして午後からは約束の場所に向かう。江東区の中でも閑静な下町、とはいえすぐ近くには「東京現代美術館」などもあり、一本入れば可愛いギャラリーやカフェなどが並ぶ街で、よく雑誌にも紹介されたりするエリア「深川」。なじみのない人は行ったことないかもしれないが、「東京現代美術館」のすぐ近くといえばわかるだろうか。

最近のブログに「豊洲にも将棋教室を」「せっかく『3月のライオン』の舞台が月島なのに豊洲にも将棋ブームを」などと言っていましたが、なかなかいい案がない。お知恵をお借りしたいと、元女流棋士の藤田麻衣子さんにお話を聞いてきた。


※神棚みたい


ちょうど、カフェを前のオーナーから譲り受け、本格的に将棋カフェにするというお忙しいところにご連絡してしまい、尚且つ私も卒論締切でバタバタし、連絡してからかなりあっての訪問。それでも藤田さんは歓待して下さり、手作りのジンジャーエールを頂きながら、豊洲や江東区の、子ども教室の実情などお話して頂いた。


 
美味しい手作りジンジャーエール

 カフェの名前は、「どうぶつしょうぎcafeいっぷく


※店の前のベンチもどうぶつ将棋仕様。可愛い!

結論からいうと、豊洲には既に将棋教室があるそう。藤田さんはカフェや他のイベントでお忙しいのでこちらにはアタッチされていないが、プロ四人の方が運営されている本格的な教室があるそうだ。私の考えていたドロップイン方式の教室というのも、「ターゲットを絞れば面白いかも」と。でも教える女流棋士さん自体が不足しているそうで、人材確保が難しいのだそう。それでも様々なアイデアを頂くことができた。
 


まずは今ある教室とコンタクトをとり、サポートという形で何か始められてはと。将棋といえば『どうぶつ将棋』な私が出る幕ではないのかと恐縮してしまったが、でも何かお手伝い出来ることがあればと思った。藤田さんはプロだから当然なのだが、重厚な将棋愛、すごく先を見据えた取り組みはすごい。

今は強い人を育てるというより、将棋の窓口を広げて将棋をやってみたいと思えるイベントや仕組み作りに注力されているそう。確かに藤田さんのカフェは、将棋教室というより和みカフェ、勝負というより気負わず将棋にアプローチして欲しいという想いが溢れていた。



※店内には様々なボードゲームが


ちなみに私が持っている『どうぶつ将棋』は、昔藤田さんご本人から買ったもの。布製の台と厚紙のもので迷って厚紙バージョンにしたのだ、やはり布製も持ち運べて良かったかもと後悔したのを思い出した。
 


現在豊洲文化センターで募集している「夏休みこども工房」の中の「どうぶつ将棋を作ろう」の講師は藤田麻衣子さん。好きな絵を描いてオリジナルなどうぶつ将棋を作ろうという企画になっていて、オリジナルな「マイどうぶつ将棋」私も欲しいかも。夏休みの自由研究にもピッタリで、注目浴びそう。まだ若干空きがあるそうなので、申し込みはお早めに。

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 申し込みは、豊洲文化センター 03-3536-5061まで。
http://www.kcf.or.jp/toyosu/event_detail_010400400113.html


他にも『深川いっぷく』では、将棋以外のこんな教室も。

 

 


 



豊洲からだと自転車でも行けます。バスなら都営バスで「東京現代美術館前」からも徒歩5分くらい。ビルの立ち並ぶ豊洲を脱出して、緑濃い深川へ出かけてみては。

先週蓮と鴈を見に上野に行ったが、豊洲とこういう旧い街の違いって情緒だけではない緑の多さもあると思う。それから街の空気。帰りに『深川いっぷく』隣にある小さなお店で助六を買い求めた。お稲荷さんふたつと太巻きみっつで200円。小腹にちょうどよくて満たされ満足。
 


そういう訳で、豊洲にある将棋教室についてもリンク貼りたいのですが、詳細は主催者の方に問い合わせてからにしたい。お待ちください。 ちらっと紹介すると。


湾岸将棋教室

•豊洲シビックセンター教室 

•東雲イオン教室

東雲グランチヤにも拠点があるそう。


女性専用将棋教室もあるそうで、「きゃー行きたい♡」と思ったものの、今色々を止めて卒論課題やっている現状、卒業後のお楽しみということにします。豊洲小学校には「ボードゲーム部」というのがあるそうで、息子が高学年になったら入部してくれないかなと祈念。ボードゲームの智慧って、人生の全てのシーンにおいて力になる気がする。ディスプレイを眺めてゲームするよりこっちをやって欲しいのにと母は願う。


ちょっと思った方向とは違う結果となったが藤田さんと久しぶりにお話も出来、豊洲に将棋ブームというのも「既に叶っていた」とも言える結果となった。何もかもに満足。

藤田さん、お忙しい中ありがとうございました。

なんだかんだ鬼っ子だと書いてはいるが、それでも支援して下さる方はみえて感謝しきり。こういう方々こそがホンモノの理解者なのだと感じます。人気があってちやほやされている人というのは、大勢がまた集まってくるもの。でもそこから一転落ちてしまった時に手を差し伸べてくれる人、変わらず接してくれる人というのは、ありがたいものだとつくづく感謝します。ということで、今回も色々ふるいにかけられた訳で、こういう時に人の本性はみえてきますね。わざとやったと言う訳ではないですが、断捨離も出来て良かったです。

ブログの鬼っ子記事はみなさん満足して頂けたようで10,000から更に更に!私がブログ書き始めて初めての数字がはじき出されました。あの時でも6千ちょっとだったような。

そろそろ閉じていいでしょうか。今あまりイメージが悪くなると困る事をやっていて、そちらが終わるまでしばし大人しくしようと今更ですが思います。卒論もいよいよ二回目締切が迫ってきました。なのにやっぱりブログもNPもアクセスしてしまうし書いてしまう。私などは生活のための仕事ではないので良くはないですがまあ許されると思っています。ですが他のPickerのみなさん、お仕事に差し障りはないでしょうか。GDPの0.1%くらいはNewsPicksが奪っていると私は感じています。

などと色々書いていますが、NPの益々のご清栄を祈念いたします。

そうだ、これを書かなければ。Twitterの方であの伝説の「まれにゃん」さんがレスくれたんです。私が再開した時は祭りは終わっていて消えてしまった後、本当に実在する人なのか存在も実態もわからないでいました。ああ、本当にいたんですね、まれにゃんさん。なんだか感動。お声かけありがとうございました。一日も早い復帰を祈念します。何かお手伝いできることがあったら言って下さい。



ということで本日は息子の出演するミュージカルのCMです。この公演の情報ブログに、ついに主役の女の子の紹介記事が登場。この女の子は正真正銘、やらせ一切なし!普通の小学生から主役に大抜擢されたシンデレラです。

「こんな事あるんだね!」
「でもあの子なら納得」
「本当にすごいわ」

などと父兄の間でも大評判になっています。しかも暑い夏の最中に全日全回登場するんですよ。うちの息子は8公演をダブルキャストの子どもと半分づつ演じます。ほとんどの子どもはそうです。なのにこの永井結海さん、先生達がどれだけ期待しているかがよくわかります。私、自分の子どもというより、この女の子を観に行くのが楽しみでたまりません。

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ただの懇親会が決起集会になっていました。熱すぎて私まで燃えてしまいました!そして、ご縁に大感謝。

特に私や息子、「みにくいアヒルの子」って指さされるようなストーリーまんまの豊洲ライフを送っていたじゃないですか。今は理解者も増えてきてやや落ち着いてきたのですが、これだって奇跡ですよ。でもあちらこちらでは反勢力が未だチラチラみえます。一体あなた達はどうしてそんなにイジメが好きなの。寄って集ってハエにでもなりたいの。

こんな感じで私はイジメられてもいいのですが、子どもの事となると本当に胸が痛みます。

「だったら素直に長いものに巻かれたらいいのに」「ボスママのいうことをハイハイと聞いて」もちろん最初はそういうつもりでした。私もともと思い切り日和るタイプだったのです。それに別にぼっちがそんなに好きな訳じゃない、大勢が好きじゃないといいつつ仲間的な雰囲気は大好きです。なのにたったひとりのボスママに睨まれたせいで、あっちのボス、こっちのボスにまで疎まれ誹られ、ついには豊洲の街全部から無視されるようになってしまいました。

なのでこの物語の主人公が他人に思えません。可愛そうで、いじらしくて、公開レッスンで主人公アグリィが指を指されてみんなでイジメられるシーンには胸が詰まり、アグリィのお母さんアイーダが「私の可愛い子どもをイジメないで」と歌って演じるシーンには、涙、涙、涙。

神様、あなたは時々すごいものに私を引き合わせるのですね。このご縁に大感謝、ここに巡り合っていなければ、私たち親子は沈んだまま豊洲を去っていたかもしれません。先生!ありがとうございます。

イジメはイジメられる子にも原因があるとか、成長するための必要悪などという人がいますが、全部間違っています。。豊洲の某小学校では、イジメに悩む先生が学校に来られなくなりそのまま辞められてしまったという噂も聞きました。こんな事があっていいのでしょうか。私は絶対あってはならないと思います。先生に原因があったのではない、イジメた子ども達に原因があったのでしょう。きっと誰かに虐められ、親に虐待され、その八つ当たりで先生を攻撃したのではないでしょうか。

豊洲は教育熱心なあまり教育虐待になり、児童相談所がかけつけるケースもあるそうです。中学受験率の高すぎる街ならではの現状。でもそれを誰かにぶつけるのは間違っています。ボスママから私がイジメられたのも八つ当たりでした。「助け合い」こんな言葉は道徳の教科書の中にだけしか存在しないのが現状です。NPのニュースで、道徳が今後偏差値的点数の対象になるというものもみました。もうここまでしないと、みんながわからないのでしょう。嘆かわしいと感じています。

豊洲をイジメゼロの街に。
みんなが安心して暮らせる街に。
弱いものはイジメない助けられる街に。

ちょうど今、選挙のシーズン真っ盛り。候補者たちは口々にこれらをスローガンとして発信しています。ですが本当にやってくれる人っているのでしょうか。強い人、お金をたくさん持っている人ばかりにいい顔していませんか。選挙の期間だけでない、本当に困っている人に手を差し伸べられる人でいてください。

私たち豊洲住民は窮屈な水槽の中で困っています。今度は誰がイジメのターゲットになるだろう、うちの子だけはイジメられませんように。そんなお母さん達の心配をゼロにしてください。

そんな願いがこもった作品、「みんなのミュージカルホンク!」本当に素晴らしい作品です。プロデューサーの保坂さんがイギリスロンドンで出会い、もうこれしかないと全てを捧げて日本に持ち帰った作品です。

奇跡の舞台を是非観にいらしてください。そして今ママ友イジメや諸問題で悩み、豊洲を引っ越そうとしているご家族がいるとしたら、もうちょっと頑張ってください。お金が勿体ないですよ。「豊洲こども食堂」が出来たら是非いらしてください。悩める子どもだけでなく、お母さんもWELCOMEです。


追伸:ビバの前でうろうろしていたら、区議会の方に声をかけていただきました。

「あっ森生さん、森生さん。〇〇くーん、こちら森生さん。森生さん、〇〇くんをよろしくお願いします。森生さんに握手して貰って。森生さんっ、どうぞよろしくお願いします!」

連呼ありがとうございました。森生ゆり子もよろしくお願いします。ということで、このすっごく背の高い〇〇さんを応援します。ビーチバレーの選手だったそう、実直そうないいお顔でした。そのお顔をずっと無くさないでね。東京をイジメゼロに。ということで、よろしくお願いします。

こういうのブログに書くと選挙違反になるのでしょうか、よくわからずでも逮捕は困るので名前は伏せ字で。あの方ですよ、みなさん応援してあげてください。

(あの記事とこちらの一部はLINE上場祝いにdeleteしました。S山さん頑張って!2016.07.15)

ブログ、NewsPicks、ライターの仕事を卒論のためにいったんお休みとしたが、ちょっと余裕が出来るとまた違うものを色々詰め込みたくなるのはもう性分なのだと思う。新しく始めたのはswiminginstagram、それから facebook もともとSNSは全部休眠口座のような状態だったけれどリスタートしてみた。インスタとフェイスブックは外国人の友達用に復活。ちゃんと利用目的があるので、「 おばさんたちはインスタグラムに来ないで」とイジメないでね。

facebook は京都造形だけでなく武蔵美の学友とも色々連絡を取るので。それからミュージカルの出演者の方々とも。もちろんそうでない方も友達申請Welcome なので是非。でも私と繫がると一緒にイジメられるかもしれませんよ~なんて。あと、LINEもやってやってと方々から言われているがこれはごめんなさい。もう色々あり過ぎて私的には縁起の悪いアプリなので使いたくない。バビロンに一円たりとも課金したくないという理由もある。もう悪の権化、LINEなんて使うのやめましょうよ!

という訳でinstagram はいいですね。センテンスの必要ないビジュアルの世界、文章だと制御不能なリーサルウェポンになりがちな私にはピッタリかも。英語がイマイチでも、画像で外国人の友達にメッセージが送れるし。平和平和。 
それから今学友達の間で写真がブームになっていて、私も一眼レフ欲しいななんて思いだした。やっぱりいいカメラで撮ると画質が全然違う。私は経済的にも時間も余裕がないのでまたいつか、せめてiPhoneを新しくしようかと目論んでいますが、秋頃まで待とうか6を買おうかううむ。

さてこれから今日もスイミングにいく。持久力が付くからと勧められたものの、久しぶりの水泳。泳げるのかな、どうなの?と心配だったのにこれがすっごく楽しい。泳ぎもなんだか上手になってませんか私。結婚する前に荒川区に住んでいたので、本人がまだ「自分はそんな人じゃない」と断ったので北島康介記念プールと名付けそこなったあの水泳場で、半年くらいスイミング教室に通っていたことがある。あれ以来なのに。

いきなり4クラス続けてとって、最後のバタフライクラスで足がつってしまいリタイア。でもバタフライもそんなに難しくなかった。自分でいうのもなんなのだが運動神経だけは自信があった。でも水泳は水が怖いので苦手だったのに、昨日は自分が人魚にでもなったように感じてしまった。気持ちいいー♡

ふと見ると、自分達のレーンの一番遠いところでベビースイミングをやっている。これ、ついこの前自分も参加していた。

まだ赤ちゃんだった娘や息子を連れて、せっせと通っていたあの頃を懐かしく思い出す。スイミングのコーチたちが私を覚えていてくれて、お子さん元気ですか?もう小学校5年生と2年生なんですよ、えー本当に?その節は。なんてお話したりして。

「向こう側からこちら側を羨ましくみていました自由でいいなって。でも今日はもうこちら側にいるなんて信じられません」

と言うと、コーチたちが「お疲れさま、ひとりを楽しんで下さいね」なんて。ああもうこんなに遠くまで来てしまったんだな、もうあそこには戻れないと思うと、なんだか寂しくて胸がぎゅっとしてしまった。

悩み多きあの頃、一体私は何を悩んで心配していたのだろう。

仲間外れになること?
子どもがイジメられること?
豊洲の人達から村八分されること?

ぜーんぶその通りになりました笑。でもこんな子どもやママが山盛りの豊洲で何もない訳がない。私だけじゃない、みんなみんな色々あった筈。先日もこのブログを読んだというママが話しかけてくれて、自分の体験を色々話してくれて「応援しています」なんて言われてびっくりした。うんうん、そうだよね。やっぱり私、色々あったけれどブログ書き続けて良かったかも。まずはブログを勧めてくれたあの学友に感謝。でもあの人は私が色々心配して助言するのに私の言うことをちっともきかない。でもそのうちわかってくれるだろう私いい人だもの。

それよりも私生きてる、子ども達も夫も健康で鍵のついた雨風凌げる家があって毎日ご飯が食べられて友達もたくさん出来て毎日が楽しい。なんだかあの頃と、世界が違ってみえるのだ。

あの頃の私に会えたら、「全部思い通りになるわよ、いい事も悪い事も」って教えてあげようかな。小さな赤ちゃんを連れたお母さん達にも教えてあげたい。ママ友なんてすぐに消えてしまう幻想、そんなものが何を言ってもしてきても無視していいから。大切なのは家族、それから何か好きなことみつけて続けてねって。人生はチョコレートボックス、何が出てくるかわからないから面白いのよ、何も心配しないで、と。

群れてつるんで自分の色を消して日和って、何かいいことあるの?ランチ代、お茶代、イベント代、交際費、高額な幼児教育費、きっと将来の家計を圧迫しますようちのように。もうあの時のお金全部残しておいたら今頃。それに群れずにひとりになってみてと言いたい。そうすれば子どもの顔も周りの景色もよく見えるのに。ずっと不細工なママ友の顔みていて楽しいですか。寂しさは埋められないでしょう。

それにはどうしたらいいか。今小説に書いているので完成したらそれを読んで下さい。といってもまだ解決策は私もよくわからないし、どんな結末になるか決まっていませんが。 

さあまたブログを書いてしまった。内部圧が減って卒論に着手できないかも。でも私のことなのでさあっと何かが降りてくれば、寝食忘れて書いてしまうと思う。いつもそうだから。それまでゆっくり待ちましょう。

これからプールに行って、小学校に寄って、今日の夜は冷し中華にしようか。息子はハムと胡瓜で醤油ベース、娘はハムと卵が好き醤油ダレで。私はレタスを千切りにしたものをゴマダレで食べるのが好き、夫は全乗せでゴマダレと、色々好みが違うが私は全部その通りに作る。少しの手間家族が喜ぶならそのくらいは厭わない。でもなかなかこういうのって誰もわかってくれないし当然だと思われているよう。そのうち自分達が親になったら私の偉大さがわかるはず。

「ママばっかり好きなことしてずるい」とは、よくみてるなと思うが気にしない。あなたも好きな事すればいいのにといつも思う。SAPIXなんて行きたくないでしょう。プールやピアノの方が楽しいのに。楽しい事をたくさんしないと心の袋が大きく広がらないし、小さな袋にぎゅうぎゅう詰め込むから苦しいのではないだろうか。

反して息子は毎日学校から帰ってくると、ランドセルを放り出し宿題も何もせずまた家を飛び出して遊びにいってしまう、そして日が暮れるまで帰ってこない。こちらは理想通りで非常に満足。

とはいえ、男の子と女の子は違うので一概には言えない。女の子はちょっと引き籠りっぽいくらいの方が可愛い気がする。娘は手芸が好きで、いつも何か細々作ったり、ヘアアレンジの研究に余念がない。「娘ちゃんいつも可愛い髪型で」なんて言われるが、娘が自分でやるというとビックリされる。私が構わないから自分で工夫しているのだと思う。我ながらいいお母さんだわ。愛情のある無関心というやつが出来ているのではないだろうか。

昔、息子が生まれた喜捨に善光寺詣でをした。私は何かあると善光寺に祈願に行く。するとそれはいつも叶う。仕事、恋、結婚、出産、そして「強くて優しいお母さんになりたい」と。最後のはまだまだ精進あるのみだが、ゆるゆるとお母さん業を続けていればいつか叶う気がする。お母さんになるって素晴らしいことだとつくづく思う。「子どもなんて産まなければ良かった」と方々で喚き続け、これからも言うと思うがちょっと心境が変わった。子どもを産んで良かったと本当に思う。子ども達は大切な宝物、ママに幸せをありがとう。特に娘というのは、一生の友達なのだそう。これからも仲良くしてくださいね。

と、いうことで今度こそプールに行ってきます。

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バディスポーツ幼児園の園長先生や先生達が大勢で息子のミュージカルを観に来てくださるそうです。本当にありがとうございます。未だ心の整理がなかなかつかないのですが、折に触れブログの方も軌道修正していきます。今後とも子ども達をよろしくお願い致します。

豊洲シビックセンターホールで開催された音楽祭にお邪魔してきた。主催はカンティアーモ・キボシ Cantianmo GIBOSHI とあり、混声合唱団の名前だそう。「旧中央区第二中学校から始まった演奏会」とあり、もともとは同窓会的音楽会が規模が大きくなったもののようだ。ここに息子の英語の先生が出演なさるので、英語クラスのメンバーと一緒にお邪魔してきた。様々な演目があるが、先生の演奏曲はサン=サーンス『動物の謝肉祭』(動物学的大幻想曲)だった。それもフルバージョン。夫のCDで聴いてはいたが、なかなかライブに巡り合えず、一度生の演奏で聴いてみたいと思っていたのだ。もう大感激。

サン=サーンスといえば、第13曲の『白鳥』が有名で、演奏会でもサン=サーンスといえばこればかり演奏され、クローズアップされる。あちらこちらのコンサートで私もよく聴いた曲だ。そもそもこのフルバージョン、大きなコンサート会場で演奏されるために作られたものではないそうで、室内楽用ともいえる。本当かなと思って調べたら、サンサーンスのwikiのところにも「室内楽作品」のところの筆頭に記してある。サン=サーンスの出身はフランス、パリとあり、多分サロンのような憩いの場で少人数で楽しむための楽曲なのだろう。大きなコンサートホールに子どもは連れていけない、でもこうしたサロンならそれほど問題ない筈で、小さな貴公子のファーストコンサートなどに演奏されたものなのではないか。

豊洲シビックセンターホールは約300人収容のコンサートホール、室内楽というのにはやや広いが、広めにコンパクトで演奏会にはピッタリ。『動物の謝肉祭』は、動物が大勢登場する。動物を紹介するコミカルなナレーションも手伝って、「象」はズシンズシンと、「大きな鳥籠」は小さな小鳥たちがかしましく、「終曲」は動物達大集合なさまが、音で織りなすテキスタイルのように目の前に広げられ、大人も子どもも楽しめる構成になっている。私は大感激だが連れて行った息子も隣のお友達も興味深そうに聞いていた。演目は以下の通りとなる。

第1曲「序奏と獅子王の行進曲」4/4拍子 ハ長調 - イ短調ピアノの耳をつんざくような反復奏に始まる。ついで、勇壮な「行進」が弦楽器のユニゾンで奏される。全71小節。ピアノ2, ヴァイオリン2, ヴィオラ、チェロ、コントラバス

第2曲「雌鶏と雄鶏」 4/4拍子 ハ長調ピアノと弦楽器が鶏の鳴き声を模倣しあう。全35小節。クラリネット、ピアノ2, ヴァイオリン2, ヴィオラ

第3曲「騾馬」 4/4拍子 ハ短調アジアロバであろうと言われる。ピアノの上り下りする強奏の音階。全28小節。ピアノ2第

4曲「亀」4/4拍子 変ロ長調弦楽器がのそのそとユニゾンでオッフェンバックの『天国と地獄』の旋律をわざとゆっくり奏する。全22小節。ピアノ、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバス

第5曲「象」 3/8拍子 変ホ長調コントラバスがもそもそと軽やかにワルツを奏する。ベルリオーズの『ファウストの劫罰』の「妖精のワルツ」、メンデルスゾーンの『夏の夜の夢』の「スケルツォ」が重低音で組み入れられている。全52小節。コントラバス、ピアノ

