芸大に通う豊洲ママのblog♡♡♡

カテゴリ: 雑談

どちらに書こうか迷ったのですが、個人的な内容も含まれるためこちらで書くことにします。

本日、香山リカ講演会、開催中止のご案内のために豊洲シビックセンター大ホールで、本来なら開場時刻となる10時より、終演時間まで会場で待機させていただきました。江東区社会福祉協議会の方も大勢いらして、1F、3F、5F受付と、来場が予想される入口でご案内いただきました。事前予約の方には、全員個別にご連絡いたしました。
ネットや新聞などでかなりニュースになりましたので、中止のお知らせが行き届いていたのでしょう。数人の方がいらしただけでほっとしました。しかも励ましにいらして下さったり、遠路はるばる会いに来てくださった方も。わざわざお越し下さいまして、ありがとうございました。お会いできて嬉しいと言って下さり、恐縮の極みでした。

イベント開催は叶いませんでしたが、それ以上に大きな暖かいものが得られたように思います。何よりご支援ご協力下さった関係者の皆さまが、一様にとても残念がって下さいました。お詫びと共に、御礼申し上げます。

また、この記事を最後に、再びこちらのブログ、TwitterなどのSNSは停止させていただきます。また何かの広告宣伝、周知などで必要な場合のみ書きたいと考えます。ですが、しばらくはその必要はなさそうです。

今、振り返って思うのは、今回私がSNSで発信したために起こった事態だとも考えています。チラシもカラフルに目立ちそうに綺麗にできました。著名な方が、あちらこちらでtweet、retweetして下さり、宣伝のために広告媒体にも記事を書かせていただきました。これらは本当に集客に役立ち、このあたりからわっと、予約件数が多くなってきました。しかしながら目にして欲しくない方々にも同時に発信してしまうこととなり、今回のような結果となったように思います。
しかしながら、今後、こういった手法やノウハウを自制する気持ちはありません。逆にSNSは素晴らしいツールだと再認識しました。全く未知の存在に、こんな風に個人的な想いが届くものは他にないのではないでしょうか。

大学卒業を機にSNSを停止したのは、やはり組織に属したという理由もありました。私個人のことならいくらでも発信してかまいませんし、誰に咎められるものでもありません。ですが企業や組織で知りえたことは、守秘する義務があります。そんなの当然と思われるかもしれませんが、そうした事故は後を絶ちません。それを防止するには黙秘が一番いいと考えました。

ですので、本日をもって私個人のSNSは再び停止させていただきます。この春3月31日で終了としました「キャナリーゼゆり子の豊洲日記」シリーズ、いまだにたくさんの方がアクセスして下さいます(カウンター非表示、ブログランキングには登録していません)

いつも読んで下さりありがとうございます。コメントなどもたくさん頂いておりますが、返信せずにこのままご意見として頂戴いたします。

講演を快く引き受けて下さいました香山リカ先生はじめ、ご支援下さいました皆さま、お申込み頂いた方々、本当にありがとうございました。

豊洲こども食堂は、引き続き開催させていただきます。今後も変わらぬご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。

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先回の記事、「みんなありがとう」なんて綺麗にまとめすぎだと思うけれど、ああでも書いておかないと締まらない気もするし終わらないでしょう、正直色々思い出すとふつふつするものはまだあるけれどまあいいんじゃないでしょうか。最後の最後まで「お礼言う気もない」なんてやっぱり大人気ないし美しくない。こんな風に思えるのも京都に出掛けたおかげだわ、色々巡ってすっかり邪気が払われた感じ。 それから辻先生からの助言の影響もかなりあると思う「立つ鳥跡を濁さず」掻き回し過ぎて今更かもしれないけれど、日本の様式美に寄り添い倣うのも大切、京都の芸大を卒業しますからね。

それにしても思うのは、あの大学全体が総大人気ない人達の集まりで、生徒も先生達も事務局も会った人全員変な人達だった。あの中でも普通を保てた私なので〆る時はちゃんとしたいと思う。みんなは私が変だと思ってるでしょう、でも私からしたら豊洲も大学も周りがおかしいのよ。本当に特に大学は特に変な人達の魔窟だった。それはそうかもね、だって私の通った大学は芸大だもの。芸術家は変であることがスタンダード、普通でいてはいいモノは創れない生み出せない場所。

講演会で千住博先生が、「自分の卒業した東京藝大は変な人達の巣窟」と言ってみえて、それらを詳細にまとめた本があるけれど涙無くして読めないし、完読を断念してしまったとも言われていた。変な人達エリートの東京藝大には負けるけれど、京都造形もそれに近いところもあったと思う。

だいたい先生が生徒に「会いたくない」なんて言う?そして「謝りたくない」なんて意地を張ってそのままやめてしまうとか(多分)「一緒に脱出しましょう」と私も書いたけれど本当に驚いた。はあーなんか逆にこっちが負けたって思ったけれど、他にも私の想像にも及ばない何かがあったのでは、そしてぶっちぎるように辞めてしまうとか凄過ぎてドラマみたい。。。

私もこれら他、直接的なトラブルにも巻き込まれ大変だった。日和ってしまったし、でも最後はぼっちビューティ三銃士に戻れたからいい、これからも我が道を歩きましょう。今更だけどおばあちゃんが「あなたは外に働きに出ちゃダメ」って言った意味もよくわかった。私なんにもしてないのにどうして?困るわ。女ポケモン森生ゆり子は誰にもゲットできませんからね!

もし他の大学やコースだったらこんな風にならなかったのかとも思うけど、同じような事は起こったような気もするし、それならこの京都造形芸術大学文芸コースで良かったのかも、貴重な体験もし、小説のネタが出来、勉強になりブログがまた書けた。

改めてすすめてくれた朋輩に感謝、色々とサポートしてくれてるのわかってた。あなたは気高く美しいわ、いつか太宰の墓参りに行きましょうね、ってここでも太宰。うーむ…
   
それにしても卒業できて本当に良かった。卒業式行くか行かないかで悩んだりして私はいい人過ぎる。結局最後までなんだかんだ大学や先生を慮り人が良すぎるしお礼まで言うなんてやっぱりネ申、なのかなあ。結局あの大学色々常軌を逸脱してたのは芸大だからか、そういう意味では私にはぴったりの大学だったかも。あの中では私もなんか頭おかしかったんだと思うけど卒業して時間経過したらなんかさっぱりしちゃった。縁が切れたのは安井金比羅宮のおかげかも、いつかお礼参りに行きます。また呼んでください。一体何をあんなに悩んでいたのか。

でも渦中は勉強の方はこんなだから全然身が入らなくて単位危険水位まできちゃって危なかったし、卒業を断念しようとも思った。綱渡り状態な日々をなんだかんだ過ごしてでもこうしてゴールできたというの、やっぱりすごいと思う。ブログに綴ったおかげで客観視出来て様々な問題も解決したし、しかも同じように弱っていた学友達も私見て立ち直ったみたいだし良かった。でも先生たちにちょっとdisられたくらいでペチャンコになっちゃう学友達、私含めて人がいいにも程があるわよ。大人なんだからなんかあったらその場で言えばいい。なかなか判断は難しいし、先生には意見言いにくいですけどね。頑張りましょう。

そして色々赤裸々に綴ってパクられて一番人がいいバカは私。自分は何も得していない損ばかりで恥もかいて色々色々懲り懲りゴリラよ。

そういう訳で長きに渡りご愛顧頂きました「キャナリーゼゆり子の豊洲日記」シリーズ、この記事を最後に終了とさせて頂きます。

時もタイミングよく年度末、以前も卒業したらやめると告知していたし、でもやはり続けようとも考えたりしたけど、「大学を卒業」という切りのいいところで終了する。このまま続けるにしても芸大も卒業した訳でタイトル的にもおかしいし、でも「芸大を卒業したママのblog」では、「アァン?」という感じになりそう。それにもうママ友の話も書くことがなくなり、今回のブログも途中で大学の話しばかりになって卒業もしてしまった。違うシリーズをとも思ったけれど、ブログって別で書き出すとリンク貼ってもなかなか気づいてもらえないし、「ブログ読んでます」という方たちと色々お話したけれど、今書いているのじゃなくて古いものだったり、芸大シリーズを教えると驚かれたり、他にもありますよとかそいういう色々があったので新シリーズはしない。

それならイケダハヤト師みたいにブログタイトルを変えてこのまま続けたらいいとも思うけれど、このタイトルにはとても愛着があり「芸大に通うママ」という現在形のままにしておきたい。私は自分の書くものや作品が大好きで、ブログもそうだし過去に書いた小説も、時間が出来ると何度も何度も読みかえしたりしている。こんな事書いてるとか、えっ、何書いてるの私!恥ずかし過ぎるでしょとか自分で書いたものなのに新しい発見があったり。あの人が自分の書いたもの全削除しちゃって驚いたのは、彼は自己愛が足りないからみんなにイケズしたのかなとも思った。

だいたい私誰かを羨ましいと思ったことない。確かに聖子ちゃんくらいはじけてる女性をみると羨ましいし、マナラは稼いでいていいなちょっと頂戴と思うし、美人従妹のあゆちゃんくらい成功しているのをみると、一体彼女らと私の何が違うのなんて思ったりはする。でも妬んだり僻んだりはしない、だってそんな事しても仕方なくない?私は私で十分だわと思う。 
   
あゆちゃんは綺麗なだけじゃなく心根も優しく老若男女ファンが多い。彼女は人に好かれるのが上手、私は苦手でむしろ好かれたら損と思っていたところもあり、何故なら大学だって先生に好かれたばかりにこういう事態になり、一体私が何したのって感じ。でも彼女なら上手く対応しただろうな、そのあたりが私と彼女の違いなのかなとも思う。でも今後いい作品を書いていきたいと思ったらタイマンばかり張っている訳にもいかないし、ファンはひとり残らず大切にする。それがきっといい運を運んでくれるのだと思う。「私を嫌いな人は私も嫌い」から「私を好きな人は私も大好き」って。       

それからブログにこれから何か書き続けるとしたらこども食堂の今後やイベントの話になると思うけれど、そちらは専用ブログもあるし新しい食堂の方はそれぞれの方に全面的にお任せすることになりそうなので私が色々書くのは憚られる。 今年「一年の計は元旦にあり」で、豊洲にあとふたつこども食堂をと書いたけれど、今私の考えていることが実現すれば、三店舗どころかもっとたくさん豊洲に誕生することになる。それどころか他の街でもそうなる可能性もある筈で、でも私ひとりがあくせくという事もない。これも新年度になり行政や企業が落ち着いたら声かけしてみたい。

香山リカさんの講演会の告知もこちらでしたいとも思ったけれど、こども食堂のブログ周知だけで十分だと思う。小さな子どもを抱えたお母さんの多い豊洲、逆に人が集まり過ぎて困りはしないかと心配しているくらい。タイトルは「なぜ今こども食堂なのか」だけど、ママ友ハラスメントやイジメの構造についてもお話してもらうつもりでいる。興味あるしみんな聞きたいでしょう。

それにきちんとした媒体で宣伝広告打つ段取りもあり、ここに書かなくても集客は多分困らない。今は人が「集まるか」より「集まりすぎたらどうするか」という懸念があり、予約制にした方がいいのか先着順でカウントするか悩み中。それに香山リカ先生講演の舞台裏なんて書く訳にはいかないし、終わるのにいタイミングだとここでも思う。

ブログってすごいなと改めて思う。書いておけばその通りになるし、不明瞭なこともクリアになる。色々わかって良かった。

そもそもブログ書き出した理由は小説のための下準備だった。 少子化の時代に子どもやその親でひしめく豊洲という街、キャナリーゼという人種や私が小説を書こうと思った理由などをまずは説明し、その上で小説を読んでもらえばより理解してもらえるだろうと目論んだのが発端だった。でも卒業制作終わって思うのは、これらも小説の中で完結させるべきだったということ。読んで説明的なものが多いとしらけるけれど、わかるようにさり気なく物語を組み立てるべきで、それら大学で学んだ今の私なら出来ると思う。著名で読み継がれるような作品などは評論家が解説するし、作家自身はインタビューがあればそれに答えている、そんな感じで最初から小説だけ書けばよかったとも途中何度かは思った。 それが何故このようなものになったのか。なんでもまずやってみることって大切ということなのかもしれない。

版画は逆で、エッチングを手彩色という技法、どうやったら上手くいくのかずっと頭の中だけで悩んで武蔵美にいったけれど、誰も教えてくれなかった。でも「先生教えて」じゃなく自分で色々やってみれば良かったのだ。これは千住博先生の講演で強く思った。千住先生だって様々に悩み試行錯誤しあの名画が生まれたそうで、そんな風にまずやってみれば良かったのだ。その上でトライアンドエラーを繰り返す、そんなものが大切なんだろう。作家のべルゴットは気付いたところでこと切れたけれど、生きていればなんでも出来る。でもこの版画にまつわる小さな疑問から武蔵美に入学し京都造形に繋がりそして、と思うと人生は様々なもので織り成されるドラマという意味で、なんとも感慨深い。
   
豊洲もそうで、約10年住んでママ達みんなすっかりおばさんになった。若作りして遠目だとなんだけど、近寄って話すとそんなあって感じ。新しいマンションに遊びに行くと若くて綺麗な赤ちゃん連れのお母さんたちばかりで、私たちの時代は終わったなんて感じる。でも新世代キャナリーゼたちもかつての私たちと同じようにママ友やそれらの人間関係で疲弊するはず、だったら教えてあげないと。大切なのはアンパンマンの言う通り愛と勇気よ!ママ友なんて幻を追い求めても後に何も残らない、確かなものは目の前にいる子ども家族ですからね!奥さん、お気を確かに。しっかり目を見開いてこのシリーズを隅から隅まで読んでちょうだい。

そのうち小説が紙の本になり、私はママ友研究家とか、ママハラスメント第一人者とか言われて講演したり桐野夏生さんや林真理子さんと対談したり。 なんて日が早く来るといいなと思うんですけれども。 ノリノリで書いていますけど、予定や何かいい知らせがあったとか全然ないですから。ただの暇な専業主婦の妄想です、よろしくお願いします。 

それでもこれが終わりではなく始まりだと思っている。でもともかくSNSはお休みすることにした。

桐野夏生さんはそもそも何もされていないし、林真理子さんは最近やめられてしまった。SNSはやっぱり余計なエネルギーを消費するし、その分は小説を書く方に注力するべきというのは散々言われていたし自分でももうわかっている、そろそろ本当に移行しないと。私はちょっとだけとか、ほどほどにというのが出来ない。やる時は倒れるまで全力を尽くしてしまう、そちらに注力しないと決めるなら一切ノータッチにするしかない。昨日今日とブログ書いてるけど、なんか取り憑かれたように書いてて我ながらクレイジー、私は何もかもが病的なのだと思う、そう、芸大卒だから。こういのって多分治らない、中毒になりやすい気質なんだろう。なので今度はSNSじゃなく小説書く中毒になればいいのではないだろうか。小説というのは何を書いても許される、あんなことやこんな事、何もかも「フィクション」に変容させれば新しい世界が出来る。

それについてこんな文章を書いた。提出はしたけれど採点も評ももらえないそうでつまらない。書いて出して評価もらえたのは大学だからね、でももう終わってしまった。寂しいのでここに公開してみたい。

講座名:文章講座、物語の始め方・育て方
課題(テーマ):講座の受講を通じて学んだこと、得られたことについて800字程度でまとめる
提出締切日:2017年3月22日水曜日必着

本文:この講座を受講して不思議に思い、そして後に納得したのは、「(小説の)主人公は作者に嘘をつく」ということ。以前とある演劇を鑑賞し、その中でも登場人物が「役者は上手に嘘を演じる、作者は上手く嘘を描く」(この場合の作者が漫画家だったので「書く」ではなく「描く」だったと推測する)というセリフがあり、それならば小説家は「上手く嘘を書く」ことになるだろうと思った。ところが今度はその中の主人公までもが「嘘を言う」という。小説の書き手である作者とは、物語の中でもしそれが三人称なら「神の視線」を持つと大学で学んだ。その神をも欺くともいえる言葉に愕然とした。

だいたい人という生き物は嘘をつく動物である。人間以外の言葉を持たない生物たちは、嘘をつかないしそもそもそういう概念がないと思い当たる。と、いうことは、言葉を持ったばかりにおこる人同士のしがらみ。良くも悪くもと言っていいのかどうか、人と生まれたからには誰しも嘘をついた事があるだろう。言いたくない事があれば黙っていればいいのに、わざわざ嘘をついてまで何かを主張する。これはもう人間の「サガ」なのだと感じる。小説を書く、それだけでもう「嘘をつく」という前提だ。

改めて考えると、優れた小説家は皆上手に嘘をつく。ありもしない世界に架空の人物を置いて、そしてさもたった今みてきたばかりという風に作品の中で嘘を語らせる。最近読んだ『マチネの終わりに』などはプロローグに「それぞれの人物を知っている」などと尤もらしい事まで書いてあり、「ここまで嘘をついていいものかどうか」とすら思った。

答えはイエスだろう。なぜならそれが「小説」だからだ。何もかも「小説」に変貌させた途端、嘘はまことになる。『マチネの終わりに』の序章は、作家が生み出したリアル。事実ではないが嘘でもない。なんという素敵で野蛮なシステムだろう、人間の発明したものの中で、もっとも有意義で気高い赦しなのではないだろうか。

それなら私も大嘘つきになってやろう。いくら嘘をついても書いても咎められない、それが上手くいけばいくほど賞賛されるとは、小説家とは不思議な職業だ。向いているのかそうでないのかわからないが、ともかく当代きっての嘘つきになりたい。

私の書く小説の登場人物たちは嘘が上手だろうか、下手だろうか。彼らが嘘をつくのは仕方ない、でも私は騙されない。いずれにせよそこに出てくる者者たちは、魅力的な人物ばかりだと信じたい。
(完) ※一部加筆修正

というか、なんでも発表したい人なんだと自分で感心する。ねえ、恥ずかしくないの?なんて。同じく2,000文字の短編小説も書いたけど、これはここには書かない。歌人笹先生が、「作品はプールしておいて。急に注目されて「何か作品を」と言われても困らないように」って。なので色々書いたものはもうアップしないことにした。ごめんなさいネ。

さてまた話を戻す。SNSをやめる、それは時代に逆行しているようにも思うかもしれないけれど新しい試みともいえる。上手くいかないかもしれないし、情報が得られなくて損した気持になるかもしれないけれど。

今度そういうのをするとしたらどこかの編集者とかそういう人がついてくれて、仕事としてやりたい。門崎先生が「いい編集者に巡り会って」と言ってくれたやつ、これは本当に実現して欲しい夢。出来ればずっと寒竹先生と門崎先生に面倒みてもらいたい、そうしたらいい作品がいくつもいくつも書けるのに。先生達がそういうのを請け負うサービスやってくれないかなあとすら思う。「もう大丈夫、書けますから」なんて言われたけれど、やっぱりひとりでというのは心もとない。でも自分で考えて様々にチャレンジしてみたい。

作家になりたい、強靭にも、健康で美しく、それからやっぱりお金持ちになりたいし、そこから孫正義さんのように基金を作ってみたい。未来を生きる子ども達が安心して暮らし勉強が出来るように、イジメを撲滅するためとかそういうの。本当に豊洲でも大学でも大変だった。子育てどころじゃなくなるし、勉強だってできなくなった。大人の私がそうだから、多感な子ども達はもっとそうだろう。守ってあげたいと思う。

いじめをしている人が自覚ないなんて大嘘、全部全部わかってやっている。これを読んで身に覚えのある人は今日からやめましょう。自分の子どもがやってると気付いてスルーの人もやめさせましょう。その決心はまわりまわって幸せを運んでくれるし逆もまた然りのはずだから。といってもあの人達こそもう病気だから治らないわ笑、期待していません。

さあ今日は3月31日、大学の学生証も今日までだし大学サイトのアカウントも使えなくなる。大学でかかった費用引き落とし一覧をダウンロードしないといけないのに、パソコンを「リフレッシュ」したらブックマークもcookeyも消えてしまった。この山盛りの書類の中からアカウント情報探さないといけないのか、でも今日しか出来ないのでやっておこう。と、思ったら既に私の情報消えていた、二年度めは一体学費いくらかかったのだろう。単位は全部で65 取れていた、よく頑張りました。

そして今日は終わりの日、でも明日からは始まりの日でもある。恩讐の彼方に見えたのは、やっぱり愛だった。私を愛してくれてありがとう、私も世界に愛をばら撒くわ。でも一番は子ども達に、私が卒業したらホッとしたのか素直に甘えてくるようになった。もっと愛情そそいであげなくては、「愛情足りない!」と言っていたし。でもそうやって素直に言えるなんて偉いなあ、お母さんの育て方が素晴らしいのだわと思った。 
   
という事で、それでは皆さま 永らくのご愛顧ありがとうございました。次は芥川賞授賞式の中継でお目にかかりましょう。

キャナリーゼの森生ゆり子は永遠に不滅でーす\(^o^)/



豊洲は今日もいいお天気。

(完)

追記: N先生、おめでとうございます。私も負けませんよ。


一泊二日で京都に行ってきた。本当は二泊三日、出来れば三泊四日にしたかったけど、春の三連休のせいかホテルが空いていなかった。そもそも二泊の予定でとったのに、何を勘違いしたのか一泊しか予約できておらず、同じところで二泊したかったのでキャンセル待ちを狙っていたが、とうとう最後まで空かずじまい。その近くのホテルで割とお得なお値段のシティホテルがあったのでいったんはキープしたけれど、一泊目のホテルの後に別のところに移動する、しかもどんなところかもわからないところに泊まるのは嫌だと結局一泊だけになった。チェックアウトの時も、荷物を取りに夕方行った時もキャンセルが出ていないか聞いてみたけれどダメだった(しつこい!)もうこれは一泊で帰りなさいと何かが教えてくれているんだと思うことにした。多分一部屋くらいなら空いていたんじゃないかと思う。私が予約したのは夫の会社経由だからいちげんさんではなかった、でも空いているだろう部屋を融通してもらえないというなら仕方ないし、でも邦人契約なのに空きがないと言われるなら本当になかったのだろうとか色々考えた。

というのは、タクシーの運転手さんに興味深いことをきいたから。京都に着いてまずは『六道珍皇寺』に行こうとバス停に行くと長蛇の列、バスの一日券の窓口もどこが最後尾なんだろうという混みっぷり。いつも「タクシーはお年寄りと身体の不自由な人と妊婦さんのもの」と口煩い私だけど、こういう時間のない時は別。さっさとタクシーに乗って移動した。そこでせっかくタクシーに乗ったのだから京都の人間関係を色々聞いてみようと思った。京都の知り合いもいるし、大学の先生が京都なので聞いてみてもいいけれど、京都に所縁のある人や京都の大学で生計をたてているひとは京都の悪口を言うはずがない。なので「全然関係ない人」に一度聞いてみたかったのだ。最初は桜はいつ頃かとか「YOUは何しに京都へ」などという話から、だんだん核心に近寄りさくっと聞いてみた。

「京都にいてなんか嫌な目に遭いませんでしたか」

すると一期一会の間柄と安心してくれたせいか、色々と悔しかったこと、一時は人を信じられなくなったことなど色々色々話してくれて、「当時は何度も泣きましたねえ」などと話してくれる。差し障りのない内容のものを紹介すると、せっかく京都にいるからと張りこんで高級懐石を食べにいった。すると京都に長年いたはるお客と自分の料理が全然違ったそう。同じメニューというのは明らかなのに、食材や出来栄えが天地の差があったそう。あとはホテル空いてないというと、「そういう時は御茶屋さんやそういうところの太いパイプがないとあきまへんのや」だそうで、なるほどそういうもんですねと納得したりした。「まあどこも同じですよね」と言ってみたが、最後まで「京都いうんは他とは違う」と言い切っていた、運転手さんの様々なご苦労が偲ばれて、たった一泊二日でも侮らないように足元をすくわれないように気を付けようと思った。はー怖。

そして京都駅から料金1,010円で『六道珍皇寺』へ。ここは前々からずっと興味を持っていて、京都に行くことがあったら絶対寄りたいと思っていた場所。入学したばかりの年、なんの授業か忘れたけど、このお寺に祀ってある小野篁の説明というか紹介があり非常に興味を持った。小野篁は平安時代の公卿(役人)にして学者で文人、歌人でもあり、文武両道を地で行くような優秀な人物、でもそのすさまじい程の天才気質や、清廉反骨、直情な姿勢は『野狂』と呼ばれたとある。そして夜はなんとなんと「冥界」の役人で、そこに通じる井戸を使って夜な夜な閻魔大王に仕えていたそう。ね?面白そうでしょ。詳しくは 公式サイトへ。

小野篁が夜な夜な行っては帰ってくるという井戸、是非みてみたいと思っていたのよ!調べてみると京都駅からそんなに距離もないじゃない、ついでに調べると私の行きたかった他のところもあちらこちら近在している訳よ。大学の「研究発表会」が14時からだからそれまでに色々周りたいと計画。そして京都行の初日から井戸が期間限定で公開しているとあった。スゴイ偶然、小野篁さんが私に「井戸をみせてあげるから」と呼んでくれたような気がした。

朝早いせいか桜の時期でないせいか、門の外から中をのぞくと人気がない。空いているのは大歓迎なので、静かな境内をのろのろと歩く。入ってすぐ右手に小さな建物があり、小野篁さんとその隣に閻魔大王像、京都について初めての祈念なので、京都に呼んでくれたお礼から子ども達のこと、あなたの文才をちょっぴり下さいとか芥川賞お願いしますとか子ども達が健やかにとか後で待つ人がいないせいか、しばらくぶつぶつと色々お願いしてしまった。そこから本堂、といっても普通のお屋敷風な感じの建物で、上がり框からすぐ番台みたいな発券所でその奥がお土産や兼御朱印所になっていた。順路通りに歩いて特別公開の曼荼羅画などを拝見していよいよ井戸を拝見。


小野篁が冥界に降りていったといわれる井戸、近年戻ってくる時に使ったという井戸も発見されたそうで、井戸の横の細い道を奥にいったところにもうひとつ井戸があった。写真を撮りたかったけど、井戸の写真は「縁側からだけ」と注意書きがあったので残念ながらない。こういうのちゃんと守らないと篁さんが見ていて気を悪くされたら困るし。戻ってくる井戸は中に細い管が下に伸びており、その中を小さな電球がずっと続いて奥の奥までみえるようになっていたが、どこまで続いているのか途中で見えなくなっている。本当に地の底まで続いているように感じて感心してしまった。私思うんだけど、小野篁さんは生前は昼間は地上で夜は閻魔庁にいたと言われているが、亡くなった今は昼はずっと閻魔大王に仕え、夜になると地上のこの建物辺りに来ているんじゃないかなと思った。不審者はいないかとか、井戸の辺りを写真を撮った人リストをみてなんかバチをあてるとか。そんな空気を感じてしまった。


 ね?ダメって書いてある。


 六道珍皇寺の入り口、「ここかあ!」と大感激。

右のちょっとしか写ってない黒い建物に小野篁像、閻魔大王像がある。



水琴窟。ひしゃくで水を汲んで下の砂利に撒くと、カラカラコロコロと美しい音色が微かに響きわたる。うーんミラクル。


「黄泉がえりの井戸」の庭全景。左のサンダルを履いて手を洗ってお参りしてから井戸を拝んだ。
      


御朱印をいただく。京都に来て初めて書いてもらう。御朱印だいぶたまったから、閻魔大王に詰問されても天国に行けそうな感じよ♡
   

風情のある提灯。



入口のところにこんなポスターが。上村松園の掛け軸など特別展示もあった。これを目当てに名古屋から来たという方がいて、ビックリしたけどそういえば京都名古屋近かったなと思い出した。私は新幹線ではるばる来たけど、名古屋からだと近鉄特急もあるし、高速使わなくても来られる距離。私はもう違う、今回を逃したら今度いつ京都に来られるかわからない、この二日間気合い入れて行きたいところは全部まわろうと決意を新たにした。   

 公式サイトにも書いてあるけれどこちらにも転載。

「「六道」とは、仏教の教義でいう地獄道(じごく)・餓鬼道(がき)・畜生道(ちくしょう)・修羅(阿修羅)道(しゅら)・人道(人間)・天道の六種の冥界をいい、人は因果応報(いんがおうほう)により、死後はこの六道を輪廻転生(りんねてんせい)する(生死を繰返しながら流転する)という。 この六道の分岐点で、いわゆるこの世とあの世の境(さかい)(接点)の辻が、古来より当寺の境内あたりであるといわれ、冥界への入口とも信じられてきた。

このような伝説が生じたのは、当寺が平安京の東の墓所であった鳥辺野に至る道筋にあたり、この地で「野辺の送り(のべのおくり)」をされたことより、ここがいわば「人の世の無常とはかなさを感じる場所」であったことと、小野篁が夜毎(よごと)冥府通いのため、当寺の本堂裏庭にある井戸をその入口に使っていたことによるものであろう。この「六道の辻」の名称は、古くは「古事談」にもみえることよりこの地が中世以来より「冥土への通路」として世に知られていたことがうかがえる。」

こういうの誰が言い出したんでしょうね。こんな面白い皆の興味をひきそうなことを思いつくのは天才と名高い小野篁さんご本人ではないかと思った。冗談のつもりで誰かにこそっと話したら、面白いとあっという間に噂になった。それをまた面白がって井戸から行くとか冥界はこんな風だったとか即興で話したりしているうちに京の都でも評判になったのではないかしら。小野篁さんの時代は平安時代の前期、有名なところだと紫式部の源氏物語が平安中期だからその少し前、夜になると何も見えない真っ暗な時代の京都の人々は小野篁の話に歓喜したのではないかしら。現代のようにスマホもテレビも山盛りの本も何もなかった頃、こういう不思議なお話物語が人々の心で花開いていたのでしょう、文学っていつの時代も営みの潤いなんだなと感じた。

などと文芸コース卒業生らしき締めで次はそのまま歩いて『安井金比羅宮』へ行った。

何故安井金比羅宮なのか。東京八重洲口のヤンマービルの近くだったっけ、h&mの看板の前にある「京都館」でもらった地図を読みこんでいるうちに、六道珍皇寺の近くに安井金比羅宮をみつけた時は嬉しかった。おおー懐かしい、一回行ったわもう一度みてきましょうか、あれをくぐってい縁をいただきましょう。なんて思ったのよ。本当に歩いてすぐなんですよ。東京から京都造形芸術大学の卒業式に参加するみなさん、是非訪れてみては。
 

「悪縁を切り良縁を結ぶ祈念所」とあり、これですぐ安井金毘羅宮だとわかった。なかったら素通りしてしまったか、わからなかったかもしれない。ともかくすぐわかって鳥居をくぐった。
      


工事中。年度末は様々な予算の関係で、こうした工事が行われるときいたことがある。おきばりやす。


お参り前は手を洗う。左手右手、左手ときておの水で口をすすぐ。      




朝早いせいかまだ人もまばら。

       

単純に岩にお札がびっしりというおどろおどろしいというか人の情念が山盛りというか、多くは多分人間関係の悩み、恋愛などの想いや怨念を目に見えぬ何かへの上申するというね。特にこういうところにきて真剣に祈念するのは大半が女性、なんていうかちょっと怖い感じというか一度みたら絶対に忘れないビジュアルも相まって、こういうの好きか嫌いかと言われたら好き、なのかなあ。若い頃は色々な怨念が自分に降りかかったら嫌とか怖いなんて思ったりしていたけれど、今はそんな事もなく誰か特定の人を思い浮かべることもなく、私たち家族の悪い縁を拭い去り新しい良縁をお授け下さいって感じ。

結婚してしまうと、特に子どもを産むと恋愛の苦労が無くなる代わりにボスママとかなんだかんだ別の悩みが生まれてくる訳で、そうだ「あの辺りのボスママ特にkingofBOSMAMAがもう私の名前や話を一切しないようにしてくださいあの人まだネガキャンやっているみたいなのでウザいですとか、娘をイジメるボス子どっかやってくださいは祈念した。あたりまえやろ?折角来たのに。まあそんな事くらいしか祈念することがないというのは平和だけれど面白味のない人生ともいえるし幸せ、なのかなあとも思った。

独身の頃来た時には、特定の人との縁切りを祈念して新しい恋をなんてお願いした。そういえばそれから別れたい人とはすっぱり縁が切れて、新しい人も運命的に表れたそういえば。その人と京都でなんどかデートしたことを思うと、ここでお願いした意味がちゃんとあったように思えた。本当に私に尽してくれる人で、前のどちらかというと自分が尽す恋愛に嫌気がさしていたのでその点でも願ったり叶ったりだったかも。うん、やっぱりすごくご利益あった。ということは今回もなんかすごくいい事があるはずよ。そういえばアラブの石油王はもう帰ったの?       

もちろん岩の穴にもくぐった。最初にこちら側から向こうにくぐって悪縁を切り、今度は向こうからこっちにくぐって良縁を結ぶということらしい。私がくぐろうと思った頃には黒山のひとだかりというか、グループがいくつもきゃあきゃあやっていたけれど、ちょっとどいてよと言う感じで「ぬんっ」と岩の前に立ったらさあっとモーゼの海のように人が引いてくれた。誰かに写真とってもらおうかと思ったけど恥ずかしいからお願いできなかった。岩をくぐった後は本当になんていうか清々しい気持になれて、心の煤をさっぱりと払い落とせたように感じた。きゃーやったあ、またこの岩をくぐれたわ!大満足よ!と喜び勇んで次の目的地八坂神社へ向かった。

どうしよう、なんかすごいまた長編になりそうだけど、八坂神社から別の記事に分けた方がいいかなあ。だんだんまたマシンがフリーズしだした。ぐぬぬ、じゃあ八坂神社は「神社仏閣シリーズ」ということでこのまま書いて、細雪の舞台「平安神宮」だけ別に書こうかな。

ということで、そこからまた歩いて八坂神社へ。徒歩にして約10分くらい。



着物の人が男女共にやけに多いなー京都だから着物が普段着なのかと思ったら、レンタルで着つけてもらったであろう外国人の方ばかりだった。なんというか着つける雰囲気で日本人か外国人かがわかるものだと思った。多分私たち日本人が中国でチャイナ服をレンタルすると同じような感じになるのかなと思ったり。ともかく八坂神社、京都には何度も来た事があるけれど、八坂神社は初めてじゃないかと思いあたった。

京都に来る時はたいがい車でくる、そうすると八坂神社の前は何度も何度も通ることになるが、車を停めるところがないのでいつも素通り。前を通って清水寺とか祇園とか先斗町に行ったような気がする。お参りしなかった訳は、こんなに立派な門構えの神社、多分中も広くて混んでいてお参りするのが大変と思ったのもあるかもしれない。でも先生のブログに「美人神社」というのが紹介されていて、舞子さんもお参りにくるなんてあった。「もう絶対行く」と決めて、京都観光というか視察というか、周るリストとしてしっかり印をしたのよ。

私は美人が大好き、同じく自分の顔もなるべくなら美人であって欲しい。なぜなら美人は性格も心根もいい人が多い。あの顔採用の先生みたいな例はあるけれど、あの顔は美人というより女狐だわね。姸があってなんか怖いというか怨念がおんねん。ということで本殿にお参りしたのはよく覚えてないけれど、  通称「美人神社」正しくは「美御前社」にて美貌と健康を祈念、健康は大切、健康でないと美人にはなれないでしょ。私今これを書いていて本当に失敗したと思ったのは、ここの御朱印はもらったけれどお守り買ってくるの忘れたのよ。あーもう大失敗。 美人従妹の分も買うと決めていたのにもー!でも御朱印は予め書いてある用紙を買うというもので、これだけ額に入れて飾っておこうかな。      


ぱらりと賑わっています。この「ぱらりと賑わう」っていう表現、昨年の合評会で「こんな表現どうなの」と言われたけど、いい感じだと思うけどな。書いておくと誰かが真似すると思うけど、私が考えたやつだからよろしくね。     

 
京美人のイラストの旗がいっぱいですぐわかった。  


ひとりで来ている人と写しっこした。


この湧き水で顔をなでると美人になると書いてあったので、かなり念入りにじゃぶじゃぶ洗って美髪のために頭からもかぶったらびしょびしょになってしまった。寒くて困っていたところ、更に凍えてしまった。


ビショビショのまま御朱印を頂く。怪訝な顔をされたので「美人神社で頭にも水をかけた」と言ったら「道理でお美しい」なんて言われて京都は観光客慣れしてるなと感心。もしこれが会社とかご近所とかママ友だったら何かちくっと言われるんだろうかと思った。
      


鯛御籤。釣り竿でおみくじを引くようになっている。縁起がいいし子どもがいたらやりたいっていうだろうなと思った。今思えばこれを子ども達のお土産にすればよかったじゃない?わたしときたら本当に気が利かないわ。というかいつも節約節約と思っているから、こういう時にも財布の紐が緩まないんだと思う。これ、10個くらい買ってご近所の子ども達にも配れば良かった。




いつも車でこの道を通っていた。なのでこの三叉路みると「京都に来たー」って嬉しくなる。この商店街も好きで、時間があったらぶらぶらと行ったりきたりしたかった。でも今日は14時までに大学に行かないといけないので割愛。まだその前に行かないといけないというか、絶対行きたいところがある訳で、写真の右手に歩いて1分くらのところにあるバス亭から平安神宮を目指す。いよいよ『細雪』上巻に登場する平安神宮ら臥竜橋を渡り鯉に餌をやりたいとまた急いで移動した。考えてみればこんなに駆け足で京都回ったのなんて初めてかもしれない。

つづく

やっとインフルエンザから脱却できそうな本日罹患5日目、体調はほとんどいいが、医者からもらったパンフによると「熱が下がっても、しばらくはインフルエンザウィルスが残っているため、他の人に罹患させる可能性があります。」とある。5日目までは家にいないといけないそうな。ちょっと外に出たい気持ちもあるけれど、念のためもう1日家にいようと思う。それでなくても家はもう廃墟と間違えられそうな惨状、こでも起きてちょこちょこ片付けたからこれで済んでいるけれど、そうじゃなかったら本当の汚屋敷。夕べは夕べでせっかく子ども達も寝入ったところに夫が遅くに帰って来て、それからまた勉強がどうの片付けていないだのこれやったの(なんかの悪戯)誰だ僕じゃない私じゃないとわーわーやりだしそこから夫のいつものdis節がさく裂し「あの高卒かあちゃんは一体何やってんだよ」とインフルエンザで寝ているとわかっているのに大声でののしりだし、それはいつものことなのでよしとして一体いつまで子ど達を起こしておくつもりなんだろうとイライラすること約2時間、とうとう0時を回ったところで私がブチ切れ、それならもう今夜はずっと起きていなさいとテレビをつけて観たった。そうなると反抗的なやつらは急に寝出して、明日起きられないとかテレビうるさいといいだす。一体全体あんたらが今までどれだけうるさかったかと思うのしかも私インフルエンザで寝ているのに。でもその後せんとくんと一緒に寝たせいかぐっすり眠れて、これはひとりで伸び伸び眠れてしかも寂しくなくていいと思った。

既婚女性と独身女性の美貌の違い、それから子どものいる人といない人と比べ、年齢を重ねるごとに顕著なのは、自分にお金をかけられるかそうでないかは勿論だが、「睡眠時間」や「睡眠の質」も大きいと思う。ひとり暮らしもしくはdinksなんかで自分が好きな時間に眠り、もちろん仕事や勉強で時間制限があるとしても、何も物音もなくしんとした空間で寝られる人と、寝入りばなに怒鳴り声で起き、そこから寝る寝ない早く寝ろだのわんわんやってもー頭に血がのぼっちゃって熟睡なんて出来ない!という毎日かっていうのは本当に健康にも美容にも響くわけ。全く私Twitterの方にも書いたけど、結婚したばかりの頃は一緒に寝ている夫の鼾で夜眠れなくて死にそうだったし、子ども産んでからは夜泣きで寝られなかったし、子どもが小さな頃はやっと早く寝かせたと思ったら夫が必ずバッドタイミングで帰ってくるし娘の受験だとかって帰って来てずっと夜中まで大音量の暴言を聞き続け夫がたまに帰って来ない日があるかとほっとすれば、子ども達は夜中に起き出しキッチンでめちゃめちゃな料理を作ってテレビを大音量で見ている。しかも至近距離に椅子を並べて。何故至近距離化というと私が『テレビは離れてみなさい」という注意に反発しているという。もう何もかも好きにしていいから防音室で眠りたいものだと思う。

また前置きが長くなり、今日は「ご無沙汰のインフルエンザの思い出」などとタイトルして、もう7年前にもなるけれど、夫を抜いて一家でインフルエンザに罹り、息子はあとちょっと発見が遅かったら命が危なかったなどと言われて、あの時は総合病院も今のように「初診料5千円」とか「同じく八千円」とかそういうのもなく、聖路加も24時間365日いつ行っても診てもらえて本当に助かっていた頃、もし今あの状態だったら週明けまで様子などと判断していたら息子は。現に私、土曜日に早朝から発熱したもんだから、なんとなくインフルだとわかっていたけれど、苦しくて起きられずじっとしていた。夫に頼んで病院行くくらいなら死んだほうがマシなどと悶々としていて、人ってこうして生死が決まる時があるなとも感じた。その時聖路加に息子と共に入院したんだけど、もちろん息子だけ入院、聖路加は親が付き添わないと行けないのでインフルエンザのまま付き添い、簡易ベッドは痛くて冷たくて部屋が冷蔵庫のように寒くて夜中震えあがったという話、夜中にこそっと息子のベッドにもぐりこんで息子を抱いて「ああ、温かい」とやっとぽかぽかした話とか色々あったけどまたにする。

その他もう一件書こうと思ったのは、インフルエンザで寝ていてなんか急に孤独を感じて、自分はこの世にひとりぼっちなんだと悲しくなりそのまま鬱になってしまった話も書きたかった。今日起きたら治ったみたいなのでもういいっちゃあいいんだけれど、久しぶりに感じたさめざめとした孤独、あれもちょうど7年前、息子産んだばかりで息子とベッドに寝ていて、家族は家の中に全員いるのに、急に怖いくらいの孤独を感じて死にたくなった時のことを思い出した。家族がいて子どもが二人もいて、孤独なんて冗談じゃないと思うかもしれないけれど、こっちこそ冗談じゃないと言いたい。子どもを産んだからこそ感じる苦悩、それに繋がる孤独、子どもを産んだことのない人にはわからない領域の話だと思う。よく元気アナウンサーが結婚して子ども産んだ途端に様々な理由で自死してしまうけれど、本当によくわかる。もう孤独の穴に落ち込んだら出てこられないのよ。私はこれまた何かのお導きといえば大袈裟だけれど、本当に寸でのところで友達が気が付いてくれて出してくれたのよ。しかも遠くに住んでいる地元の友達。まああの頃はそういう人にじゃないと色々ぶっちゃけて話できなかったから。この時に友達と思い切って出かけた旅行で買ったのがせんとくんのぬいぐるみ。せんとくんの顔を見ると、ボスママやその不愉快な仲間達の事で死ぬほど悩んで苦しくて消えてしまいたいと思い続けた日々なんかも思い出す。あいつら決して許した訳じゃないし今でもそれは続いているけれど、仕方ないなって感じ。でもそのうちなんらかの機会に〆たいと思っている。様子見。

私の数少ない親友せんとくん。

で、すみません本当に前置きが長くなり。

タイトルの通り、例のヤマト運輸の再配達問題ですが、私があの記事を書いてから、ようやくちょっと進展があったように思うので書いてみたい。

ある日いつものようにヤマトさんが荷物を配送してくれたことが考えるきっかけだった。この日はたまたま自分の注文したものが多く、山のような荷物を綺麗な配達員さんがニコニコと運んできてくれた。私はお礼を言って荷物を受け取ったが、今私がたまたま在宅だったからいいようなものの、もし不在だったらどうなったか考えてみた。お節介にも色々聞いてみると、再配達は非常に多いという。宅配ロッカーがあるのにと思ったら、ほとんど午前中でいっぱいになり、再配達防止の役にたたないのだという。

私はとある事を思い出した。以前、普通にママ友グループに所属し、ボスママおよびその腹心達にいいようにされていた頃、私はその当時のボスママ(のちにキングオブボスママが混ざってからはNO.2になった。この辺りの話もまた別に書きたい。こんな面白い話を書くのを忘れていた)に、何かを自宅に届けるように仰せつかった。朝晩バス停で会うからその時でもいいのに、なぜか忘れたが自宅にそれを持って行った。「宅配ボックスに入れておいて」という。で、宅配ロッカーで「配達」の操作をすると、なんといっぱいだという。えっ!と思ってびっくりした。幼児園のバスが行ってしまったばかりなので、遅くとも9時か10時の間だった。

「もう宅配ロッカーいっぱいなんだ、なんか特別な日なのかな」

などと思ったが、後に配達に来てくれたヤマトの方に聞くと、「最近はいつもそうなんですよ」と言っていた。これ、確か娘がもにゃもにゃすぽーつ幼児園の年少組の時だから、2008年、息子がお腹にいた頃よ。そうそう、20008年だった。こんな昔から宅配ロッカーいっぱいで再配達困る問題は起きていたのだ。なのに誰もヤマトの配送の方の苦労も考えず、あっちのAmazonこっちの楽天で好きなように買い物をし、時間指定も市内から昼間に不在の荷物は全部再配達になった。やっと10年の時を経て、

「昼間はもう配達しません」

となっても全然不思議ではない。 主要ニュースはこちら。   
   
あの私が初めてこの問題を投げ込んだ時のNEWSPICKREたちの戯言をここに紹介したい。2012年4月
『Amazon やそのカスタマーからヤマト運輸が受けているハラスメント撲滅のために』    
https://newspicks.com/news/1516695?ref=search&ref_q=%E8%8A%B8%E5%A4%A7%E3%81%AB%E9%80%9A%E3%81%86%E3%83%9E%E3%83%9E&ref_t=top   

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※リンク飛ばないのでスクショしたった。
   
ほとんどが、「再配達問題?」「はあ?」「そんなの企業努力が不足しているだけ」みたいな冷ややかな意見。「宅配ボックスを増やせばいいだけ」なんてのも!それが一年の後、皆それぞれが様々に考えるところがあったのだろう。こんな風に代わっている笑

『ヤマトが昼の配達取りやめ検討 正午から14時、来年度にも』
https://newspicks.com/news/2093742/


昼間の配達をなしにというのはとてもいい。しかしロングランチタイムが働く士気を高めるかというと、それもちょっと懐疑的。働く側からしたら、昼間休憩が長くなる分夜遅くなるとしたら余計な施策ともいえるかもしれない。色々問題は残るが「再配達は大問題」という認識が出来、解決策についても一歩前進ということで本当に良かった。

でも一番の解決策は、Amazonがもう独自に配送システムを作ればいいだけの話。Amazonの中だけで配送まで完結させるということはとても意義があり、Amazonという巨大サービスが更に付加価値を持つことになる。それとあのなんでもかんでもAmazonの段ボールというのも廃止した方がいいと思う。パッキングも厳重すぎて封を開ける時にちょっと引いてしまう。ゴミも大量に発生するし、もうちょっとなんとかならないのかなといつも思う。Amazonとgoogleは大きくなり過ぎたと人々は言うが、だからこそ出来ることがたくさんあると思う。まずは配送部門を作ってくださーい。私も体調いい時はパートくらいしますよ(*´▽`*)

NHKの関係で色々話をして、本物のタワマンとは一体なんなのか自分も興味を持った。思えば豊洲にあるタワマン、昔からあるシエルタワーは何度かお邪魔したことはあるが、他のタワマンは行ったことがない。さすがママ友ゼロだとまた感心してしまった。でも自分の小説を完成させるとか、番組協力のために一度見てみたいと思った。つてを当たってあのタワマンを案内してくれるという人に行きあたった。さすがママ友ゼロだが顔は広くなったものだとまた感心してしまった。

そういう訳で豊洲で一番新しくて巨大なタワマン、確かかなり昔のブログでも紹介したことがあり、その時はまだ建設中だった。探してみたら確かにあった。普通に紹介していた記事の方を貼ってみる。もう一件紹介している記事もあったと思う、そちらには「巨大なママ友製造マシン」と紹介した。多分あのマンションの中で色々苦労している方もみえるのだろうと想像する。「ママ友なんて期間限定のご近所付き合い。あまり深入りせず適当にしたほうがいいですよ。今日のママ友は明日の敵、いったん仲が悪くなると修復は絶対不可能ですからね」

skyz

あの時のブログを読むと、色々と躊躇しながらそおっと書いていたことがわかる。こんな事書いていいのだろうかとか、豊洲のイメージダウンにならないかとか、マンションデベからクレームがきたらどうしようとか。それが今や築地移転の豊洲市場の問題で豊洲はかなりイメージダウンしている。でも住むには便利で楽しい街として、販売されるマンションは全て完売している。もういい加減供給もストップするだろうと思いきや、豊洲公園の前の空き地、以前は横峯式保育園とヤマトの配送センターがあったところ、今巨大な更地になっているが、ここにもマンションが出来るそう。もう本当に豊洲は美味しい街なのだろうと感じた。



夕闇迫る豪華なタワマン。この護岸は水陸両用車が運行する予定になっているが、豊洲市場が難航しているせいでその計画もストップしている。
   


こちらがSKYZスカイズの方。巨大なタワマン。1110戸44階建て地下2階
   


こっちがBAYZベイズと言われる方。SKYZの後完成。BAYZについては豊洲の有名人的なこの人のブログを貼る。


二つのマンションを挟む道路。
   




ロビーってどこのマンションもゲームする子どもしかいないよね。

 
あちらこちらにこうしたスペースが。


マンションの中にファミマがあった。ららぽーとに隣接しているパークシティにはローソンが入っている。TOYOSUタワーにはセブンイレブンが入っているらしく、何か協定でもあるのだろうか。


一階の通路。メインエントランスじゃない出口が気になり案内して貰った。   


西側の出口からはエレベーターで歩道橋に繋がり、ゆりかもめの「新豊洲駅」直結だそう。奥にみえる建物は東京ガスの本社。次の駅は「市場前」となっていて、東京ガスの跡地に豊洲市場を作ったので色々出てくると言われている。豊洲市場やるかやらないか、もう間もなく答え出るんじゃないでしょうか。


パーティルームのひとつ。こういう独立したパーティスペースがたくさんあった。いっそのことここで「豊洲西こども食堂」やればいいと思った。私のこども食堂のコンセプトは「ママ友付き合いで苦労しているぼっち救済」こういう駅や街の中心部からちょっと離れた巨大タワマンは、苦労していそうな人がいっぱいいそうだと感じた。


テラスにバーベキューの出来るスペースが。いつも予約でいっぱいらしい。


ゲームをしている子ども達がいたサロンを裏から見たところ。

   


スタディルームもある。いいですね!使用料は無料のせいか、時々外部の人が入り込み困るそう。えーそんな人いるんだ!豊洲図書館に行けばいいのに。というか、こんなちょっと交通が不便なよそのマンションまで来て一体なんのために。
   


パノラマ写真にしてわかりにくいけど、マンションの中心部が円形のエレベーターホールになっていて、階により使用するエレベーターが違う。卒論で書いた小説にも出てきます。主人公はボスママとエレベーターで鉢合わせをするのが嫌で、わざわざ低層階のエレベーターを使い、非常階段で家を出入りしています。ふふふ、実際ありそうでしょ。


40階くらい?高層階にあるロビー

   

そっからみた景色。レインボーブリッジが見えるから西方面。


綺麗すぎる。

 
南方面。青くみえるのがゲートブリッジ。私はここをドライブするのが大好き、思い出の橋でもある。こんな風にみえるんだと感慨深い。
    
    


広々しています。飲食禁止です。また別のロビー的スペース。こういう場所があっちもこっちにも。
    
    


裏からみたところ。何か注意が貼ってある。


スカイツリー方面、手前にららぽーと豊洲がみえます。東北方面。
    
    


東京タワー方面、北向き。



屋上です。もう絶景すぎて眩暈した。暗くて写らなかったけれど、この反対側の後ろに天体望遠鏡ドームがあった。そうそう、このマンションの天体望遠鏡ルームは「元キャナリーゼゆり子の豊洲にいた時日記」で主人公の住む100年後のタワマンに天体望遠鏡ルームがある設定にしたのもこのマンションをヒントにしたのよ。

"エレベーターの中にチラシが貼ってあります。どうも最上階には天体望遠鏡があり、星を観測するイベントがあるようです。英語なので詳しくはわかりませんが、近々開催されるようです。"
『元キャナリーゼゆり子の豊洲にいた時日記「ママ友は友達?」』なんか初めてお邪魔したのに懐かしい気がしました。

 
         
キッズルーム、ひろおおおおおおおい!真ん中は畳敷き。


壁には大きな黒板が。上半分は素敵なイラスト、下半分は子ども達が自由に落書きが出来るそうです。

 
上層階にあるレストランに。マンションの中にレストランがあるんですよ、すごくないですか。パークシティの上層階にバーがあるのは知っていますがこちらはレストランが。でも豊洲駅からもちょっとあるし、飲食街からも少しあるのでそのせいかも。広い!
    
    


どこに座ってもいいそうです。
    
    


レストランの隣にオープンスペース的な個室が。貸し切りパーティなどをするそう。セレブウ!

    
    


お金持ちの図書ルームって感じね。ここもパティ―スペース。


素敵な絵。ロイヤルブルーが入ると絵が締まるわね。私も今度作品作る時はこの色をどこかに入れよう。カサブランカ、百合の花。ウェルカムゆり子ってことなのね、うんうん。


窓の外が気になる。また東京タワーをパシャリ
    
    


どれも美味しかった。アイスクリームは300円で三つも盛られていた。息子と半分こした。
    
    


どうもお邪魔しました。夜の全景。右端にみえるのは、芝浦工業大学の中高一貫校、この春オープンですってよ。お金かかりそうな私立は子どもを入れたくない。
    
    

 
楽しかった、「なんか別世界観ちゃったね!」と息子。私は脳内をずっとドヴォルザークの『新世界』が鳴り響いていた。
    
    


護岸を挟んで豊洲で一番大きな総合病院「昭和医大江東豊洲病院」最近この辺の人は聖路加ではなくここで赤ちゃん産むらしい。いいなー!私もここで産みたかった!!


ららぽーと豊洲のフードコートからSKYZ、BAYZ方面。燦然と輝くシャンデリアのようなマンション。機会があれば是非住んでみたいですね!どうもありがとうございました。




という訳で、匠大塚にいってみた。春日部の本店は距離的にしんどいけれど、結果的には春日部の方もみに行ってみたいと思ったという結果になった。そもそも大塚家具の御家騒動はニュースなどで見たり聞いたりしていて「匠大塚」が出来たのも知っていた。でも全然興味なかったのよ。だいたいあの接客のせいで欲しくもない高価な家具やパチモンランプを買ってしまったという思い出しかない先代の大塚家具、しかも「匠」ってなんなのダサ藁とも思っていた。どうせ民芸品みたいな高ダサな家具のオンパレード、ブログでdisってやると思ってすらいた。しかし全然違った。値段もそこそこでハイセンスなものが素敵に展示してあった。営業の人はついたけれど、色々説明してくれるけれど営業はしかけてこなかった。なんだか拍子抜けしてしまった感じ。


地下駐車場から「匠大塚」の受付7階まではエレベーターで直通ではない。ずいぶん悩んでうろうろし、1階で違うエレベーターに乗り換え7階へ。地下駐車場B3からは5階までしか行けなかった。7階まではスケルトンのエレベーター。新日本橋ビルすごい。



7階にやっと到着。フロアが広すぎてもったいなくない?
           

「匠大塚」受付。こじんまりとした印象

中はそう広くないけど逆におちつく。インテリアのセンスもいいし、ソファに座って飲物をいただく。もちろん無料。

いちいちスペースが区切ってあるのでプライバシー守られるという印象。これはIKEAの仕切りディスプレイを真似たのではないだろうか。とても好感がもてた。こうやって狭いスペースに家具が配置されているのをみると、自分の家に置いた時のイメージがしやすい。


受付を横からみたところ。一番奥に立っている人が私の担当だった。飲物飲み終わるまで待っててくれた模様。小さな気遣いだがホスピタリティを感じる。やるなおぬしという印象。幼稚舎から慶応だけどインテリアが好きで修行にきてますという感じのイケメンだった。          


いきなり大塚家具らしくない座面がフラットなソファ、スタイリッシュなインテリア!



