一泊二日で京都に行ってきた。本当は二泊三日、出来れば三泊四日にしたかったけど、春の三連休のせいかホテルが空いていなかった。そもそも二泊の予定でとったのに、何を勘違いしたのか一泊しか予約できておらず、同じところで二泊したかったのでキャンセル待ちを狙っていたが、とうとう最後まで空かずじまい。その近くのホテルで割とお得なお値段のシティホテルがあったのでいったんはキープしたけれど、一泊目のホテルの後に別のところに移動する、しかもどんなところかもわからないところに泊まるのは嫌だと結局一泊だけになった。チェックアウトの時も、荷物を取りに夕方行った時もキャンセルが出ていないか聞いてみたけれどダメだった(しつこい!)もうこれは一泊で帰りなさいと何かが教えてくれているんだと思うことにした。多分一部屋くらいなら空いていたんじゃないかと思う。私が予約したのは夫の会社経由だからいちげんさんではなかった、でも空いているだろう部屋を融通してもらえないというなら仕方ないし、でも邦人契約なのに空きがないと言われるなら本当になかったのだろうとか色々考えた。

というのは、タクシーの運転手さんに興味深いことをきいたから。京都に着いてまずは『六道珍皇寺』に行こうとバス停に行くと長蛇の列、バスの一日券の窓口もどこが最後尾なんだろうという混みっぷり。いつも「タクシーはお年寄りと身体の不自由な人と妊婦さんのもの」と口煩い私だけど、こういう時間のない時は別。さっさとタクシーに乗って移動した。そこでせっかくタクシーに乗ったのだから京都の人間関係を色々聞いてみようと思った。京都の知り合いもいるし、大学の先生が京都なので聞いてみてもいいけれど、京都に所縁のある人や京都の大学で生計をたてているひとは京都の悪口を言うはずがない。なので「全然関係ない人」に一度聞いてみたかったのだ。最初は桜はいつ頃かとか「YOUは何しに京都へ」などという話から、だんだん核心に近寄りさくっと聞いてみた。

「京都にいてなんか嫌な目に遭いませんでしたか」

すると一期一会の間柄と安心してくれたせいか、色々と悔しかったこと、一時は人を信じられなくなったことなど色々色々話してくれて、「当時は何度も泣きましたねえ」などと話してくれる。差し障りのない内容のものを紹介すると、せっかく京都にいるからと張りこんで高級懐石を食べにいった。すると京都に長年いたはるお客と自分の料理が全然違ったそう。同じメニューというのは明らかなのに、食材や出来栄えが天地の差があったそう。あとはホテル空いてないというと、「そういう時は御茶屋さんやそういうところの太いパイプがないとあきまへんのや」だそうで、なるほどそういうもんですねと納得したりした。「まあどこも同じですよね」と言ってみたが、最後まで「京都いうんは他とは違う」と言い切っていた、運転手さんの様々なご苦労が偲ばれて、たった一泊二日でも侮らないように足元をすくわれないように気を付けようと思った。はー怖。

そして京都駅から料金1,010円で『六道珍皇寺』へ。ここは前々からずっと興味を持っていて、京都に行くことがあったら絶対寄りたいと思っていた場所。入学したばかりの年、なんの授業か忘れたけど、このお寺に祀ってある小野篁の説明というか紹介があり非常に興味を持った。小野篁は平安時代の公卿(役人)にして学者で文人、歌人でもあり、文武両道を地で行くような優秀な人物、でもそのすさまじい程の天才気質や、清廉反骨、直情な姿勢は『野狂』と呼ばれたとある。そして夜はなんとなんと「冥界」の役人で、そこに通じる井戸を使って夜な夜な閻魔大王に仕えていたそう。ね?面白そうでしょ。詳しくは 公式サイトへ。

小野篁が夜な夜な行っては帰ってくるという井戸、是非みてみたいと思っていたのよ!調べてみると京都駅からそんなに距離もないじゃない、ついでに調べると私の行きたかった他のところもあちらこちら近在している訳よ。大学の「研究発表会」が14時からだからそれまでに色々周りたいと計画。そして京都行の初日から井戸が期間限定で公開しているとあった。スゴイ偶然、小野篁さんが私に「井戸をみせてあげるから」と呼んでくれたような気がした。