第6曲「カンガルー」 4/4拍子、3/4拍子 ハ短調装飾の付いた和音が上下して、飛び回るカンガルーを描写する。全20小節。ピアノ2

第7曲「水族館」 4/4拍子 イ短調グラスハーモニカの入った幻想的なメロディーに、分散和音のピアノ伴奏が添えられている。全39小節。フルート、グラスハーモニカ、ピアノ2、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ

第8曲「耳の長い登場人物」 3/4拍子 ハ長調おそらくは驢馬、アジアロバでない驢馬。のどかな驢馬の鳴き声をヴァイオリンが模倣する。サン=サーンスの音楽に嫌味な評価を下していた音楽評論家への皮肉と言われている。全26小節。ヴァイオリン2

第9曲「森の奥のカッコウ」  3/4拍子 ホ長調クラリネットがカッコウの鳴き声を模倣する。全43小節。クラリネット、ピアノ2

第10曲「大きな鳥籠」 3/4拍子 ヘ長調弦楽器が反復奏する伴奏の上を、フルートが軽やかに飛び回る。全31小節。フルート、ピアノ2, ヴァイオリン2, ヴィオラ、チェロ、コントラバス

第11曲「ピアニスト」 4/4拍子 ハ長調 - 変ニ長調 - ニ長調 - 変ホ長調 - ハ長調わざとへたくそに、ピアノの練習曲を弾く。最後は明確な区切りもなく、そのまま次の曲へ入る。全30小節。ピアノ2, ヴァイオリン2, ヴィオラ、チェロ、コントラバス

第12曲「化石」  2/2拍子 ト短調自作の『死の舞踏』の「骸骨の踊り」の旋律、ロッシーニの『セビリアの理髪師』の「ロジーナのアリア」、その他、「大事なタバコ(J'ai du bon tabac)」「きらきら星(Ah vous dirais-je maman)」「月の光に(Au clair de la lune)」、「シリアへ行く(En partant pour la Syrie)」などのフランス民謡が組み合わされる。全74小節。ピアノ2, クラリネット、シロフォン、ヴァイオリン2, ヴィオラ、チェロ、コントラバス

第13曲は一番有名な、「白鳥」  6/4拍子 ト長調チェロ独奏曲として有名な曲。生前の公開演奏と楽譜出版が許された唯一の曲でもある。全28小節。バレエ「瀕死の白鳥」は、ミハイル・フォーキンがこの曲に振付を施した作品である。チェロ、ピアノ2本来はピアノ2台の編成であるが、1台のみで演奏されることも多い。

第14曲「終曲」 4/4拍子 ハ長調カーテンコール。再度オッフェンバックの『天国と地獄』のフィナーレの旋律(ただし、今回は大幅に変奏されているので事実上ほぼオリジナルメロディになっている)に乗せて、今までの各曲の中の旋律が登場する。全91小節。ピッコロ、クラリネット、グラスハーモニカ、シロフォン、ピアノ2, ヴァイオリン2, ヴィオラ、チェロ、コントラバス

以上のような編成。以前「白鳥」にはまってそればかり聴いていたことがあり、息子も覚えたのかこの曲になると「ママ、よかったね」という風に私をチラとみる。私がありがとうという意味でにっこりすると誇らしげに彼も笑顔になった。やっぱり音楽もいいなと思う。


※八重洲口のウォールプランター、綺麗


小澤征爾のコンサートは叱られたが、その後夫が音楽コンポを買ってくれると言い出した。しかもちょっと無理してハイレゾ対応bluetooth もついているやつで、これで音楽不在の我が家にもまたクラシックの音色が流れることになる。結婚した時にお互いが持ち込んだコンポがそれぞれ順次壊れ、修理に出したりしたがとうとうお亡くなりになったのが約3、4年前。そこから私たちの冷戦状態が始まった気がする。美しいクラシックの音色は私たちを再び取り持つだろうか。それとも。

そういえば昨年ママ友達に、本物のクラシックコンサートに連れて行ってもらったことがある。場所はサントリーホール、カラヤン広場に面したイタリアンレストランで食事をして、音楽の殿堂でクラシックを楽しんだ。あんなに大きなホールに人々がぎっしり、でも誰も音を出さない話さないひそひそ声もなにもない、しーーーーーんとした場内に緊張で倒れそうになった。咳が出たらどうしようとか、携帯を切ったかどうか何度も確認したり、はあーっもうMAX!と思っていたところに演奏が始まり、大きな音の塊がどーんと膨らんではじけた。終わった後は自分がキラキラした物体に変貌しているように感じ、素敵な時間だった。

そういえば叔父とも大宮シビックセンターホールのNHK交響楽団のものに行ったりしたのだった。叔父は相かわらずyokoとはあそこのコンサートにいっただの、この時は何何が演奏されたとか色々蘊蓄を語っていた。

やはり小澤征爾のコンサートは私には勿体なさすぎるだろう。正装して重厚な音楽の祭典に行くのもいいが、家で音楽を聴きながらお喋りしたり色々ゴソゴソしながら聴く方が今はしっくりくるかもしれない。音楽はその時々の思い出のバックミュージックにもなる。あの曲にはまっていた時はこれこれこういう時だったとか、こんな時代だったとか私にも色々ある。

息子を連れていったコンサートで私の好きな『新世界』が始まってしばらくして4歳くらいだったか息子が愚図り出し、親子ともども出なくてはならなくなり、ホールのモニターでぷりぷり怒りながら聴いたのもいい思い出。私は早速『新世界』のイントロの部分で替え歌を作り、息子をからかって怒られたりした。「息子のせいで、出されたよ、息子のせいで、聴けなかったよ。ママの好きな新世界、息子のせいで出されちゃったよ」というのは『新世界』といえば我が家ではもうこの歌詞になっているごめん。

早くコンポが届かないだろうか。聴きたいのはやはりクラシック。家族それぞれ好きな作曲家、曲があり、それらも思い出深い記憶と共にある。来年はやはりラフォルジュルネに行きたい。それには早めに準備をしなければ。私はいきなり気が向いて皆を誘うので、家族に嫌がられることがある。何事も下準備が必要だということが、最近やっとわかってきたように思う。突っ走らないように気を付けなくては。それなのにKさん、早急に対応下さりありがとうございます。すごく感激しました。


【今日の小確幸】

今日は面談授業、山盛りの女装で挑みたい。

東京上野の東京都美術館にいってきた。生誕300年記念の若冲展を観るためだ。先日一緒に屋形船に乗った友達のお母さんが日本画を趣味で描いていらして、上京するなら若冲展を観たいということで行かれたが、炎天下の3時間待ちに断念したと残念がっていた。私は多分そうだろうなと予め「すごく混むと思うし疲れて大変よ」と忠告したのだが、どうしても観たいというので連れていったと友達の弁。

後で図録を買って送ってさしあげようかと思ったら、図録だけは外で販売していたので買えたという。はて、東京都美術館で外で販売とはこれ如何に。おまけにyahooニュースで320分待ちだったと書いてある。一体どれだけ人気があるのだと不思議に思った。若冲といえば私のイメージは、日本画なのにわけわかめなものを描く絵師というもの。そういう奇天烈さが今の時代に受けるのだろうか、若冲とは一体なんなのか。観てみたくなり行ってみた。

朝8時子ども達を起こして食事を食べさせ、そのまま子ども達より早く家を出た。学校まで一緒に行こうと誘ったが断られた。月曜日の朝は大概だらだらしているので怒ってしまった。まあ勝手に行くだろうと家を後にする。それより若冲だ。今日は混んでいるだろうか、平日朝早くなので大丈夫だろうと豊洲から有楽町駅まで行き、京浜東北線に乗り換え上野を目指す。8時20分ごろ改札を出ると、果たして多くの人々が上野公園方面に吸い込まれていくではないか。まさか若冲?という期待を1ミリも裏切られなかった。

東京都美術館に到着すると、もんのすごい人、人、人!切符売り場では10分ほどでチケットを買えたが、入場のための長蛇の列に並ぶのかと思うと眩暈がして一瞬帰ろうかと思った。自分をなだめて最後尾に向かう。が、最後尾がどこにも見当たらない。しかも道を挟んで列が寸断している。そこから更にまた違う道に繋がり、長い長い列はうねうねとあちらこちらに蛇行していてわけわかめだった。

もしかして今日も320分待ちなのだろうかと時間を測ってみることにした。まず最後尾に並んだのが8時45分、そこから途中の給水所で9時45分、給水所にいた人にあと何分くらいだろうと聞く。その時点でだいたい2時間待ちだと言われ、隣にいた二人組の女性がリタイアしてしまった。

じりじり照り付ける太陽と木陰を何度も繰り返し、やっと正面のチケット売り場あたりにきた。チケット売り場も仮設のプレハブで、もうこんな風に販売しないと追いつかないようだった。窓口はざっと6ほどあったか。そこからまたぐるっとエスカレーター周りのテラスをぐるっと一周し、最後にやっと下りのエスカレーターに到着。そこから入口までまた30分ほどかかり、中に入れたのは最後尾からスタートして3時間35分後だった。3時間35分ということは、215分。320分よりかはだいぶマシだったと言えただろう。 でも平日月曜日にこの待ち時間。

もう本当に腰が痛くなり死ぬかと思った。途中で「ご気分の悪い方はお申し出くださーい」と係員がまわってきたが、申告したら列から出されると思って我慢。そしてやっと中へ。中は中で芋を洗うよう。途中の円形展示室が特にすごくて、これまた特に私が一目で気に入った『群鶏図』は黒山の人だかりで全然前に進めない。それでもこういう時のためにとコンタクトレンズプラス眼鏡作戦が功を奏し、ちょっと離れていてもよく見えた。そうしているうちにじりじりと前に出て、すぐ目の前に若冲の『群鶏図』が来た。うおおお!

もう今までの私の中の若冲像は一体なんだったのか。こんな端正な絵を描く芸術家だと知らなかった。日本画なら琳派がNO.1、狩野派は邪道、若冲など論外だと思っていたりした私のバカ。もう今までの概念を全部覆さねばなるまい。釈迦三尊像も迫力があったが、若冲といえばやはり花鳥風月、自然をそのまま切り取り鮮明な色で隈どられた作品の数々は、見事としか言いようのないものばかり。

私が熱心にあれこれ観ていると「若冲は鶏が好きなんだねえ」だの「これは軍鶏、シャモなのよ」などと色々な人が話しかけてくる。すごい若冲好きだと勘違いされたのかもしれない。いやもう好きだけれども。 そもそも私は鷄が大好き。中学生高校生の頃は、鶏を飼っていてすごく可愛がっていた。青春の全てをかけたと言っていいくらい。若冲も鶏を好きになる何かきっかけがあったのではないか。親近感を覚えてしまった。

もうひとつぐっと来たのが『梅花晧月図』、もう小さな梅の蕾がこれでもかこれでもかと丁寧にいくつもいくつも描いてあり、若冲はきっと無我夢中で描いたのだろうと思った。咲いていないつぼみばかりみっしり。これも熱心にみているとどこかから「若冲はね、手もすごく早かったのよ」などと解説が入り、お蔭でガイドセットを借りなくて良かったと思った。他にも「あの鶏とこちらでは年代が違うから鶏冠がちょっと違う」だの「40歳から画業に専念した」だの色々通りすがりのみなさまどうもありがとうございます。

出口に行くと「もう一度観たい人はこちら」と看板があった。もう一度観たい気もしたが、腰は痛いしおまけに小学校から電話があり、息子が縄跳びの紐で目の辺りを打ったと連絡があった。しょんぼりとした息子が目に浮かび、このままお迎えに帰ることにする。帰りは帰りでお土産を買ったらまた長蛇の列。もう何も買わずに帰ろうかと思ったが、おばさんが喜ぶかと思うとやっぱり買うことにする。図録は混雑の影響により、庭で販売中とのこと。なるほど中庭にも江戸情緒のある屋台の売店が並んでいた。

帰りに混雑状況の看板をみると、「150分待ち」とある。朝から全然混雑が緩和されていない、でも朝一よりマシなのか。帰りも人の波は相かわらずで、ずーっと遠くまで続いていた。はあ、びっくり。上野までよろよろと戻り、ホームの椅子に座ってサンドイッチを食べた。椅子のある生活って素敵。でも今日は平日だったせいか大半が年金受給者層と見受けられ、それでもキビキビと並び絵を熱心に眺めていた。すごいなあ、見習いたい。

私は多分このくらいの年代になったら、腰が痛くて立って待てないのではないだろうか。すごく運動不足を痛感した。やはり水泳をやりたい。以前一ヶ月のお試し体験で元を取ろうとせっせと泳ぎ続けた時は、体が引き締まり体重も5キロ減った。だが体力がついたのか日々の生活が全然疲れなかった。水泳はともかく何か運動をせねば。若冲人気にノックアウトされ、体力の限界を知った一日だった。でも明日最終日も観に行きたいと思ってしまった。

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※ちゃんとHP右上に混雑状況が。14:15分ごろ自宅にて。

それにしても、人々の芸術好きといったらどうだろう。こんなに並んでまで若冲が観たいという情熱、私は観たいは観たいが半分はただの好奇心。でもこうして観賞することで、様々に若冲を体感することができた。ネットの情報というのは正しいものもあるが、やはりこうしたリアルには到底及ばない。それに、やはり人々の心を癒すものは「芸術」しかないとも思った。スポーツしたり勉強を十分にするとスカッとするが、心が疲れたままということがある。素敵な絵を観たり音楽を聴いたり、やはり芸術って素晴らしい。子ども達にも伝えたい。

こちらのサイト本家より図録として見やすいかも。


【昨日の小確幸】

疲れたけれど観れて良かった。私もまた日本画やりたい♡

NewsPicsに有料会員登録をしてしまった。NewsPicksは恐ろしい時間泥棒の組織で、ニュースを読んだりコメントを書いたりしていると、あっという間に時間が流れていってしまう。そんな組織にお金までとられてしまったのだ。その代わりに間違いなく経済の勉強にはなるし、世の中の仕組みや本質までも考えるようになれると思う。

こういうサービスを利用するのは、社会で活躍している方々が多いが、専業主婦や育休中のお母さん達が参加すれば日本も変わるような気がする。「あのPick読んだ?」とか「日産が三菱を買収したって」などという話をすれば、日本は今度こそ間違いなく世界に轟く経済大国になるだけでなく幸せな国になると思う。最近中国や台湾などに押され気味なのは致し方ない。

以上、まとめ。
以下、その他。

NewsPicksに課金したのは、有料記事を読みたいというのが動機だった。その記事はこちら

「【グリーンスクール設立者】次世代リーダーの育て方 2016/5/9:独自の視点と卓越した才能を持ち、さまざまな分野の最前線で活躍するトップランナーたち。彼らは今、何に着目し、何に挑もうとしているのか。連載「イノベーターズ・トーク」では、イノベーターが時代を切り取るテーマについてトークを展開する。」

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私は早速記事を読み、グリーンスクールのサイトを見てみた。http://www.greenschool.org/ もうすっごい素敵、ワンダフル、そしてチャーミング。息子を連れて行ってあげたいと思った。でも冷静に考える部分もあり、多分今すぐ行っても息子にグリーンスクールスピリッツは根付かないだろうし、英語も全然話せないので帰りたくなったりするだろう。

まずは英語を勉強させて、私も色々調べて下準備をしたい。それれにお金のことも。セレブのようにずっとそこに滞在させて勉強させるというのも難しいと思うので、いつかsummer camp に参加させたいと思う。やっぱり私もそろそろパートに出よう。また次から次へと影響されて大丈夫なのかと思われるかもしれないが、実は自分でも思う。

宣伝になってしまうが、NewsPicksは有料記事を読むだけが会員のメリットではない。それ以外にいいことも沢山あり、例えば各種経済誌が読み放題になる。

「現在NewsPicksでは、 ダウ・ジョーンズ、薬事ニュース、日刊自動車新聞、日刊鉄鋼新聞、日本食糧新聞、Longine、The New York Times、Financial Times、AERA、Bloomberg Businessweek、Harvard Business Review といった有料媒体の記事が配信されております。」

もう500円アップしてもいいから、日経とか毎日とか東京新聞とかも読めるようになると嬉しいのだが、Financial Times、AERAがあれば十分な気もする。ネットでも普通に新聞の記事が読める時代だし。

でも私にとってのデメリットもいくつかあり、以下のようなものが考えられる。

・時間が更に無くなり課題や卒論に十分時間がとれない
・スマホを見る時間が長くなり子どもの教育上良くない

なので解決策を考えてみた。

・時間が更に無くなり課題や卒論に十分時間がとれない→アサインは一日朝晩各1時間にする。キッチンタイマーを利用。
・スマホを見る時間が長くなり子どもの教育上良くない→子どもの前ではそもそもスマホをみないようにする

このサービスは私が不在の2年間の間に、色々なドラマがあったようで興味深い。最近でもこんな事件があったそう。でもなんか相変わらずという気がする。それにもう二年経ったのかと驚いてしまう。二年前の丁度今頃は、NewsPicksのユーザーからネットストーキングされて嫌がらせを受けて、警察にいったりネットストーカーに強い弁護士に繋がり相談したりした。何やっていたんだろうと思う。

NewsPicksは無料でも参加できるので是非おすすめしたい。現在100万人の参加者がいるそう、でも発言している人は約1000人くらいという印象。いつも同じ人がコメントしていて、ほとんどは幽霊部員かROM専門だろう。でも参加者が増えたとういのは、私がなかなかランキングしないことでも実感できる。以前サービスが出来た頃は、ちょっと発言するとすぐイイネが集まりさあっとトップ10に入ったりしていたが今は難しい。

あの時東京でオフ会をしようということで誘われたが、なんだか経済界で活躍している人達の場なんかに自称専業主婦など違いな気がして行かなかった。あの時はあの時でそれが正解だったと思うが、今は是非参加してみたいと思うようになった。

でもそこに牧田さんや庄司さん、そして佐山さんが参加などという事になれば、恐れ多くてやはり辞退してしまうと思う。

ということで、今日のブログ活動とNewsPicksの朝の部活は終わり。これから2時まで卒論用の資料を読む。


【今日の小確幸】

体調が戻ってきた。

ラ・フォル・ジュルネにお邪魔してきた。これは毎年GWに丸の内周辺で行われる音楽イベントで、街の至るところでコンサートが開催される。今年のテーマはLa nature ナチュール=自然と音楽、ということで、地球に暮らすあらゆる生き物、さらには宇宙や天体の運行まで含まれたものたちをイメージした祭典。いつものような特色のあるテーマというより、ノーマルなクラッシック系が多いように思った。

毎年気にはしているがGWが毎年多忙だったためなかなか行けないでいたが今年は行ってみた。音楽に触れるためというより、そこに訪れるだろう外国人が目当てだった。息子の参加している英語クラスの宿題で、外国人ツーリストに声をかけて写真を一緒に撮るというものがある。昨年度はなかなか苦戦したが、今年は2回目なので割とスムーズに出来た。だが肝心の息子が恥ずかしがってなかなか声が出ない。そして早く帰りたがるので、音楽祭は楽しめなかった。 高知アンテナショップに寄って帰った。

以上、まとめ。
以下、長い方。

毎年GWに丸の内界隈で開催される、ラ・フォル・ジュルネに行ってきた。正確には「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2016」という。これはもともとフランスの音楽祭で、日本で開催されるので「オ・ジャポン」がつく。日本での主催は東京国際フォーラムで、国際フォーラムのみならず、この界隈のコンサートホールから商業施設のエントランス、街中でとありとあらゆるところで演奏が行われるのだ。第一回目はなんと1995年からだそう。私は2006年にこのイベントを知った。生まれたばかりの娘に本物の音楽を、などとあちらこちら探しここをみつけ、子どもも参加できるコンサートということで早速行ってみたのだ。

子どもが観賞できるコンサートというのは今でこそあちらこちらで開催されているが、その頃はほとんどなかった。このラフォルジュルネは当初から子どもと一緒に楽しめる音楽祭ということでも人気があった。今年も「お子さまと楽しむラ・フォル・ジュルネ」などと専用のページがあった。0歳から楽しめるものまであるようで、素晴らしい試みだと思う。早期の幼児教育にはやや疑問もあるが、小さな頃からの情操教育というのはとてもいいと思う。

私が夫と結婚した理由のひとつに、彼がクラシック好きだということもあった。所持しているCDも拘って厳選したものばかり。いついつの誰が指揮をしたこのクラシック楽団などは最高にいいなどと蘊蓄を語り、結婚した頃そして娘が生まれた頃はいつも家の中にクラシックが流れていた。娘も「ベートーベン第六楽章田園が好き」などとツウぶって言う様が可愛らしく、このままこんな感じの素敵ファミリーを築きたいと考えていたりした。私はもともとジャズやボサノバが好きでよく聞いていたが、クラシックもいいなと思いはじめ、区内のコンサート情報をかき集めて家族で聞きにいったりしていた。

ところが最近は夫がSAPIX病のため、そういった勉強に関係ないイベントには見向きもしなくなってしまった。誘うとものすごい厭味を言われる。「ママは悪い友達だから遊んじゃだめ」などと娘に言ったりしている。そして勉強、勉強。勉強と呪文を唱えだす。もう悪魔に憑りつかれたせいで美しい音楽を聴くと苦しいのだろう。私は友達と美術展に行ったりするのも好きだが、クラシックコンサートも大好きで、これらが悪い遊びというなら一体何が良いのだろうと思うが私が変なのだろうか。勉強も大切だがこうした美しいものに触れるということは、心も頭もリラックスして仕事や勉強にも良い影響が得られる筈なのだ。もう、本当にダサいというか「子どもの教育における価値観」がここまで違うなら、確かに諍いが絶えなくて当たり前だと改めて思う。

