芸大に通う豊洲ママのblog♡♡♡

カテゴリ: 課題

京都なんて何年ぶりだろう。それこそ小説に書いた通り、地元にいて独身の頃は、桜か春緑の頃ドライブがてら何度も来た覚えがある。もう「前世」と言っていいくらい以前の出来事。友達と、家族と、恋人と、いつも同じようなコースだったりその時の興味の向くまま坂本龍馬を訪ねる旅とか色々だった。名古屋から京都はそんなに距離もなく、日帰りでも何度も出かけたものだった。当然いつも車、恋人とは新幹線のリッチな旅だっとか、亡くなってしまった当時の親友とも来たとか、あの頃は必ず地主神社か鈴虫寺に恋愛の祈念をしたとか京都というと色々色々思い出す。もちろん京都は大好きだった。

でも今、京都というとちょっと微妙な感じ。そして今回の旅の目的は遊びではない、でも仕事でもない。そう、大学の卒業式にきたのですよ。正直来るつもりなかったし、「東京のキャンパスだけで卒業した」というつもりだった。でもちょっと事情が変わり、思い切って出掛けることにした。


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森生ゆり子Twitter
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帰ってきたので続きを書きたい。

大学の卒業式など絶対に行く気はなかった。会いたい人、改めてお礼を言いたい人など誰もいないし、行っても嫌な思いをするだけなのは明らか。冷やかな空気の中で発表、食事会、卒業式、その後の分科会。わー絶対嫌だ!!

仕事でもあるまいし、わざわざ行く必要があるかというと全然ない。東京から京都の本校に行く物好きなどほんの一握り、行っても行かなくても誰も気にしないだろうしお金が勿体ないと思っていた。それこそ、その分で家族で美味しいものを食べるとか、娘ちゃん連れて歌舞伎を観に行くとか3月末の歌舞伎座の俳優祭りに今年こそいってみたいとか、普段何もないところにそんなところに行けばまた豊洲のボスママ軍団や夫に「いい御身分」などとdisられやっかまれるけれど、「卒業式に行かない代わりに」というならいいだろうと思ったり。

でも「行かなくてはならない事情」が出来てしまった。娘が学校に行きたがらなくなり、理由を聞けばそれは大人の私でもやっぱり行きたくなくなるだろうというもので休ませてしまった。でもやっぱり学校は「行かねばならない」ところだと認識して欲しい気持に変わり、だったら私が「どうしようもないくらい行きたくなくて嫌な大学に行ってみせる」というのが必要かなあと考え、「ママの方がこんなに悲惨な状態で四面楚歌っていうのはこういう感じ、あなたなんてまだ「大丈夫?」って聞いてくれる同級生がいるし先生達が心配して色々配慮してくれるじゃない?ママなんて大学生でしかも通信生だから「嫌ならやめてください」っていうところな訳、でも頑張って通って単位とって卒業したんだよ、しかも敵陣の京都本部でやる卒業式まで行ったんだよ!だから娘のあなたも頑張って」と言いたかった。

という決意を延々と話して聞かせたら、大学卒業式に行く前にあっさり学校に行ってくれるようになり、じゃあやっぱりもう行くしかないじゃない、行かなかったら「やっぱりママだって行きたくないからさぼった」と思われるし言われるだろう。もー!行けばいいんでしょ行けば!という捨て鉢な気持ちがてんこ盛り、でもあえて行くのも面白そうという私もいて、気持ちがカオスってわけわかめ。

でもどうせ行かないといけないならと「行くならせっかくなので」と色々調べだし、京都行けるなんてもう一生のうちで最後かもしれないとあれこれ思案、あれも行きたいこれも見たい、そうだ千住博先生の襖絵などと夢が膨らみだしやっと本気で「じゃあ行くかあ」という気持になった。

とはいえそれでも前日もやっぱり行くのやめようか、でもでもドタキャンなんかしたら子ども達特に娘がなんと思うか、いやーでも体調不良なら理由になる?とかもうこれでも散々悩んだのですよ。

逆に一泊二日なんてMOTTAINAI、どうせなら連泊なんてことも考えたりして、気持ちがチリジリバラバラ一体どうなるかと自分でもわからなかった。当日の朝起きて「やっぱりイヤ!行きたくない!!」となれば行かないだろうし、「なんかいい感じだわ、京都是非行きましょう」になるのか自分がどうなのかさっぱりわからないままに就寝。こういう時に限って子ども達全然寝てくれなくて、ママママママママと夜中までまとわりつき、一緒に寝たら寝たでごにょごにょくっついたり話し始めたりして全然寝られなかったくそう。 

でも朝起きたら「はっ、ちょっと寝坊した?」と焦ったせいでどんどん支度できた。あー私行くんだ、「せいぜい頑張ってね」と私のもう一人の私が冷やかに見ているかと思えば、「ああそうだよ行くよ行けばいいんでしょ」という捨て鉢な私もいて、まあここまで来たら行くかあと半分諦めたような気持ちで出発。地下鉄でいくかバスで行くか迷って荷物が多いから地下鉄の駅より少し近い停留所のバスにした。タイミングよくバスが来て東京駅の八重洲口に到着。
   

しかし豊洲は便利な立地だと改めて思った。約30分で新幹線に乗れるとは。朝早いせいか席も空いていてラッキー、早速せんとくんと朝ごはん。サンドイッチを食べ珈琲を飲み、色々愚痴を言ったり相談したり、「良かったせんとくんがいてくれて」としばし会談。

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東京から京都までのぞみで2時間半かあ、やっぱり京都は遠いわねと思ったけれど、あっという間に到着。天気がいいので途中富士山が綺麗にみえたり雲がかかっていたり、すっきり見えた時は真っ白。雪が好きなので幸先("・∀・)イイ!!と嬉しかったなー

さて、これから一泊二日の京都の旅を色々書いてみたい。でもいつもの長々ブログだと自分も疲れちゃうし、最近とうとうパソコンが調子悪くなって来て、長文を書くとフリーズしたりするので細々書きたい。様々な課題、レポート、そして卒業研究でこき使ったasusのノートパソコン。思えば「文芸部ならパソコンひとつで卒業できる」と思って編入し、それはその通りになり卒業出来たけれど、果たして入学したのは良かったのか悪かったのかと思うと今の時点では吉凶混合、正直卒業式にも行きたくないくらいだからやや凶よりではあるが、パソコンが死にかけるくらい様々な文章を生みだせたことは思い通りの時間を過ごせたということでこれだけは良かった。

卒業したら新しいノートパソコンという目論見は、卒業式のために京都に行くという決定によりちょっと難しくなった。でもまたどこかから臨時収入があったり、コツコツというか自動購入しているビッグ、ロト6が当選するかもしれないし、それまではこのパソコンを使うつもり。そうだ、卒業記念にデータバックアップしてリカバリしてみようか。せっかく書いた小説やあれこれがクラッシュでもして吹っ飛んだら洒落にならない。

ということでこれから書く目次を書いてみたい。

お久しぶりに京都へ「やっぱり行くしかないか」
・卒業研究発表会の前にご利益を頂く神社仏閣巡り
・平安神宮へ『細雪』ごっこ私は谷崎潤一郎が好きなの
・さあいよいよ陣地へ乗り込む「卒業研究発表会」
・文芸コース懇親会「豆水楼」はホテルから徒歩3分
・早く起きて冬の貴船にわざわざ行ってきた訳
・京都造形大学卒業式・分科会ってこんな感じよ
・【終わりは】まとめ【始まり】

あっという間に書けるかぐずぐず書いてはやめてそのままになるか、出来るだけちゃんと最後まで書こうと思う。この書き方、目次を予告して連載みたいなのってどこかで見たと思ったら、小池百合子さんが都知事に立候補してもう一週間後に投票日という時に「小池百合子インタビュー」という連載を始めた人がいて、今頃何書いてるんだろうと正直な気持ちをあのサイトに書いたら垢バンされたのを思い出した。こんなことで(笑)と思ったし、出されたおかげで卒論が出来たともいえる。SNSの断捨離は時には大鉈を振るわないと叶わないこともある。それは人間関係も同じなのではないだろうか。

ということで京都造形芸術大学でも様々な人間模様、出会いも別れも友愛も敵対も何もかもがあった。そんな思い出も書いてみたいと思う。

さきほど家に持ち帰った卒業研究の要約原稿が完成し、大学のqestionのメールアドレスに送信した。でもこれプリントアウトしたものを、昨日の口頭試問の時に渡されたアンケートと共に郵送もしないといけない。その前に普通は要約原稿はここまでくるとほとんど修正の必要はないのでそのまま面接授業が終わり、ありがとうございましたと主担任、担任の先生達に礼を述べ退室し、あとは卒業式を待つだけという流れが普通。もし修正があったとしても、校正のための部屋が用意されており、そこでちゃちゃっと直して「要約提出箱」というものに渡された封筒に入れてポストインして完了。でも私は昨日は口頭試問の後に色々用事が出来、その後すぐ大学の偉い先生達と面談があったので原稿修正が出来なかった。修正はがっつりやる必要があり、手で修正もむつかしいボリュームで、家でパソコンでやろうと考えた。で、朝からまたNSNで色々書き込み、やっと手も頭もほぐれたところで卒業研究の要約を書き直し、作品概要の文字数を減らし、どういうバランスがいいか四苦八苦してようやく要約が出来た。

この日の大学はまたいつもの如く色々と忙しい一日になった。

最近外苑キャンパスに行けば丸一日拘束され、更に事件が色々起こるような気がする。一日拘束されるのは、私は通信生だから毎日学校に行く訳ではなく、大学に行くとなると色々なアポや面談希望、誰かに会えば情報収集に余念がなく、一日があっというまにぎゅうぎゅうになる。最近は1月13日から15日の「日本美術論」この時も授業以外でも色々あった。「フライングカフェ申し込み事件」とか「フェノロサは天心のフォロワー新知見発表事件」「有名人とご飯行く件聞かれて知らないオババに嫌がらせされた事件」「挨拶したのにおおえかに無視された後目もあわせてもらえずガン無視された事件」などなど。

まーでも最近の「懇親会フィガロ仮面VSN先生事件」とか「ストーリーとシナリオ感想聞いてまわった事件」とか、なんか事件つければいいと思われそうだけれど、私にとっては日々の出来事特に大学で起こる様々な事象は全部事件で、それぞれに名前をつけて脳内コレクションをしている。そしてはみ出た部分をブログに書くことをライフワークにしているが、これが生業になるともっといいのだがなかなか世間が変わってくれない。私は自分を変えるのがイヤだしきっとできない。だとしたら世の中が変わってくれるのをじっと待てばいいと思う。結局それが一番のような気がする。

という訳で昨日の事を時系列で備忘録的に書いてみた。日記みたいと思われるかもしれないが、その通りこれ私の日記だから。一番最初のブログが「キャナリーゼゆり子の豊洲日記」でしたねーえーもう懐かしいですね。今クローズしているけど(※思い切ってまた公開しました)読むと本当に懐かしさで胸がドキドキする。もう最近はムカムカしたりカーッとなったりしない。それもこれも大学がそうなっているのでもうママ友や幼児園の憂鬱は思い出に変わったように思う。そう言う意味でも大学に入ってやはり良かったと思う。

昨日は12時くらいに家を出た。「ママ、今日も大学?」とお猿ちゃんが聞いてくれて、なんとなく寂しそうで色々世話を焼く。すると娘が息子にちょっかいを出して泣かせだす、きっと自分もかまって欲しいのだろう。でもあまり時間がないのでそのまま飛び出す。豊洲から市ヶ谷、JRに乗り換えて二駅目の信濃町駅、もう四谷で間違えて降りたりしない。でも慣れたところでもう卒業、世の中そんなものよねと大学に向かう。

駅すぐのデイリーヤマザキでおやつのパンと淹れたて珈琲をマイボトルにつめ、ついでに店内のポストに「日本美術論」のスクーリングレポートを投函。やった\(^o^)/これで大学にだす課題、単位に必要なものは全て出せた。もうこれで単位数足りたのでここで打ち止めにする。本当はもっとやりたい科目があるのだが、他にとりかかりたいことがたくさんあり、自分のやりたいようにやらせてあげようと思う。

今までの書き方からすると、今回も面談の他に呼び出されてなんか叱られたんだろうイイ気味と思うかもしれないが、冗談じゃない、私は怒られるようなことを何もしていない。色々ブログに書いたことは認めるが、でもある意味致し方なかったと思っている。やっぱり今回も大学は刑法など説明に折り込み私を揺さぶろうとするが、ブログを修正しろとか削除とかヤメロとかは言わない。やっぱり色々思うところはあるが、社会的に意味があると思ってくれているよう。今後書く時は「セレブデブ」と「馬鹿」などは控えるようにとは言われのでそうする。私は注意されて突っ走るような躾の悪い女ではない。清楚でつつましく、夫の後を三歩下がったらそのままどこかに行ってしまう女。

まあそんな訳で昨日も口頭試問だけではなくその後にもぎゅうぎゅうとスケジュールが組み込まれた。

肝心の口頭試問、直接対面が初となる主担任の先生とお会い出来て感無量だった。「やっと会えたね」って喉まで出かかったけれど、なんだかこの大学の空気がそれを許さないというか何というか。そうだ、「最後の最後までweb 授業だったらコナン訴えてやる!」と事務局に怒りのメールを送ったら、即東京に来てもらえることになり拍子抜けした。最初から私も「不満です」と言えばよかったのに色々遠慮していたのがやはり良くなかったとも思う。「私手のひら芸大に入った覚えありませんから」と言えたのが11月ごろ、もうね、春辺りに大学と喧嘩になっても言えばよかった。私は中途半端に我慢するたちで、いったん堪えるものだから内部圧が強くなり最後にバーン!と爆発してしまう。「小出し」とか「空気を抜く」というのが全くできない。

そういう訳で主担任、副担任の先生二人と私とで最後の面接授業が始まった。

ここでひとつ書いておきたいのが、私たち2016年卒業生たちは、最終面談は論文研究にかかわった、卒業制作に関係する先生達全員の前で何か質問されるのだと勘違いしていた。なので誰かと話すたびに、大勢の先生達の前だと緊張するかもなんて話ていたくらい。でもいつだったかそうだ、主担任の先生にイレギュラーで学習相談をお願いした時に、事務の方がwebのセッティングをしに部屋にきた。主担任の先生は京都の先生なのでこの日もweb 面談だった。まあでもこれはこちらが急にお願いしたのでいいのだが、その時に事務局の人に色々聞いたら、「最終も主担任副担任の先生だけだよ」と教えてくれた。

なんですってええええ!と思って会う学友に話したり、fbに書いたりした。そんな訳で大学はそういう情報もっと出してよと思った。先生達は毎年だから手慣れて訳がわかっているけれど、私たち生徒は何もかも初めてのことだらけ。子どもを初めて産んでお母さんになるのと似ていると思った。なので私はブログに細々と色々書いている。きっと読んで色々解決したことがたくさんあるんじゃないだろうか。そうだ、最近「武蔵美と京都造形の違い」という記事がずっとトップに君臨しているが、みな違いがわからずにここに辿りつくのかもしれない。今は「警察は役立たず、もう二度とくるな」がトップを奪った。あれ、本当にすごいアクセスで一体何が面白いんだろうと思う。何か役に立つのだろうか。そのうち続き書くから待ってて。もう本当に色々忙しくてさあー

口頭試問は主担任の先生のリードで始まった。この授業での受け答えも成績に関係するから頑張って、でも緊張しなくていいなどと言われる。ちょっとドキドキしたが、普通に考えてることを赤裸々に話せばいいだろうとそうした。主担任の先生からは、良かったポイントを3つくらい上げられ、その後苦労したことは何かとか、工夫した点、あとはずーっと手放しという表現がピッタリなほど褒められっぱなしだった。それまで卒業制作の授業はダメだしばかりで添削の方に「ここはいい」とかちらっとあっただけ、この日はこのままでいいとか完成度が高いとか、先生も大喜びのようにみえた。

でも先生からしたら自分が指導した生徒がいい作品が出来れば評価も上がる訳で、私も「誰も担当をしたがらない」という噂の中で主担任を引き受けてくれた先生に恩返しするつもりでも頑張ったところがある。winwin 的ないい着地点に作品をもっていけてよかった、完成した時は本当に歓声が出てしまったくらい。

なぜこの作品を書こうと思いましたか?という質問には次のようなことを答えた。

私は大人になって、しかも子どもを産んでからヘビーなイジメに遭った。こどもの頃だったら堪えられなかったと思うが、大人だったので我慢できたし辛いながらも観察することができた。世の中イジメはだめとかなくそうとみんなが言うけどイジメがなくならないのは何故だろう、しかも子どもにイジメはダメと教える立場のお母さん達が全員でやっている。とても不思議に感じたので小説に書いてみようと思った。

そんな感じだったと思う。そうしたら主担任の先生が、その言葉を要約に入れてみてはと言っていただき、提出済みのものを修正追加することになった。先生があらかじめ原稿に赤を入れてくれていたものを受け取り、これはパソコンでやらないと出来ないなと持ちかえることにした。

副担任の先生も、FBのバナー事件でおおえかとバトルしたせいで先生を前日ぶった切ってしまったばかりだったが、なんの拘りもなく授業がすすみ、なんかあのあたりの先生達と違って肝の据わった方なんだなと思った。副担任の先生も今日は褒めて下さる以外、ダメ出しはなんにもなかった。ここはどうやって思いついたのとか、最終原稿でガラッと変わったのは何かあったのかとか、本物の文芸編集者は本当に厳しいので頑張って下さいとか、デビューの決まった人に言うようなことを言われていて、ああ私もしかしてそういう流れに乗っているのかも、なんて勘違いして思い上がってしまった。最後の晩餐はご馳走が出るというのと同じで、最後なので褒めるという事なのかなと思ったが、自分でもよく出来ていると思うことばかりピンポイントで褒めて頂けたので本当にそうなんだろうと思った。

それから要約、というのは卒業制作を載せる冊子に出す原稿のことで、これをちょっと変えたらどうかとまた提案があり、多分他の先生だったら「要約なんてもういいか」と思うところ、最後の最後まできっちりみて下さる方にあたって私は本当に運がいいとまた思った。私は運だけじゃない、顔も頭も性格もいいということはそろそろほとんどの方がわかってくれはじめたと思うが、この先生に巡り会えたのは元はといえばおおえかが私にした意地悪が発端、そう思うとここだけは感謝しなくてはならない。人生とか運って、どうなるかなんて最後までわからないものだとまた思った。もしあの時不貞腐れた気持ちになり大学を飛び出したりしていたら、こういう未来は来なかっただろう。そう思うとどんなに辛い時でも腐らず自分のやるべきことをキチンとするというのは大切ということだろう。人生万事塞翁が馬、どん底の豊洲ママハラライフもこんないい作品、って自分で言っちゃいますよおーだって面白いんだもん。そのうち世に出ますようにと祈念。

そういえばおおえか、4~5人の主担任やっているみたいだけれど、ちゃんとコピペじゃなくひとりひとりに対応出来ているんだろうか、でももれなく副担任はN先生だから、大学病院でいえば研修医に治験されるようなものじゃないだろうか。一年目の終わりごろはN先生と一瞬直接話す機会があり、担任して欲しいとお願いしたことがある。その時はやぶさかでない風味だったのでもし何事もなく過ぎていればそうなっただろう。でも結果的には今の先生達が担当して下さったおかげで切磋琢磨ものすごく勉強になったし書く力も相当あがったと思う。それにN先生だったら一緒におおえかも担当になっただろう。うーん、本当にどんな運命のいたずらなんだろうとまた思った。

おおえかが担当になった生徒達は依怙贔屓されている人達、何かあっても意見が言いにくいのじゃないだろうかと心配になった。私、当たらなくて本当に良かった。もし主担任だったら耳障りのいい話や、検討違いの厳しい指導というのに翻弄されていたかもしれない。

私を受け持って下さった主担任の先生は、私が初めての担当だそう。最初に返ってきた卒制の添削に「私は小説家なのでアドバイスがきっちりできます」と書いてあり、多分自分の作品や才能に自信がある方なんだろうと思った。添削を読んでもそう思ったし、数回の面接授業でもそれは感じた。そういうブレない自信のある情熱を持った熱血先生は厳しくて優しく理想の先生だったように思う。こんな大学の文芸コースには勿体無い!

副担任の先生のアドバイスも最初の頃はよくわからなかったが、最後の最後の仕上げの頃に、ああそういう意味だったんだ、じゃあこうしたらいいんだとそのようにしたら素晴らしい作品が出来た。何度も言うけれど、先生の言うことアドバイスは全部採用した。書けと言われれば10万字書き、それを読んでもらって6万字くらいにしてみようと言われればそうした。その時はえー!マジですか?と悶々としたが、全て意味があることだった。口頭試問でもそれは先生達と双方認識を新たにし、良かったよかったとそれぞれが幸せな気持ちで最後の授業を終えられたと思う。本当に色々あったけれど、終わりよければ全てよし。この大学に入学して良かったと思った。 

そこから次の約束でロビーで待つOさんと話し、その後「偉そう先生」と「住職先生」あとは「すっごく偉そうだったけど最近日が消えたように大人しくなった事務局の女の人」と面談があった。この話は別に書いた。 まるっと一日大忙しだった。   
   
さあ、レポートも課題も全部終わったし、あとは後は大学からの成績表と卒業式の案内を待つだけ。私はB認定だから卒業証書はもらえないが行ってみるつもり。正直全然行きたいと思わない、でも行く多分。それから「練歌と俳句」の授業が75点だったのはおかしいともう一度疑義書を顔採用の先生に出す。私はフェアな採点だったら68点だろうが86点だろうがその通りだと受け入れる、あれはああでこれはこうでなんて後から成績に文句言うのは筋違いだから。特に文芸の課題は文章鍛錬もある。先生の採点を読者の感想だと考えれば、満足のいくものが書けなかったと反省し次に生かすだけ。でもあれは本当に「ないわ」と思う。エモーショナルなものは学問の場にそぐわないし持ち込むべきではない。先生といっても好き嫌いはあるだろう、でもあの採点はそういうものを超えた「報復」的なものがあった。なので疑義書を出したのだ。

あとは卒業制作の要約をプリントアウトして卒業のお祝の会出るかでないかのアンケート用紙と一緒に出す、それから2月のフライングカフェに行くのと3月の藝術学舎「小説を書く」という2日間の授業に出るのと、卒業式前日の卒業制作発表会と懇親会、もしかしてその後の二次会、そして卒業式。私は卒業証書貰えないけどみんながコースごとで貰う時までずっといるつもり。だって最後までみないとあの後どうなっただろうと考え続けるのが嫌だし、その後絶対学友達集まって私の悪口大会するだろうから監視してやる!

これだけではなんなので、卒業式の次の日から連休だからゆっくり京都観光をしようとも思う。もちろんぼっち。一緒に京都まわりたい人なんて誰もいないわよっ!世間のしがらみを断ち切りひとりで思う存分あちらこちらぐるぐるみてまわりたい。名古屋に住んでいた時はあっという間だった京都、もう東京に住んでいる今は全然縁がなくなってしまった。しかも今は全京都と敵対している状態、冬彦どうしているだろう。あの人あの時絶対大学にちくったよね、だって学長が急に私への温度が低くなったもの。そして顔採用に流れたと。そして私に75点、冗談じゃないわよ!断固抗議する。成績や単位が確定するのが私の場合2月末だそう。それまで頑張りたいと思う。

あとは大覚寺の千住博大先生の襖絵を是非みたい。3月26日までの公開で卒業式の後の連休なんてすごく混むだろう。でも私お得意の朝いちばんで行くというやつで行けば大丈夫、こういう時旅のお供がいると、「ごめんね、私どうしてもみたくて朝早く眠いでしょう」なんて言わないといけないけれど、ひとりなら自由自在。女性も高齢になるとわらわらと温泉だの観光だのすると思うが、私は絶対したくない。いつもひとり、もしくはwith家族の誰かを引き連れて。だいたい家族揃ってどっか行くのも私は苦手。二人ならいいけど四人になると色々な思惑が渦を巻きマウンティングが始まる。もう懲り懲りゴリラよ。    


信濃町駅の花屋さんは春の花がいっぱいだった。もうすぐ春で卒業なんだと思ったら寂しくなった。

       
そういえば偉い先生達が「SNSに顔写真あげない方がいい」と心配していた。しかも本人の写真じゃないと思っていたようで、同じ顔がきたと驚いたそう。もしかして私に惚れちゃった?身の破滅だからやめておいた方がいいわよ!