朝早いせいか桜の時期でないせいか、門の外から中をのぞくと人気がない。空いているのは大歓迎なので、静かな境内をのろのろと歩く。入ってすぐ右手に小さな建物があり、小野篁さんとその隣に閻魔大王像、京都について初めての祈念なので、京都に呼んでくれたお礼から子ども達のこと、あなたの文才をちょっぴり下さいとか芥川賞お願いしますとか子ども達が健やかにとか後で待つ人がいないせいか、しばらくぶつぶつと色々お願いしてしまった。そこから本堂、といっても普通のお屋敷風な感じの建物で、上がり框からすぐ番台みたいな発券所でその奥がお土産や兼御朱印所になっていた。順路通りに歩いて特別公開の曼荼羅画などを拝見していよいよ井戸を拝見。


小野篁が冥界に降りていったといわれる井戸、近年戻ってくる時に使ったという井戸も発見されたそうで、井戸の横の細い道を奥にいったところにもうひとつ井戸があった。写真を撮りたかったけど、井戸の写真は「縁側からだけ」と注意書きがあったので残念ながらない。こういうのちゃんと守らないと篁さんが見ていて気を悪くされたら困るし。戻ってくる井戸は中に細い管が下に伸びており、その中を小さな電球がずっと続いて奥の奥までみえるようになっていたが、どこまで続いているのか途中で見えなくなっている。本当に地の底まで続いているように感じて感心してしまった。私思うんだけど、小野篁さんは生前は昼間は地上で夜は閻魔庁にいたと言われているが、亡くなった今は昼はずっと閻魔大王に仕え、夜になると地上のこの建物辺りに来ているんじゃないかなと思った。不審者はいないかとか、井戸の辺りを写真を撮った人リストをみてなんかバチをあてるとか。そんな空気を感じてしまった。


 ね?ダメって書いてある。


 六道珍皇寺の入り口、「ここかあ!」と大感激。

右のちょっとしか写ってない黒い建物に小野篁像、閻魔大王像がある。



水琴窟。ひしゃくで水を汲んで下の砂利に撒くと、カラカラコロコロと美しい音色が微かに響きわたる。うーんミラクル。


「黄泉がえりの井戸」の庭全景。左のサンダルを履いて手を洗ってお参りしてから井戸を拝んだ。
      


御朱印をいただく。京都に来て初めて書いてもらう。御朱印だいぶたまったから、閻魔大王に詰問されても天国に行けそうな感じよ♡
   

風情のある提灯。



入口のところにこんなポスターが。上村松園の掛け軸など特別展示もあった。これを目当てに名古屋から来たという方がいて、ビックリしたけどそういえば京都名古屋近かったなと思い出した。私は新幹線ではるばる来たけど、名古屋からだと近鉄特急もあるし、高速使わなくても来られる距離。私はもう違う、今回を逃したら今度いつ京都に来られるかわからない、この二日間気合い入れて行きたいところは全部まわろうと決意を新たにした。   

 公式サイトにも書いてあるけれどこちらにも転載。

「「六道」とは、仏教の教義でいう地獄道(じごく)・餓鬼道(がき)・畜生道(ちくしょう)・修羅(阿修羅)道(しゅら)・人道(人間)・天道の六種の冥界をいい、人は因果応報(いんがおうほう)により、死後はこの六道を輪廻転生(りんねてんせい)する(生死を繰返しながら流転する)という。 この六道の分岐点で、いわゆるこの世とあの世の境(さかい)(接点)の辻が、古来より当寺の境内あたりであるといわれ、冥界への入口とも信じられてきた。

このような伝説が生じたのは、当寺が平安京の東の墓所であった鳥辺野に至る道筋にあたり、この地で「野辺の送り(のべのおくり)」をされたことより、ここがいわば「人の世の無常とはかなさを感じる場所」であったことと、小野篁が夜毎(よごと)冥府通いのため、当寺の本堂裏庭にある井戸をその入口に使っていたことによるものであろう。この「六道の辻」の名称は、古くは「古事談」にもみえることよりこの地が中世以来より「冥土への通路」として世に知られていたことがうかがえる。」