話を戻してラフォルジュルネ。今年のテーマは「自然との共生」だが、毎年様々なテーマがあるのでメモ代わりに転載してみたい。

1995年:モーツァルト
1996年:ベートーヴェン
1997年:シューベルト生誕200年
1998年:ブラームス
1999年:《ヘクトル・ガブリエル・マウリキウス》 または 1830年~1930年代のフランスの作曲家:ベルリオーズ、フォーレ、ラヴェル、ドビュッシー、サン=サーンス、フランク、ラロ、メシアン
2000年:J.S.バッハ没後250年
2001年:《熱狂の日 イヴァン・イリイチ》 または 1850年~現代のロシアの作曲家:チャイコフスキー、プロコフィエフ、スクリャービン、ムソルグスキー、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ
2002年:モーツァルトとハイドン
2003年:《イタリアのバロック》:モンテベルディとビバルディ
2004年:《1810年 ロマン派音楽時代》:ショパン、リスト、シューマン、メンデルスゾーン
2005年:《ベートーヴェンと仲間たち》:サリエリ、ヴェーバー、ケルビーニ、ディアベリ
2006年:《国々のハーモニー》 (1650年~1750年代)(L'Harmonie des Nations)
2007年:《民族のハーモニー》 (1860年~1950年代)(L'harmonie des peuples)
2008年:シューベルト その生涯と境遇(Schubert dans tous ses états)
2009年:J.S.バッハ、復活!(De Schütz à Bach)
2010年:ショパンの宇宙(L'Univers de Chopin)
2011年:《後期ロマン主義》タイタンたち、ブラームスとシュトラウス(Les Titans de Brahms à Strauss):リスト、ブラームス、マーラー、リヒャルト・シュトラウス、シェーンベルク
2012年:《サクル・リュス(ロシアの祭典)》(Le Sacre Russe):ストラヴィンスキーやスクリャービンをはじめ、ラフマニノフ、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、チャイコフスキーなど、ロシアの大作曲家たち。
2013年:《パリ、至福の時》(L'heure exquise):19世紀後半から現代まで、パリを彩ったフランス、スペインの作曲家たち。:ファリャ、フォーレ、ラヴェル、ドビュッシー、サン=サーンス、ピエール・ブーレーズ、デュカス、ロドリーゴなど。
2014年:《峡谷の星達》(Des canyons aux étoiles):20世紀のアメリカの音楽家達。ジョージ・ガーシュウィン、ジョン・ウィリアムス、レナード・バーンスタインなど。
2015年:《魂と心の情熱》(Passions de l'âme et du cœur):バロック時代からの横断テーマとしての情熱
2016年:《自然》(La nature)
※出典wikipedia

※丸ビルホール、ここは無料で鑑賞できる。

こうしてみると、ひとりの音楽家がテーマになっている年、民族音楽だった回などあり興味深い。シューベルトの年は生誕記念だったのではなかったかと思ったらそのままタイトルになっている。バッハは没後250年などとあり、著名な音楽家というのは生まれても亡くなっても記念祭をやってもらえるものだと感心する。私の好きなエルガーでもやってくれないだろうか。2013年はサン=サーンスかあ行きたかったな。などとしばしセンチメンタル・ジャーニー。夫と「毎年子どもを連れて来ようね」と言っていたのに全然行けてない。まあ私も忘れていたのだけれど。

※丸の内の中庭。ここでもミニコンサートがある

昨日は久しぶりに行ってみて、色々思い出したり街の風景を楽しめた。いつも会場になっている丸の内あたりは、パス・ザ・バトンや一保堂がありよくお邪魔するのだが、息子とラフォルジュルネに来たというとまた景色が違ってみえた。そこで当初の目的、外国人ツーリストを探して写真を撮らせてもらうことにした。昨年度は銀座に行ってみたが、夕方しかも平日のせいか、外国人ツーリストたちは疲れてそっけなかったように感じた。

Excuse me もしくはHallo と挨拶してどこから来たのかツーリストなのかまではいいが、写真を子どもと一緒に撮らせてというとほとんど断られてしまった。歩道に立っている看板の地図を熱心にみているシンガポーリアンにMay I help you? と声をかけると、「いえ、日本人です」などと言われ恥ずかしかったり失敗の連続だった。結局また違う日に一緒に通う方とお台場に行き、彼女のナビゲートで無事ノルマ5人と写真が撮れたのだ。今年はリベンジマッチ、彼女の有無を言わさぬフレンドリーさを見習い真似することにした。

見習おうと思って出来てしまう自分に感心しながら、昨年のダメダメを払拭するように次々と写真を撮らせて貰った。今日絶対に終わらせると思って無我夢中だったのも良かったかもしれない。2組くらいは断られたが、4組8人と写真が撮れた。成功の秘訣は笑顔と押しと、あとは国を褒めることだと感じた。どの人も話しかけるとまず怪訝な顔をするが、何処から来たと聞いてそれをwonderfull やグレイト!などと褒めるとすごくいい笑顔になる。もし自分が海外にいって逆の立場でもそうかもしれない。自分自身を褒められるより、日本が好かれていると感じるのが一番嬉しいのではないか。これぞ「オモテナシ」、オリンピックで外国人と話す機会があったらそうしようと思った。

ツーリスト達は本当に様々な国から来ていた。アメリカ、フランス、イギリスそれからチェコスロバキア。チェコスロバキアは素で驚いてしまった。すごいところから来たもんだねえーみたいな。今年から自国の人に間違って話しかけないように金髪の外国人を狙ったのだが、パッと見金髪=アメリカ人という認識を払拭しようと思った。でもアングロサクソン族からしたら、私たち日本人もアジアの平たい顔族で見分けがつかないように、同じなのだと思った。なんか地球人って面白いなと思う。

写真を撮った後はパンフを渡しながら、彼はミュージカル俳優などと説明するとOh! などと喜ばれ、逆に写真を撮られたりもあった。楽しかった。

※これですよ。

そんなこんなで宿題が終わった後は音楽祭を楽しもうと思ったら、息子が早く帰ろうと愚図りだした。 もうこうなったら帰らないと色々大変なので、残念だが帰ることにする。途中思いついて、有楽町の片隅のビルにある高知県のアンテナショップに寄ってから帰ることにした。息子は怒りだしたがこういう時の秘策、「おんぶしてあげるから」というと、素直に背中に来た。重いが頑張って5分ほど歩く。店の前に坂本龍馬の銅像があるのですぐわかった。というかあることは知っていたが、すぐ隣の沖縄のアンテナショップにいつも吸い込まれるせいか行ったことはなかった。高知のアンテナショップは結構混んでいた。


※混んでる

ショップの色々を冷やかし、息子に「塩バニラ」アイスを買う。地下のフロアが観光&移住案内だと聞いて下に降りるが祭日なのでお休みだった。パンフレットをいくつか貰い帰途につく。それにしても、どうして子ども達はすぐ家に帰りたがるのだろう。何処にいっても帰りたい帰りたいという。私の行くところが子ども達にとって楽しくないのだろう。音楽祭、美術展、ショッピング、食事。確かに子どもにとっては楽しくないのかも。でも私が子どもの頃といえば、そうした大人の場所が結構好きで、母や父と出かけるのは楽しみだった筈だ。一体何が違うのだろうか。信頼関係だろうか、それともなんだろう。

色々考えてしまうが、ともかくGWの宿題は終わった。今日最後の休日が終わったら、課題、仕事、卒論に取り組むことにする。卒業の時期も色々考えて4月に入ってから卒業認定してもらうことにした。3月に卒業出来ないが、この方が長い期間学生でいられるし、課題の締切も少し伸びる関係で単位が多くとれるだろう。せっかくなので少しでも長く勉強したい。


【昨日の小確幸】

丸の内にある花屋の薔薇が綺麗だった。

コメント1いいねが4で終わったと思っていたNewsPicks 、ちょっと出かけている間にコメント40いいねが24になっていた。なんだそれで終わり?と思うなかれ、私のAmazonの記事はUU742 というアクセス数になっていた。UUとはブログを見たユーザーの数。いつもは100ちょっと、あの「拝啓校長先生バディの会長」という記事の時ですらUU200くらいだった。すごい。こういうのは炎上とはいわない、バズるという。

版画友達の版画展は素晴らしかった。新国立美術館で開催された「春陽展」という展覧会で、春陽会という団体が開催する作品展。かなり大きな団体のようで出品数が半端なかった。版画部門と絵画部門があったが版画部門を熱心に観て、自分はやはり版画が好きなんだと思った。観るのも作るのも評するのも好き。「今回はいいのが出来なかった」という友人の作品はお世辞ではなく本当に綺麗で素敵な作品だった。もしかして自分の作品も人がみればいいものなのかもと思った

以上、まとめ
以下、長い方

まとめを書くのをすっかり忘れていたが今日は書いた。でもそろそろまとめが必要ない長さにシフトしていこうと思う。今度こそ。あんなに長く書けるのは才能の一種と版画友達は褒めてくれたが、長いから読んでいないという。やはりもうちょっとコンパクトにしたいと思った。それから私の精神状態を心配してくれて、「山が高いと谷は低い」という言葉を教えてもらった。あまり高いところに登るとすこーんと落ちた時に辛いという。確かにちょっとテンションが高くなり過ぎてやばいかなあと思い出していたところ。昔ウツで休職していた友達が「人間はやや欝っぽいくらいの状態が一番健常」と言っていたのも思い出した。

でもどうやったらテンション下がるのかと考えていたところに学友からブログについて文句のメールが入った。それは丁寧な言葉で書かれていたがその分怒り心頭という感じで、さっとテンションが落ちた。目の前の版画友達にこれこれこういうメールが入ったどうしようと相談すると、話をさっさと整理してくれて、「顔を潰したと思うからそこは謝る。あなたを友達だと思って本音で話してくれたものをブログに書かれたらそりゃ怒るわ」と言われ、それもそうかと思った。

帰って落ち着いて考えて対応しようと思ったが、帰り道 になんてメールを書こうかと色々考えているうちに学友のお人よし加減に腹が立ってきた。いいように操られてるんじゃないわよ、もう今日こそ言ったると思ってがーっと長い長いメールを書いた。すぐ返信がきてまた私も返信をしてなどとガンガンやっているうちに気が済んだ。学友は呆れたと思うが色々考えてくれた筈。友人に書いた「私は高卒でなんの取り柄もないむき出しの女だけど」というフレーズに自分で笑ってしまった。はあーオモシロ。

※上の方のレストランでランチ

※はあー幸せ♡

その前に展覧会の話。私はてっきり友人が版画友達と小さな個展を開き、それに誘われたのだと思って行ったら大きな展覧会だった。素敵な版画作品がいくつもいくつも並び、それは本当に大きな作品ばかりだった。友人の作品はシブいピンクと薄いグレーのグラデーションが綺麗な作品で、写真をアップしても友人はいいと言ってくれたがやはり著作権問題もあるし、控えようと思った。私の版画の下手さが目立っても嫌だし。

ほんっとにすごい作品ばかりで感激した。今後友人の家にお邪魔して作品を見せてもらう約束になっているのでとても楽しみ。私も色々片付けてまた版画をやりたいと思ってしまった。やるならやっぱり多色木版かなあと思った。武蔵美の先生達の版画展でやらかした大失敗の話やまた星先生の話などして、ずーっとお喋りして楽しかった。もうすっごい人の話を聞いて、私なんてまだまだ大人しい方だなと思ったり。自分が出合った強烈な人の話もして「それはただの変わり者だわねえ」などと言われすっとした。

ボスママ達の話をまたして「でもそんな風にずっとあなたに目をつけるなんて、あなたが才能に溢れているからだわ」なあんて言われて嬉しくなってしまった。そうか、そうだったのか、なんて。でも逆に考えてみたらというアドバイスもあった。友人はすごく苦手な人がいて、怖いと思っていたそう。それでその人に会うと避けたり逃げたりしていたそう。それをその友人の怖い人というのは、避けられていると気に病んでいたそう。それを知った友人は一方的に考えるものではないと反省したそう。私も確かにあの育休が怖くて仕方なかったので、逢うとキリキリと緊張していたが、あちらにすれば「冷たい変な人」と思ったのではないか。

でもそこから育休は私に八つ当たり的嫌がらせの数々、接点が無くなっても人を操り相かわらず私を家族をサンドバッグにして喜んでいた。もしこれを何かの使命とか悪い人だからやっつけてしまおうと思ったなら心外以外の何ものでもない。死ねと書いて本当に死んだらシャレにならないが、あんな奴の事を悩み続けて10年もの時間を泥棒されたかと思うと本当に腹が立つ。 今でも悩んでいるのでまだまだ続くかもしれない。

そう考えるとNewsPicks は約1カ月の時間泥棒で可愛いものだった。それにしても「豊洲と武蔵野美術大学に謝れ」というコメントにはムカムカした。あんたさあ、ちゃんと読んでる?私は「京都造形芸術大学通信教育学部文芸コース学生」、武蔵美時代の課題で思いついて書いたが、今は所属が違うわけよ。ということで京都造形芸術大学に迷惑がかかるといけないのでプロフィールを「自称専業主婦」に戻しておいた。ふん、私の志の高さにおののいてしょうもないコメントしてきてあほか。もうNewsPicksもこんなカスタマーがいるようじゃ全然ダメだわね。枯れ木も山の賑わいとかいっても酷すぎる。

というのはあまり書くと私のイメージダウンになると思うのでもうこの辺で。そうだNewsPicks の「いいね」ボタンは「Liked 」ボタンだった。同じように「death 」ボタンも付けたらいいのではないか。そしたら「謝れ」と書いた奴とジャイアンのコメントに押してやる。「don't like 」なんかじゃ生ぬるい、でもこれ押されたら本当に死にたくなるかもなどと思った。

※NewsPicksは大したものだと思う

そんな訳で久しぶりのNews Picks と版画展は楽しかった。友人とも色々と話せてよかった。版画友達は本当に友達が多くて毎日が充実ている人。急遽もうひとり友人の友人が来たが、どこから見ても性格がいいでしょうという佇まいで嬉しくなった。性格のいい人には性格のいい友達が出来るものだ。私も友達でいてもらい続けるために、ボスママですら「許すわ」という人になりたいと思った。でもずっとずっと何万光年も先。

それから、友人との話から人生は短いと改めて思った。やりたい事は全部やってから死にたい。そして夫ともう少し仲良くしなくてはとも思ったが、まあこれでうちはうまくバランスが取れているのかもしれない。これも友人が言ってくれた言葉。私は人に言われるとすぐその気になる「単純星人」でもある。「適当星人」「ダメ元星人」など、色々な星のエッセンスがまじりあって私が存在しているのだわ。素敵。


【昨日の小確幸】

あの記事がたくさんの人に読んで貰えてよかった。「不在時の宅配は玄関前」ムーブメントが起きるだろう。

人気記事ランキングをみると、ちょっとブルーになる。何故ならあまり読んで欲しくないものから順にランクインしているからだ。私はブログを書いているがブロガーではない。ブロガーとはブログのプロ、私はブログを書いているがそれによる収入はゼロ。時々「ブログって儲かるの?」などと聞かれたりするが、「全然、持ち出しがある分損しているくらい」と答える。それは本当でもあり嘘でもあり、ブログ記事のためにお金を使ったことなど一度もない。

青春18切符をブログに書こうと思いついたので、交通費が3分の1で済んだのが得したといえば得をしたくらい。ほとんどはブログに関係なく無頓着に暮らしているが、書こうとパソコンを開けば手が勝手に色々書いてくれるという感じ。なので書いていて、ああそうなのかとか、こうだったのかとか色々思いながら書いている。いくつか削除したものもあるがほとんどはそのまま。本当は消したいものも、意地だけで公開している。

なので今まで書いた記事について、色々反省踏まえ記事にしてみた。ブログネタというものは、なんでも出来るものだと思う。私は本当にブログが好きなんだろうか、書きたいのだろうか。始める時は、小説書きの鍛錬になるかと思った。子どもや自分周りのことは書かずに、大学や趣味のことを匿名で書こうと思っていた。それから誰も非難しない、好きな人達のことをただ感謝するキラキラブログにするつもりだった。

なのに何故こうなったのか、検証してみたいと思う。

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今日も版画の話。版画版画と書いたり古い作品をアップしたりしているうちに、色々なことを思い出した。初めて版画を制作したのは2002年だった。山本容子さんの作品に感動し、作品集を読んだり展示会にお邪魔したりした。モノ創りの好きな私は自分でも作ってみたくなった。恵比寿に銅版画を教えてくれる教室があり、隔週くらいで通って作品を作った。

そこには、銅版画を作るのが好きというより、買うのはもったいないから自分で作りたいという私みたいな人、プロのイラストレーターで趣味は好きなものを作りたいという方、いつまでもいつまでも同じ板で何度も刷る人、細密画のようなすごい作品を週一ペースで仕上げる強者、色々な人がいた。最初の頃は楽しくやっていたが、先生の言動が気になりだし辞めてしまった。前にも書いたが私は独身の頃は、「先生運」が全くなかった。どの先生もほとんど全員嫌いという、反抗期真っ最中の不良中学生のような状態だった。なので教室を3ヶ月1回クールでさっぱりやめてしまった。

だがそこからも版画熱は消えることもなく、いつかどこかで版画をしっかり習いたいなどと考えていた。働きながら専門学校が大学に通うことも考えたが、学費が続くかどうかが心配だった。不安定な派遣をやめて正社員になればいいとも思ったが、正社員になれそうな会社は給与が低い、支払いのいい仕事はブラック企業なみに働く必要があり両立は難しい。実家なら家賃生活費はなんとかなる、一度実家に戻り学校に行こうとも考えた。でも一度戻ったらもう上京できないかもしれない。

私は東京にいたいと思ったし、好きな仕事を希望する会社で出来る派遣という立場でいたかった。それにあの頃の派遣は今でいう不正規雇用などという不安定なものではなく、スペリャリストなものだった筈だ。年収一千万という派遣エンジニアもいたし、時給3万円という方もいた。もちろん私はそんなではなかったが、好きで派遣をしていた。でもお局に当たりクビになったり、やる気がなくなりインドにいったり、蓄え額は常に乱高下していた。仕事が不安定ではなく、自分が不安定だったのだろう。そうだそうだ、そうでした。

そんなところから色々あり夫と結婚し、子どもが生まれた。近所付き合いママ友付き合いという、人生上一番日和らなくてはならない付き合いに疲れて辟易していた。ボスママも何人も登場し、子どもが幼稚園に入ったところでどのボスママも面白いように私を邪見にし、仲間外れにしだした。もうこれは何か自分のライフワークをみつけてそちらに注視した方が精神衛生上よいと思い出した。夫に相談すると快諾してくれる。渡りに船という言い方は変かもしれないが、何もかもがピッタリにすすんだ。

その後の大学生活の話は色々に書いたのでここでは割愛するが、その少し前、子どもが生まれたばかりのクリスマス。私は娘に何か記念になるものをプレゼントしたいと思った。ネットやママ友の話を聞くと、高価なおもちゃとか絵本、奮発して旅行に行くなどという。記念になるプレゼントといえば、翌年になると一歳の誕生日がくるのでそこで用意すればいいのかもしれない。でも今目の前にいる、言葉もまだ持たない幼気(いたいけ)で可愛らしい天使に何かを遺したいと思った。それは大人になってもいつもそばに置いて、見る度に私たちを思い出し、その思い出に勇気づけられるものでないとダメだと思った。

どこで知ったのか覚えていないが小井田由貴の作品を知り、その可愛らしさにたちまちファンになった。「木版画」というのは浮世絵やよくても風景画などが一般的で、こんなに可愛らしい木版画を創る小井田由貴は天才だと思った。山本容子もそうで、銅版画というと宗教画のような重々しいものや、悪とエロティズムの融合的妙なものばかりだと思っていたが、あんなに明るく楽しくお洒落な銅版画があるなんてと感動した。小井田由貴の作品にも同じものを感じたのだ。ちょうどその頃の私は北欧がブームで、池袋にある大きな北欧百貨店ILMUSが大好きだった。そこでよく見かけるのが小井田由貴の作品だった。何か機会があったら買いたいと思っていたので娘に一枚買うことにした。

小井田由貴
※伊勢丹のサイトから転載。小井田由貴作品

たくさん種類があって迷った。どれを選んでも相応しいが、何を買っても後悔する気がした。何しろ娘への初めてのプレゼントだ。気合いが入りすぎていたのだろう。この「娘に初めて何かする時の気合い」は、何かあるごとにその後延々と続き、そのせいで姑ともしばらく諍う日が続いたりした。余計な話は置いておいて、毎週のように池袋に通いやっと一枚選び抜いたのが、あの赤い栗鼠の版画だ。ちょうどそのころ前歯が二本だけ生えており、リスちゃんリスちゃんと呼んだりしていたのでピッタリだと思ったのだ。最後の最後に迷った青い鹿のものは、次に男の子が生まれたら買えばいいと思ったりした。男の子が生まれたらというのは当たったが、蒼い鹿は自分で創った。大学に行き、スクーリングで夫と娘の版画をつくり、その頃お腹にいる息子を思って家で鹿の版画をつくった。

小井田由貴鹿版画
※「小井田由貴鹿版画」で検索するとblogの画像が並ぶ、どうして?google先生

息子がお腹にいるとき、私はずっとバンビのような男の子を想像していた。元気に跳ね回る可愛らしい小鹿、そのイメージで版画を作り、岩を砕いでモザイク画も創った。あの頃何かを描くというと、モチーフは小鹿のバンビだった。でも生んでみたら猿だったので驚いた。でも小さなお猿さんに夢中になってしまい、版画熱はちょっと冷めてしまった。猿はモチーフにしにくいと、作品もあまり作らなくなってしまった。大学に通い出し、レポートを書く必要が出てきて色々悩んだりした。文章を書くのがすごく苦手だったのだ。それでもなんとか書いて出すと成績がよかったりした。思えば武蔵美の時の方がレポートの点数が良かった気がする。

そして京都造形芸術大学に編入し、レポートを書きブログを書て版画の画像をアップしたりしている。版画の記事の中でジクレーを思い出し、昔の作品を複写して額装などした。思いもよらず上手くいって、私って天才などと自己満足したり。するとムクムクとまた版画がやりたくなってしまった。今度作る時は葉書サイズの銅版画や、小井田由紀さんのような真四角の作品を創りたいと思う。それらを観た人々が、幸せになるようなものを作りたい。以前、ららぽーとにギャラリーがありそういうのを販売していた。小さなお地蔵さんが並び、幸せになる絵などとコメントがあったが、豊洲では売れないだろうなと思ったらその通りで、ラッセンや名もない油絵作家の作品と共に店はすぐに撤退してしまった。

将来作家になりたいと思っていたけれど、やっぱり版画作家にもなりたい。元々はこちらになりたくて大学に通いだしたのだ。京都造形に編入した時、夫がこういうだろうと思っていたらやはり言われた。「版画作家になるというのはどうなったの」そんな夢は何処かに忘れたといったが、また出てきてしまった。大人になってから、東京に出てきてから持ちはじめた二つの夢は、どちらもまだ叶っていない。でもいつか、いつかはという気持ちが私に勇気をくれる。京都造形芸術大学の学長も「子どもに夢を持てもてと言うのはおかしい。それにどんどん変わってもいい、僕もそうだった」と堂々と言ってみえて、感動してしまった。素敵な先生だと思った。

私は結婚してから「友達運」が綺麗さっぱり無くなり、代わりに「先生運」があがったと思っていた。友達というよりママ友だが、どの人もどの人もしっくりしない。それどころか集団で私をイジメだし、平気な振りをすると今度は子ども達を攻撃しだした。代わりにそれらで相談した先生達は、どの人も滅多なことでは知り合いになれないと思うような人格者たちばかりだった。学長もそうだし大学の先生達もそうだ。武蔵美は変な先生が多いと前に書いたが、芸術に対しては真っ直に向き合い、私が多少とんでもない作品を作ってもすごく評価してくれたりした。先生に恵まれるということ、こんな幸せが他にあるだろうか。