このクッションカバーすごくいい!ただの黒い革のソファが素敵にみえる♡誰がコーディネートしているんだろうまさかあの匠パパ?と思ったら「商品企画部が全てコーディネートします」だそう。自分の色を消していて匠パパ偉いと思った。


 
グレーのフリルのクッションとスタンドライト。反則すぎるほと私の心をつかんだ。さっきのクッションといい、やり手のインテリアコーディネーターがいるんだろうと感じた。           


全体にほのかに暗く明るい証明、人も家具もインテリアも綺麗に見せている。こういうところもホントのプロが介入していると思えた。照明って大事、舞台女優さんも一番大切にするのは証明さんだと聞く。


シャンデリアいい!コンパクトなスペースに素敵なものがたくさんという見せ方。           


あちらこちら仕切ってあり、見やすい。大きなスペースにどーんという展示は集中できない。


このまま全部家に持って帰りたい。お金持ちは多分こういう買い方をするのでインテリアが素敵なんだと思う。ここでも座面はフラット。座面がフラットなソファはそれだけで新しいデザイン、トレンドアイテムにみえる。           



子どもが暴れん坊将軍卒業したらこういうスタンドライトもいいかも。ママがいたら無理と言われそうな。確かに怒ったらなぎ倒したくなる。
                

     

フリルのスツールとスタンドライトを拡大してみた。このイメージ既視感があると思ったら、あれだ、今はなき「ファンリファイン fine refine」だ!これまた今は無き銀座松坂屋の地下全部が「ファンリファイン」家具店だったころ、用事もないのにいつも覗きにいっていた大好きなファニチャーショップ。小物も可愛くて素敵すぎる者がたーくさんあった。あの時のコーディネーターさんが引き抜かれたのじゃないかと感じた。ビターなフリフリキラキラ感、もっと増やして欲しい。
           


小物も統一感があり、逸品揃い。息子がさわるといけないのでさっと通り過ぎただけ。           



これには本当に感心してしまった。一見普通のオットマン。


なんとベッドになる。


やや幅は狭いが長さは2mある。来客用にいいかも。娘も欲しがりそう。



廊下の窓から下界を眺める。



「俺もう帰りたい」



駐車場を探してビルの周りをぐるぐるしていて見つけたお店。お昼時は長蛇の列ができていた。帰りは空いていたのでお弁当を作ってもらった。予感は当たり、本当に美味しかった。次はお店で食べてみたい。 

そして肝心の「匠大塚」の感想。何も買わなくても駐車券くれたり、接客も無理がなく、なんていうかゆとりがあると感じた。匠パパのおもてなしのスピリッツが進化しているようにも思えた。これで製品がよくてほどほどのお値段なら色々揃えたくなるのではないか。是非春日部にも行ってみたいと思ったし、現大塚家具で久美子さんが苦戦しているのもわかる気がした。

あえてこっちに書くけど、リユースはとてもいいこころみだけれど、伊勢谷さんって顔とスタイルはいいけど本人の芸術的センスはあまり良くないと思う。あの作品は撤去したほうがいい、かなり変。そしてリユース事業、、、うちの脚が二本ない大塚家具で買ったダイニングテーブルは下取り拒否されてしまった。他に傘の割れたヤコブソン(本物)のランプだって買い取れば修理していいお値段で売れるのに、ランプシェードは対象外と電話で係の人に言われた。なんだか他人事ながらMOTTAINAIと思う。本当にリユースのお店をやる気概があるのかと疑問に思ったし、これもうちょっと違う方向に頑張れば会社の屋台骨になるのに。

社長なんだからそういうところしっかり目を配らないとダメ、でも社長は社長の仕事があるんだから、本当のプロを採用して任せるというのも大切。この辺り匠パパは親としては人でなしだけれど、経営者としては本物だと感じた。接客販売をなくすんじゃなく、接客販売も続けてフリーでみてもらうのも可という折半的な営業方針を打ち出すのは無理だったのかなあと今更ながら思った。でもやっぱり私はひとりで頑張っている久美子さんを応援したい。小池百合子さんも森生ゆり子もいつもたったひとりで頑張っています。久美子さんも頑張って、考えて考えて考え続ければ道はきっと開けます。みんな敵だと思ったところから本当の闘い。味方を探すなんてナンセンス、ただしフォロワーは同等に大切にする。多分小池百合子さんも本当の味方なんてゼロだと思ってると思います、私もそうよ!

人の心はコロコロ変わるからココロというの、自分だってそうでしょう?味方は自分だけ、自分が自分を信じていればそれで十分じゃない。
       

なぜ急に大塚家具に行ったのか、それはこっちが教えて欲しいくらい。一昨日一日家にいる日にしてごそごそ片付けたり掃除したり、もうーあっちもこっちも私が掃除しないと掃除する人が誰もいないので、あっと言う間に汚宅になってしまう。ムカムカしながら掃除、後ベッドに寝転んでスマホ、思いなおして起きてブログやメールの返事を書く、また起きてゴミ捨て、などということを繰り返していた。するとなんだろう、Twitterでヤドンを追い混むのも飽きて、まれにゃんが「怒らせてはいけないたった1%の人を怒らせた」なんてTweetしていて、ああ私またやっちゃった、第二の元世界銀行を生みだしてしまうところだったと気がついた。

※いい加減反省せねば(;O;)

落ち着いてタイムラインを眺めていると、大塚家具の広告だったかTweetだったかで、リユース部門を始めますというのがあり、興味を持った。そして大塚家具のアカウントを見にいくと2月10日がオープンとあった。夕方孫正義さんの講演を聞きに行くつもりだったので出かけるついでにみにいってみようと思い立つ。サイトとか色々チェックしていると、例の御家騒動のニュースなども目に入り、そっちも読んでみた。今の社長の久美子さん、色々大変だったのだなとわかった。実の父親に訴えられ、母親にまで法廷で非難されたとある。私も法廷経験者でその時はどうでもいいような民事事件だったので、行っても1分で終わったり、閉廷後裁判官に延々と和解をそそのかされたりと漫画やドラマでみるようなものでは全然なかった。でも久美子さんの場合は証人喚問まであったよう。よっぽどだと思った。

裁判なんて本当に茶番。終わってみるとわかるけど、その時は眠れないくらい心配だし怒りも悲しみも色々な感情でわけわかめになる。特に私は夫に「もう手も口も出さないで」と喧嘩した上での闘争だったので弁護士はついていたけどひとりで戦っていた。この頃から夫と不仲になり、もう敵だと認識するようになった。夫なんていざとなれば敵、そして敵になったらずーっと敵なまま、今でもそう。この2月からしばらくは土日働き平日休みというシフトに勝手に変えたおかげで私が土日でかけられない。ちょうど私が卒業確定したタイミングというのは夫は絶対考えてない、ただの偶然だがよくしたものだと感心する。でもお陰でジャストタイミングで「孫正義育英財団」の基調講演会に堂々と出かけられた。神様の采配だとまた思った。

ということで、久美子さんが色々気になったので大塚家具へ様子見にいくことにした。久しぶりすぎる大塚家具。結婚準備で参考までにと訪れた大塚家具で例の営業の人がついたものだから、なんとなく買わないといけない雰囲気になり大型家具をいくつも買ってしまった。ヤコブソンのパチのランプシェードとかずっと使っていて、早く本物に変えたいと思いながらイライラと過ごした。なんていうか、その場の雰囲気で買ったのであまり気に行っていないし、おまけに高額なのでチェンジもままならないという、なので大塚家具にはあまりいいイメージはなかった。

それが社長交代でぴったり営業がつくスタイルはなくなったという。すっきりした運営方針の大塚家具、興味もあった。

大塚家具は本部が有明にあり、豊洲からはゆりかもめで国際展示場という駅で降りて改札を抜ければ、そのまま大塚家具の入っているビルの入り口。入口が相変わらずちょっとわかり辛い。案内をみつけてみると、3階が受付、5階がリユースのコーナーになっている。そのまま5階にいってみた。




最後にお茶したラウンジの隣にあるキッズルーム


色々な家具がある。


イサムノグチのテーブル、うちにもかつてあった。リユースなら3万ちょっと、
プロパーだと6万ちょっと、かなりお得なのがわかる。


色々みる。これもユーズド


どんどんみる。


広くて泣きそうになる。


プーさんのラグ、欲しい!


大型家具が多い。

相変わらず本当に広い、この広いフロアが3,4,5階とあるので全部みてまわったらへとへとになった。お目当てのベンチチェストはなかった。でも小さな座面の面白い椅子があったので要検討、こういう小さな家具が私は好き。

可愛い💕

最近はカラーボッカーになってしまったので、棚などは目が滑る。ソファも欲しいけど、場所塞ぎだからと夫の実家に引き取ってもらったばかり。確かこれも新婚時代にフクラで買ったもの。いいお値段だったものは我が家からどんどん消えているのに気が付く。最近何か欲しいとなると、IKEAにばかり行っている。IKEAは家具だけじゃなく、インテリアや食器、雑貨など何もかもが揃うしレストラン、スモーの森、イートインで50円のアイスクリーム、最近は食材販売も充実している。朝行って夕方まで遊んでしまうなんてこともザラ、しかも駐車場は無料。IKEAが日本に来て、大塚家具だけじゃなく日本の家具メーカーはめっちゃ苦戦しだしたというのは素人の私でもわかる。
               


一枚板というの?たくさんあった


ウィリアムモリス


疲れたからお茶して帰ろう
   

雪のせいかお客さん少なかった


振り返ればキッズルーム


オープンスペース的な


ダストボックスとトレイ

   
玄関横のスペースにも展示が。夜は仕舞うのだろうか。

昨日ざっくり読んだニュースなどと今回の視察で思ったのは、このままでは赤字は続くのではないかと思った。まず第一に特徴がなくなってしまった大塚家具、ただの売り場面積が広いだけの家具店になっている。私が結婚する時にみにきた時と製品は何も変わっていない、もしかして先代が仕入れたものそのままなのではないだろうか。だとすると追い出された筈の先代がめっちゃ得したことになる。世の中トレンドが目まぐるしく変わる、家具もそうだと思う。だとしたら、匠パパは久美子さんに古いものを押し付け、今の時代にマッチしたものを買いなおせたということにならないだろうか。今回みて回ったもので一番目を引いたのはソファとテーブル、このソファが昔ながらの皮のもこもこと私は呼んでいるが、今こういうデザインのものを欲しがる若い人はいないと思う。座面がフラットなものが今は主流、もこもこソファはニトリの製品と間違えられそうで買うのは躊躇してしまう。    
   
あと、昔は大は小を兼ねるということで大きい広いはもてはされたけど、今はミニマムや断捨離がキーワード、なるべくコンパクトに暮らそうという層が増え、家具はどんどん必要ないものにすらなりつつある。私も以前記事かSNSに書いたが、白いカラーボックスを愛用している有様で、娘も真似をしてカラーボックスを使い出した。これは極端な例だが、今大塚家具で販売されている家具が時代や有明をはじめとした湾岸に建つマンションの住民に受け入れられるかというのは難しい問題だと思う。例えばIKEAなんかだと、狭すぎる2LDKをショップ内にこしらえ、狭い空間でいかに家具や雑貨を配置して楽しく暮らすかという提案や、同じように狭い子ども部屋、キッチンをどうするかなどインテリアデザインが消費者を「狭いながらも」と安心させ夢を見せる。それが「今」やこれから家庭を築く層に受けているんだと思う。大塚家具はその逆をいっている。

それから「匠大塚」が好調なのは、先代の人脈だけなのではないかと思う。そんなんであの売り上げがと思うなかれ、高級路線のものはポット出の一般人はあまり手を出さない、セレブはセレブ同士助け合うもので、様々な雲の上の人脈が決起すればあのくらいは優に販売できるだろう。社員も何人かあちらに行ったというのは、昔の大塚家具のやり方で顧客を持っていた従業員が向こうについたのではないか。お得意さま係というのは三越さんでも未だにかなりの人数がいて、そいいう係のついた顧客というのはいるいらないではない、お買い物というレジャーを楽しむ。そういう買い物ごっこを楽しむなら、誰かついていないとつまらないみるだけということになるだろう。

だからといって今有明にある大塚家具がそれをやったらどうなるか。ある程度はもしかして数字があがるかもしれないが、あまり期待できない何より「もう接客販売しない」と言った手前信用を失うかもしれないし、それを嫌う私のような層からは二度と訪れてもらえないかもしれない。

ならば何もすることはないかというと、そうでもない。私ならという前提だけど、色々やってみたいことがある。

まず、今の3フロアを2フロアにする。3フロアもあると全部みるのに時間がかかりしかも疲れる。だったら必要なところだけみればいいと思われるかもしれないけれど、家具なんてめったに買うものじゃないからショップに行ったら隅から隅までみたいもの。それでも欲しいものがなかったという敗北感は気持ちのいいものではない。出来れば楽にさっと見渡せて、すごく素敵なものがあったけどどうしよう、ちょっと高いけど買いたい、でももうちょっとよく考えたいという想いが残るのが一番いい。それには全館内をセンスのいい空気やイメージで包み込む必要がある。大塚家具は昔から思うけどその辺りざっくりしすぎのような気がする。

やはり家具は今やファニチャーだし今の若い人からしたら装飾品でもあると思う。こんな部屋に住みたいとか、お洒落さを真似したいというのは女性なら雑誌やテレビでみるたびに思うと思う。でもIKEAやニトリがいいとは私は思わない。IKEAの家具はすぐ壊れるし、ガタがきて寿命が非常に短い。十年保証とうたっているけど、それまでにユーザーは飽きて買い換えるだろうという目論見があると思う。現にIKEAで買った大型家具を移動させようと夫と一緒に押したら、あっという間に全損した。本当にメキメキ音をったてて我ながら崩れたので、夫も私も打ち身と怪我をした。どこかに写真があったはず。もー今思えば訴えれば良かった。それに比べると大塚家具で買ったものは12年経過しているがどこもガタがきていない。これは大塚家具がいかに信用を大切にしているかということになるだろう。

※すみません、またちょっと用事が出来たので続きはまた。

ここまで書いて、あっちもみていないのにいい加減なことは書けないと思ったので別記事に続きを書いた。匠パパは親として人でなしだけれど経営に関しては本当のプロ、このパパの影から脱却し、「大塚家具」ではなく「久美子ファクトリー」をオープンするような気概がないと経営立て直しは難しいと感じた。
   
結局久美子さんご本人には会えなかったけれど、側近の方がわざわざ喫茶スペースまで私を訪ねて下さり驚き挙動ってしまった。色々お話出来て満足、どうもありがとうございました。今は大変な時期だけれど、頑張って欲しいとますます思った。

   
追記:リメイク、リユース事業やるならこういうのもやって欲しいです。今のままだとまた苦戦すると思います。

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大胆に「ここにしかない」もの、女性社長ならではのアイテムを揃えるといいのでは!広告塔にするなら伊勢谷さんより今話題の蜷川有紀さんがいいと思います。家具を決めるのは家庭内においては結局女性ですからね。


昨日所用で東京駅八重洲口近辺を歩いた。目的地までの道すがら、ブラブラしていて京都館というのをみつけた。なんとなくあるのは知っていたが、今日はなぜか人当たりの良さそうな紳士が入り口でニコニコしている。ニコニコ係なのだろうか。世知辛い東京には珍しい、近寄ると寄っていけという。なので入館してみた。

中は広く、京都の銘品から観光案内のパンフレットまで、もちろん地図もあった。もうガイドブックいらないし、お土産買い忘れたらここで買おう。


はっ∑(゚Д゚)うちも出さなきゃ

胡粉ネイル!これスゴくいいのよ♡

和蝋燭が好き

京都っぽい

パンフレットがたくさん!

娘が好きな桜の塩漬け🌸買うの忘れた。

これこれ!京都駅でもらうつもりだった。

これで京都行きの準備も整った。あとは行くだけ。青春18切符は有楽町駅で売ってる。コーヒータンブラー忘れないようにしよう。京都のスタバで記念に何か買おうかな♡

ここを出てすぐ外国人観光客に道を聞かれる。今日はなんとかビルの場所を教えてくれというので、googleマップで出してあげたらスマホでスマホを写メして去っていった。なんかすごいわと思った。それにしても私は外出すると必ず誰かに道を聞かれる、ということは東京の人にみえるのだろう、そして優しさとか癒しのオーラが出ているんだろうと思った。内面て外に出ちゃうものネ♡

もうすぐ春ですね

追記:おばあちゃんからバレンタインのチョコが届いた。そうか、バレンタイン…あっしには関わりのない事で…

おばあちゃんはモロゾフが好き。仲良しの店員さんがいるんだろうな

ある日いつものようにダラダラしながらFacebookを眺めていると、青木かのさんの記事がタイムラインに流れてきた。なんでも新年会を月島スペインクラブでやりますというものだった。私は青木かのさんとFacebookで友達になったのは昨年の7月頃だったと思う。以前の記事にも書いたが、息子が出演する『みんなのミュージカル ホンク!』というのの広告宣伝係を誰にも頼まれていないけど勝手にしていたので、あちらこちらにポスターを貼ったりチラシを置いてきたり、江東区区議会の議員さん全員に「観に来てください」とDMを打った。それらは本当に様々な反応だった。返事も何もなしスルー、用事があり行けないというもの、でも応援しているからとホンクの記事をリツイートしてくれた方、自分のブログに記事を書いてくれた人、当日観に来てくれた方々、同じマンションで何度も顔を合わせているのに全スルーの議員さんもいて、トヨスアモーレは観に行くのにこっちはスルーかと、まあいいけど。私は人の名前は覚えられないが、こういうのはしっかり覚えていて、もう今私の中では応援する議員さんスルー議員しっかり分けている。でも選挙ってそういうものだと思う。何かの拍子に向かい合うことが出来た、それをおざなりにされたら投票なんかしないし労わってもらえたと感じたなら票を入れるでしょう。

上記のうちで用事があっていけないけれど協力しますといってご自分のブログにホンクの記事を書いてくれたのは青木かのさんだけだった。音喜多駿さんはお知らせしたけど無反応だった。小池百合子さんで忙しくなったのはわかるが、豊洲の一大事なのに冷たすぎるなあと思った。奥さんの方はみにきてくれたからそれに免じてこのくらいにする。それはいいけれどちゃんと記事にしてくれたのに私は大感激して、そこからFacebookでフォロワーになり色々読むようになった。

青木かのさん、本当にパワフルで逞しい方。あの細い体のどこにそんなエネルギーを蓄えるんだろうと感心してしまう。毎日街頭にたち、あちらこちらの勉強会政調会イベントに参加してSNSにアップしている。「ブログすごいねえ」などと感心してもらう私だけれど、私はただの引きこもりのネット弁慶。ずっと部屋の隅でパソコンに向かい指を動かしているだけなのでそんなにエネルギーは必要ない。それに比べて。

そしてある日、「月島スペインクラブかあーパエリア美味しそう。一度行ってみたいと思っているのよね」とかのさんのFBをニラニラ眺めていると、ぽーんとMessengerが届き「よかったらいらしてください」とかのさんからメッセージが!クルミドコーヒーのイベントといい、私がその時一番興味のある食べ物とセットでやってくる福音、クルミドコーヒーの夕べは煮込みハンバーグ、かのさんの新年会はパエリアだった。行きますとも!

そういう訳で馳せ参じた月島スペインクラブでの新年会。美味しくて楽しくて時間があっという間に流れた。最初自己紹介があった時のためにとスピーチを考えていたが、こういう時はマイク周って来ないというマーフィーの法則。せっかくなのでここに貼り付けてみたいと思う。

「こんにちは、キャナリーゼの森生ゆり子です。月島のお隣工業地帯にタワマンが立ち並んだもんだから自分達をセレブと勘違いする馬鹿の集合地帯豊洲からきました。ボスママやその不愉快な仲間達に村八分にされてそれを小説にするために大学で勉強していますがこの春卒業します。今はプロニートの星専業主婦ですが、卒業後は芥川賞をとるので扶養家族抜けます。どうぞよろしくお願いします」 

私までリア充みたい♡

叶姉妹ならぬ「かの姉妹」です(=´∀`)人(´∀`=)

うん、間違いなくスピーチしなくて良かったかもですね!

新年会に参加する方々は、月島大人倶楽部というののメンバーらしかった。ざっと見る感じでは、青木かのさんの友達25%、支持者が25%、かのさんラブなおっかけ25%、あとは大人倶楽部だから、そして私のような飛び入りという構成だった。料理も素晴らしく美味しく、特にパエリアは文句なし。飲物は赤と白が私の好きな大きなワイングラスがいくつも用意され、ノンアルコールやスタイニービールなどと至れり尽くせりさった。デザートまで美味しかったー



ぼっち参加の私にかのさんはじめ皆さん色々話しかけて下さるが、「いいですいいですぼっち慣れてますんで」と、会場の隅に勝手に席をつくり、ひとりで人間ウォッチングをしたりSNSしたり写真をとったりと、いつも通りの私だった。

次は二次会!となったが、先日の明治神宮から蔦屋書店巡りの日と同じく、お腹がいっぱいになったら眠くなってしまい、後ろ髪を引かれながら帰途についた。ああ、もう夜遊び出来ない体になっちゃったんだろうか。

家に帰るとお猿ちゃんが飛びついてきて、帰って来て良かったと思った。歯を磨いて一緒にベッドに入るとぽかぽかで、気が付いたら朝だった。何もかもが幸せな一日。こうしてかのさんの記事も書けて良かった。選挙始まったら豊洲地区は任せて下さい!でも私といるとボスママからの反発があるかもしれませんよ。ゆり子政治の世界はわからないしだからとっても怖いの。

そういう訳で参加された皆さまかの様、仲良くして下さりありがとうございました。とっても楽しかったです!また呼んで下さい\(^o^)/

みんなで応援しよう!
中央区議会議員 青木かのオフィシャルサイト http://www.kanoaoki.com/
Facebook https://www.facebook.com/kano.aoki.1
Twitter https://twitter.com/kanoaoki?ref_src=twsrc%5Etfw
インスタhttps://www.instagram.com/kanoaoki/
ブログ「青木かの月島日記」http://ameblo.jp/kano-aoki/
お猿ちゃんのミュージカルを書いて下さった記事はコチラ
「まさに"みんなの"ミュージカル」http://ameblo.jp/kano-aoki/entry-12187348482.html

昨日は久しぶりに一日中遊んだ。夫が家にいるので遅くなっても無問題。ウィンドーショッピングして美味しいもの食べてぶらぶらしてちょこっと飲んで帰ろうと目論んだ。でもヒールの靴が仇になり足が疲れてしまい、しかも食べ過ぎてお腹が苦しくなり普通に帰った。運動不足で体力がもたないのかもしれない。


お久しぶりの明治神宮。独身の時に夫と二年参りに来て以来だから、約13年ぶり!!


並ばなかったけど看板の前でパシャ    


先頭の人は朝4時に並んだと聞いた。
   

「境内から出てください」とアナウンスがありダッシュでお参りに向かう
      

みんな足止めされてる

 稀勢の里土俵入り奉納1時間前くらい

明治神宮100年記念で屋根をふきかえるそうで銅板を奉納。これをみてセレブデブがまた真似すると思われ。銅板に書き書きしていたのでゆっくりできた。宮司さんが写真をいっぱい撮って下さり満足。



稀勢の里が宮司さんたちと建物に入って行った

「YOUは何しにの人ですか?」「いいえ違います」でもタレントさんのよう

    ビーフシチューセットをご馳走になった
    彼女は豚の角煮的なセット

 ラフォーレの角に小さな箱みたいなお店が可愛い!
娘ちゃんに見せたい喜ぶだろうな


ラフォーレ前の交差点。ここら辺は変わらないわね。

「PASS THE BATONがあるわよ!」

「丸の内と品揃えがちょっと違うわね」

 根津美術館まさかの閉館。ゆっくりし過ぎた・・・

ミュージアムショップだけ冷やかした帰り


友達の友達のお店に連れて来てもらった、聖林館

まずは乾杯。ハートランドの生

  しし唐とトマトのなんとかってやつ

まずはこれって東京カレンダーに書いてあったやつ 


彼女は本当にタコが好き🐙なのよ


マルゲリータ


マリナーラ


デザートと飲物サービスしてくれたよ
   
 今日は中目黒蔦屋書店へ

 その後代官山蔦屋に移動。こちらの方が落ち着く

 代官山の方はガイドブックも種類がたくさん

友達が「これよくない?」と持ってきてくれたガイドブックに千住博大先生の屏風絵公開の記事が!混むだろうな、でも是非観に行きたい!

まったねー

一昨日終わった第四回こども食堂のあれこれ、あちらは公式ブログなので書けないことをこっちに書きたい。とはいえ「豊洲こども食堂」で検索すると、こちらのブログがヒットするようで、そこからリンクをたどってこども食堂ブログに行くのだと何人もの方に教えてもらった。いつもの通り新規の方とか初見のママさんたちに「これよかったら読んでください」と蒼い鹿の名刺を出すと、「ああこれ読んでます」などと言われ「あ、ああ、そうですか」と顔が赤くなるということが何度もあった。「ふふん、読んで驚くな」と思っていたのにこっちが驚かされたという。

ブログがヒットしているという事なのでいいのだが、やっぱり恥ずかしい!!あれもこれもそれも全部読んだ?ねえ、こども食堂のところだけだよね?他は読んでないよね読みにくいから、と念じてみたり。でも先日初期の123を削除したのでNHKざまあと思っているけれど、やっぱり読まれてなんぼじゃない?小説の方は卒業祝いで『キャナリーゼの憂鬱』を公開してみた。

これもねえ、もう10年も前から書き出して、書いては閉じて叱られて話題になりと色々だったが卒業制作でやっと完成できた。大学入ったばかりは「もうママ友の話はダサい、違うものを」と思って色々アイデアを出して書き散らかしたら大学の先生一年目という馬鹿に嫉妬されて嫌がらせされてそのせいでN先生もうフランスに帰っちゃうくらいの事態になった。もうあの馬鹿あのまま置いておいたら「ほらみたことか」という事になるからみててごらん。それにしても豊洲も大学も「たったひとりの敵対してくるバカのせいで組織や街ぐるみを敵にまわすことになった」というのはとても興味深いと思う。

そしてまた前置きが長くなったが「第四回豊洲こども食堂」の話。もう四回目、まだ四回目。でもだいぶ慣れて手順もやり方もだんだん定型化してきた。今回準備はほぼ私ひとりでやったんだお。また「お」になったオモシロ。一時間野菜を刻んてくれる人、それから食堂オープン前に来て下さる方がいらしたけれど、その時はもう何もかも作り終わっていて、「カレーの味が決まらないからりんご入れてみよう」とか、「コンソメの素あったら良かった」などとギャーギャーやっていたけれど、当初考えていた「私ひとりでもやってみよう」というのが出来て、これはこれでなんだか嬉しかった。大きなお鍋にカレーを作り、ひとりふたり来るお客さんとママ友同士の悩みを話し合ったり、一緒にカレーを作ったり、なんて。

でも蓋をあけたらたくさんの支援や子ども達も集まり、本当に良かったと思う。「こども食堂」というパッケージとはいえ、「ママ友で悩んでいるお母さんのシェルターに」という理念も江東経済新聞さんが上手くまとめてネットにあげてくれて、今はもうママ友同士でくるお母さんたちは誰もいなくなった。代わりに子どもはお友達同士でオーケーのせいか、いっぱい来てくれるようになった。ひとりで来る子も一緒にカレーを食べたり、ちょっと居心地悪そうな子はフォローしたり。うんうん、いい感じいい感じ。

それから今回食器を使い捨てのお弁当箱にしてみたら、洗い物が少なくなり楽だったのでずっとこうしようと思う。多少お金はかかるが、疲れてしまっては楽しくないし、ボランティアの方だって洗いものばっかりは大変だと思う。そもそも私、来てくれた人とカレー食べたり話をしたりして、オープンの半分くらいはそんな時間。もくもくと働いてくれているボランティアさんに甘えていると思った。そして今回、ぽつーんとひとり食堂で準備をしていて、もう今日はボランティアさんもお客さんも誰も来ないような気がした。息子が早く来たはいいが、乳酸菌飲料を勝手に飲んだり「俺の友達誰も来ない」と大騒ぎをしていて、余計に不安は加速した。

なので今日ある筈の英語クラスのお母さん達に、終わったら来てと声をかけて貰った。もらったというのはそのグループはLINEで繋がっているが、私は「LINEなんて絶対やらん」という迷惑な信念のせいでグループに入っていない。何か連絡することがあると、そのうちのひとりにお願いすることになっている。あー書いていてすごい迷惑な人って気が付いた。どうしよーあちらこちらからもLINEやれやれ言われていて、でももう3回くらい失敗したから嫌なんだよ。SNSって私的にはスタンドアロンで楽しみたいもの。

FACEBOOKだって友達ゼロでやりたいと思って友達申請全部断っていたくらい。でもネットストーカーがFACEBOOKにすごい嫌がらせの友達申請や「知り合いかも?」のところに信じられない写真を貼ったものを並べまくってきた。さすがIT企業がらみの人、こんなことまで出来るんだと思ったが、私も対抗して「普通の知り合いの友達申請を全受付」という対応策で乗り切った。そして今ここって感じだけど、なんかタイムラインも賑やかだし色々なニュースが知れて良かった。「ピンクパンダ」もFacebookしていなかったら知らないままだった。

悪い事をする人っているんですよね!私だって多分人からみたらこのブログも悪いって思う人がたくさんいるだろう。でもその人が何もかも悪い人かというと、家族思いだったり時々近所のお年寄りには親切にしたりということもある。でも悪い事は悪い、例えば私をイジメたボスママだって、私以外の人には親切で感じが良かった。会社でもよく働き頭角を現したのは偉いよ、でもイジメは悪いでしょう。そういうこと。私だってこども食堂なんて素敵な慈善事業をするけれど、子どもを怒って叩いて学校に行かせたり、夜ワインがないからと夫に無理やり買いに行かせたりする。何もかもいい人なんて人としてバランスがとれてないのではないかとすら思う。食べ過ぎたり飲みすぎたり毒舌だったりで、真逆のいい事とならせば普通の人間になるのでは、なんて思う。

こども食堂の話。でもオープンしたらどんどん子ども達がきてくれて、あっという間に席が埋まりテンテコマイになった。そこからボランティアの方がひとりふたりと来て下さり、子どもの用事で抜けた方も戻ってきて、いつもの通り大勢での開催になった。あー良かった、やっぱりぼっちは心細い。いつも同じ人とくっついてお茶だランチだママ友ってなんなの?なんて強がっているけれど、こういう時にはありがたい存在。お茶だのランチだの夜飲み会だのと言い出さないし、やるべきことは私以上にテキパキしてくれて色々意見も助言もしてくれる。なんていうか、私の理想のママ友さんたちだと思う。普段はみんな忙しい人達ばかりというのも良かったように思う。人は暇だとぐだぐだ群れて碌なことをしない。「忙しくする」というのも人間の健常な精神状態を保つために必要なものなのではないか。

そうだ、あの100時間労働の過労死問題だって、多分100時間の残業がダメだったんじゃない、パワハラが絶対あったと思う。そういうものって見えないし証明が難しい、なので数値としてわかりやすい「100時間労働」を前面に出しているけれど、西村さんわかってんのかなーわかってないだろうなと感じる。私なんてつい先日、起きている間はずっと卒業制作という日々があったけれど全然辛くなかった。それは好きなことやってるせいと人は言うかもしれないけれど、電通の仕事も楽しかったのではないか。好きな仕事だったら人はどんだけでも働けると思う。でもそれがうちの娘のように「やらされる」というのは耐えられないと思う。勉強でも仕事でも一緒。

そういうところから、私はこども食堂に来てくださるボランティアさんは一切自由にしてもらうようにしている。来るのも帰るのも途中で休憩するのも自由。30分だけボランティアでもう気が済んで帰るというのもあり。途中で子どもの習い事があるからと抜けるかたもいるけれど、全然オッケー。だってボランティアだもの。そのせいか皆さんどんどん意見を言ってくれるし、時々私叱られたりするけれど、そういう空気って協働の場所には必要だと思う。仕事する時はお給料が出るから違うというかもしれないけれど、自由な空気で自分で考えてやらせてもらえるところにはよく働く人がうまれるものだと思う。確か岐阜にそういう会社があり、みながNewsPICKSで絶賛していたが、いざ自分の会社だと出来ないのが現状。もうちょっとこの辺り上に立つ人達が考えれば世の中よくなるし、いじめだってなくなるのに。柳井さんとかもう少し心入れ替えて、売り上げが多少減ってもいいから従業員の幸せを考える人になってほしいと思うわけよ。

そんなこんなでこども食堂いつもありがとうございますという事になっている。三店舗オープンはもしかしてしない方がいいかもしれないけれど、誰かやってくれる人が現れるまでやらないことにした。でないと私が三店舗まわさないといけないことになり、それは今やっている第一号店が疎かになるかもしれずそれならやらない方がいい。「いい人がみつかった」と前に書いたけれど、色々ご家庭の事情もあり難しくなった。なので「こども食堂のつくり方講座」を不定期開催して、人材を発掘しようと思いつく。私がお願いするより「やりたい人をみつける」方が効率がいいし、何もかもスムーズだと気付いた。

なのでもしかして春に三店舗オープンが夏になるかもしれないし秋になるかもしれないし、そのせいで香山リカさん講演会、そうだこれ先にやれば人も集まりやすくなるかも。先に講演会やって人を募集していますと広告して集めればいいと。うーん、いいじゃない。じゃあ早速豊洲シビックセンターに予約に行こうかな。日程は決まり次第報告させていただきます。その前に私のこども食堂の師匠、緒方さんの講座が始まるのでこれも行きたい。一緒に勉強したい方がみえましたら是非ご一緒しましょう。緒方さんにまた講座のノウハウを聞いてきたい。

またこども食堂の話に戻るけど、今回ボランティアさんが集まらないと思っていたので食器を使い捨てのお弁当箱にしたら洗い物が少なくてボランティアさんたちに好評だったのでずっと続けることにした。スプーンも先割れの使い捨てのものにする。確かにちゃんと食器を使って提供すると見栄えはいいけれど、そういうものは重視しないことにしている。何よりみんなが楽しんでやってくれるのが一番だし、来てくれる子ども達もそういうの気にする子はいないと思う。使い捨て容器!食育が!という人もいるかもしれないけれど、やはり組織で一番大切なのは働いてくれる人を慮ることにリソースを使うべき、次にユーザー、次に利益、そして最後は自分。こうしておけば自分もいい感じになるに決まっている。


結局美味しく出来た♡

ということで赤字も解消できたので、まずはボランティアさんは会費を無料にすることにした。今までボランティアやってくれているのに会費とるのってどうなのとは思っていた。でも今回かなり赤字が解消したのでもう大丈夫だと思う。今後もし支援が全然なくなっても、キャベツとひき肉のカレーとか、サラダはその時一番安い旬のものとかでやればいいし、私もライターでちょっと多めにもらえるようになったので自分のお金でやれるはず、夫に文句は言わせない。あの人「つまらないことしやがって」って喧嘩の勢いでいったんだよ。ひどい人でしょう。なのに休みっていうとくっついてきてランチ一緒に食べたがったりわけわかめだわ。もっとかまえということなんだろうけどもう本当にそういうの辛い。まあ一緒に住んであげているというのが私のプレゼントな訳。

あと、今17時から19時までにしているけど、19時からあと30分くらいは延長しようかなと考えだした。働いているお母さんたちが預けてくれるようになり、お迎えがてらカレーを食べてくれるんだけど19時までだとちょっと間に合わない。19時で片付けは始めるけれど、その中でいいならということで。あとサラダとかなくなっているかもしれないけれどそれでもいいならということで。あーでもちゃんともっと余分に用意するようにしよう。先日も最後の15名くらいの方サラダと福神漬けがなかった。福神漬けももう一袋余分に用意しよう。

福神漬けは3つ買う!

これでよし。あとは来月ドライカレーのリクエストがあったけれど、これも野菜を細かく刻むのにフードプロセッサー使うけどモーターが焼き切れそうになっているからもう一つ買って集会場のキッチンに置いておこうかなんて考える。あっ、しまった、先日ダンボールまとめて置いてきてそのままだった。ちゃんと処分しに行かないと。「こども食堂さんが使った後は何もかも綺麗になる」とか思ってもらえるようにしないと。私ちゃんと常識人やろ?私が非常識という人がいたら、その人にとって都合が悪いことがあるから私を非難するだけだ。特に京都造営芸術大学通信教育部文芸コース外苑キャンパス、もう私を叩きまくって自分達の首を絞めているのに気づいていないお目出度い人達。うかうかと悪事をはたらく闖入者をかくまうようなことして、それ犯罪ほう助っていうんですよ。フランス式なのかなあ、日本の法律は厳しいよ。色々策があるが今忙しくてなかなかできない。

今日は友達と待ち合わせて明治神宮と目黒にピザ食べにいく。その後また代官山蔦屋書店に行こうかな.。はっ、もうこんな時間じゃない。待ち合わせ11時なのに支度しないと。わー大変!!!!

ということで今日はこれで。Have a nice day!

昨日事務局に文句を言った内容を書いてみたい。私は一昨日13日から今日の15日まで大学で授業を受けている。そして案の定「アレ」が起こった。あれとは「先生、もう休憩時間です」というやつ。先生は「あ、すみません。じゃあ今から十分間休憩にします」これが授業の度に毎回毎回毎回毎回あった。去年編入して今年卒業だけれど授業のたびにずーっとそうだった。そうじゃなかったことは一度もなかった。なかったのは歴史遺産コースの「文化史特論」だけだった。歴史遺産コースは何故かチャイムを持ち込むことになっており、時間になるとチャイムが鳴るので授業の終了がわかる。

京都造形芸術大学はチャイムがないので先生達は授業が終わるタイミングに気が付かない。そして生徒は時計がみえるので「もう終わりなのに」とハラハラすることになる。ずーっとそうだった、ずーっと。これ、先生の責任?ただの事務局の怠慢だと思う。

私は13日第一日目は先生に「もう終わりです」と言った。でも昨日14日は言わなかった。毎回毎回私がいうのって変じゃない、それにせっかく好きな科目なのに先生に嫌われたら嫌だと思った。すると別の方が「先生、もう時間過ぎています」という。先生はまた慌てて「すみません、今から休憩にします」と言われた。私はそのまま事務局に行き、文句を言った。「チャイムを鳴らして下さい」と。生徒に遅刻厳禁とか単位やらないとか言う割に、自分達はなんなのよ。もう一度言う、私たち生徒の前にカスタマーでもあるから。偉そうに聞こえるかもしれないけれど、あなたたちの方が本当に偉そう。

人が話していると高飛車に割り込んで来るし、指図命令してくる。これ、京都の事務局のカラーをそのまま写しているんだと思う。武蔵美は絶対こんな冷やかな空気なかった。京都のぶぶ漬けたべていきんしゃいみたいな温度、なんでしょうね。今受けている日本美術論のワークショップで、東京と京都の温度が違うから、それぞれの常識がそれぞれで通用しないことがあると言った人がいたけれど本当にそう、武蔵美と京都造形って全然違う。そして京都の大学なのに東京にキャンパスがあるもんだから学内がカオスっているんじゃないだろうか。

生徒は一番位が低い民人、おれら官民でトップは貴族だから好き放題していい。みたいな空気。なんか違うんじゃない?ここは東京だし、今は平成だし、民主主義の国にもう生まれ変わった訳。つい昨日天保の大火がーみたいなネジゆるんだこと言ってるからダメなのよ。そういえばセレブデブもそう、京都人じゃなくても京都の水で洗うと全員イケズになる。先生は貴族生徒は民人、それがザ京都造形芸術大学、なのではないだろうか。今までのあれこれを思い出してもそうだとしか思えない。

だいたい京都造形芸術大学外苑キャンパスは、生徒によくみえるようにという配慮なのか先生の後ろに時計がある。先生は話していると時間がわからなくなる。それは当然、先生が時計を気にしてチラチラみながら話すことってないんじゃないだろうか。一年目は文芸コースの授業ばかり受けていたが、やはり同じことばかりが起こった。N先生はついにスマホのタイマーをセットしていたが、なかなかタイミングよく鳴らないので四苦八苦されていたのを思い出す。「あれ、おかしいですね。どうしたんだろう」などと。みんなでクスクス笑って楽しかった。

でもこれ、学校にチャイムがあればいい話なのではないの?なので事務局にそう言ったら、チャイムはないとぬかす。そこで歴史遺産コースはチャイムを持ち込むので~という話があり、だったら全コースにチャイムを用意したらいいと意見した。すると、外苑キャンパスはないが、京都の本校にはあるにはあるが、通学生の時間割で鳴るので通信生の方はチャイム無視してくださいとアナウンスしているという回答まであった。これ、なんか通信生に対して失礼な感じすると思った。「だったら切っておけば?」

雷とかなんかの自然災害ならともかく、チャイムって人間が作ったものだ。だったら人がコントロールできないというのは大学の、もっといえば事務局の、更にいうと事務局コナンの怠慢じゃないの?あんなのが事務局長なんかやってるもんだからN先生と私がややこやしい事になっている。私無実だから、何もしていないから!コスはしたけど。でもこの「事務局のせいで先生とコンタクトできないから余計ややこやしくなった」というのは、現代のスマホ社会ネットワーク時代にとても興味深いと思ったのでストーリーを思いつき小説を書いている。現代版ロミオとジュリエット。

そこに先生好きとか書いているけれど、小説を書いていてやはり違和感があった。やっぱり違うかもしれない。誰かとジェットコースターに一緒に乗ると、その相手を好きになってしまうことがあるそう。心理学でいうこところの吊り橋理論とか錯誤帰属がこれにあたる。スリルでドキドキしているのか好きでドキドキしているのか、人間の脳は判断が出来ないのだそうだ。あの「あなたのその態度が私を傷つけるのがわからないんですか」という爆発するような怒りとセリフにびっくりしてすごくドキドキした。なので好きと勘違いしているのだと気付いた。そして「 何もしないという愛」が爆生したけれど、あれはあれでその時の気持ちというか思い出なのでそのままにする。

話が逸れたが、なのでチャイムをちゃんと鳴らすようにして欲しい。

このチャイムが鳴らないおかげで私は酷い目にあったことがある。そう、あの「連句と俳句」の授業、全然授業が終わらないので私は一句詠んだ。

「先生へ時間になったら終わってネ、私朝ごはん食べてないから」

これを先生が読んだ時、ちょうど授業の終了時間だったと後に学友のひとりが教えてくれたけれど、これ本当にお腹が空き過ぎてぐうぐう鳴ってしまい、困って詠んだのだ。なのに先生からはふざけすぎやろと授業の評価は75点だった。これ、絶対あの顔採用の女の先生が気を悪くしたんだと思った。他にもこの先生には、板書の文字が小さすぎてみえにくいとか、声がぼそぼそして小さいので聞こえないとか色々意見した。特に板書、全然みえないので他の学友も「事務局に言おうか」なんて言っていた。でも私は本人に直接言ったほうがよかろうと思って言ったらムッとしてにらまれてしまった。しかもチャイムが鳴らないものだからいちいち教えてあげたので余計に恨まれたのかもしれない。そして75点。

ああそうだ、授業の最後5時間目にレポートを書く時間があり、書いたら帰っていいというので一番最初に書けた私は教室を後にした。その時に「出来れば授業が終わる最後までいて欲しいけれど、急ぐなら止めない」とかなんとか言われたが、だったらすみませんがお猿ちゃんが待っていますのでと教室を後にした。その時も「てめー察しろよ、授業ちゃんと最後までいないと私が事務局に怒られるやろ」という怖い視線を投げかけてきた。そうして欲しいならちゃんと言えばいいのに。私別に無理に帰ったわけじゃないでしょう。なのに75点。

レポートがまずかったんじゃないと思うかもしれないけれど、こういうブログ調ではなくきっちりと答案用紙や普通のレポートのように書きましたよ。単位や報酬のかかっているものはきっちり書く、当たり前でしょう?なのに75点。学友達に言うと、「あれ?特選だったし点数も良かったのにね。私85点だったよ」と言われた。

特選とは。

授業の最後、レポートを書く前に「句会」なるものをした。これは短冊に匿名で俳句を書き、集め、順番に読んで皆で点数をつけていく。更に特にいいものを先生が選び、入選とか特選とかを選んでいく。もちろん特選が一番いい、私はそれだった。匿名じゃなかったら先生は私の作品を選ばなかったように思う。学友達も私の作品に点をたくさん入れてくれて、最後に「この作品を作った人はだれですか」と司会に言われて私が手を挙げたら全員が驚いていた。先生はぐぬぬという顔。そんなこんなで75点というのはおかしいやろと、大学に再評価調査票を出してみたら、ご本人の先生から「最後のレポートでこの点をつけた」とかえってきた。それもっとおかしいやろ、そもそもあのレポートが75点というのもそうだけれど、授業全体で成績をつけるものではないの?それに採点した本人がまた再考して再評価を下すシステムがおかしい。点数の付け方がそもそもおかしいと思う。

俳句の先生をもうひとり増やしましょう。それはあのゾンビ先生がいいと思います。あの先生は私が色々言っても全然ぶれないし、ご飯食べに行こうとか言わないし結社に誘ってきたりしない。私が学友とそれからタイタンの太田社長を誘いたいので呼んで欲しいと言ってもなかなか空きがないらしく未だ実現せず。そんな風に無心で依怙贔屓もしないしいつもフラット。大正大学の先生らしいけれど、顔採用の女の先生とチェンジして欲しい。もしくはゾンビ先生を監査役にしてもらえないでしょうか。顔採用の女の先生は、私ずっといると思っていたけど実は昨年あたりから急に京都造形に先生として採用されたらしい。初大学の先生デビューみたいだけどおおえかと一緒で誰が引っ張ってきたんだろう。ともかく新しい先生で成功したのは私の主担任の先生だけだと思う。別に自分の担任の先生だから気を使って言ってる訳じゃないのはブログ読んでる人ならわかるやろ。何度も言うけど私の主担任の先生にストーリーとシナリオ担当してもらうべき。

顔採用の女の先生だけじゃない、自分の感情で採点したり生徒への対応を変える先生というのが京都造形芸術大学通信教育部文芸コースには多い。特に「文芸コース」って、芸術大学としては別物(絵を描かない学部)なので、大学とは一線を画すと思われるのかやりたい放題な先生が多い気がする。なので大学やめたいとか休学したいという生徒が後をたたないのだ。

とある人にこういう話をしたら、「まあ大学の先生っていうのは浮世離れしている人が多いから」と言われ、本当にそうだと膝を打ちたくなった。私の事を常識知らずとかなんだとか言うけれど、自分達はどうなのよ。そうだ、事務局に「フライングカフェに申し込みたいけどN先生が行くから参加しにくい」と言ったら、「明治記念館なんてすぐそこだからひとりで行ったら」と言われ、「日本美術史の先生と一緒に観に行きたいんです」と言ったら、「あなたとN先生が顔を合わせる所を想像すると怖い(からやめて)」とも言われた。どーして生徒の私が遠慮しないといけないのよ。私をみて自分が保てないと思うならN先生が遠慮するべき。私行きたいのでN先生は来ないで。懇親会の件、事務局ですっごく噂になってるって外苑のボスが言っていましたよお~、あれは先生としての態度ではないわねとも言っていました私もそう思います反省してくださいマジで。

私こんなところでよくやってきたなと、あとちょっとで卒業だけれど本当に自分で自分を褒めたい。

ちなみにこの顔採用の女の先生、藝術学舎の方で「学長と行く俳句の旅」という授業?イベント?よくわからないけれど二泊三日で行くそうだけれど(あっ!今日みたらアシの牛蒡先生がひとり増えてる!よく旦那さん何も言いませんね、うちなら怒られるわこんな組み合わせで二泊三日なんて)こういう強い人によしよししてもらっているから「私は女王」なんて思うんじゃないかと感じる。例えがちょっとあれで申し訳ないけれど、中小企業なんかで社長の愛人している事務員が自分がボスのような顔をしてやりたい放題というのにちょっと似ているなと思った。これに参加する人は一定数いると思うけれど、それなら「千住博とウォーターフォールのビックバンを探して」という企画の方が人気あるんじゃないだろうか。千住博先生とあの滝をみにいくという二泊三日の旅。これなら多分十万円でも参加者は抽選になるのでは私も行きます先生!こういう人気の人を使わずナマズ先生と顔採用の女の先生の旅行を企画するゆるふわ大学、ぼけっとしていてもお金が集まる大学はいいなと羨ましくなる。 

そういう訳でコナンさん、そんなお金があるならちゃんとチャイムが鳴るようにして下さい。それか先生の正面の壁、私たちの後ろにも同じように時計つけたら?京都造形芸術大学ってこういうところは本当にケチ。懇親会の食べ物と飲物なんて10分で終わった。こんなことなら日高屋でラーメン食べてから参加すれば良かったとまた思った。娘にパーティーに行く時はちょっとお腹に何か入れてからいくものよ、でないとお腹空いてがっついたりしたらみっともないでしょうとつい先日言ったばかりそういいえば。自分が一番出来ていないのは事務局と一緒かもしれない。

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今年は紅白出ませんでしたね。私ピコ太郎しかみてないけど。

「どうしてあの人は変わったことが好きなんだろうねえ、寝袋で寝るとかさあ」と朝からブツブツ夫が言っている。娘がすることなすこと理解出来ないと夫は時々嘆いているが、私は全然そう思わない。子どもってそんなもんじゃない?それにきっと「私に似たんだよ」。児童心理学的にいうと、子どもの性格は6歳くらいにほぼ決まりずっと多分かわらない。多分と書いたのは時々様々に気が付いて変わることもあるからだ。それは大きな難問を本当に自分の力で乗り越えた時とか、本当に変わらないと命があやういとかそういう事が起こると「自分で変えよう」と思うこともあるそうで、あと大病すると変わることもある。自分の命が消えかかったショックで、ということなんじゃないだろうか。

私はこれに充てはまるかなあと自己分析している。本当に豊洲のママ友戦争で死にかけたし頭の病気にもなった。鬱とかパニック障害って心の病といわれるけどあれは脳の病気でそれに気が付いた博士とか頭のいい人がそういう脳にプロ―チする治療法を考えてすごく効果があがってるそう。そのうち日本にも入って来て悩める人達が治癒されていくし私も飛行機に乗れるようになると思う。でも日本って遅れてるからなあまあ役人が遅れてるから仕方ないけれども。話を戻してでもそんな風に大人になり性格が変わるなんての何万人にひとりくらいだろう。大人になって変わったという人がいるかもしれないが、それはもともと持っていた気質を表面に出したというだけで、変わったのではないこともある。私も先生のお蔭で変わったと前に書いたがそれはやっぱり小さな頃からもともと持っていたものだったとも思うし病気のせいでもあるし運命が掴んで辺りを変えたとも感じる。

なので夫は娘のことを色々心配するけれど私は全然心配じゃない。きっと娘は私のように生きると思う、だったら大概のことは大丈夫だろう。それにもうひとつ興味深いことがあり、子どもの性格は子どもの意志で決まることもある。例えば両親をみていて「どっちが得か」と考えて利己的な方の性格をみにつける。色々なケースがあるが十人十色で様々な要因が重なり性格はできる。でも出来たら変わらないものと思った方がいい。悪い人は永遠に悪い事をするしいい人は善行を積み重ねる。それぞれ好きな事をしているともいえる。なので娘は私に似て、私は実家の父に似ている。あの人は本当に気まぐれで自分の好きなように生きた人。仕事だって浮き沈みが激しくてママンは苦労していたが、私はこどもなのでこういうもんだと思っていたが、夫みたいな人と結婚したのはいろいろ自分なりに思うところはあったのだろうと感じる。非常に満足。

いつもの如く前置きが長くなったが今日はここでちゃんと改行。またいい事を思いついたのでまだまだ夢の段階だけれど書いてみる。

三店舗に増やして信頼できる人に託すことにした「豊洲こども食堂」、これはまあ一年くらいかけてぼつぼつやるので置いておいて、というかいい感じに空気が温まってきた。私の人を見る目は間違いない、というか三店舗のうち西地区は若い人にお願いすることにした。北はいい人がいたん、この人にゆくゆくは三店舗のとりまとめもお願いしようと思っている。今やっている豊洲小学校エリアはもう何もかもベースができているから誰にお願いしてもいいけど、やっぱり豊洲商友会に繋がる方がいいと思う。そうすれば豊洲商友会の財産ということにもなり更に豊洲のイメージアップに繋がるし、微々たる感じだけれど色々な意味でご恩返しが出来るのではないかと思う。

そういう訳で「豊洲こども食堂プロジェクト」は店舗経営だけでなく様々な試みをやりたいと書いたが、まず何度も言うが「豊洲こども食堂プレゼンツ香山リカ講演会「今なぜこども食堂なのか」」というのはまだ日程もご本人に承諾も頂いていないが今年の年賀状にその旨書いたのでなんとなくそうなんだと思って頂いているように思う。何故香山リカ先生なのか、私にとって香山リカさんはただの有名人ではない。様々な教えを賜った先生でもある。もう5年くらい前にも「香山リカ講演会」を企画してそれは大成功だったと書いたけれど、それからも様々に教えてもらったことがあり、香山リカさんがいなかったらこども食堂だってやってなかった。そして香山リカさんの講演会をいつかもう一度やりたいと思っていて豊洲小学校PTAにもちかけたけれど却下されて、それなら自分でやるからいいと思っていたらこども食堂をやることになり、ここ繋がりでやればいいと思いついた。正直その前は京都造形芸術大学の「こども芸術大学」をベースにやるつもりだったのにあの時活動費の申請出してとせっつかれた割に結局採択されなくてお金がもらえなくなり、「もう自分で営業かけてやるからいい」と言った通りになった。あの時の講演会の資料だってしっかりとってあるのでこれもいつか公開したい。そう、講演会の日程や処々決まり広告宣伝をする時に「前はこんな風にやりました」と公開すればいい宣伝になる。今はやる事多くて手が回らないから勘弁してください。そうだ豊洲シビックセンターに会場の件も聴いておこう。

で、それをまずやるでしょう、その時は来場者がびっくりするくらいたくさんのお土産を持ち帰ってもらう予定。お土産の中身はカレールーなどの食材から文房具化粧品、そうだマナラにもなんか出させよう。えみりちゃんなんか広告塔にしてもう私えみりちゃん見損なった。でも会場の受付とかやってくれるなら許す。店がもうからないからってさあ呆れる。あそこのユーザー顔がブルドック化するんでは あんな固いジェル で顔こするお金があるなら こちら に支援して心磨いたら?ってジェルの宣伝しちゃったじゃないのこども食堂のイベントの時はジェルでいいから300個頂戴。だって豊洲シビックセンターホールの座席300席あるから。

それは置いておいて、つい最近「豊洲こども食堂は食品ロス問題あにも取り組む」って書いたでしょう。あれちょっと進展があって、UHNCRに電話してみた結果を書きたい。「いつも募金や支援金を募っているけれど物資はいらないのか」と聞いたところ、あの私がいつもdisってるブラックユニクロが店舗で古着を回収したものを支援国に送っているというじゃない。ああ、ああ、確かになんかユニクロの店舗でそういうのみたことがあるわあと思って色々聞いてみたのよ。どこにどれだけ送っているのかとか、輸送費は誰もちなのかとかどのくらい費用がかかっているのかとか。そして私は閃いた。そしたら古着と一緒に日本で余っている、特に今私のところにコンタクトしてくれて大量の食品をくれる日本食品ロスリボーンセンターさんの災害支援物資をついでに一緒に持って行ってもらえばいいじゃない。ユニクロがブラックブラック言ってるけれど私はららぽーと豊洲に行くとユニクロかGAPかアースでしか服を買わない。しかも50%以下にならないと買わない。でもこの三店舗の製品は100枚に1枚くらいすごくいいものがあり、私の定番のデニムはいつも990円になったら買うキッズの150サイズしかもBOYSの方がラインが綺麗でダメージ具合も色々あるしというすごいユニクロ愛用者でもある。