こういうの誰が言い出したんでしょうね。こんな面白い皆の興味をひきそうなことを思いつくのは天才と名高い小野篁さんご本人ではないかと思った。冗談のつもりで誰かにこそっと話したら、面白いとあっという間に噂になった。それをまた面白がって井戸から行くとか冥界はこんな風だったとか即興で話したりしているうちに京の都でも評判になったのではないかしら。小野篁さんの時代は平安時代の前期、有名なところだと紫式部の源氏物語が平安中期だからその少し前、夜になると何も見えない真っ暗な時代の京都の人々は小野篁の話に歓喜したのではないかしら。現代のようにスマホもテレビも山盛りの本も何もなかった頃、こういう不思議なお話物語が人々の心で花開いていたのでしょう、文学っていつの時代も営みの潤いなんだなと感じた。

などと文芸コース卒業生らしき締めで次はそのまま歩いて『安井金比羅宮』へ行った。

何故安井金比羅宮なのか。東京八重洲口のヤンマービルの近くだったっけ、h&mの看板の前にある「京都館」でもらった地図を読みこんでいるうちに、六道珍皇寺の近くに安井金比羅宮をみつけた時は嬉しかった。おおー懐かしい、一回行ったわもう一度みてきましょうか、あれをくぐってい縁をいただきましょう。なんて思ったのよ。本当に歩いてすぐなんですよ。東京から京都造形芸術大学の卒業式に参加するみなさん、是非訪れてみては。
 

「悪縁を切り良縁を結ぶ祈念所」とあり、これですぐ安井金毘羅宮だとわかった。なかったら素通りしてしまったか、わからなかったかもしれない。ともかくすぐわかって鳥居をくぐった。
      


工事中。年度末は様々な予算の関係で、こうした工事が行われるときいたことがある。おきばりやす。


お参り前は手を洗う。左手右手、左手ときておの水で口をすすぐ。      




朝早いせいかまだ人もまばら。

       

単純に岩にお札がびっしりというおどろおどろしいというか人の情念が山盛りというか、多くは多分人間関係の悩み、恋愛などの想いや怨念を目に見えぬ何かへの上申するというね。特にこういうところにきて真剣に祈念するのは大半が女性、なんていうかちょっと怖い感じというか一度みたら絶対に忘れないビジュアルも相まって、こういうの好きか嫌いかと言われたら好き、なのかなあ。若い頃は色々な怨念が自分に降りかかったら嫌とか怖いなんて思ったりしていたけれど、今はそんな事もなく誰か特定の人を思い浮かべることもなく、私たち家族の悪い縁を拭い去り新しい良縁をお授け下さいって感じ。

結婚してしまうと、特に子どもを産むと恋愛の苦労が無くなる代わりにボスママとかなんだかんだ別の悩みが生まれてくる訳で、そうだ「あの辺りのボスママ特にkingofBOSMAMAがもう私の名前や話を一切しないようにしてくださいあの人まだネガキャンやっているみたいなのでウザいですとか、娘をイジメるボス子どっかやってくださいは祈念した。あたりまえやろ?折角来たのに。まあそんな事くらいしか祈念することがないというのは平和だけれど面白味のない人生ともいえるし幸せ、なのかなあとも思った。

独身の頃来た時には、特定の人との縁切りを祈念して新しい恋をなんてお願いした。そういえばそれから別れたい人とはすっぱり縁が切れて、新しい人も運命的に表れたそういえば。その人と京都でなんどかデートしたことを思うと、ここでお願いした意味がちゃんとあったように思えた。本当に私に尽してくれる人で、前のどちらかというと自分が尽す恋愛に嫌気がさしていたのでその点でも願ったり叶ったりだったかも。うん、やっぱりすごくご利益あった。ということは今回もなんかすごくいい事があるはずよ。そういえばアラブの石油王はもう帰ったの?       

もちろん岩の穴にもくぐった。最初にこちら側から向こうにくぐって悪縁を切り、今度は向こうからこっちにくぐって良縁を結ぶということらしい。私がくぐろうと思った頃には黒山のひとだかりというか、グループがいくつもきゃあきゃあやっていたけれど、ちょっとどいてよと言う感じで「ぬんっ」と岩の前に立ったらさあっとモーゼの海のように人が引いてくれた。誰かに写真とってもらおうかと思ったけど恥ずかしいからお願いできなかった。岩をくぐった後は本当になんていうか清々しい気持になれて、心の煤をさっぱりと払い落とせたように感じた。きゃーやったあ、またこの岩をくぐれたわ!大満足よ!と喜び勇んで次の目的地八坂神社へ向かった。

