芸大に通う豊洲ママのblog♡♡♡

カテゴリ: 小説

お参りを終えて、次の目的は「牡丹鍋」書いている小説の主人公が貴船に誘われ、阿吽の呼吸で了解するシーンがあり、これ、誘う方も誘われる側も「行く」「行かない」ではなく、何か違う会話でそれが表現されるようになっている。これも私が考えたのではなく、登場人物たちが勝手に話していた。ボスママやその不愉快な仲間たちが「嬉しいという言葉を使わずに喜びを表現したい」と言っていたけれど、こういう感じかなと思った。このセリフを書いたのが昨年年末、ふふふ、私の方が先に書けたわ。まあだからどうってことはないんですけどなんとなく。


貴船には料理旅館や食事処がたくさんある。この看板は新しそう、でも白くなっている部分は閉業したお店だろうか。かと思うと新しいお店があったりと、貴船は魅力的だけれど季節営業はご苦労が多いのかしらと思った。

奥宮からちょっと下ったところに「料理旅館ひろ文」があった。「ひろふみ」ではなく「ひろぶん」らしい。どこにも書いてないが、サイトのドメインがそうなっていたのでわかった。文芸コース卒、元ITなのでこれくらいは。私も鬼女なんだろうなあ、いざとなると色々ほじって晒しちゃう、怖いわと思った。


玄関に続く石階段。道路挟んでお食事処はあるが、どうも雰囲気出ない。登場人物たちは宿のお座敷で牡丹鍋を食べたはず、だったらどんな感じか確かめてみたい。昔何度かお座敷で食事をしたが、何もかもぼんやりとしか思い出せない。それに食事のシーンは書くか書かないかまだわからないけど、知っておくというのは大切。なぜなら…

というのは企業秘密だから教えないわよ。知りたければ寒竹先生の授業を受けるか藝術学舎の講座に申し込んでね。来年度は大学でも先生の授業増えるのでは、お忙しいところ色々でさらにお忙しくなるだろうな。私のせいですね笑!頑張ってください^ ^


思わず石段を上がって玄関まできてみた。中をみてみたいなあとウロウロしていると、中居さんが出てみえた。これこれこう言う訳でお座敷をみたいとお願いしたら「どうぞ」って。私ってほんと図々しい、お忙しいのにすみません。ありがとうございます!

こちらでお待ち下さいと案内された、中は暖かい。舞子さんや芸子さんの団扇がたくさん飾ってあった。祇園から出張もあるのかな。

部屋に通していただく。お座敷でテーブルに座椅子、まさに料理旅館。そうそう、こんな感じイメージにぴったりだわと喜び独り言ちる。座椅子もいい感じ、嵐の中辿り着いた二人は何を話しすのか、食事してそのあとは。どこまで赤裸々に書くか悩ましい。あまり明け透けなのもつまらない、でもこんな事まで書くの?って感じもいいかも。要検討。というか、フィクションなので勘違いしないようにお願いします。

         
牡丹鍋セット。名物牡丹鍋と懐石っぽい料理がセットになってる。

器の入れ物が二重になっていて、下の段には茶蕎麦もある。お鍋もかなりボリュームがあり、どれもこれも美味しかった!卵焼きのお隣には川魚の甘露煮、鮎も名物らしい。そういえば夏の川床で鮎食べた覚えがある。京都といえば鱧も。そして肝心の牡丹鍋、猪豚は食べたことあるけれど、猪は初めて。食べてずきゅーん!すごい、野生の肉、まさに野趣溢れる滋味の味。これは食べたら精がつきそう、ほんっとにわざわざ食べにきて良かった。しかもイメージ通りのお座敷、多分この部屋は宿にもなるんだろう。ここの方に貴船の泊まりは二人からと伺った。

食事だけなら普通はこちらの食事処でいただくことになるのだろう。窓から景色を眺める。主人公はこの景色をみて何を思うだろう。嬉しいだろうか、哀しいだろうか、多分両方。

縁側的なスペース。洗面室が設えてあり益々いい感じ。主人公がここで身支度をしていると、先生が嬉しそうにそれを眺める。いいじゃない 妄想がパンパンで張ちきれそう。

礼を述べて「ひろ文」さんを後にした。案内してくれたのは中居さん風の方だったけれど、お会計は芸子さんみたいな綺麗な着物の美人。京都の女性の見本みたいな方だった。もちろんイケズもなく親切にしていただき何もかも大満足!時間をみるとそろそろ移動しないと卒業式が。

もう一軒、気になる料理旅館が。まあ正直全部気になったんですけどね。

ここの方にも色々とお話を伺えた。ただし部屋は見せてもらえなかった。必要ならここでももう一度お昼食べようと思ったけれど、宿泊はもちろんお昼も夜の食事も完全予約制だそう。こういう完全予約制の宿というのも良さそう。次来ることがあったらお昼頂いてみたい。

仲よさそうなご家族連れ、男の子えらいわ。ママが偉いんだな。うちなんてもう

川床のない冬の貴船川

川床あるバージョン。

個人的に川床は夜がオススメ。昼は御簾で屋根ないところだと直射日光が暑いので要注意。ということで夜の画像も。どちらも「ひろや」さんサイトのもの。

こんな可愛いお店が。

娘ちゃんが喜びそう。

あちらこちらのぞいていたら、時間が推してしまった。到着予定時刻14:55??慌ててバスに乗り、貴船口駅に戻る。そこからは乗り換えなしで大学に一番近い「茶山駅」を目指す。いよいよ卒業式、あの先生この先生、どんな顔で私を迎えるだろう。学長は?理事長は?それよりまずは急がねば!衝撃のラスト、卒業式、分科会編につづく。




あなたのアモーレは元気ですよ〜♡     
   
息子ちゃん大喜び


昨日はこども食堂にたくさんの方にご参加頂きました。参加者はボランティアの方含めて42名でした。毎回50名の方にお越しいただくことを想定していますので、余裕のあるちょうど良い人数の方をお迎えすることができました。という記事をこども食堂のブログの方に書きたい(書いた)、それから佐々木さんのトークイベントの方を書く方が先だけれど( これも書いた)、朝起きてFacebook のタイムラインを眺めていたら景山知明さんが興味深いことを買いてらして、私もこの件に関しては思うところもありまずこちらから書いてみたい。この思い立ったらすぐ書くというのってとても大切で、後で思い出しながら書こうと思うと色々忘れていたり温度が違ったりで上手くかけないことが多い。他に興味を引かれることが出るともう書かなくていいみたいに思って日常の雑多に飲み込まれてしまうこともある、というか、そういう事がとても多い。なのでまずはこちらを書きたい。今日はこれからこども食堂の収支決済をしてあちらこちらに早く書いてとせっつかれている書類類を書き、佐々木さんの記事、それからご招待頂いた舞台とコンサート、それからTwitterで色々書き込んだもののまとめなど書きたい。Twitterの方も見て下さる方から、「朝からドキドキした」と声をかけて下さり、『愛の戦士 フィガロ仮面』もひとつの作品としてまとめないと勿体ないように思った。でもあの『フィガロ仮面』シリーズは誕生までに、約半年ああでもないこうでもないと学友や事務局を巻き込み水面下では色々あったものの総決算。巻き込む前はひとりですごく苦しんでいて、でも「これは子どもに関係ない自分だけの事なので我慢すべき」と大学もこのまま静かに卒業するつもりだった。卒業した後など自分に関係ないからどうでもいいと、そういう分別と決断をするが大人なのだと。でもやはりこういうブログを書いているせいか、あちらからもこちらからもそういった情報がたくさん集まり、当事者は私と一緒で黙ってひとりで苦しみ運命と大学を呪いやめたりやめようとしたり授業をキャンセルしたりイベントに行きたくても行きにくくなったり休学したりしようとする人達が大勢いて、自分も含めそういう人達の救済策としてならやってもいいと判断した。きっかけは、また先生に叱られたのがやはり大きい。私は先生に叱られれば叱られるほどそれが激しければ激しいほど勇気と元気がわいてしまうように感じる。最近始めたこども食堂も、先生に最初に叱られたのをきっかけに色々考えて先生の期待に応えたいと考えたせいもある。でもつい最近のやつはは今世紀最大の竜巻のような凄い怒りで周りは驚き慄いていたが、私は叱られると思っていなかったので驚きはしたがしっかりと 先生の気持ちを受け止められたと思う。そういう訳でなんでもかんでもいきなり沸点が高くなり破れかぶれにあちらこちらdisる訳ではなく、大学だけじゃない、あの時もこの時も元都知事候補の礼の事件の時も理由がちゃんとあった。そうなった経緯やその理由などをお互い冷静に話し合えばあっという間に解決するのに、いつも色々が介在するので話はややこしくなる。先生と私がややこしくなっている原因はおおえかと事務局のコナン、やっと最近それに気づいたので良かったが、私だって一時は先生を疑ってニラニラしていたが今は違う。やはり動いてみないと何も始まらないしわからないものだと今回も思った。色々書いたが全部自分ひとりで調べ上げた私は「忙しいのか暇なのかよくわからない人」と言われるだけあり、自分が興味をひかれるものには時間をたっぷりかけるのでやらないといけない色々がなかなか捗らない、でもプライオリティは考えるまでもなくちゃんとわかっている、だから色々悩むのだ。先生はあのTweetを読んで頭を抱えているかもしれない、でも自分が誤解していたとまた気づかれたと思う。先生が私を怒るのはいつも私を誤解する時、刺激して怒らせるつもりは全くないのに何故そんな風に思われてしまうのか、本当に心外なことばかりだ。