またしても驚きの噂を聞いたので追記:コース主任のN先生、「卒業を祝う会」は自ら「日程的に難しい」と言って欠席するのだそう。一体どんな理由があるのか、これ職務放棄じゃない?もしかしてもう大学から出る覚悟が出来たのか。理事長にお手紙書いたので回答を待ちたい。

一番印象に残った質問にこう回答した。

昨日12月14日水曜日は卒業制作研究の締切日。もう泣いても笑っても怒っても完成しても出来ていなくても、出さないと卒業できないので提出した。結果から言うと、自分でも納得のいいものが出来て非常に満足。

京都造形芸術大学は提出物がたいがい締切日「必着」になっているので、前日の15時のヤマトが京都に翌日配送できる締切の時間ギリギリにだした。マンションのフロントの方に「ヤマトさん着たら教えてください」と電話をし、そうしたら15時の30分も前にヤマトさん到着。まだ準備できていないもうダメと思ったら、また後で来てくれるということで家に取りに来て下さったぐすん。いつもありがとうございます。そして宅配で京都へ。わーやった!終わったあという興奮に包まれ、なんだか体が浮いているようなすごい多幸感!嬉しくて嬉しくてそのまま倒れそうな感じだった。

これが武蔵野美術大学だと当日の消印まで有効なので、ギリギリの時は24時間やっている晴海郵便局まで夜遅く出しに行ったり、大学が都内なので窓口に提出しに行ったりしたものだった。そこへいくと京都の大学はそんな事は出来ない。せっかく青山に外苑キャンパスがあるのでそこの窓口でも提出できたらいいのに。そうだ、武蔵美へは車で行ったこともある。スクーリングに作った作品を授業が終わった後にとりに行った。作品が大きくて重すぎて、持って電車に乗る自信がなく。そういう時は結構あり、何回かは夫に迎えに来て貰ったりしたが、その日はスケジュールが合わずに自分でとりにいった。だが車は道が渋滞して、行きも帰りもうんともすんとも動かない。甲州街道にへとへとになり、こんな事ならガラガラで運ぶか、えいやっとヤマトさんにお願いすれば良かったと後悔したものだった。

なにを運んだかというと、大き目のモザイク作品。コンクリートを枠に流し込み、そこにハンマーで砕いた石を並べて絵を作る。よくタイルなどで銭湯の絵や市役所区役所の玄関の壁に作品がある。あれは本当に重くて女性ひとりで運ぶのは大変。それはそう、だってコンクリートと石の塊なのだもの。これは子ども達の小学校PTAの次回の作品展で出してみようかと思うが、運ぶのも大変で落とすと割れて粉々になるかもしれない。

武蔵美の授業でモザイクを教わった先生達とまだ親交があり、お願いすれば修正して貰えるかもしれないし教えて貰えるかもしれないが、多分、「新しいの作ろう!」と言われると思う。やっぱり出すのはやめようかな。先生達は本当にダイナミックにたくさん作品を創ってみえて、先生の前に作家だから当然だからだが、見習いたいといつも思う。また来年の先生達のグループ展にはお邪魔したい!オープニングパーティに車で来た栄子先生は一緒にお酒が飲めず、「次は車置いてくる!」なんて言ってらして、あー嬉しいまたワイン差し入れしようなんて。夫のクローゼットの奥に仕舞ってあったワインを差し入れしちゃった。高価な貴腐ワインは美味しいけれど私は甘いアルコールが苦手、先生ならお好きなのではと思いついて持っていったら、大好きだそうでそのワインの価値もちゃんと知ってらしてさすがだわ先生、先生の先生にまでお礼を言われて喜んで頂けて持っていって良かったー!と嬉しかった。

また話が逸れたが、京都造形芸術大学通信教育学部の卒業制作。私は文芸コースだが、他の学部も多分一斉に卒制は締切だと思う。瓜生山のキャンパスは宅配や郵便物で大変な事になっているのではないか。文芸コースは封筒に入った分厚い書類が卒業制作だが、ファイン系特に油絵日本画は100号の絵を二枚、これは武蔵美もそうだったと思う。私がファイン系から文学系に大学を編入してコース変更したのは、卒業制作の事を考えたからだった。100号の絵なんて描く場所がない。通学生ならコースの教室に詰めて制作したり、なかなかすすまないから徹夜で大学に泊まり込むとか色々出来ると思うが、私は通信生。何をするにも自宅でするしかない。自室を作ってみたが、ファイン系の何かはやっぱり出来ないだろう。なので武蔵美で卒業するのは諦めて、コースを変更するために大学も変わった。

「大学の勉強をするから」家族の中で私だけが自室を持っていると言うと驚かれる。普通は子どもが先でしょうと。まあそうですよね。自室は物置と間違えそうなくらい本当に狭い5.5畳(確か)に、簡易ベッドと小さなテーブル、その隣にお茶や軽食を置くサイドテーブル代わりの丸椅子(パソコンとお茶を置くスペースを分けないとパソコンに液体をこぼしたら困るからそうしている私って頭いい)、白いカラーボックスを積み上げた本棚、細々色々なものを入れるキャビネ。ベッドに座りテーブルに向かい小さなノートパソコンでせっせと課題やレポート、卒業制作をやった。ベッドの上に資料を広げ、夜眠くなるとそれをダーッと床に落として寝る、朝になると拾ってまたやるという、嫋やかな美しきキャナリーゼという私のイメージから一番遠い事をしたりした。時々です時々。

ダイニングでやればいいと思うかもしれないが、それだと色々なものが目に入って全然集中できない。でも部屋にいても家のことが気になり集中できない時もあった。本当に集中しようと思うと自室でも無理で、外に出るしかなかった。そしてジョナサンに逃避。そして卒業制作が終わって見渡せば、部屋がすごい汚部屋になっていて驚く。びっくりしたので写真をとってみた。私は部屋が散らかっているのが我慢できないタチ。家を散らかすなと家族で喧嘩になるのはいつも部屋のこと。家の中どこもかしこもピカピカで自分の好きな配置にものがないと嫌だし、ダイニングなどは全部同じ椅子なのが我慢できなくなり、全部違う色と種類のものにした。今はやっとカフェっぽい感じになり非情に満足。そしてチリひとつ落ちていようものなら「もういやーっ!」とすぐブチ切れて掃除してしまうくらい。それがまあこんな中でよくやれたと感心を通り越して呆れてしてしまう。部屋が汚れだしたなんて全然気が付かなかった、しかも間に合わせのようなインテリア!ガク いつからこうだったんだろう。狭い部屋はこまめに掃除や整理整頓しないとすぐに色々で山盛りになる。まだしまい切れていない夏物のワンピースなども見つけて、秋になり冬近くなっても子ども達がいつまでも半袖を着ていて慌てたことを思い出す。  ていうか、昨日まで夏でしたよね?いう感じ。でも息子はちゃんと新しいダウンを着ているし、娘ちゃんも私のお下がりのキルティングジャケットで雪ん子のようになっていて、子ども達が逞しいのか私が実は優秀でちゃんといつの間にか家がまわっているのかどっちだろうと思った。
    
 
汚い!こんな写真アップして、先生にまた叱られちゃうわよ!

などと言うと、ずーっと卒業制作をしていたかと言うとそうでもなく、一日が24時間とすると、7時間睡眠、2時間家事、2時間はSNS(書くほうじゃない読んだりイイネとか)、1時間くらいは卒業制作や課題、あとの残りは卒業制作についてずーっともんもんと悩んでいた。悩む時間でさっさとパソコンに向かえばいいのだがなかなかそういう気もちになれず、合間にライターの仕事や文学フリマの作品作り、単位が足りないと授業に出まくりスクーリングレポートを書いたり他にも初めてしまったタスクなどあり小学校では委員会あり運動会には行けなかったりで目茶目茶な日々だった。そこから急に降りて来て卒制やりだしたのが締切一ヶ月前くらい、そしてわーっとやって先生にみて貰ってOKが出て、校正、校閲、体裁を整えたりで完成したのが二日前。そこからは読んでも読んでも誤字脱字が出て来て、言い回しや構成がいいか悩みだしたりで時間がいくらあっても足りないと思った。最後の一週間は、ほぼ毎日豊洲ジョナサンへいった。

朝は日が昇る前に入店して書く、モーニングを食べてまた書く、お昼になればランチを食べ、夜はママ友が読んでくれるというので来て貰って広いテーブルに移動して色々チェックしてもらった。今日はここまでかなあとハッピーアワーでビールを一杯づつ飲んで夕飯の支度しないとねとお互い岐路についたという感じで、12時間ジョナサンという日もあった。まあこれは一日だけで、ジョナサンの後図書館とか、いきなり図書館でゆりかもめのセブンで珈琲とサンドイッチを豊洲シビックセンターのテラスで済ませたりと色々あった。家だとどーしても書けない私の苦肉の策だった。家にいると家事が気になってきになってハッと気づくと晩ご飯の下ごしらえとか掃除したりしてしまう。「もう家を出てするしかない」というのがよくわかった。他にマクドナルド豊洲店というバージョンもある。ここはほとんどの席にコンセントがついていて、しかもwifi 完備というノマド的に最高の環境だが、椅子が固いのとwifiがあるとネットに繋げてSNSしてしまうという罠もある。そこへいくと椅子にクッションがありネットが繋がらないジョナサンは卒制には最高の環境、私はここを「リビングジョナサン」と名付けた。

こういう「街を我が家に」という考え方は佐々木俊尚さんもトークイベントで話していらして、アフロ記者で有名な稲垣えみ子さんも 、家に冷蔵庫もないシンプルでミニマムな生活をされていらっしゃるが、カフェ代は別と家計の何割かを家の外でくつろぐ費用に充てていると雑誌かネットのインタビューで読んだことがある。私も卒業制作以前も課題やレポート、ライター仕事をする時昔から結構そうしていた。自分専用の書斎と寝室のある家が欲しいなんて思ったこともあるが、カフェで十分だなとか家には寝に帰るだけでいいかとか、じゃあお母さんは誰がやるのよとか色々考えた。ともかくリビングジョナサン作戦のおかげで無事終わったということになる。そもそも私はファミレスが好きじゃなかった。システマチックなサービスと食事、どの店に行っても同じ外観内装サービス。こんな寂しいところで食事はしたくないと考えていた。でもこうして何度か利用してみて考えが変わった。食事はそこそこ美味しいし、いらない事は聞かれないし、いつも同じ音楽がかかって人の出入りもいいバッグミュージックになる。システマチックなホスピタリティが逆に居心地が良かった。

しかもジョナサンって私のラッキースポットかもと思うようになった。卒制がうまくいったのもあるし、すごい昔ママ友と行ったことが一度あるが、その人は今も昔も私に対して全然態度が変わらなかった唯一の人だし、まれにゃんとの豊洲オフもジョナサンだったし、以前息子がミュージカルに出演した時二部担当で遅い時間に終わり、観に来て下さった方たちと子ども達連れて食事にいったのもジョナサン。この時は習い事のグループの方たちが大勢で来て下さり、気の置けない雰囲気で子ども達は大喜びという楽しい場だった。楽し過ぎて時間を忘れ、すごく遅い時間になり慌てて皆で帰ろうと階段を降りて行くと、ミュージカルの先生達が別のレストランから出てみえるところだった。少し立ち話をして別れたが、大勢に囲まれ差し入れや花を持ちきれないほど抱えていた私をみて先生達は、「ブログにぼっちぼっちと書いているけれどリア充じゃないの」と思って下さったと思う。すごいタイミング!リア充に間違えられてラッキー!いい事ばかりビバジョナサン!そうだ、芥川賞受賞の知らせを待つのは豊洲ジョナサンにしよう。着るものは豊洲小学校PTAバザーで10円で買ったもの。最初は500円だったのが半額になり最終セールで10円になった。これもすごいラッキーだった。これは既にキッザニア東京で行われたセレブの大人パーティにも着て行ったし、フィガロ仮面コスでも着たすごく重宝するワンピース。いいじゃないいいじゃない。ジョナサンの思い出や未来予想図はいいものばかりな気がする。
       
でも卒制が終わったのでもうしばらく行く用事がない。ジョナサンの店員さんたち、最近あの人急に来なくなったなあーなんて思っているのかな。今度行く時はどんな時だろう。芥川賞の次の作品を書いていて、プレッシャーに潰れそうになり逃避でまたジョナサンという時だろうか。そうなると私はもう有名人になってしまってイチイチちらちら見られたりサインを求められて仕事にならないとまた別なところを探したりするのかなあなんて思った。

そして夜は「卒制終わったら絶対行く!」と決めていた、佐々木俊尚さんの新刊発売イベント。佐々木さんと景山知明さんがトークイベントをするのでそれに行った。この話は色々すごい発見がありいい話ばかりだったので別に記事でちゃんと書きたい。このイベントは色々運命的なものに導かれ、と私が勝手に思っているだけだけれど、佐々木俊尚さんご本人にお招きいただき、しかもトークイベント前に偶然景山知明さんにお会いして、「佐々木さんのお誘いでトークイベントに行きます」などと挨拶をする機会があったりと、「もう行くしかない」という気持ちで出かけた。この日も実はまだ卒制をやっていて、読みなおしたり手直ししたりで昨日送ったのに15時ギリギリでまた大学に向けて発送したりしていた。卒制のレジュメをみると、最終締め切りとは書いてあるがそこで終わりではなく、次の最終面接授業で先生が校正するのでその場で自分で直してまた提出するのだという。だったらまだ自分でも色々見直したいと考えた。でもこれも終わった。と、そんなこんなで出かけたトークイベントは、学び多き有意義なものだった。時間を一時間間違えすごく早く着いてしまい、最前列ですぐ目の前が佐々木さんと景山さんという席に座ることができた。近すぎてなんだか三人で話をしているような、図々しい錯覚におちいってしまった。次号続きを待て(*´▽`*)

ということで、私は大学生活が終わるので、そろそろ娘ちゃんに部屋を明け渡そうと思う。もう小学校五年生だものね、自分の部屋が欲しいよね。「芸大に通う豊洲ママのblog」も大学が終わったらブログはおしまいにする予定。もうブログじゃなく作品を書かないとダメだと思った。先日主担任の先生に、「作家になってください」と言っていただけてすっごく嬉しかった。そう言われたからには頑張りたい。私は本当に素直ないい生徒だと思う。なのにあの先生は私を叱ってばかり。確かに以前ブログで「もっともっと叱って下さい」と書いたけれど。はっ、という事はあの先生も生徒のリクエストに応えてくれるいい先生という事なのかもしれない。ならば、「N先生、これからは私を褒めてうんと可愛がってください

と、また話しが逸れたが、主担任の先生の話に戻すと、K先生はいつも親切で優しいけれど作品に対する評価はすごくシビアでダメ出しも勿論あり、毎回卒制を提出するたびにものすごくたくさん宿題があった。私はその時は「こんなに面白いアイデアが山盛り」とホクホクしていたが、先生からしたら「こんなに色々言って大丈夫だろうか」と心配されていらたしい。副担任の先生から言われたあれこれも含めまるっと全部採用したら、もう本当に面白い作品が書けてしまった。二転三転ぐるっと方向を変えたり文字数を七転八倒あれこれ変えたり。そうだ、書くものもあれがいいこれがいいと変えまくったけれど、K先生が主担任になったらピタリと決まった。本当に私にぴったりの先生が担当になり伴走して下さったと思う。そういう話をすると学友の中には「私は外れだった」と、すごくがっかりしている人もいて、私は本当に運だけはいいと感心してしまった。他にも性格も頭も顔もいいのだがなかなか世間がわかってくれない。自分で知っていればまあいいか。でも卒業して先生達がいなくなったらこんな素晴らしい作品が果たして自分だけで書けるのだろうか今から心配でもある。そういう訳でまた色々話が脱線したが、今から豊洲NTTDATAで開かれるゴスペルコンサートに行く。わーもうこんな時間。それではSee you:-9

文芸コースには全く関係ないが、せっかく芸大に通っているのだからとファイン系の授業を受けてみた。8/30,31,9/1の全三日間。娘は高学年、息子はまだまだ小さいとはいえ、数時間なら留守番大丈夫だろう。何よりお姉ちゃんがいるし。と結論付けて、大胆にも平日三日間というスクーリングに挑戦してみた。 

選択したのは「デッサン(静物)」。以前記事にも書いたが、「造形基礎演習2」の「コラージュをデッサン」というのが再提出になってしまい、もともとデッサンは苦手だったのだがブランクで腕が落ちたせいかもしれないと感じた。ならば採点をしたご本人の先生からデッサンを習ってみようと思い立った。総合教育科目になるので卒業要件には関係ないが、もう卒業に必要な単位は十分で、特に面接授業は必要ない。デッサンは静物の他に、ヌードクロッキー、樹木・草花と3つも予約した。

京都造形大学のデッサンの持参物(もちもの)は、鉛筆6H~6Bを全種類とある。

琳派が好き♡

それに鉛筆を削るカッターと消消しゴム&練り消し。クロッキー帖などは持参しなくてもよい(この入門の授業だけで次のステップ的授業では必要になる)、それにしてもこんなにたくさんの種類の鉛筆が必要なのだろうかという疑問は、授業を受けてすぐに判明。武蔵美で習ったか習わなかったか、武蔵美のデッサンでは数本の濃い目の鉛筆と木炭で描いていたが、今回の授業ではこれらの鉛筆を駆使してデッサンをする。

「濃い鉛筆で輪郭をとり薄い鉛筆で仕上げる」
「練り消しは細く尖らせて細部も消せる」
「ざらざらな方が画用紙の表」

などなど、ファイン系の大学生なら基本中の基本、でも私は知らなかったちょっとカルチャーショック的なノウハウを学んだ。多分あまりにも常識なので武蔵美ではレクチャーされなかったのか、それとも私が忘れているだけなのか。多分後者だと思うのだが動揺を隠しつつデッサン。「入門」と名の着く授業から受けて良かったと思った。初日は紫玉葱。

学友がめっちゃ褒めてくれた✨

二日目は卵と黒炭、三日目は球体とビー玉と卵、という毎日違うものを描くというものだった。毎日違うものを描くので飽きずに集中できたし、デッサンも苦痛ではなかった。しかも二日目の黒炭は先生がすごく褒めて下さり色々聞かれたので「昔武蔵美でデッサンしました」などとつい言ってしまった。なんだか恥ずかしいっ!


先生に褒められた✨

武蔵美の必修授業にはデッサンもあったようなかなったような。武蔵美のデッサンは静物とヌードをやったと思う。その他日本画やファイン系の時はまずデッサンから始まったので、デッサンも一通りやったとはいえる。武蔵美といえば木炭というか黒炭の大きな塊をデーンと真ん中に置いて周りを囲んで延々三日間とか、ヌードは一日目はクロッキーだが延々同じポーズの同じ人を描き続けるとか、デッサンとはそういうものだが、へとへとになりデッサンが苦手になってしまった。ヌードデッサンでは携帯の電源を入れられなかったばかりに その後のママ友戦争が勃発するきっかけとなる事件もあったりで余計そう思ったのかもしれない。

でも想像以上にKUADのデッサンは楽しかった。何より先生が楽しい方で良かった。熱心だけれどフランクに色々な話をしながら各生徒を周る。先生の手が入るとさあっと絵がイキイキしだすのはさすが。お昼や休憩は各自好きな時に、というのも良かった。一日目の午前中、ずっと体調が悪くて何度か退席してしまった。座学ならちょっと困ったと思う。

お昼を食べたら治ったので、そこからはせっせと描いた。なるほど、6Hなんていうとんでもない薄くて硬い鉛筆で仕上げるとすごく上手くみえるわとか、細かいところこうやって消すと上級者っぽいとか発見があった。全種類ではないが、ほとんどの薄さ、濃さの違いも筆圧もよくわかった。

そして当の先生は、「コラージュでデッサン」の採点をした先生ではなかった。ちょっと残念に思いつつ、最後の講評で受講した理由など自己紹介も兼ねて話すと「それ持ってくれば良かったのに」などと言って下さる。そしてそして、「あのシラバス、僕が書いたんだよ」と。驚いて「ええーー!!」と軽く叫んでしまった。シラバスの軽快にしてユーモアがあり、しかも的確な指導のテキストに誘われ、つい受けてしまったデッサン科目の数々。私は採点をした先生が書かれたものだとずっと思っていた。そうだったのか。なんだか感激してしまった。わかった時には授業は終わり、残念に思った。

それなら次のデッサンでまた同じ先生に当たるかもしれないと言われるかもしれないが、別に申し込んだデッサンの授業は諸事情ありキャンセルしてしまった。やっぱり平日の授業は色々支障がありすぎた。今回も三日間のうち、一日は子どもが四時間授業で早く帰ってきてしまう日があり、給食があったのでお昼は良かったが、私のいないうちに何かあったら困るなと気持ちがそわそわしてしまった。中日はお姉ちゃんが塾でいない日で、息子ひとりで大丈夫だろうかとか。まああの人は玄関にランドセルを置いて、とんぼ返りで遊びに行ってしまうのだかしかし。そして最終日9月1日は防災の日ということで、子どもの小学校で引き取り訓練があった。これは子ども達の避難訓練の後に親が引き取りに行くというもの。もちろん仕事や諸事情で行けない親もいるが、「大学の授業があるから」なんて人はいないだろう。でももう仕方ないので、「大学の授業があるので行けませんよろしくお願いします」と連絡帳に書いたが、一体全体。

それプラス、思いもかけない事実が判明した。卒業制作は通信課題だということ。サクッと書いているが、知ってからは丸一日悩んだ。私はずっと卒業制作は面接授業だと思っていたのだ。間違えた理由はふたつ、文芸コースのスクーリング日程のところに「卒業制作」と書いてあり、そこの単位のところに「-」が引いてあるのに気に留めもしなかった。スクーリング日程のところに書いてあるなら面接授業で単位修得できるだろうとスルーしてしまったのだ。もうひとつの理由は、武蔵野美術大学の卒業制作は面接授業で単位認定されると思い込んでいて、京都造形もそうだろうとそれをそのままずっと抱えてしまっていたのだ。全く一ミリも気が付かなかった、「違う」だなんて。※今調べたら 全部面接授業ではなかった。版画コースのカリキュラム懐かしー♡これから入学される方々、気をつけてください。

それを知ったのは先回の卒業制作の最後の面談授業の帰り。念のためにというか、面接の必修科目が1単位不足していて、次に受ける授業の一日目が子どもの運動会。運動会をパスは出来ないだろうと大学に相談しつつ、単位についても確認をお願いしていた。単位に問題があるなんて思わず、ただ「念のため」というだけだった。その返信に「卒業制作は通信科目です」と書いてあるのを読んだ時は軽く死んでしまった。それでも立ち直り、ギリギリに追加募集に間に合ったのでいくつか申し込んだ。またまたその後学友に会い運がいいのか悪いのかと突っ込まれて笑われてしまったが、笑って貰えてホッとしてしまった。そうだよね、おかしいよねこんなのーみたいな。ちょっと気が楽になって良かった。みんなありがとう(:_;)

なので他にもまだまだ授業を受けなければならない必要が出て来て、デッサンを受けている場合ではなくなってしまった。今から受けられる授業で幸いギリギリ単位はとれそうだが、もしひとつでも落とすともう一年ということになる。もうひとつ回避策があり、京都でも授業は開催されるのでそちらで受けられるものを受ければいいかもしれない。でも京都、ちょっと遠いなあ。学友達は結構京都で授業を受けていて、みんなガッツあるなと感心。私はもうそんな気力は正直どこにもない。もう早く卒業したいだけになってる。去年の今頃のブログを読むと、テンションの違いに我ながら可笑しくなってしまう。

それにしても、こんなギリギリに単位の確認をしてみようと思いついたのは、一体全体どういう風の吹きまわしだったのか。本当にただの気紛れ、もっと安心するための確認作業とでも言うのか。

スクーリングについては去年も結構あったが、今年になっても面接授業を申し込んではキャンセルしたりした。ある日はミュージカルの千秋楽を抜けられないとか、学校の役員会があるとかイベントにかかるとか、大切だけれどちょっと頑張れば行けそうな理由ばかりだった。数日のうちの半日や一日足りないと単位は得られない。そしたら受けても仕方ないと思ったが、今になって思えば単位が得られなくても受ければ良かったのかもしれないと思う。数字には残らなくても学んだ分自分の中には残る筈だ。一年目も同じような理由で行けなかった授業が結構あった。自分ではかなりな努力で40単位程とったつもりだが、今になって面接授業が全然足りていなかったということになり、何事も最後の最後まで詰めないと大変なことになるという神様の戒めだと思ったりした。

それからもうひとつ私を憂鬱にさせているのが、卒業制作を10万字から規定の3万字に短くすると書いたがこれもどうしたものか悩み中。これも面接授業の記事で書いた「ママ友戦争なんてありきたりなもの」などと自分で書いて読んだせいか、本当にそうなのかもと感じてしまった。でも先生達のアドバイス通り、やれるだけやてみよう。もう今はノリノリという気持ちではないが、その方がスッキリとした整合性のあるものに納まるかもしれない。「面白いもの」より「ちゃんとした」作品に仕上げよう。それはそれで卒業制作に相応しいではないか。ずっと大学の資料として残るのだ。そんな様々な理由も重なり、秋の訪れで外気の温度とともに、私のテンションも下がっているところ。これはこれで落ち着いていいのかなとも思う。昔鬱を患った友達が、「人間はちょっと鬱っぽいくらいの精神状態が健常」といっていたのをまた思い出す。

もう色々余計なことは考えず、まずは卒業だけを目指そう。一足先に卒業した気持で大学の外で色々やりたいという目論見は、こういう訳であっというまに霧散することになった。一緒にやればいいとも思ったが、こんな状態で不手際があり卒業出来なくなる事態になったら困るし、きっと方々に迷惑をかけるだろう。それにどういう訳か日程的にもみっちりスケジュールが重なってしまう。早速あちらこちらに連絡し、理由を話してキャンセルの連絡をした。はあ、本当に申し訳ないです。そしてまたせっせと大学に通わねば。ずずん・・・

それにしても、私は絵を描くと褒められ、文章を書くと非難される。大学を卒業したらまたファイン系作家に戻ろうかな。

今日は卒業制作の第二回目、そして最後の面接授業だった。卒業制作の進捗、内容について精査、色々アドバイスが頂けるというありがたい授業。直接先生たちと意見交換できるのはこれが最後、まずは絶対に遅れないようにと留意することにした。以前第一回目の時、時間ギリギリになり、その上いつも毎度毎度の交通網を、焦って勘違い乗り換えミスをして、市ヶ谷から四谷、そこからなんの冗談なのか逆戻りするという失態により、本当に本当にギリギリになってしまうという事態だった。この時は3分程遅刻ということになるだろうか。もう絶対に遅刻ダメと心に誓った。


余裕の市ヶ谷駅

今日はまたややギリギリになってしまったが、乗り換えノーミスで余裕で外苑キャンパスに到着。1Fに貼り出されている教室案内で場所を確認。行けばもう誰かが座っている。私の次の人、もう来ているんだ、すごいガッツだわと感心していると話しかけてくれる。「何時から?」「えーっと13:50から」「えっ?私もよ」

一体どういう事?持ってきたお知らせのプリントをみると、日付も時刻も間違っていない。二人でオロオロしていると、今度こそ私たちの次の人がいらして状況を説明、教室が違うことに気が付いて滑り込む。これ、本当にわざとじゃなくて、何故かなぜだかこうなってしまう。外苑キャンパスには「ボスママの神様」がいて、ボスママを否定する私に対して色々な意地悪をしているとしか思えない。ともかくそう言う訳で面接授業を無事終えて帰ってきた。

面談の内容につては割愛。私が「これでいいのかなあ」と悩んでいたところをザックリ削除刷る結果となった。でもやっぱりね、だって色々無理があるもの。逆に「これ、いいね」などと言われたら余計に迷ってカオスになっていたと思う。ほっとして教室を後にする。それにしても、本当にいい先生達に当たって良かった。特にK竹先生、本当にいい先生だなと嬉しくなってしまった。「お久しぶりですね」とか、「頑張ってくださいね」などという普通の言葉に心がこもってる!なんていうか、演じていない、素でいい先生という感じ。こんな世知辛い京都造形芸術大学通信教育学部文芸コースのオアシス、聖母マリア、別に何か特別に依怙贔屓して貰ったとかではないが、もう私くらいの年齢になると5分話せば人柄がわかる訳で。思えば東京のエッセイの授業が半日分都合が付かなくてキャンセルしたが、それなら思い切って京都まで寒竹先生の授業を受けに行けば良かったと思った。でもそのうち藝術学舎でまた先生の受け持ちで開催されるだろう。期待したい。

結局10万字書いて出したものの、自己採点は50点、このままだと12万字になりそうと思った卒業制作、6万字くらいにまとめましょう」という事になった。でも私はならばと、既定の3万2千字に納まるように書こうかなと思った。思えば卒業制作集で「フルホンヤ・ラストディズ」を読んでから、私も長編を目指そうと思いついたところからこのような事態になった。ブログもそうだが、文章は長ければいいというものではない。それは自分でもよくわかっている。だったらブログも短くまとめなさいよと言われるが、これはこれで別の意味合いもありこれでいいと思っている。でも「卒業制作」は、ずっと作品集に残るものだし、大学で何を習ったかという集大成でもある。ブログと同じように赤裸々に書き殴ったものではダメだろう。

コンパクトに簡潔に、しかも美しく。言うなれば、足るを知るというのか、利休の茶室のような心構えが求められるのではないか。千利休の茶室、詫び錆びというが、なんの変哲もない狭すぎる和室、なーんもない空間に所どころ、亭主の客人をもてなす心だけがみっしりと漂う空間。これ、これですよ。時の将軍が殺めてしまわないと気が済まないほどに熱狂した伝統美の魔術師が差し出す芸術、これでなくては。

ママ友戦争なんて使い古された慣用句みたいなテーマやめて、亭主利休、みたいなのにすれば良かったかしらん。そういえば最近全然お茶室に用事がなくなってしまったけれど、どこかに所属して初釜に参加してみようかしら。だったらやっぱり着物がいるわわねと全然関係ない事を考えてニマニマしている私のスマホに、今までの大学生活は一体なんだったのかというような驚愕の事実を乗せた一通のメールが届いた。もう「ホンクロス」も「もう卒業式なんて絶対行かない」だの、「お金勿体ないからギリギリの単位で卒業しよう」などという節約主婦の思惑も、何もかもが吹っ飛んだ。というより、ブラックホールに飲み込まれてしまったように感じた。