どうでもいいという訳ではないが、ママ友とかご近所の人というのは、適度にうまくやればいいものだと思う。何より友達では決してない。急にいなくなったり、親しくしていたかと思えば突然他人のような空気になったり。そういう不確かなものが一番大切だと思っていたあの頃の私、結局何も見えていなかっただけなのだろう。一番大切なのは家族だけなのだ。書いていて、「えっ?そう?ああ、そうかも」などと思っている。書いているのは私であり私でないような。思わぬ名言も飛び出し驚いたりする。なので時々妙な記事を書いたりするが、そういう訳なので驚かないで欲しい。誰より自分が一番驚いたりする。あまり私をびっくりさせないでと、未来の自分に念を送ろう。


【昨日の小確幸】

名士の方のSくんから先日の会の礼状が届いた。流石偉い人は違う。というか、私のために開いてくれた会なのだから、私が送らないといけないのに!でも誰も期待していないと思う。

記事で版画版画と書いていたら、版画をしたくなった。ただし、木版画や銅版画などの面倒なものは今はちょっとする気が起きない。出来れば何か手軽で「刷った」と言えそうなものはないかと考えてみた。版画には色々な種類のものがある。私がもともとやりたかったのは、山本容子さんの銅版画プラス手彩色というもの。でも、作った作品の中で一番気に入っているのが『幸せをよぶ碧い鹿』というタイトルの木版画だ。版画というのは色々な種類がある。下絵を描いてから作品が出来るまでの様々な手法により、違う顔をみせてくれることがある。以下に 武蔵美のサイトの版画基礎的内容を、参考に貼ってみた。

【木版】 
凸版の代表的な技法で、板に彫刻刀などで凹凸をつくり、凸の上部に絵具やインクをのせ、紙に摺ります。板目木版と輪切りにした木の断面を使う木口木版があります。浮世絵など日本人に最も馴染みのある技法といえます。

【リトグラフ(石版画)】
平版の技法で、石版石やアルミ版などに脂肪性の描画材で絵を描き、水と油が反発する性質を利用して絵の部分のみにインクをのせ、プレス機によって紙に刷る技法。版面に凹凸をつけることなく、絵を描くだけで版を作ります。

【銅版】
 凹版の代表的な技法で、銅版に凹凸をつくり、凹にインクをつめ、強い圧力をかけて紙に刷ります。ドライポイントなど銅版に直接彫刻する方法と、エッチングなど腐食によって凹部をつくる方法があり、それぞれ違った効果を得ることができます。

【スクリーンプリント】
孔版とも呼ばれる技法で、版となる膜(スクリーン)にインクが通る部分と通らない部分をつくり、紙などに刷る方法です。他の版形式と異なり、図像が反転しないという大きな特徴があります。※新孔版画ともいう、プリントゴッコと同じ手法。

他には今もっとも多いのではないかという、「ジクレー」という版画がある。これがなかなかに曲者で、版画なのだから高いという概念を持つと間違ってしまったりする。「版画です」「ジクレーです」と販売員に言われても、本物の版画が欲しいならちょっと考えた方がいいかもしれない。「ジクレー」とは、インクジェットプリンターで印刷された版画作品で、「ジークレー」や「Giclee」などと表現されることもある。でもこれ、何も手作業がなされておらず、刷るのは高性能なインクジェットプリンター。家や会社や学校、はたまたコンビニやキンコーズにあるものと同じなのだ。「版画」というより「ポスター」だともいえる。

版画版画と記事に書いている間に、ボストン美術館にある浮世絵を思い出した。中でも有名なもの、しかも滅多にお目にかかれない秘蔵作品は、ボストンの大富豪「スポルディング兄弟」が寄贈した約6500枚の浮世絵版画の数々。これは一般的に「ポルディングスコレクション」と呼ばれ、それらを寄贈する条件として、公開や展示は一切しないでというものがあったのだ。それにはこんな理由がある。

絵もそうだが、特に版画は光に晒されると色がどんどん抜けてしまう。 昔のカラー写真が時を経てセピア色になったりするが、同じように版画作品も同じように色を失ってしまうのだ。なので収集した作品達を愛するスポルディング兄弟は、公開を一切しないという条件を提示したのだ。以前、NHKスペシャルで特集された番組で実物をみたが、たった今刷り上がったような鮮明なものばかりだった。日本の浮世絵の展覧は、よく見えるように明るい光の元に展示されるのが一般的。時々色あせた作品を目にすると、勿体ないと思ってしまう。日本はコレクションの保存については割と無頓着だと思う。代わってボストン。スポルディングコレクションの浮世絵達は、世界で最も無傷で美しい色鮮やかな浮世絵コレクションと評価されている。 

それを思い出し、自分の版画作品、特にたった一枚しかない鹿の版画をなんとかしたいと思った。時々額に入れて飾ったりするが、色がどんどん劣化しているのだ。しかもあちらの額こちらの額と入れ替えたりしたせいで、隅に亀裂が入ったりもしている。もう原本はスポルディングコレクションのように厳重に仕舞っておいて、印刷したものを飾っておけばよいと考えた。幸いにもマンションの売店に、カラーコピー機が導入されたばかり。早速コピーしてみた。すると思った以上に綺麗にプリントが出来た。

木版の板目や絵の具の濃淡、ものすごく忠実に再現された。でもそれはそう、だってカラーコピーだもの。家にあった版画用の和紙をカットしてコピー機にセットした。詰まるかと思ったがするすると複写したものが現れた。なにこれ!すごい綺麗。本当に版画で刷ったものみたい。もうこれでいいと思った。欲しがっていたあの人この人に、額装してプレゼントしようと思った。カラーコピーしたというより、ジクレーと言えば喜んでもらえると思う。うちに飾るものもこれを飾っておこう。いっそ販売してもいいかもしれない。作品の山を整理したり額装したりと本当にくたくたになってしまったが、これで一安心。子ども達が独立する時に、それぞれ持っていってくれるだろうか。


【今日の小確幸】

ジクレーで保存すると閃いたこと。


パパと凛咲2_1 
※もっとも時間がかったが背景が気にいらない多色木版。すごく大きな作品。いつか切り張りなどコラージュで新しく何か作ってみたい。作品名は『パパと娘』


※本物と遜色ない仕上がり



栗鼠_1
※これは作家小井田由紀さんの作品。娘の初めてのクリスマスプレゼントに買った。 『栗鼠』

文房具2_2jpg
※こんなのが出てきた、大きな作品銅版画『STATIONARY』

幸せを呼ぶ碧い鹿2_1_1
※A3サイズにプリントすると実物大になる『幸せをよぶ碧い鹿』  

また整理したら色々アップしてみよう。小さな作品達はどこにいったのだろう。

4/5〜4/11日必着の卒業制作第一回目分
こども芸術村申請
ライター仕事4/10締め切
4/10保護者会
Nさんと版画展
Tさんと山本容子展
Mさんとららぽランチ&映画
T課題始める
叔父の件で従兄弟とランチ
叔父の家に顔出しに
5/某日ゲストルーム予約
作品展の作品とりに小学校へ
息子の衣装サイズFAXチケット注文
息子のげんきっず&花まる書類提出 
4/17配役発表保護者出席

今月中の締切や予定を書きだしてみた。書いておかないと必ず取りこぼしが出てしまう。手帳やカレンダーに書けばいいのだが、書くのを忘れたり見落としたりがある。ブログに書いておけば何故かちゃんと出来る。ブログって不思議だなと本当に思う。今日は春休み最終日、あと一日で子ども地獄から解放される。昨日は天気も悪く、子どもはふたりとも何処にも出かけずへとへとになった。旅の荷物も洗濯するものは出したがまだそのまま。今日もきっとイライラするだけで何も出来ないだろう。何処かに遊びにいきたいが、夫が「娘は勉強があるから連れていくな」と怒るだろう。

娘にSくんとOくんを見せたかった。ママの好きだった人達はこんなに立派になったと。昨日あれこれと話すが途中で必ず喧嘩になる。「ノーベル賞だって、そんな世の中甘くない」などというので怒ったのだ。娘は現実的過ぎて嫌になることがある。かと思えばまたキチンとカレーを少し残して食事を終えたり。もう怒らない、もうひっかからないと思うがつい怒ってしまう。アドラー的対処方法としては、この場合は知らん顔をして朗らかな顔を見せなくてはと頭ではわかるがやっぱりできない。

今日は卒業制作の最終チェックが残っている、いよいよ今日から受付なので出して来ようと思う。今日出せば明日京都に着くはず。もし切手不足やなんらかの事情で戻ってきても再提出が間に合う。昨年度ひとつ戻って来て最終提出に間に合わなかったものがあったのだ。あれが間に合えば単位は全部で43単位とれたはず。あと「コラージュをデッサン」が合格点なら45単位とれていた。あの採点はないとまた思い出してイラッとする。そしてブログを書いていなければ50単位くらいはいったのではないかと思う。そもそもそのあたりが目標だった。あと21単位とれば卒業できる、本年度は量より質を重視したいと思う。

さて、しくしくメソメソ列車の中で泣いたと書いたが、その前に名古屋駅できしめんを食べた。階段の下で発車のベルが鳴っているので慌てて駆けあがったら、ドアが閉まる寸前の豊橋行に間に合いそうだった。でも私は乗らなかった。何故ならしきめんの小さなお店があり、食べたいと思ったのだ。息子は早く帰りたいようで、乗ろう、乗ろうよと地団太を踏んでいた。「きしめん食べるから次にする」というと、怒って突撃してきた。小さな手で繰り出されるパンチは意外に痛くて、痛い痛いと店の中に逃げ込むとついてきて「俺、きしめんなんて大嫌い」と大声でわめく。うるさいから外に出てよと負い出し、きしめんを食べる。息子が静かに入ってきたので水の紙コップに分けてやると、全部食べてしまった。「美味しいでしょう」というと「おいしくない」という。可愛い奴め。

次の停車は豊橋。豊橋でも事件があった。駅のホームで帰省土産を買っていないことに気が付く。ママ友ゼロと言いながらも、あちらこちらから旅や帰省のお土産をいただくが、いつもそのままになっている。こういう時にお返しをせねばと気が付き、ホームに息子を残してコンコースにかけあがる。電車がくるのにあと10分ある。荷物みておいてと息子に声をかけたら何か言っているが、そのまま買い物をする。ところが良さそうなものが何もない。大きな菓子折りなど荷物になるから持てない。やっぱりさっき名古屋城で買った金鯱鼈甲あめをもっと買ってくればよかったと後悔した。

ふと見ると大餡巻の出店があった。懐かしいわあと早速買うことにする。電車で食べる分ふたつと、家で食べる分3つと分けてもらう。そうだ、これをみんなのお土産にしようと、あと5つ入りの箱を2つ下さいというが、おばさんが「えーと待って、最初は抹茶とカスタード、それから」などともたもたしている。なんていうか、田舎スピードというのかゆっくりゆっくり計算をしていた。私が素早く計算して申告するが、レジを打つ手ももどかしい感じ。そんなところで時間切れになってしまった。もう5つ入りはいいですとホームに戻る。列車が出るタイミングに駆け込むと、息子も素早くトランクを持って列車に飛び乗る。椅子に座ると息子が大きな声で泣きだした。そこで私ははっとした。こんな全く知らない駅でひとりぼっち、携帯を鳴らしてもママは出ない、そんなところに電車が来た、乗ってまつのかホームで待つのか、それより列車が出てしまうとハラハラしたに違いない。ごめん、ごめんと抱っこして頭を撫でた。本当にごめんよ。

怒って泣きながら抹茶大餡巻を食べて、息子は眠ってしまった。そこで私は落ち着いてSくんのことを色々考えたりしていた。だって暇なんだもん。暇になると人間は碌なことを考えないというのは本当だと思った。次の停車は浜松。息子はそわそわしだした。行に鰻を食べて、浜松は鰻が名物だといったので食べたいそうだ。でも店ではなく弁当でいいという。乗り換えが5分しかなく、コンコースに買いにはいけない。次の電車に乗れないがいいかと聞くと、いいという。な、なんなの。私のきしめんに怒ったのは、浜松で鰻を食べるつもりだったようだ。きしめんをしっかり食べた私はもう鰻は食べられない。息子に鰻弁当を買い、お土産も無事に買えた。やれやれだった。

浜松を出れば次は熱海だが、ここで様々な人間模様をみた。新幹線では絶対見られない光景に、感動すら覚えた。最初は歯の無いホームレスっぽい人が話しかけてきて、坊やいくつだとか何処にいくのかとか、ちょっと行っちゃってる感じの笑顔でなんだかんだ私たちを構いだした。いつも社交的な息子も押し黙り、私も二言三言話して無視してしまった。すごいわ東海道本線と思いながら、そっと車両を移動した。

今度は座った席の目の前にすごい巨漢がいた。大きなリュックが小さくみえるくらいどっかーんとした体躯、手にはスーパーの袋を3つ下げている。それは全部ビールやハイチュウのロング缶だった。それを一本、また一本と飲みだした。一体なんぼん飲むのかと思った。だいたいだが10本くらい飲んだのではないだろうか。堂々と飲めばいいのに、ぐっと飲んではスーパーの袋に隠し、ちらちら辺りを伺いながらまたぐぐっと飲む。目の前が私のせいか、飲む時は私をジロジロ見ながら飲む、でも私がみると恥ずかしそうに缶を隠す。一体なんのためにここで、家かホームで飲めばいいじゃないと思った。すごいな東海道本線。そして間もなく熱海という頃には、真っ赤な顔になった巨漢がふらふらと別の車両に移っていった。何処にいったのか、熱海では見かけなかった。

熱海からは東京駅までの旅。熱海で何か美味しいものを食べたかったが、乗り換えが3分しかなくお腹もいっぱいだったのでそのまま乗り換える。ボックス席がふたつ空いていたのでそこに座ると、偶然18切符で日帰り旅行をしている親子と乗り合わせた。富士山が見えなかったというので、昨日だったら良かったとか、私達は行にみたとか話が弾んだ。息子よりひとつ上の女の子は、クラス変えが怖いと言っていた。嫌な子に当たったら一年が台無しのような事をいう。今の小学生は豊洲じゃなくどこでもそうなのかと思った。私は小学生の時も、中学の時もずっとそんな心配した事がなかった。あの頃の私の悩みはただひとつ、給食が食べられないことだった。全部食べるという鉄の掟があったはず、体の小さな私はいつも食パンを残してランドセルや学生鞄に隠した。本当に給食が嫌でノイローゼになりそうだったのだ。中二の時にY子ちゃんがイジメたとT恵に申告したが、そんなの給食や豊洲のいじめに比べたらどうという事もない。Y子は私がN子やT恵と仲良くし出したら、急にペコペコしだした。その頃は何が起きたのかわからなかったが、多分私を独り占めしたかったのに言う事を聞かないのでイジメた、でも権力には負けたという事なのではないか。毎日遊ぼうとか家にしょっちゅう電話してきてベタベタしたり、イラストを描いて可愛いお人形を今度はお姫さまなどと勝手に発注するので嫌だったのだ。誰誰ちゃんと遊んじゃダメとか、遊んだら死んでもらうとか、今なら大問題になりそうな事を言っていた。なので余計に嫌ったのだが、その空気を察して裏切者などと思ったのではないか。しばらくして力のある友達と私が仲良くしだしたので、諦めて逆にペコペコしだしたのだろう。うーん、大人になるとなんでもわかるようになる、素晴らしい。大人になってよかった。ちなみにY子ちゃんは偏差値の低い高校を卒業してすぐ、ヤンキーと結婚したと聞いた。一度帰省なのか家の前でばったり会ったら、ものすごいおばさんになっていた。パンチパーマというか、ちびまる子ちゃんのお母さんヘアというのか、それにスーパーで買ったような煮だした色の洋服。50代くらいに見えてびっくりした。すぐに声にしてしまうのは私の悪い癖なのだが、「うわっ!おばさんになったね」と素で驚くと、「失礼しちゃう!」とカンカンに怒ってそのまま家に入っていった。普通は最初に「久しぶり」とか、「元気だった?」とか言うものだと反省した。でもまだ20歳そこそこだった筈だ、今頃どんな風になっただろう。話を戻して東海道本線の話。私は女の子に娘の話をした。娘も仲のいい子と離れてしまい、一年間詰まらなかったと言っていたというと、自分だけじゃないとわかったせいかほっとした顔になった。大人になってもそういうのあるよ、クラスなら一年我慢すればいいけれど、マンションを買ったところでイジメられたら最悪だよとか、嫌で引っ越す人がいるくらいだなどと暗い未来を暗示するような事をいってしまった。でも女の子は嬉しそうにそれは怖いとか、いい時もあるなどと言ってくれた。途中で親子は下車し、息子とふたりきりになった。

あと何駅だとかお姉ちゃんに早く会いたいとか、新幹線と並ぶと「俺、新幹線でぴゅーっと行ってびゅーっと帰りたかった」などと言いだした。青春18切符は一日乗り放題下車し放題の期間限定の夢の切符と教えたが、なんだか違うと思ったのかもしれない。あと何回騙されて一緒に乗ってくれるだろうか。色々旅の思い出を話していると東京駅についた。本当は新橋で乗り換えて有楽町線で豊洲に帰ればいいのだが、東京駅から豊洲までは都営バスも出ている。息子にどちらがいいかと聞くと、早い方がいいというので地下鉄で帰ってきた。でも名古屋から東京まで制覇したと書きたかったので、東京駅まで行き、山の手線で一駅戻って有楽町駅まできた。新橋からゆりかもめで豊洲までとも考えたが、息子が乗らないという。最初の頃は喜んで乗ったが、もう乗りあきたのだろう。贅沢な人だと思った。

駅につくとお姉ちゃんに早く会いたいからと、ひとりで走っていこうとする。また放置していると近所の人に思われたくなくて、一緒に帰るがいつの間にかいなくなった。息子は学校の友達たちから、透明人間と呼ばれているらしい。いたと思うといないとか、いないと思うといつの間にかいるのだそう。「あの人忍者だから、私がそうだから」などと答えると、「えーうそだー」などと言いつつ興味津々に色々聞いてくる。子どもって面白いなと思う。きっといつまでも覚えていて、あの子のお母さんは忍者だったなどと思い出したりするのだろうか。

そういえば息子は間もなく2年生になる。今好きな女の子がいて、一生懸命にアピールをしているがどうなっているのか。学校公開でみにいくと、その女の子が後ろから息子に抱きついて甘えていた。すごい息子、何したらそうなった?私とSくんもなんだかんだ大人になっても繋がりがある、こんな小さな頃のことも色々覚えていたりする。息子達もそうなるだろうか。それにしても最近の子ども達というのは、私とSくんなんて手も繋いだこともなかった。飲み会の帰りにOくんがハグしてくれたがただの酔っ払いだったようで、TちゃんやKくんともハグハグしていたそうだ。Oくんが会社の若い子にして、セクハラで訴えられないようにと祈った。

そして昨日はそれをネタにブログまで書いてしまった。書いてアップした後に、やっぱり削除しようかそれともパスワードでロックして限定公開にしようかと悩みながら寝たせいか、中村先生がブログの記事をいちいち採点してくださる夢をみた。いつもの輝くような笑顔で「これは86点、いいですね」などと言っていた。ノーベル賞の記事は何点だったか忘れてしまった。そこまで読めなかったのではないだろうか。

なんだかんだ膨大な量の記事を書いている。いつも書いた後に後悔して削除しようと思ったりするが、結局全部そのままになっている。あの人もこの人も全部読んだだろう。そして今度は中学の同級生たちも。相かわらずと思ったのか、驚いて引いたのかそれは全くわからない。ハゲと書いてて怒っているだろうか。でもハゲもSくんだからノーベル賞のSくんと混同してしまうのだ。

ハゲハゲと書いているが、お坊さんのような風格があり、選挙のポスターになったら目立っていいと思う。そうなったら私も一週間くらいは鶯嬢して応援したいと思う。大きなダルマに目玉を入れて万歳三唱、そして食べたり飲んだり歓談というやつ、一度やってみたかったのだ。 偉いハゲがもっと偉いハゲになるのだと思うと感慨深い。みんな偉くなっていく、東京の地から応援しているから頑張って。私も頑張らなくては。

家に帰ると娘が飛びついてきた。疲れていたので邪見にしてしまう。夫がご飯食べるかと聞くのでいらないというと、子ども達に食べさせて世話を焼いていた。地元では実母に甘え、東京では豊洲ママに甘え、娘が甘えてくると「今日はもうママ閉店しました」などと言って邪見にする。これではボスママ達に虐められたりも当然かもしれない。ブログを書いた後ワインを飲んだら眠くなったので、歯だけ磨いて寝た。

初めての青春18切符の旅は本当に楽しかった。来年の春もまたこの切符で帰省したい。その前に3月中旬に京都で卒業式がある。京都にいって、帰りに地元に寄ればいいだろう。実家で母に着物を着つけて貰うのは時間が足りないだろうか。卒業式は何時からなのだろう。今度は息子も娘も置いていく。時々「ママ出てってよ」などと偉そうに言うのでちょっと長めにプチ家出をするつもりだが、もう私がいなくても困らないだろう。児相対策はなんとか考えよう。

もう同窓会に行かないと書いたが、行くに決まっている。卒業証書をみんなに見せて褒めてもらいたいのだ。卒業制作も読んで欲しいと思っているので、それがSくんと私のラブストーリーでは具合が悪い気がする。やはり、あちらにすることにする。N、O先生がブログを時々読んでくれているようで、「一体どれを書くつもり」などと思われている気がする。それは届いてからのお楽しみ。多分、思っているのと全然違うと思う。春から全く新しいものを書いたのだ。これで芥川賞とれるといいな。


【今日の小確幸】

娘がマックのモーニングマフィンが塩辛くて食べられないという。味覚が正常でよかった。私も食べられなかった。よかった。

※結局名古屋城にいった。息子は思った通りのセリフで怒っていた

※本丸御殿の虎、一休さんはいなかった

※河村市長、募金しましたよ(^^)

※満開、見惚れてしまった

※ちらちら花びらが降っています

※この日がベストディでしたね

名古屋城の桜が私を待っていてくれたように思った。「また来てね、待っているから」とでも言うように、花びらがちらちらと降り始めていた。今日戻ろうと思わなけれは見られなかっただろう。本当に寸分の狂いもない満開。今まで見てきた中で、一番綺麗な桜だと思った。本当に美しいと思った。ありがとう。



昨日からの予定だったが、雨だし娘が熱を出すわで今日に変更。予定通り5時丁度くらいに息子と家を出た。これから実家に帰省するのだ。今までは子どもが小さかったので新幹線だったが、今日は青春18切符で帰ることにした。息子が生まれた時に、大きくなったらリュックで日本国内を回りたい、しかも青春18切符でとずっと思っていた。まだ小さいかもしれないが、もう大きくなったともいえるだろう。熱海から沼津まで来て、この後静岡で乗り換え浜松にいく。最終目的地は名古屋だが、青春18切符は途中下車も可能で、息子に砂丘を見せたいと思ったのだ。 