※子どもの面倒をみないといけないのでまずはここまで。7:02

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画像は影山さんのFBより

続き。やっぱりちょっとでも間が開くとすっとテンションが下がるというか冷静になれて、これはこれでいいと思うが、でもこれが一週間とか後だったら絶対もう書かない、「書かなくては」という気持ちまで忘れてしまうと思う。私がずっと書いてきたブログもそうで、今読み返すとあの時の状況や自分の気持ちがありありと蘇り、タイムマシンに乗り過去を覗き見るような気持になる。そういうつもりは全くなくて、今豊洲で起こっている忌々しき事態に警告を発するようなつもりだったのだがなかなか世間はわかってくれなくて、紆余曲折ありそれで良かったのだと思えるようになったのだって本当に最近で、でもまだ悩むところがたくさんあるのが現実。でも最近思うところあり、自分の写真もSNSにアップするようになった。あのトヨスアモーレの方がFBに私と一緒に写った写真をアップし「森生ゆり子さんと一緒です」とタグをつけたので顔は出さないと決めていた私は慌てたが、まあ豊洲で私の顔を知らない人は多分いない、今更いいかと自分もアップしだした。豊洲こども食堂という、食の安全もアピールしなくてはならない立場にもなり、顔も出せないような人だと思われてはダメだろうとも考えた。アモーレさんはいいきっかけを作って下さったのだと思う。

そういう訳で自分の写真をアップしだした経緯と、理由などもついでに書いたが、この後で書いたものを読み返すというのは何もブログやSNSのものだけではなく、ほんの少し前は紙の媒体がそれにあたり清少納言の書いた日記は遥かなる時を経て未だにベストセラーだ。私は本が好きというより文字を読むのが好きで、昔から手元に文字が書いてあるものなら手あたり次第になんでも読んだ。新聞から雑誌にパパが買ってきて隠してあるエッチな読み物とかママンが病院や市役所でもらってきた機関紙や暮らしの手帖なども隅から隅まで読むような子どもだった。なぜそうなったかはよくわからない。家の両親は共働きで読み聞かせしてもらった覚えは1シーンくらいしかないし、家に色々な本はあるけれどアカデミックな雰囲気はなかったと思う。でも家の本棚、学校の図書館、街の本屋などで本をせっせと読んだ。図書館はものすごく辺鄙なところにあるので一回くらしか行ったことがない。これは今でも地元の友達達となんであんなところに図書館を作ったのかと語り草になっている。話を戻して本の話、今若い人たちがあまり本を読まないというのは、私が言うまでもなく手元にそれに代わるものがあるからで、何か読みたいと思うとスマホをタッチすればたちまち有名無名の文士たちの書いたものが読めるわけ。いちいちどこかに行って探す手間もないし、一部有料記事もあるが一般的にはこれらは全て無料で読める。しかも「青空文庫」などでパブリックドメインとなった作品は全て無料なのだ。こんな世の中がくるなんて私も思ってもみなかったし、旧き良き時代の作家達がこの現状をみたら心の底から嘆くのではないか。そもそも著作権がたった没後50年で切れてしまうという日本の法律、もう撤回して永久に著作権が保護されてもいいように思うが、それだとまた私のわからないような人権的諸問題が出るのだろうか。日本では著作権は作者没後50年、映画などの作品は70年、アメリカはつい最近50年から70年に延長された。自分が作品を享受する側だったときはパブリックドメインはメリットばかりだったしつい最近まで早く谷崎が公有財産になって青空文庫にならないかしらと思っていた。だが自分が書く側にまわった途端、知的財産がフリー素材に変容するのはおかしいのではないかと考えるようになった。まさに「お金」の問題だ。享受する時はただでくれといい、自分が提供する側になったら異議ありというのは現金なものだと思う。でも大学で学んだ文士たちの作品は、それを書く動機や心境、さまざまなバックグラウンドや文脈の襞に潜む摩訶不思議の妙など学ぶうちに、書いたもの創ったものは永遠にその作り手のものにしないとダメなのではないかと思うようになった。もし著作権法がなかったら森茉莉は晩年貧乏生活せずに済んだし太宰の子息たちももっと父親への感情が違ったものになったかもしれない。その時はそんな風に思わず私のように思いのたけを手が勝手に書いてしまい、後に誰に遺すなんて考えてもみなかったかもしれない。でも草葉の陰から祈るのは、アマンでもない思い人でもない家族だろうと思う。死んだ後に自分の書いたものたちが家族を養うというのはものすごく嬉しいのではないか、あの時色々あったけれど今こうして生活に困らないのはお父さんのお蔭とかチラとでも思ってもらえるという弔い。なのにそれがたった50年で消えるとはなんの冗談だろうと今は思う。私が今まで書いた色々はこの先どうなるのとか、もしかしてゴッホみたいに死んだ後パブリックドメインになってからヒットしたりしたら、苦労をかけた子ども達への感謝の気持ちまでもが幻になってしまうのではないだろうかと寂しく思ってしまった。そうだ、ブログってどうなの、このblogも色々な人が読んでくれているみたいだけれど、テレビやニュースでママ友の話が出ると「これ私のブログ読んだでしょう」というようなものが出て来てドメインも著作権も何もないじゃないと思ったりもする。ちょうどWELQ問題も出て来てパクリにもっとみんなが厳しい目を持ってくれないかと思う。私は芸大生、芸術とは模倣から始まるが最後にたどりつかなくてはならないのがユニークさ、つまりオリジナリティということだと思う。誰かの真似とかどこかで見たようなものを創るようでは芸術家とはいえないと思っていたし、大学でも学んだ。例えば松尾たいこさんのオープニングパーティでセレブな方が松尾さんの絵のどこがいいという話をし出し、私はユニークなところだと答えた。ユニークというと日本語にすると面白おかしいという意味に捉えられがちだが本来は「唯一無二」という意味で、そういうものを創る方だから好きなのでどれもこれも「松尾さんの作品」という佇まいはこれがプロなんだなあ私もこういう作品を書きたいと改めて思ったり、そうい訳でこの話はまた別の機会にして、著作権が永遠なら芸術の世界はもっと大きく膨らむと思う話。でも権利というものはどうしても法に縛られ、誰がそれを所持するかという問題が必ず出てくる。私の書いた 100年後の世界の小説でも、財産の権利を巡り子孫が臨終を迎えようとする老人に詰めかけるシーンがあり、古今東西いつの時代もそうなのだと思うし、権利がフリー化すれば訴訟問題がかなり減るという司法界の目論見もあるのだと思う。ただでさえ訴える者が多すぎて裁判所がパンク状態な昨今を考えるとそれも致し方ないがでも没後50年というのは短すぎるのではないかと思う。この高齢化の時代子孫が長々と生き延びて子どもが親の創ったものがパブリックドメインとなりフリー素材になってしまうというのはかなり切ない。うちの娘はなんでも自分のものにしたがるだろうからかなり荒れるだろうと思う。息子はなんでもばら撒くタイプなので喜ぶかもしれないが、その嫁が「ちょっと!私たちの老後はどうなるのよ!」などと言うかもしれない。それと同じで、そいいうものたちが「本」という媒体になった時、作家や本を創る側から手を離れてしまうのが現状だと思う。作家の林真理子さんも「せっかく頑張って書いたのに古本屋とか図書館に流れると新しい本を買ってもらえない」と嘆いてみえたように、手を離れた瞬間著作権としての対価が得られなくなってしまう仕組みが今は多すぎるのだ。私も気軽に図書館やBOOKOFFを利用する。生産性のない専業主婦やお金のない学生、私のような専業主婦で学生という一部世間からみたらバッシングしてやりたい余裕があるようにみえて実はいつもどこかしか足りなくてハラハラしながら生活をしている者からしても大歓迎のシステムだが、提供してくれる人達からしたらすごく残念な現状だと思う。そして肝心の話にやっと辿りつけた訳だが、クルミドコーヒーの影山さんがFacebookで提案し尚且つすぐに実行された「本を、二回目の旅へ」という考え方は、こうした諸問題を解決する糸口になってくれるのではないかと感じた。それはこんな提案。



「それは、1回目の読み手の方にとっても
2回目の読み手の方にとっても
著者にとっても、出版社にとっても
実は幸せなことじゃないかと思うのです。
(1,000円の中から印税も支払うつもりです)」