ブラックブラックというのは従業員をこき使うだけ使って恨んでやめてく人達への手当てがなっとらんと思うだけで、こうしたいい活動もしているし、以前は地球の緑を守るとかやっていてあれもとても良かったと思うけれど今回の古着を支援国というのもいいと思う。なので一緒に食品を送ってYOと柳井さんにお願いしてみようと目論んでいる。日本食品ロス・リボーンセンターさんにもちかけたらまず私とお会って話したいと言ってくれて、でも今月のこども食堂終わってからだなあと思っていたら先方もその方がいいらしく、こちらもいい感じに空気が温まってきた。会うってただ会って食品貰うだけじゃない、「難民キャン部に食料品を送る」という壮大なプロジェクトを発足させる足掛かり的なものにしたい。

なぜまだ終わっても成功するか失敗するかわからない事をいちいちブログに書くのか。それはみんなに見てもらいたいからで、これを読んだ人が「そうか、そうすればいのか」と思って代わりにやってくれてもいいし似たようなプロジェクトを発動してくれてもいいし、まんまアイデアは使って貰っていいと考えている。

でも私のママ友戦争について書いているこれらブログとか作品とかをパクるのはやめて欲しい。もう本当にあっちでもこっちでもどこでもあの小説(桐野夏生大先生じゃないちょっと前に出たあの幼稚園バスがモチーフの小説よっ!)なんかまんまじゃない。本当に腹が立つわけ。でもまあ見るひとがみればあああそこのパクリとわかるでしょうし、そのうち私の方になんか話して欲しいとか書いてとか小説もヒットしてテレビ映画化とかする訳で、そうしたら色々賞がもらえて園遊会とかそのうちノーベル賞とかそうなると『私の履歴書』からお声がかかり有馬稲子も真っ青なセキララ事変を書いてみたい。

話が逸れたけれどこれをUNHCRとか日本食品ロスリボーンセンターさんとかユニクロ柳井さんが読んでくれて、私がもちかけたら「あああのブログの件ね」と思ってくれたら話がスムーズだし、現に香山リカさん講演会だってご本人や豊洲シビックセンターの職員の方々はもう心づもりしてくれていて、当日はシビックセンターの職員の方は手伝ってくれるだろうと思う。いつもこども食堂手伝ってくれている方々、これから他の店舗を立ち上げるために声をかけているみなさんも「ああ、そういう役もやることになるわけね」とわかってもらえる。香山リカさん講演の前座は私の小話とこども食堂の店長やってくれる三人を紹介する予定。

「今豊洲に三店舗のこども食堂がオープンしています。興味本位でママ友同士でつるんでくるのはやめてください。悩みがあったり困ったことがあったらひとりでもしくはお子さんを連れてきてください。こどもはお友達と来ていいけれどグループだけで固まらないでひとりで来ているお友達と仲良くそれは食堂以外でもちゃんと考えること」

という内容など。それで他の店長さんにもその想いや運営が大変だから副店長を募集することやボランティアをお願いしますなどと言っていただく。私の見込んだ人達だからあっという間に手伝いたいという人が大勢集まりそれはもしかしてバディや小学校でうちの子ども達を虐めた奴らかもしれないがそれはいいん、こういうブロジェクトに参加するってことは反省したってことだから。

そういう訳で今温まっている色々を経過報告として書いてみた。おおーあの人から年賀状が。なになに、まだファミマになってないですって?そうかー去年実は私サークルケイ本社に行ってきたなんだか懐かしくて。目当ての元上司的な人は偉い人になっていてでもせっかく偉い人になれたのにファミマに飲みこまれちゃってってdisるつもりだったけど、今忙しいから来年もう今年か飲もうって言われているけどうちに呼んでみようかなと思っている。そしたらマリさんもSさんも呼ぶよ当たり前じゃない。マリさん一度店でこども食堂やらせて?それから昨日メルカリの話のついでにカレーの話になり夫の友達がカレーメーカーで偉い人になってるって教えてあげたら夫は知らなかったみたいでびっくりしてて、近々お祝いで飲みにいくことになったとかいうから連れて来いって言ったら嫌だとぬかす。でもねえ、あの人あなたより私の方が気が合うし楽しいと思ってるよ。なのでこども食堂の時にこの人にカレールー頂戴と言おうかなと思ったけれど、夫の土俵でなんかするみたいで絶対嫌だと思って声かけなかった。でも考えて見ればもう私の友達でもあるし、今度会ったらお願いしてみようかなあ。

こうして考えると私繋がりの人って「食」に関係ある人が多い、しかもどんどん偉くなっている。なのであの元ママ友今は子ども全然関係なくなってる彼女が私を神さまみたいに時々言うのかなと思う。やっぱり「食神」が二人もついているだけあるのかもしれない。ちなみに人には三体神様が憑いていて、そのうち全部が食神だとよくないらしい。そのせいか私が家事で唯一ちゃんとやるのがご飯作る事、今朝もちゃんと七草粥を作って家族に食べさせた。でもこれ家事の中で一番大切なことなんだよ。服がよれよれでも家が散らかっていても人は死なないけど、ご飯が食べられないと死んでしまう。柳井さんにもそういう切り口で口説いてみようと思う。でも私じゃ失礼だから柳井さんへのお願いは偉い人にお願いするつもり。

このように京都造形芸術大学通信で培ったストーリーとシナリオを生みだす力はおおえかじゃない寒竹先生と門崎先生から学んだ。それから物事は一心不乱にやらないとダメとというのは千住先生と森田先生から学んだ。他にも様々に素晴らしい先生に巡り会えた。大学で勉強した事はこうして様々に役立っている。反面教師は言って申し訳ないけどN先生とおおえか。この二人ペアは本当にもうどうしようもないと思う。N先生は恩師だから嫌いじゃないけど近くにいるからこそ色々見えてしまって幻滅している部分もある。おおえかなんて最低最悪で同情の余地全くなし、だけどおおえかをぶった切るにはN先生、そして大学までも斬ることになってしまい、千住博先生辻仁成先生、色々教えてくれた先生達にも傷がつくことになりはしないか。もう散々斬ってるだろうって全然こんなものじゃないNHKでやってたみたいな深海の巨大生物みたいなすごいのがあって、私はこの巨大な問題誰に相談していいかわからず困っていてTwitterには夫に相談するのが一番いいだろうと書いたけれど、夫がなんていうか夫婦だからわかっている。でもそれは「ぬるく」ない?なのでここは親友に相談しようかなと思う。ちょうど親友も別のトラブルで、でも同じ温度で様々に悩んでいたけれど、「そんな人同情の余地なしだから」と言ったらわかってくれたみたいで解決はまだしていないが道は開けたようで本当に良かった。親友がどんな回答をくれるかわからないけれど、ひとまず相談だけしてみよう。また豊洲に来てもらえるだろうか。

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こういうの他人事と思える人が多いのが私は逆に不思議なのよ。小さな赤ちゃんもいて、多分この中では一番先に命を亡くすだろう。お母さんが食べられないとおっぱいが出ない訳で、飢えて死ぬことになるからだ。私はママ友トラブルで自分のおっぱいが出なくなったのに気が付かず、息子の体重が減ってしまったことがある。まだ言葉を持たぬ小さな息子がどんなにひもじかったかと思うと今でも気が狂いそうになる。なので今でもひとたび息子が「お腹空いた」というと死に物狂いでご飯を作って食べさせるし、そう言われる前にちゃんと用意しておく。私がこんな風なのに自分のおっぱいが出なくて目の前で自分の赤ちゃんが死んだらお母さんは狂って死んでしまうのではないか。少しでもそういう悲しい思いをするお母さんが減るようにと願うばかりだ。こうして赤裸々に書き殴っているように見えるブログにもちゃんと新たなお母さん達が私のようなママ友ショックを受けないように、あなただけじゃない私もそうだった、そしてブログを読んでママ友付き合いとかボスママの生態について勉強してねという意味がある。それを教えてくれたのはN先生でそういう恩もあるからぶった斬れない。本当に困った。

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柳井さん、やっぱり服も必要みたいね。もうブラックって言わないからご協力お願いします。服と一緒に災害支援物資食料を運んでください。水を注ぐだけで食べられるご飯やお粥、頑丈な缶に入ったクラッカーなどたくさんあります。今後はもっと何tという単位で発生すると思われるそうです。


暮(2016.12.10)にあった京都造形芸術大学通信教育学部外苑キャンパスでの懇親会の前に、千住博先生の講演会があった。私は元々千住博先生はそれほどファンでもなかったし、村上隆とごっちゃになり京都造形大の先生紹介のところにある上村博先生が千住博先生だと勘違いすることもあったくらい。でも外苑キャンパスの二階に飾ってあるウォーターフォールは本当にいい絵で、この絵を描いた人がもともとは学長をしていたということはちゃんとわかっていた。私の人の名前を覚えられないという才能はここでも開花していたがでも今はもうしっかり覚えた。

千住博先生、私は素晴らしい先生のいる学び舎で学んだ事、文芸コースで色々酷い目にあったり遭わせたりした愛憎劇を差し引いてもたっぷりおつりがくるくらい良かったと思えました。そもそも京都造形芸術大学の先生達というのは端正な方が多い。研究熱心だし自分の道を一心不乱に歩いてこられ、それを生徒に惜しみなく開示するという方ばかり。でも最初に洗礼を受けたのがおおえかだったので、大学の先生ってなんの取り柄もない人でも誰でもなれるんだ、でも他の大学は違うのに京都造形芸術大学って本当にぬるい学校だわ、などと侮っていた。

なので千住博先生の講演も聞きにいくつもりはなかった。そもそも私は懇親会すら出るつもりもなかったのだ。もう大学なんかに行きたくないし、先生達の顔だって見たくもない。私を暗い穴倉に閉じ込めるような真似をして、それをつまみに懇親会と言う名目の宴を勝手にすればいいじゃないという気持ちだった。なのに当日私は大学から呼び出しを受けた。違う日にしてくれといったが、呼び出す先生の都合でこの日しかないという。じゃあ懇親会に出る人達と会わない配慮をしてくれと言い、それはどうにか通り二階に部屋を作るからそこにいきなりいっていいと言われた。私は大学の人々が千住博講演会だ懇親会だという楽しい催しに浮かれている中、こっそりと人知れず呼び出されそしてまたこそこそと帰る予定だったのだ。

それがなぜフィガロ仮面なのか。それにはこういう理由があった。

私の朋輩Wさんと大学のロビーで握手して別れ、懇親会でナースコスをしたおっさんI さんと駅まで歩いた。私はI さんに相談したいことがあった。今の私の現状がどう見えるのか、どうしたらいいのか一緒に考えてもらおうと思った。Iさんは2015年度入学の三年生編入生で私と同じ。この年度のムードメーカーで、色々disるがこいう点においては感謝しているし、人柄も信頼していた。ただ時々信じられないエロを投げかけてくることがあり、その点だけはちょっとなんともならない深い溝があるが、その他は本当にいい学友。しかも変にこまっしゃくれたり偉そうに訓示を垂れたり指図したりしない、いつも自分を低いところにわざわざ置いて人を寄せやすくする。そうしてだまくらかしてねーちゃんをパクッという策でもあると思うのだが、まあ私は着かず離れず距離を詰められたら先生にいいつけるという感じ。彼は本当に先生からも学友からも愛され、何かする時は必ず最初に旗を振ってくれて、おかげで学生生活は実り多き楽しいものになった。他の年度生の方に聞くと、そんなに楽しい事はなかったと聞いたりして、Iさんと同じ時代にこの大学に在籍できたというのは私は本当に運が良かったと思っている。

そしていつもは私はJRの方の信濃町から乗るのだが、この日は青山方面にいった。丁度銀杏並木が綺麗すぎる時期で人が大勢道に沿って流れている。並木通りのこじゃれたレストランは超満員で、なんかいい日にここに来たと思った。この通りがこんなに銀杏が綺麗だなんて全然知らなかった。ちょうど朝駅から大学に来る道すがら、「有名な銀杏並木はどこですか」とおばさん二人連れに聞かれた。地方からわざわざ観にきたそうだ。授業にまで十分時間のある私はスマホで「外苑 銀杏並木」とググった。だが銀杏が綺麗だとか降車駅の情報とか、見ごろはいつというものばかりで、肝心の場所が書いていない。四苦八苦してやっとみつけて教えると、嬉しそうにニコニコと立ち去っていった。なので丁度いいから自分もみてみようと青山に向かったら、あんれまあ本当に見事な銀杏。卒業する前に見られて良かったねえとIさんと言い合った。

で、ちょっと話があるんだけど時間くれない?と私が言うと、もう「綺麗な薔薇には棘がある」と言う通りにに嬲ろうと近寄ったものの散々刺されて瀕死状態のIさんは喜ぶどころか「な、な、なんだよう。怖いよ!いいからなんかあんならここで言えよ」とガクブルしだした。私は内心笑いながらも「まあまあ」と言いながら駅地下のライオンに誘った。その奥の店に今日ランチしに来たばかりだと言いながらライオンでビールを飲む。ぷあーうめーと言ったのは私。Iさんはまだ緊張しており、「なんだよう」とか「怖いよ」とブツブツ言っていて、おつまみもいらないなどと言う。はあーちょっとイジメすぎちゃったかなと反省しつつ、大学と私の関係とか距離感とか温度について、いち学友としてどう見えるのか、そして私はどうしたらいいのかと聞いてみた。

すると何かまた叱られると思っていたのだろうか誤解が解けたのか色々ぶっちゃけてくれて、「まああの人があんたの書いたものをどう評価しようが向こうの勝手なんだよ、だってあんただって好きに書いてんだろ」と言う。私はなーるほどーとびっくりした。そう、私は人がどう思おうが自分の書きたいように書くと決めてやってきたはずだ。なのにそれを悪く思う、というか書いたものでなく私に対して嫉妬して嫌がらせをしてくるというのだって向こうの勝手、そしてまたそれをニラニラと思うのも私の勝手。何もかもその人の自由な采配に委ねていい部分だ。私はまたIさんを見直し、というかこういう部分は彼はちゃんとしており、それはずっと私は評価してきた。今日もいい話が聞けて満足。ちょっと諸問題あるが、こういう人が先生になってくれたら生徒は学びの炎をじゃかすか燃やすかもしれないと思った。

それから彼はこうもいった。懇親会はコスプレで行く。去年のサンタよりもっと上行くやつ。彼の信条はなんでも楽しむことにあるという。先生、あそこにもコスで行くそうですよ。叱らないであげて下さいね。ということで、私はこれを聞いてまた「そうかーそうだよネ」と嬉しくなった。こっそり大学に行き、隠れるように話をしてまた人知れず帰る。なんて私には似合わない。だって私は何も悪い事をしていないんだよ。なぜそんな事をするかというと、これもN先生のためだった。N先生が私に顔を合わせずらいだろう、もう卒業だし静かに去ろうなんて思っていた。でもちょっと待って?ここまで私がする筋合いないんじゃないの、悪いのは向こうなのに!私を呼び着けたとある人もそう言っていた。もう遠慮しない!懇親会の日にわざわざ私を呼ぶ大学が悪いんやー!私もコスでいったる、私にとっての最後の大学のイベント、めいっぱい楽しんだル!!!!

ということでフィガロ仮面が誕生し、そしてN先生は喜ぶどころか激怒し、「あなたのそういう態度が私を傷つけるのがわからないんですか」という名セリフとあの名シーンが生まれた。全然そんなつもりはなかったし、あんなに先生が取り乱すとは全くの想定外。でも飲んだり食べたりで忙しい人達は気が付いていなかったみたいで、全員が全員注目していたという訳ではないよう。後からそれをリサーチしてくれた人がいて、知らない人もいるみたいだよと教えてくれた。でもびっくりして目をまん丸にしている人、驚きうつむいてしまった人などが目に入り、私はあんなコスで居たたまれなかった。

でもまあ「どう受け取るかはその人の勝手だろ?」という、今日はナースコスをしているIさんの言葉が脳内に響き「まあそうだよネ」と思った。そして「びっくりしたけど素敵だったあー映画のワンシーンみたい」と後に何度も何度も脳内再生されることになった。ということは何もかもIさんのせいとも言える。私は人のいうことはきかないが、面白そうだとすぐ真似をしたがる。うちの夫が娘に教育虐待をして児相や警察がくるが、「勉強しろ!」ということをきかせるのではなく、勉強ってこんなに面白いんだよーと見せてやればすぐ真似して勉強しだすのに。娘や息子は多分大学に行くのを楽しみにしていると思う。だって私が大学に行くというとキャッキャと出かけるからだ。大学は後の一年は苦しくて辛くて死にたくなったが、最初の一年は本当に楽しかった。でも今は開き直り楽しむようにしている。喜怒哀楽悲喜交々こんな面白い人間ドラマがあるだろうか、あの時とは別の意味で卒業したくなくなってしまったくらい。 いつかこれも小説に書いてみたいと思う。

そういう訳で懇親会と呼び出されたついでに千住博先生の講演を聞くことにした。有名人だし無料だし、卒業したら「あの千住博さんが学長だった大学」と誰かが必ず聞くだろう。その時に「うん、講演聞いたよ」と言いたい。なのでせっかくだからとまた一番前の席を陣取った。本当にすぐ目の前、はもう取られていたのでやや右横。でもここ丁度壇上の脇に千住博先生が立って話すことになり、また真正面といっていいポジション。私は大学の授業もいつも一番前の席で受講していた。一番前は学習態度とかスマホいじったりするとみられるという懸念があるが、代わりにがっしりとライブ感が味わえる。後ろの席なんてせっかくなのにもったいないじゃない!

千住博先生が登場し、お話を始めた。写真や外苑キャンパス内でたまにすれ違うのとは違う、生千住博。有名人とか偉大な人というのはどうやってああいうオーラを出すのだろう。オーラ屋さんがいて、だんだん有名になったり偉業をなしとげると、三越の外商さんのようにこそっとやってきて、「そろそろこちらなんていかがでしょうか」とアタッシュケースみたいな鞄からオーラを取り出しながら色々すすめてくるのではないかしら。そして「おおーこれは見事な」とか、「これはダマスカス産でなかなかこれだけのものは」なんて言いながら買うものではないだろうか。それはいいものは高い、でも似合わない人には絶対売らないというのがオーラ屋のポリシー。それをやぶって間違って売りつけるとその人に災いがもたらされてしまう。なので注意深く日々営業のターゲットを絞り、尚且ついいオーラを仕入れるために世界中を旅する。

そういうオーラが千住博先生にはあった。私は武蔵美に入る前に京都造形芸術大学通信のパンフを取り寄せたことがある。その時の学長は千住博先生だったはずだ。版画コースがなかったので武蔵美を選んびそれはそれでよかったし、その後京都造形に編入するとは思わなんだので人生何があるかわからないとも感じた。そして卒業の年に千住博先生の講演を聞くことになるとは。これも本当に偶然のたまもの運命としか言いようがない。この日大学に来るつもりもなかったどころか、懇親会のあるこの日だから近寄りたくないとまで思っていたのだから。 なぜなら懇親会にはN先生がくるとわかっていたから。自分じゃない、先生のために遠慮しようと考えたのだ。

講演の話。千住博先生はペットボトルのキャップを右手に持ち私たちに見せた。左手にマイクを持ち、「今私たちの住んでいる地球がこの大きさだったら、太陽はどのあたりだと思いますか?」というのがスピーチの始まりだった。こんなに遠い距離にあるのに太陽は地球を照らすという話から、プロジェクターで代表的な絵、特に浮世絵の話をされていた。専門が日本画なので日本の絵に造詣(ぞうけい)が深いのは当たり前だが、版画も日本画のひとつなのだと思った。浮世絵だから日本画でしょうと思うかもしれないが、あれは版画であって描いた絵ではない刷ったものだ。だが壮大な宇宙からしたらどうでもいい、そもそも「絵」だって人間か描いたものか自然が描いたものかなんて宇宙どころか地球からしてもそんな概念で縛られたりはしない。このボトルキャップのような小さな上にひしめいている生きとし生けるけものたち、人間という私たち、寄り添って労わり合い生きようというメッセージように感じ、様々な言葉を拝聴した。

最後にまた質問コーナーがあった。私はどうしても聞きたいことがあり、もしかして失礼かもしれないけれど、今聞かないともうチャンスはないだろう。私は今は文芸コースだけれど、もともとは絵描きだ。すごい!という絵を見ると普通の人はただただ感心するか、描いた人のプロフィールが気になるだろう。誰が描いたのか、どんな賞をとったのか、どこの出(大学など)なのか。私はまず「どうやって描いたか」が一番気になる。というより他はどうでもいいタイプ。でもたいがいいい絵を描く人はちゃんと学び賞もとり世間からもしっかり認知されている。もちろんウォーターフォールも知っていたし上村博も知っていた。でもこの絵をどうやって描いたのか知りたいと思っていたら、デッサンの授業の時の先生が「あれは絵の具を上からたらすんだよ」と教えてくれた。へえーそうなんだ、でも何故そんな事を思いついたんだろうというのが私の持ち続けてきた疑問だった。なので聞いてみた。

こういう質問をする時は躊躇してはいけない。自信なさそうに手をあげたりそういう顔をすると、場合によってはどうでもいい事を聞いてきたと捉えられるかもしれない。なので「どうしても知りたいんです」という態度で手をあげると案の定司会の先生が指してくれた。私は聞いた。

「私は二階の絵をみるたびに京都造形芸術大学に入学して良かったといつも思います。この絵を描く方法を思いついた経緯が知りたいです。あのウォーターフォールが誕生したビッグバンはどんな風でしたか」と。丁度宇宙の話を先生がされたので、あの絵の誕生を宇宙の誕生ビッグバンにかけたのだ。先生は笑顔になり、色々と話してくれた。でも場合によってはすごく失礼、というのは、こういうのって企業秘密的に教えられないという作家は非常に多いのだ。私が長年悩んでいたエッチングに彩色という技法、武蔵美まで行ったけれど誰も教えてくれなかった。武蔵美の版画の先生は他の人のやり方に興味がない先生が多かったのか、質問しても質問の意味がよくわからないようだった。でも今思えば頭の中でごちゃごちゃ考えるより千住博先生のように実際に色々やってみればよかったのだ。

千住博先生は先ほどの講演よりもすごく熱心に話し出した。話したくてたまらなかったというように。絵の素材を求めて深い杜に入り、そこで滝に出会ったそうだ。それを眺めているうちに天啓ともいえる何がが閃き、滝を描こうと思いつく。そこで先生は滝から流れるその一瞬を切り取ろうと、滝に合わせて立ったり座ったり、ちょうどスクワットのように何度も何度も目線を上下させたのだそうだ。実際に「こうやってね、こうね、だんだん疲れてくるけれどそれどころじゃなくてね」などと、その当時の状況を身振り手振りで懸命に再現していらした。

私のすぐ目の前なのでその先生の迫力にあっけにとられてしまった。その次に「滝だけじゃない、僕は崖の絵を描いた時はこうやって崖を魚拓みたいに紙にうつしとって」といって、手元のプリントか何かの紙を司会の先生にちょっと失礼と言いながら、肩に紙を押し付けて「こうね、こうやって写し取ったらちゃんと崖がとれててね」と言い終わらないうちにこれでは伝わらないともったのか、「こう、ほらね、こうやって」と何度も何度も司会の先生に紙を押し付けていた。目を見開き何もかもを教えるんだという気迫に溢れていて、私はもう最高に感動してしまった。

みっしりと超満員の学生たち、すごく遠い地方からわざわざ千住博先生の講演を聞きにきた方もいらして、全員が感動の嵐に包まれただろう。これが人にものを教える態度なのだと感じた。いい先生を演じるのではない、自分の立場なんて全然関係ない、自分の知っていること情熱を「教えたい!伝えたい!!」という熱量。この講演を聞いた瞬間から、私の中で画家千住博は千住博先生になった。京都造形芸術大学に入学して本当に良かった。心から思った。私の後に質問した人は感激のあまりわけわかめになっていて、でも気持ちはよくわかった。「千住博先生が学長だと思って入学したのに!」という恨み節まで飛び出し、千住博先生は唖然としていた。ああ、でも私が質問した内容、ウォーターフォール誕生の瞬間ビッグバン、先生の口からお話が聞けて、そして京都造形芸術大学にまた尊敬する先生が誕生したということは私的には大きな出来事だった。もうこれで大学の悪口は言えなくなったことになる。

コンビニ大学ロボット先生を創りだしていたのは全て事務局の差し金だった。大学の先生なんて冷たい感情を持たないalでも出来ると書いたけれど、すごい熱量で講演し質問に答えてくれる先生や、「あなたの態度が」と怜悧な日本語で燃えて突撃してくる先生、こんな熱血な先生がたくさんいる大学だった。卒業まえにそれがわかって本当に良かったと感じた。この日大学に来なければ全く誤解したまま卒業してしまうところだった。それもこれも自分が行動したせいと言われるかもしれない、でも目に見えない力がまた発動したともいえる。運命というやつ。何度も言うけれど、私は本当にこの日大学に来る予定はなかったし、出来ればこの日だからこそ近寄りたくないと決めていた。

私と千住博先生を遭わせてくれた目に見えぬ何かに大感謝したい。

と、いう記事を書こうと思ってまだ書いていないのに気が付いたのは、辻仁成先生Tweetが流れて来て、



design stories」のサイトがあるのに今更気が付く。そこに創刊記念として千住博先生×辻仁成先生の対談が記事になっていた。私は早速読みこみ、そうだ私の感動も熱がさめやらぬうちに早く書かなくてはとまた家のこともせずにこれを書いている。「千住博先生が学長だと思ったから入学したのに」と絶叫していたあの学生同様、私も辻先生が教授をしていたので京都造形芸術大学を選んだのもある。日本大学の国文学とどっちにしようかすごく悩んだ。小説の書き方をより学べるのはKUADだと思ったのもそうだけれど、辻仁成さんが先生ならこちらでしょうと来たのに、なのに私が入学したタイミングで退任されてしまった。

確かに辻仁成先生は通学生の先生で、通信教育の先生はしないかもしれない。でも去年まで通学生担当だった先生は、N先生が長年口説いて通信の授業やイベントにも参加されるようになったと聞いた。N先生GJ。なのでもしかして辻先生が未だに京都造形芸術大学の先生だったら、もしかして私の副担任とか少なくとも講演が聞けたかもしれない。私は入学してからずっとそれを期待していたがとうとう叶わなかった。そうしたらあのわけわかめになった方のように、「辻先生が教授だと思って入学したのに辞められてしまって!」と私が質問コーナーで発狂していただろう」

N先生が口説いて通信生の授業にと迎えた門崎先生は私の副担任をして下さっている。ちょっと怖いけれど先生的なスタンダードな威厳的怖さで、N先生のように取り乱したりおおえかのように策を練って人を陥れるようなことはないだろう。こういう先生らしい先生が外苑キャンパス文芸コースには不足しているのではないか。私ははこういう先生がコース主任には適任だと思う。この先生だったらこんな事態には絶対なっていなかったし、私は大目玉をくらうけれど私的感情で制裁などされなかっただろう。N先生は翻訳家だから職人的才能はあるけどマネジメントは苦手そう、人が良すぎて人を見る目もないと思う。門崎先生は私の副担任を引き受けてくれた、N先生がなんと言って私を引き継いだのかだいたいわかるし、それでも引き受けたということは私を疑わなかったということではないだろうか。

N先生、「冷静と情熱のあいだ」には何があるのでしょうね。私は愛だと思います。N先生、もっとしっかりしてください、何事も自分の目で見て確かめるようにしてください。他人を通して見た何かは本物ではありません。


senjutuji
辻先生、サイトの写真勝手に使いました。すみません。

話を戻してこのお二人が私の先生なんです、すごいでしょう。あー京都造形芸術大学に入学して本当に良かった。ミーハーな気持ちではなく本当に素晴らしい先生達。辻先生は私のフォロワーもして下さっている、Twitterしていて本当によかった。

でも千住博先生は対談の中で、ネットの世界が中心になってきた現状に警鐘を鳴らしてみえる。これは私も本当に同感で、どうしたら子ども達にそれがただの道具だとわかってもらえるのか悩んでいる。ネットは人の心も創造力も友愛も全てのみ込みブラックホールに送り込んでいる。でも取り込まれなければ便利なツールだ。これも冷静と情熱のあいだを行ったり来たりして考えないといけない大切な取り組み。いいアイデアはあるにはあるのでそのうち実行してみるつもり。ちょっと長期戦になるのでこの話はいずれまた。   

恥ずかしい記事を書いた後はもっと恥ずかしいものかすごくいいい記事でリカバーするのが最近のブームになっていて、卒論が終わったらといってよくもまあこれだけ色々書けるものだと我ながら感心する。私はそもそもブログに書くことがなくて困った事がないし逆に色々溢れてしまい書かずにはいられないようなところがある。これもひとえに私に熱心にブログをすすめてくれたWさんの言う通りにブログを始めたお蔭だろう。お陰で卒論にも書きたいものがあふれてしまい七転八倒さんざん書いて悩んで今回のものになった。彼女とは同じ年度の三年生編入で、彼女は私と違い二年じゃなくもっとのんびり卒業するつもりだったと最初は言っていて、でも私が「早く卒業して次のステージに行こう」という言葉に賛同してくれて彼女も二年で卒業することになったよう。時々彼女のブログをみにいくと「さっさと卒業したい」とか「あの授業お金払う価値あるの?」なんて堂々と書いてあり、やっぱり私と友達になれるのは彼女しかいなかったと思う。彼女と最後に会ったのは懇親会の前の授業で一緒に、一緒になったのか?違う、彼女は「ストーリーとシナリオ」に出席し私は同じスケジュールの「文化史特論」を受けたのだった。

最終日に外苑キャンパスのロビーで一緒になり、煩悩も葛藤もなにもない笑顔で話し握手をして別れた。彼女は懇親会も卒業式も行かないとキッパリ言っていて最後まで清々しい人やわと感じた。彼女はひとり社長として大成しており、私のようにもったないからじゃない行くのが無駄と思っているようだった。結局彼女は大学帰りの飲み会お茶会それからイベントには一度も出席しなかった。冷たいと思う人もいるかもしれない私も一時は思ったけれど、今はとても彼女らしいと思うしそういう人がいたって全然かまわないと思う。だって私もそうじゃない。私は豊洲のママ友界を否定したのは自分が出されてしまったからで、そういう集まりは正直嫌いじゃないし上手くいっていたら大学にも入学しなかった。でもやっぱりひとりで色々出来た日々、さみしいと思うこともあったけれど私らしく生きた時代だろう。色々なもので人の運命は決まると思うし、その人がやりたいようになんでもやればいい。私たちはお互いの言葉で違う運命になり、たぶんそれぞれにとてもいい結果をもたらしたと思う。これぞ学友だろう。私は「結局大学では友達ができなかったけど」と書いたけれど、こうやって切磋琢磨しあった間柄の人もいたわけで友達が出来たと言ったていいだろう。

誰かとつるみたがらない彼女が一回だけ興味を持ってくれたのが太宰治のお墓参りの話しで、今度行くことがあったら誘ってねと言ってくれて、私は言われてから結局一度も行っていないのだけれどまた太宰が私を三鷹に誘ったのだと怖くなった。そしてまたそう感じることがあり三鷹に行かなくていいように師匠のところに行くのをやめて茗荷谷に新たな学び舎もみつけた。でもやはり太宰の影はいつまでもつきまとっているのだと感じることがあるのは私が自意識過剰なのは言うまでもないが、運命ってやっぱり決まっているのかなあなんて思った。「私はまだ死ぬつもりがないのですみません」と太宰の墓前に祈ってから夢枕に立たなくなった太宰治。正直彼がこんなに人気なのがわたしにはイマイチよくわからない。なんか書くものが破壊力が大きすぎて意味不明だし、同じ時代のものだったら芥川龍之介や森鴎外などの方がよほどしっくりくる。

特に私は森茉莉とはもう友達だし、友達のお父さんなので応援したいわけで、太宰治のために買ったお饅頭を気が変わってその斜め前の森鴎外の墓に供えた。森鴎外の墓はでっかくて五基くらい森家の墓だった。なのに太宰の墓は多分太宰が無くなった時のままなのだろう、普通のものがぽつんと建っているだけだった。多分先日亡くなった娘などは色々思うところあり、あまり父親の墓に近寄らなかったのではないだろうか、そして立派なものに建て替えるなんてことも思わなかった訳だと思う。というのも先日従妹の家に行ったらちょうどお盆で墓参りに行くところだった。私もおばあちゃんに久しぶりに挨拶したいと同行したら、これがまあびっくりするくらい立派なものに代わっていて度肝を抜いた。彼女もひとり女社長で成功していて一家を養っているが、本当にすごいと思った。成功して車とか家とかじゃない、こうした先祖の供養にも大枚を出せるというのが本当の成功と幸せなのではないだろうか。

とまあそういう訳で、太宰家というか正確には津島家の墓は些末だったけれどその上横周りにはものすごい大量のお供え物があった。もうぎゅうぎゅうなんてもんじゃないてんこ盛りだった。森鴎外の墓はほとんどなかった。なのでそちらにお供えをした。きっと森茉莉も喜んでいるだろう。今度はいつ行くだろう、出来ればもう行きたくないような気がする。それでなくとも墓場は苦手。でも今度行くときはまず彼女を誘ってみようと思うたぶん断られると思うけれど、「今度行くときは誘って」と言われて私は「うん、いいよ」と返事した。学友の約束は守らねばなるまい。それはどうでもいい世間話ではない、ちゃんとした約束だと思うからだ。言葉にしたものは責任をとらなければならない。たぶん自分たちはそう思っていないと思っても、言霊として浮遊したものはもう目に見える契約が取り交わされたのと同じことだと思う。

例えば可愛いねと言われて育てば可愛く育つし、馬鹿バカと言って育てれば馬鹿になってしまう。そう思うと私は馬鹿とも言われたが「書いたものはきっとお金になる」と父に言われた気もするし、うちのママンやおばあちゃんは私を見るとすっぴんのボサボサでも「あなたはきれいね」と言ってくれるのでそうなったというのはやっぱり図々しいだろうなあもうおばちゃんだからというのは今ちょっと風邪でテンション下がっててパワーダウンしているからだろうか。やっぱり人間一番大切なのは健康だと思う。N先生はいつも健康そうだけれど、秘訣はなんだろう。お風邪など召されていないだろうか。というかそんなにN先生N先生と書いて大丈夫なのかと心配する人がいるかもしれないけれどノープロブレム。だってもう会わない宣言したので会うことはないんですよ、だったらももう「叱られる」ことはない訳で、しかも卒業してしまったら怒って呼び出すことももうできない。私って本当に頭がいい。

それで彼女との約束の話に戻るけれど、私は彼女には幸せになってほしいと思っている。だって一緒に学んだ学友だし影響しあったもの同士、私は彼女のおかげで幸せになったので彼女も幸せになってほしい。彼女はいまもう十分幸せだと思うが、もっと違うステージがあると思う。それはやっぱり結婚とか子育てとかそういう部分。彼女は養子をもらったらいいのにと思う。今世の中には日本でも生まれても誰にも愛されない命がある。そうした救済策として里子や養子縁組があるわけなのだが、もっと日本に浸透していい仕組みだと思う。海外のセレブなんかだとアンジェリーナジョリーはじめ有名セレブたちは養子をもらい、育て、幸せに暮らしている。日本にも富裕層と貧困層があり、私がとりくんでいる「こども食堂」は「こどもの貧困を救済」するものとなっているが、こどもになる前に貧困に直面し育てられないと施設に預けられる赤ちゃんたち。そうした育成歴があってもいい里親に恵まれると本当に素敵な大人に育つ。自分が子供を産んだから言えるのだが、血がつながっているかどうかってそんなに重要なことだろうか。私は自分が子供を産む前は、姪っ子がかわいくてたまらなかった。それだって血がつながっていると言われればそうだけれど、それも違う気がする。自分を慕ってくれる小さな命がただただかわいかったということなのではないかと思う。

子どもを育てる、その前に結婚、少なくとも旦那、もっと端的に言えば種がいるという考え方を捨てて、そこにある命を育んでみたらどうかと思う。余裕のある富裕層のリッチピープルに、犬や猫とかペットもいいけれど、養子をもらうという選択がもっとブームにならないかとも思う。一時の流行で飽きたらすぐにぽいという人もいるかもしれない、でもそれだって新たな社会問題としてみんなで考えればいいし、そうした活動もある。最初から何もなく施設で育って施設から住み込みの働き口に行くというより可能性が広がると思う。私はもう今手いっぱいで来年ほかにやらないといけないことが結構出てきてこれには着手できないけれど、誰かが言い出してやってくれないかと期待する。ひとりで十分、楽しいし友達もいっぱいいるしいざとなったら高級老人施設に入るというのはそれはそれでいいと思うけれど、そこにあしげく通ってくれるかわいい存在がいるといないのとでは違う味わいもあると思う。あーでもうちの子どもたちは私の時は来てくれるかどうか怪しいがまあいい元気なら。

あとはこれを一度書きたいと思っていたのは私の心理学の師匠の師匠の存在が大きい。師匠の師匠は北欧のなんとか大学の偉い先生をしているそうだが養子が三人もいるのだそう。そうして方々で授業や講演をたのまれるとファーストクラスではなくエコノミーでくるのだそうだ。そうしてお金を浮かせて養子を育てているのだという。普通自分が楽する方にお金を使う人が大半だろう。でも師匠の師匠は違うという。人を育てることくらい幸せなものはないのだそうだ。そして師匠は子どもを養子に育てないかわりに師匠の師匠の生徒達を無料で家にホームステイさせたりするのだそうだ。他にも色々聞いて、わたしはすっかり感心してしまった。一体これらの何が素晴らしいのか上手く言えないでいたが、宇沢さんの提唱する経済学の存在を知り、これですよこれと思うようになった。早速正月おばあちゃんちに行く時に夫に話したら、やっぱり奴は知っていて色々教えてくれる。夫の後輩に宇沢ゼミの出身者がいて、あの人もう東京に戻ってきたよなどと話が流れたけれど、さすが私の夫だわと思った。そこからいつも私があちらこちらから「旦那さんに相談したい」とか私が勝手に「夫に言えば解決するわよ」などと言ってそれはたいがいその通り上手くいくけれど、これってプロに無料で頼んでそれっきりというヤツじゃない?私と友達だからってただで夫を使っていいと思う方がおかしいとか私が言い出して夫がそんなもんだよなんて言って、もう今度夫に頼りたいという人が現れたら一回20万円は取る!だって破産して弁護士が管財人になったら20万円最低でも払うことになるでしょう?破産を免れて20万出すのか破産して20万とられるかっていったら前の方がいいに決まってるじゃない。なのにみんな「ありがとう」とメールで終わって普通家にお礼に来るべき事例じゃないの?頭にきたのでそれぞれの年賀状に「夫に頼んだ件出世払いなので忘れないで」とそれぞれに書いておいた。他にも「今年の年賀状は戻ってこないといいけれど」とかもある。なので年々友達が減る訳よ。でもそれでも残ってくれた人達が今の友達な訳で、感謝せねばなるまい。  

なんか結局私がケチみたいな話になったが、それとこれとは違う。プロにただで何か頼みたい人が多すぎると思う。私はまだプロじゃないというかライターはプロだけれど自分の名前を出さずに書く方がいいお金がもらえる感じでまあいいですけれどもそのうち٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

言霊について書こうと思ったらまた違うものになった。タイトルをどうしようか考えてみたい。こんなにいろいろ書くのは寝ると背中がぎしぎしと痛くて寝ていられない、起きてスマホをいじるのにも飽き、こうしてパソコンンに向かって手を預けて動かしているとちょうどいい角度になり背中も痛くない。これ一体なんだろう、本当にただの風邪なのだろうか。もう少し様子をみて治らないようなら近所の内科にいってみようか。やっぱり豊洲は便利だな。


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参考記事:アンジェリーナジョリーが養子を迎える理由とは?http://topicks.jp/20549



世界の日本語が読める皆様こんにちは。今日はまた夫の実家にいて御節を食べている。昨日は本当に散々な目にあい、しかも夕方からノックダウン、そのまま寝込んでしまった。おばあちゃんには言えないが夫の実家が寒いので風邪をひいてしまったのだ。発熱、悪寒、咳も出て、夜中に息苦しくなり起きてしまったくらい。息をするとヒューヒュー肺から変な音がし、息子が肺炎で入院した時、こんな呼吸をしていたことを思い出した。真っ暗な中でじっとしていたが、人が死ぬ時って案外こういう感じで、あれ、あれなんかおかしいなあと思っているうちにどんどん悪くなり意識がもうろうとしてこと切れるのかしら。作家のベルゴットもあの時自分が死ぬなんてこれっぽっちも思わなかっただろうし、そうやっていつの間にか気が付いたら体が浮いて寝ている自分を自分が上からみていて焦る、みたいな感じなのかなとか、でも宮沢賢治は病に倒れた時に自分の死を悟り『雨ニモマケズ』を手帖にかいており、あれはさわやかなポエムでも力強く生きたいという指針的な書きつけでもなんでもなくて、死神の影に怯えながら「こういう人に自分はなりたい」と、命を助けてくれたらこういう人になりますので生きさせて下さいと言う目に見えぬものへの上申書だったと知る人は案外少なくてもちろん私もそうだったけれど、京都造形芸術大学通信教育学部外苑キャンパスの読書会に宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」が題材になってその時に「雨ニモマケズ」が参考資料として扱われ、この詩のような書きつけの後に般若心経がびっしり書いてある資料にショックを受けたのを思い出し、死に方としてはベルゴットと宮沢賢治とどちらが死に方の理想なのかとかだんだん熱があがってきた感じがしてあちらこちら痛いけどこのまま死んでもおかしくないような気がするとかでも私が今死んだらせっかく立ち上げたこども食堂はどうなるとか、あと一年くらいあれば「私がいなくても」こども食堂はみんながやってくれるというか、みんなのこども食堂になる訳で、そうしたらひとりの寂しいぼっちママが自由にひとりを楽しめるんじゃないかとかそれより子ども達私がいなくなったら夫の管理下でぎゅうぎゅうと窮屈な生活を強いられてめちゃめちゃになってしまうとか私がいない方がもしかして豊洲スタンダードの勉強や習い事は頑張るけど自分や自分の属しているグループの人達だけとぎゅっと固まり他の人なんて死のうが生きようがどうでもいいという人に育つ方がこの街では間違いなく生きやすいだろうなとか色々考えた。

考えているうちにどんどん怖くなり、そうしてこういう時にばっかりいつも喧嘩して罵倒するだけの夫にすがることになるいつもと同様夫の所へ行った。N先生がフランスに帰ってしまうという淫夢のせいで涙でぐしょぐしょになりながら、「ねえ私肺炎かもしれない。呼吸が苦しい」と訴えた。その声もひゅーひゅーと肺から変な音が聞こえて来て、医者になりたかったという夫が本当に医者だったらこういう時もっと便利なのにとか医者になっていたら私とは結婚しなかっただろうなとか夢を叶えて苦学の末偉いお医者さんになった幼馴染のSくんはノーベル賞とっても「昔好きだった」と言ってくれるだろうかとかそしたら私は初恋の人としてセンテンススプリングに取材されるかもとかそうだSくんといえば名士の方のSくんに年賀状出さないととかその前に年賀状まだバッグの中だとかポストまでたどり着く前にこと切れたらそのまま喪中になるのだろうかとかモヤモヤと考えたのでございます。夫はそんな私の内面を知る由もなく、「どれ」といっておでこに手をあて、いつもなら「馴れ馴れしく触らないでよ」と怒るところこの時ばかりは大人しくされるがままで、夫は「肺炎てのは熱が出るんだよ、ないから風邪」といってアイスノンなど出してくれてそれを頭にあてて自室のベッドでうつらうつらする頃には、自分の肺炎疑惑も消えてほっとしたのか浅い眠りの中でまどろんだ。その時すごい面白い夢をみてでも内緒。起きてああそうなんだそうなるのかと嬉しくなった夢。私と敵対している(と、自分では思っていないけど向こうはニラニラしているおおえかじゃないあのメディア野郎と言われている人)人と笑って話しているだけという夢で、いつも誰かに喧嘩をふっかけていると思われているけれどそれは間違いで、素朴な疑問を投げかけるとたいがい気を悪くされあっという間に敵対の対象にされてしまうのは私が本当の事を言い過ぎるのかもしれないでもこれ子どもの頃からそうで、小学校一年生の時の女の担任の先生に激怒されたことがあり、大学生になっても同じような感じで人はというか「自分と未来は変えられる」というのはやっぱり間違いだと思ったりもした。このセリフで私を戒めようとしたセレブデブだって昔ヤンキーで銀髪だった頃と全然かわっとらんやんと思うし、セレブデブが変わったと思っているのは住所とステイタスと収入くらいで、中身は物心ついたころと全く変わってないやろ?それで未来だって自分でどうこうしたというより大学やめるとメソメソしていたところに私という救世主が現れて息を吹き返したのだって自分の創った未来やないやん。でもそれにより他人(この場合大学の要人)は変わって過去(大学やめたいとメソメソしていたこと)が変わったでしょう。やっぱり「自分と未来は変えられないが過去と他人は変えられる」といことにならないだろうか。また言ってしまい余計に嫌われたかもしれないけれど私の言いたいことがわからなくて去るならそれで別にかまわないし「頼んでないし自分で何もかも解決したんだから助けたと偉そうに言うのがお門違い」と言うなら言い続ければいいし、どうせ何もなかったふりしていじめっこのおおえかとも上手くやるんでしょうもう本当に飽きれてものがいえないけれどこれが普通の組織人なのかもしれないですねっ!同じく私が「ズベ公」とあだ名をつけた新入生も大学やめたいとメソメソしているもんだから懇親会に誘ったら先生の悪口を言いいや私も言ったけど私はいいけど他の人が先生の悪口を言うのは我慢ならないというか旦那の悪口を愚痴っていたら近所の奥さんが重ねて「そういえばあなたの旦那さんさあ」と色々言い出して「なにようちの旦那の悪口言わないでよ」と怒るようなものかもしれないけれど、懇親会二次会ですっかり元気になり大学続けるとか言ってそれは良かったんだけど後から何も言ってこないしそれは二次会の後であのナースのおっさんとどっか行ったから隠し事が出来たからに違いないのではなんかこんなスベ公先生の元に置いて卒業することになるけれど良かったのだろうかとか先生は絶対相手にしないだろうけれどそういう色々を見るのが嫌で気分を害されたらお気の毒だとか先生はエロはダメだから変なもの書いて課題に出さないでよ!とか自分が先生宛にすごいの書いて提出したら違う先生が採点して返ってきたのを思い出した。スベ公もエロいのを書いたらクルーソー先生が採点してきたといい自分もそうで「エロ担当はクルーソー先生」という風評も生まれたけれど、やっぱり〇ゲは強いのかな?なんてちょっぴりエロトークしたりしてこれはこれで楽しかったのよなのに私ったら変な命名したりして。でもやりまんともビッチとも違うなんか昭和ちっくな感じが彼女はしてスベ公というのがピッタリでさあ。もう私のあだ名は秀逸すぎてこれも人に嫌われる原因のひとつ。京都の「冬彦さん」とか豊洲の「しゃくれバーチ」とか、周りはすごくびっくりでもとても感心してくれて心配もしていると思うでも大丈夫、うーん、大丈夫じゃないなやっぱりごめん子ども達。

つらつらと37.4度の熱にうなされながら色々考えていたらすっかり元気になり、諸事情で一日延期になったおばあちゃんちへの年賀に出掛けたら年末年始にあんなに親愛の情をみせてくれていたおばあちゃんがカンカンに怒っていてそれもまた私への誤解なのだけれど私は今年も色々な人に叱られるのかと思った。でもあの懇親会のN先生の怒りを超えるものはないのではないだろうか、だったらどんなものが来ても大抵平気だろうという自信もある。それに先生が怒ったのだって色々調べたり考えたりしているうちにこれも双方の認識違いというか完全なる誤解が生みだしたものだとわかった。それもこれも第一の原因は「おおえか」次に事務局長の「コナン」それからもしかして全然関係ない全く関与していない疑惑も残るが監督不行き届きということでは学長の「なまず先生」この三人を吊し上げたいと思う。もうひとり通信教育学部部長も同罪に等しいと思うけれど、全く部外者なので上澄みしかわからずたんたんと仕事をしたという意味では色々とありがとうございましたと言いたいけれど、懇親会に出席することにした私が多分N先生と私は普通に生徒と先生として話せないのではないかという予感があり、会の前に10分でもいいから話をする機会をつくれといったら「あなたのためにもそれはしない方がいい」という訳のわからない理由でまたしても拒絶され、そのお蔭でN先生VSフィガロ仮面という京都造形芸術大学通信外苑キャンパス懇親会史上最強の伝説が誕生してしまった。ちょっと会って話せば誤解は解ける、なのにそれが出来ないものだからどんどんどんどんお互いの誤解や妄想でパンパンに膨らんでしまいそれが大爆発してしまった。この原因は通信教育学部部長にあると言っていいのでこれはちょっとやっぱり恨む。でもお蔭で「事務局がふたりを引き裂いていた」という事実がわかってよかったと思う。もしN先生自身が面会を拒否していたならあんな事態には絶対ならなかったと思ったし、今までも多分そうだったのじゃないかと悟った。ああそうだったのかと。多分N先生もそうだったのかと驚いてみえると思う。もう事務局が最低。変に誤解したのか色眼鏡でみたのか私をズベ公認定していたのかやっぱり通信教育学部部長をも操っていたのは「コナン」そして「コナン」に色々私の悪口を言ったのは「おおえか」ということなんですよねー。こうなると学長に送った手紙も「コナン」が握りつぶした疑惑が濃厚になってくる。これら「組織ではよくあること」と普通は流れていってしまうけれど私はそんなの我慢できなかったというか今もそうでこれから卒業までに、場合によっては卒業してからも追及してみたいと思う。というかそんな暇あるかなあ。「豊洲こども食堂」を自分の手から巣立つように豊洲という街全体の共有財産にしていくという取り組み、私が飽きたとか面倒だからじゃない。これだけ注目が集まってきたのだから、私ひとりクローズアップされるのではなく「街のみんな」で運営した方が絶対いいと思う。それは古き良き豊洲ではずっとやってきたこと。私は昨年豊洲商友会の手伝いをめっちゃしたし、そこの勉強会にも足スタントで参加させてもらったりしたけれど、きちんと「共同体」が育まれていてなによぴらぴらで底の浅い街だと思っていたのにこんなにも暖かい暮らしの息吹もあるんじゃないのと感じて驚いた。この古き良き時代の豊洲を復活させる救世主に「こども食堂」がなれるんじゃないだろうか。誰かがいじめられて孤独を感じていても、かばえば自分がそうなってしまうとか自分達の小さなテリトリーだけなんとかうまくやって行けばそれでいいとか、そういうみみっちい流れを作ってしまった悪しきボスママの創り上げた「ママ友グループ」という習慣を「そんなもの百害あって一利なし」とまではいわないけれど、みんなでちゃんと考えるきっかけになるのではないかしら。

そんな風に考えながらうつらうつらしたら大分よくなってきてそれを考えたのが1月2日ということで良い初夢もみたし、この一年は今度こそ本当にいい一年になる気がした。

それはさておき、あの小説、もうN先生もそうだけれど、寒竹先生や門崎先生も読んでくれたかしら。あれをたったの3時間ぽっちで書き上げたという事態、自分でもちょっと驚いている。素材もテーマもモチーフもさることながら、中身は大学で習った集大成のようなものになっていて、あちらこちら全部授業で学んだこと、それから寒竹先生門崎先生が色々卒業制作で講評で書いたり話したりして下さったものがぎゅっと詰まっている。自分ではその時その時になんとなく聞いたり学んだりしていたように感じていたけれど、私の中にみっしりこれらが詰まっているのだとわかる。卒業制作傑作すぎて自分で怖いと思うし読んだ先生方驚くのではないだろうか。思えば卒業制作、本当に悩んで頑張った。リビングジョナサンでまず最初にローズヒップ&ハイビスカスティーを淹れて飲みながらおもむろにしたのはまず先生達の講評文を隅から隅まで読むことだった。書きながら都度読み返すのでは効率が悪いし、なんかこういうのあったなまあいいかで進んでしまってはどうでもいいものが出来てしまうのではないかと懸念した。先生達の書いてくれたものを多分100回は読み返したと思う。それはひとえに「いい先生を演じて書いた」ものではない、素の先生から生まれた私だけへのメッセージだとわかったからだった。私の卒業制作の担任副担任、本当は主担任おおえか、副担任N先生の予定だったはずだ。それが土壇場でひっくりかえったのはおおえかの差し金なのだが、これがまあ私がいつも言う、私は運がいいというやつで、頭も顔も性格もいいというのは置いておいて、本当にいい先生にあたったと思う。何度も言ってそろそろ申し訳なく感じているが、もし主担任がおおえかだったら絶対にあれは書けなかったと思う。世の中のトレンドを意識した万人受けを狙う上手い小説もどきが出来上がったのではないか。あの大問題の「ストーリーとシナリオ」の授業は寒竹先生が担当すべきというのは何も意地悪でもなんでもない。自分の幸せはみんなに分けてあげたいという私の良心、生徒の中から私のような芥川賞作家がさらに生まれるかもしれない。だいたいあのおおえかの授業本当にひとかったみたいで、私がだからモテないとdisった学友もブログで何度もそれを言及しているくらい。あの人は私が大学で唯一友達になりたいと思った人で、自分を厳しく律して仕事して合間に勉強自分磨きをしているせいか物事や人を見る目も確かでいつも本当の事しかいわない。色々あり私とは袂を分かつことになったが、こうしてそれぞれの道で生きるのが私たちに相応しい間柄ともいえる。このように阿吽の呼吸で同じように批判するのは彼女は私のことなど一ミリも慮っていない同じ眼でものごとをみている証だろう。そういうことで大学もまだ決心がつかないならもう一度ちゃんと学びの場に相応しいものを学舎に引き入れるように、そうでないものはきちんと排除するようにと願うばかりだ。という訳で私が寒竹先生に巡り会えたのは本当に奇跡だと思うし神様の采配、普通は絶対ないマッチングだった。あの私の卒業制作、もうどこに出しても恥ずかしくない驚くくらいいいものが出来た。でもあれが書けたのは私の力というより寒竹先生門崎先生が帆走して下さったおかげが80%くらい。謙虚でもなく本当にそう、私ひとりだったら絶対かけなかった。あの小説は私のブログと一緒で、一部のボスママたちには反感を買うと思うが悩めるお母さん達が読んだら勇気づけられるのではないかと思う。世界平和のためにこの作品が日の目を見る日が来るようにと祈念したい。

なんか風邪をひいたという記事を書こうと思ったらまた全然違うものになってしまったけれど、書きたいことが書けて満足。こういうのってあれですよね、L'Arc〜en〜Cielのhydeさんがデビューからずっと事務所を変わっていないのは自由を尊重する大石さんに感謝しているからで、winwinだけじゃないちゃんと信頼関係もあるのだと感じる。私が私を好きになれたのはある時期を境に自分を縛るのをやめたからだと思う。ボスママに嫌われないように、目立たないように、子どものために息を殺すように生きる。そんな事をしていたら自分が壊れてしまった。もうこんな事を続けていては死んでしまうと思ったママ友の世界を飛び出し、そのせいで子ども達が酷い目にあったけれど、私的にはよかったように思う。自分で自分を縛る自分が大嫌いだった、でもやめたら好きになったそんな感じ。そんな時にラルクのdriver'shightに出会いそうだ人生なんてあっという間に終わってしまう自分の思うように生きようと考えだした。こうして考えると私の人生を変えたのはまずビルゲイツ、それからハイドさん、最後にN先生と三大巨頭が揃った。そうだ、他にもイケダハヤト尊師とか心理学の師匠、弁護士の先生、栄子先生、松本先生、こども食堂の師匠、ライターの師匠、製本の第一人者S先生などなどいい先生達に恵まれて幸せだと感じる。製本のS先生は初めてお邪魔した時に私を気に入り、話し足りないから泊まっていけといってくれたくらい。大学の「本をつくる」という授業は受けられなかったけど、S先生に教えてもらおうと思う。「本をつくる」という授業は武蔵美にもあり、この時もスケジューリング的に叶わず受けられなかった。それは置いておいてこうして考えると直接色々教えてくれるのは女性の先生ばかりで、男の先生は遠くから色々メッセージをくれるとい選択をしていることがわかる。