私って、結局こういう感じになってしまうのは、運命なの?それとも私がビョーキなの?それともボスママの神様の意地悪なの。本当に本当に本当にいい加減にして欲しいんですけど。

平成二十八年七月一日金曜日
もう七月!いつの間に!最近私の周りだけ時間の流れ方が絶対おかしい。ラルクの『
Driver’s Hight』のようにぶっ飛ばしているような感覚。生き急ぐような真似はしたくないのに、もう少しゆったりと時よ流れておくれ。

プールに行く。バタフライ 25m泳げた。冷ややかだったメンバーがなんとなく認めてくれたような空気に。先生も「練習したでしょう!いつ?」とびっくりしていた。私がびっくりよ。努力って成果に繋がるのだと思った。

卒対はちょっとしかできなかった。プロット練り直し。

※卒対約0 .5時間、本文 61,544字、成果報告 21,892字、日記 13,608字。

 

平成二十八年七月二日土曜日

今日で十万字完成予定だったが、懐かしい友達が急に連絡をくれて、会ってカフェでお喋りその後お気に入りの居酒屋へ。しっかり食べて飲んでカラオケに行く。割と早めに解散。彼女はちょっと田舎に越したらしい。でもとても幸せそうで何もかもが上手く行っている様子。本当によかった。そして飲むと何もできない。今日も成果ゼロ。

※卒対約0時間本文 61,544字、成果報告 21,892字、日記 13,608字。

 

平成二十八年七月三日日曜日

アドラー心理学の師匠のところに行く。卒制をみて貰うのと自身の悩み、それからカウンセラー養成のトレーニングに。最終ステップなので全6回。こちらもテストがあるので勉強せねば。アドラーの本全部図書館に寄付したので借りに行くと、ほとんど廃棄されたよう。また何冊か買わなければ。マーケットプレイスか BOOKOFFで売っているだろうか。電車の中でパソコンを開き細々と書く。こういう隙間時間にするというのはいいかも。 Wordで書くだけなのでネットはいらないし。太宰の入水した場所を通って師匠の教室に。近くに咲いた真っ白な紫陽花が印象的。太宰さん、私は恥の多い人生だけれど全然平気。それにまだ死にたくないのでよろしくお願いします。よかったら芥川賞ください。

※卒対約0.5時間、本文 61,768字、成果報告 21,892字、日記 15,786字。

 

平成二十八年七月四日月曜日

さあ月曜日だ。朝から夫が娘を大声で怒鳴る声で眼が覚める。正直に言うと夕べ夜の11時に怒鳴り声で起こされ、そこからうとうとし朝方寝たのだがまた起こされる。本当に頭に来る!こんな生活がもう5年程。実家のママンが盛ってうるさい野良猫によく水をかけていたのを思い出して夫に水をかけてみた。本当に本当に夫は五月蠅いし厭味もすごいし、余程会社で辛い目にあっているのだろうか。もう辞めたらいいのに。今日はネット繋がらないように近所のマックにスマホ持たずに書き書きしにいく。いいかも、思った通りに捗る。もうデザリングできないガラケーにしようかな。エピローグ、プロローグ全十章を全十二章にしてみた。その分成果報告書のプロットの文字が増えた。プロットを本文に貼り付け、肉付け作業。睡眠不足がたたって頭が回らない。辛。でも練っているとだんだんプロットも決まる。推敲って大事。

プールは今日は休館のためお休み。ああ、泳ぎたい。

※卒対約3時間本文完成 68,807字(あと 31,193字)成果報告 24,416字日記 16,285字。

 

平成二十八年七月五日火曜日

もう今日こそ全部完成させると意気込む。プールは完成するまでお休み。行きたかったら早く仕上げること。夜。娘「ご飯食べさせてもらってない」夫「児相に通報しろ」と言い合っている。ご飯は毎晩手作りでたっぷり作る。嫌がらせの小芝居にうんざり。ガツガツ食べた筈の夫に回し蹴り。この二人〇ネばいいといつも思う。娘は夫からの教育虐待、夫は職場で色々あるのだろう。八つ当たりされるのはいつも私か息子。芥川賞とったら息子を連れて家をでよう。ワクワク。

※卒対約3時間本文完成 80,865字(あと 19,135字)成果報告 24,416字日記 16,285字。

 

平成二十八年七月六日水曜日

一日何をしていたのか、全く思い出せない。夕方息子の友達が遊びにきて、おやつを食べさせたり宿題をやらせたり。それから習い事に一緒にでかけ、帰りが遅くなり、ご飯お風呂なんだかんだ。 NewsPicksという SNSサービスで暴れてしまった。沸点が低いのはプールに行けないせいかも。最近訳がわからない。早くプールでクールダウンしたい。そうだ、一日 NewsPicksをやっていたのだ。もうまれにゃんみたいに強制退去にしてくれたらいいのに。運営は私のこと丁度いい掻き混ぜ係と思ってそう。みんな日和っていて、私くらいハジケルのはサンタと忍者くらいだもの。依存性が高いなあ、ほとんど同じメンバーがずっとコメントしている。と、思うとわざわざ引退宣言をしてやめていく人も。こうでもしないと止められないのだろう。おそロシア。それから NPオフ会に参加メール出したがやはりやめた。 NPちょい悪オヤジの巣窟に行ったりしたら、私みたいな可愛い人妻ひどい目に遭いそう。ネットの人間関係はこれからもネットだけにしておこう。フットサルだBBQだと集まりたがるバディの父兄達を笑えなくなる。薄着のママが多くて目のやり場に困るわ。エッチだなあ!

※卒対約0時間本文 80,865字昨日と変わらず成果報告 24,416字日記 16,285字。

 

平成二十八年七月七日木曜日

今日は夕方小学校のパトロールの日、忘れないように行かなくては。ネットに繋がらないようにスマホを置いてマックにきた。ここは wifiがないので逆に助かる。もうネットって本当に依存する。最近インスタ、 FB NP Twitter、えーとそれから。もうわけわかめになってしまう。落ち着いてやれたせいか、かなり捗った。13日必着なら10日まで粘ろう。でも10万字じゃ終わらないと思う。後から彫刻のように削ろう。彫刻といえば麻宮先生の小説が面白い。仏像修復師のこともよくわかって勉強になるし、かなり好きなジャンルかも。さすが先生、そして京都ならではの作品。でも私京都はちょっと怖い。もののけがうようよしていそうで。プールは休み。今日は七夕。何かご馳走を作ろう。肉?

 夕方娘を誘って浴衣を買いに。ちょっといいのを買う。娘にすごく似合う、この柄私は着れないな。でもいいのがあって良かった。

※卒対約3時間本文 83,043字成果報告 24,967字日記 17,485字。間に合うのだろうか。

 

平成二十八年七月八日金曜日

今朝起きてスマホみたら、なんと、昨日忘れないようにと書いたパトロール忘れてしまった。すっぽかす形になってしまった。馬鹿かと、アホかと。一昨日は個人面談忘れて先生から連絡頂いてしまった。もう卒論も思ったように進まないし、プールに行きたくてイライラする。でも昨日私が書いたコメントがバズり、 NewsPicksで総合ランキング1位になっていた。やったザマあみろ運営。という訳でまた NPやってる、どうもネットに繋がると私はダメになる。もう電波の届かないところに行きたい。ということで今日もマックにきた。明日、明後日で完成。月曜日に速達で投函。というか、これもうヤマト運輸に宅配してもらったほうがいいボリュームなのでは。

それから文芸演習の例の課題がもどってきた。採点は N先生じゃなかった大学からも「特定の教師に評を求めるのはルール違反」みたいな紙がついていた。もう本当にがっかり。そんなルール知るか!

※卒対約3時間本文 102,088字、成果報告 25,312字、日記 17,953字。

 

平成二十八年七月十一日土曜日

 息子を連れて科学未来館へ。息子の希望ではなく、夫がアレンジした。案の定「俺いきたくない」と言い出し、その近くの「宗谷」に行く。息子のブームらしい。宗谷の元乗組員の方がみえて、あれこれ話してくれる。タロジロにも関わったそう。ずっと話していたかったが息子がじれだし後にする。今度は息子おいて来たい。その人も話したり無さそうだった、エネルギッシュなおじいさん。いいなこういう人。その後科学未来館でだらだらした後後からきた夫に息子を託し豊洲に戻る。結局1時間くらいしかできなかった。

※卒対約1時間本文 104,665字、成果報告 25,232字、日記 17,98字。

 

平成二十八年七月十一日日曜日

 息子をミュージカルに送っていくついでに当番表を出しにいく。なんか空気重くない?近くにいた父兄の方とあれこれ話していて判明。これはないでしょう!事務局に意見しにいく。最初は事務局についていた上司の人はだんだんわかったのか態度が変わる。そうでしょう!これダメでしょう!その足で「子ども支援スタートアップ」講座を受けに葛飾までいく。電車の乗り換えに戸惑い遅刻したが、すごく勉強になった。行ってよかった。卒対はまた1時間くらい。締切後は他の課題もやらねば。忙しいなあ。ネットに「この人は忙しいのか暇なのかよくわからない人」と書き込まれ、自分でもそう思う/ (^o^)

※卒対約1時間本文 106,768字、成果報告 25,312字、日記 18,465字。

 

平成二十八年七月十一日月曜日

 さあ、今日は出すぞー。すごいボリュームになりそうなので、やはり郵便ではなく宅配で出すことにする。郵便は料金は安くなると思うがわざわざ出かけなくてはならず、待ち時間も惜しい。その点ヤマトさんなら来てくれるし確実。でも心配なので、「締切過ぎると留年になります。必ず7月13日までに届けてください」と書いて貼っておこう。ここまでくると、配送事故だけが心配。学友達はみんな間に合ったのだろうか。研究論文ⅠからⅡの時にふたり減っていた。また減ることがないといいな。自分も落ちないように気をつけよう。完成に拘るより提出する方を優先。本日配送することにする。

※卒対約2時間本文 106,462字、成果報告 25,312字、日記 18,732字。



薬味は小葱と大葉と実山椒



櫃まぶし。鰻が足りなかったので、鳥そぼろを鰻のタレで炒めて乗せた。

と、いう訳で、卒業制作のためにブログをやめると宣言したが、代わりにWordで日記を書いていた。これは卒業制作の成果物と一緒に提出しようと思ったが、漫画学部があったりとゆるふわに見せているが結構頭の固い大学的にはngで、「認められないので成果物とは認めない」などと返却され、今年卒業できなくなる懸念があるので同封しなかった。

さて、書いたら公開しないと気が済まない作家根性に満ち満ちてきた私。ブログにペーストすればいいだけじゃないと閃いた。事務局のsさん、色々ありがとうございました。ゆり子は健気に咲いております。今後ともよろしくお願いいたします。ボスママみたいなお局がいるみたいですね。「N先生宛に書いた反省文」という課題が、全く違う先生の添削で返却してきたので気が付きました。

もしかしてN先生もすごく窮屈な思いをされているのかと心配になりました。N先生、私は今年、何がなんでも卒業します。一緒に今の大学飛び出しませんか。あまりにも小さな箱、N先生が大切にしているから壊さないでって、学友のみんなが言います。でも私思うのです。私みたいな自称専業主婦が壊せるような箱、消えてもいいじゃないですか。辻仁成先生もやめて清々しているでしょう。特別授業をお願いしました。「もうキャンパスに行かない」と言っていますが、辻先生の講義ならいきますよ。辻先生、どうぞよろしくお願い致します。

と、いう訳で、私の恥ずかしい日記を公開します。



『芸大に通うママの卒対日記』まずは7月11日まで

【構成】日付、本文、成果について。卒対時間、文字総計、追加文字数、内容



平成二十八年六月一日水曜日

 ブログを終了したので今日から卒業研究に注力する。ブログやめたからっていきなり卒論バリバリするようになるのだろうか。ブログの方、書きかけの記事もあり色々気になる。しかし赤裸々ブログもいい加減にしないとまたN先生に叱られるかもしれないのでやめてよかった。先生は私の破壊力をご存知ないので「続けてください」などと。きっと後悔されるだろう、例えば文芸コースが吹っ飛ぶとか。それはお気の毒なので自分で止めた。さあー卒論、頑張る。

とりあえず今日は単位が足りるか調べたり、大学にメールしたり。するとなんと、文芸コースで必修授業がひとつ残っていたのを発見。文芸Ⅰ―4小説の構造と技法。担当はあの人とあの人!まさか!びっくりした!神様はいつもやってくれるなと思った。向こうは私が来たらもっとびっくりするだろう。いつものように一番前の席を陣取って知らん顔で授業を受けてやる。何か厭味を言われたら「異議あり!」と挙手して反論しよう。香山リカ先生が「内申書がないから学生はもっと言いたいことを言って」と励ましてくれたし、言いたいことを言って卒業しようと思う。「躊躇」が一番よくないと桐野夏生先生も言っていた。いやいやいやいや、先生方本当その通りですよ。早速スクーリングを申し込んだ。他にもまだ受けていないものがあった。ブログに「もう大学に行かない」などと書いたが、やっぱりそういう訳にはいかないだろうなあ。

 色々考えていたら急に閃いたので、文芸演習Ⅱ―2の小説を書く。「ABC どれかひとつ採用して書く」とあるが、全部使って書いてしまった。書こうと思って書いたのではない、また手が勝手に。しかもこんなの。どうするの?出すの?出せるの?とりあえずこのまま寝かせることにする。

※卒対時間0、文字総計提出のまま、追加文字数0、内容なし。(代わりに課題の短編小説本文あらすじとか色々約10,000 字)



平成二十八年六月二日木曜日

 朝からお昼過ぎまで都立小石川中高の説明会。夫に頼まれて嫌々行ったのだが、説明を聞いて「なんて素敵な学校」と感激。子ども達この学校に入学してくれないかな。都立だから確か授業料は無料のはず。浮いた学費で私がまた大学行きたい。

 大学本部から、「助成金の申請は出すの?出さないの?」とメールがきた。締切が過ぎているのにどうしたんだろう。他にたくさん出す人がいると思うからそちらを採用すればいいのに。「豊洲子ども芸術の村」は助成金なしで自力でやることにした。なんかいちいちお金使うのにも申請が必要で面倒くさそう。営業にまわってがばっとどこかからお金貰って好きなようにやりたい。

 昨日書いた短編小説を読みなおし手直し。うん、恥ずかしさがちょっと弱くなった。リアルじゃないブログじゃない小説だったらいいかと思えてきた。それにしても私、一体どうしたんだろう。こういうところから最も遠い星で暮らしていた筈なのに、先生の怒りの視線に射 かれて開眼してしまったのだろうか。今更。困った。

※卒対時間0、文字総計提出のまま、追加文字数0、内容なし



平成二十八年六月三日金日日

 申請書を郵便で出してと大学からまたメールが来た。どうして?もういいのに。今日は学校公開で時間がないので速達ならなおさら出しに行けない。「メールで出します。夕方まで返事できない。だめならもういい」と書いて添付ファイルで送る。学校公開終わって帰ってきたら「今回のみ受け付ける」と返信がきていた。一体何があったの。

マイクロソフトの強みでセキュリティについて色々書いておいたのがよかったかもしれない。だいたい学生のファイルでウィルスに感染なんて、うーんあるかも。確かに添付ファイルを開かないというのはセキュリティ上大切な大前提。申請書のフォーマットがめちゃめちゃなので侮っていたが、出来る人がいるのかもしれない。そういうところではたった一人の監視でサーバーが守られていたりする。

 そんなこんなで今日も卒論は未着手。ブログ書かなくても色々書くことがある。一昨日書いて昨日今日と寝かせていた文芸演習Ⅱ―2をポストに投函。一日で書いて二日チェックというのはいいかも。やはり書いた二倍校正する時間は必要だと思った。でも直していると次々と気になり出し、切りがない。戻ってきたらまた修正追記するとして、もうパッと出してしまった。卒論は出来なかったが成果物が出来て満足。N 先生に採点をお願いと書いて出した。先生びっくりするかな、もう「ぬるい」なんて言わせない。

※卒対時間0、文字総計提出のまま、追加文字数0、内容なし



平成二十八年六月四日土曜日

 今日は家族全員が家にいて、イライラして何も出来なかった。逃避で夕方4時頃からワインを飲みだす。こういう事を続けると依存症になる。キッチンドランカーの人達の気持ちがわかるわ。家に人がいると本当に嫌。ひとり暮らしが懐かしい。

学友のあの人は専業主婦になりたい、私が羨ましいと言っていた。私はキャリアウーマンでひとりいい生活をしているあの人が羨ましい。結局ないものねだりなのかも。でも最近「あなたを見ていると結婚がいいものと思えない」などと言い出した。何言ってんの、結婚して専業主婦しかも大学生なんていいご身分に決まってるじゃない。でも最近ATM の調子が悪くなりお金があまり出てこなくなったのが不満といえば不満。でもそうしたら自分がプールして忘れていた外貨預金や色々が出てきて小金持ちになってしまった。一体全体私には何が憑いているのかと心配になる。悪いものだと思っていたが、そうでもないと最近思えてきた。ともかくもっとたくさんお金が出来たら隣のマンションを買いたい。朝はおはようとここに来て、夜夫が帰ってきたら「本日もご利用ありがとうございました。これでママを終了いたします」といって入れ違いにそちらに帰っていきたい。これも小説にしてみようか。バファリンの半分は優しさで出来ているそうだが、私の半分は妄想かなと思う。

※卒対時間0、文字総計提出のまま、追加文字数0、内容なし



平成二十八年六月五日日曜日

 今日は大学のテスト一時間目だけ。あと二分で試験開始というところに滑り込み、三十分経過のところで出てきた。答案用紙表いっぱいと裏少し書いて終了。一度も書き直しせず一気に書いて、直すところもなかった。ブログは確実に文章力をアップさせてくれたと思う。午後からは学習相談会があるそうだが、特に相談することも今ないので帰ってきた。

 帰りに息子のミュージカルの先生達に挨拶にいく。行くと先生達が嬉しそうに息子をかまっていた。あの人は本当にスターみたいな人だなと感心していると、本物のスターにランチを買って貰ったと聞いて慌てる。息子がいらないという小さな柿の葉寿司の小箱を差し入れに出すと、すごい大きなお菓子の箱が目に入りまた慌てる。そうだよね、差し入れは全員分用意しないとね。しかも息子のいらないと言ったこんなの。ステージママは私には無理だなと思った。

※卒対時間0、文字総計提出のまま、追加文字数0、内容なし



平成二十八年六月六日月曜日

 今日は学校公開。私はひとつの決意をしていた。娘をいじめる男子三人組の首謀者に、声明を発表してやると原稿まで書いていった。計画としては授業が終わった瞬間にゲリラ的に「みなさん!」と大声で注目を引きつつ発表するはずだった。でも休み時間は短いし、タイミングをはかっていたがいい時が来ない。給食の時間になったのでいったん帰宅したら、ご近所さんがきたりなんやかんやで五六時間目が終わった模様。でも出来なくて良かったかも。いくらいじめっこといえども傷つくだろうし、更なるトラウマになったら将来刺されるかもしれない。それに中村先生の「書かれた人の気持ちを考えなさい」という言葉が蘇った。ああ、ジーザス。

書いた内容は、「幼稚園で男の先生に殴る蹴るされたトラウマで、同じ出身のうちの娘を腹いせにいじめるんだろう、へたれ!」というもの。うーん、やっぱり父兄も来る学校公開でやらなくて良かった。下手したら公務執行妨害で逮捕もありえる。PTA 会長からも「ゲリラ的なのは上手くいかない」と言われたのも思い出し、みんなの前じゃなくどこかに呼び出して言うことにする。怒られたり顰蹙買ったりするだろうが、言わないとわからない馬鹿には言ったる。こんなことをしていたので当然卒対は出来なかった。

※卒対時間0、文字総計提出のまま、追加文字数0、内容なし



二○一六年六月七日火曜日

昨日は友達と深大寺に行った。ついでに友達が行きたがっていた神代植物公園にも。友達は深大寺と神代植物公園がすぐ隣ということを知らなかったよう、でも私の行きたい深大寺に先に付き合ってくれたのだ。なんつーいい人、友達も願いが叶って大喜びしていた。なんでもここは日本屈指のパワースポットらしい。いい「気」をたくさん受けたし蕎麦も美味しかったので、卒論頑張ろうと思った。

 肝心の卒論の方は、昨日やっと取り掛かることができた。先生達につい言ってしまった10万字が思った以上に負担になっていた。もう10万字に拘るのはやめよう。書けませんでしたじゃなく、「〇万字に治まりました」でいいじゃない。そして、やる気が降ってくるのをじっと待つ。ただじっと。これら自分では制御不能、プロの作家の方はどうされるのだろう。好きな時に好き勝手書けるのは、日本では村上春樹くらいだろう。

などと考えていたら、昨日朝の2時頃にそれはやってきた。あれこれ書いていたらあっという間に8時になる。気付けば子どもと夫はいつの間にか学校に会へと出掛けてしまった。こうなった時の私には、誰も何も期待しないようになったのか。嬉しいような寂しいような。そこで友達と朝の9時に待ち合わせたのを思い出し、慌てて自分も家を出る。

昨日は約5時間、文字数にして1万字。ブログと違って色々考えながらだとなかなか書けない。特に添削を書き起こすのに時間がかかった。これでは『失われた時を求めて』の耕作員は今年は無理かなと思った。青空文庫にプルーストがないので、自分が書き起こそうかと考えたのだ。まあ死ぬまでに出来ればいいかと思う。でも誰かやってよ!

 次の卒論提出までちょうど一ヶ月。10万字という文字数が重く圧し掛かる。あんな事言わなきゃよかったとまた後悔した。でもこれを超えたら作家になれるかも、頑張れ。

なんて、私はいつからこんな欲張りな野心家になったのだろう。今からこんなんじゃ都知事にでもなったら舛添さんみたいになりそう。気・を・付・け・ろ。橋下さんが都知事やってくれないかな。あの人にも一度叱られてみたい、なんかすごい事を言ってくれそう。舛添さんではなんにも感じない多分。都知事はテクニシャンでなくては。

※卒対時間:約5時間 文字数:8,672 字 内容:主にプロット作り



平成二十八年六月七日(水)

最近和暦をすぐに西暦になおせないのは自分の中から「時」というものが喪失してしまったからなのではないだろうか。もうここからは混沌とした時の中に存在するのだろう。一度死んだ私はもう死が怖くない。死んでからもなお何か理想を生み出す概念になりたい、なんて。今日は朝ちらっとしか卒論活動、略して卒活ができなかった。私の数少ない自由になれる朝、今朝は寝ている息子をいじり過ぎて泣かせてしまった。そしてまた日記へ。こういうブログ風というか、日記というか、こういうものを書きだすと楽しくてべらべらべらべら書いてしまう。

そういえば昨日課題の添削が戻ってきた。私はN先生宛にと一昨日出した文芸演習Ⅱ―2が未添削のままに、「こんなの採点できない!」と、すぐさま差し戻されたのかと思って青くなった。だが違った。開いてみたら一ヶ月前に出した成果物の採点だった。K先生が添削下さったよう。K先生が担任でラッキーと皆が言うし、もう一人の先生は私が希望していた。怪我の功名とはこういう事なのだろうか。私は本当に運だけはいい。でも頭も顔も性格もいいのだが、なかなか周りがわかってくれない。

それは置いておいて、第一回卒論の添削を読んでますますラッキーだと思った。でもやはりN先生のことがひっかかる。でももう言っても仕方ない。ただただ幸運だけに感謝したい。

娘がいい浴衣が欲しいと抜かしていた。もう本当にあの人は金食い虫で我が家の余裕は全てあのブラックホール娘が飲み込んでいる。むかつくので大人浴衣を三越あたりでばばーんと誂えてやる。ふん、どうだ夫。娘の出費というなら文句はあるまい。三越で浴衣なんて小澤征爾も真っ青だよ。もちろん私も着てやる。どうせあの娘は豊洲の夏祭りくらいしか着ることはあるまい。私は。どこに着ていくというのだ。やっぱり豊洲の夏祭しかない。一枚しかないから娘が着たら私は着られない。もういい。

夏祭りといえば京都には祇園祭があり、一度観にいったことがあるがただ暑かった。私の地方では稚児に装った子どもを「ぎょんさまよいよい」と節をつけて大人が囃し立てる習慣があった。あれは「祇園様宵宵」なのではないだろうか。「祇園さま」という概念が何故名古屋に、まあ近いからだろうけれども。覚えていたら何かの機会に母に聞いてみたい。それにしてもこういう文書を書きだすと、私はしつこい。ブログの情熱を卒活にと思ったのにダメじゃない。

そうだ、京都といえばそこに来月帰省するという友達に、豊田愛三堂の「月待雲」を頼んだが図々しくなかっただろうか。でもあのお香は京都にしかなく通販もしていないので行く人に頼むしかない。そうだ、私の版画が欲しいといっていたので、ちょっといい額に入れてお礼にプレゼントしよう。

この東京に無いお香、ずっと切らさずにいられた奇跡は我ながらすごいと思う。いつかはランチで京都懐石の店にいったら、そこの女将が一箱ぽんと下さった。バーニーズ銀座の上のなんとかという店。「この香りは月待雲ですね」と当てたら驚かれ、そこから話が弾んだ。そもそもこの香を買ったきっかけは、京都で置屋を改装したバーに連れてってもらい、そこで焚かれていたもの。芸子ママに聞くと「月待雲」だという。もう一目というか一嗅で気に言ってしまい、ずっとこればかり。私が死んだら辛気臭い線香ではなく、時々この香を焚いて欲しいものだ。

こう考えると京都と私は何か不思議な縁があるように思う。別れたい人、縁を結びたい人がいると祈念しにいちいち京都までいった。それらは全部叶っているのが恐ろしい。なるべく呪う方に使わないようにしなくては。人を呪わば穴二つとはよくいったもの、何かを呪う時は自分も落とされると思わなければ。逆に人を愛してもそうなのだろうか。なんだか深い。

※卒対時間:約30 分 文字数:1,255 字 内容:卒論日記のみ



平成二十八年六月八日水曜日

もう本当に自分はなんなのかと。ブログを止めたら今度は卒活日記。馬鹿かと、アホかと。日常のあれこれを書くのは禁止。卒対についてだけ書く!