どうしよう、なんかすごいまた長編になりそうだけど、八坂神社から別の記事に分けた方がいいかなあ。だんだんまたマシンがフリーズしだした。ぐぬぬ、じゃあ八坂神社は「神社仏閣シリーズ」ということでこのまま書いて、細雪の舞台「平安神宮」だけ別に書こうかな。

ということで、そこからまた歩いて八坂神社へ。徒歩にして約10分くらい。



着物の人が男女共にやけに多いなー京都だから着物が普段着なのかと思ったら、レンタルで着つけてもらったであろう外国人の方ばかりだった。なんというか着つける雰囲気で日本人か外国人かがわかるものだと思った。多分私たち日本人が中国でチャイナ服をレンタルすると同じような感じになるのかなと思ったり。ともかく八坂神社、京都には何度も来た事があるけれど、八坂神社は初めてじゃないかと思いあたった。

京都に来る時はたいがい車でくる、そうすると八坂神社の前は何度も何度も通ることになるが、車を停めるところがないのでいつも素通り。前を通って清水寺とか祇園とか先斗町に行ったような気がする。お参りしなかった訳は、こんなに立派な門構えの神社、多分中も広くて混んでいてお参りするのが大変と思ったのもあるかもしれない。でも先生のブログに「美人神社」というのが紹介されていて、舞子さんもお参りにくるなんてあった。「もう絶対行く」と決めて、京都観光というか視察というか、周るリストとしてしっかり印をしたのよ。

私は美人が大好き、同じく自分の顔もなるべくなら美人であって欲しい。なぜなら美人は性格も心根もいい人が多い。あの顔採用の先生みたいな例はあるけれど、あの顔は美人というより女狐だわね。姸があってなんか怖いというか怨念がおんねん。ということで本殿にお参りしたのはよく覚えてないけれど、  通称「美人神社」正しくは「美御前社」にて美貌と健康を祈念、健康は大切、健康でないと美人にはなれないでしょ。私今これを書いていて本当に失敗したと思ったのは、ここの御朱印はもらったけれどお守り買ってくるの忘れたのよ。あーもう大失敗。 美人従妹の分も買うと決めていたのにもー!でも御朱印は予め書いてある用紙を買うというもので、これだけ額に入れて飾っておこうかな。      


ぱらりと賑わっています。この「ぱらりと賑わう」っていう表現、昨年の合評会で「こんな表現どうなの」と言われたけど、いい感じだと思うけどな。書いておくと誰かが真似すると思うけど、私が考えたやつだからよろしくね。     

 
京美人のイラストの旗がいっぱいですぐわかった。  


ひとりで来ている人と写しっこした。


この湧き水で顔をなでると美人になると書いてあったので、かなり念入りにじゃぶじゃぶ洗って美髪のために頭からもかぶったらびしょびしょになってしまった。寒くて困っていたところ、更に凍えてしまった。


ビショビショのまま御朱印を頂く。怪訝な顔をされたので「美人神社で頭にも水をかけた」と言ったら「道理でお美しい」なんて言われて京都は観光客慣れしてるなと感心。もしこれが会社とかご近所とかママ友だったら何かちくっと言われるんだろうかと思った。
      


鯛御籤。釣り竿でおみくじを引くようになっている。縁起がいいし子どもがいたらやりたいっていうだろうなと思った。今思えばこれを子ども達のお土産にすればよかったじゃない?わたしときたら本当に気が利かないわ。というかいつも節約節約と思っているから、こういう時にも財布の紐が緩まないんだと思う。これ、10個くらい買ってご近所の子ども達にも配れば良かった。




いつも車でこの道を通っていた。なのでこの三叉路みると「京都に来たー」って嬉しくなる。この商店街も好きで、時間があったらぶらぶらと行ったりきたりしたかった。でも今日は14時までに大学に行かないといけないので割愛。まだその前に行かないといけないというか、絶対行きたいところがある訳で、写真の右手に歩いて1分くらのところにあるバス亭から平安神宮を目指す。いよいよ『細雪』上巻に登場する平安神宮ら臥竜橋を渡り鯉に餌をやりたいとまた急いで移動した。考えてみればこんなに駆け足で京都回ったのなんて初めてかもしれない。

つづく