あのナースコスのおっさんが文学フリマの打ち上げで新N先生に「この人は女を張って生きてるから要注意」みたいな事を言ってムカついたものの場を白けさせたくなくて「ああそうなのよ年をとればとるほどそういうのは上手くなってね」などと言って受けていたけれど冗談じゃないわよ!私は女売ってのしあがったことなんて一度もありませんからね。だいたいこのおっさんは入学したては私が好きでちょっかい出してきて最初の飲み会でエロトークばかりするので私が怒っていいつけて叱られたもんだから逆恨みしているわけよ。それでも飲むたびに「外に彼氏つくればいいのに」とかそんな事ばっかりいって、でも「おおえかがあのブログをどう感じようがそれは向こうの自由じゃない?あんただって自由に書いているんだろ?」とか言ってくれてこの時は伊達に女たらしじゃないよくわかった人じゃない、でもキモイから思うようにたらせないこれでルックスが西島秀俊だったら私も危なかったなとか、こういうのを心配して今でもおばあちゃんが「外に働きにでちゃだめ」とか言ってるんだろうなとか世の中結構不倫って多いんだろうなとか去年ランチ友達とめずらしく夜飲みに行ったことがあって案の定変な人達がちょっかいかけてきて「もう奥さんには立たない」とか気持ち悪い事言い出しあっちいって欲しいなあと思ったけれどしつこくからんできたからぶった切ったらすごい怒りだして友達と逃げてきたけど「豊洲のタワマンに住んでる」って言ってたからどっかで会うかもとか子どもがあの保育園とか言っててああ茹で太郎の近くの保育園なのか世の中狭いなとか私は人の名前は覚えられないけど顔はしっかりおぼえちゃったから会ったらすぐわかるとか世の中どういう風に繋がっているかわからないから自分も気を付けようとか色々考えた。

 

 ※あの3時間で書いた一万字の短編小説がぶっちぎりのランキングトップになったというのが、本当の卒業制作だと感じた。

ちなみにタイトルの「風邪をひいちゃいました」というのは、昔森高千里が『渡良瀬橋』という歌の中に書いた一節、昔の恋人なのか想い人だかに渡良瀬橋からの景色と共に心の中で語りかけるという作品、ここに「風邪をひいちゃいました」とあった。風邪をひくと私はこの歌のこの歌詞の部分をつい思いうかべ「風邪をひいちゃいました」とつぶやく。いいですね、森高千里。あの人も小説を書いたらいいのにと思う。こうして考えるとボブディランがノーベル文学賞とったのも不思議でもなんでもない、歌でも小説でも同じこと、もっといえば何かを表現するのに絵でも文章でも音楽でもなんでもいい、自分の好きなもので形を創ればいいのだと感じた。私も芥川賞よりノーベル文学賞、もしくは平和賞を目指そうかなあなんて思った。いいものを書いたらN先生がフランス語訳してくれるかもしれない。

新年あけましておめでとうございます🎍 

今年は私だけ夫の実家で新年を迎えました。夫の実家の味を習いたいのと、年末年始のお手伝い。

お雑煮は鰹出汁に大根人参牛蒡の千切り、小松菜、鷄腿肉、椎茸、八つ頭、柚ちょっぴり。おばあちゃん、お餅は一個でいいって言ったのに💦色々食べ過ぎて苦しい…  #お正月 #お雑煮 

そしてこの春、やっと大学を卒業します。その後何をしようか考え中、でもその時の色々なテーマは、いつも目の前にふわっと現れます。自分では予測不能な感じ。

「過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる」

というのは間違い、

「未来と自分は変えられないが、過去と他人は変えられる」

こんな私に、今年はどんなご縁があるでしょうか。自分的にはまずはお母さん業を頑張りたい、昨年は大学の課題や卒論で家族に、特に子ども達に色々迷惑かけたしね。

でも、だからこそ子ども達、逞しく育ったのかなあと思います。

今年の我が家は大きな変化がありそう。どんな時も清く正しく美しく、尽力したいと思います。

本年もよろしくお願い致します

2017年元日



実家のママンが大好きで定期購読していた『暮しの手帖』、先回の帰省の時にテーブルの上にあったので聞くと、また定期購入を始めたと言っていた。多分色々で雑誌どころではなかったのが、落ち着いて書物を眺める余裕が出来たということなのかもしれない。私も一緒にずっと読んできた雑誌、今はこうしてFacebookでも色々なものが眺められるようになった。そして今朝、興味深いことが書いてあったので確かにそうかもとまた記事を書くことにする。

今年やり残したことは、一番は大掃除と断捨離だろう。ミニマムな生活を目指し、家の中のものを半分にしようと考えていてこれは年内に出来なかった。掃除はざっと頑張ろうと思っていたが、年末から元旦に来るはずの妹がスキーで怪我をしたとかで来られなくなったので掃除へのテンションも落ちている。でもやらなくては新年は迎えられない。がっかりだが頑張りたい。

一緒に叔父の家に行こうとかららぽーとの初売りとか色々計画していたのに残念。せっかく一緒に誰もいない我が家で紅白を見てシャンパンでもと思っていたのに。クリぼっちどころか年末年始ぼっちになりそう。

でもこうやってしょんぼりするのも悪い事ばかりではない。テンションがすっと落ちて「ちょっと鬱っぽい」感じになった。「人間はちょっと鬱っぽい精神状態が一番いい状態」と言われたことをまた思い出した。「何もしない愛」の記事を書いてアップしてから恥ずかしくてでも今更削除もなんなのででもどうしようみんなが見るのにわーアクセスランキング1位になってるどうしようどうしようとブログだけじゃないSNSもしまくってしまいテクノストレスもあったのだろう。夕べ軽くパニックになってしまった。

「大丈夫大丈夫」とずっと頭の中でつぶやいていて、そのうち息子の寝息を聞いていたら落ち着てきた。久しぶりに怖かった。私と運命共同体の息子も「お姉ちゃん嫌だ―!」と寝言でうなされていた。トントンしたらまた寝てしまったけれど、姉弟の仲が悪くなるのってたいがい母親のせい。誰かを依怙贔屓したりどっちかばかり厳しかったり。公平ってなかなか難しいが、やっぱり気にしてあげなくてはいけないと思う。

そんな反省もふまえ、やり残したことと来年の目標というより指針。目標にすると私のことだからがむしゃらに頑張ってしまう。そうなると色々周りを犠牲にしたり迷惑をかけたりする特に家族。なので「指針」

今年やり残した事

・断捨離・・・家の中のものを半分にする。衣類、本など。特に衣類は要チェック。松尾たいこさんのように一年間洋服を買わないということにしてもいいかもしれない。丁度一昨日ぺたんこミュールを一足買い換えたので、多分大丈夫だと思う。

やり残したことはこれだけかも。都営四丁目公団の方にチラシと粗品を持ってご挨拶というのは新しい年にして良かったかもしれない。今まで曜日が固定でなかったのが毎月第四水曜日と決めさせて頂けて、憶えて貰いやすいだろう。これは来年すぐの宿題。また息子に手伝って貰おうと思う。

来年やりたい事(目標ではない)

・断捨離・・・もう家族がびっくりする程徹底的にやりたい。だいたい家の中にみんなして何か持ちこむが出すのはいつも私。狭い家がもので溢れかえっている。全部捨てたる!(寄付、譲渡など含む)

・運動、芸術・・・もう大学も終わったので好きなことをする。プールも11月で退会していたので再び入会したい。会費は自分でライターの方で稼ぐことにする。それから絵を描きたい。色々あり版画はもう無理だと悟った。

・息子の習い事を増やす・・・これは強制ではなく本人がやりたがっていたものの、私が対応できていなかったもの。やりたいことをさせてあげたい。

・娘と仲良くする・・・ブログに色々書いてから、娘の悪戯が「かまってよ」というサインだと心でキャッチできるようになった。叱らずにもっとかまってあげようと思う。春から部屋も可愛くキレイにして譲ってあげたい。

それにしても今年も本当に色々恥ずかしかった。先日娘が「ねえママ、フィガロ仮面って」というので、えっ?娘ちゃんまでもう私のブログ読んでいるの?と焦ったら、なんのことはない、私が懇親会翌日写真を見せて話していたのだった。「先生のこと好きなの?」と聞くので「だーいすき。先生が好きだと勉強が楽しいわよ」と答えた。

もうあれもねえ、あんな風に書くつもり全然なかったのよ、なのに手が勝手に。恥ずかしさを消したいのとあの記事を読んで欲しくなくて色々興味を引いてもらえそうな事を書いたら余計に恥ずかしいブログになってしまった。

いつも言っているが平然と書いている訳ではない、ドキドキしながら恐る恐る書いている。もういつも全部消したいと思うし誰も読まないでとも思う。でも読んでくれてお礼など言われると頑張って書かなくてはと思ったりもする。どうしろと。

でももう夕べプチパニックになり(本当のパニックになると夫のところに行って抱っこしてもらうが夕べは行かなかったのでプチといえる)今年はもうこれで勘弁してもらおうと思う。誰も期待していないし好きなように書いているつもりでもついサービス精神が旺盛なので一線を超えてしまうことがある。

「書かれた人の気持ちを考えなさい」という観点からするとどうもすみませんとしか言いようがないけれど、来年こそブログの路線を変えようか、それとも無期限停止にしようか、今度こそ小説の方に想いを移していく時期に来たのではと感じる。

「芸大に通う豊洲ママのblog」も「芸大を卒業した豊洲ママのblog」になってしまうし、どうしようかなあ。こう考えるとイケダハヤトさんは本当に偉大だなと思う。

SNS、Twitter、インスタ、blog、Facebook 全部年末年始はお休みにして、紙の手帖にこれからの夢、計画、yりたいことなど色々書いて考えてみよう。自分の文字で夢を書くと本当に叶う気がするから不思議だ。デジタルとは違う味わいがやはりある。

デジタルデトックスも新年の抱負のひとつ。これもすごく難しい取り組みだと思う。特に子ども達をネット漬けにさせないために何が出来るだろう。本当に便利な世の中になり、パソコンやスマホひとつでトレードが出来、お金を稼ぎネット通販でなんでも買えるし家まで届く。

でもやはり思うのは、体を動かしてお金を稼ぐという事ももとても大切だと思う。もしディトレードで家でなんでも叶うような人は、ボランティアなどで体を動かせばいいのではないか。そうすると人間的に辻褄が合い、生活もよりよいものになるのではないか。

それから体を動かす仕事代表のような農業の未来については重要課題だと私も考えている。みんな楽なほう楽な方へと流れた先に何があるか、人間本来の幸せは決してないということだけは確かだ。これについては長期スパンで要検討。それを叶えるにはまだまだ自分の力が足りない。

お金だけでなく人の気持ちも変えてかなければならない。「過去と人は変えられないが未来と自分は変えられる」というのが定説だけれど、私は逆だと思う。過去の事実は変えられないが、想いは変容する。自分が変われば人だって変わる。

未来はもう決まっていて自分の力では及ばない何かが決めるので、どう足掻いても変えられないのだと思う。それが努力でどうにかなるというのはちょっと違うのではないか。だからと言って何もせず果報を寝て待つというのとも違う。どうなるかわからない未来を想像し今出来ることをする、それは今の私の場合は家を掃除する事だろう真面目な話で。

年末は予定変更して私もスキーに行こうか、それとも夫の実家に私だけ手伝いに行こうか。おばあちゃん本当に具合が悪そうで、ちょっと嬉しくない予感がしているのだ。こういう虫の知らせ私の場合は、嫌というくらい当たってしまう。息子もそういう人で、何か決める時には「虫が教えてくれた」などと言うことがある。でもこういうのも本当に努力ではなんともしがたい運命なのだろう。

未来を変えられるなんて人間の思い上がりだとつくずく思う。その決まっている未来の中で、どうしたらいいか、何が出来るのかと足掻くのが人生。来年も精一杯ジタバタしたいと思う。

今年一年、皆さまにはお世話になりましてありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

戸締り用心火の用心 。年末はスリも多いので気を付けて!私は先月スリにあった。その話はまた来年気が向いたら。そうだ、保険会社にその件の書類も書いて出さなくては。年賀状も!まだまだやり残したことはたくさんあると気付いた年末の朝。

よい年をお迎えください。
   

昨日はこども食堂にたくさんの方にご参加頂きました。参加者はボランティアの方含めて42名でした。毎回50名の方にお越しいただくことを想定していますので、余裕のあるちょうど良い人数の方をお迎えすることができました。という記事をこども食堂のブログの方に書きたい(書いた)、それから佐々木さんのトークイベントの方を書く方が先だけれど( これも書いた)、朝起きてFacebook のタイムラインを眺めていたら景山知明さんが興味深いことを買いてらして、私もこの件に関しては思うところもありまずこちらから書いてみたい。この思い立ったらすぐ書くというのってとても大切で、後で思い出しながら書こうと思うと色々忘れていたり温度が違ったりで上手くかけないことが多い。他に興味を引かれることが出るともう書かなくていいみたいに思って日常の雑多に飲み込まれてしまうこともある、というか、そういう事がとても多い。なのでまずはこちらを書きたい。今日はこれからこども食堂の収支決済をしてあちらこちらに早く書いてとせっつかれている書類類を書き、佐々木さんの記事、それからご招待頂いた舞台とコンサート、それからTwitterで色々書き込んだもののまとめなど書きたい。Twitterの方も見て下さる方から、「朝からドキドキした」と声をかけて下さり、『愛の戦士 フィガロ仮面』もひとつの作品としてまとめないと勿体ないように思った。でもあの『フィガロ仮面』シリーズは誕生までに、約半年ああでもないこうでもないと学友や事務局を巻き込み水面下では色々あったものの総決算。巻き込む前はひとりですごく苦しんでいて、でも「これは子どもに関係ない自分だけの事なので我慢すべき」と大学もこのまま静かに卒業するつもりだった。卒業した後など自分に関係ないからどうでもいいと、そういう分別と決断をするが大人なのだと。でもやはりこういうブログを書いているせいか、あちらからもこちらからもそういった情報がたくさん集まり、当事者は私と一緒で黙ってひとりで苦しみ運命と大学を呪いやめたりやめようとしたり授業をキャンセルしたりイベントに行きたくても行きにくくなったり休学したりしようとする人達が大勢いて、自分も含めそういう人達の救済策としてならやってもいいと判断した。きっかけは、また先生に叱られたのがやはり大きい。私は先生に叱られれば叱られるほどそれが激しければ激しいほど勇気と元気がわいてしまうように感じる。最近始めたこども食堂も、先生に最初に叱られたのをきっかけに色々考えて先生の期待に応えたいと考えたせいもある。でもつい最近のやつはは今世紀最大の竜巻のような凄い怒りで周りは驚き慄いていたが、私は叱られると思っていなかったので驚きはしたがしっかりと 先生の気持ちを受け止められたと思う。そういう訳でなんでもかんでもいきなり沸点が高くなり破れかぶれにあちらこちらdisる訳ではなく、大学だけじゃない、あの時もこの時も元都知事候補の礼の事件の時も理由がちゃんとあった。そうなった経緯やその理由などをお互い冷静に話し合えばあっという間に解決するのに、いつも色々が介在するので話はややこしくなる。先生と私がややこしくなっている原因はおおえかと事務局のコナン、やっと最近それに気づいたので良かったが、私だって一時は先生を疑ってニラニラしていたが今は違う。やはり動いてみないと何も始まらないしわからないものだと今回も思った。色々書いたが全部自分ひとりで調べ上げた私は「忙しいのか暇なのかよくわからない人」と言われるだけあり、自分が興味をひかれるものには時間をたっぷりかけるのでやらないといけない色々がなかなか捗らない、でもプライオリティは考えるまでもなくちゃんとわかっている、だから色々悩むのだ。先生はあのTweetを読んで頭を抱えているかもしれない、でも自分が誤解していたとまた気づかれたと思う。先生が私を怒るのはいつも私を誤解する時、刺激して怒らせるつもりは全くないのに何故そんな風に思われてしまうのか、本当に心外なことばかりだ。

※子どもの面倒をみないといけないのでまずはここまで。7:02

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画像は影山さんのFBより

続き。やっぱりちょっとでも間が開くとすっとテンションが下がるというか冷静になれて、これはこれでいいと思うが、でもこれが一週間とか後だったら絶対もう書かない、「書かなくては」という気持ちまで忘れてしまうと思う。私がずっと書いてきたブログもそうで、今読み返すとあの時の状況や自分の気持ちがありありと蘇り、タイムマシンに乗り過去を覗き見るような気持になる。そういうつもりは全くなくて、今豊洲で起こっている忌々しき事態に警告を発するようなつもりだったのだがなかなか世間はわかってくれなくて、紆余曲折ありそれで良かったのだと思えるようになったのだって本当に最近で、でもまだ悩むところがたくさんあるのが現実。でも最近思うところあり、自分の写真もSNSにアップするようになった。あのトヨスアモーレの方がFBに私と一緒に写った写真をアップし「森生ゆり子さんと一緒です」とタグをつけたので顔は出さないと決めていた私は慌てたが、まあ豊洲で私の顔を知らない人は多分いない、今更いいかと自分もアップしだした。豊洲こども食堂という、食の安全もアピールしなくてはならない立場にもなり、顔も出せないような人だと思われてはダメだろうとも考えた。アモーレさんはいいきっかけを作って下さったのだと思う。

そういう訳で自分の写真をアップしだした経緯と、理由などもついでに書いたが、この後で書いたものを読み返すというのは何もブログやSNSのものだけではなく、ほんの少し前は紙の媒体がそれにあたり清少納言の書いた日記は遥かなる時を経て未だにベストセラーだ。私は本が好きというより文字を読むのが好きで、昔から手元に文字が書いてあるものなら手あたり次第になんでも読んだ。新聞から雑誌にパパが買ってきて隠してあるエッチな読み物とかママンが病院や市役所でもらってきた機関紙や暮らしの手帖なども隅から隅まで読むような子どもだった。なぜそうなったかはよくわからない。家の両親は共働きで読み聞かせしてもらった覚えは1シーンくらいしかないし、家に色々な本はあるけれどアカデミックな雰囲気はなかったと思う。でも家の本棚、学校の図書館、街の本屋などで本をせっせと読んだ。図書館はものすごく辺鄙なところにあるので一回くらしか行ったことがない。これは今でも地元の友達達となんであんなところに図書館を作ったのかと語り草になっている。話を戻して本の話、今若い人たちがあまり本を読まないというのは、私が言うまでもなく手元にそれに代わるものがあるからで、何か読みたいと思うとスマホをタッチすればたちまち有名無名の文士たちの書いたものが読めるわけ。いちいちどこかに行って探す手間もないし、一部有料記事もあるが一般的にはこれらは全て無料で読める。しかも「青空文庫」などでパブリックドメインとなった作品は全て無料なのだ。こんな世の中がくるなんて私も思ってもみなかったし、旧き良き時代の作家達がこの現状をみたら心の底から嘆くのではないか。そもそも著作権がたった没後50年で切れてしまうという日本の法律、もう撤回して永久に著作権が保護されてもいいように思うが、それだとまた私のわからないような人権的諸問題が出るのだろうか。日本では著作権は作者没後50年、映画などの作品は70年、アメリカはつい最近50年から70年に延長された。自分が作品を享受する側だったときはパブリックドメインはメリットばかりだったしつい最近まで早く谷崎が公有財産になって青空文庫にならないかしらと思っていた。だが自分が書く側にまわった途端、知的財産がフリー素材に変容するのはおかしいのではないかと考えるようになった。まさに「お金」の問題だ。享受する時はただでくれといい、自分が提供する側になったら異議ありというのは現金なものだと思う。でも大学で学んだ文士たちの作品は、それを書く動機や心境、さまざまなバックグラウンドや文脈の襞に潜む摩訶不思議の妙など学ぶうちに、書いたもの創ったものは永遠にその作り手のものにしないとダメなのではないかと思うようになった。もし著作権法がなかったら森茉莉は晩年貧乏生活せずに済んだし太宰の子息たちももっと父親への感情が違ったものになったかもしれない。その時はそんな風に思わず私のように思いのたけを手が勝手に書いてしまい、後に誰に遺すなんて考えてもみなかったかもしれない。でも草葉の陰から祈るのは、アマンでもない思い人でもない家族だろうと思う。死んだ後に自分の書いたものたちが家族を養うというのはものすごく嬉しいのではないか、あの時色々あったけれど今こうして生活に困らないのはお父さんのお蔭とかチラとでも思ってもらえるという弔い。なのにそれがたった50年で消えるとはなんの冗談だろうと今は思う。私が今まで書いた色々はこの先どうなるのとか、もしかしてゴッホみたいに死んだ後パブリックドメインになってからヒットしたりしたら、苦労をかけた子ども達への感謝の気持ちまでもが幻になってしまうのではないだろうかと寂しく思ってしまった。そうだ、ブログってどうなの、このblogも色々な人が読んでくれているみたいだけれど、テレビやニュースでママ友の話が出ると「これ私のブログ読んだでしょう」というようなものが出て来てドメインも著作権も何もないじゃないと思ったりもする。ちょうどWELQ問題も出て来てパクリにもっとみんなが厳しい目を持ってくれないかと思う。私は芸大生、芸術とは模倣から始まるが最後にたどりつかなくてはならないのがユニークさ、つまりオリジナリティということだと思う。誰かの真似とかどこかで見たようなものを創るようでは芸術家とはいえないと思っていたし、大学でも学んだ。例えば松尾たいこさんのオープニングパーティでセレブな方が松尾さんの絵のどこがいいという話をし出し、私はユニークなところだと答えた。ユニークというと日本語にすると面白おかしいという意味に捉えられがちだが本来は「唯一無二」という意味で、そういうものを創る方だから好きなのでどれもこれも「松尾さんの作品」という佇まいはこれがプロなんだなあ私もこういう作品を書きたいと改めて思ったり、そうい訳でこの話はまた別の機会にして、著作権が永遠なら芸術の世界はもっと大きく膨らむと思う話。でも権利というものはどうしても法に縛られ、誰がそれを所持するかという問題が必ず出てくる。私の書いた 100年後の世界の小説でも、財産の権利を巡り子孫が臨終を迎えようとする老人に詰めかけるシーンがあり、古今東西いつの時代もそうなのだと思うし、権利がフリー化すれば訴訟問題がかなり減るという司法界の目論見もあるのだと思う。ただでさえ訴える者が多すぎて裁判所がパンク状態な昨今を考えるとそれも致し方ないがでも没後50年というのは短すぎるのではないかと思う。この高齢化の時代子孫が長々と生き延びて子どもが親の創ったものがパブリックドメインとなりフリー素材になってしまうというのはかなり切ない。うちの娘はなんでも自分のものにしたがるだろうからかなり荒れるだろうと思う。息子はなんでもばら撒くタイプなので喜ぶかもしれないが、その嫁が「ちょっと!私たちの老後はどうなるのよ!」などと言うかもしれない。それと同じで、そいいうものたちが「本」という媒体になった時、作家や本を創る側から手を離れてしまうのが現状だと思う。作家の林真理子さんも「せっかく頑張って書いたのに古本屋とか図書館に流れると新しい本を買ってもらえない」と嘆いてみえたように、手を離れた瞬間著作権としての対価が得られなくなってしまう仕組みが今は多すぎるのだ。私も気軽に図書館やBOOKOFFを利用する。生産性のない専業主婦やお金のない学生、私のような専業主婦で学生という一部世間からみたらバッシングしてやりたい余裕があるようにみえて実はいつもどこかしか足りなくてハラハラしながら生活をしている者からしても大歓迎のシステムだが、提供してくれる人達からしたらすごく残念な現状だと思う。そして肝心の話にやっと辿りつけた訳だが、クルミドコーヒーの影山さんがFacebookで提案し尚且つすぐに実行された「本を、二回目の旅へ」という考え方は、こうした諸問題を解決する糸口になってくれるのではないかと感じた。それはこんな提案。



「それは、1回目の読み手の方にとっても
2回目の読み手の方にとっても
著者にとっても、出版社にとっても
実は幸せなことじゃないかと思うのです。
(1,000円の中から印税も支払うつもりです)」


すごいレボリューション、西川貴教が白い衣装でラルクのWinter Fallに掻き回されたぐらいの衝撃。こんな風に考えた事ありますか?私はありませんでした。林真理子さんの講演を聞き大学での文学の授業で様々に学んだ意味をミックスさせて悶々としていたけれどそれがこんな風に解決策が出てくるなんて。常々世の中を変えるのは多勢はいらないたったひとりの天才でいいという私の考えは夫が教えてくれてこれだけは夫すごいと思っているやつで、影山さんは本の革命家だと思う。確かにこうやって古書にも著作権がありそれは作り手に対して敬意をはらう対象であるべきという考え方、気持ちってやはり形にしないとダメだと思うのですね、それはどうしたらいいか、やはり印税を支払うのがもっともいいと私も思いました。もしBOOKOFFがクルミド出版に感化され同じことを始めたらいいのにと思うが人はいい事は真似しようと思わない悪い事だとすぐ倣う世の中、なので浸透するのはなかなかに難しく反発も最初は出ると思うけれど誰かがやらないといけない作らない社会の仕組みだと思う。

「そしてこうした取り組みは
版元であり、書店でもあるという
ぼくらだからこそ
できること、やるべきこと
なんじゃないかと。」

私はクルミドコーヒーが出版もしているというのを、あの「文学フリマ」で初めて知った。文学フリマのFacebookでクルミドコーヒーが出店するというので喜んでいただけなのに、出展者一覧に「クルミド出版」とあり驚いて絶対会場で本もみたいと思っていたが、コーヒーとカレーと自分達のブースで色々やることがあり忙しくクルミド出版のブースは見に行けなかった。学友たちに「ほらみて、クルミドコーヒー、あのクルミドコーヒーだよ?すごくない?見てよクルミドコーヒーの店長さんに名刺まで貰った!」と騒いでいたがクルミドコーヒーを知っている人がおらずあまり興味を持ってもらえなかったでもいい自分が嬉しかったから。

だんだんIEがフリーズし出し今日もたくさん書いてしまったのだと気付く。そういう訳で「古書にも印税を」という素晴らしい取り組み、是非社会現象ムーブメントとなり世の中に浸透して欲しいと思う。そして最初に言い出したのがクルミドコーヒーの影山さんでそれを見た私が感激したという証しにブログに書いてみた。これも将来読み返して「ああーそうだった。この記事書いている時に娘の目覚ましが鳴り響きだし止めにいくのが面倒でディズニーのメロディをずっと聞き続けて娘と我慢比べをしているような気もちになりつつ書いたっけ。娘が時々変な時間になるようにセットして出かけるのは「ママ私を思い出して」という私にたいするメッセージなのだとかこういう悪戯いつになったら止めてくれるんだろうとか愛情やっぱり足りてないよねとか先生が私に対して色々怒るのはもしかして同じことなのではないだろうかとか考えたことも思い出すだろうかと言いつつ書いてしまったけれども。私も本気で娘に激怒したりするもの、もう自分が壊れるかと思うくらいの憎悪をぶつけたりするけれど、娘はもしかしたら私と同じで嬉しいのではないだろうかなんて例の件で思った。でも叱られるよりは褒められたいと思うのは私だけではないと思う。もっと褒めてあげなくては。

この「古書に印税」について、何かご意見をと書いてあって500円ではなくここはもっとBOOKOFFを見習い安くしてもいいとか影山さんはどうも商売っ気がないとか、だからこそクルミドコーヒーが食べログカフェ部門全国一位になっただろうとか、ひとつひとつ何かやる事を珈琲を淹れるように丁寧に吟味しながらというやり方は私からもっとも遠い対局の世界で絶対見習わないといけないもののひとつだろうなどと思った。『失われた時を求めて』の『逃げる女』で、作家のファゴットが「デルフトの眺望」を見ながら「こんな風に丁寧にマチエールを重ねるように小説を書くべきだった」と気付き、「黄色い壁のマチエール」と言いながらこと切れるシーンがある。この後もしファゴットが存命で作品を作ったらどんなものが書けるだろうか。私はこのシーンがずっと忘れられず、卒論を書く時はこのシーンを何度も思い出した。丁寧にマチエールを重ねていく、でも塗り過ぎは絵を台無しにするし足りなくてはわからない。千住博先生は大学の卒業制作を描き込み過ぎてつまらないものになってしまったと思った経験から「筆を置く」という事を身を持って学んだそう、そういうことではないのかなとも感じる。いきなり絵から文学にシフトした私を不思議がる人が多いが、何かを表現するのに絵でも音楽でも文学でも全く同じことだと思う。影山さんはカフェと出版業と共同体を作ることでそれを表現したいのではないかなと今朝の記事を読んで感じた。私も何かお手伝いすることがあればアサインさせて頂きたいと強く思った。

結局娘の目覚ましはまだなり続けている。ディズニー色々な電子音楽がランダムに流れ続けるというやつ。でもこれ確か息子が小学校に入学する時私がプレゼントしたものではないだろうか。ご近所迷惑だと気付いて止めに行くことにする。年賀状も作らないといけないことを思い出す。これも今日やりたい。

卒業制作が終わったら行きたい事やりたい事が山盛りで、卒制が辛ければ辛いほどそれらは馬のにんじんになった。終わったら、済んだらこれが待っているから!という希望。馬は最後はにんじんを食べられたのだろうか。それとも馬主の晩ご飯のシチューなどになり、馬は結局飼い葉などで誤魔化されたのだろうか。私の場合はにんじんが食べられた。そしてとても甘くて美味しかったという話をしたい。私の「卒制終わったらシリーズ」のひとつに、「佐々木俊尚氏『そして、暮らしは共同体になる。』トークイベントに行きたい」というものがあった。前のブログで佐々木俊尚さんにお誘い頂いたというのは本当だけれどちょっとニュアンスが違って、佐々木さんの奥様松尾さんのイラストがもともと好きで、個展のオープニングイベントがあると知り、たまたま大学の授業があり、大学は青山ギャラリーは代官山。いつも好き勝手にあちらこちらに行くと思われているが、やはり子どものいる主婦が夜出かけるというのはどうなのという戒めはいつも持っているけれど、「大学の帰りママは大概どっか寄って帰ってくる」という家族に浸透した風評のおかげで「今日は行ける!」とお邪魔してみた。でも場所も会場もセレブリティ感山盛りで、ガラス張りで場内が見えるものだかから後ずさりしたくなった。私が来るところじゃないわと帰ろうと思ったが、ただの野次馬じゃないファンだから大丈夫とガラスの扉を押した。本当に一度駅まで戻り、そこから勇気を出して戻ったのだ。今考えると戻った私を褒めてあげたいと思う。今年一番の勇気だったように思うマジで。

というのはまた別の記事に書くとして、そこで「一般ピーポーは私だけ、どうしよう」と、モジモジしている私と松尾さんを引き合わせて下さったセレブの方のおかげで松尾さんとお話が出来、ご主人の佐々木さんともお話をしている間に今度イベントがありますと教えて頂いただけなのだ。私は佐々木俊尚さんのファンでもある。佐々木さんはジャーナリストで色々難しい問題を扱ったり記事にされるが、私は佐々木さんの作る「家メシ」のファンと言った方がいいかもしれない。佐々木さんの作るものは滋味と愛情に溢れ、様々な工夫もある。でもシンプルでミニマム、しかも美味しそう!野菜をさっとゆでてお浸しに、さっと炙って、ざっと焼いてなど、時間はそんなにかからない、でも手間と機能美で「毎日のご飯」が出来上がる。ハレのご馳走ではない、いつも食卓で食べるご飯というものをちゃんと作ってみえて、食べる側の松尾さんもしっかりと想いを受け止めてみえる。だからあんなに松尾さん綺麗なのかなと、やはり人間って食べるもので決まると思う。例えばたくさん食べたい、こってりしたものが好きという人は太るし健康ではない。逆もまた然り。そいういう風に食べるもの口にしたもので外見も内面も考え方も決まるというのが私の信条でもあり、佐々木さんはすごくその辺りわかってみえるとネットや本の料理の数々を読んで思っていた。家の夫を引き合いに出してまた叱られるかもしれないが、夫の作る料理は「ハレの」ものばかり。味の濃いご馳走はボリュームもカロリーもあり、材料もわざわざそのために買ってくる高額食材を使うせいで本当に美味しい。でも子ども達がそういうものばかりを求めるようになり、私の作る滋味飯を食べてくれなくなってしまった。もう少し工夫すればいいかもしれないが、卒論やら色々で子どもが食べてくれるものをとカレーやシチュードリアなど子どもに媚びたメニューばかり。卒業したら「食」をもう一度見直したいとも思う。佐々木さん松尾さんのご夫婦の在り方も常々素敵だなあと憧れもあったし、オープニングにお邪魔できてトークイベントにも参加できるなんて本当に感激。

イベントのある当日は締切過ぎてもまだ卒論をしていた。いったん提出したがその後見直すと様々に誤字脱字があり、文脈の繋がりや表現がオカシイところがいくつも見えてきて翌日も直しをしていた。あれですね、多分期日までに出さないと卒業できないという緊張で目が曇っていたのだと思う。もう完成したのでリビンクジョナサンに行く必要もなく家で直して再送付した。大学から何も言ってこないところをみると、そのまま翌日出したものも受理された模様。卒制の最終面談では先生達が校閲した箇所を自分で直してその場で提出、とある。まだまだ卒制は終わっていないのだと思った。

また話が逸れたが、そこまでやってもう消耗しきって倒れていた。滅茶苦茶になった部屋のベッドに横たわり、しばらくはまた鬱で引き籠りになるのかなあと思った。私は時々エネルギーがすっからかんになる時があり、パワーは小出しにしようといつも思うがなかなか自分ではコントロールできない。卒業制作でもう本当に気力も体力もゼロだった。でもあのトークイベントにだけは行かないと絶対後で後悔するとわかっていた。最後の力を振り絞って家を出るつもりが考えただけでなんだか力が出てきて驚いた。この日の家族は娘が塾で夫は娘を迎えに行って夜遅く一緒に帰ってくる。息子はちょっと遅い時間の英会話教室があり、いつもは私も参加するのだが欠席することにして、「ひとりで行って」と言い渡した。多分ご近所さんと一緒に帰ってくるだろうと勝手に解釈してその方に「お願いします」とメールしようと思っていて忘れたが、ちゃんとそうなった様子。どうもありがとうございました。

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このトークイベントは対談する相手方がクルミドコーヒーの景山知明さん。私は実は、景山知明さんの存在をこのイベントで初めて知った。なんていうか、クルミドコーヒーは昔から大ファンだったけれど、誰がどのような想いで運営されているかとか店主の方については知識はゼロ、この方は多分オーナーみたいな感じで、店を運営されている方々や店長さんは昔クルミドコーヒーにいらした古〇さんみたいな人で、そういうクルミドコーヒーという共同体に興味があり胸をときめかせて時々武蔵美に行く用事があると立ち寄ったりしていた。文学フリマでクルミドコーヒーが出店すると知り、スタッフの方に最近のクルミド事情を聞いてみたいと楽しみにしていた、もちろんコーヒーも。「ううん、クルミドコーヒーが飲める」と楽しみ過ぎてお邪魔した。そこで話の切り口として「今日は影山さんいらしてないですよね?」などと、いない前提で話しかけてみたらご本人だったという。なんと!影山さんご本人が珈琲の販売をしていてびっくりした。エプロンをして普通に立ってらして、私はスタッフのひとりだと勘違いした。少し挙動ってしまったが、トークイベントに行きますと挨拶をしてコーヒーを買った。近くにいた他のスタッフの方に古〇さんの近況を聞くと、故郷に帰られて活躍されれいると聞いて嬉しくなった。初めて行ったクルミドコーヒーで胡桃割を買った時、ああでもないこうでもないと一緒に悩んで下さり、スタッフのホスピタリティの温度が人気の秘密でもあるのかななんて思ったものだった。そんな店を創った方から直接コーヒーを買ってしまったあああ!嬉。早速ネットで色々な記事を読んでしまった。

そんな私的にはL'Arc〜en〜Ciel のhydeさんと並んでもおかしくない二大スターとなった方々のトークイベント。倒れている場合ではないと気付き、速攻で晩ご飯を作って支度をして家を出た。最近大学の授業や小学校の面談なんかに遅刻してしまう、もう絶対今日は遅刻しないと早めに行ったら本当に早く着きすぎてしまった。会場の準備もまだ出来ておらず、スタッフのひとりと間違えられて色々な方に挨拶をされてしまった。なんだかおかしいなと確かめると、イベント開演の一時間も前だった。丁度影山さんもいらして、ご挨拶をさせていただく。この「させていただく」という言い方、へりくだり過ぎのビジネス慣用句のようで私は好きではないが、今日はまさにそんな感じに思った。文芸フリマでご挨拶させて頂いたせいか覚えていて下さったよう。一時間もあるので今日販売の書籍を買って読むことにした。佐々木さんの本の他に、影山さんの本も販売していて二冊購入。私は「自分にご褒美」という言葉も好きじゃなくて、こう言う人を見ると「あなたは犬ですか?」と聞きたくなるし自分は犬じゃないからご褒美などいらんと思っているが、この二冊の本は私にとっての人参だったのかもと思った。こうしてちゃんとこの場で手に出来て、卒業制作のゴールにやっと到達したように感慨深いものがあった。

※今日はこれからご招待頂いた演劇を観にいくので続きはまた後で。

2016.12.22続き

時間になり開場し、私は三番目くらいに会場に入った。一番早く来たものの本を読んでいるうちに受付が始まっていた。私は来てすぐ本を購入がてら受付を終えたので、そのまま場内に入る。すでに5~6人の方がどの席にしようか考えながらゆらゆらとしているところで、私もまさか一番前は恥ずかしいのでちょっと後ろにしようとか、でもせっかくなのでと前から二番目の席に座った。すると私の周りとかすぐ後ろ辺りにどんどん人が詰まってきた。最前列はなかなか人が来ない。これで最後に来た人が一番前、なんてことになったらなんだか私も含めて早く到着した参加者が「ああ、前が埋まってしまった。どうして勇気を出して前に座らなかったのか」という微妙な距離の未来の後悔が、あっという間に透けて見えた私は勇気を出し最前列に移動した。しかもお二人の間に座るようなVIP席!最近の私は何かが憑いているのではないかと勘違いしてしまった。そしてその幸せの御すそ分けとして、「みなさん、せっかくなのに勿体なくないですか。前空いてますよ」と誰ともなく声をかける。すると、それもそうだと思ったのかさあっと最前列に何人かが座りだした。幸せの福音的声をかけたせいか隣に座った女性の方に色々お話をさせたいただく。そのまたすぐ隣の方とお知り合いのようで、お二人は佐々木俊尚さんのサロンのようなグループに入っていらっしゃるよう。一度遊びに来て下さいとお声かけを頂いく。せっかくなのでと蒼い鹿の名刺をお渡ししたけれど、大丈夫だったかしらん。

そして待つこと数分、佐々木さんが登壇されて講演が始まった。『そして、暮らしは共同体になる。』の内容から、プロジェクターで様々な地方都市や古びた町を写しながら様々な取り組みの事例、ご自分が住んでみえる街のお話、町全体をリビングとして活用している稲垣えみ子さんの紹介など。あっという間に時間が過ぎて、次は影山知明さんとのトーク。クルミドコーヒーだけでなくシェアハウスも運営されているそうで、カフェは共同体と繋がるための手段のようなもので、家(内)でもあり外でもありレイヤー化するような世界を目指しているなどと様々にお話されていた。私の悪いところは物忘れの激しいところだが、いいところはメモする習慣があるところ。お二人の金言をずっとメモしながら聞いていたのでそれをみるとスイッチが入るようにその時のお話や情景がありありと浮かぶ。でもこれらは全てその時に買った本に書いてある。内容が知りたい人は是非本を買って読んでください。ちょっと気持ちが弱った時に読んだり眺めたりすると、小さくなってしまった勇気が膨らむ話がたくさん詰まっていると思う。特に佐々木さんはこの本を書くにあたり、16万字を3回くらい2年半かけて文体まで変えながらまるっと書き直しながら完成させたのだそうだ。作家というかジャーナリストって大変そう、出典や論証、様々な配慮を鑑みながら紙の本になるまでにどんなに努力されただろうかと考え、いつもこういうちょっと難しそうな分厚い本は半分くらい読んで積んでおかれてそういうものの山で今部屋がパンパンな状況だが、この本はしっかり噛締めながら読みたいと思う。最後に影山さんから佐々木さんへ三四点ほど質問があり、最後に私たち聴講者の質問タイム。いつもこういう時には手をあげる私だが、この日は手をあげなかった。佐々木さんと影山さんのお話は興味深いものばかりだったか、初めて聞く内容ばかりで自分に取り入れるのに精いっぱい、咀嚼して理解して質問を出すまでには至らなかったということだと思う。でも一点だけお二人に聞いてみたい事があったが、なんだか失礼にあたる気がして言えなかった。それは最初に司会の方が「今日お二人は初対面で」と言ったひとこと。私はてっきりずっとお知り合いでなんやかやいつも今日のトークのようなお話をされているものばかりに思っていた。影山さんが質問の中で「なかなか佐々木さんに(カフェに)来て頂けない」と話していらして、そうなんだ、私はてっきり佐々木さんはよくクルミドコーヒーに行かれているものとばかり。でもそうだなあ、佐々木さんはクルミドコーヒーというよりどこかのホテルのロビーで要職の人にインタビューとか代官山蔦屋でノマドとかそういう感じかなあと代官山蔦屋は行ったことないけれどそんな風にも思った。それで「今日トークイベントは誰の希望でこのマッチングが実現したんでしょうか」と聞いてみたかったのだけれど、会場の空気感がそういう個人的な疑問を受け入れるムードではなく遠慮することにした。こういう疑問は持ち続けていると何かのタイミングでふとわかる事がある、その時を待つのだと思ったらすぐに解決した。終了後司会の方が近くにいらしたので聞いてみた。なんの事はない、出版社がアレンジしたということだった。

講演の後は佐々木さんにサインして欲しい聴講者で列が出来ていた。私はちゃっかり一番に並び、写真まで一緒に撮ってもらう。その後影山さんにもサインして貰いたいと思ったら、影山さんの方は列でなく黒山の人だかりのようになっていた。誰かが話し終わったところに切り込んでサインだけ貰おうと思ったがなかなか隙間が出来ない。じっと待つが影山さんはひとりひとりに丁寧に話していらしてこのままでは一番最初に来て一番最後に帰る人になると思った。時間をみるともう21時近い。お猿ちゃんが私を待っているような気がして帰ることにした。無理に今日サインもらわなくても、疑問がすぐに解決しなくても、実が熟してコロンと落ちてくるように、いつかまたそういう機会も私の手のひらに現れたりするかもしれないと思ったのだ。

外に出るとすごく寒くて「おおさぶっ」と使い古された慣用句のようなセリフが口から出た。街はすっかりクリスマスの輝きで彩られ、「クリスマスどうしよう、どうしようもないからまたおばあちゃんに頼んだのだそういえば、じゃあ何かお土産、何がいいだろう」などとすぐに日常のあれこれが頭を過る。後ろを振り返るとビルの中でまだ影山さんに人が集まっている。その隣の看板をみると、「日仏文化会館」とあり、また大学の事を思い出した。仏ということはフランス、先生まだ怒っているかなあと思い出し、いつもの如くガッツリ叱られてしまった地獄と叱ってもらえたという天国へと気持ちが上がったり下がったり右往左往行ったり来たりてした。すごく忙しい。私が暇なのか忙しいのかわからないのは、外見はぼおーっとしていて頭の中は色々なものでフル回転しているせいだと思う。外と中のギャップが凄すぎて、一般人には拒否されてしまうのかもしれないと思った。やはり私にぴったりの大学は武蔵美なのだと思う。いつか自分のアトリエがある家に住み、武蔵美を卒業したいと思う。武蔵美では誰も私を叱らなかったわよ。ともかく今の大学のあの件も卒業も、豊洲こども食堂も年内に目途がついて良かった。年明けは落ち着いたものになる予感。きっと来年はいい事がたくさん待っているに違いない、今日こんなにいい事がたくさんあったのだもの。やっぱり行動してみないと世界は変わらないのだと思った。久しぶりに好きな事が出来てとてもいい一日だった。

そして実はもうひとつ疑問があり、『そして、暮らしは共同体になる。』の「。」の意味を聞いてみたかった。普通、本のタイトルって「。」つかないじゃないですか?わざわざつけるのはどういう意味なのかなあと。ちなみに佐々木さんの本でもう一冊「。」のついているものがあるが、口語文的タイトルだと「。」なのか、でもそうみえるものでついていないものもあり、何故なのか余計に気になった。聞いてみたい!でもきっとこれもいつかふとした拍子に手のひらにコロンと落ちてきて解決するかもしれない。このblogを佐々木さんが目にしてどこかに書いて下さって読めるかもしれないと期待したい。そうだ、何かもう書いていらっしゃるかもしれない。早速ぐぐってみよう。(完)

いつも「豊洲こども食堂」に、ご理解とご支援をありがとうございます。
 
だんだん参加者が多くなり、ご支援お手伝い下さる方も増えてきました。本当にありがとうございます。

ただ、あまり賑やか過ぎてもお年寄りの方や、人間関係などで悩む方は来にくいでしょう。支援が必要な方に届かなくなってしまう懸念があります。特に悩みを抱えている方は、大概大人しく静かな方ばかり。賑やかしいのは苦手で、だからこそ人の群れに混ざりにくくて色々悩みがあるのではないでしょうか。

「豊洲こども食堂」は、「子どもの貧困」「孤食」だけでなく、そういう人たちも支援したいと考えます。「子どもの居場所作り」「子どもの貧困」を支援するのは大前提ですが、大人も子どもも、イジメられて仲間はずれにされて傷ついている人達、そういう人たちのシェルターでもありたいと。


特にママ友イジメは訴えるところが何処にもありません。抗議すれば子どもがイジメられるので何も言えない、出来ないんです。悩みがあれば、ここに相談に来てください。一緒に考えましょう。



ボランティアやご支援は本当にありがたく感謝ばかりなのですが、それよりも「こども食堂」の意味や想いをきちんと考えて運営したいと思います。


確かにたくさん人が来てくれれば収益になり赤字も解消します。でも「豊洲こども食堂」は、行列のできる繁盛店である必要はないと考えています。むしろ人があまり来ない、リア充は来たがらないような地味な感じでいいと思っています。

今後は大人は、子どもかお年寄りの付き添いか、65歳以上の方を対象とします。支援目的や広報の方は対応しますので、事前にご連絡下さい。

また、何度も同じ事を言って恐縮なのですが、ママ友同士でつるんでの来店はご遠慮ください。意地悪な気持ちではなく、ひとりで参加してくれるお母さんの居心地が悪くなってしまうからです。「豊洲こども食堂」は、「こどもの貧困」「孤食」「ひとり」を支える場所でありたいです。

とはいえまだまだ全然赤字ですし、こんな風に書いたので参加者はガクンと減り、今後はますます運営も厳しくなると思います。なので引き続きご支援ご協力はお願いしたいと思います。

虫のいい話ばかりで申し訳ないのですが、どうぞご理解とご協力をお願いします。
 


豊洲をイジメゼロに、みんなが安心して住める街にしていきましょう 

今日は久しぶりに図書館にきた。何日ぶりだろう。息子が「ホンク!」のレッスンで毎日曜日に豊洲シビックセンターに来ていたので、私はその間たいがいここに来て、課題や仕事をしていた。それが無くなったものだから、図書館もすっかりご無沙汰だったのだ。

※9階こども図書のフロア。子供たち自分で来るようになってくれないだろうか。


朝から美味しいものを食べてエネルギーは満タン。昨日生協から届いた「不揃い生ホタテ」はぷりっぷりで一体全体本体はどのくらい大きかったのだというくらいの大きな貝柱、それに息子リクエストの「いくらの醤油漬け」をトッピング。そこに昨日松茸山のある田舎に嫁いだ妹から有機カルガモ農法で作った新米が届いて、海のもの山の幸が合体したマリアージュとはこのことだろうという美味しいハーモニーの食卓。子ども達が起きると落ち着いて食べられないので朝早く一人で食べた。もう本当に美味しい。私はホタテが大好きなのだが、夫が北海道赴任の際に「一生分食べたからもう食べたくない」という理由で我が家の食卓に上ったことは一度もなかった。ほっけも同じ理由で我が家では「パパが好きじゃないから食べない」というものになっている。そんなのおかしくない?と生協のチラシを眺めながら思った。なんでもかんでも夫ありきで何もかも決まる家庭内のルール。ホタテ食べたる!と反抗するような気持ちで注文、食べたらやっぱり美味しかった。今朝はその他、「ひたし豆」というものもテーブルに乗せた。これは姑が山形出身なせいで、郷里の食べ物としてよく作っていたそう。それを作り方を教えて貰い、時々作る。ややアルデンテに茹でた豆は子ども達的には美味しくないようで、ほとんど夫が食べてしまう。だいたい我が家の子ども達とういのは、めずらしいものを食べてみようというチャレンジングな気持ちが全くない。私の子どもの頃は、ちょっと珍しいものが食卓に登場すると、「なんでも食べてみるものよ」という母の推しもあり口にしてみたものだった。なのに。


※結婚してから初めてホタテを満喫。

間違いなく死ぬほど美味しい!