すごいレボリューション、西川貴教が白い衣装でラルクのWinter Fallに掻き回されたぐらいの衝撃。こんな風に考えた事ありますか?私はありませんでした。林真理子さんの講演を聞き大学での文学の授業で様々に学んだ意味をミックスさせて悶々としていたけれどそれがこんな風に解決策が出てくるなんて。常々世の中を変えるのは多勢はいらないたったひとりの天才でいいという私の考えは夫が教えてくれてこれだけは夫すごいと思っているやつで、影山さんは本の革命家だと思う。確かにこうやって古書にも著作権がありそれは作り手に対して敬意をはらう対象であるべきという考え方、気持ちってやはり形にしないとダメだと思うのですね、それはどうしたらいいか、やはり印税を支払うのがもっともいいと私も思いました。もしBOOKOFFがクルミド出版に感化され同じことを始めたらいいのにと思うが人はいい事は真似しようと思わない悪い事だとすぐ倣う世の中、なので浸透するのはなかなかに難しく反発も最初は出ると思うけれど誰かがやらないといけない作らない社会の仕組みだと思う。

「そしてこうした取り組みは
版元であり、書店でもあるという
ぼくらだからこそ
できること、やるべきこと
なんじゃないかと。」

私はクルミドコーヒーが出版もしているというのを、あの「文学フリマ」で初めて知った。文学フリマのFacebookでクルミドコーヒーが出店するというので喜んでいただけなのに、出展者一覧に「クルミド出版」とあり驚いて絶対会場で本もみたいと思っていたが、コーヒーとカレーと自分達のブースで色々やることがあり忙しくクルミド出版のブースは見に行けなかった。学友たちに「ほらみて、クルミドコーヒー、あのクルミドコーヒーだよ?すごくない?見てよクルミドコーヒーの店長さんに名刺まで貰った!」と騒いでいたがクルミドコーヒーを知っている人がおらずあまり興味を持ってもらえなかったでもいい自分が嬉しかったから。

だんだんIEがフリーズし出し今日もたくさん書いてしまったのだと気付く。そういう訳で「古書にも印税を」という素晴らしい取り組み、是非社会現象ムーブメントとなり世の中に浸透して欲しいと思う。そして最初に言い出したのがクルミドコーヒーの影山さんでそれを見た私が感激したという証しにブログに書いてみた。これも将来読み返して「ああーそうだった。この記事書いている時に娘の目覚ましが鳴り響きだし止めにいくのが面倒でディズニーのメロディをずっと聞き続けて娘と我慢比べをしているような気もちになりつつ書いたっけ。娘が時々変な時間になるようにセットして出かけるのは「ママ私を思い出して」という私にたいするメッセージなのだとかこういう悪戯いつになったら止めてくれるんだろうとか愛情やっぱり足りてないよねとか先生が私に対して色々怒るのはもしかして同じことなのではないだろうかとか考えたことも思い出すだろうかと言いつつ書いてしまったけれども。私も本気で娘に激怒したりするもの、もう自分が壊れるかと思うくらいの憎悪をぶつけたりするけれど、娘はもしかしたら私と同じで嬉しいのではないだろうかなんて例の件で思った。でも叱られるよりは褒められたいと思うのは私だけではないと思う。もっと褒めてあげなくては。

この「古書に印税」について、何かご意見をと書いてあって500円ではなくここはもっとBOOKOFFを見習い安くしてもいいとか影山さんはどうも商売っ気がないとか、だからこそクルミドコーヒーが食べログカフェ部門全国一位になっただろうとか、ひとつひとつ何かやる事を珈琲を淹れるように丁寧に吟味しながらというやり方は私からもっとも遠い対局の世界で絶対見習わないといけないもののひとつだろうなどと思った。『失われた時を求めて』の『逃げる女』で、作家のファゴットが「デルフトの眺望」を見ながら「こんな風に丁寧にマチエールを重ねるように小説を書くべきだった」と気付き、「黄色い壁のマチエール」と言いながらこと切れるシーンがある。この後もしファゴットが存命で作品を作ったらどんなものが書けるだろうか。私はこのシーンがずっと忘れられず、卒論を書く時はこのシーンを何度も思い出した。丁寧にマチエールを重ねていく、でも塗り過ぎは絵を台無しにするし足りなくてはわからない。千住博先生は大学の卒業制作を描き込み過ぎてつまらないものになってしまったと思った経験から「筆を置く」という事を身を持って学んだそう、そういうことではないのかなとも感じる。いきなり絵から文学にシフトした私を不思議がる人が多いが、何かを表現するのに絵でも音楽でも文学でも全く同じことだと思う。影山さんはカフェと出版業と共同体を作ることでそれを表現したいのではないかなと今朝の記事を読んで感じた。私も何かお手伝いすることがあればアサインさせて頂きたいと強く思った。

結局娘の目覚ましはまだなり続けている。ディズニー色々な電子音楽がランダムに流れ続けるというやつ。でもこれ確か息子が小学校に入学する時私がプレゼントしたものではないだろうか。ご近所迷惑だと気付いて止めに行くことにする。年賀状も作らないといけないことを思い出す。これも今日やりたい。

今更だがやっと読了。映画化ドラマ化もされ、話題の作品ということで気になってはいた。だがなかなかご縁がなかったというかなんというか。たまたま入ったBOOKオフで買い求めたところ、次の日図書館の予約で手元にまわってきた。そっくり同じ文庫本が手元に二冊。

読んで一言。乾くるみって天才なんじゃない?もちろんこの作品も二日に分けてだが一気に読んでしまった。最近全然本を読んでいないとか、読書力が無くなってしまったと嘆いていたが、手元に読みたい本があれば読んでしまえるものだと再認識した。

話を戻して乾くるみ、プロフィールを確認すると、大学の数学科を卒業したとある。数学といえば単純に「理系」といっていいだろう。理系の作家といえば、私の中では瀬名秀明が筆頭にきて、どぅるるるるーと何人か並んだ後に乾くるみということになるだろうか。タイトルが秀逸、もし違うものだったらここまでヒットしなかったのではないかと失礼な事もチラと思った。

それより何より理系作家の小説というのは、どうしてこうトリックを上手く仕掛けられるのだろう。「参りました」と言いたくなる。最初に読み切った時には何がどうなのか全然わからなかった。「あなたはもう一度最初から読みたくなる」というのがキャッチコピーらしいが、そんな風にも思えなかった。用心深くネタバレ的サイトを読みたいのを我慢して考えてみた。「ねえ、卓也」とある。美也子までもが名前を呼び間違えたのだと頭の中で物語をなぞる。でもどうも変。

ああでもないこうでもないと推論するうちに、驚愕の答えがみつかる。なんて、正直にいうとチラッとカスタマーレビュー読みました。えっ、まさか、だって。そうか、確かにあそこもここも矛盾だらけだ、でも読了した時は「違和感」を覚えなかった。「そういうもの」だと勘違いしたまま話に引き込まれてしまった不甲斐なさ。人間って本当に不確かな生き物だと思わずにはいられなかった。

私たちの普段の生活にもそういう事がちょくちょくある。私のメインテーマである「ママ友」だってそう、「ボスママ」がいい人だなんて誰も思っていないのに「そうあるべき」という勘違いで粛々と日々を過ごす。そう思わないと生きていけないという生物の悲しいサガ。会社でも学校でもそれら「思い込まねばならない」ものは存在するだろう。それらに一体どれだけの人が気が付いているだろう、気が付かない振りをしているだけなのだろうか。

物語の時代がバブル時というのは何か理由があるのだろうか。作者の青春時代というのも関係しているのかもしれない。そうか「予約」!それに、愛とか恋とかが生活の中で濃かった時代なのだろう。「愛している」という言葉がこんなにも突き刺さるのは、確かに今の時代ではマッチしないのかもしれない。でも小説はともかく、映画やドラマは平成生まれが喜んで視聴したと思われる。これすらもミラクル。DVD借りてこようかな。時は流れて行く。


 
「原作とは異なるエンディング」ってなんだろう。

林真理子氏の『ビューティーキャンプ』読了。

この世に林真理子ほどスムーズな小説を書く作家がいるだろうか。一ページ目を開けばあっという間に最後のページにワープしてしまう。そのくらいスルスルと読めてしまう、面白い、楽しい、ワクワク。本を閉じれば「あーあ、終わっちゃった」という寂寥。

彼女のエッセイもそうだが、小説もそのほとんどがトレンディな題材を積み上げて出来ている。そんなに奇を衒うとか、驚くような奇跡は何も起こらない。時々そういう事件が物語の中に出てくると「なんだか小説っぽくて嘘くさい」などと感じられてしまうほど、日常的なところからほんの少し離れた世界という場所にある。少し背伸びをした少女のような気持ちで読みすすめられるのが林真理子の作品の魅力だろう。

今回読んだ『ビューティーキャンプ』も「ミスユニバースとかそういう所の物語、きっとああいう人が出て来てこんな感じで~」と思った通りの展開、でも、だからこそ読ませるセンテンスのひとつひとつにリアリティがある。そして、もしかして自分だってもっと綺麗になれるかもとか、自分に足りないのは野望なんじゃないかと上手く勘違いさせてくれる力があると思う。