熱海で買った鯵の押し寿司を車内食べる。さすが東海道本線、車内で食べられそうな座席がちゃんとある。先頭車両の一番前に、ドアを挟んでふた席だけぽつんとある席、そこで朝食。朝起きて何も食べずこれしかないせいか、息子もすごくよく食べた。旅のお弁当というより「食料」といえるだろう。もうしばらく何も食べられないと言ったせいか、2/3は息子が食べた。珍しい鯵の押し寿司、うん、美味しい。でも次は違うのを食べたい。

運転手が交代して、運転席のカーテンが開いた。息子は狂喜してガラスにへばりついていた。電車が好きなんだなあ、男の子なんだなあとニコニコしてしまった。

※富士山もゆっくり鑑賞出来る

※熱心に見ている息子

※うん!ふつうに美味しい

朝は、楽しみで楽しみでパッと目が覚め電車に乗ってもあれこれと話す私に対し、息子は眠いのかぼおっとしていたが熱海あたりから逆転。私はお腹が満たされぼうっとしてしまい、息子が調子が出てきて騒ぎだした。

ゲームか何か持ってくれば良かったかと一瞬思ったが、それでは青春18切符の意味がない。あれこれ相手をしていると気が済んだのか、今度は眠ってしまった。私も終点浜松までしばしの休息。やれやれ。途中でリュックを背負った子どもの集団が乗り込んできて、息子の帽子を忘れたのに気がついた。「先生」と呼ばれる人がいるのは何か子ども会か。今は10:29天竜川駅。色んな名前の駅があるものだと感心する。

浜松到着。中田島砂丘に向かうバス停に移動するが、たった今バスが出たばかりのよう。ガッカリしていると息子がお腹空いたなどという。前に浜松に来た時に食べた鰻の名店が目の前、すぐに砂丘に行きたいと怒る息子をなだめ、店に行く。2人で櫃まぶし茶漬けを頼みシェア。相変わらず美味しかった。また戻るとバスがいったばかりだという。また息子に叱られ、ベンチに座る。

※店に着くとニコニコになった息子

※息子はそのまま私はいきなりお茶漬けで

電源がなくなりそうなのでまずはここまで。今日は暑くなってしまった。帽子は忘れたが日焼け止めはもってきた。よかった。

2016.04.29続き

鰻はちょうど名古屋と東京、中間の味だった。名古屋の鰻というのは炭火でバリっと焼いている。なので刻んで櫃まぶしにして丁度いいのだが、東京のは蒸してから焼くせいか、ふわっとしている。最初東京で鰻を食べた時「これ、好きじゃない」などと思ったが、美味しい名店で食べてからは東京の鰻が大好きになった。いつもというか、年に一度くらいだがお邪魔するのは「尾花」というお店で、東京の鰻ランキングでトップになるお店。私はたまたまこの店の近くに住んでいて、夫とのデートでよく訪れた思い出の店でもある。最近は値上がりしたのと我が家のお財布事情双方の理由で年に一度くらいになってしまったが、ここ以外のお店では食べたくないと思うくらいの名店。店の佇まいや店内の江戸情緒といい、このままずっと続けて欲しいお店。もしキンピカのビルに建て替えるなんて知ったら店にデモに行きたい、と思うのは私だけではない筈。

と、話が逸れたが、浜松の鰻は本当に美味しい。鰻の大好きな息子も満足そうで「美味しかったでしょう」と威張ってしまった。その後はバスに乗り、「中田島砂丘前」で下車。目の前に大きな石の看板があり、このすぐ後ろが砂丘だとわかる。というか、昨年のシルバーウイークにも名古屋の途中で浜松で下車し、同じ店て鰻を食べて砂丘にいった。そうだ、浜松グランドホテルに二泊したのだった。これは叔父と私と娘の三人旅。叔父の新婚時代は浜松がスタートで、帰省ついでに一緒に行かないかと誘ったのだ。この時は今回と全く逆のリッチな旅で、息子と娘は本当に何もかもが正反対だとまた思った。このリッチな旅についてもいつか書きたい。娘がフォアグラを食べて未だに美味しかったもう一度と言い続けることになったフレンチの名店の話も書きたい。思い出深いものがこの時もたくさんあった。

さて砂丘に到着。息子は元気いっぱいわーっと大喜びで走っていってしまった。

※待って!

私は焦って走るが砂に足をとられなかなか前に進めない。海にさらわれたらどうしようと泣きそうになり進んだ。やっと到着すると、息子が海岸で遊んでいた。

※来た方を振り返る

大きな棒を拾って勇ましく海に立ち向かっている、と思うと波を怖がり戻ってきたり。ちゃんと遊んでいるのでほっとした。私は近くで貝や石など広い、自分の影や風景を写真にとったりして遊んでた。

※スマホでパ写☆

はあ、海っていいわね、豊洲の海なんて工業地帯だったせいか、なんか愛想もそっけもないぽかんとした海だけれど、こうやって自然のままの海というのは風情も情緒もあっていいわなどと独り言ちる。


※箸置き用の石、何を描こうかな


※ふたりとも靴がボロボロになった

※波と格闘中

するといつの間にか息子が隣に来てべそをかいている。聞くとズボンが濡れてびしょびしょになったと困っていた。あらあら元気いっぱいというけれどやっぱり都会のもやしっこ。海水に塗れたくらいで泣いちゃって可愛いわあ。でもそんなことだろうと着替えは一式持ってきている。靴は遊んでいる間ここで乾かせばいだろう。「着替えあるから大丈夫よ」というと、目がきらっと光った。また元気いっぱい波と戯れだした。ふふふ、可愛いわ。命も一緒に洗濯しちゃいなさい、なんて思った。

私は細長い石を拾うのに夢中になった。来る途中、細長い石にペイントし花や植物の絵を描いて露店で販売しているのをみかけたので、自分でも作ってみようと思ったのだ。そうか、ここで拾った石なんだ、私も東京で売ろうかなあ石はただだしボロいわなどと熱心に選んでいた。息子が気になりふと見るといなくなっている。どこにもいない、私はどきんとした。心臓が凍り付くような気持ちになり周りを見渡すがやはりいない。どうしようと思った瞬間、息子が拾って遊んでいた棒が横たわっていてしかも二本に増えていた。よくみるともう一本は息子だった。もうびしょびしょになっていいと思ったのか、濡れた砂浜に横たわって波と勝負していたらしい。


※体を洗濯しろなんて言っていない

じっとこらえて波が来るギリギリまで我慢、波が来たらばっと起き上がって逃げるという遊びを延々としていた。頭を抱えてわああああああ!と叫びそうになったが、まあ濡れちゃったし、着替えもあるしと好きにさせることにした。何度も何度も波をかぶり満足したのか息子が帰ってきた。寒いというので着替えさせようとするとここでは恥ずかしいという。もーっあなたのちんちんなんて誰も見ないわよ!と悪態をつきながら松林の中に連れていく。

以前娘と来た時に、「今度来た時に荷物があったら隠そう」と思っていたスポットを探すと果たしてそのままあった。そこで息子を着替えさせ隠した荷物を引っ張り出す。場所は内緒。息子は驚いて、どうしてこんなところがあるのか、荷物置き場なのかと聞くので「日本全国忍者の会の会員はここを使っていいことになっている」というと納得していた。

※私も根性試しをしてビショビショに

着替えてバスに乗りまた浜松駅から名古屋を目指す。途中岡崎に停車し、愛知環状線の乗り換えだと気が付いてそちらに乗ることにした。愛知環状線は青春18切符では乗れないが、ここで乗り換えると直通で帰れるのだ。

岡崎で何か美味しいものはないかと息子と店を冷やかし、お菓子を買って鉄道に乗る。帰りは岡崎城に寄ってもいいな、などと考えながら、息子と面白い話を交互にしながら列車に揺られる。私が思いついた一発ギャグが受けたようで、息子はお腹を抱えてずっと笑っていた。ちょっと静かにしないとまずいかなと「ちょっと、ご迷惑よ」と急に母親ヅラして注意したり。環状鉄道にこんなにずっと乗ったのは初めてで、色々な駅の情緒を楽しめた。どの駅名も全部懐かしい。鈍行の旅って本当に楽しい。ゆっくり進むから駅も景色も楽しめる。色々考え事をしたり目の前の息子をかまったり全然退屈しない。


※可愛い奴め

※こんな作品も

息子は石で石に文字を書いて遊んでいた。発想の面白さに驚き、めっちゃ褒めた。息子は天才だと思った。小1のテストで0点なんてなかなかとれないよ。やはりゲーム置いてきて良かったと思った。

しばらく字や絵を描いていたが飽きたのか地図を見せろというので一緒にみて、Googleマップで自分たちが線路をゆっくり移動するのを確認したり、こんなにきたんだねとか、ここには何があるとか、色々話した。本当に便利な世の中になったものだ。特にスマートフォンは悪の権化のように思っていたが、こういう時は本当に役に立つ。乗り換え、マップ、街の情報、写真も撮れるしメールも音楽も。この小さな薄い板で全部できるなんてすごいよすごい。バッテリー一回分がチャージできる小さな充電器を持って行きやや最後不足になりそうだったが十分だった。

駅から家までも当然徒歩。娘の時はタクシーを使ったっけ。息子は自分が担当で育てているという認識なので、こういう時も贅沢はさせない。「疲れたよ」と愚痴りだしたので、「名古屋では疲れたを「えらい」っていうの。偉いのえらいじゃなくて、えらい。ママのお友達に言うと褒められるよ」というと、面白がって「もうえらい」と言い出す。そこからさらに「えらいでかん」というのは「もう本当に疲れた」という意味だとか、「もう怒った」というのは「まーかん」という、などと名古屋弁講座をしながら歩いた。

帰り道をちょっと遠回りして、大好きだった焼き肉屋に立ち寄った。両親も誘えば良かったとチラと思い反省。お肉は昔ながらの美味しいカルビとシロコロ、変わっていなくて嬉しかった。息子もたくさん食べてくれた。

満足して実家に帰ると母がびっくりしていた。「来たの」などと驚いた顔、でもすぐ息子に気が付いて笑顔になった。私が連絡もなく帰省するのには理由がある。それは妹からの助言、ママは帰る帰るって前以て言われるのが好きじゃないらしいよ、支度しなくちゃとか何を食べさせようかと考えてへとへとになるんだって。来るなら黙ってさっさと来て欲しいと言っていたそうでそうしたのだ。焼き肉を食べてきたのでお風呂を頂いてさっさと寝た。息子も蒲団に横になるとすぐに寝てしまった。ママンも相かわらずの早寝。挨拶もお喋りもそこそこに、いつも帰る家のように眠った。疲れたけれど本当に楽しい列車の旅だった。


【今日の小確幸】

※美味しかった

注意:夫が休みで家にいます、児相に通報しないで下さい。

「児相、警察、教育委員会」の記事を読まれたくないので誤魔化すためにも、もう一本記事を書く。今日は卒業式なのか娘と息子は学校がお休み、夫も合わせて休みを取ったようで科学未来館に出掛けていった。最近の科学未来館の混みようといったらない。娘と行き出した頃は駐車場もガラガラ、レストランも並ばないですぐに座れた、なのに今はもうどこもかしこも芋を洗うような賑わい。休みをとってわざわざ行くというのも致し方ないくらいなのだ。お正月に毛利さんが登場したらしく、息子は「僕ロボット工科学者になる」といって褒められたそう。どんな状況だったのか、私は妹とららぽーとにいたのでわからないがそんな事があったらしい。いいな、毛利さん。私も会いたかったが妹が面倒だと言ったのだ。まあ代わりに天皇家と会えたのでよかった。

それはさて置き、昨日の朝のNHKニュースで、「精霊の守り人」の特集ということで番組の紹介と綾瀬はるかのインタビューが放送されていた。番組のタイトルの前に、「放送90周年大河ファンタジー」とある。大河好きな私は反応して見入ってしまった。それによると、上橋菜穂子の作品を原作として、実写にするには難しいと言われていたシーンを表現し、綾瀬はるかは大立ち回りの稽古を苦労しながら頑張ったと言っている。見てみたい気がして夫に「これ撮った?」というと、「ないよ」とシラッと答える。いつもどうでもいいような民放のドラマばかり録画してこっそり観ているのを知っているので、「こういうのを撮らないでなによ変なドラマばかり観て」というと、リモコンをいじりだし録画一覧を表示して、「でへっ、ほんとは(撮って)あるよ」とニコニコしだした。はあーほんといちいちむかつくわあー\(^o^)/

そして早速昨日の晩観てみた。ありがとうNHK、さすがNHK、上橋菜穂子もさすがだが脚本の大森寿美男もいいタッグなのだろう。第一回が終わる時は心から哀しかった、早く続きが観たい!子ども達も食い入るように見入っていた。息子も意味がわかって面白いという。音読が苦手で漢字は滅茶苦茶だが、ちゃんと育っていると安心した。朝あんなに反抗した娘もいつの間にか私の座っている椅子にお尻を乗せ、くっついて観ている。もう大きくなって押されると私が椅子からはみ出しそうだ。 


※NHKサイトからコピペ

ネタバレになるので詳細は避けるが、二の王妃、美人しかも強くて優しいお母さん。あのシーンはもう本当に泣けてしまった。「生きるのです。それが母の願いです」そうなのよ、お母さんというのはみんなこう思っているのよ本当は。テストで100点とか足が速いとかサッカーが上手とかはオプションでどうでもいい。惨めでも虐められて泣いても弱虫でもあほでもなんでもいい、ただ、ただ生きてくれればそれでいいのよ。死んではだめなのよ、生きてね、お願いだから、わかった?というと、うんと頷き「静かにしてください」と言われた。でもわかってくれたような気がした。

吉川晃司がいつの間にかすっごくいい俳優さんになっていて驚く。太刀裁きもアクションもすごくてハリウッドからそのうち声がかかりそう、英語勉強しておくといいと思いますよ。娘にはこの人は昔アイドルでスマップどころじゃなかったなどと言ったりした。モニカ懐かしい。昔紅白で暴れて出入り禁止になったのはもう前世の記憶のようになっているのだろう。夫がいつからこんないい役貰えるようになったかというので結婚してからと答えたが間違っていないと思う。結婚することは信用を得られることでもあるからだ。なのに結婚して子どもまで産み、分譲マンションに住む私がここ豊洲ではプロニート以下の扱いなのはなぜだろうやはりブログかいやそれ以前からと色々思う。それから主人公の綾瀬はるかがすっごい大変身。こんな役も出来るんだと感心した。顔は真っ黒に汚れ、手づかみで肉を喰らい酒をあおる。でも何処と無くエレガントなのはご愛嬌か。それから朝の番組で言っていたアクションシーンの身のこなし、もうどれだけ努力したんだろうと、プロだからと言ってしまえばそれまでだが、それを超えたすごい情熱を感じた。そしてNHK、本当にいい仕事をすると思った。NHKというのは今でも葵の御紋的放送局で、フジテレビですが~というと「で?」という人もNHKですといえば、「ははあー」とひれ伏すだろう。少なくとも私はそうだ。番組もどれもためになり役に立ち、どれも子どもに見せても安心なものばかり。クローズアップ現代がなくなったのは本当に残念でならない。他になくなった方がいいような番組が続き、なぜクロ現が。そんな訳で我が家のテレビは早朝のNHKおはよう日本から始まり、夜のNHKニュースで終了。その間はテレビは基本観ない、みせない。勝手に観てるのは仕方ない、子どもだもん。でもテレビほど時間泥棒なものがあるだろうか、といっても今はスマホに変わったが、持たない子ども達にとってはそうだ。あまり制限はしたくないがバラエティやお笑い、特に誰かをdisりながら笑いをとるようなものはみせたくないと思っている。必要悪というがわざわざ見せなくても学校で覚えてくる、それはいいと思う。ジャーとかプリとかキュアとかお金のかかるものは特に観て欲しくないが、子ども達は大好きで今だに色々録画してみている。 

テレビ大好きっこの子ども達も嵌ってくれそうな『精霊の守り人』、そんな訳ですごく次回が楽しみだ。待ちきれないが原作を読むのは楽しみが減るので避けたい。上橋菜穂子、私は『鹿の王』で知ったが、日本にもすごい人がいるもんだと思った。ファンタジーというジャンルを大人ライズにした立役者ではないだろうか。大人も楽しめるファンタジーというのはなかなかに難しいものだと思う。ともするとアニメチックになってしまう。でもこの番組はリアルとファンタジーをぎりぎりのところで融合させて、歴史ものを見ているような錯覚に陥ってしまう。本当にこういう国が昔あって、そういう事があったのだと勘違いしそう。原作も何もかもすごい。大河ドラマも史実だなんだと拘っていないで、いっそこういう超大作を実写ドラマ化する方向にしたらどうかと思う。手詰まりで武田信玄や徳川家を何度もしたり、隠れた人にスポットをあてそこまでやらないともうネタがないのかと思われるよりいいのではないかと思う。今やってる真田の話も、申し訳ないが私の中では今更感があり食指が動かない。やはり私の中では風林火山が最高で、もうあれを超えるものはないのだと思う。

『精霊の守り人』次はどうなるんだろう、何処に行くんだろう。この人は敵か味方か。スターウォーズ熱はどこかにいってしまった。

基本的に私はドラマはみない。ドラマは所詮人の作った虚構を誰かが演じているだけ、リアルの方が余程面白いと昔から思っている。テレビを観るくらいなら小説を読みたいと思う。最初から最後まで全部わかるし、好きな時に好きなところでいつでもどこでも楽しめる。その前にテレビは嫌い、うちのテレビは大型でつけるとすごい熱気がくる。夏はそれだけでエアコンが必要なくらいで、しかも一方的にうるさいと思う。それならパソコンでネットサーフィンでもして必要な情報をさくっとみたりコラムを読んだりしたい。今は本当に面白いものを書く人が増えてきて、探すどころかジャッジに苦労するくらいだ。でもほんのたまにこうしたドラマに出合うと、早く早くと子どものような気持ちになってしまう。『流星ワゴン』も本当に面白かった。あんなこと、もしかしてあるかもなんて思ってしまった。もしかしてそういう自分に決別するためにテレビを遠ざけているのかもしれないと思った。テレビの前に座ってワインなんか飲みだすと、3時間が1分くらいに感じてしまう。もうね、そういう呑気に出来る、してもいい時代が終わったということなのかもしれない。いつもいつも違うドラマだが、同じようなものばかりの気がする。ママハラのドラマもいくつもあったそうだが、私は観ていない。だが「あなたを見ているよう」などと友達からメールがあちらこちらからきたりした。世の中本当に珍しいことなどあの震災くらいだろう。日常はいつも同じことの繰り返し、なので私たちは新しい刺激や浪漫を常に求めているのではないだろうか。久しぶりに良い番組に出会えてそんな風に思った。 リンクを貼って置く、連続4回。ええ、すぐ終わるの。つまらないなー上橋菜穂子シリーズとして『鹿の王』もやってくれないかな。 N・H・K♡


【今日の小確幸】

お休みの子ども達をどうしようかと考えていたので夫が休んでくれてよかった。子煩悩なのは間違いない。

先日叔父の家でパソコンの面倒をみていると、大きな文字のwordムック本が置いてあるのに気づく。これは電話でなんだかんだ言われ、色々説明するが理解できないようなのでAmazone からダイレクトに送った本だ。Amazone は送り主と送り先を指定できる。本をみれば一目瞭然、疑問はたちまち解決したようだ。何をしたかったかというと、漢字に振り仮名をつけたかったそうだ。今思えばこんな簡単な事ならもっとよく聞いて説明してあげれば良かったとも思うが、一度電話で解決したら今後ずっと電話サポートを求められる気がした。要は面倒に思ったのだ。送ったのは「いますぐ使えるかんたんWord 2013」というもの。文字も図も大きくて見やすくてわかりやすい。でも「もういらない」という。いちいち見て調べるのはどうもならん、などという。捨てられては勿体ないので引き取ってきた。

その下に、山本容子『京都遊び三十三景』があった。「あったの?」と聞いて、(返して)貰っていいかと聞くといいと言うのでこれも引き取ってきた。これは発売されてすぐ買った本。当時書籍発行と同時に山本容子さんの個展が開かれ、作品に感激もした。本があまりに素晴らしいので、叔母の仏前に供えたのだ。叔母はこういう綺麗なもの、可愛いものが大好きだった。仏花ばかり眺めていてもつまらないだろうと遺影の前に置いた。しばらくしたら返して貰おうと思っていたが、仏前辺りに見当たらなくなった。叔父にどうしたと聞くと「そんなもん知らん」という。ボケないでよと言いつつ、叔母がまだ読んで楽しんでいるような、あの世に持って行ってしまったように思った。

なのでひょっこり出てきたのは、叔母が「どうもありがとう、お返しするわ」と言っているように思えたのだ。返して貰ったので自宅に持ってきた。出版年をみると、2012年11月30日とある。惜しい、あと一日前だったら1129(いいにく)なのにと思ったがこれはまあいい。それより買って供えてもう3年半経っているのに驚いた。このブログで何度も書いているが、時間の流れ方が早すぎるのではないか。この本を買った時、確かあの友達と一緒に個展に出掛けた。京都に親戚がいるというその友達のレクチャーを聞きながら観る作品は、どれもリアルに感じて余計に素晴らしく感じられ、そのせいもあり山本容子は想像ではなくリアルを作品にした方がいいと思った。その前にも同じ友達と、これは銀座三越だったが「不思議の国のアリス」の様々なキャラクターや名シーンを作品にした個展があった。素晴らしい作品ばかりだったが、これはちょっと私のアンテナには引っかからなかった。だが京都を描いた書籍と同じタイトルの個展の作品群は、どれも目を見張るような情緒とディティールに溢れていて、「これこれ、山本容子はこれなのよ」などと友達と言い合った。場所は新宿伊勢丹でクリスマスコーナーにはたっぷりのツリーがひしめいている頃、もう3年半、年度で言えば4年も経ったのか。

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※すっごく繊細しかもポップ、みると一瞬で胸熱になる

 

※京都の様々細々したものや風景が美しい。

久しぶりに読む作品集は本当にいい。ただ「いい」としか言えない。普通こういう作品集などはハードなカバーの装丁が多いがこれはソフトカバー。ページもめくりやすいし、サイズも大きすぎなくていい。あまり大きいと、持ち歩いてさっと読むことが出来ない。美術芸術を気軽に楽しんで欲しいという山本容子の意志なのかもしれない。そういえば山本容子は、何処の団体にも所属していないのではなかったか。自分だけの世界を自由に描いている孤高の版画家、そういう意味でも私は彼女のファンなのだ。もちろん作品は当然ながら最高、日本が世界に誇る美術家だ。料理に文章に音楽に、様々に造詣が深い。