食事が終わっても全然子ども達が起きて来ないので再度叩き起こしにいく。眠くて機嫌の悪い子ども達、早速勉強勉強と言い出す夫、今日は何も用事が無いので出かけないという。今日は江東区のスポーツディ、球技やカヌーなど色々体験できたり小学校対抗大縄跳び大会などもあるという。だったら連れて行けばと思うが子ども達が行きたくないそう。確かにもう「スポーツのために集まる」という集団の近くには行きたくない自分もいて、親がそうなら子ども達もそうだろうと納得。息子が途中でやめた幼児園の親子が大集結しているかと思うと考えただけで胃がうっとなる。だからといって全員家の中で一日過ごすのも気が進まないどころかそれならスポーツフェスタにでもいったほうがマシと、押しても引いてもぐぬぬという気分。息子を連れてどこかに出ようと思ったが息子はパパチームでいいと言う。パパチーム、ママチームというのは夫が作った造語で、離婚する際にどっちにつくかという隠語でもある。息子は酷い目に遭ってもパパがいいと決めていて、それでもどうしようもなくなると私のところに逃げてくるということになっている。私は絶対に息子を見捨てないとわかっているからだろうか。そーでしょそーでしょと勝手にいい塩梅に勘違いして、私は久しぶりに豊洲図書館へきた。

朝9時少し前に到着。早く来ないと学習スペースの机がいっぱいになってしまうので早く来た。

10階スタディコーナー。

見ればまだ半分くらい空いていて、さっそく席をとりそのまま財布とマグを持って3階に再び降りる。3階はゆりかもめの駅と直結しており、改札前に小さなセブンイレブンが入っている。ここでマグにコーヒーをつめ、レシートはいりませんというと今日はレシートでドーナツ20円引きというのでランチ代わりに買う事にする。そして席について落ち着いてパソコンを広げてまずはブログかなあとこれを書いている。今日やること。スクーリングレポートとチラシ作成やりかけなのを両方完成させる。そして7月13日に提出してからファイルを開いてもいない卒業制作をいじる。これ、どうも本当にもう書きたくないというか、文字数を半部にと言われた時点でやる気も半分になった。と思って居たが、こんなにやる気がなくなったということはゼロに近しいのだと思った。それでもどこかの編集者が「すみません、ページが取れなくなりましたので6万字程度に」と依頼があったと思えばいいのだが、どうもその前に色々ありすぎ、これからもこのスケジュールで卒業式行けるのだろうかとか、ホテル激混みというけれど今から押さえなくていいかなとか、もうトラベルライティングのために滋賀京都逝くしかないのか面倒すぎる私はそもそも箱根富士屋ホテルに行きたいのにとか、去年風邪ひいて体調不良とか言いつ無理すれば行けたのに何故行かなかったのだろうとか、家族で家に引きこもるより用事がなにもないならみんなで図書館に出掛けるとかららぽーとの紀伊国屋書店に出掛けるとか、いつも夫の一存でAmazonから送られてくる本が全てだと思っている気の毒な子ども達に「本を自分で選ぶ」という楽しさを教えてあげたいとか、お猿ちゃん夫やお姉ちゃんにいじめられていないだろうかとか色々な事が脳裏に浮かんでは消えた。

さあウオーミングアップには十分だろう。今日は朝から席がとれてラッキー。勉強している人が大勢いて、みんな頑張っているんだなと嬉しくなる。時々漫画を読んでいる人とかいるけれど、漫画は漫画コーナーのベンチで読めばいいのにとチラと思う。午後になったら席が空くのを待っている誰かに譲って場所を変えようと思う。譲り合いの善行というよりずっと同じところにじっとしているのは苦手だ。まれにゃんは六本木のヒルズクラブ入会を検討しているとTweetしていた。家が近いのだろうか、でなければ地下鉄に乗ってわざわざ行くのって面倒じゃないんだろうか。地下鉄でわざわざ行くなら代官山蔦屋書店で勉強か書きものか打ち合わせとか待ち合わせしてみたいな。ずっと行きたい行きたいと思っていてなかなか叶わない事のひとつ。代官山なら片道1時間くらいというのは面倒だが武蔵美に行くことを考えれば近いものだと思う。ぱっと行ってさっと楽しんでこればいいと思うし、今日みたいに放し飼い的自由の日なら叶うのにとも思うがなかなか。そもそも私はひとりで何処かに出掛けるのが苦ではないというより楽しいのだと昨日のブログを書いて読んで思った。そういう「ぼっちでどこかに行きました」という記事を書かせるとすっごく筆が乗るというかイキイキとしているように思う。読んで「この人なんか楽しそう」と客観的にも思う。先日の記事にも書いたけれど息子が似たのか「ひとりで映画館にいってみたい」とアダルトな事を言い出し、送迎だけしてひとりで見させたことがある。「集中できて楽しかった」などと嬉しそうで、将来私や村上春樹のようなぼっち最高という人になるのかしらんと思った。そもそもぼっちが楽しくなりだしたのは村上春樹のエッセイ的なものを読みだしてから。彼はいつもひとりで考えひとりで行動し何かを楽しんでいる。それを読んで「楽しそう!」と思った私はひとりで暮らしひとりで旅行し、ひとりを満喫しだした。結婚して出産してそうも言っていられなくなったが、時間と共にだんだんまたひとりの時間が出来たように思う。結局人間は変わることは出来ないのではないか、本質というものは生まれた時のままなのだと思う。私が年頃になってからどんなにストレートヘアになるべく努力し続けシャンプーやケアを変えてもくるくる天然パーマは決して真っ直ぐになってくれなかった。最近はほとんどこれを受け入れ、パーマをかけなくていいから得じゃないという心境に傾いてきた。もう仕方ないのだ、性格も髪と同じく変えられないなら変わろうと思わずに生きるのが一番幸せな生き方なのだろう。自分の気持ちだって色々わけわかめだけれど時々様々な発見があり自分の事なのに驚いたり驚いたりびっくりしたり。周りは色々私について驚くことがあるかもしれないが一番そう感じているのは私だから。村上春樹も我が身についてこんな風に色々思う事があるかもしれない。あの方も大概「変わった人」だと思うから。
       
昨日買ってきた村上春樹の『職業としての小説家』は、色々な事柄やものや組織に対する考えなどの他、「村上春樹が考える村上春樹像」というセンテンスが豊富にしたためられた珠玉のエッセイだった。ノーベル文学賞についても、その候補になり何度も逃すという事態の前に芥川賞でも同様の騒ぎがあったそうで、「逃してよかった」と書いている。ということはノーベル文学賞も同様に「あまり欲しくない」と言う心境になっているのではないだろうか。善し悪し関わらず、「誰かにレッテルを貼られる」のは嬉しくない」いう事なのではないだろうか。有名人は大変そう、村上春樹が何か3つのお願いをするとしたら、「普通の人になりたい」と願うのではないだろうか。この辺りについてはそのうち書評のカテゴリで書いてみたい。さてそろそろやりますか。

『東京国際ブックフェア』に行った夜は、豊洲シビックセンターホールに行った。ここは息子がミュージカル「ホンク!」のために毎週雨の日も風の日の通った思い出深い場所。といってもここは今でも毎週英語のレッスンや豊洲商友会さんのお使いで印刷機を借りに来たり、はたまた10階の豊洲図書館にはしょっちゅうお邪魔しているので思い出も何も生活の一部となっている場所だ。が、しかし今日は特別。ブックフェアを割と早めに退散して、家路を急ぐ。豊洲シビックセンター一周年記念『コハーン・イッシュトヴァーン&金子三勇士』コンサートに行く予定があるからだ。

何故こんなに金子三勇士金子三勇士と追っかけの様にコンサートに行くかというと、三勇士さんのご両親と親交があるからなのだが、それを差し置いても金子三勇士さんのピアノソロに心酔しており、豊洲はじめ東京近郊で時間のタイミングが合う限り馳せ参じることにしている。今日は6時開場6時半開演。思えば豊洲シビックセンターホールのこけら落しも金子三勇士のソロリサイタルだった。この時はせっかく行くのだからと、最前列のチケットのために策を色々練り、一番電話が繋がりやすい文化センターを調べ上げ、予約開始時間を電話の時報で聞きながら予約の電話をかけるという、一昔前のユーミンコンサートチケットのような意気込みだったものだから、希望通り一番前の席をゲットできた。


※http://www.imgrum.net/user/miyujik_official/1520060369 から画像お借りしました♡

でも豊洲文化センター一番前の席というのはアーティストと近すぎてなんだか恥ずかしかった。その反省から息子の「ホンク!」公演の時はやや後ろの席とか、先生達のチケットは最前列しかないでしょうなどと、すごく参考になった。でもやはり真ん中あたりが舞台全体を眺められていい席といえるかもしれない。でもプレイヤーに顔をよくみてもらうとか「来ましたよ」というアピールなら前の方、一番前ならナイス、そして後ろの方は観客の空気や温度もわかって小屋全体を楽しめる席ということで、マニアが好む席だそう。私も息子のミュージカルは毎回手伝い&後方で観覧という日々だったが、最後方の席が一番楽しめたと思う。

会場がスケルトンになってる!後ろにレインボーブリッジがみえる

今日は三勇士さんと三勇士さんのお友達コバーンさんに「来ましたよ」アピールをしたいと考えて最前列から一列後ろの席にした。舞台正面やや左側の席で、三勇士さんの手元はみえなかったが、弾いている時の様子や表情がしっかりみえて、すごくいい席!コバーンさんもやや左手の方で演奏してみえて、時々三勇士さんがかぶって見えなくなったが、ほとんどはお二人の演奏を真近で楽しめてしまった。

曲目はお二人の故郷ハンガーリーのものが多かった。まるっと同級生ということで、音楽学校の時なのかと思ったが、三勇士さんのトークによると、音楽には全く関係ない、普通の高校生の時の同級生だそう、その後二人ともそれぞれ音楽の道に進み、日本で音楽家として再会したと話してみえた。そんなに二人で練習はしなかった、と言ってみえたが、息がピッタリ。コバーンさんはやや日本語が苦手のようで時々三勇士さんが通訳されるが、それでも堂々と色々話してみえて、今息子と習っている英語も時々詰まってわからなくなるが、何かあったら堂々と話せばいいのだと思った。

曲目は以下の通り。

一部
ロッシーニ:ラ・ダンツァ
ショパン:夜想曲第2番
シューマン:幻想小曲集
リスト:コンソレーション第3番(ピアノソロ)
リスト:ラ・カンパネラ(ピアノソロ)
リスト:ハンガリー狂想曲第2番(ピアノソロ)
二部
マスネ:タイスの瞑想曲
チャイコフスキー:くるみ割り人形より
バルトーク:ルーマニア民族舞曲
ブラームス=コハーン:ハンガリー舞曲第1.5.6
コハーン:ハンガリアンファンタジー

金子三勇士さんのコンサートで必ず演奏されるリストのラ・カンパネラ。これ、藤子ヘミングの十八番としてご存知方も多いのではないだろうか。一時テレビをつければ藤子ヘミングさんがうつっているという時代があり、私も同様に藤子ヘミング=ラ・カンパネラと覚えてしまった。

なぜ金子三勇士さんがこの曲をよく演奏されるのか不思議だったが、つい先日お邪魔した東京オペラシティのでデビュー5周年記念コンサートで謎がとけた。金子三勇士さんは11歳でハンガリー国立リスト音楽院大学に入学されている。リストといえばラ・カンパネラということらしい。リストは他にも曲があるが、私たちに馴染みのある曲を演奏してくれるのではないか。

金子三勇士さんは本当に優しい。聴く人演奏する人そしてスタッフを気遣い、その場の空気を一緒に創り上げるような演奏、ステージを心がけているのではないか。何度もクラシック音楽のコンサートには出かけることがある。赤坂サントリーホールなどかなり本格的なものからサロンみたいな小さな場所のものまで様々なところに出掛けていった。でも金子三勇士さんのコンサートほど客席と一体化するものはなかったように思う。なんていうか、クラシック音楽というのは今までの私にとって、かなり一方的なものだという印象だった。もちろん素晴らしいのものばかりだったが、その素晴らしいものを拝聴するというスタンスだった。でも三勇士さんのコンサートは、ステージを一緒に創る、双方楽しむ、こちらの意志も反映されているような気がする。そのせいか、途中で退屈してしまうということが一度もない。最後までぎっしりと楽しいひと時だった。

ハンガリーの曲というと、どこか遠い国の音楽のように思うが、どれもこれも聴いてみればいつかどこかで聞いたことのある曲ばかり。ハンガリーの名曲がいつのまにかこんなに浸透していたのだと感じた。その中のひとつ、ハンガリー狂詩曲は、アニメ『トムとジェリー』の中に出てきたものだ。家族でこのアニメをみたこと、昔懐かしい原風景、「お父さんお母さん今頃何しているかなあ」なんて考えてしまった。クラシックというと畏まったイメージがあるか、こんな風に私たちの生活に浸透しているものだ。クラシックは古典が多いので、それこそ世代を超えて楽しめる。小さな頃に聞いた曲をこんな風に大人になって楽しめるなんてものはなかなかないのではないだろうか。東京オペラシティのコンサートで、小さな子どもも入場できるようにと、三階席全部子どもも入場可な「三勇士シート」なるものを作って下さったのは、こういうものも理由だろう。小さな頃に聴いた音楽は絶対忘れない、それがクラシックコンサートで聴いたものだとしたら、生涯の素敵な思い出になるだろうと。息子を連れて行ったが、本当は娘を連れて行きたかった。娘はもうこういう場所ではちゃんと静かに、しかもちょっと気取って座っていられる。息子はちょろちょろと落ち着きがなく、途中で一緒にいったお友達とロビーで待ってるなどと言い出す始末。それでも一緒に出掛けた思い出はきっと残っていると思いたい。

今回お邪魔した豊洲シビックセンターの大ホールは、いつもと違って舞台は入り口以外は全てガラス張りのスケルトンになっていて驚いた。なんだか空に浮かぶ宇宙船の中みたい。三勇士さんコハーンさんの演奏のバックにはレインボーブリッジが輝いている。私は東京に住んで、こんな素敵なコンサートを楽しみ、しかも演奏している素敵な音楽家は知り合いのご子息。「ちょっと私どんなセレブなの」と勘違いしてしまいそうな気がした。一緒に付き合ってくれたご近所のお友達もクラシックが大好きだそうで、とても喜んで下さった。

舞台がギザギザにガラス張りになっているところをみて、息子が参加した「みんなのミュージカルホンク!」の舞台担当をしたことを思い出した。あの時はガラスの後ろも壁があり、舞台との間には分厚いカーテン(緞帳)がかかり、ガラスとカーテンの間をすり抜けて、俳優の早着替えを手伝った。衣装係の可愛らしい女性とふたり、忍者のように袖から反対側の袖に渡り、袖に下がって来た女の子の着替えを手伝い新しい衣装で送り出す。失敗したらどうしようとか、舞台の真後ろからカーテンの隙間からみる観客席はエキサイティングで胸がドキドキしたっけ。

素敵な音楽を聴いている間、幸せで楽しかった思い出ばかりが浮かび、α波が全開だった。そして自分の命の炎が静かに燃えているのがはっきりわかる気がした。風も雨も降らない静かで温かい場所で、密やかに周りを照らしながらきらめいている。私の命はこんなにも輝いて燃えていのだと気付いた。幸せだなと感じた。

「東京国際ブックフェア」に行ってきた。このフェスタもう23回目だそう。こんなフェスがあるなんて今まで全然知らなかった。それもその筈、今年は「読者のためのフェス」に変わったそうで、それまでは書店や販売店のための展示会だったそう。事前登録し入場料1,200円は無料。広い広い東京ビックサイトで迷いながら、あちらちらの書店のブースを楽しむという趣向になっている。

しかし今日のお目当ては本ではない、「林真理子基調講演」。ご近所のママ友さんが教えてくれ申し込み、せっかくなのでとご一緒させて頂く。Facebookに流した記事をみて学友も申し込み、向こうで待ち合わせて一緒に講演を楽しんだ。なるべく前の方で見たいと豊洲を朝8時に出発、スゴイ気合の入れようと思わるかもしれないが、久々の生林真理子。もっと早く行っても良かったのだが、やはり子どもの手前というかまた子どもをほったからしてと思われると嫌なので8時がギリギリ許容の時間だろうか。ご近所さんなので自宅マンション近くで待ち合わせて出発。あいにくの雨だが気分はピクニック。着いて速攻並んで整理券をゲット。そのまま秋篠宮さまがテープカットにいらっしゃるというので違うコーナーに移動。真ん中に報道カメラマンの方々が陣取ってみえたが、そのすぐ横の位置をゲット。今かいまかと紀古さまを待ち構える。

秋篠宮夫妻が登場するとすごいフラッシュ!紀子さま綺麗✨小さくてバランスの良いスタイル、顔が小さっ!洋装したお雛様みたい。一番前を陣取ったものだから、私が手を振ると笑顔で応えてくれる。しっかりアイコンタクト😍嬉しい💖 

近くでお目にかかれました✨

紀子さまが退場するとダッシュで公園会場へ。整理券のおかげでかなり前の席に座る。林真理子さんのお話本当に面白くて興味深い。作家は儲からないとか、自分のお墓を予約して代表作として『不機嫌な果実』と刻まれたとか、いつも次こそ本物の代表作を書くと思って書いているなどなど、身の回りの出来事を面白可笑しくお話され、いつもあちらこちらで書かれるエッセイのよう。一時間たっぷり、サービス精神が旺盛でバラエティに富んだ内容があれもこれもと展開され最後まで楽しい講演だった。平野啓一郎の『マチネの祈り』がすごく面白かったそうで、私も読んでみようと思った。Twitterでもかなり話題になっていて、興味があったのだ。林真理子さん肝いりなら是非読みたい。毎日新聞で連載もされているようで、学友が「毎朝新聞読むのが本当に楽しみ」と喜んでいた。いいな、うちも日経新聞なんてやめて毎日新聞とりたい。

講演が終わった後は食事してフェアの会場へ。たくさん書店や出版社が出展しているが、ほとんどのブースが物販やワークショップ系だったかな。ちらっと一通り眺めてフェス会場を後にした。

福音館書店が出店していたので私は社員のTGYさんがいらっしゃらないかと期待した。そう、あの『エルマーとりゅう』の二人称問題について何か進展がなかったか聞きたいと思った。でも福音館書店のコーナーには社員らしき方は誰もみえなかった。残念。『エルマーとりゅうは』私の心の宿題になっている。先日武蔵美の方の学友が、福音館書店上の朝日画廊というところでジクレーをやってもらえると言っていたが、行くついでにエルマーの話が出来ないものかと割と不可能な事をちらっと思った。TGYさん、もっと頑張って調べてくれないかなあ。福音館書店の社長にお手紙出してみようかしら。

自信満々だとか鋼のメンタルなどと言われることもあるが、私は常にその真逆の人間でいつもいつも何かに迷っている。迷っている間も手を動かすとか作品を創ればいいのだか、悩んでいる時は何もかもが停止してしまうのが私の悪い癖というか誰しもそんなものではないかという安易な解釈で、時間を無駄にする言い訳にしたりしてしまう。思えば武蔵美でもそうだった。せっかく入学した美術大学、でも家でファイン系は出来ないと決めつけて課題の制作が全くすすまなかった。それでもA4サイズの多色版画だとか、デッサンなどはなんとかやったりした。でもちびっ子ギャングの襲撃にイライラしつつ頑張る勇気はとてもなくて、版画がダメなら油彩か日本画に転向しようと考えたりもした。そこで家の中で一番小さな部屋を自分の部屋としてキープし、ここで100号の絵を描いて卒業制作をしようとか日本画は絵の具代が馬鹿にならないから油彩にしよう、でもオイルの匂いで家族やご近所からクレームが来たらどうしようと、始める前からああでもないこうでもないと色々な想いが浮かんでは消えた。そんな風に悩んだり休学したりでちっとも二年生から三年生に進級できなかった。単位も足りないが気合も全然不足していた。もうファイン系は絶対無理とわかるまで6年かかった。そこで単位を持って転校したのが今の大学だった。紙と鉛筆だけで出来る課題はサクサクと進んだ。大学とコースを変更して良かったとホッとしたのもつかの間、やっぱり武蔵美で頑張れば良かったと思う私がいる。今の大学に行きたくないとか卒業制作でも悩んでいる。今の10万字を半分もしくは既定の3万2千字に。どうしたらいいのだろう。面接授業受けたのが8月末、そこから一ミリもやっていない。頭の片隅で悩んだまま時が過ぎてしまった。

そんなところに一枚の葉書が届いた。みると版画友達のNさんからの個展のお知らせだった。以前も版画の展覧会にお邪魔したことがあり、今度は個展。すごくパワフルに版画に突き進んだ結果だろう。色々思うところもあり、久しぶりにお会いしてパワーを分けて頂きたいとお邪魔した。場所は銀座の「巷房・2」とある、確か武蔵美版画コース主任の先生が個展をされた場所だと思い出した。同じところで個展なんてすごい!聞けば先生の推薦で開催されたそう、人徳のあるNさんらしい。12時オープンだそうで、その前にチラッとパンケーキでお茶をして、そこから画廊にお邪魔した。趣と雰囲気のある素敵な建物、昔表参道にあった同潤会アパートのよう。銀座も一本裏道に入るとシックな雰囲気になり、知る人ぞ知るという佇まいにうっとりしてしまった。

作品は大きなものから小さなものまで約10点ほど。Nさんの作品は水に浮かべた花がいつもテーマになっていて、どれもこれも揺らぐ透明感たっぷり、しかも暖かい色使いがオリジナリティに溢れていた。



版画だけでなくパステル画も2点あった。あまりに素敵なのでジクレーで複製を販売したらと提案すると、心を動かされたよう。ジクレーについて色々勝手なレクチャーをしていると、来客の中にジクレーに詳しい方が現れて早速情報収集をしてみえた。たった今思いついたアイデアが、あっという間に形になってしまった。人徳とか人望ってこういう事なのだなと感心してしまった。そしてこのスピード感。その後もどんどん人が集まり、Nさんは接客にてんやわんやだが旧知の方々のようでとても楽しそう。




そのタイミングで失礼し、色々みたいものもあり銀座四丁目界隈で買い物をすることにした。それにしても私ときたら、ああでもないこうでもないと考えるばかりで全く何も遂げられていない。しかもまたストップしている。それでも「ストレートで卒業だけはしよう」と決めていて、去年のようなペースが戻れば単位もとれるだろう。卒業制作を長編にしてそれをどこかに出してみようなどという目論見や煩悩などはツルッとどこかにいってしまった。それどころかまたファイン系やりたいなどと思っていたりする。こうしてブログを書いたりしているが、もう文字で世界観を創るのに飽きたのかもしれない。Nさんはいつも才能があると言ってくれるが、それがどんなものか私にはちっともわからない。「こんなおっとりした雰囲気で、書くものは全然違うから面白い」と言われて笑ってしまった。確かにそうかも。でもNさんは人柄と作品が見事にマッチしていてどこから見てもご本人の作品だといっていい。作家で一番大切なのはオリジナリティだと思う。観て読んで、作品が誰かに似ていると思われたらダメな訳で、それを言えばNさんは大成功、私も独創という点においては他にないものばかりだろうと思う。でもなんていうか、もっと違う方向に行きたいのに道が見えないという感じ。「もっと大きなものを書きなさいよ」と言ってくれるがそれは一体なんだろう。文字数を増やせばいいという訳でもないだろう。


木には柘榴が実っていた、雰囲気ある建物

小さな体に満々とエネルギーを蓄え、素直に放出出来るNさんがとても羨ましいと感じた。私も子育て終わったらこういう人になりたい。元気で明るくて素敵なNさんの作品と笑顔に癒された。

銀座に来たついでにメガネと来年の手帳と息子のバースディカードを探すことにした。でもメガネは気にいったのがなく、手帳もそう。辛うじて息子のカードだけはいいのがあった。私は息子の誕生日には、音の出るバースディカードを送ることにしている。宇宙人だったり怪獣だったりが「お誕生日おめでとう」と歌う。今年は迷って飛行機のカードにした。


ITOYAのカードコーナー

航空機のアナウンスの後にバースディソングが流れる、ただそれだけのものだか結構な値段がする。でも息子が毎年楽しみにしているようで「今年のカードはなんだろう」などと予想したりしている。今年もいいのが見つかり満足。でもメガネと手帳は。東京銀座といえば、大袈裟に言えばショッパー達の憧れの街なのではないだろうか。そんなところで気にいったものがないなんて、我ながらどうなのよと思う。Nさんだったらあっという間に気に行ったものをみつけて、心から満足して自分のものにするだろう。多分というか私は気難しい人なのだと思う。それが作風などにいい影響が出ればいいが、その辺りは一向にそういう気配はない。それどころか色々な事が気になり逆に着手の段階で障害になっていたりする。はー困った。

大作を次々と仕上げ同じように素敵なアーティストに囲まれているNさんのように、私も素敵で大きな作品を創りたいと思った。Nさんの個展は9月24日土曜日までこちらで開催中。武蔵美通信にも掲載されていた。「ブログに載せていい?」と聞いたら「いいわよお!宣伝してね」などと言ってくれたのでリンクを貼ってみる。私もいつか個展やりたい!本当に素敵な世界観の中で、私も色々頑張ろうとか、立ち止まる事も大切だがいつまでもいつまでも止まったままでいるのはとりあえず止めようと思った。

一昨日は美人従妹が豊洲に遊びにきてくれて新豊洲市場を案内したりららぽーと豊洲のbutterでパンケーキランチ。その前日に行った時とメニューがちょっと変わっていていきなりで驚いた。でもやっぱりなんていうか、豊洲ららぽーとだから、そしてパンケーキという小洒落たお店なので守っているが正直うーん。従妹をローラアシュレイのお店に連れて行きたくてららぽに来たが、今度は今までのように銀座か丸の内で待ち合わせようと思った。やっぱりパンケーキといえば、egg things が好きだな私は。


読みたい本が溜まってしまった

次の日は豊洲商友会へ。印刷機を景気よく回したり豊洲内のあちらこちらに配布したり英語教室のお手伝いなど。そして今日は久しぶりに何も予定のない日。なのでこれからの予定とかやらないといけない事や細々とやっているライターの仕事など書き出してみたい。

以前は都度都度色々書いていたが最近すっかりご無沙汰になっている備忘録。思えばブログに書かなくなってから色々周りにくくなったように思う。「書く」そしてそれを「見る」ことで色々確認出来ていたように思う。今までは自分の予定は黄色い小さな手帳と、家にあるカレンダー二つに書くことにしているが、最近はどこに何を書いたかわからないようになり頭の中も全然整理されていない。なのであれもこれも忘れたりするのだ。

特にこれから秋は色々日程が重なるくらい色々でてんこ盛りになりそう。すっかり外気も下がり秋らしくなってくると何故だか「やらなければならない」事がぎゅうぎゅうになってくるようになっているらしい。これは私だけではなく他のお母さん達もそうだろう。あれもこれもとこなしているうちにクリスマスが終わるころ一旦ダウンするというのがここ近年のライフサイクルになっている。夏もそうだが冬も「一回お休み」的ダウン、もっと予備があればしなくていいものではないだろうか。これはやはり自己管理がなっていないせいなのではと思う。養生を考えると気持ちも整うものだろう、体調管理には十分気を付けたい。

今日は何もない金曜日、丁度いいので色々忘れてはならない事を書きだしてみたい。

・キッザニア予約→今やった
・ホンク第一期生の会先回参加者に相談
・卒業制作10月上旬締切(次は12月上旬最終提出)
・フリマ作品提出10月中旬締切(講評会10日前後あり)
・ライター記事締切9月29日 
・自転車の鍵   
・写真注文今月末までに
・チラシ作成(2件)
・9月17日委員会
・9月18日金子三勇士コンサート(初台オペラシティ)
・9月19日~Nさん個展  
・9月22日木村先生講演会
・9月23日昼国際ブックフェア講演会(国際展示場)
・9月23日夜金子三勇士コンサート(豊洲シビックセンター)
・9月24-25比較文学授業(運動会AMのみ役あり、子ども達と義実家のお昼の用意)
・9月26日子ども達代休
・9月28日子ども食堂フォーラム
・9月30日英会話教室手伝い
※金子三勇士さんコンサートは若干当日券あるようです♡。

特筆すべき悩みは9月24日の子ども達の運動会の件。スクーリングがバッチリ重なっている。今までの私ならどうしようと悩むこともなく当然子どもの行事を優先していた。だが今年は卒業にリーチがかかっており、尚且つ面接授業の単位が全然足りないことに気が付き年内開催されるものはひとつも取り損なってはならないというところまで逼迫している。

運動会は役があり本来なら欠席などというのは大顰蹙なのだが、スクーリング初日が11時からの授業なねで、その時間内に担当出来るようにお願い出来た。午後からは夫にやって貰う事になりほっとする。それでも私が行けない宣言したものだから、子ども達は不服そう。学校公開などで教室の後ろに立つと「来ないで」などと憎たらしいことを言われたりするが、運動会はやはり特別なもののよう、「どうして来られないの」などと責められてしまう。

また武蔵美賛歌になってしまうが、武蔵野美術大学のスクーリングは、授業の6分の1は遅刻欠席早退が認められるようになっている。例えばスクーリングが6日間あれば一日は欠席出来るし3日間なら午前か午後は半分お休みが可能ということになっている。これは本当に何かと助かった。子どもが熱を出した、自分の体調が悪いなどの他、学校やそれ以外での子どもの行事など、これで全て対応出来たように思う。

大学の通信教育学部というのは、働きながら、子どもを育てながら学ぶ人がほとんどで、スクーリングは年に一度しか授業がないというものばかり。去年なんらかの理由で取損ねて翌年に繰り越ししても、また今年受けられなかったということになればそのまま留年ということになり時間もお金も非常に勿体ない。遅刻も早退も欠席も厳禁という京都造形芸術大学のシステム自体が、そうした諸事情ありながらも学びたいという生徒達に厳し過ぎるのではないだろうかと思う。

京都造形芸術大学通信教育学部に武蔵美のような制度があれば、去年は別に大学に対して何の感情もなかったのでもっともっとスクーリングで単位を取得できた筈、去年も今年もスクーリングをキャンセルしなくてはならなかったのは、授業のうちのほんの数時間または半日にそういった用事が入ってそうしなければならなくなったものばかり。もしこれら武蔵美システムでスムーズに単位取得出来ていたとしたら、つい最近まで考えていた「卒業を待たずに大学の外で色々な事をする」という野望も未来展望も叶ったし単位数で悩むことはなかったと思う。

大学の通信教育といっても「芸大」というところは面接授業が多いと思って間違いない。要は大学に「通わなければならない」という意味になる。そう思うと日本大学国文科などは面接授業なしで卒業出来るカリキュラムもあり、何かと忙しい社会人にとってはありがたいものになっている。ちなみに私の好きな川上未映子さんはここの哲学科に通ってみえるそう、もう卒業されたのかしらと気になる。以前こちらの大学になどとお誘いしたが、スル―して頂いて良かった。川上さんは哲学科か、なんだか難しそう。でも確かに作品の数々を拝見すると哲学的なイメージはある。

ぶつくさブログを書いていないで単位をとらねば!

その他、備忘録には書かなかったが合評会の作品を書くというものも。京都造形芸術大学通信教育学部文芸コースには授業の他に合評会というイベントがあり、書いたものを大学に送ると担当教師たちにより採択され、選ばれた者の作品はテキストになり、合評会なる場所で評価されたり感想を話合うというもの。卒論の主担任の先生もメンバーだそうでちょっと出してみようかと思ったが、スケジュール的に今回は難しい。

テーマは「宴」だそうで、現代作家というより鬼籍となった文豪たちが好みそうなテーマ。でもあえて現代の宴として考えてみると「パーティ」や「飲み会」なんかも入る筈で、暇な専業主婦が集まるセレブ幼稚園の飲み会で起こる事件色々とか、パーティコンパニオンのお姉さんが見聞きする一人称小説とか、それからOLが参加する女子会なんかも「宴」といえば宴だなあとか、妄想家の引きこもりがひとり自室で架空のイキモノや盲者達と繰り広げる会話劇も宴になるだろうなとか、貧困シングルマザーが小学校の男の子の誕生日を祝う「宴」とか、このタイトルは「蝋燭の記憶」にしよう。これは「蝋燭」という漢字をタイトルに使ってみたかったので思いついただけなのだが色々アイデアが浮かぶ。

でもその前にフリマもテーマや締め切りが決まっているのでこちらをやらなくては。それに合評会に参加出来ない地区の生徒というのは採択されないだろうし、そもそも去年外苑で選ばれたばかりなので選に漏れるのは必須。採択の基準というのは先生達の事情の他、「話題になりそうなもの(人)」というものがあると言っていたし、多くの生徒に発言の場をと考えているとしたら、違う人が選ばれると思う。やはりこちらの作品を書くエネルギーは素直にフリマと卒論の方に注力しよう。

という事で、今から部屋の掃除とか溜まった家事をする。その前に忘れ物を取りに行きがてら、一時間だけプールで泳いで来よう。

「お元気ですか?」とそのメールが届いた時、迷惑メールだと勘違いして削除するところだった。スマホのメッセージ一覧から該当のものをスライドさせて「削除」をタップする瞬間、自分の名前がみえた。名指しで迷惑メールをする人はいないだろうと開いてみると、確かに私宛になんらかの意図を持って書いて送信したものだとわかる、しかもきちんとしたメッセージ。だが差出人がわからない。多分アドレスを新しくして、そのままメール送信したと思われた。なので「すみませんが、どちら様でしょうか」と返信。「ああごめんなさい、アドレスを新しくして~」と思った通りの返信が届いた。

なんという懐かしい人、ちょっとびっくりした。この方は昔のママ友というか、息子をとある塾に通わせていた時の知り合いというか。もったいぶってとある塾と書いたが、ここはお受験対策で有名な「わかぎり21」という池袋にある有名塾、一昨年幼稚園を途中で退園させた後、地元の小学校になんて行かせるものかと急に思い立って国立小学校受験をさせた時にお世話になった塾だった。その時の受験奮闘記はまた別の機会に書くとして、突然のメールに驚きつつ近況報告や世間話などなど。こうなると当然のように「じゃあ会おうか」ということになり、「豊洲でいいわよ」という言葉に甘えつつ豊洲ららぽーとで待ち合わせをした。

こんなに久しぶりに、しかも突然メールをくれるのは何かあったのかなと思った。私もそうだが、近所や子ども達の周りで何かあると、自分のテリトリー外の人と話をしたり脱出したくなったりする。なので彼女もそうかなあと思ったが、なんの事はないただただ急に懐かしくなりメールをくれただけだったよう。「ららぽーとってなんでも揃っていていいわね。よく来るの?」なーんて聞かれるので「あまり近寄らないようにしてるっ」なんて答えると色々察してくれたのか「そんなものかも知れないわネ」などと返してくれる。館内をブラブラした後ランチのお店をどこにするかインフォメでちょっと悩み、でもここは女子らしくパンケーキのお店に行くことに。ここ、確か出来たばかりの頃来たけどあれから一度も行ってない。普段ららぽーとのランチといえば、ひとりの時はフードコートの素うどん、誰かと一緒だとアジアンキッチンでランチセットかピザみたいな感じだが、たまにはと早速お邪魔してみた。

また話が飛ぶが、パンケーキを食べに行く時は地下鉄で4駅の銀座一丁目まで行ってあのお店で食べることにしている。ここはクリームが盛り盛りだし、豊富なメニューは眺めているだけで楽しいし、ドリンクもhealthy&beautyで女子的意識高い系のお店♡薄曇りの日に運よくテラス席に座れたりすると気分はハワイアンリゾート。ってハワイは行ったことがないのですけれども。そうだ、今度従妹が来たらららぽーとじゃなくあっちのパンケーキのお店に案内しようと考えながらメニューを眺める。なんかオープン時よりガクンとメニューが少なくなってないかなと話すと、一緒に行ったOさんも「銀座の方が多いわね」と言うではないか。そうよね、そうよねと喜びつつ私は今日のランチセットエッグベネディクトセット、Oさんは「絶対これ一目惚れ」などと行ってマンゴーのスフレケーキを頼んでいた。

じゃあ今度は銀座の方に行きましょうよとか四方山話でルンルンとランチしてアフター珈琲。オープンと同時に入店した時とはうって代わって店はほぼ満員になっていた。いつもの人間観察で周りをさり気なくチェック。ママ友ランチ、会社の同僚系、そしてぼっちがそれぞれ同じくらいの割合を占めていた。こんなこじゃれたお店にボッチで来る人が結構いるんだなと感心してしまった。こういうお店だと「ぼっち」ではなく「おひとりさま」なのだなと思う。思えば「おひとりさま」という言葉が生まれてから、女性がひとりでどこかに行ったりお店に入ったりというのが不思議でもなんでもなくなったと思う。今でも新しい言葉が次々と生まれるが、この言葉のセンスはよかったなと感じた。家族がいると「ひとりになりたい」と常に思っているが、一緒に食事出来る人がいる幸せをもっと感謝しないといけないななどとも思った。まあまた一瞬思うだけだと思うがそれでも。


ランチセットエックベネディクトパンケーキ。見た通り、ふざけんなよ?というお味。ランチセットなら飲み物100円になる。

Oさんはアラカルトメニュー 。

だんだん話はお互いの悩み自慢みたいになってくる。私は息子が宿題と学校の支度をやらない事、彼女は塾選びで悩んでいるようだった。少々レベルの違うお互いの悩みを、ああでもないこうでもないと話していると、どこからかテレビクルーが現れた。来るなーと思っていたら案の定私のところに真っ直ぐきて、土壌問題で騒がしい豊洲市場について何か喋ってくれという。最近鬱っぽくてスマホ弄る時間が結構長かったので色々知識はあるが、いきなりで話が組み立てられない。四苦八苦しながら結構長い時間話したのに、その日夕方観てみたら映っていたのはほんの10秒くらいだった。しかも頭はぼさぼさでなんか疲れた感じ、ブスっと偉そうに語る様は片山◯つきみたい しかし最近のテレビってなーんでも映ってしまう。もう少しお肌の手入れちゃんとやろうと反省した。


※「トヨリーゼの意見は?」みたいなキャプションがついていたけれど、いつの間にキャナリーゼはトヨリーゼになったの。トヨリーゼは愛知県豊田市の主婦なのでは。

写真はOさんが写してくれた。観たかった?でももう放送終わりましたので残念(^^)!その後また館内をブラブラしながら買い物をしたりお喋りしたりと、どうという事のない時間を過ごす。お互い子どもが帰ってくるからと割と早くにお開きとなった。「一緒の学校に行けたら良かったのにね」などと言われて、あの時のお受験騒動をまた思い出す。結局彼女は一回も抽選に通らず、私は受けた抽選は全部受かった。夫や娘が「ママはなんか憑いてる」と言っていたが、受けた人ならわかると思うが、最初の抽選の倍率って。。いくつだったっけ。そこをパスして本試験を受けられたという経験はそんじょそこらの人では味わえないダイナミックな事件の数々が待ち受けていた。もう一回受験のチャンスがあったら絶対合格出来た!とは言い過ぎだか、誰しもそう思うだろうし、特に小学校受験は人生に一回だけという現実、なので皆死に物狂いで(親が)頑張るのだろうとも思う。

そうだ、折しも国立小学校受験のシーズン。いつもいつもこんな私的でほのぼのとしたノンビリブログにアクセスしてくれる誰かのために、そしてこれから受験するお父さんお母さん達のために、国立小学校受験体験記を赤裸々に書いてみようかしらん。あの時も色々ネットで情報を探したけれど、なんだか奥にものがひっかかったようなよくわからない記事や情報ばかりだった。どんな洋服を着ていったらいいのか、親の面接では何を話したらいいのか、子どもにどんな風に勉強させたらいいのか、親の作文の書き方内容などなど。そのうち書く「かも」。私もうこの分野なら絶対納得の記事書く自信ある!


あの時あの幼児園からも何人か対策塾に来ていた方がいらしてちらほら親子をみかけたりしたが、子どもは息子に話しかけてくれるが親たちは私をガン無視する人達ばっかり。こんな人達が受かるわけないわと思ったらやっぱり全員落ちた模様。なぜわかるかというと、受験後の「入学準備対策」と言う説明会と子どもの勉強会に誰も来ていなかったから。おまけにあちらこちら近所の小学校でお見かけするので「ご縁がなかった」のだと知った。でも今考えてみると国立小学校に行かなくて良かったと思う。皇族のいる方は多分途中で出されたと思うし、もうひとつのスポーツが盛んな方は私が根を上げただろう。なにしろどちらも「親も定期券買ってください」と言われているくらい、親が毎日のように学校に行く必要があり多分続かなかったのでは。今はすごく近い小学校で本当に良かったと思うが、地域に全く関係ない学校で伸び伸びさせてやりたかったなとも思う。どちらにせよ「置かれた場所で咲きなさい」という事なのだろう。なんだかこのフレーズが本当に折に触れ頭の中にぽっかり浮かぶ、その通りだけれどちょっと違うわでもでもなどと。またいい答えが出たら書いてみたい。

ちょっと元気なかったように見えたOさんは、キッザニアだの映画だの楽しい予定で盛り盛りとなり、元気いっぱい帰っていかれた。こういう離れた地域にいる私みたいな人と会って色々話してスッキリされたのかもしれない。「今度は銀座のパンケーキね!」などとスッキリした笑顔で帰っていかれた。私も「今日こそ宿題やらせる」とメラメラと帰宅してムンムンと息子を待つ。帰ってきたところを捕まえて早速ランドセルの中身を一緒に検める。わーわーやっているとピンポーンと宅配が届く。みると大きな箱にぎっしりの大粒の巨砲が。私も子どもも全員が喜びを爆発させ、早速お味見でひと房頂いてみる。「おいしいいいいいいいいい

その後手を洗ったりついでに洗濯ものを取り込んだりなんだかんだちょっと目を離したすきに、猿はさあーっと逃げ出してしまった。こんな野生児、国立小学校に、特にあちらのハイソ系の方に行ったりしていたら何か違ったかしらん。きっと何もかわらず「元気があっていいですね」なんて忠告をそのまま褒め言葉として受け止めるお目出度いお母さんになっていたように思う。なんか中で色々あるとか朝変なチラシを配る人がいるとかネットで読んだことがあるし、どこも色々あるんだろうなと思う。そういえば掲示板に張り出された合格発表でも色々な人間ドラマをみた。特に印象に残っているのが、「教授」みたいな白髪の紳士に「先生、ありがとうございます。お蔭様で受かりましたわ」と泣きながら報告していたどこかのTHE奥様!みたいな人、「あらっ、あるわあるわあるわ!番号があるわ!」と半分いっちゃったように掲示板に突進していた人、「えーと?これからまた試験?それともまた抽選?」などと合格したのが迷惑そうにブツブツ言っている人、なんだかドラマみたいだなと思った。リアルって本当にドラマチックで面白いなとこの時も思ったりした。

私のドラマはこの先どういう物語が展開するのだろう。こうやって考えると、今の私は過去の私が希望していた通りになっているような気がする。しかも「大学に通う」というおまけ付き、これはなかなか出来ることではないと思うと、多分色々なところで「専業主婦が大学ぅ??」と一部の層からは妬まれたり顰蹙を買っているだろう。でもあと半年なので、平静を装いつち出来る限り勉強しようと思う。「いくつになっても勉強は楽しい」なんてプロフに書いているが、正直しんどいばかりで遊ぶ方が楽しいに決まっている。でも始めてしまったし、今年は卒業のリーチがかかっている。なので最後までやらなくてはトホホホという気持ちも大いにあるし、もうやるしかないのだ。(あーあ)

そういえば今の大学に編入しようとか、そのために足りない単位を取得しようと決意したのは息子を地元の小学校に入学させると決めてからだった。公立小学校なら親の出番はそんなにない筈、だったら今のうちにと。そこからは本当に毎日みっちり課題をやったし本も読んだし勉強もした。人生で一番勉強した時ではなかっただろうか。


昨日は色々な事を思い出す一日だった時の過行くままに。

江東区の夏休みは8月24日で終わり、翌日は始業式ではなく普通の授業、給食もいきなり始まる。これは江東区が二学期制だからで、自分が小学校の頃といえば31日までで翌日は新学期な三学期制だったということを考えると不思議な気がするが、こうした理由もあるのか夏休みは短ければ短いほどいいと考えている自分にとっては嬉しいことばかり。

今年の夏は息子のミュージカル、青春18切符の旅と続いて帰ってきてみれば、スタミナが切れたのかダウンしてしまった。いつも夏の終わりは一回倒れて寝込むことになっているので、いつもの事といえばいつもの事だが、今年は特に辛く感じた。特に台風が立て続けに来たものだから、低気圧に弱い私は更に凹んでしまった。うんうん苦しんでいたところ、昨日は夫が勝手に申し込んだ科学実験のイベントの付き添いで出かけなければならず、本当に死ぬかと思った。でも帰ってきて娘が息子の英語教室の付き添いを申し出てくれてお休みせずに済んだりと良いこともあった。娘って役に立つなあとか、もっと可愛がってあげないと、などと殊勝な事を考えた。

そしてやっと今日、夏休みが終わって家に私ひとり\(^o^)/めでたい\(^o^)/途端に元気が出てきた\(^o^)/というのは言い過ぎでまだ体調イマイチではあるが、空っぽの冷蔵庫をなんとかしようというくらいにまでは回復した。いつもなら尾頭橋のOKマートか東陽町のいきいき市場まで買い出しに行くのだが、今日はヨーカドーのネットスーパーを利用することにした。ヨーカドーのネットスーパーは本当に便利。午前中に頼んだものが午後には届く、しかもチラシの商品だって大丈夫。今日はがっつりお肉を食べさせてあげようと、生姜焼き用豚肉を二パック買った。もう子ども達大きくなって一パックでは全然間に合わない。そのうちひとり二パックくらい食べるようになだろうな。不足してきた調味料や娘の好きなそうめんなども多めに買い込む。今日はシーチキンも5缶で479円。私がいない時にプラスマヨネーズでこれをおかずにご飯を食べることを覚えた子ども達のために、多めにこれも買う。私はプラスマヨネーズにさらにチラッと醤油をかけるのが好き。それから私の料理のマストアイテム「ミツカンの昆布醤油」を。 あれ?

なな、なんとミツカン昆布醤油800cc 278円しかない。OKマートなら1リットル入りのペットボトル158円なのに。高くて買えない!あんまりだわ。仕方ないのでこれだけOKマートで買うことにして決済。5,000円以上は送料無料、卵もお肉も美味しそうなものを買えて満足。それから息子の新学期用品を今更チェック。セロテープやノリ、鉛筆、不足している絵の具などをAmazonで購入。Amazoneはプライムスチューデントに入っていて色々特典があるようだが、あまり得していないような気がする。でも、お急ぎ便無料というヤツで十分元が取れているかなとは思う。でも最近通販といえばほとんどAmazonかも、楽天はほとんど使わなくなった。これについてはまた別途書いてみたい。さてヨーカドーのネットスーパー、今日午前中に注文したらほとんどが午後に届くという。便利を通り過ぎてなんだか信じられないような気がするが、物流というのはこの10年くらいの間にものすごい変化があったように思う。それよりヤマトさん、私のブログで少しは配達楽になったかしらん。 

そして前出の通り「ミツカンの昆布醤油」はOKマートに買いに行くことに。一緒に注文すればいいじゃないとも思ったが、158円で売っているとわかっているのに278円のものを買うのはなんだかモヤモヤしてしまう。とはいえ、やっぱりこれだけ買いに車を出すのもなんだかなと思い、近所の文化堂に行った。文化堂の建物は、100円ショップ、薬局、洋服屋さん、靴やさん、本屋さんなどのある複合ショッピングセンター。ららぽーと豊洲もそうだが、なんていうかこちらは本当に庶民のお店がぎゅっと集まったという感じ。オシャレ感はないが、必要なものが揃うというラインナップ。ららぽーと豊洲方面に用事がなくなった私は、買い物といえばこちらを利用している。

今日は自転車で出かけた。うおっ、まぶしー!でもずっと天気悪かったので、高気圧は本当に気持ちがいい。こういう天気に心が左右されてしまうの、本当にいい加減にしたいと思うが解決策がわからない。天気が悪いとずーんと沈み、カラッと晴れると気分が上向くという。今日はやっと気持ちがフラットになったように思う。夏バテでダウンしたところに台風3つ、しかも夏休みで子どもが家にいる!!本当に辛かった、でももう終わった。 

いい事も悪い事も、時の流れと共に過ぎてしまうものだと思った、今更なのだが。これが人生というものなのだろう。

さて買い物。といっても14時にヨーカドーさんが来るからさっと行ってさっと帰ろう。まずは文化堂へ。ミツカンの昆布醤油はいくらだろう。あ、あった。何々?ええーここも278円?なんだか納得がいかないが、買わないと今日の晩ご飯が。どうしよう、昆布醤油自作しようかと悶々と悩んでいると、なんと「ミツカン昆布醤油GOLD」という商品を発見。
なんだかすごく高級で美味しそう、しかも値段は278円。これなら納得と一本だけ買うことにする。多分OKマートならこれも158円だろう。美味しかったら今度からこっちを買おう。それから、ええー!油揚げが5枚で55円?さすが庶民の味方文化堂だわ、これも二袋買う。最近子ども達がきつねうどんのお揚げだけ食べたがるので甘く煮たりするのだ。ココでしか売っていない「オリエンタルマースカレーの素」も。

それからビバホーム2階のテナントをウロウロ。セリアに迷い込むと軽く一時間経過してしまう。色々物色して今日はクレヨンリップとヘアブラシを買う。ここのクレヨンリップは口紅の他、頬紅にも出来る、というかマイセルフで勝手にやっているだけだがなかなか色味がよくてお気に入りの使い方。もう3年くらいで10本目くらいのリピートではないだろうか。最近こういう使い方が流行っているみたいで、頬唇兼用みたいなのをよくみるが、わざわざ但し書きしなくても自分の顔くらい好きなもので好きなように彩ったらいいのではないだろうかと思う。たまにだけどアイラインを名前マーカーの細いので引いたりするけど滲まなくていい感じよ資生堂さん、製品化してみたら?


これで普段のお化粧はおしまい

それから隣のHONEYSへ。ここはティーンズファッションのお店なのだが、探すとなかなかいいものがあり尚且つ廉価。服の他に靴、バッグなどの小物、ランジェリーまでも売っている。上下セットが普段定価で1,280円、しかもディスカウントで780円になっているものたちのアンビリーバボなコーナーがある。今日はここでいいものを見つけ、二セット買うと10%オフだと店員さんがいうので2セット買って非常に満足♡


すっごく可愛い♡

帰るとタイミングよくヨーカドーさんの配達があり、重い荷物を持たずして買い物完了。


配達して貰えるなんてありがたいわ

今日の晩ご飯は、手作り焼売かポークソテーか茶碗蒸しか野菜と豚の八丁味噌炒めかムンムン迷いながら茶碗蒸しだけ作ろうとキッチンに立ったところ、そのまま全部作ってしまった。どうも料理し出すと止まらなくなってしまう。今日はちょっと青物が足りないように思うが、青汁でも各自飲んで貰おう。

娘が全部食べてしまった。

豚と野菜の八丁味噌炒め

生姜焼きにした

天気がいいので梅も干す

娘が手伝ってくれたよ

火を使ったので汗だくになり、ついさっきシャワーを浴びた。そんなこんなしていたらもう17時過ぎてしまう。娘は茶碗蒸しが美味しいと、7カップ作ったのに、ひとつ、またひとつ、もう一個だけなどといいつつ全部食べてしまった。そんなに美味しかったのは、やっぱりミツカン昆布醤油ゴールドのお蔭かしら、それとも思いついてプラスした「茶碗蒸しのタレ」をかけたのが良かったのか。あんまり美味しい美味しいいうので、

これが美味しい素、 正式名称は「金色昆布つゆ」

「こないだママのご飯不味いって言ったの、あやまってよ!」というと、「ごめんね」と素直に言う。いつもなら反抗して言い返してくるのにサックリ謝るなんて、そんなに美味しいのかなと自分も食べてみる。うん、確かに美味しい!ミツカン昆布醤油ゴールドの他に、干し椎茸や昆布で出汁を作ってプラスしたのも美味しいんだなと結論付ける。他の家族の分が無くなってしまったが、もう一回作るのは面倒なのでしなかった。そしてミツカン金の昆布醤油の実力を試すために、今から素麺を茹でてこれで食べてみようと思う。今日は買い物に行ったばかりなのでネギも青々として美味しいだろうな。茗荷や大葉も買えばよかった。

子ども達はお風呂場で何かはしゃいでいる。きっとまた散らかしているんだろうな 「片付ける」という概念がいつになったら芽生えてくれるのだろうか。 

結局プールには行けなかったけど鬱が治って色々出来たし、久しぶりにキチンとしたご飯が出来たので満足。今日は夫もキーキーと子ども達をdisらないだろう。結局かまって欲しいとか、面倒みて欲しいという欲求不満が弱い者たちへと行くのだろうと思う。私だってシンドイと子どもに当たってしまう、この辺りは本当にダメだなと思う。息子なんか一番小さいから可哀そうに、そのうち君が一番大きな人になるから、もうちょっとだよガンバレ 。私は一番の弱者になるだろう、今もそうだし。そういえばまた夕べこの家のお母さんは誰だろうと、みんなでお母さんを探す夢をみた。起きて「ああ、私かあ」とまたちょっとブルーになってしまった。ずっとじゃなくていいから、時々誰か代わってくれないかな。ここで母や義理母が近くに住んでいるかいないか、気軽に手伝ってくれる状況なのかでぐーんと主婦の負担が減る訳で。私はこの辺りは全く恵まれていなかったと思い返す。実家の母が来てくれた事もあったが、あまり戦力にはならなかった、本当に大変だったな、でもやはりこちらもあの頃に比べたら、やや終わりかけている気がする。何より家族が色々やってくれるようになった。

こういう事書くとまたお叱りのメールが来そうだが、4人の子どもを殺めてしまったお母さんの気持ちがちょっとわかる。もう少し待てば夏休み終わったのに、子育てだっていつか終わりがくるのにと。なんとかならなかったのだろうか。でも4人兄妹を「ちょっとみてあげるわ」とか「今日は代わってあげる」なんて人はいなかっただろうなとも思う。夏休み、毎日毎日子どもが4人も家を引っ掻き回し、片付けても片付けても散らかし放題、朝昼晩とご飯ご飯ご飯、ちゃんとみてないと何をしでかすかわからない、みてないと「ダメ母」だの「躾が悪い」だの言われ、家の中で4人も集まれば大騒ぎ大喧嘩、仲が良くても喧々囂々。もういや!と思っても仕方ないと思う。もちろん殺しちゃうのはダメだけれども。こういう時、「信じられない」とか「母親失格」とか言う人達って、子ども4人に囲まれて死ぬまでお母さんを続けないといけないという苦役を少しでも理解出来ているのだろうか。

私なんてこの夏は半分はミュージカルで自分も一緒に楽しんで打ち上げやってその後すぐ夫が休みで子どもをあみゅ博とかあちらこちら連れて遊んでくれて、またすぐ息子と二人旅行に行って十分間はもった筈なのに、最後の最後はすごく苦しかった。体調悪くしていたのもあるが、本当に子どもが嫌だと思ったし預けるところがあるなら預けたいと思った。こういう時子どもはよくわかっていて、ママが具合悪いのは自分達が家にいるからだと余計に荒れる。なので余計に散らかして部屋中目茶目茶で死ぬかと思った。だからという訳ではないが、あのお母さんを非難する気持にはとてもとてもなれない。勉強しないからと言って息子を刺殺してしまったお父さんなんて、もううちの夫なんて境界線にいるんじゃないかと思うくらい。これも「夏休み」だからなのではないか。

なので小中学校の夏休み、もっともっと短くして欲しい!そんな風に思うのは私だけではない筈。。。とにもかくにも今年も夏休み終わりましたね。お母さん達、ほんっっっとにお疲れ様でした

ミュージカルホンク応援blogについて、
「このブログ、一体誰が書いているの?」 
「出演者?その父兄?」
私だよ!