思った通りの展開、でも最後はちょっっぴり「あっ」と驚かせてくれるのもいつもの通り。ママ友誰かが、「林真理子の小説が青春の教科書だった」と言ってみえて、なるほど私もその通りだった、上手い事をいうなと感心してしまった。その分ちょっぴり性格も悪くなったと思うが、これら女が生きていくための必要悪。ともかく女の心の襞を嬲るのが上手すぎる。

美人というのは単純に人生得するイキモノだと思われるが、女の嫉妬にもまみれないとならない悲運でもある。この物語に出てくる美女たちは、そうでない女性達にものすごく気を使いながら生きてきたという設定になっている。わかるような、わからないようなという中途半端な共感は、私が美女でない証拠になってしまう。いやいやいや何をおっしゃるウサギさん、私も女からの嫉妬で死にそうな目に遭ったではないか。それはなんと恐ろしく不可解で理不尽なものだったか。

今もそして美女が「幸せな美女」でいるためには賢くなくてはならない。知性ではない、生きるための知恵だ。そして知性は美の足元にも及ばないと本書は断言している。身もふたもないけれど、本当のところというか真理はそうなのかもしれない。 世の中は至極単純なもので出来ているのだろう。複雑に見えるのはそう思い込みたい者の願望なのだ。

林真理子さんも私も結婚して出産して小説を書いていて、美にもゴシップにも同じくらい興味津々。でもこんなにライフスタイルが違うのは、運とか野心とか才能とかそして"努力"が全然違うからだろう。わかってる、わかってるんだよ!いい年をして大学に通い、卒論をどうしようなんてじうじ悩む私なんて、彼女からみたら馬鹿みたいだろう。

人間が安定して生きるために、そしていい小説を書くためには「客観視」が必要だという。でももしかして私に必要なのは「林真理子目線」なのではないだろうか。彼女のフィルターを通せば、わたしみたいな普通の何処にでもいるような専業主婦ですらドラマチックな物語になりそう。うん、いいじゃない。今書いている卒論だって、林真理子さんに代筆をお願いしたら、とびきり面白いものになるだろう。そんなつもりで書いてみようか。

これからヒールの高いパンプスを日常的に履こう、髪も爪も伸ばしてツヤツヤにさせてみよう。だって私、たった今から「セルフビューティーキャンプ」に入隊したのだもの。背筋も伸ばしてキラリとした目線で、「私は美しいのよ、もっとよく見ていいわよ」女優にならなくては。勘違いほど楽しい事がこの世にあるだろうか。

 I’m beautyful♡ Thank you everyone!

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著者:林真理子
単行本: 236ページ
出版社: 幻冬舎 (2016/2/25)
発売日: 2016/2/25

『地獄変』ショックはすっかり良くなったように思う。なんだかんだ鍛えられたせいかもしれないと思った。もうこれ以上の地獄はないだろうという体験もリアルでしたし、アドラー心理学をカウンセリング技法として勉強してきたおかげもあると思った。そのうちこれらについても書いてみたい。それと、近頃日中は暑いが朝晩は冷え込みが激しい。冷たい夜気が熱い焔のイメージを冷やしてくれたようにも思う。家の中で私の部屋が一番温度が低い、というかそうなるように様々に工夫している。私は暑いのが大嫌い。名古屋から東京に来る決心をしたのも、亜熱帯から抜け出したいという思いもあった。名古屋の雨季、夏季、本当に暑くてむしむしして死にたくなる。なので夏は行きたくない。

そういう訳なのでお誘いありがとうございます、またよろしくお願いします。ということで夜は真冬以外は窓を開けて寝ることにしている。そうすると風邪をひくとわかっているのだが、どうしても開けてしまう。多分、閉所恐怖症が全快していないのだろう。窓を閉めると部屋は閉ざされた空間になる、開けていれば世界に繋がっていると安心できるのだ。この病気いつからといえば、以前のパニック障害の罹患から併発たものだ。もともとそういう気はあったが、これ程はっきりと怖いと感じるようになるとは思わなかった。寒くても暑くても、窓は開けていたい。

自分の病気をうっかり忘れ、ディスニーシーの「海底二万マイル」に乗ってしまったことがある。あの時はパニックどころではない、恐怖の余り死ぬかと思った。あの狭い空間に家族だけでないどこかのカップルも乗船しており、悲鳴も上げられないし挙動不審さも露呈できない。隣の夫にしがみつき必死に耐えた。夫が異変に気が付きぎゅっと抱きしめてくれて、夫の心臓音を聞くうちに治まってきた。

子ども達やカップルからしたら、イチャイチャしているように見えたかもしれない。 夫がいなかったら絶叫していたかもしれない。普段は喧嘩ばかりだが、やはり夫は私にとっての心の港なのかもしれない。昔母がよく言っていたが、「ママはあなた達の港だから辛い時哀しい時はいつでもママのところにいらっしゃい」と言っていたが、東京にも港が出来たということなのか。困った時だけいつも夫に甘え、なんだかちゃっかりしている自分に呆れる。

こうやって海底二万マイル事件やその他、色々人生に於いて怖かった思い出をあれこれ考えた。『地獄変』どころではない事も色々あった。そもそもあの物語の読みどころは、健気な猿ではない。存在すら曖昧な主人公による、様々な登場人物のサガ、業の深さ、愚かさ。それこそ喜怒哀楽というものは表裏一体で、人の心こそが地獄変だと芥川龍之介は書きたかったのだろう。そもそも芥川龍之介の書くものは、全て同じところに通じる気がする。それに気が付いた彼は小説が書けなくなったのではないか。それに絶望して自分の命を絶ったのではないだろうか。

などと考えているうちに、『地獄変』と同じ文庫に入っている『藪の中』も読んでみようと思った。もしショッキングでまた影響されてしまうようなら、今度は逆に芥川龍之介祭りをしてみようかと思った。大学の文芸に編入したのも、本を沢山読みたい、様々な作家について理解を深めたいという理由もあった。全ての作品を読み込むくらいはしなければなるまい。 


※私が読んだのは講談社文庫

『薮の中』はグッサリこなかったが、代わりに永遠の永遠に終わらない宿題を出された中学生にでもなったような、モヤモヤした気持ちになった。文庫本の裏表紙に「今も物語の真相が議論され続ける」とある。真相は一体なんなのか。全てに一致しているのは、盗人は女を奪ったことと、男は死んだ、事件の場所は薮の中という事。逆に解せないのが、男を誰が殺したのかという真実が何処にあるのか。盗人、女はまだしも、殺された男までもが黄泉の国から自分が自分を殺したと独白している。そしてそこでラスト。

これを読んだ者達は狐につままれたように感じるだろう。私も最初はそう読んだが、色々考えて私なりの辻褄が合い面白いと感じてしまった。人は如何に自分の都合のいいように人生という物語を取り繕うか、という見本市のような読み物だと思った。

いつもいつも同じ例えで申し訳ないが、私がボスママの企画したランチ会に行かなかったとする。私の独白はこうだ。

「あの人は私にだけランチ会開催のチラシをくれなかったのでございます。ええ、いつもそうでした。バス亭全員プロフィールが載ったものも、何もかもがいつもいつもそうでした。そうしてわたくしが気落ちしまして行かないでいますと、来なかったのはあなたたけだとなじるのです。おまけにさも親切そうに、私だけが入っていないランチ会の写真を送ってよこそうとするのです。こんな事が日常茶飯事ですので、私はとうとう赤子に与える乳が出なくなってしまいました。息子がどれだけひもじかったかと思うと、己の至らなさに憤怒する日々でございます。もう関わっていては親子ともども死に絶えてしまうと考え、彼女を断絶しました。それがまた彼女の被虐の心の灯火に油を注ぐことになり、小さな火は地獄変の焔となり私たち親子を焼き尽くしたのでございます。その後ランチ会がなくなったのは、私の謀反だという噂が出ましたが、わたくしめにはとんと見当のつかないことばかりでございます」

しかし、相手のボスママからしたらこうだろう。

「あの者はいつも私の気に障る存在でした。いつもふらっと来たかと思うとあくる日は遠く離れた場所でぼんやりとしていたり。こうした私を据えた組織に従事する者たちは、わたくしの元へは皆が一心不乱に寄り集まり、一塊の土のようにぎゅっと固まっていなければならないのです。なのにあの端女は。先日もわたくしがわざわざ作ったランチ会のチラシを配っていると、さも興味がなさそうに視線をあててきます。なので私は彼女を無視し、チラシは渡しませんでした。その後会の写真を彼女に送ってあげようと考えました。新しいメンバーの顔と名前を知らせるという意味でもあります。わざわざメールしてやったのに、彼女はいらないといいました。彼女は私ではない、グループのランチ会を否定したのだと思います。なので私は皆に「あの人がやりたくないと言うのでもうバス停ランチ会は致しません」と周知したのでございます。その後私はすぐに職場復帰を果たしましたので、その後の彼女やグループがどうなったのかは知る由もございません」