本日は登場人物を作り込んでみようと思ったが、学校公開、息子の英語レッスン、イベント準備のあれこれをやっていたら一日オワタ\(^o^)

それと「豊洲を将棋の街に」という勝手に決めたプロジェクトにすごい協力者が現れた。こういうのこそを人脈というのだと感じた。私ママ友ゼロだし友達は少ないけどこういう繋がりって結構持ってるかも。

※卒対時間:約0.5時間 文字数:1,243 字 内容:あらすじ追加など



平成二十八年六月八日木曜日

 今日はご近所ママ友とファミリーセール。行ってる場合ではないのだが、せっかくのなので行くことにした。でもセールに行ってランチしてすぐ帰ってきた。卒対をせねば。

卒対の話。先生が添削に書かれたアドバイスをそのまま採用。だって本当に面白いんだもの、使わないと勿体ない。思えばこんな風に誰かをみたことが私はあるだろうか。あるけれど総じては、「この辺りのお母さん達全員怖いおばさん」だと思っていたので、同じカラーとトーンにしか見えなかった。特に群れていると個体として見られないというか。代わりにそういう人がひとりでいると、失礼なくらいじろじろみる。いつも集団からじろじろ見られるのでほんのお返し。私のことはみんなが本当に良く知っている、いつも見られていたのだろう。この界隈で私の名前を知らない人っていないのでは。なんだか芸能人みたい、でも嬉しくない。ふん、どうせ私はブラックスターよ。そのうちゴールデンにギッラギラ輝いて、目つぶししてやるから覚悟しなさい。

なんて、またネガキャンをしてしまった、反省。さて本題。キャラを立てると登場人物が次々に動いて話し出す。小説って面白いなと、つくづく思う。面倒だったけれど、登場人物についてがっしり書き込んでよかった。頭の中で色んな人が動いて話し出し、姦しい。今日はダブルK 先生に往復書簡的文章を書いてみた。

※卒対時間:約3時間 文字総計:34,604 字本日3,896 字追加 内容:登場人物キャラ設定、往復書簡、あらすじ見直し



平成二十八年六月十一日金曜日

今日は昨日と同じファミリーセールへ。友達二人を誘ったら、昨日と今日それぞれ行きたいというので二日とも行った。というか私が誘ったのだが二日も行く気はなく、どちらかが都合が悪いだろうと思ったら。昨日も今日もがっつり買い物をしてしまった。

 肝心の卒業制作。時間があったらチェックしようと原稿全部もって出かけたら、友達が30分も遅刻してきて、その間にプロットをいじったらいいものが生まれてしまった。すごい、遅刻してきてくれて本当にありがとう。でもリアルでは「いい女っつーのは遅刻厳禁」などと説教をしてしまった。ついでに「デートでもだよ、それから出された食事は全部食べる、財布は開かない」というか、私たち人妻なのにみたいな話もしてしまう。自覚が足りない。なのであんな噂がでるのかと反省。それに先回は私が遅刻したのに。ごめん。私の友達は全員性格がいい、でないと私みたいなのには付きあえないということなのか。お香と版画のトレードの話も喜んでいた。あの人は私が好きというより、ファンのような気持ちなのだろう。そういう人がいて時々驚く。私は嫌われるけど死ぬほど好かれたりする。中和されてほどほどにみんなが私を好きな世界が来ないだろうか。

最後にいつものPASS THE BATTON にいったらキリストフェアをやっていて、マリアが持っていたクロスのネックレスを買う。なんかびびびっときてしまった。マリアきたー!

今日は一文字も追加できていないが、整合性のとれた枠が出来て満足。こういう書き方苦手だったのだけれど、添削を読むとちゃんと考えてから書くという大切さが伝わってきたのでやってみた。うん、これなら芥川賞もらえそう。平和をもたらすということでノーベル平和賞、いやいややはり文学賞でしょう。なんだか村上春樹に悪いなと思った。

※卒対時間:約30分、文字総計:34,604 字、追加文字:本日0字、内容:プロット直し



平成二十八年六月十二日土曜日

 娘の付き添いで九段の科学技術館へ、午後からは学友達との合評会で明治大学リバティタワーへ。すごい綺麗なビル、食堂も広くていい感じ。私立大学ってお金あるなーと思った。学費も高いだろうなと。そんな事を考え学友達からもらった作品を添削した。が、待てども待てども誰もこない。場所が変更になったのかなんだろうと思ってメールを確認したら来週だった。馬鹿かと、アホかと\(^o^) /仕方ないのでしばらくBIG ISSUE など読んで大人しく帰った。そうだ、豊洲でビックイシューを販売してもらおう。こんなぴらっぴらの小金持ちの街、弱者を助けるという人間本来の営みが消えている。火を起こさねば。BIGISSUE を火種にしよう。

帰ると夫が「飲んでくるんじゃなかったの」というので、「今日はみんな用事あるみたいで」と誤魔化す。買ってきたレバーや砂肝でアヒージョを作ってワイン。家族は寿司を作って食べていた。

※卒対時間:約0分、文字総計:34,604 字、追加文字:本日0字、内容なし



平成二十八年六月十二日日曜日

 午前中息子のミュージカル稽古場へ。だいぶ佳境に入って来たようで大きな波を感じる。学校公開の時に頼まれたチケットを発注するとプロデューサーが喜んでいた。なんだかんだもう50枚くらい売ったのではないか。ミュージカルのブログ対策もあり、出演者を待ちながらそのままロビーでパソコン仕事、次々に稽古に来た方とブログについて打ち合わせ。ひとりひとりに説明や原稿を依頼するので時間がかかったが、すごく期待されているのを感じる、絶対いいものを書きたい。

 卒論はちゃんと出来た。学友W さんがすごい頑張っているとブログで読んでやっと着火。書いたのを見せろとしつこくメールして嫌がられる。

 プロット何度練り直してもなんか納得いかない。章の順序はまた考えてとにかく書いていこう。

 今日は結婚記念日。夫が美味しいワインを、娘が素敵なホールケーキを買ってきてくれた。嬉しい。

※卒対時間:約5時間、文字総計:46,377 字、追加文字:本日17,073 字、内容プロット練り直しおよび第二章追加。



平成二十八年六月十三日月曜日

朝起きたらスッポンポンで寝ていた。熱かったのだろうか。風邪をひいてしまったが頑張らねば。さあ書こうと思ったら、色々気になることが出来てあちらこちら電話をしてしまった。NPO レインボーリボン、ビックイシュー、子ども食堂、豊洲を将棋の街に、でもこれら全部同じ意味があるので一緒にやればいいかとも思う。

あとは広告ブログを3記事。こちらが本格的になってきて、結局わたしはブログが好きなのだなと思った。

カレーにレバーペース トをプラスしたら失敗、オイシクナイ。

※卒対時間:約0時間、文字総計:46,377 字、追加文字:本日0



平成二十八年六月十三日火曜日

 今日こそやる、他のファイルは開かない。早速最初から読み直すとなんだか違和感。内容はともかく二章が終わって約4万字ってどうなのだろう?一章一万字くらいにしないと全十章プラス、エピローグとプロローグ、一体どうなるの。でももしかして活動成果やら妄想やらで色々書きすぎたかと思ってファイルを分けてみたら、本文32,767 字。うん、いいじゃない。でも二章なら25,000 字に抑えたい。何か削ろう。

 Wさんのすすめで今日から水泳を始めた。あの人の助言はいつもいい方向に行く。相性なのだろうか。

※卒対時間:約3 時間、文字総計:削って本文のみ32,767 30,133 字、本文一部カット

成果報告18,479 字内容プロットを追加修正こちらが長くなってきた。もっともっとプロットを書いてみよう。



平成二十八年六月十五日水曜日

 なんか胸騒ぎがしてNewsPicks にログイン。まだ舛添叩きをしている。もう馬鹿と暇人は人をイジメることしか楽しみがないのだろう。ムカムカしたのでまたブログに書いた。舛添さんや東京愚民が読んでくれるといい。

さて、今日は11時からクロール教室。3回お試し3,240 円プラス2カ月こみこみ9,000 円というスポーツジムに行く。プールで泳ぎ持久力をつけるアイデアはいいかも。このジム今なら9,000 円に申し込むと3,240 円は戻って来るらしい。ビバ豊洲。ついでにミュージカルのポスターをあちらこちらに置きにいく。

 本題の卒業制作。今日はがっつりと文字を削る。蟻と若者のバーベキューシーン他。一章10,000 字と決めたらも削らないと。まてまて、もしかして先生達が「これいいシーン」と書くかも。まあ削るのは後からできる。やっぱり削るのは蟻の部分だけにしよう。

 英語の先生のお孫さんとインスタのアカウントを教え合う。外人の子どもってkawaii.

※卒対時間:約2時間、文字総計:本文30,133 字成果報告18,479



平成二十八年六月十六日木曜日

またブログを書いてしまった。でもいつも誰かをRetweet で批判してあほか。大きな会社の役員だからってなんか勘違いしてるんじゃない。そうだ、小説に出してみようか。大企業の若き役員、偉そうだが実はパパトモを作りたがり、人の顔色ばかり気にする日和りヘタレキャラ。どこで出そう。早速プロットを見直し。プロットが1万字近くなってきた。

先生のお孫さん用に英語のコメントでインスタにアップ。フェイスブックもリスタート。SNS は始めるとメッセがきたり返信なんかで時間とられる。もうこれでしばらくおしまい。

水泳は2時間クラスにイン。でも混んでいたので泳いだのは実質半分くらいの時間。頭と体はもっともっと泳ぎたいのだが、今日も足がつってしまい終了。

※卒対時間:約1時間、文字総計:本文32,133 字成果報告20,522 字、登場人物追加。



平成二十八年六月十七日金曜日

金曜日はなんとなく好きだ。翌日からの土日家族が全員揃ってカオスになり私が爆発するとしても。それより昨日今日は眠りが深かった。スイミング効果すごい。今日ももちろん行った。合計3時間スイミングクラスにイン。来ていたおっさん、もといおじさまとゴルフの会員権の値段が下がったとか、どこで練習するとか話す。私は女装は上手いがつくづく中身はおっさんなのだと感じた。昔育児が辛くて近所に屋台で焼き鳥を売るおっさんに、一日でいいからおっさんになりたいとぐちぐち言っていたのを思い出す。おっさんに変身して頭にネクタイ巻いて新橋に飲みに行きたい。面白そう、これも小説にしてみようか。

それよりも卒論。プールに行く前に着手したら第二章が完成。よかった。

※卒対時間:約1時間、文字総計:本文35,763 字成果報告21,736 字、プロット手直し、新しい登場人物のストーリー追加。二章完成。



平成二十八年六月十八日土曜日

 もうダメって言ったのにまたSNS をあちこち構ってしまう。特にNewsPicks 、もう病気なのだと思う。あの中の誰に叱られたら止められるだろう。やはりスカイマーク?

今日はプールなし。それから神保町へ。ビッグイシューも書いたいし、神保町でカレーも食べたい。今日は最高気温がかなり高そう。日傘忘れないように。

卒対は約1時間。先生からの修正を反映させていなかったのでそれをやった。

※卒対時間:約1時間、文字総計:本文35,763 字成果報告21,846 字、添削の修正反映。



平成二十八年六月十九日日曜日

 昨日は結局合評会へちらっと顔を出す。ほんの少しのつもりが最後までいて、飲みに行き、更に安定のはしご酒。飲むというとどうしてもこの四人になる。明日早いのに飲みに行ってしまった。上機嫌で飲んで帰りは23:12 だった。朝起きたら写真が残っていて、送って貰ったのだと知る。夫が機嫌が悪かったそうで息子が「パパはママが男を連れ込んだから機嫌が悪い」と言ったそう。家にあがってもらっただけなのに、なぜ?リビングでお茶しただけでしょう。「連れ込んだ」なんて、どこでそんなセリフを覚えたのか。「気持ち悪い事言わないで」と朝から激怒してしまった。女ポケモンでもない、私が奢ったのだ。

 今日は葛飾の「子ども食堂」イベントに参加、日本橋三越、豊洲シビックセンターとまわり、一日中誰かと話しまくって頭も体もフル回転。明日はプールに行ける、早く泳いでトーンダウンしたい。

 卒業制作はほんの少し。豊洲シビックセンターに向かう途中ですごくいいアイデアが浮かんだのに、メモしなかったので忘れてしまった。もうこれから絶対手帳持ち歩いてすぐに書く。

※卒対約0.5 時間、文字総計:本文36.213 字成果報告21,846 字添削の修正反映少し。



平成二十八年六月二十日月曜日

 今日は昼間家事をめいっぱい、とうい程ではないけれどやっつけて十六時から外苑前へ。早めに着いてしまったのでカフェでおやつ。武蔵美時代の先生のグループ展のオープニングパーティ。美味しいワインとお喋りで楽しい時間だった。帰ったらママがいないと大騒動になっていて、息子が泣いている。ちゃんと「ママは出かける」と言ったのに。でも自分のスマホを確認したら、家族全員を着信拒否していた。あーごめんごめん。だってあなた達ママママって煩いんだもの。

※卒対時間ゼロ。文字数そのまま。



平成二十八年六月二十一日

 ブログやめたのはいけれど、Twitter NewsPicks Instagram Facebook にイン!どれだけSNS が好きなのか、もう中毒間違いなし。これらがお金になればいいのに全然ならない。やはり小説を書くしかない。今日こそ頑張った。

 「子ども食堂」の後援のお願いで保健所にいってみたが断られる。公共施設を使うのは難しいのかな。児童相談所がもうちょっと近くにあればお願いするのに。またあの人に色々聞いてみよう。プール、イオン、豊洲シビックセンター、丸の内、富岡八幡宮。合間に家でドライカレーを作る。富岡八幡宮では息子が塾が終わる待ち時間で卒対。こんな隙間時間にすごいと感心した。でも文字数はそんなに増やせなかった。

※卒対約2時間、文字総計:本文34,664 字成果報告21,892 字。添削の修正反映。



平成二十八年六月二十二日水曜日

三菱東京本店で面白い商品を勧められる。ブラジル債を中心にしたファンドふたつ。今最高にダメダメなブラジル。リオでオリンピックのお金がないと非常事態宣言が出たそう。こういう変わった危なそうなもの大好き。1万円から買えるそうで、ちょっぴりのヘソクリを運用してみたいが大丈夫だろうか。様子見。それにしてもこんなお金ない私に、こんなに良くしてくれるのだろう。将来大金持ちになるオーラが出ているのだろうか。

それは置いておいて卒対のこと。私、勘違いしていた。卒業制作だから自分のペースでやると思ったが、先生達に十万字書くと宣言した。だったら書かないとダメでしょう。と100,000 36,559 65,441 。三章から十章プラス、エピローグ。とりあえずエピローグを書いてみよう。7月7日まであと15日。どうなの、出来るの。プール行ってる場合じゃないんじゃない? 夜のUHNCR のイベント行く予定だったけれどやめよう。昼間はアドラー心理学の師匠に会う。卒対の原稿をみて貰って色々アドバイスをもらう。

※卒対約3時間、本文34,664 字成果報告21,892 字、日記13,608 字。プロット追加。主人公がボスママに嫌われた理由、どこに挿入しようかまだ悩み中。



平成二十八年六月二十三日木曜日

英国EU 離脱が残留かのニュースを追い、NewsPicks にコメントを書いているうちに一日終わった。結果は私の予想通り離脱、やった!絶対こうくると思っていた。経済の保証より身の安全を重視した国民の選択。偉い人なんて自分は絶対戦争にいかないもんね。民意を読んだ私の勝利、といいつつノーポジだけれど。それにしてもどうしよう。NewsPicks 嫌いになりたい。何か辞められる策を考えよう。

※なんにも出来なかった。



平成二十八年六月二十四日金曜日

昨日に引き続き、離脱が決まった後の世界経済をニュースで追いNewsPicks にコメントを書く。その合間にプール、買い物家事など。ブログをやめた意味が全然なくなっている。もうネット依存なのだと思う。「承認欲求抱えてネットをうろうろしないでさっさとWord 開いておばさん!」と自分で自分に突っ込んだ。でもそういう事。承認欲求が得られないようにすればいいと気付く。でもこれ諸刃の剣だなあ。最初「諸刃の刃」と書いたがなんかだおかしい。予測変換でタイプしたら「諸刃の剣」と出た。Word って本当に便利。

※こんな事をしているのでまた何も出来なかった。



平成二十八年六月二十 日土曜日

今日も本当に忙しい日だった。午前中は夫と娘からあぶれた息子を連れてららぽーと豊洲に行く。映画を観に来たが、息子はひとりで見てみたいとポップコーンを抱えてスクリーンに消えた。ぼっちが好きなのか、私に似たのだと思う。落ち着きのないところもそっくり、でもまあ元気ならなんでもよい。私は併設されているプールに行って泳いだ。その後「車がないからイベントに遅れた」と厭味の連発メールを送ってくる夫と娘を迎えに九段へ。娘を塾へ他を家に落とし駐車場へ。ご近所さんが大きなピザを運んでいるのを見て、そのままスーパーに行く。やっぱりコストコフェアやっていたのでピザを買う。巨大ピザに家族は大喜び、でも食は進まなかったよう。やっぱり家で作った方が美味しい。

昨日に引き続き、離脱が決まった後の世界経済をニュースで追いNewsPicks にコメントを書いているうちに大炎上になってしまった。結果はほとんど全員が私を嫌ってミュートしだし、何か書いてもイイねボタンは押されなくなった。これでちょっと熱が落ち着くはず。

※当然何もできなかった。どうしよう。



平成二十八年六月二十六日日曜日

ほとんどのユーザーにミュート(ブロック)されているのでNewsPicks にやっと興味がなくなる。結局私も承認欲求でやっていたのか。でもあそこにいる人はみんなそう。それにしても仕事に支障はないのだろうか。初期の頃の何人かは消えていて、私と同じ悩みか会社に叱られてやめたのだろう。Pick にイイねは20 しかつかなかったが、ブログの方は10,000 アクセス。NewsPicks 胞がすごい。こんな事を面白がっていないでちゃんとやることやらねば。

午後からは息子のミュージカルの公開レッスン、その後懇親会。夫も娘も参加した。すごい人人人。このミュージカルにかける意気込みの強さ大きさを知る。もちろん私もそう、もう全員が一致団結したすごい決起の場となる。30秒スピーチの筈が全員喋る喋る。時間をかなり押して終了。こちらのブログの方も書かなくては。色々やることが増えてまたアップアップ。でもやると決めたら出来ることは全部やりたい。10万字も絶対。

※でも今日も何も書けなかった。



平成二十八年六月二十七日月曜日

 本当に大反省の一日、銀行に行って印鑑がいると言われ取りに行くが結局私の気が変わったせいで必要なくなる。午後からママ友のピラティスに行くがこれも日にちを間違えていた。夜のイベントは支度して出かけたらなんと一ヶ月間違えていた。本当に頭大丈夫だろうか。プールに行って頭を冷やす。今日は午後と夜の4時間くらい泳いだ。スイミングすごく楽しい。そもそも水が怖かったが、今はそうでもない。出産による変化だろうか。女装で出かけた妻がプールの後入浴してつるんつるんで帰ってきたせいか、夫が機嫌が悪い。心配ならずばっと聞けばいいのに。でもプールに通っていることは内緒。

※今日は何も出来なかった。



平成二十八年六月二十八日火曜日

PickしてもコメントしてもLikes が余りつかなくなった。こうなったらNewsPicks は全然面白くない。安心して卒論に注力できた。プールにも行った。卒論とプール、とてもいいセットだと思う。今日はいい調子今度こそブログはお休み。もう何度目?いい加減にしないと友達もいなくなりそう。課題もやらなくては。

補助金申請の件は不可だった。締切過ぎても出せ出せ言われ、頑張って書いて出したのに一体なんだったのか。でも大学からお金貰うと年内にやらないといけないし、組織に繋がるとルールに縛られるだろう。なのでもういいと思って申請出さなかったのに。でもこれで自分の好きなように出来る。

武蔵美の先生のグループ展にいく。すごく豪華な会場でドキドキしてしまう。オートロック?一般の人は入れないのか、すごい。

今日は卒対捗った。十万字まであと56,273 字。

※卒対約3時間、本文43,727 字成果報告21,892 字日記14,969 字。エピローグ完成。


平成二十八年六月二十九水曜日

今日は朝きちんとスケジュールを組む。昨日また予定を間違えてのこのこ出かけてしまった。もう絶対ないようにしたい。3つのカレンダーで確認。そのうちのひとつに「おまわりさん10-11時」とあった。自転車パンクさせられた被害届をもってきてくれるという。別のおまわりさんは「何してるんですか」と声をかけると「おまわり」とギャグってくれた。面白いじゃない。一昨年の騒動で連れて行かれたすぐ後は冷ややかだったのに、やっと私に慣れてくれたのか。

プールは2時間ほど。距離が泳げるようになってきた。最初は冷やかだったプールの方々、最近何かと話しかけてくれる。何かすると「すごい」「若い」「偉いわ」と褒めてくれる。怖かった任侠のようなおじさんも「見所のあるやつ」みたいに言っていた。努力する姿勢は認めてもらえるのだと感じた。本当に水泳楽しい、水が怖かったのが嘘みたい。

明日はまた別の先生との約束がある。時間に遅れないようにと今から緊張しておく、間違えるといけないから。

※卒対約3時間、本文57,761 字成果報告21,892 字日記15,672 字。十章が難航。起承転結の転の部分、濃く書きたいがうまくいかない。昨日から14,000 字も書いたのかと驚いた。


平成二十八年六月三十日木曜日

 習い事の先生達と私ともうひとりの生徒さんで「すきやばし次郎」で会食。セレブう。でも本店ではなく暖簾分けの豊洲店。先生達は嬉しそうだった、よかった美味しかった。帰りに家でお茶を飲んでいただく。娘を紹介しかったのになかなか帰ってこなかった。

 卒業制作は、約半分出来たというところか。今月中というのは無理だが、今週七月二日までに完成させよう。その後五日程で校正。この読み直したり足したり削ったり修正したりにもっと時間が欲しい。とはいえ、最終提出まではまだ半年以上もある。急ぐが焦らず。十章やっとできた、ほっとした。あとは、三から八章の六章書かねば。それから最後にまとめてアドラー的見解を記載する予定。

※卒対約3時間本文60,299 字、成果報告22,327 字日記15,672 字。

第二回卒業制作の提出期限が迫ってまいりました。

本来なら制作途中のものを提出し少しずつ仕上げるというスケジュール、このやり方で私的にいいのかどうか考えた。大学はそういうスケジュールということで倣うのが当然なのだが、この第二回目を提出した後は面談授業は1回のみ、その後提出→添削が1回、完成版を提出、文芸コースの教員たちによる口頭試問、質疑応答というスケジュールな訳で、先生達に直接指導して貰えるのはあと1回だけということになる。もちろんその後にも添削があるとはいえ、割と手探り感が大きいと感じた。そのため第二回目の提出で完成させたものを提出したいと全部書いている、しかも10万字目標。

と、ブログに書いたところ学友達も刺激を受けたようで、軽く5万字超えで大作を書いている方が増えてきた。私は今6万ちょっと。色々考えて章を追加したり構成を変えたので、一からプロットをやり直しているところ。まだそんなであと約10日しかないのに大丈夫かなと不安になってきたりもする。でも先生達に「やります」とお伝えしてあるので、やはりやらないとダメだと思う。これは「締切」に等しく、もしプロになって編集者に「できませんでした」などという事になったら雑誌に穴が開いてしまうことになる。などと、ぐるぐるぐるぐる言い訳や思惑、思考がループして、最近ブログにも同じようなことばかり書いてしまう。混乱、迷走中。ともかく13日必着なので11日までギリギリ頑張りたい。

もうそれまで何もかも封印!でもこういう時に限ってまた色々イベントやらお誘いがあり、そういうことなので13日過ぎるまで今しばし運転を停止中。これ過ぎたら次は10月13日必着、12月14日必着で卒論の締切は終了。さてどうなるやら。

それにしても卒業研究がこんなに大変だとは思わなかった。テーマを決めるのに二転三転と気持ちが揺れ、ボリュームをどうしようか悩み、内容についても様々に考え過ぎてへとへとになったところに10万字。まあこれは自分が宣言したものなので納得の煩悩と葛藤。でもこれらも面接授業で色々話すとさあっと考えがまとまるので、やはりリアルなコミュニケーションというのは大切なのだと痛感。そして先生ってすごいなと。

色々聞きたいことがあるので、今回は箇条書きにして提出してみようかとも思う。このボリュームで30分で網羅するされるというのは難しいと思われる。他の学友たちはどうするのだろうか。聞いてみよう。

今日はネット環境を遮断するために、スマホを持たずに近所のマックにいってみた。スマホがあるとついデザリングで繋いでネットサーフィンしてしまう。あれも買わなければこれも確認しておかなくては、あちらこちらに返信依頼お礼などとやっていると全く捗らない。でも今日はWordしか起動しかなったせいで、約5千字書けた。その他あちらこちら推敲し、修正訂正追加なども。いやー良かった。これからネット断捨離してパソコンを立ち上げることにしよう。

学友のみなさん、捗っていますか。「文芸2015」の冊子も作らないとね!お台場かどこかのブックマーケットで販売するそうなので、是非買ってください。その時はまた告知します。それより締切終わったら集まりたいですね。

などと無駄話しつつ、今日はすごい集中したのでへとへとになってしまった。プールは休館日でお休み。ブログも今日は短めで終わろう。

それからちょっと区切りでご報告。高地へ一年行くという目論見、息子が「どこにも行きたいくない豊洲がいいんだ」と言い出し、断念するかもしれない。私としては行きたいが、肝心の息子が行きたくないというなら私だけ行っても仕方ない。どうやら高知のSASUKE森本くんが就職のため大阪に行ってしまったので、高知に興味がなくなった模様;つД`)またタイミングの悪いことに森本くんは、今年のSASUKEにも出場しないという。なかなか思惑通りにいかない、ガッカリ中です。それ以外にもあれもこれもと色々考えていたものたち、フラットな状態になってしまい立ち上がりそうもない雰囲気に。

でもそういう時は必ずあるし、全ての人がなんでもスムーズにやってきたと思わない方がいいと。豊洲であっという間になんでも叶う人なんて、ママ友軍団のボスママくらいでしょう。私ボスママじゃないし。右往左往、時には獣道をとぼとぼ歩いたり、ということでこれからも一人でコツコツやっていきたいと思う。何度も言うがまずは13日まで全部中断。終わったらまたやりたい。特にこども食堂は月一でいいからオープンさせたいと考えていて、相変わらずまずは場所探し中、情報お待ちしています。

Aちゃん、Tさん、13日以降美味しいもの食べにいきましょう。学友のみなさまも是非。


さてそろそろ晩御飯。今日は冬瓜の冷たいお汁と軟骨唐揚げ、サラダ。忙しくてもご飯だけはちゃんと作るのは性分なのだと思う。作ろう。

 

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 写真は太宰治が身投げしたあたりの風景と近くにあるモニュメント、その傍らに咲いていた真っ白な紫陽花。この時期になるとこの辺りをうろつくことになるのは、何の因果なのか。

卒業制作をするにあたり、監修をお願いしているアドラー心理学の師匠の教室に行く途中にある。いつもは豊洲にいらした時にお会いしていたのだが、月に一回こちらにもお邪魔することになった。暑い真夏に太宰治は正直キツイが頑張って通うことになりそう。昨年は諸事情あり、墓参りにもいった。ついでと言ったら気を悪くされそうだが、今年も行こうかな。「まだ死ぬつもりはないので、誘わないでください」と。


「太宰を偲んで咲くのか真白き紫陽花」字余り

今日は一日雨らしい。予定していた豊洲小学校の自転車教室は中止だろう。私は郊外生活委員の役で午後からお手伝いすることになっていた。なので一日予定を入れずにいたので時間が空いてしまった。丁度よいのでこの余暇を利用して区切りのブログを書くことにする。もう今日はさらっと。でもいつもそう言ってべらべらべらべら書いてしまう。桐野夏生さんからも学友からも先生からも、その情熱で小説を書いてと口を揃えて言われてきた。

昨日大学で卒論担当の先生達とそんな話はしなかったが、もう少し時間があればブログの話しもしたかった。そして先生達も言うだろう、卒論に注力して下さいと。大学生活のメインイベントといえば、やはり卒業制作。村上隆は京都造形大の教授でもある千住博に首席の座を奪われ日本画家を諦めたそう。今あんなに同等といっていいくらに活躍されていても、やはり卒業時の痛恨は今でもあるのではないか。私も後悔のないように取り組みたい。

私の場合もライバルはたくさんいると思う。まずあのモチーフを書いているあの方。テーマについては先生達も食い入るように興味津々で、これは本当に羨ましいと思った。いくら頭を捻ってもリアルには負ける。テーマもいいが、作品の構成もよかった。それからあのマイブロ部の部長。最近メキメキと文章力があがってきているように思う。もう何か信念というものをがっしり抱えていて離さない人ともいえる。うさぎとカメの亀のように一歩一歩ゴールに向かって歩いていて、気が向いた時に走りすぐ休むうさぎな私とは全く正反対。いつか希望の地に辿り着くだろう。