何故どこで山本容子を知ったのかもう忘れてしまったが、憧れて版画をやりたいと思った。山本容子ならエッチングということで始めたが、彫ることは出来てもなかなか「刷る」ことが出来なかった。刷るには専用のローラーマシンが必要なのだ。置くには場所もいる。今はがきサイズのローラー機が家にあるが、子ども達が悪戯しそうで怖くて一度も出したことがない。これは結婚してお腹に娘がいる時にヤフオクで落札したもの、確か一万円くらいだった。新品は買えば今は7万円、いい買い物をした。だが今どうなっているか、わからない。でもいつかと思って大切に仕舞ってある。買った後すぐ出産して忙しくなったせいもあり、段ボールを一度も開いていないのだ。大学を卒業したらまた版画をやりたいとブログに書いた。それは本当で、山本容子本をみていると、版画熱がむくむくと沸いてくる。彫りたい、刷りたい、そして手彩色したい。私はこれもずっと悩んでいて、エッチングでモノトーン作品は出来たが、どうやって色を付けるのかと悩んでいた。今ならわかる。刷ったものになんでもいいから筆で色を置いていけばいいのだ。でも線が消えないかとか、彩色に何をつかったらいいのかなどと愚図愚図思っていた。こんなちょっと考えればすぐわかりそうなことを知りたくて、カルチャーセンターや武蔵美に通い先生の智慧を求めた。版画のイロハはわかったが、手彩色までは出来なかったし先生達は教えてくれなかった。多分基本過ぎて疑問の意味がわからなかったのだろうと思う。それ以前に自分であれこれやってみればよかったのだ。机上論理でああでもない、こうでもないとやっていてもわからない事ってたくさんある。他にも今頃になって色々に気が付いたりする。もう自分では活かせないこともたくさんあるが、幸いなことに子ども達がいる。自分の子どもだけではない周りにうじゃうじゃと。そういう者達にも伝えればいいのだ。いいと思えばそうするだろうし、違うと思えば捨て置けばよい。そうして自分と同じように時を経た後、ああそういうことだったのかと思い出してもいいだろう。そして「色々大変だったけど楽しかった」と人生終えられたら、それでいいのではないだろうか。

それにしても今頃この本が出てきたのは何かすごく意味がある気がする。この本は京都の観光案内的役目もしてくれるもので、帯にはこう書いてある。「京都芸大時代から知りつくした街、美、食、技、大人のテーマパークを案内します」とある。「叔母さん、いいタイミングに返してくれてありがとう。今私、京都の芸大に通っているんだよ、そしてもうすぐ卒業式で京都に行くんだよ」この本の存在は本当にすっかり忘れていた。何か運命的なものを感じる。

まずは卒業、その前に課題、それより4月11日必着の卒制をやらねば。ブログをこのまま書いていると何か落としそうな気がする。どうしようと悩むが、悩む暇もないのが現状。そして色々やらかしてる。

そろそろ息子を起こそう。


【昨日の小確幸】

息子が「ママ優しいから好き」と言ってくれて、すっごく驚いた。なんだか責任を感じる。

たんす屋というリサイクル呉服屋を私が知ったのは、着付けを習っていた頃にあちらこちらの着物ブロガーの記事を渡り歩いていたころ、ここでよく着物を買うという方がみえて興味を持った。帯と着物をセットで5万円だの、お下がりの着物にあう帯をみつけただの、古着だということを気にせず自由に楽しんでいた。そしてそれらはコーディネートもいいのでとても素敵にみえた。私は早速真似して家から一番近い銀座の「たんす屋」に出掛けてみた。確かに古い着物がたくさんある。だがいいものは高く、安いものはそれなりだった。日比谷にもあるということでそちらにも出かけてみたが、同じような感じ。地元にいた時は特に拘りもなく様々な着物を誂えたが、東京にきてからは節約の芽が育ち過ぎたのか、欲しい!とか、買いたい!という気持ちがなくなったのか、買ったことはなかった。

でも先日着物を処分しようと思った時は、迷わず「たんす屋」に声をかけた。ネットでみると「一番査定がいい」と書いてあった。私は期待と共に、送られてきた大きな段ボールいっぱいに、着物、帯、帯留め帯揚げその他小物を詰めた。本当に処分に困っているものから迷いつつ入れたもので箱はパンパンになった。査定を待ち、金額を聞くと千円だった。「たんす屋」商品券だと二千円だそうだが、たんす屋では買わないだろうと現金を振り込んでもらった。千円とはすごい世界だなと思った。でも桐のすのこを敷いた着物を入れる押し入れのスペースがすっきりして、よかったと思った。

そして先日ブログを書いているとまた手に何か降りてきて、「卒業式は着物で行きたい」などと勝手に書いてくれた。大学の本校舎は京都にある。京都といえば着物、やたらなものを着てはいけないと思った。でも確かにこれを卒業式で着たいなと思わなかったでもない。それは小紋だが、「学生」ということなら許されるのではないか。「和の文化コース」だったら訪問着に袋帯必須かもしれないが、私は文芸コースだ。小紋だろうが紬だろうか、似合っていればいいのではないか。そして記事には「それに合う帯は新調せねば」と書いてある。

そんなところに「たんす屋創業祭」のバナーがブログの記事にちらちら現れるようになった。パソコンでは「たんす屋」と検索したことはあるが、スマホではなかった筈。LIVEdoorブログの仕業だとしたら、本当に広告収入はかなりのものじゃないだろうかと思った。そして今日が初日なのを思い出し、着物を持って出かけた。着物を持っていかないと何が合うのかわからない。到着したのはオープン前の9:56。番号札を渡され、73番だった。名前と住所を書いて千円の割引券を貰った。

長い列の椅子に座らされ、次々と着物を着た担当が付いて中に入る。私は「銀座店にいったことがある」ということで銀座の方がついた。でも適当にみるからとその方とすぐ別れ、勝手気ままに中を探検した。入口からすぐは高級品、桐の箱やらディスプレイもきちっとされ、いかにも「呉服屋」という感じ。奥にいけば行くほど雑多なものが増えて行く。「銀座店の方あ~」「門前仲町の担当の方あ~」などと声が何度もあがり、なるほどこうやって担当がついて色々世話を焼買わせるというのは普通の呉服屋と同じなのだろう。それが新品か中古かというだけなのだ。

店員を断ったがやはり誰かに面倒をみてもらいたい。あれこれ迷って座敷の鏡の前で合わせていると、すばしこそうな店員が声をかけてくれて、その人と一緒にみて回ることになった。何を探しているかと聞かれたので、この着物に合う帯を探しているというと、どこに着て行くのかと聞く。卒業式で着たいというと、それならこれはダメ、これは小紋で卒業式は訪問着、しかももっと地味なやつ。などと言われた。確かにそうだが、子どものじゃない、自分の卒業式だというと、店員はじろじろ私をみだした。隣にいた店員も聞き耳をたてたのか、チラチラみる。

えーと、通信大学生で京都の大学の卒業式にでたいというと、納得されたようでほっとした顔をしていた。そしてまた、京都ならやはりちゃんとした訪問着で、などという。確かにそうだが私はこれが着たいのよと訴え、一緒に帯を探しだす。これは?私は白地っぽいのが欲しいんです。これは?これは金、私は白地っぽいのが欲しいんです。これは?これはシルバー私は白地っぽいのが欲しいんです。銀は白よ?いいえ違います私的には。と、コントのような会話を続けること約30分。その方の本当の客さんが来店したようで、私は再びひとりになった。

もうなんていうか、着物ワールドは楽しい。しかもこんな風に見放題、さわり放題。普通の呉服店にいくと、しずしずとした店員がぺったり貼りつき、そっと着物や帯を持ってくる。「出したんだから買ってくれますよね」というようなモノ言う目が光り、迂闊に「見せて」とは言いにくい。それがこんな。すっごく楽しくて、気が付いたらそこから1時間経過し、手には帯三本と着物一竿、小物なども買い物の用の透明で大きなバッグに入っていた。私、何をしにきたんだっけと我にかえり、着物に合う帯はなかったと結論付けて何も買わずに帰ってきた。

貰った千円のクーポンで足袋でも買おうかと思ったが、レジが長蛇の列になっていて、諦めて帰ってきた。レジに並んでまで欲しいものは無かったのだ。それにせっかく処分した着物の山、またあそこに仕舞うものが増え、いつ着よう、どうやって着よう、虫がつくといけないからそろそろ虫干しを、などと色々考えるのはやめようと思った。なのにまたこんな風に煩悩が出てあれこれ欲しくなる。林真理子が「着物の世界は底なし」と言っていたが、本当にそうだと思った。

もう今あるもので必要な時はなんとかすればよい。卒業式の帯は、慌てなくてもいいものがそのうち見つかるだろう。なければお気に入りの礼装っぽいワンピースがある。どちらかというと、私はもう洋服の方が好きなのだと思う。「骨折り損のくたびれ儲け」という言葉がぴったりの半日だった。でもたくさん着物や帯がみられて満足。またあればいってみよう。もうあまり着たいと思わないが、みるのはやはり好きなのだ。色々素敵なものがあったが、「買えばよかった」と思うものはひとつも無かった。疲れた、でも楽しかった。おしまい


※こんな帯を発見。(プルースト)スワン家の帯と勝手に命名。

【今日の小確幸】

初めてリサイクル着物の催事に行けた。大騒動で楽しかった。 

※すっごい沢山あった

※タモリと会う時用に買うべきだった!

昨日は早い方の締切の仕事が午前中に終わった。チェックも終えたが一晩寝かせて翌朝再チェックの後送信することにする。ライターの仕事は外出しなくていいし、今のところ打ち合わせもメールで完了。時間に余裕が出来ればあとは好きなことが出来る。ということで先ほど見直し一部リライトして送信。この一晩寝かせるというのは大学で学んだ『小確切』。「ちいさいけれど確かに大切なこと」、という意味。私が考えた造語だ。書いたすぐに見直しても頭が覚えているので全て大丈夫だと勘違いしてしまうが、一晩寝ることで思考がリセットされるのか、みると色々誤字脱字などがみつかる。何事も早め早めというのも大切なことだとわかった。

そして午後はアレをすることにした。そう!内容はすごくいが、真っ黒で無骨なRADING EDIT を素敵に変身させるのだ。こういうどうでもいい事に情熱を燃やすことにかけて私の右に出るものはいないだろう。これをデコろうと思ってからずっと頭の中ではああでもないこうでもないと、何をしていても頭にあった。布を入れてある箱をチェックしてみると、なんとバッチリピッタリの布がみつかった。端切れ的サイズで、でも何かに絶対使うととっておいたやつだ。着物はさっくり処分するのにこういうものはしつこくとって置く自分を不思議に思った。そして処分してしまった着物達、こういう用途に一部とっておけばよかったなどと思ったりした。

それらいじましい考えはさっくり断捨離してREADING EDITデコの話。もう自画自賛になるが、素晴らしくいいものが出来た。熱中しているうちに帰ってきたのか気が付いたら横に娘の顔があった。何をしているかというので説明すると、自分のノートも持ってきてこれもやってという。手作業は慣れが大切なので自分でやるといいなどと丁寧そうに言って追っ払い続行。私って天才かしらと思った。

足りない布は違う柄のものを貼り付け、同柄は表と裏がわかるようにレースをあしらう。よく無地のノートなど逆に開くと一瞬とんでもない失敗をしたように感じることがあり、それの防止だ。そしてどんどん作っているうちに、いい事を思いつく。それは何かは上手くいったらまたおいおい記事にするとして、作業をすすめた。そして完成。


※ちょっと見てよ奥さん!

※黒い中表紙にも相応しいものを貼った


※もとはこんなノートだった

あーもうこれ職業になるかも、なんて。でも手作業だし、そんなに高額な請求は出来ないだろうから、やはり趣味というカテゴリのものになるだろうか。でも締切が間もなくの記事に出来るので対価はあるのだ。専業主婦のような全くのただ働きではない。

それにしても私はこういう事をしていると楽しくて楽しくて仕方ない。正直言って文章を書くよりも夢中になれるかもしれない。といいつつ、やはりブログを書いていると同じような感覚になるのでどちらも好きなのだろう。ブログももう絶対書かないと決めていたのに学友の「毎日ブログ書いている、いっしょに書こうよ」と何度か誘われてついまた始めてしまった。

そして報酬を得るための執筆の練習になるかとライターの仕事も本格的にはじめた。お金を貰って書くのとそうでないものというのは、全く違うものだとわかった。お金を貰うということはプロになったということで、そこで初めて経験する様々な苦労もあった。だが頑張ったおかげでモノ創りの仕事も得られ、これが楽しくて夢中になっている。既に半年分のネタが出来てしまった。これを文章にして写真を選び、原稿にするのだ。

最近学友、特にマイブロ部の中で写真がブームだ。私も一眼レフとかいいカメラが欲しくなった。今は著作権フリーのサイトから写真をダウンロードしているが、自分もアップしてみる側になってみたい。いつもお世話になっているACは、利用も投稿もどちらも同じIDで出来るのでやってみたくなった。使いやすいだけではなく、私の希望にぴったりのものがすぐ見つかる。ステマではなく本当に。それよりスマホを新しいものにしてみようか。一般的なデジカメよりこちらの方がピントも合わせやすいし今は画素数も高すぎて保存場所に困るくらいのクオリティだ。スマホのハードディスクがすぐにいっぱいになる。色々考えてみたい。

私にとって京都造形大学は、芸術を創造し造形する力を伸ばしてくれる素晴らしい場所になっている。みんな一緒に創造の世界に飛ぼうよ。などと書くとまた学友に心配されるかもしれない。でも確かに危ないくらいにのめり込んでいるかもしれない。最近天啓のような出来事ばかり起こり、ちょっとハイになっているのかも。今日は息子の仲良しママと買い物に行く。久しぶりにあのお店にランチに行こうか。テンションが上がりすぎて買い物し過ぎないようにしようと思う。


【今日の小確幸】

いいものが出来て嬉しい。布のチョイスもバッチリで可愛いし機能的だしこの世でたったひとつのオリジナル。最高!小説もこんなのが書けたらいいな。

桐野夏生さんが登壇したアジアフォーラムのお土産に、田中慎弥さんワイン会の際のおまけで貰ったREADING EDITノートがついてきた。ところでブログに書くとき、作家の敬称はどうしたらいいだろう。課題やレポート、論文を書く時は敬称は書かないようにと習ったが、もしかしたら私的なブログやエッセイなどは「さん」つけした方がいいのだろうか。今度先生に聞いてみたいと思う。

ともかくワイン会のREADING EDITの扱いは、書籍購入者先着6名だった。が、アジアフォーラムでは全員にお土産という太っ腹。参加者は200名で会場はぎっしりいっぱいだった。スポンサーの力の違いだろうか、ともかく今手元に2冊ある。2冊とも黒の表紙で、使い勝手よりビジュアルやデザインが気になる私はこれに布を貼ることにした。ブックカバーのようにしてもいいが、取れたりずれたりすると気になるだろう。張り付けてしまおうと思った。


布はリバティと決めていた。英語表記で「LIBERTY」と書く。ファブリックに興味がない方にはピンとこないかもしれないが、ハンドメイドをちょっとかじる人なら知らない人はいない、これで何か作れば満足度は上がり、物販なら良く売れる。乙女の憧れ的高値の花だが、自分で作れば布だけ買えばいい。私は布が大好きで、用もないのに細々と買ってはため込んでいる。時々無性に何か作りたくなりため込んだ布を漁るが、リバティは勿体なくてなかなか使えない。惜しげもなく溢れる花々がみっしり布に映し出される様を眺めているだけで幸せな気分になる。それがリバティだ。

高価な布だがノートに張り付けるくらいなら30センチもあればいいだろう。ネットで色々検索してみた。リバティは毎シーズン新作が出る、人気のある柄は完売になることも。かと思うと在庫がたくさんあったのか、昔の布を販売しているところもある。でも古くても新しくてもノープロブレム。リバティの世界は新旧交代がない。ドラえもんの次はピカチュウ、そして妖怪ウォッチ。はたまた戦隊ものやプリキュアのように新作が出たら旧作はオワコンなどということもない。いつまでもリバティはリバティのままなのだ。

またロンドンの話になるが、旅行中大英博物館でウイリアム・モリスのファブリック展をやっていた。その頃ファブリックの世界に興味がなく素通りしてしまったが行けばよかった。ヨーロッパというのは芸術芸能にはスポンサード的な制度が整っているのか、美術館博物館などはほとんど無料で観覧できるのだ。ウイリアム・モリス展が日本で開催された時、ロンドンでみてくれば良かったと大後悔した。日本は展覧会というと躊躇するほどどこも入場料が高い、そして規模もイギリスで開催されたものより小さいだろう。価値を知らないということは罪だと思った。

話を戻してリバティ、どんな柄を貼り付けようかざっくり画像検索をかけると妙なものがひっかかった。LIBERTY & UNIQLO コラボとある。記事をみると、20163月下旬に、ユニクロからLIBERTY柄の製品が発売されるという。LIBERTYというだけで物の値段が高くなるのが普通だが、さすがユニクロ控えめ価格のよう。絶対買うと心に誓った。

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UNIQLOサイト から画像拝借。宣伝するから許して。

ユニクロサイトにもお詫びが出ていたが、昨日の午後はサーバーがパンクした模様。プログラム誤作動なのか、気になっていたワンピースが全色全サイズ完売と表示されている。色々用事があったしヨーカドーネットスーパーが届く時間だが、何もかも打ち捨ててららぽーと豊洲のユニクロに向かった。自分で言うのもなんだが、こういうどうでもいいことに情熱を燃やすことにかけては誰にも負けないと思う。店舗で試着したワンピースはSサイズでも大き目でどう見てもスーパーのLLサイズを間違って着てる人だった。買うのをやめてまたダッシュで家に戻った。

私は結構ユニクロやGUの商品を買う。GUは特にトレンドものがリーズナブルだし探せばいいデザイン素材のものがある。

話を最初に戻して、READING EDITに貼る布について。リバティとひとことで言っても色々な柄があるし、素材も一般的なコットン100%から、ツルツルした防水加工が施してあるラミネート素材のものから、綿を挟んでふかふかにしてあるキルティングなど様々だ。何を選んだらいいだろう。これらのパターンを組み合わせると、天文学的数字に迷うことになる。それ以前に赤系青系黄色系、動物柄花柄植物柄。もう本当にリバティの世界に迷い込むとリアルに戻ってこれなくなってしまう。 リバティだけでなくソレイアードも日本のデザイナーのものも好き。和柄も最近モダンなものが多いし、マリメッコなどの北欧シリーズは火星くらいまで行けそうなくらい飛べる。

今日は『宰相A』の感想も書くつもりだったが、またしても違うものになった。

読んだ感想を簡単に書くと、作品というより田中慎弥自身についてという事になるが、母親からたっぷりの愛情で育てられた者は自分の世界観をきちっと把握出来るのだろう。そのせいか、自分探しも必要ないし他者に救いを求める必要もない。日和らない田中慎弥の作品を読んでそんな風に感じた。いやもう、或る種タブーを軽々と超えていると思う。「自分のことだと思われたら嫌」という気持ちは微塵もなかっただろう。アマとプロの違いなのだろうか。

【今日の小確幸】

それはもうユニクロからリバティコラボが発売されると知ったことでしょう。布選びも楽しくて、アイラブリバティという言葉が脳内を駆け巡っている。

昨日はやや遅くに帰宅したら、息子がまだ起きていた。娘に全身全霊を捧げている夫に留守を頼んだとして、息子の面倒まではみてくれない。歯磨きパジャマ絵本を読んで寝かしつけは無理だったよう。風呂からあがったままなのだろう、息子は下着のままで所在なさそうにうろうろしていた。まるで連れ子のようだと思った。

血が繋がっていてもこんな有様、世間では内縁の夫が連れ子を虐待するという事件が後を絶たないが、男というものはそういう生き物なのだろう。夫に何かあったり別れたりしても、私は再婚はしないと思うのはこんな時。息子にパジャマを着せ、歯を磨かせて一緒にベッドに入ると寝てしまった。いじらしくて可愛くてぎゅっと抱くとぽかぽかで、世界で一番愛すべきぬくもりだと思った。後でシャワーを浴び買ってきた本を読もうと思ったが、気が付いたら朝だった。 

夕べは本当に楽しいひと時を過ごした。芥川賞作家の田中慎弥と一緒にワインを楽しんだのだ。場所はエノテカ銀座店のレストランバー、エノテカ・ミレ。約束の時間は7時。予定通りに支度をして家を出たのだが、松屋銀座の前でパパラッチにつかまってしまった。マイクを向けられ色々と質問責めにあう、いつの間にかカメラマンまで登場した。今日彼と会うことはガクユウの一部の人しかしらない筈、夫にもどこに行くかは内密で出かけたのだ。どこかから私の行き先を嗅ぎつけ、待ち伏せていたのだろうか。

仕方ないのでパパラッチが気に入りそうな話をひとつふたつしていると、写真を一枚撮られてしまった。慌てて振り切って約束の場所に急ぐ。声をかけられてつい足を止めてしまった自分が嫌になる。私はどうも人が良すぎるのだ。私は自分が遅刻をするのが嫌いで、いつも約束より少し前に到着するようにしている。なのに今日はこんな。「慎弥、ごめん」と心で謝りながら、夜の銀座を急いで歩く。今日は久しぶりにヒールの靴を履いた。走って転んだらトップがシフォンのワンピースも台無しになるかもしれない。慎重に急いだ。

結局20分も遅刻してしまった。扉を開け細い真鍮の階段をそっとあがるとワインバーが現れた。ここに来るのは初めてで、少し戸惑う。朴訥な人だと思っていたが、カジュアルにしてスタイリッシュなこんな素敵なお店を知っていると思わなかったので驚いた。ウエイティングにいるソムリエバッチをつけた女性に名乗ると、すぐに席に案内してもらえた。彼の采配だろうか。

一番奥の席に通されると、彼は既にワインを楽しんでいた。用意されていた空のグラスに同じワインが注がれる。グラスの底の部分に手を添えてくるくる回す、そしてちょっと持ち上げ色をみて香りを確かめ、口に運んだ。「白なら辛口のシャルドネ」と私が話していたのを覚えていてくれたのか、白い花のような独特の芳香がぱっとはじけた。

テーブルの上には大き目のグリーンオリーブが小さな皿に乗っていた。冷たい白ワインにはフレッシュなグリーンオリーブが合うと、いつかこれも私が教えたのだ。こういう小さな私の好みをいちいち覚えていてくれるのが嬉しい。一見すると朴念仁を絵に描いたような男(ひと)だが、こうして少しずつ磨くと極上のダイヤモンドになることを私は知っていた。そんな私の想いは、徐々に浸透し輝きだした。

彼は相変わらすこちらを見ずに、隣の席の居合わせた男性と雑談をしている。本の著者近影やメディアと同じ、ちょっとむくれた不機嫌そうな横顔が目の前にある。「あなただけだから心配しないで」と、今日は言おうかどうしようか。あまり頻繁に言うと安心しきってしまうかもしれない、それはちょっと良くない気がする。彼は最近地元から東京に越してきた。「一度ひとりの暮らしというものを今更だが体験したい」などとあちらこちらで言っているが、本当の理由を私は知っている。