ここでは「ランチ会で集合写真をとった」「チラシは私には配られなかった」「(ボスママ主催の)ランチ会はなくなった」という事実は共通しているが、その他の出来事や私情などは全く別のものとして存在している。私からしたら勝手に仲間外れにしておいてその時の写真を送るってもういい加減にして。今まで何回そんな事をしてきたのよ、功名すぎるいじめに神経がすり減っておっぱいまで出なくなってあの時の息子の飢餓を想像するとこれこそ地獄だわ。などと思っている。

だが相手からしたら、なによこんな事くらいで怒ってばかみたい、チラチラ構って憂さ晴らし程度で済ませてあげたけれど、今度こそ本当に地獄に突き落としてあげるからみてらっしゃいという事だったのではないか。

人間白州のもとに晒されても、いやだからこそ本当の事など言わないのだろう。

私は本物の裁判も経験したが、裁判所にかかればどちらが嘘を言っているのかあっという間にわかると思っていた。うそ発見器など白黒はっきりさせるためにありとあらゆるツールを駆使して貰うのだと、閻魔大王に上申するような気持ちでいたのだ。でも嘘発見器は実用性がないという扱いで使われず、裁判官はいつまでもいつまでも和解和解といってちっとも判決は出されず、裁判は一年かかった。

『藪の中』の物語もそうなのではないだろうかと訝しんでいる。それぞれがそれぞれに語っているのは、各人の嘘というか願望なのではないか。ちなみに、真相がわからないままの事を『藪の中』というのは、この小説が語源だそう。

「わけわかめ」の代名詞と言われる私の考える『藪の中』の真相。芥川龍之介は『藪の中』の小説を書く時に迷っていたのだと思う。様々な妄想からストーリーを組み立て考え、どうしたらどの案を採用したら面白くなるだろうと。登場人物を設定したり語らせたりしていたところ、全ての人物が脳内で勝手な事を言い出した。支離滅裂に言い分が違い困っていたが、ある考えが浮かぶ。もう自分もよくわからないが、登場人物の言葉をそのまま書き起こしてみようと。そしてこの作品が生まれたのだと思う。

登場人物達が勝手に物語を作ってしまったのではないか。登場人物達が「誰かを殺めた」という、自分に都合の悪い証言をした意味をアドラー心理学的に考えてみた。それはその方がそれぞれの三人に都合がいいからだ。現実の世界では殺人事件の証言などすれば、人として生きるためには全く不利になる。だが小説の世界ではそうではない。物語の中で「私が殺しました」と言えば、その物語の中では主人公になれるのだ。『藪の中』では主人公が誰なのかそれこそ藪の中、わからない設定になっている。「劇団芥川龍之介」の興行する『藪の中』という演目で、三人が主人公のポジションを奪い合い、自分がそうだと覇権争いをしているのではなだろうか。

これらの説を読んで、芥川龍之介や作品への冒涜などと息巻く者が現れるかもしれない。でもこの説が本当じゃないなんて誰がわかるのだろう。彼はもう亡くなってしまったし、真実を知る者はこの世にいないとされる。この説が事実かどうかは何もかも『藪の中』だろう。私の『地獄変』的もやもやした霧は、晴れてはいないがどこかに隠れてしまった。『藪の中』『霧の中』『闇の中』物事がはっきりとしない事を表す例えたちだが、私は『藪の中』が一番侮れないと思う。霧も闇もいつか消えるが藪はいつもそこにあり、迷える者達を誘い込み喰い散らかす。こちらの話の方が怖いかもしれないと思った。


【今日の小確幸】

すっごくいいことがあった。明日のブログで書きたい♡

以前、怪我をした後風邪をひいた叔父を見舞った時、「もう訳がわからないようになった」と言っていたのを思い出した。今自分がそういう心境になってみて、初めて叔父の気持ちがわかるような気がする。青木ヶ原の樹海をさまよっているような大きな森の中に入り込んんでしまったような、出口のみえない迷路で焦っているような。 朝夫の蒲団に潜り込み、もう大学辞めたいなどと愚図愚図してしまった。理由は何と聞くので、「芥川龍之介の『地獄変』を読んで、本当に怖くて神経が衰弱してしまった。それから自分が文章を書くのも怖くなった」と正直に言うと、「ああ中学の頃に読んだかなあ」などと眠そうに言う。読んでなんとも思わなかったのだろうか、色々考えて消耗したりしなかったのだろうかと疑問に思った。そして、そうだ、夫はこういう人なのだと思いつく。理系能なせいか、非現実的なことはきっぱりと受け入れない。

私の場合は、もう本当に読後すぐ「あっ」と思った。しまった読み終えてしまったと。多分、自分はこの物語をしばらくは引き摺って、立ち直れないというような嫌な予感がした。予感は当たってしまったように思う。豊洲図書館で借りた文庫本の中には、『藪の中』『地獄変』『羅生門』『蜘蛛の糸』が収録されている。『羅生門』は多分私も中学で読んだのではないか、『蜘蛛の糸』は絵本にもなっており、子どもにも読んで聞かせたことがある。『地獄変』は中学高校の指定図書にもなっているそうで、多感な青少年の頃に読ませていいのだろうかと心配になったりした。 読んでその後の読書会で色々言い合ううちに、気持ちが奥に奥に入り込んでしまうような感覚に陥ってしまった。

昔の文豪は自死した者が多い。芥川龍之介、太宰治、三島由紀夫、川端康成は三島由紀夫の死にショックを受けて死を選択したとの説もある。だが直接の理由が何かというより、複合的なももののひとつなのだと思う。芥川龍之介の自死の理由は厭世と言われるものから、才能の限界、「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」というセリフは有名だ。鬱に罹患し、様々なことが重なり「もう訳がわからなくなった」という事なのではないかと思った。 様々な物語を書いていくうちに、その物語の世界観に憑りつかれたのではないだろうか。魑魅魍魎としたものが跋扈する世界観を創り上げ、平常な精神でいられる訳がない。『地獄変』の絵師が、絵を描き上げた後に自死するシーンがある。地獄を見てみたいと希望して叶ったそれは、絵師には到底受け入れ難いものだった筈だった。芥川龍之介はそんな世界を作りだしてしまった罪に、時と共にじわじわと取り込まれてしまったのではないか。太宰治も同じように感じた。

 太宰治は、昨年の夏に私を苦しめた作家のひとり。授業で連日太宰太宰とやっていたら、夢枕に太宰治が立つようになった。太宰治は「津島修治」だと名乗り、さっぱりとした顔で笑っている。私は恐ろしくなった。そんな日が続いたある日、もうこれ以上関わっていたら私はあの世に連れていかれるのではないかと思い、太宰治の墓に行き「私はまだまだ生きるつもりなのですみません」とお参りをした。するとその日からぷっつりと太宰治は現れなくなった。ほっとした。 その辺りからなんとなく元気が出て、課題も仕事もやり出した頃だと思う。その後すぐブログを書きだし、毎日更新した。こういう独自のスタイルのものは、普通のキラキラブログとは様相が違うというのは承知で書いている。非難もあるが、その逆もたくさんあった。

お礼や自分の心境を綴ったもの、それからクローズしていた頃は「再開してください」なんていうものも。なのでこれを読んで苦しみや悲しみから一時でも慰められ、勇気づけられた人がいるとしたら、やはり書いて良かったと思う。 先生からも賛否両論の指摘があり、書くことで傷つく人がいる事を慮り、難しい問題に取り組んで欲しいというものだった。もちろん自分でもそのつもりだが、『地獄変』の世界観にすっかりやられてしまい、書く事が本当に怖くなってしまった。私の書く言葉に傷つくのは、敵側だけではない、愛すべき人たちもだったという事実に慄いた。同時に小説を読むのも怖い、特に文豪の作品は何もかもに神経が圧倒されてしまう。なるほど「芥川賞」が文芸賞の最高峰のように言われるのも、致し方ないなどと思う。

 「小説は完成した時からリアルになる」と、以前論文研究の授業で発言したことがあるが、その通りだと今でも思っている。脳内上映の得意な私は、様々なシーンが脳裏に焼きついてしまった。『地獄変』は私のリアルな思い出のように変容してしまったのだ。このまま夏を超えられる自信がないし、もう大学に行くのも怖くなってしまった。次は卒業研究の個別指導、それからテストもある。行かなければ卒業認定はされず、留年、そのまま辞めてしまえば中途退学ということになる。 それもいいかもしれない。

そもそも武蔵美に入学したことから色々も始まったのだ。お金もすごくかかったし、家族の負担も大きかった。始めたのは気まぐれに近い感情だったが、今は自分の生活の中心のようになっている。これでいいのだろうか。そして、ここで踏ん張って卒業しなくてはという気持ちが、逆方向に私を揺さぶる。 多くのものを抱え過ぎてしまい、パンクしたといえるかもしれない。それでなくとも今年は特に子ども絡みの用件も多い、こちらが立ち行かねば大変なことになる。取り急ぎ急を要さない外せるものは外し余裕を持たねば。何もかも中途半端で、特に課題が本当に出来ていないのだ。全くブレのない夫の存在が、今日はありがたいと思った。今さらだが家族にもっと時間を使いたいし、逆に応援してくれている家族のためにも卒業研究や課題をやらねばと焦る。 