ということで、色々なところから問い合わせがあり、プロフィールを表示させて欲しいとセンターより要請があったので表示、この記事もこちらに移動させてみた。

その前に8月7日15時~千秋楽のチケットは完売したそう、最後の一枚を買ったという方がわざわざメールでお知らせして下さりありがとうございました完売?これが完売御礼というやつ??すごいわあ、ゆり子観劇(誤字じゃないダジャレ)

他の回はまだ若干余裕があるそうで、是非当日お越しください。「みんなのミュージカル ホンク!」本日より上演されます。自分が出演するみたいに緊張する。緊張しすぎてご飯三杯も食べてしまった。今日は楽屋担当、ますますどっきん どっきんさあ頑張る‼️

こちらのブログより転載http://honk2016.blog.jp/( 2016.06.08write )

今日はブログを書いている私について記事にしてみます。 

ブログを担当しているのは出演する子どものお母さんです。どういう形にするか、内容の方向性、アップする写真についてなど、関係者の様々な方と意見交換しながら書いています。 あれは削ってこれを足してなど、結構「注文の多いブログ店」かも。 

なのに「非公式と記しておいて」なんて注文もありましたが、そんな事したらプロスターの方々に失礼ではないでしょうか。非公式ではない、みんな公認みんなの応援ブログです。インタビューに応じて下さったみなさま、ありがとうございました。上演まであと2ヶ月切りました、これから暑くなってきますので体調管理に留意して最後まで走り抜けましょう。 

そもそもですが、自分の子どもをこのミュージカル団体に預けてみようと思ったのは、ほんの小さなきっかけでした。 

私の子どもはイジメによりあと半年で卒園というタイミングで幼稚園を途中退園しました。 

途中で挫折してしまったという無念はいつまでも胸に渦巻いてました。 そんなところにミュージカルワークショップ開催のお知らせ。退園する少し前に息子の担任の先生が、園で上演するオペレッタの主役をしないかと言って下さいました。なのにそのまま辞めてしまったことを、思い出しました。そうだ、これだ。ここで無念のリベンジだ!と、参加させることにしたのです。 

毎週日曜日、10時から夕方5時まで(集中稽古が始まってからは10時スタート10時終了、みんなよくついていくなと!)息子が行くのを嫌がり泣いたことも、それはそうですよね。お休みの日は自由に遊びたいのでしょう。私もなんのために嫌がる子どもを連れていくのか、わからない時がありました。もう辞めさせて違うお稽古をさせようと思ったり。 

でもずっと参加させて、本当によかったです。厳しくて優しい先生達、仲間とのチームワーク、本物のミュージカルスターたちとの共演。素晴らしい出会いがたくさんありました。

ここは本当に魂の修験場、子どもはいつの間にか、いじめられた記憶を、先生や仲間達との触れ合いの中で消していったのだと思います。人が怖いという気持ちは軽くなったでしょう。 

最近、子どもはよく褒められます。元気いっぱいですね、誰とでも仲良くできますね、本当に明るくいい子ですねと。子どもは自分でも言います。「絶対に誰かをいじめない」と。

嵐のような時を経て、親子ともどもやっとここにたどり着けた。そんな気持ちがしています。 

イジメはよくないです。イジメられた方にも原因があるというのは間違い。イジメる方に原因があるのではないでしょうか。

この「ホンク!」という作品をみて考え、また新たな発見が色々ありました。そもそもこういう作品に親子ともども関われたというのは、何か目にみえない大きな力を感じました。 

「みにくいアヒルの子」といじめられた子どもは、大きな白鳥になってくれるでしょうか。 

イジメられている子、イジメる側の子、悩んでいる大人たち、みんなみんな「ホンク!」を観に来てください。きっと悩みは消えて、気持ちが明るくなります。

息子が途中で退園した幼稚園の園長先生や、元担任の先生たちも大勢で観に来て下さるそう、本当にありがとうございます。ご心配おかけしましたが、子どもはこんな風に元気でやっています。

是非豊洲の皆さんも、みんなでみにきてくださいね。チケットは江東区内の各文化センターで絶賛発売中です。電話でFAXで窓口で、お待ちしております。 

私も連日受付その他で豊洲シビックセンターホールに詰める予定でいます。どうぞお声かけください。

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この記事を書いたのが約2ヶ月前、今日はもう本番だなんて信じられません。ですが作品はしっかり仕上がっています。「みんな」の頑張りにビックリ!プロの牽引もすごかったですよ

「みんなのミュージカル ホンク!」みんなと違うことは個性なんだと。この作品でみんなも本当の自立に向けて一歩踏み出す勇気を持って欲しいです。その前に素晴らしい舞台をただただ楽しんで 衣装やセットがすごいんです!豊洲発至宝の芸術作品を是非その目で確かめてください 。 

お待ちしております
 

 
 

東京メトロ有楽町線「豊洲駅」7番出口から徒歩1分、新交通ゆりかもめ「豊洲駅」改札フロア直結のエスカレーターに乗ればシビックセンターの3階に出ます。入り口入ればすぐ大ホール5階行きのエスカレーターがあります。エレベーターは混むしなかなか来ないので、エスカレーター➕エスカレーターが便利です。

もし早く着いて時間が余った方は、9,10階に図書館があります。椅子あり電源ありwifiあり雑誌ありで快適な空間、小腹が空いたらゆりかもめ改札にミニセブンイレブンがあります。飲み物の自販機が5階ホールのロビーにも2台あり、こちらにも椅子があります。

わからないことがありましたらスタッフが常駐していますのでお問い合わせください。 

豊洲シビックセンター(豊洲文化センター)
〒135-0061 東京都江東区豊洲2-2-18豊洲シビックセンター内/事務室8F, シビックセンターホール5F
TEL03-3536-5061

ということで、まだ早いし誰もいないよというのに息子は稽古場に出掛けていった。これは何も息子が熱心というだけではなく、せっかくなのでこういう時に夏休みと塾の宿題をしろと言ったら逃げていったので、これも理由だと思う。が、自転車がない(夫が修理に出してそのまま)キックボードが壊れているなどと愚図愚図言いながら戻ってきた。こうなると息子は、というか愚図り出した子ども程面倒なものはない。歩いて行きなさいというとまた愚図愚図しだし、もう行った後で思いついたのだが、私に自転車で送っていってほしかったのではないか。今日ならまだ時間があったので、買い物ついでに車で乗せて行ってやればよかった。うん、でももう着いたよね。ママは言ってくれないとわからないよ。

さて、とうとう小池百合子さんやってくれました。皆さま、ご支援ありがとうございました。特に勇気ある支援者、若狭先生、音喜多さん、やはり一番最初に手を挙げるって本当に勇気がいると思う。すごいの一言。最初から最後までありがとうございました。勇気あるといえば、元都知事の猪瀬さんもすごかった。こういう赤裸々に告発という空気、私だけでない世の中も温まってきたよう。本当に嬉しい新時代の幕開けのように感じた。

私はもう小池百合子さんが立った時からずっと一ミリもブレずに応援していた。というかその前から彼女のファンだと言ってもいい。クールビスの時、防衛庁の際、あまり政治には詳しくないので詳しくは覚えていないし未だに何処に誰がいるのか、どう連携して何を発信しているのかよくわからない。でも政治って誰がどこに属していても出来る人は出来るしダメな人はとことんダメ。やることなすこと怪しさ満点な内田さんは今回の件で知ったが、筆頭は森さん、何故いつまでも政治家しかもかなり美味しいポジションを張れるのだろうなどと思ったりしていた。そして皆不思議じゃないのかなと。

そうしたら猪瀬さんや山口さんが砲弾をお見舞いしてくれて、あっという間に色々な事がわかった。私がわかったくらいなので、国民の9割は理解できたと思う。そして「やっぱり小池百合子さんしかいない」という空気に東京だけじゃない、日本中が小池百合子ラブで盛り上がり出したのだ。インターネットで選挙戦というの、かのインターネット党党首元都知事候補が散々やっていてダメだったので、「やっぱり駄目じゃない?」と思う方々もいらっしゃるかもしれませんが、私はそうは思いませんでした。ソーシャルネットサービス略してSNSは、どう使うかよりも「何を発信するか」がとても大切。そして主義主張は一貫していないとダメなのだと思う。

そこへいくとやはり小池百合子さんはこの分野でもすごく優秀なブレーンがいたのか、それともご自身が策略したのか多分両方だと思うのですが、息もつかせぬ情報発信でFBやTwitterのタイムラインを埋め尽くしていまい、毎日毎日よくもと思うくらい東京中を駆けずり回り街頭演説、ネットではニコ生でも演説、それプラス各メディアへからのインタビューにも対応されていて、よく倒れないなと感心してしまった。

あのNewsPicksの佐々木編集長のインタビューにもきちんと応えて下さったようで、忙しい時に、しかも断ったら何を書かれるかという時にうちの佐々木が失礼しまして本当に申し訳ありませんでした。ちゃんと記事に出来たようで、選挙戦最終日笑だがちゃんと最終章のニュースにもなっていてホッとした。でも、このインタビューに対応出来たのは小池百合子さんだけ、他の二候補は体力的にだとか、そして突っ込まれると今困るといった理由…増田さんは石原さんで困ったのかな?で、来られなかったよう。男ってひ弱だなあ。小池百合子さんなら何があっても絶対出てみえたでしょう。 見習えと、出来ないでしょうと。

それから小池百合子さん、政治家なので、ご自身が短期決戦がどういうものかよくご存知なのでしょう。本当に頼もしい😍。私なんて最初の頃はタイムライン追っていちいちコメントしていましたが、そのうち記事を追って「いいね」をつけるだけで必死みたいな感じに。私は今昼間はスマホみられないので夜寝る前だけなのだが、もうタフネスという言葉がビッタリで都政を任せられるのはもうもう小池百合子さんしかいないと確信した。などとこんな風にちょうど都民の総意が最高潮に達した時にばーんと選挙の日に結集、集約し、何もかも小池百合子にと追い風がピッタリ決まった最終日だったと思う。そして伝説に🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀✨🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀

今回の選挙戦、本当にエキサイティングで楽しかった💞何よりららぽーと豊洲の街頭演説では、ご本人はもとより、若狭先生や音喜多さんにもお目にかかってお話が出来、音喜多さんは名刺を渡すと「あっ、なんかみた事ある🍀」なんて言って下さり嬉しかった。ブログ読んでくれたようです😭その後たまたま参加したキッズマーケットの話から江東区議会をされている奥様にミュージカル観に来て下さいなどと図々しくお願いしたり、百合子inららぽーと豊洲で知り合った方がたまたまご近所で「小池百合子ラブ」同士で仲良くなったりと、小池百合子ラブパワーのお蔭ですごくいい事がたくさんあった😆♻️演説が終わった後にぐいぐいと前に行って握手して頂いたりお話しも出来て百合子さん本当綺麗 演説途中百合子コールで盛り上がったりで本当に楽しかった。 

何より今回の選挙は絶対小池百合子さんを勝たせなきゃということで、NewsPicksで猪瀬さんを非難する変な女性学者を叩いたり、もともとコメントも長い私が1,000文字上限まで擁護コメントを書いたりして、だんだんあそこも小池百合子ラブに染まり、「小池百合子しかいない」と空気を温められたと思う。垢バンの最後に一仕事できて満足。私の活動など本当に微々たるものだが同じムーブメントに乗れたという嬉しさ、それが誰かの意志や希望をくんだのではない自分が決めたのだという喜び。いやいやいやいや、もう息子のミュージカルもいい出来になってきてチケットもいい感じに裁けてきて夏休み最高。あとは息子をきちっと会場に送り届け、そして色々な役をちゃんとやるだけ色々忘れないようにしなくては。明日はまた一日稽古場で役があるのでいかなくては。たまにはちゃんとした格好で行こうとか、息子のお弁当どうしよう、買って食べたいというので我が儘きいているが大丈夫だろうかとか色々考えているとまた大事なことを忘れそう注意しなくては。今日は安心したせいかぐったりして体が思うように動かない感じだった。でも百合子さんは多分勝利の美酒に酔いしれることなく「ここからが正念場」と思ってそう。私もまた明日からフルスロットルで邁進したい

ともかくこれからの東京がとても楽しみ。オリンピックで都知事が小池百合子さんなんて最高!バンザーイ 

いつも笑顔で元気いっぱい。最高です やったあー🙌✨

(※こちらが本記事です)

以前からもう辞めたいやめたいとブツクサ言っていたNewsPicks、いっそ垢バン(アカウント停止)してくれればと思っていたら、図らずも願い通りになってしまった。不名誉な事といえばまあそうだが、もう本当に縁を切りたいと思っていたので私的には良かった。丁度「ポケモンGO」が日本でもスタートしたということで、NewsPicksの中では大熱狂するPickerで溢れていて、「みんながやるから僕も私も」という右へならえで日和ってばかりのこのSNSの体質にも嫌気がさしたところだった。先にアメリカで先行してスタートし、あまりの熱狂振りに大きな社会問題になっているというが、その辺りは無視して煽るようなコメントばかり。あそこでピカチュウを見つけただの新宿御苑周辺では夜中までモンスターを探す人でごった返すとか、うちの子ども達がいい年齢になってそんなところに行ったと聞いたら、うんまあそれは勝手だと思うのでやりたければやればいいと思うが、私は嫌だな。特にNewsPicksは経済に精通しているという触れ込みのPROといわれる方々もいるが、その人達まで振り回されちゃってまあ、

バカみたい♡

というこで、いつまでもいつまでも私の噂を流し、弱い者いじめしか生きがいのない豊洲のボスママ集団と同じくくりで離れたいと思っていたのだ。中の人で仲良くなりたいと思っていた人達とはFBなどで繋がりも出来、そうでないストーカーチックな人は離れてくれたようで非常に満足。私の承認欲求は卒論だけに注力できることになりそう。私も馬鹿だなと思うのは、大学の課題や卒論のためにブログをやめたらSNSに走ってしまったことだと思う。しかもNewsPicksだなんて、一度完璧に辞められたものをまたぶり返したりして本当に意志が弱くて嫌になります。今回の件、何かに似てると思ったら、独身時代の恋愛によく似ていると思った。こちらから別れると言えばきっとストーカーチックに付きまとわれるだろう、なので相手から別れの言葉を言わせねばという策略。とはいえ、ずっと以前の時代から運営には煙たく思われていただろう私の存在。そもそも世界銀行VSの頃から微妙な空気になっていましたものね。スターピッカーを潰してしまったと思われただろうと。でもあの方もここから距離を置けてよかったと思う。SNSは本当に時間泥棒、時間は有限。もっと有意義なことに時間を使わなければと本当に思ってしまう。

ということで「さようならNewsPicks」記念として、今回何故私が垢バンされたのか、一体誰がそれをしたのか。私の隻眼と妄想をフル回転させて追及した真実を書いてみたい。

私はもともと2014年頃に約一ヶ月ここにログインしてコメントを書いていた。最初は運営からも生暖かく見守られていたが、世界銀行VSからガラッと空気が変わったように思う。大切に育ててきたスターPickerをぶった切ってしまった自称専業主婦、「何様だ」と思っただろう。その後、すららもぶった切り、元都知事候補ともすったもんだあり離婚させてしまったし、世界銀行は世界銀行でなくなってしまった。ちょっとやりすぎたかと反省し、もう離れることにしたのだ。みんな引き留めてくれたが、運営はノーコメントだった。

そこから2年後、ヤマトの件で記事を投げ込みたちまち皆がコメントをつけてくれて、そこからまた嵌ってしまった。でも何度も言うが「宅配の再配達問題はみんなで考えないといけない問題」という事に気が付いてくれた人もいたようで、書いて良かった記事。でもその後は卒論の締切やら色々抱えていてブログをお休みしようと考えていて、なのにまたドンドン書きだしてしまった。結局卒論を未完成で提出しなければならなかったのはNewsPicksのせい、人のせいにするなと言われればそれまでだが、もう今度こそやめたい、離れたい、いっそ垢バンしてくれないだろうかと考えた時に目を付けたのが「まれにゃん」だった。

まれにゃんはここが大好きで、垢バンされる前は運営批判がすごかったとWebのあれこれで読んだ。そもそも運営批判をして何もいい事はないのは明らかなのに、言わずにはいられなかった何かがあるのだろうと思った。この燃え上がるような憎悪の元はなんだろうと考えていて、多分愛憎は表裏一体なのだと思い当たった。まれにゃんもNewsPicksが好き過ぎて憎むまでにいってしまったのではないだろうか。多分運営もそう。愛するまれにゃんがいうことをきかなくなったので、可愛さ余って、なのではないだろうか。なんだか切ないですね。

可愛そうなまれにゃん、私がBANされて代わりに復帰すればいいのに、一緒に運営に行って頼んでみようなどと真剣に考えていたのだ。今思えばそんな事を運営が「はい、わかりました」なんて言う訳はないと今になって思えばわかるのだが、その時は上手く行くような気がした。そこでまれにゃんと会って話したいとオフin豊洲を開催、そこで提案すると驚く事実を聞いて、びっくりの余りすごすごと引き下がった。あーまれにゃん、どうしてそんな風になる前に私に相談してくれなかったの。でも私味方になるから大丈夫よと、こんな事をまたブログに赤裸々に書いてNPに投げ込んだところ、またすごい反響があった。そして多分、運営からは更に敵認定されたんだと思う。

それにしてもまれにゃんとこんな風に同じ垢バン同士になるとは全然思わなかった。私がBANでまれにゃんが復帰して、めでたしめでたしそして伝説へ。というストーリーになるはずだったのに全然違った。そもそもまれにゃんは私の中では全然興味ない(ごめん、今は違うよ)伝説の動物。存在すら未確認だった訳で、生身の人間として現れてそしてそしてとんでもない事件の全容を知る。バンで終わったものの、こんな形でNewsPicksにこれからも関わっていくことになるとは。それに運営と対立するということは、全ユーザー100万人を敵にまわすことに( ゚Д゚)すごいわあ、神様は私にまたこんな試練を。もう豊洲のボスママ軍団なんて、どうということもなくなったかも。逆にこの100万人が全員私に100円くれたら一億円になるよね。バンのお見舞いでくれないかな(^^)/何か仕組みを考えてみよう。


※ログインするとこんなエラーが出る。自分のIDを初めて知った。

話を戻してまれにゃんオフin豊洲から私の垢バンは早かった。日にちを振り返って出来事を書いてみたい。

2016.0715バビロン東京姉妹(粘着質で自分のボキャブラリーに自信のない妹知恵の方。NPでもコメント2行以上書いてるのみたこと無い。本当にライター?お姉ちゃんが全部書いてるんでしょう。だってTwitterだって私に絡む以外は全部bot臭。IQどうみても二桁なビッチ)に通報され※バンされる。調べたところ、東京姉妹に通報されて※バンされた人多数。これはTwitterで「東京姉妹」で検索をかけると、バンされたPicker達の怒りコメントが読める。なんだ私だけじゃなかったのか。ランキング常連の西和子さんまでも怒っていた。これは運営から来たメールを晒す。一体何がBAN対象なのか。

「山田 聖裕 (株式会社ニューズピックス)
7月15日 13:26 JST

森生様

ニューズピックスの山田と申します。
いつもNewsPicksをご利用いただきありがとうございます。
お返事が遅くなり大変申し訳ございません。

削除したコメントは以下となります。
お手数ですがご確認いただければと思います。

===
この人達私から言わせればバビロンと同じカテゴリ。一回disってやりたいが(東京姉妹好きな近所のあの人が)怖いからやめておきます。

つうか恋愛のプロなんて噴飯もいいトコ。こんなの信じるアホはいないと思うけれど敢えて言うならその場限りのヤ◯マン的な思考回路。幸せな結婚をしたい真っ当な女性は相手にしないで。というか釣りですよね?
===
https://newspicks.com/news/1423334

よろしくお願いいたします。

(株)ニューズピックス 山田」

東京姉妹は自分がコメントでdisられると速攻通報している模様。こんな通報で※バンする運営も運営だと思う。通報されたら速攻バンするルールなのだろうか。だったら来るなと。東京姉妹は荘司先生にも絡んでいて、NewsPicksは権力者にちょっかいを出す場所と認識している模様。既婚なのに合コンってのも痛いなあ、なんでこんなのが好きなのかあのLINEの人に聞いてみたい。でもまあ男の人って「ゆるそう」な人は好きっていうより興味あるというかただの慰み者で私からみても中身からっぽの近くに来て欲しくない人。その後この東京姉妹とはTwitterでVSるが、私のdisりTweetに♡ボタンを押すという相手の白旗で終戦した。よろしい。今度何か困ったことがあれば私に言いなさいね。

※節子、集結やない終結や(;´Д`A

2016.07.16
タイ在住の主婦Hからdisられ通報されこれも※バンされる。多分これもX2くらいか。もうこの人は本当にしつこくてうっとうしい。私に反論コメントするとイイネがつくとパブロフの犬的に覚えてしまったもんだから、イイネ欲しさに私につきまとって必ずdisってくるようになった。それしかイイネがつかない人で本当に人気がないんだと気の毒になる。もっと気の毒なのは男子校NPで女の色を出してきゃっきゃやってること。男社会で女色を出すのはみっともないのになんか浮かれすぎて見ていて痛々しい。you me さんを見習えと言いたい。あの人は突拍子もなくてちょっと勢いがあり過ぎるが少なくとも媚びないし自立して発言してる男前。ふるまいさんもそう。それに引き換えこのHはちょっと前のコメントに「〜なのは、私だけぇ?ねっ、ねっ」と書いてありゾゾゾ〜っとした。こんな所で男に媚び売って気持ちわるいわ!しかもシャバダバダ長女?人の尻馬に乗っかってバカみたい、セルフブランディング大失敗、みんな薄ら笑ってるはず笑。あっごめん笑ってませんよ。多分この記事のコメントにもどや顔でなんか書いてそう。私がそんなに憎い訳でもない、ただタイにいてやる事も友達もいなく旦那には相手されず暇なんだろう。 
 
もうこのHからの通報の内容はすごかったですねえ。そもそも通報を運営にすると、「誰誰からの通報であなたのコメントをバンしました」と運営からその人にメールが行くのでご注意。誰から通報があったか、該当のコメントはどれか、どんな風に通報されたのか運営は細かく教えてくれます。こんな風に赤裸々に情報開示して、またいらぬ諍いや騒動の元だと思うんですが運営ってバカなの?Hがノリノリで私をdisった後に削除したコメントまでわざわざつけてくれて、面白いのでこのメールは保存している。Hに何かあったら晒してやりたい。あー楽しい。

2016.07.19早朝の豊洲でまれにゃんに会い、垢バンについて聞いてみる。オフmeetingの記事を書いて投稿。 同記事のコメントに運営が依怙贔屓しているあの人を「冬彦」と書いて※バン。再投稿してまた※バン。結局バンX2 NPには沸点の低い人しかいない。

2016.07.25例のストーカーが私を通報。名前を出したのがBANの対象だそうで該当のコメントをバンされる。名前を出さずに画像だけ貼り付け再投稿でまたバン。えーなんで?おかしくない?結局バンX3。運営さん、ストーカーの方ををバンしないとダメじゃない?結構本気で怖かったのですよ。以前からメッセンジャーで何度も俺様メッセージ。このおっさんに私は何を勘違いさせてしまったのだろう。多分、まれにゃんと会ったと書いたので、余計に自分もイケルと思われたのだろうか。エスカレートしてきて困り、名古屋人Gに入れるんじゃなかったと後悔したら、私が垢バンの後自分から出ていった。よかった。あなたには1ミリも興味ないのでよろしくお願いします。shinee  ※インスタに貼ってあります。 https://www.instagram.com/yurikomorio/


※この後、何を書いてもバンbanばん

同日その後、運営の佐々木編集長の書いた記事に対してコメント。すぐ直後、今度はついに垢バン

この記事なんですけどね。
https://newspicks.com/news/1683226/

「コメントページ 768PICKs
 
tokyo_ban.001

東京はどうすれば世界一になれるか?

【新】都知事選で問うべき「5つのイシュー」

(内容は略)
 
でもこれ、佐々木さんを否定したのではなく、心配して忠告しただけなのに。「投票日までに間に合うのでしょうか」と書いたので気に障った模様。だって7月25日に都知事選の連載を始めますみたいな第一回がアップされ、これから主要三候補のインタビューもしますって、あと6日で投票が終わり、結果がわかるのに?そして連載は全7回と書いてある。

『小池氏、鳥越氏、増田氏の3候補へ取材を申し込んでおり、取材が実現した場合は、随時インタビューを掲載していく予定だ。

*目次
【第1回】都知事選で問うべき「5つのイシュー」
【第2回】橋下・大阪改革のブレーンが語る「東京改革プラン」
【第3回】もしホリエモンが東京都知事になったら
【第4回】スライドストーリーで見る「東京の過去・今・未来」
【第5回】田原総一朗、江川紹子が考える「都知事選の論点」
【第6回】30代都議会議員が見た「都議会という"超村社会"」
【第7回】スライドストーリーで見る「候補者比較」』

なので「一日一記事書いても終わったら都知事選も終わっていて、間抜けるんじゃないでしょうか」と書いたところ、速攻同日垢バン。

でも私は記事をコピペしてこんなコメントもしたので、これもダメだったか。 太字が私のコメント。

『小池氏、鳥越氏、増田氏の3候補へ取材を申し込んでおり、取材が実現した場合は、随時インタビューを掲載していく予定だ。→この選挙戦の大忙しの終盤にインタビューなんて、ご迷惑では。

*目次
【第1回】都知事選で問うべき「5つのイシュー」→7/25今ここ
【第2回】橋下・大阪改革のブレーンが語る「東京改革プラン」7/26
【第3回】もしホリエモンが東京都知事になったら」7/27
【第4回】スライドストーリーで見る「東京の過去・今・未来」7/28
【第5回】田原総一朗、江川紹子が考える「都知事選の論点」7/29
【第6回】30代都議会議員が見た「都議会という"超村社会"」7/30
【第7回】スライドストーリーで見る「候補者比較」』7/31にアップ?投票日ですよお父さん!一日二記事アップしないと間に合わないくらいなのでは?大丈夫なんですか?

これで垢バン。。。佐々木さんという方は本当にプライドが高くて社内でも恐怖政治をしているんじゃないかと思う。だってこれ、私が言わなくても社内で誰かが指摘してあげれば済んだ話ではないかと。本当のところ、一体この記事を今公開する必要があるのかと。もう散々識者や一般ブロガーも書いて終わってる話なのでは。私が編集長なら「今頃何書いとんじゃボケェ」ぐらい言うだろうなと思った。

それを誰も(指摘)出来ないということは、常日頃何か意見を言う人に対して粛清ばかりしているんじゃないの?なので誰も怖くて言えなかったのですよね。社長は梅田さんという方なんですけど、多分佐々木さん頼みで様々な編集が行われているのが実情ではないかなと、なので梅田さんも突っ込めなかった。それを私があっけらかんと指摘したので、佐々木さんは激怒したのでしょうね。高卒の自称専業が俺様に何を言うんだと。僕ちんの学歴をみてみろお前なんかより百段上だわ思い知れとでも言いたいのでしょう。で、垢バン。そんなに怒ることかなあ。もう本当に笑える、すみません笑って。でもなんかこんな事で怒って垢バンなんて面白い人。 ちょっと可愛いかも。

そもそもここは運営が作ったちっぽけな箱、だったら運営が好きにしていいと基本は思ってるし今回の垢バンもどうぞどうぞ。箱の外に出てみれば、あんな狭いところでぎゅうぎゅうと芋を洗うような惨状でいい大人がぽけもんGO、馬鹿かと、アホかと。もう頼まれてもやりたくない。

運営からの最後通達はこちら。

「NewsPicks サポート <newspicks.support@uzabase.com>
 

森生 ゆり子 様

いつもNewsPicksをご利用いただきありがとうございます。

ご投稿いただいた内容を弊社にて精査し協議しました結果、NewsPicks利用規約違反を繰り返され、当サービスではこれ以上お客様にご満足いただけるサービスをご提供できないため、本日、アカウントを削除させていただきました。

大変恐れ入りますが、ご理解いただきますようお願い申し上げます。

また今後アカウントを再登録いただいた場合も、同利用規約第3条(本サービスの利用)にもとづき、アカウント削除となる可能性があることをあらかじめご了承ください。

なお、今後本件につきましてお問い合わせいただきましても、回答は一切いたしかねます。

よろしくお願いいたします。」

でもこの後、相変わらずNewsPicksからの記事紹介メールが毎日飛んで来るのはどうして?試しにアプリから覗いてみたら、タイムライン以外は普通に全部読めるのね、フォロー関係ないから全部みえるログインしなくても。なんだか筒井康隆の『エディプスの恋人』に出てくる神様になったお母さんの気分。そして今度こそすっごく馬鹿バカしくなり、そっとアプリをdeleteした。

一話完結『さようならNewsPicks』 (以前のものをリメイク)byキャナル•グレイ

NewsPicks のOFF会でこれらの騒動をみんながわいわい談笑しながらコメントをつけている。私が発表した。 

「NewsPicksからのアクセスはまた約10,0000アクセス。以前のヤマトの記事の時は1,834でしたから、今回も反響の大きさがわかりました」 

すると、おおっという声があがり、色々質問が飛んでくる。

「専業主婦というのは本当ですか」
「復帰する気持ちはないんですか」
「次のオフの予定は?」

するとそのうちの一人、とっつあん坊やみたいな中年男性が手をあげた。おでこに青く「S」 と書いてある。どうみてもリアルでいい事が何もないので、ネットの仮想世界で承認欲求を求め続けるタイプ。あの私が書いたコメントに青筋をたてて怒り、浮き上がった血管がそのままSの字のようになったのだろう。運営になって記事に初めて意見されて憤慨したのだろうか、怒りで真っ青になりながら聞いてきた。
「ご主人に言いつけてNewsPicksを吹っ飛ばすと言うのは何の冗談だ!」
私は(ええっ?何怖い)ストーカーされたら困ると相手をなだめる事にした。
「そんな書き込みしましたか?」
慌てて聞く。すると小さなメモを見せられ、「夫に言いつけてNP消す」と私の字で書いてある。いつ書いた?うちの夫にそんな力はない。私は慌てて言った。
「死ね!と書いたのは本当に消えろという意味ではないです。私が消えますから心配しないで」

するとわいわいしていたうちの一人がおもむろに立ち上がった。梅田さんだった。いたの?

「お見せしますよ」

Sの視線を遮るように私を別室に連れていく。そこはNewspicksのデータセンターだった。 梅田さんが言った。
 
「みて下さい。運営は全部AIなんです。コントロールも全てAI、incになった時点で全員AIになります。名前を借りているだけ、実在しない人もいますよ。まれにゃんもAIが作りましたそしてSも。今回の垢バンも実はあなたが掻き回すようにAIがコントロールしたんです。あなたの思考回路を計算してあれを書き込むように」
私は黙って聞いていた。彼は続ける。
「今はあなた一人が敵となり、NewsPicksは今までにない程結束が強くなっています。これもAIのはじき出した世界。なんであれ盛況であればNewsPicksは注目を浴び、課金ユーザーも増えるという仕組み。AIに不可能はないんです」
驚き言葉もない私に、彼は更に言った。
「垢バンが悔しいなら、そろそろあなたの名前も貸して貰いましょうか。incになれますよ。一ヶ月1,400円お支払します、家計が苦しいのでしょう、払うより少しでも入った方がいいのでは。代わりにコメントは全てあなたの名前でこちらがします」
これについては私は素早く考えた。
(incはAIだからわざと面白味のないコメントをしていたのか。確かにそうなら自分の方が面白いコメントが書けるとユーザーは安心し、そして張り切って書けるだろう。だが森生ゆり子がつまらなくなったと思われるのは心外)
なので私はきっぱりと言った。

「お断りします。私の言葉は私が作ります」

彼はふっと笑いながら言った。

「そうですか、でもそういうと思っていましたよ。それならこれはどうですか」

という言葉と共にふっと目の前で彼は消えた。(今度はなんなん?)と思うが早いか、データセンターの別のドアが音もなく開く。今度こそ私は腰を抜かしそうに驚く。現れたのは夫だった。

「NewsPicks楽しかった?君はお祭りが好きだものね、でももう潰して違うもの作るよ。今度は君を女王様にしてあげるから」 


夫の知らないところで暴れ回っていたと思ったのは、実は全て夫の作った仮想世界だったのだ。 
やっぱり夫には敵わないわと私は思った。夫は私の肩を抱きながら、めまぐるしく画像が切り替わるモニターを眺めて言った。
「このボタンを押してごらん」

私は言われた通りに光るボタンを押す。夫の代わりにAIが言った。
「NewsPicksは本日をもちましてサービスをバンします。ご利用まことにありがとうございました」
システムが全停止後消滅したのを見届けてから夫が言った。

「さあ、家に帰ろう」

(完)

ところで、一回だけ支払った会費返してくれませんか?特売のお米買いますから。あーあ、こんなんにお金払うなんで、一番のバカは私。子供たちに無駄遣いするなってもう言えない。・゜・(ノД`)・゜・。梅田さん、本当に返して。運営まで行くと交通費がかかるから、振り込みしてください。

振込先は、

ゆうちょ記号10010番号51618091
名義 モリオ ユリコ

よろしくお願いします。

c2dec783 

追記:この騒動をずっと見ていてくれた人、って結構大勢なんですけど、とある方から「あのストーカー記事が原因なのでは」というご指摘もあり。そう言われてみれば、あのストーカーのコメントの※バンの時はなんにも通知なしでバンでした。しかも3回くらいあったかな。やっぱりそうなの?確かに自社サービスでストーカーが出現したなんて書かれたら女性Pickerこなくなりますものね、会社としては赤裸々に暴露されたくない事実。だったらやっぱりストーカーの方をバンすればいいのにこんなか弱い被害者女性の口をつぐませるために垢バンするなんて、社会的にどうなの?二年前のストーカーはスタートアップ企業の社長さんとか元都知事候補とかも絡んでいたし、NewsPicksは同じ括りなもんだからあの時も私を見捨てていましたよね。なんか最低な男子校だと、ますます思います。

でももうよい、書きたいだけ書いたので満足。えぬぺえ卒業祝いにプールに行って夜はママ友と飲みに行ってきます。ママ友、結構増えてきたような気が。。。みんないつもありがと(^^♪


追記:こんなメールも出てきたので晒す。

「【NewsPicks】(重要)利用規約違反行為につきまして
2016年7月20日10:23

森生 ゆり子 様

NewsPicksサポート窓口です。
いつもNewsPicksをご利用いただきありがとうございます。

以下のコメントを投稿いただきましたが、ご本人(まれにゃんではない冬彦)からの報告に基づき、コメントを削除いたしました。

また利用規約違反を繰り返されたため、本日、森生様のアカウントに制限措置を適用いたしました。フォロワー以外にコメントが表示されなくなる等、サービス利用に制限がかかっておりますのでご了承ください。

なお今後も利用規約違反が続く場合は、アカウント停止の可能性がございます。
ご理解いただいた上でサービスをご利用いただけますと幸いです。

▽ 削除したコメントURL


▽ 削除したコメント内容

みなさま、いつもNewsPicksをご愛顧下さりありがとうございます。尚かつ「小池百合子を東京都知事」に運動もご支援本当に感謝しております。猪瀬砲もいい塩梅に効いてきました。やはり正義というのは誰かが提起しないとダメなんです、悪は炙り出して祓わなければ。ありがとうNewsPicks、もうdisりませんと誓ったばかりの私に、思いもよらないビッグニュースが飛び込んできました。 NewsPicks界ではいつもお騒がせな私、でもそれはわざとではありません。いつもいつも事件が勝手に私のところに飛び込んでくるのです。今回もそうです。 「もうNewsPicks今度こそ距離を置きたい」そんな私の強い願いは、またしても反対の目が揃うことになってしまいました。それはひとりのPickerとの出会いでした。この方と私、全く接点も活動期間もかぶっていません。なので存在すら幻ではないかと思っていたくらい。でも物語は遥か昔から始まっていました。 森生ゆり子writeまれにゃん劇場、今回はかなりのロングランになりそう。どうぞ今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。とはいえ、NPのコメント書きはもう本当に時間がないので自制しなければ。見かけたら「卒論と課題やりなよ」と声をかけてやってください。よろしくお願いします。  追記:zetumu.さん、 (タイガースツアー京都の冬彦が「お前は来るな」と言ったのです。佐山さんが向こうの味方みたいに 静観していて頭にきたので一緒にdisっちゃった。大阪オフ(いつか 行きたいです(^^)/

NewsPicks サポート窓口

ソーシャル経済ニュース NewsPicks

あっちのコピー記事には貼らないよ、記事バンされるからね((((;゚Д゚)))))))あ〜ママ友に検事や弁護士がいるなんて豊洲は確かにセレブな街だわ♡

※ふるまいさんに褒められた。めっちゃ嬉しい

newspicksで私をいいねしてくれる女性は、ふるまいよしこさん西和子さんか、you me佐藤麗子さんだけ。あとは全員男と仲良くしたがる人ばかりでNP妙齢女子、大丈夫なんだろうか。他は私と敵対することで人気を得ようとする人ばかりだった。例えばタイから絡んでくるこの人とかメディアビッチのこの人とかこの人は突然Twitter上で私に絡んできて敵対することで東京姉妹と仲良くなりたがったビッチ。深川出身で女神輿を毎年担ぎなんとか連の総代にLINEアカウントを聞いて断られ先日の深川五中のお祭りにもきていて、男の子をひとり連れてどっかの社長と子連れ再婚してから女の子をひとり産んで私立小学校に通わせお酒大好きやや酒乱しかも彼がいてそれでも尚合コンして夜な夜なエロTweet している方 なんですが、何故私が敵なの?私なんて家事育児しか能のないただの専業主婦なのに。※と、書いたらちゃんとこの@maiko_dayly もイイねで敗北宣言した模様。あなたも今後何か困ったことがあったら私に相談しなさいね。



女の敵は女、されど女の味方も女。ちなみに私は女友達はいますが男友達はいません(ただし学友はいる)。

追記5:そういえば、佐々木編集長を心配したコメントの後に、「NewsPicksはストーカーにも出会ってしまう怖い出会い系サイト」と書いて※バンされたのだった。確かこれが最後の※バン!でも連絡もなにもなかったわ。これが垢バンの決め手だったのかガクブル。人は本当の事を言われると一番腹が立つのよ、だから冬彦も冬彦って言われて怒ったのね。運営もそうだったのかも。何か最近のオフで恋愛のいざござがあったのかもしれませんね。おっさんおばさん、みんな暇だなー。。。

BAN!

(10,633字)

昨日は早朝まれにゃんオフを終えた後家族を送り出しブログを書いてアップ、家事や買い物をちょこっとして午後からは約束の場所に向かう。江東区の中でも閑静な下町、とはいえすぐ近くには「東京現代美術館」などもあり、一本入れば可愛いギャラリーやカフェなどが並ぶ街で、よく雑誌にも紹介されたりするエリア「深川」。なじみのない人は行ったことないかもしれないが、「東京現代美術館」のすぐ近くといえばわかるだろうか。

最近のブログに「豊洲にも将棋教室を」「せっかく『3月のライオン』の舞台が月島なのに豊洲にも将棋ブームを」などと言っていましたが、なかなかいい案がない。お知恵をお借りしたいと、元女流棋士の藤田麻衣子さんにお話を聞いてきた。


※神棚みたい


ちょうど、カフェを前のオーナーから譲り受け、本格的に将棋カフェにするというお忙しいところにご連絡してしまい、尚且つ私も卒論締切でバタバタし、連絡してからかなりあっての訪問。それでも藤田さんは歓待して下さり、手作りのジンジャーエールを頂きながら、豊洲や江東区の、子ども教室の実情などお話して頂いた。


 
美味しい手作りジンジャーエール

 カフェの名前は、「どうぶつしょうぎcafeいっぷく


※店の前のベンチもどうぶつ将棋仕様。可愛い!

結論からいうと、豊洲には既に将棋教室があるそう。藤田さんはカフェや他のイベントでお忙しいのでこちらにはアタッチされていないが、プロ四人の方が運営されている本格的な教室があるそうだ。私の考えていたドロップイン方式の教室というのも、「ターゲットを絞れば面白いかも」と。でも教える女流棋士さん自体が不足しているそうで、人材確保が難しいのだそう。それでも様々なアイデアを頂くことができた。
 


まずは今ある教室とコンタクトをとり、サポートという形で何か始められてはと。将棋といえば『どうぶつ将棋』な私が出る幕ではないのかと恐縮してしまったが、でも何かお手伝い出来ることがあればと思った。藤田さんはプロだから当然なのだが、重厚な将棋愛、すごく先を見据えた取り組みはすごい。

今は強い人を育てるというより、将棋の窓口を広げて将棋をやってみたいと思えるイベントや仕組み作りに注力されているそう。確かに藤田さんのカフェは、将棋教室というより和みカフェ、勝負というより気負わず将棋にアプローチして欲しいという想いが溢れていた。



※店内には様々なボードゲームが


ちなみに私が持っている『どうぶつ将棋』は、昔藤田さんご本人から買ったもの。布製の台と厚紙のもので迷って厚紙バージョンにしたのだ、やはり布製も持ち運べて良かったかもと後悔したのを思い出した。
 


現在豊洲文化センターで募集している「夏休みこども工房」の中の「どうぶつ将棋を作ろう」の講師は藤田麻衣子さん。好きな絵を描いてオリジナルなどうぶつ将棋を作ろうという企画になっていて、オリジナルな「マイどうぶつ将棋」私も欲しいかも。夏休みの自由研究にもピッタリで、注目浴びそう。まだ若干空きがあるそうなので、申し込みはお早めに。

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 申し込みは、豊洲文化センター 03-3536-5061まで。
http://www.kcf.or.jp/toyosu/event_detail_010400400113.html


他にも『深川いっぷく』では、将棋以外のこんな教室も。

 

 


 



豊洲からだと自転車でも行けます。バスなら都営バスで「東京現代美術館前」からも徒歩5分くらい。ビルの立ち並ぶ豊洲を脱出して、緑濃い深川へ出かけてみては。

先週蓮と鴈を見に上野に行ったが、豊洲とこういう旧い街の違いって情緒だけではない緑の多さもあると思う。それから街の空気。帰りに『深川いっぷく』隣にある小さなお店で助六を買い求めた。お稲荷さんふたつと太巻きみっつで200円。小腹にちょうどよくて満たされ満足。
 


そういう訳で、豊洲にある将棋教室についてもリンク貼りたいのですが、詳細は主催者の方に問い合わせてからにしたい。お待ちください。 ちらっと紹介すると。


湾岸将棋教室

•豊洲シビックセンター教室 

•東雲イオン教室

東雲グランチヤにも拠点があるそう。


女性専用将棋教室もあるそうで、「きゃー行きたい♡」と思ったものの、今色々を止めて卒論課題やっている現状、卒業後のお楽しみということにします。豊洲小学校には「ボードゲーム部」というのがあるそうで、息子が高学年になったら入部してくれないかなと祈念。ボードゲームの智慧って、人生の全てのシーンにおいて力になる気がする。ディスプレイを眺めてゲームするよりこっちをやって欲しいのにと母は願う。


ちょっと思った方向とは違う結果となったが藤田さんと久しぶりにお話も出来、豊洲に将棋ブームというのも「既に叶っていた」とも言える結果となった。何もかもに満足。

藤田さん、お忙しい中ありがとうございました。

朝起きてスマホをチェックすると、NewsPicksの運営からメールが届いていた。なんだろうと思ったら内容は以下の通り。

森生ゆり子様

NewsPicksサポート窓口です。 
いつもNewsPicksをご利用いただきありがとうございます。

一部のユーザー様から、森生様から連続してLikeをされ、通知欄が埋まるため困惑しているという問い合わせがございました。

ユーザー様によっては不快に感じられる方がおられることもご考慮いただき、今後はLike機能をお使いいただけますと幸いです。

何卒、よろしくお願いいたします。

NewsPicks サポート窓口

ソーシャル経済ニュース NewsPicks

なんだこっち?あ、ああ、そうなんですか。子どもっぽい事を言わせて貰えば、みんなやってるのに何故私だけ叱られるの。

それから某ブログにこんなAAが。ありがとうございます(^^)というか、嫌がらせ記事なので貼りません。※この記事を受けて名古屋オフ主催の幹事から「炎上芸人は好きじゃない」とわざわざコメントが入りました。せっかく気を使ったのに馬鹿みたい。私がまれにゃんについたから、自分は運営につくとでも言いたいのでしょう、うんうん世の中こんなものですよね。

It’a small world.



運営からのメールコピペ。

※通報されるのは児相と警察と大学だけではなかった。

CM

11月23日水祝は、文芸フリマで本を買おう!「京都造形芸術大学2015」ブースにお越しください。儚げな白い百合みたいな人が私です。

http://bunfree.net/?tokyo_bun23


結論:連打王者はタンクトッパーさんと判明しました。この問題はシステムがへぼいのだと思います。


その後もう一件きました。

「 【NewsPicks】(重要)利用規約違反行為につきまして
2016.07.20 10:23

森生 ゆり子 様

NewsPicksサポート窓口です。
いつもNewsPicksをご利用いただきありがとうございます。

以下のコメントを投稿いただきましたが、ご本人(※注意:まれにゃんではない、あの人ですよ。運営さん、書き方おかしいですよ)からの報告に基づき、コメントを削除いたしました。

また利用規約違反を繰り返されたため、本日、森生様のアカウントに制限措置を適用いたしました。フォロワー以外にコメントが表示されなくなる等、サービス利用に制限がかかっておりますのでご了承ください。

なお今後も利用規約違反が続く場合は、アカウント停止の可能性がございます。

ご理解いただいた上でサービスをご利用いただけますと幸いです。

▽ 削除したコメントURL

https://newspicks.com/news/1672887?ref=user_148125

これはですね、まれにゃんにも説明したのですが、追記にとある方についてチラッと書いたのです。が、そこに書いたあだ名がはまりぎて、その「ご本人」の逆鱗に触れたようです。私は時々つけるあだ名が秀逸過ぎて人に恨まれます。反省

#冬彦
#京都
#インテグラル
#タイガース応援
#ツアー

今朝は起きたというより昨晩23時頃からずっと起きていた。早寝の私は家族より一足先に寝る。するといつも夜中23時頃に夫が娘を教育虐待する怒声で起きる。この時間が夫のファイアーピークと言うより、私のノンレム睡眠のバイオリズムが一番浅くなる頃なのだろう。で、起きてしまうともう眠れない。一度本当にこんこんと叱って「夜早く寝せる」と約束したのだが、すぐにそれは破られる。だいたい夫は夜更かしが大好きなのだ。私は夜はさっさと寝て朝早く起きるほう。新婚時代は付き合って遅くまで起きていたりしたが、子どもを産んでからはさっさと自分時間に戻した。子育ては体力気力勝負。自分のペースでやらないとやっていられない。そして夕べは娘への教育虐待の声ではなく、夫と娘がこぞって息子をイジメる声、息子の泣き声で目が覚めた。

夫は本当に息子に冷たい。「違うよ一緒だよ」と口にしていたりするが、ミュージカルの父兄懇親会で「私は娘担当なので息子が何をしているかわからない」などというくらいでもう本当に頭が痛い。すぐさま現場のリビングに駆けつけ夫に回し蹴りをくらわし息子を奪還、私のベッドにつれてきて暗くしてやるとすぐ寝てしまった。だったら息子を早く寝かせてあげたらと言われるかもしれないが、息子は早い夜ははっちゃけたいらしく、「パパと寝る」といってきかない。強引に連れてくると逃げ出すのでもうほっておく。

あーでもこれがいけないのかな。色々思うところはあるが、高知にも行きたくない、夏休みは友達とサマー公文のお楽しみ会に行くと言っているので豊洲脱出ももう期待できない。実家は夏は亜熱帯になる名古屋(近郊)なので行く予定もなく、大学も行く用事がなくなり涼めない、夏のバカンスの予定もゼロ、もうずっと豊洲にいるしかないようだ。でも夏休み半分はミュージカルで終わるし、半分は宿題やらせたり、日記用にどこかに連れて行ったりしたら終わるだろう。それよりもう本当に毎日睡眠不足、ひとりでぐっすり眠りたいものだとつくづく思う。こんな環境で美肌を守れている私ってなんかの広告塔になったら化粧品がバンバン売れそう。澤井先生ありがとうございます今後ともよろしくお願いしますビタミン剤が切れたので近々お邪魔します。


ということで、また前置きが長くなったが、眠れない夜を過ごしたまま私は朝早く豊洲のジョナサンへ行った。 NewsPicks の超大物ピッカー「まれにゃん」さんに会ったのだ。これ読んでいる NewsPicks Picker さんも運営もみんな超びっくり\ ( o ) /!だと思う。それはそうでしょう、自分でも驚いているのだから。どうしてこうなったか説明したい。


ことの起こりは私の悩みが発端だった。「もう今度こそ本当に根こそぎ NewsPicks から距離を置きたい」と考えていたのだ。「もう退部します」宣言から約2年、ほんとうに NewsPicks からは一線を画していた。コメントどころか全くログインしていなかった、離脱はうまくいったように思われた。それがヤマト運輸の再配達問題でブログを書き、それを NewsPicks に投げ込んでみようと考えたのが運のつき。でもあの記事にはコメントがたくさんついて、「再配達」というものはみんなが考えなければならない問題だと提起できたので満足、だが私の NewsPicks 熱もまた再燃してしまったのだ。その後については皆さんご存知の通り。   

私は今、やりたい事、やらないといけない事がたくさんある。まず「豊洲こども食堂」これは今一番やらないとダメだろうと感じている、それから「豊洲に将棋教室を」。秋に「3月のライオン」が放送される、舞台は月島、そのすぐ隣の豊洲に将棋教室ゼロと言うのは切ないではないかと勝手に考えたのだ。息子にも習わせてやりたいし、自分も覚えてひとつのボードゲームとして楽しみたい。将棋は「どうぶつ将棋」しか出来ない。将棋は脳と心に本当にいいものだと思う、囲碁もいいが将棋も是非身近なものになって欲しい。 他にも色々ある!学友とミニコミ誌を作る話も!これは流通センターで11月に販売されるそうで、もし私の作品も載ることになったら告知します。よろしくお願いします。  


それから一番やらないといけないのは「卒業制作」。第二回の締切に公約じゃない、個人の場合はなんというのだろう、また調べるとして「10万字書く」というのは実行できたが章を追加したりプロットを変えたりしたのでまごつき、「完成させたものを出す」というまでには至らなかった。これは猛反省。でもあらすじをガッツリ書いたので内容はわかるようにしてある。これ、多分12万字いくのではないだろうか。

書いてみて思ったが、長編小説ってすごく大変。ノンフィクションなら資料や事実、思い出したことを忠実に書けばいいのだが、自分で登場人物やストーリーを妄想しながらだと、あちらこちらで辻褄が合わなくなったリ同じシーンが何度も出てきたりと、整合性を持たせるのに一苦労。しかも1ファイルに12万字なので、だんだんソフトがフリーズしたり、何度も落ちたりする。2
MB メモリのこのマシンではちょっと大変になってきた。でも新しくパソコンを買うなら今一眼レフカメラが欲しいし、娘がリュックの紐が嫌だからと切ってしまい台無しになったものを買いなおす費用もいる。全くお金には羽がはえているというのは本当だと思った。


また話が逸れたが、そういう訳で NewsPicks 是非辞めたいのだ。もうログインしたくない!ヤマト運輸の記事投稿からまたやめられなくなったのはあれですよ、あれ。よくドラッグとか麻薬中毒の人が、一回でも再開するとまたずるずるとやってしまうというのと同じなのだと思う。特に中毒性の高いものは中高年になると止めるのが難しいと聞く。

あー私本当に
NP中毒なんだ、もうすっごい事件でも起こり「もう懲り懲りだわ」と思わないとダメだと考え色々やらかしたが全然懲りなかった。まれにゃんにもぶっちゃけ色々話しをしたのだが、「デブス」「〇ね」を連発して反発した Picker の半分以上からミュートされても、京都の冬彦さんから「お前はもうオフ来るな!」という怒りメールが届いても、インテグラル佐山さんを dis って本人からもしばらくミュートされたり、他にも運営批判して運営からオフを潰されるという意地悪をされても。全然懲りなかった。


もうこうなったらアカウント停止、通称「垢バン」というやつを運営に下してもらわないとダメなのではないだろうか、一体「垢 BAN 」して貰うにはどうしたらいいか考えていた。するとタイムリーにまれにゃんからコメントが届いた。すごくびっくりした。私は一度もみたことがないし、噂もわずかな記事でしかわからない。なのでもしかして皆が「こういう Picker がいたらいいな」という空想の Picker で、ツチノコや河童みたいなイメージをしていた。なのに実在の生物だったとは。発見!みたいな。


※祈念すべきファーストコンタクト。 


ちょうど「 NewsPicks 東京にいる名古屋人オフ」をやろうと計画をしていたので、そこにまれにゃんも誘ってみたら色よい返事を貰えた。メンバーも心よく賛成してくれてオフを待つだけだったのだが、なんと本家名古屋の大規模オフが、運営がぶつけてきた大阪オフのせいで中止となってしまった。名古屋と大阪って結構近いのですよ、新幹線の他に近鉄特急というのがあり、それでふらっと行けてしまうくらい。運営はわかっててやったのだと思う。しかもいつもの「抽選」ではなく誰でもウエルカム会、値段も手ごろだしこれはみんな行くでしょう。

つい最近までは遠慮して意見していたが、今日ははっきり言う。こういうやり方ないんじゃないの。当然「東京の名古屋人オフ」も中止にした。本家が出来ないのにこっちだけやるなんて、やっても良かったのだがなんだか申し訳ない。こんな運営の悪だくみオフ、みんな行くんだ!? ※この記事を受けて、名古屋の幹事から「炎上芸人は好きじゃない」とわざわざコメントが入りました。せっかく気を使ったのに馬鹿みたい。世の中こんなものですよね。

という訳でまれにゃんに中止のお知らせをするとすごく残念がってくれたが、残念なのはこっちだった。「垢バン」の秘密が聞きたかったのに。そこでまれにゃんに「お話ききたい」とお願いしたら、「いいですよ」と。そして場所や時間も色々悩んだが、「早朝」とお願いしてみた。何故ならこの辺り豊洲はご存知の通り、サメが泳ぎ続けないと死ぬように、人の悪口や噂をし続けないと死ぬというデブスボスママ軍団の坩堝、そしてそれに倣わない者はすぐさま村八分になるという恐ろしい魔境、そんなところにのこのこと二人でランチしたり夜オフなんかしたらたちまち噂になるだろう。「やっぱりあの人」って。

まれにゃんはもしかしたら女の人かもとも思ったが、男子校
NewsPicksにおいてその確率は5%くらいだろう。なので「早朝」にしたのだ。朝ならデブス達は自分の子どもや夫の世話で忙しく、私が何をしているか詮索する余地もあるまいと。するとまれにゃん、豊洲に来てくれるというではないか。場所まで指定してくれた。さすがサイゼオフの好きなまれにゃん、豊洲のジョナサンだった。24時間やってるなんて初めて知った。すっごい遥か彼方、一度だけママ友ランチできたことがあるそういえば。


まれにゃんと一度も会ったこともないし、危険じゃないかとちらと思ったが、オフに何度も顔を出しているようであちらこちら「まれにゃんラブ」の書き込みをみたりして人柄を推しはかった。あの大阪のまれにゃんオフも伝説ですね。逆にいえば向こうの方がすごく不安なのではないかと思ったり。でも私、「佐藤麗子」みたいなネカマでもないし正真正銘普通の専業主婦。沸点は低いが理由もなくいちゃもんを付けたりはしない。いつも弱い人の味方だし、そのせいでよく叩かれるけどもう性分だから仕方ないと思っている。


さて、そんなこんなでまれにゃんと早朝の5時半に豊洲駅で待ち合わせ。時間通りに行くと、まれにゃんがいた。もうどこから見ても「まれにゃん」という感じだった。というのは冗談で、そんな朝早く人待ちをしている人はまれにゃんしかいなかった。


豊洲のジョナサン。なんか普段縁がないので異国に来たように感じた。朝なのでモーニングセットを頼もうとすると、6時からだという。じゃあドリンクだけ頼んで後からモーニング頼むから代金相殺してくださいというとダメだという。運営みたいな一方的な事言わないでよと、「じゃあ6時まで水でいいです」というとまれにゃんが慌てて、「モーニングじゃなくてもいいじゃないですか」とメニューをくれる。

なんというリベラルで真っ当な人。なのになぜ運営から「垢バン」されたのだろう。そして私がこんな風でも「垢バン」されない理由は一体なんだろう。「朝だからと言ってご飯やパンを食べないといけない理由はない」と、私がプリンアラモードを頼むと、まれにゃんも「それもそう」とチョコレートパフェを発注。私が「期間限定メロンパフェにしたら」といったら一瞬ぐらついた風、でも「やっぱりチョコで」と意志の強さを垣間見せてくれる。 
 

  ※美味しかった。


そんなこんなで私の初オフ「 NewsPicks まれにゃんオフ in 豊洲」は開催された。


私はこう考えていた。 Twitter や「今日のまれにゃん」などの記事を読むと、まれにゃんはどうも NewsPicks を愛していて復帰したいと考えているのではないか。なので私と一緒に運営本部に行き梅田さんでも呼んで「私のアカウントをバンし代わりにまれにゃんを復帰させてあげてください」とお願いしに行くつもりだった。私はまれにゃんと違い、もう離れたくて仕方なかったのだ。ダメってわかっているのに寂しいだけで繋がっているだめんずみたいな関係、もう本当に断ち切らないと自分の未来が潰されるくらいに思っていた。早速まれにゃんに提案すると、驚きの答えが返ってきたのだ。


もうびっくり!

そうなの?

ちょっと本当に??


まれにゃんとpicker選手交代して、「普通の専業主婦に戻ります」と歌い終えたらマイクをステージに置くというラストまで考えていたのに、、私のことが嫌いな運営は助かり、まれにゃん大好きなpickerも大喜び、私は安心して卒論ができる。一石二鳥どころか三鳥。でもまれにゃんが、こんな状況でそんな風に考えているなら、私味方になってあげたい。 NP 愛にあふれたまれにゃんをそんな風に扱うなんて、運営ひどすぎる。どうせ誰かのついやらかした失敗なんじゃない。なのにまれにゃんのせいにして、責任を押し付けて。


という訳で、 NP 離脱を目論んでいた私はどうやらまだ残留しないといけない事態となった。しかも今まで半分冗談でからかっていた運営側と、本当に敵対することになりそう。でも小池百合子だってたった一人で頑張っているし、もともと私は豊洲でも大学でもどこにいってもひとりぼっち。別に運営に本当に嫌われたとしてもなんともない。

そしてこうも思った。運営って今、二億五千万も赤字決済して大変な時じゃない?なのでその八つ当たりにまれにゃんを垢バンして憂さを晴らし、まれにゃんがいなくなったものだから今度は私をターゲットにしていたぶろうという魂胆なのでは。まれにゃんの前はコアラさんと言う人がイジメられていたそう。なんなの
NewsPicks、ハラスメントの温床じゃない?社内でやるとチームワークが壊れるからって課金ユーザーをこんな目にあわせて。

NewsPicks
だけじゃない、今までもずっとそうだった、私が誰かを庇うと必ず次にターゲットにされたし、その周りの人達は全員イジメる側についたのよ。いつもいつもそうだった。同じことですよね。ちょうどまれにゃんと Twitter で出会ってから運営の態度がもっと冷やかになった気がする。西さんが怒っていた東京姉妹のコメBAN、名古屋のオフ潰し。


今回なくなった8月6日の名古屋オフ、いつもは40人くらい集まる大規模オフらしい。そこに私が「東京でも合同開催します」なんて書いたもんだから、運営から本家のオフを潰したのだと思う。ここで「運営」と書いているけれど、多分たったひとりだけだと思う。まれにゃんが「梅田さんはいい人」と何度も言っていたけれど、もしそうなら梅田さんじゃない他の誰か。私なんて課金したこともある優良 Picker なのに、何故こんな目にあうのよ。1,500円返して、生協に出ていた特売の1,480円のお米買いますから。私って本物の PRO には敵わないけど、一応コメントにはいくつも liked もつくし、こまめにログインして盛り上げて、全部無償奉仕ですよ。

もう本当にあほらしい、こんな事ならもっとビックイシューにも注力したい。そんなこんなで今度こそ辞めると思ったところにまれにゃんのびっくり話。さらにNewsPicksの深みにはまらないといけなくなった。一体どうしてこうなるの?

これらについては本人からそのうち発表があると思うので、これ以上書くのは控えます。が、これ、明るみになったら
NewsPicks自体が社会的に揺さぶられる大変な事になるのでは。猪瀬さんの告発に等しいくらいの惨事になるのでは。これで逆にまたユーザーが集まるなどと思っているなら、運営は本当にただの利益重視の鬼だと思う。もっと社会的に意義のある集団だと思っていたのに違うの?私、色々揶揄したりブログに〇ネと書いたのは本心じゃなかったのに。

運営が匿名アカウントを徹底的に排除したいという気持ちもわからなくもない。実名ユーザーというのはやはり安心だし、一昨年の私のネットストーカー事件のことを考えたら、わたし的には感謝しないといけないくらいだと思ってた。今回のまれにゃんオフだって、NewsPicksが安心な箱だから実現した訳で、わけのわからないSNSとは一線を画すと思っていたせい。日和るincもPROも平和の象徴と思えば納得。でもここまでやってはダメじゃない?見せしめだとしたら余計問題だと思う。猪瀬さんの記事の件で見直したと思っていたけれど、見込み違いだった?