他の方もあの論文研究からは一段も二段もアップしていると思われる。私が首席にあたる優秀賞を獲る確率はかなり低いだろう。私の場合はテーマが弱く、客観視するとありきたりのもの、「よくある話」だからだ。でも昨日の授業で先生たちからのフィードバックから様々に考え、構成や工夫によってはもっといい作品に出来るかもと思った。

ブログとは違う、リアルでもない、小説を書いていくということ。自分の自由意思で世界が描けるのだ。登場人物も好きに作っていいし、ストーリーも自分次第。小説の主人公は自分でもいいし、ボスママにしてもいいし、そのシモベを中心にしても面白いかもしれない。というのは冗談。そんな人の人生何が面白いものか。ともかくなんでもありな世界なのだと自覚できた。

テーマは「希望」にしてみようと考えた。でもこれは隠れテーマとしたい。最初に希望を出してしまうとラストがわかってしまって面白くないと思う。これは編集者の先生のアドバイスをそのまま採用してみた。恐々と最後まで読んだ人々に、自分のリアルに希望を見出して貰ったり勇気づけられたりできるようなものが書けないだろうか。

以前からこのブログで、アドラー心理学の勉強をしていたと書いた。途切れたり集中したり、約6年ほど関わっていると思う。それが最近のアドラー心理学ブーム。やっぱり私は目の付け所がいいと思った。以前なら心理学といえばユングとフロイトだが、ここにアドラーも加わり心理学三大巨頭といわれるようになった。なんだか日の目をみれずにいたさかなクンが、大学准教授にまで出世出来たように嬉しく思った。さかなクンもアルフレッドアドラーも大好き、辛い時も哀しい時もいつも私のそばにいて勇気付けてくれたのだ。なので第一回の卒制成果報告にも書いたが、アドラー心理学的なそういう小説を書きたいと思う。ハラハラドキドキ読み進むうちに、自然と読んだ人の悩みが消えて心が軽くなるような。
 

そもそも私が以前より多少でも打たれ強くなったのは、アドラー心理学の考え方を学んだおかげかもしれない。人間にはトラウマは存在しない、人の行動には目的があるという考え。今回の大学での騒動も、それぞれの「目的」だけを考えてみたら原因や根底にあるものがすぐわかった。そもそもN先生が悩む原因など何も存在しなかったのだ。さも問題があるように讒言され信じてしまわれたのだろう。でもアドラーにかかれば問題解決は容易なもの。なのでこういう考え方を自然と学べるような作品を。うーん、でもどうやって構成を考えたらいいだろう。アドラーだと思って書いて違ったらどうしよう。

考えた私は、アドラー心理学の師匠に連絡をした。以前学友に「師匠とは弟子のピンチにはすぐ手を差し伸べてくれる人のことを言う」と言ったことがあるが、私の師匠も私という弟子のピンチにすぐ手を差し伸べてくれた。小説の中のアドラー心理学を監修して下さると快諾して下さったのだ。鬼に金棒だ。そのしばらく後今回の事件。もう余分にお金のかかる面接授業は一切出席しない代わりにと思いついて、勉強途中のままのカウンセラーの勉強もすることにした。せっかくカウンセラーになったらと言って下さったのに、私は途中で断念してしまった。お母さんのように慕う先生が新弟子ばかり可愛がるので、焼きもちを焼いたのだ。でも気を取り直して小説と共に再度取り組みたい。
 

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奥の樹木は、ひこばえが美しい桜の木

本年度わたしはもう面接授業には全部出ない。いくつかの授業は子どものイベントで1日欠席や早退する必要のあるものが多い。そういう時に昨年度は迷わず大学を選択したが、今年は家族の方にシフトしたい。プラス絶対出たくないというものもあるがここでの言明は避ける。そもそも授業を受けたり受けなかったりでは、今の状況では邪推されるかもしれない。「あの人はわざと授業を受けない」と思う人がいそう。あーもう面倒臭いのは嫌い、なのでもう全部きっぱり受けないことにした。もちろん大学発のイベント、卒業式も。

これは反抗ではない、そうせざるを得ない状況にしたのはあの人だ。あの人は若くして既に文芸コース全てのイベントを統括しており、更に今年から授業も受け持ち文芸コース外苑キャンパスの顔となりつつある。そういう人にNOを突きつけられてのこのこ大学に行けるだろうか。いや私ならしれっと行ける、でも先生がまた心を痛めることになったら私も悲しいのでもう大学には近づかない。ともかくこの状態はコミュニティから排除されたも同然だろう。何もかもあの人の思惑通りになったともいえる。あえて素直にそのストーリーに乗ろうと思う。

原因を作っておいて「反抗」のレッテルを貼るのは悪しき現代社会の縮図とも言える。 うちも娘が反抗的だと色々書くが、そうしているのは他ならない親の私達なのだ。因果は巡るのだと思った。でもアドラー心理学を知る以前と以降では、子育てでも色々に影響があり勇気づけられた。例えば以前は子ども達がママ友関係をうまくこなせない自分に似たら困るとか、可哀そうだと思っていた。でも今は私が目指すように、精神的に自立した大人になって欲しいと思うようになった。誰かに寄りかかりくっついていないと不安でたまらないといった概念を、きっぱりと捨て去れるようにと願う。

プラス経済的にも自立して欲しいが、娘に対しては人に適度に甘えることも覚えて欲しい。もし私が経済的に自立していたら、とっくに離婚していただろうと思う。最近離婚する人が多いのは、女性の経済的な自立が後押ししているというものもあるだろう。専業主婦という身の上は、保身という意味では私にとって良かったのかもしれない。家を飛び出したり実家に帰っていたら、破綻していただろう。アドラー以降変わったことがもうひとつあった。私はひとり暮らしを初めてから子どもを産んだすぐまで母を恨んでいた。長女のサガで甘えられない自分を呪い、かまってくれなかった母を非難していたのだ。

娘を出産した時は一週間か十日で帰ってしまい、息子の時は病気で入院していた。母がかまってくれなかったせいで、子育ても何もかもが上手くいかないのだと不貞腐れた気持ちがあった。本当にどうしようもない人だと自分で思う。だがアドラーの考え方でみてみればなんの事はない、母はただ単に忙しかったし心根は優しい人だ。わざと私を陥れようとしたことなど一度もない。いつも私を慮りいつもいつも心配していた。私のように自己実現などさっぱりと諦め、ただただ家族のために尽くしてくれていた。そんな事にも気が付かないで、私は何をしていたのだろう。

でもアドラー心理学を学んでいきなりこうなった訳ではない。最初の頃いつも師匠となる先生に、「私の悩みは本当に消えるのでしょうか」などと疑問をぶつけていた。すると師匠は「まあ勉強し続けていればわかりますよ」などとはぐらかす。そのうち先生ともぶつかり出し、嫉妬もあってアドラーを捨て飛び出してしまった。でも数年の時を経てのこのこと連絡をしてみれば、いつもの通りの先生がいた。また仲が取り持てたのは、太宰治のお蔭だった。太宰治の墓参りをしようと思い立ち場所を調べると、なんと先生の教室のすぐ隣。本当にびっくりした。

アドラーを学ぶために駅から教室を歩く、すぐ左に流れていた上水が太宰が身投げした川だと知っていたし、その場所に石碑があるのにも気づいてはいた。でも当時はなんの思い入れもなくただ傍観していた。なんだそうだったのか。同時に色々思い出し、先生の家に立ち寄ってみようと思い立つ。先生は喜んで迎え入れてくれて、お茶だの茶菓子だのかしましくもてなしてくれる。太宰治の墓が教室のすぐ隣だったというと、先生は知らないようでびっくりされていた。そういえば家の近くに石碑がありますね、とにっこりと言った。

その笑顔をみて、太宰治はもしかしてやはり私を気に入り憑りつき、本当に私を連れて行こうと思って夢枕に立ったのではないかと感じた。でもそう気が付いた時はもう全然怖くなかった。墓参りして「まだ死ねません」と言ったのをわかってくれたせいかもしれない。


大学編入後様々な物語を学ぶうちに、気持ちも考え方も変わった。何より熱中して勉強というよりは単位をとるため周りがあまり見えないという状況は、苦悩の多い豊洲ライフをベールで包んでくれた。忙しくなり反して気持ちが軽くなった。書くことで様々なものもよく見えるようになり、アドラーで物語の主人公達を救ってあげたいと思うようになる。その後のリアルは様々に書いてある通り。怒ったり笑ったり泣いたり楽しんだり、ありとあらゆる感情を文字に書き起こし、そこには素のまま剥き出しの私がいた。なんつー馬鹿で面白い人なんだろうと、自分で自分がおかしかった。

師匠の言った通り、私にはトラウマなど何もなかった。行動にはいつも「目的」がある。しかしそれらの私の目論見は、たいがい明後日の方向に飛んでいってしまう。でもまあそういう事もあると納得できるようになったと思う。それを教えてくれた師匠に巡り合ったのは、本当に人生の転機だった。それでも私はこれからも時々大噴火したり、火消しにやっきになったり色々あるだろう。机上論理だけではなかなか難しい。でも私にはプラス妄想癖という強みがある。自分の強みはこれだけ、でも誰にも負けないと思う。

話を戻して本年度のこと。面接授業を受けずに浮いたお金でアドラーを勉強したり、新しい版画の技法などを学びたいし余裕があれは多色木版もやりたい。ブログの代わりに青空文庫のボランティアもやってみたい。また時間がなくなるだろうか。これら全部大学以外で出来ることばかりだ。ならばもう大学には拘らず、一足先に外の世界に出ようと思う。あーこんな事なら区に頼まれていたパネリストの登壇受ければよかった。スクーリングがぶつかるからと断ってしまったのだ。

昨年度たくさん単位をとった私は、卒業研究の授業8単位の他は通信科目13単位を取得するだけで卒業できるはず。そのうち4単位は再提出とテストを受ければ単位取得できる。実質あと9単。web 授業airU だけで消化してもいいかもしれない。 もう目を大学以外に目を向けよう。

小さな水槽の中ではいつも問題が発生する、それは大きな海に出れば消えてしまうものばかりだ。険悪になっただろうあの人と、そういう狭いところでいがみ合うのは馬鹿らしいと思う。そもそも私は敵意なんて全く持っていなかった、それは私の学習態度をみれば一目瞭然ではないか。なのに先生達はあの裏切者の方を信じたのだ。傷は深かった。

あの人はここを出る訳にはいかないだろう、ならば私が出ればいいのだ。逃げたと思われても全然平気、私がそんなタマでないことは豊洲の人なら皆知っている。それでも狭い箱の中の丁々発止はなかなかにエキサイティングたと思うが、あのエレガントなN先生がまた様々に心配されるといけないのでそれは避けたい。先生の悩みはひとつでも少なくして差し上げたい。

でも昨年度は本当に濃くて楽しい大学生活だった。素敵なキラキラキャンパスライフはおしまい、本年度は卒業研究のためにどっしりと注力する。前出の先祖の物語を書く方は、わざわざ古本屋街で資料を探し、高価な本をたくさん買い求めたそうだ。赤く美しい薔薇が透けてみえる繊細な装丁本は、遠い過去から魂がその人を励ましに来たように感じた。私も見て触らせてもらったが、血で繋がった重厚な愛を感じてしまった。先生達も出来上がりを楽しみにしている作品だと思う。もちろん私も。私も頑張ろうと思う。

教室にいた学友全員の作品の完成が楽しみだ。 論文研究で一緒になった学友たち、もう二度と全員が同じ教室で学ぶことはないだろう。だが卒業制作作品集では名前を並べることになる。通信生同士といえどももうすっかり旧知の仲のように感じる。会えば嬉しいし、元気がなさそうだと心配になる。一緒に何かを学ぶと友達になれるのだと知った。ママ友グループのように上や下もない、さらっとしたフラットな友情だ。

私の作品が、論文研究で発表したものと全然違うと一体何人が気が付いてくれるだろうか。結局4作品提出して、本年度から全然違うものを書いて提出してしまった。そんな話を一同でする機会があるだろうか、ちょっと楽しみでもある。みんなの作品を早く読んでみたい。 私の作品をみて、テーマをあっちにすればと言われたりもする。あちらなら話題性は十分だし、テーマは大学の論文としても評価されるかもしれない。でもこれは私小説ではないノンフィクションとして書いてみることにした。

でもその前に参考資料として卒論に添付していいか聞いてみよう。K先生達は私がこういうものも書いているとご存知ないだろう。そしてもし「卒業制作は是非こちらで」と言われたら、そちらを提出すればよい。私はいつも書きたいことが嵐の中の藪のようにうねっているが、なかなか上手く形に出来ないでいる。それは邪念があるからではないだろうか。
 

ブログは楽しい、ずっと書いていたい。それは承認欲求的なものも多分にあると思う。豊洲で村八分になり誰とも話さない日々は、気楽といえば気楽だがやはり寂しいものだった。そしてその想いを小説にしようと思い立ち、補足資料としてブログを書き始めた。しかしいつもの通り明後日の方向に進んでしまい、こうして赤裸々暴露ブログと化している。良いとは思わないが、悪くないとも思う。

そういう訳でブログを書いていると、課題と卒制が出来ないので少しお休みしたい。基本は卒業するまで。ただし何かニュースがあったり告知したいことが出来たら書いたりするかもしれない。アドラー心理学の講義のまとめなどは書いていいかもしれない。

と、いうか、書いて読み返して思ったのだが、N先生は四半世紀フランスにいらした方だ。日本語の風俗的風刺言葉、ネットスラングの裏の裏などは得意ではないだろう。あっという間に消えてしまうようなユーキャンの日本語大賞などもご興味ないと思われる。あの赤ら大福が私の先生に間違った私の世界観、日本のリアルを伝えているのではないか。日本語はとても複雑で繊細なもの、数ミリの感覚の違いで全く違う世界になる。もしかして私のブログのことも、間違った通訳をしていたのではないだろうか。あの人が使い勝手のいい人材の振りをして、京都造形芸術大学通信教育学部文芸コースをN先生を操ることで我が物にしようとしている。大学はこの重大な事実を把握しているのだろうか。

もうあの人とN先生は引き離さないとダメだと思う。誤解なきように記すがN先生は端正な日本語を丁寧に扱い、外国文学だけではない日本文学にも精通され、文学を文芸に昇華する伝統工芸の職人のような方。非常に厳しいがウィットとユーモアに溢れる言葉の数々と怜悧な人格で、生徒先生双方から信頼も厚く私たちを魅了する。

でも2chやニコ生などで使うようないわゆるネットスラングなどはあまりご存知ではないだろう。 それを利用して私だけじゃない先生も貶めたのだ。あの人は確かにそういうのに詳しそうだ。でも私だってwindows3.1の時代からネットに繋がり世界を見続けてきた女、日本で最初に「炎上」を経験した人間でもある。2chは私についての書き込みを心配した上司から知った。書いてあることは全然普通に、大好き、しもべにしてくださいなどなど色々。私は傷つきもしない、ただ面白いと思った。私は感覚がおかしいのかもしれない。何か酷い事を書かれたとしても自身についてなら傷つかないだろう。ネット上の匿名の書き込みは誰かが勝手に作りあげた世界、実名リアルとは融合しないと思っている。タイマン張らないと納得がいかないマイルドヤンキー文化なのかもしれない。でも私はああ言うところには書かない、なので自分のブログに色々書くのだ。

私はネットスラングの現状はもうあまり詳しくないけれど、天上も下界も全部観てきて経験もしてきた。なのでどの角度からものをみればそうなるか、どんな温度なのかもだいたいわかる。その差異がどんなに怖いことかも。これらの現実を放置すれば、京都造形大学通信教育学部文芸コースは間違った概念で塗り固められた文学の温床となるのではないか。端正で儚いもので彩られた学びの場、私が受けた処分やこんな事実が露呈したら、大学は多分崩壊すると思う。

軸を早く確かで端麗なN先生に戻した方がいい。学びの場がニコ生大王のようなあの人の世界観に侵食され続けていい訳がない。こんな現状なので先生は私の心情を易々と疑ったのだ。実はこれが一番ショックだった。


あのニコ生大王 が怒ったのは「おもんない」の記事だろう。でもあの人が自分が言った言葉だ、言われた私は傷つきもせずむしろ面白いと思った。面白いと思って書いたのに怒るって一体なんなの。自分が怒るような事を何故あなたは私に言ったの。でもブログに書くということは、それだけ破壊力も大きいのだろう。今回の騒動で初めてわかった気がする。でも私だから怒ったのだ、他の生徒だったらコメントに書くか直接disり笑って終わりだったはず。うん、嫉妬ですね。N先生を好きなのは生徒たちだけではない。何か特進を期待して私を売ったのではないだろうか。妄想だけどアドラー心理学的には多分そう。

そんな訳でブログも今日でしばらくお休みにしたい。そして私はやはりうさぎ、お休み宣言が出来てちょっとホッとしている。そう言いつつ、せっかくこれだけ続けてきたものを中断するのは残念だしとても勇気がいった。健脚な亀に追い抜かれても仕方ない、でも私は短距離より長距離走の方が実は得意。またしばらくしたら走り出したくなると思う。ライバル達に追い越し抜かされ、でも自分のペースでなるべく長く走り続けたい。まずは現状、これだけ色々書いてしまったのだから、いいもの書かないと恥ずかしいだろう。まずは卒論だけは頑張らねば。学友達もギリギリの高みを目指して頑張って欲しい。

他が何もできないのは、それだけブログが好きだともいえる。でもそろそろ本当になんとかしないとダメだとは思っていたのだ。結局私のストッパーになってくれたのは、敬愛するN
 先生という事になった。非常に満足。先生からは続けて下さいと言われたが、本業に差し障るのならやはりシフトして下さいと言われるだろう。区切りをつけて下さり感謝しています。

それにしても次回卒論提出まで10万字書くなどと言ってしまった、大丈夫だろうか。10万字書けたら小説家になれると学友に言った作家の先生、「希望」がみたいと言った編集者の先生は、私の作品に納得して下さるだろうか。次の面談が楽しみなような、楽しみなような、楽しみなような。なんだ、楽しみしか出てこない。私はなんでもかんでもブログに書く人ではありません。弱きを助け悪を憎む、勧善懲悪は物語だけの世界ではない、リアルでもそうしたものを紡ぐべく奔走しているだけで、是非ご理解ください。諸先生方も最終口頭試問でお会いする日を楽しみにしています。色眼鏡で見た私ではない、きちんと作品について批評下さいますよう。

ということで、今まで長らくお読み下さりありがとうございました。ブログについてリアルに声を掛けて頂いて嬉しかったですし、様々なところからご支援頂きまして本当に感謝いたします。これらを励みに卒業制作に取り組みます。

これで『芸大に通う豊洲ママのblog』はいったんお休みします。次のシリーズ再開を楽しみにお待ち頂けましたら幸いです。豊洲、京都造形大学、そして武蔵野美術大学、資生堂、NewsPicks からもたくさんのアクセスありがとうございました。皆々さま、再びお目にかかる日までどうぞお元気で健やかにお過ごしください。 


  See you next stage. Thank you   :-)


【今日の小確幸】

やっと区切りが出来た、先生ありがとうございます。今度こそ頑張る!


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こちらのブログは引き続き書いていきますのでよろしくお願いします。「みんなのミュージカル、ホンク!」のブログを担当させて頂いています。チケット絶賛発売中、みんなで観に来て下さいね!

昨日は第一回卒業研究面接授業だった。私は数時間前から大学に到着し、色々準備したいと思っていた。新しくなった大学購買のガパオも気になるし、時間があればN先生にも色々話したいことがあった。そうだ、以前お弁当を置いて欲しいと大学事務局にメールを出したのだった。願いが叶って満足。それを食べながら頂いた添削をもう一度チェックしたり、受付に置いてあるパンフレットを眺めたり、コーヒーを飲んだり。久しぶりの大学を満喫するつもりでいた。

でもその目論見は本当に見事に崩れ去ってしまった。朝は息子のミュージカルの付き添いに行った。今日は練習公開日なので先生達に挨拶、色々打ち合わせ。

※今日はホールで本稽古

帰って小学校の委員のあれこれの準備、メール、あーあれもこれも今日やらないとなどなどやっていたら、12時になってしまった。 私の面談時間は13時から。でも一時間あれば行けると安心してごそごそしていたらまた時間が経過。慌てて豊洲駅に到着したのは12時25分、ちょっとドキドキしながら地下鉄に乗った。大学までどのくらいかかるの?と聞かれると、ドアツードアで30分と答えている。なので普通に行けば間に合う筈だ。

市ヶ谷で乗り換えるといつの間にか四谷まで来てしまった。えっ?どうして?と、慌てて降りる。そうして反対側に来た列車に飛び乗る。え、でも待って?信濃町って四谷の次じゃなかった?あまりにも焦っているので駅の順番が混乱してわからなくなってしまったのだ。迷宮に入り込み彷徨っているよう。どうしよう。Yahoo 乗り換えでチェックするとやっぱりそう。さっき四谷で降りたのが大間違い、そのまま次で降りればよかったのだ。

あーもう私何やってるの。信濃町で下車し、泣きそうになりながら降りて大学までダッシュ。黒のシックなワンピースとヒールのあるミュールが仇になり、うまく走れない。ニコニコパークに子どもを連れてきたお父さんお母さんがぎょっとした顔でみるが、もうかまっていられない。ミュールを脱いで裸足で走った。着いたら事務の方が「ああ良かった」と出迎えてくれて、ギリギリセーフ。

ブログのためにネタを作っているんでしょうと思われるかもしれないが、全然違う本当に大変だった。最近時間にルーズな自分を呪った。この前もその前もあの時も待ち合わせに遅れてしまった。慎弥のワインからちょっとそういう傾向にあるように思う。大学はパパラッチの言い訳は通用しない。もう本当に大反省。 まだ大丈夫と思って大丈夫だったことなどないではないか。「大丈夫」と思ったら「大丈夫じゃない」とコダマのように自分に答えようと思った。

階段をかけあがり汗だくで教室に入ると、輝く笑顔のN先生が出迎えてくれる。あっ、先生ー!と思ったものの、焦っているので何を言われているのかよくわからない。話しをしようと思ったら、「じゃあ、お願いします」と私を二人の先生に託して教室を出ていかれてしまった。

そして主担任と副担任の先生達と対面するが、テンパって喉が渇いて気持ちがついていけず、最初はわけわかめになってしまったがだんだん落ち着いてきた。

30分の面接授業はすごく濃く終わった。先生達が沈黙を許さないスピードと濃密さでアドバイスを繰り出される。30分はやっぱり物足りない。三年生の頃の論文研究でも持ち時間は30分だったが、これもやっぱり足りない気がした。通信生なのでこういう機会はなかなかなく、それでも短い時間であれもこれもすごい盛りだくさんにフィードバックをいただく。先生達が争うように色々発言して下さり、白熱教室のような様相。

特に私が考えていた、まず全部書いてしまいたいという気持もさらっと受けて下さり、書きたいことを書いていくと10万字くらいになりそうと言えば、それもいいという。ただし何でもかんでも書き殴ったりしたようなのはダメで、きちんと整合性のとれた作品にすることなどと注意を受けた。他の先生達だったら、規定とかルールを持ち出し色々逆のことを言われたかもしれない。でも先生はいいという。私はすごくやる気が出た。

もしかして先生は私がブログで「全部完成させたものを順次手を入れて完成させたい」と書いたのを読んで下さったのではないか。でも創作のスタイルは人様々で、少しずつ完成させたい人もいるだろうし、私みたいに全部書いた後に加筆修正したい人もいると思う。私は後者のタイプ。以前私は『元キャナリーゼゆり子の豊洲にいた時日記』という小説を書いた。その時約2カ月で10万字書いた、今回は次回締め切りまでは約1ヶ月、現在約2万字かけているのであと8万字。乗ると一時間で1万字ブログを書いている今の私なら出来そうな気がする。

でも何かやりながらでは無理だと思う。学友に1日何文字と決めて書いている人がいて、ちょっと真似たが1日しかできなかった。村上春樹も何時から何時が執筆の時間と決めているそう。私は多分、乗った時に時間を忘れてわーっと書くタイプ。いつもいつもそうだった。でもそれをやりだすと、他は何も出来ない。もうマルチタスクはとっくに諦めている。ブログもそうで、ブログのせいで課題も卒論も全然捗らない。ブログをお休みして集中すれば一週間、うーんやっぱり2週間?で書けるのではないか。そこからまた一週間で校正、加筆修正。こんなスケジュールでどうだろう。

次回はそうやって更にボリュームアップしたものをみて頂く同じ面接授業、その次はぽーんと飛んで1月下旬文芸コースの先生全員による口頭試問で卒業制作は終わる。N先生にも伴走して欲しいという私の願いは、言えば言うほど叶わないものになっているよう。それは以前の豊洲と同じく、お前の願いなど叶えるものかという存在が出来てしまったせい。なのでもう言わない。それにそのせいで二人の先生のうちどちらかが外れることになったら私はガッカリすると思う。もう絶対いいもの書こうと思った。

※5/21までの運勢。当たってる!新しいVOCEを早く買わねば

そんなぎゅっと濃い時間が終わり教室を出ると、またしてもN先生と遭遇。「作品とてもいいですね、本当に期待しています」などと、これ以上ない親しみの笑顔で言われ舞い上がりそうになる。わー先生嬉しい読んで下さったのですね。もっとお話したかったのに、先生は次の面談があり時間がないのでとさあっと教室に行かれてしまった。はあー切ない。今日は新しく書いたブログの記事をみて頂いたり、疑問に思っていることなど質問したかったのだがお忙しそう。大学のことを書くなら一度見せてと言われていたが、もうパッと公開してしまおう。ダメならまた叱られればいいこれもI 'm in Heaven。でも先生にいつもの輝くような笑顔が戻っていて、誤解はとけたのだと感じた。

帰りにまた事件が起きた。面接授業で色々書き込みをした原稿と、妄想など色々書き殴ったテキストがないのに気が付いた信濃駅。わー!!きっとさっき行ったトイレに置いてきたんだわ、あんなの誰かに読まれたら頭おかしいと思われるかも。焦ってまた駅から大学を目指す。でも大学は駅から徒歩5分くらい。あっという間に大学について、事務の方に忘れ物はなかったか聞くと、届いていないという。お手洗いに探しに行くがなかった。外苑キャンパスをウロウロし、半泣きになっていると学友がいてつい色々話し込んでしまった。そのうち事務局の方が「ありましたよ」と届けてくれて、あーよかった。

ついでに面接授業のために大学にきた他の学友たちと、添削されたテキストを交換して四方山話し。たまたまかもしれないが、全員が全員O先生とN先生が担任副担任だった。自分の担当の先生を言うと全員が驚き、しかもweb授業だというともっとびっくりしていた。これ、どうなのだろう。そうなった理由をブログに書くと、私じゃない大学が大変なことになるのではないだろうか。

受け取り方によっては、アカデミックハラスメントになるのでは。それをしたのはもちろんN先生ではない、O先生が先導したのだ。でも責任者としてN先生が問われるようなことがあってはならないし、そうなったら私は自分を許せない。そういうのがわかっていてあの人はやったのだ。あの人はN先生がいる限り、私が絶対何もどこにも訴えないと踏んだのだ。策士はいつも事実ではなく空気を読んで状況判断する。