いつの間にかグラスが代わり、ワインも赤が供される。骨格のしっかりしたカベルネソーヴィニヨン。「赤ワインは重くないとジュースと同じ」なんて言ったのを、これも覚えていてくれているらしい。女はこうした小さくてさり気ない気遣いを積み上げて愛を測る生き物だ。それは私が教えたのではない、彼はもともと知っていた。それは少し前までは、母親へ向けられていたものだったのではないか。彼は自分の色を消すかのようにいつも簡素だが、愛されて育った知性がぷんぷん匂う。これが多分彼の一番の魅力だろう、それを最初にみつけたのは私だ。

こんなに近くにいるのに、最初に目が合ってからずっと横を向いたままだ。遅れたこと、それともプレゼントを断ったのをまだ怒っているだろうか。プレゼントは嬉しいけれど、指輪は困ると言ったらむくれてしまった。こうして時々会うだけでいいというのは、彼からしたら寂しいのだろう。 

やはりこのグラスのワインを飲み干したら、何か優しい言葉を耳元でささやいて、安心させてあげよう。それともこのまましばらくは、怒ったような横顔を楽しもうか。彼の薄幸そうな顎のラインが、ワインを飲むためにすっと斜めになった。

いつの間にかソムリエが近づき、私のグラスにも静かにワインを注ぎだした。私は自分が目の前のグラスになったような気がした。豊潤な香りのする鮮やかでふくよかなもので満たされていく。 

ありがとう、慎弥。世界で二番目に愛してる。(完)

『私に優しい夜』より 新朝社


※素敵なバーカウンター。ショップのHPより拝借

という事で、昨晩は「文芸フェス」で様々に開催されるイベントのひとつ、「文学ワイン会「本の音、夜話」」にいってきた。出演は、2012年に芥川賞を受賞された田中慎弥、ナビゲーターは山内宏奏。エノテカ銀座店ではこういうイベントをよく開催しているそうだが、私は大学の友達に「文芸フェス」を教えてもらいこの企画を知った。好きなワイン+以前から興味を持っていた田中慎弥、行くしかないとすぐ申し込んだ。

銀座松屋前でレポーターにインタビューされたせいもあり遅れてしまった。着くと薄暗いバーカウンターの横に田中慎弥がいて、既にトークが始まっていた。ひとりで行くと浮くのではないかと懸念したが、奥の6人テーブルに通されると全員ぼっち参加の女性だった。奥の席といえども真正面に田中慎弥という位置で、私を呼び止めたテレビ局員を苦々しく思っていたが、感謝の念に変わった。でなければ彼が見えにくい奥まった席だったかもしれない。

フリースタイルの立食を想像していたが、着席形式できちんとテーブルセッティングされて女子心的に満足。冷たい白ワインにはフレッシュオリーブ、赤ワインにはワンプレートが供され、何度もグラスにワインを注いでくれる。目の前には田中慎弥が同じワインを飲みながら、様々な話を赤裸々にざっくばらんに語る。しかもこんな至近距離。最高である。


※フォークを入れてしまったがパ写

二時間近く彼はずっと話し続けていたことになるだろうか。話しを上手く引き出すナビゲーターの手腕もさすがだが、田中慎弥の引き出しの多さと深さにも感心してしまった。さすがプロの作家、ということなのだろう。到着して一時間くらいは大学の授業のようにいちいちメモしていたが、途中で酔っ払ってしまいメモが切れ切れぐにゃぐにゃに。

※授業じゃないんだから

同じ席の方が写真をとったが誰も注意しないので、隣の方と「いいのかな」などと言いながら私たちも写真を撮った。後に質問コーナーで「ブログに写真をアップしていいか」と聞くと「まあいいですよ」と鷹揚な答えが。大物感が漂っていた。


※同じワインを愉しんだ

最後にメモに質問を書いてナビの方経由で答えるという時間があった。私もせっかくなのでいくつか書いたが、ナビゲーターの方が律儀に全部読んでくださった。作品を書き終えてすぐ次の作品の構想を考えるのか、どのように作品を手直しするのか、などの質問も他からあった。自分を嫌いになったり見失ったりしたことはあるかという問いには、見失っているなと思ったらそれは既に見失っていないという、様々な田中語録が展開されつい笑ってしまった。友達はできましたか?という問いにも「できましたよ」と答えてみえた。よかった。 

色々興味深いことを言われていて思った通りの方、読者や今日の参加者の期待を全く裏切らなかった。作家と編集者の関係、石原元都知事の話し、谷崎潤一郎が本当に好きなようで何度も名前が出たのと、川端康成『雪国』については「すごく変な作品、その変なところが面白いんです」などと独自の視点なども披露されてみえた。もう話すこと全てが「田中慎弥の言葉」で、どこかから拾ってきたようなものは一切なかったと思う。すごく濃密な時間で、この日参加したファンの方々は大満足だったと思う。

ちなみに例の「もらっといてやる」についての話題を振られたが、これも普通にざっくりと答えていた。あの時は候補5回目でもう取れないと思っていたが、とれたので話題性のある話をと思って言っただけ、石原元都知事には採択時に推していただいた感謝の念があり決して悪く思ってはいない。そして。「一度もお目にかかったことがない」えー会ったことないの?とびっくりだった。でもそうかもとも思った。

芥川賞受賞時の田中慎弥のあの台詞、彼はただその時の気持ちを素直に露呈させただけなのだと思う。だがそれは言霊となり、あの時期からだんだん石原元都知事の影は薄くなっていったように思う。彼は一瞬にして世代交代をはかるように時代を越え、自身がカリスマに成り代わったのだ。彼はそれを狙って言った訳ではない、ただ歴史とか文学を司る目にみえない者達がそうしたのだろう。 すごいと思った。

そんな寵児を一目見てみたいと思っていたが、それが昨日やっと叶ったのだ。会が終わり、誰かが持ち込んだ大量の彼の本にサインを求めているのが目に入った。彼は律儀に一冊一冊にサインをしている。マネージャー代わりの方だろうか、6人掛けで斜め前だった方が何かと彼の世話を焼いている。私は素早く本を一冊買い求め、私にもサインお願いしますと声をかけた。すると次々と本が売れ、長い列が出来た。

なんと声をかけようか迷ううちに自然と言葉が出た。「私も芥川賞狙っています」は、恥ずかしい!何言ってるの私。田中慎弥はほにゃほにゃと「まあ大変ですからほどほどに頑張ってください」と笑っていた。サインを頂いて握手してもらい、ツーショットも撮ってもらった。いいのかなと思うくらいの大サービスだった。握手した手もほにゃほにゃとしていて人間の手じゃないように思えた。もしかしてこの人も遠い星から来たのだろうか。

昨年の7月に東京に居を移されたそうで、田中慎弥の母親は寂しいだろうなと思った。自分の息子もいつか何処かに飛び立ってしまうだろう。でもいつまでもいつまでも変わらず、今のままの息子でいて欲しいと思った。以前、田中慎弥の母親がインタビューに「いつか(芥川賞を)とると思っていました」と普通に答えてみえた。母親が信じる気持ちというのは最大の自信になるのではないか。宿題やらないとか、げんきっずに行かないとか、クレヨンしんちゃんなんて観るなとか日々細々色々というけれど、子ども達の未来は信じたい。

私がイベントで購入したのは、『宰相A』。ブックカバーの挿画は大竹守さんという方。本を閉じた状態が勿体ないような気がするくらい素敵だ。実は私、田中慎弥の本を一冊も読んだことがない。イベントに合わせて『共喰い』を図書館の貸し出しに申し込んだのだが、間に合わなかったのだ。この本から読みたいと思う。


※いいですね

「芥川賞作家さんとワイン飲んできました」と、ママ友とガクユウメールの返信にtツーショット写真を添付した。もしかしたら呆れられただろうか、ワインでいい気分になり失敗したと思った。でも翌朝になると、「まあ、あの人達は気を悪くしたりする人じゃないから」とサッパリしてしまった。こういう楽観的なところは直さねばと思いつつ、人の性格はなかなか直らないものだ。利点でもあり欠点でもあり、どちらと決めるは自分でいいと思った。


【編集後記】

今朝夫が「昨日夜遊びしたんだからちゃんとやれよ」とベーコンを焼きつつ文句を言ってきた。姑のようにキチンとした日本の朝ごはんがご所望のよう。い・や・だ・ね。夫のことは世界で73億1303万6142番目に好き。

今日のTODO
シビックセンターにメール打ち合わせ
昭和医大9時から診察
図書館返却して借りる
小説最後まで書く◎
江東区教育委員会に文句言う
息子塾付き添い
外出先パソコンでschoo視聴
鬼まんじゅう作る
ピンクとブルーの紐買う
娘に着物について色々話す
雛パーティの日にち決める

昨日着物を整理した。ブログに書いた通り、着ないものいらないもの自分に似合わないものを処分。自分に似合わないものは、似合う人に着てもらうことにした。以前貸して着つけた写真を見せて貰ったところ、すごく似合っていたので驚いたことがある。顔写りがよくてすっきり美しく着物が映えている。私が着ると、もったりしてなんだかくすんだ感じ。息子の入学式にも着たが、違う着物にすれば良かった。娘からも似合っていないなどと言われた。似合う人に着て貰った方が着物も嬉しいだろう。「娘ちゃんに遺してあげたら?」なんて言われたりもするが、着物って実はなかなか難しいのだ。着物は譲られてポンと着られるものではない。丈、行きなど、体のあちらこちらのサイズに合わせて作られる究極のオーダーメイド、体のサイズが何処ひとつ合わないと着られない。私も着物を着るならとあちらこちらからお下がりをいただいたが、ほとんどはサイズが合わずに着られなかった。姑からも色々貰ったが、使えたのは帯と帯揚げ帯締めくらい。羽織などはサイズが小さく合うものがなかったし、帯は豪華すぎて合う着物がない。これだけ大量に着物があるのに不思議。姑はこの帯にどんな着物を合わせていたのだろうか。また機会があれば聞いてみたい。

処分するもの一部を写真で撮った。

※小紋 こんなに素敵なのに小紋なので食事や観劇など街着として着るしかない。

※羽織 これも色つきなので正式には着られない街着用

※叔母からのお下がりの小紋

※叔母からのお下がりこれも小紋

※訪問着 気に入らず仕舞っぱなしだったが最近また好きになった

※姑からのお下がりの羽織。小さくて着られなかった。

※一番気に入っている訪問着。画像ではわかりにくいが黒に近い濃い紺にブルーが鮫小紋のように入っている。

※これも何処からのお下がり多分訪問着

※母の手習い紬の着物は着付けの教室で練習で着た

※これも紬

※叔母の着物、モダンな柄

※私に似合わない豪華な訪問着

※派手だが締めると割とシックな帯

※これも締めると大人しい感じになる

※赤い帯は古い流行だから年代ものが多いそう。頂いたもの。

※街着用帯

※着付けの先生からのお下がり名古屋帯

※一重太鼓にしてみた

※柔らかくて締めやすい。クリーム色の帯が好き

※歴史を感じる

※着物、帯、羽織をあわせてみた


※色つき半襟は全部処分

※絽の着物用小物も処分

※姑のくれた帯、金ピカなのでC3PO帯と命名。パーチーで一回締めただけだそう

※このほかまだまだまだまだある

※古い着物の箱も処分。息子が絵を描いてくれた。

ここから訪問着二枚帯二本帯揚げ帯締めセット草履二セットショールだけ残す。煩悩がでてまた悩んでしまう。

着物というのは「着物を着ます」とか「着付けを習っている」というと、あちらこちらから集まってしまう。皆、処分に困っているのだろう。自分は着ない、でも捨てるのは勿体無い、着てくれる人がいれば差し上げたい。そんな人ばかりなのかもしれない。妹のところにも、そういう着物や帯が集まるというが、「人がいらないものは自分もいらないものばかり」だそうで成る程と思った。人間国宝の辻が花とかはなかなか来ないらしい。

妹が毎日着物を着る人なのだか、好みがあるようで送ると迷惑になりそう。洋服だって高価なブランドだからと、古かったり好みに合わないと着たくないのと同じ。それに頂いてしまうと捨てるのも悪いし、何かお礼をしなければならないと考えるだろう。なのであの着物以外はリサイクルショップに送ることにした。 

勿体無いという気持ちはあるが、さっぱりしてスッキリした。押し入れの半畳いっぱいに積んでいた着物がなくなり清々しい。

着物といえば谷崎潤一郎の『細雪』、あの小説のモデルになった四姉妹の着物たちはどうなっただろう。あんな絢爛豪華で良いものだったら、処分できずにあちらこちらの手に渡り、誰も捨てられず着られる事もなく、まだ何処の家の桐ダンスの中でひっそりと存在しているのではないかしら。そして時々ひっぱり出され「あの細雪のモデルの姉妹が着た」などと話題にされ、愛でられまた仕舞われるのだ。妄想だけど多分何枚かはそんな風に現存しているはず。

姑の大きな桐ダンスいっぱいに詰まっているであろう着物や帯たち。姑が亡くなったら私のところに来るだろうか。できれば私をすっ飛ばして娘にいって欲しいが、娘もまた処分に悩むだろう。処分の仕方を今から教えておきたい。

リサイクルショップから届く箱に、娘と一緒に詰めようか。「私が将来着る」などと言われたら厄介かもしれない。何かいい話の例えを考えなくては。古着は運を下げるというが、着物はどうだったか。まあスペースを空けると新しい幸せが入ってくるくらいを話そう。


【編集後記】

タスク一覧をブログに書いておくとちゃんと片付く。Sさんのお祝い会日程も、メンバーが決めてくれて助かった!ありがとう。小説だけまだ完成していないが、「とにかく最後まで書き上げてみることが大事」という一文に出会い、ともかく書いてみる事にする。



「マイブロ部」のメンバーから毎日更新できているとメールが届いた。ブログの方にも別のメンバーからメッセージが届いたりして励みになる。思えば以前のブログはひとりで書いていた訳でもちろん今もそうだが、リアルな知り合いが書くブログを読むというのは実は初めての経験だ。一緒に頑張る仲間というのも当然いなかった。また前の大学の話しで恐縮なのだが、武蔵野美術大学はファイン系だったせいか文章を書く人は誰もいない、当然ブログを書く人も。なので初めてのブログ友達「ブロトモ」が出来たことになる。

ブログというのは不思議なもので、公開しているのに自分だけしか読んでいないような錯覚に陥ることがある。この錯覚のせいでtwitter がバカッた―になったり、ブログにいらぬことを書いて炎上したりするのだろう。作家の田中慎弥は、夜エッセイを書かないようにしているという。夜は感情的になりやすく、余計な事を書く懸念があるからだそうでなるほどと思った。なので私も朝から午前中のうちに書くことにしている。夜眠るということは、様々な感情をろ過する働きがあるように思う。

私も日記を書いて鍵をかけ、机の奥深くにしまうような感覚で書いてしまう時があるが、実はそうではなく、たくさんの人が読んでいると実感するのがアクセス数だ。昨日はUUが99、PVが489だった。本物のブロガーに比べたら吹けば飛ぶような数字だが、私のような一般人にしてみたら大した数字だと思う。

アクセス数がアップしたのは、「にほんブログ村」に登録したせいもあるかもしれない。このサイトの存在は知っていたが、なんだか面倒で登録していなかった。「ぽちっとして下さい」などと書いてあるブログをみると、私はこういうボタンは置きたくないな、などと思っていた。イケダハヤトさんやその他有名ブロガーさんはそんな事しないだろう。もちろん私は素人なのだが、素人臭さが気になった。

こういうの↓ どうぞ押してみてください。

にほんブログ村

でもふと思い立って昨日登録してみた。やり方は簡単。カテゴリを決めるのに少し迷ったが、後で変更もできるしと適当に決めてみた。INとOUTの数字や、ランキングのアルゴリズムがよくわからないが調べてみたい。自分が登録することで、様々な人がブログを書いているのだと実感する。なかなかに面白そうなものもあり、つい読みこんでしまった。私のブログもそんな風に、全く見ず知らずの人が読んでくれたりするだろうか。

今日は、にほんブログ村の村民になり、ブロトモが出来たというオハナシ。公評会の作品は、書けたものの納得できないので今日から新しいものを書くことにする。果たして間に合うだろうか。とはいえ、今は課題も仕事も締切が終わり「書く」的には少し余裕がある。これを書き終えたら娘の好きなきつねうどんを作る。窓を開けても今日は寒くない、春はもうすぐ。


※反抗する娘の寄せ植えは私の好きな花ばかり(字余り)


【編集後記】

などと言いつつ、先日書き出したTODOリストのタスクを片付けなければ。特に免許の更新は早く行かねばと焦る。やりたい事リストも書いたら大変なことになってしまった。まずは締切のあるものからやろう。来週予定しているミーティングはうまくいくだろうか。

(1,317字)

お気に入りの皿が割れてしまった。ARABIAのブラックパラティッシ、10年ほど前生産が終了してしまうという事態があり、数少ない現品を求めてプレミアがついたこともある。たが今はもう普通に販売されるようになった。我が家は生産終了するちょっと前に、シリーズで買い揃えた。アラビアは北欧が誇る食器のブランド、日本で買うと高いが、現地ならニトリくらいに一般的なものではないだろうか。他のシリーズではムーミンのマグカップなども人気がある。

長年使っているが、このシリーズほど優秀なものはないと思う。まずデザイン、モノトーンで植物が美しく描かれ、洋食和食、メニューを選ばずなんにでも合う。それから特筆すべきは絵付けの技術の高さ、普通、陶器にプリントしてある模様や絵は、食洗器の洗剤の粒子にあたるとあっというまに色あせてしまうが、これは全くびくともしなかった。10年経っても買ったばかりのような冴え冴えとした色のままだ。

見事に割れてしまい、勿体ないので金継でもしようかと思ったが、装飾皿ならいざ知らず、普段使いに金継は如何なものかと諦めた。多分、継いだところがまた割れてしまうと思う。

このサイズはもう少し欲しいと思っていたので、思い切って新しいのを買った。購入は10年前に一括買いをしてから初めてになる。なんだかんだと我が家の食卓を彩ってくれた思い出深いモノトーンシリーズだが、今回はブルーシリーズを買ってみた。


※ブルーとイエローが美しい、スミレも可愛らしい 

IMG_0812 
※一番使う16.5cmサイズが割れた


以前から気になっていたものの、モノトーンにカラーが入るのはどうかと躊躇していた。だが、思ったより自然にカラーが溶け込んでいるような気がする。何よりぱっと明るい色彩が気持ちに光を送り込んでくれるようだ。

ジョニー・ディップが以前どこかのメディアに、子どもを持つ意味や感想をこんな風に語っていた。「今まで真っ暗な闇の世界に住んでいたが、子どもが生まれてからは明るい輝きに満ちたものに一変した」

モノトーンからカラーに変わったパラティッシ、ダークから輝く世界の住人になったジョニー・ディップ、私も最近の心境の変化もこれらに通じるところがあるように思う。新しいお皿は二枚買った。二枚買わないと所有権を巡って喧嘩になる、子ども二人へのプレゼントとしておけば家庭平和が保てるなら安いものだと思うことにする。

いつか家族が別々に暮らすことになった時に、このお皿をみたら家族を懐かしく色々思い出してくれるだろう。世界のどこにいっても扱いがある筈で、ブルーの目をした恋人に話したりするかもしれない。世界銀行とか国連とかNASAとかMITとかハーバードとか、そいういうところで思い出してくれるともっといいと思うのは母の幸せな妄想。


【編集後記】

もう11時!いったい時間というのは何故こんなに早く過ぎるのか。今日はタイムスケジュールを立ててみた。これから12時まで書類作成、13時までレポート、14時まで区役所、15時まで買い物、16時まで夕飯の支度、17時まで息子の世話焼き、18時から図書館&息子英語付き添い、20時夕飯風呂読み聞かせ、21時就寝。私だけ1日が36時間だったらいいのに。

【御礼】

コメントを下さった「りん」さま、アップするつもりが間違えて削除してしまいました。お礼と共にお詫び申し上げます。「あなたらしく生きればいい」というメッセージ嬉しく思いました。ありがとうございました。よかったらまたコメント下さい。

文章を書くようになったが、元々は物作りが好きだった。絵でも工作でも手芸でも、細々と手を動かし何か作ると時間を忘れてしまったものだ。最近は集中力が無くなりつつあるのか、3時間くらいが限度かもしれない。


※娘の従姉妹とお揃いのカードストラップに花をつけた。(2016.03.17)

 ※娘のために作った色々

今日は子ども達を送り出してすぐバッグを作ってみた。気にいるものはなかなか見つからないし、欲しいものは高い。ならば自作するしかない。

制作時間は約2時間。もう少し横に長いイメージだったが、まあまあ思う通りに出来たと思う。大学に行くときはいつも荷物が多いので、たくさん入るトートバッグが欲しかった。これならお弁当もノートパソコンも楽々入りそうだ。

持ち手はもっと明るいカラーが良かったように思う。次回ららぽーと豊洲に行った時にmano に見に行こう。後でカスタマイズできるのもハンドメイドならでは。


※満足

※バッグインバッグも作った

※JANOME DC6030 

ミシンは昨年の夏に買い替えた。10年使っていたミシンが故障し、もう部品がないというので仕方なく買ったが正解だった。ミシンの10年の進化に驚愕した。もうミシンではなく、裁縫マシーンだ。

定価はすごく高かったが、一週間程交渉して半額以下にしてもらった。プロ専業主婦なのでこのくらいは。

ミシンが調子が良いと色々作れる。これは息子のレッスンバッグ、後ろのビッグサイズは防災頭巾カバーのリメイク。荷物が多い時に重宝する。

※息子はブルーが好き

※左上から給食ふきん、ふきん入れ、リコーダ袋

下の写真は、娘のレッスンバッグと給食ふきんと筆箱。筆箱はボロボロになって捨てられていたので可愛い布でデコった。

※女の子は苺が可愛いと思う

筆箱は中もリメイクした。汚くなった蓋の裏側を白くペイントしてデコレーション。和紙で作った紋白蝶と紋黄蝶、ピアスにしていたが飽きたので貼り付けてみた。

※消しゴムケースも手作り

※娘の赤ちゃんグッズを作った余り布でパッチワークをした。用途未定なまま10年経過

※娘のリクエストで作ったスヌード

そして今朝やっと炊いてみた発酵玄米ご飯、今日から3日間炊飯器で保温すると完成だそうな。小豆と十五穀を入れてみた。どうなるか楽しみ。

※1日1回ひっくり返すように混ぜる

お昼に早速食べてみた。このままでも十分美味しいが、もっと美味しくなるのだろうか。

※おかずはアボカド納豆と自作糠漬け

また手作り作品を時々アップしようと思う。娘のベビードレスはどこに仕舞ったか。思えば手芸の一歩はベビードレスを作ろうと思い立ったところから始まった。それまで裁縫なんてしたくもなかった。