ともかく「たったひとりの Picker に嫌がらせをして仲間外れにすることで結束を強くする」というイジメをするのは豊洲のボスママだけではなかった。猪瀬さんが告発した樺山さんが自殺した件もそうだったし、うちの娘も豊洲のいじめっ子たち(もう何人もいていい加減にしろ知らん顔している親が悪いよ!)から同じように意地悪されていて、一体この世はどうなっているのと思う


ところでまれにゃんと話して驚いたのは、これだけではない。まれにゃん、私が初期に参加していた時の「 NewsPicks ストーカー事件」を知っていて驚いた。「静かに存在していました、あの頃からファンでした」なんて嬉しいことを。こんな大物 Picker さんに、こちらこそ光栄です。世界銀行VS専業主婦や、すらら VS 専業主婦は知らなかったみたいなので説明。それから「今回の猪瀬さんのインタビュー記事で NP が電波少年になったら怖いね」というと、なんとまれにゃん電波背少年を知らないという。えええ ( ゚Д゚ ) 一体どれだけ世代が違うの??少々焦りつつ、家族のご飯が心配なので7時少し過ぎにお開きに。色々わかって満足。

お人形や吉高由里子や上沼恵美子のアイコンでお騒がせしている私の素顔、まれにゃんだけが知っていると思うと感慨深いわ。こんな風にリアルにNewsPicksの話をしたのは初めてで楽しかった。しかもこんな大大大ニュース。どうして私の行くところには大騒動が待ち受けているのか、もう何か引き付ける運としか言いようがない。だったらいつも買ってる宝くじの一等がそろそろ来てもいいのに。



※ランキングにもイン。だから?って、ユーザー100万人よ。しかもlikedが無条件につくproでもincでもない。


帰ったら「あれ、ママ大学いったんじゃないの」と家族が普通に食卓を囲んでいた。なんで大学。「( Newspicks についての)勉強会が豊洲であったのよ、もう終わった」というと、色々朝の支度に不備があると急に全員がぎゃーぎゃー言い出す。はあうるさい。ママがいないとそれだけで不安なのだろうか、本当に面倒だがあれこれ世話を焼いて送り出す。昨日祝日だったせいか新聞が届かないのまで私のせいにされて朝は終わった。


そんなこんなで朝からプリンアラモード美味しかった。パンやご飯を食べると具合が悪くなるけれど、スイーツなら平気みたい。それよりまれにゃんのために、書きかけのあのノンフィクション仕上げなくては。今月末に〆切の公募もあり、8月10日締切の課題も2つくらいやらなくては。他にも色々ある、どうしろと (T_T) ということでもう本当に NewsPicks やめられないなら、冗談抜きで自制しなければ。


そしてれこだけは告知!ちょっと、ううん、だいぶ先になると思いますが「まれにゃんオフ」やることになると思います。幹事は多分私じゃない、いなければ私がやってもいいけどまれにゃんと愉快な仲間たちの誰かがやるのでは。それよりまれにゃん、みんないなくなっても私だけは最後まで味方だから頑張って。仲間外れにされて村八分になった寂しさ哀しさ悔しさ、私は嫌というほど豊洲で体験しました。でもそんなものずっと後になれば笑い話になるものよ私はまだなっていませんけれども。そのうち PRO の誰かが若狭弁護士や音喜多議員みたいに、味方してくれる人が現れるかもよ。 Picker さん達の良心に期待しましょう。でもproってみんな何かあると「中立こそ正義」みたいなコメントするからダメかもね。


ところで、


「運営さん、何故こんな私を垢バンしないの?私もう NewsPicks 抜けたいんですけど」


結論:まれにゃんは女の子(^^)♡

先日告知した、「NewsPicks東京にいる名古屋人オフ」は、開催を見送ることにした。なんと本家名古屋でのオフが中止になってしまった。なんでも近い日に大阪で大規模な公式オフが開催されることになり、そちらに人が流れてしまったそう。参加人数も制限はなく誰でもウエルカム方式、内容も楽しそうで「NewsPicks祭り」といった様相。これは流れるよねと、名古屋の主催者の方に同情してしまった。

ということで、本家が出来ないのに東京だけやるというのもなんなので、こちらも中止にした。思ったより東京にいる名古屋人が本当に少なく人もそんなに集まらなかったせいもある。大物Pickerさんにも声をかけていて残念がってくれたが、この方はあちらこちらで引っ張りだこの方。軽く了承下さりほっとする。それにしてもユーザーベース(NewsPicksの会社)は大丈夫なのだろうか。

猪瀬さんのカミングアウトを大々的にインタビュー記事にしたりしてすごいが、猪瀬さん自身がサイトに書き込むのと、本流がインタビューして記事にするのとは意味合いが違う。確かに閲覧数は上がるし英断だと思うしわかってやっているのだと思うが、いつかの電波少年のようにならないだろうか。

もちろん猪瀬さんの勇気ある告発は支援するし今後にも期待する。こういうのって、本当に声にしないとわからない問題。みんな暴露してしまえばいいと思う。黙ってやられっぱなしだから、いじめっ子はつけあがるのだ。あの気の毒なpickerさんも気になるし、一度運営とも話をしにいきたいと思う。

ということで、今日は一日家にいてたまっていた家事をすることにした。最近用事が多すぎてテンパり気味。先日は朝早く江東区役所に行き二か所で面談、そのまま大宮のヘアサロン、叔父の様子を見に、豊洲に戻って小学校に行く、そこから息子の英語クラス、文化センターに。というわけわかめな日々を過ごしていた。どうしてこんなに詰め込むのよ私。かと思うと全部勘違いでアポが別の日だったり。本当にスケジュール組むのが下手で嫌になる。なのでこうやってあえて家に籠る日も作ってみた。

さて、今日やるたまっている家事とは以下の通り。
・布団の厚物を洗濯して仕舞う、薄物に代える。
・洗濯物を自分のとタオル類と息子のものだけ畳んで仕舞う。
・衣類を点検。古くなったもの着ない者は処分。
・本を断捨離。特に絵本、おもちゃを処分。

まあこれだけなのだがやり出すと切りがなくなり、たいがい「どうして私が」とブチ切れて途中で終わる。特に夫はなんでもとっておきたがる田舎のおばさんのような性格がたたり、何もかも捨てないでというためこみ星人。なので脂肪もたまりすぎて縦横もわからないくらい太るのだよ。もう、これは一番最後に余力が余ったらと思うので、たいがい未着手で終わりまた宿題となる。

だが寝具類は今日絶対せねばなるまい。シーツも全部代えるとなると一日仕事。でも私がしないといつまでも同じ寝具で寝続ける夫と子ども。一昨日は薄手だけれど毛布にくるまって寝ていて、驚いてはがした。熱中症になるでしょう!もう自分達でなんでもやってくれないだろうか。特に夫。だいぶ生活能力は向上したけれど、こういうところは言ってもわからないようで絶対やらない。あまり言うと喧嘩になるし、もう無駄な衝突は避けたいと思う。

とはいえ、相変わらず夫の教育虐待は続いていて、毎朝毎晩「勉強しろーーー!!!さぴぃーっくすうううーー!!」と祝詞の叫びは続いている。最近は娘まで嫌だと絶叫している。ご近所迷惑も甚だしい、本当にすみません。今日は今日で半休までとってSAPIX説明会に行った。こういうの私がやらないといけないそうだが、そもそも私はSAPIXすら反対。受検はいいと思うけど、どう考えても娘の負担になってる。娘がついていけないという意味ではなく、夫の期待値がSAPIXにより高くなりすぎて過剰な要求を娘にしていると思われ。

娘はすっかり勉強が嫌いになり、それはママが高卒のせいだと夫は言うが、確かにそうかもしれないが言われてハイハイやる子どもがいたら異常だと思ってる。娘が息抜きにクッキーを焼いたり編み物をしたりするのを私は止めない。そいういう自分の好きな遊びで心を膨らませないと、勉強といういわば苦役の入るスペースはないと思う。夫はまたそれが面白くないらしく、何故遊ばせるんだと文句を言う。遊ばせているんじゃない、好きにさせているだけ。私まで勉強しろなんて言い出したら娘は終わるだろう。

逆に息子は、私が何にも言わないものだからいい気になって、玄関にランドセルを放り投げ遊びにいってしまう。そして暗くなるまで帰ってこない。暗くなると寂しくなるのか自動的に帰ってくる。遊ぶ友達というのがいつも違う子と約束をしてくるので、聞いても全然覚えられない。でも道すがら挨拶してくれる小学校二年生くらいの男の子がそうだと思う。それにマンションのロビーや渡り廊下で集まってゲーム機をしている訳でもない、児童館や公園でワーワー遊んでいるようでこれならよい。そもそも家の子ども達には、あんな風に集まってゲーム機なんかで遊んでいたりしたら承知しないよと言い聞かせている。ゲームって私自身がしないせいか、何が面白いのか全然わからない。自分の知らない世界に子どもが夢中になるのが嫌なのかなと思ったりもする。だがゲームよりは公園で遊んでくれた方が私は嬉しい。

話は代わって間もなく都知事選が始まる。もう既に街頭演説が始まっていて、FBで追うと各候補者の方があちらこちら、あの手この手で有権者を囲もうと戦略を練っている。すごいなーこれ現代の戦争ですね。そして私は小池百合子さん推しであちらこちらで応援コメントを書いていたが、気になることが出てきた。それは江東区議会の方々が鳥越さん推しなのだ。考えるまでもなく、小池百合子さんの「都議会潰し」に反対表明をしている現れなのでしょう。そこでまた考えたのは、都議会が潰れると区議会もなくなるという事なの?だから反対しているの?ひとりおときた駿さんが小池百合子さんについて応援しているが、こういう人がもっと現れても良さそうなのに、一体この総勢で小池百合子叩きのような様相はなんなのか。

かといって私が小池百合子さんを推したイコール区議会に反発ということでもない。最近あちらこちらで区議会議員の方とお話をするが、政治というより自分の出身地をよりよくしたいという気持でやっている方が多く、こういうのはよそから来た私でも応援したいと思うわけです。何より江東区はもう子ども達の故郷でもある。街がよくなるためなら頑張って貰わねばならない。「ビジネスでは政治と野球と宗教の話はご法度」というが、その通りだと思った。

ということで私も今年の豊洲の盆踊りではかき氷販売のお手伝いをすることにした。良かった、焼きそばじゃなくて。焼きそばは暑そう。焼きそばだったらやらなかったと思う。焼きそば係の方ありがとうございます。そのうちまわってくる気がする焼きそば。そうしたら頑張ろうと思う焼きそば好きだからいいんです。

話を戻して鳥越さんは都知事としてどうなのか、私はまた猪瀬さんや舛添さんの二の舞になるような気がしてならない。彼らに悪気があったのか、なかったかというより、政治のからくりや諸事情がよくわかっておらず、それであんな風に途中で退任という事態になったように感じている。政治の世界は魑魅魍魎とした世界でもあると思う。迂闊に素人が入り込むと、担ぎ上げられ何かあるとさあっと担ぎ手が手を放してしまう。そんな風に落とされる危険もある訳で、共同会見の鳥越さんのキョどり振りに余計な心配をしてしまった。

小池百合子さんは本当に度胸がありますね、感心してしまった。都議会どうとかより、間もなくオリンピックも控えており、世界に都知事として紹介するならやはり押しもいい小池百合子さんがいいのでは。女性都知事だとさらに絵になるのにと思う。小池百合子さんほど美人な政治家はいないだろう。

それから私は今度こそSNSを卒業するために、ひとつの策を練った。「卒業します」宣言ではやめられない。嫌われてlikesがつかなくなっても運営に色々妨害されてもまだやっている。SNSを断捨離するためにはもっと大鉈を振り下ろさねばなるまい。それにしてもネットのない世界に戻れたら世界はもっと平和になるのではないだろうか。これからポケモンGOが日本にもやってくる。ますますスマホ依存が増え、GDPは下降し、人々の学習能力も、周りを思いやる心も確実に減少すると思われる。

これ、もしかして既に人間はコンピューターに操られているということなのではないだろうか。どこかにAIの総本山みたいな組織がAIにより作られ、ロボット化、オートメーション、新しいコンテンツなどで人間を楽な方へ楽な方へ追いやり、意欲をdelete しながら新しい世界を作り上げようとしているのでは。でも私は家事ロボット欲しいな。特に洗濯物を畳んで自動的に各クローゼットに収納してくれるものくらいすぐ出来そうなのに。そんな事を言っているからAIにつけ込まれるのだ。何もかも便利な世界には気を付けなくては。

便利な世界に感覚が麻痺し五感や本能が薄れたら、戦争やテロはなくなるかもしれない。でも逆に人を好きになったり愛する心まで消えてしまうのではないだろうか。好きな人がたくさんいる今の自分はまだ大丈夫そう。一番に家族、特に娘をもっと気遣ってやらねばと思うがなかなか上くいかない。朝からキャットファイトになるので、あまり構わないようにしている。ダメなお母さん。しょんぼり。今度はリュックが欲しいと言っていた。また一緒に見に行こうかな。


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画像はこちらのもの。仲睦まじいお二人。

天皇の「生前退位」はどうなるのだろうか。私は実現するといいと思う。そもそも天皇皇后両陛下のような激務を死ぬまでやって下さいという無茶ぶり、労働基準監督署は何を放置しているのか。定年があっていいし、年間稼働日を法律で決めるべき。退位が叶い、写真のような穏やかな日々が訪れますように祈念。雅子さまも皇后になれば病気も治るのでは。

追記:写真に感化され夫にハグしたら喜んでいたが、朝なのにもう汗でべしょべしょ、「うわっ」と飛びのいてしまった。もうちょっと痩せようよ。天皇はスマートでインテリジェンスでふさふさで素敵、美智子さまもいつまでも美人、日本の奇跡だと思う

相変わらず卒論に奮闘中なのですが、まだ出来ていません。今日はもう8日。あと2日ある、頑張ろう。そして終わったらプールに行きたい。文字数は現在ちょうど10万字まで書けました。でも章を追加したせいで、まだ完成していません。構成というかプロットもここから少し変えたいし、10万字は書けたのでともかく締切になったら提出することにします。最終的には12月に完成させればいいし、先生達にこの辺りでどうしたら物語が面白くなるのか聞いてみたい。

なんて、私がプール絶ちまでしてこんなに頑張っているのに学友のひとりはグアムに行っている。中国に行っている人も。どうも京都造形芸術大学通信教育学部というのはセレブが多いように思う。みんな色々な意味で余裕あるなーと感心しきり。私なら卒論締切終わったらでないと旅行になんていけま千円。

ということで前置きはこのくらいにして、今日は目出度いことがあったので報告したい。NewsPicksの総合ランキングで一瞬だが1位になったこのニュース、一位も嬉しいが、NewsPicks にこんなに名古屋人(愛知県民)がいたことに驚いた。なんだかあちらこちらからワラワラ沸いてきたような感じ。Pick は現在636、私が最初に書き込んだ時はほんの数人だったのに、一体全体どうしたのという感じ。でも名古屋愛嬉しいですね!名古屋はブスが多いとか書いているアホもいますが自分の顔面偏差値晒してから言いなさいよって感じ。とはいえ、私も実は「名古屋(近郊)出身」というのはちょっと恥ずかしいなと思った時も過去にあり。

公園で出会った顔がなすみたいに長いお洒落番長みたいなママに言ったら「名古屋笑、なんか食べ物が塩辛いよね。仕事でいったら矢場とんとか言うところに連れて行かれたけどなにあれ」みたいな事を言われたしもう10年前くらいかなしつこいな私とか、先日免許の書き換えに行ったら講師みたいな人がいきなり「ここに名古屋出身の人はいませんか」っていうからどうしようか迷ってなんかあると思って手をあげなかったら、「名古屋走りっていうマナーの悪い車の運転する地方がありましてね、あそこは本当にひどいらしいんですよ。だいたいねえ」とか名古屋をdisりだし、このーもうこいつの話聞かねえと思ってスマホいじってたら「おいっ、そこっ、スマホいじるな話を聞け」とか怒り出し、「なんだとこのー名古屋出身で悪いか」と言い返してやろうと思ったけれど免許貰えないと嫌だから我慢したけど、まあこういう感じでなんだかんだ肩身の狭い思いをすることがありました。

そう言いながら名古屋めしは美味しいらしく、なんだかんだ世界のやまちゃんとか味噌カツとか食べているじゃない。美味しいでしょう。名古屋の味は塩辛いんじゃない、「濃い」のよ。名古屋のいい出汁がぎゅっと詰まっているのよ。名古屋のいい出汁っていうのは、友愛だとか親切だとか、ちょっとお節介なところもあるけれど、人間味がたっぷりなのね。もう豊洲の薄っぺらい人間関係なんて吹けば飛ぶような温かさがあるんだわ。顔知っているのに挨拶どころか会釈もしない、「私に関係ない人」みたいな感じでつーんとしちゃって馬鹿みたいな人ばっかりなのよ。

昔若いママンが「顔知ってると思ったらとにかく挨拶だけしなさい」って私を育てたもんだから、ずーっとそれやってて全然返ってこないから消耗した時期もあったけど、まあ郷には郷に入れで私も無視するひとは無視していたんだけど、やっぱりこれおかしくない?子どもがみてどう思う?自分のママ友グループじゃない人はどうでもいい、その子どもなんかもっとどうでもいいとかいって子どもまでイジメて無視してあんたら最低の人間。

まただんだん怒りがふつふつとしてきてもうこれ以上怒ったら血圧計振り切りそうだからこれで今日は勘弁するけれども。

ともかくNewsPicks名古屋人OFF!やりますので東京在住でNewsPicksやってる方は是非いらしてください。最初は味仙がいいかなと思ったのですが、あそこコースあるけど若干集まるにはちょっと難しいところもあり、そもそも味仙って二件目三件目とか締めってカテゴリの店なので、最初は「世界のやまちゃん」でやります。

日にちは名古屋NewsPicksオフの開催される8月6日土曜日にやりたいのですが、私息子がミュージカルに出る関係でずっと詰めたり色々役目もありで、私幹事できないし行けないかも。なので今名古屋オフの方の西村さんと調整していますのでお待ちください。

ともかく総合ランキング一位ありがとうございました。

記事はこちら。

nagoya


「名古屋が「魅力に欠ける街」1位 市民にショック…(2016/07/06 18:49)」
https://newspicks.com/news/1650876?ref=user_337703

ニュース本文はこちら。
「名古屋市にショックが広がっています。全国の主要8都市のなかで、最も魅力に欠ける街に選ばれてしまいました。これを受けて、市は対策会議を開きました。」

たった二行のこのニュース、普通に考えたら一位になんかなりませんよ。私の名古屋愛は偉大だった。名古屋(近郊)のみなさん、もっと名古屋を誇りましょう、三英傑を輩出し、シバ神柴山さん(一部ではキャバ山と呼ばれているそうNPでは絶大な人気を誇る元PROPickerさんです)出身の名古屋、威張っていいと思う。

私のコメントはこちら。京都造形大学で文芸学んだだけあるかも。この「書く」パワーで総合一位!

祝🌻すごい!この記事がNP総合ランキングトップ!皆様名古屋愛のコメントをありがとうございました。


元のコメント:名古屋は日本じゃないです。入国にはビザが必要ですよ。インドにはインド人しかいないように、名古屋は名古屋人しかいない、私のように豊洲に住んで苦労している馬鹿はいません。名古屋の良さは凡人にはわからないでしょうね。コメダのモーニングに衝撃を受けて行列を作る東京人(田舎者)には逆に驚きました。


名古屋の人は気前がよく親切、三英傑を排出したあたりに土地の持つパワーを感じて下さい。そうだ、イチローも名古屋近郊よ。


Hayasiさん、瀬戸朝香も川島なお美も名古屋近郊出身です✨


追記: 木村さんちょっと直しました。これならいい?


追記2:シバ神柴山さんも?やはり三英傑を生み出しただけある。ちなみに柴山さんの「いい街だわ」というのはオカマじゃないです語尾が跳ねるのではなく落ちるのです。だ↑わ↓Repeat this sentences after me.だ↑わ↓名古屋の標準語です。


追記3:寿がきやは名古屋発祥じゃボケぇ。


追記4:名古屋行くとこないとはどういう了見。朝は栄地下のベルヘラルドのモーニングから始まり、テレビ塔→名古屋城→大須商店街は一日じゃもの足りない→その中にある信長所縁の万松寺詣で→もつ焼きのお店→味仙本店で締め、ふらふらとプリンセス通りを流す頃には夜は終わる。名古屋の夜は早じまい。なので朝のお楽しみモーニング文化が発達したというのは私が今勝手に考えました。


追記5:toru それから全てのアンチ名古屋に告ぐ。https://www.youtube.com/watch?v=nwxxtYCVOR4


追記6:西村さんやりましょう!


追記7:三上、Mine、佐山、MINOWA、Watanabe、sasaki、遠藤、砂田、D評価再提出。shinoharaは名古屋愛がちょっと足りないC評価。keisukeお前先輩に対してなんだぶっkoro


追記8:美紀、住んでないやん!


追記9:王さん、私が案内すると楽しいですよ。


追記10:清田、thanks(^^)/


追記11:大倉私も同じ道を通った


追記12:こらー!shinji!!スタンダードじゃない。


結論:NewsPicks名古屋人OFFが決定しました。


と、書いているうちに名古屋オフ幹事西村さんから「定期的にやっているからまた次回合同オフしましょう」とメッセージが。早!ということで、日にちどうしましょう。伊藤富朗さんと、大倉裕樹さんと私の3人で幹事しますので詳細についてはお待ちください。8月4、5、6、7日以外。それから7月30日は花火でごった返すのでやめましょう、はぐれたり怪我してもいけないし。

やったー\(^o^)/初のNewsPicksオフ!
名古屋人のみなさん、集まりましょう。よろしくお願いします。

追記:なんてやっていて、夕べの小学校の見回りの役すっかり忘れてしまいました。午後くらいまで覚えていて「忘れちゃいけない」と緊張していたのですが、夕方娘と浴衣買にいって、ああでもないこうでもないとやっていて帰ってきたらスコーンと抜けてしまいました。一昨日は子どもの個人面談忘れて先生から電話かかってくるし。わざとじゃないんです、本当にすみませんでした( TДT)

追記:名古屋地区NewsPicks会と合同開催します。名古屋人の皆さん某月某日某曜日空けておいてくださいね!場所は「世界のやまちゃんのどこかの店」二次会か三次会か締めで名古屋の聖地あの店に行きましょう。

FBグループ作りました。詳細はグループ内でご確認ください。

「NewsPicks東京にいる名古屋人の会」
https://www.facebook.com/groups/569739993210087/ 

上記fbに申請いただくか、Twitter、もしくはyurikomorio@gmail.com まで。

なんだかんだ鬼っ子だと書いてはいるが、それでも支援して下さる方はみえて感謝しきり。こういう方々こそがホンモノの理解者なのだと感じます。人気があってちやほやされている人というのは、大勢がまた集まってくるもの。でもそこから一転落ちてしまった時に手を差し伸べてくれる人、変わらず接してくれる人というのは、ありがたいものだとつくづく感謝します。ということで、今回も色々ふるいにかけられた訳で、こういう時に人の本性はみえてきますね。わざとやったと言う訳ではないですが、断捨離も出来て良かったです。

ブログの鬼っ子記事はみなさん満足して頂けたようで10,000から更に更に!私がブログ書き始めて初めての数字がはじき出されました。あの時でも6千ちょっとだったような。

そろそろ閉じていいでしょうか。今あまりイメージが悪くなると困る事をやっていて、そちらが終わるまでしばし大人しくしようと今更ですが思います。卒論もいよいよ二回目締切が迫ってきました。なのにやっぱりブログもNPもアクセスしてしまうし書いてしまう。私などは生活のための仕事ではないので良くはないですがまあ許されると思っています。ですが他のPickerのみなさん、お仕事に差し障りはないでしょうか。GDPの0.1%くらいはNewsPicksが奪っていると私は感じています。

などと色々書いていますが、NPの益々のご清栄を祈念いたします。

そうだ、これを書かなければ。Twitterの方であの伝説の「まれにゃん」さんがレスくれたんです。私が再開した時は祭りは終わっていて消えてしまった後、本当に実在する人なのか存在も実態もわからないでいました。ああ、本当にいたんですね、まれにゃんさん。なんだか感動。お声かけありがとうございました。一日も早い復帰を祈念します。何かお手伝いできることがあったら言って下さい。



ということで本日は息子の出演するミュージカルのCMです。この公演の情報ブログに、ついに主役の女の子の紹介記事が登場。この女の子は正真正銘、やらせ一切なし!普通の小学生から主役に大抜擢されたシンデレラです。

「こんな事あるんだね!」
「でもあの子なら納得」
「本当にすごいわ」

などと父兄の間でも大評判になっています。しかも暑い夏の最中に全日全回登場するんですよ。うちの息子は8公演をダブルキャストの子どもと半分づつ演じます。ほとんどの子どもはそうです。なのにこの永井結海さん、先生達がどれだけ期待しているかがよくわかります。私、自分の子どもというより、この女の子を観に行くのが楽しみでたまりません。

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ただの懇親会が決起集会になっていました。熱すぎて私まで燃えてしまいました!そして、ご縁に大感謝。

特に私や息子、「みにくいアヒルの子」って指さされるようなストーリーまんまの豊洲ライフを送っていたじゃないですか。今は理解者も増えてきてやや落ち着いてきたのですが、これだって奇跡ですよ。でもあちらこちらでは反勢力が未だチラチラみえます。一体あなた達はどうしてそんなにイジメが好きなの。寄って集ってハエにでもなりたいの。

こんな感じで私はイジメられてもいいのですが、子どもの事となると本当に胸が痛みます。

「だったら素直に長いものに巻かれたらいいのに」「ボスママのいうことをハイハイと聞いて」もちろん最初はそういうつもりでした。私もともと思い切り日和るタイプだったのです。それに別にぼっちがそんなに好きな訳じゃない、大勢が好きじゃないといいつつ仲間的な雰囲気は大好きです。なのにたったひとりのボスママに睨まれたせいで、あっちのボス、こっちのボスにまで疎まれ誹られ、ついには豊洲の街全部から無視されるようになってしまいました。

なのでこの物語の主人公が他人に思えません。可愛そうで、いじらしくて、公開レッスンで主人公アグリィが指を指されてみんなでイジメられるシーンには胸が詰まり、アグリィのお母さんアイーダが「私の可愛い子どもをイジメないで」と歌って演じるシーンには、涙、涙、涙。

神様、あなたは時々すごいものに私を引き合わせるのですね。このご縁に大感謝、ここに巡り合っていなければ、私たち親子は沈んだまま豊洲を去っていたかもしれません。先生!ありがとうございます。

イジメはイジメられる子にも原因があるとか、成長するための必要悪などという人がいますが、全部間違っています。。豊洲の某小学校では、イジメに悩む先生が学校に来られなくなりそのまま辞められてしまったという噂も聞きました。こんな事があっていいのでしょうか。私は絶対あってはならないと思います。先生に原因があったのではない、イジメた子ども達に原因があったのでしょう。きっと誰かに虐められ、親に虐待され、その八つ当たりで先生を攻撃したのではないでしょうか。

豊洲は教育熱心なあまり教育虐待になり、児童相談所がかけつけるケースもあるそうです。中学受験率の高すぎる街ならではの現状。でもそれを誰かにぶつけるのは間違っています。ボスママから私がイジメられたのも八つ当たりでした。「助け合い」こんな言葉は道徳の教科書の中にだけしか存在しないのが現状です。NPのニュースで、道徳が今後偏差値的点数の対象になるというものもみました。もうここまでしないと、みんながわからないのでしょう。嘆かわしいと感じています。

豊洲をイジメゼロの街に。
みんなが安心して暮らせる街に。
弱いものはイジメない助けられる街に。

ちょうど今、選挙のシーズン真っ盛り。候補者たちは口々にこれらをスローガンとして発信しています。ですが本当にやってくれる人っているのでしょうか。強い人、お金をたくさん持っている人ばかりにいい顔していませんか。選挙の期間だけでない、本当に困っている人に手を差し伸べられる人でいてください。

私たち豊洲住民は窮屈な水槽の中で困っています。今度は誰がイジメのターゲットになるだろう、うちの子だけはイジメられませんように。そんなお母さん達の心配をゼロにしてください。

そんな願いがこもった作品、「みんなのミュージカルホンク!」本当に素晴らしい作品です。プロデューサーの保坂さんがイギリスロンドンで出会い、もうこれしかないと全てを捧げて日本に持ち帰った作品です。

奇跡の舞台を是非観にいらしてください。そして今ママ友イジメや諸問題で悩み、豊洲を引っ越そうとしているご家族がいるとしたら、もうちょっと頑張ってください。お金が勿体ないですよ。「豊洲こども食堂」が出来たら是非いらしてください。悩める子どもだけでなく、お母さんもWELCOMEです。


追伸:ビバの前でうろうろしていたら、区議会の方に声をかけていただきました。

「あっ森生さん、森生さん。〇〇くーん、こちら森生さん。森生さん、〇〇くんをよろしくお願いします。森生さんに握手して貰って。森生さんっ、どうぞよろしくお願いします!」

連呼ありがとうございました。森生ゆり子もよろしくお願いします。ということで、このすっごく背の高い〇〇さんを応援します。ビーチバレーの選手だったそう、実直そうないいお顔でした。そのお顔をずっと無くさないでね。東京をイジメゼロに。ということで、よろしくお願いします。

こういうのブログに書くと選挙違反になるのでしょうか、よくわからずでも逮捕は困るので名前は伏せ字で。あの方ですよ、みなさん応援してあげてください。

もう本当に自分が可哀想で仕方なくなった。

「もう辞めます」「控えます」「1日5picksまで」などと依存症患者のように節制しながらpickしていたNewsPicks。とうとう私を全否定体制に入ったようです。
事の起こりはつい2時間前。「マークザッカーバーグさんのおすすめの書籍23選」という記事に、私はこんなコメントをしました。

いい写真ですね。賢い人は賢い顔、目をしているものだとつくづく感じました。やっぱり顔って大切。」

するとたちまち27Likesになり、その記事のトップpickerになりました。まあそういう事はたまにあります。PROの方が登場すると、さあっとLikesの嵐になり、トップに躍り出ます。

まあそれは仕方ないです。PRoの方々はやはり識者らしくじっくりと読ませるコメントを書きますし、有名人のコメントは読んで嬉しいもの。

でもそうでない人たちと同列に並ばされた時、いつもNewsPicks運営から「お前はお呼びじゃない、一歩下がれ」と言われるような扱いを受けます。

たとえばこの記事、先ほどこんなことがありました。書いたコメントを転載します。

いい写真ですね。賢い人は賢い顔、目をしているものだとつくづく感じました。やっぱり顔って大切。

追伸:ちょっと運営さん?私が26likesでLeeさんは16Likes 、何故記事のトップ画が私じゃないの?冷遇されていると思うのはこういう時。ちなみに森生ゆり子=まれにゃん?という説は違います。でも見事にちょうど被りませんでしたね。祭に参加出来なくて残念でした。まれにゃんさん、いつかOFFで飲みましょう。私は有料会員なので削除はされないはず。将来絶対PROpickerになると言ったけど絶対しないわ馬鹿馬鹿しい。

やまもといちろうさんかアカウントあってもコメントしないのは、タダで書くのが馬鹿らしいからですよね。私は素人だから書くけどプロになったら書かないわよ。by まれ子より


画像も貼りましょうか。

 
この「追伸」を書いてアップした途端、きのこちゃんの位置に表示されていた私は跡形もなく消えました。運営ってお休みないんですね。ご苦労様です。
 



私は27Likes。ええ、自分でもLikesしますよ、だっていい記事書けたら嬉しいでしょう。自分likesしない時もあります。

そして現在、再ピックした記事が、タイムラインに載らなくなりました。タイムラインとは、誰かが記事をpickしてコメントを書くと順番に並ぶんですね。ここに載らないというのは、やはり運営の悪意があると言って間違いないです。

あー馬鹿馬鹿しい。今度こそ卒論に注力出来そう。

とにかくこんなしょうもないハラスメントの温床豊洲死ね、東京死ねの次はこれですか。私って本当に小さな人間、こんな小さな水槽の中でまたアップアップしてしまいました。

NewsPicks ◯ね!


ご清聴ありがとうございました。

しかしマークザッカーバークさん、本当にいいお顔、素晴らしい目をしています。さかなクンの書いた小さな水槽ようなNewsPicksなんて吹き飛ばしてやって下さい。

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そうだ、お手紙書いてみようかしら。
 

sakanakunn

マイクロソフト の記事を書いたせいか、そこにいた精鋭たちの事を色々思い出した。彼らはイジメもイジメられもせずせっせと仕事を片付けていた。そのスピードもテクニックも知識も神懸かっていた。出来れば子どもたちもこんな素晴らしい人になって欲しいと思った。なので何故そんなに性格も良く頭もいいのか考えてみた。答えはアルコールや煙草をやならないせいだと思った。

彼らはスリムでスタイルも良かったし禿もいなかった。センスも良い。そんなところで旦那を見つければ良かったと今更ながら思った。辞める時に精鋭たちに何か印象深い挨拶をと思ったせいか、今でも言葉を覚えている。それでもマイクロソフトは仕事は辛かったが楽しかった。何よりあんな人達と一緒に仕事が出来て良かった。でもあの仕事はもういいと心から思う。秘書でもやれば良かったが、私は接客は得意だが英語が出来ない。どっちみちダメだったなと思った。

以上、まとめ。
以下、長い話。

ブログの日付が一日空いてしまった。火鍋の前の日はなんの事はない、家でだらだらしてしまい、皮膚科に行ったり歯医者にいったりビバホームの専門店街をごそごそしていただけで、まあそれを丁寧に書けばいつもの私のブログなのだが、それではせっかくなので以前書きかけた記事、でもいつかアップしたかった大切なことを書きたい。マイクソフトの精鋭達と一緒に仕事が出来たこと、これは私のサラリーマン時代の中の数少ない栄誉だと思っている。マイクロソフトはいい意味でも悪い意味でも外資系企業、いいところは組織だっていないところ、悪いところはだからこそ組織が腐敗しやすいところを見過ごしてしまうことだろう。私は両方をみてしまったと思う。そしていい意味の組織の方に、あの先輩たちがいた。先輩たちといっても多分年は私より下だったと思う。

その人達は若さもあるが、本当につるっとした綺麗な皮膚をしていた。人は30過ぎたら何もかもが顔に出るというのは、理性や感情だけでない、生活の全てが出てしまうという意味もあると思う。彼らはめったにお酒や刺激物を口にしなかった。それはストイックであるという意味ではなく、ただただ興味の先がテクノロジーだという事だったのではないかと今更思い当たる。アルコールの酩酊に身をゆだねるより、理系とグラフィックと洗練されたプログラムという言葉の数々で堅牢に構築されたWindows というものを心から楽しんでいたのだ。人は楽しいことに夢中になる。彼らは仕事を仕事でない、趣味として楽しんでいたのだろう。

私も同じ境遇でマイクロソフトに辿りついたが、その温度もスキルもレベルも全く違った。何より私は、スキルを磨いたり賢さんしたりではなく、日和ったり群れたりすることに時間を費やしてしまった。誰かと仲良くしていれば、自分の問題がいつの間にか解決するように感じており、仲良くしれくれる人達といつもつるんで食事をしたりお茶したり、飲み会に参加したりしていた。

それ自体は悪い事ではないが、そればかりに時間をかけていたように思う。もう仕事が思った以上に大変で、息抜きばかりをしていたというか。あの頃しなくてはならない事は、さっさと諦めてエスカレ―ションされる側の部署に戻るか、もっともっと勉強するか、潔くやめてしまうことだったと思う。書いていて何がいいたいのかわからなくなり、書いていけないことまで書いてしまいそうなのでぶっちぎりの形にはなるがこれで終了したい。

ただ、この頃をよく最近思い出すようになったのは、ブログに色々書いているせいもあるが、自分がちっとも変っていない事実に思い当たったせい。いつも私は人任せ、ずっとそうかもしれない。その時にいつも大切な事を見失い、そして自分の夢までも消してしまったように思う。でも自分の強みはその後もいくらでもやりたいこと、夢がどんどん出てくるところだろう。逆に言えば、何も叶っていないので、いつかいつかと子どものように空を見上げているともいえる。
※メトロポリタンホテルから

自分のリソースを全て費やしてもいいと思えることに、私はまだ巡り合っていない。それを全うしないといけない対象は、今は多分子育てだろう。でも何かそれだけでは、人生が終わった後不満が残る気がする。何をやっているのだと人々は嗤うだろう。でも白州正子がよくて、与謝野晶子がよくて、岡本かの子がよくて何故私はダメなのだろう。ダメというのは一体誰なのか。それは私が勝手に作り上げた世間体という幻想だろう。

マイクロソフトの精鋭達は、そんな吹いて飛ぶようなものは意に介していなかった。いつもテクノロジーの最果てをみつめて、その真髄のみを信じていた。私はそれを観られたけれど、掌中に出来なかった。そもそも人間の出来が違うのだろう。あーなんかうまく書けない。まあ、これはアップせずに色々書き足したり削ったりしてそのうち完成させよう。混沌とした思いだけがそこにある。あんな風に生きられたらと思える人達に出会えた事だけは良かったと思う。

そういえば「幕の内弁当占い」というものがあり、手前から食べるのは現実派、奥の方から食べたがる人は地に足がつかない夢追い人だと何かで読んだ覚えがある。私は御多分に洩れず、一番奥から手を付ける派だ。今度食べる機会があったら、一番手前のものから手をつけるように気を付けようと思う。

日曜日のお昼のメニューは、金目鯛の炊き込みご飯にした。櫃まぶし風にしたり、冷めたらお茶漬けにしたりしても美味しい。冷蔵庫にある惣菜と汁で済ませようと思ったら、娘がこんなの食べたくないと暴れて騒ぎ出した。それを窘めずに「何が食べたい」などと聞いて、牛肉を買いに出かけようとする夫を叱った。娘は私をはっしと睨みつけ「牛のバター炒め」でないと食べないなどという。冷蔵庫は昨日生協がきたばかりではち切れそうになっている。娘の子育てだけは失敗している、息子も倣って我儘を言い出した。「お腹減った、お腹減った、死にそう」などと騒ぐ子ども達を、インドのスラム街に放り出してやりたいと思った。

今日も安定の荒んだ日曜日、明日のラシックコンサートだけが楽しみ。


【今日の小確幸】

やれやれ。

東京上野の東京都美術館にいってきた。生誕300年記念の若冲展を観るためだ。先日一緒に屋形船に乗った友達のお母さんが日本画を趣味で描いていらして、上京するなら若冲展を観たいということで行かれたが、炎天下の3時間待ちに断念したと残念がっていた。私は多分そうだろうなと予め「すごく混むと思うし疲れて大変よ」と忠告したのだが、どうしても観たいというので連れていったと友達の弁。

後で図録を買って送ってさしあげようかと思ったら、図録だけは外で販売していたので買えたという。はて、東京都美術館で外で販売とはこれ如何に。おまけにyahooニュースで320分待ちだったと書いてある。一体どれだけ人気があるのだと不思議に思った。若冲といえば私のイメージは、日本画なのにわけわかめなものを描く絵師というもの。そういう奇天烈さが今の時代に受けるのだろうか、若冲とは一体なんなのか。観てみたくなり行ってみた。

朝8時子ども達を起こして食事を食べさせ、そのまま子ども達より早く家を出た。学校まで一緒に行こうと誘ったが断られた。月曜日の朝は大概だらだらしているので怒ってしまった。まあ勝手に行くだろうと家を後にする。それより若冲だ。今日は混んでいるだろうか、平日朝早くなので大丈夫だろうと豊洲から有楽町駅まで行き、京浜東北線に乗り換え上野を目指す。8時20分ごろ改札を出ると、果たして多くの人々が上野公園方面に吸い込まれていくではないか。まさか若冲?という期待を1ミリも裏切られなかった。

東京都美術館に到着すると、もんのすごい人、人、人!切符売り場では10分ほどでチケットを買えたが、入場のための長蛇の列に並ぶのかと思うと眩暈がして一瞬帰ろうかと思った。自分をなだめて最後尾に向かう。が、最後尾がどこにも見当たらない。しかも道を挟んで列が寸断している。そこから更にまた違う道に繋がり、長い長い列はうねうねとあちらこちらに蛇行していてわけわかめだった。

もしかして今日も320分待ちなのだろうかと時間を測ってみることにした。まず最後尾に並んだのが8時45分、そこから途中の給水所で9時45分、給水所にいた人にあと何分くらいだろうと聞く。その時点でだいたい2時間待ちだと言われ、隣にいた二人組の女性がリタイアしてしまった。

じりじり照り付ける太陽と木陰を何度も繰り返し、やっと正面のチケット売り場あたりにきた。チケット売り場も仮設のプレハブで、もうこんな風に販売しないと追いつかないようだった。窓口はざっと6ほどあったか。そこからまたぐるっとエスカレーター周りのテラスをぐるっと一周し、最後にやっと下りのエスカレーターに到着。そこから入口までまた30分ほどかかり、中に入れたのは最後尾からスタートして3時間35分後だった。3時間35分ということは、215分。320分よりかはだいぶマシだったと言えただろう。 でも平日月曜日にこの待ち時間。

もう本当に腰が痛くなり死ぬかと思った。途中で「ご気分の悪い方はお申し出くださーい」と係員がまわってきたが、申告したら列から出されると思って我慢。そしてやっと中へ。中は中で芋を洗うよう。途中の円形展示室が特にすごくて、これまた特に私が一目で気に入った『群鶏図』は黒山の人だかりで全然前に進めない。それでもこういう時のためにとコンタクトレンズプラス眼鏡作戦が功を奏し、ちょっと離れていてもよく見えた。そうしているうちにじりじりと前に出て、すぐ目の前に若冲の『群鶏図』が来た。うおおお!

もう今までの私の中の若冲像は一体なんだったのか。こんな端正な絵を描く芸術家だと知らなかった。日本画なら琳派がNO.1、狩野派は邪道、若冲など論外だと思っていたりした私のバカ。もう今までの概念を全部覆さねばなるまい。釈迦三尊像も迫力があったが、若冲といえばやはり花鳥風月、自然をそのまま切り取り鮮明な色で隈どられた作品の数々は、見事としか言いようのないものばかり。

私が熱心にあれこれ観ていると「若冲は鶏が好きなんだねえ」だの「これは軍鶏、シャモなのよ」などと色々な人が話しかけてくる。すごい若冲好きだと勘違いされたのかもしれない。いやもう好きだけれども。 そもそも私は鷄が大好き。中学生高校生の頃は、鶏を飼っていてすごく可愛がっていた。青春の全てをかけたと言っていいくらい。若冲も鶏を好きになる何かきっかけがあったのではないか。親近感を覚えてしまった。

もうひとつぐっと来たのが『梅花晧月図』、もう小さな梅の蕾がこれでもかこれでもかと丁寧にいくつもいくつも描いてあり、若冲はきっと無我夢中で描いたのだろうと思った。咲いていないつぼみばかりみっしり。これも熱心にみているとどこかから「若冲はね、手もすごく早かったのよ」などと解説が入り、お蔭でガイドセットを借りなくて良かったと思った。他にも「あの鶏とこちらでは年代が違うから鶏冠がちょっと違う」だの「40歳から画業に専念した」だの色々通りすがりのみなさまどうもありがとうございます。

出口に行くと「もう一度観たい人はこちら」と看板があった。もう一度観たい気もしたが、腰は痛いしおまけに小学校から電話があり、息子が縄跳びの紐で目の辺りを打ったと連絡があった。しょんぼりとした息子が目に浮かび、このままお迎えに帰ることにする。帰りは帰りでお土産を買ったらまた長蛇の列。もう何も買わずに帰ろうかと思ったが、おばさんが喜ぶかと思うとやっぱり買うことにする。図録は混雑の影響により、庭で販売中とのこと。なるほど中庭にも江戸情緒のある屋台の売店が並んでいた。

帰りに混雑状況の看板をみると、「150分待ち」とある。朝から全然混雑が緩和されていない、でも朝一よりマシなのか。帰りも人の波は相かわらずで、ずーっと遠くまで続いていた。はあ、びっくり。上野までよろよろと戻り、ホームの椅子に座ってサンドイッチを食べた。椅子のある生活って素敵。でも今日は平日だったせいか大半が年金受給者層と見受けられ、それでもキビキビと並び絵を熱心に眺めていた。すごいなあ、見習いたい。

私は多分このくらいの年代になったら、腰が痛くて立って待てないのではないだろうか。すごく運動不足を痛感した。やはり水泳をやりたい。以前一ヶ月のお試し体験で元を取ろうとせっせと泳ぎ続けた時は、体が引き締まり体重も5キロ減った。だが体力がついたのか日々の生活が全然疲れなかった。水泳はともかく何か運動をせねば。若冲人気にノックアウトされ、体力の限界を知った一日だった。でも明日最終日も観に行きたいと思ってしまった。

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※ちゃんとHP右上に混雑状況が。14:15分ごろ自宅にて。

それにしても、人々の芸術好きといったらどうだろう。こんなに並んでまで若冲が観たいという情熱、私は観たいは観たいが半分はただの好奇心。でもこうして観賞することで、様々に若冲を体感することができた。ネットの情報というのは正しいものもあるが、やはりこうしたリアルには到底及ばない。それに、やはり人々の心を癒すものは「芸術」しかないとも思った。スポーツしたり勉強を十分にするとスカッとするが、心が疲れたままということがある。素敵な絵を観たり音楽を聴いたり、やはり芸術って素晴らしい。子ども達にも伝えたい。

こちらのサイト本家より図録として見やすいかも。


【昨日の小確幸】

疲れたけれど観れて良かった。私もまた日本画やりたい♡

つい最近のブログの記事に、香山リカさんの講演会を企画した話を書いたせいか、今香山さんがどんな活動をされているのか興味を持った。google で検索してヒットしたのがタイトルの講演会、以前私が香山さんに講演をお願いした内容と通じるものがあり、早速出かけることにした。 



主催は「香山リカさんと子育てを語る会」とある。どんなお話が聞けるかとすごく楽しみにお邪魔した。そもそも私、自分が企画した講演会では香山リカさんのお話を全然聞けていなかったのだ。会場運営、司会、香山リカさんのご接待、講演会中の見回りというか、0歳児からウエルカムにしたので泣いていたり飛び出してくる子どもの対応にハラハラし、録音を忘れ後で確認もできなかった。

でも参加してくれたお母さん達が「来て良かった」「気持ちが軽くなった」など、アンケートに喜びの声がたくさん集まり、開催して良かった、大成功だと本当に嬉しくなった。席はほとんと満杯で、後から聞くとら300名以上来場されたそうで、満員御礼とはこのことだわと思った。豊洲シビックセンターの大ホールならみっしり満員ということか。 

その時のテーマは「ストップ!児童虐待」私自身、なぜ自分の子どもを必要以上に強く叱ったり、手を上げてしまうのかわからず、悩むうちに香山リカさんの新聞記事に行き当たった。母親の孤独こそが子どもへの虐待の原因だという友達の持ってきた毎日新聞の記事を読み、思い当たることがありすぎてはっとしてしまった。その小さな新聞記事を手掛かりに、香山リカさんに講演をお願いしようと思いついたのだ。スケジュール等その他全然合わなくて諦めようと何度も。。。不思議と全然思わなかった。そしてやっぱり実現した。

その新聞記事と、講演会のチラシは今もある。なんでもとっておくものだと思う。小さな子どもを持つお母さんがすごく多くて、私を含め、新興都市の闇に悩む母親が本当に多いのだと感じた。

つい最近見かけた若いお母さんの姿を思い出した。すごく綺麗で若いお母さんがエルゴで赤ちゃんをお腹に抱えていた。そのお母さんはうつろな目で地面辺りに視線を落としていた。赤ちゃんはそんな顔のお母さんを必死にみあげ、何か言いたそうにじっと心配そうに目線をあてていた。あんな小さな赤ちゃんが、本当に心配そうに。私は何かすごくショックなものをみたような気がした。いつも持ち歩く鹿の小さなチラシを切らしていたが、ただ普通に声をかければよかったと後悔した。「どうしたの、大丈夫?」って。特にこんな小さな水槽のような街、色々色々あるに違いない。

そんな事を思い出しながら聴講した講演会。その時の私は久しぶりに重いものを抱えていた。『地獄変』ショックが薄らいだ後に残ったのは、やはりあの先生に叱られたことだった。どう対応していいのかという悩み。確かに先生の言う事は尤もだが、それを「先生が言ったから」という理由で何もかも受け入れていいのかどうか、先生のいうことをよく聞く生徒でありたいと思うものの、それをしたら後々先生がそれをがっかりされるような気がした。もっと先生とぶつかってみたい。私らしい着地点、先生も周りもみんな納得するものが何かないだろうか。

香山リカさんの話の中に、「生きづらい時代」に世の中の人々から、生きる力が欠落しまった理由は、「躊躇」が原因ではないかという説があった。これは偶然、桐野夏生さん講演でも「躊躇が一番よくない」と言ってみえて偶然に驚く。そうだ、アジアフォーラム、アジアの女性は皆悲しいと。それから、いつも誰かに寄り添い、ひとりでいられない一人は恰好悪いという誤った価値観が、特に女性の生き辛さを生み出しているのではないかというもの。そうでしたそうでした。色々勇気付けられる。

以前私にこんな事を聞いてきた人がいた。「ねえ、友達いらないの」と。私は何を聴かれているのかわからないけれど、ともかく「うん、あまり欲しいと思わない」と言った。友達とは欲しいとか増やしたいと思って出来るものではないし、この辺のママ友コミュニティのように無理にいつも誰かとくっついていないと行動出来ないような間柄ならいらないという意味で言ったのだ。するとその人は感心したようにやや呆れたように「強いんだね」と言った。その後色々話したと思うが、多分相手からしたら「友達いらない」私だけがクローズアップされただろうと思う。

そこから何がどう伝わったのか今ならなんとなくわかる。あのボスママの耳にも入っただろう。「じゃあ私たちあの人と友達になるのやめましょうよ」というニュアンスの事も多分言われただろう。何を言っても曲解され、尾ひれがつき拡散されるのだ。でも例えそうであっても、多分本当の意味は誰もが知っていただろう。でも知らないふりをした方がここでは生きやすいし何かと都合がいい。「あの人そんな意味で言ったんじゃないと思うよ」などとひとこと発言しようものなら、私と同じ目に合うのは明らかだ。

なんでもかんでも思ったことを言ってしまう自分を馬鹿だとは思う、でも「あんた嫌い」などとテロ行為発言をした訳でもなく、ただ自分の友達の概念を語っただけだ。これが変だという人がいたら、そちらの方が変ではないだろうか。こんな小さな問題意識もぎゅっと丸めてゴミとして処分しなくてはならない世界、やっぱりおかしいと思う。みんなそれぞれが意志を持っていて、例えば「友達」というものについてどう考えているか、悩んだことはないのか、自由闊達に話合える関係というのが友達なのではないか。

香山リカさんは何度も「他者に対する慈しみ」の大切さを語ってみえた。現代にある問題のひとつ、想像力の欠如という意味だろう。私はこんな風にブログを書いているが、弱者に対してはしていない。誰もがその圧倒的権力にひれ伏す具象に刃を向けている。それゆえ自分も切られて痛い思いもするが、もう絶対手を緩めたり降伏してはならないと思っている。私ひとりが犠牲になればといい格好するつもりもないが、もうここまで来たら最後まで見届けたい。

誰もかれもが自分の事、自分の子どものことしか考えていない。なのであんなボスママ達なぞに日和ってぎゅっと固まって誰もかれもが口を閉ざす。どこに行くにも誰かと一緒、学校の会合や行事にすら「団体」でやってくるのだ。でもバディに比べて小学校になると、そういう比率はぐっと少ないと思う。ひとりでさらっと来ているお母さんたちをみると私はほっとするのだ。 それは何も自分のぼっちが目立たないからではない、ひとりで行動出来るということはひとりで考えられる人ということだ。香山さんの言葉で印象的だったのは、人間関係を構築してそこを自分の支えにするのももちろん大切だが、自分で自分を支える力を持つことが大切だと説いていた。これが自立なのだと。本当にそうだと思った。

女性のサガとして、いつも誰かとくっつきたがるという性質がある。これは太古の昔、ひとりでいると命の危険が及ぶという時代の名残なのだろう。だがそれは今や男性までもが持つようになった。それは男性性の「仲間」ではない、イクメンだのイケダンだののカタカナになった途端、弱々しい群れになってしまったと思う。パパトモとは、なんとみっともない言葉だろうと思う。「固まっていないと不安」、こういう気持ちわからなくはないが、自分の子ども達には出来れば克服して欲しい誤った概念だと思う。そうして伸び伸びと思考の羽を伸ばし、本当の友達をたくさん作って欲しいと思う。

そんなこんなで香山リカさんの講演を聞いた後には、肩の荷が全部下りたような清々しい気持になっていた。本当に来て良かったと思った。年賀状のお礼を述べると笑顔がかえってきて益々嬉しくなってしまった。図々しくも「豊洲小学校でもお話お願いします」とお伝えした。本当にもう胸のつかえがさあーっと消えてしまう素晴らしいお話だったのだ。色々と虐げられて気の毒な目にあっている、シモベ子やシモベママ達にも聞かせてあげたいと思った。私って本当にいい人だなと思う。あの彼女達はボスママやボス子が自分を守ってくれると信じてくっついているが、自分達が消耗され、している事には気が付いていないと思う。もうわからない人はわからないままで仕方ないが、少なくとも私や娘の近くにはそういう大人はいて欲しくない。

司会をされていた方も元気いっぱいのお母さんで、同士のような気がして話しかけてしまった。原発問題にも取り組んでみえるそうで、いつかまたゆっくり話してみたいと思った。吉祥寺は成熟した街で、そういう大人が多いと思った。豊洲は生まれたばかりの街なので、自分も含めまだまだ大人が少ないのだろう。いつか豊洲も大人の街になるだろうか。少なくともオリンピックや築地移転のお祭り騒ぎが終わるまでは難しいと思う。

私は豊洲のママ友戦争の渦中は、すごく嫌なところに越してきてしまったと後悔した。でも今ひとりになってみて、こんな過ごしやすい便利なところはないと思うようになった。生きづらい時代を生き抜く力を、少しだけ持てたということではないだろうか。 でも未だ色々思い悩むことばかり、夜明けはなかなかやってこない。夜は本当に明けるのだろうかと心配になったりする。

それから香山さんの話の中ですごく印象深くかったのが「大学は内申書がないので何でも先生に言って」というもの。香山さん自身大学の教授をしていらして、生徒が何も発言しない事を憂いてみえた。かと思うと卒業間際の最後の最後に恨み辛みを書いたレポートを寄越されたりすることもあるそう。何故在学中に先生に立ち向かってこないのかと嘆いてみえて、私も生徒の立場で同じことを考えていた。 
       
それから原発のようなものを作ってコントロール出来ると思う浅はかさを、私たち人間はそろそろ反省すべきだと思う。他にも若者の貧困、食事もままならない子ども達が日本にも存在するという事実に驚く私は、本当に不勉強なのだと思った。「子ども食堂」という取り組みの存在を全く知らずにいたが、豊洲にも必要なのではないだろうか。逆にこういう「ただの金持ち」が多い街にこそ必要なのではないだろうか。自分達が如何に安寧とした不確かなものの上で生きているという事実を私も含めよく知った方がいいのだ。

なんだかんだママ友やママハラなどというどうでもいい事にどうこう言っている自分が、すごく幸せで恵まれていてそして馬鹿な人なのではないだろうか。それと同時に本当の馬鹿の集まりの中で、割とまともな種類なのだと我ながら思う。やっぱり私が変なのじゃない、今の世の中がおかしいのだ。


【昨日の小確幸】

久しぶりの吉祥寺はやはりいい。すぐ帰って来てしまったが今度またゆっくり。

このブログには様々なカテゴリがある。大学、日常、人間関係、おいしいもの、武蔵美、京都造形、文学文芸、仕事、趣味、小説、美活健活、課題、雑談。そのうち最近非常に多いのが、「日常」と「雑談」で、今後記事を増やしたいのは「課題」と「文学文芸」なのは言うまでもない。これだけをみても如何に本業をさぼり、誘われるがまま楽しそうな方に流れていってしまうという自分の性格をよく表していると思う。

カテゴリといえば、以前のブログのようにNewsPicksというカテゴリを作ろうかとも思ったが、やはりこのツールは時間泥棒。新しいニュースを読んでいると、あっという間に日が暮れてしまう。おまけにタイミングよくNewsPicks オフの前日に読書会があったが、様々に心を掻き乱され閉じ籠ってしまった。もしこれがなかったら参加していただろうし、リアルな知り合いも出来たかもしれない。

でも参加して楽しい時間を過ごしたとしたら、しがらみがまたひとつ増えることにもなっただろう。あれこれと手をつけて何もかも中途半端な現在、またひとつ中途半端が増えるだけなのではないか。でもこの辺りは片手間で構わないと思うが、その分時間をとられてしまう。そのデメリットは大切な領分に侵食するのは必須だ。でも課金しても読みたい素晴らしいニュースに出会えた。それでよしと、またいったん退部することにする。