なんだかんだ、大学まであのボスママみたいな敵を作ってしまった。以前「敵ながらあっぱれ」と冗談で書いたが、本気にされてしまったよう。書くということはリアルを引き寄せるのだとまた思ったが、こんなバカバカニュースを真に受けて、文句があるなら自分で言えばいいのに溜め込んでおいて一気にN先生にぶつけ、他の先生まで巻き込んで私を排除するムーブメントまで起こしたのだ。大した策士、あの育休5年のボスママのよう。あの人は策士で話が上手く、聞けば誰もかれもが信じてしまうし誘導してしまう。場の空気を読むのが上手く人の心を動かすのにも長けていて人気もある。でもその人気というのはN先生の持つ人望とはちょっと違う。

大学の場合を例としていえば、通信教育生はたいがい孤独だ。それを上手く使って人気取りをしているようにみえる。バス停でもそうだった。大学のボスママ的ポジションOは、若いので勢いがありいい兄貴的雰囲気を押し出し目眩ましする。でも学友の卒論の添削をみせてもらったが、全部同じような事が書いてありコピペかと思った。以前私も同じような事を言われたし、その時はさすがだと思ったがこうしてずらずらと並べられるとただのお家芸にみえる。私はそういうのは見えるが自分に何が起きたかわからず、ただただ翻弄されいつの間にかまた村八分になっていた。

それはまた、たったひとりの策士の意志、そしてちょっとしたきっかけと嫉妬が原因なのだと思う。 いわゆる豊洲最強のボスママと一緒なのだ。 私はもう10年ママ友ハラスメントに揉みくちゃにされ、地獄をみた女。もうなんでもわかるようになったのだと我ながら感心する。全てのハラスメントは原理は同じなのだ。

今日の面談授業で担任の先生が言った。「主人公がボスママに嫌われたきっかけを書いてみて」と。多分主人公というか、私はひとこと多いのだ。それで何を偉そうにと思われるのが最初なのではないか。でもひとこと多いのではない、真実を突くから疎まれるのだ。そして豊洲と同じで今回も味方はゼロ。どうしてこうなってしまうんでしょうかねえええ。私は書くことがたくさんあり、才能があるんじゃないと昨日も学友が言ってくれた。でも才能じゃない、勝手に色々が集まってくるだけなのだ。そうだ、これもブログではない小説にしてみようかしらん。


【今日の小確幸】

彼の方の輝くような笑顔を拝見できたこと。本当によかった。

卒業制作の第一回添削が戻ってきた。それをみて色々思ったことがあるので書いてみたい。それは同時に主担任と副担任の先生が誰なのかという告知でもある。その先生達からの添削は、全体の評価としてはA~DのうちB評価だった。あまり細かく書くとまた叱られそうなのでざっくり書くが、お二人の先生達からの添削はすごく丁寧でよくわかり、なんだか本物の編集者からのチェックが入ったように感じた。

尤もひとりの先生は本物の編集者だそうで、私の担当などして頂いていいのだろうかと恥ずかしくなった。主担任の先生もプロの作家の方、以前学友が藝術学舎で講義を受け、様々な実りあるアドバイスを受けたそうで羨ましく思っていたところにこのWラッキー、いいのだろうか。イニシャルトークでも大学関係者の方からしたら、誰なのかすぐわかると思う。嫉妬で豊洲から村八分になった私は、今度は大学でそうなるかもしれない。いや、学友たちからではないが、もう既にそうなっていると気付いた。 学友たちは奇跡的だと思うが、意地悪な人は誰もいない。

話を戻して添削の件、テーマは良い成績だが構成が今一つの評価なのは十分理解できる。ざっと書いてしまうと、もうそこから一歩も動きたくなくなるのが私の悪い癖かもしれない。もう一度再構築するのが面倒というより、この世界のまま書き残してしまいたい気持ちになるのだ。でもこうやって先生達の後押しがあると出来そうな気がする。この資料をもとに面接授業が5月29日にある。約30分という短い時間だが、活動成果や書く内容について様々に報告をし、更にフィードバックを受け取ることになると思う。

卒業制作は大まかな構想が出来ているので、ざあっと書いてそこに先生達からの色々チェックが入り、あっという間に完成するだろう、時間は十分だ。なのでその余裕で他の課題をたくさんやりたいなんて思っていたが、考えが甘かったと思った。というより、こんな風にしっかりがっしりアドバイスや修正、アイデアを頂けると思っていなかったので、嬉しさ反面少し焦っている。私に出来るのだろうかとぐらぐらしているというか。

でも決めているのは、先生からの助言は全部採用しようということ。先生からああしてみたら、こうしましょう、ちょっとそれはNGなどあれば、自分の拘りはある程度捨て先生の提案を受け入れたい。でないと大学に通う意味がなくなってしまう。というか、もともと大学に入る以前から私は自分の先生に対してはこういう姿勢でいるつもりだ。先生達のいうことは本当によくきく生徒だと思う。先生とは道を教えてくれる達人、その人の道標を外れたらすぐ路頭に迷うだろう。時々先生に歯向かっている人をみると、なんと勿体ないと思ってしまう。

なのになんだか京都造形大学の先生達というのは、私を反逆児のように思っている方が「多いそう」だが一体どういう事なのだろう。誰がそんな事を言っているのだろう。ブログに先生達や授業、イベントについてあれこれ書いていて、それがダメというならそうかもしれないが私はダメだなんて一度も聞いていない。なのに本人のいないところで勝手に私を評価するのはおかしいのではないか。というかはっきり言ってあの先生がそういう評価を私に対してつけて、それを他の先生達に印象付けるような事を言っているのではないか。あの先生とは敬愛するN先生ではない、あの先生だ。 

そういう誰かが評価した私の本人像はいつもひとり歩きをする。私がこのブログでずっと書いている「ボスママだけの評価がいつの間にか総意になる」というのと同じではないか。今回のK先生とK先生には最初にきちんと聞いてみたい、それから私の意見も聞いて欲しいと思う。多分このお二人は私に対して邪念はないだろう、添削を読んでそう思った。でももしそうなら人の噂ではなく「私」をみて、私の声を聞いて判断して欲しいと思うのだ。

添削して下さった先生達とは、直接お話したことは一度もない。なので先生たちがどんな方なのか私は知らない。でも例えば「すごく意地の悪いコメントをする」とか「適当なことを言う」などと誰かに言われたら、添削もそういう目でみたかもしれない。でも添削文は邪気も何もない「いいもの創りましょう」というメッセージだった。

本年度K先生の授業はあるが、京都なので私は受けられない。もうひとりの編集者のK先生は普段通学生の授業を受け持つ先生だそうで、私が受けられる授業はないのだ。もしかしたらこの先通信の方でも授業をしてくださるかもしれないが、その頃私は卒業していないだろう。

でも大学は大学で、まあ自分が色々やらかしているせいなのだが天国と地獄を乱高下するような事もあり、あと一年余分に在校することになったら身が持たないような気もする。儚く幼気な白百合が鬼百合になってしまったら元も子もない訳で、清く美しい私のまま卒業を目指したい。

担当教員はN先生ではなかった。願いは強すぎても叶わない事もあると知った。京都造形大学での「私の先生」といえば、まずこの方なのだ。とは言ってもこう思っているのは私だけではない、多分全員が担当になって欲しいと羨望しているだろう。なのでN先生はは主担当とか副担当というポジションには就かないで欲しいと思う。でないと学友同士、喜びと嫉妬双方の嵐で色々と不具合が出るかもしれない。そもそも文芸コース全体を統括する立場、卒業研究でもそういう風に全員の面談授業に立ち会うべきなのではないか。などと要は自分もみて欲しいというだけなのだが。

また余計な事を書いて叱られるかと思うとドキドキして胸が苦しくなってしまう。先生に叱られてしまったという地獄と叱って貰えたという天国を両方味わっているのだ。嬉しい苦しい悲しい幸せ、私の心をこんなに掻き乱すのはあの先生だけかもしれない。先生はある日突然深傷を負わされたと思っていらっしゃるようだが、先生も私に傷を負わせたのだ。ビリビリ痺れるような叱咤、苦悩と甘美な快楽。もっともっと、もっと強く叱られたい。これらもしかして、谷崎潤一郎が喜んで飛びつくような題材なのではないだろうか。

こんな幸運に与れたのは、イスカリオテのユダの存在のお蔭がある。ユダはお金のためだけにキリストを裏切ったのではない、彼はキリストを愛しすぎる余りにキリストを十字架にかけたのだ。彼はその後、後悔のあまり自死してしまう。それほど愛しているなら何故大切にしないのだろう。私なら傷つけるような真似はしない。あのキリストのように清らかな威厳で学徒に愛され続ける先生が、十字架にかけられたように苦悩したのはユダの私への嫉妬が原因なのではないか。

ああ、私のジーザス。私はあなたを裏切ってはいません。あなたを裏切ったのはイスカリオテのユダ、あの者はあなたが御車で炎に包まれたら肩にとまると言うでしょう、でも本当でしょうか。私は人間、あなたに火を放つ不届き者がいたとしたら、私は飛んで行って誰であろうとその者を切り捨てます。あなたを助けるためには命をも捧げましょう。私はあなたを澄んだ目で見ています、あなたもそうしてください。ユダから手渡された色眼鏡は真実が曇ってみえます、すぐにお捨て下さい。侮らないで、気を付けて、私の愛しい人よ。

さて、今日はこの辺で。ずっとブログの公開をしていないのに、昨日はアクセスが4桁になっている。これは何を意味するのだろうか。しかも他のシリーズも数字が伸びていて、どこかで話題になっていると思われる。ブログ解析をするとそういう色々がよくわかる。

大学の事務の方は「外部からのクレームは全くないです」と言って下さったのだが、そろそろあの辺りからなんか来そうな予感。でもそれは多分私にとっては福音にもなるのではないか。伝書鳩がオリーブの枝を咥えて飛んでくるようなものだ。そうなったらブログがもっともっと人々に読まれることになる。うーん、どうだろう。今色々忙しいので身の回りがごたごたするのはやはりちょっと困るかも。いい事ならwelcome なのだが。


【昨日の小確幸】

富岡八幡宮でわらしべを5本も拾った。四つ葉のクローバーといい、本当に何かいいことがある気がする。


※友達にもあげたい。

履修科目の選び方、進め方について会得したことを大サービスで書いてみたい。これを読めば効率よく単位が取れるはず。この勉強方法は武蔵美時代に学友とああでもないこうでもないと様々に議論して編み出した方法。といっても特別な手法というものでもないが、これを知っているのと知らないとでは、単位修得数にも影響が出るだろうと思う。

武蔵美では口コミの他、MIXIの書き込みなども貴重な情報だった。京都造形にもそういうサイトがあるといいと思うが、もしかしてあるのだろうか。面倒で探していないが見つけたらまた書いてみよう。ここ数日NewsPicksにアサインして時間泥棒されていたが、もう飽きてしまった。人数は増えたがGUIやPickerや諸問題は相かわらず。卒論の時間が出来てよかった。

以上、まとめ。
以下、ざっと書いた。

履修科目の選び方やテスト問題の傾向と対策、武蔵美では生徒同士の口コミ情報も大きなポイントだったが、何よりmixiの情報に勝るものはなかった。武蔵美は特に「単位試験修得のしおり」というものが無かったせいで、テスト問題の情報というのは進級にかかわる大問題で皆必死で情報を書き集めていた。私もあそこで何度かお世話になり、お礼にと自分も書き込んだりした。

大学側からしたらどういうスタンスだったのかわからないが、特にコミュニティがなくなることもなく、今も多分存続していると思う。ここを知っているか知らないかでかなり難易度が変わった。日本美術史などここを知らなかったら教科書全部暗記しなくてはならないところだったと思う。そう思うと知識としては簡素になってしまうかもしれないが。

京都造形ではどうだろう。3年次編入のせいか、あまりそういう話は聞いたことがない。「総合教育科目」を履修しなくて済むというのはなんと楽なのだろう。やはり私は3年次生で編入して正解だったかもしれない。おすすめ科目について学友とたまにやりとりすることはあるが、文芸コースのものを全部履修しようと思うと他コースをゆっくり勉強する暇はあまりない。なので聞いても参考にはなるが、まずは文芸コースのものと思ってしまう。

3年次編入でも単位だけでなく、気を付けねばならぬこともある。「学部共通専門科目」は卒業までに12単位獲得する必要があり、これを忘れると大変なこと、卒業できないということになるのだ。

それでも単位取得がプライオリティ的にも一番重要なのは言うまでもない。卒業要件で一番気になるのはまず短指数だ。そこで履修しやすく楽に単位をとる方法を考えた。これは何も袖の下とか誰かのものをコピペなどという邪悪なものではなく真っ当なものなので安心して頂きたい。

まずひとつめ。例えば、「学部共通専門教育科目」の例でいうと、同じ科目のものは一緒にやってしまうといいと思う。「造形基礎演習」は1と2があり、1はデッサン2はコラージュをデッサンとなっている。画用紙などの画材を1で揃えたら、ついでに2もやってしまった方が効率がいいし、手もスムーズに動くと思う。1、2やって一緒に出せば切手代も節約できるではないか。

他には「写真」という科目にも1と2がある。同じ科目を続けて履修するメリットは上記と同じ。

他におすすめな科目として、「日本美術史」がある。これを履修するとしたら、それに類したものは全部まとめてやるといい。「学部共通専門科目」では「日本美術史」があり、これは普通に履修するだけで4単位も取得できるお得科目。合わせてWSの「芸術史講義(日本)」各2単位の授業は1~4もあり、歴史は変わらないので同じ傾向の学習やテストなのだ。「学部共通専門科目」でも「日本美術論」2単位、「日本文化の源流」2単位など、これら一覧をざっとみるだけでも日本文化系が多いので、ひとつまたひとつと全部終わる頃は日本美術史博士になれそうだ。

こんな感じで効率良く履修するのがおすすめだと思う。今日世界史やって明日は日本史などとやっていると埒があかない。日本美術史をやるならガッツリ勉強して、次々と共通した科目を履修するのだ。これぞ王道。通信大学生も8年生にもなると色々思いつくものだと思う。

他には内容で気になる点をいくつか。芸術学科専門教育科目にある「日本美術概論」、これはスクーリング科目なのだが、京都と東京で全然授業の内容が違う。東京は外苑キャンパスで、京都は最終日に学外研修がある。この内容がまた素晴らしく、狩野派丸山応挙を学んだ後に午前午後各二寺院の見学があるのだ。京都の人が本当に羨ましい。

「仏教美術論」も京都と東京で内容が違う。京都は私の好きなガンダーラ美術と西インドの石窟寺院があるが東京はなし。でも東京は阿弥陀如来、薬師如来、千手観音を取り上げるようで、こちらも興味深い。どこでもドアと学校のルールが変わったら、1~2時間目は石窟を学び3~4は如来像の講義、最後は仏教の誕生、ガンダーラ美術とマトゥラー美術について学ぶとかやってみたい。

シラバスを読んでいると、あれもこれもと気持ちが焦り欲張ってしまう。でも卒業までの期限はあと1年しかない。しかも文芸コースを全部受けたいと思っているので、他の科目の授業を受ける余裕はもしかしてないかもしれない。でもひとつくらいは美辞術論の授業を受けてみたい。卒業してから『藝術学舎』で授業を受けるより、スクーリングの方が値段も安いので得なのだ。

他にも気が付いたことがあったらまた書いてみようと思う。


【今日の小確幸】

LINE BLOGの選考が通った。いいの?
※舅の薔薇でジャムを作った。

6月5日に本年度第一回目のテストがあり、そこで文芸演習Ⅱー3と陶芸史を受ける予定でいた。モチベーションをアップさせようと、「単位修得試験受験申込書」に2科目書いて投函。申し込み受付期間は一週間のみ、締切ギリギリに気が付いて出したのだ。そこから文芸演習Ⅱー3をやり、次に陶芸史の課題をやった。

陶芸は得意なジャンルだし、武蔵美時代も陶芸論、工芸論でレポートを書いてテストを受けたことがある。三回目なので楽勝だと思っていたら、まさかの苦戦。日本美術的陶芸ではなく、中国宋時代の窯業が課題になっていたせい。同じアジアといえども歴史も民族も全然違う訳で、ほんの数日でレポートが書けるほど甘くはなかった。陶芸史は置いておいて、文芸演習Ⅱー3のテスト勉強とライターの方の書き書きをする。

以上、まとめ。
以下、通常運転。

来月早々に2016年度第一回目のテストがある。実はすっかり忘れていたが、2016年度の大学の年間スケジュール表を眺めていて気が付いた。そこから慌てて試験の申し込みだけ澄ませ、課題を仕上げた。出来たのは文芸演習Ⅱー3エッセイ。テーマが2つあり、どちらかを選び文章を書いていく。出来不出来はともかく、こうした課題は結構好きで、word を開くとするすると書けてしまう。これもブログをずっと書いていたお蔭だろうと思う。書いて誤字脱字、一度声に出して読んでみてまた加筆修正。3,200字以内ということで、3,104字書いてみた。多分だが、こういう文字数指定というのは、ぎりぎりいっぱいの方がいのではないかと思う。

新聞や雑誌を読んでいると、紙面いっぱいに記事が書いてある。様々な枠の中にはみっしりと文字が並び、多分だがそれぞれに決められた文字数を担当者が埋めていくのだろう。もし32,000字枠に20,000字の記事などかけば、そこがスカスカになってしまう。指定の数字を埋めるということは、実は内容以上に大切なルールなのではないかと思う。そこから書いたものの出来不出来、面白いものを創るということが選ばれる基準になるのではないか。

また香山リカさんの話で恐縮なのだが、講演をお願いした時に「1時間でお願いします」と依頼したところ、彼女は本当にぴったり一時間話をした。私は司会や会場の見守り、逆席でグズる子ども達をなだめたりで忙しく内容はあまり聞けなかったが、話が終わり拍手が鳴ったのがピッタリの時間。一緒に企画した友達に「プロってすごいね」と話し合ったりした。数字というのは大切なのだなとここでも思った。文字数もだが日にちも時間もお金も数字、理系とまでは言うつもりはないが人が作ったわかりやすいルールだ。守ればいいことが沢山ある、頑張ろう。

とはいえ、一昨日からやっている「陶芸史」の勉強はちっとも捗らない。陶芸は得意なジャンルで、武蔵美でも「陶芸論」「工芸論」で両方とも織部や人間国宝などについてレポートをまとめたり、テストも受けた。なので「陶芸史」は楽勝だと思っていたらそうではなかった。分厚い教科書の中には日本美術的陶芸のページも多く割いてあるが、課題に指定されたのは、中国宋時代のもの。p21から31までの10ページにコンパクトにまとめてあるが、目がすべって全然頭に入ってこない。

これ、もしかして武蔵美で難攻不落といわれている「東洋美術史」のジャンルではないのと思ってしまったものだから余計に苦手意識が出てしまった。まさかこんなところでこんな課題に当たってしまうとは。友達に青磁の好きな人がいて、美術館で青磁をみると嬉しそうに観賞しているが、私は今一ぴんとこないということがあった。苦手だけれど、せっかくの機会なので勉強してみることにする。宋磁は青磁に代表されるように、日本にはない酸化コバルトなどで独特のブルーを磁器にまとわりつかせる作品。国が違えば歴史も民族も美意識も違ってくる訳で、このあたりから理解しないとレポートは書けないだろう。

なので10日の締切にレポートは間に合わない。ということでテストも受けられない。テストを受けるにはレポートをあらかじめ提出する必要がある。提出すればテストは受けられ内容や成績については問われないので、とりあえずでも書いて出そうかとも思ったが、それでは大学で勉強する意味がない。せっかく芸大に通っているのだから、文芸だけではなく美術についてもきちんと知識を得たいと思う。

などと言うのは楽だがやるのは大変。ブログや創作などはスラスラ書けるけれど、何かを学んで理解した上でレポートをまとめるというのは本当に苦手。でもこちらこそが「勉強」といえるだろう。私は勉強が苦手なのだ。なのに大学に入学したりして、単位がとれなくて苦労したりしている。「山本容子の作品のような版画をやりたい」というだけで入学した芸大。いったい全体版画はどこにいっってしまったのか。芸大とは一体なんなのか。

それよりも今はやることをやらねば。今日は月曜日で子ども達は2時頃帰ってくるだろう。おやつを用意したり、夕飯の支度や掃除などの時間を考えると、今からなら8時間くらいある。ビバ♡早起き。今日は久しぶりに早く目が覚めてしまった。昨日は朝やりあった以外は平和な一日だった。今日も平穏な1日でありますように。でもエレベーターホールあたりで「ママには内緒だぞ」などという夫の声が聞こえたので、また何かあるかもしれない。窓を開けておいたら聞こえてしまったのだ。私の耳が良いというより夫が油断しすぎるのだと思う。忍者を侮るな。

ところで昨日はUU624PV1356で、まあまあのアクセス。何か記事がヒットしたというより、NewsPicks にチラチラとコメントを入れているせいだと思う。会員数は今どのくらいだろうと調べたら、昨年末に100万人を突破したそう。本当に巨大サービスに育ってしまったものだと思う。せっかくなので以前のようには無理だが、これからも休み休みでもコメントを書いてみようと思った。そういえば昨日、NewsPicks の公式オフに申し込みをしてみた。定員50人ということで100万人中なら自称専業主婦はじかれてしまうだろう。でも当選すれば「やまもといちろう」さんの講演が聞ける。

私はやまもといちろうさんも大ファン。切込み隊長だった頃は知らないが、その片鱗がキラキラしているぐさっとした記事はいつも楽しみにしている。以前はTwitter でもよく絡んでいて、「死ね」とか「カジュアルに死ね」とリプが来るのを楽しみにドキドキしたりした。が、そういうのはbot に対してしかしないと気が付いて、色々ざっくばらんなようでもキチンと考えて発言しているのだわと感心してしまった。cakes の『赤い絨毯』も良かったし、『この国で子どもを育てるということ』や『読書でかしこく生きる』などの対談もよかった。もし当選したら子ども達はなんとかして絶対に行きたい。

※最近課題のために取り寄せた教科書


【今日の小確幸】

久しぶりに早く目が覚めた。

今日からまた課題と仕事と卒制をやる。最近なかなか捗らないまま来月は第一回目のテストがある。それには5月10日までに課題を提出する必要があり、教科書を読みこみレポートを書くタイプのものに着手するには無理がある。そもそも10日はライター業の締切日でもある。10日の仕事を別の日締切のものに変えて、今月の課題は今のスキルで片付くものをやることにした。

同時に卒業も3月から4月へと目標変更。京都造形大学の通信教育は、通学生と一緒に卒業するスケジュールの他に、4月に卒業認定を得るものがある。4月に延長すると、レポートの提出やテスト、それから単位認定されるスクーリング科目がぐっと増える。荘厳なる卒業式に出席したいし未練もあるが、授業や課題を多くこなす方に重点を置くことにした。それが自分の目標への近道になるのではないだろうかと考えた。また気持ちが変わるかもしれないが、その時はその時でまた考えよう。

以上、まとめ。
以下、今日は要点のみ。

GWの中日の今日は私にとってのGD(ゴールデンディ)、誰もいない家をあちらこちら片付けけたり教科書を広げて課題をする予定。10日締切の仕事もあるがこれは10日午前9時に「送信」すればいいので、先に大学の課題をやりたい。大学の課題は10日必着で、8日には郵便局から投函したいのだ。9日に速達という手もあるが、もし到着しなかったらまた色々ありそうで早めに出すことにする。となると今日明日くらいで出来そうな課題が望ましいと考えた。

文芸コースの科目には、ざっくり分けてふたつの種類の課題がある。ひとつは教科書を読みこみ何かについてレポートをまとめるもの。もうひとつは創作したものを書いていくもの。私はどちらかというと、後の方が得意だ。こちらなら2日もあれば出来ると思う。1日で書いてチェックまで終え、一晩寝かせて翌日また読み直して校正するのだ。その後ゆっくりライターの仕事をすればよい。こちらは書くものはもう決まっているので文章を組み立てるだけ。最初は四苦八苦したが、最近はだいぶ楽になってきた。

今週の目標の他に、最終目標である「卒業」についても考えてみた。「卒業に向けて」というお知らせを受け取ってから、3月18日の卒業式に向けた計画を立てていた。入念に単位数を数え、卒業式から逆算して計画したが、ちょっと考えが変わる出来事があった。ブログにコメントを頂いてから色々考えて、そもそも卒業式に参加することが自分に必要なのかと考えだしたのだ。それは行くのが大変だとか経済的な問題もあるが、3月の卒業式を見送ればその分1カ月余分に履修できるのだ。その方がいいのではないかと。



※備忘録代わりにアップ


「卒業に向けて」というお知らせにも書いてあったのだが、それまでに眼中になかったものがよく見えるようになった。1カ月余分に履修しなくても卒業は出来そうだが、それは勿体ないのではないか。そもそも入学した時は卒業式に出席するつもりはなかったのだ。それが何故卒業式に出席する気持になったのかといえば、学友達との話の中で「卒業式に出席してみたい」と思い出したのだ。卒業式に出席したいというムードがそこにはあり、感化されたのだろう。

でも本質的な事を考えれば、その交通費で余分にスクーリングに参加できるし藝術学舎にも行けそうだ。そちらの方が私的には現実的なものではないだろうか。また後で考えが変わるかもしれないがその時はその時、今現在はこちらにシフトしようと思う。今日は新しく届いた教科書を検めたり、資料を整理しようと思う。


【5月TODOリスト】

7日課題投函
10日記事3件納付&小学校イベント手伝い
15日読書会
21日来客&委員会出席
28、29卒制面接指導
卒業を3月から4月に変更
ライターの仕事も締切の違うものに変更
今月は小説ではなくルポルタージュを3万字書く(来週から週に1万字目標月末完成予定)
「こども芸術の村」プロジェクトは助成申請の結果待ち。


【今日の小確幸】

新しい計画を書いたら気持ちが落ち着いてきた。よかった。

「今日はおとなしく課題をやる」と書いたが急遽書かないとけないことが出来たので今日はもうひとつ記事を書く。それはヤマト運輸が受けているハラスメント解決のための話題。


Amazon は送料無料をうたうことで圧倒的なカスタマーの支持を得て規模を拡大してきた大企業。そして私たちは送料無料を当然のように享受しながら生活しているが、それを支えているのはヤマト運輸で実際には毎日配達をしている人々。見ていてかなりな負担ではないかと思っていた。


以前News Picks で「地域の主婦をパートに採用して配達してもらう」というスレッドで、「近所の主婦なんて噂するから配達して欲しくない」というすららの女相談役と、「暇な主婦は噂するけれどヤマトの一員になれば教育されるからしない」という自称専業主婦の私とサイト内でバトルになったことがある。まあどっちもそうだという結論になったが、結局は近所の主婦に配ってもらうというのは実現していないようだ。

今さらAmazon は全品送料無料をやめてプライム会員だけ今まで通り送料無料などと言い出したが、それだってプライム会員が増えてAmazon がウハウハなだけで、ヤマト運輸の配送の方々の負担は全然なくならないと思う。


負担の原因はAmazon だけではない、家に誰もいないところに配送するという都会ならではの致し方ない事情もあると思う。暇な自称専業主婦は最近家でブログや課題をやるためいるが、時には煮詰まりマックや図書館でパソコンを開くし、ママ友と火鍋を食べにいったりする。そういう訳で誰かがいつもいつも家にいるという訳ではない。

在宅者がいないと宅配ボックスに入れることになっているが、これがまあ本当にささやかにしか機能していないのだ。何度かママ友に荷物を渡すために利用したが、午後になればもうBOXはいっぱいでポストに入らない。荷物を持ち帰るのが嫌で、オートロックを解く住民の後ろについて入り込み玄関前に置いたりした。それがボスママなので後で「勝手に入ってきた」などと噂されたのかちょっとその時も空気がおかしかったことがある。もう何をやってもダメな時はダメというか、この人はダメというのかそういうもので、宅配ボックスは役にたたない。

再配達票で再配達をお願いするからいいじゃないと言うかもしれないが、この巨大マンションの立ち並ぶ豊洲にいったい再配達票が何枚必要かということ。Amazonだけでない、再配達ももんのすごい負担になっている筈で、これが解決したらAmazonなんかどうでもいいのではないか。うちのお金がないお金がないとわめいている夫の元にですら毎日のようにAmazon から荷物が届くし、クリスタルガイザーを愛用している私は水は重いからと必ず通販で買う。そうすると最近担当が変わったのか、あの可憐などこかでキャンペーンガールでもしたらいいのにと思うくらい可愛い乙女がニコニコと運んでくれるのだ。すごく申し訳ない気持ちでいっぱい! 重いのに!