張りぼてのお化けを怖がる子どものように、メソメソしたりして本当に自分は甘ちゃんだと思う。酸いも甘いも文豪の作品、様々な出来事をバリバリと咀嚼し飲み込み、新しい世界を生み出すのが作家の仕事。だが、もうこんなものたちを乗り越えねばなれないとしたら、私は小説家になれなくてもいいと弱気になっている。物書きの心構え以前に、生きるためのそれが足りないのではないか。私はこんなに小さな人間なのかと残念に感じた。


【今日の小確幸】

雨の翌日は涼しい。さようならと言いたくなるくらい気持ちがいい。


朝ダイニングに行くと、夫と娘が何かひそひそと話をしている。「子どもはそんな事いいんだよ」と小さな声で夫。私をみるとくっつきそうになっていた顔がぱっと離れてニヤニヤしている。「何?」と私が言うと、こういう時のお決まりのセリフ、「ううん、なんでもない」と言い合っている。テーブルの側面が定位置の息子はまだ眠いのか、ぼうっとしている。「何なのいやらしいわね、言いなさいよ」と私がまだニヤニヤしている娘に言うと、「なんでもないったら」と夫が答える。 嫌な感じ。

どうせ何かを買う相談だろう。私に無駄使いするなと毎日のように小言が出る夫の名前で、毎日何かしら宅配が届く。先日ネットバンキングを確かめると、60万円が投資信託になっていた。どうりで残高がない訳だ。夫は私のブログを盗みみて、どうもひと財産ありそうと踏んだのかもしれない。お金にうるさくなったのは、自分のものは自分のお金で買えとでも言いたいのだろうか。彼は蛇口をひねればお金がジャージャー出てくる身分だった母親の息子、どうも自分もそうだと勘違いしている節がある。私はというと、普通に倹約する家に生まれ、お金がないことはどういう事か一人暮らしで体験している。お金は普通に大切に使う。

そんな夫と娘の内緒話は、ディズニーランドのキャストの着そうな本格的なコスプレ衣装なのか、今あるのに買いなおすもっと精度の高い電子顕微鏡なのか、「息子も使うから」と娘に買った弾く人のいなくなった黒く重厚なアップライトピアノか、そんなものを買う相談に決まっている。「今度は何を買うつもり」と聞くと、「違う!」と娘が怒って即答し、夫は悪戯がばれた子どものようなヘラリとした顔になった。どちらも図星だと出る癖なのだ。まあ何を言っても「ソレ」は確実に近日届くことになるだろう。カード明細をチェックすればわかるとは思うが、私はそんな事はしない。隠れて何かを探るというのは、子どもの為にする忍者ごっこだけでよい。その時の空気を読むのは得意だが、収支決済については苦手だしわからない。

そうは言っても気になるのでぼやっとしている息子に、「ねえ、お姉ちゃんたち何言ってた?」と聞くと、「わからない」と言う。買うのは息子にに関係ないもののようだ。もし関係あるものなら「俺も欲しい」と話に混ざる筈。「これから生活費は別の口座に入れるから、そこから使うようにして」と夫が言った。損な気がしてその場では断ったが、よく考えるとそれもいいかもしれない。残ったら自分の好きなものが買えるしへそくりも出来るかもしれない。節約倹約は私の得意分野だ。
 
新婚時代の生活費は、毎月夫がお金をおろして封筒に入れたものを持ってきた。「今月もお疲れさま」と言って労い、夕飯をちょっとご馳走にしたり翌日休みなら食事に出掛けた。子どもが生まれるまでの一年だったが、夫からしたら嬉しくてたまらない記憶なのだろう。あれをまたやって欲しいと思っているような気がする。最近は殺伐としたもので、誕生日などのイベントごとの花束も断っている。昨日ホワイトディだからと高そうなワインを2本買ってきたので、「2本て何よ、それにこれいくらした?勿体ないじゃない」と怒った。いつの間にこんな風な関係になったのだろう。

お金で幸せは買えないというが、あの頃の私たちは豊かだった。お金の心配もなく、いつか避暑地に別荘が欲しいなどと夢みて話していた。いつまでもリッチだと信じていたあの頃、仲睦まじく喧嘩などしなかった。それが今は。私はあの頃に戻りたいのだろうかと、自問自答してすぐ否定した。ただ確かなことは、もう「自分」ではなく「子ども達」に何もかも託すということだろうか。お金も夢も未来も愛情も。それらを乗せるものがある幸せ、時に後悔。こうやって様々に揺らぎながら生きていくのだろう、今までも、これからも。

ため息すら出すのも勿体ないと思いながら、そこまで節約するのかと笑ってしまった。一人になったダイニングでコーヒーを飲みながら、息子に虫歯が出来ていたのを思い出す。つい最近歯科検診にいったばかりなのに、やっぱり夜のチョコレートだわ、夫に文句を言って、おばあちゃんにも叱ってもらおう。たちまち日常の雑多に飲み込まれていく自分を感じながら、残ったコーヒーを飲み干す。今日は一日晴れるだろうかと考えながら、夫にチョコレートをあげていない事に気が付いた。(完)

『女の作家エッセイ集「あの日、この日、どの日。」』より、新朝社文庫 2016.03.15

と、いう訳でうちの娘があのボス子のようにひそひそ話をしてチラッと見ることがあれば、それは私ではない夫を真似ているか、誰かにされて覚えたということなので私を疑わないで欲しい。本当に感じが悪く、不細工が加速するので注意してやめさせた方がいいと思う。娘にも言った。夫は多分姑を見習っているのだと思う。何もかもがそっくりで、いそいそと子どもに料理を作ったり甲斐甲斐しく世話を焼いたりする。私にまで色々言うようになりうっとうしい時もあるが、怒り疲れて最近は何もかもが放置気味の私と交代してくれたと思うことにする。口煩い母親は家の中にひとりいれば十分ではないだろうか。

結婚して新しい家庭を持ってから、「あれ、この家のお母さんは誰?お母さんがいない」という夢をみることがあった。そして「お母さんは私だった」というオチなのだが、今は「ママはパパ」と感じている。もちろん家事育児、お母さんの集まりPTA行事学校のイベントなどは私が行くが、家に入れば気持ちはそうでもない気がする。とはいえ子ども達に何かあれば、母性が噴き出すのは私だけ、すごく不公平で不便な気もする。でも夫が不在の日があると、たちまち自分がお母さんになる。そういう時は子ども達もすごく素直で聞き訳がよく、多分私の母性が素直に出ているからではないだろうか。

などと、うだうだと前置きが長くなったが、昨日大学から封筒が届いた。中をみると「合評会作品集」と赤字で印刷された冊子が出てきた。あ!採用されたんだとすぐにわかった。3月20日に外苑キャンパスでおこなわれる合評会に作品を送った。受信しましたメールに「採択がある」と書いてあり、送ったものの中から合評するものを選んでするのだとわかった。学友から「私は落ちた」とメールがきたので、どうしてわかるのかと聞いたら、選外の人にはそうメールがくるからといわれた。私にメールは着ていないのでもしやと期待していたのだ。

選ばれた作品は10作。いつも授業が隣の席で最近は毒舌が絶好調のHさん、それからボートのMさんの名前もある。Mさんは話したいことがあるのでお会いしたかったのだ。合評会には来るだろう、丁度良かった。私のことを天才だと言ったKさんのものはなかった。私はKさんを天才だと思っていたが、Kさんがそう言ったことにより次の天才は私になったのだろうか。まるで慎弥が石原都知事をdisった時のような世代交代が言霊によりトリオコナワレタのだろうか。などとすぐ調子に乗るのは私の悪い癖だ。

ちょっと褒められたりすると、もうそこで努力することを止めてしまう。逆にダメ出しされたり酷い目にあうと、そこから脱却するために考えて努力し行動する。褒められるとあっという間にダメになるタイプだ。ママハラスメントで酷い目にあったと何度も書いているが、こういう意味では良かったと思う。なかったら小説やブログも書かなかったし、ちやほやする人がいてみんなが私と仲良くなりたがったりしたら、私がボスママだったかもしれない。調子に乗り目障りな人を仲間外れにしていたかも。そういう意味ではよかったと思いたい。

今回選ばれた作品は、構想が出来たのは早かったがなかなか完成しなかった。書きかけてあまりに面白くないので放置していた。でもある日たまたまパソコンに向かうだけしかない状況が出来、集中したらさらりと書けた。「黄色い壁のマチエール」「黄色い壁のマチエール」と唱えながら、そこから数日何度も書き直した。プリントアウトしては読み、直し、話しのプロットを入れ替えたり、私には珍しく誤字脱字にも気を付けた。なので結果が出て満足。初めて「選ばれて紙の本」になったのだ。