それからブログについて。やはりすごく時間を取られるものだと認識した。でもせっかくここまで続けたのだし、今卒論があるからとぱあっと止めていいものかどうか。先生からも「ブログも文章の鍛錬になるなら書いて」と言われたけれど、これも今必要なのかと言われればそうでもないと思う。

そもそも日常の事を事細かく書いているのは、あの人ひとりで毎日一体何をしているのよ、どうせ子どもほったらかしてどこかの男とイチャイチャしているんじゃないのなんて思われるのが非常に心外なので、それこそ行動日記を書いているのに他ならない。出かける先で会うのは叔父や女友達、行き先は食事や美術展、それから大学の授業やイベントに出掛けるのだわかったかBABAAって私もだけどそういう事でずっと書いてきたのだ。

もういい加減世間もわかったと思うし、そろそろいいのではないかとも思った。またはみ出して余計な事を書いてしまったりして、それはそれで豊洲ショックや先生を困らせてしまったので反省したい。先生が直してといった部分は訂正するけれど、その他の事はリアルなものばかりであって削除したり修正したりするつもりは全くない。でもちょっとペースはこのまま温度を下げて続けてみようか。

学友が800文字日記を書いていて、きちっとそのスペースの中でまとめている。それは千利休の説いた畳半畳の中の世界観に通じるものがあると考える。そいういうものもそろそろ自分にも取入れなければならないのではないか。「以内」はそこから一ミリも出てはいけないという定義、仕切りを創るのは畳半畳の自由に通じるのではないか。

※君は偉いね


自分は「掻き混ぜてしまうが掻き混ぜられないように」とはなんて言い草だと思われるかもしれないが、自分が掻き混ぜているという自覚は全くない。ただ事後に色々考えた時、もしかして掻き混ぜてしまったのかと思い当たったりするだけだ。でもその渦中は自分なりに必死に考え、一番ベストだと思って行動したものが全てだ。ふざけている訳でも軽んじている意味でもない。それは人からしたら受け入れられないものであっても、私は私のやり方でしか事態にあたれない。それは私だけでなく、誰だってそうなのではないか。
 

それを「好感度」という温度設定にすれば、物事はもしかしたらスムーズに流れるのかもしれない。でも流していいものと悪いものがあり、流されているばかりでは自分が無くなってしまうと思っている。でも決してそれらを無視している訳ではなく、家族のためにも最低限は必要だと思う。となるとそれらは好感度ではなく、マナーという領分になるのではないか。マナーというのは人が人として丁寧に生きるための必要最低限のものだ。もしそれらを無視したりすれば、たちまち「格好悪い人」になってしまう。どこまでならいいかとか、この場合はどうかなどの曖昧なものではなくもっと確固としたものだ。


などとまた偉そうに書いたが、そういう訳で時間と情熱は卒業研究に向けたいと素直に思った。学生の本分はこれに尽きるのではないか。今までの私はバイトや起業してそちらに注力する余り、単位不足で留年を続ける学生のような生活ではないだろうか。サークルも楽しくて友達作りや勉強の息抜きにはいいかもしれないが、でもそればかりではいい訳がない。例えば子ども達が大学生になり、勉強もせずにこいう生活をしていたとしたらすごく叱ると思う。というか、いいかもしれないが常軌を逸脱するのは良くない。

ハーバード大学をallAで卒業した人というのは、どういう生活だったのだろう。多分私の年末の頃のような日常をずっと10倍くらい濃くしてそれを4年間続けたようなものではないか。私もあの頃はいつの間にか体重が減ってしまったくらい課題をやっていた。大学の課題や今年は卒論もあり、あの時くらいで私には丁度いいのではないか。

ともかく、あと1年しか大学にいられないという事実をよく認識しようと思う。大学を卒業したら、課題をみてくれる先生も叱ってくれる先生も誰もいなくなるのだ。今のうちに勉強出来ることは全部やりたいし、教えを乞うなら今のうちしかない。以前もそう思ったが、今もすごく感じている。在校生の分際で、既に卒業生の方々の気持ちがわかるような気がしている。嬉しいけれど寂しい、色々と心残りが私にも出来てしまう気がする。


「豊洲子ども芸術の村」について、これは何も私の性格でグズグズしていた訳ではなく、ブログの申請がLINEからなかなか降りなかったのだ。いつものLivedoorブログでもいいにはいいが、今回は自分だけでなく様々な支援も必要で、一年の後誰かにバトンを渡そうと考えていた。そして私はその人のカテゴリの中で子ども達に絵や造形を教えたりしたらいいと。なので今もっともトレンド性の高いブログサービスから発信しようと考えたのだ。

初めに思ったより早く承認がきて、気が付かずに認証期限が切れてしまった。再度申請をしたが、2回目に出したものがわかりにくかったのかそこから半月以上経過しても連絡がなかった。諦めかけてさてどうしようと考えているうちに他の要件でわたわたしたりしてまた時間が経過してしまった。そうこうしているうちに、やっと再び承認のメールが届いた。アカウントは取得出来た、さて開始しようかと思ったところに読書会がぶつかったのだ。モチベーションがガクンと下がったが、もう復活している。

でもこれをやっていたらやはり本業の方が片手間になってしまうだろう。卒業してからの方がいいかもしれないとも思った。「子どもに絵を教えて貰えませんか」と言われて参加した「こども芸術の村」プロジェクトのイベントで何かヒントが見つかるかもしれないと思ったが、予想以上の素晴らしい収穫があったのだ。この事業を紹介しながら豊洲を芸術の街にもすればいいと考えた。

豊洲というか、江東区はスポーツ区という触れ込みで健全性をアピールしたいのだと思う。だが今回のオリンピック招致や会場、それからエンブレムのゴタゴタをみれば、スポーツとは既にマネー戦争に等しいということがわかる。適度な運動は健全な精神のために必要だとは思う。だがそれらは心は癒さない。それには「芸術」が必要で、スポーツという戦いに疲れた豊洲を芸術で癒せたらいいではないかと。

でも『地獄変』や先生の言葉でブルーになり、こんなではとても巨人でも強靭にもなれない。まだまだそういうものに手を出す以前なのではないか。それはチャンスを消されたというより、何かがそれを教えてくれたのではないか。私の手は二本しかない。ひとりで何もかも抱えるスタイルは、そのうち破綻すだろう。大切なものだけ残して、あとは何もかもいったん手放してみようかとも思うが、取捨選択がイマイチわからない。もう少し考えてみたい。またいいヒントになる出会いなどあるかもしれない。書を捨て街に出てみよう。そして時々あちらこちらを掻き混ぜてしまうが、自分は掻き混ぜられないようにしたい。信念を持ち続けたいと思った。

それにしても先生があんなに細かくこのブログを読んでくださっているなんて、本当に恥ずかしくて死にたいと思った。こんな私的なごちゃごちゃしたもの、先生は絶対興味がないだろう読まないだろうという自信があった。なのに。あの先生が言いつけたのだ。あれもこれも読まれたかと思うと、恥ずかしくてもう全削除してしまいたい!先生読まないで!誰に何を言われても叱られても馬の耳に念仏、一切無視してブログを続けてきた。でも先生がブログなんてやめて小説を書けと言うなら私そうします。


【今日の小確幸】

早朝散歩してみた。朝焼けがとても綺麗だった。

英語の授業の宿題で、街に出て外国人ツーリストと一緒に写真をとってもらうというものがある。このGWに丸の内で開催される「ラフォルジュルネ」に行き、何人かの方と写真を撮らせて貰った。その時に「どこから来たのか」という質問に「チェコスロバキア」と答えた方がみえて、珍しい国からようこそと思ったりした。英語の授業でそれを発表すると、父兄のひとりから「チェコスロバキア」はもう存在しない。あるのは「チェコ国」と「スロバキア国」だという。先生もそうだというので驚いた。私はそれを知らなかった。

不思議に感じて家に帰って調べてみた。なるほど確かに「チェコスロバキアは、1918年から1992年にかけてヨーロッパに存在した国家。 現在のチェコ共和国及びスロバキア共和国により構成されていた。」とある。出典はwikipwdia。そんな、それでは相撲の千秋楽に優勝力士に授与される「チェコスロバキア杯」はどうなっているのかと調べたら、こちらも名前が変わり、「チェコ共和国友好杯はチェコとスロバキア が分離するまではチェコスロバキア友好杯として授与されていた。」となっていた。

私がチェコスロバキアを知ったのは、祖母が熱心に観ていた相撲からだった。「チェコスロバキア」という語感がくすぐったいような気がして、気にいっていたのだ。なのでそのかの地から来た青年が、遠くの異国ではなくすぐ身近な私の思い出から現れたような気持ちにもなった。すごく懐かしいような、やっと出会えたというような。そんな私の心持ちなど関係なく、二言三言の英会話と写真と共に若者は去っていった。息子と「チェコスロバキアって知ってる?首都はプラハだよ」などと偉そうにレクチャーしたりした。が、チェコスロバキアはもう存在しないというではないか。ベルリンの壁が崩壊したのを知らずにいる、南の島で隠蔽している元日本兵のような気持になってしまった。

チェコスロバキアとは一体なんなのか。今は、チェコ共和国とスロバキア共和国に分かれている、そしてチェコ共和国の母国語はチェコ語、スロバキア共和国はスロバキア語とある。プラハはチェコ共和国の首都で、スロバキア共和国はブラチスラヴァだという。経済についてはどうだろう。チェコの通貨はチェコクローネ、スロバキアはなんとユーロだ。もう全然決裂という感があるが、一体このふたつの国に何があったのか。そもそもこんな風に言葉が違う人の国同士がくっついていたという方が驚くべき事なのかもしれない。歴史をさかのぼると1915年 ロシア帝国 チェコ人スロバキア人 捕虜によって第1チェコスロバキア狙撃連隊(チェコスロバキア軍団)を結成したとある。そこからナチス・ドイツの台頭、第一次第二次世界大戦が勃発し、くっついたり名前を変えたりと様々な出来事が起こっている。日本もそれから世界各国でも色々あるが、チェコスロバキアという国も大変だった。そして今はもう存在しない国になっている。

そんな紆余曲折を経て今ある「チェコ共和国」と「スロバキア共和国」なのだが、あの青年が「チェコスロバキアから来た」というのは、一体どういう意味があったのだろうか。私のお得意の妄想からすると、あの青年はチェコスロバキアが存在した時代からタイムスリップしたついでに日本を見物に来たのかもしれない。タイムスリップの着地点を間違えて日本に来てしまったというのか。それにしては落ち着いて観光していたように感じた。普通の健全な青年で、黒のディパックを背負い普通に歩いていたのだ。

現実的な話、もしかしてツーリストではなく滞在者なのかもしれないとも思う。そしてもう長く日本にいて、欧州人の風貌から何処から来た何しに来たと何度も何度も日本人から尋ねられているのかもしれない。そして、チェコ、もしくはスロバキアから来たというと、「チェコスロバキア?」と私のような人に聞かれるので、いちいち説明するのがもう面倒になり、一期一会の人には「そうだ」と言うことにしているのかもしれない。

もしかしてこの青年は最初、チェコ、もしくはスロバキアと答えたのではないだろうか。そして私が、「ああ、チェコスロバキア?」と聞いてしまったのではないか。なのでそう答えたのではないだろうか。チェコとスロバキアの歴史も知らない人に、丁寧にレクチャーするのには時間がかかる。それより笑顔で「yes」と答えれば何も問題なく、双方気持ちよくいられるのだ。もし、「チェコ?orスロバキア?」と聞いてくる人がいれば、どちらかと答えればよい。妄想だけれど多分そうなのではないだろうか。

国と名前も聞いたけれど、図らずもその日たくさんの方に写真を撮らせて貰えたせいか、この人あたりになると、どの人がその人なのか曖昧でよく覚えていない。人の顔を覚えるのは得意なのだが、それに付随するパーソナルデータが抜け落ちてしまうのだ。でも顔かたちは脳みそがいつまでも忘れてくれなかったりする。

そういえば昔インドに行った時に、こんな事があった。ムンバイから入国し、ずっと南下してケララ州まできた。そこから更にバンガロールまで行った。バンガロールは小奇麗な都会で、綺麗なスーパーマーケットなどが普通にある街。そこで珍しい食材やお土産になりそうなものを物色していると、見たことのある顔に出会った。私がムンバイで道を尋ねたインド人の家族だったのだ。約2週間くらいは経過していたと思う。すごく驚いていると、向こうも「あっ、また会ったね」みたいなことを英語で言われて嬉しくなった。

インドでは右も左もわからず、常に誰かに何かを聞いて行動する日々だった。今思えばよく悪い人に当たらなかったものだと思うが、皆親切でインドは笑顔の国だと思った。そんな期待を裏切らない笑顔で、なんだかんだ家族ごと話しかけてくる。今まで何処に行ったのか、これからどこに行くのか、いつ帰国するのか。つたない英語で丁寧に返事をしていた私は、そうじゃない、なんだった、こういう時にはほら、あの、などとずーっと考えていて、その家族と別れた後にやっと思い出した。

It'a small world.この「イッツアスモールワールド」というセリフ、直訳すると小さな世界だが、こういう場合に言うと「世界は狭いね」から「また会えたね」という意味になるというのは英語が好きな中学生くらいでも知っているだろう。これが言いたくて言えなくて、今でもなんだかすごく後悔している。なのでネイティブの顔を覚えておいて、どこかでまた会ったら是非言ってみたい。

私が「チェコスロバキア」と言ってしまった青年にまた会えたら、その前に誰が該当するの思い出したらだが、このセリフと共に、「チェコなの?スロバキアなの?勉強不足でごめんなさいね」と話てみたい。It'a small world しかしまた世界は広い。

色々考えるうちに、いつか行ったことのない国を一ヶ月くらいかけてブラブラしてみたいなと思ってしまった。プラハなんていいじゃない、そうだバリにも行きたいのだった。バリは早速来年行ってみたい。台湾も北欧も、それから息子が何故か憧れているアメリカにも行ってみたい。

生きていればいつか叶うかもしれない。とりあえず長生きしようと改めて思った。


※時代により国の大きさが違うチェコスロバキアは1992年まで


【今日の小確幸】

夕べは娘と二人で寝た、可愛い奴。

今日はまとめなし。内容はSTAPやっぱりあったかもしれないというニュース。

「STAP細胞はやっぱりあったの?」と書こうとしたら指がすべって「あったお」になってしまった。なるほどネットスラングとはこういうところから生まれるのだと思った。それはともかくあるかもニュースはこちら。

STAP現象の確認に成功、独有力大学が…責任逃れした理研と早稲田大学の責任、問われる

Business Journal 5月14日(土)6時1分配信(ただし風刺記事)

STAP現象の確認に成功、独有力大学が…責任逃れした理研と早稲田大学の責任、問われる。今年3月10日、ドイツの名門大学、ハイデルベルク大学の研究グループがSTAP関連の論文を発表した。

論文タイトルは『Modified STAP conditions facilitate bivalent fate decision between pluripotency and apoptosis in Jurkat T-lymphocytes(邦訳:修正STAP条件によって、JurkatT細胞の運命が多能性と細胞死の間で二極分化する)』である。

海外の一流大学が、いわゆる「STAP現象」の再現実験を行ったということで話題となっている。以下に同論文の概要を紹介する。(
以下略 )

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※元気なころの小保方さん

これ、本当ならみんなどうするの?って感じでは。あんなに散々叩いておいて、これからまた手のひらを反すように意見や賛同がでるかと思うと見ものかも。すごく慎重にあちらこちらから記事を引っ張って来て「本当ならどうのこうの」「ありえない」「小保方とは切り離して考えて」なんて書いてある。

確かに私も「でも成功したのは小保方さんじゃない」なんて思うが、STAPそのものを大否定していた世論は反省しないといけないと思う。情報に踊らされやすい一般人はともかく、理研は責任があるので致し方なしな部分も鑑みるとして、早稲田大学ってどうなのか。

そもそも早稲田大学って、世間をあっとびっくりさせる犯罪者を出したり芸能人が入学中退を繰り返し、虚構の城を作って見せびらかしたいように思えて仕方ない。

これ、ボスママの言葉だけで私を非難したり無視したりしている豊洲の馬鹿な人達と同じだから。ついでに八つ当たりでうちの子ども達をイジメたりして、もう本当に嫌な世界だと思う。

世間はまだまだSTAPはあっただのないだの実はだの色々あると思うけれど、小保方さんは不確かでもこの明るいニュースに便乗して就職先をみつけ、狭い日本なんて脱出すればいいと思う。小保方さんは美人だし小悪魔気質も十分、ノーベル賞取りそうなイケメンをがっつり掴んでもっともっと世間をあっと言わせてやればいい。ついでに一緒に研究して、新しい細胞もその彼にみつけて貰って共同研究者として発見すればいいじゃない。

今朝はこのニュースのお蔭で夫とも普通に会話したりして小保方さんありがとう。


【今日の小確幸】

でも風刺記事。

NewsPicsに有料会員登録をしてしまった。NewsPicksは恐ろしい時間泥棒の組織で、ニュースを読んだりコメントを書いたりしていると、あっという間に時間が流れていってしまう。そんな組織にお金までとられてしまったのだ。その代わりに間違いなく経済の勉強にはなるし、世の中の仕組みや本質までも考えるようになれると思う。

こういうサービスを利用するのは、社会で活躍している方々が多いが、専業主婦や育休中のお母さん達が参加すれば日本も変わるような気がする。「あのPick読んだ?」とか「日産が三菱を買収したって」などという話をすれば、日本は今度こそ間違いなく世界に轟く経済大国になるだけでなく幸せな国になると思う。最近中国や台湾などに押され気味なのは致し方ない。

以上、まとめ。
以下、その他。

NewsPicksに課金したのは、有料記事を読みたいというのが動機だった。その記事はこちら

「【グリーンスクール設立者】次世代リーダーの育て方 2016/5/9:独自の視点と卓越した才能を持ち、さまざまな分野の最前線で活躍するトップランナーたち。彼らは今、何に着目し、何に挑もうとしているのか。連載「イノベーターズ・トーク」では、イノベーターが時代を切り取るテーマについてトークを展開する。」

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私は早速記事を読み、グリーンスクールのサイトを見てみた。http://www.greenschool.org/ もうすっごい素敵、ワンダフル、そしてチャーミング。息子を連れて行ってあげたいと思った。でも冷静に考える部分もあり、多分今すぐ行っても息子にグリーンスクールスピリッツは根付かないだろうし、英語も全然話せないので帰りたくなったりするだろう。

まずは英語を勉強させて、私も色々調べて下準備をしたい。それれにお金のことも。セレブのようにずっとそこに滞在させて勉強させるというのも難しいと思うので、いつかsummer camp に参加させたいと思う。やっぱり私もそろそろパートに出よう。また次から次へと影響されて大丈夫なのかと思われるかもしれないが、実は自分でも思う。

宣伝になってしまうが、NewsPicksは有料記事を読むだけが会員のメリットではない。それ以外にいいことも沢山あり、例えば各種経済誌が読み放題になる。

「現在NewsPicksでは、 ダウ・ジョーンズ、薬事ニュース、日刊自動車新聞、日刊鉄鋼新聞、日本食糧新聞、Longine、The New York Times、Financial Times、AERA、Bloomberg Businessweek、Harvard Business Review といった有料媒体の記事が配信されております。」

もう500円アップしてもいいから、日経とか毎日とか東京新聞とかも読めるようになると嬉しいのだが、Financial Times、AERAがあれば十分な気もする。ネットでも普通に新聞の記事が読める時代だし。

でも私にとってのデメリットもいくつかあり、以下のようなものが考えられる。

・時間が更に無くなり課題や卒論に十分時間がとれない
・スマホを見る時間が長くなり子どもの教育上良くない

なので解決策を考えてみた。

・時間が更に無くなり課題や卒論に十分時間がとれない→アサインは一日朝晩各1時間にする。キッチンタイマーを利用。
・スマホを見る時間が長くなり子どもの教育上良くない→子どもの前ではそもそもスマホをみないようにする

このサービスは私が不在の2年間の間に、色々なドラマがあったようで興味深い。最近でもこんな事件があったそう。でもなんか相変わらずという気がする。それにもう二年経ったのかと驚いてしまう。二年前の丁度今頃は、NewsPicksのユーザーからネットストーキングされて嫌がらせを受けて、警察にいったりネットストーカーに強い弁護士に繋がり相談したりした。何やっていたんだろうと思う。

NewsPicksは無料でも参加できるので是非おすすめしたい。現在100万人の参加者がいるそう、でも発言している人は約1000人くらいという印象。いつも同じ人がコメントしていて、ほとんどは幽霊部員かROM専門だろう。でも参加者が増えたとういのは、私がなかなかランキングしないことでも実感できる。以前サービスが出来た頃は、ちょっと発言するとすぐイイネが集まりさあっとトップ10に入ったりしていたが今は難しい。

あの時東京でオフ会をしようということで誘われたが、なんだか経済界で活躍している人達の場なんかに自称専業主婦など違いな気がして行かなかった。あの時はあの時でそれが正解だったと思うが、今は是非参加してみたいと思うようになった。

でもそこに牧田さんや庄司さん、そして佐山さんが参加などという事になれば、恐れ多くてやはり辞退してしまうと思う。

ということで、今日のブログ活動とNewsPicksの朝の部活は終わり。これから2時まで卒論用の資料を読む。


【今日の小確幸】

体調が戻ってきた。

昨日は豊洲小学校の「夢スポ」というイベントにいってきた。もちろん子ども達だけのスポーツ協議会だが、私は郊外委員会の役と、プラスボランティアということでお邪魔した。天気は曇りで暑くなく寒くなく雨も降らずで本当に良かった。だが、朝3時から仕事をしたりNewsPicksチェック、お弁当作り、自分の支度、家事などドタバタしていたら、気が付かないうちに消耗してしまったようでくたくたになってしまった。夢スポもう止めたらと思った。

夕方一息つこうと清澄白河のブルーボトルコーヒーへ行ったりしたが、帰って風呂に入りベッドに入ったが寝付けず、朝起きたら全身がどんより時々手足が痺れてまずいなと思った。半年に一度くらいこういう事がある。慌てず騒がず豊洲駅すぐの「元気の泉」に駆け込んで、マッサージと鍼を打ってもらった。帰って更に足裏マッサージ機でもみもみ。子ども達が帰ってくる頃には元に戻り、久しぶりにパンを焼いたりして過ごす。今日は何も差し迫ったものがないので一日のんびりした。

以上、まとめ。
以下、そんなに長くない。

まとめに書いてあることで以上終わりなのだが、朝娘が「夢スポなんて行きたくない」とメソメソしていた。バディのせいでスポーツイベントが大嫌いになった私は、「あなただけじゃない、私だって行きたくない。そもそも行きたい人なんて誰もいないと思うよ」と教えてあげると、なんとなく気持ちが落ち着いたのかバタバタと支度をして飛び出していった。ここで、「学校の行事は決まりだから行くこと」なんて言うと逆効果だったのだろう。素で答えただけなのだが、なんだか上手く勇気付けられたようで良かった。

それにしても「夢スポ」。夢がスポっと抜け落ちてしまう音なのでは、いやいやここは「夢のスポーツフェスタ」なのではないかとつまらない事を考えてしまった。それは置いておいて、そもそもみんなどう思っているのだろう。楽しいのだろうか、それとも。などといつもの好奇心で、あちらこちらの人に聞いてみた。すると、「もう無くなればいいのに」「面倒」「豊洲小だけあるのはおかしい「そもそも昔校庭が使えなかった時の臨時のイベントだったのに、いつまでやっているんだろうと思う」などと、びっくりどっきりの返事があちらこちらから返ってきたので驚いた。


※昼食後広場で遊ぶ子ども達、楽しそう

娘の時からなので、もう5回参加というか見学に行っているが、私は一度も楽しかったことがない。すごく暑い時もあり、本当に死にそうになって観戦していた。昨年など屋根のない大きなトラックだけの夢の島競技場の方で開催されて、せっかくバディと縁が切れたのにまたこんなところで、などとぶつくさ思ったりした。今年は屋根のある方だったので良かったが、役のない父兄は屋根のない方で観戦せねばならず、先生に屋根は生徒の席とマイクで注意されていた。

しかも帰りは地下鉄の駅も列車内も小学生達で溢れ、一般客に迷惑だろうし先生達が誘導も大変そうだった。また余計な事を書いてと思われるかもしれないが、地下鉄の扉が閉まるぎりぎりに乗り降りする子どももいて、何か事故があったら怖いと思った。狭いけれど運動会も出来る校庭もあるし、やるならそちらでやって欲しいという人もいた。確かにそうかも。 しかも雨なら中止で予備日はなし。いかにどうでもいいイベントなのかという事ではないか。


※全車両子どもでいっぱい

もう「夢スポ」やめて、「算数オリンピック大会」でもやったらどうだろう。教室でも体育館でも涼しい場所で。もう余計なスポーツイベントなんかやめて、勉強に繋がるイベントを全校あげてやって欲しい。カズみたいなのは特別、スポーツなんかでは将来ご飯は食べられないと思う。

そもそも豊洲小学校って豊洲にあるが目立たない存在だと思う。生徒が多いので注目を浴びたりするが、豊洲北小学校には負けるのでそちらがニュースになったりする。目立てばいいという訳ではないが、以前の越中島のように越境したいと思われるような学校を目指すのはどうだろう。折角「豊洲」というブランドの学校なので、何か特色をつけた方がいいのではないだろうか。公立小学校といえども、もっとイノベーションを巻き起こして欲しい。

例えば千代田区の「九段小学校」などは全校あげて囲碁をやっていて、「小中学校囲碁大海」で何度も入賞したりしている。もう伝統になっているようで授業でも取り上げられるそう。私は時々みる堀さんのブログで知った。こんな風に学力が向上するような何かを夢スポの代わりにやってくれないだろうか。「算数オリンピック」というのは強ち冗談ではなく、学校全体で取り組めば数学力が向上するのでいいこと尽くめだと思う。

こういうのはどうしたら実現するか。以前、金髪先生に色々アドバイスを頂いたので、ちょっとやってみようかなと思ったりする。また余計なタスクを抱えてしまうかもしれないが、なんとかなるのではないか。ちょっと体調が戻ってきたのでまた楽観視してしまった。「元気の泉」のおかげで元気になった。また調子悪くなったら行こう。でも運動も何かしようと思った。もう体ががちがちになってしまっていたそう。反省。


【今日の小確幸】

鍼が気持ち良かった。

今日はてんやわんわだった。朝3時に起きて仕事をしたが、残りのチェックを残してNewsPicksを開いてしまった。本当にこのNewsPicksというのは時間泥棒で、あっという間に時間が経過。そこで残りチェックをすれば良かったのだがどうしても読みたい有料記事が出てきて、ついに有料会員登録をしてしまった。時間泥棒だけでないお金までとうとう取られてしまった。そこからもう本当に息つく暇もなく、わーっと一日過ぎてしまった。久しぶりに本当にくたくたになった。

あーもうなんか新しい空気を!と思って思いついた清澄白河のブルーボトルコーヒーに来てみた。何故こんな場所にという周りは本当に何もない住宅地。でも意識高い系や中国人多分ツーリストでいっぱいだった。

※まさにスタイリッシュ

疲れた心と体を癒すため、「エルサルバドル•アイーダ•バティエ•タンザニアナチュラル」というのを頼んでみた。ブルーボトルのマークの紙カップもあったが、ワイングラスのような形のガラスのカップでお願いした。だって美味しいコーヒーなら、香りも楽しむためにこの形のグラスでないとダメでしょう?意識高い系みたいなのは雰囲気だけで、紙カップでコーヒーはなくない?などと思いつつ飲んでみたら。。。

※ワインと同じ理屈のカップ。口がすぼまったグラスは香りが引き立つ

何コレすっごく美味しーい!本当にフルーティで香りもいい、コーヒーじゃないみたい。コーヒーって苦くてグッと喉にくるでしょう。スーッと体に染み込んでくる感じ。はあ、びっくり。なんだか疲れ取れました。カフェのお兄さん達がすっごく親切で、あれこれ説明して貰ったり写真も撮らせてもらいました。ブログアップOKだそうでお写真を。

※私のコーヒーを淹れてくれたお兄さん

なんだかんだ1日終わりそうだけど、今日は色々反省もあった。まず、仕事の納品が締め切りに間に合わなかった。1分遅れてしまったのだ。1分でもやはりルール違反というか、遅れてはだめじゃないと思った。NewsPicksのせいという訳ではないが、影響があったのは間違いない。ギリギリにしか出来ない自分が悪いのだが。NewsPicksやってる暇じゃないなと思った。課題や卒論が捗らず、ブログやめようか悩んだばかりなのにNewsPicksとは。私、何やってんだろう…

さて、そろそろ息子を迎えに行かねば。


【今日の小確幸】

コーヒー本当に美味しかった。

私は縁起を担ぐのが結構好きで、富丘八幡宮でわらなど拾うと嬉しくて飾ったりしている。それを友達にもプレゼントしたらとても喜ばれ、家族分に分けてお守りにするなどと言ってくれた。こういうセンスが同じ人というのは、たいがい何を話しても気が合って楽しい。縁起を担ぐというのは迷信だけではない、目に見えぬものもの達へのメッセージなのだ。侮ってはならないと思う。

夫がAmazonでまたしょうもないものを買っていた。こういうものを買って家に入れるというセンスが信じられない。しかも一式購入していて許せないと思った。普通、家人の誰かが嫌がるものは買ったり置いたりしないのが家庭のルールではないかと思う。でもこれ多分、半分は私への嫌がらせだと思う。でも夫と娘にはピッタリだと思う。夫は娘をダークサイドに落としたくてたまらないように見える。もう二人して勝手に落ちればいいが、息子だけは阻止せねば。

以上、まとめ。
以下、通常バージョン。

昨日は課題と納品した記事の訂正ふたつやったのでちょっと忙しかった。でもこの「何かで忙しい」ということは、精神衛生上とてもよいと感じた。人間は暇だと碌な事を考えない。昨日は朝から調子が悪かったので気分もブルーだったが、朝食を完抜きしたら昼頃からちょっと良くなってきた。私は朝食を食べると体も心も調子が悪くなるタイプ。いつからだったかよく覚えてないが、独身最後の頃チームリーダーとそんな話をした覚えがあるので多分ずっと以前からそういうタイプなのだろう。朝食べないんですと言うと、自分も気をつけているなどとかえってきた。結構そういう人は多いように思う。


朝食べると頭がぼーっとして体の力が入らないような状態になる。そして気持ちも。これが昼まで食べずに空腹の状態だと、頭も体もきりきり回るのだ。このあたり血糖値のなにかの関係だと思うが、未だ原因が見つからないまま。人間ドッグや何かの診察の際に医師に色々聞いたりするが、どうもしっくりくる回答が得られないままだ。でも自分の身体は自分が一番よくわかるのではないか。朝食べない方が調子がよいなら食べなければよいのだろう。空腹でもないのに無理に何か食べればそれはそのまま脂肪になってしまう。それは避けたいと思う。


※塾が終わるまでぶらぶらしている


また前置きが長くなってしまったが、昨日またAmazonから荷物が届いた。久しぶりに見る大きな段ボール。もう箱を見るだけで何が入っているのか透視できるようになってしまった。自分宛でない荷物は勝手に開けたりはしない、それは家族のというより人としてのルール。私は自分のものを勝手にいじくられるのが大嫌いなので人にも同じように対応するだけなのだが。子ども達にも本当にしつこく教えているが、勝手に色々が突っ込んである棚などごそごそされてよく切れる。それはさておきAmazon の段ボール。夫宛だが帰ってきた娘が勝手に開封していた。自分の頼んだものと確信しているのだろう。娘が出かけた後に見ると、なんとダースベイダーのお面が入っていた。


※シュコーッシュー(怖)



※1円でもいらない!

こういうものをねだられてハイハイと買ってしまう夫のセンスのなさに、怒りを通り越して哀れに思ってしまった。普通子どもが欲しがったら、ダークサイドはダメだと言うものではないだろうか。ただのおもちゃと侮るなかれ、こういうものがリアルな現実へと繫がっていくものだと思う。100歩譲って娘は夫担当なので勝手にすればいいが、息子がダークサイドにいってしまったら困る。私は迷わずごみ袋に入れて下のゴミ捨て場に持って行って捨てた。息子がどこに隠しただの、出しておかないとお姉ちゃんに叱られると騒ぎ出した。泣きだした息子に「こういう縁起の悪いものは絶対所持しちゃだめ。冗談が本当になったら困る。君だけはダークサイドに行かないで欲しい」とこんこんと言って聞かせ、息子の目の前で夫に電話して夫を叱り「捨てたから」と告げた。 


息子は何か思うところがあったのか急に泣き止み、私の捨てた荷物の中にジェダイのマントがあったというのでそれだけ拾いに行き、マスクは新品で勿体ないと思ってキッズルームに寄付しにいった。遊びたければキッズルームに行くがよい、ただし家に入れるのは禁止。夫は本当に馬鹿バカしいものばかり買う。Amazon の明細によると今回買ったダークサイドグッズは3つ。マスクとマントとライトセーバーだ。子ども達は「スターウォーズごっこ」を動画にするのに凝っていて、ダークサイドものも欲しいと思ったのだろう。でもこれ、誰が装着して演じるのって話。娘は自分がレイア姫をやりたがり、敵キャラは息子の役になる筈だ。

冗談じゃない!

ダークサイドのおもちゃを持てばダークサイドになるなんて、子どもの遊びくらいで何を言っているというかもしれないが、こういう事こそ大事なのだと思う。子どもが集まって遊ぶと何々ごっこが始まるが、人気なのはヒーローだろう。バイキンマンの役をやりたがる子どもがいるだろうか。子ども心でも感覚的にダークはNGだとわかっているのだ。親もそう躾けるだろう。子どもが将来ダークサイドに落ちるのを望む親など誰もいない。それなのに夫は。こういうのって、どう説明したらいいだろう。こういうのはもう育った環境というか、それぞれのセンスというのか、いい悪いではない感覚的なものだと思う。

縁起を担ぐというもの、私のような一般人ばかりではなく、セレブもやっていたりする。プライベートだけでなくビジネスでも。例えば台湾のホンハイは、シャープととの買収契約を締結する日を風水で決定したのは有名な話。

”一代で鴻海を世界最大のEMSに成長させた郭氏の経営手腕は、剛腕かつ即断即決で知られる。その決断の根拠の一つとなっているのは、AIの判定でもビックデータ分析でもない。縁起や風水なのだ。”
出典『日経ビジネスNO.1840』「凄い意思決定3"神に聞く"」より

郭氏は目に見えない物者を味方につけることで、頭角を現せたのだと思う。ビッグデータなど凡人思想の塊、斬新な意思決定にはかえって邪魔になる事もあるだろう。他にも今月号の『日経ビジネス』にはこういう目に見えない力を利用する経営者の記事が並んでいて興味深い。ちょっとやりすぎでは、なんて私が思うようなものもある。

まとめと話が前後してしまうが、以前富岡八幡宮に参拝に行った時に、わらを拾ったことがある。賽銭箱の前あたりにはらりと落ちていたのだ。多分しめ縄にぶら下がっているふさふさの飾りの部分が落ちたのだろう。「あっ、わらしべが落ちている」と思って拾い、ありがたく頂戴することにした。わらしべ長者になれるだろうかなとど考えて嬉しくなった。こういうものを喜びそうな人はと考えて、すぐ友達の顔が浮かんだ。友達にもプレゼントしようと、それからちょくちょく夕方に富岡八幡宮を参拝したりした。

私はこうやってゲンや縁起を担ぐくせに、正月の初詣はここ数年行っていない。行かなくなったきっかけはあの裁判があった年からだと思う。あんな悪い奴がのさばるこんな世の中、神様なんて絶対いないからだと考えたのだ。それまでにもママ友との付き合いで、どうしてこんな酷いことをする人達がなんでもないような顔で生きているのか、などとも思っていて、この辺りでも同じように感じていた。結婚して子どもを産んでから無神論者になったともいえる。今でもそう思っている節はあるが、縁起やゲン担ぎというのは話は別。こうした目に見えない何かからのメッセージというのは大切にしたいし、清く正しく美しいもので気持ちを落ち着かせるという行為は、人として幸せに生きるエッセンスになる。

そんなこんなで拾ったわらしべを友達にプレゼントしたところ、本当に喜んでくれて私も嬉しくなった。家のどこかに飾っておいてと言うと、家族の人数分にカットしてお守りにするという。自分にない発想に驚いたが、すごくいいアイデアだと思った。親戚からの形見分けで貰った着物の端切れでお守り袋を作るなどという。私は先日二束三文で叔母の着物を処分してしまった事を後悔した。そうか、こういう使い方もあるのか。でももう処分してしまったものは仕方ない。幸い娘が赤ちゃんの頃に着ていたベビーウェアの端切れが少し残っている、これで自分も作ってみようか子どもに持たせようかと思ったりした。

初詣に行かない富岡八幡宮に最近ちょくちょく行くようになったのは、急に信心深くなったせいではなく息子のお蔭。息子はこの神社の隣にある塾が気に行って通うようになり、私は毎週付き添いで一緒に行く。待つ間にカフェでパソコンをいじくる事もあるが、最近は急を要する課題や仕事がないのであたりをぶらぶらしたりすることもある。そこで見つけたのがこの「わらしべ」だ。なんだか縁起がいいわあと思った。そもそも息子が私にとっては縁起のいい人で、彼と一緒に行動すると運のいいことがよくある。その都度「本当にあなたは運のいい人ねえ」と言うと、嬉しそうにニッコリ笑う様が可愛らしい。そういうものが滲み出ているのだろうか、息子はどこに行っても可愛がられる。 なんていうか、生まれ持っている何かなのだと思う。 息子をいじめた奴らに天罰が下るのは時間の問題かもしれない。

なので縁起の悪そうなものは、息子に絶対近づけたくない。たとえそれがおもちゃでも。というか、色々書いたが要は「アナキンのように可愛い息子がダースベイダーにならないように」ダースベイダーものは遠ざけたいだけなのだが。スティーブジョブスが言っていた通り、「時間は限られている。心と直感に従う勇気をもつことが大切」なので捨てました。ジェダイの神よ、息子を守り給え。フォースと共にあらんことを。
May the Force be with you


【昨日の小確幸】

課題が予定通りすすんだこと。

このGWについて色々考えてみたあれこれ。今年は夫の実家以外遠出もイベントもなにもなし。そもそも私が何か考えないと新しいイベントは期待できないが、今年は何も提案する気力がなかった。それは経済的圧迫と今の家族の在り方が原因。さすがに何もなくてはつまらないだろうと、ラフォルジュルネ行を提案したが、娘が最後まで行きたくないと言い張り計画は流れた。

娘の反抗は仕方ないとして、経済感覚の方が心配。夫は何も問題意識がなく怖いと思う。娘は息子の買ってもらうものまで自分のものにしないと気が済まない。物欲が強すぎるのはそのまま愛情不足の裏返しだろう。もうこれ以上子ども達にものを買い与えないで欲しいが、ジジババ叔父の楽しみかと思うと無下にもできないので困った。人はモノでは幸せになれない。どうしていいかわからないまま子どもの日が終わった。

以上、まとめ。
以下、長い方。

今年のGWは何事もなく過ぎている。何事もないというのはトラブルではなくイベントという意味だ。我が家は私が計画を立てないと何処にも行かない家族、好きなように出来ていいじゃないと言われるが、最近何か提案すると「面倒」などと言われるようになってしまったお金もないし。それでも昨年は新潟のベルナティオへ行ったし近場でバーベキューなど毎年何処かしらへは行っていたが、今年は何も計画しなかった。夫が勝手に科学未来館、科学技術館に連れて行くかと思ったら家にずっと引き籠っていた。

豊洲公園にぶらっと遊びに行くようなアイデアもなさそうで、多分子どもの頃からずっとこうだったのだと思う。仕方ないので昨日に引き続き、ラフォルジュルネに行こうと誘うが行きたくないと言う。朝から家が散らかり放題で怒って掃除をした2時間後、また同じように散らかされ、またしても賽の河原地獄に落ちた。いったい全体ゴールデンウィークというのは誰が名付けたのか。私にとって、ちっともゴールデンじゃなかった。結局昨日はずっと家にいて何処にも出かけなかったので、私だけ近所の本屋をうろついたりショップを冷やかしたりして頭を冷やした。

※大手町のグリーン、アマン東京の庭

帰ってくると夫と娘が何やらもめている。「勝手に買うな」と娘が叱られているのを聞いていると、ネットショップで勝手に何か買おうとして咎められているらしい。夫は毎日Amazonで何かを買う。私も子ども達の衣類や食品もネットで買ったりする。娘が覚えたとして仕方ないかもしれないが、ポチっとすればなんでも手に入ると思っている節があり問題だと思う。経済的バランス感覚がややおかしいと思う。おまけに勝手に買うなと叱ったばかりの娘と、赤のライトセーバーを購入する相談をしていた。

 
※息子のライトセーバーオビワンケノービバージョン。

子どもの日のプレゼントとして息子が叔父に買って貰ったブルーのライトセーバーを、娘が羨ましがり自分はグリーンを買って貰ったのだ。そもそも小学二年生の男の子が欲しがるものを自分も欲しがるというあたりで窘めるべきなのだが、彼女は誕生日プレゼントの他に、子どもの日のプレゼント、そして弟と同じものが欲しいと駄々をこね買ってもらい、そしてやはり赤のライトセーバーも欲しいなどと言い出した。これを夫は快諾していたのだ。お金がなくて困っているのではなかったの?といえば、二人顔をくっつけてこそこそ何か話しながらこちらを見てニヤニヤしている。もう一体何が起こっているのか理解不能になってきた。夫は娘をどうしたいのだろう。このままでは本当にあの結婚詐欺師のような大人になってしまうと思う。

そもそも私は子ども達に玩具を買ったことがない。ほっておいてもジジババ叔父夫が大量に買って寄越すので、私までが買い与える必要はないと思っている。羨ましいと言われることもあるが、私は現代においてはモノが無い生活の方が余程いいと思う。「欲しい」と思ってたちどころに願いが叶い続けたら、人は破たんすると思う。願いを叶えてくれる人がいなくなれば、そういう誰かを探し続けるだろう。自分でという気持ちは欠片もなくなるのだ。恐ろしい事だと思わない夫が恐ろしいとすら思う。

夕べあのプールバスのお母さん達と話をしようと声をかけるが、何度話しかけてもさあっと逃げられてしまう夢をみた。それは夢だけではない現実なのだが、声をかけた後何を話していいかわからなくなった。娘は結局プールをやめてしまった。プールをやめさせたのは夫、私は反対したが、「勉強しないといけないから」などという理由で夫が許可したのだ。でも本当は違う、娘は水泳に燃えていた。プールバスや人間関係が嫌でやめたのだ。いつも「勉強」という隠れ蓑で色々なものを覆って暮らしているが大丈夫なのだろうか。娘も夫ももっとストレートに色々言えばいいのにと思う。無理やりにでも曜日を変えてあげれば良かったと思った。

娘はちっとも勉強なんかしていないし、好きではない。中学を卒業したら本当に舞子修行に出したらいいと思っている。外の世界で経済やその他、生きるために必要な心根を学べばいい。もう私たち家族では制御不能なのではないか。夫は自分がかりで大学院まで出すと言っているが噴飯ものだ。娘が本当に勉強が好きで大学院に行きたいという夢があるならもちろん何もかも差出し応援したいと思がでもそうじゃない、それらは全部夫の夢で、私たち家族は無理やりそれにつき合わされているだけなのだ。息子はどうなるのだ。

昨日、生活費を下ろそうとコンビニのATMに行くと、引き落とし可能残高が7万円だけだった。これを下ろして1カ月やりくりしないといけない。とはいえ、食料品、日用品はカードで買うことにしているし、現金が必要な集金やカードが使えない近所のお店用に準備するだけなので足りるだろう。それに私はもう欲しいものは何もない。大学にも通っているし、他に今欲しいものといえば新しいiPhoneだろうか。今の筐体ではiOSのバージョンについていけなくなりフリーズが頻発するようになった。でも今回のSEはどう考えても見送るべきで、秋にリリースされるものをみて検討しようと思う。

他人と暮らすということ、本当に色々大変だと思う。それより深刻なのは、母親である私になんの相談もなく高価なおもちゃが子ども達にバンバン買い与えられている現実に、正直もう本当に嫌になってしまった。こういうイベント時だけでない、常に夫が買い与えるものも溢れている。例えばドローンはもう3台くらい買ったようだし精巧で巨大なロボットも3~4台、ポーチの中に置くしかなく玄関のドアが開けにくくなっただけのフリッカーという巨大キックボードも2台。


※これは小さい方

 
※これは大小2台。邪魔すぎるいらない!


※こんなのが数台ある

娘が私の真似をして買った大人用ルイガノ、などなどそれら全部いつの間にか家にあった。こんな感じでお金の出入りも経済状況も全くわからない現状だが、ともかくあと一年は大学に通わねばならないのでここにいるしかない。

そんな訳で身も心も全くゴールデンでないGWが進行中。今日の金曜を挟んであと土日があるが、もう何も考えない。


【昨日の小確幸】

紙飛行機の本をみつけたこと。勿体ないから買わない、ネットで調べて息子と作ってみよう。

ラ・フォル・ジュルネにお邪魔してきた。これは毎年GWに丸の内周辺で行われる音楽イベントで、街の至るところでコンサートが開催される。今年のテーマはLa nature ナチュール=自然と音楽、ということで、地球に暮らすあらゆる生き物、さらには宇宙や天体の運行まで含まれたものたちをイメージした祭典。いつものような特色のあるテーマというより、ノーマルなクラッシック系が多いように思った。

毎年気にはしているがGWが毎年多忙だったためなかなか行けないでいたが今年は行ってみた。音楽に触れるためというより、そこに訪れるだろう外国人が目当てだった。息子の参加している英語クラスの宿題で、外国人ツーリストに声をかけて写真を一緒に撮るというものがある。昨年度はなかなか苦戦したが、今年は2回目なので割とスムーズに出来た。だが肝心の息子が恥ずかしがってなかなか声が出ない。そして早く帰りたがるので、音楽祭は楽しめなかった。 高知アンテナショップに寄って帰った。

以上、まとめ。
以下、長い方。

毎年GWに丸の内界隈で開催される、ラ・フォル・ジュルネに行ってきた。正確には「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2016」という。これはもともとフランスの音楽祭で、日本で開催されるので「オ・ジャポン」がつく。日本での主催は東京国際フォーラムで、国際フォーラムのみならず、この界隈のコンサートホールから商業施設のエントランス、街中でとありとあらゆるところで演奏が行われるのだ。第一回目はなんと1995年からだそう。私は2006年にこのイベントを知った。生まれたばかりの娘に本物の音楽を、などとあちらこちら探しここをみつけ、子どもも参加できるコンサートということで早速行ってみたのだ。

子どもが観賞できるコンサートというのは今でこそあちらこちらで開催されているが、その頃はほとんどなかった。このラフォルジュルネは当初から子どもと一緒に楽しめる音楽祭ということでも人気があった。今年も「お子さまと楽しむラ・フォル・ジュルネ」などと専用のページがあった。0歳から楽しめるものまであるようで、素晴らしい試みだと思う。早期の幼児教育にはやや疑問もあるが、小さな頃からの情操教育というのはとてもいいと思う。

私が夫と結婚した理由のひとつに、彼がクラシック好きだということもあった。所持しているCDも拘って厳選したものばかり。いついつの誰が指揮をしたこのクラシック楽団などは最高にいいなどと蘊蓄を語り、結婚した頃そして娘が生まれた頃はいつも家の中にクラシックが流れていた。娘も「ベートーベン第六楽章田園が好き」などとツウぶって言う様が可愛らしく、このままこんな感じの素敵ファミリーを築きたいと考えていたりした。私はもともとジャズやボサノバが好きでよく聞いていたが、クラシックもいいなと思いはじめ、区内のコンサート情報をかき集めて家族で聞きにいったりしていた。

ところが最近は夫がSAPIX病のため、そういった勉強に関係ないイベントには見向きもしなくなってしまった。誘うとものすごい厭味を言われる。「ママは悪い友達だから遊んじゃだめ」などと娘に言ったりしている。そして勉強、勉強。勉強と呪文を唱えだす。もう悪魔に憑りつかれたせいで美しい音楽を聴くと苦しいのだろう。私は友達と美術展に行ったりするのも好きだが、クラシックコンサートも大好きで、これらが悪い遊びというなら一体何が良いのだろうと思うが私が変なのだろうか。勉強も大切だがこうした美しいものに触れるということは、心も頭もリラックスして仕事や勉強にも良い影響が得られる筈なのだ。もう、本当にダサいというか「子どもの教育における価値観」がここまで違うなら、確かに諍いが絶えなくて当たり前だと改めて思う。

話を戻してラフォルジュルネ。今年のテーマは「自然との共生」だが、毎年様々なテーマがあるのでメモ代わりに転載してみたい。

1995年:モーツァルト
1996年:ベートーヴェン
1997年:シューベルト生誕200年
1998年:ブラームス
1999年:《ヘクトル・ガブリエル・マウリキウス》 または 1830年~1930年代のフランスの作曲家:ベルリオーズ、フォーレ、ラヴェル、ドビュッシー、サン=サーンス、フランク、ラロ、メシアン
2000年:J.S.バッハ没後250年
2001年:《熱狂の日 イヴァン・イリイチ》 または 1850年~現代のロシアの作曲家:チャイコフスキー、プロコフィエフ、スクリャービン、ムソルグスキー、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ
2002年:モーツァルトとハイドン
2003年:《イタリアのバロック》:モンテベルディとビバルディ
2004年:《1810年 ロマン派音楽時代》:ショパン、リスト、シューマン、メンデルスゾーン
2005年:《ベートーヴェンと仲間たち》:サリエリ、ヴェーバー、ケルビーニ、ディアベリ
2006年:《国々のハーモニー》 (1650年~1750年代)(L'Harmonie des Nations)
2007年:《民族のハーモニー》 (1860年~1950年代)(L'harmonie des peuples)
2008年:シューベルト その生涯と境遇(Schubert dans tous ses états)
2009年:J.S.バッハ、復活!(De Schütz à Bach)
2010年:ショパンの宇宙(L'Univers de Chopin)
2011年:《後期ロマン主義》タイタンたち、ブラームスとシュトラウス(Les Titans de Brahms à Strauss):リスト、ブラームス、マーラー、リヒャルト・シュトラウス、シェーンベルク
2012年:《サクル・リュス(ロシアの祭典)》(Le Sacre Russe):ストラヴィンスキーやスクリャービンをはじめ、ラフマニノフ、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、チャイコフスキーなど、ロシアの大作曲家たち。
2013年:《パリ、至福の時》(L'heure exquise):19世紀後半から現代まで、パリを彩ったフランス、スペインの作曲家たち。:ファリャ、フォーレ、ラヴェル、ドビュッシー、サン=サーンス、ピエール・ブーレーズ、デュカス、ロドリーゴなど。
2014年:《峡谷の星達》(Des canyons aux étoiles):20世紀のアメリカの音楽家達。ジョージ・ガーシュウィン、ジョン・ウィリアムス、レナード・バーンスタインなど。
2015年:《魂と心の情熱》(Passions de l'âme et du cœur):バロック時代からの横断テーマとしての情熱
2016年:《自然》(La nature)
※出典wikipedia

※丸ビルホール、ここは無料で鑑賞できる。

こうしてみると、ひとりの音楽家がテーマになっている年、民族音楽だった回などあり興味深い。シューベルトの年は生誕記念だったのではなかったかと思ったらそのままタイトルになっている。バッハは没後250年などとあり、著名な音楽家というのは生まれても亡くなっても記念祭をやってもらえるものだと感心する。私の好きなエルガーでもやってくれないだろうか。2013年はサン=サーンスかあ行きたかったな。などとしばしセンチメンタル・ジャーニー。夫と「毎年子どもを連れて来ようね」と言っていたのに全然行けてない。まあ私も忘れていたのだけれど。

※丸の内の中庭。ここでもミニコンサートがある

昨日は久しぶりに行ってみて、色々思い出したり街の風景を楽しめた。いつも会場になっている丸の内あたりは、パス・ザ・バトンや一保堂がありよくお邪魔するのだが、息子とラフォルジュルネに来たというとまた景色が違ってみえた。そこで当初の目的、外国人ツーリストを探して写真を撮らせてもらうことにした。昨年度は銀座に行ってみたが、夕方しかも平日のせいか、外国人ツーリストたちは疲れてそっけなかったように感じた。

Excuse me もしくはHallo と挨拶してどこから来たのかツーリストなのかまではいいが、写真を子どもと一緒に撮らせてというとほとんど断られてしまった。歩道に立っている看板の地図を熱心にみているシンガポーリアンにMay I help you? と声をかけると、「いえ、日本人です」などと言われ恥ずかしかったり失敗の連続だった。結局また違う日に一緒に通う方とお台場に行き、彼女のナビゲートで無事ノルマ5人と写真が撮れたのだ。今年はリベンジマッチ、彼女の有無を言わさぬフレンドリーさを見習い真似することにした。

見習おうと思って出来てしまう自分に感心しながら、昨年のダメダメを払拭するように次々と写真を撮らせて貰った。今日絶対に終わらせると思って無我夢中だったのも良かったかもしれない。2組くらいは断られたが、4組8人と写真が撮れた。成功の秘訣は笑顔と押しと、あとは国を褒めることだと感じた。どの人も話しかけるとまず怪訝な顔をするが、何処から来たと聞いてそれをwonderfull やグレイト!などと褒めるとすごくいい笑顔になる。もし自分が海外にいって逆の立場でもそうかもしれない。自分自身を褒められるより、日本が好かれていると感じるのが一番嬉しいのではないか。これぞ「オモテナシ」、オリンピックで外国人と話す機会があったらそうしようと思った。

ツーリスト達は本当に様々な国から来ていた。アメリカ、フランス、イギリスそれからチェコスロバキア。チェコスロバキアは素で驚いてしまった。すごいところから来たもんだねえーみたいな。今年から自国の人に間違って話しかけないように金髪の外国人を狙ったのだが、パッと見金髪=アメリカ人という認識を払拭しようと思った。でもアングロサクソン族からしたら、私たち日本人もアジアの平たい顔族で見分けがつかないように、同じなのだと思った。なんか地球人って面白いなと思う。

写真を撮った後はパンフを渡しながら、彼はミュージカル俳優などと説明するとOh! などと喜ばれ、逆に写真を撮られたりもあった。楽しかった。

※これですよ。

そんなこんなで宿題が終わった後は音楽祭を楽しもうと思ったら、息子が早く帰ろうと愚図りだした。 もうこうなったら帰らないと色々大変なので、残念だが帰ることにする。途中思いついて、有楽町の片隅のビルにある高知県のアンテナショップに寄ってから帰ることにした。息子は怒りだしたがこういう時の秘策、「おんぶしてあげるから」というと、素直に背中に来た。重いが頑張って5分ほど歩く。店の前に坂本龍馬の銅像があるのですぐわかった。というかあることは知っていたが、すぐ隣の沖縄のアンテナショップにいつも吸い込まれるせいか行ったことはなかった。高知のアンテナショップは結構混んでいた。


※混んでる

ショップの色々を冷やかし、息子に「塩バニラ」アイスを買う。地下のフロアが観光&移住案内だと聞いて下に降りるが祭日なのでお休みだった。パンフレットをいくつか貰い帰途につく。それにしても、どうして子ども達はすぐ家に帰りたがるのだろう。何処にいっても帰りたい帰りたいという。私の行くところが子ども達にとって楽しくないのだろう。音楽祭、美術展、ショッピング、食事。確かに子どもにとっては楽しくないのかも。でも私が子どもの頃といえば、そうした大人の場所が結構好きで、母や父と出かけるのは楽しみだった筈だ。一体何が違うのだろうか。信頼関係だろうか、それともなんだろう。

色々考えてしまうが、ともかくGWの宿題は終わった。今日最後の休日が終わったら、課題、仕事、卒論に取り組むことにする。卒業の時期も色々考えて4月に入ってから卒業認定してもらうことにした。3月に卒業出来ないが、この方が長い期間学生でいられるし、課題の締切も少し伸びる関係で単位が多くとれるだろう。せっかくなので少しでも長く勉強したい。


【昨日の小確幸】

丸の内にある花屋の薔薇が綺麗だった。

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