なので私のアイデアを無償で公開することにした。本当はお金になりそうと弁理士とごそごそ話したりしていたが、もう色々忙しくなってきたしお金は後からついてくるかもしれないと考えてぶっちゃけることにした。これなら宅配ボックスなどいらないし、再配達はゼロになる。もうヤマト運輸は採用するならお金下さいといいたい。それからAmazon のきつい要求から逃げた西濃運輸も真似するなら対価を要求する。そのお金はそのまま私が高知で「高知こども芸術の村」を普及させ、本当は豊洲が嫌で苛めで弱っている息子の魂を浄化させるための「疎開」の費用にしたいのだ。

暮らすということはお金がいる。芸術にはもっとお金がいるのでパトロンが必要。でも私はどっかのおっさんとか金持ちからお金を貰うつもりはない。そうなるとこの美貌に狂うあほは体とか時間を要求するしブログを閉鎖せよと言うだろう。そんなの嫌だと思う。なので企業がお金をください。

お前の要求はいいから早く策を教えろと言いたいだろうからさっさと言う。それは宅配ボックス以外にどこになら配達していいか、前以てカスタマーに聞けいておけばいいと思う。それをヤマト運輸はカスタマーに義務化すればいい。

例えば貴重品などはどうするか、ならば必ず手渡しか宅配ボックスという項目を伝票にチェックでも入れる欄を作ったらどうか。それでそれ以外のものはアンケートで配達場所を指定してもらう。うちは「いない時は全部玄関前に置いていい」と言っている。でも律儀なヤマトさんは必ずピンポンしてくる。なので居る時は出るのだが、その都度「いなかったら玄関前でいい」と言う。定期購入しているファンケルの青汁などは必ず手で再配達してくれるが、そういう常識を持っている人しかヤマトさんになれないのだろう。私もやっと覚えて毎月1日は予定を入れないようにしている。 

というかそういう小さな心がけをカスタマー全員がすれば再配達問題は解決する筈で、「置いていい場所」を宅配ボックス以外に住民たちがそれぞれ考えるべきだと思う。自治会がお金持ちなマンションだったら一軒に一個宅配ボックスを設置すればいい。勝手にオートロックをすり抜けて入るなと言われればそうかもしれないが、重い荷物をただで運んでくれる人達にそれを言うのは鬼ではないか、ただのイジメ、ハラスメントだと思う。

自分に関係ないから、自分の得にならない事はガン無視というのは豊洲だけでない日本どころか世界中の人達のほとんどがそうで、それが様々なハラスメントの要因にもなっていると思う。Amazon だってわかってやっているが、それは全ての人の便利を提供するという隠れ蓑でそのために苦労して大変な思いをしている人達を見捨てているのではないか。過労がたたって鬱になったり自死したりする人も多いというのはそういう事だろう。なのであの可愛いヤマトさんのために記事を書くことにした。

これは以前武蔵野美術大学の情報システムⅠの第二課題でレポートに書いたもので、以前からずっと考えていた。でもレポートに書いたのは、宅配ボックスのシステムをちょっといじくり、ボックスがいっぱいなら部屋番号を押すと、例えば「ゲンカンマエ」とか「トランクルーム」とか、置いていい場所が表示され、ヤマトさんは荷物をそこに置く。そうすれば再配達の必要もないし、負担は減るわけだ。でも全部それをやるとまた悪用する不届き者が出るかもしれないし、システムを変えるのもいいがそれならいっそ事前に全家庭に聞けばいいと思う。

防犯上どうかなどと言っている場合ではないと思う。外資は日本企業をハラスメントで弱らせる天才、あのスマホの部品がどうとかで日本の小さな町工場が巨大企業Apple を提訴したというニュースと同じ、日本人なら日本人同士助け合わなくては。それにどうせ盗まれたりしても保険があるし、箱の中身は本一冊とか小さなモバイルバッテリーだとかそんなものだろう。その辺に置いておいて全然かまわないものばかりではないか。今日は可愛いヤマトさんが箱が一部へこんだのでと恐縮していたが、中身はペットボトルのクリスタルガイザー、箱なんてどうなっても全然かまわない。

そんなこんなで「不在時の宅配は玄関前」運動をしたらいいのではないか。あの辺りの意地の悪いボスママ軍団はまた変な事言ってとニラニラするかもしれないし、その辺に置いていいなんて信じられないと言い放つ頭おかしいわけわかめな人種もいる筈で、それらはそのままでいいと思う。


でも少しでも「いいよ」という人が現れれて増えていけば再配達は減るはずで、負担も減少する。宅配ボックスのシステムを変える、ボックスの数を増やすということ、再配達を減らさなくてはならないという意味を、もう少しカスタマー側が考えないといけないのではないか。

そろそろハラスメントの本当の原因とか解決策をみんながみんな、考えないといけないのではないか。ヤマトさんの負担が減れば、その分の労力を被災地支援などに流用も出来ると思う。リソースというものは人でもお金でも時間でも有限で、無限と思うところに無理が出来るのだと思う。それは今考えることなのかと言われればじゃあいつなら考えるのかと聞きたい。それは自分の関係ないこと得にならないかもしれないが、周りまわって自分の所に何かいい事が起こるかもしれないし、自分ではなく子どもにラッキーがくるかもしれない情けは人のためならずという奴をこういう意味で発揮させたい。なので出来ることは地域でやろう。

ヤマトさんが苦労して重い荷物を何度も運んでいるのに知らん顔しているカスタマーというのは、イジメを見過ごす豊洲ママ達と一緒だと思う。困っている人がいたら「どうしたの」と聞いて一緒に考える、イジメられている人がいたら「やめなさいよ」と言ってあげる。それが普通の健常な世界だと思うのだがみんなは違うという。変な世界だわあという私を「違う星から来た」などと表現したり。そうだマリさんママ会じゃなく飲み会しようよ。

まあまたあのあたありのマリさん以外の全員の悪口になるので今日はこの辺で。課題も卒論も仕事もちっとも捗りやしない。困った。そう言いつつ今日は息子とIKEAに行こうと思っている。もう半年前から行きたいというか、用事があるのだが行けないでいる。今日こそ行かないと色々間に合わない。わー思い出したそうだったもう今日行くしかない。本当に毎日綱渡りでわけわかめになっている。 


そういう訳でまた長くなったがまとめ。

宅配を無料と思わないでカスタマーが考える。宅配ボックスを増やすかシステムのプログラムをひとつ増やす。部屋番号でどこなら置いていいか表示させる仕組みを作る。でもそれはすぐには無理なので、全戸に「どこに置いていいかアンケート」を実施する。これならプリント一枚で出来る。ネットにそういうページを作ってもいい。でもこれも悪用する人が現れると思うので、やはりプリントを配布する。ヤマトさんは毎日荷物を運ぶので、それと一緒に渡せばいい。説明は不要、説明もプリントに書く。

アンケートの回収は大変だが、新聞と同じで毎日のようにする配達のついでにすればいい。そうだ、新聞配達は勝手に入っていいのに配達員はだめというのはこれもおかしいのではないか。 まずはイジメの温床の街豊洲でテストしてうまくいけば全国でやるというのはどうだろう。イジメの街でうまくいけば他でも上手くいくだろう。本当に意地の悪い人ばかりの街なのだ。

まとめまで長くなったが、そういうことでやればいいと思う。ヤマトさんいつも配達ありがとうございます。うちのは玄関前でいいのでこれからもよろしくお願いします。実現したら報酬もよろしくお願いします。


【今日の小確幸】

いつか書こうと思っていた記事が書けて満足。ヤマトさんに「小さな鹿のチラシ」を渡しておいたので読んでくれると思う。


※これを再配達しろと言うのは最早イジメ意外の何ものでもないと思う。今日はたまたま荷物が多かった、しかもAmazonじゃない私の買ったものばかり。中身は水と食材と子ども達の衣類。左の私の23cmのパンプスが小人の靴のよう。これをいつも運んでくれるヤマトさんに改めて大感謝。

気が早いが2016年度の卒業式のスケジュールが気になった。同時に課題提出はいつまで、スクーリングはいつまで出席可能なのか。最終試験日、その他airU などはどうなるのか再提出はもうないと思うがそれについては。確か昨年度の『雲母』には、卒業年度のかなりタイトなスケジュールが掲載されていた。履修スケジュールをアップしたついでにそれらについても衝撃の事実が判明したので掲載したい。

尚、これらは2016年度『学習ガイド』に掲載されているが、卒業式当日のタイムスケジュールについては記載がないので京都の事務局に問い合わせをした。他にも4年次生ならではの課題の締切など、気を付けないといけないことは山ほどあった。卒業を目指している人は一見の価値あり。卒業式は3月18日土曜日14時から16時、その後各コースで卒業証書授与式があり、謝恩会は各コースの采配となる。Iさん幹事お願いします。 ※後にはないけれど前日に卒業制作発表会と懇親会があるそう。京都のおばんざいが食べたい

以上、まとめ。
以下、長い話。

卒業式に着物を着て行こうと思い立ってから着物が気になって仕方なかった。最初はクリーム色に綺麗な葉や花が散っている小紋を着るつもりでいた。でもこれは買う時に着物だけ買ったせいで、合う帯がない。なにか適当なものとは思ったが、適当なものは全部二束三文で売り払ってしまった。かといって新しい帯を買うつもりもない。買う余裕もないし、いつか何かいいタイミングでさあっといい知恵が飛んでくるのを待っている。どこかでたまたまこれしかないというものが、例えば「たんす屋」みたいなところで見つかるかもしれないし、どこからか御下がりがくるかもしれない。

それより卒業式は訪問着で帯は二重太鼓がいいという意見が一般的なようで、小紋は諦めようと思っている。着物屋もいうし、学友でいつも着物を着ている人に聞いたところ、その方もそんな事を言っていた。「いっそ振り袖を着てもいいかもね」などとさらっと言われて、もしかして若く見られているのかなあ、指輪を左手薬指にしていないせいかなどと虚取る。

それは置いておいて、やはりフォーマルということになる。でも気に入っている訪問着は地味で、子ども達の卒業式にはいいかもしれないが、自分の卒業式となるともう少し華やかなものがいいと思う。子どもの卒業式にでる時は子どもの付き添いだから地味な着物、自分の卒業式の時は自分が主役だから華やかなものとようやく思い当たった。卒業式における主脇役などあまり考えなかったが、ここでも根っこを考えると自ずと答えが出た。ちょっと考えればわかりそうな事がわからない時が私にはある。とはいえ、多分皆そうなのだと思う。

いいアイデアを思いついた。自分の振り袖の袖を短くして、訪問着にすればいいのではないか。私は振り袖をまだ持っている。色々ざあっと処分する時に迷ったがこれは残しておいた。娘が着るかもしれないし、やはり思い出深い着物なので手元に置いておきたかった。 成人式の着物はその時だけでなく、後々までものすごく活躍してくれた。娘時代というのは檜舞台にあがる事が結構多い。結婚式だなんとかパーティだ新年ご挨拶だのと、100回というのは言い過ぎかもしれないが、本当によく着た。クリーニングに一度も出していないと思うが、出せばいつも新品同様の顔をしている。絹100%の着物という民族衣装は本当によく出来ていて大したものだと感心する。着物は今でこそクリーニング屋に持って行けば洗ってくれてパールトーン加工などというものを足してもでも数千円でやってくれる。昔は洗い張りといって、着物を全部解体して洗って干してまた縫い直していたそうで、そんなに洗うひとなんていなかったのではないか。

私の着物も付き合いでクリーニングに出したものもあるが、そうでないものの方が多い。振り袖の袖丈を短くして一度クリーニングに出そう、そして卒業式に着ていこうと思いついた。でも袖をカットしてしまうと振り袖でなくなってしまう、どうしようとまた迷う。でも振り袖ではもう流石に着ないだろう。娘は夫が新しいのを買ってもらうと思う。夫は娘にはお金を惜しまない。誰も弾かないアップライトピアノがそれを象徴している。もう黒くて重くて場所塞ぎで子ども達が弾くとただの騒音になっている。娘は3年間習ったが弾ける曲はそんなになく、途中で間違えるとがんがん八つ当たり的に鍵盤を叩いて終わり。躾が悪いと言われればその通りだけれど、もう処分したいもののひとつ。でもそうすると夫や娘が罵倒してくると思う。多分もうここは私の家ではない のだと思う。※書いて驚いたので太線にしてみた。誰の家なのと言われればここは夫と娘の家。これについては後日書いてみる。

着ていくものの話は置いておいて肝心な話。武蔵野美術大学は知らないが京都造形芸術大学通信教育課程の2016年度卒業式は3月18日土曜日だそうだ。2016年度学習ガイドに掲載があった。当日のスケジュールとしては、14時から卒業式典、約2時間の後16時ごろから各コース毎に分かれて卒業証書授与式が行われるそう。だいたい人数にもよるが文芸コースなら30分程度ではないかという話だった。となるとあの記事で96歳の方が学長から授与されていたのはニュース用の写真のためで、学長が自ら全員に渡すというものではないのかもしれない。ちょっとガッカリだが人数が多いなら仕方ないのかもしれない。もしかして成績優秀者のみ学長が授与してくれるものなのか。でも文芸コースなら中村先生から授与されるのか。だとしたらすごく嬉しい。中村先生というと、「ブログに出てくるあの先生?」と言われるようになった。でも私だけでなく、皆んな大好き中村先生なのだ。でもどうなのだろう、この辺りまた事務局に聞いてみたい。

私は本当になんだかんだと事務局に電話をかける。メールも出すがメールは返事を待つのがもどかしい。今知りたい事は「今すぐ」知りたい。電話というのはやはり便利なツールだと思う。最近友達ともなんだかんだ電話をする。メールだと行違ったりするし、読み間違いもある。メールのラリーになりわけわかめになり、結局何日集合だっけと以前のメールをスクロールしたりが面倒だ。昨日も「何時集合?」とメールが来て、ああ間違えているんだなと思ったので「今日じゃないよ」と返した。案の定間違えたと返信され、私も最近よくやると思った。 忙しい彼女に遠慮していた部分もあったが、もう今は同じくらいに同等だと思うので返事もすごく簡素。でもきちんと通じればいいし彼女はこのあたり全く気にしない人。この場合電話なんかしたら雑談で時間をとられるのでしない方が正解だ。ママ友なんかの場合だと色々面倒なことをするのがマナーの基本、ママ友達というのは時間泥棒でもある。

どうも私は御しやすいと思われがちで、なのであのボスママこのボスママ普通のママ友などにこうい目に遭わされる。そして私がちょっと酷評のような事をいうと、すごく驚いてさあっと村八分にする。じゃあ最初から来ないでよと思ったり。でもそれだと子どものためには良くない訳で、やはりやられっぱなしでニコニコしているくらいでないとダメだったのだと今更思う。そういうママが何人もいて、金八などに「あんただからダメなのよ、頭大丈夫?」などと嘲笑されていても何を言われてもニコニコしているので驚いた。「ねえ、こんな事言われて大丈夫なの?」などと言えば「うーん、大丈夫」とまた笑う。私は金八に「言い過ぎじゃない」というと、はあーという感じで嗤われたりした。きっと金八はこういう風に人に言い続け、彼女は言われ続けていたのだろう。ママ時代だけではない、どの時代でもそういうポジションを確立し生きてきたのだと思う。

こういうのはイジメではなく、伝統芸能的吉本芸なのかなとちらっと思ったりした。誰かを嗤って笑いをとるというやつ、一定の層からは支持されているものでテレビでもずっとやっている。私もドリフは大好きだったが、最近やりすぎちゃう?と思う。若いお母さん達がそうなのだろう、なので子どもがみて真似するのだ。テレビでもお母さんもやっている、なのでやっていいのだと。皆がそれをみて喜ぶのだと。でもやられた方はたまったものではないと思う。第一誰もギャラをくれない。私だってそう、いじめられてもブログを書いても誰からもそういうものはない訳で、そろそろなんとかしたいと思い出した。高知にいったら記事にして誰か買ってくれないか、それを生活費にしたいと書いたが、書いたら本当にそうしてみようと思い出した。まだ時間があるからこのあたりはまた考えたい。

肝心なことを今更だが書きたい。卒業年度は12月25日以降はスクーリング課題の単位が認められない。文芸コースはこれに該当する科目が2つある。ひとつは昨年度やったのでいいとして、もうひとつは履修しても単位は認められない。認めて欲しいならそういう制度もあり、ただし4月卒業ということになり、3月の卒業式には出られない。通信教育学部なのでわざわざ卒業式に行かなくてもいいと思うのだが、京都造形芸術大学通信教育学部、特に今の文芸コースの方々は、卒業式に出る気満々とういか、出て当然という空気がある。武蔵野美術大学は本校が東京にあるが、卒業式に出るとか出たという話はあまり聞かない。

それより卒業制作展の方が話題になりやすい。観に行ったかとか、行こうとか誘われたりした。でも卒業式に関しては、行くか行かないかすら話題にのぼらなかったと思う。たままたそういう学年度だったせいもあるかもしれないし、結束力のある日本画などだと絶対行って振り袖で星先生と記念写真を撮るんだなどという生徒もいるかもしれない。でもこれは多分だが、若い生徒ならではの話かもしれない。武蔵美は働きながら通学している生徒がすごく多かった。もちろん主婦もいたが、様々な事情で大学進学をあきらめたが、通信という道をみつけて門戸を叩いたというか、そういう人達が目立った。そういう人達は大概すごい作品を創り、「才能」を持っている人ないひとの差を見せつけていた。もう努力とかそういうものはあまり関係ないと思わざるを得ないというか。

ということで、まとめの他に「学生ガイド」の該当するページをアップしたい。今からこういうので認識しておかないと色々後で大変なことになりそう。卒業式の着物で悩んでいたが、これらまで知ることが出来てよかった。なんて親切な人と思われるかもしれないが、今はちょっとだけアクセス数を伸ばすために書いたりしているのでただ単にお人よしなだけではない。さあ、読みたまえ。そしてこれをクリックして下さい。ブログ村のIN、OUTという意味がようやくわかった。バナーをクリックして貰うとINポイントがたまってそれがそのままランキングになるらしい。なので読んだ方はこれから「ぽちっとお願いします」この意味もようやくわかった。色々勉強になる、よかった。


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※書き込みする前に写真とればよかった

改めて本年度の履修計画を立ててみた。以前のものは、単位数が足りているので卒業制作だけに注力しようという考えのものだった。残りの文芸コースで授業のあるものを優先する。だがそれならやはり取れる単位はとっておこうと考えなおした。特に通信課題のものもちゃんと取りたい。 

興味のない分野も、勉強しておけばいつか役だつはず。今までもそうだったからこれからもそうだろう。そうやって組みなおすと約40単位になった。通信大学の一年での履修限度はこのあたりかもしれない。他にも在学している間にやりたいことはやっておかなくてはと、創作研究助成金申請書を完成させた。長編小説も書く。

以上、まとめ。
以下、長い話。

改めて、2016年度 4 年次履修計画改訂版を書いてみた。 STの後の数字は 単位数、こんなの誰が見るかと思われるかもしれないが、武蔵美の時はブログを書いている生徒が結構いて参考にさせて貰っていた。この記事も読んで色々気付くことのある方もいるかもしれない。特に授業はなんでもかんでも単位をおとればいいものではなく、総合科目だの専門教育科目だのコース必修だの色々ある。私は総合科目は全く取る必要はないが、年間授業料で学べるので興味のあるものは履修している。

あと一年で卒業というのが恨めしいくらい色々あるが、卒業出来ないと高知に行けないし、その時の経済を圧迫すると思うので必ず卒業できるように気を付けたい。去年は専門教育科目が足りなかったら進級できないところだった。通信なんだからあまりこのあたり厳密にしない配慮も必要なのではないか。武蔵美の学友は1科目落として進級できなかったといっていた。それも自分のコース外の授業だ。そしてそのまま休学している。他人事ながら本当に気の毒に思う。また甘いものでも一緒に食べに行こう。それより京都造形芸術大学に誘ってみようか。それはまた考えるとして新しく考えた履修計画。


【文芸コース】
S1 文芸Ⅲ -1 エッセイ

S1文芸Ⅲ -3 現代小説の前線

S1文芸実践本を作る× 最終日出席できない

S1文芸Ⅲ -4 比較文学× 講演依頼あり

S2文芸Ⅱ -3 トラベル・ライティング×娘発表会あり

S2文芸Ⅱ -4 ストーリーとシナリオ

S2文芸Ⅱ -2 俳句と連句 (2)

T2文芸演習Ⅱ -2 小説を書く大江

T2文芸演習Ⅱ -3 エッセイ

T2文芸論Ⅱ -1 古典文学(和泉式部日記)

T2文芸論Ⅱ -2 批評推理入門(フロイト)

T2文芸論Ⅱ -3 文芸※批評『批評入門』申請して取り寄せる

T2文芸論Ⅱ -5 論文の読み方・書き方


【専門教育科目】あと
4 単不足

T4近現代美術もしくは日本美術史(素描2課題あり)

T2陶芸史

T2造形基礎演習Ⅱ(再提出)


【総合教育科目】※卒業要件に関係ないが余裕があればやりたい


T4
芸術への案内(Yさんお薦めライター記事の練習になりそう)


【卒業研究】


T8
レポート4回提出 4/11 7/13 10/13 12/14 必着

面接 5/2829 8/2728 、口頭試問 2017/1/2829


42 単位(×抜くと 38 単位)
×は予定がバッティングするので多分無理。

こんな風に考えているが、あと21単位取れれば卒業要件はクリアするので、専門教育科目の4単位に気を付ければいいだけ。でもあの造形基礎演習Ⅱ「コラージュでデッサン」は多分合格するだろうから、あと1科目受けるだけにしようか。他にも勉強したい科目がたくさんあって本当に迷う。それから京都造形大学は「藝術学舎」で受けた授業も単位認定してもらえる制度がある。こちらも楽しそうな授業が多くて困ってしまう。これは武蔵美にはなかったシステムで嬉しいものだと思う。元NHKの松平さんの源氏物語や、ろくでなしこさんの浮世絵(春画)の授業などがあった。今年はどうだろう。

久しぶりに多色木版画をやりたいがなかった。代わりにエッチングがある。こういう細い線のタッチが好きで、細密画とかボタニカルアートも大好き。好き好きいってないで自分でさっさと描きたいと思う。高知日記は4コマ漫画を載せるのもいいかもしれない。ブログカテゴリを以前のものは「子育て」にしているが、ランキングトップ10は皆手書きイラストや漫画ばかり。それなら漫画を載せればいいのかと思った。私は漫画も好きで、子どもの頃は漫画家になりたいと思っていた。友達は「もう漫画家になっていると思った」などと言う人もいて、人生色々考えすぎたのかなと思った。もうストレートに生きようと思う。

これからは毎日ブログの他に、文字数は指定しないが小説も書いていきたい。ブロ友がそういう記事をアップしていて私も真似することにする。ブロ友はブログの師匠という人がいて、その人に影響されて色々しているようだが、その人のブログはわたしにとっては難しくてわけわかめ。なので読んでいない。彼女が要約して書く内容を読んで理解している。一日1,000文字書いて長編小説を3作書けば作家になれると京都造形芸術大学の先生に言われたそうで、私も小説家になりたいから慌ててやってみるのだ。

一日1,000文字で何日で書きあがるのか。その前に長編小説の定義について私なりの見解。彼女は卒論を中編と定義し、その文字数より少なければ短編、多ければ長編としていて間違いではないと思うがこう考えたらどうだろう。さっかつなどで各新人賞、文学賞で「長編のみ」などと書いてあるので、そのあたりで文字数を考えたらどうかと思う。例えば卒業すぐの3月31日には以下のような募集のラインナップがある。

3月31日B-PRINCE文庫 新人大賞 227
(第3回)
42文字×32行にて短編(15枚〜30枚)もしくは長編(80枚〜130枚)

小説大賞 50万円


3月31日
MF文庫Jライトノベル新人賞 2214
(第8回)
1ページ40文字×34行の書式で80~150枚

最優秀賞 楯 100万円


3月31日
角川ルビー小説大賞 1枚につき40字×30行の書式で、65枚以上134枚以内。

3月31日
ホワイトハート新人賞 78
(2012年下期)
1枚に40字×40行で85枚〜100枚程度

3月31日
文藝賞 2022
(第49回)
100枚〜400枚

万年筆 50万円


3月31日
幻狼大賞 縦書き1600字(40文字×40行)を1枚とし、80~120枚以内

幻狼大賞 100万円


3月31日
小説すばる新人賞 1423
(第25回)
200枚〜500枚

単行本化 200万円


3月31日
新潮新人賞 1933
(第43回)
250枚以内

特製記念ブロンズ楯 50万円


3月31日
ミステリーズ!新人賞 574
(第9回)
30枚〜100枚

懐中時計 30万円


3月31日
すばる文学賞 1420
(第36回)
100枚程度〜300枚

記念品 100万円


3月31日
ジャンプ小説新人賞 264(イラスト部門含む)
(2012summer)
フリー部門300枚以内/テーマ部門100枚以内

金賞 賞金(フリー部門100万円、テーマ部門50万円)楯、賞状 100万円


3月31日
角川ビーンズ小説大賞 534
(第11回)
150枚〜300枚

大賞 トロフィー 300万円


例えば最初の「B-PRINCE文庫 新人大賞」は、42文字×32行にて短編は15枚〜30枚、長編なら80枚〜130枚と明記してある。ここでいう長編は、42×32×80~130、文字数は107,520~174,720ということになり、あら、彼女の目標15万文字は理に適っている。抜かりが無くてさすがだなあと思った。ともかく私もやってみることにする。単純計算で150日、一年で2作ちょっと書くことになる。確かにこれならなんとかなりそうに思える。私は短編や中編は色々書いたが、長編は書いたことがない。

色々他にもやることやりたいこともあり、しかも家事育児も一応なんだかんだやる時はやっているので忙しい。これに「毎日タスク」をまたプラスすると、今度こそぎゅうぎゅうと身動き出来なくなるかもしれない。でも却って物事がすすむ回転が早くなってくれるかもしれない。こうして色々やりたい事やらなればならない事、夢や希望などがココロに詰まってきたあたりから、ママ友や色々な憂鬱は消えていったように思う。人間暇だと碌なことを考えないというのは、本当だとまた思った。

ゆっくり銀座にでも行きたい、買わないけれど色々ぶらぶらと見るだけで楽しいのだ。「銀ブラ」とはよく言ったものだと思う。それにしても助成金の申請書は何を書いていいのかさっぱりわからない、でも今日こそ完成させたい。小説書きと課題も早速やってみる。さて、やろっと。


【今日の小確幸】

今日はやる気でいっぱい!
 