娘が可愛くて可愛くて自分の作ったもので包みたくて何もかも色々作った。息子の時はそれどころではなく、何も作った覚えがない。グッズどころか息子には離乳食を作った記憶もあまりない。あの頃が一番大変だったなとしみじみしてしまった。


【編集後記】

これからまたクリニックに行く。どうも咳だけスッキリしない。いよいよ昭和医大豊洲病院で検査になるだろうか。

夜半から朝方にかけて降った雪は、夜明け前には雨になっていた。通勤の人はちょうどいいかもしれないが、子ども達は積もって欲しかっただろう。道路はほとんど溶けていた。 

月曜日の荷物の多い日に傘をさして歩く、大変だねと声をかけると「みんな大変なんだよ」と息子。言いながら集団登校に遅れないようにと早めに家を出た。さすがA型と感心。

最近朝方目が覚めないせいか、よく眠れているのか、体調がよくなってきた。やはり美容と健康には睡眠が一番大切だと思った雪の日。雪の日は静かで尚更よく眠れた。

※草間彌生の作品のよう

※"INFINITY-NETS" 草間彌生の最高傑作はこれだと思う

※豊洲交差点、雪はほとんど消滅

※心配で内緒で見送りした

              
※欲しくて買い逃したツモリチサトの「雪の日」シリーズのワンピース


【編集後記】

今日こそ世界の古典のスクレポ完成させる!他にTODO振り込み4件、人間ドック予約、郵便局、AirU着手スケジュール確認、電話連絡2件、公評会作品、ライター案件、免許書換、サイバー安全課、schoo資料読み、象印ボトル交換、プール振替手続き、トートバッグと子ども達の給食ふきんを作る、夜はららぽーとでごはん。

次のスターウォーズエピソード8は、出来れば公開初日に観に行きたいと思う。そしてなるべく気合いの入ったファンの集まる映画館、有楽町か六本木ヒルズあたりに行きたい。新聞やニュースで観ると、「なつかしいキャラクターが登場すると、場内は歓喜の声があがった」とある。私たちが観に行ったのは公開翌日、しかも早朝9時スタートなので仕方ないのかもしれないが、どんなシーンでも場内は静かだった。チューバッカとハリソンフォードが登場した時は「あっ」と小さく声が出てしまい、最後にルークが主人公に振り返って顔を見せた時は「ルーク!ルーク!ルークだよ!」と小さくだが叫んで息子に静かにしてくださいと言われた。だが、場内の大人全員は同じ気持ちだっただろうと思う。脳内ポイズンベリーで大絶叫していた筈だ。

こうした事が許されるのは公開初日の第一回目だけなのだろうと思った。思い思いの衣装を着て、劇場に乗り込み全員参加型の鑑賞会になるのではないか。公式に許可が獲られているというよりも、ファンと劇場との暗黙のお約束的なものだろう。多分私の観た回で同じことをしたら捕まると思うし、場内に入れて貰えなかったのではないか。その通り、誰も衣装を着た人もおらず、特にスターウォーズに力を入れているとも思えないディスプレイだった。正面に掲げられた妖怪ウォッチのポスターの裏がスターウォーズで、そっと裏返した。良い子の皆さんは真似をしないようにして頂きたい。

心は既にエピソード8なわけで、夕べはどんなキャラクターが家族に相応しいか考えてあまり眠れなかった。私はもちろんレイア姫。年齢を重ねても凛とした美しさ、悪に対する聖なる強さ、私にピッタリではないだろうか。というより、レイとかアミダラ女王では年齢的に世間が許さない気がする。

娘はレイをやりたがるだろうと思うが、私はC3POがはまる気がしている。自分はしっかり者と思っているが、あんな感じでちょっと抜けたことがある。それを指摘すると怒るが、金ぴかルックは似合うと思う。息子はもちろんナキン・スカイウォーカー。後にダースベイダーになってしまうとしても、やはり可愛い。本人はそれを知ってから、アナキンに似ているというと怒るようになった。R2D2がいいと言われたら、どのように変装させようか。やはり何か人間的キャラクターを選ばせ、それにR2D2のぬいぐるみを持たせればいいではないだろうか。若きオビ•ワンはどうだろう。いいね

夫はBB8一択。10年痩せると言い続け、1gも痩せていない。太っていると成人病罹患率が高く経済的にも精神的にも圧迫され場所塞ぎだ。反省しろと言いたい。 BB8柄のTシャツを着せれば完了だ。

話がまた逸れたが、次はちゃんとお祭りに参加したいと思っている。ちょうどボジョレーヌーボーを祝うカウントダウンのようなものだと思う。一番乗りでないと楽しめないものもあるのだ。せっかく東京にいるのだから、はせ参じたい。海外ならもっと盛り上がって楽しいとも思ったが、最近物騒な事件が多いし、2017年といえば子どもの教育費も今よりもっと必要になるだろうし渡航費用など出せないと思う。それより何より日本語訳のない英語だけの映画を楽しむのは難しいと思う。I 'm affraid, I can not speak english enought. スペルや文法など間違っていると思うが察して欲しい。

話は変わって、スターウォーズ関連の商品の話し。これも私的には1999年のペプシのキャップに勝るものは何もない。確かに新しい商品はたくさん出ているし、同じようなキャップもガチャガチャであるようだ。でもやはり、何かを買うとついてくるおまけ、何が入っているかわからないワクワク感、そしてコンプリート出来るかどうかわからないくらい種類があり、結局私はできなかった。NTTデータの理系オタクは出来ただろう、あのステージも手に入れ、多分今回エピソード7公開ということで部屋に飾られただろう。正直悔しい。というか、そういう人が存在するかどうかもわからない、私の妄想の中のライバルだから。

クリスマスや正月などと一緒で、スターウォーズも自分が楽しむというより、子どもに楽しませるイベントになった。ライトセーバーやグッズ、自分も欲しい、でも我慢。という立場だ。なんとなく理不尽なものを感じながらも、大学に行かせてもらっていること、私が大学にいっている間の家族を思うと、何か我慢にも辻褄が合うような気がして気持ちがフラットになる。

ここまで書いて、2017年は娘が受験の年だと気が付く。スターウォーズは観に行くが、お祭りは無理だろう。私は気分転換にいいと思うが、夫が怒ると思う。では次の次、2019年のエピソード9にしたい。その頃息子は小学5年生、母の我儘を聞いてくれるギリギリの年齢ではないか。多分中学生になると嫌がるような気がする。

現に映画鑑賞中、怖いシーンになっても甘えてきたり、ひざに乗って来なかった。少し前まではすぐ来たのに。手を繋ごうとすると、じゃけんにされた。もしかしてエピソード9でも無理かもしれない。家族とではなく、友達と行きたいなどというかもしれない。

スターウォーズが好き、ということを家族にアピールしよう。今回の映画鑑賞を機会に、積極的に家族で話題にしようと思う。そしてスターウォーズとクリスマスは、家族で楽しむイベントだという印象を強くする。でも大人になるまでという事にしたい。大人とは多分選挙権があたえられる年齢、近い将来それは18歳になる、そのあたりだろう。もうその頃は恋人がいて、私となんか絶対いってくれないだろう。そうしたら友達を誘って観るか、一人で観に行きたい。私はひとりで映画を観に行くのも好きなのだ。

【編集後記】

違う話題にしようと思ったが、指が勝手にスターウォーズの話をタイプしてしまった。やはり私はスターウォーズが好きだ。BADAIのパンフレットを熟読しているが、楽しい。

※BANDAIの商品パンフ、映画チケットを買いに行ったら貰えた

※1/12スケールのプラモデル、息子のクリスマスプレゼントにしたい

※読みものとしても凄く面白い

スターウォーズエピソード7「フォースの覚醒」を観てきた。朝からテンションが高く、映画館の座席に座った頃には具合が悪くなっていた。そのくらい楽しみに挑んた久しぶりの最新作は期待を裏切らなかった。期待以上だった。あの人もこの人もあのキャラも全員集合の同窓会のよう、でも登場の仕方がなかなか憎い。

※買いましたとも

 
※ポップコーンとセットで買った

今回も「ルーカスフィルム制作」とタイトルにあったが、ディズニーがルーカスフィルムを買収し、今回の映画制作にはジョージ・ルーカスをシャットアウトして作ったそうだ。そのせいなのか子どもにでも、エピソート1しか観ていないような大人にもよくわかるストーリー展開だった。さすがはディズニー。ということは、逆にパターン化しているなどの酷評も予想される。でも我が家的には満足。娘は当然だが、息子も大人しく最後まで観賞していた。途中でもぞもぞされたら怒ったと思う。

ストーリーはネタバレで申し訳ないが、少し書きたい。それから次のストーリー展開、登場人物の秘密について私の予想も書くのでこれから映画を観にいく予定のある方、今後謎のままスターウォーズの世界観を楽しみたい方は、この先を読まないことをお薦めする。と思ったが、やはり詳しいあらすじは書かない事にする。

今回のシリーズは女性が主人公だ。ヒーローではなくヒロインということになる。名前はレイ、これでもう私は気が付いた。このヒロイン、レイはレイア姫の娘だと思う。映画の後にららぽーとのフードコートでうどんを食べながら夫にいうと、そんな事はないでしょうという。でも私はそうだと思う。今回のシリーズでは、暗黒軍団に対抗する組織のトップとして君臨するレイア姫、その子ども達となれば、敵は抹殺するか捕虜にするに決まっている。相手は悪い奴らだ、悪い事しかしない。子どもを誘拐なんて朝飯前だろう。

レイア姫とハン・ソロの間には、ダークサイドに落ちたカイロ・レンの他に、幼い頃に暗黒軍団にさらわれた娘がいたと仮定する、それがレイだ。レイは暗黒軍団に誘拐され、なんらかの理由で別の家族に育てられることになり、そこでもまた何者かにさらわれたのではないか。そして成長し、様々な人との出合いの中でフォースとも出合う。

副題「フォースの覚醒」は、自分のフォースの力を知らなかったヒロインが、自分の能力に気付くという意味だ。レイはフォースの力が半端なく、誰かのそういうDNAを受け継いでいると思われる。その誰かはルークではないかと思う。ルークはレイの叔父にあたり、ルークのフォースの血を受け継いだのではないだろうか。そもそも、レイアとルークは双子だった。なのでカイロ・レンとレイも姉弟、多分双子だ。ダークサイドとライトサイド、それぞれのヒーローとヒロインが実は双子というのは、スターウォーズの世界観にピッタリはまる。 そしてディズニーっぽい。

今回のストーリーのラストは、どこかの秘境っぽいところで、レイがルークをみつけ、ライトセーバーを渡そうとするところで物語は終わった。驚くルークの顔、もしかしてルークの娘かとも思ったが、そうなると物語が盛り上がらない。カイロ・レンとレイがいとこといいうのではストーリーがぼやけるような気がする。実際そういう予想をしているサイトもあるが、ルークは確か結婚したが、生まれた子どもは男の子一人だったはずだ。

それと、レイは工学に強い。あれもこれも全部修理してしまうし、配線にも部品にも明るい。それはハン・ソロの血ではないだろうか。なのでレイはやはり、レイア姫とハン・ソロの子どもなのだ。レイア姫もハン・ソロも今回のエピソードでは気付いていない。昔誘拐された娘が目の前にいるのに、ハン・ソロ、ハリソンフォードは実の息子カイロ・レンに刺され、それを知らずに亡くなったのだ。本当に気の毒なストーリーだ。

どうだろうこの予想は。京都造形大学文芸コースでは、物語を途中まで読み、続きを考えるという授業があった。皆が様々な続きのストーリーを考えていて、私は自分の考えたものが一番斬新だと思っていたが他にすごく面白いものを考える方が何人もみえて、自分が一番などと考えた浅はかさを反省した。あの時の方々なら、このくらいすぐに予想するだろうし、もっと驚くようなものを考えるかもしれない。

エピソード7では、双子の姉弟か兄妹か、多分姉弟だろう、二人の対決がほんの少しあった。結果はレイの勝ち。悪役カイロ・レンは精神面でちょっと弱い部分があり、ヒロインのレイは反してどこまでも強い。この辺りもしっかり者のお姉ちゃんと甘ったれの弟を彷彿させるものがあると思う。 ますますディズニーっぽい!

でもお互い、最後のシリーズまで姉弟だと知らずに戦うと思う。それを知る時は多分エピソード9、ヒロイン、レイが悪役軍団の大ボスとの最後の対決的闘いで負けそうになった時、カイロ・レンがダークサイドからライトサイドに一瞬傾き、レイを庇って死ぬ時だ。カイロ・レンは「お姉ちゃん」とつぶやきながら死ぬ。そしてダークサイドはボスが滅び、銀河系宇宙に平和は、、、来ないと思う。 何故ならディズニーだから。


エピソード1~6でもう終わりとジョージ・ルーカスが宣言したはずのものを、ディズニーが買収した途端続編が作られた。ピーターパンの続編をつくり、人魚姫をリトルマーメイドとして、北欧の昔話をアナと雪の女王として売り出し、巨万の利益を生み出す企業だ。多分、延々と続編を作り続ける筈だ。今回のエピソード7~9は、「レイシリーズ」というそうだ。ちなみに1~3はルークシリーズ、4~6はアナキンシリーズと呼ぶそう。そんな呼び方あっただろうか、いやなかった。

10~12も多分できる。そこに新しいヒロインかヒーローを据えて、銀河系は平和だったり戦争が始まったり、色々な星で様々なキャラクターが登場し、ずっと続くだろう。でもそれでいいと思う。大人になった子ども達が、友達恋人家族とみて、あの時はああだった、このシリーズの時は家族でみたなどと思い出話しをすればよい。孫もひ孫も新シリーズを観るだろう。「あなた達のおばあちゃんは本当にスターウォーズが好きで映画を見に行く前は張り切っていた」などと話すだろう。幸せな未来予想図。

だが、私はスターウォーズが好きというより、エピソード1が好きなので間違えないで欲しい。新しいシリーズはとても面白かったが、やはりエピソード1は超えられなかったと思う。次のエピソード8は2017年。正直、待ちきれない。


※映画の半券でクレーンゲームをした


【編集後記】

しばらく、多分年内いっぱいくらいはスターウォーズ熱が続くと思う。今年もあと二週間、信じられない。

(2,670字)

5

2016.03.14 AM2:13UP また美活健活に重要な夜中の10時から2時のゴールデンタイムの睡眠を冒されてしまった。ドタバタワーワーという騒音で起きたのが10時 30分、うとうとしながら聞けば夫、娘の他に息子の声もする。「今日はパパと寝る」と言っていたが、寝てないじゃないか、早く寝せろーーー!夫と寝る時の子ども達、はゲームしながらテレビ、iPhone チョコレート食べ放題で歯磨きせずに寝たりする。パパは悪いトモダチ、あまり一緒に遊ばせたくない。怒って寝かせて私は目が覚めてしまった。ベッドでぽかぽかを抱いても睡魔が訪れない。今日も諦めて起きることにする。昨日は結局半分しか仕事が終わらなかったので続きをすればいい。むかむかむか。

そこでふと、友達が先日送ってくれたDVDを思い出した。彼女は仕事にしたらいいのにと思うほど、音楽シーンに精通しており、最新の話題のバンドから古いロックなど何から何まで詳しい。あの曲なんだっけ、ほらフンフンフーンていうやつ、などと言えば「ああ、§×¶Θ*@ね」などと直ちに正確な曲目とアーティスト名を弾き出す。L'Arc〜 en〜Cielはそれほど好きではないようだが、私が話しを振ると色々小ネタを話してくれて、どこそこでVAMPSが、あそこでラルクが、あの時は、などといくらでも出てくる。 こんな彼女にぴったりの仕事は何かないだろうか。

そんな彼女がWOWWOWでラルクを録画して送ってくれたのだ。「夢洲のやつ?」と聞くと、騎士團万博と VAMPARKだという。ラルカジノが観たかったなーと思いながらそのままだったのだ。VAMPARKでもみてVAMPSの曲も覚えようかなどとテレビで再生すると、なんとラルカジノあるではないか。大興奮してしまった。


WOWWOW ラルカジノより 


スタートはSEVENTH HEAVENから Driver’s high、もうジャンプジャンプhi!hi!カラオケで会場全員が歌うあたりはお約束で一緒に歌ったし、Pretty girlからこれも懐かしいBlurry Eyseときて大好きなflower、ああ沁みる~and She Said が来た、すごいこんな曲まで、ラスト近くなって CHASEからXXXの流れは国立のオープニングと一緒!MY HEART DRAWS A DREAMあたりからだんだん空が暗くなってきて、そのあたりも構成的に日没を計算したんだなとか、昼と夜二部みたいとか、それからMCがありHONEYというのは NYも国立もそうだった、それからそれから STAY AWAYやったんだ!なんでここで?国立でやってくれたら嬉しかったのに!いやーやっぱり行きたかった!!いい、やっぱり最高。特にラストのラストあたりREADY STEADY GO大好き、すごい飛んじゃうGO!ラストはPieces!どうしよう、泣ける、イイ(*´ `*)ハイドーーーーーー!!!!  



相変わらず美しー


H
ちゃん、堪能しましたご馳走さまでした。もうこれで朝まで眠れないの確定。でもHちゃん本当にありがとーほんとにほんとに最高に楽しかった。セトリ的に 9月22日のラストDAYだったんだね、あの時丁度私たち海岸で遊んでいたよね。「今日ラルカジノじゃない、行きたかったでしょう」なんて潮風に吹かれて話したね。これはこれで素敵な思い出。海の幸を堪能し、貝を拾い、一緒に行った娘もすごく嬉しそうにノリノリで豊洲だといつも暗い顔だけれどこの日はとてもいい顔をしていた。その時もさかなクンの話を思い出して言ったっけ。大きな世界はたくさんあるから、小さな豊洲で色々あっても悩まないで、なんて娘に。そして自分に。

あー色々思い出してしまった。

L'Arc〜en〜Cielを教えてくれた友達、ラルクのDVD、正確にはBlu-rayを送ってくれた友達、ラルカジノの時に海に連れて行ってくれた友達、その後実家ですきやきをご馳走してくれた友達、遠くからわざわざ会いに来てくれた友達、私って友達たくさんいるなあ、なんて。はあ
幸せ。怒り心頭で起き出してリビングで観だしたラルクの映像や思い出に癒されてすっかり機嫌が直ってしまった。やはりhydeさんは偉大だと思う。私を無視する人ばかりで村八分になっていたあの頃、 L'Arc〜en〜Cielの音楽を聞きながら息子を送っていったりした。息子も同じ曲を聴きながら同じ気持ちでいたのではないか、Driver’s high の曲のようにいつか最高のフィナーレがくる、こうやって日々過ごせばいつか終わりがくると。
 


もう数えるくらいで〜♫


ラルクの楽曲は私の中では2013年から 2015年春ごろまでの思い出にもなっている。2013年の春はもうすぐという頃、私は初めてL'Arc〜en〜Cielを知った。YOUTUBEで初めてみたhydeは、黄金に光輝きマジソンスクエアガーデンで HONEYを熱唱していた。神様はこんなところにいたと思った。それから頭の中はL'Arc〜en〜Cielで、hydeでいっぱいになった。

来る日も来る日も L'Arc〜 en〜Ciel、hyde、カラオケで歌い、自宅でエアバンド、国立の2DAYSコンサートに2日連続でぼっち参戦したせいで満喫したのか気が済んだのかちょっと落ち着き、今はあの頃ほどではないがやはり映像や音楽を見聞きすると気持ちが浮き立ってしまう。その頃バディスポーツ園では、私への、そして息子へのイジメがじわじわと始まっていて、国立の頃からピークになった。そしてラルクやハイドどころではなくなるほど酷くなり、息子が酷い目にあっているのを知って慌てて退園させたのだ。色々あった頃とピッタリ重なり、曲を聴くとあの頃を思い出す。

L'Arc〜en〜Cielの曲を聴きながら、もう思い切りぶちまけてみよう、イジメられっ子の自分が嫌だと思ったあの頃。そしてブログや小説を書きだしたのだ。もう数えるくらいで私たちは消え失せ、真っ暗な朝がくるのだ。イジメられて鬱々としている場合ではない。私がいなくなればまた違う人が同じ目に逢うだろう、ここで,、私が食い止めなくては、悪の帝国の存在を世間に知らしめなければと。

そしてこうも思った。そもそもなんであの人達あんなに威張ってるの?誰がそんな事していいって言った?いちいち絡まないで嫌がらせしないで、
「あんた、本当はみんなに嫌われてるよ。誰からも好かれていない、信用もされていない」みんなあなたが怖いだけ、私と同じように虐められたら、子どもまで仲間外れになったら困ると思っていい顔しているだけ 、言ってやりたかった。

でもあまりリアルに書いては今度は私がいじめっ子になってしまうと思い、ラノベやほやほやと天然っ子キャラの独白のようにブログを書いた。ボスママ軍団は驚いたのか、それでいったんはイジメは治まったが次にはもっと酷い集中攻撃がきた。子ども達、どんなに不安で厭な思いをしたか。馬鹿なことをしたと後悔した日も実はあった。でも今はない。もう永遠にひとつの作品として残ればいいと思う。

このブログや私の小説達、今はそれ程読まれていないし影響もないと思う。でも私が死んだ後とかにゴッホの絵のように人々の注目を浴び、価値があがるかもしれない。なのでこの一連のブログに作品名をつけた。
「豊洲ゲルニカ」 どうだろう。「ゲルニカ」は恐ろしく悲惨な戦争を抽象画にしたピカソの代表作だ。「豊洲ゲルニカ」であるこのブログ、ママ友戦争の惨状を書いた最高傑作ではないだろうか。


L'Arc
enCielをみて気が大きくなって色々書いてみた。さて、もう一回ラルカジノを観よう。みんな朝ですよー(*´
*)


【今日の小確幸】


ラルカジノが入っていたなんて反則。夢洲の hydeに会えて幸せ^^



※鸚鵡になりたい

自分のために備忘録でセトリを書いておく。

2015.09.21
01.SEVENTH HEAVEN
02.Link
03.Pretty girl
04.Blurry Eyes
05.flower
06.and She Said
07.ROUTE 666
08.HEAVEN’S DRIVE
09.Wind of Gold
10.ALONE EN LA VIDA
11.MY HEART DRAWS A DREAM
12.trick
13.REVELATION
14.CHASE
15.X X X
16.TRUST
17.Wings Flap
18.Caress of Venus
19.Driver’s High
20.HONEY
21.STAY AWAY
22.READY STEADY GO
23.あなた

2015.09.22
01.SEVENTH HEAVEN
02.Driver’s high
03.Pretty girl
04.Blurry Eyse
05.flower
06.and She Said
07.ROUTE 666
08.HEAVEN’S DRIVE
09.Wind of gold
10.it’s the end
11.MY HEART DRAWS A DREAM
12.trick
13.REVELATION
14.CHASE
15.XXX
16.TRUST
17.Wings Flap
18.Lise and Truth
19.Link
20.HONEY
21.STAY AWAY
22.READY STEADY GO
23.Pieces



※綺麗なお姉さんは好きですか?

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