合評会は今週末?もうそんな?最近どうも時の流れ方がおかしい気がする。記憶もおかしい。つい昨日の事を忘れたり遠い過去がありありと蘇ったりする。タイムスリップしているよう。でもしたとしても、過去はいじらないようにしたい。今の自分に結構満足しているし、自分のことが割と好きだ。何をしでかすかわからないところも可愛いではないか。夫がプレゼントしてくれたワイン、たまには一緒に飲んでみようか。飲み過ぎてつかみ合いの喧嘩にならないようにしようと思う。


【昨日の小確幸】

合評会の作品に選ばれたことはもしかして私にとっては幸ではないのかもしれない。「夫からのワイン」と言っておこう。夫からの評価はいらない、お金をもっとちょうだい。

※ワインと作品集


※ホワイトディならホワイトなこれが欲しい

(3,678字)

文芸演習Ⅱ-1の課題がやっと戻ってきた。これは「一人称」「二人称」「三人称」いずれかの短編小説を書くという内容で、私は「一人称」の小説を書いた。元のベースは出来ていたもので、論文研究Ⅰで概要を提出したら70点で戻ってきた作品だ。70点はひどいと思い、完成させてプリントアウトし、秋の論文研究Ⅱの授業で先生達に配りまくり、更に校正し一部修正加筆し今回の文芸演習Ⅱー1にも提出した。

私はこの「文芸演習Ⅱー1」、かなり緊張しつつ作品を提出した。担当教師にあの「麻宮ゆり子」先生の名前がある。そう、「敬語で旅する四人の男」の麻宮ゆり子さんだ。たまたま大学のHPか何かで作品の存在を知り、読んでみたところすごく面白かった。昨年読んだ本の中のNO.1といっていいくらい気に入ってしまった。シラバスと共に送られてくる、担当教員一覧の資料で、文芸コースでは文芸演習Ⅱー1を担当されていると知った。

何を書こうか、どの作品を送ろうか、担当教員は他にもいらして麻宮先生に当たらないかもしれない。あれこれ散々迷ったが、論文研究のリベンジということで完成させたものを送った。ラストも一部変えてみた。結果はA評価。「課題の把握」「独自の視点」「表現・表記の正確さ」「取材・観察」「総合」全てAだった。しかも内容には嬉しい言葉が並んでいた。

「思わず目頭が熱くなりました」
「うまいなあと思いました」
「いずれにしてもおもしろかったです」

「本当ですか?麻宮先生!!」と叫びたいくらい嬉しかった。 最近の成績といえば、論文研究は70と75点だったし、「黄色い壁のマチエール」について書いた「世界の文学」のレポートはB評価だった。CやD評価(Dは不合格で再提出)はないものの、最近は特に思うような評価が得られずがっかりしていた。書く才能がないのではないかと思ったりもして、落ち込んでいた。そこにこの評価。最後の最後でやっと。点数は出ていないが、Aは80点から90点の間だった筈だ。

そして最後に、「次回の作品も楽しみにしています」と書いてあった。麻宮先生、私こそ次の作品とても楽しみにしています。新刊が早く読みたいです。逆に麻宮先生が私の作品を目にする時は、多分卒業制作だろう。頑張らねば。丁度悩んでいたところ、タイミングよく切込み隊長O先生が教員相談に乗って下さることになっている。資料を完成させて送らなければ。

卒業制作といえば、過去の文芸コースの卒制で一番気になっているのが「フルホンヤ・ラスト・デイズ」。卒制には一部しか掲載されておらず、全文読むために申請をしようと思いつつ一年経過してしまった。明日事務所でお願いしたい。

現役の作家の方に批評して頂けるのは、京都造形芸術大学ならでは。他の大学と迷っている方々は、すぐさま京都造形に入学願書を出した方がいいと思う。迷っているならやってみた方が人生は楽しい。仕事をしながら、子どもを育てながら、家庭を持ちながらと様々な事情はあると思うが、自分の世界を持てるということはとても幸せな事だと思う。 今日は機嫌がいいので、この世に存在するありとあらゆるものに感謝を捧げた。

※面白くてあっという間に読めてしまう。「読書メーター」でも高評価。


【編集後記】

昨日は息子の友達が遊びにきてくれたのに、冷蔵庫がからっぽだった。反省して今日はネットスーパーで買い物をした。さあ、いつでも来い!

※端切れ布でポンポンを作った 。詳しい作り方はこちら。 ん?作者が私じゃない?手違いのようで、週明けには修正されるそう。

残りの年賀状も書き終え、投函。本格始動は明日からの予定だが、ブログを書くついでに以前書いた作品を読み返していた。なんていうか、我ながら本当に面白いと思う。このシリーズのブログで書いた「資生堂ショック」タグの記事は、正真正銘私の気持ちを綴ったものだが、以前のものはそうではなかった。

いじめられて仲間外れにされるということ、辛くて苦しかったが客観性を持ってみれば、とても興味深い出来事だった。子どもを育てる聖母マリア的存在のお母さん、そのお母さん達の創る「ママ友」という組織。今まで誰かにイジメれたり仲間外れになるという経験がなかったので、こんなところで体験するとは思ってもみなかった。

「イジメはだめよ」「嫌ならやめてって自分で言おうね」「誰にも親切に」などと子どもに教える立場な訳だ。子どもに一番影響を与える人といっていい。だが、そのお母さん達がまさかまさか。そんなビックリどっきりな胸の内を、ちょっと冗談めかして小説に仕立ててみたのだ。

本当に世の中ってわからなし、だからこそ面白い。現実は小説より奇なり。大学の先生が「事実を羅列しただけでは小説にならない」といったが、小説より興味深いリアルではないだろうか。特に最近またしみじみと思っている。

ブログや小説の整理ついでに、私の一番の超大作をEPUBに書き出してみた。電子ブック形式なので、スマートフォンやパソコンで電子書籍のように読める。目次も自動でつくし、タイトルも表紙もファイル指定するだけ。さすがLINEグループのLivedoorブログ、サービスがてんこ盛りでしかも使いやすい。ここ以外に使いやすいブログサービスがあるだろうか。しかも去年くらいに有料サービスが全て無料化された。資本力のある組織というはすごいなと思う。

そんな訳で約1分で作ったファイルを公開するので、もしよろしければ読んで欲しい。これは悪意も何もない作品、もちろん登場人物も全てフィクション、安心して読んで頂けると思う。ファイルをスマホなどの端末に取り込めば、電波が弱いところでもwifiなしでも読める。もちろん無料。お節もいいけどカレーもねという古いCMがあったが、正月番組やネット検索、帰省ラッシュ中で疲れた方などにおすすめしたい。

と、色々なやりかたでファイルをアップしてみたが、うまく表示できない。「画像/ファイル」のメニューからファイルアップデートは完了するが、エラーが出てしまう。pdf形式に変換したり色々やったがダメで、なぜだろうと四苦八苦して疲れたのでまたにする。


toyosupark
※表紙はこの画像の予定

作品はこちら。『元キャナリーゼゆり子の豊洲にいた時日記』
http://blog.livedoor.jp/yurikomorio-100later/archives/1128359.html

【編集後記】

大学のスクーリングレポートの採点が届く。「黄色い壁のマチエール」について書いたが、68点だった。すごくすごくショック。今までの最低は論文研究Ⅱの70点だった。更に2点下回ってしまったことになる。ブログを書いてとても文章力があがった気がしたがそうでもないようだ。ブログに時間をとられて課題が流れ作業的になっているのかもしれない。新年の要検討案件。

2015.12.02write 森生ゆり子という女性をあなたはご存知だろうか。そして覚えているだろうか。彼女は昔、「キャナリーゼの憂鬱」という小説を書き、その補足説明でブログを書いていた。当時桐野夏生(敬称略)が『ハピネス』という小説を発表し話題になり、彼女は自分もこの題材で書いてみようと思い立つ。


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※森生ゆり子さん。お元気そうで何より。

『ハピネス』は自分の街が舞台で、ママ友の話だった。自分ならもっとリアリティに溢れたものが書けると思ったのだ。彼女は『ハピネス』の舞台になった街に住んでいるし、ママ友関係でも悩んでいる真っ最中だった。リアルをそのまま書けばいいのだと。


大学の授業でも学んだが、事実や経験をそのまま書いただけでは小説にはならない。それならばノンフィクションになるかというと、そうでもない。ノンフィクションは事実を書く必要があり、私情を入れず第三者が調査インタビューなどを徹底的にすることで真実として書くものだ。森生ゆりこのこの考えでは、小説にもノンフィクションにもならない。むしろ、ブログに綴るというのがぴったりだ。


なので彼女の書く小説よりブログに注目が集まり、そのせいでブログをせっせと書いた。ブログタイトルは「キャナリーゼゆり子の豊洲日記」(注:現在元のブログは閉鎖中。有志が復活させたしたもよう)。アクセス数がかなり上がってきて注目が集まった頃、幼児園でのとある出来事を書いたことでとある者からNGが出された。当時この幼児園の副園長、今は園長をしている方で、「ブログをいついつまでに閉鎖しないとあなたの息子がどうなっても知りませんよ」、とコメントに書いてきた。彼女は悩んだが、閉鎖した。子どもを出されてはどうしようもなかったのだろう。