※出陣だあー

「これで65円なんですね、初めて見ましたよ」と郵便局の窓口の方に言われた。今日は無事第一回目の卒業制作の課題を発送出来た。もう本当に今回は数か月前から早く出したいとハラハラしていたのだ。提出期間が何しろ一週間くらいしかない。期間以外は受け付けしないそう。帰省する前に、期日指定で出してしまおうかと思ったくらい。肩の荷が下りたどころの話ではない、脱力するくらいホッとした。 

こんな日には、いいワインを買って自分にご褒美をしたいと思った。でもこの「自分にご褒美」という言葉、うっかり使ったが実は私は好きじゃない。自分に、ご褒美。自分をすごく卑下した言葉じゃないだろうか。自分を犬扱いというのか、いや、犬は可愛いからいいのだが、私たちは人間で、「ご褒美」など必要ないと思う。例えば誰かに「ご褒美をあげるよ」などと言われたら嫌な気分になるかもしれない。だが今日は本当にほっとして、何か自分を甘やかしたい気分になった。でもやはり「ご褒美」はいらない。上手くいったので美味しいワインで自分を労わりたいと思う。そしてこの感動を早くテキストにしたくてブログを書いている。

今日は後数分後に息子の英語教室に出掛ける。ここはママも一緒に習わないとダメな右脳教室で、親も英語で先生に挨拶する。その後必ずハグをするのだ。たっぷりした体躯の男の先生とも毎週ハグハグ。ハグにもだいぶ慣れた。最近は娘ともハグハグするようになり、ちょっと親子間もいい感じの時がある。夕方遅い時間に出るのはしんどいと思う時があるが、息子がこの教室が大好きで絶対休まない。クラスのご父兄の方々もいい感じの方たちばかりで、世知辛い豊洲生活で私もほっと出来るひと時だ。

でも英語はやはり苦手で、挨拶の後先回のお浚いをするのだが英語がさっぱり出てこない。覚えが早いと思っていた息子もなかなか苦心している。でもたまには挙手したりして、恥をかいたり、恥ずかしがらないことが大切だと先生も言う。でも恥ばっかりで全然上達しない。でももう自分より息子が慣れてくれればいいのだ。私はもう英語で仕事をすることはないと思う。オリンピックで外国人観光客が大勢来日すると言われているが、そういうのが得意な方がボランティアをしてくれるだろう。

それでもたまにというか、銀座で外国人の方に築地はどこかと聞かれる。拙い英語でここは築地じゃない、銀座。築地はこの道をまっすぐ歩いて15分くらい。少し行くと歌舞伎座が左手に見えるので、そこからあと少しなどというと、すごく驚かれる。外国人は銀座と築地がすぐ隣だと思っている人がすごく多い。世界地図的にみればそれはそうかもしれない。今後豊洲に築地が移転したら、築地は豊洲に移転した、ここからバスで30分と説明するのだろうか。

魚市場は移転したが、レストランモールがそのままだが、一体どちらに行きたいのかと聞かなくてはならないのか。そもそも築地が豊洲に移転というが、そのまま「築地市場」なのか、「豊洲市場」に変わるのか。そのあたりそろそろはっきりさせておいた方がいいのではないかと思う。(追記:豊洲市場になるそう)夫は豊洲に越してきたばかりの頃、豊洲に築地が移転してきたら、自転車で美味しいものを食べに行けると大喜びしていた。でも今も自転車で3〜40分かけて築地にいったりしている。私は自転車を盗まれたのでついて行けない。早く買わなくては、でも気に入ったのがなかなかないのだ。もうあの自転車でなければ無くてもかまわない。いつか出てくる気がしてずっと待って1年経った。月日の過ぎるのは本当に早い。

それはともかく、卒業制作課題提出を出来てよかった。541.5g第四種で65円。思っていた値段と全然違った。郵便局に持って行ってよかった。提出物は29ページ23,368字。第一回目の指定文字数は6,000~12,000字、活動成果報告書が800~1,200字。指定数をかなり超えた今回の提出物は、全く新しい作品を提出するため、あらすじや登場人物の設定なども細かく書く必要があるのでこうなった。とはいえ本文が約20、000字になってしまった。多すぎてはダメだろうと、10,000字を提出物とし、残り10,000字を「参考資料」として添付した。

以前、論文研究Ⅰを提出した際に一部抜粋で作品を提出したら、意味がよくわからないものになってしまった。だが完成させて別の課題として提出したところ、高評価だったのだ。なんでも完成させてみないとわからないものだと思う。合評会の作品も、半分書いたところでは自分でも「おもんない」と思ったのだが、最後まで書いたらなかなか良いと思えた。なのでそうしてみたのだが、先生方はどう評価されるだろうか。

それよりもそもそも卒業研究を文字数で区切って書いていくというのは、何か意味があるのだろうか。書く時は一気に書いて全部提出したい。そこから削ったり足したり修正したりした方がいいのではないか。先生達は読むのが大変かもしれないが、卒業研究の面接授業はたった3回しかない。3回目は口頭試問で、先生達から作品について色々質問されるのだそうだ。でも多分、論文研究のようなものを各自コマ割りという形なのではないか。だとしたら形式張らずに最終目標数32,000字くらい最初に書いてしまった方が合理的な気がする。他の生徒もそう思っているのではないだろうか。駅で一緒になった違う学年の人は、毎日30,000字くらい書くと言っていた。私も乗れば10,000字くらいは書いてしまう。出来れば何作品か同時にエントリーして、その中で評価のいいものを卒業研究の成果物としたいと思った。
次の提出は7月13日(水)必着、次くらいに全部書いて出してみたいがどうなのだろう。先生達にとっても指導しやすいのではないか。初めての卒業研究は色々わからないことばかり。それと今回はギリギリ入ったが、次回は封筒がはち切れてしまうと思う。ふたつに分けようか、倍の大きさの封筒に入れようか。先輩方はどうされたのだろう。次も期間内にちゃんと出せるだろうか、気の小さい私は既にハラハラドキドキしている。大胆に見えても実は小心者で、器の大きな人が本当に羨ましいと思う。



※ギリギリ入った


【今日の小確幸】

卒業研究を発送できたこと。もう本当にホッとした。

「ママはね、会社にまで電話してきたんだよ」と憎々し気に夫が朝の食卓で言った。子ども達と私はまたかと思った。そして私が言う。「したよ、一度だけね」娘の夜泣きで大変で、早く帰ってくるといったのに来ないからかけたのだ。もう娘の夜泣きっぷりは酷く、いつ終わるんだろう、赤ちゃんの夜泣き地獄にきてしまった、自分は前世で何を悪い事をしたのだろうと思っていた。その日結局夫は遅く帰って来て、一晩だけ交代してくれた。たった一晩だけ。あとはずっと私が夜泣きに付き合ったのだ。もう夫も娘も捨てたいと思った。

ずっと睡眠不足でふらふらで、夫は帰ってくるとご飯ご飯とうるさい。あの時一度も外で食べてきてくれなかった。空気の読めない人だなと今考えると沸点があがる。息子にはよくよく言っておきたい。この時は訴えるところもなければ交代してくれる人も手伝ってくれる人もいなかった。なのに一回の電話くらいで事あるごとにいつもいつも言う。もうそもそもこの人と結婚したのが間違いだった、でももう通販のように返品交換出来ない。「頑張るママのカンフル剤は、夫からの励ましと評価」なんて言ってみたいものだ。

前置きが長くなったが、大学から2016年度の教材が届いた。小さな段ボール箱の中には、レポート提出用封筒やレポート冊子、そして各シラバス、添削指導評価書など。編入時にはこれに様々な教科書的書籍が同封されていた。もう一年経ったのだと、そして無事四年生になれたのだとしみじみしてしまった。何度も言うが今年は卒業制作を仕上げる大切な年。良い成績をおさめてあの京都の瓜生の本校で卒業証書を受け取りたい。その時はせっかくなので、是非着物で卒業式に出席したいと思う。そう思ってのけておいた着物があるのだ。だが帯は新調せねばなるまい、なんて。


※内容を確認

他の学友のブログなどのぞくと、既に課題に取り掛かっている様子もあったりして少々焦る。早く着手すればそれだけ余裕がある訳で、早めに着手して悪いことは何ひとつない。もうやろう、今日は仕事原稿のチェックがあるので明日からやろう、今度こそ。仕事も課題も余裕ありまくりで一年終えたい。その分卒業制作に時間をかけたい。今朝ラルカジノ2時間のを3回視聴したので満足。パワーチャージしたのでやろう、今からやろうすぐやる。


※昨年届いた教科書的書籍

まずは恩讐の造形基礎演習2の再提出から。評価の公平性に疑問を感じたと書いたが、進級できたので異議は表明しないことにする。それに自分が「デッサンが嫌い」という事を発見できたし、そういう意味では履修して良かったと思う。自由にコラージュしたり絵を描いたりは好きだが、何かを忠実に書き込むとか、細かいディティールを表現するとかというのは苦手で仕方ない。でも文章の表現力に影響もあると思うので、きちんと注意書きの部分を全部直そうと思う。結局書くも描くもアートとして大切な事は同じだ。音楽も造形も然り。

これが終わったら最初の卒業制作を仕上げて提出。みなさん、4月11日がまず最初の締切ですよ。と、いうか、、4月5日から受付で4月11日は必着だ。間違えると大変なことになる。「※受付日以外は一切受け付けません」などと恐ろしいことが書いてある。もうあと一ヶ月切ってしまった。全く新しいものを最初から書いているが、半分出来ている。あとは半分書いてチェックして提出。

最初の締切に提出する成果物は、6,000~12,000字、成果報告書を400~1,200字。入学したばかりの頃はこの文字数に戸惑ったが、ブログを書いているせいかもうなんでもない数字にみえる。数日前に約9,000字のブログを約1時間で書いたし、12,000字くらい楽勝である。こうして考えるとマイブロ部に誘ってくれた学友wさんには感謝せねばなるまい。もうブログなんて二度と書かないと思っていたが、事情を知らない彼女は顔をみると誘ってくれたのだ。

シラバスに書いてある授業内容はほとんど去年と同じ。新しくは「俳句と連句」「ストーリーとシナリオ」の授業が増えた。去年のシラバスはもうボロボロになっている。これも皆に笑われたが、私はスクーリングの時はページを切り取ってて持参している。そして終わると戻す。大学のサイトでダウンロードできるよと言われたが、この方が「勉強した」という気がしていいのだ。冊子より授業中の邪魔にならないし書き込みしやすい。また本年度も千切って持っていくだろう。授業がとても楽しみだ。


※手間が昨年度のシラバス

武蔵美でなかなか単位がとれなくて、通うのにも四苦八苦していたのが嘘のようだ。やはり学校は家から近い方がよい。何かあればさっと行けるし帰って来られる。ともあれ、単位だけはしっかりとって、まずは卒業を目指そう。みんな卒業式一緒に行こうね(*´▽`*)


【編集後記】

友達がお兄さんが最近オープンしたという京都町屋カフェのB&Bを紹介してくれた。新しくてすごく良さそう。忙しくなり過ぎると困るそうで、学友にだけ紹介する。

ブログに散々書いているが、私は昨年の春大学を変えた。理由はいくつかあったが、単純に「大学を卒業するため」「描くから書く」にシフトしたいという理由の他、子どもが小学校にあがるため、「保育」がなくなってしまうというのもあった。幼稚園保育園ならば託しせばその間は子どもの安全が確保される、だが小学校になるとそれがなくなるのだ。なのであまり遠くの大学、平日にスクーリングが開催されるところでは困るのだ。江東区には「げんきっず」なる制度もあるが、朝7時前に出るのはともかく、帰りが夜8時近くになるのは困る。なので近場の学校をみつけて編入した。

近いという基準なら、日本大学の国文学科もあった。ここは市ヶ谷にスクーリング専門のキャンパスがあり、地下鉄一本でいける。しかも駅からすぐ。通学時間を考えると、ベストだと思った。ならば何故またJRに乗り換えて2駅の京都造形大学にしたかというと、単純にカリキュラムが気に入ったのだ。

日本大学の国文学科は「国文学を学び消化」するところ、比べて京都造形大学の文芸コースは、「文学を学びさらに自分で造る」ための授業が充実している。なのでこちらにしたのだが、一年経過してやはり京都造形にしてよかったと思っている。何より世代を超えたガクユウがたくさん出来た。ガクユウ達は時にやさしく、あるいは赤裸々に色々な助言や耳の痛い話もしてくれたりする。それが本当にありがたい、嬉しいことだと感謝している。

社会人やママが大学に通うというのは大変なこと。時間、費用、目的など、様々な事情を乗り越えなくてはならないだろう。特に通信大学というのは、卒業率がとても低いと聞くが、現に武蔵美などは中退した方が多かったように思う。またその気になったら再入学すればいいというが、いったん辞めてしまったら多分もう一度という方は少ないと思う。卒業するにはやはり何より「続ける気力」「やる気」「資本」が重要なのだ。

と、ここまで書いて、先日の「造形基礎1」「造形基礎2」の添削が届いた。「造形基礎1」はB、武蔵美出身とはとてもいえない成績だと思った。「勢いがありイキイキしているが、細かいこととしてはグラスの内側のドット模様が円筒局面に合っておらず違和感があります。」「ドットは重要なアイテムです。」とあった。成程、確かにこのあたりやや省略してしまった覚えがある。

※作品コピーに添削がある


そして「造形基礎2」はD、要再提出だ。ぎゃー‼︎ 最後の最後に出てしまったD。まさかDとは。せめてBだろうと思っていたので驚いた。評価書には、「シルエットは正確に描けているがデッサンとしての完成度が低い」とあった。もっと描き込めば良かった。コラージュについては「伸びやかで良いコラージュです」と割と絶賛に近い内容だった。確かにそう、コラージュは楽しくてどんどん作れたが、デッサンは苦手なので筆がすすまなかったのだ。

総評に、コラージュは短時間で自分のイメージを伝えることができ、楽しく制作できるが、デッサンはとにかく根気が必要で、何度も何度も修正加筆の必要があるとあった。ぱっと閃いたものをさっと作ることが好きな私の性格をも見抜かれた評価になっている。これらの評価自体が素晴らしいと逆に評価したい。

「正確に描くには時間がかかると諦めて描くしかない」とも。デッサンを加筆修正して今度こそ良い評価を目指したい。デッサン力がつけば、作品を「書く」力もつくのではないか。何度も何度も読み返す、校正、修正、加筆。描くのも書くのも結局は同じ力が必要なのだろう。気まぐれで受講した課題だが、新しい発見をした気がした。

日本大学通信教育学部のカリキュラムはどうなっているのだろうか。学部がかなり多い大学なので、もっと多くの科目があるかもしれない。でもやはり「書くために芸術大学に入学」という選択は、本当によかったと思った。芸術大学というと、やはり創造力をつける大学というイメージがある。学ぶことはもちろん必要だが、力を育てる伸ばすには、創造力が必要だと思う。それにはデッサンを描くという地道な根気力も蓄えなくてはならないだろう。ああ、結局こういうところからは逃げられないのだなと感じた。


【編集後記】

昨日ご近所の方から、あの幼児施設が「めちゃいけ」の4時間スペシャル番組になっていたと聞いてたまげた。そんなに宣伝しなくてはならないほど園児が集まらないのだろうか。バラエティ番組をみる習慣が我が家になくて良かったと思った。特にフジテレビは絶対観ない。

「こども芸術大学」のイベントに出掛け、入学説明会のミニ講義にも参加した。入学説明の資料一式も入手。中をパラパラながめた。思えば一年前この分厚い封筒の中味を何度も何度も読み返したっけ、などと悦に入っていると、スクーリング日程の冊子がでてきた。

昨日O先生に、「新しい先生の授業楽しみです」と話した際、まだ色々決まってないなどと言われたが、なんのなんの、科目名も日程も決まっているではないですか。それも3日間。

普通3日間連続のスクーリングというとちょっと怯むが、O先生の授業なら話は別。時々授業の一コマを受けもってみえたが劇場型授業というのか、そのスピード感を楽しんでいるうちに授業が終わる。O先生はなんていうか、エンターテイメント系のお仕事もされているせいかそういところが上手い。ハーバード白熱教室の教授群も、そういう意味で人気なのだと思う。そんな訳でとても楽しみだ。

早速日程表をみながら受けていない授業に丸をする。家族用のカレンダーと自分の手帳にスケジュールを書き込んだ。未受講のものはそんなにない筈と思っていたら、科目が2つ増えた関係で2015年度とほぼ同じくらいのボリュームになりそう。必修科目はクリアしたので受けなくてもいいが、あと一年のうちに文芸コースの授業は全部受けたいのだ。

カレンダーに書き込んで、既に家族のスケジュールが重複するのに気が付く。「パパと娘は用事あり」などと書いてある上に×をして自分のスケジュールを書き込む。どうせ塾のテストか科学技術館のイベントだろう。そろそろひとりで行かせたらどうだ。娘の発表会とトラベルライティングの日程が重なっていて、これは要検討。平日金曜日の授業が2つある、どうしよう。まあ大きくなったしそろそろ子ども達だけで留守番させようと、児童相談所が飛んできそうなことを考えた。アメリカの法律なら即逮捕らしい。そうだ、シッターさんをお願いしてみようか。一度頼んでみたかったのだ。と、夫がみたら無駄使いするなと飛んできそうだ。やれやれ。要検討。

来年度最初の科目は、5月28、または29日卒業制作のための面接指導。これは授業ではないので、ひとりで先生と面談するだけ。つまらない。その次は6月25日~26日のエッセイ、去年受けそびれたので必ず受けたい。そうそう、去年エッセイを受けてしまった人も、担当の先生が代わられるのでもう一度受けてもいいそうだ。武蔵美だとそいう例はなかったが、京都造形はできるらしい。大学によって本当に色々違うようだ。

最後の授業は、1月28、または29日の卒業研究の口頭試問。これに合格すれば卒業を待つだけとなる。卒業式は聞いてみたほとんどの方が京都の本校まで行くといっており、そちらで同窓会のようになるだろうか。楽しみだけれどすごく寂しい。書いていて胸がきゅっとなってしまった。私もまだまだ青いなと思った。

スクーリング日程2016はこちらのページ。一番下にpdfファイルのリンク。
2016スクーリング日程
※文芸コースの日程表


【編集後記】

ブログを書いていたらガクユウYさんよりschooのお知らせが届く。本日14時より「webライティング」の授業があるそう。受けますとも。情報ありがとうございます(^^)/ 「こども芸術大学」の記事は明日アップ。それから昨日の議事録や返信は午後になるのでよろしくお願いします。

本年度最終のテストも終わり、進級要件の単位も無事取得でき、来年度はいよいよ4年生になる。思えば武蔵野美術大学でグズグズした後資金難他をウルトC的策で京都造形大学に編入し1年経過。この1年間の私のやる気とバイタリティといったらどうだろう。このペースでいけば次の春には卒業出来そうな気がする。引き続き油断しないように進めたいと思う。

Yさんがメールで履修計画のようなものを送ってくださったので、私も計画を立ててみた。

2016年度履修計画()は単位数

【文芸コース】

※スクーリング

・エッセイ(2)

・現代小説の前線(2)

・本を作る(2)

・比較文学(2)

・トラベルライティング(2)

・戯曲の新しい科目(2)

・短歌と俳句の新しい科目(2)
※テキスト

・文芸演習Ⅱー2(小説を書く)(2)

・文芸演習Ⅱー3(エッセイ)(2)


【専門教育科目】あと2単不足

・近現代美術(2)

・陶芸史(2)


【総合教育科目】

※テキスト

・芸術への案内(4)


【卒業研究】

・卒業研究(8)面接授業3回


計34単位

これだけ書くのに2時間かかった。この通りにすすまないかもしれないし、途中で違う科目を履修したくなるかもしれない。でも京都造形大学は途中で履修を変更してもいいし、上限がないのでもっと増やしてもいい。気を付けたいのは、専門教育科目をあと2単位必ず履修すること。その他必修科目は全てとれたので安心して好きな科目を履修する予定だ。とはいえ、せっかくなので文芸コースの授業は全て受けようと思う。新しい授業が増えるそうでこちらも楽しみ。

これからの予定は、

2月13日 読書会
3月5日  アジアフォーラム
3月20日  合評会

などがある。文芸コースではないが、2月21日の「こども芸術の村」について
の講演会も参加予定。

https://gakusha.jp/newsarea/tokyo/2688.html

これは文芸コースには関係ないが、子どもの為に美術教室をやって欲しいと言われているので、何かヒントが得られるかもしれないと期待している。教室では、普通に絵を描くだけではなく、コラージュや針を使わない手芸などもやりたい。

その他私的なことでは、役員会最後のミーティングに出る事、作品もってくるの忘れない事、免許書き換え、小学校の保護者会、叔父、Nさん、Mちゃん、Sさんお祝い会、お雛様を出す、ワイン会、習い事の保護者会、人間ドック、息子の友達家族とお出かけ、病院に検査結果、歯科検診、防犯カメラチェック、タイガーに返信、公評会の作品も書かなくては。本も読みたいし、図書館も行きたいし、代官山の蔦屋書店にもいってみたい。そうだヘアカットにも行きたいのだった。

近々読みたい本リストも作ってみよう。こんな新聞折り込みがあったので順番に読むのもいいかもしれない。ほとんどがパブリックドメインのものばかり。今年は谷崎潤一郎もその仲間入りをするそうだ。著作権とはなんと儚いのだろう。長生きしようと思った。


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【編集後記】

毎日ブログを書く「マイブロ部」を発足した。毎日書く仲間がいるというのは心強い、頑張ろう。

(1,296字)

その疑問は地下鉄を市ヶ谷駅で下車し、JR中央線に乗り換えた時に突然浮かんだ。「一時限目のテストって、11時からで良かっただろうか」

京都造形大学のテストは、1時限目から4時限目まであり、一科目受ける人は1時限目か3時限目、二科目受けたい人は、1、2時限目か3、4時限目に受けることになっている。1、2時限目と3、4時限目を受ける人は途中退席は出来ない。もしくは1時限目と3時限目に受ければ退席出来るが、大概の人は通しで受けるだろう。私は本日1科目のみ受けるので、1時限目に申し込みしてある。 説明が下手ですみません。

1、2時限と3、4時限目の間には1時間休憩がある。一日通しの人もいるし、試験監督の職員のランチタイムも必要だからだろう。お昼といえば12時から1時間が一般的で、その時間にお昼休憩となれば、1時限目は10時からでないと辻褄が合わない。

京都造形大学と武蔵野美術大学の違いなどブログに書いているうちに、テストの時間を混同してしまったのではないか。今は9時58分、もしそうならもう間に合わない。でも必修科目のものではないし、もし間違えたとしても来年再受講すればよい。だが、京都造形大学は武蔵美のように継続履修が認められないので、また課題を提出する必要がある。となると、せっかく麻宮ゆり子先生がつけて下さったA評価が消えてしまうのか、それはすごく惜しい。

などと考えながらスマホで検索するが、こういう時に限ってなかなか情報がヒットしない。一体一時限目は何時からなんだろう。やはり11時からなんて変じゃないだろうか。

もうなるようにしかならないと駅近くのデイリーヤマザキでお昼と珈琲を買い、大学に到着した。掲示板に張り出してあるチラシをみると、1時限目は11時からとある。よかった。それにしても何故ネットですぐヒットしないのか。書いてあるところが少ないのかもしれない。色々と勝手気ままに書いているブログだが、もしかして急に確認したい人もいるかもしれない京都造形大学通信教育課程のテストの時間割を私のように困っている人に向けて書いておく。

1時限目11時から12時
2時限目12時から13時
一時間昼休み
3時限目14時から15時
4時限目15時から16時

テストは原稿用紙いっぱいに浮かんだ事を書いた。思いもよらない作品が出来て驚いたがよくある話しかもしれないとも思った。どうも私の書く小説は、時空を移動する話しが多い。意識してこれらを書かないようにしたいと思った。

年度末まであとは学校のイベント、校外の文芸フェスなどのお楽しみのみ。airU科目などでもう少し単位を稼ぎたい気持ちもあるが、少し余裕を残して本年度終了とすることにした。

※イベント予定一覧


【編集後記】

イベントが目白押しで嬉しい。

学部共通専門教育科目の、「造形基礎演習2」が完成した。先日履修した「造形基礎演習1」の続き的科目だ。1はモチーフを作りデッサンするだけだったが、今回はコラージュ作品をつくり、それを鉛筆でデッサンするというもの。コラージュは楽しかったが、デッサンは大変だった。私は絵を描くことが、あまり好きではないと気が付いた。美術だとモノ創りの分野が好きなのかもしれない。

コラージュの語源はフランス語のColler(糊付けする)に由来するらしい。そして、「20世紀最大の造形上の発見」とあった。造形基礎演習1と同じように、シラバスにやり方、注意事項、そして励ましのような言葉があふれていた。テキストをすみから隅まで読んで制作してみた。

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※横尾忠則をイメージしてみた

 コラージュ作品を創るのは楽しく、イメージ通りのものが出来たと思う。だが、その次のデッサンにまた苦しんだ。集中力が続かず、結局3日かけて描いた。もう、しばらくデッサンはいいと思った。もしまたファイン系の美大に入学するとしたら、武蔵美ではなく多摩美の二部あたりに行きたい。多摩美二部は造形のコースがあったはず。京都造形大学は、ファイン系は京都で授業を受ける必要があるので無理だと思う。


※それを鉛筆だけでデッサン

IKEAのリボンの文字が半分書けてないのに今気が付いた!でももう出してしまった。先生が気が付かないか、これはこの人のセンス、とでも思ってくれないだろうか。

ともかくこれで進級要件の課題数は満たしたことになる。造形基礎演習1か2のどちらかが不合格でも、ひとつ通れば大丈夫。課題最終受付の2月10日までまだ日にちはあるが、他の事に着手したいし、しないと締切が間に合わないものがある。

思えば京都造形大学に入学してからずっと締切りに追われて一年過ぎたような気がする。それだけでも大変なのに、途中でブログを始めたり、声のかかるままにライターの仕事を増やしたりした。大変だったが充実していたように思う。

全て終わってほっとした。料金不足にならないよう10円余分に張り付けてテープで貼り、ポストに入らないので郵便局に持って行った。

さて、今回の課題で合格すると今年は43単位取得ということになる。来年は卒業要件62単位引く43単位で、19単位取れば卒業出来る。私だってやれば出来るじゃないかと思った。3日後はテスト、教員相談、特別講義と盛りだくさん。子どもの学校でインフルエンザが流行っているそうで、手洗いうがいを忘れないように、忘れさせないようにしなくては。


【編集後記】

課題後恵方巻を作り、節分そばが食べたいというのでゆで、茶碗蒸しとお澄ましを作った。恵方巻も節分そばもただのコンビニの戦略なのに、世の中の人は昔からのゲン担ぎのように食べている。起源も由来も何もなく、セブンイレブンが売上が減る2月の商戦として考えただけなのだそうだ。海苔巻きを恵方を向いて黙って食べるなんて、もっともらしくて考えた人は頭がいいと思う。今年は掃除が嫌なので豆撒きは禁止。いつまでもいつまでもあちらこちらから大豆がコロコロ出てきてキーッとなる。豆を撒いて柊を飾るのは平安の宮中であったそう。豆だけに豆知識。

※目に刺してあるから「めざし」

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