それでも人のいい彼女は、何か理由があってのことで、NOを出したのは組織を統括する立場からのもので、この人の本意ではない筈だと思っていた。だが違った。ブログを閉鎖した後に、大ボスの腹心K 内さん、いじめ会議の発端になった人だが、この人の依頼により、副園長は彼女にブログを閉鎖せよといったのだ。


ブログを閉鎖した当日の夕方、K内さんが職員室前の廊下に佇み、職員室の中を見ながらニイーツと笑っていた。職員室のドアを開ける訳でもなく、先生の誰かが出てくるのを待っている風でもない。一体何をみているんだろうと思い、そっと視線の先をみると、当時副園長のT 先生がいた。T 先生も同じようにニイーッと笑っている。ふたりは見つめ合い、ただ笑っている。時間にして10秒くらいだろうか。短い時間だが全部みていた彼女は全てを悟った。


ああ、この人が何事かを言ったのだ。その頃というか、今でもそうだが、T園長はじめ幼児園の先生達は体育会系の方ばかりで、ネットにアクセスして誰かのブログを読むなんてことは思いつきもしない。K内さんが説明したのだろう。ブログというものがあり、そこにあの人は園のことを色々書いています、迷惑なので止めさせてくださいと。


ちょうど、いじめ会議の話をぽつぽつ書き出した頃で、全部書かれる前にやめさせたかったK内さん、脚の悪いお年よりの椅子を撤去させた話も書いたので、それを消したかったT園長の目論見は一致したのだ。


ブログを無事閉鎖できて、お互い同じ気持ちでいたのだろう。「うまくいきましたね」「ほんとよかった」目線でそんな言葉を交わしていたのだろう。彼らは彼女が見ていたことに気が付いていないようで、これを読んで驚くだろう。彼女はそおっとふたりをうかがっていた。忍者のように自分の気配を消して、そっと近寄り職員室から見えないギリギリの位置で中をのぞいたのだ。彼女はそういう遊びが好きで子どもの頃よくやっていたそうだ。そんな体験が大人になって役立ったのだろう。


「どうして私はこういう色々を見てしまうんだろう」と森生ゆり子は思ったはずだ。実際、彼女は園や街のあちらこちらで、K内さんと、接点が何もないはずのあのママ友界の大ボスと立ち話をしているのを何度もみかけていた。嫌な予感が彼女の胸の中を過ったが、思い過ごしだと思うようにした。今、彼女の書いた昔のブログを読み返すと、その大ボスの事も色々面白おかしく書いてある。この大ボスも彼女のブログを閉じて欲しいと思っていただろう。(著者注:書いていて本人も今気づきました。そうだったと思います)


その後は説明するまでもなく、森生ゆり子はホンモノのママ友バトルに巻き込まれ、ヒエラルキー的ピラミッド型の最下層からもはじかれ、「ママ友界」からも追放された。悩んで欝になり、そしてパニック障害を患い、実際に心療内科にも通っていた。


だが彼女には幸いにも「大学で学ぶ」という彼女なりの本分があり、そちらに注視することで、立ち直ることができた。子どもを幼児園から退園させることにより、ダークサイドとも縁が切れた。経済的な余裕もなくなってきたことで、現実を見据える必要も出てきて、ママ友など一銭にもならないもので心患っている場合ではない、早く卒業して働かなくてはお金を稼がねばと思ったそうだ。早く大学を卒業しなければと、文学を学ぶ大学に武蔵美でもぎ取った単位で編入した。そこでまた転機があった。


授業も楽しい先生達も師と仰げる方々ばかり、そして学友達も常識的でフレンドリーだ。ママ友のようにいきなり距離を詰めてくるような人はいないし、職業や子どもを盾に服従を強いる人もいない。全てがフラットで、真面目な生徒が尊重される世界。ほぼ全員がきちんと授業を受けている。当然誰かを仲間外れにしようとする人もいないし、される人もいない。彼女も普通にクラスメイトとして受け入れられた。


彼女は今までママ友関係での状態が、自分のせいだと思っていた。思い込みの激しい彼女は、自分の性格の他にも名前の字画でこうなったとも思い込んでいたのだ。結婚した途端に人間関係がごたごたしだし、子どもにまで迷惑をかけているのは、苗字が変わったせいだと。真剣に長い間悩んでいたらしい。でも大学に通うことで彼女は考えた。自分の住んでいる街のママ友コミュニティ以外では、人間関係は悪くない。むしろ、とてもいい。それが豊洲という街の中だけは、彼女は忌み嫌う者として扱われた。おかしいと初めて気が付いたそうだ。名前が変わったせいじゃないと。


それで色々悩んだり考えたり調べたりしたところ、あの人が浮かび上がってきた。それまでは周りじゅう敵ばかりな状態、特に幼児園では誰も味方がおらず、ひとり孤独というより、村八分という言葉がぴったりくる程になってしまった。何故なのか理由はわからなかった。でもやっと理解した、あの人だ、あの人が全ての発端で、今もそうなのだと。


彼女は覚悟した。今度は徹底的に戦おう、負けるかもしれないがやらないと終わらない。あの人と直接対決するなんて、考えただけでも怖い。この界隈であの人に逆らえる人なんて、誰もいないだろう。界隈だけでなく、幼児園でもそうだったし、資生堂社内でも既にそういうポジションになったのだろう。でなければあんな記事に出てこられない。社会的にみて、森生ゆり子に勝ち目はない。だが、どんなそんな犠牲を払ってでも守らなければならないものがある。大ボスはそんな彼女の領域にまで踏み込んだのだ。

彼女だけをネチネチいじめていただけなら彼女は戦いなどしなかっただろう。だが彼女が全然へこたれないと思ったのか、やってはいけない事をした。そうではない、彼女は死の間際に立つほど十分消耗していたのだ。


丁度スターウォーズをみたばかりで、悪い人たちにはそれを統括するラスボスがいるとも気づいた。あんな感じなのだろう、大ボスは腹心達を操り様々な闘争をするが、自分は絶対出て来ない。出てくる時は、シリーズ最後の物語の中でもラスト近くなってから、主人公との最後の決戦の時だ。森生ゆり子は思っているだろう。今度こそ決着をつけると。ママ友戦争の最後のバトルだ。彼女は最後のジェダイの騎士、ダークサイドの悪の軍団を倒すために、銀河系宇宙の平和のために戦うのだ。フォースと共にあらんことを。



【編集後記】


二人称のつもりで書いたが、どうだろう。それから昨日子どもの冬休み中は書かないと書いたが、やはり撤回。「毎日書くことに意義がある」という当初の目的を忘れていた。それにしても書いていると色々思い出すことが多い。知らなかった事も、様々な要因が繋がり浮かび上がってくる。あの時の事も今見たことのように頭の中にある。前にも書いたが脳が忘れてくれない。こういうどうでもいいことで頭の中の引き出しがいっぱいなのだろう。だから人の名前が覚えられないし、親と子どもがどうペアリングしているのか把握できない。なになにちゃんのママと言われても、子どもと親の顔が全然繋がらないのだ。なのでママ友グループでの会話はすごく苦手だった。すごく得意なのがボスママと呼ばれる人達。特にK内さんは遠く離れたうちのマンションの住人のこともよく知っていた。私の知らない人の色々な話を聞いて驚き、こういう人と仲良くしておけば便利だと思ったが友達になりたいとは思わなかった。

higgashijujosakurako
※東十条桜子さん。森生ゆり子さんのママ友で彼女の作品の一部を管理をしている。

 


【2017.01.16追記】


アド街で豊洲が紹介され、「キャナリーゼ」で検索される方が多いのかこの記事が上位に表示されるようです。せっかくなのでコメントを追加します。

私はこの春大学を卒業し、ライター、作家業を再開します。「キャナリーゼの憂鬱」完成を楽しみにして下さった皆さま、おかげ様で卒業制作という形で完成しました。いつもブログを読んで下さり、応援して下さった皆さま、ありがとうございました😊

卒業制作完成記念として、以前書いたものですが一部公開します。これを書き始めたのは2009年、一部を2014年に公開しましたが、ちゃんと勉強して書きたいと大学に入学しました。そして紆余曲折あり四苦八苦して卒業制作として完成させたものは全7章約7万字です。

どこか出版社に送って芥川賞とりたいと考えています。芥川賞とったら豊洲のみなさんがお祝の会を盛大にやって下さるそうで、楽しみにこれからも頑張りたいと思います。いつもありがとうございます。
 


この記事で絶賛している大学は、私を巡り勝手に揉めているようですが、もう私は卒業なのであとは知らんというスタンス。残り少ない大学生活をエンジョイ勉学に励みたいと思っています。新作も執筆中です。一部公開していますのでこちらも是非。

ライター、エッセイ、小説の連載、ドラマのシナリオなども請け負います。yurikomorio@gmail.com までご連絡下さい。

芥川賞受賞したら、またこの記事のアクセスがどーんと増えるんだろうな。楽しみなような、心配でもある。色々ほじくられたらやだなあ。でもま、大丈夫でしょう。どうぞよろしくお願いいたします。

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